七難八苦戦記   作:戦国のえいりあん

4 / 14
第三話 第二次月山富田城合戦 前編

・出雲 月山富田城外 毛利陣営

 

 

一方、月山富田城に籠る尼子を包囲している毛利軍は依然として優位な状況を崩さなかった。

補給路と退路を封鎖した上に数ヶ月の籠城で、兵糧も残り僅かとなっている。このまま包囲を続ければ戦わずとも尼子に勝利できるだろう。毛利軍の総大将である毛利元就は近くの見通しのよい高台に本陣を置きじっと月山富田城を見つめていた。

 

城を眺めながら元就はあることを思い出していた。あれは数年前のこと、まだ毛利家が安芸一国も掌握出来ていなかった一豪族だった時のことだ。当時、大大名だった大内家に従属していた毛利家は大内義隆が率いる約四万の大軍が月山富田城を攻めを落とさんと侵攻した際にその先鋒を命じられたのだ。立場上断ることもできず、やむを得ず嫡男の毛利隆元と共に尼子攻めに加わることになった。しかし、元就はこの戦の無謀さに気づき敗北を確信していたが逆らうことはできなかった。

ちなみに「毛利の両川」と後に呼ばれることになる吉川元春と小早川隆景はまだ幼子でありこの戦には参戦していなかった。

そして肝心の勝敗だが、この戦は大内軍の大敗に終わることになった。当初は月山富田城を包囲して後に一気に力攻めを行ったのだが、尼子晴久の頑強な抵抗により城は落とせずに城攻めは難航した。さらに大内義隆の戦嫌いの性格が災いとなり「包囲していればいずれ降伏するだろう」と完全に油断していたのだ。元就や家臣の陶晴賢が必死に諫めたものの義隆は全く聞く耳を持たなかった。そんなこんなでこの包囲戦は一年以上も長引くことになってしまった。

 

しかし、一年以上も包囲されているのを黙って見ている晴久ではなかった。晴久は大内軍に味方する国人衆に寝返るよう内密に手を回していたのだ。大内軍は大軍ではあったがその大半が豪族、国人衆の寄せ集めに過ぎず結束は薄かった。さらにこの時、大内軍は兵糧に悩まされており軍中は不穏な空気になっていたのだ。結局、晴久の思惑通り多くの国人衆が離反し、さらに城から打って出た尼子軍との挟撃もあって大内軍は壊滅したのだ。

この時に敗走する大内軍の殿を命じられたのが、毛利元就だったのだ。

毛利軍は必死に尼子軍を食い止めたものの尼子軍の激しい追撃により壊滅的な被害を受けることになった。

だが、家臣たちの命懸けの奮戦で元就と隆元は命からがら安芸へ撤退することができたのだ。この時、残った兵はたったの七騎しかいなかったと言われている。

この大敗がきっかけで大内義隆は軍事、政治に意欲を失い後に起こる「大寧寺の変」の原因に繋がっていくことになるのはまた別の話だ。

 

あの屈辱を元就は決して忘れてはいなかった。

無謀な戦に狩り出され多くの臣下を失ったあの無念は死ぬまで忘れることは出来ないだろう。だからこそ自らの手でこの因縁のある月山富田城を落としてみせると元就は心を奮い立たせていた。

 

「おやっさん!失礼するけぇ」

 

「おお、元春どのか入れ」

 

 

陣幕の外から入ってきたのは一人の少女だ。

緑髪で白と緑を基準にした着物に右肩に黒い肩当を身に付け、頭に毛利上等と刺繍された鉢巻を巻いていた。

彼女の名は吉川元春。毛利元就の二女で「毛利の両川」の一人で豪勇の将として名高い姫武将だ。

 

 

「おやっさんの指示通り、城攻めを続けとるがやはり力攻めであの城を落とすのは無理じゃ…」

 

「ふむ…やはり、そう簡単には落とせぬか」

 

「特にあの山中鹿之助と尼子十勇士どもが厄介じゃな、奴らを何とかせねばならん」

 

 

包囲していると言えども籠城戦ではやはり籠城側に利があるのは分かりきっていることだ。かの孫子も城攻めは下策だと言うほど城攻めは難しいものなのである。ましてや元就が攻めている城は大軍を幾度となく退けた難攻不落の月山富田城なのである。

この時、毛利陣営側の元春もまた元就の今回の城攻めに関して疑問を抱いていた。いつもの父らしくない…身近でその戦を見てきた彼女だからこそ感じていたことだった。

 

 

「いったいどうしたんじゃ?いつものおやっさんらしくないけぇ」

 

「……」

 

「…おやっさん、隆景のことで焦っておるのか?」

 

「…!!元春どの…」

 

「焦る気持ちは分かる。自分も同じ気持ちじゃ…だが、今の攻め方ではこの城は落とせんけぇ」

 

元就ほどの男がこの戦いに焦っているのには理由があった。その理由は元就の三女である小早川隆景のことだ。豪勇の将と呼ばれる吉川元春に対して隆景はその父親譲りの知謀から明智の将と呼ばれるほどの知将だ。外見も姉である元春と瓜二つだが、性格はまったくの真逆で剛直な性格の元春とは反対に冷静で落ち着いた性格だ。

 

 

そんな隆景だが訳あって今回の尼子攻めには参加していない、正確に言えば参加することが出来なかったのだ。

それは宗秀がこの時代にやって来る少し前のこと、毛利家でとある事件が起こった。大内家を滅ぼし、次なる目標を尼子家に定めた元就は本格的に尼子攻めに向けて動き始めていた。ここで尼子家も滅ぼすことが出来れば毛利家は事実上、中国地方の覇者となる。

 

両川姉妹はもちろん臣下一同も気合いに満ち溢れていた。だがそんな矢先に悲劇は起こった、同じく尼子攻めに向かっていた元就の嫡男である毛利隆元が尼子家の刺客によって暗殺されてしまうという事件が起きたのだ。

この隆元の急死は毛利家に衝撃を与え、特に隆景の錯乱と動揺は激しく、立ち直れないほどの衝撃を受けてしまっていた。隆景だけでなく父の元就や元春も同様で、とても尼子攻めを行えるような状況ではなくなってしまっていた。

しかし、それでも今回の尼子攻めを継続したのは、失意と絶望の底にいる隆景を少しでも励まし助けたかったからなのだ。

 

 

(ふふ…わしともあろう者が情に任せ、このような愚策を取ろうとは…親の情とは恐ろしきものよ…いや、わしも老いたか…)

 

 

元就も既に齢七十を越えており、病に臥せりがちになっていた。元就にとっても隆元の死は大きくその後、彼はどこか生きる気力を無くしてしまったようにも見えていた。

だがまだ倒れるわけにはいかない、尼子という大敵を除くまでは…と元就は思っていた。

 

 

「元春どの、…戦法を変えるぞ。隆景どのや亡き隆元のためにも負けられぬ」

 

「お、おう!!この戦、必ず勝つけぇ!」

 

改めて冷静になった元就は戦法を変更し月山富田城攻略の策を練り始めた。尼子家の崩壊の危機が刻一刻と迫っていた。

 

 

・出雲 月山富田城内

 

 

その頃、月山富田城では当主である義久が重臣と臣下たちを集め、今後について対策を話し合っていた。

しかし意見はまとまらず、ただいたずらに時だけが過ぎていった。いざ一同で話し合っても誰も意見を言おうとしない。ただ「特攻です!!そして決死の覚悟で玉砕しましょう!!これぞ、まさに七難八苦です」と無謀な作戦を提案する鹿之助を除いては…

 

「ええい!何かよい策はないのか!?このままでは尼子は終わりだ!」

 

 

声を荒ぶらせ不機嫌そうに上座に座っている男、この者が尼子義久である。歳は二十代前半で豪華な着物に頭には鳥帽子を被っている。

父である晴久の急死によって突如、家督を継ぐことになった義久だったが、その状況は決してよいものではなかった。

まだ二十代の若輩で実績もない彼に従うものは少なく、この時点で支配していたいくつかの国人衆も尼子家に見切りをつけ始めたほどだ。しかし最大の不運はやはり隣国にあの毛利元就がいたことだろう。

義久なりに必死に尼子家を立て直そうと行動していたが、すべて空回りに終わっていた。

 

 

「何故皆、黙っておるのだ!何か申さぬか!」

 

「「………」」

 

 

しかし、一同は口を開かない。誰もこの戦況を打開できる策を持っている者などいないからだ。そんな重苦しい雰囲気の中、一人だけ口を開いた者がいた。

 

 

「殿、恐れながら申し上げます」

 

「む、久兼か。何か良案があるのか?」

 

口を開いたのは尼子家の重臣、宇山久兼という男だった。経久の代から仕える宿将で家中の人望も厚く将兵たちからも慕われていた。これまで疑心暗鬼に陥っていた城内が混乱することなく維持できたのも、この久兼の手腕があったからだ。

 

 

「はっ!戦況は我が方が圧倒的に不利、しかしこの月山富田城がある限り我らはまだ戦えまする」

 

 

久兼には確信があった。かつて大内軍の大軍に月山富田城を包囲された時、先代主君・晴久と共に戦い城を守り抜いた経験からこの月山富田城の守りの固さはよく分かっていた。勝つまではできずとも毛利が撤退するまで防ぐことは十分に可能だと考えていた。

 

 

「うむ…だが、兵糧はあと数日分しか無い。それはどうするつもりだ?」

 

 

やはり問題となるのは兵糧だろう。

どれだけ難攻不落の城を持っていても兵糧がなければその守りも容易く崩れる。兵糧が底を尽きれば数日ともたないだろう。

 

 

「兵糧については、拙者に考えがありまする。この件はお任せくださいませぬか?」

 

「…ふむ、そこまで言うのなら久兼に任せよう。よいか、必ず兵糧を手に入れよ。分かったな?」

 

「御意!」

 

 

少し一人になりたい、皆下がれ…と言い残し義久は奥の部屋へとまるで逃げるように入っていた。

しかしこの状況でどうやって兵糧を調達するのか?同じく話を聞いていた久綱はどうしても気になり久兼に尋ねた。

 

 

「久兼様、いったいどうやって兵糧を手に入れるのですか?愚かな私には想像できませぬ。」

 

「その事だが、わしの見たところ城の裏側の包囲がわずかに手薄だ、そこから兵糧を運ぶ」

 

「しかし…その兵糧は何処に?」

 

「案ずるな、城外裏の山岳の小道に兵糧を運ぶように近隣の商人に手配させておる。わしの私財で購入した量しかないがこれで数ヶ月は持ちこたえられるだろう」

 

「数ヶ月分でございますか…」

 

「そう言うな。あくまで一時的だが時を稼げる。このまま座して待つよりはよいはずだ」

 

「…そうですな、微力ながらこの久綱も協力致します。共にこの窮地を乗り越えましょうぞ!」

 

 

こうして久兼の提案した決死の兵糧輸送作戦が行われることになった。久綱や一部の重臣、臣下も賛同しそれぞれの働きもあって約二百人程の決死隊が編成された。

作戦の決行は二日後の丑の刻(午前一時)に行われることになったが作戦決行の前日、城内の者のたちを震撼させる出来事が起こった。

 

もはやこれまでと諦めた城兵の一部が毛利軍に投降したのだ。しかしその足軽たちは降伏を許されず一人残らず殺されてしまったのだ。それ以降、月山富田城の周りには柵が張り巡らされた。

 

 

この出来事に尼子軍は騒然となり、「毛利は我らを皆殺しにするつもりだ」と城内の混乱と動揺はさらに激しくなっていった。

 

 

「おのれ元就め…我々の心を折りにきたか」

 

「叔父上、兵たちが動揺しています。なんとか抑えていますが、あまり長くは持ちません…」

 

「一刻も早く兵糧を城内に運ばねばならん。鹿之助、予定通り明日の丑の刻に出陣するぞ。準備をしておけ」

 

 

「はい!十勇士たちと私の武勇で必ずこの作戦を成功させましょう!」

 

 

出陣するのは宇山久兼、立原久綱、山中鹿之助とその配下尼子十勇士たち以下二百の兵たちだ。

この作戦に尼子家の命運がかかっている、失敗するわけにはいかないと二百人の勇士たちが奮い立っていた。

そんな時、鹿之助と久綱の前に城内で雑務を手伝っていた宗秀がやって来た

 

 

「なあ!久綱さん、鹿之助」

 

「宗秀殿!どうされたのですか?」

 

「城外に兵糧を取りに行くって聞いたんだが、本当なのか?」

 

「ああ、この作戦にこの城の命運がかかっておる。必ず成功させてみせるぞ」

 

「そのことなんだが…俺にも手伝わせてくれないか?」

 

「…本気で言っておるのか?手薄とはいえ包囲を突破せねばならぬ、しくじれば死ぬかもしれぬぞ?」

 

確かに戦場に出るのは震えるほど恐ろしい…だが、何もせずにただ待っているほうが宗秀にとって恐ろしかった。

ここ数ヶ月、宗秀はろくに睡眠をとっていなかった。いつ城が落とされるのか、もし敵の兵士と鉢合わせになってしまったらどうするのか、ここに来てから宗秀の頭の中はそんなことでいっぱいだった。

じっとしているよりは戦っている皆の為に自分も戦いたい…そう思って今回の作戦に志願したのだ。

 

 

「構わない。戦うことはできないが…一緒に兵糧を運ぶぐらいなら俺にもできる」

 

「…いいだろう。今は一人でも人手が必要だ。明日の丑の刻、城の裏門に来い」

 

「ああ、分かった」

 

 

こうして宗秀もこの作戦に参加することになったが、彼にとってこの初陣は生涯忘れることが出来ないほどの深い傷を心に負うことになると同時に自身がどれほど過酷な時代にいるのかを実感することになる。




書いてて楽しいです!
そのうち登場人物一覧みたいなものを作ってみたいです

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。