・出雲 月山富田城外 毛利陣営
一方、月山富田城に籠る尼子を包囲している毛利軍は依然として優位な状況を崩さなかった。補給路と退路を封鎖した上に兵糧も残り僅かとなっており、このまま包囲を続ければ戦わずとも尼子に勝利できるだろう。毛利軍の総大将である毛利元就は近くの見通しのよい高台に本陣を置きじっと月山富田城を見つめていた。
城を眺めながら元就はあることを思い出していた。それは数年前のこと、まだ毛利家が安芸一国も掌握出来ていなかった一豪族だった時のことだ。当時、大大名だった大内家に従属していた毛利家は大内義隆が率いる約四万の大軍が月山富田城を攻めを落とさんと侵攻した際にその先鋒を命じられたのだ。立場上断ることもできず、やむを得ず嫡男の毛利隆元と共に尼子攻めに加わることになった。
そして肝心の勝敗だが尼子晴久の頑強な抵抗により城は落とせずに城攻めは難航した。さらに大内義隆の戦嫌いの性格が災いとなり『包囲していればいずれ降伏するだろう』と完全に油断していたのだ。元就や家臣の陶晴賢が必死に諫めたものの義隆は全く聞く耳を持たなかった。そんなこんなでこの包囲戦は一年以上も長引くことになってしまった。
しかし、一年以上も包囲されているのを黙って見ている晴久ではなかった。晴久は大内軍に味方する国人衆に寝返るよう内密に手を回しており、大内軍は大軍ではあったがその大半が豪族、国人衆の寄せ集めに過ぎず結束は薄かった。さらにこの時、大内軍は兵糧に悩まされており軍中は不穏な空気になっていたのだ。結局、晴久の思惑通り多くの国人衆が離反しさらに城から打って出た尼子軍との挟撃もあって大内軍は壊滅したのだ。
この時に敗走する大内軍の殿を命じられたのが毛利元就だったのだ。毛利軍は必死に尼子軍を食い止めたものの尼子軍の激しい追撃により家臣たちの命懸けの奮戦で元就と隆元は命からがら安芸へ撤退したのだ。この大敗がきっかけで大内義隆は軍事、政治に意欲を失い後に起こる「大寧寺の変」の原因に繋がっていくことになるのはまた別の話だ。
あの屈辱を元就は決して忘れてはいなかった。無謀な戦に狩り出され多くの臣下を失ったあの無念は死ぬまで忘れることは出来ないだろう。だからこそ自らの手でこの因縁のある月山富田城を落としてみせると元就は心を奮い立たせていた。
「おやっさん!失礼するけぇ」
「おお、元春どのか入れ」
陣幕の外から入ってきたのは一人の少女だ。緑髪で白と緑を基準にした着物に右肩に黒い肩当を身に付け、頭に毛利上等と刺繍された鉢巻を巻いていた。彼女の名は吉川元春。毛利元就の二女で『毛利の両川』の一人で豪勇の将として名高い姫武将だ。
「おやっさんの指示通り、少し攻めては引くを繰り返して城攻めを続けとるが城からの抵抗は未だに激しいけぇ」
「さすが月山富田城じゃ、主は無能でも難攻不落の要害…やはり簡単には落とせぬか」
「特にあの山中鹿之助と尼子十勇士どもが厄介じゃな、奴らを何とかせねばならん」
包囲していると言えども籠城戦ではやはり籠城側に利があり、かの孫子も城攻めは下策だと言うほど城攻めは難しいのだ。ましてや元就が攻めている城は大軍を幾度となく退けた難攻不落の月山富田城なのである。
「正攻法であの城を落とすのは難しいのう、時間はかかるがじわじわと敵の戦意を削いでいくしかないか…」
「焦ることはない元春どの、我らの兵糧は十分に用意してある。いくらでも奴らの籠城に付き合ってやるとしようかの」
「おやっさん…無理はしんさんなよ」
「…!!元春どの…」
「体調が優れんのじゃろ?今、おやっさんに倒れられた毛利は一大事じゃ」
実は元就は数日前から体調が優れず今もかなり無理をして戦場に立っているのだ。しかし、病を押して今回の尼子征伐に乗り出したのは元就の三女である小早川隆景が理由だった。豪勇の将と呼ばれる吉川元春に対して隆景はその父親譲りの知謀から明智の将と呼ばれるほどの知将だ。外見も姉である元春と瓜二つだが、性格はまったくの真逆で剛直な性格の元春とは反対に冷静で落ち着いた性格の姫武将だ。
そんな隆景だが訳あって今回の尼子攻めには参加していない、正確に言えば参加することが出来なかったのだ。それは宗秀がこの時代にやって来る少し前のこと、毛利家でとある事件が起こったのだが元就の嫡男である毛利隆元が尼子家の刺客によって暗殺されてしまうという事件が起きたのだ。
この隆元の急死は毛利家に衝撃を与え特に隆景の錯乱と動揺は激しく、立ち直れないほどの衝撃を受けてしまっていた。隆景だけでなく父の元就や元春も同様でとても尼子攻めを行えるような状況ではなかったが、それでも今回の尼子攻めを継続したのは失意と絶望の底にいる隆景を少しでも励まし助けたかったからなのだ。
(まだ…まだ倒れるわけにはいかぬ!隆景どのと隆元のためにも尼子家は滅ぼさなければならぬ、この老将の最後の大仕事よ!)
元就も既に齢七十を越えており病に臥せりがちになっていた。元就にとっても隆元の死は大きくその後、彼はどこか生きる気力を無くしてしまったようにも見えていた。
「元春どの、隆景どのや亡き隆元のためにも負けられぬ」
「おう!この戦、必ず勝つけぇ!」
改めて冷静になった元就は月山富田城攻略の策を練り始め尼子家の崩壊の危機が刻一刻と迫っていた。
・出雲 月山富田城内
その頃、月山富田城では当主である義久が重臣と臣下たちを集め今後について対策を話し合っていた。しかし意見はまとまらず、ただいたずらに時だけが過ぎていった。いざ一同で話し合っても誰も意見を言おうとしない。ただ『特攻です!!そして決死の覚悟で玉砕しましょう!!これぞ、まさに七難八苦です!』と無謀な作戦を提案する鹿之助を除いては…
「ええい!何かよい策はないのか!?このままでは尼子は終わりだ!」
声を荒ぶらせ不機嫌そうに上座に座っている男、この者が尼子義久だ。歳は二十代前半で豪華な着物に頭には鳥帽子を被っている。父・晴久の急死によって突如、家督を継ぐことになった義久だったがその状況は決してよいものではなかった。まだ二十代の若輩で実績もない彼に従うものは少なく、この時点で支配していたいくつかの国人衆も尼子家に見切りをつけ始めたほどだ。
「何故皆、黙っておるのだ!何か申さぬか!」
「「「………」」」
しかし、一同は口を開かない。誰もこの戦況を打開できる策を持っている者がいないからだ。そんな重苦しい雰囲気の中一人だけ口を開いた者がいた。
「殿、恐れながら申し上げます」
「む、久兼か。何か良案があるのか?」
口を開いたのは尼子家の重臣、宇山久兼という男だった。経久の代から仕える宿将で家中の人望も厚く将兵たちからも慕われており、これまで疑心暗鬼に陥っていた城内が混乱することなく維持できたのもこの久兼の手腕があったからだ。
「はっ!戦況は我が方が圧倒的に不利、しかしこの月山富田城がある限り我らはまだ戦えまする」
久兼には確信があった。かつて大内軍の大軍に月山富田城を包囲された時、先代主君・晴久と共に戦い城を守り抜いた経験からこの月山富田城の守りの固さはよく分かっていた。勝つまではできずとも毛利が撤退するまで防ぐことは十分に可能だと考えていた。
「だが、兵糧はあと数日分しか無い。それはどうするつもりだ?」
やはり問題となるのは兵糧だろう。どれだけ難攻不落の城を持っていても兵糧がなければその守りも容易く崩れる、兵糧が底を尽きれば数日ともたないだろう。
「兵糧については拙者に考えがありまする、この件はお任せくださいませぬか?」
「…ふむ、そこまで言うのなら久兼に任せよう。よいか、必ず兵糧を手に入れよ」
「御意!」
少し一人になりたい皆下がれ…と言い残し義久は奥の部屋へとまるで逃げるように入っていた。しかしこの状況でどうやって兵糧を調達するのか?同じく話を聞いていた久綱はどうしても気になり久兼に尋ねた。
「久兼様、いったいどうやって兵糧を手に入れるのですか?愚かな私には考えが及びませぬ」
「その事だがわしの見たところ城の裏側の包囲がわずかに手薄だ、そこから兵糧を運ぶ」
「しかし、その兵糧は何処に?」
「案ずるな、矢田という地に兵糧を運ぶよう近隣の商人に密かに手配させておる。わしの私財で購入した量しかないがこれで数ヶ月は持ちこたえられるだろう」
「数ヶ月分でございますか…」
「そう言うな、あくまで一時的だが時を稼げる。このまま座して待つよりはよいはずだ」
「そうですな、微力ながらこの久綱も協力致します。共にこの窮地を乗り越えましょうぞ!」
こうして久兼の提案した決死の兵糧輸送作戦が行われることになった。久綱や一部の重臣、臣下も賛同しそれぞれの働きもあって約二百人程の決死隊が編成された。作戦の決行は二日後の丑の刻(午前一時)に行われることになったが作戦決行の前日、城内の者のたちを震撼させる出来事が起こった。
もはやこれまでと諦めた城兵の一部が毛利軍に投降したのだ。しかしその足軽たちは降伏を許されず一人残らず殺されてしまったのだ。それ以降、月山富田城の周りには柵が張り巡らされた。
この出来事に尼子軍は騒然となり、「毛利は我らを皆殺しにするつもりだ」と城内の混乱と動揺はさらに激しくなっていった。
「おのれ元就め…我々の心を折りにきたか」
「叔父上、兵たちが動揺しています。なんとか抑えていますが、あまり長くは持ちません…」
「一刻も早く兵糧を城内に運ばねばならん。鹿之助、予定通り明日の丑の刻に出陣するぞ。準備をしておけ」
「はい!十勇士たちと私の武勇で必ずこの作戦を成功させましょう!」
出陣するのは宇山久兼、立原久綱、山中鹿之助とその配下尼子十勇士たち以下二百の兵たちだ。この作戦に尼子家の命運がかかっていると二百人の勇士たちが奮い立っていた。そんな時、鹿之助と久綱の前に城内で雑務を手伝っていた宗秀がやって来た
「なあ!久綱さん、鹿之助」
「宗秀殿?どうされたのですか」
「城外に兵糧を取りに行くって聞いたんだが、本当なのか?」
「ああ、この作戦にこの城の命運がかかっておる」
「そのことなんだが、俺にも手伝わせてくれないか?」
「…正気か?手薄とはいえ敵軍の包囲を突破せねばならぬ、しくじれば死ぬかもしれぬぞ?」
確かに戦場に出るのは震えるほど恐ろしいが何もせずにただ待っているほうが宗秀にとって恐ろしかった。この数日間、宗秀はろくに睡眠を取れておらず、いつ城が落とされるのか…ここに来てから宗秀の頭の中はそんなことでいっぱいだった。じっとしているよりは戦っている皆の為に自分も戦いたいと思って今回の作戦に志願したのだ。
「構わない、戦うことはできないが…一緒に兵糧を運ぶぐらいなら俺にもできる」
「いいだろう、今は一人でも人手が必要だ。明日の丑の刻、城の裏門に来い」
「ああ、分かった」
こうして宗秀もこの作戦に参加することになったが、彼にとってこの初陣は生涯忘れることが出来ないほどの深い傷を心に負うことになると同時に自身がどれほど過酷な時代にいるのかを実感することになる。
書いてて楽しいです!
そのうち登場人物一覧みたいなものを作ってみたいです