七難八苦戦記   作:戦国のえいりあん

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第五話 尼子滅亡

 

・出雲 月山富田城外 毛利陣営

 

 尼子軍によって行われた兵糧の輸送作戦だったが当の元就は尼子軍の動きをすべて読んでおり、月山富田城の包囲の一部をわざと緩めて隙があるかのように見せかけていたのだ。そして案の定、兵糧を運び込むために城から出てきた敵軍を伏兵で取り囲み一気に壊滅させる…これで尼子軍の輸送隊が全滅すれば城内の兵たちの士気は著しく低下するという作戦だ。しかし、元就にはさらに別の狙いがあり、伏兵隊を務めた吉川元春にある内密の命令を下していた。

 

「おやっさん、戻ったけぇ!」

 

「おお、元春どの、首尾はどうじゃ?」

 

「言われとおりに敵はある程度逃したけど本当によかったんかのう…?」

 

 元春が元就から伝えられていた命令は『全滅させずに少しだけ城へ逃がせ』だった。しかし元春はこの指示にやや不満に感じていおり、特に山中鹿之助と配下である十勇士たちを討ち取ることができなかったことを残念がっていた。その気になればあの時、鹿之助を捕らえることもできたはずなのだ。

 

(今度は何を企んどるんじゃろうか?)

 

 今まで元就の数々の謀略を身近で見てきた元春は今度はいったいどんな恐ろしい策略を用いるのかと苦笑いだった。すると元就は勝利を悟ったのかニヤリと笑みを浮かべた。

 

「ふふ…元春どの。この戦は我らの勝ちじゃな」

 

「え?それはどういう意味じゃ?」

 

 確かに敵は兵糧の輸送も失敗し、士気も戦意も大幅に低下している。しかし、月山富田城はまだ健在で鹿之助たちを始めとした一部の将兵はまだ徹底抗戦の構えを見せている。勝ったも同然の状況ではあるが"窮鼠猫を噛む"という言葉どおりまだ勝利を確信するのは少し早いのではないかと元春は思った。

 

「すぐに分かる。そろそろ仕上げじゃな…」

 

元就の策はすでに始まっていた。

 

 

・出雲 月山富田城内

 

 同じ頃、城内の緊張と不安は頂点に達していた。輸送作戦も成功とは言い難く、兵糧も残り数日分ほどで将兵たちの士気と戦意も著しく低下している。さらに降伏も許されぬ中いつ毛利軍の総攻撃が行われるのか城内の者たちは気が気でなかった。作戦から一夜空けた翌朝、鹿之助と久綱はこの絶望的な状況に動揺を隠せなかった。

 

「もはやこれまでか…」

 

「まだです!まだ負けてはいません!」

 

「…我らの運命は決まったようだ。こうなってしまっては城を枕に討ち死にするまでだ」

 

「叔父上、弱気になってはなりません!勝機は必ずあります…!」

 

「鹿之助、お主も分かっておるだろう。もう我らに勝ち目は無いのだ」

 

「……」

 

 鹿之助も既にこの戦いの勝敗は決していることを悟っていたがそれでも鹿之助は諦められなかったのだ。あの夜、月に願ったあの誓いを一時も忘れたことはない、どんな苦難が自身を襲ってもこの命のある限り尼子家の為に戦い続けると…

 

「叔父上、例え負け戦であっても私は毛利に屈しません!」

 

「ああ、わしも卑劣な毛利に降るぐらいなら死を選ぶ。尼子の意地を見せてつけてやろう」

 

 とは言え城内で戦える者はかき集めても数千にも満たず、とても毛利軍の大軍に太刀打ちできないだろう。しかし、鹿之助と久綱の他にも僅かではあるが徹底抗戦を主張する将兵たちがおり、士気はまだ完全には死んでいなかったのだ。

 

「ところで鹿之助、宗秀はどうしたのだ?」

 

「そ、それは…」

 

 鹿之助は黙り込んだ。あの戦場から奇跡的に生還した宗秀だったが精神的衝撃があまりにも大きくあれから鬱ぎ込んでしまったのだ。理由は言うまでもなく初めて敵兵を殺害してしまったことだろう。

 

「あの戦から生きて帰れただけでも大したものだがな」

 

「はい、ですが…」

 

「…まあ、奴の気持ちもよく分かる。初めて戦を経験した者なら誰でもああなる」

 

 とにかく今はそっとしておいてやった方がよいだろうと久綱は言うがやはり鹿之助は宗秀をほっておくことはできなかった。戦から戻った時の宗秀の顔を鹿之助は忘れられなかったからだ。

 

「…私、宗秀殿を探してきます。やはりほっておけません」

 

「あまり時間は無いぞ、いつ毛利が攻めてくるか分からん」

 

「はい、すぐに戻ります!」

 

 そういうと鹿之助は宗秀を探して城内を走り回ったが姿が見当たらなかった。いったい何処に…と内心不安を募らせる中、城内の者たちに居場所を聞きながら必死に宗秀を探し続けるとようやくその居場所を知る者を見つけることができた。

「南蛮のお兄ちゃんならあそこにいるよ。なんだか元気がなさそうだけど…」

 

 教えてくれたのは同じく城内に避難していた孤児の子供で、その指差した先に宗秀はいた。城壁の片隅に放心したように座り込んでいた。未だに具足姿のままで身体に無数の血痕が付着しており、恐らく先の戦場から戻ってそのままずっとそこに居たのだろう。

 

「宗秀殿、ここにおられたのですね」

 

「……」

 

「あの…宗秀殿?」

 

「あ、ああ…鹿之助か」

 

 鹿之助の問いかけに宗秀は無気力に答えたがすぐに顔を下に俯け黙り込んでしまう。なんとか励まそうと思っていたがこんな時どんな言葉をかければ良いのかと鹿之助は困惑していた。

 

「…すまないが、今は一人にしてくれないか」

 

「宗秀殿…」

 

「俺は…人を殺したんだ…俺は人殺しだ…」

 

「でも、そうしなければ宗秀殿は死んでいました。やむを得ないことだったんです!」

 

「それだけじゃない…俺は何も出来なかった…誰も助けられなかったんだ…」

 

「……」

 

 初めて人を殺してしまった罪悪感もあるが宗秀が一番悔やんでいたのは一緒にいた足軽たちを助けることが出来なかったことだ。もっと自分が戦えたら、敵の作戦を早く見破っていたら、どうして戦えない自分が生き延びてしまったのか、宗秀の頭の中は後悔と無力感でいっぱいだった。

 

「みんな…死んだんたよな、気のいい奴らばっかりだったのに…」

 

 出陣前に気さく声をかけてくれた足軽や宗秀のことを励ましていた足軽の姿は城内に無く、彼らが間違いなく討ち死にしてしまっとことを実感したのだ。

 

「宗秀殿…それが戦です」

 

「分かってる…!!だが…」

 

「戦では勝った者が正しいのです。死んだ者に言葉はありません」

 

「…ッ!!そんな言い方ないだろ!!みんなにも帰る場所があって、大切な人もいたんだぞッ…!」

 

「それが乱世なのです。あなたがいたという戦のない平和な時代では考えられないことでしょうが…」

 

「……」

 

「だから私たちは戦うのです。生きる為に、大切な人を悲しませない為にも」

 

 自分が生きる為に相手を殺す、これが戦国時代…乱世なのだと宗秀は改めて実感していた。自分のいるこの時代がどんなに過酷で虚しい世界なのかを…

 

「宗秀殿、一人で背負わないでください。戦ですべての人を救うことなど不可能です。それに宗秀殿は今回の戦が初陣だったんですから、何も出来なくて当然なんですよ」

 

「…そう…だな」

 

「むしろ初陣であの激戦を生きて帰れただけでもすごいと思います。だから…元気を出してください!」

 

 そう、まだ戦は続いている上にいつ敵が攻めてくるか分からない状況だ。それに自分はまだ生きている…自分を庇って死んでいった足軽たちの為にもそして元の時代に戻る為にもまだ死ぬわけにはいかない、と宗秀は必死に心に言い聞かせた。

 

「…そうだよな、落ち込んでる暇はないよな」

 

「宗秀殿…!」

 

「ありがとう、鹿之助。お前には助けてもらってばかりだな」

 

「いえ、私は何もしてません。ただ宗秀殿を少しでも励まそうと思っただけで…」

 

「お陰で少し落ち着いた、助かったよ」

 

 もちろん人を殺したことについてはまだ後悔と罪悪感を拭いきれていないが、まずはこの戦を生き延びることが最優先だ。また人を殺さなければならない状況になった場合、同じことができるのだろうか?しかし殺らなければこちらが殺られる。そうなのであれば躊躇うわけにはいかない。

 

(俺は死なないぞ…!絶対に生きて元の時代に帰る!)

 

「鹿之助様!い、一大事にございます!」

 

 そんな時、慌てた雰囲気で二人の元にやって来たのは尼子十勇士の一人である、亀井世界之介だった。

 

「世界之介か、いったいどうしたのだ?」

 

「とにかく大広間へ!清河殿もどうか…!」

 

「何かあったのか?」

 

「…宇山様が謀叛を企てていると家中で大変な騒ぎになっているのです!」

 

 その言葉に二人は耳を疑った。誰よりも尼子家とこの城を守ろうと戦っていた久兼が謀叛など企んでいるはずがない。何より共に彼と戦ったからこそ、その言葉が余計に信じられなかった。

 

「そんな馬鹿な!?宇山さんが謀叛なんかするわけがないだろ!」

 

「私も同感です…!宇山様ほど尼子に忠義を尽くしてきたお方はいません。世界之介、何かの間違いではないのか?」

 

「今、義久様が宇山様を問い詰めておりますが…激しく疑っておられる様子です」

 

 久兼は普段から兵たちや避難してきた民たちを必死に励まし共に戦ってきたのは城内の誰もが知っている。もし彼が死んでしまえば城は完全に戦意を喪失し、戦わずして月山富田城は陥落するだろう。

 

「宗秀殿、行きましょう!宇山様を失ってはこの城は持ちません…!」

 

「ああ!もちろんだ、行こう鹿之助!」

 

 

・出雲 月山富田城 大広間

 

 

 宗秀と鹿之助が城の大広間へやって来るとそこには尼子家の家臣一同と義久そして謀叛の嫌疑がかけられている久兼の姿があった。久兼は義久の前で毅然とした態度で正座しており、そんな久兼に対して義久は怒鳴りながら話していた。

 

「久兼…!やはり、貴様は謀叛を企んでいるのだな!」

 

「殿、拙者は断じて謀叛など考えておりませぬ」

 

「偽りを申すな!!城内の者が口々に言っておるではないか!これが何よりの証拠だ!」

 

「それは毛利軍が流した流言です!義久様、騙されてはなりません!」

 

「ええい!まだ申すか!!」

 

 義久は久兼が謀叛を企てていると完全に疑っている様子で全く聞く耳を持っていなかった。義久がここまで疑っているのは城内の兵たちや女子供が口々に話している噂が原因だった。元々、内通者が城内にいるという噂が流れていたがあの戦いが終わった後、その噂がより強く囁かれるようになったのだ。

 

 あの僅かに生き延びた兵たちの中に敵の間者が紛れており、そして久兼が間者を城内に引き入れる為にあのような無茶な作戦を実行したのでは…?とそんな噂が城内で新たに流れ始めていたのだ。

 

「そうか…貴様は城内に敵を引き入れる為にあんな策を提案したのだな?」

 

「この状況で兵糧を手に入れるにはその策以外にありませんでした…!それ以外に他意はございませぬ」

 

「黙れ!ならば何故貴様だけがのこのこと城へ戻って来た!兵糧も持ち帰ったのはごく僅か…これだけの証拠があってまだしらを切るつもりか!」

 

 久兼の必死の釈明も虚しく義久は考えを改めようとしない。そしてついに怒りが抑えられなくなったのか義久は久兼を睨み付けて言った。

 

「久兼!貴様は裏切り者だ!!誰か、すぐにこやつを斬れ!」

 

「よ、義久様!!」

 

 恐れていた事態に居ても立ってもいられなくなったのか久綱を始めとした多くの重臣たちが床に頭を擦り付けながら言った。

 

「殿!久兼様は先々代、経久様の代から尼子家に尽くしてきた宿将にございます!どうか何卒、死罪だけはお免じください!」

 

「宇山様は城内の兵たちからの信望厚く、敵方にも名の知られたお方です。宇山様を死罪にされては城は持ちませぬ!」

 

「どうか…!どうかお考え直しを…!」

 

 しかし義久はそんな久綱や重臣たちを見ていて次第に腹が立っていた。…ずっとそうだ、今まで自身が言ったこと行うことすべてに口を出し反論してくる、自分は貴様たちの操り人形ではない…!と義久は激怒していた。

 

「黙れ黙れッ!!私の命令が聞けぬのか!この役立たず共め!こんな事になったのもすべて貴様らのせいだろう!」

 

「「………」」

 

「久兼の死罪は変わらぬ!さっさと殺せ!」

 

 その一言に部屋の外で話を聞いてた宗秀は拳を握りしめて怒りに震えており、今にも部屋を開けて殴り込んで行きそうな雰囲気だった。だ、駄目です!宗秀殿!と身体を押さえる鹿之助を無理矢理払いのけて宗秀は部屋に怒鳴り込んだ。

 

「ふざけるなっ!!この野郎…!黙って聞いてたら自分勝手なことばかり言いやがって…!!」

 

「な、なんだ?誰だ貴様は!?」

 

 一同全員の視線が宗秀に集中する。だが宗秀は動じることなく半ば怒鳴りながら義久に言い放った。

 

「一体何様のつもりだ!あんたは人の上に立つ資格なんてない!!家臣をなんだと思ってる!!」

 

「貴様…!!下郎の分際でこの私にそのような無礼な言動を…!」

 

「うるせぇ!!こんな状況で身分なんて関係あるか!!みんな必死にこの城を守ろうと戦ってるんだぞ!あんたは今まで何か行動したのか!!こんな時に仲間割れなんかしてる場合じゃないだろ!」

 

 一介の素浪人に過ぎない宗秀が大名の当主に暴言を吐くということは本来なら久兼同様に死罪になってもおかしくないが重臣一同は宗秀の言葉を黙って聞いていた。

 

「宇山さんが死んだらこの城は終わりだ!そんなこと、あんたでも分かるだろ!」

 

「き、貴様ぁ……!!」

 

 怒りが頂点に達したのか義久は部屋に飾ってあった刀を抜き取り、血走った目で宗秀を睨み付ける。

 

「これ以上何か言ってみろ…!!叩き斬るぞ!!」

 

「斬りたいなら斬れよ!俺を斬って気が済むなら構わない、自分で自分の首を絞めてるってことに気づいてくれるならな」

 

「……っ!!」

 

「宇山さんを斬って誰が喜ぶと思う?敵の毛利元就だろうが!一緒に戦った俺なら分かる!宇山さんはあんたやみんなのために必死に戦っていたんだ!」

 

「……」

 

「あの決死隊の足軽たちだってそうだ、この状況をなんとかしようとして無茶な作戦にも参加してくれた…その人たちの思いを無駄にする気か!!」

 

「だ、黙れ…黙れ黙れ黙れぇ!!」

 

 義久は持っていた刀をその場に叩きつけた。なんと義久が涙を流しており、震える声で叫びながら宗秀に感情のままに言葉を言い放った。

 

「貴様ごときに…貴様などに私の何が分かると言うのだ!!私の苦労が!?私が家督を継いだ時から尼子は既に終わっていたのだ…!!家臣たちは次々と離れ、支配していた領地もすべて奪われた…私が何をしようと無駄だったのだ!!」

 

「……」

 

「お前ならばこの状況を打開できたのか…?もし、お前が当主ならこの困難を乗り越えられたのか?言ってみろッ!!」

 

 この時、宗秀は義久の気持ちを理解した。彼は彼なりに尼子家をなんとかしようとしていたのだろう。しかし四面楚歌の状況に絶望し自暴自棄になってしまったのだ。もし自分が義久の立場だったら…と考えると宗秀はやるせない気持ちになった。

 

「…もう貴様らの顔など見たくもない!降伏するなり立ち去るなり好きにするがいい!尼子はもう…終わりだ」

 

 そう言い捨てると義久は足早に大広間から去っていた。この一件で義久は完全に戦う気を無くしてしまい尼子家の機能は事実上、停止してしまったのだ。

 

「ま、待て!話はまだ終わってないぞ!」

 

「もうよいのだ…宗秀」

 

 久綱が宗秀の肩を持ちながら言った。

 

「久綱さん、だが…!」

 

「構わん、言いたいことはすべてお主が言ってくれた。きっと殿の御心にも届いたはずだ。今となってはもう遅すぎたがな…」

 

「ああ、もう少し早く悩みを打ち明けたらもっと別の結果になったかもしれないが…」

 

「殿があれほど思い悩まれておられたとは…それを察せられなかった我ら家臣にも非がある」

 

 二十代でいきなり当主になった矢先にこのような困難な状況が立て続けば誰でもこうなってしまうはずだ。誰を信じて良いのかも分からず自身の行動が少しでも失敗すれば御家を危険に晒してしまうことの緊張感、若輩ながらも義久は必死に戦っていたのだ。

 

「…わしの責任だ、わしの力が至らなかったばかりに」

 

「そんなことない!宇山さんは必死に城のみんなを守ろうと戦ったじゃないか!」

 

「宗秀の言うとおりです、久兼様のお働きは城内の誰もが知っております。不甲斐なきは我らの方です…」

 

「やはり、この罪は死をもって償う他ない」

 

「宇山さん!駄目だ、そんな命令聞かなくていいんだ!」

 

「…主命には逆らえぬ。それにわしが生きていたところで尼子の滅亡は避けられぬだろう」

 

「久兼様…」

 

 もう久兼の決意を止められる者はいなかった。久兼はその場を立ち上がるとゆっくりと城内の処刑場に向かって歩み始める。重ねて必死に久兼を説得しようとする者もいたが久兼の考えは変わらなかった。

 

「誰か、わしの介錯を頼めるか」

 

「「……」」 

 

 だが誰も名乗りを上げなかった。これまで尼子ために戦ってきた忠臣を…人望もあり兵や民からも慕われている久兼を介錯したいと言う者などいるはずがなかった。

 

「ふむ…では、鹿之助。頼めるか?」

 

「わ、私が…ですか?」

 

「お主の腕前なら任せられる、やってはくれぬか?」

 

「……分かりました。宇山様がそう仰られるのでしたら」

 

「鹿之助、もう…どうしようもないのか?」

 

「…はい。宇山様は一度決められたことは決して曲げられないお方、もう誰にも止められません」

 

「…くそっ!なんで宇山さんが死なないといけないんだ!」

 

 その後、死装束に着替えた久兼は処刑場にいた。その側には介錯を任された鹿之助や宗秀、そして久綱や多く重臣たちだけでなく兵たちや女子供までもが処刑場に押し掛けた。そして押し掛けた多くの人々が久兼の死罪に反対し久兼の処刑を惜しんでいた。

 

「…わしはなんという果報者だ、もうこの世に未練は無い。あるとすれば謀叛人の汚名を被って死ななければならないことか」

 

「宇山様、私たちは分かっております。貴方様は断じて謀叛人などではありません!」

 

「そうですぞ!必ずや我らが後世に伝えましょう!」

 

「後のことは頼んだぞ、尼子を…守ってくれ」

 

「「はっ!!我らにお任せを!」」

 

 一方、宗秀は何も言えずにただ成り行きを見守っていた。 なぜ武士という者たちはそこまで死に急ぐのか?なぜ生きようとしないのか?死んでしまったらそこで終わりだと疑問に思っていた。そんな宗秀の表情を察したのか久兼が声をかけた。

 

「宗秀と言ったな、何故そのような顔をする」

 

「…俺には分からない、なんでそこまで死に急ぐんだ?生きてさえいれば何とでもなるはずだろ」

 

「一つ教えよう。我ら武士は主のために死ぬことこそ本望であり、主のために死力を尽くし戦う…それが武士なのだ」

 

「そこが分からないんだ、自分の命を賭けてまで主のために戦うのは正しいことなのか?」

 

「正しいかどうかなどわしにも分からぬ…だが主のために主家ために戦うこと…それがわしの武士としての正しさなのだ。わしの死も主の…殿が命じられたこと、主の命ならば喜んでこの命を差し出そう」

 

 主のために自身の命を捧げてでも戦い続ける…それがこの男、宇山久兼という武士なのだ。そんな生き様を宗秀は儚いと思うと同時になんと潔く強い信念なのだろうかと心打たれていた。

 

「初陣を生き抜いたのならお主も立派な武士よ、宗秀よ己の答えを見つけてみせろ」

 

「俺の…答えを?」

 

「そうだ。これからお主は多く戦を経験するかもしれん、またはどこかの戦場で命を落とすかもれしれぬ。だが己の内に確固たる信念があればどんな困難にも打ち勝てよう」

 

「宇山さん…」

 

「お主の武士としての答えをあの世で見させてもらうぞ、宗秀よ強き武士になれ!」

 

「ああ…!ありがとう、宇山さん」

 

 そろそろ逝くか…と言うと久兼は鹿之助を見つめた。それを察したのか鹿之助は持っている刀を抜き取ると大きく振り上げる。その場にいた誰もが固唾を呑んで様子を見守っている。

 

(大殿…晴久様…力及ばず申し訳ありませぬ。久兼もお側に参ります!)

 

 久兼は静かに目を瞑り前のめりの体勢になる。鹿之助は涙をこらえながら刀を久兼の首に勢いよく振り落とした。

 

「宇山様っ!御免!!」

 

ザンッ!!という音と共に久兼の首は落ちた。その光景を見ていた兵たちや女子供は皆泣いていた。それだけではない、鹿之助や久綱、他の重臣たちすべてが涙を浮かべていた。

 

(宇山さん…見ていてくれよ、俺は必ず強い男になって見せる!みんなを守れるような強い武士に!)

 

 宇山久兼の死は城内の者たちに衝撃を与え月山富田城は完全に戦意を喪失し、もはや戦える状況ではなくなってしまったのだ。誰もが敗北を確信し毛利軍の総攻撃が始まるのをただ待つことしかできなかった。しかし、毛利軍は総攻撃を仕掛けてくることはなかった。なんとそれまで月山富田城の周辺に張り巡らされていた柵がすべて取り払われ代わりに一つの立て札が立てられていた。

 

『降伏せよ、おとなしく投降するならば命だけは助けよう』

 

と立て札には書かれていた。そう元就の狙いとはこのことだったのだ。最初に降伏を許さなかったのは月山富田城の士気を低下させることと兵糧を早く消費させるためだった。そしてぎりぎりまで追い詰めた時、降伏を許すという人間の心理を突いた元就の心理作戦だったのだ。

 

 これにより月山富田城からは投降者が続出し城内に残った兵は三百程度という有り様だった。

 

ーーーーーー

 

 

・数日後 出雲 月山富田城天守

 

「……」

 

 天守の頂上で義久は城外を虚ろな目で見つめていた。最早、勝敗は決した。戦うことはできない。自身に残されている道は二つ…降伏するか自害するか。しかし、毛利方からは何度も勧告の使者が来ており、おとなしく降伏するのなら決して悪いようにはしないと伝えられていたが義久は悩んでいた。

 

(確かに降伏してしまえばすべてが終わる。だが、毛利に降れば尼子を滅ぼした暗君として後世までそしりを受けるだろう…私は…私は…)

 

 数日後、義久は降伏を決断した。それを承諾した元就は義久の身柄を安堵する血判書を送り、ついに月山富田城は開城することになった。その後、尼子義久は安芸の円明寺という寺に幽閉され今後も生きることになる。

こうして戦国大名としての尼子家はここに滅亡したのであった。

 




お絵描きしてたら遅くなりました…
現実の時間が少な過ぎますよ~!

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