加蓮Be!   作:煮卵9

10 / 35
うおおおおおおおおおおおおおやったああああああああああああ優勝だああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!

加蓮が優勝したので乱舞して投げまくります。後悔するのは将来の私。
頑張れ。


輝きの向こう側にあるもの

翌日。

どうしていいかも分からない、何をすればいいかも分からない、ただの惰性で気が付くと俺は学校にいた。

誰もいない階段。談笑も聞こえない廊下。明かりもついていない教室。

そこに居るはずもないと分かってながらも、右隣の席を眺めてしまう。

 

あれから、他に俺にできることはなかった。

加蓮がまともに取り合ってくれることはなかったし、志保が電話に出ることもなかった。

静香には繋がったが、どこか上の空で、事情を知っている様子でもなかった。

 

あと出来ることといえば、志保に直接話を聞くことくらいだ。

それも、可能かどうかは分からないが。

志保も静香も来なければ、俺に学校でやれることなんて無い。

だから、俺は二人が来るまで突っ伏して過ごした。

 

 

始業のチャイムと共に、扉が開かれる。

そこに居たのは、静香だけだった。

担任が入ってきて、事務連絡をして。

 

優等生である北沢志保は、学校に来なかった。

 

 

 

それから俺と静香は、休み時間には授業の構造上あまり話す時間が無く、きちんと話し合えたのは昼休み、昼飯を一緒に食べる時だった。

机を合わせて、対面するように座る。

いつもはあるもう一つの椅子は、今はない。

 

「静香…。何があったか、分かったか…?」

 

「ううん…。志保は、何にも言ってくれなかったから…。」

 

「優等生の志保がサボったんだ。言ってくれる気は、無さそうだな…。」

 

「うん…。どう、しようか。いつまで来ないつもりなのかな…。」

 

「明日は土曜だし、このままじゃ来週の月までは話を聞けそうにない、か…。静香。家に行こう。志保の家に行って、逃げ場のない状態で、きちんと話し合おう。今日の放課後、学校から直接でいいか?」

 

「大河…。それだったら、私に行かせてくれないかな。女同士で、話したいことがあるの。」

 

「構わない…けど、本当に一人で大丈夫なのか?」

 

「うん。だって私、志保の親友なんだよ?大河はその間に、お姉さんに話を聞いてほしいの。志保からの情報だけじゃ、どっちに非があるかなんて確かめようがないし、何があったか完全に把握するまでは、叱ってあげることも出来ないと思うし。」

 

「それもそうだな…。よし、分かった。じゃあ志保のこと、頼むぞ…。」

 

「そっちもお姉さんのこと、お願いね。」

 

そんな会話をして、今日の静香との会話は終わった。

やはりぎこちない、そんな一日だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「クソッ…!やられた…!」

 

6時間目の授業を終えて、荷物を抱えて大急ぎで家に戻り、加蓮の姿を探した俺の目に、一番最初に目に止まったのは、食卓の上に置かれていた書き置きだった。

 

『これからライブの日まで、奈緒の家に泊まって練習するー。ライブの日には帰るね♪』

 

やはり昨日、聞き出しておくべきだった。

俺は奈緒の家や電話番号は知らない。

凛の家や電話番号は知っているが、加蓮と奈緒がライブの練習をするのに、そこに凛がいないわけが無いだろう。

それに加蓮だってその対策をしていないわけが無い。今から連絡をとったところで教えて貰えるわけもない。

美嘉なら…いや、加蓮の身内は加蓮側に付いてるに決まってる。電話に出てくれるとは思えない。

他に346の知り合いで、奈緒の家を知ってそうな奴…駄目だ。そもそもアイツらがユニットを組んだのはここ最近の筈だ。デビューしてる奴らとの関わりは殆ど無いだろう。

なら…。

 

「346に、突っ込むしかねえな。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「美嘉。守衛から電話だ。なんでもお前の知り合いを名乗る奴が来ているらしいぞ。」

 

「ふーん…早かったかな。ありがとうございまーす。もしもしー?」

 

『レッスン中すみません、美嘉さん。それで、不審者の件なんですが…。』

 

「知らないよ。」

 

『え?』

 

「だから、知らない。私の知り合いが来るなんて聞いてないし、来るわけもない。申し訳ないけどお引き取り願っておいてもらって。」

 

『は、はい…。』

 

来た男の名も、目的も分かっているが、私は会うわけにはいかない。

しかしそれにしても流石は姉弟と言ったところか、抜群の読みをしている。

そりゃあ大河が頼るとしたら私が適任だし、奈緒ちゃんの家を知っている大河の知り合いも私くらいのものだが、それでも時間指定、更にはニアピンとは。

 

『おいっ!美嘉!何嘘こいてんだよ!出てこい!俺は加蓮に会わなきゃいけないんだよ!』

 

電話口からけたたましい叫び声が聞こえた。そんな大きな声出さなくても聞こえてるっつの。

 

「嘘なんてついてないよ。私はあんたなんて知らない。私は大河が優しいことを知ってるし、受けた恩を返さなきゃいけないのも理解してる。だから、忘れることにしたの。」

 

『はぁっ!?』

 

「だから、私は、あんたのことなんか知らない。答えも持たずに突っ走ってきた、今の加蓮に対してどうすることも出来ないあんたなんか、知らない。少なくとも、来週の月曜まではね。ちなみに他の子達も同じだから、他の子にアプローチ取って煩わせないで。ライブの子もいるんだし。」

 

『君っ!返したまえ!…すみません美嘉さん、処遇、どうしますか。警察を呼ぶことも考えた方がいいと思いますが…。』

 

「ん〜。まあ放っておいていいんじゃない?多分もう、逃げてるだろうし。」

 

『え?あ、あの野郎…!』

 

「やっぱり。それだったら特に何もしなくていいよ。どうせもう来ないだろうし。そゆことで。じゃーねー★」

 

電話を切って、レッスンに戻る。

 

(ホンットに、二人とも強情なんだから…。挟まれる私の身にもなって欲しいもんだよねぇ…。)

 

まあ、そこが彼らの楽しいところなのだが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どう、するか…。」

 

346プロへの特攻の結果、得られたものは特になし。強いて言うなら美嘉は完全に敵ということが再確認出来て、346から情報を引き出すことは不可能ということが分かっただけだった。

他に出来ることなどあるはずもなく、考えることは一つだけ。

 

(答え…。加蓮が、何と戦ってるのか、か。そんな事言われても、何が起きたか未だに分かってない俺が、答えを出せるようなことなのか…?)

 

「あら、またまた奇遇ね、こんなところで何してんのよ。」

 

「…このみ姐さんか。悪い、今急いでんだ。また今度な。」

 

下を向いて歩いていたからか、前に立ち塞がられるまで気付けなかった。

 

「にしては、ゆっくり歩いてたように見えたけど。」

 

「今そういうの無理なんだよ。今日は付き合えるテンションじゃねぇんだ。分かってくれ。」

 

「ふーん…。ごめん、皆。予定変更。宅飲みの予定だったけど…もう一軒ハシゴよ!」

 

「「「了解でーす!」」」

 

「は…?」

 

このみ姐さんの後ろに、三人いた。

俺が勝てるのはこのみ姐さんだけ、相手が年上、三人ともなれば勝ち目はない。

 

「ドナドナ(ry

 

 

 

 

 

連れてこられたのは居酒屋。奥の席に押し込まれて、俺の隣に一番若そうなツインテールの女性、その隣にウェーブ髪の巨乳の人、目の前にはこのみ姐さんで、その隣に歌のお姉さんみたいな人。なんで俺は毎度毎度奥側に閉じ込められるようにして座らされるのか。逃げるからか。なるほど。

 

「じゃあ取り敢えず皆ビールでいいかしら?大河はオレンジジュースでいいわよね?」

 

「注文よりも前に説明することがあるんじゃないのか?まあ、別にいいけど。」

 

「店員さーん!ビール4つにオレンジジュース1つ!」

 

注文を取りに来たバイトは、明らかに不審そうな顔をしたが、大人しく注文を取って厨房の方へと戻っていった。ああもうパターンが見えてる。

 

「じゃ、自己紹介と行きましょう!この子はいつも話してる北条大河君。生意気よ!以上!」

 

「適当がすぎるぞロリババア。言っておくが俺がビビってんのはお前じゃないから何の容赦もしない。俺は男女平等主義だから遠慮なくいくぞ。」

 

「ね?生意気でしょ?じゃ麗花ちゃんから反時計回りで行きましょう!」

 

(つっても初対面だぞ。そんな軽く喋れるわけが…。)

 

「大河君ですね!私は北上麗花、誕生日は5月17日で20歳、おうし座、AB型です!長野県出身の趣味は登山で、スリーサイズは…」

 

「ああもういい!いいからお前の情報はそれで!もう黙ってろ!初対面なのに馴れ馴れしいんだよ!」

 

(くっ…油断した俺が馬鹿だった…敵はミリオン!杏奈を除けば全員イカれた野郎共というのは志保から聞いていたはずだ…!でも、まあ、次の人は乳以外は大人しそうだしなんとか…!)

 

とおかわふーか(豊川風花)にううにふぁい(22歳)くわつふつかうまれの(九月二日生まれの)おとめづぁうぇす(乙女座です)ちうぁけんしゅつしんで(千葉県出身で)しゅみはけんけちゅ(趣味は献血)しゅりーしぁいじゅは(スリーサイズは)ううぇかりゃきゅうじゅ(上からきゅうじゅう)

 

「誰かそいつの口塞げ!もう完全に出来てんじゃねーか!まだ6時前だぞペース上げすぎなんだよ!」

 

「ちょっと止めるの遅かったわね。そんなに風花ちゃんのバストサイズが気になったのかしら?」

 

「てめーのまな板よりは知りたいね。」

 

「あぁん!?もう一遍言ってもらえる!?」

 

「お前そんな風貌で耳だけは年増なのかね!」

 

「ヤル気…?」

 

「上等だ、表出ろ。」

 

「わーい!このみさんと大河君仲良しですね~!」

 

またぷりょでゅーしゃーしゃんが(またプロデューサーさんが)みじゅぎのしごと(水着の仕事)とってきた(とってきた)んでしゅよ(んですよ)…?わらしはいあだって(私は嫌だって)いっあのに(言ったのに)~!」

 

「皆さん!」

 

机に手をドンッと叩きつけて歌のお姉さんが立ち上がる。

 

「風花ちゃん、お酒によってあんまり変なことをすると、後で後悔するってもう十分思い知ってるでしょう!麗花ちゃんも、初対面の人にそんなに絡まない!そういうの苦手な人もいるんだから…!このみさんも、喧嘩してないできちんと仲良くしましょう!大人なんですから!」

 

「お、おお…。このみ姐さん、こういう人、こういう人沢山連れてきてよ!四人が四人とも頭おかしいとか思ってたら普通に良い人いるやんけ!」

 

「大河君もです!いくら親密とはいえ、目上の人には敬語を使いましょう!それに、口も悪いですよ!」

 

(初対面でもきちんと叱るのか…!本当に歌のお姉さんみたいだけど、結構まともそうじゃねぇか…!)

 

「フッ…。所詮それはお酒の力に頼った第一形態。第二第三の歌織ちゃんにひれ伏すといいわ…!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一時間後、俺は頭を抱えるしかなかった。

 

「んもー!暑いー!脱ぎます!」

 

「脱ぐなボケ!着ろ!」

 

酔うと脱ぐ、最低の酒癖の女。それは歌のお姉さんこと、桜守歌織さんだった。

 

既に机上は大量の空き瓶が並べられており、店員が既に数回は片付けに来ているのにこれである。

それで酔わないわけもなく、最初から既に出来上がっていた風花さんは十数分でダウン、そこから三十分ほどでストッパーこのみ姐さんがダウンし、こうなった。

歌織さんはたった今ダウンして、残るは一人。

 

「なぁ…いつまで飲んでんだ、お前。」

 

「えへ、大河君も飲みますかー?」

 

「飲まねぇよ馬鹿じゃねぇのか。」

 

麗花は未だにチョビチョビと飲み続けている。少しずつ飲んでいるとはいえ、喋る時と食べる時以外はジョッキから口を離すのを殆ど見ていないので相当飲んでいるはずだが、こいつは化け物か。

 

「大河君ー。」

 

「何だ。」

 

「大河君は、何に悩んでいるんですかー?」

 

北山麗花は、笑顔のままそう尋ねた。

 

「…何か、知ってんのかよ。」

 

「ううん。ぜんーぜん知らない。このみさんが誰かを急に飲みに誘う時は、絶対その人が悩んでいるときだから。私のときもそうだったし。」

 

「意外だ。こんなぽわぽわした奴にも悩みなんてあるんだな。」

 

「とうーぜーん。大河君も知らないんだ~。悩んでない人なんていないんだー。悩むから、進めるし、悩むのが、人間なんだよー。」

 

「誰の受け売りだ。」

 

「バレちゃった?このみさんでーす。」

 

「…で?そんなこと聞いてどうするんだ。俺の悩み、お前が解決してくれるってのか。」

 

「ならば解決してあげましょう!私だってプロデューサーさんみたいにできますよ!」

 

麗花は胸を突き出してえっへんとする。横に規格外がいるので更地にしか見えない。

 

「今日あったやつにどうこうできるようなもんじゃねぇよ。それに、こんな酒の席で暗い話なんてするもんじゃねぇだろ。」

 

「んー…。じゃあ大河君のこと、いーっぱい教えてください!それだったら楽しいです!」

 

「別にいいけど…。俺の話なんて聞いて何が楽しいんだか。」

 

それから、麗花は矢継ぎ早に質問を繰り出してきた。身長や特技などのステータス的なものから、交友関係などのプライベートな所まで。別にいいとは言ったがそこまで聞くか普通?

 

「大河君は、お姉さんと、その暴れん坊ちゃんな友達の事で悩んでるのかー…。」

 

「あ?ちょっと待て、何の話だ。」

 

「え?違うの?」

 

「いや、違わねえけど…。」

 

「それで、好きな人がいると。」

 

「は!?いねぇよ。」

 

「分っかりやす~い♪」

 

「本当に分かりやすいですね、この子。」

 

「…さっきまで酔い潰れてたくせしてこういうタイミングで起きんのかよ。」

 

麗花と、さらに目覚めた風花さんによって、俺の問い詰めが始まる。起きてたんじゃねえのか?こいつ。

 

「ねぇねぇ!いつから好きなの!?」

 

「どういう所を好きになったんですか!?」

 

「ああうるせぇ!年甲斐もなくはしゃいでんじゃねえ!悩み聞くんじゃねーのかよ!」

 

「えーそんなことより恋バナしましょこ~い~ば~な~!」

 

「私も聞きたいです!私は色恋沙汰には疎かったもので!」

 

「そりゃあ疎くもなるだろうな!」

 

少なくとも酒の席では一生付き合いたくない。ちなみに麗花は素面でも関わりたくない。

 

「いいですよね…。好きになるって。好きになることも、好きになってもらうことも、憧れます…。」

 

「勝手に憧れてろ。…俺も、別に好きとかじゃねえよ。憧れてるだけだよ。あいつの生き方に。」

 

「え~つまんないですよ大河く~ん。はいはーい!だったら私その暴力女ちゃんの話聞きたいでーす!なんか昔の志保ちゃんに似てますよねー♪」

 

「あ…?麗花、お前今何て言った。」

 

「…さっきから気になってたんですけど、なんで私だけ呼び捨てなんですか〜。私も姐さんってつけてください~!」

 

「うるせぇっ!お前なんか麗花で十分だ!それより、何でお前が志保の名前を知ってるんだ!それも、今の志保も知ってる口ぶりじゃねぇか…!」

 

「え?大河君の言う暴力女って志保ちゃんのこと?あんないい子をそんなふうに呼んだら駄目ですよ~♪」

 

「麗花ちゃん空気読んで…!大河君。君が志保ちゃんと知り合いなのは分かったんですけど、何をそんなに驚いているんですか?志保ちゃんがアイドルってこと、聞かされてなかったってことですか?」

 

「いや…知ってる…けど。…志保は、今も(・・)アイドルなのか…?」

 

「今もって、ずっとアイドルですよ?」

 

まさに予想外。

志保は確かに765プロにいたし(・・・)、そしてこの目の前の女が765プロのアイドルというのは有り得る可能性であろう。

だが。

 

 

 

『良かったのか。アイドル、辞めちまって。』

 

『ええ。私はやりたいことをやり尽くしたわ。信念を持って、最後までやり遂げた。やり残すことはもうないわ。』

 

『ならいいけど…。いい仲間もできたんだし、これから―――』

 

『大河。』

 

『…いいんだな。』

 

『うん。』

 

北沢志保は765プロを二年の夏の終わりに辞めている(・・・・・)

先輩達、オールスター組のバックダンサーとしてミリオンスターズである志保と、他に6人のアイドル候補性が抜擢されたライブ。

そこで、志保は色々な壁にぶつかって、俺らに涙さえ見せた。

それでも、彼女は再び立ち上がって、仲間と共にライブを成功させた。

 

それから一週間後、彼女は俺にそう告げたのだった。

 

だから、その言葉の意味が理解できなかった。

 

「志保がまだ…アイドルを辞めていない…?」

 

それは、別に悲しむべきことではない。

一匹狼を貫いていて、静香くらいしかまともに女子の友達がいない志保が、他に交友関係を持っているというのなら、それはむしろ喜ばしい事態だ。

だが、では何故俺に嘘をついていた?

 

「どう、して…だ?」

 

「え~大河君そんなことも分かんないんだ♪そんなこと簡単でしょ~。志保ちゃん、好きなんだよ、大河君のこと~。」

 

「そんな訳ねぇよ…。あいつが、俺のことなんて。お前、だいぶ酔ってんだろ。酔っ払いの戯言だろ。」

 

「ん~。大河君て随分とめんど~くさいしぇいかくなんですね~♪気付いてるのに、気付かない振りをしてるにゃんて~。」

 

「気付いてる…?俺が…?そんな訳が―――」

 

ねぇだろ、とは続けられなかった。

 

志保が俺らを陸を迎えに行かせる。…何の為に?

志保が未だにアイドルのことを調べている。…何でそんなことをする?

志保が加蓮に対して激高する。…それは何故?

 

(そういう、ことか…。)

 

それはきっとあいつがアイドルで、

レッスンや仕事が忙しかったからで、

ライバルと成り得るアイドルのことを調べていて、

 

「俺の…ためか…。」

 

加蓮が、俺にとってのお荷物だと思ったから、殴った。

 

(違うんだよ志保…違うんだ…!)

 

志保に対する答えは見つかった。

でも、それはきっと彼女を苦しませる答えで、彼女を納得させる答えではない。

 

「もう…。麗花ちゃんは言いたいことだけ言ったらダウンするんですから…。あの、大河君。私は、大河君が何に悩んでいるのかは分かりませんけど、相談に乗ることくらいならできますよ。」

 

「いや、もう相談したいようなことは無いんだ。解決はしてる、から。」

 

「でも、何かあるんですよね。何も無い人はそんな顔したりしません。そんな暗い顔した人に、悩みがないなんてことはありません。…これでも私は元看護師なんですから。頼れる人をやってきましたから。」

 

「そんなに簡単な話じゃねえんだよ。俺は、友達の想いを無駄にしちまった…!友達が心配してくれてても、俺にとってその想いは意味が無いものなんだ。あいつは、そのために悩んでくれているってのに…!」

 

「…少し、私の昔の話をしても、いいですか?」

 

「…好きにしろよ。」

 

「私、さっきも言った通り、看護師だったんです。看護師って言っても、勿論色々な人がいます。事務的な看護をする人もいれば、全部を尽くすような人もいました。皆、その人のことは馬鹿にしてましたよ。時間の無駄だって、一人に時間をかけすぎだって。その看護師は、それでも懸命に自分の出来ることをやり続けました。不安がってる子供を安心させるために。気難しい老人と仲良くなるために。死にゆく人達と、親密になるために。無駄だったって思いますか?その看護師の行動は。受け入れてもらえるかも分からない、受け入れてもらったとしても、すぐに別れることになるその想いは、無駄だったって、思いますか?」

 

「それとこれとは…!」

 

「無駄になる想いなんて無いんです。人を想うことに不必要なことなんてないんです。人を想うことで、人に想われることで、助けになってることだってあるんです。大河君はその想いを受けても何も感じませんか?無駄にしてしまって申し訳ないと思ったり、想って貰っていることに気付いて心が温かくなったり…。何にもなかった、無駄だったって、思いますか?」

 

「でも…。俺は志保に全部やらせちまった。伝えなかったから。俺は皆に、そういうことひた隠しにしちまうから。」

 

「だったら…伝えてあげればいいじゃないですか。伝えてなかったけど、俺はこうだ、って。お前の想いは無駄になったかもしれないけど、俺は嬉しかった、って。友達なんですよね、だったら大丈夫ですよ。」

 

「…俺、あんたと酒の席以外でファーストコンタクトしたかったぜ。」

 

「そ、それは私の方が思ってます!」

 

「ありがとな。全部、何とかなりそうだ。答えも、覚悟も、全部決まった。」

 

「それなら良かったです。私も誰かの役に立てたなら、嬉しいですから。じゃあ申し訳ないんですけど、ちょっと…眠らせてくださ…zzz。」

 

「赤ちゃんかよ。」

 

まあ癪だが、この大人達に助けられたのは確か。まあこのみ姐さんと歌織さんは何の役にも立ってないが。

 

(寝かせておいてやるか…。まだ8時前だし、ある程度俺も時間に余裕はある。)

 

ちょうど、もう一つ答えを出さねばならないこともあるのだし。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

3時間経った。

起きない。

 

「よくもまあ全員ぶっ潰れるよね。店とか俺とかに対する迷惑考えてねえのか。」

 

いくら声をかけても、体を揺すっても、一向に起きる気配はない。なんだ、どさくさに紛れて乳でも揉めばいいのか。しかしそれで起きられた場合誰に対した攻撃でも俺は死ぬ。なんてったって765には育様とやよい様がいる。一報を届けられた時点で死は免れない。

 

仕方なく、このみ姐さんのスマホを奪い、ロックを解除してLINEを開く。

 

(上から適当に…4Luxury、これはこの4人のグループか。んで北上麗花、桜守歌織、豊川風花ときて…。プロデューサー、こいつはやめておこう。俺の知り合いはチラホラいるが…未成年ばっかだなやっぱり。…この人でいいか。)

 

俺はトーク的に酒飲み仲間であり、結構親交の深そうな『百瀬莉緒』という女性に電話をかける。

 

『もしもし、このみ姉さん?』

 

「あー…百瀬莉緒さん?」

 

『そう、ですけど…。これ、このみ姉さんの携帯よね。あなたは?…もしかして彼氏さん?嘘でしょ!?このみ姉さんにもついに春が!?』

 

「えっ、違います違います。俺はあのー、このみ姐さんの友達的な…。」

 

『今日は打ち上げだって言ってたのにもしかして抜け出して秘密の密会!?しかしこのみ姉さんに飽きた君は、次の標的を見つけるためにこのみ姉さんの携帯を勝手に使って私に連絡を…!』

 

「あーうっせぇ!てめぇもしかしなくてもアイドルだな!?ミリオンスターズだな!?頭ミリオン野郎だなてめぇ!なんでこうミリオンの奴らは総じて人の話聞かねえんだよ!」

 

『もうー怒らないで♪ちょっと茶化しただけじゃなーい。』

 

「切るぞ。」

 

「ああ待って待ってちゃんと聞くってば。もう、せっかちなんだから♡」

 

ミシッ、ミシミシッ

 

どうやら、ゴリラモードとは極度の苛立ちによる一時的なパワー上昇のことを指すらしい。今全力を込めれば俺でも机くらい砕けるんじゃないかな。

 

「このみ姐さんに会った。飲み会に連行された。4人ともブッ潰れた。迎えに来い。はよ。」

 

「あ…。なんか、ごめんね。」

 

まさかこの女にすら同情されるとは。良かった、ミリオンと言えど限界はこの位か。

 

「他の三人の家とか分かるなら送迎お願いしたいんだけど。」

 

「いいけど…今出先だからすこーし時間かかるわよ?プロデューサー君呼んでおく?」

 

「止めとけ。ここら一帯更地になるぞ。」

 

「…なんかよく分からないけど止めておくわね。えっと場所は…。」

 

「今送った。」

 

「ここだったら今から1時間くらいで行けるわ。ちょーっと待っててね。あ、皆の身体とか触っちゃダメよ。このみ姉さんならいいけど。」

 

「この寸胴のどこを触れというんだ。アホみたいな事言ってないではよしろ。」

 

プチッ

 

これ以上関わると面倒くさそうなので強制的に電話を切る。喋るようなタイプに喋らせるのはアホのやることだ。

俺は机の上に並べられただいぶ残された料理を消費しつつ、酒瓶の中身をチェックする。…ない。どうやら酔いつぶれる時に料理は食いきれなかったようだが酒は飲み尽くしたらしい。流石酒飲み共。俺がどうにもできない部分は何とかする。じゃあまず頼むなって俺は言いたいけどな。

 

それから1時間程で、百瀬莉緒はやってきた。

 

「ごめんね~ちょっと遅くなっちゃった~。」

 

明るい髪色に扇情的な服装、母親みたいな話し方。こいつまさか…。

 

「ビッチか?」

 

「え?」

 

「ビッチか。早くこいつら持ってけ。言っとくけど俺は金も持ってないからな。」

 

「分かってるわよ。流石に学生に奢らせるわけにはいかないわよ。」

 

「じゃああとこれも食え。」

 

「これは?」

 

「残して帰るわけにもいかねえだろ。俺は甘いのは食えねえんだよ。」

 

「ふーん。へーえ。可愛いところあるじゃない。こんなに甘くて美味しそうなのに。モグッ…って辛ぁい!辛ぁい!何よこれ!?」

 

「あーそういやカラシつけたらいけっかなーって思って食おうとしたけどやっぱり無理だったんだっけ。悪い。」

 

「ッ~!少年君もしかしなくても馬鹿ね!?馬鹿よね!?」

 

「よく言われる。褒めてもらって照れるよな。」

 

「皮肉ってんのよ!…ったく、このみ姉さんから聞いてた通りのクソガキ君ね。」

 

「じゃあまともに話は通ってなさそうだな。北条大河だ。よろしくな、ビッチ。」

 

「…さっきから気になってるんだけどビッチって私のことかしら?」

 

「それ以外に誰がいる。お前しかいないだろビッチ。」

 

「ビッチじゃないわよ!私はまだ…!あ。」

 

「あ…。なんか、ごめん…。」

 

これは申し訳ないことを聞いた。俺にもデリカシーはある。ここらでこの話は打ち止めておくべきだろう。

 

「あーもううっとうしい!大河君!このみ姉さんの家分かるわよね!?私は風花ちゃん達を連れて帰るから、このみ姉さんお願いするわよ!いい!?」

 

「なんだ更年期か…。」

 

「ムキー!なんて失礼なことを!」

 

(今時『ムキー』はないだろ…。こいつもしかしてビッチというよりは…。)

 

「売れ残り?」

 

「グフッ…。噂には聞いていたけど、これが天然年上殺し…!幼女への耐性を皆無にする代わりに、年上のお姉さんに対して無邪気な言葉責めを繰り出す、北条大河二第必殺技の内が一つ!『年増殺し』…!」

 

「自分で年増って言っちゃうんだ。」

 

「百瀬莉緒のメンタルと財布に大ダメージ!こうかはばつぐんだ!」

 

「心は餓鬼なんだな…。じゃあお前今日から渾名バーローな。」

 

「…もうこれ以上一緒に居ても禄なことがない未来が見える。さらばよ!少年君!このみ姉さんを頼んだわよ!送り狼にはならないように!」

 

もも…ビッ…バーローは器用に三人を抱えて走り出し、自動ドアで引っかかって醜態を晒していたので知らないフリをした。

 

「ふぅ…。おんぶでいいか。」

 

起きていたらおんぶなんて子供っぽいことは断固として拒否されるのだが、逆にそれ以外をすれば俺が豚箱にドーンだ。罪状は幼女誘拐、異論はない。

 

ロリバを背負って、夜道を歩く。

この辺りの道は、少し感慨深い道だ。

自宅からは離れているので、あまり通ることはない道だが、それ故に人通りも多く、たくさんのアイドルと出会った住宅街だ。

 

この道は灯織と。

あっちの方の公園で利嘉と。

向こうのスーパーで育様と。

 

「んで、ここで俺らは出会ったんだよな。このみ姐さん。」

 

「…いつから気付いてたのよ。」

 

「最初からだバーカ。あんたが酒に潰れるタマかよ。それもたかが30分で。」

 

「バレバレってわけね…。ああもう、敵わないんだから。」

 

背中で、よく通るロリバの声が聞こえる。

わざわざ打ち上げまで潰して、こうなるように仕向けていた訳だ。

 

「大人ってのは、大変だな。」

 

「そうでもないわよ。子供の方が、どうにもならない悩みってのはあるもんよ。だから、大人は子供に頼られなきゃいけないのよ。」

 

「悪いがこのみ姐さんが寝ている間に解決しちまったよ。麗花は頭はおかしいけど役に立ったし、風花さんは答えまで導いてくれたし、歌織さんは役に立たなかった。」

 

「それはあくまで志保ちゃんとのことでしょ?私達は加蓮ちゃんとのこと、一言も聞いてないわ。」

 

「…それはあくまで家族の問題だ。どこで聞いたか、何を勘ぐっているのか知らんけど、大人とは言えど首突っ込み過ぎなんじゃねぇのか?」

 

「違うわ。大河のそれは家族間の問題じゃなくて、姉弟間の問題よ。だったら、姐さんであるこの私が干渉しても何にも問題ないでしょう?」

 

「屁理屈ばっかりかよ。」

 

「あんたよりはマシね。それに、大人は本当のことばっかりは言ってられないのよ。」

 

「…話すことなんざねえ。話したところで、どうにかならない。この問題は俺だけの問題だ。俺がどうにかする問題だ。他の奴が正解を導き出していいもんじゃねぇ。」

 

「違うわ。私が干渉していい問題じゃないのかも知れないけれど、解決するのが必ず大河じゃなきゃいけないわけじゃないのよ。大河は、大河のお姉さんと話して見る事ね。大河が悩んで答えを探そうとしている間にも、彼女は彼女なりの答えを見つけているかもしれない。大河が奔走する必要はないのよ。」

 

「…このみ姐さんは、どうしてそうやって、憎まれ役ばかりするんだ。さっき風花さんと一緒に起きて、俺に答えをくれたらそれで良かっただろ…。今そんなことを言って、俺に憎まれる必要なんてないだろ…。それであんたは、あんたの望む頼れるお姉さんっていう肩書きを得られんじゃねえかよ。どうして、あんたは…!」

 

「あんたと同じよ。誰かに傷付いて欲しくないから。誰かに苦しんで欲しくないから。そして、誰かに、認めて欲しいから。」

 

「認めて、欲しい…?俺は、んなこと思ったことねーよ。自己犠牲で認めてもらったところで、ちっとも嬉しくねえよ。」

 

「違うわよ。大河が認めて欲しいのは、助けてあげた誰か。すっごくいい子で、なのに世界はそれを認めてなくて、大河はそれが許せないんでしょ?私も一緒だから分かるわ。私、大河は本当は凄いんだって、皆に知って欲しい。口が悪くてひねくれ者で、すっごく不器用なくせして実は寂しがり屋で、でも人のために誰よりも頑張れる子だって。…だから、自信を持ちなさい、大河。大河が決めた答えに、決して間違えなんてない。おねーさんのお墨付きよ。」

 

「…あんたにも、そっくり返すぜ。その言葉。自信が無いのはどっちだよ。いつも人の重荷背負うくせに、結局後悔して、本当に伝えていいのか分からなくなって、引いちまう。だから俺が話しかけるまで一切喋ろうとしなかったし、居酒屋で会話に入ってくることすらしなかった。…俺は、あんたの答えが間違ってるなんて、一度も思ったことねぇよ。俺はあんたが大好きなんだよ。あんたの気遣いが大好きなんだよ。…だから、好きなだけ泣けよばーか。」

 

自信満々なのは、自信が無いことを隠すための盾。

大人ぶるのは、大人になれない自分を騙す鏡。

 

「あんたってのは、あんたってのは…!」

 

「痛って!叩くな!担いでんだから―――」

 

「どうして…!大人しく助けられないのよ…。人を助けなきゃ、助けてもらうことすら拒むなんて、生意気よ…!」

 

このみ姐さんの顔が、俺の背中に埋められる。

気丈に振舞って、自信なんかないくせに、自分がやらなければって思って、誰をも助けようとして、それが解決へと繋がらないと、誰よりも嘆いて苦しむ。

 

初めてあった時から、彼女はこうだった。

 

「私…大河に嫌われてるのかなって、思ってた。生意気で、大人ぶって、なんにも出来ないくせに出しゃばって、正直に大河を認めてあげられない、ダメな大人な私を、大河みたいな本当に優しい人は嫌いなんじゃないかって…。それでも、大河は優しいから…。救ってくれようとして、関わってくれてるんじゃないかって…!私、怖かった…。」

 

「んな俺が器用に見えっかよ。俺は自分が大切にしたい人間しか守ってやんねえ。俺はあんたが好きだから、頼るし、頼られるんだよ。だから、今だけは。俺の背中の上だけでは、大人じゃなくていいぜ。」

 

「もう!むかつく!むかつく!酒の味も分からない子供の癖に!」

 

「痛って!殴ってないでさっさと泣けよ!」

 

「誰が泣くもんですか!…あんたの前で泣くほど、子供になるつもりなんてないわよ!私は…お姉さんなんだから…!」

 

「…ったく、やりきれないなてめえは。」

 

(んな号泣されてたら、なんて煽っていいかなんて分かんねえよ。)

 

家へと向かう間、背中に染みる温もりは、留まることを知らなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今度こそ、疲れて寝てしまったようだ。

泣き疲れて眠るとはどう見てもお姉さんでは無いのだが、今回ばかりはそこにも目を瞑っておいてあげるべきだろう。

 

階段を上がって、扉の横に置いてある植木鉢の下をまさぐる。

あった。

 

(まだ場所変えてねえのかよこいつ…。)

 

アイドルだと言うのに、危機意識の欠片も無い行為だ。

まあそのおかげで、このみ姐さんを起こさずに家まで届けられるのだが。

 

家の中は、案の定というか、なんというか、めちゃくちゃ汚かった。

飲み終わったビールの缶の山、脱ぎ捨てられた服、ましてや下着までら落ちている。うわーお、子供用かな?

音をどうにか立てないようにできる限りの片付けをし、布団を敷いて、このみ姐さんを無理やり押し込んで、家をあとにする。

 

「今日はありがとな、このみ姐さん。」

 

今日一日、収穫がなかったわけでは無い。

さっきの4人からは解決の答えと糸口を貰ったし、静香も動いてくれている。

346からの情報には期待できなさそうだが、美嘉の言った『少なくとも月曜日までは』というのは、日曜日―――つまりは加蓮のライブで何かアクションがあるのかもしれない。

このみ姐さんの言う通り、それを待ってみるのも、一つの手、なのかもしれない。

 

「静香の方を、手伝うか…。」

 

今どれほどの進捗状況なのかは分からないが、明日は彼女の家に訪れてみるのもありなのかもしれない。

 

(志保の方は、時間をかけてしまえば、多分、一生どうにもならなくなってしまう可能性がある。あくまでこれも可能性だが…起きてしまったらそれこそ終わりだ。一刻も早く見つけないと…。)

 

加蓮の方は、別に怒られている訳でもなければ、避けられている訳でもない。避けるにしたって家族。いつかはぶつかることになるし、あいつが逃げたまま終わるとは思えない。

 

しかし志保は別だ。逃げるようなタマじゃないやつだったはずなのに今日学校に来なかったこと、加蓮を殴ったこと、行先を告げずに出ていったこと。

 

今のあいつにとっては考えられないことが、志保には起きている。どうにかしなければ、マズいかもしれない。

 

何故だかは分からないが、昔からアイドルとの交流は深くなりやすく、それ故に番号を持っているアイドルも大勢いる。

それだけ聞けば羨まれることも数多くあるのだが、大体は頭のネジが数本とんでいるようなやつばかりなので、あまり嬉しいものでもなかったのだが、ようやく役に立つ時が来たようだ。

 

「志保がアイドル以外の友人以外を頼ることは…流石にないか。」

 

あれからまだ2年。彼女の心の傷はまだ癒えていないだろう。

その心を癒したのは他ならぬ静香だったと思うのだが、一体何故、あそこまで亀裂が入ってしまったのか…。

 

「考えても、仕方ない、か…。」

 

もう夜も遅く、今から誰かに連絡を取るのもあまり得策ではないだろう。

明日に備えて、寝ることにしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺は影、あいつは光。

俺が影でいるから、あいつは光の中で笑っていって欲しかった。

影の中から、光はよく見える。

笑う姿、頑張る姿、輝く姿。

沈んだ水底でも、その笑顔を見てていられれば、俺は十分満足だった。

 

…なのに、どうして?

 

 

 

なんであいつは、こっちを見ている?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

起きると、既に時刻は10時を回っていた。

どうやら昨日はさすがに疲れていたのと、家に着いたのが12時を過ぎていたのもあって、だいぶ寝入ってしまっていたようだ。

 

(まあ…静香の起きる時間を考えれば大したこともないだろ…。)

 

しかし、考えては見たもののどう動くか。たとえ探す対象が加蓮から志保に変わったとして、手がかりが増えるようなことは無い。アイドルに頼っていると仮定しても、765プロの知り合いから情報を聞き出せるとは思えない。

 

「可能性は…ゼロじゃないか…?」

 

俺は一つの電話番号を打ち込んで、電話を掛ける。

 

『もしもしやっほー。どうしたの?大河君。』

 

「甘奈。今、いいか。」

 

『どしたのー?別にいいけど。』

 

「志保。知らないか。」

 

『志保ちゃん…って、大河君がよく話してる志保ちゃんのこと?…そんな事言われても、私、志保ちゃんの顔すら知らないし。どうかしたの?』

 

「いや、知らないならいいんだ。忘れてくれ。」

 

俺は通話を切って、再び連絡先一覧に目を向ける。

甘奈が知らないとすれば、283は無関係。

765でもないだろう。このみ姐さん達からそんな話は聞かなかった。

346は頼れる可能性が0とは言えないが、加蓮がいる可能性がある以上、限りなく0に近いと言えるだろう。

 

「…駄目だ。」

 

考えがまとまらない。思考がグチャグチャで、まともに答えの出せる状態じゃない。

 

「外でも、歩くか…。」

 

犬も歩けば棒に当たる。俺が歩けばアイドルに出会う。加蓮や志保、或いはどちらかに繋がるアイドルとの出会いが有り得るかもしれない。それが叶わなくても気分転換くらいにはなる。

適当に飯を食べてから、俺は家を出た。

 

 

 

 

 

近場の公園に来て、ベンチに座る。

思えば、公園では様々なことを体験してきた。

千早姉の歌を、優と一緒に聴いた公園。

悩んでいる凛に、姉を任せた公園。

そして、志保と、全力で喧嘩した公園。

 

どれもこの公園とは違う場所だが、いつだって人の気持ちと気持ちとがぶつかって、何かが変わって、何かを変えられた場所。

今も、ここに来れば何か解決するんじゃないかって期待してきたものの、やはりそれは期待のしすぎと言うものらしい。

平和すぎる数十分間を十分味わってから、俺はベンチを後に―――後ろからとんでくるシャウト。

 

「タイガ?タイガだろ!?ラッキー!今電話掛けようかと思ってたところだったんだよ!」

 

「あ?んだよジュリアかよ…。」

 

ジュリア。765プロ出身のアイドルで、向こうのにわかとは違う、ガチの方のロックアイドルだ。ギターも弾けるし。あとイケボ。

 

「なんだ藪から棒にうっせーな。なんで俺に連絡すんだよ。」

 

「助けてくれよ!これから仕事があるのにレイとリクが追いかけっこを止めてくれないんだ!なんとか止めてくれよ!」

 

このロック野郎がこんなにも慌てて一体何が起きているのかと思えば、なるほどこれはどうしようもないような光景が広がっていた。

 

「こんな所で何してんだ、陸。それに麗花も。」

 

なんと二人共が知り合い。こんなにも年の離れた最早親子にすら見える北沢陸と北上麗花が、二人でジャングルジムの中で追いかけっこをしていた。ん?幼稚園児かな?

 

「あ!大河兄!」

 

「あー!やっほー大河君!昨日ぶりだね!」

 

陸と麗花が突っ込んでくる。陸は受け止め麗花は避けた。

 

「タイガ…もしかしてどっちとも知り合いか!?助かったぁ…!」

 

「なんでこんな状況になってんだよ。そもそも陸とどうやって出会ったんだ。」

 

「それが、さっきあったシズカって子が…。」

 

「…静香が来てたのか?」

 

「タイガまで知り合いか。ホントに、昔からアタシの知ってるアイドル全員と知り合いだな、タイガは。ま、シズカはまだアイドルじゃないか。」

 

矢継ぎ早に繰り出される情報に、一瞬思考が停止する。

 

「…ちょっと待て。聞きたいことがいくつもある。まだ(・・)?静香はアイドルになる気なのか?」

 

「タイガは聞いてないのか?まああの様子だとシズカはオーディションを受けてくれなさそうだけど。」

 

「事が片付くまでは保留ってことか…?それと、『まで』ってどういう事だ。まるで俺と静香以外に誰かもう一人知り合いが噛んでるみたいな言い草だな。…志保か?」

 

「驚きだ…。流石の洞察力だな、タイガ。」

 

「それで陸を置いてどっかに行った…。ってことは志保を見つけたってことか…?」

 

「一人でボソボソ喋られてもアタシは何が起きてるかサッパリなんだけどなぁ…。」

 

「ああ…いいや。サンキュなジュリア。陸はこっちで預かるから仕事行けよ。」

 

「こっちは助かるけど…。タイガの事だし、また何かあるんだろ?出来ることがあったら言えよ?」

 

「安心しろ。もう俺がすべきことは全部見えてる。お前の力を借りるまでもないさ。」

 

「ったく、タイガは中々恩返しさせてくれなくて厄介だな。でも絶対返してみせるからな。生憎アタシは義理堅いタイプなんだ。じゃ、今日はこれでサヨナラだ。レイ!行くぞ!」

 

この間もずっと空気を読まずに遊んでいた麗花と陸は、俺達の呼び掛けに戻ってくる。

そのまま麗花を引き連れたジュリアは車に乗って去っていった。

 

「…俺らも行くか。と、その前に、電話するからもうちょっとだけ待っててな、陸。」

 

陸に了承を取り、静香の携帯電話に連絡をかける。

志保を見つけたのならば話を付けてしまうべきだ。

 

(出ねえな…。)

 

2コール、3コールと、コール数が重なっていくにつれて不信感が募る。いつもならすぐに出るのに、電源も切れていないはずな訳で、何かあったのだろうか。

さらに数コールが鳴った後、電話に反応があった。

 

『もしもし?』

 

「静香か?大河だけど、志保、見つかったか?」

 

『大河…!こんなタイミングで掛けてきて、こんな時間にようやく確認!?馬鹿じゃないの!?』

 

「あ?なんでそんなにキレてんだよ…。タイミング…?あ、もしかして俺が連絡して見つけた志保に見つかった?いやーごめんごめん。」

 

なんかいつもタイミング悪い節あるんだよね。こういう漫画みたいなことよくあるんだよね。

 

「ごめんごめんじゃないでしょ!?折角覚悟決めて私が…!」

 

「だったら志保を…。」

 

今日の午後に、と言いかけて、止めた。

どう考えたって静香も志保も、きっと俺も冷静じゃないし、俺もすべての腹が決まったわけじゃない。静香や志保だって、返事を決めかねている可能性だってある。

 

(それに今日は、土曜日だ。)

 

「いや、静香。明日の夜。そうだな…夜7時頃に、学校の屋上に来てくれ。志保にも伝える。志保に代わってくれ。」

 

「それはいいけど…。」

 

少しの時間が空いて、今度は電話から志保の声が聞こえてくる。

 

「何。」

 

「明日の夜7時。学校の屋上で待ってる。伝えたいことがあるんだ。別に来なくたっていい。そしたら静香と一緒に星でも見るさ。」

 

「何が言いたいわけ。」

 

「俺や…できれば止めて欲しいけど、静香のことを恨んだり、避けたり、そういうのを止めろとは俺には言えない。俺だって嫌いな奴と仲良くしろなんて言われても言うことは聞かねーよ。でも…家族は違うだろ。」

 

「ッ…!」

 

「友人なんて希薄なモンだ。切ろうと思えばいつだって切れる程度の関係だ。でも…陸泣かせんなよ。姉貴だろうが、テメェ。」

 

「陸は…。」

 

「今隣にいる。昨日は静香が面倒みてやったみたいだ。家くらい帰れ。どうしても会いたくないなら追わない。知ってるだろ。お前は、独りぼっちの寂しさを知ってるだろ。」

 

「分かったわ…。今日は、帰る。」

 

「それと…。そんな希薄なモン、後生大事に抱えてるやつもいる。友情は大切です、なんて甘い台詞は吐かねえけどよ、ここまでされてあんなこと言ってくれるなんて多分アイツくらいだと思うぜ。じゃあな。」

 

返事は聞かないまま、通話を切る。

伝えたいことは伝えた、アイツから聞くことなんて今はない。聞くなら明日の夜だけで十分だ。

 

(あとは陸をどうするかだな…。家に帰してもいいが、俺も一緒にはいてやれないし、一人で家に放っておくのもなぁ。)

 

迷惑をかけてもいい奴…。あ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いえ~い!美嘉~!練習やってる~?」

 

「えぇ…。昨日シリアスに突き放さなかったっけ…?」

 

「お前年下の世話とか得意だろ。陸置いてくから夜まで頼むわ。」

 

「え?は?誰を頼むって?」

 

「み、美嘉さん!さっきの少年は逃げてしまいました。…その、幼い子供を置いて…。ど、どうしましょうか…。」

 

「あ、あいつ~!」

 

しかしこの怒りは、たった五分後に北沢陸というめちゃめちゃかわいい存在によってかき消されることになるのだが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

墓の前にあぐら座りをして、夕暮れを背にして優の墓と対峙する。

掃除は先週したばかりで、まだ綺麗に光沢を保ったままだ。

冬の風が全方位から吹くこの場所は、家にあるありったけの防寒具を着込んでも寒さを感じるような場所だ。

 

「よーく考えたら、こんな寒い場所に呼んで話そうぜ、って言ったって寒すぎてまともに会話できそうにないよな…。ま、来るかどうかなんて分かんないけどよ。」

 

今の時刻は午後4時半。あちらはアイドルで時間の融通も聞かないだろうし、数時間くらい待つことも視野に入れているのだが、そんな寒い時間に来てもらってもそれはそれで困る。どこか入れる店でも探しておいた方がいいのかもしれない。

 

(ま、俺スマホとか持ってねえし調べようもないんだけどな。)

 

それから二時間くらい、俺は走馬燈みたいな映像を見つつ、天国の優と会話していた。

 

「え?天界には歌の上手い天使が居るって?千早姉より?本当かよ。あ、そういやさ、天使ってやっぱり可愛い女の子とかいるの?それても金色とか銀色とかあるあのションベン小僧みたいなガキだらけ?あれなんか周りにも天使…しかもめちゃくちゃ可愛いな。おい優。この8年間独り占めかよずりいなあはは。」

 

「た、大河君!?誰と話してるの!?」

 

「あ?お前誰?天使?」

 

優と二人で天使について語っていると、後ろから天使の横やりが入った。

いやこいつ天使じゃねえな。頭にリボン付けた天使なんていない。

 

「天海…春香…?どうしてここに…。」

 

「そんなこといいから!早くどこか屋内で話そう!?ね!?っていうか軽っ!君本当に男子中学3年生!?」

 

俺は天海さんに背負われるようにして連行され、ドーナツを人だと思って敬称すらつけているイカれた店に連れ込まれた。

俺を座席に座らせて、注文をしにいく天海さん。しかしトップアイドルなのに何の変装もしてないでいいのか?いや、リボンが無いけどそれだけで…いや待て、あそこで注文してるのは誰だ…?あんな絶望的なまでに普通な人俺は知らないぞ…?

 

「大河君。コーヒーでよかったかな?取り敢えず体を温めて。」

 

眼の前に置かれたカップのコーヒーで手を温めつつ、ちびちびと飲んで体をあたた…アッチ!こんな熱いものが飲めるか!さてはこいつ暗殺者かなんかか!?

 

「で?誰?」

 

「私だよ!天海春香だよ!」

 

「まさか。リボンのついてない天海春香なんて存在するか。」

 

「するよ!私はいつもどうやってお風呂に入ったり眠ったりしてると思われてるのかな!?」

 

「あんま騒ぐと周りにバレるぞ。アイドルなんだから気にしろよ。」

 

「大河君が言い出したんだよね!?」

 

こんな庶民派なお店にアイドルが、しかも男と来ているのがバレたらボロボロに言われるだろう。主に俺が。

 

(ま、ただアイドルってだけならあっちにはドーナツ野郎、トイレの前にはチョコ野郎が居るから別に珍しい光景って訳ではなさそうだな。)

 

「で…。なんで天海さんが…?キモいな。春香でいいか?それか春香姉。」

 

「ちょっと憧れる呼び方だけど千早ちゃんに恨まれそうだから春香でいいよ。」

 

「そうそうそれ。千早姉呼んでた筈なんだけどなんで春香が?誰も来ないパターンは想定内だったけどあんたが来るのは想定外なんだけど。何?人身御供?」

 

「ううん?千早ちゃん本当は来たがってたんだけど、今日歌のお仕事が入ってて、監督さんが厳しい人でね。オッケーは出てたんだけど、『監督を満足させるまでは帰れない』ってまだ残ってやってるの。それで大河君が寒い中待ってたら申し訳ないし、連絡先も知らないからって、私が代わりに来たの。」

 

「そいつはどうもご苦労様だ。ここの代金は俺が奢らせてもらうよ。」

 

「大河君の分のコーヒーしか頼んでないけど、一応ありがとう。」

 

少し冷めてきたコーヒーをちびちびと飲みながら、こっそり春香の顔色を窺う。

しばらくここに居座るつもりなのか、既に防寒具を外してニコニコと俺がコーヒーを味わうのを見守っている。

正直に言って、何を考えているのか全く読めない。

 

「で…?千早姉が来れないって言うのは伝わった。他に何かあるのか?金なら無いし、芸も無いぞ。靴ぐらいなら舐めれるけど。」

 

「プライドも無いのかな?後よくさっき奢るとか言えたね…。別に、見返りを求めてる訳じゃないけど、ここまで来て何もせず帰るってのもね。」

 

「何かしたいことでもあんのか?さっきも言ったけど金なら無いし、金なら無い。」

 

「三回言うほど大事なことだったかな?どこかに遊びに行くんじゃなくても、大河君のお話を聞ければそれでいいかなーって。」

 

「俺の話…?面白い話なんてないぞ。うーん…。話せても精々幼女と街中のもやしを買い漁った話と、謎の白髪美人と一日でここら周辺のラーメン食べ比べブログを作ってアクセス数がブログサイトランキングで未だ一番を飾っていることぐらいかな。」

 

「両方結構面白い話だと思うんだけど!?しかも多分両方知り合いだ!違うよ!そうじゃなくて大河君自身の話!」

 

「俺自身…?それだと知り合いの復讐がらみに巻き込まれてヤンキー30人と廃工場でガチンコバトルした話と、詐欺グループを潰すために本社に乗り込んで証拠を隠密行動で集めた話とどっちが聞きたい?」

 

「なんでそんな波乱万丈な生活送ってるのかな!?中学3年生だよね大河君!?ってそうじゃないよ!大河君の普通の人となりが知りたいだけだよ!」

 

「普通の人となり…?それ昨日も聞かれたな。なんでアイドルってどいつもこいつも俺の個人情報聞き漁りたがるの?」

 

「易々とアイドルの名前を出すからじゃないかな…。」

 

溜息をつかれた。失敬な。アイドルの知り合いなんて両手両足で数えるほどしか居ないぞ。…確認取れてる奴は。

 

「まあいいけど。聞きたいことがあったら好きに聞いて貰って構わねえよ。3個につきドーナツ一つな。」

 

「あっ、たかるんだね。別に奢ってあげるのは構わないけど、あんまり女性にそういうことするのは止めた方がいいと思うよ?」

 

なんていいつつ、春香は種類の違う小さいドーナツの詰め合わせみたいなやつを追加注文して、机の上に置いた。

 

「お前小さいドーナツで数稼ぐなんて卑怯だぞ!」

 

いつも笑顔が代表的なアイドルの怒った顔とかも見てみたくてつい言ってみた。

 

「大河君男の子なのに心が狭いよ!」

 

と言いつつも春香はなんか2ダースぐらいドーナツが入ってる家族パックみたいなやつを買ってきた。

 

「…春香さ。絶対将来悪い男にコロッと引っかかるから気をつけろよ…。いいよお前の純粋さに負けたよ好きな事好きなだけ聞けよ。」

 

「え?いいの?」

 

それから十数分間、春香は様々なことを聞いてきた。

学校のことや就職のこと、家族のこと。麗花とは違っていかにも女子女子しいような質問ばかりだった。

でもまあ勿論、女はいくつになっても根本は変わらないみたいで、いちばん面倒くさい質問はこれだった。

 

「大河くんってさ、好きな人、いるの?」

 

「…言わなきゃダメかよ。」

 

「なんでも聞いてって言ったよ?」

 

なんでもないような顔をして、思ったよりも自分の容姿と立場を使うのを躊躇わないようだ。思ったよりも強かであった。

 

「さっきの発言、取り消すわ。お前は騙される方じゃなくて騙す方だ。悪女だ悪女。」

 

「酷い言われ様だね…。で?好きな人は?」

 

「なんでツッコミ合戦になっても主題を忘れないの?普通そこは流されてくれるもんじゃないの?」

 

「結構聞きたいからじゃない?それとも言えないのは私が知ってる人だからってこと?」

 

「何?千早姉って言わせたいの?姉って言ってんだろうが。姉に恋するやつがどこにいんだよ。いや居たなぁ…弟に恋してる奴。」

 

「…千早ちゃんのことは、好きじゃないの?」

 

「好きだよ。でもそれは恋愛的な意味じゃない、と思う。そもそも恋愛なんてどうなったら好きとか全然分かんねぇんだよ。好きってなんだ。どうなったら好きなんだ。それを明示してくんなきゃ教えようもないだろ。あ、命を賭けられるとか、人生を棒に振ってでもとかいうのは無しな。俺それだったら好きな奴数十人単位でいるぞ。」

 

「それは…随分と献身的だね…。でも、そう言われてみれば、『恋』ってなんなんだろうね?私も将来は結婚とかするのかなぁ…。」

 

「それも、アイドルを辞めた後の話なんじゃないのか?一体何時になんだよ。お前四十路でもやってそうだよな。」

 

「…女の子に年齢の話をし・な・い。本当にデリカシーというデリカシーをお姉さんに取られてきたんじゃないかってぐらいデリカシーないね、大河君。」

 

「異議あり。姉貴もデリカシーとかないしそれはない。」

 

「まあ幽霊が見えない人は幽霊が見える人を一般人だと思うし、そういう事だよね。…にしたって、考えたこともなかったなぁ。アイドルを、辞める時かぁ。」

 

「やっぱり歳か?身体的とか精神的に限界を感じた時とかか?それとも、満足したらか?ドームツアーとか、武道館とか、何か目標を達成したら、とか?」

 

「…何か、聞きたいことがあるんでしょ?私は、遠回しより直接的に聞かれたいな。」

 

「はぁ…。お前は、っていうか、アイドルってはどいつもこいつもニュータイプかよ。」

 

茶化しても、春香は一切表情を変えない。

これはどうやら本気の、真正面からのぶつかり合いがお好みのようだ。

 

「…姉貴が、アイドルでさ。俺は、あんまやって欲しくないんだ。身体弱いし、前に怪我した時もあった。それに…。」

 

「寂しいんだ?」

 

「………お前さぁ。」

 

「ふふふ。だって大河君、分かりやすいんだもん。」

 

真面目な話を茶化されて、それでもなんだか嫌な気持ちはしない。

むしろ、少し心が楽になったくらいだ。

これが、『天海春香』なのだろう。

 

「じゃあそれでもいいよ。…寂しいし、心配なんだ。でもアイツは辞めようとはしない。お前らは、どこまで行ったら辞めるんだ。何を掴めば止まるんだ。どこまで走れば気が済むんだ。俺はいつまで、心を痛めながら生きていたらいいんだよ。」

 

「ずーっと、じゃないかな。」

 

「誤魔化したりは…しないんだな。」

 

「私、そういうの苦手だし、本音をぶつけてきてくれた相手から逃げるのは、卑怯だと思うしね。ずっとだよ、多分。どんなに歳を重ねたって、どんなにファンが増えて大きなステージで歌えたって、私達はそれで終わろうとはしない。だって、楽しいんだもん。CDを出せたり、レギュラー番組を貰ったり、映画に出演したり、そういう成果を得ることだけじゃない。仲間と一緒に頑張ったり、ダンスや歌で出来ることが増えていったり、人間として成長したりとかだけでもない。ただ、『アイドルであること』。それが…楽しいんだ。」

 

「…そいつは、止めようがねぇな。止められる理由がねぇ。あーあ、聞いて損した。…俺のやってる事は、無駄ってことか。」

 

「無駄じゃないんじゃない?無駄なことなんて、何一つないよ。大河君はお姉さんのことを想っているし、お姉さんはその想いを受け取っている。…それだけで、きっと、十分なんだよ。」

 

「…そうかい。じゃあ俺は、そろそろお暇させて頂きますよ。明日に備えて寝なきゃいけないんでね。」

 

「結局、ドーナツ食べなかったじゃない。」

 

「こいつは手土産だ。人質を取り返しに行く。事務所にはドーナツ野郎は居ないはずだしな。」

 

「また変な人生送ってるね…。人に手土産買わせるんだ…。」

 

「悪いな。」

 

少年は紙幣と何枚かの硬貨を机に叩きつけて、言う。

 

「俺は、羽振りのいい人間なんだぜ?」

 

少年はそれを捨て台詞にして、店を出ていった。

大量のドーナツを、肩に背負って。

 

 

 

 

 

 

 

「1円単位で正確だと、羽振りがいいとは思えないけど…。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いえ〜い美嘉。陸を迎えに来たぞ〜。」

 

「は!?アンタどうやって中に…。」

 

「警備甘すぎ。知ってるか、美嘉。3メートル以下の壁は壁って言わないんだぜ。はいお土産。」

 

「あ、ありがと。…じゃなくて!3メートルがどれだけ高いか…でもなくて!今は入ったら駄目!」

 

馬鹿だな美嘉は。もっと早く言ってくれないとどう考えたって間に合わない。俺はやると決めたら即やる人間なんだ。もう扉を開けて何故駄目と言ったのか原稿用紙に書き起こせるまである。

 

「ほらほら〜加蓮お姉ちゃんだぞ~!」

 

「や!助けて!奈緒お姉ちゃん!」

 

「…何やってんの、お前。」

 

扉の先では、自分の姉が他人の弟を襲っていた。滅茶苦茶ビビられてる。

 

「…大河?」

 

「うわあああん!大河兄ぃ!」

 

悪魔の手から命からがら逃げ延びた陸は、俺の身体に飛びついてきた。うわ…ガチ泣きだこれ。

 

「うわぁ…。いやこれはな無いわぁ…。身内にこんな子供を泣かせる奴がいるなんて認めたくねぇ…。お前ショタコンかよ…。」

 

「な、な、なんで大河が居るんだよ!?マズイぞ、隠れろ加蓮!」

 

「いやもう遅すぎだろ。お前は髪型だけじゃなくて頭の中身までもふもふしてんのか。」

 

奈緒が頭のいかにも悪そうな発言をする。この何も無いレッスン室でどこに隠れようと言うんだ。

 

「…美嘉姉?」

 

「それでこっちに飛び火してくるのはおかしくないかな!?大河が連れてきた子なんだから大河が迎えに来るから早く帰りなよって何度も忠告したよね私!?」

 

「さっさと帰ろうぜ陸…。お前も可哀想に…こんな奴らの慰みものにされて…。」

 

「…聞きたいこと、あるんじゃないの。」

 

加蓮は急に真面目な顔をして、俺だけを見据えてそう言った。

確かに加蓮を探してたのは確かだ。でも、

 

「そんなモンねぇな。」

 

「本当にいいの?」

 

「明日、全部教えてくれるんだろ?」

 

「…そのつもりだけど。」

 

「ならいいさ。行くぞ、陸。帰りに美味しいステーキ食べに行こうな。」

 

「待って、大河。…これ、明日のライブのチケ」

 

「そのイベントはまあまあ前にやった。そこの淫乱ピンクビッチが。」

 

「…美嘉姉?」

 

「これは私が悪いやつだ!ごめんってお節介して!で、でも私が渡したのは一般席だし、受け取っておきなよ、大河。」

 

「いいや、一般席じゃないと意味が無い。俺はお前の弟としてじゃない、一人のファンとして、精々楽しませてもらうさ。美嘉の用意したやつメチャメチャ後ろの席だけどな。」

 

「…美嘉姉?」

 

「しょうがないでしょ!?私一切関係無いライブなんだから!それに加蓮に気付かれない為には関係者席取れなくて大変だったんだからね!?」

 

「ははは美嘉は所詮その程度の力無きビッチ!これがビッチの限界よ、フハハハハ!」

 

「美嘉姉…この程度だったんだね…。所詮カリスマギャルなんて幻想なんだね…。」

 

「ホントにアンタら仲良いよね!?心配してたこっちの気にもなって欲しいんだけど?」

 

「じゃ、美嘉もうるさくなってきた事だし、帰るわ。腑抜けたパフォーマンスしたら途中で帰るからな?」

 

「そっちこそ、途中で興奮しすぎて警備員に追い出されないでよね?」

 

「私をガンスルーするところまで息ぴったり!なんなんアンタら!?」

 

いつもの姉弟とビッチのしょうもない皮肉り合いを済ませて、俺は346プロを後にした。

 

ステーキを食ってから陸を志保の家まで届けて―――志保はいなかったので会うことは無かったが―――俺は帰路に着いた。

 

家に着いても、共働きで残業だらけの両親も、明日はライブが控えている加蓮も、居るはずもなく。

真っ暗の広い家の明かりをつけても、虚しくなるばかりだった。

 

(寂しい…か。)

 

あまり考えたこともなかったし…いや、考えるのが怖くて避けていたのかもしれない。

加蓮が退院して、俺も病院に行く必要がなくなって、自由な時間が増えて。

でも加蓮はアイドルとしての活動に精を出すようになって、その資金の為に両親も必死に働いて、俺が加蓮にやってやれることもどんどん少なくなっていって、加蓮が少しずつ1人でなんでも出来るようになって。

 

その頃だろうか。俺が、加蓮がアイドルを目指す理由について考え始めたのは。

最初はただ事情も知らずに姉の望む願いを叶えてやりたいって、ただそれだけだった。

でも、俺は大人になるにつれ現実を段々と理解し始めて、軽々しくなればいいと言っていたものがどれだけの重さを持っているものか知り始めて。

 

そして、加蓮が怪我をして。

 

怖くなった。自分の身勝手な発言のせいで加蓮が苦しんでいるんじゃないかと。もう二度と居たくない場所から今度は一生出られなくなるんじゃないかと。そうなるかもしれないリスクを負ってでも、何故そこまでアイドルに傾倒するのか。

 

加蓮の分からない部分が、俺にとっての一番怖い部分だった。

 

加蓮のことならどんなことでも知ってた。どんな事でも気付けた。どんなことでも理解出来た。

でもそれは子供の頃までで、もう彼女の想いも、理由も、やりたいことも分からなくなってしまった。

 

「教えて…くれるんだよな。加蓮。」

 

呟いたのは夢か現か。それも分からないままに、意識が途切れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ということで、優勝だ!加蓮が一位だ!やったぜ!奈緒もいるぞ!やったぜ!四位だ!私のおかげだ!そんなわけねえな!

はい、煮卵⑨です。当初の目標を達成させたので特にどうこうせずに普通に投稿を続けます。取りあえずここ数日一章が終わるまでは連射します。もう満足よ…。加蓮に投票した人、ありがとな…。









え?字数多すぎ?知らん。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。