加蓮Be!   作:煮卵9

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三連打①


君に伸ばすその手

始業のチャイムと共に、扉を開く。

そこに座っていたのは、大河だけだった。

担任が事務連絡を始め、早く座れと促され。

 

 

 

親友である北沢志保は私とは一緒に来てくれなかった。

 

 

 

それから私と大河は、休み時間には授業の構造上あまり話す時間が無く、きちんと話し合えたのは昼休み、昼ご飯を一緒に食べる時だった。

机を合わせて、対面するように座る。

いつもはあるもう一つの椅子は、今はない。

 

「静香…。何があったか、分かったか…?」

 

「ううん…。志保は、何にも言ってくれなかったから…。」

 

「優等生の志保がサボったんだ。言ってくれる気は、無さそうだな…。」

 

「うん…。どう、しようか。いつまで来ないつもりなのかな…。」

 

「明日は土曜だし、このままじゃ来週の月までは話を聞けそうにない、か…。静香。家に行こう。志保の家に行って、逃げ場のない状態で、きちんと話し合おう。今日の放課後、学校から直接でいいか?」

 

「大河…。それだったら、私に行かせてくれないかな。女同士で、話したいことがあるの。」

 

「構わない…けど、本当に一人で大丈夫なのか?」

 

「うん。だって私、志保の親友なんだよ?大河はその間に、お姉さんに話を聞いてほしいの。志保からの情報だけじゃ、どっちに非があるかなんて確かめようがないし、何があったか完全に把握するまでは、叱ってあげることも出来ないと思うし。」

 

こんなの本当は嘘だ。自信なんてない。

けれどこれ以上、大河に負担をかけるわけにもいかないのだ。

 

「それもそうだな。よし、分かった。じゃあ志保のこと、頼むぞ…。」

 

「そっちもお姉さんのこと、お願いね。」

 

そんな会話をして、今日の大河との会話は終わった。

やはりぎこちない、そんな一日だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「志保…どうして…?」

 

6時間目の授業を終えて、荷物を持ったまま急いで志保の家に向かうと、そこに志保の姿はなかった。

チャイムを鳴らして、それに応えたのは、志保の弟である北沢陸だった。

 

「おねーちゃん、静香姉の家に泊まるって。違うの?」

 

「うん…。多分、大河の家に行ってるんじゃないかな。」

 

「えー。僕も大河兄と遊びたいよー。いいなーおねーちゃんだけー。」

 

「ごめんね、りっくん。今日は我慢してね。…お母さんは?」

 

「お母さんは今日は仕事遅くなるって、さっき、電話で。」

 

「…そっか。」

 

まただ。また一つ、絶対的なものが破壊された感じがした。

志保が、家族想いのあの志保が、大好きな陸をおいて一人でどこかに行ってしまうなんて。

 

「陸…そもそも今日は、どうやって幼稚園から帰ってきたの?」

 

「一人で!」

 

「一人で…!?危ないじゃない!何かあったらどうするの!?」

 

「でも…一人でちゃんと帰ってこれたよ!」

 

「そういう問題じゃないでしょ!?途中で車に轢かれたりしたら!?怖い人に捕まっちゃったらどうするの!?そんな危ない行動二度としないで!」

 

陸の目から大粒の涙が溢れはじめる。

だがそんな短絡的な行動を、許す訳には…

 

「でも……………から。」

 

「え…?」

 

「おねーちゃん…。怒ってたから…。僕がなんかいけないことしたのかなって。でも、ぜんぜん思いつかないから、しっかりしなきゃって…。一人で帰ってこれたら、おねーちゃん、ほめてくれるかなって、思ったから…。」

 

「りっくん…。」

 

私は陸を抱きしめた。

陸は私の腕の中で泣き始めた。

これが正しい行為なのかは分からない。

陸がした行為は、決して許せる事じゃない。再び同じことをすれば、今度こそ命の危険に晒されるかもしれない。

 

(でも…これは違うよッ…!)

 

私はこの寂しさっていうものが、どんなに辛く苦しいものかを知っている。

到底子供に耐えられるものなんかではなく、私だって支えてくれるものの存在がなければどうなっていたかは分からない。

 

悲しそうに涙を流す陸を見ると、志保への怒りが沸きあがってきて、それはお門違いだって理性が叫び始める。

志保をああしたのは、私だ。

だからこれは、私の罪なのだ。

 

(やっぱり私、何にも出来てないな…。)

 

大粒の涙に紛れて、一筋の雫が、地面に垂れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

陸は、泣き疲れて眠ってしまった。

取り敢えず布団を出し、その中に眠せてあげる。

 

「どう、しよう…。」

 

志保は今はああで、志保のお母さんは志保が作ってくれると思っていて、つまりは夕食を作らねばならないのだが。

 

私には、料理の腕はない。

 

幸い陸の好物であるハンバーグの材料は殆ど揃っているので、買い足す必要すらないのだが、私が作ろうとすればたちまち黒焦げのダークマターになってしまう。

それに、こんな状況では、大河に頼るわけにもいかない。

 

冷蔵庫には『材料代』というメモと一緒に1000円札がマグネットで貼られていた。

あまり褒められた手段とは言えないし、成長中の陸に食べさせるのは気が引けるのだが、このお金を借りて近場のコンビニでお弁当を買ってくるしかないだろう。

 

そう思って、家を出ると。

 

「あっ…。」

 

「最上静香さん…だったよね。」

 

「渋谷…凛、さん…。」

 

あんまり、会いたくない人に、あってしまった。

 

「あんまり会いたくなかった、って顔してるね。顔に出やすいんだね。」

 

「そ、そんなこと思ってません!」

 

「なんか奈緒みたい…。ごめんね、前は。大河の前だと、どうしても感情的になっちゃって。謝りたかったんだ。」

 

「…え。あ、私も、すみませんでした…。あの時は大河が私達に嘘をついたのかと思って、テンパってしまって…。」

 

「「………………。」」

 

「フフっ…なんか不思議だね。喧嘩していた方が喋れるなんて。じゃあ、行くね。」

 

「ま、待ってください!」

 

歩きだそうとする凛さんを、呼び止めると半身で振り返ってくれた。

 

「何?」

 

「加蓮さん…何があったか知りませんか。志保と…私の友人と、何かあったみたいで、二人とも、話してくれなくて。このままじゃ駄目だと思って、でも、私には何も分からなくて…。大河が辛そうにしてるの、見ていられないんです。教えて、貰えませんか…?」

 

「…ごめん。私はそれを教える訳にはいかない。加蓮との約束だし、何より。大河にそれを教えてしまったら、これまでと一緒だから。何にも…進めないから。」

 

それだけ答えると、再び彼女は歩いていこうとする。

 

「待って!」

 

「まだあるの…?姉弟間の事情に、あんまり人が口を出すのはどうかと思うけど?」

 

「もう一つだけ、聞かせてください…。」

 

「…いいよ。答えられることなら、答えてあげる。」

 

これは、ある意味では先程の質問よりも重大なことだ。

応えて貰えるかは分からないが、それ以外にどうすることも出来ない私には、ここで聞いてみるしかない。

 

「渋谷…凛、さん…。」

 

「………………。」

 

「料理、できますか…?」

 

「は…?」

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ…。普通会ったのが二回目の人に料理を任せる?」

 

「すみません…。私、茹でる以外のコマンドは全滅してるので…。」

 

「だったら出来るものを出せば良かったんじゃないの?」

 

「…りっくん、志保が居ないと寂しいみたいで、せめて、好きな物を食べさせてあげたいと思って…。」

 

「ふーん。ま、別にいいけど。」

 

凛さんは、エプロンをつけると手際よくハンバーグを作っていく。

その腕は、志保や大河にも勝るとも劣らないものだった。

 

「すごい…。料理、こんなにできるんですね…。」

 

「このくらいが普通じゃないかな。大河もこのくらいできるはずだし、志保さん?って人もある程度料理はできるんでしょ?」

 

「そう、ですね…。やっぱり二人とも、なんでも出来て凄いですよね…。」

 

「…料理している間だけなら好き勝手話していいよ。私が答えを出せるとは限らないけど。」

 

「…わたしが悩んでること、知ってるんですか?」

 

「ううん。私はそういうのあんまり上手く分からないから。でも、聞いてあげることは出来る。答えを出せるかは分からないけど、答えを考えてあげることは出来る…って言っても大河の受け売りだけどね。」

 

「…じゃあ、話させてください。こんな悩み、志保にも、大河にも、言えなかったので…。」

 

「………………。」

 

静寂に、料理の音だけが響く。

 

「私、志保に言われたんです。『いつも大河の影に隠れて!自分では何にもしない癖に無理な頼みばかり人に押し付けて!』って。それを言われて、すっごい悲しくて、言い返そうともしたんですけど、それが、本当のことだって気付いてしまって。私…何にも出来ないんです。勉強も、運動も、大河みたいに誰かの悩みを解決してあげることも出来ないし、志保みたいに誰かを守ってあげることも出来ない。いつだって私は、救われて、守られてばかりいる。全部人にばかり任せて、私は結局、何も出来ていない。だから、今回もこうなったんだと思います。私に何にも出来ないから、解決してあげることができないから、こうなってしまったんだと、思います。」

 

「それで?」

 

「それで…って、それだけです。私の悩みなんて、それだけです。」

 

「…何を悩む必要があるのかは私にはよくわからないけど。だって友達に助けてもらうなんて、普通の事じゃないの?出来ないことがあって、助け合うことが出来るから、友達なんだと、私は思ってるけど?」

 

凛さんは振り向かずに答える。

少し、怒っているような口調で。

 

「私じゃ、大河も志保も、助けられないんです。私は何も出来ないから。」

 

「だったら、何か出来るようになればいいんじゃないの?」

 

「何か…。」

 

「私だって、最初から料理ができたわけじゃない。大河だって、最初から人の悩みを解決できたわけじゃない。その志保さんだって、子供の頃には誰かから守られて来たはずでしょ?最初からなんでも出来る人なんていないんだよ。でも。何かを為すことが出来るようになるには、覚悟が必要なんだ。」

 

「覚悟…。」

 

「そう、一歩踏み出す覚悟。歩みを進められない人には、何も出来るようにはならない。それで失うものや傷つくものだってあるかもしれない。…でも、それでも変わりたいって言うんだったら。進んでみなよ。自分が信じたい道を。」

 

凛さんは、答えと、盛り付けられた二人分のハンバーグを残して、家から出ていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私は影で、彼らは光。

輝く空から手を差し伸べて、私の手を取ってくれた二つの光。

それがなければ私は底から上がってこれずに、ただ朽ちるのを待つだけだった。

 

だったのに、どうして…?

 

 

 

 

 

どうして光が朽ちて、影がのうのうと生きているの?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

目を覚ます。

いつもとは違う景色に、少し戸惑いを覚えながらも、昨日は志保の家に泊まらせてもらったのだと思い出す。

隣には陸。目尻にはうっすりとだが涙の跡。

 

やっぱり、私じゃ志保の代わりにはなれないのだろう。例えば凛さんの言うように何か私が変われたとしても、ここにいるのは志保じゃないといけない。

中学生の財力、底が知れているとはいえ、いつまでも家に帰らないのは何の解決にもならない。今日は土曜日だからまだいいとして、このまま欠席を重ねれば学校側も不審がるだろうし、お母さんだって気が付くだろう。

その前に、解決しなければならない。

 

ぐぅ~。

 

「静香お姉ちゃん…。お腹減った。」

 

「その前に、ご飯にしよっか、陸。」

 

時計を見れば既に11時。

覚悟を決めるには、少し遅い寝起きだったかも、しれない。

 

 

 

 

 

朝食はなんとかなった。

志保のお母さんはどうやら会社に寝泊まりする日もあるようで、料理面に関しては今度こそ終わったと思ったが、どうやら北沢家の朝食はパン派らしく、トースターでチンで終了だ。流石に私でもこれは出来ると思ったらそんなことは無かったので陸に何とかしてもらった。

陸に軽蔑されるかとも思ったが、どうやら姉の為に何かできることをしたいという陸の気持ちを汲み取った故の行動だと思ったのか、なんかお礼を言われた。お礼を言うのはこっちです…。

 

「陸。休日はいつもどうしてるの?」

 

「家族皆で遊びに行ったりー、お姉ちゃんとお買い物に行ったりー、お絵描きしたりー公園に行って遊んだりしてるー。」

 

「じゃあ静香お姉ちゃんとお絵描きしよっか!」

 

「それはいや。」

 

「えっ…。お姉ちゃんお絵描き上手いよ!」

 

「静香お姉ちゃん!僕公園に行きたいな!」

 

「そう?じゃあそうしよっか!その後に外でお昼ご飯食べよう!公園の近くに美味しいうどん屋さんがあるの!」

 

「ホント!?大河兄のとどっちが美味しい!?」

 

「大河。」

 

「あっ…そこは譲らないんだね…。」

 

支度をして、家を出る。

こんなことをしていていいのかは分からない。こんなことをしているのなら志保を今すぐに見つけだし、問いたださなければならないのだろうが、志保を見つける手段も、見つけてかける答えも、頼れる人も、私には無い。

 

大河に頼ることはできない。これ以上の負担は彼にとってもキャパオーバーだろうし、私には志保と大河以外の知り合いなどほとんどいない。

 

(私に出来ることは、精々が志保が帰ってくるまで陸を寂しくさせないこと。役に立っていないと言われてしまえばそれまでだけど、今できることをやるしかない。…オーディションは、難しそうかな。)

 

明日は、765プロダクションのオーディションだ。

志保に追いつくため、私にも特筆できるような何かを得るため、そして、生活費を稼ぐため。安易かとも思ったが、やってみるだけならばタダである。それができればと思って、送った書類であったが、どうやら無駄になりそうだ。

 

「静香お姉ちゃん、どうかしたの?」

 

陸がこちらを見上げて尋ねてくる。心無しか、握る手の力がギュッとなった気がする。

 

「ううん、何でもないよ。」

 

陸に、これ以上心配をかけてはいけない。

再び気を引き締め直して、私はその手を握り返した。

 

 

 

 

 

志保の家から一番近くにある公園は、町の中でも一番大きい公園で、土曜ということもあり賑わっているにも関わらず、まだまだスペースが有り余っているような有様だった。

さて、何をして陸と遊べばいいのかと考える間も、尋ねる間も与えずに、陸は幼稚園の友達と思しき群れへと突っ込んでいった。

 

(まあ…そっちの方が私的には助かるけど…。)

 

無駄かもしれないが、志保を見つけるための思考を巡らせる。彼女の行きそうな場所、彼女が頼りそうな人。

 

(765プロダクション…?いえ、それなら大河の方に情報が入ってくるはずだし、あそこの社長さんが学校をサボるなんて許すはずがない。他に…。他に頼れそうな場所なんて、ある?だって志保、少なくともアイドルとしての活動をしている時以外は常に私と大河と一緒にいるはず…。私の知らないところで関係性を作っているなら…。ううん、そんなことを考えても私に答えは出せない。私が予測できる範囲だけでも、考えを巡らせなきゃ。)

 

何かが引っかかっている。解決できるかは分からないが、何か手掛かりとなるような記憶が、どこかに引っかかっている気がする。

 

「静香お姉ちゃーん!」

 

「ん…?どうしたの、陸?他の子達まで、引き連れて…。」

 

「歌って!」

 

「え…?」

 

「いつも志保お姉ちゃんが歌ってくれるから、皆で聞いてるの!」

 

(そんなことまでしてるんだ…。でも、私、歌とか全然歌えないしな…。)

 

とは言え、陸をのお願いはできる限り叶えてあげたい。というより、これだけの数の園児達を前に期待を裏切ることも出来まい。

 

「下手でも怒らないでよ…?じゃあ…私の好きな歌でいい?」

 

「うん!」

 

「じゃあ、『蒼い鳥』。」

 

これは、私の好きな曲。

前テレビで聞いた、如月千早さんが歌っていた曲。

暗闇の中の私に、輝きを見せてくれた歌。

一人ぼっちの私に、勇気を与えてくれた歌。

私に、アイドルという存在を、教えてくれた歌。

 

「えっと…以上、です。」

 

「すごーい!」

 

「うまーい!」

 

「しほおねぇちゃんくらいうまーい!」

 

満面の笑み、拙い拍手、賞賛の言葉。

何とか満足させられたようでよかった、のだが。

 

「うん!本当に上手かったよ、シズカ!」

 

問題は、園児の中に一人どう考えても年齢が合わない人がいることだろう。

 

黒髪にギターを持った、可愛いというよりもかっこいい容貌の女性。声までもかっこいい、というかどこかで聞いたことのあるようないい声だ。

 

だが私は、彼女が誰だか知らない。何度も言うが私に大河と志保以外の知り合いは数える程しかいない上、この女性はその中の一人ですらない。何故名前を知っているかは分からないが、陸もいるし、少し警戒しておいた方がいいのかもしれない。

 

その女性は、園児の間を縫って私の前までずんずんと進んでくる。

 

「なあシズカ、頼みがある!あたしにはアンタが必要なんだ!」

 

前言撤回。要警戒人物のようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ギター、ですか?」

 

「ああ。」

 

話を聞かせてもらい、どうやら警戒はしなくても大丈夫だろうと思えるようになった頃、女性は話を切り出した。

なんでも、ギタリストとして活躍している自分の歌に合う歌声が中々見つからず、公園で気分転換をしていた際に私を見つけて、この声しかないと思ったらしい。たかが一度歌った程度の素人にそんなことを任せていいのだろうか。

 

「それにアンタ、ピアノもできるんだろ?セッションとかもしてみたいな。」

 

「何故私がピアノをできるって知っているんですか…?」

 

「おっと、警戒しないでくれよ。あたしはきちんと…って言ったらズルいかも知れないけど、アンタのことは前から知ってたんだ。」

 

「私のことを…?志保か、大河から聞いたんですか?」

 

「おっと、シホとも知り合いなのか!?世間は狭いなんて、よく言ったモンだね。」

 

「私と志保の関係性を知らないのに、私も、志保も知っているんですか?本当にあなた、何者なんですか…?」

 

「そう警戒しないでくれって。シホとシズカ、二人の情報を一遍に手に入れられる場所があるだろ?」

 

「…同じ学校の人ですか?」

 

「学校まで一緒なのか。でもハズレだよ。もう一つだけあるんだ。その答えは…直接見せた方が早いかな。」

 

女性の黒髪が外され、その下からは特徴的な赤い髪が…。

 

「ってまさかあなたジュリア!?」

 

「しーっ!そんな大きな声出したら…!」

 

ジュリア。それは765プロ所属のアイドルで、そのクールな振る舞いとギターのテクニックで観客達を魅了してきた、最近になってさらに人気が増してきたアイドルだ。

そんな名前を、人通りの多い公園という場所で叫んだらどうなるか。

 

「ジュリア…?」「ジュリアがいるの?」「あ、もしかしてあの子…!」「ジュリアだ!」「サイン貰いに行こうぜ!」「俺ジュリアの大ファンなんだよ!」

 

「マズい…!逃げるぞ、シズカ!」

 

「え…ちょ、ちょっと待って!」

 

手を引かれるまま、私はジュリアと駆け出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここまで来れば、安心かな。」

 

「はぁ、はぁ、はぁ…。走るの、速すぎです…。」

 

「むしろシズカは体力をつけなきゃダメだ。アイドルには体力だっているんだぜ。」

 

揶揄う様な彼女の口ぶりに、生憎上手く返すジョークは持ち合わせていない。

寧ろ皮肉のような言葉しか、口からは流れてくれない。

 

「…いいんです。どうせ765プロのオーディションは多分受けられませんから。何回か連続で行われてますけど、前回が最後って言っていたのにまたやったのは、最後の補充要因を選んで、ってことですよね。だったら私、明日のオーディションには行けないので。」

 

「な…!?そんなのダメだシズカ!あたしにはアンタの歌が必要なんだよ。」

 

「そんな事言われても、困ります…。それに走って逃げてしまったので陸を置いてきちゃったから、戻らないと。」

 

「なあ頼むよ。765プロに入ってくれよ…。アンタなら絶対合格する。あたしが保証するからさ…。」

 

「私には…時間が無いんです。…次の765プロのライブ。志保も出ますよね。それの合同練習、いつからですか。」

 

「なんでそんなこと…。確か、月曜日からじゃなかったか?」

 

「やっぱり…!だったら尚更、ここで立ち止まってはいられない…。ジュリアさん!志保の居場所、知りませんか!?」

 

「シホの居場所?あたしはそんなにシホとプライベートで関わったりしないからなぁ…。電話してみるか?」

 

「多分、電源切ってると思います。それに、繋がっても、きっと出ない…。なんでもいいんです!最近何か変わったこととか、言っていたこととか!」

 

「本当になんでもいいなら…。これ。このウィッグ。これはシホから貰ったものだ。『最近人気なんだから、その目立つ髪色くらいは隠しなさい』って。」

 

「ウィッグ…?」

 

私はジュリアさんが持っているウィッグに目を向ける。何の変哲もない物だが、どこかで見た覚えがあるような…?そもそも、何故志保がこんなものを持っていたのか。プレゼントとして渡すものにしては志保らしくないし、でも志保の私物とも思えない。だったら貰い物だが、こんなもの貰って帰るような性格でも無いはずだ。

 

思考がどんどん加速して、私に答えの情景を掴ませようと、溢れるように記憶が思い起こされる。

大河と喧嘩して、仲直りして、うどんを作って貰って、陸を任されて、スイーツバイキングでまた喧嘩して、大河の家に、いや待てよ?スイーツ…バイキン…グ?

 

「そういう…こと…!ジュリアさん!陸のことをお願いします!私行かなきゃ!」

 

「え、ちょっと待てよ!シズカ!何が分かったんだよ!つーか陸って誰だよ!?」

 

私の出せる全力で、私は走り出す。

向かう先は―――283プロダクション。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「見つけた!すみません!」

 

283プロダクションの入口前で、スイーツバイキングの時の三人を見つけた。

あちらはこっちをよく覚えていないようで、不思議そうな顔をしている。

…むしろその方が、好都合だ。

 

「北沢志保さん。ここにいると思うんですけど。」

 

その質問を吐いた途端、三人は分かりやすく狼狽して、私から目を背ける。

 

「あっ…!スイーツバイキングの時の人ですか!し、志保ちゃんはちょっと、どこにいるか分かりませんけど…。」

 

「す、すみません。私達も志保さんとは一回会った程度の仲なので、静香さんの期待には添えないと思います…!」

 

「志保ちゃんがどこにいるかなんて、し、知らないよ!?う、嘘じゃないからね!?」

 

見つけたのがこの3人で、本当に良かったと思う。こんなにも分かりやすい反応をしてくれると、躊躇っていた体も動きだすというものだ。

 

「すみません!」

 

「あっ!」

 

「ダメ…!」

 

「ストーップ!」

 

3人の横を駆け抜け、階段を上がって、ドアを勢いよく開く。

そこには、驚いた顔のアイドル達と、全てを理解したような顔のプロデューサーと、レッスン室で必死に練習する、志保の姿があった。

まだ、こちらには気づいていない。

 

「君が、静香ちゃん、だよね?」

 

「そうです。…志保を、迎えに来ました。」

 

「いいよー。連れて帰って。…てかあの子いつまでいる気なのさー。もう朝からぶっ通しで4時間くらいやってるけどー。休めと言っても『私は平気です』の一点張りー。やってらんないんだよねぇー。」

 

そこで言葉を区切って、その男は作業していた手を止めてこちらを向いた。

 

「君なら。連れて帰れるんでしょ。」

 

「分かりません。でも、言わなきゃ。言わなきゃいけない事が、あるんです!」

 

「じゃあ言ったらいい。それを止める権利は、僕にはないし。」

 

「…ありがとうございます。」

 

レッスン室の前で、深呼吸をする。

やっと、追いついた。

伝えたいことは決まっている。

それを受け入れてもらえるかは分からない。

もしかしたら、もう二度と話を聞いて貰えないかもしれない。

 

それでも…。それを言う覚悟が、私にはあるのか。私はそれを負う覚悟が、あるのか。

 

「志―――」

 

プルルルルル!

 

「「ッ!?」」

 

私のポケットの中の携帯電話が、着信音をかき鳴らす。

その大音量は、私に着信を知らせるという役目を果たしながらも、私の存在を志保に知らせるという大失態を犯してくれた。

 

「志保…。」

 

「…電話、出たら?」

 

「う、うん…。」

 

志保の言う通り、携帯電話を開いて応答する。

こんなにも完璧なタイミングで掛けてきてくれたんだ。大した用事でもなければ怒鳴ってやろう。

 

「もしもし。」

 

『静香か?大河だけど、志保、見つかったか?』

 

「大河…!こんなタイミングで掛けてきて、こんな時間にようやく確認!?馬鹿じゃないの!?」

 

『あ?なんでそんなにキレてんだよ…。タイミング…?あ、もしかして俺が連絡して見つけた志保に見つかった?いやーごめんごめん。』

 

「ごめんごめんじゃないでしょ!?折角覚悟決めて私が…!」

 

『だったら志保を…いや、静香。明日の夜。そうだな…夜7時頃に、学校の屋上に来てくれ。志保にも伝える。志保に変わってくれ。』

 

「そ、それはいいけど…。志保、大河が、代わって欲しいって。」

 

私が差し出した携帯電話。もしかすれば拒絶されるかとも思ったが、案外志保はすんなりと受けとった。

そのまま彼女は後ろを向いて電話をしたから、二人の話の内容は分からなかったが、志保が少し言いくるめられてるのは分かった。こういう手合い、あの男は最強だ。

 

「もういいわ。」

 

通話の切れた電話が私に返される。どうやら大河に怒りをぶつけるのはまたの機会になりそうだ。

 

「何よ。話は終わったでしょ。出ていって、練習の邪魔。」

 

冷たくあしらう志保。でも、きっと、それは気丈に振舞っているだけ。

 

「まだ終わってない。大河は明日に言いたいことを回したみたいだけど、私はまだ、志保に言いたいこと、言えてない。」

 

「話すことなんて無いわ。」

 

「私にはあるの!逃げないでよ、志保!」

 

彼女はこちらを向かない。でも、その裏にある彼女の表情は、きっと憂いを帯びている。それが、今の私には分かる気がする。

 

「また自己嫌悪?」

 

「ッ…!静香なんかに何がッ!」

 

「分かるよ。去年の夏も、ちょっと前に学校で喧嘩した時も、大河のお姉さんの時も、今だって。志保が怒ってるときは、いつだって…自分に怒ってる。周りに当たってしまう自分に、大河と私の間を取り持てなかったことも、大河が苦しんでいることも、私のことを疎ましく思っちゃうことも。…私も、今はそうだから。」

 

「静香なんかに、私の気持ちが分かる訳ないでしょ!全部持ってるくせに!努力することも知らないくせに!最初から全部与えられた人に、与えられなかった人の気持ちなんて分かる訳が無いッ!」

 

「分かってないのかもしれないよ。分かんないから、私は今、自分ができることの精一杯をする。持っていないことも、努力していることも、どうやって伝えたらいいかなんて分からないよ…。でも、だから!結果で、示すよ。私が、どれだけ大河の事想ってて、私が志保の事、どれだけ大切にしてるかって事。全部。『欲しいものを、掴んで離すな』。そう言ってくれたのは志保でしょ。私は我儘だから全部欲しい。だから、一つだって手を離したりなんかしない。…志保だって、私と同じなんじゃないの?欲しいもの全部我慢して、それでいいなら私は止めない。でも、私は絶ッ対、あきらめないから!志保が掴む手を伸ばすのをやめても、私がその手を掴んでみせるから!」

 

「…勝手にしたら。」

 

このまま突っぱねても私が帰らないと考えたのか、志保は荷物を脇に抱えて『ありがとうございました。』とだけ言い残して、283プロダクションから出ていった。

残された私にも、ここに残る用は無い。

私も志保に倣い、礼を述べてからここから立ち去ろうとしたその時、後ろから私を呼び止める声がした。

 

「あの、最上静香さん、で、いいんでしたよね。」

 

と、聞き覚えのある声がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「風野灯織さん、っていうんですね。」

 

事務所近くのカフェに案内された私は、目の前の女性の名を尋ねた。

前回あった時は途轍もなくみっともない姿を見せてしまったので、改めて私も自己紹介をする。

 

「私は最上静香です。前回はお恥ずかしい姿を見せてしまってすみません…。」

 

「いえ、あまり気にしていないので大丈夫です。」

 

「それで、なんで私を呼び止めたんですか?何か用でもあったんですか?」

 

「いえ…。こんなこと、他の事務所の方に聞くのはどうかとも思ったのですが、283プロダクションの仲間達に聞けることでもないので…。すみません。」

 

「いえ、私は構いませんけど…。何ですか?」

 

「実は…私、少し悩んでいることがあって…。友達…真乃と、めぐるのことなんです。私、二人とユニットを組んでいるんですが、二人はいつでも社交性があって、仲良く過ごしていて…私だけ、本当の意味で、仲間になれていない気がして。あの、静香さん…。静香さんは、どうやって大河や志保さんと一緒に、あんなに信じあって行動できるんですか?」

 

「…仲間、ですか。私にも、よくは分かりません。正直、今この瞬間にも志保は私のことを友達だと思ってもらえているかは分からないし、大河だって私のことを一番には思ってくれていないみたいだし。…でも、友達だって、親友だって今はハッキリ言えます。嫌われてるとか、避けられてるとか、そういうの関係なしに。私は親友でいたいし、そのために行動する覚悟はできてますから。灯織さんも、仲間であるとかあんまり気にしなくてもいいと思いますよ。大事なのは、仲間でいたいかどうかと、それを伝える覚悟があるかどうか。それだけだと、思うので。」

 

「静香さんは、強い人なんですね…。私はそんな楽観的にはなれません。どうしても、怖くなってしますんです。真乃やめぐるが、そんなことするような人じゃないのは分かってますけど、でも、もしかしたら優しいから付き合ってくれてるだけなのかもしれないって、考えてしまうんです。」

 

「悪い方に考えが向いてしまうのは分かります。私もよくやってしまいますから。でも、案外何とかなることだってあるし、意外に人生は悪いことだらけじゃないんです。それは自分の気の持ちよう次第だってこともあるし、自分が何か変えられることだってある。全てが世の中のせいだって決めつけて諦めて。それで人生こんなものだって決めつけるのは楽でいいですけど、私は絶対に後悔したくないんです。だから、決して諦めない。欲しいものは全部掴む。それだけの志さえあれば、何の問題もありません。…って私は思います。すいません、生意気なこと言って。」

 

「…覚悟、ですか。わざわざ、こんな時間を割いていただきありがとうございます。少し、考えてみようと思います。」

 

灯織さんは二人分の飲み物の代金を机上に置くと、悩ましそうな顔をしながらカフェから出ていった。

 

(覚悟、か…。)

 

自分自身、覚悟は決まっている、とは思うのだが、何かモヤモヤしてしまう。

私自身の力で何かを為せたことはないし、ただ自信がないだけなのかもしれない。

 

(自信なんて、簡単に得られる物じゃないしな…。)

 

志保を見つけて、言葉をぶつける機会もできて、もうやれるだけのことはやったのだと思う。

鞄の中から、一枚のコピーされた紙を取り出す。

赤い字で表記されている、765プロダクションのアイドル募集という文字。

 

「行って、みよっかな。」

 

信念はなくても、覚悟はある。

どのみち、仕事を探す必要はある。

ならば、少しくらい夢を見ても、いいだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日。

珍しく早起きした私は、昨日用意したお気に入りの服を着て、いつもは帽子をかぶるくらいしか整えることのない髪の毛を櫛で整えて、いつもより余裕たっぷりに、何もない家を、出た。

 

電車賃を使うことも控えて、あまり歩き慣れない道をのんびりと歩く。

面接時間には大分余裕があるし、周りの景色を楽しみながら一駅分ほど離れた765プロダクションへと向かう。

 

(こんなところにバッティングセンターなんてあったんだ…。あ、こっちにはなんか渋い感じのカフェもある。…ここって猫カフェかなぁ。すごい、きっと志保や大河と来たら…。)

 

「そっか、そういうこと、か…。」

 

このモヤモヤした気持ちは、恐怖、だったのだ。

覚悟は決まっている。伝えたい言葉も私は持っている。失敗したって、諦めるつもりもない。

 

―――でも、怖いものは、怖い。

 

私一人でこんな場所に来ることはない。大河か志保に誘われて、連れられて、こういうところに来るのだろう。私にとって、それは当たり前のことで、今がおかしな状況なだけで、だから平常心でいられる。

でも、それが覆ってしまうかもしれない。もしこのままの関係が続いて、モヤモヤした関係が続いて、二人が離れていったら。

だって、既に志保や大河とどこかに来ることは『きっと』ってなってる。それが『もし』に変わってしまえば、私は今度こそまた一人になってしまう。

 

(もう、やだな…。一人で過ごすのは、嫌だ。)

 

幸せな世界を、幸せな関係性を築いてしまったからこそ、私はもう一人になることすら怖くなってしまった。

昨日までは良かった、志保とぶつかり合うのがいつかも分からないままに、ただ目的は『見つける』ことだけだったから。

そして見つけた後も、私は覚悟を決める前にぶつからざるを得なくなってしまった。

 

だから、『その時』が来るのが、怖い。

 

今ここでゆっくりと歩いているのも、きっとオーディションが怖いからなのだろう。

落ちるのが当然と考えていても、それでも選ばれないのは、切り捨てられるのは、怖い。

 

マイナスなことばかり考えていて、気が付けばもう、765プロの前で。

時間はまだたっぷりとあるけれど、いつまでたっても胸の中のモヤモヤは収まらない。

 

「あの、もしかして765プロダクションの応募者の方でしょうか?」

 

その時、後ろから声を掛けられた。

その人は、休日なのに何故だか制服を着ていて、その無機質な目はしかし、情熱の籠った様子で、こちらの目を真摯に見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

このまま765プロダクションの前に居たって仕方がない。どうせオーディションの時間はまだまだ先だし、近くの公園にベンチに、二人で腰掛けた。

 

「………………。」

 

「………………。」

 

何も、会話が生まれない。

私は人見知りだし、隣に座った女性も特にコミュニケーションが得意なわけではなさそうだ。

しかしこのままの空気でオーディションまでの時間を過ごすのは、辛いものがある。

ただでさえ、私の内心は恐怖に埋め尽くされていて、これ以上何かが流し込まれれば、たちまちに決壊して崩れてしまうだろう。

 

「緊張、していますか?」

 

「え?」

 

突然、隣の女性が口を開き、私は驚いて疑問を口から零してしまう。

 

「…と、すみません。驚かせてしまいましたか。表情が強張っていましたし、何よりすごく、怖い目をしていたので。」

 

「えっと、そんなに、ですか?」

 

「はい。すごく。」

 

「そう、ですか…。」

 

これからのオーディションに、けして聞きたいとは言えない情報を伝えられてしまって、少し落ち込んでしまう。

 

「あなたは、何故ここに来たのですか?」

 

「私が、ですか。私は…。」

 

なんで、アイドルになりたかったのか。

それは、大河の横に立つことのできる、対等な存在になりたかったから。

だから、私にはアイドルになりたい理由なんてない。

そんなままで、今のままの心持ちで合格できるとは思えない。

私にとって、アイドルとは『目標』ではなく、『手段』。

本当にアイドルになることを夢見ている人に敵う訳が無い。

 

「…私は、自分に価値が欲しくて、何者かになりたくて、友人と対等になりたくて、だからです。…不純、ですよね。本気でアイドルを目指している人の中に混じるのは、その人達に失礼、なのかもしれません。」

 

「それの、何がいけないことなのでしょうか。」

 

「だって、他の人に失礼じゃないですか。他の、真剣にファンの人達を楽しませたいがためにアイドルになりたいと思ってる人達に、失礼です。」

 

「確かに、アイドルになりたいと思ってこれまで頑張ってきた人も、たくさんいると思います。純粋にファンの人達、いえ、誰かに笑顔を届けたいという気持ちが強い人も、いるとは思います。…では、私達の想いが、それに劣っているという理由は?確証は?そんなものありません。私は強くなるために、あなたは対等になるために。ここしかないからって思ったからこそ、ここに来たんじゃないのでしょうか。引け目を感じる必要なんてありません。私は、私の想いをぶつけるだけ、ですから。…よし、がんばるぞ。」

 

「想い…。」

 

「行きましょうか。もうそろそろオーディションの時間です。」

 

「あの…!最後に、名前だけ教えてもらえませんか…?」

 

女性は振り向き、風にたなびく髪を抑えながら

 

「765プロダクションで、再び会う時に教え合いましょう。」

 

と、少し茶目っ気のあるような笑顔でそう答えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

オーディションも終わり、日も暮れてきた7時頃。

私は自分の通っている学校の前で、途方に暮れていた。

 

「7時に学校の屋上にって…日曜日の夜に学校に入れるわけないじゃない。大河、何考えてるんだろ。」

 

勿論警備員もいなければ、某警備会社の機能も働いていると思うので、勝手に入ることはできない。

こればっかりは大河にもどうにもできないと思うのだが、どうするつもりだったのだろうか。

 

「…何してるの。こんなところで。」

 

振り向くと、志保の顔。

昼とは違って、感情が昂っているようなことはないみたいだ。

それは、この話が良い方に傾いているのか。或いは、悪い方に傾いているのか。

 

「あ、志保。大河、屋上って言ってたけど、入れないじゃない?警報だって働いてると思うし。」

 

「…静香は知らないのね。こっちよ。」

 

志保は知った顔で学校の周囲のフェンスに沿って歩いていき、正門から少し離れたフェンスの下の方に手をかける。

させて強い力を入れるまでもなく、その部分はめくれて人が通れるほどのスペースが生まれる。

 

「ここ、警備とかは校舎内までないから、別に入れるわよ。それに…ここ。この扉だけは何故だか知らないけど警備とか働いてないからいつでも入れるわ。」

 

志保が指差したのは木造の扉。彼女の言う通りにどう見ても警備の入り込む隙間の無いようなアナログさで、実際に開いてみれば特に異常が起こることもなく簡単に校舎内に入り込むことができた。

ここまで来れば後は簡単で、特に屋上に鍵のかかってないこの学校ならば、苦も無く屋上にたどり着くことができた。

 

「…大河は、まだみたいだね。」

 

「そうね。」

 

「………………。」

 

また、これだ。

何か用があったり、話すことがあれば私は志保と今でも一応は会話をすることができるが、それがなくなれば話す会話の種がなくなって、気まずい空気が流れる。

 

(でも、言わなきゃ…。ちゃんと向き合うって決めたんだから。もう、自分の気持ちに嘘はつかないって。)

 

「志保。私、志保に言いたいことがあるの。」

 

「また?そんなにたくさん喋るような子だったかしら。」

 

「大事な話。多分、大河の話より大事で、大河には聞かせられない話。…大河のこと、好きなんでしょ?」

 

「…今更?気付いてないのは鈍感な大河くらいだと思ってたけど、静香も気付いてなかったのね。」

 

「今日、伝えるつもり?」

 

「…そんなこと、できるわけないでしょ。私は静香を許せない。でも、大河は静香を見捨てたりなんかしない。私はそれすらも許せない。」

 

「いいよ。志保が私を許せないのと、志保が自分の気持ちに嘘をついたまま過ごすのは、まったく別の話でしょ。…私を言い訳にして、逃げたりなんかしないでよ、志保。」

 

「…言い訳?私が、いつ、あなたを言い訳にしたって言うの?」

 

志保が私を睨み付けて、鋭い声で言葉を放ってくる。

いつもは後ろで見ていたその姿も、今日は真正面から対面しなければならない。

 

「今も、これからも、ずっとだよ。志保でも怖いんでしょ。自分の気持ちが否定されるのが。フラれるのが、怖いんでしょ。でも、今日で志保はその気持ちにさよならしなきゃいけない。」

 

「今日…。」

 

「私、今日、大河に告白して、気持ちを伝えるよ。選ばれたんでしょ、私。このままだと志保、何も伝えられないまま終わることになるよ。…それでも、いいの?」

 

「…あーあ。」

 

志保は服が汚れることも厭わずに、屋上の床に寝そべる。

私は倣って横に寝そべろうとして…それをやめて志保と逆向きに志保の頭側に寝転んだ。

 

「…どうしたのよ、わざわざ変な所に。」

 

「今日だけは、ううん。今だけは、敵同士だから。横には居られない。」

 

「はぁ…。たった3日で、随分と大人となったのね。ちょっと前まで、横どころか後ろにすら居なかったのに。もう私より前に居るなんて。」

 

「いろんな人の助けがあったの。いつも私って助けられてばっかり。強く、ならなきゃなぁ。」

 

「…そう、ね。私も、踏み出さなきゃ。…私も、伝えるわ。大河にこの気持ち。…いいの?私が先で。」

 

「いいの。それでも、私は負ける気はないから。」

 

私は輝く夜空の星々に手を伸ばす。

前から、届かないものだと、そう決めつけて諦めていた。

でも、伸ばせば届くって、教えてくれた人が居た。

伸ばす。この手を。

たとえ星に手が届かなくったって、伸ばした分の手は、私のものだ。

もしかしたら月くらいは、手に届くかもしれない。

 

「お邪魔だったか?心配してきてやったのに。俺無しでも仲直りできるんなら俺は帰るけど、時と場所を考えてそういうことをしろよ。」

 

頭上から、つまりは扉の方から、大河の呆れた声がする。

その声に私と志保は飛び起きて、自分たちの現状がまるでバカップルのそれに見えることを考え直して、跳ねるように距離を取った。

 

「で、お前らの話し合いは終わったのか?お前ら内で和解できるって言うならそれに越したことはないんだが…。」

 

「そんな訳ないでしょ。私は、静香も大河のお姉さんも絶対に許せない。私が二人を許すためには、二人が大河を諦めるしかない。…大河が悪いのよ。誰でも彼でも助けるから。自分がどれだけ周りに心配されてるかも知らないで…!」

 

志保が声を荒げるようにして大河に怒鳴り散らす。

それに、少し申し訳なさそうに大河が返す。

 

「知ってるよ。知ってる。どいつもこいつも自分の都合何か考えないで他人の事ばっか考えてよ。バカなんじゃねえのかって。」

 

「大河が言えたことじゃないでしょ!?大河は周りの人のせいで不幸になってる!他人を助けて、他人に構って、他人の為に生きている!そんなのおかしいわよ…!だったら、大河は何の為に生きているの!?人に利用されるだけされて、そのままポイだなんて、そんなの人間じゃなくて人形よ!」

 

志保の目から、涙が伝う。

志保の涙、これで見るのは4回目で、私はその時により彼女が泣く理由は違うものだと考えていた。

でも、違ったのだ、彼女が泣く理由は、いつだって一つだった。

人の為、人を守る為、そして、人を助けると願う為に、彼女は涙を流すのだ。

 

だから、私はこの論争には介入しない。

人と人とがぶつかり合って、そして双方が互いを想っているのならば、もう既に、それ自体は解決しているようなものだ。

すれ違いが擦りあって、そうして答えを出せたのなら、きっと、私達は、もう一度。

 

 

 

私達は寝転んで、三角形のように頭を突き合わせて。

広く、蒼く、遠い空に私は手を伸ばした。

 

 

 

 

―――もう一回、友達に、なれるから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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