加蓮Be!   作:煮卵9

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三連打②


挫けても、灯りはここに

始業のチャイムと共に、扉を開く。

そこには、誰も居なくて、あるものは私を移す鏡だけだった。

 

北沢志保()は、学校に行かなかった。

 

遠くに響く学校の鐘の音は、とても新鮮な気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「君が、北沢志保ちゃんね。」

 

少し髪のボサついた、目には隈を浮かべる少し暗い雰囲気の男が、そこに入って来た私に、尋ねてくる。

 

「はい…。今回はありがとうございます。無茶なお願い、聞いてもらって。」

 

「おー。聞くよー。ちょー聞いちゃうよー。僕はアイツらのお願いには弱くてねー。押されっぱなしなんだよねー。」

 

「あの…。単刀直入に聞いてもいいですか。」

 

「何ー?彼女?いないよ?」

 

「違います!…どうして、765プロ所属の私に、283プロのレッスン室(・・・・・・・・・・・)を使わせてくれるんですか…?」

 

283プロダクションのプロデューサーは、キーボードを打ち込んでいた手を止めて、液晶から目を離してこちらに向く。

 

「えー…。それ聞いちゃう?それ聞いちゃうんだー、黙って使っちゃえばいいのに。真面目だねー君。色々理由はあるけど、別に聞きたくないでしょー?」

 

「だって、あまりにも不自然です!敵事務所のアイドルの為に、わざわざ練習場所を貸してくれるなんて…。何か裏があるんじゃないかと疑ってしまいます!」

 

「裏?あるに決まってるじゃないか。」

 

「…。」

 

「イルミネーションスターズの三人が私達に出来ることならなんでもするのでって言ってくれたんだよ。はは、君のおかげで楽しい休日が過ごせそうだよ。」

 

「あなた…まさか…!」

 

「そうだね、そのまさかだねー。」

 

「この…クズ…!」

 

「来週の日曜日は他に行ける人も誘ってバイキングさ。はははーやったねー。」

 

「は?」

 

「え?何?志保ちゃん今僕にクズって言ったよねー?なになにー?ナニを想像したのー?ねーねー教えてよー。志保ちゃーん。」

 

「ッ…!」

 

「うぉううぉう怒らないでよ。冗談じゃん冗談。拳を握りしめないでよ。君のグーは人を再起不能にする程なんでしょ?そんなの喰らったら僕みたいなヒョロヒョロ野郎一撃じゃーん。」

 

「待ってください…。なんで、私の拳の威力を知っているんですか…?」

 

「はははー。勿論調べさせてもらったよー。そりゃあ檻の中にライオンを入れる時にはその実力を測っておくものだろう?万一にも、檻を壊されちゃあたまらないからねー。これも理由の一つだねー。君を通じて、765プロの実力を測る。まあもし君がお利口な動物園生まれのライオンなら、その動物園ごと狩らせてもらおうと思うけどね。」

 

「私を見ても何にもなりませんよ。私の先輩達は、本物のバケモノ揃いですからね。」

 

「はははー楽しみだねー。僕とはづきさんはこの辺の机で一日中書類に追われてるだろうし、なんかあったら言いに来てねー。全員は来ないと思うけど、何人かは練習しに来るかもだから、適当に挨拶だけはしておいてねー。気難しい子とかはいないと思うから大丈夫だと思うけどねー。はい、これ鍵ー。帰る時に返しに来てねー。」

 

「何から何まで、ありがとうございます。」

 

鍵を受け取り、レッスン室へそそくさと向かう。

 

「あーもう一つだけいい?」

 

「はい。何でしょうか。」

 

「さっき僕さ、色々理由あるって言ったけどさー。勿論その中でも強いのはイルミネの三人が頼んできたとか、皆でバイキングとか、どうせ今日は外に出れることなく業務だとか、レッスン室が空いてたとか、そういう理由の方が多いんだけどさー。…たとえプロダクションが違おうと、プロデューサーはアイドルの力になりたいって思いが、心の奥底にちびっとだけあったんだー。」

 

「…。」

 

「…困ってんなら、頼りなよー?」

 

先までの何を考えているか分からないような表情を崩し、283プロのプロデューサーは、柔和な顔つきでそう言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ…。」

 

自主レッスンを初めてから、三時間と言ったところか。

私は一旦レッスンを休憩し、部屋の壁にもたれかかるようにして座っていた。

アイドルになった頃は十数分で限界だったというのに、全力のレッスンではないとは言え、私にも随分体力がついてきたものだ。

 

でも、全く足りない。

悩みによるストレス、泣き腫らしたことによる睡眠不足。

スタミナの枯渇も早く、ダンスのキレも落ちている。

 

それに。

 

「不細工な、顔…。」

 

上手く、笑えない。

まるで張り付いたような、偽物の笑顔。

きっと殆どの人は気付かない、でもぎごちない顔。

 

それが、私には醜く見えて仕方がない。

 

先輩達の包むような優しい笑顔。

同僚達の輝くような眩しい笑顔。

 

どれも、私にはなくて、手に入らなくて、それがとっても妬ましい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あれは、確かいつのことだったか。

静香が大河に貰ったお気に入りのストラップを無くしたと、涙を流しながら訴えかけてきた時。

大河は、二つ返事でそれに応え、その捜索に町中を駆け回って、泥んこになりながらもストラップを持って帰ってきたのだった。

 

それが何故か、とても嫌で。

歪な行為と分かっていながら同じように、私は大河に助けを求めた。

黒い猫のストラップをなくしたと、捜すのを手伝って欲しいと。

大河はお前もかよ。ってちょっと笑って、迷うことなく捜して、見つけて、持ってきてくれた。

それは、とても嬉しいことのはずなのに。

 

 

 

私は狡い人間で、私は狭い人間だった。

 

 

 

「私は…大河にとって特別じゃなかったんだ。」

 

一人と独りが出会って、殴りあって、和解して、一緒にいるようになって、もう三年間にもなる。

最初は独りで居た大河が、私と一緒にいるのが嫌じゃなさそうで、それがとっても嬉しくて。

 

でも、静香が来てから全てが変わった。

 

大河にとって、私だけ、ってものが減っていって、どんどんその差が詰められて、そして追い抜かれて、遂には無くなった。

 

静香だけが、大河の特別になった。

 

大河は、自分はしっかりしているって思い込んでいるけど、態度に全てが出ていて、三年も一緒にいれば大体分かる。

 

静香には恋慕、私には友愛。

愛であることに違いはないけれど、その愛は私が求めているものとは少し違う。

 

ずっと、それでいいと思っていた。私の恋は叶わなくても、他の娘に敵わなくても。

大河が、いつも辛いことを背負ってしまう大河が、幸せになれるんだったらそれでいいと思っていた。

 

でも、きっと大河が選んだ先に、大河の幸せはない。

 

大河は周りの問題全てを解決してしまう、近くにいる人の悩みを、その重さに関わらず、何でも、その身を呈してでも。

 

静香が悪人とは思っていない。彼女はいい娘だ。優しく、頑張り屋で、可愛く、ハッキリと物事を言える大河なんかには勿体無いくらいのいい娘だ。

 

でも、彼女は頼ることを覚えてしまった。頼れる人を知ってしまった。頼れる人のいなかった人生を送っていた少女が、頼れる存在を知ってしまったらどうなるか。

簡単だ。その答えは依存以外の何物でもない。

 

(あーあ…。まただ。)

 

何度考えても、堂々巡りで答えが出ない。

これからどうするのかも、静香と大河にどう接していくのかも、何もかも。

 

 

 

「おーきーてーくーだーさーいー!」

 

「…!?」

 

瞼を開く。赤い髪と、綺麗な柔肌が、視界いっぱいに広がっていた。

 

「え…あっ…!痛っ…!」

 

「あ、すみません!大丈夫ですか!?」

 

驚いて、もたれかかっていた壁に後頭部をぶつけてしまった。

 

「え、ええ…。えっと、あなたは283プロのアイドルかしら…?」

 

「はい!小宮果穂です!北沢志保さんですね!?よろしくお願いします!」

 

「はい。よろしくお願いします。」

 

「それで!あっちのお掃除してるのが杜野凛世さん!あそこでストレッチをしているのが有栖川夏葉さんと西条樹里ちゃんです!」

 

彼女が少し下がると、後ろにもう三人。

一人は会釈、一人は軽く手を上げ、もう一人はずんずんと近寄ってきた。

 

一人、圧倒的に敵対心むき出しの人がいる。

一人は無表情、一人は笑顔だったというのに、この人は睨んでままこちらへ向かってくる。

やはり他所のプロダクションのレッスン室で安眠してしまうことは失礼にあたる。謝らなければ。

 

「あの…すみません、眠ってしまっていたことは私の落ち度です…ですから―――」

 

「アナタ、昨日は何時に寝たの?」

 

「え…?寝ては…いない、ですね。」

 

瞼を開かれ眼球を確認される。私は何をされているのだろうか。

 

「…はぁ。うん、睡眠不足は多少解消されてる。でも心理的ストレスは睡眠だけでどうにかなるものじゃないわ。こんな状態で練習なんて、アナタ何考えているの!?」

 

すごい剣幕で怒られているが、初対面でこんなに怒られる所以が分からない。

 

「果穂、樹里、凛世!智代子が戻ってきたら直ぐに出発よ!ほら、アナタもすぐ準備なさい!」

 

急に元気そうに、有栖川さんは立ち上がった。

 

(何が…始まるの…?)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ…はぁ…。どうして、こうなったの…。」

 

息を整えながら、私の口からそんな言葉が零れた。

もう既に太陽はオレンジに染まって、横から照らす光が眩しい頃合だ。

 

私は今、公園で鬼ごっこをしている。

 

もう一度言う、私は今公園で鬼ごっこをしている。

 

「本当にどうして…。」

 

「ごめんね、巻き込んじゃって…。」

 

私が休憩のためにベンチに座ると、隣に後から合流してきた少女が座った。

 

「えっと確か…園田さん?」

 

「智代子でいいよ、志保ちゃん。」

 

彼女は辛そうな顔に無理に笑顔を浮かべながら、未だに走り続けている杜野さん以外の三人の方を見る。

 

「私達のユニット、放課後クライマックスガールズっていうんだけど、すっごく元気!って感じでしょ?本当に放課後にクライマックスなんだなって、初めて見た時からすごいキラキラしてるなって感じで、憧れてたんだよ。」

 

「本当に、凄いと思います。これだけ走れる体力も、年齢層がバラバラなのに皆で楽しんでいるところも。」

 

「そうなんだよ。でも私は少しチョコが好きなくらいの普通の高校生だったから、初めは少し着いていけてなかったの。」

 

「そんなことがあったんですか…?」

 

「凛世ちゃんも実は対応力すごくて。一歩私が下がって見ている感じだったの。…でもね、放クラの皆は、一歩さがって、私と一緒に走り出してくれたんだ。背中を押して、肩を叩いて声を掛けてもらって―――」

 

「―――私は、皆の横に立てたんだ。」

 

「何の話ですか?」

 

「うぇっ!?えっと別に、大した話じゃなくて、私の過去の話でもしようかなと…。」

 

「あのプロデューサーさんの差し金ですか。」

 

「ははは…バレバレだね…。」

 

当たり前だ。こんな話をするような流れでもなかったし、私を慰めようとしているようにしか聞こえない。

 

「なんでわざわざそんなこと…。今日あったばかりで、多分週末が終われば、もう会わないでしょうに。」

 

「プロデューサーさん、あんなだけど、本当にアイドルのことよく見てて…。きっと、志保ちゃんが悩んでて、誰にも相談できていない状態なのも気付いてる。そして、プロデューサーさん自身には解決出来ないことだってことも分かってる。」

 

「でしたら…。」

 

「でも、何とかしたいって思っちゃうんだって。悩んでいる人を、放っては置けないんだって。誰かが困っていたら、助けてあげたい。」

 

「…その考え方、きっと自分の身を破滅させますよ。人にはできることとできないことがあるんです。無理も重なれば、何も無いまま終わるだけです。」

 

「…。」

 

「園田さんは、それでいいんですか…!?プロデューサーに頼ったままで、それでいいんですか!?」

 

「…確かに、プロデューサーさんは頼れる人で、私達もよく頼っちゃうし、でも頼りきりじゃいないよ?私達もできることはある。それがどんなに些細なことでも、助けになってるといいなって思うしね。」

 

「それが…押し付けていい理由にはなりません。自分のことを人に任せるなんて、駄目です…。自分のことは、自分でやる。それが普通で、当然です。」

 

「それじゃ駄目だよ。人にはできることとできないことがあるもん。誰かに頼って、誰かに頼られて。そうじゃないと私達はなんのために一緒にいるのかな、ってなっちゃうよ。なんのためにアイドルはいるのかな、ってなっちゃうよ。ファンの人に応援してもらって、それを糧にして、頑張る。それがアイドルの仕事でしょ?ファンの人から勇気と心の支えを貰って、あとはチョコを一口食べて、私達はファンの人達に幸せを届けてあげる。それって、私はとってもいいことだと思うよ?」

 

「…それは、一般論じゃないですか。実際それで苦しんでいる人もいる。人に押し付ける人と、押し付けられる人。そういう風に世界が二分出来てしまうなんて、そんな世界、理不尽です…!」

 

「でもプロデューサーはこの仕事が楽しい、って言ってくれてるよ?…勿論、世界中の人が、人に頼られて嬉しい人だとは思ってない。顔も名前も分からないような人を、絶対に助けてあげられるなんてほど傲慢じゃないよ。でも、身近なプロデューサーさんくらいなら助けてあげられると思う。だって、手が届くでしょ。」

 

「手が…届く…。」

 

「チョコ!いつまで休んでんだよ!志保も!もう行けるだろ!」

 

「もう~?」

 

「太るぞ!」

 

「い、行きます!ほら志保ちゃん、行くよ!チョコのカロリーは怖いんだから!」

 

「待ってください園田さん、私は、まだ…!」

 

「ちーよーこー!それと、まだ中学生なのに志保ちゃんは大人び過ぎ!考えるだけじゃどうにもならないことだってあるよ!それに、考えることが裏目に出ることだって!だったら、身体を動かしてみようよ!皆といれば、悩みなんて一瞬で吹っ飛んじゃうんだから!」

 

智代子さんに手を引かれるまま、私は駆けだした。

 

 

 

「え?君たち今日レッスン入ってたよね?智代子、君がストップをかけないでどうすんの。君しかいないでしょ。」

 

「す、すみません…。」

 

結果、6人揃ってプロデューサーさんに叱られた。当たり前だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、志保ちゃんは今日どうするのさ。」

 

「どうするって…?」

 

「家に帰れるの?帰れるんだったら構わないけど、まさかこのまま283の事務所で寝るとか言わないよね。駄目だよー?機密書類とかもあるんだし、僕も君をそこまで信頼してない。」

 

やっぱり、駄目か。

その選択肢を取れれば一番だったのだが、それができないのならば野宿くらいしか取れる選択肢はない。

 

「大丈夫です。泊めてくれる友達くらい、何人もいるので。」

 

「はははー。だったらここなんて来ないでしょー。それに、『友達の家に泊まるじゃなくて』、『泊めてくれる友達くらい、何人もいる』ってー。それは少なくとも今日は泊まれないってことでしょー。嘘が下手だよねー志保ちゃーん。あははははー。」

 

「っ…。」

 

「頼れって言ってるのが分かんないかなーこのお馬鹿ちゃんめーはははー。まあ頼れって言っても僕の家に泊まらせる訳にはいかないんだけどねーあははははー。」

 

「プロデューサーさん?」

 

「…はははー。はづきさんこれは違うよー。一種のコミュニケーションだからセクハラとかではなくて―――あ、はい、すみません。じゃあお金あげるからどっか適当に泊まってきなよー。」

 

「…借りられません。借りを作る訳にはいきませんし、返す余裕もありません。」

 

「えー。アイドルなんでしょー?別に返さなくてもいいけどーお金を稼ぐ算段くらいあるんじゃないのー?」

 

「そんなに…売れてるわけじゃないので。いいんです。これ以上借りを作るつもりもないので。寝床くらい、自分でなんとかします。」

 

「志保さん!今日お家に帰れないんですか!?じゃあ私の家に来てください!」

 

いつの間にかレッスン室から抜け出したのか、小宮さんが横から話に入ってきた、

 

「小宮さん…。そういう訳には…。」

 

「お母さんに言われてるんです!友達ならいつでも連れてきていいからねって!泊まっていってもいいのよって!だから心配なしです!」

 

「いえ、そういう問題じゃなくて…第一、私達は今日あったばっかりで…。」

 

「ジャスティスレッドなら、困っている人を放って置いたりしません!さあ、行きましょう!」

 

「ちょ、ちょっと…!」

 

バタン!

 

「出ていっちゃったねー。」

 

「そうですね。…じゃあレッスンの続きですよ?早く皆立ってくださーい。」

 

「え゙っ!?まだやるんですか!?」

 

「勿論ですよー?サボった分、きちんと練習してもらいますからねー。」

 

「でも果穂が…。」

 

「では始めまーす。」

 

「まだまだ行けるわ!」

「上等だ!」

「自己鍛錬に、励みましょう。」

 

「あ〜んもう!放クラの体力馬鹿!」

 

そんな声をBGMにして、私は小宮さんに手を引かれるままに走り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

連れていかれたのは、一般家庭と比べれば少しだけ大きい一軒家だった。

 

「ただいまです!お友達を連れてきました!」

 

大きな声で帰宅を知らせて、小宮さんは靴を脱ぎ捨て、洗面所の方へと向かい、手を洗い始める。

少しすると、奥の方から女性が歩いてきた。

 

「あら果穂。おかえ…り?えーと。そちらの方は?」

 

「はい!志保さんです!今日帰る場所が無いと言うので泊めてあげようと思って!」

 

小宮さんは言いたいことは言ったと言わんばかりに靴を脱ぎ捨てて家の中の方へと走っていってしまった。

 

「え、えーと…。果穂の同級生…って訳じゃないわよね?283プロの子?」

 

「いえ、765プロのアイドルなのですが、今は事情があって283プロで練習させてもらっていて。…すみません。すぐに出ていきます。」

 

「いえいえ。いいのよ、泊まっていって。事情も聞きたいところだけど、話せないのなら聞くことはしないわ。大したおもてなしは出来ないけれど、そこは勘弁してね。」

 

「いいん、ですか…?でも私、今会ったばかりで…。」

 

「そんなこと気にする家庭じゃないのよ。そんなこと気にしてたら果穂を育てるなんてやってられないわよ。それに、果穂が好きになる人に、悪い人はいないって信じてるから。」

 

「愛されてるんですね。果穂さん。」

 

「そうね。元気が一番なんて言うけど、元気が過ぎるほどに激しい子で。…でも、何故だか果穂が頷いたことに対しては、強くは当たれないのよねぇ。潜在的に何かを見抜く力でもあるのかもしれないわねぇ。志保ちゃんは悪い子じゃないって。私はそう感じるもの。」

 

「…本当に、お世話になっていいんですか。私みたいな不審者、追い返しておいた方がいいと思いますけど。」

 

「構わないって言ってるのに、なかなかに強情な子ねぇ~。うーん。じゃあこういうのはどうかしら。今日一日果穂の面倒を見る。そうしたら私はあなたを今日一日この家に泊めてあげる。こういう条件を付けてあげれば、甘えてくれるかしら?」

 

「…。じゃあ…お言葉に、甘えさせていただきます。」

 

「うん、よろこんで。じゃあ名前と年齢だけ聞かせてもらえるかしら。」

 

「北沢志保、14歳です。」

 

「流石に…小学生じゃない、のよね。」

 

「当たり前です。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

部屋の中に入ると、まさに普通の一軒家の様子のような家庭だった。

薄型のテレビがあり、その前にソファがあり、床には色の混在したカーペットが敷かれ、窓には淡い色のカーテンが付けられている。ダイニングと思しき場所には長方形の角が取れたような横に長い机が置かれており、その上に温度計やティッシュの箱、花瓶に入った花などが置いてある。

別段多くの家を訪れたことのあるわけでない志保だが、果穂さんの強烈なキャラとは正反対に、纏まっているような印象を受ける。

 

「志保さん!何してるんですか!ジャスティスVが始まりますよ!早く早く!」

 

もう既に準備を終えてソファに座っていて横の空いた席を叩く果穂さん。

どうやら座って一緒に見ろということらしい。

こういう手合いは慣れたもの、もう陸と何年も暮らしている身の私は、言うわれるがままに座って番組が始まるのを待つ。

 

そして始まるジャスティスV。始まったばかりでまだ導入部分だと言うのに、既に果穂さんのテンションはMAXで普通の日常回に対してすら喜びの叫びを放っている。

 

そうして序盤、中盤へと話が進んでいき、敵の怪人が悪さをしていく。

 

「あぁ!違います!レッドは何もしていません!」

 

どうやら今回はメンバー内で仲違いするよう敵の怪人にしむけられている回で、レッドが敵の策略に嵌められて孤立してしまう。

 

しかし終盤、仲間の絆によってその誤解は払拭され、最後には五人の力を合わせた必殺技で敵怪人を倒す。

 

「すごいです!本当にジャスティスレッドはかっこいいです!志保さん!私のおすすめの回があるので一緒に見ましょう!」

 

「果穂。遊ぶのもいいけど学校の宿題はきちんと終わらせてるの?アイドルと言っても、勉強を疎かにしちゃダメなのよ?」

 

「え、えっと…宿題は終わってます!」

 

その時に一瞬入口のところに置かれていた鞄をチラっと見たのを私は見逃さなかった。

その鞄を開け、ファイルを開くと、中からはテスト対策の問題がずらりと。

 

「…果穂。」

 

「す、すみません…。」

 

「はぁ…。じゃあちゃんとこれを終わらせたら、一緒に見てあげるから。頑張ってね。何か分からないことがあったら聞いてくれれば教えてあげられるから。」

 

「はい!ありがとうございます!志保さん!」

 

大人しく机に向かい、プリントを解き始める果穂。

最近の小学生は反抗的な子供が多いという話を聞いていたが、見た目には反してだいぶ素直な子の様だ。

果穂が勉強している間に、私は洗濯物を取り込んでいたお母さんのもとへと向かう。

 

「あの…何か家事で手伝えることはありますか?何かしていないと落ち着かなくて。家でもやっているので一通りならこなせると思います。」

 

「そうねぇ…。って言っても、特にやることなんかは…。あ!そうね。急な来客だったから、今日の夕ご飯が少し少なめになっちゃうかもしれないって思ってたのよ。だから何か今から買ってきて、一品作ってくれないかしら。お金は渡すから。」

 

「それくらなら是非やらせてもらいたいですけど、いいんですか?もしよろしければ夕食全て作るくらいはしたいのですが。」

 

「お客さんにそんなにしてもらえないわよ~。」

 

「でも…!」

 

「私の料理を振る舞いたいの。それじゃあ駄目かしら。それに私、他の人が作った料理も食べてみたいのよ。家庭を持つと、他人の手料理の味なんて全然味わえなくてね。果穂はアイドル業で忙しいし、主人は料理できないから。あなたが泊まるって言った時、チャンスって思ってたのよね。」

 

「お母さん…口が立つってよく言われませんか。」

 

「お母さんが娘に負けてるようじゃダメなのよ。娘が幼稚園児とか小学生とか、転々とやることを変えている間に、私はもう12年もお母さんをやっているのよ。大人しく甘えなさい。」

 

はい、お金。と手に握らされて返すこともできずに受け取ってしまう。

私が少しじっとりした目で睨みつけても、果穂のお母さんはにこにこ笑顔を崩さない。

 

「…分かりました。行ってきます。」

 

「は~い、行ってらっしゃい。」

 

根負けした私は、大人しく買い物へと出かけることにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

近場のスーパーに向かい、自分が作る料理の食材を求めて探し回る。

いつもとは勝手の違うスーパーだが、もう何年も料理もやってきたし、食材の買い物もしてきた。それほど時間もかからずに終えることができた。

買い物を終えて、片手にエコバックをひっさげてスーパーから出ようとした時、

 

「あ…。」

 

「お…。北沢志保さん、だよな?」

 

神谷奈緒さんが、目の前に立っていた。

 

 

 

 

 

 

 

要冷蔵の物はないかとか、疲れるだろうから座れる場所に行こうだとか、今は寒いからどこか屋内に移動しようだとか、様々な気遣いを受けた後に、私と神谷さんは近場のカフェで対面していた。

 

「それで…何か用があったんでしょうか。私と神谷さんって、あんまり接点は無かったと思うんですけど。」

 

「私も別にこれと言った用があるわけじゃないんだけど。近況でも聞こうかなと思って呼んだだけだよ。…資格は、手に入ったのか?」

 

「………………。」

 

「その様子だと、資格を手に入れるどころの騒ぎじゃないってところか。大河と喧嘩でもしたのか?」

 

「ッ…。」

 

「図星か…。はぁ…。加蓮と大河の喧嘩じゃ終わらないのかよ。つくづく面倒な関係性を作るのが得意だよな、大河って。…で?そっちの方は、そっちで解決できそうなのか?」

 

「別に…喧嘩をしているわけではないです。ただ、私が許すことができないだけ、です。きっと、それは解決なんてしない。それが解決するときは、二人の人が夢を諦めないといけませんから。」

 

「せっかちだな。それ以外の道が無いなんて、絶対って言い切れるのか?あいつは絶対に意見を変えないとか、そいつは私の気持ちなんて分からないとか、全部決めつけて自分の中で何もかも完結させてないか?…伝えなきゃ、何も始まらないぞ。」

 

「分かってます…!でも…でもッ!」

 

神谷さんは飲み物に手を付けて、一つの大きな溜め息をついた。

そして立ち上がると、一枚の紙幣を机に置いた。

 

「迷うのは分かる。怖いのも分かるよ。その踏み出した一歩が崖になってるかもしれない。…でも。立ち止まっていたら、置いてかれるだけだ。」

 

わざわざありがとな。とだけ言い残して、彼女は店内から出ていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あら、おかえりなさい。」

 

果穂の家に戻ると、掃除機をかけていた果穂のお母さんが出迎えてくれた。

 

「すみません、遅くなってしまって。」

 

「ううん。構わないわよ。ちょうど私も今から料理を始める所だったし、一緒に作りましょ。」

 

掃除機を押し入れにしまう果穂のお母さんに、エコバックをもってついていく。

キッチンにつくと、志保の家に比べても圧倒的に広く、高性能なようだった。

 

「すごい、本格的なキッチンなんですね。設備もきちんと整っていますし。」

 

「そうなのよね~。別にプロ、ってわけじゃないんだけど。昔からすっごく好きで、この家を建てる時から夫に『ここだけは譲れないー!』っておねだりしたら気前よく買ってくれて…。本当にあの時は嬉しかったわ~。これだけ広ければ、娘と一緒に料理も出来るしね。まさか、実の娘よりも先に他のところも娘さんと一緒にするとは思わなかったけどね~。」

 

「…すみません。」

 

「気にすることじゃないわよ。むしろ予行練習になって良かったわよ~。あの子、料理も出来るかも分からないし、できる子と取り敢えず二人で料理はできるのか、って言うのも確かめたいことだったし。さ、お手並み拝見と行こうかしら。」

 

「お手柔らかにお願いします。」

 

少し緊張するようなことを言われながら、私は料理を始める。

包丁やまな板の場所が分からなかったり、キッチンの高さが違っていたりと、少々やり辛い部分もあったのだが、何とかいつも通りミスなくできた。

 

「あら、ハンバーグ?いいわね~家庭の味って感じがして。」

 

「はい。…弟が、いつもねだってくるので。」

 

「弟さんがいるのね。じゃあ、今日は帰らなくてもいいの?」

 

「今日は、母が家にいるので、大丈夫だと思います。」

 

「…そう。それならいいけど、あんまり家族を心配させちゃダメよ?」

 

「あ!志保さん!帰ってきたんですね!すみません、ここの問題を教えてもらいたくて…。」

 

キッチンの入り口にいつの間にか来ていた果穂が、問題集の一点を指さして尋ねてくる。

無論教えると言ったのは私なのだが、まだ夕食の準備は終わっていない。

 

「ごめんね、果穂。まだ料理が終わってないから…。」

 

「教えてきていいわよ、志保ちゃん。」

 

「でも…。」

 

「私じゃ教えられないし、後は私がやっておくから。行ってあげて。」

 

「…すみません。」

 

そのお言葉に甘えて、私はリビングの果穂が勉強している横に座る。

パッと見た感じでは、その問題は小学6年生の算数。

流石にそれくらいは教えられる。

 

「ここなんです!ここの計算がどうしても合わなくて…。」

 

「ああ、ここはね…。」

 

と、幾つかの質問に答え、何個かのアドバイスをして、果穂が再び問題に集中し始めたところで、キッチンに戻る。

すると、既に夕食の準備は終わっていて、全ての料理が皿に盛りつけられていた。

 

「あ…。終わってしまっていましたか。手際、いいんですね。」

 

「そう?もうあれから15分くらい経ってるわよ?」

 

「そんなにですか…?」

 

時計を見れば確かにそれほどの時間が経っていて、既に食事の時間となっていた。

 

「果穂と勉強するの、楽しかった?」

 

「ええ、まあ…。弟に勉強を教えることもあるので。」

 

「そう。じゃあ、料理運ぶの、手伝ってくれる?」

 

「はい…。」

 

何か意味ありげな聞き方に、思わず顔を顰めてしまうも、杞憂だったかと果穂のお母さんの言う通りに料理を運んで、夕食の準備をする。

果穂の課題を中断してもらい、食卓につかせて三人揃って『いただきます』と言って、食事を始める。

話すのは、他愛もない会話ばかりだ。果穂が今日どこに行っただとか、アイドルとしてどんなレッスンをしたか。

でも、それがなんだか心地よくて、私は自然と笑顔になれた。

 

(どうしてだろ…。私、静香と喧嘩してから、全然自然に笑えなかったのに。)

 

「志保さん!どうかしましたか?」

 

「ううん。なんでもないわ、果穂。話、続けて。」

 

色んな話を聞いて、夕食の後には果穂とゲームをして、一緒にお風呂に入って、一緒の布団で寝て。それが、今の私にとって、何よりも心地よくて。何故だろうか。

 

「家族で過ごすの、久しぶりだからじゃないの?」

 

翌日、朝食を作っているのを手伝っている最中に、果穂のお母さんは私の問いにそう答えた。

 

「…何で、そんなことが分かるんですか?」

 

「志保ちゃん、あんなに料理上手いのに、誰かと料理したことないでしょ?だから、お母さんとか、仕事で忙しくて、あんまり一緒にいられていないんじゃないのかなって。」

 

「…確かにその通りですけど。」

 

「どう?楽しかった?仮初でも、家族といられる時間ってのは貴重なものなのよ。」

 

「はい。…楽し、かったです。」

 

「でも、それはやっぱり仮初なの。本物の家族と一緒にいるのが、あなたにとってもベストなことだと、私は思うわよ。それまでは、ここにいてもいいからね。」

 

「敵いませんね、本当に。お母さんって生き物は。本当に逞しい。」

 

「そうね。じゃ、果穂を起こしてきてくれる?今日は朝から事務所に行くって言ってたから。」

 

「はい、分かりました。」

 

2階へ上がり、随分と寝起きの悪い果穂を何とか階下へと引きずって連れてきて、顔を洗わせて目を覚まさせる。

それでも本調子には程遠く、昨日の果穂の元気な姿とはまるで違う、目なんて横一線で描けるような状態だ。

朝には弱いのかもしれない。

 

しかしそれも少しの時間で、朝食を食べ終えた頃には意識も覚醒したようで朝のレンジャー番組を見ている。

 

「うぉー!すごいです!頑張ってください!レッド!」

 

本当にこういった作品が好きなようで、昨日やったゲームもそれをモチーフにしていたものだった。

その一途さには憧れてしまう。一つのものをこんなにも追うことができるなんて。

 

「ほら、果穂。終わったら出るわよ。朝早くからレッスンがあるんでしょ。」

 

「あ!もうこんな時間なんですか!?すみません!すぐに準備します!」

 

時間に余裕自体はあるのだが、あまり家に長居して時間ギリギリに現場につく癖はつけない方がいい。

公共交通機関の麻痺や、唐突なアクシンデントによって到着時間に乱れが発生する場合だってある。

そしてその遅刻は、それを言い訳にするわけにはいかない場合だってある。

アイドルという職業には多くの人が関わってくるため、自分一人の勝手な行動が大勢に迷惑をかけたっておかしくはない。

 

と、言っても、ここまで焦られると寧ろこっちが申し訳ないのだが。

 

「志保ちゃん?今、いい?」

 

「お母さん。何か?」

 

「一応、感謝を伝えておこうと思ってね。お父さんは単身赴任中で、果穂はアイドル業が忙しくて、志保ちゃんが来てくれて少し賑やかになって、楽しかったわ。」

 

「…なんか、寂しい言い方しますね。」

 

「志保ちゃん、もしかしたらもうここに戻ってこないかもしれないじゃない。今日も泊まっていったていいけれど、志保ちゃんも家に帰るかもしれない。だから、一応お別れと、餞別。」

 

果穂のお母さんは、風呂敷に包まれた直方体状の箱を二つ、私に手渡してきた。

 

「これ、お弁当。お弁当箱は、果穂に渡してくれていいから。」

 

「ありがとう…ございます。何から何まで。」

 

「いいのよ。温かい家庭が恋しくなったらいつでもいらっしゃい。…本物にはなれないけど、癒してあげるくらいはできるわ。」

 

「はい。…行ってきます。」

 

「は~い、いってらっしゃい。」

 

温もりの籠った餞別を手に、私は果穂と283プロダクションに向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おはよーございます!」

 

「おはようございます。」

 

「あれー果穂ちゃん今日は早いねえ。その理由はもしや後ろにいるお姉さんのおかげかなー?」

 

「はい!志保さんが時間を教えてくれたんです!おかげで夏葉さんよりも早く着くことができました!こんなの初めてです!」

 

果穂は、『誰もいない事務所なんて新鮮です!』と言って、事務所内を走り出してしまった。

 

「まだ来るのー?君は君できちんと事務所あるでしょー?しかも広いしー。」

 

「すみません…。端の方でいいので、今日も場所を貸してもらえませんか…?」

 

「ま、別にいいけどー。僕はアイドルたちが不満を持たなきゃそれで構わないしー。…でもさ、いい加減にしなよ。大人には迷惑かけていいけど、君のこと信じてる人達待たせるのは、ホント、いい加減にしなよ。」

 

「…分かってます。」

 

私は荷物を脇に置いて、端の方でダンスレッスンを始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれー?誰ー?もしかして新しいアイドルさん?」

 

1時間ほどダンスの練習をしていると、赤い髪の二人組の女性が入ってきた。

一人は朗らかそうな笑顔で、一人は不安げそうな顔をしている。

 

「いえ…事情があって個々の練習場を使わせていただいてます、北沢志保と言います。」

 

「北沢志保…。あ、もしかして765プロの!?わーすごーい!この前のライブにも出てたよね!すっごーい!本物のアイドルだー!」

 

「なーちゃん…私達も、アイドル…。」

 

「あ!そうだった!私は大崎甘奈、こっちは甜花ちゃん!私の可愛いお姉ちゃんなんだー。」

 

「甘奈さんと甜花さん、ですか。邪魔にはならないようにしますので、申し訳ないですが、少しだけスペースを借りさせてもらませんでしょうか。」

 

「全然いいよー。私達、今日はレッスン室は使わないから。」

 

「ありがとうございます。」

 

その時、甘奈さんの携帯から着信音が鳴る。

 

「あ、大河君だー。」

 

甘奈さんはすかさず電話を手に取り、応じる。

 

(大河君…。まさか…。)

 

「もしもしやっほー。どうしたの?大河君。…どしたのー?別にいいけど。志保ちゃん…って、大河君がよく話してる志保ちゃんのこと?」

 

(やっぱり、大河のこと…!探してるんだ。283プロまで手を伸ばしてるなんて。)

 

こちらを見てくる甘奈さんに、私は伏し目がちに首を振る。

その意図を悟ってかどうか、甘奈さんは大河と通話を続ける。

 

「…そんな事言われても、私、志保ちゃんの顔すら知らないし。どうかしたの?」

 

大河はそこで捜すのを諦めたようで、通話は終わったみたいだ。

でも、甘奈さんの目は、私に対する追及を止める気はないみたいだ。

 

「やっぱり、志保ちゃんって大河君がよく言ってるあの志保ちゃんなんだね。…なんで大河君は志保ちゃんのこと探してるの?」

 

「それは…。」

 

「言えないならいいよ。でも、私に連絡が来たってことは、志保ちゃんは連絡を絶ってるってことだよね。それはなんで?」

 

「…大河の周りの人は、誰も大河を大切にしていない。それが、私は許せない。それで私は彼女たちを傷つけて…。」

 

「へぇ…逃げてるんだ。でも、大河君は覚悟を決めてるみたいだよ。」

 

「………………。」

 

「志保ちゃん、行きなよ。行って、ちゃんと話をしてきなよ。」

 

「…何故あなたが口を挟むんですか。甘奈さん。あなたには関係の無い話のはずです。」

 

「あるよ。大河君は、答えを決めたんだよ。だったら、それを受け入れるかどうかはともかく、志保ちゃんはちゃんと聞き届けないといけない。」

 

「だからなんで!あなたが口を挟んでくるんですか!?例えばその自論が正しかったとして、なんであなたが…!」

 

「私が、大河君の友達だからだよ。大河君が苦しんでるのが、分かるからだよ。志保ちゃん、大河君の親友なんでしょ?だったらなんで、一番に大河君の言葉を聞いてあげないの?仲違いすることもあるよ。口論になることもあるよ。大河君デリカシーないし、無神経だし、口下手だから。だから、ちゃんと聞かないと、ダメじゃないの?」

 

「…何にも知らないくせに、知ったような口で話さないで!」

 

「それが嫌なら!知ってる志保ちゃんが、理解してる志保ちゃんが、ちゃんと聞いてあげるべきでしょ!?それが出来ないなら、大河君は何の為に答えを見つけようと頑張ってるの!?大事な人達のためじゃないの!?誰にも届かない言葉なんて、自分で抱えて平気なはずないよ!…あんな辛そうな大河君、初めて見たよ。いい加減にしなよ。なんで、自分が一番大河君のこと考えてるなんて、他人は大河君のこと考えてないなんて言いきれるの!?一番大河君のことを考えてないの、志保ちゃんだよ。逃げて、逃げて、逃げて逃げて逃げて。それで?その後どうするの!?」

 

「どうするって…!そんなの、分かりません…。」

 

「な、なーちゃん…。」

 

「…ごめん、甜花ちゃん。もう行こっか。」

 

二人の女性は、去っていってしまう。

最後まで、甘奈さんは私に厳しい目を向けていた。

 

「どうしたら、いいんだろ、本当に…。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「志保ちゃんー。いい加減に休みなよー。もう何時間続けるつもりなのさー。君に倒れられるとこっちが迷惑なんだけどー。」

 

「大丈夫です。倒れたりなんかしませんから。邪魔なら邪魔だとハッキリ言ってもらえれば、私はすぐにでもここを出ますし。」

 

「…それならいいけどー。」

 

もう、283のプロデューサーがレッスン室に入ってきて、私に注意をするのも4度を超えた頃、私は一息をついて再びスマホから音楽を流し始める。

自分の出来自体には細かく思うところはないが、鏡を通して全体的に見て見るとどうしようもなく物足りないような気がする。

それが何なのか私には分からないけれど、しかし見つけようにも不足している物すら分かっていないのだ。どうしていいかなんて、分からない。

 

プルルルルル!

 

「「ッ!?」」

 

その時背後から、響き渡るような携帯の着信音が聞こえてくる。

そちらの方に振り替えると、どこで嗅ぎ付けたのか、静香の姿があった。

 

「志保…。」 

 

「…電話、出たら?」 

 

「う、うん…。」

 

私の言う通りに従って、 電話に出る静香。

話し相手はどうやら大河のようで、やはり彼女達は二人の協力体制で私を探していたらしい。

 

「志保、大河が、代わって欲しいって。」

 

静香がこちらに携帯電話を手渡してくる。

私は一瞬迷ったけれど、大河に対して冷たく当たる必要はないと電話を受け取る。

既に静香に見つかったのなら、もう隠れ逃げることも叶わない。

 

「何。」

 

『明日の夜7時。学校の屋上で待ってる。伝えたいことがあるんだ。別に来なくたっていい。そしたら静香と一緒に星でも見るさ。』

 

「何が言いたいわけ。」

 

『俺や…できれば止めて欲しいけど、静香のことを恨んだり、避けたり、そういうのを止めろとは俺には言えない。俺だって嫌いな奴と仲良くしろなんて言われても言うことは聞かねーよ。でも…家族は違うだろ。』

 

「ッ…!」

 

その言葉に、思わず唾を飲み込んでしまう。

そうだ、自分のことばかりで何も考えてはいなかったが、家には陸がいる。

でも、他には?

母親は昨日、仕事は早く終わる予定のはずだったが、母の仕事の終わる時間が変わることなんてよくあることだ。残業になることもあれば、そのまま一日帰ってこないことだってある。

 

『友人なんて希薄なモンだ。切ろうと思えばいつだって切れる程度の関係だ。でも…陸泣かせんなよ。姉貴だろうが、テメエ。』

 

「陸は…。」

 

『今隣にいる。昨日は静香が面倒みてやったみたいだ。どうしても俺らに会いたくないなら追わねーよ。でも、家くらい帰れ。お前が一番、独りぼっちの寂しさ、知ってるだろ。』

 

「分かったわ…。今日は、帰る。」

 

『それと…。そんな希薄なモン、後生大事に抱えてるやつもいる。友情は大切です、なんて甘い台詞は吐かねえけどよ、ここまでされてあんなこと言ってくれるなんて多分アイツくらいだと思うぜ。じゃあな。』

 

通話が切られ、私は静香に携帯を返す。

 

「もういいわ。」

 

しかし携帯を返しても、静香に帰る様子は見受けられない。

どうやら簡単には帰ってくれないようだ。

 

「何よ。話は終わったでしょ。出ていって、練習の邪魔。」

 

冷たくあしらっても、引き下がる様子のない静香。

いつの間に、強い人間になっていたみたいで、気付かなかった。

 

「まだ終わってない。大河は明日に言いたいことを回したみたいだけど、私はまだ、志保に言いたいこと、言えてない。」

 

「話すことなんて無いわ。」

 

「私にはあるの!逃げないでよ、志保!」

 

私は静香から目を逸らす。

今更、逃げずにどうしろというのか。

静香を思いっきり貶して、傷つけて、諦めさせろというのか。

 

「また自己嫌悪?」

 

「ッ…!静香なんかに何がッ!」

 

図星を突かれた。静香になんか分からないと思っていた気持ちを、きっと静香は本当には分かっていない。

 

「分かるよ。去年の夏も、ちょっと前に学校で喧嘩した時も、大河のお姉さんの時も、今だって。志保が怒ってるときは、いつだって…自分に怒ってる。周りに当たってしまう自分に、大河と私の間を取り持てなかったことも、大河が苦しんでいることも、私のことを疎ましく思っちゃうことも。…私も、今はそうだから。」

 

「静香なんかに、私の気持ちが分かる訳ないでしょ!全部持ってるくせに!努力することも知らないくせに!最初から全部与えられた人に、与えられなかった人の気持ちなんて分かる訳が無いッ!」

 

「分かってないのかもしれないよ。分かんないから、私は今、自分ができることの精一杯をする。持っていないことも、努力していることも、どうやって伝えたらいいかなんて分からないよ…。でも、だから!結果で、示すよ。私が、どれだけ大河の事想ってて、私が志保の事、どれだけ大切にしてるかって事。全部。『欲しいものを、掴んで離すな』。そう言ってくれたのは志保でしょ!?私は我儘だから全部欲しい。だから、一つだって手を離したりなんかしない。…志保だって、私と同じなんじゃないの?欲しいもの全部我慢して、それでいいなら私は止めない。でも、私は絶ッ対、諦めないから!志保が掴む手を伸ばすことをやめても、私がその手を掴んでみせるから!」

 

「…勝手にしたら。」

 

これ以上、ここにいては私はきっと絆されてしまう。

どうしようもなくまっすぐで、どうしようもなく正直な静香の事が、私は好きだから。

だからこそ、私は彼女を許してはいけない。

彼女を許せば、私は二度と自分を許せなくなってしまうから。

 

私は荷物を持って、283プロダクションを飛び出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ…はぁ…。」

 

283プロダクションからある程度距離を置いてから、私は走る速度を緩めた。

ここまで離れた場所なら、静香も追い付くことはないだろうし、他のアイドルに見つかることもないだろう。

 

「ふぅ…結構早いのね、志保さん。」

 

「え?」

 

後ろを振り向くと、283プロダクションのジャージを羽織った、オレンジ色の髪色の女性が、対して息も切らさずに仁王立ちしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こっちよ、こっち。」

 

「ちょっと、どこに連れていこうって言うんですか、有栖川さん。私は事務所には戻れませんよ。お礼や謝罪なら後日向かいます。」

 

驚いた私の手を取った有栖川さんは、私の意思などまるで気にしないかのようにすさまじい力で引っ張ってくる。

 

「そんなものを求めている訳じゃないわ。私が求めているのはあなたが来てくれること。果穂が、どうしてもあなたと食べたいって。お母さんの作ってくれたお弁当を、志保と食べたいって、聞かないのよ。」

 

「あ…。」

 

優し気な言い回し、しかしその言葉には怒りが乗せられているように感じ、ガツンと頭を打たれたように感じる。

 

陸に続いて、今度は果穂だ。

私は、一体何をやっているんだろう。

 

「その様子じゃ、忘れてたって訳ね。…あなた、本当にどうしたいの?プロデューサーの好意も、果穂のお母さんの好意も、さっきの友達の好意だって、全部受け取らないで、逃げたまま生きるつもりなの?」

 

「…そんなこと、あなたには関係ないじゃないですか。」

 

「ええ、関係ないわ。私がとやかく言うことじゃない。あなたの人生よ。あなたが好きにすればいいわ。でも、果穂はあなたに好意を抱いているの。それを裏切るのは、私が許さない。私の、私達の大切な仲間である果穂を傷つけるのは、私達が許さないわ。…私はそれはあなたにも当てはまるものだと思う。あなただって、仲間を傷つけられるのは許せないでしょう?だからあなたは、あなた自身を許せないのよ。」

 

「どこに…行けばいいんですか。」

 

「連れていくわ。その前に、その辛気臭い顔、どうにかしなさい。」

 

両手を使って私の頬を捏ね回す有栖川さん。

さっきまで私に怖い表情を突き付けていたのだから、怒っているのかとも思いきや、私の顔を捏ね回して遊んでいるみたいで、表情には笑みが見て取れる。

 

「うん。これで少しはマシになったかしら?」

 

有栖川さんの離した頬からは、ジンジンとした熱さがあった。

 

 

 

 

 

 

「あ!志保さん!こっちでーす!」

 

事務所近くの公園まで戻ると、放課後クライマックスガールズの4人が、ご飯には手もつけずにレジャーシートを敷いて待っていた。

もう時計の針は2時を回っている。

皆お腹が空いていているはずなのに、お弁当箱の蓋は開かれてすらいない。

 

「すみません皆さん…。私のせいで…。」

 

「違うよ、志保ちゃん。私達が待っていたかったら待ってたんだよ。」

 

「食事は…大勢で食べた方が…美味なのでございます。」

 

「いいから早く座れよ、志保。アタシ、腹減っちまったよ。」

 

園田さんも、杜野さんも、西城さんも、たった一度追いかけっこをしたくらいの仲なのに、こんなにも優しく接してくれる。

 

「果穂のお母さんがお弁当を作ってくれたって聞いたから、私達も作ってきたの、お弁当!」

 

五人が五人とも、横にある弁当箱…というよりも重箱を取り出し、その蓋を開ける。

どう考えても一人分には見えないそのサイズと内容量、それが五人分。加えて私に作ってもらった果穂のお母さんの弁当箱。

 

「お昼というより、これはもう…お花見、ですね。」

 

もう葉もすべて落ち、鋭い風が体に突き刺さる。

でも、何だか温かい、そんな空間だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私は彼女たちに感謝を告げて、事務所の近くで別れる。

他にすることもない私は、自分の家への帰路につく。

家に帰っても、電気もついていなければ、誰もいることもなかった。

多分大河がまた陸を連れまわしてるのだろう。

 

誰もいない空間、それはいつものことだ。

陸が生まれるまでは両親も共働きで、歳不相応にしっかりしていたので、家に一人で残されることも多かった。

弟が生まれてからはそれも少なくなったが、それでも孤独を感じることが多かった。

 

でも、大河と出会えた。静香と出会えた。

二人と出会えて、私の孤独は孤独じゃなくなった。

二人が家に来て、陸が二人と仲良くなって、それが普通になって。

 

でも、いつからか気付いてしまっていた。

大河の周りの人達が、静香や加蓮さんが、そして私が、大河の重荷になってしまっているのではないかと。

そんな人が何人も、何十人も彼の周りには居る。

 

何故だかは分からないけれど、彼の周りには悩んでいるアイドル達がすぐに集まる。

保健室にいた杏奈や、スイーツバイキングで出会った櫻木さん、風野さん、八宮さんなんかがいい例だ。

彼にとって、一人二人を助けるのは簡単な話だ。彼の能力を用いれば、それだけのことを簡単にやってのけることができる。

じゃあ、それが三人だったら?四人だったら?それ以上だったら?何十人、何百人となれば、彼にも限界は絶対に来る。その時に彼は絶対に誰も見捨てられない。彼は優しいから。

 

 

 

…じゃあ、彼は誰に助けてもらえばいいの?

彼は独り、誰かの為に尽くして、誰にも尽くされないまま。そんな奴隷みたいな一生を送らなければならないの?

誰も彼を助けてあげられない。でも、彼に助けられなければ駄目になってしまう人もいる。じゃあどうしたらいいの?

 

世の中には、どうにもならないこともある。

選択を迫られても、選べない人もいる。

だから、選択肢が舞台から降りるしかないことだって、きっとある。

 

私は流れる涙を拭って、楽しそうに帰ってきた陸を優しく抱き留めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日、私は陸と目一杯遊んだ。

朝から陸と一緒にパンケーキを作って、昼からは一緒にカラオケに行って、夕方は一緒に朝の戦隊番組を見て、私は家を出た。

 

「お姉ちゃん、どこに行くの?」

 

「大したことじゃないわ。ちょっと出てくるだけだから。」

 

「…また、居なくなっちゃやだよ。」

 

「…心配ないわ。今日はお母さんも絶対帰ってこれるって言ってたし、私も…そうね、一時間もあれば帰ってこれるから。」

 

「ホント!?じゃあ帰ってきたら一緒にゲームしようね!」

 

「ええ、約束するわ。」

 

一時間もあれば、十分だ。

二年間を清算して、たった二人の友人との関係を捨てるだけ。

そんなもの、一時間もあれば十分だ。

 

(大丈夫、私には家族が居る。私はアイドルとしての目標もある。私は私。周りが少し変わっても、それはちょっと前の私に戻るだけ。何にも、変わらない。)

 

私は靴を床でトントンと履いて、家を出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

学校に着くと、校門の前でうろうろしている見覚えのある姿が目に入る。

静香はどうやらどこから入っていいいか分かっていない模様だ。

 

「…何してるの。こんなところで。」

 

「あ、志保。大河、屋上って言ってたけど、入れないじゃない?警報だって働いてると思うし。」

 

「…静香は知らないのね。こっちよ。」

 

私の中学には代々受け継がれている秘密の通路というものがいくつか存在する。

たとえば今通っているフェンスの隙間などは、警備にも見つからず学校に侵入できるという悪用されたらたまらないものなどだ。しかしそれを用いてアリバイを作ろうとしても生徒達全員が見破れるので無駄だが。

それほど有名な場所なのだが、静香は知らないらしい。

 

「ここ、警備とかは校舎内までないから、別に入れるわよ。それに…ここ。この扉だけは何故だか知らないけど警備とか働いてないからいつでも入れるわ。」

 

私はある扉を指さし、入るように促す。

ギシギシと音を立てながら扉が開く。

それから私達は、階段を上り、扉を抜けて屋上に出る。

 

まるで絵の中の世界のような、幻想的な宙が、目の前にあった。

その星々の輝きは私の背中を押しているのか、それとも私の手を取って引き留めているのか。

結局、それは自分で決めろということなのか。

 

「…大河は、まだみたいだね。」

 

「そうね。」

 

「………………。」

 

静香はこれ以上語らない様子だった。 

私もそれでいいと思っている。どうせ今日別れる関係。今から深くしようだなんて無駄以外の何物でもない。 

しかし静香は口を開いた。彼女はやはり、私の様には考えていないようだ。

 

「志保。私、志保に言いたいことがあるの。」

 

「また?そんなにたくさん喋るような子だったかしら。」

 

何も彼女が私の考えをも見抜いている訳でもあるまいし、最期に喋っておこうという意思もなく、ただ志が変わったのかもしれない。

 

「大事な話。多分、大河の話より大事で、大河には聞かせられない話。…大河のこと、好きなんでしょ?」

 

「…今更?気付いてないのは鈍感な大河くらいだと思ってたけど、静香も気付いてなかったのね。」

 

私としては正直に言って気持ちは出していったつもりだが、鈍感コンビは気付いていなかったらしい。教室内の人は全員気付いていたみたいだが。

 

「今日、伝えるつもり?」

 

「…そんなこと、できるわけないでしょ。私は静香を許せない。でも、大河は静香を見捨てたりなんかしない。私はそれすらも許せない。」

 

「いいよ。志保が私を許せないのと、志保が自分の気持ちに嘘をついたまま過ごすのは、まったく別の話でしょ。…私を言い訳にして、逃げたりなんかしないでよ、志保。」

 

「…言い訳?私が、いつ、あなたを言い訳にしたって言うの?」

 

カチンと来た。私は私なりに全てのことを考えて、皆の為になるように行動している。

それを称賛しろとは言わないが、そういった風に言われるのは腹が立つ。

 

「今も、これからも、ずっとだよ。志保でも怖いんでしょ。自分の気持ちが否定されるのが。フラれるのが、怖いんでしょ。でも、今日で志保はその気持ちにさよならしなきゃいけない。」

 

「今日…。」

 

「私、今日、大河に告白して、気持ちを伝えるよ。選ばれたんでしょ、私。このままだと志保、何も伝えられないまま終わることになるよ。…それでも、いいの?」

 

「…あーあ。」

 

私は屋上に倒れこんで、綺麗に光る星を見上げる。

こんなこと、思ったことなんて無かった。

まさか静香に言い負かされる日が来るなんて。

初めて会った時から、さっきまでだって、この少女は気弱で、控えめで、守ってあげなきゃいけない人間だと思っていたが、それは私の思い違いだったらしい。

 

私に倣い、静香は私の隣に寝転ぼうとして、少し離れたところに寝転んだ。

いつもはすぐに触れ合うほどに近くの隣に寝そべるのに、今日は気まずいのか何か考えがあるのか、まるで時計の針が6時ちょうどをさすような感じで、私達は寝そべっていた。

 

「…どうしたのよ、わざわざ変な所に。」

 

「今日だけは、ううん。今だけは、敵同士だから。横には居られない。」

 

「はぁ…。たった3日で、随分と大人となったのね。ちょっと前まで、横どころか後ろにすら居なかったのに。もう私より前に居るなんて。」

 

「いろんな人の助けがあったの。いつも私って助けられてばっかり。強く、ならなきゃなぁ。」

 

(強く…なる…。)

 

私はこの数日で、随分と弱くなった。

周囲の人達が優しすぎるせいで、もう私は孤独には戻れないかもしれないから。

繋がれないと駄目な、弱い人間になってしまった。

 

「…そう、ね。私も、踏み出さなきゃ。…私も、伝えるわ。大河にこの気持ち。でもいいの?私が先で。」

 

「いいの。それでも、私は負ける気はないから。」

 

私は自分の掌を眼の前に持ってきて、それを見つめる。

今まで、何も掴んでこなかった手だ。

父も繋ぎ止められず、友とも繋がっておらず、唯一掴めたのは手を差し伸べてくれた大河だけだった。

でもそれも離してしまって、陸の手すらどこにあるか分からなくなって。

 

私の手が、今更何かを掴めるのだろうか。

守るべきものすら、見失った私に。

 

「お邪魔だったか?心配してきてやったのに。俺無しでも仲直りできるんなら俺は帰るけど、時と場所を考えてそういうことをしろよ。」

 

足元から、大河の声がする。

真面目な話をしようって時にも、ふざけた軽口から入らないと気が済まないらしい。

 

「で、お前らの話し合いは終わったのか?お前ら内で和解できるって言うならそれに越したことはないんだが…。」

 

「そんな訳ないでしょ。私は、静香も大河のお姉さんも絶対に許せない。私が二人を許すためには、二人が大河を諦めるしかない。…大河が悪いのよ。誰でも彼でも助けるから。自分がどれだけ周りに心配されてるかも知らないで…!」

 

私は大河の考えを即刻否定する。

私の意見はどこまで言ったって変わらない。

大河が不幸である限り、私は彼を許せない。

 

「知ってるよ。知ってる。どいつもこいつも自分の都合なんか考えないで他人の事ばっか考えてよ。バカなんじゃねえのかって。」

 

「大河が言えたことじゃないでしょ!?大河は周りの人のせいで不幸になってる!他人を助けて、他人に構って、他人の為に生きている!そんなのおかしいわよ…!だったら、大河は何の為に生きているの!?人に利用されるだけされて、そのままポイだなんて、そんなの人間じゃなくて人形よ!」

 

他人の為に生きることは正しいことなのだろう。

でも、自分が不幸になってまでそれをして何になるのか。

それも、今日昨日会った程度の関係でも。

 

気付けば視界が滲んで、雫が床に零れる。

私は泣いていた。いつの間にか、泣いていた。

 

「なあ、志保。俺さ、これまで沢山の人に頼られてきた。迷ってる王女様に、道標を示してやった。呑んだくれに、あんたは正しいんだって伝えてやった。ギターが好きな少女に、お前のやってる事は間違ってないって伝えてやった。病弱なお姫様を、舞踏会まで連れてやった。それと、暴力女に正義ってモンを教えてやったり、いじめられっ子の友達になってやったり。」

 

知ってる。そんなことは知っている。大河の努力は、誰よりも知っている自信がある。

 

「大変だったし、苦労もしたよ。なんせ相手がアイドルだ。一癖も二癖も個性がありやがって、テンプレみたいに解決することなんて出来なくて、色んな知識や技能が必要で、ぶつける言葉が必要で、悩まさせられたもんだ。」

 

「だったら大河は…!」

 

「でもな、志保。」

 

大河と、正面から向き合う形になる。 

 

「俺がいつ、辛いだなんて言ったんだ?」

 

「…え?」

 

考えが、まとまらない。言ってる意味が、分からない。

 

「で、でも!大河は大変だって、苦労したって…!」

 

「大変だった、苦労もした。でも、俺はそれで幸せだったんだよ。人を助けられた、背中を押せた、何かができた。それだけで、俺は十分なんだよ。人を助けることが、俺の生きがいだったんだよ。だからさ、志保。逃げんなよ。」

 

「………………。」

 

「助けてやる、護ってやる。それが俺にとって幸せなんだ。だから、自分と距離を置かせて助けるなんて非合理なやり方、やめてくれ。お前のことだ、自分が迷惑をかけてるって、俺はそれを助けるって。それに気づいていたからこそ、俺から離れようとしたんだろ。自分は何も出来ないって、俺に迷惑をかけたくないって。だから、離れた。俺に迷惑をかけそうなやつごと巻き込んで、俺から離れるよう仕向けたんだろ?でも、それじゃあ駄目だぜ。」

 

大河の顔を、見ることができない。

私がやってきたことは、全て無駄だった。

いや、むしろ大河にとっては邪魔以外の何物でもなかった。私の行いは、彼の為になんてなっていない、独善的で自分勝手な行いだった。

 

「なあ、知ってるか志保。友達って、助け合うモンらしいぜ?俺も最近知ったんだけどな。」

 

「ふっ…。………………。」

 

静香が笑う。笑えない、何にも、笑えない。助けられるがままに助けられて、その恩を仇で返すような真似をして。

 

「だから、迷惑でもなんでもかけろよ。俺はそれが、嬉しいんだからな。」

 

「私…バカだったんだ。大河の為になるって思って、でも結局そんなの独りよがりの自分勝手で。私、何にも出来てなかったんだ…。」

 

「それで、いいんだ。お前は俺を想ってくれていた。それだけあれば、十分なんだ。」

 

「よくない…!私、何にも出来てない!大河の為に、何にも…!」

 

「できてるよ。俺はお前に想ってもらえてた。その行いが無駄になったとしても、その気持ちは無駄にはならない。すっげー嬉しかったんだ。…だから、それじゃ駄目か?」

 

「駄目な訳、ないでしょ…。」

 

「そいつは良かった。」

 

大河は、こちらに手を伸ばす。

これを掴めば、私達はまた、もう一度友達になれる。

でも、それじゃ嫌だ。

戻れるなら戻りたい、でも元の関係に戻ったら、もう私は先に進めない。

静香も、大河も、きっと前に進んでいる。

私だけ、勇気を出して踏み出さないままじゃ、ダメだと思うから。

 

「私、ずっと、大河に伝えたいことがあった。でも、迷惑かけちゃダメだって、ずっと、押し留めてきて、でも…私…大河の事が―――

 

「俺さ!」

 

大河が、私の台詞に被せるようにして大声を上げる。

 

「なりたいものが、できたんだよ。だから、これからはお前らにも迷惑をかけると思うし、もう一人ですべてはやれない。今度からは、俺からも迷惑をかけるよ。迷惑をかけて、助け合う。それが、友達、ってモンなんだろ?」

 

(友達…。)

 

私は続きを言おうかとも思ったけど、やめた。

溜め息をついて、皮肉気に喋る。

 

「あーあ。ホントに大河ってずるいわよね。言わせてすら、失恋すら、させてくれないんだ。」

 

「なんのこっちゃ分からないな。」

 

その意図は分かっている。どうやら鈍感系主人公の座は投げ捨ててきたようだ。

 

「そこ、イチャイチャしないで。私だって大河に言いたいことあるのに、二人だけの世界作られると、私完ッ全に蚊帳の外なんだけど!」

 

静香が割り込んで入ってくる。

話が終わったと判断したようだ。

 

「あ、ごめんね静香。年季の入った夫婦みたいな掛け合いをしちゃって。もう出合って3年も経つからしょうがないと思うんだけど。」

 

「私と一年しか変わらないでしょ!」

 

怒る静香。こちらも随分と変わったものだ。

 

「私が言いたいことなんて大したことじゃないの。私が伝えられることは一個減らされたわけだし。私、このまま足手まといのまま終わらないから。大河に救ってもらう存在じゃない、大河のこと救ってあげられる存在になる。だから…それまで少し待ってて。」

 

「…助け合うのがダチなら、お前が俺を助けられるようになるまで俺が助けてやるよ。ま、少なくても中学三年生らしく学力的な所で助けてもらうところはほぼないだろうけどな。特に社会とか俺らが助けないとお前高校入学すら怪しいだろ。しばらくは俺らに救ってもう存在だなこりゃ。」

 

「もう!うるさい!それも何とかするから!」

 

「前回のテストは静香の答えでは平安時代に明治政府が作られていたことになってるらしいけどね。」

 

怒る静香が可愛くて、新鮮で、でも懐かしくて。

 

「もう!志保まで!なら理科で勝負しましょ!あの星は何か答えて!」

 

「うわ!こいつ理系マウント取ってきた!くそやんけ!」

 

「ほら答えられないでしょ!?じゃああっちは!?」

 

静香がそういって、私は分かるけど黙っていて、多分大河も分かっていて黙っていて。

 

そして二人が隣にいる。それだけでもう、私は満足だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

学校の近くで、大河と別れる。

私は静香と二人、夜の町を歩く。

 

「フラれちゃったね、志保。」

 

「何よ。静香だってフラれたじゃない。」

 

「私は言おうともしてないし、まだ負けてないから。」

 

「あら?逃げないんじゃなかったの?」

 

「戦略的撤退。私はまだ、大河に相応しい人になれてないから。相応しくなれてから、改めて。」

 

「その前に私が奪うから。油断してると一人前どころか半人前になる前に奪っちゃうわよ?」

 

「言ってなよ。私も、負けないから。」

 

二人の間に、沈黙が流れる。

 

「…今日、大河は答えを出してくれたし、私もそれを受け入れたけど、でも…。実際には何も解決してない。大河が苦しくないって言ったって、大河にかかる重荷の量は変わらないし、それの限界だってすぐ来るかもしれない。だから。」

 

「私達で大河を支える、でしょ?」

 

「分かっていたのね。」

 

「親友ですから。」

 

ふふんと決める静香に、苦笑が漏れる。

 

「私だって、このまま助けられるままじゃ終わらない。次のステップアップも考えてる。凡人のままで終わる気はないよ。だから…私がもしダメになりそうだったら、大河の前に、志保が私を助けてね。」

 

「ええ、約束するわ。必ず。」

 

そこで、私達は別れた。

道のりだけで言うならまだ一緒にいることも出来たけれど、私にとってまだこの一節は終わっていない。

 

玄関の扉を開け、靴を整えて脱ぐ。

その間にも、ドタドタと大きな音を立てて近づいてくる人の足音。

 

「おねーちゃん!」

 

「陸、あんまり大きな音を立てちゃダメよ。近隣の人に迷惑だわ。」

 

「あ、ごめんなさい…。」

 

おっと、帰って一番に言うセリフはこれじゃなかった。また姉モードに入ってしまって肝心なことを言うのを忘れるところだった。

 

「陸、ただいま。」

 

「うん!おかえり、おねーちゃん!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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