「大河君。お姉さんの方は…。」
「え?姉貴?赤羽根さん、よく知ってますね。たしかあれ、情報統制されてるんじゃなかったでしたっけ?」
中々泣き止まない瑞希を乗せたバイクで、泣き止むまで町中を走り回った後で家に送ってから、俺はシアターへと戻ってきていた。
最近はどうやら俺のことを心配しているみたいで、今日も赤羽根さんはシアターにいた。
「色々と繋がりがあるからね。…問題は、ないのかい。」
「ないない、オールオッケーさ。…もう、十分に泣いた。ガキの頃に散々泣いて、『大人』になってまた泣いた。十分すぎるよ。もう、下を向くのは御免だ。だから…様子見は、やめるぜ。」
「そういうと思ったよ。でも、君のやろうとしていることは危険だよ。実力の伴っていないアイドルが、身の丈に合わないステップに踏み出すことは、崖登りをするようなものだよ。踏み外せば、谷底に真っ逆さまだ。」
「分かってるよ。俺の勝手で、アイドル達を殺す気はねえよ。でも、もう手は届く。自分の身を削って一歩進ませるだけだったあの頃とは違う。今はアイドル達に手が届く、支えてやれる。背中を押してやれるんだ。無謀な挑戦だというのは分かってる。でも、もう立ち止まってばかりじゃいられない。アイツらも、もう我慢の限界みたいだぜ。」
「…下積みは大事なことだ。積みあがっていない人間は、高く登ることはできない。土台がしっかりしていなければ、すぐにでも倒れて崩れて一から再スタートになる。彼女達はまだ子供だ。止めるのは君の役目だろ?」
「…赤羽根さん、あんた、本当に静香達の下積みができてないって、土台が全くないって、本気で思ってるのか。」
「当たり前だよ。まだ彼女達は765プロに入って3ヶ月と経っていないんだ。レッスンを頑張っているのも知っている。アイドルについて学んでいるのも知っている。でも、
「それを分かった上で、俺は言っているんだ。俺は、俺がしょうもない人間だと言われるのはもう慣れてるし、どうでもいい。だが、俺が認めた人間を否定されるのは気に食わねぇ。そういうの、見てから言えよ。何も知らないまま、何も分からないまま、否定するな。それは、努力してきた人間への冒涜だ。…なぁ赤羽根さん。アイツらが一日にどれくらいレッスンを重ねてるのか知ってるのか?俺が出した課題に加えて、自分で考えた練習をどれだけ重ねているのか。アイツらがどれだけ真剣なのかを見もせずに、勝手なことばっか言ってんじゃねえぞ!」
「…。」
「…すんません。熱くなりすぎました。」
「…いいさ。俺だって、少し言い過ぎた。実際、五人の実力も全く分かってない訳だしね。君に釘を刺そうと思っていたけれど、どうやらその必要はなかったみたいだ。君はきちんと分かっている。分かった上で、君は無理に進もうとする。茨の道をその身を持って道としながら。…止めても、無駄かい。」
「…止めて止まるんなら、最初からこんなこと言わないっすよ。」
「はぁ…。どうやら、社長はとんでもない少年を拾ってきたみたいだね。分かったよ、大河君。仕事については俺の許可が下りたものには参加させる。よほど無謀なものでもなければ許可を出すよ。それと、再来週の日曜日、新人5人で一曲の歌を振りつけ込みで発表してもらう。そこには、社長と俺、それと何人かの765プロのアイドルで評価させてもらう。それで合格だろうと判断したら、君に全てを任せる。勿論、バックアップはさせてもらうけれどね。分かってはいると思うけど、そこで不合格ならしばらくの間…そうだね、俺が許可を出すまでは一切の仕事はさせない。完璧に仕事場で活躍できるようになってから始めてもらう。ずいぶん時間はかかると思うけど、大きな挫折をさせて育てるようなやり方にはしたくないからね。折れるアイドルは、俺も見るに堪えない。」
「いいすっね、それ。そういう方が燃えます、俺も、きっとアイツらも。」
まるで子供同士が企みを考え合うように、俺と赤羽根さんは夜のシアターで笑みを向け合った。
加蓮さんが怪我した翌日。
赤羽根プロデューサーに集められた私、静香、瑞希の三人は、普段なら所属アイドルは入ってこられない社長室に集まっていた。
ノックして部屋に入ると、そこには赤羽根プロデューサー、高木社長、小鳥さんの三人が、重々しい空気で座っていた。
「おお!来たか来たか!静香君、志保君、瑞希君!まあまあ、まずは座ってくれ!」
私達に気付いた社長が、その重々しい空気を打破しようと陽気な声で話しかけてくる。
「社長、いいです。私達を集めたってことは、話があるんですよね。大河の、お姉さんの話で。」
「…察しがいいね、志保君。その通りだよ。北条大河君のお姉さん、北条加蓮。瑞希君はあまり事情に踏み込んでいる訳ではないみたいだが、名前に聞き覚えは?」
「…346プロダクションの、Triad Primusの。」
「そう、大河君のお姉さんはアイドルというわけだ。そして昨日、怪我をした。様態がどうなったかは私達には情報が入ってきてはいないが、上の方で話し合ってから公表するそうだ。」
「あの…それは分かったんですけど、加蓮さんの怪我が、どうして私達だけに関係があるんですか?そりゃあ怪我したんなら大河だって落ち込むと思いますけど、それだったら皆に協力してもらって。」
「志保君。静香君は、知らないのか。」
「ええ。知ってるのは私くらいだと思います。前に加蓮さんが怪我した時、まだ静香とは知り合っていなかったので。」
静香と瑞希は、二人して怪訝な顔をする。
それもそのはず、彼女達二人は、今どれだけ加蓮さんと大河が絶望の淵に立たされているのかを知らない。
昨日だって、『怪我』の一言で片付けられて、実際に何があったのかも分かっていないのだ。
『大きな怪我』。それがまさか、アイドル生命を断つものだとは、微塵も思ってないだろう。
「大河のお姉さん…加蓮さんは。生まれた時から体が弱い子供だったの。病院のベッドから起き上がることも出来ずに、もう、起き上がれることはないかもしれないって言われて。それでも、加蓮さんは自分の夢の為に必死に努力した。そうして、彼女はここまでのアイドルになった。でも今回。事故で彼女が怪我をして、多分、今度こそ、彼女はもうアイドルには戻れない。」
「「………。」」
「安心して。大河も、加蓮さんも、まだ諦めたわけじゃない。二人が折れることは、決してないわ。」
「…それまで、私が支えなきゃってことでしょ、志保。」
「…でしたら最上さんが申したように、皆さんで支えれば。」
「大河君きっての希望だ。このことは誰にも教えないでくれと。」
静香と瑞希の決断を、社長が言葉で遮る。
「勿論、SNSや雑誌で知られてしまう可能性もあるにはあるが、大河君のお姉さんが北条加蓮だと知っているのは765プロではこの部屋にいる者だけだ。…大河君は、お姉さんのことで憐れまれるのが嫌だそうだ。そう思うアイドルが居なくたって、心配されるのも嫌だと。プロデューサーである彼が、アイドルである皆に、一切の迷惑をかけるわけにはいかないと。そう、言っていたよ。」
「何故君たちにこの話を高木社長がしたのか。分からない君たちじゃないと思うけど、一応念押しをさせてもらうよ。勿論俺や社長、小鳥さんだってサポートはするつもりだよ。でも、きっと彼はそれを受け取らない。そして、君たちのサポートもきっと受け取らない。彼は、彼自身が独り立ちをして、そうして人を支えようと戦っているから。」
「それを支える。たとえ大河が受け取らなくたって、私達は勝手に彼を助けます。侮らないでください、赤羽根プロデューサー。私も、静香も、多分瑞希も、それだけの覚悟は持っています。」
「…それなら安心だね。どういった形で大河君のお姉さんの件が発表されるかは分からないけれど、俺達の方針は決まった。君達には負担をかけることになるけれど、俺達も努力するから。頑張って欲しい。」
「分かりました。…それで、とうの大河本人はどこにいるんですか?」
「戦いに、行くそうだよ。お姉さんの友人の為に。」
ある日、私と奈緒は346プロダクションの会議室の一部屋に呼び出されていた。
私と奈緒が、薄暗く窓もない部屋にちょこんと座り、そして加蓮の姿は無い。
「な、なあ凛…。本当に、どうして私達が集められてるんだ?加蓮がいないならTriad Primus関連の話でもないはずだし…それにこんな上の階の会議室なんて入ったことないし…。」
「確かに、今回は何か変だね。プロデューサーからの事前の話も無かったし。」
奈緒の顔が少し曇り、私も少しだけ心配になってきた。
暗い雰囲気の会議室だということが響いているのか、それとも加蓮がいないことが響いているのか。或いは胸の内のなにかザワザワとしたもののせいなのか。
それを判断する前に会議室の扉が開いて、あまり知らない何人かの顔がぞろぞろと部屋に入って来る。
その中でよく知っている顔はTriad Primusとしてのプロデューサーだけで、その他の人達は顔を見たことがある程度のものだった。
しかし顔を見たことがある程度と言っても、どの人も346プロダクションのお偉いさんだ。
「渋谷凛と、神谷奈緒だな?君たちに伝えなければならない事がいくつかある。頼んだ。」
その中でも一番のお偉いさんが口を開いて、Triad Primusのプロデューサーに話を促す。
とても話し辛そうに、プロデューサーは口を開いた。
「渋谷さん、神谷さん。落ち着いて、聞いて欲しい。昨日、北条さんと速水さんがユニットとして仕事をしていたのは二人とも知っていると思うけど、そこで…北条さんが怪我を負った。」
「え…?」
「安心して!命に別状はないみたいだから。重要な器官や脳には損傷は無かったらしいから…。でも、足に大きな怪我を負って、もうステージに立つことは…。」
「…どういう、こと?プロデューサー!ねえ!どういうこと!ステージに立てないって、じゃあもしかして加蓮はもう…!」
詰め寄る私にプロデューサーは顔を俯かせて、何も答えない。
まるで、私の言ったことがその通りで、反論なんてできないかのように。
「凛!落ち着けよ!…今騒いだって、もう結果は変わらない。私達にできることを探す、それが今一番大切なことだろ!」
声を珍しく張り上げる奈緒の目は赤く、潤んで、でも涙は一滴も流れていない。
強い少女だった、奈緒は。自分のことになるとすぐに泣くくせに、他人のためにならその涙を堪える。
「そこで君達には話がある。Triad Primusとしての仕事は今すぐキャンセルを入れて、渋谷と神谷の二人で新ユニットを組み直す。この後、緊急会見と言う形で公表するつもりだ。怪我をした仲間のために、残りの二人が意思を継いで新しい道を踏み出す。ストーリーをとしてはこれくらいあればファン達も納得するだろう。ユニット名やコンセプトは後回しだ。とにかく時間が無い。北条のことが私達以外の場所から報道されれば、不信感が募るばかりだ。会見まであと一時間。話す内容については原稿を用意しておくが、移動中にできる限り覚えておいてくれ。よし、向かうぞ。」
「ちょ、ちょっと待ってください!何、言ってるんですか?私達でユニットを組んだら、加蓮の帰ってくる場所が…!」
「渋谷、貴様は話を聞いていなかったのか?北条の復帰は不可能だ。ならば次にとるべき行動は北条のファン層の確保だ。北条は初ライブでコアなファンも増えた。そいつらを逃がさないためにやるべきことは君達の中に北条の存在を出すことだ。すぐに行動に起こさなければ、先に離れられてしまう。」
「待ってくれ!加蓮は…加蓮はこんなことで諦めたりしない。子供の頃だって不可能だって言われていたけど、それでもリハビリを頑張って、ここまで来たんだ!それまで、加蓮が帰ってくるまで!Triad Primusは加蓮の戻る場所としてそこになきゃいけない!なあプロデューサーさん!そうじゃないのか!」
「そうだよプロデューサー!私達二人なんて嫌だよ!三人一緒じゃなきゃ!」
「………。」
プロデューサーは返事をしない。
彼は優しい人だが、その優しさ故にあまり意見を大声で言ってくれるような存在ではない。
ましてや相手は相当上の立場の者。意見を言うのは荷が重そうだ。
「我儘を言うな!そんな不確定な可能性に賭けられるものか!行くぞ!あまり時間もない。会見が始まる!」
「そんなことを言わされるくらいなら、私は行かない!加蓮を見捨てて進むくらいなら!私は進みたくなんてない!」
「…そうしても構わんぞ。そうなれば、私達はTriad Primusごと切り捨てる。それとnew generationsもか。正直に言えば、我が社のイメージを損なうアイドルを在籍させ続けるくらいなら、お前ら程度のアイドルを切り捨てるのは大したダメージではない。」
「ッ…。」
私がアイドルを辞めさせられるのは最悪構わない。きっと奈緒もそれほどの覚悟はしている。
でも、卯月や未央は違う。彼女達を巻き込むわけにはいかない。
それに、今逆らって加蓮まで辞めることになれば、本当に彼女の戻る場所は無くなってしまう。
「行くぞ、あまり面倒をかけるな。」
その言葉に頷くほかなく、私と奈緒は彼らに着いていった。
車の中でのことは、あまり覚えていない。
台本を渡され、大きな流れを説明された。
この男が加蓮の怪我やこれからについて説明し、最期に私達がその意思を継いで精進していく、という話で会見をまとめるらしい。
移動時間は、精々10分にも満たなかったと思う。
でも、私の頭の中では様々な考えや思いが巡って、まるで一日中考え続けたかのような感覚だった。
そうして、車から降りた頃には、私の覚悟は決まっていた。
「奈緒。」
「言わなくても分かってる。」
奈緒も、私と同じことを考えているようだ。
茨の道になるかもしれない。
でも、私達は、捻じ曲げられたレールの上では走りたくないから。
「会見…始まりましたね。」
「ああ…まさかこんなに早く始まるとはね。静香と瑞希と社長が出ていったばっかりで、俺と志保しかいないなんて。やっぱり社長じゃなくて俺が付き添うべきだったな…。」
「でも外で皆見てるんでしょう?赤羽根さん、少し落ち着いてください。346プロが下手な出方をするとは思えませんし、そもそも私達がどうこう言ったところで346プロの決定は覆りません。今更慌てたって何も変わりませんよ。」
「本当に志保は少し見ない間に大人になったなぁ。でも、考えたくないことだけど、346プロダクションが大河君のお姉さんを手放すって言うなら765プロでヘッドハンティングするっていうのも一つの手かも知れないからね。絶対無関係と言うわけにはいかないさ。346プロがぐらつくようなら、俺らの方でもアイドルを出さなきゃいけないこともあるかもしれないしな。」
「ま、狙うのは勝手ですけど、受けるとは思えませんよ。」
「どうしてだ?」
「勘です。ほら、会見、始まりますよ。」
扉を開いてスーツの男性が二人と、渋谷凛さん、そして神谷奈緒さんが続いて入ってきた。
男性の方も見たことがある。346プロダクションの中でも結構偉い立場の存在だ。
「今回は、集まっていただき―――
男が口を開いて、現状を説明していく。SNSでも少し噂になっていたから、北条加蓮が怪我をしたということに報道陣が動揺することはなかったが、その怪我が治る見込みがほぼ0という発言には流石にどよめいた。
そしてこれからの方針について、彼らは北条加蓮が治るまでは渋谷凛と神谷奈緒、二人のユニットを新しく再編成し、北条加蓮の意思を継ぎ、そして彼女の回復が実現すれば再びTriad Primusを再結成する、という旨の話をした。
「なるほどな、北条加蓮は切り捨てつつも、他の事務所には渡さない。北条加蓮の意思を継ぐという姿勢を見せることで、北条加蓮一人推しのファン達も逃さないように、って言うところかな。中々の手腕だけど、少し強引すぎるかな。」
「そういうこと、関係者の前では黙ってた方がいいですよ、赤羽根さん。」
「うおっと、すまん…。」
「…どうやら、赤羽根さんの言う通りみたいですね。強引に行き過ぎた。昨日の今日で会見を無理矢理開くからこうなるんですよ。確かに早いところ次の方針をファンに伝えないと不信感が募るのは分かりますけど、でもそれ以上にどうにかしないといけない部分があるのに。…ただの駒だと思っていると、痛い目を見ますよ。ねえ、赤羽根さん?」
「…間違いないな。」
首をかしげて見せる赤羽根に、鼻を鳴らす志保。
二人の目に映っていたのは、二人のアイドルの、決意の籠った目だった。
「では最後に、北条加蓮と同じユニットであった渋谷凛と神谷奈緒から、彼女に対する想いと、これからの活動に対する考え方を示してもらって、この会見を終わりたいと思います。では、頼むぞ。」
男が私達の方を見て台本通り話せと促してくる。
私は奈緒と目を合わせて、同時に頷く。
このまま会見を終わらせれば、一番いい結果となって終わるだろう。
346プロと私達は不幸な被害者として終わり、これから頑張っていく姿は情込みのものになるだろうし、北条加蓮という少女は悲劇のヒロインとして世間から励まされる。
―――でも生憎、うちのお姫様は悲劇のヒロインじゃなくて、世界を輝かせるヒーローを願っているんだ。
「こんにちは。Triad Primusの渋谷凛です。私達が今から言う言葉、絶対に聞き逃さないでください。」
私の声に、報道陣は少し困惑したような、しかし一歩詰め寄るような姿勢を取った。
男は少し顔を歪めたが、少しくらいアドリブを含めて感情的に話した方が世間の同情を買えると考えたのか、席を立つことも口を開くこともなかった。
観衆のざわめきが消え、そして静寂に包まれてから私は口を開いた。
「私、渋谷凛と隣の神谷奈緒。元Triad Primusの二人は、北条加蓮がアイドル業に復帰するまで、ライブへの出場を辞退します。」
静寂がひと際強くなり、そして爆発した。
「な、何を言っているんだ渋谷!北条加蓮が回復する可能性はほぼ0だ!そんな簡単なことも分からないのか!ライブに出ないということは、お前らはアイドルを捨てているということとほぼ同義だ!」
「勿論。アイドル業に関しては続けます。写真集や雑誌のお仕事は受けさせていただきますし、映画やドラマにだってオファーがあれば有り難く承諾させていただきます。…でも、ライブだけは。ライブだけは、三人がいいから…!」
「ふざけるな!つまりお前らは一生ライブに出場しないつもりなのか!そんな勝手が許されるか!いいか!お前らは社会人なんだぞ!子供としては見られていない!一時の感情に流されるな!」
「そっちこそ!一時の感情に流されるなよ!私と凛は、アンタらに話をされた時からこう言おうって決めてたんだ!私と凛と加蓮!三人揃ってTriad Primusなんだ!一人でも欠けたら、それはTriad Primusじゃない…!」
「チッ…。話が通じないガキどもがッ…!たとえばそうして!どうするつもりだ!new generationsはどうする!?神谷だって他のユニットとしての活動が今後あるかもしれない!それを諦めてでも、有りえない可能性を信じるというのか!馬鹿馬鹿しい!貴様らの戯言にはうんざりだ!いい加減に―――
「いい加減にするのは、テメェだろうが!」
男の怒号を、報道陣の中の一人の叫びが遮った。
「分かんねえのかよ…!アイドル業界に長いこと居て!たくさんのアイドルを見てきて!それで、こいつらの言ってること、分かんないって本気で言ってるのかよ!諦めたくないんだ…!このまま終わりたくないんだ!奈落の底に落とされて、それでも這いずりあがってこようと必死にもがいてる親友を、必死に信じて!これまで一度だって止めたことないその足を止めてでも、それでも3人で居たいんだ!3人で走りたいんだ!3人で進みたいんだ!どうして分からない!どうして気付いてやれない!お前らはアイドルを導く存在じゃないのかよ!ならどうしてッ!こんなに簡単なことも分からないんだ!無関係の俺でも分かる、単純なことに!…仲間を信じて、明日を夢見て!もう一度この3人で歌える日が来ることをスタートラインで待っていたいっていうその覚悟が、自分の夢を贄に捧げてでも叶えたいその夢が、一つも分からないって言うのかよ!」
「何も分からんド素人が!黙っていろ!アイドル達の気持ちなんぞ関係ない!こいつらは人形だ!人形に気持ちを尋ねる奴がどこに居る!」
返す男の叫びには、誰も返答をする者はいなかった。最初に抗った少年のような声すらも、返されることはなかった。
しかし、それに代わって男に突き刺さったのは、報道陣の冷ややかな視線。
民衆に色んなことを言われ、そして視聴率や販売冊数を伸ばすためにギリギリのラインの工夫を重ねてきている彼らも、人間をまるで道具のように扱うその男の言い草を見逃すことはできなかった。
彼らとて、各々様々だが、夢見たことはある。希望を持ったことはある。学生の時なら、尚更。
言葉にこそしないがその視線は、男を二歩、三歩と退かせた。
「もういい。下がりたまえ。」
その空気を意にも介さないように、一人の女性が扉を開く。
「美城…専務…!何故…!?」
「君はもう下がれ。これからの処分については後で追って伝えさせる。」
「しかし…!」
「下がれと言っている。四度目はないぞ。」
「ッ…。」
男が憎らしげに美城専務を睨みながら退出するのを確認すると、彼女はマイクの前に立ち、手を付き、口を開いた。
「まずは私の部下の非礼を詫びよう。申し訳ない。少なくとも私は、アイドルとは、可能性を秘めた原石だと思っている。磨き方を誤れば、ただの路傍の石となる。粗雑に扱い使い捨てるなど言語道断。渋谷、神谷。君達の意思は喜んで受けよう。君達のライブへの参加は君達の意思に委ねる。しかし、渋谷の方はnew generationsの方のライブには参加してもらう。神谷は北条の抜けた穴を埋めるように、仕事に邁進してもらおう。…それで、君達の希望は叶うか?君達の二人…いや三人の『夢』は守られるか?」
「「…はい!」」
「それだけ聞ければ十分だ。二人とも、下がって休むといい。それ以上の質問は私が引き受けよう。」
僅か一瞬で、これまでの全てを無かったことにしたその圧に、会見はそれ以上の盛り上がりを見せることなく、つつがなく終了した。
「また、君に助けられるとはな。」
「いいや、助けられたのは俺の方さ。俺だけじゃ、どうしたってこういう結果にはならなかったからな。」
会見が終わり、部屋から退出した美城が角を曲がると、そこには背を壁に預けた北条大河が腕を組んで立っていた。
そもそもの話だが。
今回、美城は遠方に出張中だったために、会見を開くことすら知らなかった。
それを伝え、そして呼び戻し、間に合わせたのがこの男、北条大河だった。
「いいや、君が私の部下の独断を先んじて私に伝えなければこうはならなかった。それに、あそこまでの失言をさせなければな。そして私に反感を持つ部下達も把握できたしな。…まさか、ここまで強引な手を使ってくるとは。というか、君はどうやってこの情報を得たんだ?」
「企業秘密だ。アンタや赤羽根さんにもあるようなツテって奴が俺にも幾つかあるんだよ。というかあんなの赤子の手をひねるより簡単だ。人をキレさせるのが俺以上に得意な奴が居るかよ。」
「それにしては、随分と感情の籠った言葉に聞こえたがね。」
「………。」
「…本当に、感謝しているよ。」
「…アンタも、随分変わったモンだな。結構前から噂は聞いてたんだよ。いきなり来て、これまでのユニットや活動全てをブッ壊して、自分に必要だと思ったものだけを優遇する。本当にどうしたんだ?島村卯月に感化でもされたか?」
「感化されたのだとしたならば、それは君だよ、北条大河。元より島村卯月は去年度いっぱいで切り捨てる予定だった。しかし、北条加蓮に絶対に何とかすると言われてな。それに乗ったのはただの気まぐれだが、本当に何とかして見せたのは君だ。…私とて、アイドルが輝くのを好んで邪魔したいと思っている訳ではない。しかし、世間はそう甘くはない。輝ける存在は、いいや、私達が輝かせることのできるアイドルは、極少数だ。私はその極少数に、必死に努力している少女達を選択したいだけだ。努力していないアイドルは居ないが、それで輝けるかどうかは別の話。私は、少しでも可能性のあるアイドルを応援していたい。そうでなければ、彼女の達の努力が水の泡となる。」
「あの三人がそうだったって話か?でも、島村卯月はお前にとって可能性のほぼないアイドルだったんじゃないのか?」
「そう思っていたんだがな…。どこかの誰かがおせっかいにも何とかしてしまったから。可能性は私達が見限るモノではなく、私達が切り開くモノ。そいう考え方もあると知った。」
「ある意味で、頑固すぎるよな、アンタ。じゃあ最後に、もう一つだけ聞かせてくれ。速水奏、今日はどこに居る。」
「…彼女は体調不良で今日は自宅療養だが、何か、あるのか?」
「いや、別にアンタに関係する話じゃねえんだ。俺の撒いた種だ。だから回収するのも俺の役目。じゃ、俺は行くぜ。面倒事はアンタに押し付けるよ。加蓮の想い、アンタなら大切にしてくれそうだしな。」
少年が廊下の角を曲がり、その背中が見えなくなったところで、後ろから渋谷と神谷の二人が追い付いてきた。
「専務!加蓮の病院、どこですか…!」
「やはりその話か。」
北条大河が逃げ出した時点で、その問題についての話だというのは勘付いていたが。
「すまないが、それについては話せない。たとえ君達であってもだ。」
「そんな…!私達は加蓮の親友です!何の規則や機密があるかは知りませんが、そんなもの…!」
「規則や機密程度で、君達に隠すことはしないさ。これは、北条加蓮本人たっての希望だ。本人の強い意志で、彼女の病院の情報は秘匿させてもらっている。家族や責任者である人間しか、この情報を伝えるわけにはいかない。」
「…加蓮、が?」
「『二人に迷惑はかけられない、心配もかけたくない』、彼女は、そう言っていたよ。」
「あの…馬鹿ッ…。」
これ以上、彼女達にしてやれることはない。
美城は、次に打つ一手を決めるべく、事務所へと戻っていった。
「あはは…。本当に馬鹿だね、二人とも。」
加蓮は、力の抜けた腕をどうにか動かして、テレビのリモコンの電源ボタンをおした。
プツン、と音がして、再び病室に静寂が戻る。
「あれは、彼女達の独断の様ですよ。加蓮ちゃん。」
「…ちひろさん!?どうして…?」
自らの目元を拭い、千川ちひろを向かい入れ、横の椅子に座ってもらう。
大丈夫、きっと、気付かれていない。私はそんなに、弱くない。
「加蓮ちゃん、あなたの処遇を伝えに来ました。多分テレビでも見てたと思うけど、加蓮ちゃんは回復するまで346プロダクションに在職。解雇することはありません。回復次第様子を見ながら復職となります。…それと、見てたとは思うけど、加蓮ちゃんが回復するまで、凛ちゃんはnew generations以外のライブを、奈緒ちゃんは全てのライブで、出場を停止します。勿論、彼女達の申し出があればこの決定は覆るけどね。」
「ホント、馬鹿ですよね…。こんな、いつ治るかも分からないってのに…。」
「加蓮ちゃん、早く治さなきゃいけなくなりましたね。早く治さないと、二人が待ち疲れちゃいます。」
「………………。」
「…本当に、病院の場所を伝えなくていいんですか?二人とも、寂しがってましたよ?」
「それで、いいの…。」
「辛い、選択になりますよ。」
「…うん。」
少女の頭が緑色の服の女性の肩に乗せられ、小さな声で嗚咽を漏らしていた。
「お前も、こういうところで悩むのが好きなのか?」
いつもの線路沿い。そこで少女は、線路越しに街を流れる大きな川を眺めていた。
どうも絵になっているようで、傍を歩く人はチラチラと目線を送っている。
それもそのはず、その少女はアイドルで、その少女は美人で、その少女は速水奏だったからだ。
「…大河君。私を、責めに来たの?」
「は?お前何言ってんだ?慰めに来てやったってのに、その言い草かよ。」
「でも、加蓮は私のせいで怪我をした!私を庇ったせいで、加蓮は…!」
「そう、加蓮が言ったのか?お前のせいで私は怪我をしたって。お前のせいで、私はアイドルを続けられなくなったって。そう、言ったのか?」
「そんなことッ…!言うわけない…加蓮は、優しい子だから。そんな、こと…。」
「なら、どうしてそんなことを言う。加蓮はお前を責めない。怪我した本人がそう言うんだ。誰がお前を責められる。」
「でも、私は…!」
「…それ、止めろ。誰かに責められなきゃ自分で自分を許すことも出来ねえのか、てめえは。お前が勝手に傷つくのは好きにしろよ、でも、他人を巻き込むな。お前がそうやって悩んで、下を向いて。一番傷つくのは誰だと思う。加蓮だよ。お前がそうやって苦しんでいるから、それは自分のせいだって勝手に思い込む。…本当に、おめでたい奴ばっかりだよな。どいつもこいつも、何でもかんでも自分のせいにする。いい加減にしろよ。後ろで転んだ奴に手を差し伸べれば、それが絶対の助けになるって思ってるのか。そうして止めた足を見て、一番後悔する奴だっている。見捨てて進むことが助けになることだってある。俺、言ったよな。加蓮をよろしく頼むって。」
「でも…私は加蓮の為に何も出来なかった!大河君に頼まれたのに…何にも…!」
「勘違いすんなよ。赤の他人に、加蓮の全てを任せるわけねえだろ。…俺が言いたいのは、加蓮のこと分かってやって欲しいってだけだよ。あいつはもう、ひとりで何でも出来ちまうんだよ。アイツは全部ひとりで手に入れられちまうんだ。…だからこそ、支えてやれる理解者って奴が、手に入らないのさ。」
「…。」
「どうかお前が、加蓮にとっての『理解者』になってくれることを願うぜ。」
少女は、前を向いた。
夕陽が、彼女の目を焼いた。