「じゃ、お前らに取り敢えず伝えなきゃいけないことがある。」
翌日、事務所についた俺は、新人5人―――未来、静香、翼、瑞希、紬を一つの部屋に集めて、話を始めた。
ここに集まるまでに志保の表情が険しかったが、まあいつもの心配性だろうと放っておいた。
静香と瑞希も少し様子が変なのは妙だが、まあ姉貴が事故に遭ったことまでは聞いているのだから当然かもしれない。
「再来週の週末。そこまでにお前らには一曲仕上げてもらう。ダンスの振り付け、5人のフォーメーション込みでだ。」
「「はぁ!?」」
驚いたのは静香と紬、声こそ出さないが、瑞希も目を見開いている。翼は興味なさげに爪を弄り、未来は菓子パンを楽しそうに食べている。これは話聞いてないやつ。
この反応は正直に言えば予想ができていたものだ。何と言ったって、これは実質ライブと何ら変わらない。客の目やトークなども無いが、未経験の彼女たち5人がやるというのには荷が重すぎる。
もしもこれがソロでの披露ならばまだ荷が軽いというものだ。問題はこれが5人でやるということ。ライブ経験なしで、果たして連携や協力が取れるのか、と言う話だ。
本来ユニットとは、相当の練習を重ね、互いのことを理解して初めて一つになり、完全なパフォーマンスができるというものだ。
しかし、この5人にはそれがない。
確かに同時入社ということで話しているところもたまに見かけるが、それも精々友人未満と言う程度の物。
協調性やコンビネーションを期待するのは難しいものと言える。
「ほ、本当に言っているのですか!?私達はまだ新人!下積みも十分とは言えないのですよ!?それを、赤羽根プロデューサーや765プロダクションの先輩達に見せるなど…あなたは、私達に恥をかかせようというのですか!?」
「何、お前。もしかして一回の恥もかかずにトップに登りつめようとでも思ってんのか?その程度の覚悟なら、田舎に戻った方がいいぜ。調子に乗るなよ、三流アイドル。」
「なっ…!」
「…他の奴にも言っておく。俺は、今回お前らが成功するとは思ってるが、失敗したとしても問題は無いと思っている。結果的にお前らのデビュー時期は俺がどうこう言う前と変わらないだろうし、こういう実践経験を積んできている赤羽根さんと先輩アイドル達が身内贔屓無しで評価してくれる機会はそうあることじゃない。何かあったとして、精々失うものはお前らの羞恥心と多少の信頼程度だ。こんなに分の良い賭け、無いだろう?」
「そ、そんなん言われても…!」
「いいじゃないですか、やりましょう、皆さん。」
一番最初に肯定の意思を表明したのは、静香だった。
俺の側に向きを変えて立って、他の4人に向けて話し始める。
「私達新人。多分この数週間で分かったと思いますけど、仕事のチャンスはほぼないです。765プロダクションっていうネームバリューがあっても実力主義のアイドルの世界では限界があります。…ここで、皆で協力して、先に進みませんか!?このまま名前を少しずつ売って、技術を身に着けて、ゆっくり歩くのも一つの手です。でも、それじゃあ劇的に成長できたりしないです!挑戦してみることで、得られることもきっとあります。…やって、見ませんか?」
「私は、やろうと思います。静香さんの言う通り、ここで足踏みしていたら一生前には進めません。一歩、踏み出す勇気。折れない心。それらを手に入れるためには、踏み出してみるしかありません。…それに私、実は賭け事は好きなのです。」
「ん~。よく分からないんですけど、それって、この5人で踊ったり歌ったりできるってことですよね!じゃあやりたいです!絶対楽しいですよ!」
「うーん。美希先輩に見てもらえるならやりたいかなぁ~。あとあと、楽しい曲のダンスとかもした~い!」
「み、皆さん…。」
瑞希の返答を皮切りに、未来と翼も賛同してくる。まあこの二人はやりたいと言う気はしていた。
4対1の構図になれば、紬も簡単に落ちる。
「それじゃあ、やるっていう方向で良いな?取り敢えず、練習のスケジュールは組んでおくから、今日ここで決めておきたいことが二つある。一つ目は、何の曲目をやるかだ。この5人だと結構方向性もバラバラだからな。どの方向性に合わせるか、どんな風に歌いたいか、お前らで決めてくれ。でだ、もう一つ。決めなきゃいけないことがある。それは―――」
「マジで、どうするか…。」
その夜、俺はまたも事務所でパソコンとにらめっこしていた。
毎度の事ながらアイドル達は帰らせた後、小鳥さんは合コンに行った。鬼気迫る顔をしていた。
「また残業かい。本当に君は居残りが好きなんだね。」
「んな訳あるですかい。さっさと家族のいる家に帰りてーですよ。」
「…本当に君は大人の心を抉るのが得意だね…。お願いだから小鳥さんにあんまり色々言わないでくれよ…?」
「何で小鳥さんの話ですか?」
「マジで自覚ないのか…。まあいいや。で、今度は何で悩んでいるんだ?」
「ふぅ…。赤羽根さんが出した例の課題の奴っすよ。」
「お?やっぱり怖気づいたか?」
「んなわけがあるですかい。…正直、この課題に対して俺はどうこう悩むつもりはないっすよ。成功するのは目に見えてる。なら合否を気に掛ける心配はない。」
「その自信で、何を悩むことがあるんだ?」
「…センター、ですよ。」
「…なるほどね。」
センター。中心。中央。真ん中。中枢。意味で言うならそれだけだが、アイドルにとってそれは全く違ったものになる。
センターは一番注目の集まるポジションで、一番輝くアイドルで、ユニットを纏める存在で。
「一番人気になりやすい場所…か。本当なら実力かイメージで決めるトコなんすけどね。」
「実力の差も無く、確たるイメージが無いユニット。普通なら経験者を置くところだけど、それもいない、か。」
「…ここは、後に響きますよね、やっぱ。」
「…そうだね。一度ユニットで組んだメンバーが再結成したら、どうしてもその時センターだった人に対して一歩引いてしまう。力関係…というのとは少し違うかもしれないけれど、彼女達にそういう印象が植え付けられることは有り得るだろうね。」
客に見られることはないライブ。ファン側からの印象に関しては問題は無い。だがしかし、ならば適当にと投げ捨てていいものでもない。
「大河君の考えは纏まっているのかい?勿論、アイドルへの贔屓目や情とかは抜きで。」
「…あんまり、ですね。年齢やまとめ役として期待できそうなのは、瑞希ですけど。瑞希のセンターは完全にユニットの方向性がまとまらない気がするんですよ。未来と翼とはそれは多分合わない。特に未来なんかは元気、って感じの奴ですから。いやまあ、そういう意味では俺の中での『センター』っていう像に一番近いのは未来ですけどね。でもやっぱり技術的に見れば一歩遅れている。それに、周りのフォローも出来るか不安ですよ。技術だけで言うなら翼ですけど、アイツは自由でユニットそのものを瓦解させかねない。いっそのことメンタルの弱い紬を置いて育てるって考えもありますけどね。」
「静香を置くことは?考えてないのかい?」
「…それが一番、でしょうね。技術的にも申し分なし。真面目ですから纏め役にもなれるし、努力家だから必死にやれる。責任感も強くて投げ出すこともしない。」
「そこまで君の中で答えが出てるのなら、静香をセンターにしたっていいんじゃないか?売り出すときにまたイメージで決め直す方法もある。」
静香がセンターに立つこと。一つの像としてそれを想像することは難しくはない。
「…近すぎたから、ですかね。静香の考えが分からないんです。アイツが何を考えてこの試練に乗って、俺に賛同してくれたのか分からない。いや…多分、
「意図的に…?」
「まあ、事務所に入る前に色々ありましてね。多分その時の件で、アイツは俺に感情を見せることが迷惑になり得ると考えてる。」
少し悩んで、やっぱり言うことに決める。どう考えてもそうだし、止めろと言ったものを止めなかったのは赤羽根さんだ。
後輩が咎めても問題は無いだろう。
「…赤羽根さん、怒らないんで正直に話してください。話しましたよね。加蓮のこと、俺の姉貴の事。静香と瑞希、それと多分志保にも。」
「…ふぅ。勘付くのが早すぎるよ。君ならいつか気付くとは思っていたけど、まさか初日からとは…。」
「こうなるから嫌だったんですよ。同情も哀れみも好きにしろって感じですけど、気を遣われてコミュニケーションが円滑に進まないのが一番難しくなる。」
「う…。すまん…。」
「とすると、アイツらの選んだ曲に合わせてみるしかないっすかね…。」
「もう一つ、手を忘れてるんじゃないか?大河君。」
「はい?」
「手伝うつもりはなかったけど、半分妨害みたいなこともしちゃってるからね。一つ助言だ。本人達の中に、やりたいって人はいなかったのかい?」
「…まあ、あんまり進んでやりたいって感じではなさそうでしたね。」
「それはきっと、不安と、周りに対する配慮だろうね。失敗するのが怖いから、他人からそのポジションを奪うのが怖いから。そういう感情で引いてしまう子は多いよ。何たってまだ学生だからね。自分の成果よりも仲間のことを気にするものさ。本心を聞き出すのは難しいことだけど、それを引き出してみてから考えるのも、君にならできると思うよ。」
「引き出す、ですか…。」
(考えてみれば、最近静香とあんまり話してないな…。)
友人だった関係性は、アイドルとプロデューサーに代わり、これまでの関係性とは少し変わってしまって、少し距離ができた感じだ。
「分かりました、じゃあちょっと話してみますよ。」
「こんなところに…私のチェックしてない新店が…!」
「なんかちょっと前にできたらしいぞ。まだ口コミもほぼない店だ。」
翌日の夕方、俺は新人5人を全員集めて、事務所から少し離れたうどん屋に来ていた。
竹内Pが言うには隠れた名店らしい、あ、竹内Pとはあの後仲良くなりました。竹ちゃんはいいやつだった。悪魔とは違えんだ。
「ほら、いつまでも目をキラキラさせんな。写真を撮るのを終わりにしろ。店舗の写真何枚撮る気だよ。食べログまとめの人かお前は。」
暖簾を潜って、アイドル達を座らせる。
こんな場面がもし撮られれば文春砲レベルかもしれないが、まだこいつらはアイドルとして認知されていない。
だから周りには俺が最悪でもハーレムクソ最低野郎くらいにしか見られていないはずだ。それも問題だな。
「じゃ、奢ってやるから好きに頼め。ただし未来てめーは駄目だ。」
「えぇっ!何でですか大河君!」
「お前の自由に頼ませてたら破産するわボケ。中卒の安月給舐めんな。」
それぞれが好みのものを頼み、丼がバイトの学生によって席に運ばれてくる。
それぞれが割り箸を割り、手を合わせて「いただきます」と言って、食事が始まる。
「えーっと、じゃあ、食いながらでいいんだけど、お前らに聞きたいことがあって―――。」
箸を止めて顔を上げる瑞希と紬。止まらない未来と静香と翼。完全に店選択を間違えた。未来と翼の前に食べ物を置くべきではなかったし、静香をうどんと関わらせるべきではなかった。
「じゃあお前らにだけ先に聞くわ。5人のライブの、センターの話なんだが―――
途端に、横に座っていた三人の食事音が消えて、三人ともが箸を止める。
「…なんだ、やっぱりお前らも気になってたのか。素直じゃないんだな、お前ら。それで、だ。聞きたいのは一つだけだ。センターをやりたい奴、手を上げろ。」
こんなことを言われても、勿論彼女達に反応は無い。これで反応があるのなら、既に前回の時点でその手は上がっていたはずだ。
「…言い方を変えるか。手を上げない奴はセンターにする。センターをやりたくない奴は?」
翼がピンと真っ直ぐ手を上げて、紬がおずおずと手を上げて、最後に瑞希がそれに続いた。
未来はぽけーっとした顔で天井を見上げている。何かを考えているのか、いないのか。
そして肝心の静香は、食べ始めたばかりのうどんの丼を見つめ、映る自分の姿と対峙している。
(翼は単純にやる気の問題。紬は失敗への不安。瑞希は実力不足による辞退、だろうな。未来は多分、センターへのイメージが固まっていない。自分がセンターになった未来を想像しきれていないんだろう。静香は…。)
揺らぐ目線、しかし決意の籠った瞳。
(覚悟はある。情熱もある。足りないのは…。)
「…
静香と未来の手は、挙がらなかった。
「じゃあ、もう一度聞く。この中で、センターをやりたい奴は?」
手を挙げたのは、静香一人だった。
目を閉じ、震えた手を挙げる静香。他の四人は、それぞれが俯き、真剣に考えているようだ。
しかし少し待ってみても、他に手は挙がらない。
「翼は?」
「ちょっとやってみたくはなったけど、もしやれるなら初めてのセンターは美希先輩の前でが良いな~。」
「瑞希?」
「やる気概はあります。失敗を恐れなくてもいいというのは分かりました。ですが、それを含めても私では足りないと感じます。失敗がなくても、成功の質に違いはありますから。」
「紬。」
「…人を支えるというのは、私にはいささか難しいと思います。」
「なるほどな。このままだと、センターは静香ってことになる。それでいいのか、未来。」
「えっと…はい!私なんかより、静香ちゃんがセンターの方が―――」
「ここで逃げたら、もう終わりだぞ。今しかない。後々どうこう言ったとしても、一旦決まってしまえばもう周りからの認識は傾くことになる。『センターは静香だ。』『未来じゃない。』口には出さなくても、心の奥底にその想いは隠れている。だから、今しかないんだ。静香がセンターに決まっていない今だけが、静香と未来が同じ土俵に立っている唯一の瞬間だ。…どうする、未来。退くも、進むも、今だけだ。」
「…私。」
「…未来。私に余計な心配をしてるのなら、今すぐ辞めて。そんなお節介は必要ないわ。未来がセンターを退く理由が私に対しての心配なら、それほどに私を貶す事は無いわ。だってそれって、立候補したら私に勝てるって言ってるようなものでしょ。だから、未来。やる気があるなら、戦いましょう。どちらがセンターに相応しいか、きちんと決めましょう。」
「…うん。大河君、私、やってみたい!出来るかどうかは分からないけど、私、やってみたいです!」
「よく言った。好きなだけ食っていいぞ、未来。」
そんなことを言えば、先程までの真剣な眼差しはどこへやら、未来は再びメニューを見ながら目をキラキラさせる。
静香はまたうどんと二人きりの世界に没頭したらしい。
その不思議な雰囲気に影響されて、ギスギスとした空気は掻き消え、6人での食事は比較的良い終わりを迎えたと思う。
結果は残酷なもので、それは叩き付けられるもので、でもそれは進まなかったら得られなかった物で、センターは静香になって、未来はセンターになれなかった。
しかし、踏み出したかそうではないかは、彼女の未来を大きく変える。
「よ。」
「…また来たの?大河。」
俺は手土産のメロンを加蓮の側の棚に置いて、丸椅子に座る。
「悪いが丸々一個は無かったぜ。8分の1で勘弁しろ。」
「そんなことはどうでもいいんだけど、本当にこんなところに来てる余裕あるの?聞いたよ、今度新人の子達で試験があるんでしょ?そっちの練習はしなくていいの?」
「ま、今は俺が手ェ出せる状況じゃないしな。事務所でトレーナーに指導受けてるよ。…ていうかその情報どこで知ったよお前。ライバル事務所だぞテメェ。」
「志保ちゃんが色々教えてくれるの。それより、大河が直接見てあげなくてもいいのって話。トレーニングに直接手を出せなくても、そういう時プロデューサーは見てくれてるのが普通でしょ?」
「ま、それが普通だろうな。特に俺なんかはアイツら以外誰も担当していないし、仕事も全部終わってる。まあだからここに来てるわけだけど。」
「だったら付いててあげなよ。私の言ったこと、もう忘れたの?」
声こそ荒げないものの、加蓮の声色には確実に怒気を帯びていた。
本気でお怒りの様で、顔はこちらにも向けていない。
「まあそんなに怒るなよ。俺にも考えがあって、アイツらの側にいる訳にもいかない。他のアイドルのプロデュースに手を出すのは赤羽根さんから禁止されてるし、それに仕事が終わった後だとここに来られないんだよ。凛とか奈緒とかに追跡されるからな。」
「ッ…。」
これは嘘だ。流石にあの二人と言えど、そこまではしない。まあ嗅ぎ回っているようではいるようだが。
でも、鎌をかけたら馬鹿が引っ掛かった。普段ならこういう手合いはあちらさんのものだが、ここだけは引け目を感じているようだ。
「…お前が決めたなら、俺はどうこう言うつもりはない。お前は強いし、独りでもどうにか切り抜けていけるのかもしんねえ。でも、一度人との繋がりを知ってしまうと、そいつは独りで居ることに弱くなる。昔はお前には、守るものはなくて、願うものしかなかった。でも、今は守るものもあって、夢も眼の前にある。過去の自分が耐えられたものに、今の自分が耐えられるとは限らない。でも…俺はそれを、弱くなったとは思わない。人との繋がりを知っている奴は、強い。それを否定するのは、否定された側にとって相当辛いことだと思うぜ。俺も、皆にそれを強いているから、分かることだけどな。」
加蓮は顔をこちらに向けない、まるで必死に自分の表情を隠すかのように。
何度も見た、この動き。目を拭うと赤くなって、泣いていたことがバレるから、そっぽを向いて外を見ていると言い張って。
「伝えたくなったら俺を呼べ。直々にここまで来てやるよ。耐えられなくなったら俺を呼べ。俺はいつでも駆けつけてやる。俺は確かにプロデューサーだ。でも、その前にお前の弟だ。家族に頼ることって、そんなに悪いことかよ。少なくとも俺は、お前に頼られたら嬉しいぜ。照れくさくて恥ずかしいことだけどな。」
「………。」
「俺も、俺の育てたアイドル達も、お前が少し弱音を吐いたくらいで崩れない。俺は誰かを救うために、ここまで強くなってきた。誰かの弱音を受け入れるために、俺はここまで大きくなってきたんだ。頼れよバカ。そのために、俺はここまで来たんだからな。」
「何それ…。私の為にプロデューサーになったの?」
「最初はな。でも今は違うよ。ちゃんと今は、きちんとした理由を持ってる。だから、ありがとな、加蓮。」
わざわざ女の涙を指摘する程、粋を持たない人間ではないつもりだ。
そもそもの目的、メロンを届け終えたのだから、大人しく病室を出ることにした。
病室を出ると、速水奏と目が合った。
彼女はさっと目を逸らすが、思い直したかのようにこちらの目を見つめてくる。
その目を見れば、俺には何も言うことはない。
後ろ手に扉を閉じて、俺は速水奏の横を通り過ぎた。