「と、いうわけで、志保貸してください。」
「君は突拍子もないことを言わないと気が済まないのかい?大河君。」
その翌日。俺は赤羽根さんと仕事の詳細を決めるべく会議室に来ていた。 自由にやっていいと許可をもらったはいいが、流石に誰にも知らせずに仕事をバンバンと取るほどリスキーな事は無い。 それに会社側も何をどうプロデュースしているかを把握していないと問題が起きた時に対処しにくいし、宣伝をするときも方向性を決めあぐねることとなる。
「で?志保を貸せって言うのはどういうことだい?君はあの子達5人をプロデュースして行くっていう話だと思ってたんだけど?」
「あいつら5人、っていうか志保込みの6人すかね。俺は3人組を2つ、プロデュースして行くつもりです。」
「ユニット活動か…。なるほど、新人アイドルのプロデュースとしてはユニット活動は悪くないけど、それだけに重要だよ。まず一つ目に、初めて組んだユニットは、良くも悪くもそのアイドルのイメージを決定づける。クールだったり、元気だったり、歌に力を入れたりダンスに力を入れたりとかね。まだ彼女達のことを完璧に把握出来ていない状態でイメージを決定づけてしまうと、それを覆すのは難しくなる。そして二つ目。初のユニット活動というものは、何かしらが起きやすい。これは俺の経験談だから明確な根拠はないけれど、仲違いだっり体調が崩れたり…普段と違う環境で違うことをさせられるのは、学生の身には重いんだろうね。友達を責めることは、友達に責められることよりも辛いことだ。そして、責められないこともね。足を引っ張っていることが分かっているのにそれを気を遣って秘められることは、罪悪感で押しつぶされそうになる。俺はそんなアイドルを何人も見てきた。そういうことができるのは、固い信頼関係を持ったメンバー達だけだ。確かに今回のテストで多少なりともそれは得られただろうけど、流石にまだ早いと俺は思うよ。」
「長いっす。途中から聞いてませんでした。」
「君はホントにッ…って怒っても無駄なんだろうね。君は忠告を聞かない。何故なら分かっているから。分かったうえでその結論を出したと自信を持っているから。そして何かがあっても自分で受け入れるから。強い子だよ。でも、だからこそ―――上に立つと心配になるんだ。君が折れてしまわないか。」
「挫折…っすか。俺はもう、散々折れましたよ。折れ飽きました。ここまで歩みを止めずに進んできたことは俺の功績ではないですけど、でも折れることはない。進んできたし、進んでいける。」
それを聞き、彼の覚悟と受け入れたのか、赤羽根プロデューサーはそれきり仕事の話に戻って彼を問うようなことはしなかった。 そして全ての段取りを終え、北条大河は礼を述べてから会議室から出ていく。
「だからこそ、怖いんだよ。茨の道を仕方なく進むことと、選んで進むことはまるで違う。そこには、君が選んだという責任が付きまとうから。子供には重すぎる、責任が。」
赤羽根健治のその呟きは、誰に届くことなく閉じられた扉にぶつかって、消えた。
「私と未来と翼で、三人ユニット?」
「ああそうだ。」
翌日、レッスン室に志保を加えた6人を集めた俺は、宣言する。
「それと同時に志保、瑞希、紬の3人でユニットを開始する。イメージとしては静香達のユニットは混色。方向性も、技術力もバラバラで、だからこそ可能性の塊。イメージとしては346プロの『new generations』だ。そして志保達のユニットのイメージはクール。かっこいいという意味よりは感情の起伏の少なさ。悲しさ、儚さを含んだ青色のユニット。イメージとしては『Triad Primus』…よりはもっと機械的で繊細なイメージだ。文句は今だけ受け付ける。ある奴手ぇあげろ。ないな?じゃあ解散。」
「ちょっ…ちょっと大河!展開が早すぎて着いていけてないんだけど!?」
「え?今言ったことが全てだけど?」
静香の抗議に、俺は淡々とそれだけ返す。 三人一組でユニットを組む。それだけ。
「ユニットを組むのは分かりました。でも、それだけの情報では私達としてもこれから先どう動いていくべきなのか分からない、というわけで。その辺りを教えてほしい、ということです。稼働時期、ライブ、仕事、衣装、コンセプト。それらを聞けないと、流石に不安が残ります。」
「まあ…正直に言えば、何も決まってない。としか言えねえな。俺としては、この3人ずつで組ませることは決めていた。プロデュースしていく方針も決めてある。赤羽根さんに話してなかっただけでレッスン中からな。取り敢えずは、下地作りに精進してもらおうと思っている。顔も名前も知らない奴がユニットデビューしたところで、誰も見向きもしない。仕事を取って有名になるか、有名な仕事を取るか、お前らが速攻でこの舞台に上がるには、それしかない。三人の仕事も何とかして取ってくる。その中で、お前ら三人の思うコンセプトを考えてみてほしい。さっき言ったのはあくまで俺のイメージだ。それに囚われて下位互換ユニットにはならないでくれよ?」
「当面の仕事の予定は無いってこと?」
「流石にな。勝手も分からないままにお前らを仕事に行かせるのは危険だし、俺もまだ勉強中だ。仕事を取れるまでの間、当面はレッスンに励んでもらったり、ユニットで友好を深めてもらったり、ユニットの方向性を定めてもらったり…。仕事は無いが、やることはいくらでもある。忙しくなるぞ。」
「「「はい!」」」
返事は上等。そこに見え隠れする不安さえ隠しきれれば。
仕事は好調に進んでいった。 俺も赤羽根さんがする仕事を見学させてもらったりして仕事のいろはを学んだし、6人もちょくちょく仕事をこなしながらレッスンで互いの長所や弱点を教え合い、学びながら歌やダンスの上達を図っているようだ。 まあ仕事と言っても服のモデルだとか、あまり有名でない雑誌の穴埋めだとか、名前が売れるような仕事は流石に入ってこないが。
「コネが欲しいな、コネが。」
「なんてこと口に出してんのよ。こんな場所で。」
春はそろそろ終わりを告げ、夏の暑さがちらちらと顔を見せ始める頃、俺は静香と志保を引き連れて件のスイーツバイキングに来ていた。
前回『Triad Primus』の三人と来て、この二人とは来なかったツケとして連れてこられた。奢りだそうだ。俺の。
「コネ…って仕事のこと?」
流石の大手スイーツバイキングでもうどんは置いていないということで静香も会話に参加する。 まあ当事者の一人であるのだから流石に参加しないのはどうかと思うが、暗い話をする為に遊びに来たわけではない。これでは俺の愚痴会である。奢ったんだからそれくらい許されそうだけど。
「ま、お前らに色々仕事を持ってきてやりてーなって話だよ。最低でも名前を覚えてもらえるような奴。」
「その話、夢はあるけど、まだ私達には早いのかとは思うわ。名前を覚えてもらうって、ユニットで有名になってからの話じゃない?○○っていうユニットの誰っていう覚え方をされて、それからソロの仕事をこなして、ようやく一人のアイドルとして認知される。」
「そのユニット単位の仕事がねーからコネが欲しいんだよね。」
「コネ…とは違うけど、765プロダクションのアイドルだったら話くらいは来るものじゃないの?」
「そういうのを大河が受けとるわけないでしょ。ただでさえプロデューサーと半分仲違いしてるみたいなものなんだから。」
「仲違いとは失礼な。俺が一方的に大嫌いなだけだ。」
「あんまり変わらないじゃない!」
「つーか、そんな話はどうでもいいんだよ。おじさんと俺の仲良しこよし場面なんて。お前らの各ユニットの話をしたかったから呼んだの。どうだよ。親交具合とか、上達具合とか。まあ上達の方はレッスンとか見てるし分かるけど、親交については管理とかしてねーしな。」
「私の方は…別段、大きな問題は無いと思うわ。瑞希さんも紬さんも普通の人だし、レッスンや仕事の話をする分には問題ない。でも、親交と言われれば疑問は残るわね。私含めて積極的なタイプとは言えないし、765プロ外で会うことはないし。」
「私の方は、結構上手くやれてるつもりよ。未来も翼も話しやすい存在だし、この前レッスンの後にカフェに寄ってお茶をしたわ。来週はオフの日にショッピングに行く予定があるし、良好と言っても差し支えないかとは思う…けど。どうしてそんなことを聞くのよ。」
「ユニットを組んでそのチームワークを客に披露すんだぞ?仲が良いに越したことはない。まあ世の中には不仲なアイドルユニットとかもあるらしいけど、それを隠しながら客前に出れるようなお前らじゃないだろ。…なんてものは結局建前だけどな。お前らの対人能力の悲惨さは前の一件でよく知ってるし、アイドルっていう職業を選んだお前らに、普通の友人はそうそうできるもんじゃない。遊べる時間を合わせることすら困難だし、悩み相談も一般人からしたら雲の上の話だ。」
「…つまり、何が言いたい訳?」
「今くらい青春しとけって事だよ。このままアイドルを続けるにしろ、どこかしらで区切りをつけて辞めるにしろ、高校生の数年は青春まっさかりだろ。無論レッスンを軽々しく扱っていいっていうわけじゃねえけど、逆を言えば今しかできないこともある。」
「全然説明が伝わってこないんだけど…?」
「しょうもない腹の探り合いはやめにしようぜって話だよ。今更三人一緒じゃない行動を増やしたところで、お前らに対する俺の評価や感情が揺れ動くわけじゃない。面倒くせーから三人で予定組もうぜ。まあ女二人で行きたいとかなら話は別だけどよ。」
「「………………。」」
「…あのさ、逆に聞くんだけどバレてないとでも思ってたんか?あからさますぎるだろお前ら。卒業してから三人で集まったのなんて今日含めて数回もないし、今日だって俺が無理矢理連れてこなかったら何とか理由付けて断る気だっただろ。つーか最後までお前らに三人ってこと黙ってたら来なかっただろ。」
「…何でもかんでもお見通しってわけね。まさか契約内容も筒抜けだったとは、流石にそこまでは読み切れないわよ。」
「え、だって静香の鞄の中にルーズリーフ切り取った契約書あったし…。お前らさ、中学生じゃないんだからああいうの卒業したら?」
「な、なんで人の鞄の中身勝手に見てるのよ!」
「今時あの文章はどうかと思うぜ。昭和のおっさんじゃねえんだから。」
「文章は静香が考えたわよ。」
「ちがっ…!志保の裏切り者!」
あまりにも普通で、普段通りで、それが久しぶりな気がして、思わず笑ってしまった。 そんな俺の反応に訝し気な表情を浮かべる二人が、一層俺の笑いを誘った。
「最近いいことなんてあんまりなかったからな。なんか、こういうのやっぱり良いな。目指す夢は美しくて尊いものだけど、身近にあるしょうもない現実は何より楽しい。…なぁ、今度ユニットで出かける時は俺にも声かけてくれよ。一緒に遊びに行こうぜ。」
「百合の間に挟まる男は馬に蹴られて死ぬわよ?」
「百合を創造してるのはしずしほだけだろ。」
「私は百合じゃなくて大河派だけど。」
「聞いたら未来が泣くわよ。」
「私は未来ももらっていくから大丈夫よ。」
「じゃあ俺は瑞希を貰ってくわ。」
「…ああいう子がタイプなの?」
「嘘だよ嘘。俺は静香にゾッコンだ。」
「あら?私の事は好きでいてくれないの?」
「勿論志保の事も心の底から愛してるぞ。」
「浮気者ね。刺されて死ねばいいのに。」
「おめえが言い出したんだよな!?」
いつも通りの、或いは去年の冬からずっとなかった、そんな馬鹿馬鹿しい会話をしながら、俺達は一日を過ごした。
「随分…遅い帰りだったな。」
「ストーカー復活か?それに監視対象の奴の前に出てくるなんて、良い度胸してるな、奈緒。」
「相変わらず、憎まれ口は達者だな、大河。」
家の前、表札の横に背中を預けて立っていたのは弱い方の奈緒―――神谷奈緒だった。
「凜のストーキングが終わったと思ったら今度は奈緒かよ。いい加減、加蓮がお前らに求めていること、分かんないかな。」
「分かってる、つもりだよ。大河ほどじゃないけど、私だって加蓮がどう思ってるかは分かってるつもりだ。」
「じゃあ、どうしてここにいるんだよ。…あんま、怒りたくねえんだけどさ。俺も、加蓮も、父さんも母さんも。元に戻るために必死に努力して、繕って、周りに心配をかけないようにしてるんだよ。そうすることで、誰かの迷惑にならないようにしてるんだ。お前らだけが、前を向けてない。独りで進むことを決めた奴に、追いすがってんじゃねえよ。」
「…前を向くことって、そんなに偉いことかよ。誰かに迷惑かけるって、そんなに責められることかよ。繕うことも、努力することも、そりゃあ知らない仲なら気を付けるべきことだろうけどさ、私は加蓮にそんなこと求めてないんだ。それはただの偽りで、虚構だ。」
「お前がどう思うかを加蓮に押し付けんなよ。それはお前のエゴだろ。」
「押し付けるもんだろ。エゴくらい。友達なんだから。」
「加蓮は、お前らを友達として見てるんじゃない。ライバルとして見てるんだ。そんなエゴ、あいつが受け取って嬉しいわけねぇだろ。」
「受け取らせるよ。数ヶ月分の文句と一緒に。」
「加蓮に文句を言うために、わざわざ家まで来たのか?ご生憎様だが、アイツはもう結論を出してる。お前がこれ以上何か言ったところで、ノイズにしかならないであろうそれを、俺は伝えるつもりなんてない。」
「ノイズ…って、自分で言ってるじゃないか。大河も、分かってるんだろ。加蓮が正しい道を進んでるかどうか。…いや、幸せな道を辿ってるのかどうか。」
「それは言葉の綾だ。揚げ足を取るなよ。それに、俺に加蓮の道を定める権利なんてない。アイツが決めた道を、応援してやる。弟ができることなんて、それくらいだ。」
「でも、私の言ったことを伝えてはくれないんだろ?定めてるじゃないか、道。」
「今日はよく口が回るな。」
「大河が自滅してるだけだ。私は何もしてない。」
「………。」
何も返せない俺に、奈緒は再び口を開いた。
大河、お前―――
「いつまで、〝弟〟やってるんだ?」
その言葉は、他の言葉より少しだけ、心の奥に刺さった気がした。
「いつまで…って。生まれてから死ぬまで、俺はアイツの弟だよ。当たり前だろ。」
少しの間を持って発せられた言葉は、まるで無理に言い訳か誤魔化しを紡いだものにしか聞こえなかった。
「そんなトンチンカンなことを聞いてるんじゃない。…いや、大河も、迷ってるのか。」
「なんだよ、迷うって。弟であることは事実であって迷うべき事象じゃない。それだけは揺るがないし、揺るがせさせない。」
「違うよ…。分かってんだろ、私が何を言いたいかくらい。聡い大河なら当たり前に。お前はもう、弟を卒業するんじゃないのかよ。加蓮なら、全部受け止められるよ。アイツはそんなにやわな奴じゃない。大河が1番知ってるんじゃないのか?」
「でも…!」
「私さ。加蓮が怪我したって聞いた時、死ぬほど焦って、ビビって、泣きそうになった。アイツの過去は聞いてたし、これからだって時にこんなの無ぇよって思った。それで記者会見があって、私と凛は初めて大人に抗って、専務と大河がどうにかしてくれて、加蓮が私達を拒絶して。色々あって、感情がグチャグチャで。でもその時、私は悲しいより嬉しいが勝った。加蓮はきっと辛くて苦しくて、でもそんなことより、私達のことを想ってくれていた。加蓮の夢は、出会った時からトップアイドルになることだって、ずっと言ってた。そのためには何をも犠牲にできるって。私はそれを見て、どこか違う世界の人間なんだなって思ったよ。私にはそんな覚悟はなかったし、大人に言われるがままに連れてこられて、流されるままに流されてここにいたから。」
「でも、加蓮は。私達のことを考えてくれてた。トップアイドルになることよりも、私達がトップアイドルになることを夢にしてくれていた。あいつは、別の世界の人間なんかじゃない。加蓮は、友達を大切にできる立派な、私達みたいなやつなんだ。だからさ、大河。私、大人になるよ。強くなる。誰かに救われてここに立つような存在じゃなくて、誰かに言われてここに立つような存在じゃなくて、自力で掴み取ってここに立てる人間になる。誰かのためでも、誰かのおかげでもない。自分のために、自分のおかげで、凛と加蓮とここに立つよ。」
「いつまでも弟を背負わないでくれ、大河。お前のそれは甘美で、暖かくて、だからこそ体を預けてしまいたくなる。その背伸びした優しさは、お前の助けたい誰かと、そしていつかお前を殺すよ。私は、一人で立てる。それは加蓮も、凛も、そしてお前の大切な誰かも、きっとそうだ。私達はお姫様じゃない。転んでも、立ち上がれる。それでも、どうしようもなくなったら、私達を助けてくれよ。私達の伸ばした手を、掴んで引っ張りあげてくれ。得意だろ?そういうの。」
彼女は屈託のない笑顔で俺に笑いかけ、そして右手をこちらによこした。 それが何を意味するのか、俺は分かって、いつもみたいに分からない振りをしようとして、でも出来なくて、ポケットから出したスマートフォンを操作し、電話を繋いで渡した。
それを答えととって満足したのか、奈緒はスマートフォンを受け取って、されるがままの俺の頭を、髪の毛がボサボサになるくらい荒々しく撫でた。
「頑張ったな、大河。」
「逃げるなよ。先に言っておくけど。」
後にも先にも、こんな脅しじみた文言から始まる電話は初めてであった。
そしてその忠告は真っ当で、私はその声を聞いた時には既に通話終了のボタンを押しかけたところだった。
「ついでに、大河に後でごちゃごちゃ言うなよな。これは私が無理やりかけてるようなもんだし、責任は加蓮にもあるんだから。」
「なんで…こんなことするの…。」
「こんなこと…ってのは、加蓮の居場所を突き止めようとしていることか?コンタクトを取ろうと大河に迷惑をかけたことか?それとも…拒絶しても、追いかけてくることか?」
「………。」
「舐めんな、バカ。加蓮がこれまでどんな体験をしてきたかは知らない。でも、私は友達を大切にする。困ってたら手伝う。頼られたら助ける。バカやったら、一発張り手を入れて、それで手を差し伸べる。友達、舐めんな。」
「心配するな?…しないわけないだろ!いつだって平気な顔して!諦められないくせに諦めたようなフリして!気を遣わせないようアホみたいに気を遣って!隠せないのに隠そうとすんな!無理できないのに無理をするな!迷惑をかけないようにされることが迷惑だ!抱えきれないことを抱えられた方が面倒だ!」
「私はバカだ!可愛くもない!歌もダンスも下手だ!志も夢もない!でも、友達は大事にするんだよ!ユニットとしては仲間でも、アイドルとしてはライバルでも、でもその前に私達は友達だろ!かけがえがないから大事にするんだ!お前のことが心の底から好きだから頑張れるんだ!逃げるなよ!向き合えよ!私の事が好きだって言うなら、私にちゃんと立ち向かえ!それが友達ってもんだろ!わからず屋の馬鹿な加蓮に教えてやる!それが!友達なんだよ!」
「私がトップアイドルになれればいいんじゃない!加蓮がトップアイドルになることだって答えじゃない!それは勿論凛もだ!私達で、トップアイドルになるんだろ!?私達で、Triad primusで!頂点に立つんだ!」
「待つ、待てるよ!何ヶ月でも、何年でも、何十年でも!その怪我治して、もう一度立ち上がってこい!」
「私達の夢は、もうそこまで来てるんだ。私達に、夢を諦めさせないでくれ。」
「…お前さ、いつの間にそんなにかっこよくなったんだよ。どうしようもなくポンコツで、どうしようもなく心配性で、どうしようもなくどうしようも無いお前は、どこに行っちまったんだよ。」
「私がかっこよくなったってんなら、それはきっと大河のおかげだよ。凛みたいに劇的に救われたわけじゃない。加蓮みたいに完璧に守られたわけじゃない。でも、北条大河の頑張りは、誰かに成果を与えるだけが成功じゃない。お前の奔走する姿が、誰かの救いになることだってある。...お前はさ、プロデューサーよりアイドル向きだと思うよ、実際。お前の懸命に走る姿は、踏み出す勇気のないやつに、一歩前に押してやる力がある。止めんなよな。たとえ失敗しても、お前が走り続ける限り、その失敗はただの失敗では終わらないから。」
「失敗を望まれるなんて、俺も敵が増えたもんだ。」
「え、いや、違う違う!失敗して欲しいって訳じゃなくて…!」
「…フッ。わーってるよ。」
俺は奈緒の横を通り抜けながら、そのモフモフをわしゃわしゃと掻き乱す。
「お、おいっ!何すんだよ!」
「お姉さん面ご苦労様。…ありがとよ。」
後ろ手に手を振る俺に、奈緒は後ろから叫んだ。
「負けないからな!Triad Primusは、誰にも!」
「抜かせ。ボコボコにしてやるよ。」
俺と奈緒は再びは振り向きあって、そうしてまた笑った。
「電話、もういいのかしら?」
「うん…。もう大丈夫。」
「声、扉越しでも聞こえてきたわ。いいユニットメンバーを持ったわね、加蓮。」
「うん。本当に、私には勿体ないくらいだよ。…奏もさ、もう、お見舞いなんて来なくていいんだよ。今の時期だと忙しくなる頃だろうし、それに―――」
「加蓮。」
冷えきった声で、私の声を奏は遮る。
「あなたのさっきの電話。もう内容を忘れたの?友達だから心配する。友達だからお見舞いに来る。それの何がいけないの?」
「罪悪感で来られても、迷惑だよ。罪の恩赦を私に求めないで。私は奏が悪いなんて思ってないし、他の人だってそう。だから、もう止めて。」
「そうね。最初は罪悪感だったわ。事故の時、あなたが私を突き飛ばして、あなただけが大怪我を負って。…私だったら良かったのにって何度も思ったわ。加蓮じゃなくて私が怪我すれば良かったのにって。でも、今は違う。加蓮が私を助けてくれた。そうしてくれなかったら、私は怪我どころじゃなくて命まで落としていたかもしれない。だから、罪悪感じゃないわ。命の恩人に、できることをする。私はそうしているつもりよ。」
「………。」
「もうそれ、止めなさいよ。人を拒絶するのだけは一人前なのに、そんな顔をしてたら逆効果よ。本当に、あなた達姉弟はお節介の塊から生まれてきたみたいな存在。私は大河君に救われた。私はあなたの理解者になりたいって思わせてくれた。独りが好きで、でもそれは周りに迷惑をかけたくないからで、いつも笑顔で、でもそれは周りに心配をかけたくないからで、いつも真っ直ぐで、それだけは自分の夢のためで、でも本当は大河君のためで。夢のためになんでもするのに、周りの助けを借りない。矛盾にも似た、あなたの欲望のぶつかり合い。」
「だって…!私の夢か、もしかしたらそれ以上に!みんなのこと、大切にしたいから…!」
「言えるじゃない。ちゃんと、自分の口から。それが言えたら上出来よ。だから次は、我儘になりなさい。私たちは、我儘に応えたいと思っているのだから。それが、私に出来る数少ない恩返しなんだから。」
「私は加蓮の理解者になれるとは思ってない。ていうか、誰かの理解者になるってとっても難しいことだから、多分誰かの理解者になることなんて、私には一生かかっても無理かもしれない。でも、辛い時に友達と他愛もない話をしたい、なんて、誰もが思ってる事だわ。」
「心の準備ができたら連絡して。次はもうちょっと賑やかに来るわ。激おこの2人でも連れて、ね。」
と、彼女は茶目っ気を見せながら蠱惑的に笑うのだった。
「結局、あのテストは無駄になっちゃったみたいだね、大河君。」
「もう、認めてもらえるんすか?」
「まあ、まだ危うい部分はあるけどね。簡単な仕事とはいえいくつかこなす内に多少は勝手が分かってきたみたいだし、そろそろもう一つ先に進んでみてもいいんじゃないかい?」
「…正直、迷ってます。」
「珍しいね、君が迷うだなんて。」
「仕事は取れました。特に志保達の方は結構有名な雑誌に乗せてもらえるみたいで、ユニット名を決めて送り出すで充分だろうとは思います。あの三人は結構雑誌とかには写真乗せてましたし、黙ってればクールで通る。心配は特にないっす。...でも。」
「でも?」
「静香達の方は…本当にどうしたもんかな…。」
「仕事、取れそうなのかい?」
「取れそうというか、こっちの承諾待ちっすけど。」
「新人なんだ。ある程度は割り切って引き受けないと仕事なんて回ってこないぞ。」
「…そうっすよね、何弱気になってんだか俺は。たかがテレビだろ。あざす!赤羽根さん!静香達呼んできます!」
走り出した大河を見守りながら赤羽根は少し感傷に浸っていた。
(大河くんも頑張ってるな。まだまだ経験は浅いけど、プロデューサーとして一生懸命やっている。これなら任せる人数を増やせる日もそう遠くはなさ…)
いや待て。 さっきあいつ、なんて言った?
テレ…ビ?
「おい!ちょっと待て!」
赤羽根は駆け出したが、もうけして若いとは言えない体。現役高校生に追いつけるはずなどなく。
「「「やる!!!!!」」」
扉を開けた時には、もう手遅れだった。
「んあ?どうしたんすか赤羽根さん。息めっちゃ切れてますけど。」
静香達にテレビ出演の仕事の話をすると、二つ返事で了承の返事が返って来た瞬間、赤羽根さんは扉を思い切り強く開けて入ってきた。 そして俺の肩を掴んで、部屋の外に連れ出す。
「大河君!テレビ出演ってどういう事だ!?というかどこからそんなツテ引っ張ってきた!」
「どういうこともこういうことも、赤羽根さんがやったらいいって言ったんじゃないすか。はい、これ企画書っす。」
俺は先方から渡された数ページの紙を渡す。 今回話を貰ったのは有名な生放送音楽番組。 本来ならペーペーの静香達に話など回ってくるはずも無いが、今回は新人特集らしく、どこかから話を聞き付けてきた番組Pから話を貰った。新人とはいえ765プロ。他所の仕事では三人ともそれなりの評価を得ていたし、運と実力で掴み取った仕事と言えるだろう。
「にしたって…!いや、分かってる。大チャンスだ。テレビ出演がこの新人の時期に来るなんてそうあることじゃない。でも、危険すぎる!ライブも未経験の彼女達が、生で楽曲を発表するなんて!テストの時のライブ会場とは違うんだ!照明や舞台演出に頼ることも出来ない!観客も彼女達の味方は誰一人として居ない!一度失敗すれば、大きく後退することになる...。これは、そういう仕事だ!」
「やりますよ、赤羽根プロデューサー。私達はやります。」
部屋の中から静香が顔を出し、赤羽根さんの言葉を遮った。
この部屋に防音機能などない。赤羽根さんの怒号も筒抜けだったろう。
「失敗すれば、次はない。それでもかい。」
「それはライブだって一緒ですし、そもそも全ての仕事においてそれは言えることです。」
「見てる人の数が違うって言ってるんだ!取り返しがつかないことになるかもしれない!」
「それもいつかはぶつかる壁です。いえ、むしろこれしか仕事がない今ミス無しでできなくて、逆にいつならできるようになるんですか!」
「かかるプレッシャーはこれまで受けたこともないようなものだ!それに君たちが耐えられるとは思えない。」
「それは都合がいいですね。ここを抜ければ、もう怖いものなんてない。」
「…どうしてそんなに強い覚悟を持てるんだ。失敗するのが怖くないのかい。こんな半ば賭けみたいなやり方で、ブーストをかけなきゃいけないほど君たちの才能は燻っていないよ。地道に、ゆっくりでも。君たちはその舞台まで辿り着ける。」
「私、賭け事は嫌いです。堅実な方が好き。でも、目の前にチャンスがあるのに、求めている人が沢山いるものを悠々と見逃すなんて出来ません。無謀かもしれない。でも無策じゃない。私には未来と、翼と、そして大河が居ます。失敗なんて、ありえません。」
「それに私には、目指す人がいるんです。その人、どんどん進んじゃうから。ゆっくりなんてしてられません。」
「…未来」
「私も…失敗は怖いですし、たくさんの人の前でパフォーマンスなんてちょっと緊張するけど…でも静香ちゃんと翼が居るから。隣に2人がいれば、怖くは無いです。」
「翼」
「私は失敗しないし、それに、アイドルなんだから、みんなに輝く姿を見せないと。違いますー?」
「プロデューサーとアイドルは似る、なんてよく言ったものだね。。誤算だったよ。…そんなに言うのならやらせてあげるといい。バックアップも全力を尽くす。ぶちかましてこい。…えーと。そう言えばユニット名は?」
「あ…。」
「ダンスレッスンが終わったら、4人で決めないといけないわね。」
「はは…。締まらないな、君たちは。」
ダンスレッスンも終わりを迎え、後は帰るだけとなった俺たちは、帰りに近場のファミレスに寄ってユニット名について話し合っていた。
俺は書記を務め、3人の話を聞いているがまとまる様子を一向に見せていない。
まずは未来の案。『いちごヨーグルトぽむぽむ』。マジで意味が分からない。ぽむぽむって何?いやそもそもアイドルユニットで食材入れてくるのも不思議ではあるしそれがヨーグルトなら尚更だ。いちご単体じゃダメなの?
次に静香の案、『ドリームガールズ』。昭和の匂いがぷんぷんする、マシなように見えて厨二病を引き摺っている静香らしい案とも言える。
そして翼の案、『Ledy Love Pink』。俺は書記なので言われた通り書いているだけだが、どう見てもスペルミスだ。ネーミングセンス以前に勉強をさせるべきかと思わされている。まあそのネーミングセンスが真っ当かは置いておいて。全員学生なのにこのピンクピンクしいのはどうかと思うが。
なんて色々内心では思っているが、俺は一番最初に出した案、『アンタッチャブルチェックメイト』を却下されてから発言を許されていない。あの時の三人の冷ややかな視線はそれはもう凄かった。もしかして初対面かと思っちゃったもん。
それからも彼女達の白熱のユニット名決めは続き、書記という職業が要らないことが発覚した後の俺がドリンクバー係にされてはや2時間。完全に日は落ち、当たりは暗くなり始めた。
「おい、流石にもうタイムリミットだぞ。これ以上は高校生とは言えど連れ回せねぇ。」
「えー!でもまだ決まってないよ!?」
「やっぱり私の案が―――」
「いや、それだとだから私達の方向性と―――」
「あーもううるさいうるさい。堂々巡りになるから黙れ。…未来、今食べたい食べ物。」
「え…っとイチゴパフェ?」
「静香」
「月見うどん。」
「翼」
「それじゃあポップコーン!キャラメル味のやつ!なになに?奢ってくれるんですかー!?」
「んなわけねぇだろ。『ストロベリーポップムーン』。ユニット名はこれで決まりだ。」
俺は卓上の伝票をかっさらい、レジへと向かう。後ろでは小娘三人がぎゃあぎゃあと騒いでいるがもう知ったことではない。プロデューサー権限でユニット名は固定させてもらいます。4時間あって決められない方が悪い。
三人を送り届けるために店の前で待っていたが、思ったよりも反抗というか反応というか、そういったものはなかった。3vs1クラッチを要求されるくらいの覚悟はしていたのだが、意外にも三人は大人しかった。
「じゃ、俺は未来を送っていくからお前らはギリギリまで二人で帰れよ。それともタクシー代出すか?」
「そんな距離じゃないし、そんな時間でもないでしょ。まだ9時よ。大河は過保護すぎ。行きましょ、翼。」
未来と、静香と翼とついでに俺の家は完全逆方向。俺が送って帰れるのもサイドカーをつけたとしても2人が限界。それに、未来を一人で返すのがこのメンバーで1番不安であることから、最近はこの別れ方が多い。 ちなみに志保達の方は大抵紬を送って帰る。 最年少は志保なんだけどなあ。
「大河君!」
「あ?」
バイクを飛ばして、夜の道を走る。
「ユニット名!いい名前だと思う!」
「マジで?俺のネーミングセンス絶望的って散々煽られてきたから適当に付けただけだけど?」
「それでも!私は好きだよ、『ストロベリーポップムーン』!」
「そいつは良かった。」
「絶対成功させようね!テレビ出演!」
「…たりめえだ。」