加蓮Be!   作:煮卵9

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空に羽ばたく道の途中で

 

 

 

 

 

あの日、天海春香から答えを貰ったあの土曜日。

それから毎週、千早姉は来る日は毎回春香を連れてきていた。

千早姉は優の事情を事細かに話したらしく、春香もお墓参りをさせて欲しいと頼まれ、そして俺の取り付けた約束の日である土曜日に毎度来ているらしい。

その約束からもう半年近く経っているが、仕事などのやむを得ない時以外はこうして3人で集まり、優のお墓参りをし、その後どこかで食べて帰る、という一連が流れとなった。

 

「で、ユニットの方はどうなの、大河。」

 

「やっぱ気になんの?」

 

本日は例のドーナツ屋に来ている。なんだかんだ行く場所を決めてないとここに来ることが多い。最初に来ちゃうとループするの、めんどくさいから結構あるよね。

 

「それはそうでしょう。後輩だし、私達が審査したわけだし。正直、結構期待してるのよね。初心者にしては凄いパフォーマンスだと思うし。

 

「そりゃどーも。そうだな...最近だと、テレビ出演が決まったよ。」

 

「「ゴホッゴホッ」」

 

何気なく放ったその一言に、春香も千早姉も飲んでいたドリンクを咳き込む。 汚いな、アイドルなんだから気を使えよな。

 

「て、テレビ出演!?まだきちんとデビューもしていないのに!?」

 

「凄いね大河君!?そんな仕事簡単には取って来れないよ!?」

 

「そんな言うても新人特集だよ。周りの出てくるヤツらだって新人だし、765プロってことで声がけした程度だろ。」

 

「あのねぇ!大河、そんなに気軽に言ってられることじゃないわよ?新人特集、なんて銘打ってるかもしれないけど、その中にあの子たちよりも経歴が浅い子なんて一人もいない。新人なんてあくまでユニットをいつ組んだか、デビューをいつしたかの違いでしかないわ。中にはテレビ経験者やユニット経験者だって何人もいる。下手を切れば大コケするわよ!?」

 

「は?コケるわけないだろアイツらが。」

 

「大河君の信頼って、とっても暖かいけど、時々すっごく重いよね...。」

 

「確かに技術とか、メンタルとかも勿論あるわ。でも、本番だからこそ起きることだってある。親バカしてると足を掬われるわよ。」

 

「親バカじゃなくて客観的な意見だと思うけどなぁ。緊張しても、それを呑み込めるようになってる。まだ発表曲は完璧とは言えないけど、でも当日までに仕上げてくるに決まってる。心配する要素はない。」

 

「いっつも思うのだけれど、大河のその呆れ返るほどの胆力ってどこから来てるのよ…。勿論緊張とか心配とかしてキャパオーバーになられるよりはプロデューサーとしてはいい傾向なんだと思うけど…。」

 

「俺は思われてるほどには俺自身のことは信じてねぇよ。俺が実際にライブをするってんなら正直緊張しまくって本番中にギブアップするかもな。でも、俺が信じるのはアイドルだけでいい。しかもあんなに頑張ってる姿を見れる奴らだ。信じることなんて息をするより簡単だ。お前らだってお互いのこと、それほどに信じてんじゃないの?最前列で努力を見てきて、最前線で人柄を見てきてんだから。」

 

「それを言われると弱いけど…。でも大河君はそれだけじゃダメなんじゃないかな。大河君は背負う立場になってしまったから。100パーセント、絶対、間違いなく、確実。そんなもの、この世にはないよ。色んなものが混じりあって、直ぐに色を変えるこの世界に、完璧なんて存在しない。より近いとか、高い低いはあるけれどね。大河くんがしなきゃいけないのは、成功への信頼じゃなくて失敗への対策じゃないかな。その対策が不必要なら上々。必要なら用意した甲斐があった。用心をすることにしても損は無いと思うよ。」

 

「身が引き締まるよ、お前らと話してると。気も遣わなければ容赦もしない、そっちの方が好みだけどさ。つったって、ステージに殴り込みするわけにもいかねぇし、俺が当日にできることなんてあるか?」

 

「うーん…。具体的に何をって聞かれちゃうと私達も正直分からないんだけど、そういうのはプロデューサーが知ってるんじゃないかな?」

 

「俺が赤羽根さんのこと大嫌いっての知ってて言ってる?」

 

「好き嫌いで担当アイドルを危険に晒すの?」

 

「…春香ってさ、レスバ最強格だよな。」

 

「それは時々私も思うわ。春香に言いくるめられたことは何度もあるけど、春香を言いくるめたことは一度もないもの。」

 

「ずりーなぁ。特に立場上言いづらそうなことを飄々と言ってのけるその胆力と、それを言っても俺達は春香のこと嫌わないだろうっていう信頼が透けて見えるのが一番ずりぃ。」

 

あーあ。と言って俺は伸びをして背もたれに体を預ける。

相談事を春香に仕掛けたのが、今回の俺の敗因であろう。

 

 

 

 

 

 

「赤羽根さん。相談受けろくださいゴラ。」

 

「事務所に入ってからの開口一番がこれとは、恐れ入ったね。」

 

翌日の事務所。俺はドアを空け放つや否やそう宣言した。

事務所内にも何人かアイドルは残っていたものの、最早これは様式美。誰も気にも留めず、それぞれが行っていた作業に目を落とした。

 

「にしても、凄い皆ドライっすね。こんな舐めた態度プロデューサーがされてるのに、文句も付けないんですから。」

 

「それは大河君。君がほぼ毎日ドアを開ける時に僕に敬語のような攻撃力高めの叫びをぶつけてくるからじゃないかな。」

 

「端的に言うと?」

 

「慣れかな。」

 

「そりゃあ怖い。」

 

「で?ホントは何が怖いんだい?」

 

「今度は熱いお茶が怖い。」

 

「いつも思ってたんだけど、その毎回の掛け合いなんなの?」

 

「大喧嘩。」

 

「違うだろ…。恵美も、そろそろレッスンの時間だろ。寛いでないで早く準備してね。」

 

「はいはーい。」

 

絡んできた恵美を赤羽根さんは軽くあしらい、俺の方へ向き直した。

 

「で?大河君の相談って?正直、俺に頼ってくるようなことはないんじゃないかと思ってたよ。」

 

「赤羽根さんトコのアイドルに入れ知恵されたんすよ。俺も正直相談するつもりなんてなかった。でも…まぁ。やりたくなくてもやらなきゃいけないのが社会人って職業でしょうしね。」

 

「俺のトコって、それは君のトコでもあるだろうに…。内容を聞こうか。俺に答えられることなら、相談には乗るよ。いや、場所を変えようか。こんなだだっ広い場所でわざわざしなくていいだろうしね。」

 

 

 

 

 

「奢るよ。何がいい?」

 

「どうも。じゃ、コーヒー。無糖で。」

 

「大人っぽいね。」

 

俺の選択に皮肉ることも驚くこともなく、赤羽根さんは自動販売機に千円札を入れ、俺が頼んだ無糖のコーヒーと、自分の分であろうアイスココアのボタンを押した。

ガコンと落ちたその缶の片方を掴み、こちらに寄越してくる。

 

「やっぱり憎いなぁ。」

 

「俺のことかい?それとも、プロデューサーという職業かい?」

 

「どっちもっす。」

 

俺は、赤羽根さんがいつもブラックでコーヒーを飲んでいるのを知っている。

しかし、赤羽根さんは俺が甘いものが苦手だということは知らないだろう。

つまりは、そういうことだ。 赤羽根さんは俺の視線に気づき、弁明のために口を開く。

 

「ああ。そういう事か。別に君と交換する用じゃないよ。今は糖分が欲しい気分だったんだ。」

 

「今もっと嫌いになりました。」

 

「その嫌悪は、同族嫌悪。ってやつかな。まあ、ぶっちゃけってしまえば君の指摘した部分もあるけれど、それで言うなら君だって人に気を遣っているじゃないか。それを棚に上げて俺の行動を否定はさせないよ。」

 

「いい迷惑だっつってんですよ。赤羽根さんが気を遣うことに対して気を遣わされる俺の身にもなってください。人のためを想った行動が、必ずしも人の為になるとは限らない。」

 

「でも、人を想うその行動は、いつだって誰かに何かを与えているよ。…おかしいな。君はその理屈を知っているはずだ。その辺に、君の言う相談っていうのが関わってくるのかな?」

 

「俺に…アイツらのために俺がしてやれることって、なんですか。想ってる。信じてる。それが許されるのって、友達同士の大喧嘩まででしょ。俺はもう、それで許される立場じゃない。ガキじゃないんだ。失敗しちゃった、ごめんなさいじゃダメなんだ。なあ。教えてくれよ赤羽根さん。俺には後、何が出来る。何でもやるよ。アイツらのために、何が出来る。」

 

「想ってあげること、信じてあげること、じゃないかな。他には何もないよ。」

 

「…それじゃあ!それじゃあダメだろ!もう、んなもん十分してる!もっと!もっとしてやらないと!大見得を切ったのは俺だ!アイツらのための成果を出してやらないと!そのためにできることを見つけないと!」

 

「大河くんがどう思ってるのか、どう見えているのかは分からないけれど、プロデューサーができることなんて大したことじゃないんだ。アイドル達のスケジュール管理とか、仕事を取ってくるとか、真に頑張らなきゃいけないのはアイドルなんだ。勿論、プロデューサーがいないと回らない部分はあるけれど、ダンスや歌のステップアップに携わることなんてできないし、解決できる悩みなんてちっぽけなものばかりだ。だからこそ、できることをするんだ。誰でも出来ると思うかい。しょうもないと思うかい。でも、それは時折恐ろしい程の力になる。彼女達は、そう言ってくれたよ。それも、君の言う『余計な気遣い』ってやつに入るのかい?」

 

「俺に出来ることは、もうないってことですか。」

 

「君は十分するべきことをしているってことだよ。後は彼女達が何とかするはずだ。彼女達は、俺達が思っているよりも、ずっと強いよ。」

 

「…。」

 

俺の沈黙を納得と捉えたのか赤羽根さんは飲み終えた缶をゴミ箱に捨て、仕事に戻るように促した。

 

(納得できたかといえば、正直ノーだ。)

 

だが、俺が納得できるかどうかの話ではない。これは、俺が認めるかどうかの話。今は、静香達を、赤羽根さんを、そして俺自身を信じるべきだ。

無糖のコーヒーの缶を俺はゴミ箱に捨て、自らのデスクに戻る。

無糖を選んでよかった。

甘いものが苦手であること以上に、俺の胸の内は吐き気で一杯だったから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(ちぐはぐだ。)

 

あまりにも、ちぐはぐ。

赤羽根にとって、相談を受けること自体は予想の範疇だった。

自分のことを嫌っている彼が自分に相談するということは驚く部分もあったが、彼は赤羽根が担当しているアイドル達とも親しい。

その中で、彼を諭してくれる存在も何人か候補に上がるし、納得もできる。

 

しかし、その内容は予想の範疇を超えていた。

 

「失敗への、過剰な恐怖。それと、自信の無さ?いや、自信はある。信頼もしている。じゃあ…。」

 

そもそも、会話の導入から北条大河らしからぬ動きだった。こちらへの一直線な仕掛け。これはいい。横柄な態度、冗談交じりの切り込み。皮肉屋な彼の一部分としてこれも十分受け入れられる。

だが、こちらを憎いと称した発言。それを同族嫌悪と自分は示したが、同族嫌悪(それ)を否定することもせずに、行為そのものを拒絶した。 彼が765プロのプロデューサーとして活動を始める前に、彼のリサーチは既に始めていた。特に彼は、765プロ内にも親密な間柄の人間も多く、そういう意味では調査のしがいはなかったが。

 

豊川風花は、彼に想いの意味を伝えた。

 

彼がそれをどう受けとったかは測りかねるが、邪険にするような性格でもないのもこれまでの期間で理解したつもりだ。

赤羽根の見当違いだったか、或いはそこにそのちぐはぐの答えがあるのか。

 

(これまで以上に、気にかけた方がいいかもな…。)

 

今でこそ、赤羽根はプロデューサーの中でもベテランという称号を受けている。それが真実がどうかはさておいても、事実として50人にも及ぶアイドルのプロデュースを一挙に引き受けていることは確か。

勿論個々人での対応に任せている部分や、律子や小鳥さん、社長や新人の青葉にも協力してもらっているが、赤羽根の手腕によるところも大きい…だなんて評価を受けているようだ。 だが、赤羽根とて成り立ての時は何度も躓いて来た。

焦って空回りし、周りに迷惑もかけた。

赤羽根には手に負えず、結局アイドルに救われる形となったこともあった。

それを乗り越えられたのは、アイドル達に、そしてアイドル達を応援するファンに支えられたから。

彼の周りに、そういった存在がいないとは思っていない。

でも、彼がそれに頼るかどうかは、また別の話。

一貫性のない彼の挙動。ちぐはぐの理由。

これを紐解くことが、或いは助けになるかもしれない。

 

 

 

 

 

「珍しいな。お前が自主練なんて。」

 

「そう?でも、やれることはやっておきたいかなーって。」

 

俺は翼に呼び出され、レッスン室を解放するために事務所まで来ていた。 テレビ出演の仕事はもうそこまで迫っているが、未来も、静香も、翼も、実力を発揮出来れば新人アイドルの中では突出した実力を持っている。 それだけのお墨付きを、前線を張っている765プロアイドルから頂いていた。 後は三人での細かい調整と、どれだけダンスを合わせられるか、そして―――

 

(メンタルか…。)

 

翼がこのように自主練を頼んできたことなどこれまで一度もなかった。 それだけ、プレッシャーがかかっているのかもしれない。

 

鍵を開けてやり、翼をレッスン室に通し、俺は自分のデスクに着いた。

既に当日のメンバーは出演者側である俺達には提示されている。が、その情報を集めようにも元々新人特集ということもあり、ほぼ得ることもできなかった。

勿論無名の新人ばかりというわけではなく、一ユニットに最低二人、多いところでは三人程、ダンスや歌でのし上がってきた経験者がいる。

それで言えば、全員がきちんと新人なのは765プロくらいかもしれない。

 

既に共演者の出演作は回収し終えている。その中である程度の傾向は絞れてきた。

その情報収集で得た結果として、一番に挙げられるのは―――

 

(圧倒的に、ダンスが弱い。)

 

ダンスの経験者も何人かは混じっているようだが、経験者といえど本当に齧った程度の者が多いようで、一番の実力者でも未来とトントンくらいだろう。

その中に名を挙げていない実力者が居る可能性は否定しきれないが、どちらにせよ今回の鍵は、翼になる。

 

俺は、レッスン室の扉を見つめる。

翼には才能がある。才能からなる自信もある。彼女がこれまで得てきた成功体験は、彼女の失敗というイメージを塗りつぶしていたはずだ。

『ストロベリーポップムーン』にセンターという概念はない。それは三者三様の特徴をそれぞれ打ち出す『new generations』を元にしている部分から来るものだ。

静香には、センターであった重圧がある。センターと明言されていない今でも、センターであった事実は消えない。そして、センターで在り続けられなかった後悔も。

未来には、才能がないという焦りがある。静香には歌が。翼にはダンスが。それぞれが引っ張ったからこそ、先のテストを合格できたという無力感が、或いはそこに。

 

翼が、何にも無力感さえ示していた翼が、さらに進もうとしている。

彼女は十分に進んでいる。後は、後腐れなく彼女に歩ませてやれば、それだけで3人は成功する。

不安を感じることも、きっと隠しているだけであるのだろう。

だから、お前らは凄いんだぞと、自信を持っていいんだと、伝えてやればいいのだ。

 

人の心を、自在に操ることなど出来ない。

俺はメンタリストでもなければカウンセラーでもない。

自分にできることを、やるだけだ。

 

 

 

 

 

 

 

「さて。分かってるとは思うが、明日が収録本番だ。生放送じゃないから放送事故は起きても放送されないが、人数も人数、時間も時間だ。多少の失敗にいちいち取り直してはくんねーぞ。でも明日本領を発揮できないようじゃ話にならん。今日はあくまで調整だ。無理だけはするなよ。」

 

「「「はい!!!」」」

 

そして、迎えた収録前日。午前の集合で解散は12時。疲労を残すことだけは避けたいため、最後の確認のために765プロのレッスン室を借り受ける。

 

(或いは同世代からの叱咤激励があればとは思っていたが…さすがにこの時間じゃな。)

 

土曜日とは言え、流石に朝も早い。それに、居たとしてもなんと声をかけたら良いか分かっている人など、一人もいないかもしれない。

 

(緊張…してそうだ、流石にな。)

 

失敗するという不安から来ているそれは、きっとどこまで行っても信じられない自分自身への感情。

それを完全に取り除いてやることは、きっと俺にはできないから。

 

そして僅かながらの練習を終えて、3人を集める。

 

「そしたら、今日は終わりだ。まあ明日ってことで緊張してる部分や不安な部分もあると思うが、お前らの出来は完璧と言っていいほどだ。思い出してみろ。未来、お前は入った当初、子供みたいなダンスしかできなかった。でも今はここまで育った。静香、お前の元々褒められてた歌は、ここに来てから抜群に成長した。そして翼。お前の元々あったダンスの実力のおかげで、この3人はここまで来れた。自身を持っていい。明日、全力見せるぞ。そのためにも、今日は休め。」

 

三人それぞれ、自身の荷物をまとめ、帰り支度を始める。

いつもある会話はそこにはなく、やはり明日のステージを考えてのことだろう。

 

俺はそれを見届けることなく、自分のデスクに戻る。

俺には、やることがある。アイツらは成功する。それは絶対だ。その絶対の先、そして絶対のない世界だからこその失敗への代案。

あの三人の長所は、『可能性』。バラエティも、雑誌も、ラジオも、パフォーマンスも、それぞれ彼女たちに役割があって、それを回転させていくことで真骨頂を発揮する。

俺の見立てでは、明日の成功により三人を欲しがるコンテンツの先は、既に仕事柄名刺を渡しているディレクターやカメラマンがいるところが多いだろう。その中で、『次』に繋がる仕事を探しながら、それぞれの方向性を試していく。中にマッチするものがあればメインに据え、なければこのまま万能型として多方面に展開する。それが売り出し方としては上々のものだろう。

未来ならその元気さ、静香には歌、そして翼のダンス。彼女達にはそれぞれ秀でたものがあり、その長所を推すことで最終的には一人でも仕事を貰えるようになるだろう。

 

(頑張れとは、言わない。)

 

あるがままに結果を残せば、それがアイツらのスタートラインになる。

見せつけろ、世界に。私たちは、ここに居ると。

 

 

 

「あれ、雨か…。天気予報でそんなこと言ってなかっただろ。」

 

傘、忘れたな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日。未だに止まない雨の中。

事務所では、俺がデスクに座り、未来と静香がソファで話していた。

その内容は、今日のステージのこと。どんな不慮の事故にも対応し、1つも妥協しない彼女の姿が見て取れた。

 

「遅いね…。翼、何かあったのかな。」

 

未来は取り出したスマートフォンの時刻を確認して、呟く。

その時刻は既に集合時間を5分ほど超過しており、勿論収録時刻まで余裕を持った時間ではあるが、何の連絡もないのは不穏である。

 

「…俺、電話かけてくるわ。」

 

二人に断って、階段で翼の電話番号を押す。

コールが10に達しようとした頃、ようやく彼女は電話に出た。

 

「もしもし…。」

 

「何してんだ翼!もう集合時間過ぎてるぞ!今どこだ!」

 

「あれ…?ごめんなさい、もうそんな時間だった…?すぐに…行くから…。」

 

何か、様子がおかしい。

まるで全力疾走の後かのような激しい息切れ。電話から聞こえるやけに近い雨の音。

そして―――

 

「翼…?おい、翼!」

 

ドサッ、っと人の倒れるような音。

 

俺は、階段をかけ降りた。

 

 

 

 

 

 

 

捕まえたタクシーに金を払い、傘を差して降りる。周囲を見渡すも人影は無い。

翼の家の前、そこには誰もいなかった。

あるいは俺の勘違いで、電波が悪くて切断されたのかもしれない。家の中でのんきにご飯を食べていて、「もうちょっと待って~」なんて、呑気に言って来るかもしれない。そう思うと、なんだか笑いが込み上げてきた。本当にそうなら、どう叱ってやろうか。さっさと現場に連れて行って、あの二人に頭を下げさせよう。

 

俺は再び翼のスマートフォンに通話をかける。

その着信音は、すぐそこから聞こえてきた。

門を開けて、その発信源の方を確認する。

そこに。

 

 

 

雨に打たれる、金髪の少女が、頬を紅潮させて倒れていた。

 

 

 

 

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