加蓮Be!   作:煮卵9

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イカロスの翼

 

 

 

「ご心配お掛けしましたー!伊吹翼、復活でーす!」

 

扉を強く開け放って翼が事務所に現れたのは、彼女が倒れてから二日後の事だった。

 

「翼…!良かった、私も未来も心配してたのよ。体調はもう平気なの?」

 

「完璧!これで次までの収録に、もっと仕上げられるから!足引っ張らないように!」

 

「…収録、って?」

 

「あれ?大河から聞いてないの?私達のテレビデビュー!」

 

テレビ、デビュー?

それはこの前、辞退したことになったあの新人特集の話であろうか?

いや、それともまた大河がどこかからテレビの仕事を取ってきたということか?

きっと後者だ。だって、そうでないなら―――

 

「何騒いでんだ。…翼。治ったのか。」

 

「うん!大河もありがとう!私あのままだったら治るのにだいぶ時間かかってたみたいだから、収録の振替間に合わなかったかも!大河のおかげ!」

 

「ああ…そういや、まだその辺対処してなかったな。…テレビの仕事はなくなった。代打を頼んで、もう収録は終わったよ。」

 

「え…?」

 

途端、翼の表情が固まる。

未来と静香の方からも、息を飲む音が聞こえてきた。

 

「でも…でも大河は延期だって!延びたから、大丈夫だって…!」

 

「そうでも言わなきゃ、お前は止めても行くつもりだっただろうが。アイドルなんだ。体調に気を使え。」

 

「…なら!今から番組担当の人に掛け合ってくる!その人の連絡先教えて!」

 

「ダメだ。それにもう撮影は終わってる。今更どうしようもない事だ。」

 

こちらに伸ばした翼の手を払うと、彼女はその場にへたり込む。

なんでこんな反応をする。仕事が一回ポシャっただけだ。カバーなんて簡単だし、落ち込むような事じゃ――

 

「…しん、じてたのに。」

 

「あ?なんて?」

 

「私、プロデューサーさんのこと、信じてたのにッ!」

 

翼は、開け放った扉から出ていった。

虚をつかれた俺達は、それを追うことも出来なかった。

初めに動きだしたのは、未来だった。

 

「大河君…。今の話、どういうこと?翼、まるで何も聞かされてなかったみたいに…!」

 

「何も聞かせてなかったんだ。そりゃそう見える。」

 

「なんで…!なんで何にも教えてあげなかったの!?翼、可哀想だよ!」

 

「教えてどうなるもんでもないだろ。倒れてるアイツに向かって、お前のせいで仕事はパーって言ってやればよかったのか?」

 

「違うよ…!なんで、こんな、私でもッ分かるのに…!」

 

少女は心の内を吐き出すように叫ぼうとして、止めた。

きっとそれを言えば、大河を傷つけると分かっているから。

 

「…私は、私は大河君が私達のために頑張ってるって知ってるし…悪い事をしたなんて、口が裂けても言えない…。でも、でもッ!…こんなの、こんなの!あんまりだよ!」

 

翼の後を追うように、未来は言葉を残して閉まりかけた扉を押しやって、走っていってしまう。

何も分からない。何でも分かっていたと思い込んでいたアイドル達の言動が、何も分からない。

 

「未来!…大河、私は大河ともう一年以上一緒にいて、心を許してもらえてると思ってる。でも、それでもッ!何にも分かんないまま、言われたって分からないよ…!分からないまま押し付けられたって、辛いだけだよッ!大河のこと、全部は理解出来てない…。だから全部言われないと、伝えてくれなきゃ分からないの!私達は大河みたいに…全部は分からないから…!」

 

ごめん、とだけ残して、静香は扉から走り去っていった。

そして、俺だけが事務所に残った。

何が起きたか分からなくて、静香の吐き捨てた言葉が反芻して、そしてようやく、俺は理解した。

自分自身の、愚かさに。

 

(俺か。俺が、やらかしたのか…。)

 

俺は背中からソファに身を投げる。

 

ツケが、回ってきたのだろう。

姉一人をたった一回プロデュースしただけで、なんでも出来るって信じてた。

精々中学生くらいの、普通の女の子なんだ。不治の病なんかなくて、何にも悩みなんてなくて、それで…アイドルのために命なんて賭けられるわけが無いと、そう思っていた。

 

ようやく、理解した。俺と、みんなとの、認識の齟齬。

 

俺は、結局のところ、765のアイドル達を通して、北条加蓮をプロデュースしているのだ。

なにも言わずとも、伝わってくれる。加蓮なら、理解してくれる。彼女自身が体のことを一番に理解しているから、言わなくても分かるって、そう驕って、このザマだ。

 

「これが、俺の末路か…。」

 

「アンタ、何もしないつもり?」

 

首をあげると、そこには伊織と赤羽根プロデューサーがいた。

3人が開けっ放しにした扉から、仁王立ちになるようにして。

 

「俺には、追いかける資格なんてねぇよ。俺は主人公なんて柄じゃない。俺は、誰も見えてなかった。アイドルの気持ちが分かんないやつには、プロデューサーをやる資格はないんだ。赤羽根さんが行ったほうかいい。そしたらきっと、全部丸く収まる。」

 

俺は地面を見つめ、二人から目を逸らす。

でも、胸ぐらを掴まれて、強制的に目を合わさせられた。

 

「資格資格って…アンタいい加減にしなさいよ!?資格があるとかないとかじゃないの!あの子達はアイドルで、今迷っていて、そしてアンタがプロデューサー!それだけじゃない!なんでそんなに単純なことが分からないのよ!」

 

「分かってんだよッ!」

 

「ッ…。」

 

「どうして欲しいのかなんて分かってる!資格なんていらないって分かってる!それが北条加蓮(・・・・)ならな!生き甲斐にして、逃げ道なんてなくて、そのためだけに生きてる奴なら俺はなんでもしてやれる!命を賭けてる奴になら俺は命を賭けられる!それだけの価値があるって、俺は知ってる、理解してる、信じてる!…でも、これからがあって、それ以外があってッ!たかがそれだけの女の子に、お前の人生は今から破滅するけどそれで良いですかって、そう聞けば良かったのか!?アイドルを、諦めることになるかもしんねぇんだぞ…!人の体は脆い、少し間違えれば怪我をして、病気になって、夢を追うことを諦めなきゃいけない!ボタンの掛け違いで、命を落とすことだって有り得るんだぞ…!ただの風邪だって適当抜かして、崖から突き落とせばよかったって言うのかよ!」

 

「そうじゃない…そうじゃないわよ!やっぱりアンタ、全ッ然分かってない!何が『分かってる』よ!何にも分かってないじゃない!未来も、静香も翼も!この中の誰一人だって、アンタに答えなんて求めてなんかないのよ!年齢もさして変わらないくせして、大人ぶってんじゃないわよ!」

 

「答えをもたらすのがプロデューサーだろうが!」

 

「違うわよッ!答えに導くのがプロデューサー!アンタはあの子達を、産まれたばかりの小鹿か何かだと思ってるの!?そんなことない!アイドルになる覚悟がたとえアンタのお姉さんに劣っていたとしても!あの子達はちゃんと歩いて行ける!道を間違えても、きちんと進んでいける!でも、まだあの子達は羽ばたいたばかり!だからアンタが必要なのよ!ゴールにいて誘導してくれる誰かじゃなくて!隣に立って、一緒に迷って、歩んでくれる、アンタが!」

 

「…だったら尚更!赤羽根さんが行ったほうが良いだろうが!アイドルと一緒に歩くことの出来る、赤羽根さんが…!」

 

「それは違うよ、大河君。」

 

「違わねぇ!」

 

「違うんだよ。確かに俺は君とは年季もキャリアも違う。正直に言えば俺が行けば多分解決するだろうね。それを否定はしない。それを否定してしまえば、俺がこれまで一緒に歩んできた765プロダクションのアイドルに失礼だから、そこは偽らない。」

 

「だったら!」

 

「でも!…それじゃ何にも成長しない、進んでいけないんだ!俺が何かを彼女達に告げて、そうして彼女達が立ち上がれたとしても、彼女達が成長したとは言えないんだ。だって、それは逃げているだけだ。大河君、君から逃げているだけなんだ。俺がプロデュースしてきたアイドルは、臆病な子もいた。悩んでいる子もいた。迷ってる子もいた。全てを諦めかけた子もいた。全てを背負いこもうとする子もいた。…でもッ!誰一人として、彼女達は逃げたりなんかしなかった、最後には俺の隣まで追いついて、追い越して、俺にアイドルとしての彼女達の姿を見せてくれた!逃げたらダメなんだ、逃げたら終わりなんだよ、北条大河!」

 

「でも…俺は、アイツらを裏切った…。裏切って騙して、アイツらの信用を失った。俺なんかが行ったところで…。」

 

「本当に、臆病者なのね、アンタ。とっくに分かってるんでしよ?アンタがプロデュースしてきた子って、全力で、本気でアンタが向かっていくのを、無下にする子達だったわけ?…背中を押してあげなきゃ、前を向くことすらできないなんて、やっぱりアンタ、半人前よ。」

 

「んなこと、とっくに分かってるよ。自分が、どんなレベルかってことくらい。」

 

「でも、だからこそ、半人前のあの子たちにはピッタリなのよ。自分と似た、近しい存在が。あの子たちにとって、いちばん身近で、頼もしい。だから…行ってこい!」

 

伊織の強烈な張り手が、背中に叩きつけられる。

痛みを伴うその激励は、自信の籠った強い衝撃だった。

 

 

 

 

 

「いっつも思うんだけど、アンタ、後輩に甘すぎじゃない?こんな仕事を他所に回す真似、一発解雇が当然の所業よ。報告も連絡も相談も怠って、結局こうなって。アンタの頼みだから激励くらいはしてやったけど、大河の言う通りよ。アンタが行って、大河はクビ。それが一番の選択肢だったわ。そもそも、あの日大河から相談があればこんな結果になってない。」

 

「…それは、どうだろうね。実際問題、ウチから出せる新人ユニットは、未来達か、志保達だけで、志保達はユニット曲も持っていないような状態だ。結果としては大河君の顔の広さに救われた形になってしまったかもね。大河君が今回したことは良いことではないけど、番組側から見れば『仕事に穴を開けたプロデューサー』から『広い関係性を持つやりやすい相手』になった訳だしね。」

 

「何それ。アンタ、アイツの行動が正しかったっていうの?せめて一言連絡はするべきでしょ。何をするにも許可を取るべきだった。それは変わらないわ。」

 

「…それに関しては、俺の責任かな。」

 

「はぁ?教育不行き届きとでも言うつもり?」

 

「違うよ。大河君に信頼して貰えなかった、俺が悪いかもってことさ。彼がプロデューサーという職業を嫌悪している以上に、俺は彼の理解者になるべきだったんだ。それが、今回の原因で、だから手助けしてあげたかった。」

 

「アンタが信頼されてたらどうだっていうのよ。アイツ、どうせ1人で背負い込むタイプよ。どうせ無駄ね。」

 

「そうでもないさ。大河君が1人で背負い込むのは、1人で背負い込まないといけないからで。…分かってたんだろうね、お姉さんの時みたいになるって。俺や社長に話を通せば、静香と未来、2人で出ろ(・・・・・)って言われるって。」

 

「…新人特集だから、だれもユニットの内容なんて知らない。3人が2人になっても、変わらない、ってこと?何それ。アンタも、社長も、そんなこと言うわけが―――」

 

「伊織が大河君の立場だったら、ないって、言い切れる?現に346プロダクションのお偉いさんの一部はそういうことをしようとしていたし、大河君が俺達をそこまで信用しているかと言えば、きっとそんなことは無い。彼は次のあの三人の為に。三人一緒に、きちんと1から進めるように。番組に穴を開けたユニットじゃなくて、まっさらな状態で次に挑めるようにした。自分の信頼や、信用さえ犠牲にして。」

 

「それで、どうなるってのよ。アイドルを裏切ったのよ。それでどうやってプロデューサーに戻るつもりだったって言うわけ?」

 

「それも、大河君の中ではきっと計算の内だよ。翼にその日言えなかったからって、連絡できなかったわけがない。ここまで引っ張って、あまつさえ俺に後処理を任せようとしたんだ。失敗した時のアフターケアまで、つくづく自分を勘定に入れない。いっそ清々しいね。」

 

その苦虫を噛み潰したような表情を見て、一つの可能性が伊織の中に浮上する。

まるで普通の人が思い浮かぶような策ではない、むしろ思考することさえ馬鹿げているような策。

 

「本気…?最初から自分がプロデューサーから外れるつもりだったってこと?自分を悪役にして、アンタを正義の味方にして、それで…?」

 

「凄いよね。失敗する気がさらさらなかったのか、失敗しても良いとさえ思っていたのか。でも、何にせよ、大河君は本気でアイドルのことを考えている。」

 

「何それ。バッカじゃないの!本気で、本気で自分が身を引いてでもあの子達の為になろうとしたなら、とんだ大馬鹿よ!…そんなことされて、あの子達が成功したって、喜ぶわけ、ないじゃない…!」

 

少女の目には、涙が浮かぶ。

信頼を拒絶されること。それ以上に怖いことが、少女達にあるだろうか。

 

「…こんなことに付き合わせて悪かった、伊織。でも、俺は大河君に諦めて欲しくない。こんな事で躓く子じゃない。こんな所で、悪役で終わるような、単純な人間じゃないよ、大河君は。」

 

 

 

 

 

 

 

「未来。」

 

静香がそこに追いついた時、未来は体育座りをして泣いていた。

きっと、自分が翼みたいにされたら、本当のことを教えてもらえていなかったら、なんて考えて、泣いているのだろう。

それは、信頼されていない証。裏切られた証。

 

「静香ちゃん…。大河君は、きっと正しいと思うけど…私は、やだよ。本当のことも教えてくれない信頼関係なんて、やだ。」

 

「未来は間違ってないわ。大河が選んだ道は、きっと正しくない。大河はきっと、こうなることが分かってたから。大河だもの。言動では理解してないつもりでも、絶対分かって、こうした。それで自分を嫌いになってくれれば、悪者は自分になるから。北条大河という悪役を恨んで、ストロベリーポップムーンを成功させようとした。体調を崩した翼も、その翼のことを気付けなかった私達も被害者で、大河が加害者。」

 

「ちがう…!そんなの違うよ…!大河君は、悪くない…!」

 

「悪くないことは無いと思うけどね。でも、そう思ってくれるなら、大河のこと、許してあげて欲しいの。大河は馬鹿だし、全部一人でやってしまうけれど、大河はそれでも私達に傷ついて欲しくないんだと思う。私も詳しくは知らないけど、多分病気とか、怪我とか、そういうどうしようもないものに絶望をさせられてきてるから。きっと、私達にそんな思いさせたくないのよ。こんな思いするのは、自分だけで十分って思ってるんでしょうね。」

 

「許すとか、そういうのじゃないよ。…隠し事、しないで欲しい。ちゃんと全部、言って欲しい。私、あんまりそういうの気付けないから…全部伝えて欲しい!」

 

「よく言えた。それじゃあ、行きましょ、未来。伝えて欲しいなら、私達もちゃんと伝えなきゃ。想いを、ちゃんと言葉にして。」

 

静香は未来の手を引いて、立ち上がらせた。 人に救われてきた少女の一歩目にしては、随分と上等な、そんな一歩目だっただろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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