「歌詞、できたって。はいこれ。」
静香がそれを赤羽根から手渡されたのは、週も開け、月曜日になってからの事だった。
「赤羽根さん。本気で言ってます?今週の日曜日はもうライブなんですけど。」
「それは、できないってこと?」
「…なんか大河みたいになってきましたね、脅し方。何とかしますけど、それと歌詞が遅れたことについては話が別です。私達ができるかできないかに関わらず、ちゃんと追求しますからね。」
「容赦ないなぁ…。一応、歌ってもらった音源がある。後で君達のスマートフォンにも入れるから、よく聞いておいてね。」
赤羽根から手渡された4枚のCD。三人それぞれのパートと三人分のものが1枚のそのCDには、白い部分にそれぞれ『春日(北上)』『最上(如月)』『伊吹(ジュリア)』と書かれたそれは、自分達の名前が書かれているのが自分達のそれぞれのパートだということは理解できたが、その後に書かれた括弧の中身が意味不明だった。
「赤羽根さん…これ…。」
「ああ。音源がないと覚えにくいと思って、レコーディングしてもらったんだよ。その三人だから音程のミスとかはないと思うけど、もしあったら言ってね。」
「いやそうじゃなくて!音源を貰えるのはありがたいですけど!なんでこんな豪華メンバーなんですか!?765プロで言えば五本の指には入るメンバーじゃないですか!」
「なんでってそりゃあ…。あー、まあ色々あってね。彼女達が自分から志願したんだよ。じゃあ、早速だけど聞くか。」
「なにか誤魔化しましたね?…まあいいですけど、聞くのは少し待ってください。歌詞が出来たら、三人で聞こうって約束してるんです。」
「そう。じゃあ俺は先に準備しておくよ。」
それから待つこと数分。未来と翼が事務所に現れ、歌詞ができたことを伝えた。
三人がイヤホンを付け、赤羽根が再生ボタンを押す。
流れ出した曲は、散々聞いた曲。
歌詞がなくてもテンポ感だけでも掴むべく散々聞いたそれを、明るい希望を見せる歌詞が彩った。
「いい歌…!凄いね!こんな歌、ステージで歌えるんだね!」
「この感じの歌詞なら、もうちょっとダンスは弾ける感じにアレンジした方がいいかも!」
「うん…たしかにいい歌詞。こんなに遅れてダメダメでも困るけど、これならライブ、成功させられそう!」
三人はそれぞれの反応を示したが、そこに否定的な反応はなかった。
それだけいい物になっていた。元々、音源はいい物であったが、歌詞がそれを輝かせていた。
まるで今の自分達にピッタリな、そんな歌詞だった。
「よし!あと一週間!完璧に仕上げるだけだ!頑張ろう!」
赤羽根の宣言を受けて、少女達は動き出した。
「それで、この曲、なんて曲なんですか?」
「え?あー…まだ決まってないみたい。」
「は?」
かっこよく宣言した赤羽根は、その余韻に浸れることなく、再び静香に激怒されることになるのであった。
それから。
彼女達三人は、より一層レッスンに励んだ。
特に歌詞が無かったぶん歌唱の仕上げが遅れたことについては冷や汗ものだったが、最終的には先輩達にレッスンを頼み込むことさえして乗り切った。
音程やリズムなどはそれで合格点レベルまで上達し、乗せる想いは歌詞がまるで彼女達に向けて作られた様なものであるために十二分と言えた。
体調管理も万全。誰一人として欠けることなく、ライブ会場の控え室で準備を進めている。
彼女達の出番は後半。前半はいつも通りのライブをし、後半にサプライズとして自分達がステージに立つ。
ライブは既に開始しようとしており、静香達も準備万端で、衣装に身を包んで後はステージに立つだけだ。
しかし、彼女達の表情は優れない。
何故なら。
「結局、この曲のタイトルってなんなんですか〜?もうライブ始まりますよ〜?」
曲のタイトルが、未だ送られてきていないからであった。
曲のタイトルと言っても、曲自体はできていて、モニターに出すことも無く、ただ静香達がタイトルコールとして発表するだけのものではあるが、ないと困るのは確かである。
今来ればよし、本番までに来ないと詰み。そういうものであった。
「ホントに…!危機感のない作詞家!こんなんじゃ、作る歌詞がどんなに良くても仕事回ってこないわよ!リアルで会ったらぶっ飛ばしたいくらいだわ!」
「わー…。静香ちゃん激おこだねー。」
「怒りたくもなるでしょ!本来、私達が練習を始めた時点で全て完成しているくらいが普通なの!それが当日できてないって…!」
「お疲れ様でーす…っと、お怒りだな、静香。そんな静香に朗報と言えば朗報があるよ。…曲名、決まったって。」
「ようやくですか!?それで曲名は!?」
「そう焦るなって。作詞家の人が、これまでの謝罪も込めて、会場の近くまで来てるらしいんだ。行って、本人から直接聞いてきなよ。静香達にも、言いたいことがあるみたいだし。」
関係者入口の前で待ってるらしいよと、赤羽根は告げるだけ告げて控え室から出ていった。
「どうする?静香ちゃん。ぶっ飛ばすチャンス手に入ったけど?」
「…謝りたいなら、謝らせてくらいはあげるわ。二人とも、最終確認はもういらないわね?歌詞も、ダンスも、頭に入ってるわね?多分もう確認してる時間はないから、聞いておくけど。」
「うん!」
「勿論!」
「じゃあ、行きましょ。曲名、いいものだといいけど。」
歓声が振動となって、ここまで伝わってくる。
随分とステージまで離れた通路であるのに関わらず、その熱狂ぶりは感じられた。
進む中、三人が口を開くことはなかった。
前回の収録では、全員がアウェーであった。
だが、今回はある意味では、自分達だけがアウェー。
今更となってその現実は彼女達に襲いかかっていた。
緊張しないはずがないだろう、ましてや、彼女達を励ます存在は、今はいないのだから。
数分歩けば、関係者入口はすぐそこまで見えてきて。
静香はその扉を、押し開いた。
「よっ。」
「大河…!?」
北条大河が、そこには立っていた。
「なんでここに…?じゃなくて、赤羽根さんに作詞家の人が見えたって…。」
「だから来たじゃねえか。作詞家が。」
全てに、合点がいった。
作詞が遅いのも、歌詞がまるで自分達のことを示しているようなのも、音源を用意したアイドル達があんなにも豪華だったのも、赤羽根が催促に対して曖昧な返事を行っていたことも、全て。
「大河が…作ったんだ、この歌。」
「感想はどうよ。色々試行錯誤したから、気に入ってもらえると嬉しいわ。」
「すっごいいい曲だと思う!私、初めて聞いた時泣いちゃったもん!」
「私も、結構好きな歌かも。今聞くと、尚更。」
「…静香は?ノーコメントは寂しいぜ。」
「…納期に間に合わないなんてありえないし、遅れる謝罪も送ってこないのも論外。あまつさえ、ライブ当日にようやく曲名が届くなんて、プロの世界としてありえない。」
「辛口だなぁ。勘弁してくれよ。作詞なんて初めてで、どう手をつけたらいいかなんて分からなかったんだから。」
「じゃあ、どうして大河がやったのよ。それこそ、プロに頼めば良かったじゃない。」
「…想いを伝えたかったから、かな。俺、あんまりこういうこと真正面から言うの得意じゃないんだ。照れ屋で、クール気取りだから、歌詞に乗せるくらいしか伝え方が分からなかったんだよ。」
「…。」
大河は、後ろを向いて、空に大きく映し出される月を眺める。
「曲名、決めたんだ。この曲の名前。『君との明日を願うから』。…俺は、お前たちに途中で折れて欲しくない。途中で諦めて欲しくない。途中で挫折して欲しくないんだ。お前達の、明日を…。アイドルとして、輝き続けるお前らが、明日も明後日も輝いて、その光が消えないまま、走り続けて欲しい…!そんな、願いを込めた曲だ…!」
「…うん。いい曲名だと思う。好きだよ、私。大河の作った歌。」
「俺は、今日の俺は、その扉を抜けられない。お前らの横に立ってやることはできない。俺は、関係者じゃないから。でも、ファンとして、ストロベリーポップムーンのファン1号として、お前らのライブ見届けるから、しょうもないパフォーマンスしたら、ぶっ飛ばすからな。覚悟しとけよ。」
最後までこちらを向くことなく、大河は歩いていった。
こちらを向かなかった理由など、聞く方が野暮だろう。
「未来、翼。私、正直言ってちょっと緊張してた。」
「うん。私も。」
「…えー!二人もそうなら言ってよー!私だけかと思って怖かったんだからー!」
未来のその叫びに、私も翼も口元を綻ばせる。
さっきまでそんな余裕なかったのに、心に随分ゆとりができた。
「会場に私達のことを見に来た人なんて居なくて、私達が出ていったらお客さん達に非難されるんじゃないかって、少し怖かった。」
「静香ちゃん。それ、今でもそうなの?」
「違うでしょ?だって…。」
「うん。最低でも一人は、私達のこと待ってるファンが、客席にいる。それ以上必要なこと、ない!」
三人は円を描くように並び、手を重ねる。
「ほら、未来。センターはあなたなんだから、掛け声お願い。」
「あ、そうだった!それじゃあ、ストロベリーポップムーン、始動と致しまして〜〜〜行くぞ!」
「「おー!!」」
そして、幕が上がる。
会場は熱気に包まれていた。
765プロが定期的にライブを行うことは通常運転だが、俗にいう初期メンバーが参加することは少なかった。
その忙しさ故それは当然であったが、今回のライブでは大規模ということもあり、雪歩、伊織、真、響、あずさ、真美の6名が参戦しており、それだけで多くのファンが押し寄せていた。
それに加えてミリオンスターズからもジュリアや歩、歌織など、頭角を現し始めているメンバーも参加しているともなれば、これだけの熱気があるのにも納得できるだろう。
これはある意味、大きな試練である。
これだけの熱気の中、突然知らないアイドルが、知らない曲を、知らない踊りで魅せる。
少なくとも、一瞬空気が衝撃で凍ることは間違いない。問題は、その凍った空気が砕けて弾けるか、そのままキープされるか。
その二択によって、彼女達の運命は大きく左右される。
赤、青、黄、それぞれのイメージカラーに身を包んだ彼女らが、舞台仕掛けによってステージに現れる。
どよめく会場。少なくとも先までの熱狂していた反応とは違うそれを受けても、三人は揺らがない。
一身に前を見据え、マイクを持って、そして歌った。
『それぞれの瞳が願うのは いつだって同じ夢』
最初のフレーズを歌って、観客は吠えた。
知らないアイドル、知らない姿、知らない曲、知らない踊り―――それくらいの事、楽しんでしまえるのが、ファン達の純粋なところで、輝かしい姿だった。
喜ぶ観客の姿を見て、嬉しそうな未来。
当然のこととでも言わんばかりの静香。
胸の内の充足感を抱きしめている翼。
三者三様の姿が、またファン達を沸かした。
彼らの多くは、彼女達のぶつかりを知らない。
彼らの多くは、彼女達の結束を知らない。
彼らの多くは、彼女達が歩んできたドラマの中身なんて、知ったことではない。
でも、涙する。
その歌詞に、そのメロディに、魂を乗せるアイドルの姿に、その想いに、涙する。
北条大河という人間は、今まで『客観的なアイドルの視点』と『主観的なプロデューサーの視点』しか知らなかった。
今日、初めて実感した。
人に認められる、喜びというものを。
未来達が可愛いからというだけが、彼ら達の熱狂の理由か?…否。
765プロのライブだから、選ばれた曲はそれだけの付加価値を持ち、賞賛されるのか?…否。
そうでなくても、そう思えた。
北条大河の想いが、綴った歌が、彼らの歓声を支える理由になると。
彼女達のパフォーマンスを、支える理由になると。
不安だった。初めてやる作詞が、本当に三人のためになっているのか。
むしろこの努力は、誤った方向に向いていて、認められない努力ではないのかと。
(ああ…なんだよ、一緒じゃねぇか…。)
初めてなのは、彼女達も一緒だった。
間違っているかもしれないのは、彼女達も一緒だった。
じゃあ…怖いのは、不安なのは、俺だけじゃないじゃないか。
でもその不安を大河はもう、振り払ってやる必要なんてなかった。
メロディが終わっても湧き続ける歓声を受ける彼女達に、もう不安かどうかなんて、聞く必要も無いだろう。
ステージを捌け、彼女達がそこに居なくなっても、歓声は止まなかった。
ある意味では事故とも言えるその爆音の中に、彼女達のことを紹介してくれという想いの中に。
そして、ひとひらの雪が舞い降って。
―――透明なアンドロイド達が、起動した。