「私達も…ですか?」
そして、二週間前。北沢志保、白石紬、真壁瑞希の三人は、静香達とは別のレッスン室に集められ、大河の代役としてプロデューサー業を請け負っている秋月律子から束になってる資料を渡されていた。
その表紙に書いてあるのは、765プロの大規模なライブが開催される旨。
だがしかし。
「私達、そもそも持ち曲というものがないんですけど…。」
志保達三人は、静香達のテレビ出演の裏で、雑誌撮影や新服のモデルなどを勤めていた。
あちらには劣るがこちらも大事な仕事。上手く回ればファンも仕事もついてくる。新人に任された仕事としては大役で、それも成功を収めたと言ってよい感触であった。
紬の緊張はカメラには映らないし、瑞希の幻想的な印象はむしろ静止した世界の方がよく映えた。
代わりに、と言ってはなんだが、彼女達には持ち曲というものも、振り付けも、なんならユニット名すらない。
「曲も、ユニット名も、コンセプトも、そこにあるわよ。その資料、ライブの資料は半分くらいしかないから。」
渡された資料を捲ると、その裏に別にホチキス止めされていた資料が目に付いた。
曲の歌詞、ダンスの振り付け、そして衣装の設定案まで、ありとあらゆる私達のユニットデビュー内容についてが事細かく書かれていた。
「また大河、ですか。」
「分かるの…?凄いわね、志保。」
「えぇ。いくらイメージが機械的だからといって、ユニット名に『スノーアンドロイド』なんて付ける人、大河しか居ませんから。」
「ま、ユニット名は新しいものを考えるとして、あんた達は実際、パフォーマンスを完成させれば、ライブへの出場は可能ってこと。大河君は楽曲の出来的に五分五分だと考えて言わなかったみたいだけど、曲は間に合った。どうする?やってみる?」
「やりたいです。静香達もやるんですよね。だったら、置いてかれるわけにはいきません。」
二人は?と聞こうとして振り向いて、聞く必要もなかったと思い直した。
二人の目は情熱に燃えていた。なんと言っても共にデビューした静香達は一気にステップアップをしかけ、その間にゆっくりと歩んでいたこちらは、ずっとフラストレーションが溜まりっぱなしで、大きな仕事を求めていた。
大河があちらにかかり切りだったこともそれに拍車をかけている。
「三人とも、意思は固いみたいね...。そしたら、トレーナーを連れてくるから、曲を先に聞いてていいわよ。」
と、律子はPCを置いて部屋を出ていった。
「聞いてみましょう、私達の曲...わくわく。」
「ええ。じゃあ押すわよ。」
流れ出した曲は、悲しげで、寂しげで、幻想的な曲だった。
想起されるのは氷の心。無機質な瞳。そして、熱い想い。
ダンスも機械的で、でもどこか、人らしくもある、そんな曲だった。
「...行けそうですね。私達はダンスが苦手ですけど、この曲のダンスは難易度だけで言えばそこまでです。ですが...。」
問題は、ただ踊ることではこの曲の真価を発揮することはできないことであろう。
感情を乗せる、それはきっと私達が最も苦手で、できていない部分。
「やるしかないでしょう。私達が弱い部分と言えど、それを通らずにこの業界で生きていくことなどできません。...いえ、そもそも私は踊れるかどうかからなのですが。」
「白石さんが苦手なのは連続した動きの対応だから、多分大丈夫かと。この曲はゆっくりで転換に速度は要求されてないですから。」
「とにかく、踊ってみましょう。やってみることから始めるのが、大事だと思いますから。」
トレーナーの到着を待ち、一つずつの歌を、動きを確かめながら通していく。
こちらには、ダンスの天才はいない。
こちらには、歌の秀才もいない。
こちらには、元気溢れるセンターもいない。
一つずつ、一歩ずつ、ゆっくり進んでいくしかない。
才能がないことを悔やんでも、才能が降ってくるわけでも、神が奇跡を起こしに来る訳でもない。
なら、前に進むしかないだろう。一歩でも、一センチでも。
「うん。初日にしては及第点ね。ダンスもある程度覚えれているし、歌詞やリズムも合ってきてる。」
息切れをしながら膝に手をつく三人を、律子はそう評した。
それは確かな事実で、一日のレッスンでここまでしっかりと覚えられる彼女達は、新人と言い張るには少し難しいほどであった。
しかし、三人の表情に喜びといった感情は見られなかった。
(全然駄目...。まるで感情が乗ってない...!)
三人は言葉を交わしていないが、きっと他の二人も同じことを考えていると悟っていた。
北沢志保は、クールな女の子だ。
白石紬は、緊張しいな女の子だ。
真壁瑞希は、機械的な女の子だ。
彼女達は、表現を前に出すということにおいて、最も向いていない。
果たしてそれは長所か短所か、あるいは長所にしてしまえばとも彼女達は理解しているが、この曲に対しては完全に短所だ。
これは、どう見ても恋の歌。その歌に想いが載っていないなど、誰が認めてくれようか。
帰り支度をそれぞれが進める中、口を開いたのは瑞希だった。
「皆さん...今日の曲を歌って、どう思いましたでしょうか?」
その問いに、返事をすることは出来なかった。
自分がダメなのは分かりきっていて、そして他の二人もダメなのも分かっていたから。
それを口に出すことは、今日という一日を否定することになるから。
「私は...ダメダメだと思いました。私も、お二人も。」
しかし、瑞希はそれを簡単に言ってのけた。
遠慮もせず、気遣いもせず、堂々と、はっきりと。
「この歌は恋の歌で、その感情は全く乗ってなくて、味がしないガムみたいな、そんな歌だったと思います。」
「それは…正直私も感じました。でも、私は恋をしたことなんてなくて...。」
「では北沢さん。北沢さんは、恋をしたことはありますか?」
「あります...でも、今になってみれば、本当に、心の底から好きだったのかは分かりません。ただ助けてくれた人を必要だと感じて、恋愛漫画の主人公を気取っていただけかもしれないです。」
「じゃあ、今から映画を見に行きましょう。最近公開されたこの映画。見たいと思っていたのです。」
そう言って瑞希がカバンから取り出したのは、映画のパンフレットであった。
「映画...ですか?今から?それに、今の話と何の関係が?」
「恋愛映画ですから、これを見れば恋の歌のことも、少しは分かるかもしれません。お暇であれば、是非三人で。」
断ることもできたが、断らないこともできた。
その誘いに乗ったのは、きっと暇だったから、そんな軽い気持ちではあっただろう。
実際問題、その映画を見て何か感じたかと言えばそんなことは無いし、何か変わったかと言えばそんなことも無い。
「まあ、そうでしょうね。」
映画館から出て、近場のカフェに入ってそれぞれが注文を終えた後、そう問いただした志保に、瑞希はあっけらかんとそう答えた。
「そんなあっさりと...。恋愛映画を見て勉強するんじゃなかったんですか?」
「勿論、そう言う一面もありますけども。でも一番の目的は、仲を深めることですから。」
「仲を...?」
「私達と、静香さん達。何が違うのか考えてみました。技術も才能も想いも、きっと何もかも違いますけど、でもそれは変えられないもので、変えられるもので違うところを探しました。」
「それが...『仲を深めていること』ということですか?」
「ええ。彼女達は年齢も近しいですし、皆さん活発で、仲が良いと感じています。対して私達はきっと、仲を深められていません。」
「そんな...!私は北沢さんのことも真壁さんのことも本心から尊敬しています!」
「ええ。それは伝わってきてますし、嬉しいことです。でも、尊敬してることと、仲良きことはきっと違います。互いに遠慮なく。簡単に言ってもこれほど難しいことはありません。相手に否定されることはないと信頼しきれること。私達はそれだけの関係性になれているでしょうか?」
その言葉に、私も白石さんも肯定できなかった。
現にさっきも、互いの欠点を分かっていながら主張できなかった。
「誰かに強くはっきり言うことは、怖いことでしょう。嫌われてるかもしれない。疎まれているかもしれない。そう感じる心を、相手は持っているかもしれない。ですから、約束しましょう。私達は、ずっと友達だと。何があっても、私達の絆は途切れないものと。」
彼女は、小指を差し出した。
私も、白石さんも、アイコンタクトを送りあって、おずおずと小指を差し出した。
三人の小指が絡まり、それが切られた。
奇しくも、先程見た恋愛映画のエンディングと同じ構図であった。
「昨日あの後何があったのよ、逆に…。」
翌日のレッスン、彼女達の雰囲気は既に昨日とは全く異なったものとなっていた。
「北沢さん。サビ前、少し遅いように見受けられます。」
「了解…。修正します。」
「真壁さん…。多分、最初の歌い出し、音程が半音ズレてます。」
「なるほど、気付きませんでした。ありがとうございます。」
そこにはまだ遠慮が見られるものの、周囲に目を向けてさえいなかった昨日のレッスン模様とは打って変わって、そこでは指摘し、切磋琢磨する少女達の姿があった。
確かに横に翼達がいる以上、その選択肢を取ることは理想であるように思えるが、あれは彼女達の才能があってこそできること。
他人のミスの指摘は、自分がある程度パフォーマンスを完成させているかつ、そのダンスや歌について正確な理解をしていることが前提である。
それは、志保達にはできないことだ。
しかし勿論彼女達はそれを理解したうえで方針を取っていた。
「今のところ、志保さんと紬さんでズレがありました。どちらが正解でしたか?」
「え?あー、紬ちゃんの方ね。志保ちゃんはテンポが半分ズレていたわ。…よく気付いたわね。私も言うほどじゃないかと思ってスルーしたのに。」
彼女達は、できないことをできないと言える子供達であった。
ダンストレーナーやボーカルトレーナーに合間合間の時間で疑問をぶつけ、共有する。
そして彼女達には、翼達にはない才能があった。
「うーん…。この部分、どうしても遅れちゃうわね。」
「それなんですけど、トレーナーさん、お話があって…。その部分、簡略化できませんか?」
「簡略化?」
「はい。できていない部分を延々とできないままいるより、できるようにして次へ進んだ方が、ステップアップは早いと思うんです。」
「ちょ、ちょっと待ってください北沢さん!そこの部分は、私ができていないだけで、二人はできているじゃないですか!また足を引っ張るのは嫌です、だから、そのまま…!」
「違います、白石さん。ここの簡略化は、次のダンスへのつなぎとして、一番効果的な部分だから簡略化しているだけです。白石さんができないというのも一つの理由ではありますけど、私達には時間が無い。一日二日の猛特訓でなんとかしてしまえる才能もない。だから、できることをしていくしかないんですね。可能な限りファンの人に思いを伝えるしかないんです。簡略化した状態で全てが完全にできるようになってから、元に戻すという手もあります。できないとできるは明確化して、私達の出せる最高値を、有る時間で出す。それがプロです。」
「はい…。」
「レッスンの後、私達も練習に付き合いますから。そんな悲しげな顔をしないでください。」
自分の弱さを受け入れる覚悟と、他人の弱さを受け止める覚悟。
彼女達には、それがあった。
最年少ながら先輩として厳しい現実を淡々と潰していく志保。
その現実に押し潰されそうになってもファンのことを考える紬。
その二人を優しさで包む最年長の瑞希。
いいユニットだと、律子は思った。
白石紬。彼女は翼を除けば新人の中で一番の才能の持ち主である。
彼女の透き通るような肌と、流れるような白髪。メイクもなしでここまで
運動神経や性格に難があるが、このユニットでは対処も、成長させることも、どちらとも容易であろう。
(あるいは、ここまで考えて大河君は…。)
きっと彼は、白石紬を育てあげることができる。
きっと彼は、白石紬を間に合わせる事ができる。
それを、委ねた。志保と瑞希に。
少しファンタジックな考えのように律子には思えたが、実際それで彼女達は、育てられるだけ育て、間に合わせられるだけ間に合わせるという、第三の選択肢を選びとって見せた。
それができるであろうと予感させるくらいには、秋月律子は北条大河をかっていた。
「ったく、可愛げがないわね。子供なんだから一丁前に壁にくらいぶつかりなさいよ。」
いや、ぶつかるのも時間の問題か。
理知的であるだけではどうしようもない壁が、もう彼女達には迫っていた。
「私達、不完全だと思うんです…。トレーナーさんは何が問題だと思いますか!?」
「えっと…。」
それから一週間。彼女達の努力は着実に実を結び続け、一歩一歩進んでいった。
しかし、ライブまで後5日まで迫ったところで、彼女達の成長はピタッと止まった。
それを伸び悩んだと悟った彼女達は、上達のための手掛かりを探すも、未だ見つかっていない。
トレーナー達も言い淀んではいるが、思い当たる節はあるのだろう。しかしそれを伝えることは少し憚られる。それは、伝えることが彼女達のプラスにならない事だから。
「はーいストップ。三人とも、一旦休憩。休憩が終わり次第ミーティングよ。あなた達の疑問の答え、教えてあげる。」
律子の言葉に表情を変える三人。しかし逸ることなく、一度給水をして汗をタオルで拭いた。
そして息を整えて、三人は律子の前に並んだ。
「それで…私達の疑問の答えと言うのは、私達の不完全さへの対処、ということですか?」
「いえ。対処の話ではなくて、理由の話よ。あなた達の伸び悩みと不完全に見える理由。伸び悩みの方は心配する必要はないわ。あなた達の技術が完成のラインに差し掛かったから。おめでとう、あなた達は100点のパフォーマンスを手に入れたわ。このままライブに出場しても大丈夫。」
「そんな、そんな筈がないです…!現に私達のパフォーマンスには、明らかに何かが欠如しています!100点満点なんて、そんな…!」
「誰が満点なんて言ったのよ。あんた達のパフォーマンスは100点であって、満点じゃない。それがあなた達に足りないもので、どうしようもない部分。…先に話しておくわ。あなた達が今週のライブに100点を大きく超えるパフォーマンスができることは、ほぼないわ。」
「「「………。」」」
生まれる沈黙。
それを律子は無視して、話を続ける。
「あなた達は上達した。初心者にしては、多分類を見ないくらいに。だからこそ、壁にぶつかったのよ。誇りなさい。そういう意味では、あなた達は初心者がぶつかりようのない壁にぶつかるまで成長した。」
「違います…!私達が聞きたいのはそんな子供騙しの言葉ではなくて、壁の意味と、乗り越え方です…!」
「表現力の壁。あなた達がぶつかったのは、一言で言えばそれよ。」
表現力。
同じ歌詞でも、同じ踊りでも、込める想いによってその受け取らせ方は様々。
あるいは。強く激しい、メロディさえ崩壊させかねない荒々しい歌は、激情を。
あるいは。弱く儚い、流れるように折れてしまいそうな踊りは、切なさを。
彼女達では、それに手は届かない。
「対策なんて言えるほど殊勝なものでもない。誰でも乗り越えられる、単純な壁。沢山演じて、沢山踊って、沢山歌う。それが解決策。表現力は、経験がものをいう世界。たとえあなた達が天賦の才を持っていたとしても、5日じゃ間に合わないわ。」
あるいは用意された曲がもう少し単純明快なものなら、彼女達は何とかして見せたかもしれない。
しかし、これは恋の歌。
感情の機微を表出することは、彼女達にはまだ無理だ。
「…どうにかすることは、できないのでしょうか。」
「どうにかすることは出来ないし、する必要はない。デビューしたての子が気にする内容じゃないから。そのままでいい。あんた達はそのまま出れば、それで十分成功と言えるわ。」
パフォーマンスだけで言えば、反対のレッスン室で練習している翼達と遜色ないものであろう。
曲目自体のダンスの派手さに違いがある分、あちらの方に見栄えは軍牌が上がるが、それでも単純な技術だけでは負けていない。
秀才が天才達に太刀打ちしている事実として、それだけでも十分すぎるぐらいだ。
「…分かりました。このまま細部を詰めます。」
納得していない様子ながらも、志保達はダンスのレッスンに戻る。
理性的な子供だ。
不可能と言われても限界を越えようともがくこと、それは美徳に見えてプロとしては失格に値する行為だ。
でも、それを簡単に受け入れられないから、子供なのだ。
無茶を通そうともがくから、子供なのだ。
それを諦めてしまえることは、あるいは大人にもできない、大事なこと。
凄い、子供達だ。だからこそ、申し訳ないことをしてしまった。
このままでは、
翼達のパフォーマンスに、喰われる。
(次のライブまで持ち越してデビューするなら、志保達で話題は持ち切りだった。でも、今回は翼達と真っ向勝負させてしまう形になる。)
そして、彼女達に勝ち目は無い。
相違点はある。落ち着いた雰囲気の曲であるとか、統一感があるユニットであるとか。
でも、話題性でいうならどう見てもあちらの勝ちだ。
全員に違う個性があって、違う方向性があって、違う向きを向いている三人が、一緒に暴れる。
合計のステータスは同じ程度でも、特化された何かは、民衆の話題の種になる。
デビューにおいて、話題性をかっさらうことは、そのままファンの獲得に繋がる。
同じ事務所と言えど、その層の取り合いになることは必須、そして、それに負けることも。
北条大河なら、どうするだろうか。
…違うだろ。
「今は、私がプロデューサー。あの子達を引っ張るのは、私!」
秋月律子は、再びPCに向き直り、動画の再生へと戻った。
「あ、あー律子っちマジで分かってねー。マジでウザくね?」
「それ、何の真似?紬。」
レッスンの帰り道。帰り道は違えど近くの喫茶店に集まるようになった三人は、今日も今日とて最早指定席になった角の席に座り、お茶していた。
「え、えっと、最近の若者はこういった会話をすると聞いたのですが…!」
「どんなサイト参考にしてるのよ…。後、やっぱり敬語は外れないの?私だけ外してると先輩にタメ口聞いてるろくでなしだと思われる気がするんだけど。」
「まあまあ志保さん。敬語は距離感を置くためだけのものでは無いですから。最近では夫婦間で敬語というのも少なくない話だと聞きますし。」
「…じゃあ私も敬語で―――」
「「それは駄目です。」」
「なんで…?」
「それは北沢さんが私達より先輩だからです。年齢の話ではなくて、アイドルとしての経歴のーーー」
「はい名字。紬、これで今日17回目。敬語は許容してるけど、こっちは許容してないから。」
「あっ…うぅ…。」
三人は誓いを立てた。
仲良くなろう、と言って仲良くなれるくらいの社交性があるなら、既に彼女達は親友になっている。だから、いくつかの約束事を作った。
ずっと絆は途切れないこと。途切れるとすれば、その前に理由を告げること。
そして敬語を付けないこと。これは提案した志保しか守っていない、形骸化したルールになってしまったが。
そして三人は名前で呼び合うこと。敬語ルールに関して「さん」を付けることは問わないが、苗字はきちんと言及する。
そして、言いたいことはきちんと言うこと。
それが紬の今日の言いたいことであったのだろう。おかしな話し方で話題が逸れたが、結局はそれは瑞希と志保にとっても話題に出すべきことだと思っていたことだった。
「本当に何もしなくていいんでしょうか…。トントン拍子に事が運んで、浮き足立っているとは自分でも思いますが、このままのパフォーマンスでファンの方々皆さんに認めてもらえるとは到底思えません。まか…瑞希さんは、そうは思いませんか?」
「納得出来ていないのは事実です。ですが、同時に解決策も思いついていないことも事実です。無理をすれば、パフォーマンスそのものが崩れかねません。」
「なら、このままでいいとおっしゃるのですか!?」
「いいえ。無策で無理をするのはやめて、三人で策を練ろうという意味です。そして現時点で思いついていないことから、私達だけでは難しいと考えます。…ですから、作詞の方に聞きに行きませんか?」
「作詞の人…?」
「私達はこの歌のことを、殆ど何も知りません。歌を知ること。それが私達にとって一番大切な事だと考えました。そして、誰がそれにいちばん詳しいかも。」
「なるほど。それが作詞の人というのは分かったけど、その人の連絡先とかは分かってるの?瑞希。」
「ええ。お二人が良ければ連絡しておきます。お話を聞いていただけるかは分かりませんが、私達は、できることをしましょう。できないことに挑むことは、きっと勇ましく、達すれば世界から賞賛を受けることなのでしょうが、私達は、私達ができることの中で、可能な限りの時間で、最大限の成果を。」
できることをする。できることはやる。
これも、三人で立てた誓いの一つ。
練習がオフになった翌々日。既にライブは後3日にまで控えた日に、三人は集まって作詞家の自宅を訪れていた。
瑞希が連絡したところ、直接会って話したいとのことで、作詞のマネージャーの方からも許可が出た。
それで自宅へ呼ぶのも如何なものかとは思うが、作詞家の方は女性ということで、少し変わった人だなと思いつつも了承。
今は教えてもらった住所へと三人で歩いているところだが。
「あの、ちょっと待ってくれない?一回落ち着きたいんだけど。」
三人は、教えられた住所の前で固まっていた。
表札にかけられた苗字は『北条』。
そして志保は、ここに2回来たことがある。
アイドルになった日、アイドルと喧嘩した日。
彼女にとって因縁の場所。
「ここ、大河の家なんだけど…。」
隣の二人が、眉をひそめているのが、視線を向けずとも分かった。
「どういう、ことですか?プロデューサーが作詞していたと?」
「いえ、ですが担当の方は女性だと仰っていましたし…。」
などと、三人で門の前で騒いでいたのが悪かったか、鍵が開く音がし、扉が開かれた。
「あらあらどうぞいらっしゃい!大河のところの子でしょ?どうぞ上がって!聞きたいこといっぱいあるんだから!」
「あ、あの。失礼ですがお名前を伺っても…。」
「私?北条
三人は、今度こそ絶句するしかなかった。
「ごめんなさいね、あんまり時間取れなくて急に呼びつけちゃって。」
「い、いえ。無理を言ったのは私達なので…。」
中に入ると、テーブルに人数分のお茶と、お菓子が置かれていた。
手土産を渡すと更に朗らかに笑顔になった彼女は、それを開けながらも志保達に座るよう促す。
彼女も席に着いて、志保達の持ってきていた手土産を一口食べ、こちらに向き直した。
「ええと、志保ちゃんと、瑞希ちゃんと、紬ちゃんね。あなた達が、私の曲歌ってくれるんですって?」
「はい。ですが、正直表現の部分で詰まっていまして、それをお聞きしたいと思ってご連絡させて頂きました。奏多さんが、この曲に込めた想い、それを聞きに。」
「最近の子は真面目なのねぇ。…じゃあ紬ちゃんに聞くわね。この歌、どんな歌だと思う?」
「えっ、えっと…。」
「ゆっくりでいいわ。あなたの心のままに聞かせて。」
「私、私は、恋の歌だと思いました。切なくて、寂しくて、悲しい、恋の歌。」
「…そうね。いい解釈だと思うわ。じゃあ瑞希ちゃん。あなたもこの歌、寂しさや切なさを感じた?感じたとしたら、どんな部分から?」
「…この歌詞には、誰かを想う気持ちを伝えようともがく誰かを、私は感じました。でも、上手く伝えることができない。儚かった想いが、無限に続くまでになったのに、それが届かない。私はそれを、切なさと感じました。」
「なるほど。面白いわね。それじゃあ志保ちゃん。あなたはこの曲を唄う主人公って、どんな子だと思う?」
「主人公…ですか?」
「ええ。私の作る歌には、必ずと言っていいほど物語があって、主人公がいる。こんな歌を唄う誰かは、どんな子だと思う?」
「私は…。」
「ゆっくりでいいの。すぐに答えを出そうとしなくて。だから、あなたの思う正解を、言葉にして、私に伝えて欲しい。」
志保は、目を瞑る。
初めて聞いた時のこと。歌っている自分達の姿。
少女は馳せる。思いを馳せる。
「奏多さん。分かりました。」
「どんな人間だった?その子。」
「主人公は、アンドロイド。心を持つことを禁じられ、命令がままに行動するアンドロイド。…でも、出会った。心を揺さぶる存在に出会って、恋に、落ちました。感情を持つことは許されず、リセットされかけて。その子は、反抗した。恋の感情を、忘れたくなかったから。」
「結末は、どうなったと思う?その子は、幸せになれた?その物語はハッピーエンドになった?」
「ハッピーエンドにはならなかったと思います。きっとアンドロイドは記憶を消されて、誰かとの思い出を失ってしまう。でも、その子は幸せだった。一度だけでも、知ることのなかった幸福を、味わうことができたから。初めての恋を、過ごすことができたから。」
「うん。なるほどね。いいストーリーだわ。どう?今なら、できること、増えたように思えない?」
「…はい。何か、掴めた気もします。でも、この解釈は本当に正解なんですか?この曲の物語は、これで正しいんですか?」
「不正解なんてないわ。人の数だけ正解があるの。それを決めるのは、それを魅せる人達と、それを見る人達。あなた達がどう魅せるかは、あなた達の自由。そうだ、それなら一つ私の我儘を言っていいかしら。ユニット名、決めた?」
「いえ…まだ候補を絞ってる途中です。」
「じゃあこれ。入れておいてくれると嬉しいわ。」
そういって奏多は、一枚の紙切れに何かを書いて此方に見せてきた。
『EScape』
そう、綴られていた。
「Escapeっていうのは、逃げる、っていう意味。リセットされまいと逃げるアンドロイド達を表してるの。それで、EとSが大文字なのは、ESと、Capeで別れているから。ESっていうのはエス、イドとも言うけれど、心理学用語で、心を突き動かすエネルギーを指す。簡単に言えば、本能的な欲求のこと。Capeはそのままケープ。体を覆って暖かみを感じる、防寒具。本能的な欲望を包む、それって、心のことだと思わない?だから、EScape。」
「「「…。」」」
「難しかったかしらね。例えば曲名のMelty fantasia。Meltyは溶けるって意味のMeltの形容詞系、fantasiaは幻想曲。溶ける幻想曲。アンドロイドの恋が幻想だというのなら、それが溶けることって、いい事なのかしら、それとも悪いことなのかしら。恋心が消える、悲しいことなのかしら。凍った心が溶けていく、優しいことなのかしら。…考えることは楽しいことよ。思考を巡らせ続けなさい。限界のその先に進むために、必要なのは無理な努力だけじゃない。飛び越えられないハードルなら、下げてしまえばいいだけだわ。あなた達は、きっと賢い子達。考え続けなさい、あなた達にとっての正解を。魂を燃やし尽くすのは、ステージ上だけで充分よ。」
彼女がそう告げて、壁に掛けられた時計が鳴る。
5時ちょうど。
あるいは彼女の予定の中には、ここまで計算づくだったのかとさえ、疑いたくなる完璧さであった。
最後まで礼儀正しい少女達を見送って、奏多は玄関で笑っていた。
恋の歌。恋愛の歌。
彼女達は、そう言った。
だが奏多は、そう思って曲を作った部分など、一つもない。
途中までの志保の解釈は、奏多と同じであった。アンドロイド達が心に触れ、それを奪われまいと逃げる物語。
しかし、奏多の正解の中では、彼女達は恋には落ちなかった。
Melty fantasia。この曲は、心に出会ったアンドロイド達が、理想郷から逃げ出す逃避行の物語。
変化のない生きやすい世界か、新しい世界を知るための辛く厳しい船出か、少女は選択を迫られる。
それでも少女は船出を選ぶ。知らない世界へと漕ぎ出す。頂の景色を見る為に。
彼女の、自慢の娘のように。
(それはきっと、恋も同じ。誰かの知らない部分を知るって、恐ろしいことで、楽しいことだから。)
教えられたのは、こちらも同じだ。
あそこまで深々とお辞儀をされたのは、少し貰いすぎだったかもしれない。
思えば、初めから答えは出ていて。
それに気付けなかった私達が、ただ間抜けなだけだったのかもしれない。
私達には所詮できることしかできなくて、見せれる景色もちっぽけで、だから、ちっぽけの綺麗な景色を見せるだけ。
答えは得た。
覚悟も決まった。
さあ、起動せよ、アンドロイド達。
世界が、君達を、知る時が来た。
冷めやらぬ熱狂の中、一粒の雪が宙から落ちた。
しんしんと、しんしんと、少しずつ降り積もる雪に、観客達は口を閉ざす。
暗いステージに一つ指すスポットライトが、降りゆく雪を照らす。
青い光を纏う少女達が、起動した。
悲しいメロディが流れ出す。
切ない物語の、表表紙が開かれた。
アンドロイドは唄う。
アンドロイドは踊る。
それは、どうみたって先程の3人より下手くそだった。ぎこちない踊りも、どこか出切っていない声も、比べ物にならない。素人目でも分かるそれを、しかし誰一人として目を逸らすことなどできなかった。
誰かを想うその声は、きっと初めて知った感情で、だからこそ、どう伝えていいのか分からない。
まるで、初めて恋をした時のような、そんな初々しさが、そこにあった。
戸惑い、疑念、困惑。
それを乗り越え、アンドロイドは歌う。
切ない曲だ。
悲しい曲だ。
熱狂に包まれた客席は、凍りついたように静寂に包まれる。
それでも、そこには涙があった。
(伝えるのが下手くそで構わない。伝えたことのない想いは、ぐちゃぐちゃで、理想的とは程遠いけど、どんな下手くそでも、伝えられる想いは、暖かいから。)
静香達は、世界を震えさせた。
志保達には、それはできない。
だから私達は、皆の心を揺さぶった。
できることなんてちっぽけで、見ている世界も矮小で、だからこそ、彼らの心の狭間に問いかけた。
「私達は、想いを伝えるよ。…あなた達は?」、と。
曲が終わる。
世界が終わる。
物語は、終わりを迎える。
彼女達の第一章の幕は降り、裏表紙が閉じられ、会場には、静かな拍手が鳴り続けた。