To the next start
「会っていかないの?アイドル達に。」
会場から出ていく人の波に乗って歩く俺を呼び止めたのは、聞き覚えのある声だった。
「生憎今の俺は謹慎中なんでね。つかお前、こんなところで何してんだ、凛。」
「うーん。敵情視察かな。」
振り向けば、黒髪をなびかせる、渋谷凛が立っていた。
彼女ときちんと面するのは、随分と久しぶりのことに思える。勿論、ストーキングされていたのは最近のことだが、会話をしようと両者が思っているのは、だいぶ前のことだろう。
「こんなところで話しかけやがって。お前の正体がバレたらボコられるのは俺なんだからな。」
「じゃあバラしてみよっか?」
「大痛手を喰らうのはむしろお前だぞ。」
「休止中のアイドル、熱愛報道って?」
その一言に、俺は少し返事に詰まる。
こいつがわざわざこんなところで呼び止めたなら、それ相応の理由があるのは分かっていたはずだろうが。
「大河には、ちゃんとお礼しておこうと思って。加蓮の件で、大河には怒られてばかりで、お礼する機会を失ってばかりだったから。ありがとう。私達の居場所を守ってくれて、ありがとう。」
「…俺は、別にお前の居場所の為に戦ったわけじゃない。加蓮の為に、戦ったんだ。姉貴の居場所の為に、戦った。お前らはオマケだよ。お前らだけなら、きっと俺は何もしなかった。薄情者だからな。」
「嘘。そんなこと言って、卯月も助けてくれた。やっぱり大河、プロデューサーに向いてるよ。天職かもね。」
「先週には向いてないってバッサリ否定されたけど?」
「大河は多分、理想のプロデューサーなの。皆の理想のプロデューサー。助けてって言ったら助けてくれて、守ってって言ったら守ってくれて、甘くて優しい、お兄ちゃんみたいな人。」
「兄貴って。そんなガラじゃねえよ。」
「でも、それはあくまで理想論。きっと大河にもどうしようもないことはあるし、許容量がある。全てのアイドルは救えないし、私だけのプロデューサーにもなってくれない。だから、理想のプロデューサー。」
「…じゃあ、駄目じゃねえか。理想でもなんでもない。向いてるか否かで言えば向いてない。俺はプロデューサーの器じゃねえんだよ。」
「でも、そこがいいの。結果も、経過も、成果として残らなくても、自分の為に頑張ってくれる姿が格好いいの。それ見てるだけでなんだが頑張ろうって思えてくるから。夢は夢。理想は理想。それでも私は、その伸ばした手を、信じたいんだ。だから、ありがとう。その手を伸ばしてくれて、ありがとう。」
「…ったく、どいつもこいつも俺の知らない所で勝手に成長しやがって。クソが、置いてきやがって。」
「追いつこうとしてるんだよ。大河、背中で語るタイプだけど、私達は、隣で歩みたいから。」
凛は、俺の左側に立って、手を掴んだ。
俺はその手を振り払い、少し走って振り向いて応えた。
「嫌だった?私と手を繋ぐの。」
「まだ早えよ。そういうのは、せめて追いついてからにしろ。」
「うん、分かった。追いつくよ。大河にも、加蓮にも、奈緒にも。私が多分、一番後ろにいるから。」
そう言って笑う少女の笑顔は、久しぶりに見た笑顔だった。
こんなに、綺麗に笑うのだなと、口から苦笑が零れた。
少女達は足を踏み出した。
ある者は大きなジャンプで一足飛びに。
ある者は小さく歩幅を合わせて確実に。
ある者は、誰かの背中を追いかけて。
そしてある者は、スタートラインの線を踏み越えて。
タイミングは違えど、速度は違えど、夢は違えど、少女達は歩み出す。
はるか遠くの、ゴールを目指して。
―――君が描くその未来には、一体何が見える?
『
「ということで、俺!復帰おめでとう!はい拍手ー!」
静まり返る事務所で、無表情でこちらをみる瑞希だけが、拍手を返していた。
「おめでとうじゃ!ないでしょ!普通に考えて有り得ないから!デビュー前のユニット二つもほっぽり出して謹慎になるようなプロデューサー!」
「待て静香。その話は…翼が…。」
「静香ちゃん…?」
涙目で静香の方を見つめる翼。
まだ少女は、その責任を受け入れられていないのかもしれない。
「翼…。で、大河になんて吹き込まれたの。」
「え、名前を呼んだら静香ちゃんの名前を呼びながら涙目で俯けって。そしたらデザート奢ってくれるって。」
「志保。」
「ええ。」
復帰直後の俺を迎えたのは、志保と静香のダブルハイキックであった。
白と黒と翼の裏切り。
今日の俺の感想は、それで以上だった。
「でだ。今日集まってもらったのは他でもない。昨日のライブの話だ。…ストロベリーポップムーン、よく走りきった。EScape、よく魅せつけた。感想戦は後だ。まずは、仕事の話と行こう。」
俺はデスクにしまいこんだファイルを取り出し、中から数枚の資料を取り出す。
「昨日のライブを見て、いくつかのやり手がお前らに気付いた。ユニット単位の仕事もいくつか来ているが、まあこっちは受けないメリットはほぼない。特別なことをしろってわけじゃない。シンプルにパフォーマンスを見せる場であったり、インタビューを受ける場であったり、お前らがお前ららしくやってくれば問題があるようなものでもない。こっちは特に問題がなければお前らのスケジュールと示し合わせながら引き受けていくつもりだ。んで。」
俺は色別に仕分けられたファイルをデスクから取りだし、それぞれの前に置いていく。
「問題はこっち。お前ら全員に、今のユニット活動とは別の、新しい仕事がある。しかも面白いことに、一つ一つが割とデカめだ。こっちに関しては、受ける受けないは個々人で決めろ。負担はこれまでより増える。それは確実だ。それも加味して、自分がどのラインまで踏み込めるのか、自分の目指す目標の糧になるのか、それを考えて決めろ。」
俺は、白いクリアファイルから、一枚の紙を取り出す。
「まず紬。お前には演劇のオファーが来ている。そんなに出番が多い役じゃないが、キャラとしては重要なキャラだ。」
「え、演劇ですか!?」
俺は驚いている紬を無視して、その手に資料を握らせ、次に水色のファイルから紙を取り出す。
「次に瑞希。お前にはドラマのオファーだ。役は主要キャラとは言えないが、最初から最後まで出番のある、アンドロイド役。この仕事は一旦入れると撮影で他の仕事をすることは難しくなる。考えて選べよ。」
「ドラマ…ですか。」
瑞希に資料を渡し、次は赤いファイルから資料を取り出す。
「未来。お前には作曲家から直指名だ。お前にピッタリの曲があるから歌って欲しい、らしいぞ。曲の発表は作曲家次第だが、多分765のライブ内になると思う。」
未来は新曲、という部分に目を輝かせ、俺からファイルをひったくるようにして読み始める。
「翼。お前にはダンサーの仕事だ。最近人気の出てきたハーフのアイドルがバックダンサーをご所望だ。割と知名度は高いな。フリーにしてはなかなかに破格だけど、お前なら十分にやれるだろ。」
俺から黄色いファイルを受け取った翼は、ジュースを飲みながらそれを眺め始めた。
俺は最後に、青いファイルを二つ、静香と志保の前に並べた。
「そして最後に…静香と志保。お前らに同じ番組からオファーが来てる。番組名は、『歌唱王』。文字通り歌の上手さでチャンピオンとゲストが戦う番組だ。ゲスト側は公募もやってて、動画での審査とオーディション形式で決める、ガチのやつだ。一人欠員が出たらしく、そのオーディションに出ないかと、そういうオファーだ。ゲスト枠は、あと一人。二人とも受けるも、片方だけ受けるも、どちらも受けないも、好きにしていい。…ついでに追加情報だ。今の『歌唱王』のチャンピオンは、765プロダクション、如月千早だ。」
俺がそう締めるも、返事を返す奴はいない。
それもそうだ。流石にこれだけの重大な決断を一人で即座には決めかねるだろう。
「よし分かった。そもそも今日はライブ明けでそんな重めのレッスンをしようってわけじゃなかったし、今日は解散にしよう。でも、一つだけ条件がある。全員、一人で帰れ。一人で悩め。次の道は、自分で決めろ。自分の方向性、一遍自分で決めてみろ。その背中は、俺が押してやる。だから選べ。お前らの選択を、俺に見せろ。」
「相談することは禁止ということですか?」
「ま、強制力はないが、守れ。俺は介入できないが、お前ら一人ずつの選択を見てみたいもんでな。ほら帰った帰った。悩む時間が無くなるぞ。」
最初に出ていったのは、翼と瑞希。それに続いて静香と志保が部屋を出て、最後に未来が出ていった。
「いや帰れよ。」
紬は、部屋を出ていかなかった。
資料をカバンに仕舞うだけ仕舞い、仁王立ちで俺の前に立ち塞がる。
「感想戦、されてません。」
「は?」
「ですから…昨日の感想戦です!それを聞くまでは帰れません!」
「そんなことかよ…。」
「そんなこと…!?そんなことと申したのですか!?私はあんなに頑張ったのに、そんなことと一蹴するのですか!?」
「いや、それは今の問題点じゃないだろ。お前、仕事はどうするんだよ。決めたのか?」
「勿論、受けさせて頂きます。私のような若輩者にとって、貰える大きなお仕事は、ありがたく受けるべきですから。」
「…違う。考え方がまるで違うよ。名のある仕事がお前の身になるとは限らないんだ。そんな甘い考えで選択を決めるな。その選択なら感想戦なんて開いてる場合じゃねえ。とっとと帰れ。」
「確かに私の選択の仕方は甘いのかもしれません。ですが、今回のライブで、私に足りないものは経験することだと思いました。志保さんにも瑞希さんにもあって、私にないもの。経験と、信念。確固たる信念が、私にはない。過去があって、未来を想った。私にはその経験がない。だから、何でもやってみて、経験して、私自身を強固にしたいのです。揺らがない自分と、心の中の信念を、この手にしてみたい。自分自身の根幹を、はっきりとさせたいのです。」
「…紬。お前はさ、多分あの6人の中でドベだ。運動音痴だし、すぐ弱音を吐くし、諦めは早いし、想いの強さも大したことがない。」
「な…!?そ、そのような辱め、あなたはデリカシーというものがないのですか!?ライブの翌日くらいは―――」
うるさい紬の頭に手を乗せて、その口を閉じさせて、俺はわしゃわしゃとその頭を撫でてやる。
「だから、よく頑張ったな、紬。よく着いてきた。よく、諦めなかった。」
紬は、暫く固まったように動かず、何も話すこともなかった。
数十秒後、スイッチが入ったように急に動きだした紬は、頭に置かれた俺の手を払い、カバンを持って捨て台詞を残して扉から出ていった。
「こ、子供扱いしないでください!」
部屋に一人残された俺は、状況がはっきりと飲み込めず、疑問を呟いて口に出してみた。
「一体全体、なんだってばよ…。」
「青春してるね、大河君。」
「おはざいます、赤羽根さん。」
入れ替わるようにして部屋に入ってきたのは、赤羽根であった。
手にしたファイルを見るに、先程のデカめの仕事の話をしに来たのだろう。
「まあ、色々と言いたいことはあるけれど、復帰おめでとう、大河君。初日から仕事が多くてすまないね。」
「叱らないんすか。俺を。」
「叱って欲しいのかい?」
「はい。」
「…そこまで愚直に答えられると気まずいんだけど、君は罰を受けた。それ以上のことが君に必要なら、それは社長が決めることだ。俺がどうこうすることじゃないよ。」
「でも、俺は次も同じことをしますよ。人に頼ることも知ってます。人は一人で全てを行うことが出来ないことも。でも俺は、誰かに頼ることよりも、自分の身を削った方がいい時があることを知ってます。それが最善なら、俺はそうします。」
「そう思うなら、そうしたらいい。君が正しいと思う行為は、きっとそれだけ正しい行為なんだろう。叱られたいって言ったって、君は叱られてもどうせすることを変えないんだ。ならもっと有意義なことをした方がいい。」
「…。」
「君に信頼されようと思うよ。君が身を削ることよりも、君が俺に頼ることの方が、よりいい結果になるということを証明する。これなら君はアイドルのために俺を頼るようになる。プロデューサーが嫌いな、君でもね。」
「…どうすかね。それでも、俺は自己犠牲とか好きな年齢なんで、自分を投げ打つかもしれませんよ。」
「そんなことしないさ。君は今回、アイドル達が自分をどれだけ信頼していて、君が傷つくことをどれだけ嫌に思っているか実感したはずだ。アイドル達のことを、あるいは自分より大切にしている君が、アイドル達が嫌うことをするはずがない。」
「卑怯っすね。赤羽根さんも、アイツらも。」
「卑怯でいいさ。そんな単純なレッテルで、仲間を守ることができるなら。」
「それが、プロデューサーの答えっすか?」
「いや?これは、俺の、赤羽根健治の答えだよ。」
屈託なく笑うその男に、いつもの皮肉も出るはずもなかった。