「大河君!」
「プロデューサー!」
「タイガ!」
「うるせえ!」
期間が少し空いたある日。
未来、紬、ジュリアの三人が、共に俺のデスクに物凄い剣幕でにじり寄ってきて叫んだ。
「だって〜!大河君一回も現場に来てくれてないよ!あの作詞家の人張り切っててちょっと怖いし!」
「な…!演劇の稽古場に来ていないと思ったら、春日さんの方を見に行っていたわけでもないのですか!?アイドルを捨て置いてパソコンとにらめっこなんて、あなたには人の心が無いのですか!?」
「おいタイガ!いい加減に今日はもう少し粘ってみろ以外の答えを聞かせてもらうぞ!あんなに自信満々だったツバサが、まるで使い物にならない!抑揚も、転調も、はっきり言ってメチャクチャだ!ライブも迫ってる!もう限界だ!今日中にどうにもならなければ突き返すぞ!」
「…一遍に面倒事持ってきやがって。もうちょっとこう、分割できないのか。せめて一日おきくらいに。」
「そもそも…人が話してるんだからイヤホンくらい外せ!」
ジュリアが荒々しくイヤホンを引っ張ったことで、パソコンに接続されていたイヤホンが引っこ抜かれ、再生されていた曲が大音量で部屋の中に響く。
その瞬間、あれ程騒いでいた三人は、言葉を失った。
流れ出したのは、静香が歌っている音声。
加工もチューニングもしていない、生歌をスマートフォンで撮影しただけの音声が、三人の動きを止めた。
俺はパソコンを操作し、停止ボタンを押す。
「悪いな。ちょっと成長期の面倒見てたんだ。しょうがねえから今日は構ってやるよ。ほら、一人ずつ言ってみろ。」
「い、今の静香ちゃん!?前から凄いと思ってたけど、こんなに…!」
「いや感動してるのは分かったけど。何か相談があってきたんじゃないのか。」
「こんなの聞かされたら悩んでる場合じゃないでしょ!早く練習して静香ちゃんに追いつかないと!じゃ!」
未来は大暴れして荷物を持って部屋を出ていく。それでいいならこちらも楽だが。
しかし部屋を出る直前、彼女は閉じる扉から顔を出して、言い残して行った。
「あっ!大河君、今度ちゃんと見に来てね!私、静香ちゃん程じゃないけど、ちゃんと上手くなってるんだからね!」
「台風みてえなやつだな…。で、紬は?」
「私も春日さんと同じです。これといった相談のつもりできた訳ではありません。忙しいのは分かっていますが、プロデューサーにはアイドルの仕事模様をもう少し把握していて欲しいということを伝えに来たのです。」
「あ?相談ねえの?意外だな。あのキャラ、恋愛絡みの心情割と多めだと思ってたけど。その辺指導入らなかったのか?」
「ええ。監督さんから二、三問題点を頂くこともありますが、十分修正可能な範囲です。…初回よりも私も幾分か成長しています。その度合いくらいは見に来て頂きたいと。お伝えしましたからね!」
一礼を俺とジュリアに一つずつして、紬は部屋を退出した。
残ったのは、静香の歌声を聞いてから固まって動かないジュリア。
「なあタイガ。今からでもいい。一日二日くれればいい。静香をアタシに預けてくれ。静香なら、それで十分歌える。」
「お前にとって、最上静香はそれほどか。」
「だから聞かせたんだろ。アタシに。今の歌声、生歌で、音質も高くなくて、それであれだ。アタシのライブに登場するだけで、アタシごと喰われてもおかしくない。自慢じゃないが、アタシの注目度は最近じゃ割と上がってきてる。静香に損はさせない。だから…頼む。」
ジュリアは、頭を下げる。
それほどに、彼女は静香のことをかっているらしい。
「頭を下げられてもな。アイツは今、姉妹喧嘩中なんだ。何を言われても貸したりできねえよ。それに、お前には静香以上の才能を渡してるだろうが。」
「ツバサを、ダンサーとして使えってことか?ダンサーが一人じゃ見栄えがしないし、ツバサクラスのダンサーを今から集めるのは無理だ。」
「ちげーよ。翼に歌を歌わせろ。どうせまだ
「散々歌わせた!でも、ツバサは使い物にならない。音程もてんでバラバラで、全体的に下に音がズレてる。それに、音程を直してもあの歌い方じゃツバサの声を殺すだけだ。あの低音ベースの歌い方は、ツバサには合ってない。」
「そこまで分かってんならお前が直してやれよ…っと。」
悪態をつきながらも、椅子から立ち上がる。
「一時間。一時間だけ付き合ってやる。それで直らなかったら、好きなだけ文句を言わせてやるよ。」
「プロデューサー?珍しいですね、顔を出すなんて。」
「何してんだ瑞希。お前がついていながら。」
扉を開けると、疲労困憊の様子の翼が地べたに寝転がり、瑞希がスマートフォンを構えながらパイプ椅子に座っていた。
「そこまで期待されるとむしろ困りますが…ストップをかけるより、そのまま進ませてあげた方が、翼さんのためになると思ったので。」
「あ!大河!聞いてくださいよ〜!ジュリアーノが私の歌を認めてくれないんです〜!私、全力で歌ってるのに〜!」
「はいはい。取り敢えず一回通しで歌え。今回の曲じゃない曲…『君との明日を願うから』でいいか。」
「なんでですか?今回の曲じゃないと…。」
「歌えばわかる。さっさと歌え。」
文句を呟きながらも、翼は歌った。
その歌は、ジュリアの言っていた話とは全く違っていて、歌いだしだけで十分だった。
「な…!?お、おいツバサ!ちゃんと歌えるのかよ!アタシとやった時はふざけてたってことか!?」
「まあ待てジュリア。翼を初めて歌わせた時、一人で歌わせたか?」
「…何の話だ、タイガ。アタシからもう話すことはない。ツバサを連れて出ていってくれ。」
どうやらご立腹のようで、俺の質問に答えようともせず、ジュリアは出口を指さした。
彼女は音楽を愛している。だからこそ、音楽に真剣に取り組まない人間を、彼女は好まない。今の翼のように、まるで俺が来た時だけか、ジュリアと歌っていない時だけ真面目に歌うように見えている人間は、彼女にとって世界一憎い存在と言えるだろう。
「いいから聞かせろ。お前のその態度、翼に失礼にも程があるだろ。本当にお前の思う通りなら、俺が認めるわけが無い。なんなら答え合わせだけでいい。歌わせたことないだろ。一人でも、その合わせてた曲以外も。」
「それが?なんだっていうんだ。」
「瑞希。曲、録画してるだろ。翼とジュリアが歌ってるやつをくれ。」
「はい、どうぞ。」
俺は瑞希から手渡されたスマートフォンの再生ボタンを押し、その動画を再生する。
そこから流れる音楽は、ジュリアの言う通り良いものとは言えなかった。
ジュリアの声は音取りから何まで完璧だが、翼の声が上下して、それがノイズとなっている。
「ま、今回はジュリアが勘違いしていることが悪いってわけじゃねーしな。お前にごちゃごちゃ文句を言うのはやめておこう。」
俺はイヤホンを外し、不機嫌なジュリアに落ち着くよう促し、翼の方へ体を向け直す。
「今回悪いのはお前だからな、翼。」
「え…?なんで!?私、手なんて抜いてないよ!本気だった!私、そんなこと―――」
「そんなこと心配してるわけねえだろ!」
「痛い痛い痛い痛い!ぐりぐりやめてぇ!」
俺は翼の頭を両サイドからぐりぐりする。
これは律子の姉御の普段の動きを研究し尽くして習得した、頭ぐりぐりver.2だ。その威力は従来の威力の約3倍。
翼には効果抜群だろう。
「お前の今回の悪い点は3つ。1つは伊吹翼の本気を出さなかったこと。」
「ほらやっぱりそうじゃないか!ツバサは本気じゃなかった!それは、私にとって一番許せないことだ!」
「最後まで言わせろよ…。違うぜジュリア。伊吹翼の本気を見せなかっただけで、翼は本気を出していた。お前がバカにしたそれが、翼のサブボーカルとしての本気だ。」
「…はぁ?」
「つまり…お前に遠慮した歌い方をして、翼は全力を出せていなかった。」
「…アタシに?」
「前回のライブ、翼は伊吹翼として全力を出した。それは、全力さえ受け止められる静香の歌唱力と、他の歌声に掻き消されない未来の歌声があったから。でも今回は違う。ジュリア、お前がメインで翼がサブだと、どうしたって低音でメインを張ってるお前に対して、高音のサブである翼が浮く。声量を絞ればお前に力負けして、声量を上げればお前のボーカルへの異質感になるおまけ付きだ。だから翼は、自らを低音側に持っていって合わせようとした。いくら天才って言ってもな、まだアイドルになって二曲目だ。そんな道理は通らない。」
「アタシの…アタシのせいだっていうのか!?」
「だから違ぇってさっき言っただろうが。悪いのは翼だ。翼、お前の悪いとこその2。相談しろ。初対面なんだから力量だって把握出来てない。そんな状態で普段と違うパフォーマンスを試すなら、まず周りに言え。」
「…ごめんなさい。」
「ついでに3つ目。できないことをできないまま押し切ろうとするな。お前の実力があればあるいは修正しながらやって見せるかもしれないけど、お前の集中力はミスを正確に把握しないと修正力が働かない要素だ。他人の歌声が混じったまま自分の修正点を探すって、聖徳太子じゃねえんだから。一旦練習を離れて自分の正解を見つけてからにしろ。以上だ。」
「悪かった!」
俺の言葉の終わりを掴んで、ジュリアはすぐに翼に頭を下げた。
それは誇るべき姿勢ではあるが、今回の発端は翼だ。そのジュリアの勘違いも、翼が一言言えば起こるはずのなかったこと。
「反省すべきは翼だ。お前の謝意は分かったけど、あんまりされると翼が図に乗る。止めとけ。」
「いや。アタシも決め付けで判断した部分はあったし、それで萎縮したなら言い出せない空気になってたかもしれない。それに、『表面だけで人のこと見てるやつはろくでなし』、だろ?」
「…ま、気の済むまで謝ればいいんじゃね?」
人の黒歴史を持ち出してまで謝りたかったのか、あるいはたまには俺に反撃をしたかったのか、真相は定かではないが、やりたいようにやらせておけばいい。
俺は、能天気に端で拍手している瑞希に声をかける。
「なに呑気にしてんだ。瑞希、俺はこうならないようにお前を送ったんだ。なんで見過ごした。お前は気付いてたはずだろ。」
「いえ。プロデューサーが来なければ後少しで面白いものが見れると思いまして。伊吹さんのことです。一度掴めば、ライブまでには間に合わせるでしょう。」
「…それは最上静香の劣悪なレプリカにしかなり得ない。俺は、伊吹翼として飛ばせるべきだと思ってる。」
「そういう意味では、プロデューサーはベストなタイミングで来たのかも知れません。今の伊吹さんは、伊吹さんの歌と、ジュリアさんの声と、最上さんの声と、そして自分の失敗した経験があります。…これも計算の内、ですか?」
「そんな計算づくでプロデューサーしてねぇよ。俺はお前らを信じるだけ。たまに助言して、裏方するだけだ。おいジュリア。謝り終わったか。そしたら翼だけ引き取って別部屋で練習さすけど、それでいいか?」
「そのことなんだけとな、ツバサ。一つ提案があるんだ。…この歌のメイン、任されてみないか?」
「え…?」
彼女の口から零された一言は、想定内ではあったが、予想外の言葉だった。
初めてジュリアと翼の歌の録音を聞いて、気付いた。
翼をこのままサブで練習させるより、翼とジュリアのメインサブを入れ替えた方が、話が早い、と。
ジュリアの声は支えにも向いているし、この曲は高音の翼が自由に歌った方が雰囲気にあっている。
ジュリアの歌の上手さは折り紙付き。今からサブに回っても問題なく歌いきるだろう。
ジュリアがサブに回ることに、何の問題もない。
これが、ジュリアのライブということを除けば、だが。
「本気で、言ってるんですか?私はジュリアーノにも負けるつもりはないですけど、でもこれは、ジュリアーノの曲ですよね。それを、そんな簡単に。」
「簡単にじゃないよ。アタシだってアタシが前に居ないことは悔しいさ。でも私にはギターがある。歌だけに集中することはできない。…それに、見てみたいんだ。ツバサが全力で、吠える歌を。」
「ジュリアーノがそれでいいなら、私は全力で挑みますよ。」
「ハモリは、ミズキに任せたい。少しメインが荒れるけど、頼んでいいか?」
「ええ。誰がメインであろうと、元よりそのつもりです。」
「…ライブメンバーは決まりだな。それじゃ、ユニット名でもつけておくか?」
「アタシ達にそういうのは要らないよ。今回組んで、もうこの三人で組むことはきっと二度とない。一夜限りの全力投球だ。」
翼とジュリアが、それぞれのパートの音程を確認して、練習して、そして瑞希のハモリも合わせて、ちょうど一時間。
彼女達のスタートの歌が、締めくくられた。