「な、なんなん!?」
「おい、何をウチのアイドル虐めてんだよ。」
翌日、本番まで折り返し地点まで迫ってきたということで、たまにはと紬の現場へと足を運んでいた。
しかし現場で見つけた紬は、なぜか他の出演者らしき人達に壁に押しやられていた。
というか、その後ろ姿は最近見たばかりのもので。
「凛…。なんでここにいる。」
「あれ、大河。久しぶり…じゃなかったね。そういえば。」
振り向いた少女は、渋谷凛。
ということは、隣にいる茶髪の女性は。
「本田未央、か…。」
「ん?なになに!?みおちゃんのことを知ってる人はっけーん!あれ?見ない顔だね!見学の人!?私は本田未央!よろしくね!」
「北条大河。よろしく。」
「あーっ!君が噂の大河君!?話はしぶりんからよく聞いてるよ!よろしくねー!」
本田未央。
島村卯月、渋谷凛と共に、『new generations』を構成する3人目のメンバーであり、現在は演劇で活躍を見せる、346プロのアイドルである。
「この作品、本田未央も凛も参加してなかったはずだろ?何してんだ?」
「一人初日にキャストを降りた人がいて。未央はその代役。私は今日見学で来させてもらってるだけだよ。」
「ぷ、プロデューサー、この方、お知り合いなのですか!?先程の目、私をライバルとして仕留めるつもりの目でした!346プロダクションとは、そんなにも物騒なアイドル事務所とでも言うのですか!?」
「隠れんな隠れんな。ヒールで隠れんな。」
「あっはは!つむつむ、大河君からはみ出てるじゃん!」
「初対面でも俺は遠慮なくグーで行くぞ?」
「なっ…!たとえプロデューサーでもそんなこと許しません!本田さんは私のことを気遣ってくださる、優しい方ですから!」
「あっ!つむつむまた本田さんって呼んだ!みおちゃんでいいのに!または未央でも可!」
「…なんか面倒なことになってんなぁ。」
問題になってなかったと放置しておいたら、何故か紬が346プロのアイドルに絆されていた。
本田未央には演劇の経験があるうえに、この陽キャっぷりだ。
確かに困っている紬を介護しそうな存在ではある。
こちらとしてはもう少し一人でも活動できるようにしておきたかったのだが、わざわざ好意を無下にする必要もないだろう。
「どーもな。本田さん。ウチの紬が迷惑かけたみたいで。」
「ん?全然!つむつむには私が先輩にしてもらったことを返してあげてるだけだから!私、弟いるし、年下の子の対応とか慣れてるから!」
「そいつ高二だぞ。」
「えっ。」
「ちなみに俺もお前と同年代だからこれ以上のボケは要らないぞ。」
「えっ。」
フリーズした本田を放置して、俺はこの演劇の台本に目を通す。
作品としてはよくある、姫のために戦う侍達の物語。
メインは侍達の殺陣。紬が務める姫役は、最後に助けられて少しシーンがあるだけ。これならば初心者の紬にもと思い仕事を請け負うことを決めたが、そこで隊士の一人への恋愛描写がある。
それを乗り越えればこの作品での紬の成長は十分だと考えていたが。
「ところで、本田の役はなんなんだ?」
「これまでと同じように接していいなんて、つむつむはなんて優しい先輩なんだ〜!…ん?私の役?」
紬に土下座さえ敢行していた本田は、砕けた態度への許しを得て抱きついていたところで、ようやくこちらに反応した。
「私の役はメインの子だよ。台本だと隊士Aって書いてあるかな?」
隊士A。それは、この作品の主役で、紬の恋愛相手。
合点がいったと共に、溜め息が出た。
初日から主役級が降板。その代役として346プロからの代役の派遣。
降板したという時点で元の役者に何かあったのは間違いないだろうが、問題は代役。
武ちゃんではないだろう。彼はそんなに好戦的ではない。
(専務か…。)
降板までは偶然。しかしぶつけてきたのは確実に狙って。
765から紬を出すことは周囲も知っている。
これは美城専務からの挑戦状ということだ。
(怠い喧嘩吹っかけられたなこりゃ。)
静香のことも、未来のことも、翼と瑞希のこともある。
これが、複数人背負うこと。
これが、プロデューサー。
これでようやく、スタートライン。
俺が来ているということで、監督はわざわざ紬の喋るシーンを合わせてくれると言った。
が、肝心の紬がボロボロだった。
「あれ?紬ちゃんどうしたの?前回のあの全力の演技はどこいっちゃったのさ!」
監督はそういうが、まあそんなことを言って不調が直るタイプでもない。
何度かリテイクするが、セリフも噛みまくり、棒読みも酷く、前に自慢していた監督にも認められているという紬の演技は、そこには微塵もなかった。
「ま、そしたら一旦休憩いれよっか。紬ちゃんも、深呼吸して、水でも飲んでからリトライしよう。」
監督の好意により、一旦練習はストップ。
俺の元に戻ってきた紬に、俺は声をかけた。
「どうした?俺に見せたい演技があるんじゃなかったのか?」
煽るように言うも、返事はない。
それほどに緊張しているのか、あるいは何か問題があるのか。
「あの、プロデューサー。大変な失礼なお願いではあるのですが…。」
「ん、なんだ。言ってみ。」
「帰っていただけませんか!?」
耳がキーンとなった。
他のキャストの人もその大声にこっちを見ているし、当の本人は紅潮させた顔で真剣にこちらを見ている。
どうしていいかも分からず、呆然してた俺の手を掴んで、凛が俺をスタジオから連れ出した。
扉を閉めたタイミングで中からワッとどよめく人の声がしたが、その内容までは掴めない。
俺はその時も未だに手を掴まれたままに着実に、出口へと向かっていたからだった。
「この辺ならもういっかな。」
「なんで俺連れ出されてん?」
ようやく凛が手を離してくれたタイミングで、ずっと疑問だった言葉をぶつける。
紬に追い出された理由など、思いつくはずもなかった。
「俺なんかやっちゃいました?」
「うーん、まあ白石さんからしたらだいぶやり辛かったんじゃない?」
「あいつが来いと言ったが?」
「…じゃあ無自覚かな。今回は大河に非は無いし、別に気にしなくてもいいと思うよ。」
「原因が分かってるなら聞きたいんだが。これからずっとこの調子でも困るし。」
「うーん、ダメ。ライバルの手助けするほど私も余裕あるわけじゃないし。強いて言うなら、もう多分来ない方がいいかも。」
「俺が原因で緊張なり何なりしてるってことか?知り合いの前だと恥ずかしい的な?」
「そういう側面はあるとも思うけど…いや、言っちゃえばそれも正解なのかもしれないけど、50点くらいかな。その回答は。」
「つったって、その100点とやらの回答を貰えないままに帰るわけにも行かねえだろ。挨拶回りもしないとだし、そもそも紬の出来は見ておかないと。」
「じゃあ、私達と見に行く?」
「あ?」
凛はカバンから関係者席のチケットを取り出し、こちらに見せてくる。
「大河も持ってるんでしょ、関係者席。私達と一緒に本番見に行くなら、白石さんの邪魔にならないようにしてあげられるけど。」
「本番まで行くなってことか?」
「そういうことじゃない?」
凛が指さす俺のポケット中の機械は、紬からの謝罪と、凛からの申し出を断るわけにはいかなくなるほどの、見にこなくていいという旨の文章が長々と綴られていた。
「まさか、紬もとはね。流石大河。ろくでなし。」
「何がろくでなしか説明してから罵ってもらえる?俺も原因分かってないのに。」
「分かられても困るから二度と思考しないでもらっていい?」
「いいわけないだろ。」
夕方。太陽は既に落ち、街灯がつき始める頃合の時間。
俺は事務所近くのカフェに、志保と来ていた。
「それにしても、なんか久しぶりに話したな。謹慎前に話して、そっからライブ翌日に話して終わりだもんな。」
「本当は今日も誘われるつもりなかったんだけど。ていうか事務所にいた私を強引に連れ出したのは大河じゃない。」
「赤羽根さんに誘拐されてから喋れてなかったしな。たまには喋れないと志保ルートが閉ざされるぞ。」
「ええそうね。どこかの馬鹿は少し見ないだけで新しいルート開拓してるし。もう少し監禁しておくべきだったわ。」
「物騒な言い方すんなよ。通報しようかと思っちゃうだろ。」
「…それでも、大河とは話す訳にはいかないでしょ。私と大河は、ライバルなんだから。」
俺の皮肉をぶった切って、志保は目の前のグラスに入ったコーヒーを眺めて呟いた。
「…別に俺とお前がライバル同士なわけじゃないだろ。」
「でも、大河は静香を応援するんでしょ?それじゃあ、私の敵ってことになる。」
「お前も応援してるよ。俺らとしては、どっちが勝ち上がっても765vs765の構図は作れる。そこで千早姉が勝ってもチャレンジャーが勝っても、俺らには損は無い。」
「それは、プロデューサーとしての意見でしょ。北条大河としての意見は?」
「質問の仕方がズルいぞ。」
「先に回答でズルしたのは大河でしょ。」
それを言われれば、言い返す言葉もないわけで。
「それでも俺は、お前が頼ってくるなら応えるつもりだ。赤羽根さんができなくて俺ができることなんて、たかが知れてるだろうけどな。」
「それは、静香に頼られている途中でも?」
「それでも、だ。そんな状況で俺に何ができるは知らねえけど。」
「…じゃあ、一つだけいい?私の出番だけでいい。私が歌う、5分間だけでいいから、私の事だけ応援して。私だけを見ていて欲しい。」
「フルで歌うのは最終選考だけだ。もう残ったつもりかよ。」
「ええ、勿論。」
「俺が応援しても、実力がつくわけじゃねえぞ。」
「分かってるわよ。」
「…本当に、5分だけでいいんだな。」
「欲を言えば…なんて呑まれるほど、きっとバチが当たるわ。5分もあれば充分よ。だってこれは、初めて私だけを見てもらう5分なんだから。」
その当てつけに、俺が返す言葉はない。
俺の視界の中心には、いつだってアイツがいたから。
志保は財布からお金を取り出そうとしたが、それは俺が断った。
ここで志保に金を出させれば経費で落ちない、なんて、男の見栄もへったくれもないことを言い放って。
「静香のレッスンがもう終わる。乗ってくか?」
「今静香に会っても、ちゃんと話せる自信がない。私は自分で帰れるから、静香のこと送ってあげて。」
「そういうだろうと思ってたよ。ヘルメット被って先乗っとけ。静香のレッスンが終わるまであと30分ある。お前ん家に送って戻って、それでちょうどくらいだろ。」
「腹の立つ気遣いね。殴っていい?」
「いいわけないだろ。」
志保が後ろ側でヘルメットを被っていることを確認してから、俺はバイクのアクセルを入れた。
「お疲れ様。」
「…まだ居たんだ。」
「そりゃな。帰る時言えよ。送っていくから。」
「また、気遣って貰っちゃった?」
「ああ。アイドルとプロデューサーなんだ。遣うだろ、気くらい。」
「…大河さ。なんか、面白い話してよ。」
「なんだその合コンの時に振られる最悪な質問の形式の話題の振り方は。」
「いいから。してよ。」
「面白い話だぁ?そうだな…。最近だと仕事でミスした赤羽根さんが溜息をついてたこととか?」
「それは大河にとって面白い話でしょ。むしろ赤羽根プロデューサーの配属なんだから、私にとってはマイナスじゃない。他!」
「他にだぁ?後は…ってなんで話題振って拒否されてんだ俺。面白い話なんてそういくつもねぇよ。なんでそんなこと聞く。なんか、悩みでもあるのか?」
「…そういうの、かな。」
「は?」
「私がなにか悩んでるとするなら、大河の、そういうところかなって。そうやって気を遣われるの、なんかやだなって。きっとアイドルとプロデューサーって関係ならこれくらいは当たり前で、私はありがとうを伝えるべきなんだろうけど、私は大河とそんなよそよそしい関係性になるの、嫌だなって。」
「俺は前までも気を遣ってたぜ?そういうのに気付けるように、成長したんだよ、お前が。」
「ううん。大河は気を遣ってる。その返答だって、どうせいつもみたいに用意してたんでしょ?中学生の時はいつも志保と口喧嘩して、私の事イジって、でも、あの瞬間が一番楽しかった。人は変わらずにはいられない。それは関係性だってきっとそう。でも私は、それを取り繕いたくて仕方ないの。」
「…難しい相談だな。仕事の話をして、スケジュール管理をして、精神面のケアをして、それでいて今まで通りでいなきゃならねえなんてな。プロデューサーってやつは、大変だ。」
「違うよ。前の大河みたいに戻ってくれればいいの。常に悩みが無いか腹の中ずっと探ってるみたいな感じじゃなくて。」
その図星を突かれて、俺はどデカいため息をついて、背もたれに体重をかけた。
「そんなに、余裕なかったか、俺。」
「うん、なかったよ。翼のことがあってからは、特に。…なんか、トラウマになってるみたいだよ。」
それは、静香の言う通りで、本当にトラウマになっているのかもしれない。
原因は分かった。でも、二度と起こらないという保証は無い。いつかまた俺がやらかして、アイドル達の道を閉ざしてしまうかもしれない。
責任。
この二文字を意識するようになったのは、きっと俺が大人になったからで、きっとこれまで通りじゃいられなくなったからだろう。
これまでの俺は、きっと人を救うことに面倒を見てやるくらいの気持ちでしか挑んでこなかった。
でも、今は違う。
怖い。失敗することが。
北条大河とは、こんなにも弱い人間だったのか。
北条大河とは、こんなにも脆い人間だったのか。
「大河ってさ。プロデューサーっていう職業のこと、勘違いしてると思うの。」
「あ?」
思考を遮ったのは、静香の声だった。
「気遣ってもらえるのは嬉しい。大切にしてもらえてるんだなとか、気にしてもらえてるんだなとか、その人の想いが伝わってくるから。だから、私の気遣いもちゃんと受け取って欲しい。下手すぎて、届かないかもだから、ハッキリ言うけど。…私、ちゃんと志保と戦えるよ。友達で、お姉ちゃんみたいな存在で、私の手をずっと引いてくれていた志保とでも、私は戦える。ううん、戦いたいの。それで、ちゃんと証明したい。志保が居なくても私はこんなに強くあれるんだってこと。それでも、私は志保と一緒に居たいってことも。だから、私の事ばっかり心配しなくていいよ。私の事ばっかり見てなくていいよ。今、支えて貰えなくても、私を支えてくれる人が居るってことが分かれば私は平気だから。」
「お前のことだけ気にしてる訳じゃない。比重は寄ったかもしれないが、俺はプロデューサーしてるよ、ちゃんと。」
「白石さんのところ、今日初めて行ったんでしょ。翼と瑞希のところは一度行ったきり。未来のところにはまだ行ってもない。」
「紬からはもう来るなって言われたよ。翼のところはもう俺無しで大丈夫だ。未来もレッスンルームには行けてないが歌はきちんと聞いてるし、作詞家からレポートは送られてきてる。問題は、ないよ。」
「最近、志保と話した?」
「ああ、さっき話してきた。まああいつは赤羽根さんの担当だ。何かあっても赤羽根さんならなんとかしてくれるよ。」
「じゃあ、望月さんとは?横山さんは?このみさんは?杏ちゃんは?灯織さんは?大崎さん達は?」
「会ってないからな。話すこともないさ。」
「前は、電話もしてたのに?」
その言葉に、言い返すことも出来なかった。
あの静香にカマにをかけられたと、返すことも出来なかった。
「ほら。大河、全部に余裕がなくなってる。今まで普通にしてきたこと、できなくなってるよ。」
「仕事が増えて、忙しくなった。当然のことだろ。」
「それは、心も?」
今度こそ、返す言葉を出し尽くしたようだ。
俺の口からは、皮肉も言い訳も出ていくことはなかった。
「余裕がないのは、きっと考えすぎだからだと思う。確かに大河の言う通り、現実って厳しいし、世の中って辛いことも多いけど、世の中って案外優しくて、現実って案外幸せだよ。」
思えば、最近誰かと自然に話せたのはいつだろうか。
何の思慮も気遣いもなく話せたのは、稽古場で本田と話した時と、さっき志保と話した時の前半くらいではないだろうか。
「大河って、不思議だよね。誰よりもアイドルのこと信じてるのに、誰よりも自分のことを信じてない。アイドルが平気で越えられそうな段差にさえ、大河はスロープをかけようと必死になってるみたいに。どんな壁でも乗り越えられるとは言わないし、言えない。私にそんな才能も、時間も、勇気もないから。だから、ただ隣にいてくれたらいいよ。いつもみたいにすっ転んだ私を笑って、手を差し伸べて、背中を押してくれれば。等身大の大河でいいの。だから、止めたら?背伸び。」
「…生憎、背伸びをしないと小さすぎて気付かれないんでね。ヒールを履いた紬と変わらないとは自分でも思わなかった。」
「成長期なのは、心だけってこと?」
「うるせーな。そういうお前は伸びたのかよ。」
「伸びたよ?ちゃんと。」
「それにしては一箇所成長期から外された哀れな部位があるみたいだけどな。」
「どこのこと言ってるの?」
「胸。」
ドゴッ
「ぶん殴るわよ。」
「ぶん殴ってから言うな!遠慮すんなって言うから遠慮しないでやったのに!」
「それは遠慮してないんじゃなくてデリカシーがないって言うのよ。」
「ハハハッ。そりゃそうだな。」
思わず、心のうちから笑い声が出た。
思えば、いつか静香と志保に今まで通りつるもうと言ったのは、自分のようになるなと言う警告か、はたまた自分のことを助けてくれというSOSだったのかもしれない。
翼の時からじゃない。きっと俺は、加蓮の時から必死だった。必死すぎて、周りが見えていなかった。
救われてばかりだ。アイドル達に。
俺が折れても、曲がっても、彼女達は俺以上に俺のことを理解し、道標となってくれる彼女達に、俺は何を返せるのだろうか。
「勝とうな、静香。」
「ええ、言われなくても。」
俺と静香は、拳を合わせる。
―――返すとかじゃない、歩くだけだろう、共に。