加蓮Be!   作:煮卵9

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Go! Bastard!

 

 

「違うわ!ダメ!そんなんじゃダメよ未来ちゃん!もっと自由に!羽ばたくように!」

 

レッスン室に入ると、そんな怒号が耳に入ってきた。

その、美声である事には間違いのない声は、しかし違和感を伴うことでその感情をマイナス方向まで持っていった。

なんてったって、この口調で男である。

本人に言えば立ち所に否定されるであろうその事実は、彼、あるいは彼女が俗に言うオカマであることを示していた。

 

「オカマ先生。挨拶ぶりでご無沙汰してます。未来のプロデューサーです。」

 

「その呼び方止めろって言ってんだろ!…ジェニファー先生と呼んでちょうだい。」

 

「止めて欲しいならせめて髭は剃りきれ。つーか脱毛しろ。その髭の残り方にジェニファー要素はねえ。」

 

鎌野響(かまのひびき)、通称カマセン。自称ジェニファー。しかしそんな不名誉な渾名とは裏腹に、彼、あるいは彼女は数々のアイドルを表舞台まで押し上げる楽曲を作ってきた才能の持ち主である。

 

「私は女の子だから、『彼』は止めてちょうだい。」

 

「心を読むな。で、どうだよ、未来は。」

 

「…そうね。私の曲にピッタリな子ではあるけれど、やっぱり自分に自信がない瞬間がままあるわ。アンタ、とんでもないやつらと組ませたわね。」

 

「目に見える評価値だけが、背中を押してくれる。そういうことだろ。ある意味では未来が一番才能があるんだけどな。育てられないタイプの、先天性のものが。アンタもそれに惹かれて誘ったんだろ?ジェニファー先生?」

 

「それが分かってるならさっさとここに顔を出してアドバイスしていきなさいよ。私が言っても無駄。それくらい、アンタなら分かってるでしょうに。」

 

「ま、忙しかったもんでね。」

 

適当に会話を切り上げ、俺は休憩中の未来に近づいていく。

目を閉じ、指でトントンとリズムを測り、ボソボソと呟いている。

先程の自分の歌のミスを、組み直そうとしているのだろう。

 

「未来。」

 

「あれ?大河君!いつの間に!っていうか全然来てくれないじゃん!私、成長具合を見て欲しかったのに!」

 

「悪い悪い。忙しかったもんで。で、どんな感じだよ。もうマスターしたか?」

 

「うーん…。まだちょっと、かな。振り付けと音程は覚えたけど、その表現がうーんって感じ。」

 

「カマセンはなんて?」

 

「カマセン?あ、ジェニファー先生?ジェニファー先生は、もっと自由にーって言ってたよ。あとは翼が生えてるみたいにおおらかにって。」

 

「なるほどね。ま、その辺頑張れや。俺は伝えに来ただけだから。ライブ日程、決まったぞ。前回と会場は一緒。つまりはキャパやら客入りも一緒。違うのは、ステージ。今回は花道ありだ。好きに暴れて来い。」

 

俺は鞄から出した資料を、未来の前に広げておく。

それを珍しく真剣な目で見始めた未来を余所に、俺はレッスン室にあったパイプ椅子を広げて座り込む。

その様子を見ていたカマセンは、ジーッとこっちを見つめていたが、これが最適解だろう。褒めるのはその後でいい。

 

「あんまり見つめるな。キモイぞ。」

 

「あらやだ。乙女に見つめられてそんなこと言うなんて、綴じるわよ。」

 

「お前が乙女なのは星座だけだろ。綴じるな。」

 

「大河くーん!こことステージ、どっちが広いー?」

 

「横幅ならステージ。縦幅ならここだ。お前の立っている位置から五歩。大体縦幅はそのくらい。横幅で言えば両サイド2ターンくらい出来る。それ以上行くと客から見えなくなるが、すぐ壁ってわけじゃないから、ぶつかったりはしない。」

 

「花道って大体どれくらいの距離?幅は?」

 

「そんなに長い花道じゃないからな…精々長さ20m、幅は10mくらいか。明確や数字がほしければ調べるけど?」

 

「うん!お願い!」

 

カマセンは、俺のほうに擦り寄ってきて、小声で話した。

表現がキモくなるのはカマセン仕様。慈悲は無い。

 

「ちょっと。あんまりいじめるのは可哀想よ。もっと気にかけてあげなきゃ。女の子の扱いが下手ね、アンタ。」

 

「女の扱いは下手だろうな。デリカシーなさすぎて産まれる前からやり直せって何度も言われてきた。」

 

「そこまでは言ってないわよ。」

 

「でも、アイドル達が欲しいものは分かってるつもりだよ。分かってないこともあったけど。でもまあ、今回は正解みたいだ。…歌、聞かせてくれよ。まだ生歌は一回も聞いてないんだ。」

 

フンと鼻を鳴らして未来の前に戻るカマセン。

 

たった三分。

精々原稿用紙四枚分程度。

それだけで、春日未来のパフォーマンスは進化した。

北条大河が来てから、レッスン終了予定時間までの一時間。

そのうちの僅か30分で、彼女は楽曲を完成させた。

 

 

 

 

 

 

「大河君、今日は送ってくれるー?」

 

「ああ。だからさっさとシャワー浴びてこい。」

 

16時半。

5時まで取っていたレッスンルームを最後まで使うことなく、カマセンは練習を早めに切り上げた。

 

「なんかさっさと終わっちまったな。未来ならまだ踊れたと思うぜ?それともなんか気に入らなかったのか?」

 

「逆よ。あのパフォーマンスをしてくれるなら、もうレッスンなんて要らないくらい。」

 

「なんだよ、もう完成か?まだライブまである。この程度でアンタの理想は終わりかよ。」

 

「その話をする前に、その手法を聞かせてくれないかしら。私は作詞家だけれど、指導者として幅をきかせたこともある。私にはできていなかった。アナタ、未来ちゃんに何をしたの?何を与えたら、そこまでの急成長を見せるの?」

 

「アンタには、あれが成長に見えるんだな。」

 

「はぁ?そりゃあそうでしょ。二時間練習してようやく少しづつ見えてきた自由さを、アナタはものの数分で演出して見せた。種も仕掛けもないとは、流石に信じてあげられないわよ。」

 

「俺には、未来が丁寧さを捨てて、少し暴れ気味にやったようにしか見えなかったよ。それをアンタが成長と呼ぶのなら、未来に必要なものはたった三つ。思い描く力と、負けん気と、ストッパーだけだ。」

 

「…ふぅん。前の二つは理解したわ。思い描く力。アナタが伝えたのはステージの大きさ。彼女はそもそも、想像力が凄い。得た情報を、まるで体験してきたかのように出力してみせる。それは私も、ただ歌をプレゼントする以上の理由として認めている部分ではあるわ。」

 

「…なるほどね。」

 

「そして負けん気。あなたは前のライブを思い出させて、ユニットメンバーの二人というライバルを連想させた。未来ちゃんの中で、一つのラインを生み出させて、目標に確かさを付与させた。浮き足立つ気持ちは随分と抑えられたかもしれないわね。でも、ストッパーはよく分からないわ。アナタがストッパーだったってこと?何のストッパーなのよ、それ。」

 

「そりゃ、何してもいいっていうストッパーだろ。安全装置、って言った方が分かりやすいか。アイツ、俺がいれば何やらかしてもいいと思ってやがるからな。好き勝手、やりたいようにやったんだろ。あれがアンタの望む形ならそれはたまたま噛み合っただけだ。ラッキーだったな。」

 

「それも、アナタの掌の上と感じてしまうのは、少し疑心暗鬼すぎるかしらね。」

 

「さてね。好きなように受け取ったらいいさ。」

 

「…アナタって、性悪よね。ま、いいわ。アナタの考えを話してもらった以上、私もアナタの詰問に答える義務がある。先に結論から言わせてもらうけれど、これ以上未来ちゃんをやる気にさせないでくれる?」

 

「…意図を聞かせろ。キレるのはその後にしておいてやる。」

 

「あらやだ。向上心の高い子ね。最近の若い子には珍しいくらいに。でも、ここは譲れないわ。アナタにとってのゴールが遥か先にあるように。私にとってのゴールというものも、ある意味遠くにあるのよ。」

 

「ゴール、ね。聞かせてくれよジェニファー先生。アンタのゴール。」

 

「もしかしたら、あなたの思う未来ちゃんの才能と、私のそれには大きな乖離があるかもしれないわね。私は、等身大の春日未来という女の子に驚かされた。はっきり聞くけれど、未来ちゃんに来た大口のオファー、私だけでしょ?」

 

「…よく分かったな。」

 

「そりゃあ誰でも分かるわよ。あの三人組の中で、彼女にだけ才能が見えなかった。元気で、これぞアイドルみたいな形ではあるけれど、隣には歌唱力の化物とダンスの天才。多くの大手はこっちを求める。当たり前ね。取れるほどの大手なら、こっちを狙う。」

 

「じゃあ、なんでアンタは未来を選んだんだよ。ジェニファー先生。まさか溜めてた曲に合うから、なんてサムい理由じゃないだろうな。」

 

「それがほとんどかもしれないわね。でも、この曲を世に出すつもりはなかったから。ある意味では私を大きく揺さぶったのは彼女よ。最近の世の中は、アイドルに溢れすぎている。生き抜くために個性を磨いて、他にない自分だけの強みを求めている。私は、そんな業界があんまり好きじゃないの。私にとってのアイドルは、もっと身近で、もっと普通で、それでも綺麗に輝く、そんな存在なの。未来ちゃんは、ファンの子達が私もああなりたいって。そんな言葉を言わせる、等身大のアイドルなの。普通で、自由で、可愛い。それが私のゴール。この曲、『未来飛行』を作った時に、私が歌って欲しいと思ったアイドルの姿、それが彼女。」

 

「珍しいな。アンタみたいなの。競争社会で、より上を求めない存在。」

 

「それでも、アナタみたいな人達はもっと上に行くんでしょう?今しかないって思ったのよ。私の夢を叶えてくれる存在は、今の未来ちゃんだけだと思ったから、連絡したのよ。」

 

「これから成長していく未来は、アンタにとっては不愉快ってことか?」

 

「あら、悪い言い方をするわね。そんなんじゃないわよ。私の理想と世の理想は違うってこと。私も少しとはいえレクチャーさせてもらったもの。教え子の活躍を喜ばない先生がどこにいるもんですか。それに―――」

 

ジェニファー先生は、濡れた髪を乾かし切ることもなく走ってきた未来を指さして、言った。

 

「普通のアイドルでありながら成長していくことも、あるいは未来ちゃんならできるかもしれないわよ?」

 

「なになに!?何の話してるの二人とも!」

 

「未来。」

 

「え?もしかして私の事!?て、照れるよ〜。」

 

「服、裏表逆だぞ。」

 

「え。」

 

未来は自分の服に視線を落とし、顔を真っ赤にして服を脱ごうとし、そして俺の存在を思い出したのかさらに顔を紅潮させ、驚くほどの速度で走り去っていった。

 

「ま、どうかね。ちょっとそれにしては抜けすぎかもな。」

 

「…今のがおっちょこちょいだといいわね。違ったら本当に策士よ。」

 

「え、何の話?」

 

「そうだった。こっちもアホだった。」

 

「喧嘩なら買うぞオカマ。」

 

 

 

 

 

一番初めに本番を迎えたのは、紬であった。

だが結局最後まで、彼女は俺が来ることを拒み続けたので、アイツが今どれだけの実力を持っているのか分からない状態ではある。

しょうがないので赤羽根さんに屈辱に頭を下げ見てきてもらったが、問題は無いとのこと。

ならばこそ、俺が見に行くことを嫌がる理由が分からないが、しかし本番くらいは目に留めておきたい。

と、甘言に安易に乗ってしまった過去の俺を、現状殴りたいというのが本音である。

 

「ブフッ…。た、大河?なんでまたお前そんな格好してるんだ?」

 

「おうクソもふ。笑ったな。後悔させてやろうか。」

 

某日。俺はなんとかするとの凛の発言に、紬の舞台の数時間前に集合をかけられ、愚かにもそれに乗ってしまった。

その結果がこれ(女装)である。

 

「大丈夫大丈夫。大河、顔は中性的だから簡単にはバレないよ。私達と一緒にいれば346プロのアイドルだと思われるんじゃないかな。」

 

「そんな次元のことを心配してるわけじゃないんだが?」

 

「え、えっとぉ…に、似合ってると思いますよ!」

 

「よぉし分かった。島村卯月、てめえ畜生だな?」

 

「ち、畜生ですか!?畜生ってなんですか…?」

 

と、こんな感じで、今日のパーティは凛と奈緒に島村卯月を加えた4人パーティである。

公演には本田未央が出る。島村卯月の目当てはそっちだろう。奈緒は凛の付き添い半分、本田未央を観ること半分くらいだろう。

 

いつもなら百合の間に挟まるなとか、女侍らすなとかいう邪念込みの視線を感じることが多いが、今日はそれがない。

内心楽だと思っていたのも束の間、襲ってきたのはナンパの大群。

そりゃそうだ。こちらにはアイドルが3投。普通にしていれば狙う男が湧くのも道理だ。

と、思いきや。

 

「ねぇねぇ。俺らと遊んでかない?」

 

「俺らまじ暇でさー、あ、勿論奢るからね!」

 

「忙しいの?ならLINEだけでも交換しとこうよ。今度遊ぼ?特に…。」

 

「「「そこの小さい子!」」」

 

「あぁ…?」

 

小さい子。その表現は間違いなく俺よりも奈緒や島村卯月に適した言葉であろう。

しかし彼女達は靴でその底上げをしていて、腹の立つことにこの中で一番小さいのは俺である。

 

「死にてえのか、てめえら。」

 

「え?」

 

そこに3つの綺麗なオブジェが作られてからも、俺達4人はことある事にチャラそうな男に絡まれ、大抵のそいつらの目的はまさかの俺。

 

「もうなんか、破壊したいよな、全てを。」

 

「流石に性根は腐っても加蓮の血縁。顔はいいもんな。」

 

「あんまり調子に乗るなよ奈緒。俺はスカートでも上段蹴りくらいするぞ。」

 

「私が悪かった。」

 

「チッ…俺が来るの分かってながらそんなに身長盛りやがって。」

 

「私は盛ってないよ?」

 

「てめえは俺より元々身長上だろ言わせんな。」

 

「す、すみません。凛ちゃんから男性の方が来ると聞いて、私、あんまり身長高くないので…。」

 

「よし分かった。お前は二度と俺を励ますな島村卯月。刺さってる刺さってる。」

 

「え、す、すみません!何かしてしまいましたか!?」

 

「凛。こいついつもこんな感じなの?俺のこと実は嫌いとかじゃなくて?」

 

「え?まあそうだね。悪気はないから気にしないであげたら?」

 

「無茶苦茶言うなぁ。」

 

「いいから行くぞお前ら。未央の公演が始まるぞ。」

 

会場に入ると、座席は満席であった。

俺達が通された関係者席は二階席だったが、上から見ても空いてる席はほとんど0であった。

 

「めっちゃ盛況だな。演劇っていつもこんな集客率してんのか?」

 

「そんなことないと思うよ。今日の公演はただでさえ大手事務所から一人ずつ出てきてるし、それに、監督が監督だからね。」

 

「有名な監督なのか?」

 

「呆れた…。知らないで来たの?未央が出るってのもあったけど、私達はこの監督の演劇を見るチャンスなんてそうそうないから来たのに。」

 

「ま、有名なら悪いことはねえか。ウチのへなちょこアイドルをどれだけ上手く使えてるのか、見せてもらおうじゃねえの。」

 

照明が落とされ、幕が上がる。

その舞台に初めに上がったのは、本田未央であった。

壁に背をつけて話す彼は、紬―――姫と話していた。

仲睦まじげに話す二人は、しかし立場の違いが故に顔を突き合わせて話すことさえ許されない。

一隊士と一国の姫。この物語は、そんな二人の関係を記すところから始まった。

 

声だけとはいえ、MCすらあれほど嫌がっていた紬が、声のうわずりを抑えて話せている。それだけでも、俺からしてみれば進歩だ。

 

そして、姫が連れ去られ、隊士達が誘拐した犯人達から姫を取り返すべく戦う、ストーリーの大筋がやってくる。

ここでも紬のシーンは極わずか。

捕まった牢の中で助けを乞う、それだけ。

照明一つの簡素な状態で、少女は呟く。

 

「助けて…。」

 

ただそこに、『美』があった。

メイクはしている。衣装も彼女に似合う和服。

だが、それだけでは説明しきれない美しさが、観客の目を奪った。

目が離せない。離せば後悔する。そうとさえ思わせる情景であった。

その描写の後に、本田の演じる隊士の泥臭い戦いのシーンが対照的に描かれる。

 

(なるほどね。有名って言うだけはあるみたいだ。)

 

寡黙で静かで儚げで美しい姫。

雄弁で元気で激しく熱血な隊士。

 

場面転換と殺陣を使って、この二つを対照的に、そして鮮やかに描く。

この演劇は、そんな作品だった。

 

そして、隊士は遂に犯人達の大将を倒しきり、捕まっている姫の元へと駆け寄る。

安否を確認するも、姫はそれに素っ気なく返すだけ。

隊士はそのいつもと変わらない姫の態度とその胆力に、大きく声をあげて笑うのであった。

 

そして舞台は変わり、最初のように壁に背を預けてそれ越しに話す二人の姿が。

隊士は姫を救った。それによって変わったことは、褒美をもらって少し贅沢な暮らしを出来るようになったくらいで。

何も変わらない、普通の毎日が帰ってきた。

 

「私は、それでもあなたの事を愛していますよ。」

 

「…えっ?ひ、姫!今なんと!?」

 

「二度は言いません。」

 

「そんな!すみません!もう一度!もう一度だけ〜!」

 

―――たった一つ、隊士が本当に欲しかったものだけを残して。

 

「い、いい話だったな〜。」

 

「奈緒。お前アイドルとして致命的なまでにすごい顔してるけど大丈夫か?この世全ての花粉に襲われたみたいな顔してるけど。」

 

「なんだよ!大河は感動しなかったのか!?こんな泣けるストーリーそうそうないだろ!」

 

「いやストーリーなら割とあるだろ。」

 

この場合、褒めるのはストーリーではなく、構成と見せ方であろう。

ストーリーで言えばありがちな部類だ。しかしそれを強弱でメリハリをつけて見せた。

そしてキャスティング。本田未央のセリフを増やし、紬のセリフを削ってその魅力は視覚に頼る。この二人だけではない。全員と特色を理解し、それにあった演出を加えている。

 

「んだよ。いい監督に当たっちまったな。」

 

「何それ。いい事じゃないの?」

 

「紬は言われたことやっただけだな。成長したかと言われれば、怪しい。まだ手放しで喜べる場面じゃない。」

 

「とか言っちゃって。大河、すっごく嬉しそうな顔してるよ。」

 

「は?嘘だろ?」

 

「うん嘘。でも、楽しそうなのはホントなんだね。」

 

「チッ…可愛げのないことしやがって。」

 

「大河君はどうします?私達は未央ちゃんに会いに楽屋に行ってみようと思いますけど。」

 

「あー…。付いていかせてくれ。来たのバレたら怒られそうだけど、伝えときたいことがある。」

 

島村の案内について来た俺達は、プレートに演者楽屋とマジックペンで紙に書かれた切れ端が挟まっている部屋の前で立ち止まる。

あまりにも簡易的ではあるが、ここがどうやら楽屋のようだ。

 

「失礼しまーす。」

 

まあ、これは奈緒が悪い。

本田から得た了承は、あくまで楽屋に来ることであって、それはノックもせずに確認もせずにドアノブを捻っていいという訳では無い。

つまり、端的に中の状況を説明しろと言うならば。

 

小太りの白髪混じりのおっさんが、パンツ一丁で腹踊りをしていた。

 

「「「………。」」」

 

「へ、変態だァー!」

 

一瞬の静寂の後、奈緒だけが叫んだ。

凛も、島村も、驚きのあまり声も出せないようだ。

 

「変態とは失礼しちゃうね。僕は皆を笑顔にしたいと思っているだけなのに。」

 

「いいから服を着ろ!おい未央!誰だよこのおっさん!」

 

「あれ、未央ちゃんのお友達?これは恥ずかしいところを見せてしまったね。」

 

そう言って男は名刺を取り出し、こちらに差し出す。

 

「監督の永露結弦(ながつゆゆづる)。よろしくね?」

 

「その名刺どこから出した!?どこから出したか言ってみろ!」

 

「え?そりゃあ…。」

 

「やっぱりいい!いいから黙って服を着ろ!」

 

渋々、と言った感じで服を着始める永露監督。首を傾げながらも和服を着直すその姿に、そういえば練習を見に来た時に紬に指示を飛ばしていた人だなと思い出す。

半裸でなければもう少し早く出てきそうな顔をしていたが、いかんせん見た目のインパクトが強すぎて出てこなかった。

 

「まあいいわどうでも。」

 

「どう考えてもどうでもいいでスルーできる出来事じゃないだろ!」

 

「いや俺紬に話あるから来ただけだし。別に監督が変態でも襲われなきゃいいだろ。」

 

「私に話…?失礼ですが、どなたで…?」

 

「あー。そのままで来ちゃった。」

 

俺はウィッグとメガネを外し、カバンにしまう。

 

「なっ…プロデューサー!?」

 

「悪い悪い。来るなって言われたけど流石に見逃す訳にも行かんし、これならバレないって凛が。」

 

「あー…。しぶりん、大河君来てるなら言ってよ。ちょっとマズいかも。」

 

「え?なんか駄目だった?」

 

「つゆちゃん、心は男の子だけど、好きなのも男の子だから…。」

 

思えば、隊士という男の役に本田が抜擢されたのは何故なのか。

隊士Aの元々のキャストが出るのを止めたのは何故なのか。

この演劇に、男性のキャストがいないのは何故なのか。

もう少し、考えておくべきだったのかもしれない。

 

「うわぁ!男の子だ!」

 

「死に晒せ!」

 

飛びかかってきた小太りのおじさんは、体重の割によく飛んだ。

 

 

 

 

 

 

 

「おい本田、なんだよこいつ。」

 

「えー…演劇の関係者の中では有名な話なんだけどね。つゆちゃん、男の子を見ると興奮して襲っちゃうんだって。」

 

「犯罪者じゃん。」

 

「うん、まあ。キャストが女の子だけだといい人なんだけど、男の子だとセクハラをかまして干されてるの、この人。」

 

「エロ監督じゃなくてつゆちゃんと呼んで。」

 

「最悪の自己紹介すんな。訴えられたいのか。」

 

「って本人が言うからつゆちゃんって私達は呼んでるけど。まあ、すごい人だよ。演劇に関しての才能は多分界隈トップクラスだし。」

 

「いやむしろそのせいで落胆が凄いんだよな。カマセン然りコイツ然り、なんだって俺の周りにはろくな指導者が居ないんだよ…。」

 

「なんだ、ジェニファーちゃんの知り合い?なら手を出す訳にはいかなくなったなぁ。」

 

「違ったら手を出すみたいな言い方やめろ。ろくでもない奴同士でつるむな。」

 

「で?そう言えば君、名前は?前回、話す前に帰っちゃったじゃない。」

 

「え?あー、白石紬のプロデューサー、765プロダクション所属、北条大河です。よろしくお願いしてました。…あれ?でも、俺初日に挨拶しに来ましたよ?」

 

「初日…?あー、僕がセクハラで訴えられてた時?それは居ないよ。」

 

「いや俺が悪いみたいに言われましても。普通の監督は警察のお世話にはならないから。」

 

「改めて、永露結弦だ。これから打ち上げだけど、大河くんも来て親睦を深めていかないかい?」

 

「いやできれば紬連れて帰りたいんですけど。悪影響だってアンタ。」

 

「なっ…!プロデューサー!あなたは私から初めてできた事務所外の交友関係を奪おうと言うのですか!?」

 

「懐いてるのが余計めんどくせぇ…。いいよ行ってこいよ。反省会はまた今度な。」

 

「あ、そうそう、大河くん。」

 

この空間に居続けることは不利益になると察した俺は、さっさと退出しようと後ろを向いたところで、永露監督から声をかけられた。

 

「紬ちゃん、光るよ。でも、僕だけじゃそれはなし得ない。積めば積むほど出るもの、な〜んだ。」

 

「へいへい、分かってますよ。」

 

なんと腹の立つことに、ここまでふざけた性格性癖をしていながら、実力は確かなのが、カマセンもエロカンも誠に面倒な存在なのである。

 

「…理由、聞き忘れたな。」

 

会場の出口を跨いだところで思い出した、紬が俺の同席を断った理由について。

 

「まあいいか…。」

 

俺が居なければ駄目、ではなくて、俺が居ると駄目、ならなんとでもなるだろう。

どうせ授業参観に親に来て欲しくない子供の気持ち、みたいな何かだろうと、俺は思考を打ち切った。

 

 

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