加蓮Be!   作:煮卵9

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Decided

白石紬の舞台は、つつがなく終了した。

 

そしてその翌日に迎えた春日未来のソロ曲披露は、世界に春日未来を知らしめた。

突如サプライズで現れ、新曲を披露し、終わった直後のMCで台本にない最近の話まで始め、巻けというカンペも読み上げ、最後には袖で待機していた横山奈緒に首根っこを捕まれ退場していく姿。

実に春日未来らしい、そんな一幕であった。

 

最上静香と、伊吹翼の隣に居た、元気な子。

そんな彼女の印象は、その一日で破壊された。

アイドルとしてはどうなのか、バラエティの仕事が大量に舞い降りたそのライブは、知名度という観点で見れば大成功と言える、そんなライブであった。

最近ではCDになる前に配信されると、そんな便利な世の中になったもので、春日未来の曲、『未来飛行』は、配信サイトで一位まで駆け上がったらしい。

 

その勢いは衰えず、一週間経った週末も順位を落とすことなく―――そして伊吹翼の新曲、『アイル』に抜かされた。

ジュリアの定期ライブ、とはいえまだ3回目だが、そこにサプライズゲストで参加した翼と瑞希は、たった一曲を歌い上げ、MCをすることも無く舞台を去った。

そこに熱狂した観客を残して、たった一曲で去っていった。

ジュリアが曲を奏で。

翼が自由に歌い。

瑞希がそれを支える。

そのライブは瞬く間にSNSなどで話題になり、ジュリアの元の知名度も相まって、ニュース番組で取り上げられるまでになった。

紬も、未来も、翼も、瑞希も。話題や人気的にも、仕事の量や質としても、成功を収めたと言って差し支えないだろう。

 

そして、少し経ったある日曜日。

静香と志保の戦いの日―――『歌唱王』の最終オーディションの日を迎えた。

 

「緊張してるか?」

 

「…まあ、流石にね。にしても、一人を決めるオーディションに人数が多すぎない?予選が3回戦まであってその度に十数人選ばれてるの、母数がおかしくない?」

 

「残念ながら書類と音声でも事前審査があるからお前の想定してる5倍はいるぞ。」

 

「え…私そんなの送ってないんだけど。まさかまた私に伝えずに勝手にやった?」

 

「信用無さすぎだろ俺。」

 

「その理由は自分の胸に聞いてくれる?」

 

「そう言われると返す言葉もねぇけど。お前の場合はライブの時の推薦枠だからな。その項目は免除だよ。第一オーディションですら200人超えだ。今更二人増えたところで、って話だぜ?」

 

「…その情報、あんまり聞きたくなかったかも。200人の中で私がトップになる自信なんてないよ?」

 

「本気で緊張してんの?高校受験当日にお昼ご飯だって言ってうどん屋に入っていったお前が?」

 

「もう!からかわないでよ!」

 

そう怒鳴る彼女の表情は、確かにいつも通りではないように見えた。

そういう機微が読み取れるほど器用ではないが、本人がそう言っているのなら、その違和感は本当なのだろう。

 

「じゃあ考え方を変えようぜ。200人のライバルがいるって考えるから、どこかに強い奴が居るかもって不安になるんだ。ライバルは一人。北沢志保に、勝ってこい。こういう方が、シンプルでいいだろ?」

 

「…うん。そういう方が好きかも。」

 

「そいじゃ、ぼちぼち行きますか。」

 

その覚悟の決まった表情に、俺はソファから腰を上げる。

タクシーを拾い、オーディション会場へと向かう。

会場に着くと、既に殆どのライバルは到着しており、その誰もがある程度の有識者ならば名前を知っていてもおかしくないような実力者揃いであった。

それでも、静香は負けない。そう信じさせるような歌声を俺は散々聞いてきたし、彼女の自信に満ち溢れた態度も、そう語っていた。

 

そうして、待つこと30分。

オーディションが、始まる。

 

「えー。時間になったので『歌唱王』のオーディションを始めさせてもらいます。予告と違って6人しか居ないんですけど、先程連絡があって、一人辞退者が出ました。ま、それはいいとして―――」

 

その会場に、北沢志保は現れなかった。

 

 

 

 

 

「土砂崩れ…!?怪我は、怪我はないのか!?」

 

雰囲気が変わったのは、きっとプロデューサーがその電話を受けてからだろう。

その驚きの声に周りのアイドルがそちらに顔を向けると、プロデューサーは決まりが悪そうに「あはは。いや、なんでもないよ。少し電話してくる。」と、席を立った。

 

「何かあったのでしょうか。」

 

「ろくでもないことじゃないといいけどね。そんなことより瑞希はソロ曲でしょ。他人の心配なんてしてる場合?」

 

「それは志保さんにもそのままお返しさせていただきます。大丈夫ですよ、私は。」

 

「私も心配されるようなことはないわ。いつも通りにできることをするだけ。相手もいつもと同じだもの。何も緊張することなんてないわ。」

 

だがその時、志保の内心には別の予感があった。

良くないことが起きる時は、きまっていつも予感が当たる。

今回がそうでないことを、志保は祈っていた。

 

 

 

 

「皆に話がある。重要な話だ。」

 

プロデューサーは電話を終えた後、ライブに参加するメンバーの何人かを同室に集めた。

わざわざ志保と別に集めていたことから、志保はまさかと思い部屋の外で聞き耳を立てていた。

 

「今日別の現場から直行して合流するはずの琴葉、海美、奈緒、紗代子、のり子の5人が、途中の道で通行止めを喰らって戻って来れないそうだ。」

 

「5人とも…ですか。」

 

ライブ参加メンバーの最年長である風花がそれに答える。

 

「ああ。怪我はないみたいだけど、今日は戻れないかもしれないらしい。あっちには律子が着いているから5人は平気だと思うけど、問題は2つ。プロデューサーの有無。こっちは俺がライブを見て志保を大河君に見てもらえばいいけど…」

 

「5人の代わり、ですよね。」

 

「ああ。今日はあの5人の新曲披露の場でもあったから、それがないとライブに大きな穴が空くことになる。それを残りの6人で埋めるのは、流石に厳しい。」

 

「…あまり勧めたくはないですけど、中止という選択肢もあります。ただでさえ今日のメンバーはライブに慣れてない子が多いです。突然歌唱メンバーが変わるのは…。」

 

「確かに、それもそうだな…。」

 

「私が出ます。」

 

いい加減、聞くに堪えないことを話し始めた時点で、志保は扉を開いて中に入っていった。

 

「なっ…!志保!?聞いてたのか!…じゃない。出るって、何言ってるか自分で分かってるのか!?」

 

「はい。問題なのは5人の参加する曲の代役と、5人のユニット曲の代わりですよね。曲目には目を通しています。全てでは無いですけどパフォーマンスしたことある曲が多いので入れると思いますし、代わりとしても紬と瑞希がいるなら『Melty Fantasia』で一曲。オーディションで歌う予定だった曲で2曲用意できます。私のソロ曲と麗花さんとの『piece of cake』を含めれば最高で4曲。それと紬。ソロ曲、練習してたわよね。それが出せるなら私のソロ、『Melty Fantasia』、瑞希のソロ、紬のソロの順番で歌えば、コンセプトとしては―――

 

「そういうことを言ってるんじゃない!」

 

赤羽根は、吠えた。

普段声を荒らげることなどない彼の姿に、アイドル達は驚く。

 

「じゃあ、一体何の話をしてるんですか。」

 

それでも、志保は止まらなかった。

 

「志保、君にはオーディションがあるだろう。大きな仕事だ。こんなことで、逃す訳には…。」

 

「こんなこと?沢山のファンが楽しみにしているライブを当日中止にすることがプロデューサーにとっては「こんなこと」なんですか?」

 

「いい加減にしろ、志保。そんな自己犠牲、誰も望んじゃいない。誰も求めてない!」

 

「いい加減にするのはプロデューサーの方ですよ。未来と翼達のおかげで、私達のデビューの勢いはまだ衰えずにいる。今が進む時です。ここで流れを止めたら、何の為に皆頑張って来たのか分からなくなります。」

 

「それが、志保が『歌唱王』を諦めなきゃいけない理由になり得ると思っているのか!」

 

「そうじゃないですか。765プロの勢いは増すし、『歌唱王』のオーディションは静香が取ってきてくれます。これが私達の万々歳な成功の形、ですよね?」

 

冷静に考えれば、そうなのだろう。

敏腕で一流なプロデューサーなら、迷わずその選択肢を選ぶのだろう。

だが、そこには赤羽根の思う最も大切なものが欠けている。

アイドルの、北沢志保の気持ちが。

 

「そのやり方は、君が、君達が否定したかったやり方じゃないのか!人が苦しむのは許せないけど、自分はいいって、都合が良すぎじゃないのか!」

 

「自己犠牲なんかじゃありませんよ。私は、独りでしたから。だから、仲間でいてくれる皆を助けたいし、助けを求められたい。私に居場所をくれた皆のためになるなら、オーディションは私にとって「こんなこと」ですから。」

 

「…また、なのかい。また大人に苦労させてくれないのか。また子供に助けられてしまうのか、俺は。」

 

「私も、大河も、子供じゃありません。赤羽根さんに救われた分だけ、赤羽根さんの支えになりたい。大人としてそれが間違ってるとは言いませんよね?」

 

「…静香は、志保と戦いたがっていたぞ。」

 

「それが説得の最後なら、もう気に病むことはありませんね。衣装合わせしてきます。…静香なら、許してくれますよ。優しい子ですから。」

 

少女は、最後まで冷静であった。

だが、踵を返して扉から出ていく彼女の瞳から、煌めく雫が零れていたのは、きっと気のせいではなかった。

 

 

 

そして、その日。全く違う場所で、全く違う心境で、全く違う表情で。そして同じ時間に、二人の少女は、その曲目を口にした。

 

「『Decided』。」

 

 

 

 

 

最後の挨拶を終えて、ファンの歓声と拍手を受けながら、私達は袖へと下がっていった。

ライブは、成功したと言って良いだろう。

本来発表するはずであった新曲は、代わりに紬と瑞希のソロ曲の発表で埋め合わせをし、私の参加で賄えなかった時間は、曲数を減らしMCを増やすことで切り抜けた。

曲発表も、ただ順序が変わっただけ。次以降のライブで上手くやりくりするとプロデューサーも言っていたし、その部分は私が心配する部分ではない。

 

(後は、静香が…。ううん、あの子なら、きっと。)

 

紬や瑞希と歩みながら楽屋の扉を開ける。

そこには。

最上静香が、立っていた。

 

私と入れ替わるようにして、中にいた大河は部屋を出ていく。

「好きなだけ喧嘩しろ」なんて、格好つけた捨て台詞を残して。

大河が出ていった扉からは、誰も入ってくることはなかった。

大方、他の楽屋を準備してあるのだろう。私達を二人きりにする為に、わざわざご苦労なことで、気遣いの細かいことだ。

 

静香は、私に向かって歩いてきて、私を殴るでも、怒鳴るでもなく、ただ抱きしめた。

耳に微かに聞こえるその嗚咽は、静香が泣いていることを示していた。

 

「お疲れ様、静香。オーディション、どうだった?」

 

「私が!志保以外に!負けるわけないでしょ!」

 

顔を離した静香は、吠えた。

誰も傷つけないために、誰にも傷つけられないために、怯え隠れていた少女は、もうそこにはいない。

 

「…それも、そうね。おめでとう。」

 

「…なんで。なんで来てくれなかったの!?」

 

「それは―――」

 

「聞いた。仕方がなかったって、謝られた。どうしようもなかったって。…でも、私は志保と戦いたかった!」

 

「ううん。それは、ただの言い訳で。多分、負けるのが怖かったんだと思う。間違いなく、静香が選ばれると確信していたし、私なんかじゃ太刀打ちできないとも思っていたけど。それを現実として突きつけられるのが怖かった。静香が、どこか遠くに行ってしまうんじゃないかって。勝敗を明確につけてしまうことが、亀裂になってしまうんじゃないかって。」

 

「そんなわけない…そんなわけないでしょ!?私は、志保のことが好きなの!私に優しくしてくれる大人な人じゃなくて!私を導いてくれる頼りになる女の子じゃなくて!北沢志保っていうあなたのことが好きなの!だから私は戦いたかった!私はこんなに強くなったよって!志保が居なくても、1人でも歩けるくらいに強くなったよって証明したかった!」

 

「…なら―――」

 

「その上で、志保と一緒に居たかった!支えてもらう先輩じゃなくて、支え合える友達として!隣に居たかった!」

 

その言葉に、私は少し自分のことが嫌いになった。

私は、ただ自分のプライドという些細なものを守るために、このステージを目指したというのに。

 

「…なら、ならきっと、私は静香の隣には相応しくない。支える実力もなければ、心も弱い私に、貴方の隣は似つかわしくない。」

 

「うるっさい!」

 

そんな私の弱音も、彼女は一蹴した。

 

「実力とか、心の強さとか、だからそんなの関係ないの!私は!…志保だからいいの。志保じゃなきゃダメなの。」

 

静香は再度、私の体を抱き留める。

それはまるで、我が子を抱くように。

 

「だから、辛い時は、支えさせてよ。私達、親友じゃない。それでいつか、志保が平気になったら、今度こそ戦い合おう。どっちが上とかじゃなくて、お互いがお互いであるために。」

 

悔しくない。

悔しくなんてない。

負けることは分かっていた。無駄なことは悟っていた。再び私に与えられた選択肢が二択なら、迷わずにこちらを選ぶ自身があった。

 

…でも、手を伸ばすくらいはしたかった。

届かないことは分かりきってきたけれど、それでも、一歩踏み出して見たかった。

その景色の、僅か端っこでも、この目に映してみたかった。

 

「…私だって、戦いたかった。」

 

「…うん。」

 

「負けてもいいから、挑戦したかった。」

 

「うん…!」

 

「でも、765プロの皆は、それよりもっと大切で…!」

 

「うん…!うん…!」

 

「だからこれで正解っで、自分で自分を正当化することしが、できなぐっで…!」

 

「うん…!辛かったよね…!苦しかったよね…!」

 

「私だって!静香と戦いたかった!!!」

 

いつからだろう。自分の喉から、本当の本音が、なかなか出てこなくなったのは。

いつからだろう。自分を押し殺して、大人であろうと思い立ったのは。

 

私達は泣いた。二人抱き合って、今まで心に溜め込んだ、我慢と背伸びの代償を、洗い流すようにして。

 

 

 

 

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