加蓮Be!   作:煮卵9

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加蓮に…入れようね!(自然な挨拶)


繋がれた手を離さない

志保と大河に出会ったのは、中学二年生に進級してからだった。

 

その頃は、内気で伊達メガネをかけていて、うどんが大好きなただの中学生で、特筆するところなんてせいぜい友達がいない所くらいの私だった。

あとはまぁ、イジメを受けていたくらいだろう。

何かをしてしまった訳では無いが、まともに周りとコミュニケーションを取る事すらできない私は、ターゲットとしては抜群だったのだろう。

先生や家族に相談する勇気も、反抗しようと思う精神力もない私は、されるがまま、サンドバッグにされていたのだった。

 

それは進級してからも変わらず、放課後になると必ず呼び出され、水をかけられたり、持ち物にラクガキをされたりした。

 

何故私がイジメを受けているのか、ちっとも分からなかった。

 

別に変な行動を取ったり、彼女達の気に触るような事もしていない筈だし、目に付くような目立つ生徒でもない。

だからこれは、きっと天災か何かなのだと考えていた。

人には抗うことの出来ない、自然の怒り。

私にはどうすることも出来ない、イジメ。

 

ほら、何にも変わらない。これは仕方が無いことなのだと、私が不幸なだけだと。

 

って、

 

自分に嘯いて、今日も私は、机に突っ伏した。

 

 

 

 

 

「お前か、うどんが好きだって奴は。」

 

始まりは唐突だった。

昼休み。無事昼食を食べ終えた私は、再び机の上で寝ている振りをしていた。

イジメっ子は隣のクラスなので授業中は流石に干渉してこない。

でも昼休みは違う、憂鬱な時間。

 

誰かが私の席に近づいてくる足音がする。

周りの喧騒がピタリと止む。

今日もどうやら、私は酷い目に合わされるらしい。

殴られるのかな、ラクガキされるのかな。プールとロッカーは、やだな。

 

でも、伏せた頭越しに聞こえてきた声は、いつもと違っていて。

ぶっきらぼうな、男の声だった。

 

「おーい、寝てんのかー?寝てんならつむじ押しちゃうぞー。身長が止まって摂取カロリーが全て体重に早変わりするぞー。」

 

「えっと…あのぉ…。」

 

それは嫌だな。

というか有名人なんだからあまり注目を集めないで欲しいのだが。

 

体を起こして、その人方に向く。

北条大河。学校内でも屈指の問題児。

テストの点数は高く、授業態度も先生からの評価も悪くは無いのだが、生徒から見ればその傍若無人な立ち振る舞いは、目に余るものがあるのだ。

 

「おはよ。」

 

「あの…つむじ押すのやめてもらっていいですか…。」

 

体を起こしてなお、執拗につむじばかりを押してくる北条君。

話しかけた意図も説明してくれないし、これ以上目立つのもマズイ。

 

「ちょっと大河。それを世間一般ではセクハラって言うんだけど知ってるかしら。」

 

「知らないな。」

 

「しょうがないわね、私も大河のを押してあげるわ。」

 

「ちょおまっ。ゴリッっていってるゴリッって!物理的に縮めようとすんなボケ!」

 

さらにその後ろから現れたのは北沢志保。

この人も問題児…という程ではないが、学校内全体でも屈指の戦闘力を誇るらしく。度々生徒指導室に連行されるところを見かける。結局の所、悪いのは彼女ではないので事情聴取程度らしいが。

 

「で、最上さんに絡んでなんのつもりよ。大河が他人に興味を持つなんて珍しいわね。」

 

「いやぁ隣のクラスでこいつがうどん好きだっていう噂聞いてさ。美味いうどんの作り方とか教えてもらおうと思って。」

 

「はぁ…。てことはやっぱりお姉さん絡みね。毎度毎度いい加減にして欲しいわね。過ぎたシスコンは気持ち悪いわよ。」

 

「うっせ。ブラコンよりはマシだね。…で、知らね?俺料理とかやったことないからできれば簡単に作れるヤツで。」

 

うどんの、作り方を、教わりたい?

わざわざインターネットが普及したこの時代に、こんな影の薄いいじめられっ子に、トップカーストの2人が?

 

…そんなわけがない。多分、あの人達の策略だろう。この2人を信じた私を馬鹿にするつもりか、この2人をいじめに巻き込んで自分達の立場を確立させる気だろう。

なら、関わっていいことは無い。あちら的にも、こちらからも。

 

「あの…それが今日は…。」

 

「じゃあ決まりな。帰りに昇降口で待ってっから。」

 

私の反論も聞くことなく、北条君は教室の外に行ってしまう。

 

「あ…待っ…。」

 

「あ、そうそう。」

 

声が何とか届いたのか、北条君はドアの前で立ち止まった。

 

「報酬前払いだ。謹んで受け取れ。」

 

北条君の弾いた何かが、私目がけて飛んでくる。

何とか手で弾き、腕で弾いて、おでこに当たって止まってくれたそれは。

 

「放課後、よろしくな。」

 

うどんの、キーホルダーだった。

しかも、私が欲しかったやつ。

 

(やっ…!どこのコンビニでも当たらなかったのに…!今日は最高のーーー)

 

「おい最上ぃ。」

 

後ろから、女子にしてはやや低めの声が聞こえてきた。私の、嫌いな音。

肩を組んできて、その香水の匂いに、鼻を顰めさせられる。私の、嫌いな匂い。

頬に当たる染めたであろう金髪が、鬱陶しくてたまらない。私の、嫌いな色。

 

「今日の放課後、プールな。…来なかったら、分かってんな…?」

 

「………。」

 

「分かってんのかって聞いてんだよ!」

 

「は、はい…!」

 

「それでいいんだよ。はっ。」

 

(やっぱり私には、幸運な日なんて、1日もないんだ…。ごめんさない、北条君、北沢さん。約束、守れそうにないです…。)

 

心の中で2人にそう謝って、私は再び視界を落とした。

 

 

 

6時間目の数学を終えて、クラスの皆は思い思いに放課後を過ごしている。

すぐに帰る者、部活へ向かう者、友達と話す者。

私もこんな風に、なんて高望みはしないが、こういう光景を魅せられると世界の理不尽さを感じる。

まるで自然災害だ。

私にしか訪れない台風、地震、津波。

世界がのうのうと回っている中で、私だけが唯一災害に苦しめられている。

或いは、私が受けることでクラスの優しい人達が苦しまなくて済んでいるのかも知れない。

 

(だったら、いいかな。)

 

皆が苦しむのよりは、私が苦しんでいる方がいい。私はもう慣れたし、そして何より誰かが傷つくところなんて見てられない。

 

「最上。迎えに来てやったぜぇ!」

 

例えばほら。私はきっと、誰かがこんな風に連れていかれるのを見ていたとしても何も出来ない。

きっと、皆のように黙って受け入れるだけなのだろう。

ほらね、やっぱり自然災害だ。

 

「ほらよ!お前の大好きな水だよ!たんと飲めよ!」

 

頭から水を掛けられた。

 

この季節のプールは使われていないこともあり緑色の、変な色の水だ。

 

「うっ…。」

 

ちょっと、口の中に入っちゃったかな。苦くて、変なぬめりけがあって、気持ち悪い。

 

「立てよオラ!ほらプールに飛び込みだ!」

 

プールの中に蹴り飛ばされた。髪、痛みそうだな。眼鏡、割れてないかな。制服、明日までに乾くかな。

 

どこか他人事のように、プールから上がろうとすると、取り巻き達が私の鞄を漁っているのが見えた。別に…壊されて困るものなんて入ってーーー。

 

「駄目ぇ!」

 

プールから這いずり上がって、取り巻き達がからそれをひったくる。

 

「てめえ反抗してんじゃねぇぞ!」

 

「それ寄越せオラ!」

 

私は取られまいも地面に蹲ってそれを守る。

背中を蹴られ、踏まれ、息が出来なくなりそうになっても必死に守る。

 

(駄目…!駄目なの!これだけは駄目!他の何を傷付けられても、これだけは…!)

 

「へぇ…。んなに大切なものなのかよ。じゃあこうしようぜ。」

 

ボスの女は、ポケットから彫刻刀を取り出した。

そして、顔に下卑た笑いを貼り付けて、言った。

 

「それぶっ壊されるのと、一生消えない傷を顔に付けられるの、どっちか好きな方、選ばせてやるよ。」

 

「ッ…!私は…どうなっても、いい…です…。でも、これだけは、傷付けないで…!」

 

即答だった。

悩む暇すらない、答えだった。

 

「「アヒャヒャヒャヒャ!」」

 

「ボス、こいつアホですぜ!たかがキーホルダーの為に、人生終了モンの傷負わされるんすから!」

 

「ならお望み通りさっさと、やってやりましょ!先公が来る前に!」

 

「馬鹿な女だな!そんなもんに、何の価値があるってんだ!」

 

「本当にそうだよ…!ただのコンビニのペットボトルに付いてたってだけの話だっつーのに、どんだけうどん好きなんだよ…!女子が易々と肌差し出してんじゃねえよな…!」

 

「えっ…。」

 

私も、イジメっ子共も、その4人目の登場に驚く。

振り上げられた彫刻刀を、腕ごと掴み取っているのは。

 

「北条…君…?どうして…?」

 

北条大河、だった。

 

「どうしてはこっちのセリフだ馬鹿。なんでこんなもののために人生掛けてんだ。たかだか100円もしないモンに。」

 

「だって……だったから。」

 

「あぁ!?」

 

「初めて!だったの…!誰かから、物、貰うのは…。」

 

私が振り絞って出した声を、彼は少し固まった後、全力で笑い飛ばした。

 

「…フフっ。ハッハッハッハっ!そうかそうか、そうかよ!お前、おもしれえ奴だな!」

 

「そ、そういう北条君はどうしてここに来たの…!?この季節に、何の用で、プールに…。」

 

「はぁ?言ったろが。忘れてんじゃねえぞ。『放課後、よろしくな』って。」

 

「え…?」

 

本心から、そう言っていたのか。

本当にただ、それだけのために、私と話して、ここまで来て、助けてくれたのか。

 

「いつまで夫婦漫才やってんだオラ!ならまずはお前からだ、北条大河!」

 

「興味深い話ね。」

 

「「「ッ!?」」」

 

「私も混ぜてもらえる…?」

 

「あ、アンタは!」

 

「この学校全員が総力を上げても倒せなかったという…」

 

「「女番長、北沢志保!」」

 

プールの入口に、北沢さんが立っていた。

すごい恐れられようだな…。

 

「クソ!一旦引くよ!覚えてやがれ!北条大河、次はお前だ!」

 

「この男に手を出すとどうなっても知らないわよ…?ま、好きにしたらいいけど。」

 

イジメっ子達は、北沢さんの脇を避けて、プールから逃げ出して行った。

 

「大丈夫?なんだかこれが初めてじゃなかったみたいだけど。手伝えることがあったら言ってね。協力するわ。」

 

「あ…えっと…はい…。…じゃなくて!どうして首を突っ込んだりしたんですか…!こんなことしたら、今度はあなた達が標的に…!」

 

北沢さんは少し笑った。

 

「私、強いもの。気にすることなんて何も無いわ。ま、大河はそうじゃないかもしれないけれど。」

 

北条大河はちっとも表情を動かさなかった。

 

「人を助けるのに理由が必要かよ。…人が苦しめられるのに理由がいらないってのに。」

 

「理由…ですか…?」

 

「世界に何万人貧困で苦しむ人達がいると思う。世界どれだけ戦争の流れ弾で死ぬ人がいると思う。一体世界に何人、理不尽で夢を諦めなきゃいけないやつがいると思う?…だからだよ。俺がお前を助けたって思うのなら、それが理由だ。これで満足か?ならうどんを作ろう。」

 

「はい!…えっ?ふぇっ!?」

 

「行くぞ志保。ついでに陸をモフらせろ。」

 

「陸に触ったら殺すわよ。」

 

「過度なブラコンも気持ち悪いから。ほれ行くぞ走るぞ。こけたら引きずってくからな。」

 

前の2人が駆け出す。

私も駆け出した。

2人について行こうとか、青春の1ページを刻もうとかそういう訳ではなくて、ほら、えーと。転んじゃうし。

 

 

 

北条君の手は、温かかった。

 

 

 

 

 

連れていかれたのは、北沢さんの家だった。

一戸建ての割にはだいぶ広く、なんと風呂までお借りさせていただいた。

 

ということで、私と北沢さんは今正座させられている。

 

「え、何?俺がおかしいの?普通に考えて人家に呼んどいて、2人で風呂でイチャイチャする?もう暇が暇を呼んで家の中のクローゼット全部開けて志保の下着の傾向でも」

 

「は?」

 

「と、とにかく、普通そんなに長く風呂入りますかって言ってんだよ。むしろ中で死んでんじゃねえかっていう言い訳と共にラッキースケベ的特攻でも仕掛けようかと」

 

「は?」

 

「…ごめんなさい。」

 

北条君も正座しちゃった。

 

「んでまあ、別に誰が悪いとかはどうでも良くてさ、もう7時だけど大丈夫なのって話だよ。もがみんの門限とか。」

 

「あ…私は大丈夫です。」

 

というかもがみんってなんだ。私か。返事しちゃったけど。

 

「つか陸は?」

 

「保育園でお泊まり。」

 

「謀ったな貴様ぁ!珍しく易々と家に上げたと思ったら貴様、そういう事かぁ!」

 

「うどんは夕食になりそうね。」

 

「聞けやオラァ!」

 

「フフフ…!」

 

「何笑ってんだオラァ!」

 

「あ…。あの、ごめんなさい…。楽しそうで、こんな会話したことないし、いいなって…。」

 

「そいつは良かった。」

 

「え…?」

 

「どうやら俺らは、もがみんの友達第1号と2号みたいだな。」

 

ニヒヒと、彼は笑った。

 

「あら?ということは私が1号よね。なんていったって私は静香(・・)のほくろの数を数え終わったのよ?」

 

「待って。それ以上言わないで。もがみん、お前。友達ならこれくらい当たり前って言われたろ、言われたな?……何処までやられた…?」

 

「何処までって…全部よ、大河。」

 

「俺の友達傷物にされてるぅ!?」

 

「…?」

 

なんかどうやら驚かれているようだが、洗いっこって友達でもやらないのかな。傷とかは…つけられてないけど。

 

そんなこんなで、うどんを食べ終えたのは10時を回った頃だった。うどんの作り方?1教えたら100で返されましたが?

 

『えっと、うどんはね。材料をまず』

 

『はーん。こうね。』

 

完成。

 

はい回想終了。

むしろ途中のお喋りと喧嘩が殆どを占めていた。

 

「もう10時回っちまうな…。さすがに帰るか。もがみんはどうする?」

 

「泊まっていく?弟もいないし。」

 

「ううん、大丈夫です。今日はありがとうございます、2人とも。」

 

「敬語はいいってんのになぁ。まあいいや、送ってくよ。家どこさ。」

 

「待ちなさい。大河に送らせたら確実に大河は送り狼になって静香が傷物にされてしまう…!私も行くわ。」

 

「ざけんな。もうおめぇが傷物にしてるやろがい。つかお前まで連れてったらお前も送る羽目になるだろ。やだわ、トンボ帰りさせられるなんて。」

 

「私は別に一人でも大丈夫よ。その辺の不良如きが私に勝てると思ってるの、大河。」

 

「はぁ?お前だって見てくれは美少女なんだから襲われるかもしんねえだろ。」

 

「え…?」

 

「そしたら不良が可哀想だろ。」

 

「パイルバンカー!」

 

「なしてさ!」

 

そのまま喧嘩を眺めること15分。取り敢えず今のは北条君が悪い。

 

「フッ…。弱くなったな、志保。まさか俺に負ける時が来るなんてな。」

 

「漫画だったらクソみっともないわよ、大河。」

 

当然、志保さんの勝ちである。

うつ伏せに倒された大河君が、文字通り尻に敷かれている。

 

「な、もがみん。俺の強さは折り紙付きだろ?」

 

「いや…そんな組み敷かれた状態で言われましても…。」

 

「まあ、送ってもらいなさい、静香。これにも盾になるくらいは役に立てるでしょうし、むしろ心配なのは静香の方ね。襲われないと思うけど、それ未満は確証できないわ。」

 

「…?」

 

その時、私はその言葉の意味が分からなかった。

しかし、その帰り道で、私は嫌という程その意味を実感するのだった。

 

 

 

「しっかしなー。お前みたいなやつが虐められるなんて、だいたいそういうのって、なんか可愛くないやつがやられたりするもんじゃないの?お前可愛いのにな。」

 

「うっ…!」

 

「最近は違うの?やっぱ僻みとかで虐められたりすんの?まああいつらお前と違って可愛くないしね。」

 

「うぐぐ…。」

 

「つか誰かに頼れよな。お前みたいに可愛いやつなら男子も女子も協力的になってくれるやつ多いと思うぞ?」

 

(心臓が…痛い…!)

 

どうやら天然だろうし、口説いてる意思とかそんなのは微塵もないし私なんか口説く人もいないだろうけど、それでも女子として心に響くものがあるのだ。

『可愛い』『綺麗』『美人』『魅力的』。この3分で既に合計20回は言われた。ナンパ師でもそんなに言わないぞ。

 

「あの…もうここまででいいよ。…ありがとね。」

 

もうそろそろ私の家の近く。ホントはまだちょっとあるけど、これ以上北条君と一緒にいたら私の心の方が持たない。

 

「あ?そか。じゃあな。また明日学校で。」

 

「あ…うん、明日、また。」

 

その一言と、彼の後ろ姿を見て、再び心の底で認識した。

 

「『また』…か。」

 

(ああ…私はもう、独りじゃないんだ…。)

 

私が、孤独じゃなくなった瞬間。それが今日だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だから、その次の日、学校に行って私は、久しぶりにキレた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いつものように、下駄箱に大量投入されているゴミやら泥やらを玄関の外に捨て、私の机が投げ捨てられている階段の下側に向かい、それを抱えて階段を上っていた時。

 

(…?重、い…?)

 

何をされてもいいように、自分の荷物は一つたりとも学校に残すことはない。

毎日の荷物は重くなるものの、毎朝こうして三階まで運ばされる机が軽くなるのは楽でいいとも考えていた筈なのだが。

何かが、入っている。

忘れ物でも、したんだったっけな。

何も、されてないといいな。

 

机の中から、一冊の教科書を抜き出して、確認する。

 

(良かった…。落書きされても濡らされてもな………。)

 

パタッ、と。

数学の教科書が、床に落ちた。

 

「許せない…。」

 

私は、机を置いて3階へと駆け出した。

 

「絶ッ対!許せないッ!」

 

―――落とされた教科書の裏には、汚い字で『北条大河』と書かれていた。

 

 

 

「貴方達…!私だけならまだしも、北条君達を巻き込むのは…!え…?」

 

駆け出した私は、隣の教室で、もっと驚く光景を見た。

 

「てめえがやったんだろ!」

 

「じゃあ俺の机もお前がやったんだろ?」

 

「んなことやってねえよ!」

 

「じゃあ俺もそんなことしてない。」

 

「てめえッ!」

 

互いに怒鳴り合う…いや、怒鳴っているのはいじめっ子の方だけで、北条君は冷静に見えるが。とにかく彼らは言い争っていた。

そしてその横には、真っ二つに割れた机。

 

「証拠がなけりゃあ罪には問えない。そうだろッ…!?お前らがずっとやってきたことだ!教師共が!生徒達が!たったそれだけを理由にしてずっと見て見ぬ振りしてきたことだ!胸糞悪いってモンじゃねえぞ!」

 

北条君が周りを睨みつけると、皆が下を向いて俯いてしまう。

彼らは、悪くないのに。

悪いのは、私なのに。

 

「…この程度で済まされたこと、感謝しろよな。次、真っ二つになるのは…持ち物だけじゃ済まねえぞ。」

 

「チッ…!」

 

周りも騒がしくなってきて、このままでは教師が来て面倒なことになると察したのか、いじめっ子達は大人しく教室から出ていった。

 

「北条…君…!なんで、どうしてこんなこと!こんなことしたら…!」

 

「こんなことしたら、なんだよ。俺らにまで被害が及ぶとでも?だったらお前はどうなんだよ。お前が辛い思いしている事実と何が違う。現状が変わらないことは、お前が苦しみ続けるってことだ。これで俺に標的が向くならまだマシだね。お前一人が苦しんでそれで皆が助かって何が楽しい。俺はお前が俺を理解できないことよりも、他の全員がお前を助けないことの方が理解できないね。何の権力も力も持ってないカス女如きに、ただ勇気なんていうチンケなモンも出せないクソ共がよ。反吐が出んぜ。」

 

「ど、どこに行くんですか!?」

 

北条君は、これだけ失礼なことを言い残した後、教室から出ていこうとする。

呼び止めて、弁明させなければ、また新たな軋轢が生まれてしまう。

 

「こんなクソ共といられるかよ。サボる。」

 

私の伸ばした右手は、空を切って虚しく落ちる。

 

(駄目…だった。)

 

私じゃ、北条君の助けになることはできない。

このままじゃ、北条君も私と同じような目に合う。

それだけは、死んでも嫌だ。

だから私は、もう一人の知り合いに助けを求めた。

 

「き、北沢さん!北条君が!北条君が!」

 

「そう焦らないで、静香。正直言って、ここまでは全部読めてたから。」

 

「分かってるなら、なんで…!」

 

「大河は、そういう奴なのよ。過去に何かあったみたいだけど、人が理不尽に貶められているのを見ると、ああなっちゃうのよね。それ以外じゃ案外まともなのよ?まあその様子だと、帰り道でその恐ろしさを味わったみたいだけど。」

 

「そ、そんなことないですッ!」

 

「どの道あの状態の大河にいうことを聞かせるなんて無理だろうし、まあ時間が経てば多少は落ち着く筈よ。その時になったら教室に戻ってくるから、もしまだ意見を曲げないって言うのなら…そうね、昼休みくらいにもう一度来れば話ができるかも知れないわよ。もしも、あのいじめっ子達が怖くないのなら、の話だけどね。」

 

北沢さんも、協力はしてくれなかった。

言うだけ言って、彼女は自席へと戻っていく。

 

(ど、どうすれば…!?)

 

友達なんていなかったし、こんなときどうしたらいいのかなんて分からない。

でもこのまま放っておけば、北条君が何かをされるのは確実。

私に何か、できることがあるのだろうか。

 

大人しく自席で、寝た振りをすることしかできない、私に。

 

 

 

 

 

「ねえ、話があるの…。」

 

「あ?最上てめえ、私らになんか命令する気か?北条と北沢にたまたま気に入られたからって急に調子に乗りやがって。今に見てろ…!後悔させてやるからな…!お前も、北条も北沢にも…!」

 

「その話を、しに来たの。それに命令じゃなくて、お願い。…あの二人には、手を出さないで。その代わり、私には何をしてもいいから。」

 

「はぁ?」

 

「私が二人を拒絶すれば、多分あの二人はもう関わってこない。そうした方が、あなた達にとっても都合がいい。違う?」

 

「…なんでんなことをしようとする。てめえにとって、私達に復讐するチャンスだろうが!舐めてんのかてめえ!」

 

「そんな理由じゃないわ。…私のせいで、他の人が傷つくのは、見たくないの。それだったら、私が傷ついた方がいい。」

 

「…最上てめえ、気持ち悪いなぁ。だったら見せてみろよ、その偽善者精神。」

 

いじめっ子のリーダー格は、天井に向かって指先を向ける。

 

「…何よ。」

 

「飛び降りろ。そうしたら、認めてやる。」

 

もしも、お前にそんな勇気があればの話だけどよ

と、言い残して彼女は教室から出ていった。

 

 

 

 

 

「どうしたら…いいのかな…。」

 

私は、屋上で一人、遠くを見ながら呟いた。

既に陽は紅く染まり、横合いから校舎を照らす。

 

下を見れば、そこには地面。

一本の木々も、クッションになるような花壇も、そこにはない。

飛び降りれば、間違いなく、死ぬ。

 

「やっぱり無理だよ…私には。」

 

初めは、飛び降りるために来た。

でも、駄目だった。

どうしても怖いのだ。

 

(どうして、だろうな。去年はいつ飛び降りるかしか、考えてなかったのに。)

 

ガチャン、と後ろで扉が開かれる音がした。

先生かな、屋上は本当は立ち入り禁止だから怒られるかな。

そう思って、振り返って謝ろうとしたら。

 

眼前いっぱいに見えたのは、北沢さんの綺麗な顔と、涙の溢れる目尻だった。

 

地面に叩きつけられた。

 

「痛ッ…!」

 

「何ッ…してるの…!?貴方、本当に飛び降りられて私や大河が喜ぶとでも思っているの!?馬鹿じゃないの!?」

 

「え…?」

 

「いい加減にして!誰かを救うために誰かが苦しむなんて間違ってる!もっとちゃんと、自分のことを大事にして!」

 

どうやらトンデモナイ勘違いをされているようだ。いや、あながち勘違いでもないのだが。

 

「落ち着いて、北沢さん。私、飛び降りる気なんてないの。」

 

「え…。じゃあなんで屋上なんかに…。」

 

「まあ、最初は飛び降りる気でいたんだけど…。ちょっと怖くなって。…でも、やっぱり飛び降りるべきだったかもしれない。」

 

「…またそうやって!」

 

「だってッ!…私には分からないから!人の痛みも、苦しさも、分からないから…!だったら、私が苦しんだ方がいい…!他の人が苦しんでる、なんて抽象的に言われても分からないよ!苦しんでるってどれくらい…!?どれだけ辛いの…!?どれ程悲しいの…!?死んじゃうくらい悲しいかもしれない、殺したいくらい苦しんでるかもしれないッ!…だったら、私が請け負った方が、生産的だよ…!私には何にもないから!私が死んだって、悲しむ人なんて誰一人としていない!友達も、家族も、もう、全部失った私が全部請け負って死んだら、それが一番皆が幸せになれる世界じゃない!」

 

「…だったら、どうしても飛び降りなかったの?それが全部、本当の静香の気持ちなら、今飛び降りるのが正解だったんじゃないの?」

 

「それは…!怖かった、から。」

 

「何が怖かったの?」

 

「え…と、痛いのとか、苦しいのとか。」

 

「嘘ね。それが怖いなら、静香は人の苦しみを請け負おうなんて思わない。ねぇ…本当は気づいてるんでしょ。もう静香は、飛び降りられない。気づいてるから、分かってしまったから。今飛び降りたら、悲しむ人がいるって。今飛び降りたら、自分が後悔するって。」

 

「そんなこと…あるわけないよ…!私が死んだって…誰も…!」

 

「少なくとも、私と、どっかで馬鹿やってるシスコンは悲しむわよ。…私達は、もう友達なんだから。」

 

「そんなこと言われたって、知らないよ…。友達って、私達は昨日あったばかりで、名前と顔くらいしか知らなくて、ずっと遠い関係じゃない…!そんな関係、いつ消えたっておかしくないじゃない…!だったら、今無くした方がずっと楽! 失いたくなくなる前に、今!大切になって、失うくらいなら…!最初から無い方が良かったッ!」

 

「逃げないでよ、静香ッ!」

 

「ッ…!」

 

北沢さんは、叫んだ。

初めて、目が合った。

顔を抑えられて、前しか見れないようにして、初めて、北沢さんの顔を見れた。

 

泣いていた。強い少女は、私の為に溢れる程の涙を流していた。

 

「逃げないで…自分から逃げ出さないでッ!周りのせいにしないで…!いつだって貴方が一人なのは貴方の責任よ!失いたくないなら、掴んで離すなッ!そうしたら誰も…もう貴方からは離れない!」

 

「嘘ッ!お父さんもお母さんも、そう言って私の前からいなくなったんだ!それが、たかが友達を信じろって!?無理に決まってるじゃない!お父さん達が離れていったのは私のせいだって分かってるよ…!北沢さんと北条君が裏切るような人じゃないって言うのも分かってるッ…!でも、それでもッ…!失うのは、怖いよ…!」

 

「私は居なくならない!私は静香が求める限り、絶対に離れないから!」

 

「言葉で言われたって…信用できないよ!」

 

「ッ…!」

 

そこで、もう北沢さんは口を閉ざしてしまった。

当たり前だ。たかだか昨日会ったばかりの知らない女子を、信用したいと思うはずもない。

それなのに言葉で言われても信じられないなんて、どうしようもないじゃないか。

 

「いいぜ志保。よくやった、お前はよくやったよ。…だから泣くなって。お前と俺じゃあキャリアが違うんだからよ。」

 

北条君が、いつの間にか現れていた。

北沢さんの頭をポンポンと叩いて、優しそうに笑う。

 

「悪いなもがみん。志保はまだ一年目だ。許してやってくれや。」

 

「北条君が何を言ったって無駄だよ。私はそういう(・・・・)風になっちゃったんだから。もう誰も信じられない。その本質はきっともう変わらないから…!」

 

私の叫びも、北条君は特に気にすること無く遠くを見据えて口を開く。

 

「『祇園精舍の鐘の声』―――って知ってるか?国語の授業でやったろ?この世のものは、いずれ変わる。不変のものなんてない。そういう意味の文章だ。形あるのはいずれ壊れてなくなる。それは別に、形があろうとなかろうと違うモンでもねえ。誰かへの想いとか、誰かとの関係とか、そういうのも全部薄れて、いつかは消えてなくなるかもしれない。」

 

「やっぱり…そうじゃないですか…。だったら、別に…。」

 

「…でも、じゃあなんで人って、そういうの大切にすると思う?どうせいつか失うものを、どうして後生大事に抱えて生きると思う?…それはな、残る(・・)からだよ。想いは残る、繋がりは残る。だから人間は、それを紡ぐんだよ。」

 

「残る…。」

 

「だって、だったら何で人は生きるんだよ。人が生きることに何の意味もないのなら、どうして人は死を怖がって、生きることに執着するんだ。繋がって、繋いで、そうして人は『何か』を残す。或いは自分の大切な人の為に。或いは名も知らぬ少年少女たちに。例えばもがみんの両親が急に居なくなったって。例えば志保がもがみんの前から急に居なくなったってさ。お前は絶対に忘れないだろ。そいつらと過ごした、たった一日でも。それでいいじゃねーか。お前の中に『何か』があるなら、『何か』が残ったなら、それでさ。」

 

「でも…でも!それじゃあ私は誰も信じられない!私は私のままで、何も変われて、ない…!」

 

「…ならこうするか。」

 

北条君はニヤリと笑って、柵の外を見据える。

何を―――ッ!?

 

「駄目ぇ!」

 

ガシッ!

 

何とか、間に合った。

 

唐突に走り出した北条君の身体は、私が掴んだ手だけを残して完全に宙へと投げ出される。

私が手を離せば、それこそ四階分の高さから落下し、最善をとっても死は免れないだろう。

 

「な、何がしたいの…!?ちゃんと掴んでッ…!じゃないと、北条君が…!」

 

「んなの怖くねぇよ。…だって俺は、もがみんがたとえ体力の限界が来たって、この手を離さないって知ってるから(・・・・・・)。あと。」

 

急に重さが消えた。

 

「志保が引っ張りあげてくれるって、分かってるから(・・・・・・・)。…うげぇ!痛ぇ!志保てめぇ!高く放り投げすぎなんだよ馬鹿野郎!」

 

北条君は、仰向けになって屋上に寝そべっていた。

北沢さんが、襟を掴んで投げたのだろう。

 

「その言い草、もう一回落ちてみたいらしいわね。いくわよ。」

 

「ちょっ待って!お前俺が高所恐怖症だったさて分かって言ってますよね!?止めような、な!?」

 

「高所恐怖症なんて気持ちの問題よ。落ちたら治るわ。」

 

「そりゃあ死ぬからな!馬鹿じゃねぇの!?馬鹿だよお前!男子中学生を片手で持ち上げられるとことかガチでリターンしてるとことか!…あーちょっあの、謝るんで謝るんで。許せしてくださせぃぃぃ!!」

 

真顔で少年を持ち上げる北沢さんと、暴れながらも焦り出す北条君。

今まさに窮地を脱したのに、まるで子供のような喧嘩のやり取りをする彼らを見て、私も馬鹿馬鹿しくなって思わず笑ってしまった。

 

ううん…そうじゃ、ないよね。

 

「ねぇ。二人とも。」

 

「んー?」「何?」

 

「違うかなぁ…。うん、そうだ。『志保』。」

 

「…フフっ。何よ、静香。」

 

「『大河』。」

 

「どうした、もがみんよ。」

 

 

 

「…私と、友達になってください!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから、私と志保と大河の三人の、おバカで楽しい中学校生活が始まった。

イジメっ子は大河が復讐なんて出来ないくらいに圧倒的な力量の差を見せつけられズコズコと引き下がっていき、大河は周りのクラスメイトの反応なんて気にすることも無く、志保が一人で全ての喧嘩を請負って、一緒に帰って、喧嘩して、ゲームセンターに寄って、うどんを食べて。

 

三人で、一緒に過ごした。

 

 

 

 

 

―――だから、こんな日が来るなんて、思ってもみなかった。

 

 

 

 

 

「志保!どうしちゃったの!?志保、待ってよ!志保!」

 

前を走る志保は、どんどんと遠ざかっていく。

当たり前だ。運動神経には元々雲泥の差があるのに、志保は荷物も持っていない。

 

「志保!約束したでしょ!喧嘩するって約束したでしょッ!逃げないでよ!そう言ってくれたの、志保でしょッ!」

 

「ッ…!」

 

その言葉に、志保はようやく立ち止まった。

そして、息を切らせて私も追いついた。

 

「どうしてなの…?ねえ、志保!どうして大河のお姉さんを殴ったりしたの!?志保は知ってるでしょ!?自分の拳の重さを知ってる筈でしょ!?なのに…なんで…!?」

 

「………………。」

 

「志保は悪者しか殴らないって決めたんじゃないの!?大河に教えて貰ったんでしょ!」

 

「いいのよ!あの女は悪者だから!あの、女は…!」

 

「いい加減にしてよ!志保、たった数分話しただけで、大河のお姉さんの全てが分かったって言うの!?それだけで、根っからの悪人だって決めつけられるの!?」

 

「ーーーにするのはそっちじゃない…。」

 

「え?何!?聞こえないよ!」

 

「いい加減にするのはそっちでしょって言ってるのよッ!」

 

「え…?」

 

初めて、かもしれない。

志保の怒号を、誰かにぶつける怒りを聞いたのは。

 

「いつも…いつもいつもいつも大河の影に隠れて!自分では何にもしない癖に無理な頼みばかり人に押し付けて!いつだって嫌なことは人にやらせる癖に!どうしてよ…!どうして静香が選ばれるの!?私の方がずっと大河のことを想っていたのにッ!大河が困ってる時は道を指し示してあげて、大河が間違えた時は道を正してあげたのにッ!他の女は大河に頼ってばかりで何にもしてはくれない!なんで好きなら…大河のことを1番に想ってあげられないの!?大河がどれだけ苦しんでるか、誰も、誰も知ってあげてない!そんなの理不尽よ…!一人で苦しんで死ねなんて…そんなの大河が可哀想よ! 」

 

志保の言っていることが、何一つ理解できない。

大河が苦しんでいる?

私が選ばれた?

何それ、全然分からない。

 

「志保…。それってーーー」

 

「話しかけないでッ!私に関わらないでッ!…これ以上私に…静香を憎ませないで…!」

 

泣いている。

強い志保が、誰のためでもない、自分のために泣いている。

いつでもクールで、冷静で、なんでも頼れて、すごかった少女。

その仮面はとうに剥がれ、普通の少女がそこにはいた。

 

志保が、歩き出す。

追いつける。ただ歩いているだけの志保なら、私だって追いつける。

言わなければ。

追いついて、言わなきゃーーー。

 

 

 

 

…なんて?

 

 

 

 

 

気がつけば志保は、もういなかった。

 

 

 

「どうして…なのかなぁ…。」

 

私の、せいなのかな。

私が、自分の身を弁えなかったから。

 

「どうしてこんな風に…なっちゃったのかなぁ…。」

 

 

 

 

 

765プロダクションのオーディションまで、後3日。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




繋がれた手は固く結ばれる。―――しかし、一度離れれば、もう、届かない。
















加蓮に…入れようね!(読んでいただきありがとうございます!)
はい、煮卵⑨です。ストックはあるのに遅くなったのは暇すぎて逆に色々やれ過ぎて遊んでました。悪いか。悪いな。
もう一話総選挙が終わる前に出すと思います。(出すとは言ってない。)
期待しないで待っててくれよな!



まあ、誰に入れるにしても投票を忘れるようなことはないようにしましょう!投票期間は5月15日~19:00だ!多分あってる。投票権がもし余ればぜひ加蓮に!





そういや古澤頼子さんに一目惚れしたのでボイスの方も余っていればぜひ。


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