私が北条大河と出会ったのは、たった二年前。中学校に進学してからの話だ。
私は、子供の頃から強かった。
学校では敵無しだったし、そこらの中高生で手に終えるようなガキでもなかった。
別段、格闘技やスポーツを習っていた訳では無いが、私はとにかく喧嘩が強かった。
「志保ちゃん…。助けてぇ…。」
「どうしたの、その怪我…。」
「タカシくん達が、公園を使わせてくれなくて…ズビッ使おうとしたら、蹴っ飛ばされちゃったぁ…。」
「すぐ行くわ。」
なんて、傭兵みたいな真似をして、横暴を振りかざす悪ガキ共を、バッタバッタと薙ぎ倒す小学校生活を送っていた。
私が戦うのは弱い者の為、私が戦うのは悪とだけ。私が戦うのは正義を信じる為。…そして、大好きだった、父の為に。
父は、私が8歳の時、急にどこかに消えてしまった。
理由も分からなければ、行方も分からないまま、もう5年の時が経とうとしていた。
別段母と上手くいっていなかったということもなければ、他に悩みがあったとも思えないような、普通の父の姿だったのだが。
『正義の味方に、なりたかったんだ。』
父は、よく、私にそんな話をしてくれた。
子供の頃は、ずっと弱気な少年だったのだと。
消極的で、内気で、頼りにならないような男子だったと。
それでも、譲れないものがあったのだと、父は言った。
『理不尽に苦しんでいる人がいるのを、黙って見過ごすわけ事も出来なくてなぁ。弱っちい癖に、すぐにイジメっ子の前に飛び出して、いつもボコボコにされてたよ。』
フッ、っと父は思い出したかのように笑う。
『それでも…どんなに体が痛くとも、助けた子から言われる言葉でそんなの全部吹き飛んでしまう。「ありがとう」って、ただたったの一言でもな。』
私はその時、どう思ったのか、どんなことを考えていたのか、それはもう、覚えていないけれど。
『だから志保も、弱い者を助けられる人になりなさい。』
でも確かに言えることは、私は、正義の味方に憧れた。という事だ。
そしてもう一つは、その会話を最後に、私は父と一度も話さないまま、会うことも無くなってしまった。それだけだ。
それから、私は『正義の味方』になった。
いじめられている女子を慰め、困っている老人を助け、暴力に訴える男子をボコボコにした。
それがいつの間にか尾ひれがついて、中学校に入学してからは誰も私に挑んでくる者はいなくなっていた。
そんなこんなで、私はこの中学校の女番長、と呼ばれるようになってしまった。
その頃、だろう。
彼と、出会ったのは。
「ふぅ…。中学生になったとはいえ、別にあんまり変わらない感じがするわね。」
中学入学初日は、何事もなく終了を迎え、特に代わり映えもしない面々に少し安堵しながらも、教師の親交を深めようとしている営業トークを聞き流す。
志保の席は一番後ろ、廊下に面した好物件で、左隣の子は小学校から仲もよく、しばらくは心配することなく学校へと来られそうだ。
ガラガラガラ。
と、教室の入口から音がするまでは、そうだった。
「あら…えっと、北条君…かしら。」
担任教師も、少し戸惑っている。
それもそうだ。単なる公立高校で、別に不良だらけという訳でもない学校で、初日から遅刻はよく目立つ。
そして、その少年の目。
この中の誰一人にさえ興味がないのではないかとすら思えてしまうような目が、彼の第一印象だった。
「はい。」
少年の返事はそれきりで、空いた席を見つけると勝手に座り込んでしまう。
(全く呆れた…。すみませんの一言も言えないのかしら…。)
その姿はまさに不良そのもの。服装はなんと私服であるし、遅れたことに対する謝罪も、弁明もない。
これで普通の生徒に暴力を振るうようなら、志保な迷うことなくボッコボコのメッタメタにするのだが、生憎ただの素行の悪い奴にそこまで義理立てする必要は無い。
『正義の味方』は、先生とかそういうのとは違う、悪を力で倒す、そんな存在なのだ。
それに、志保とてそこまで暇人でもない。
『君、アイドルに興味はないかい?』
街を歩いている時に、急に声をかけられた。
その時は母と弟も一緒だったので、人見知りの志保でもまともに話すことも出来た。
その、顔が逆光で見えない男は、765プロダクションの社長だと名乗った。
『君、ティンと来たよ!どうだい?アイドル、やってみる気は無いかい?』
返事を延期してから、もう一週間となる。
…本当は、断るべきだと分かっている。
自分の容姿が並外れたものだとは思えないし、ダンスや歌の経験もなく、アイドルになりたいという覚悟もない。
しかし。
北沢志保には父親がいない。
母は女手一つで、私達姉弟を育ててくれている。弱音を聞いたことは無いが、そこに金銭的余裕がないのは明白だろう。
中学生という身分で、まともなお金を稼ぐことが出来るのは、精々が新聞配達がアイドルくらいのものではないだろうか。
バイト禁止の中学校であるが、アイドルとして働いている者は何人かいるらしい。
それは入学前から噂になっていてたーーーかくいう志保も友人から噂で聞いたのだがーーーどうやらそれは真実らしい。
担任教師に確認してみたところ、
『う〜ん。それは私の一存で決められることじゃないけど、北沢さんがやってみたいなら、私達に止める権利はないわ。その場合は校長先生と話して決めるしかないけれど、ね。』
許可はどうやら降りたようで、後は私の気持ち次第。
…母と弟のため、と考えるならばどう考えたってやるべきなのだろうが、私くらいの覚悟で芸能界に入っていいのかという疑問もあれば、失敗するのでは、という恐怖心もある。失敗して稼ぎがなければ、アイドルに費やした時間がその分だけ無駄になるわけで、むしろ家族に迷惑をかけることになるかもしれない。
(本当に、どうしたら、いいのかしらね…。)
北条君がそれ以上の反応を見せないことを察したのか、先生は話を次へと進めた。
数分後、全ての話を終えた先生は、今日はもう授業時間は終了していると話す。
「でも、クラスでの親睦を深めたいから、時間がある人は残って―――
ガラガラガラ。
すると何と、遅れたにも関わらず北条君は即座に荷物を手にして教室を後にしてしまった。
彼が学校にいた時間など、精々3分程のものだろう。
(ホントに…なんのために来てるんだか…。)
別に私には、関係ないけれど。
「私が…委員長、ですか…?」
「うん!お願いできないかな?」
私達が入学してから、数日経った後。
弟が熱を出してしまい、その看病のために学校に遅れて登校した時の話だ。
「なんかね、今日はクラスで委員や係を決めたんだけど、皆が揃って『北沢さんなら任せられる!』って言ってたから…!信頼されてるのね、北沢さん。で、どうかな。やってくれたり…しない?」
「別に、構いませんよ。」
きっと誰もやりたがらないだろうし、皆が私に任せられるというのならやってもいいと思う。別に面倒くさい仕事を面倒くさがるような性格でもないし。でも、もしもアイドルになるのだとすればもう一人にその事情を伝えて謝らなくてはいけない。仕事、負担になってしまうかもしれないから。
「先生、もう一人の学級委員は決まっているのですか?」
「えぇ…。決まっては…いるのだけど…ね。」
「?」
「なんで私があなたみたいなのと学級委員をやらなくちゃいけないのかしら。」
先生曰く、もう一人はもう仕事を資料室で始めているらしく、急いでいった先には。
「あぁ?こっちだってやりたくてやってんじゃねぇっつの。騒ぐな糞餓鬼。」
件の問題児、北条某が居たのだ。
「糞餓鬼って…あなた、私と同い年でしょ…!?」
「だからどうした。精神が肉体に追いついてないって言ってんだ低脳。」
「はぁ…!?ホントムカつく…!この分じゃ謝っておこうと思ったのが馬鹿みたいね…!」
「何を謝ろうってんだ。」
「私は!スカウトされて、アイドルになるから!仕事をあなたに押し付けてしまうことを謝ろうと思っていたのだけれど!あなたみたいのが相方なら心置き無く押し付けられるわ!助かったわよ!」
「…アイドルになる気なのか。やめとけ。お前程度の覚悟で成れるもんじゃない。お前を縛る枷が増えて終わり、ついでにお前も潰れて終わりだ。」
「何を偉そうに言ってるのかしら!会って間もないあんたに私の評価を定められたくはないわね!」
「だってお前、分かりやすい。」
「は…?」
「責任感は人一倍強い。でなきゃわざわざ俺にアイドルについてのことを言う必要は無い。友達が沢山いると思っている。でなきゃ俺なんて不良とまともに話せるわけがない。でも、本人がそう思い込んでいるだけのぼっち野郎。でなきゃ委員長なんて引き受けるわけが無い。」
「あんた…!…ちょっと待って。『思い込んでいる』って何よ?」
「あぁ?もしや未だに気づいていないお花畑野郎か?もしかしなくともお前は周りから嫌われている。そりゃあ当たり前だ。暴力的で、正義を騙る面倒くさい女。それがお前の周りからの正当な評価だ。お前は今回も『頼れる』だの『任せられる』だの言われて引き受けたんだろ?はっ、チョロすぎて笑いが止まらねぇな。」
「そんなはずないわよ!私は友達を信じる!初対面のあんたなんかより、ずっと信じられるもの!」
「だったら勝手にしな。お前が誰にどう裏切られようと、俺には関係ない。」
と言って、まとめられた資料を卓上に置いて北条は部屋から出ていってしまった。
「勝手なやつ…。」
私はその資料を胸に抱えて、先生の所へと戻った。
「おはよー、志保ちゃん。」
「え、ああ、おはよう。」
昨日のことを考えていて、返事がちょっと変になってしまった。
別段それを気にすることなく、隣の席に座った友達は鞄から荷物を取り出し始めた。
『もしかしなくてお前は周りから嫌われている。』
志保は首を振ってその考えを振り払う。
自分の友人を疑うなんて、『正義』らしくない。
(そうよ…!なんであんな変なやつの言うことなんか間に受けなきゃならないのよ…!)
どうせ当てずっぽうで自分を貶しただけだ。それ以上の意味は無いだろう。
志保は名簿を見てようやく名前を知った、北条大河の席を睨みつける。
しかしそこには誰もおらず、その行為は無駄となったが。
始業のチャイムがなっても、そこは空席のままだった。
「どうだい、やってくれる気に、なったかい?」
仲の良い友達5人と、談笑しながら校門を出ようとしたその時、唐突に黒い影から話しかけられた。
その姿に周りの友人達は驚きを隠せないようだが、私はもう見慣れてしまった。
「皆ごめん。ちょっと待ってて。」
皆に一言言ってから、765プロダクションの社長―――高木社長を道の端まで引っ張っていく。
「なんで学校まで来るんですか…!?そもそもどうやって…!」
「君のお母さんに聞いたのさ。いや、はぐらかすのは良くないね。君のお母さんが、私に直接電話をくれてね。『志保がやりたいと言うなら、やらせてあげたいんです。』と言ってくれたんだ。…いいお母さんを持ったね。」
「…でも、私はやりたいだなんて一言も…!」
「やりたくないのなら、無理強いはしないよ。アイドルに全力で取り組めない人は、輝きの向こう側はと辿り着くことは出来ない。…だがしかーし!君に、もしも『本気』があるのなら!何を恐れることがあるか!他に何もいる筈はない!君は美人だ!アイドルを大勢見てきた私が保証しよう!歌やダンスなんてうちの先輩達から好きなだけ学べばいいさ!…だから、手を取ってくれないかい?」
その差し伸べられた手を、私はどうしていいのかも分からずに社長の顔と交互に見てしまう。
彼は、そんな私の反応を否定とは受け取らず、小さな咳払いを挟んでから再び話し始めた。
「…おっと、すまないね。つい熱くなってしまった。何も返事を今聞こうって訳じゃあない。ただ、私の覚悟を知ってもらいたかっただけなんだ。すまないね、級友との談笑の時間を邪魔してしまって。…一週間後、また来るよ。その時に返事を聞かせて欲しい。」
黒い影は去っていく時も黒い。
それだけくらいしか、頭に入ってこなかった。
「志保っ!志保スカウトされたの!?」
「ってことはアイドルになるの!?いいなぁ〜!」
話が終わるや否や、友人達が駆け寄ってくる。
「え…っと、まだ迷ってるの…。」
「えー!?志保なら可愛いし絶対人気出るって!ライブとかやる時は呼んでね!絶対行く!」
「皆…。」
やはり、皆は私のことを応援してくれる、かけがえのない友達だ。
信じていて、良かった。
「なんてことがあったのよ。やっぱり、あなたの言うことはでまかせだったみたいね。」
時は巡って、それから四日後。
再び教師に呼びつけられた北条大河と志保は、これまた再び資料室での資料探しを命じられていた。
「…で、それを俺に伝えてどうしようって言うんだ。」
「あなたの言っていることは間違っていることを証明しに来たのよ。」
「わざわざんな事のためにご苦労なこった、興味無い。俺は知ってるし、分かってる。お前は知らないし、分かってない。それだけだよ。それ以上でも、以下でもない。」
「…私が、分かってない…?何の話よ。」
「言ってんだろ、知らないって。悩んだって無駄だ。だってお前には…。いや、何でもない。」
「何よ、最後まで言いなさいよ。」
「仕事は終わった。帰る。」
北条大河は、終わってもいない仕事を投げ捨てて、教室を出ていってしまった。
でも私には、それを止められなくて。だって。
―――その目は、とても悲しそうな目をしていたから。
そうして、その翌日から、私を渦巻く環境の、何かが変わってしまった。のだと思う。
でもきっと、私には、何も分かっていなかった。
間違いも、正解も、何一つ分かっていない、手のひらの上で踊る、ピエロだったのだろう。
翌日、朝一番に投稿してきた私の机には、油性ペンで大きく『死ね』、と書かれていたのだった。
「何…これ…?」
誰の、仕業だ?
私を恨んでいる人?私が気に食わない人?
これは…イジメ…?
『お前が誰にどう裏切られようと俺には関係ない。』
「もしか…して。」
一つの可能性が、頭をよぎる。
でも…そんなわけが…。
「志保ちゃん!何これ!?誰がこんな酷いこと…!」
「はぁ!?許せない!」
「私、雑巾持ってくるね!」
思考の渦に飲み込まれそうになった私を、呼び戻してくれたのは皆の声だった。
「皆…!ごめん、ありがとう。」
疑うことなんて、そんな必要なんてなかった。私の友人達は、その落書きを見るや否や、驚いたような、怒ったような顔をして、すぐに消すのを手伝ってくれた。
「犯人の目星、つかないの?」
なかなか消えない黒い落書きを、消そうと躍起になって擦っている間に、友達の一人が尋ねてきた。
「ううん、分からない。だって、入学してから誰かに何かをしたことなんて…。まさか…。」
「誰か思い当たる節があるの!?」
私はそちらの席をチラリと見た、直ぐに逸らしたとはいえ一瞬でも見てしまった。
北条、大河。
私のことを嫌っていて、私とよく関わっていて、私に私を『知らない』って言った男。
頭の中でそんなわけが無いって、どんなに否定しても、彼くらいしかいない。
でも彼は、悲しそうな顔をしていた。私に何が起こるのか知っているはずの彼は、私に対して悲しそうな目をしていたのだ。
だから、違うって分かっていた。だから、直ぐに目を逸らして、友達になんでもないって伝えた。
でも、友達は皆、私が何を隠そうとしていたのか、分かっていたのだ。
それはきっと、『友達だから』なんてくだらない理由でなくて、もっと重い、何か。
その翌日に、またその事件は起きた。
でかでかと油性ペンの太字で『死ね』『もう来るな』『ゴミ』なんて、中学生が思いつく限りの罵詈雑言が机いっぱいに描き殴られていた。
でも。
昨日と違ったのは、それを書いているのが私の友人であったことと、書かれている机が北条大河のものだったという事だ。
「ちょっと…!皆何してるの!?」
「志保!どうする?」
「どうするって、何を…?」
「志保は、なんて書きたい?」
「…え?」
頭をガツンと殴られた気分だった。
なんて、書きたいかだって?
そんなもの、何も書きたくないに決まっている。なぜ私が彼にいじめのようなことをしなくてはならないのか。いつもの優しいみんなはどこに行ってしまったのか。
なんで私がやられて怒ってくれた皆が、同じことを人にしているの?
しかも、確たる証拠なんてない、冤罪に限りなく近い犯行だ。
立ち尽くす私を、不思議そうな目で見つめた皆は、直ぐにその作業に戻って思い思いの悪口を書き殴っていく。
それを止める人は、誰もいない。
私の友人達はクラス内でも強い立場の人間で、北条大河は、クラス内でも嫌われ者の異端児で、だから誰も止めようとしない。
彼は何もしていないのに、私の友人達は彼を傷つけているのに。
それを止める人は、私も含めて、誰もいない。
そして始業のチャイムがなって、ようやく教室へと入ってきた彼は、自分の机を一瞥した後、何を気にした様子もなく、自分の席に着いた。
私の後ろを通る時に、聞こえたその声は果たして気の所為だったのだろうか。
『やっと、これで、分かったか。』
遅すぎたけど、分かったよ。
私は、心の中でそう呟いた。
「志保、ご飯食べよ!」
昼休み、賑やかさを段々と増していく教室で、隣の席の友人が誘ってくる。
「ごめん、今日は学級委員で仕事入ってるから、また。」
「そっかー…。頑張ってね!」
「うん。」
私は席を立って教室を出ていく。
今のは、嘘だ。
確かに仕事を頼まれてはいるが、昼休みにやれとも言われてないし、ましてや今週中の仕事でもないし、なんだったら教室外で行わなければならない仕事ですらない。
そんな嘘をついてでも、今は彼女達から距離を取りたかった。
人間というものが怖くなった。
どうして、さっきまで人に悪意を向けていた顔を、平気で笑顔に変えて話しかけることが出来るのか。
私は、屋上へと向かい、そのノブを引く。
ガチャという音が一度だけ鳴って、それで終わった。
私は屋上へと向かう階段の一番上の段に腰を掛けて、膝を抱えて蹲った。
「正義って、一体なんなのかしらね…。」
「知るか。」
「ッ!?北条大河!?」
独り言のつもりだったのに、返事があった。
顔を上げると、階段の下から北条大河がこちらに上ってきていた。
片手にはパンの入った袋、ここで食事をとる気だろうか。
「なんで私がいるのにここに来るのよ。」
彼は私の言葉を無視して階段の端に腰掛ける。
真ん中に座っていた私は逆側の端に詰める。
彼は別に私に用もなく、ただただご飯を食べるためだけにここまで来たらしい。ここまで徹底したボッチ道を辿っているといっそ清々しい。
「あんた…ボッチならボッチらしく人がいる所には近づかないようにとか出来ないの?普通人がいたら避けるでしょ。」
「構って欲しいのか。」
「は、はぁ!?そ、そんな訳…!」
「じゃあ黙れ。」
「………。」
「………。」
「…ねぇ、構って欲しいって言ったら、話、聞いてくれるの?」
「嫌だね。」
「はぁッ…!?じゃあ分かった…!私は勝手に話すから、暇だったら聞いててよ…。」
「………。」
「私、あんたを馬鹿にしてた。真面目に登校してこないし、授業中はずっと寝てるし、この世界のこと、なんにも分かってない愚かな人間だと思ってた。」
「だからあんたのいう私がひとりぼっちっていうのも、僻みか何かかと思ってた。」
「でも、違ったのね。私は本当に、ひとりぼっちだった。」
「私が友達だと思っていた人達は、友達なんかじゃなくて、もっと悍ましい、何か。」
「私が、『正義』が嫌う『悪』なのかもしれないわね。」
「彼女達は…いえ、もしかしたら人間っていうもののは最も『正義』からかけ離れてるものなのかもしれないわね。」
「じゃあ私は…どうしたらいいのかしらね。」
その問いかけに、答えはなかった。
「やっぱり、あんたみたいな奴が、答えなんかくれるわけないもんね…。変な事言って、ごめんね。」
私はお弁当を包み直して、その階段をあとにするべく立ち上がった。
「知るかって言ってんだろ。」
後ろから声がした。
「…何よ。それはさっきも聞いたわよ。」
「だから。…どうしたいかは自分で決めろ。この世に正義なんてない。精一杯生きようとしているやつが苦しんで、人を陥れようとするやつばっかが得をする世界だ。だったら、正義とか悪だとか、そんなモノに俺の世界を汚されてたまるか。だから―――どうしたいかは自分で決めろ。その選択が、正義だ。」
私は、振り返らなかった。
『この世に正義なんてない』
私の生き方を、父を、否定されてるような気がして…気がしたのに、それを違うって言えなくて。
それがなんだか、悲しかったから。
それからというもの、私はあからさまに友人達を避けるようになった。
どう接していいか分からなかった。
自分の『正義』を貫ける自信もなかったし、北条大河のいう『正義』を信じる勇気もなかった。
誰も、信じることは出来なかった。
それに対して取った選択は、孤立。
誰とも関わらなければ、誰も信じず、誰も疑わずに済む。
最初から信じることがなければ、裏切られることも無い。
…それで、いいのかな。
父の、大好きだった父の教えに背き、自分の『正義』がなんだかも分からないまま自分の向かう先を決めても。
いや、それでいい。仕方ない。仕方がないのだ。
だって、あんなに優しい親友達が、あんなに非道な仕打ちができる人間だったのだから。
人は見かけで判断できないと言うけれど、内面を見たところでそれはまるで変わらない。
「ああ…。高木さんに、電話で謝らないと…。アイドル、やっぱり出来ませんって…。」
口に出してみると、少し溜飲が下がった気がするけど、それと同時に未来というものが黒く曇った気がした。
「志保…!志保ってば!ねぇ!お願い!無視しないで!これまでのことは謝るから!だからお願い!仁美達を助けてよ!お願いだからっ…!」
「え…?」
今日は高木社長に答えを出す日で、だから家に帰りたくなくて、ただ意味もなく自分の席から虚空を見つめていた。
そんな時に、親友の1人が耳元で叫んでいるのに気づいた。
「今、なんて…?」
私を頼っているのか?
私が露骨に避けているのに、それでも私を信じてくれるのか?
「やっと返事してくれた…!あのね、仁美達があっちの公園で喧嘩に巻き込まれてるの!捨てられた猫がいたんだけど、その子を可愛がってたらいきなり横から猫に暴力を降ってくる上級生がいて…!仁美達も抵抗してるんだけど、そいつがすっごい強くて…!お願い、志保…!虫がいいのは分かってるけど、助けてっ…!」
まるで、台本でも読んでいるような台詞だった。どうせ今回も、良いように利用しようとしているだけだろう。
(ま、それでもいっか…。)
どっちにせよ、罪のない猫が傷つけられているのを黙って見て見ぬ振りをするわけにもいかない。
「いいよ。行ってあげる。」
「本当…!?志保、ありがとう…!」
正直言って、全てがどうでもいい。
今の私には、その感情しか湧いてこなかった。
公園に着くと、親友達が砂に汚れて、立ってるのもやっとというような状態で1人の女性と相対していた。中には血を流している娘もいるが、その年上の女性の方がひどい怪我だ。4対1で善戦するようならば格闘技経験者なのかとも思ったが、さすがにそんなことも無いだろう。単純に力の、年齢の差だ。ならば、志保が負けることなど有り得ない。
「志保…来てくれたんだ…!お願い、あいつから猫を取り返して!」
女性は、左手で猫を抱き抱えている。片腕で4人とやり合っていたのなら、まあまあな腕ということか。
「その猫を離しなさい。さもないと、痛い目見るわよ。」
「嫌です。絶対に離しません。」
「そう…。私は穏便に済ませたかったんだけど、残念。」
私は駆け出して、女の腹めがけて拳を放つ。
これ一発で、音を上げるだろう。
「ッ…!」
「やるわね、私の拳を受けて立っていた人は久しぶりに見るわよ。」
女は猫を庇うようにして、私の拳を受けてそれでも立っていた。
でも無駄だ。私は何回だって悪を殴るし、いつか限界は来る。
私はもう一度拳を振り上げ、そして振り下ろす。
「いい加減にしろっ…てめぇは!」
それを、受け止められた。
北条大河の、左手に。
心に、小さな穴が空いた気がした。
「あんたも…そっち側に付くっていうの…?残念ね。…あんたはきっと、悪いやつじゃないって、思ってたんだけど。」
「ああ付くね。少なくとも、何にも分かってないお前よりは、ましな行いしてると思うぜ。」
低い姿勢から放たれる右ストレート。それを軽く躱して鳩尾に打ち込む。
「グハッ…。」
流石に男子、一発では倒れない。
腹を抑えながらも放たれた上段蹴り。
それを簡単に受け止め、背負い投げ。
「もう終わり?」
「終わるかよッ!」
倒れた体勢から下段回し蹴り。それを蹴り抜くことで吹っ飛ばし、バランスを崩したところでもう一度蹴り飛ばす。
数メートル吹っ飛んだ後、彼はベンチにぶつかって止まった。
もう起きないだろう、久しぶり全力で人を蹴ってしまった。
「はっ…。番長様とやらも、大したことねぇな…。」
「ふぅん…。意外と根性あるのね。」
再び立ち上がった北条大河は、全力ダッシュでこちらへ迫ってくる。
速さで対抗するべく右ストレート、それを首を捻って回避された所で視覚外から鳩尾に膝蹴り。
「グッ…!」
今度は、倒れなかった。
「ッ…!」
掴みかかろうとしてくる北条大河の腕を避け、左側面側から顬へと向けてハイキック。
フラフラながらも立ち続ける北条大河の頭を掴んで膝蹴り、曲がった北条大河の膝を蹴って飛び膝蹴り。
何歩か後退するも、まだ倒れない。
右フックが飛んできたのを、体を屈めることで躱して、腹に一発、顎に一発。浮いた体に回転を加えたボディブロー。
足で踏ん張って、土を削って、何メートルも交代しながらも、彼は、倒れなかった。
「どう…して…?」
彼は、誰がどう見たってボロボロだ。
口からは血が垂れ流れて、全身には痣や擦り傷がついていて、膝ももう崩れ落ちてしまいそうで―――しかし、それでも立っていた。
「どうして立つの…!?そんなボロボロで、無理して、格好つけて!そうまでして、どうして…!」
『悪』を、守るの?
あなたは、『悪』じゃないのに。
「簡単だね…。お前が、弱いからだ…。」
「嘘よ!私はどう考えたって強い!拳の威力だって、他の子よりも、ずっと!」
「フッ…。弱ぇよ。馬鹿じゃねぇのかお前。そんな信念もなんもねぇ拳、痛くも痒くもないね。強い奴ってのは、信念が違えんだよ。お前みたいに流されてそれでも自己満浸ってるようなんじゃない。命掛けてでも、一直線に走れるやつ、そういう奴が、本当に強いんだよ。」
私が…弱い。
強くないと、誰も救えない。
だから私は強くあろうとした。
人を助けられるように、人を守れるように。
でも、そうじゃないんだ。
「どうしたの志保!とどめ!」
「やっちゃえやっちゃえ!」
「後ちょっとで倒せるよ!」
「骨の一本くらい折っといた方がいいって!」
親友達の、野次が聞こえた。
(あ、れ…?)
なんで、私はこんなことをしているんだ?
どう見たって、私の方が『悪』じゃないか?
(でも、でも…。私は猫を傷つけられたくなくて。猫のために…。あれ…。でも、猫…。)
猫は女性の腕の中で何かに怯えるようにして丸くなっている。
少し血の滲み出ている部分もあり、小さな弾丸でも当たったかのような傷跡だ。
それはおかしい。
だって、女性は素手だし、そんな跡がつくようにどうこうできるわけがない。
それに、何より。猫が好きな志保なら知っていて当然のこと。いや、常識的に考えれば当たり前のこと。
猫が、攻撃してきた人間に懐く筈がない。
だったら、まさか、もしかして、私は…。
「嘘、でしょ…?」
「ふ…。ふふふっ!ふふふふふふふっ!」
下卑た、本当に同じ人から発せられたのかと疑うような笑い声が聞こえてきた。
「やっと気づいたんだぁ!?そう、私達が猫を撃ったんだよ!ホント、棚からぼたもちってこういうことを言うのかなぁ?あんたが最近私たちに反抗的だから、鬱憤晴らしに公園で猫を撃ってたらなんか偽善者が飛び出してきて、反抗もしないで猫庇って撃たれてやがんの!これは傑作だって無理矢理猫引き剥がして虐めてたら、まさかそんななんにも感じてなさそうな顔して殴ってきたからさぁ。あ、これは使えるなって閃いちゃったのよ!私って頭いいから、志保を使えば志保もその女も酷い目に合わせられると思ったらさらに北条大河まで出てくるなんて!まさに一石三鳥よ!」
「仁美…。ッ…!許さないッ!」
「ストップ!別に私はあんたに殴られたっていいけど?私、言ったわよね?私は頭いいから。この動画、撮ってるのよ?志保、あんたが他人に暴力を振るっているシーンを。それに、この動画にはそこの女と北条大河が、傷だらけの猫と映ってる!これを上手く編集すると、あら不思議!猫を虐める男女二人!仕舞いには締め殺そうと!…なんて、そんなことも出来るのよ…?ふふふ…!笑いが止まらないわ!はははははっ!」
「ッ…!」
私は、今更どうなったっていい。たとえ中学を退学させられても、家族と別れることになっても、アイドルになれなくたって。それは私の過ちの罪滅ぼしの一つに過ぎないだけだ。
でも、後ろの二人は違う。
私に巻き込まれた、善意ある一般人だ。
この二人を巻き込むことは出来ない。
「そうよね、なんにも出来ないわよねぇ!?このデータが流出されたくなかったらあんた達は今から私達の奴隷よ!」
「悪いがそれはできない相談だな。」
「フン…。北条大河、あんた反抗的だね。でも無駄。もうどうしたってあなたが悪者であることは絶対なの。」
「そいつはどうかな。」
北条大河はポケットから機械を取りだしそのスイッチを押した。
『そう、私達が猫を撃ったんだよ!ホント、棚からぼたもちってこういうことを言うのかなぁ?あんたが最近私たちに反抗的だから、鬱憤晴らしに公園で猫使う撃ってたらなんか偽善者が飛び出してきて、反抗もしないで猫庇って撃たれてやがんの!これは傑作だって無理矢理猫引き剥がして虐めてたら、まさかそんななんにも感じてなさそうな顔して殴ってきたからさぁ。あ、これは使えるなって閃いちゃったのよ!私って頭いいから、志保を使えば志保もその女も酷い目に合わせられると思ったらさらに北条大河まで出てくるなんて!まさに一石三鳥よ!」』
そっくりそのまま、機械は仁美が発した言葉を繰り返した。
「えっ…!?」
「悪いな、俺は頭がいいし、こういう手合いには慣れてんだ。立場が分かったらさっさと失せろよクズども。」
「クソっ…!覚えてろよ!いくよっ!」
仁美は、他の仲間達を連れて公園から出ていった。
「…ったく、無茶させるぜ。レコーダー守りながら喧嘩すんの大変なんだからな?」
「ごめんなさいっ!」
私は、とにかく頭を下げた。
これで許される問題でないのは分かっている。
私は人を冤罪で傷つけ、犯罪者の片棒を掴ませようとまでしたのだ。
「ああ?謝んのは俺にじゃなくてあの人にだろ。ま、俺もすまなかった。正直、止めようと思えばいつでも止めれた。でも、どっちが悪者かなんて俺には分からないし、当事者同士で蹴りつけろとまで思ってたよ。あんた、凄いやつじゃねぇか。信念があって、貫き通せる覚悟がある。これじゃ申し訳が立たねぇ。なんか詫びさせてくれよ。」
「…大丈夫です。謝罪も御礼も、私は受けとりません。私は猫を守りたくて、でも守る力がなくて。…でもあなた達が助けてくれました。おかげでこの猫を助けることができたのです。感謝こそすれど、責めようと言う気はありませんよ。」
「…あの、やっぱり怒ってます?目が怖いんですけど。」
「嬉しいと感じているのですが…残念。とにかく、この猫は私がお医者さんまで連れていこうと思います。お二人も、気をつけてください。」
それだけ言うと、水色の髪をした女性は相も変わらず無表情のまま、猫を抱えて公園から去っていった。
「…ふぅ。お前ももう帰れよ。俺は疲れたから送ってやってなんてやんねぇぞ。」
「いらないわよ。…あんたは?」
「寝てから帰る。」
北条大河は、公園のど真ん中で寝そべる。
ぶっきらぼうにも見える行為だが、今の私ならこの行動の意味が分かる。…ようになった、気がする。
「痛くて動けないんでしょ。」
「んなわけねぇだろ。ノーダメージだノーダメージ。」
「しょうがないわね。」
私は彼の体をお姫様抱っこの要領で抱えて、ベンチまで運ぶ。
「やめろ。軽々と持つな。ゴリラかお前は。」
「あんたこそ何よ。体重、40ちょっとしかないでしょ。ちゃんと食べてるの?」
「お前は俺のおかんか。いいから下ろせ。」
弁がたつやつに弁論で戦うなど具の骨頂。聞こえてないふりをして運んでいく。
そしてベンチに彼の半身を下ろして、頭を私の膝の上に載せる。
「…なんのつもりだ。」
「美少女が膝枕してあげてるのよ。直ぐに傷も治るかもしれないじゃない。」
「…膝が固くて痛」
「3回だけ許してあげる。あと1回。」
「まだ1回しか言ってねえだろ。」
「さっきゴリラって言った。」
「………お前中一にしてはおっぱいでか」
ドゴッ
殴った。
「痛っ!殴った!殴ったぞこいつ!あと1回許すって言ったじゃん!」
「セクハラを許すとは言ってないわよ。はぁ…。くだらないことやってないで、体を休めなさいよ。」
「俺の体をボロボロにしたのも追撃を加えたのもお前だけどな。」
「それは…!確かに、うん。私が悪いのよね。」
「急にしおらしくなんなよな、やりづれえったらありゃしない。」
「…あんた、この前アイドルなんかやめろって私に言ったじゃない?」
「言ったか?」
「言ったのよ。あんたにとってはどうでもいいことでも、私は傷ついたし、やっぱりそうなのかって納得しちゃったの。私、別に皆と比べても可愛いわけじゃないし、暴力的だし、アイドルになる意味も、覚悟も何にもなかった。言われて当然だなって、納得しちゃった。」
「…それでいいのか?」
「何よ、あんたがやるなって言ったんでしょ。」
「ああ、言ったかもな。でもこうも言ったぞ。『どうしたいかは自分で決めろ』って。…結局、人が目指す夢を止める方法なんてないんだよ。本当に、何を失ってでもやりたいことがあるやつは止めたって聞かない。出来ないって分かってても、心のうちでは諦めてても、いつまでも頭のなかには一つの感情しかない。」
「一つの、感情…?」
「『やりたい』。それだけだよ、それだけあれば十分なんだよ。信念があるやつは強い。でも、生まれた時から信念を持ってるやつなんて居ないんだ。やってる途中に芽生える信念だってある。だから、あとはお前の気持ち次第だ。アイドルを目指したいって気持ちは、あるのかないのか。そしてそれを諦めないままに走り続けることが出来るのか。決めるのはお前だよ。美麗を決定する民衆でもなければ、面接する面接官でもないし、お前を支える家族でもない。最後に結論を下すのは、お前だ。」
「私が…。ねぇ…ちょっと付き合って欲しい場所があるんだけど。」
「は?満身創痍なんだけど。」
「私が運んであげるから!行くわよ!」
「ちょっ、おまっ!」
「あんたが言ったんだから、最後まで付き合ってよね!」
「付き合う、付き合うから下ろせ!街中をお姫様抱っこで駆け回るつもりかお前は!」
なんか叫んでる気がするけど気にしない!
私は決めた、走り出すって!
だからーーー後はもう、駆け抜けるだけだ!
「失礼します!高木社長はいらっしゃいますか!?」
寂しさが見え隠れする商店街を走り抜け、使い込まれた階段を駆け上がり、ボロボロの扉を開け、開口一番私は叫んだ。
立ち上がり、答えたのは緑髪の女性。
「えっ…と、どちら様でしょうか…。」
「あー俺俺だよ小鳥さん。すみませんね、うちのがハッスルしちゃって迷惑かけて。」
「…もしかして、あんたの知り合い?なんで?」
「色々あんだよ。つか早く下ろせ。お前は初対面の人の前で男子をお姫様抱っこしてんだぞ。いい加減に自覚しろ。」
「えい。」
ドスッ。
「いっ…てぇなコノヤロウ!投げ捨ててんじゃねぇぞ!」
「それより、高木社長はいらっしゃいますか!?私、伝えたいことがあるんです!」
「私に用かな、北沢君。」
奥の、ついたての先から出てきたのはなんども見た不思議現象、逆光で黒くて見えない男、高木社長だ。
「あの、社長…。」
「安心したまえ小鳥君。彼女は私の客人だ。…少々やんちゃだがね。」
「あの!高木社長!」
「そう慌てないでくれ。まずはお茶でも入れようか。小鳥君、頼むよ。…返事、聞かせに来てくれたのだろう。」
「…はい。ですがこれからこの男を病院に連れていかなければならないので、簡潔に済まさせて頂きます。」
「構わねえよ。大した怪我じゃないって言ってんだろ。」
「…病院には行ってもらうわよ。私の病院送り記録を破られるわけにはいかないもの。」
「…それ誇ってていいのか?お前アイドルに勧誘されてんだぞ。それにさっきの女の人は行ってねぇと思うし諦めろよ。好きなだけ話せ。…俺もこのおっさんには言いたいことがあるしな。」
「そう…。高木社長…。時間は貰えましたけど、私が言いたいことは二つしかありません。私はアイドルになりたい。そして、そのためにはどんな苦痛にも耐えてみせます。この言葉と、あとは私の在り方を見ていてください。私が出せる『覚悟』は、これだけです。これ以上は、信じてもらう他ありません。信念も、何もありませんが…私はアイドルになりたい、アイドルになって、輝いてる世界を皆に見せてあげたい。…私きっと、『正義の味方』になりたかったんじゃないんです。私、その『正義の味方』が作った、優しさに溢れてる世界を見たかったんだと思います。でもそれは、拳を握る『
「何せこちらから誘った身。君が真剣ならばそれ以外に理由はいらないよ。歓迎しよう、北沢志保君。765プロへようこそ。」
これで、第一歩だ。
今度こそ、正しい方へと進んで、人に夢を届ける。
私の夢は、始まったばかり―――
「お前、話終わったか?」
「は?いいところなんだからあんたは空気読んで帰りなさいよ。私はこの感動をしばらくここで噛み締めてから帰るから。」
「家に帰って噛み締めろ。なんだったらお前が帰れ。悪いけど今からお前のプロダクションディスるし。…黙って見てりゃ、随分とゆるゆる面接になったようだな、高木社長さんよぉ。」
「…大河君。久しぶりだね。」
「俺は久しぶりな気がしねぇよ。今でもここで言われたこと、はっきりと思い出せるぜ。」
「…あの時は765プロは出来たてで、まともにアイドルをプロデュースできるような環境じゃなかった。実質誰かをプロデュースしている余裕なんて、うちにはなかったんだ。」
「事情は知ってる、だから初めにこんなとこに来たんだ。どうやらアイドル12人も集めたらしいじゃんかよ。それが13人になったって、問題はなかったと思うけどな。」
「大河君…。私を、恨んでいるかね…。」
「いや全然。」
「え?」
「あんたは社長としては一流の判断をした。現状使えない駒を捨て、少しでも輝きの強い原石を拾って集めて磨いて育てる。天才と秀才とを総取りできる最高の手腕だな。」
「………………。」
「でもあんたはプロデューサーとしては三流、いや、それ以下だな。お前は中にダイヤモンドの入った宝箱を、ミミックかもって手放した。そして、その鍵はもう空いている。恨むならあんたの方だぜ、おっさん。過去の自分を恨む時はすぐにでも来るかもな。その時まで首を洗って待ってろ。…765は346がブッ潰す。」
そうして少年は、親指を立てて下へと向けた。
彼と高木社長に、何があったかは知らない。
きっと私が踏み込んではいけない場所なのだろう。
だから取り敢えず私は。
「年上の方には敬語を使いなさい!」ジャーマン・スープレックスッ!
「フゲェッ!」
「すみません高木社長、うちのが。」
「いや、構わないんだが…。君達はどうやら面白い関係になっているようだね…。」
「ええ、恩人です。」
「恩人を地面に叩きつけてんじゃ…ねぇ!」
躱した。遅いな。
「避けるんじゃねぇボケェ!」
「避けるわよ。だって遅いんだもの。」
「人がいい話してんだから邪魔すんなよ!」
「嫌よ。私、自分だけが分からない話されるの嫌いなの。」
「…大河君。君はさっき、私がトップアイドルの卵を見逃してしまったと言ったね。でも。どうやら君は私にセカンドチャンスをもたらしてくれたようだが?」
「ハッ。それはこいつ次第だね。正直言って星一だぜこいつ。努力値ガン振りでようやく役にたつかって言うところだな。」
そもそもこいつの例え話は長くて専門知識を要する。だから話についていけないのだ。
だから取り敢えず私は。
「訳分かんない話してんじゃないわよ!」スカイ・ブルースープレックス・ホールドッ!
「理不尽ッ!」
「取り敢えず私が罵られているのわ感じたわ。何よ星一って。こんな可愛い美少女星五に決まってんでしょ。」
「格ゲーなら間違いなく星六枠だな…。」
「話、終わった?じゃあ病院に行くわよ。本当のプロレスラーじゃあるまいし、これだけの大技を喰らって無傷とはいかないでしょ。」
「てめぇがやったんやろがい!」
「じゃあ高木社長。私達はこれでお暇させて頂きます。後日母と一緒にまた訪ねさせて頂きますので、また。今日はありがとうございました。」
「チッ…。あばよおっさん。ま、もう会うこともねえだろうけどよ。」
二人の若者が、扉を開けて去っていく。
「北条大河君…か。面白い存在だな…。」
手元にある書類は、合計で12枚。
どれもが高木自身で認めているアイドルの素質がある者達だ。
伝説のアイドル、日高舞が電撃引退をしてからはや11年。
それからというもの、アイドルというコンテンツは低迷を続けている。精々が、961プロが知名度を誇っている程度だ。
だがしかし、彼ならば、或いは。
「私も、プロデューサー探しに、精進せねばな…。」
彼に負けてはいられない。
そのために、彼女達を導く存在が、必要だ。
「ほんとにこのまま帰る気?お前バカなの?自分の息子が女子にお姫様抱っこで持って帰ってこられた時の気持ち考えたことあんの?」
「知らないわよ。だって私、お姫様抱っこで抱えられて家に持って帰ってこられたことないもの。」
「いいから下ろせよ。ごちゃごちゃ言っておいて結局のところお前がやりたいだけだろ。」
「ええそうね。『どうしたいかは自分で決めろ』、じゃなかったのかしら?それに、あんたもう立てないでしょ。」
「は?んなわけねーじゃん。」
「抵抗、一切無くなってるけど?」
「…仮にそうだとしてやるよ。でも家の前では下ろせよ。親か姉に見つかるとやばい。」
「え…何やってんの大河。」
角を曲がるとオレンジ色の髪色をした、チョココロネ型のツインテールみたいな髪の人が、大河の名前を呼んだ。
年齢的にも、制服を着ているところを見ても母親ではないだろうし、こんなひねくれた奴に友達がいるはずもない。
「ああ、お姉さんですか。すみませんが家までの案内お願いしてもいいでしょうか、多分、この状態だと言ってくれなさそうですし。」
「えと…。君は大河の…彼女さん?」
「違います、敵です。でも教わったこともあったので、今日のところは助けてやろうかなと。」
「プッ…。大河、この子面白い子だね。またなんか無茶したことについては帰ってから説教するとして、こっちだよ。えーと…。」
「北沢です。北沢志保。」
「じゃあ志保ちゃん。こっち。家に着いたらお茶でも飲んでく?」
「遠慮します。ご迷惑はかけられないので。」
「遠慮しちゃうのかー…。あ、大河持つの変わろっか。重いでしょ流石に。って言ってもうちここなんだけど。」
大河のお姉さんに遭遇して、せいぜいが30秒くらいでその家に着いた。
あまり初対面の人と話すのは得意ではない。年上ともなれば尚更だ。大河を捨てて帰るとしよう。
ポイッ
「痛ぇ!」
「では、私はここで。」
「おい!投げ捨てんなよ!」
「えー。志保ちゃん帰っちゃうのー?お詫びにお茶でも飲んでいきながら大河の恥ずかしい話聞かせてよー。」
「すみませんが、急いでいるので。」
この人は、なんというか、苦手だ。
軽く話しているようで、でももっと重いものを抱えているような、ちぐはぐな感じ。
そして初対面でも馴れ馴れしく、でも奥底では一歩距離を置くような。
なんというか、嫌な人だ。
「でも大河家まで運んでもらったし、なんかお礼をしたいんだけどなー。」
「だったら…先輩として語ってやれよ、自称アイドル候補生。」
「先輩…?もしかして志保ちゃん、アイドルなの!?」
「ええ…まあ、さっきなったばっかりですけど…。」
「いいよね!アイドル!志保ちゃん可愛いし、きっとトップアイドルになるって!え?じゃあサインとか貰っていい?私が志保ちゃんのファン一号!」
この人がファン一号は嫌だ。
何かいけ好かない。
申し訳ないが、適当な理由をつけてサインは断らせてもらおう。
すると、下から声がした。
「悪いな姉貴、こいつのサインはダメだ。」
「…大河?」
「こいつのファン一号は、俺だからな。サインも一番は俺だ。」
「え…?」
「だからさっさとアイドルになれよ、志保。サインかけるようにしておけよ。帰るぞ加蓮。」
「ふぅん…。まあいいや。じゃね、志保ちゃん。」
二人はドアを開けると何事も無かったかのように普通に入っていった。
今言われたことを心の中で反芻し、思い起こす。
私は膝を抱えて考え込んだ。
(ファン?あいつが?あんだけ文句言って人の事ゴリラとか言ってたやつが今更ファン面?いやいやありえないでしょデリカシーが無さすぎでしょ…!)
でも、なんでだろうか。
『嬉しい』って、思ってしまうのは。
「ああーもう!絶対許さないからぁ!」
私の叫びは近所中に響き渡って、消えた。
それからは忙しい日々が始まった。
勉強に運動にアイドルに、どれも手を抜くわけにはいかない、特にアイドルは考え方の違いから仲間とも衝突することもあったし、先輩に噛み付いたり、同僚に喧嘩を売ることもあった。言葉選びが下手で、素直に物が言えなくて、不器用な私は何度も何度も失敗して、挫けそうになった。
でも、いつだって隣には大河が居て、途中からは静香も居て、二人が支えてくれて。
この三人が居ればどんな困難だって乗り越えられる。そんな気がしていた。
…その筈、だったのに。
私は家に帰って、枕を涙で濡らしていた。
誰にも助けを求められなくて、一人でどうにかするしかなくて、でも一人では何にも出来なくて。
「お姉ちゃん…どうしたの…?」
「なんでもないわ…。陸、ちょっとあっち行っててね。」
「でも、お姉ちゃん泣いて―――」
「陸!」
「あ…。ごめん、なさい…。」
最低だ。
私に気遣う陸の好意すら、私は素直に受け取れない。
でも私は、こんな理不尽を許したくない。
でも私は、こんな世界を愛したくない。
何が『正義の味方』だ。自分も、家族すら救えなくて、一体何を守れるというのだ。
「…どうして…こうなっちゃったんだろう…。」
■■■■■■まで、あと3日。
真っ暗闇で一人彷徨う。―――光を塗りつぶしたのは自分自身だ。
読んでいただきありがとうございます。
加蓮に…入れようね!(感想待ってます。)
投票期間は明後日まで!0時更新じゃないから余裕を持って、15日になった瞬間にデイリーを片っ端から拾って投票しましょう!
え?小説の進捗?誰か興味あるのか?
後3~6話で一章は終了です。3万字くらいあるかもだけど、ぜひ読んでね(はあと)
なお、構成上一気に三話くらい飛んでいくので少し更新が遅くなるかもしれません。誰も気にしてなさそう。