流星堂の居候 - Unintended hareM - 作:津梨つな
「ただいま。」
機嫌がよくないとしても返ってきたときはただいま。挨拶は大事である。
水色の少女の涙に見送られ駆けてきた俺は数十分ほどで流星堂に辿り着いた。
…できれば揉め事は避けたかったが、可愛い妹の為にやらなきゃいけない事なんだ。
冷静に冷静に、と自分に言い聞かせるように靴を綺麗に揃え有咲の部屋へ向かう。
「ぁ…大樹さん……。ッ……!」
途中、不安げにうろうろする香澄とすれ違ったが、何も言わず頭を撫でておくに留めた。
何髪下してんだ。可愛いかよ。
ちょっと和んだ。
「……沙綾。入るからな。」
「どうぞ~。」
いざ部屋の中へ。
弾んだ声で返事をされるのも腹立たしいが、ぐっと堪える。
まだだ、まだ怒らんぞ。
「…有咲は?」
部屋を見渡すも、そこにいるのは床に女の子座りのおたえ氏(服は着ている)と仁王立ちの沙綾のみ。
「帰ってきていきなりそれ?…ほんとに大好きなんだね。」
「悪いかよ。大事な妹だぞ。」
「はっ。気色悪いね。」
「あぁ?」
「なに?図星突かれたら威圧って訳?男ってみんなそうだよねぇ。」
「………。」
「え?黙っちゃうんだ。何も言えなくなっちゃったの??喧嘩しないの??」
なんだこいつ。
なんだこいつなんだこいつ。
足元ではおたえ氏がテニスのラリーでも見るように俺と沙綾の顔に交互に視線をやりあわあわしてる。
悪いなおたえ氏。こいつに会話をする気がない以上こうなるのは仕方ないんだ。
「どうしたの?大事な妹の為に彼女の家から慌てて帰ってきたんじゃないの??」
そうだ。
コイツは何で花音の家に居たことを知っている?
「お前さ、どうして俺が花音の家に居るってわかったんだ?」
「そりゃ、家に入っていくのを見たからだよ。」
「は?」
「急に機嫌損ねて出て行ったでしょ?あの後、有咲と香澄がずーっとうるさくてさ。
喧嘩はするなとか、良い人なんだからとか…そんなに言うならもう一度ちゃんと話してみようと思って。」
「…尾けてたのか。」
「嫌な言い方しないでよ。
公園でぼーっとしてるところに追いついたんだけど、そこに花音さんが来たじゃない?
そのまま見てたら腕まで組んじゃってさ。あぁ、やっぱりコイツも
「そんな時間からずっと…お前、暇人かよ。」
「は?大事な妹が心配して待ってるのに外で彼女とイチャイチャしてる人には言われたくないかな。
ま、本当に大事だって言うならの話だけども。」
「…それを、有咲に伝えたのか。」
「そりゃね?
…『あなたのお兄さん、外で可愛い彼女とラブラブしてたよ?
腕まで組んで、さっきまでとは違って幸せそうだったなー』って伝えてあげたの。
そしたら、急に苦しそうな顔しちゃってさ。…どうすんの?おにい、ッ…!?」
もう冷静じゃいられなかった。相手が女だとか、話に突っ込みどころがありすぎるとかどうでもよかった。
頭で考える前に、感情だけに任せて目の前の女の襟首を掴んでいた。
そいつにしてみても嘸かし恐ろしかったろう。さっきまでの煽るような余裕はなく、ただ引き攣った顔で目を見開いていた。
「いい加減にしろよ。」
自分の物とは思えない低い声が聞こえる。
こんなにも腸が煮え繰り返る思いだというのに、口から出る音は酷く冷たく静かだ。
「俺が変態だとか屑だとかゴミだとか、そんなのはどうだっていい。
ただ、お前が見たのは飽く迄
現実を知ろうとも見ようともしない癖に、思い込みや決め付けで他人を傷つけるのはいけねえ。
いいか?お前は軽い気持ちで言っていたのかもしれない。
本当に何か根拠…そうだな、過去の経験とか体験から言っているのかもしれない。
だとしても、それが俺や有咲に何の関係がある?
それが有咲を泣かせていい理由になるのか?
俺の大事な妹を傷つけるに足る根拠になるのか?
お前がどういう考えからその煽るような態度を取っているかわからん。
けどな、目に映る"男"を一緒くたにして罵倒して、気色悪いものだと思い込む前にもっとよく見てみろ。
聞いてみろ。話してみろ。
何なら、俺じゃなくても当事者は他にも居ただろ?
有咲とおたえ、2人の話は聞いてやれたんじゃないのか?
そうしたら、徒にあいつを傷つけることもなかったんじゃないのか?
お前、本当に何がしたいんだよ。
…有咲がバンドやるって聞いて、すげえ嬉しかったんだぞ。
初めて出逢った頃なんか、「必要ないから友達なんて要らない」って言ってたあの子がなぁ…って、柄にもなく感動したもんだ。
でもな、それでも、お前みたいな奴が居るバンドなら俺は反対だ。
俺は、有咲の傷つく姿を見たくないだけなんだよ。俺はあいつの…兄貴だからな。」
言っている内容は文法だとか日本語がぐちゃぐちゃだったかもしれない。
それでも言いたいことは言ったはずだ。
全部言い終わった後、気持ちも少し落ち着きを取り戻し、握っていた手からも自然と力が抜けた。
呆然とした様子でへたり込む沙綾の目からは止め処なく涙が溢れている。
「…怖い思いさせてすまんな。でも許せなかった。
俺もお前が、…いや、
「……………。」
返事もできないか。まぁ今は仕方ないか。
「おたえ氏。」
「は、はいご主人さ」
「大樹でいい。」
「…ヒロさん。」
「ん、まあいいか。有咲は?」
「ごしゅ…ヒロさんの部屋に居ます。」
「さんきゅ。」
素直な美人を置いて自室へと向かう。
出る寸前にチラと沙綾を見やる。…先程とはまるで違い、縋るような目つきでこちらを見ているのが少し印象に残ったが、今は気にしていられない。
有咲の元へ向かおう。
**
「有咲。」
自室では、おたえ氏の教えてくれた通り苦い顔をした有咲が待っていた。
布団の上で体育座りをし、枕の端を弄っている手を止め、こちらを見上げる。
「…帰ってきたんだね。」
「おう、ただいま。」
「……………。」
「……………。」
少し気まずい沈黙。
「あんなに大きな声出すんだね、ヒロにい。」
「そんなに大きかったかな…。俺もちょっとカッとなってて、気付かなかったかも…。
ごめん。」
「ううん、ちょっと新鮮だった。」
「そか。」
いつもより口数少なめの有咲。
さっきまで泣いていたんだ、それも当たり前っちゃ当たり前だけど。
また枕の端を
有咲がこれをする時は、決まって何か言いたいけど切り出し方に困っている、そんなサインだ。
こういうときは、
「…よいしょっと。後ろから失礼するぞ。」
「ぅあっ。」
いつものスタイル。
後ろに回り、抱えるように腕を回してやる。
「遠慮すんなよ。妹の言いたいことくらい、何でも聞くぞ?」
「うん……。
さっき、帰ってこなくていいって言っちゃったから…。」
「あぁ、あれはショックだったなぁ。」
「ご、ごめん、なさい…。
……その。」
「ん?」
「嫌いに…なった?」
「うーん…。有咲は?」
「えっ?」
「なんというか、沙綾から聞いたんだろ?
…俺が、花音の家に行ったこと。」
さっきあいつから聞いたように、敢えて傷つけるように選ばれた言葉で聞いているんだろう。
今こうやってスキンシップを取る資格さえ、とうに無くなっている可能性すら十分にある。
「ぁ…うん。
悲しくなって、寂しくなって…。どうしていいかわからなくてちょっと泣いちゃったけど…。
それでも、ヒロにいを嫌いにはなれなかったよ。
花音さんって人の家に行ったって聞いて凄く凄く苦しくなっちゃったけど、それでもヒロにいが好き。」
「…そっか。」
「うん。…ヒロにい、は?」
体を捩らせ、こちらに体を向ける。
その姿勢から、必然的に吐息がかかる程の距離に有咲の整った顔が来る。
「有咲を嫌いになるなんてことは、絶対にないから安心しろ。
あ、でもあんまり酷いこと言われると普通に凹むから、そこは勘弁な?」
目をまっすぐ見て、ちゃんと本心を伝えた。
後半恥ずかしくて、ちょっと冗談めいて流しちゃったけど、それでも。大事なことは、声に出さないと伝わらないから。
「ふふっ……酷い事言うかどうかは、ヒロにい次第だから、頑張ってね。」
「う…努力はしよう。ただちょっとは甘く見てくれ…。」
「どうしよっかなぁ…。」
「くそう、可愛いなぁおい。」
「でしょ。…ずっとずーっと、好きでいて。」
「有咲…。」
この距離で有咲の可愛さMAXな部分を見せられ続け、あまりの甘さにクラクラする。
やがて二人は見つめあった目を閉じ、ただでさえ近い距離を更に縮ませ―――
その接近は、小さな音によって阻まれた。
この状況からして聞こえるはずのない方向から聞こえたそれの主は…。
「k、香澄ィ!?」
「わぁあ!?」
その存在に気付いた有咲と有咲の声に驚いた香澄がお互いに仰け反る様にして倒れる。
有咲は俺が支えられたが、可哀そうなことに香澄はしこたま頭を床に打ち付けていた。まぁ畳だけど。
「うぅぅぅ」と唸りながら頭を摩りつつ起き上がる香澄。
涙目だ。
「お、おま、おままま」
「落ち着け有咲。」
「なんだってこんなところに…」
「
「うぅぅ、何でっていうか、最初からずっといたよぅ…。」
「…嘘やろ?」
香澄が言うには、廊下で俺とすれ違った後着いていこうとも考えたらしいのだが、部屋に入った俺と沙綾が早速バチバチ始まってしまったせいでびっくりして逃げてしまったらしい。小動物か何かか。
逃げるといっても家の外は暗く、家の間取りを把握しているわけでもないので俺の部屋に逃げ込み、隅の方で息を潜めてほとぼりが冷めるのを待っていたんだと。そして香澄が逃げ込んだ後すぐに有咲が泣きながら入ってきて、俺の布団に潜り込んでいったが泣き様があまりにガチで出るに出られなかったと。
そこに俺が入ってきて…あとは先の通りで、香澄はたった一人の観客として見ていたらしい。
「香澄ぃ…お前…」
「ご、ごめん有咲!もっと早く、声かけたらよかったよね…」
「ちげえよ!もうちょっと我慢してられなかったのかよ!!」
「…がまん?」
「今いいとこだっただろうが!もうちょっとでヒロにいと…ヒロにい…と…」
ボンッと音が聞こえてきそうな勢いで一気に赤くなる有咲。状況をようやく自覚したらしい。
あわあわ言いながらもこちらを見上げ、目が合ったかと思えばすぐ逸らされた。かわいい。
「大樹さん、有咲、変になっちゃった?」
「うーん、今は放っとこうか。これはこれで可愛いし。」
「大樹さんも、有咲とちゅーしたかった?」
「きわどい質問だなあ…。俺、まともにキスってしたことないんだよね。」
「わっ!そうなんですか!私もです!!
お揃いですね~。」
えへへ~と笑う香澄。そんなお揃いは何か嫌だなぁ…。
と有咲を見るも未だ百面相中だし、今のうちに香澄にも謝っとかないとな。
「ごめんな、香澄。」
「?あ、やっぱりしたことあったんですか?」
「違う違うキスの話じゃねえ。
…お泊り会、嫌な雰囲気で邪魔しちゃってさ。」
「ぁ……。そうでした…。」
「俺が、ガキ過ぎたんだよな。
そもそも、沙綾に色々言われたとしても笑って流せなかった俺が悪いんだ。ほんとごめん。」
「え、あ、謝らないでください。お泊り会はいつでもできますから!」
「ほんとすまん…。この後は邪魔しないように大人しくしてるから、女の子たちだけで存分にお泊ってくれ…。」
邪魔するわけには、というより女の子のお泊り会に男が干渉するのは普通にマズいだろ。
日頃有咲とお泊り会状態なのは今触れないでくれ。そのブーメランは自分でも気づいてる。
その常識がないのか、香澄は「大樹さんも一緒に寝たら楽しいと思うのに…」などと言っている。狼さんに食べられちゃいそうだなこの子は。
「と、いうわけで。」
「?はい。」
「君らは有咲の部屋へ戻りんさい。」
「えー?」
「えーじゃない。香澄、今日はお泊り会で来てるんだろう?
なら、こんなお邪魔虫のとこに居ないで、友達と一緒に居なきゃ。」
「た、たしかに…!!」
早速立ち上がり走り出す。おい香澄、有咲忘れてんぞ。
「有咲?恥ずかしさ収まったか?」
「………うん。」
「そかそか。…香澄、いっちゃったぞ?」
「……うん。」
「どした、疲れちゃったか?」
「ううん。…ヒロにい、さっきの続き…。」
「あー……。したいのか?」
まだ赤みの残る顔のまま、コクンと頷く。
したいのか。
「でも、妹…とそういうことって、してもいいのかな。」
「……じゃあ妹じゃ無くなっちゃえばいいんじゃないの。」
「それはそれで寂しいんだもんなぁ。」
何だかんだでこの関係性、心地いいのだ。
「うー…でも、でも。」
「とりあえず、今日はお泊り会楽しんでおいで?
…友達がいないほうが、しやすいってのも…その、あるし。」
「…確かに、邪魔者は居ないほうがいいね。」
「だろ?ってことで。…いってらっしゃい。」
「…うん。ばいばい、ヒロにい。」
さっきの件があったからだろうか。恐らく深い意味のない
が、恐らく彼女らは彼女らで今日の会を楽しむことだろう。
ヒートアップした体を休めるため。今日は早めに眠ることにした。
有咲とほのぼのイチャイチャする話が書きたいっていうのが真のテーマなんです…。