流星堂の居候 - Unintended hareM - 作:津梨つな
「よう、沙綾。」
「ええと…お久しぶり、です。」
お互い気まずいのは仕方ないか。今も目を合わせて挨拶はしたが、直ぐに逸らされてしまった。
どちらから何かを切り出すわけでもなく、立ち尽くす。
…暑い。
「なぁ、取り敢えずどこか入らないか?
まさか往来で突っ立って話すってことも無いだろ?」
「え?あー…。はい、まぁ…。」
歯切れが悪いな。
「…なんだ?何か言いたいことがあるなら言っとけよ?」
「はぁ…。今日はその、来てもらってありがとうございます。
無理言ったようで…。」
「あぁ。それは別にいいけど。」
「それで、謝りたいっていう子がもう一人いて…」
「もう一人?」
どんっ。
「おっ。」
背中に何かがぶつかってくる。…しがみついてきてる?
「ヒロくん!!」
「…なんだお前か…。」
氷川日菜。随分久しぶりな気がするが、このインパクトは間違えようがない。あの姉妹の妹の方だな。
「むーっ、何だとはなんだー!
ヒロくん、今暇なの??」
「沙綾、もう一人ってこれ?……沙綾?」
「……!」
目を見開いて凄い形相だ。それに、心なしか呼吸も荒いような。
「さ、沙綾?…具合悪いなら、本当にどこかに」
「何でお前がここに……お前さえ、お前さえ居なければ…!」
「ふぇ?だ、だれ?…ヒロくん!?」
「沙綾、ストップだストップ。沙綾ッ!!」
「はっ…!…え?え??」
どうしたというのだろう。
日菜を見た瞬間から、まるで沙綾が沙綾じゃないみたいになってしまった。何かに乗り移られたかのように、日菜に憎しみと、苦しそうな声をぶつける。
慌てて肩を揺すると我に返ったようだが、混乱っぷりを見るに今の出来事を覚えていない…のか?
「どうしたんだ沙綾。…俺の事はわかるか?」
「はぁ…!はぁ…!……うん、大樹さん。ありがとう…。」
「ね、ねえ、ヒロくん…?あたし、あたし何かしちゃったの…?」
「わからん。沙綾とは知り合いか?」
未だ荒い呼吸の沙綾を支え、背中をさすりながら日菜に訊くも彼女は首を横に振る。
「沙綾…。落ち着いたらでいい。落ち着いたら話を聞くから、まず力抜け。
そんで深呼吸だ。な?」
「…はぁっ!…はぁっ!……あ、ありが、とう…」
腕に徐々に重さが掛かってくる。
うん、少しずつだが、ちゃんと力を抜けているな。体重を預けられている証拠だ。
一先ずここは往来。行き交う人の目もあることだし、場所を移そう。
「日菜、ごめんな?
今度ちゃんと説明するから、今日は…離れたほうがいいのかもしれない。」
「う、うん…。びっくりしたよ…。」
「すまんな。ここは何とかするから。」
「ヒロくん…ヒロくんは大丈夫なの?」
日菜のこういう心配そうな顔も新鮮だな。いつもアホみたいにニコニコしてるし…。
ただ、そんな不安げな表情もまた映えるんだよな。まったく美人ってやつは…。
「そんな顔すんな。お前らより長く生きてる分、こういうことも何とかできんのよ。
だから大丈夫。心配すんな。」
近づいている顔の距離話す名目もあり、頭をぐしゃぐしゃと掻き撫でてやる。
少しホッとしたような表情になった日菜は「またね。」と、いつもより幾分か落ち着いたトーンで告げ去っていった。
「さて、と。
…大丈夫か?沙綾。」
「うん……。ごめん、あとありがとう…。」
「落ち着いたんならいい。取り敢えずほら、ここ道路だし、どこか入れそうなところ入ろう?
何なら沙綾の家でも送ってくぞ。」
「うん…ちょっと遠いけど、家の方が落ち着いて話せるかも。」
「そか、じゃあ、家まで行こう。」
教えてもらいながら街を歩く。
まだふら付くということなので肩を貸していたが、慎重さもあるので腕を貸している。
…あの時の夜を思い出すようだ…。いやいや、そのせいで拗れたんだ。余計なことを考えるのはやめよう。
**
「ここが…沙綾の…。」
着いたのは、"山吹ベーカリー"と看板を掲げるパン屋。
何とも食欲をそそる香りが店の周りにまで漂っている。
「お前んち、パン屋だったのか…。」
「うん…パン、好き?」
「………まぁ、好きだな。」
品揃えも結構よさそうだし、何しろこう言った個人商店のパン屋には入ったことが無い。
通うためにも、できるだけ穏便に仲直りせねば。
勝手に気合を入れつつ戸を開けて店内へ。
「いらっしゃ――――沙綾!?どうしたの!?」
戸の音を聞いて奥から出てきた女性の店員さんだったが、俺にもたれるように腕を組んでいる沙綾を見て駆けてくる。
「あ…おかあさ」
「何があったの?力入る?お母さんのことわかる?」
そうかこの人が沙綾の…。
「ええと、山吹、さん?」
「えっ?あ、あなたが沙綾を連れてきてくださった…ええと…」
「常盤と申します。沙綾さんの友達の…いえ、沙綾さんの友達です。」
「どうも御親切にして頂いて…とりあえず、沙綾を休ませるので、一緒に部屋まで来てもらえますか?」
お母さんもそりゃ心配だよな。テンパり過ぎて、娘の部屋に男を招こうとしているぞ。
勿論断ったが。
沙綾の部屋は二階にあるらしく、お母さんが付き添って上がっていった。
暇になった俺は、棒立ちもアレなので店内を見て回ることに。
ほほう、定番商品もきちんと押さえてあるし、オリジナルと思われるパンもある。
甘いものから塩辛いもの、斤売りの食パンにバゲット、総菜パンの類も揃ってる。このパン屋、つええ。
試しに何か買ってみようかとも思ったが…今はさすがに遠慮しておこう。
写真で納めるだけに留めておく。
そのうち、とん、とん、と階段を下りてくる足音が。
「…あ、よかった。待っていてくださったんですか?」
「あ、いえ…その、沙綾さん大丈夫ですか?」
「えぇ、今大分落ち着いて…。
もし時間があるなら、上がってやってくれませんか?」
「…俺が、ですか。」
「あの子、何か話したいことがあるみたいで。
はっきり連れてくるようには言われてないんですけど、行って頂けると、あの子も喜ぶと思います。」
このまま話したい事・謝りたいことを先送りにするのは引っかかるってことかな。
そこまで言われて行かない訳には行かないので、案内されるがままに部屋へ。
入ると、ベッドで体を起こした状態の沙綾が何とも言えない顔で待っていた。
お母さんは俺を残し、「ごゆっくり」と出て行ってしまった。ごゆっくりできるか!
「あ…えと…。体調どうだ?」
「うん……謝りたかっただけなのに…こんなことになっちゃって、ごめんね。」
「それは別にいいけど、ってか終始謝り倒してるじゃねえか。」
「それとは別件。」
「わかってるよ。」
顔色もさっきよりよさそうだし、少しは体も楽になったかな。
そもそも体調を崩したというよりかは、過呼吸だとかそういう発作的な物なのだろうが…。
「沙綾。」
「うん。…どこから、話そうかな。」
「一つずつ、ぐちゃぐちゃになっちゃってもいいから、ゆっくり話そう。
じゃあ…まず、この前の事。」
「うん…。」
そして、ぽつりぽつりと話し出した。
「有咲と知り合った時から、大樹さんのことは聞いてて…。
歳の近い優しいお兄さんだって言ってたけど、私、昔色々あってさ。
大樹さんは"男"って一括りにーって言ってたけど、特に年上の男の人が…ちょっとね。」
「あぁ。」
「だから、絶対危ないことを考えてる人だって、このままにしておく訳にはいかないって思ったの。
あのお泊り会を提案したのは香澄だけど、いい機会だと思って付いてきたんだ。」
あれ、香澄が発案なのか。
…何か納得。
「有咲から写真とかは見せてもらってたから顔は知ってたけど、実際に会うまでは気も抜けないしさ。
…そうしたら、」
「ま、まって。写真って、何の写真見たんだ?」
写真なんか撮られた覚えもあげた覚えもないぞ。
「えっと……ツーショットだったんだけど…」
「つーしょっと…」
「でも…うん、大樹さんは知らないと思う。
写真の中の大樹さん…寝てたから。」
「…………は?」
俺が寝てるのにツーショット??
それはまさか、眠っている俺の横に来て自撮りをするっていう…カップルや新婚さんがやりがちなやつ。
「顔、真っ赤だけど?」
「つ、続けてくれ!さっきの話を!さあ!」
「う、うん…ふふっ。」
「あいつめ…。」
「えーっとどこまで…あ、そうだ。
いざ大樹さんを見てみたら、さ。有咲の裸はガン見するし、ほぼ裸のおたえと抱き合うし。
…正直、「あぁ、やっぱり年上の男はみんなこんなもんなんだ」って思っちゃって…。」
「おたえ氏と抱き合った覚えはないけどな。」
「うん…。だから、状況の説明とかおたえの考えとか、全然頭回んなくて…。
つい、悪口みたいなこと言っちゃったんだ。
始まってみたら…止まらないし。」
口喧嘩ってな。最初の一言に返しちゃうともうどうしようもないらしいな。
止まれずに、行くとこまで行っちゃうってヤツ。
「だから…ごめんなさい。」
「ん……。」
「その後も…ね。本当のことを確認する前に、「大事な友達を悪い大人から引き離してあげなきゃ」ってさ。
妙な正義感…とか使命感?みたいなものが湧いちゃって…有咲には酷いこと言っちゃうし。」
「状況も状況だしな。友達を守りたいってんなら仕方ないさ。その気持ちは間違いじゃない。」
「……怒らないの?」
「何に対してだ。」
「有咲を…傷つけちゃったこと。」
「………有咲には謝ったか?」
「うん、あの後すぐに。」
「そうか。仲悪くなったり、ギスギスしたりしてないか?」
「多分、大丈夫だと思う。」
「その他で何か関係性が変わったことは?」
「…前より大樹さんの話を聞かされるようになったかな。」
「それは別にいいか…。」
あいつったらホントにまぁ…。
「じゃあいいんじゃね?」
「どうして…」
「んー。前にほら、大きい声出しちゃったとき?俺の言いたいことって大体その時に伝えてるからさ。
沙綾の気持ちとか考え聞けた以上、何も言うことないよ。寧ろ…」
「…?」
「有咲のこと、考えた上でのあの言動だったわけだろ?
寧ろ礼を言いたいくらいだよ。俺の妹を「大事な友達」だと思ってくれてありがとな、沙綾。」
「……なにそれ。ずるいよ。」
無性に恥ずかしいことを口走っている気がして沙綾の顔がまともに見れない。
どんな表情してるのか、何を考えているのか、全くわからない。くそう、そっちの沈黙もずるいよ。
「大樹さんみたいな男の人も居るんだね。」
「…居るよ。居るっつーか、俺なんてありふれたタイプの人間だぞ?量産型だ量産型。」
「…ううん。大樹さんは大樹さんだよ。」
よくわからん。が、疑いは晴れたか。
俺は脱変態を果たした…ってことでいいのかな?
「でも、色んな女の子に手を出すのはよくないと思うよ?
多分自覚ないだろうけど、色んな子を勘違いさせちゃうタイプの人だから。大樹さんは。」
「ははっ…それ、有咲にも言われた。」
「もう、笑い事じゃないんだからね?私だって、例外じゃないんだから。」
「えっ」
「ふふっ。気を付けてね?」
勘違いってあれだよな?余計な好意を持たせてしまうからっていう…
いや、それより、例外じゃないってのは??…それはつまり、沙綾も俺の事―――
「どうしたの?…話聞いてばっかだから疲れちゃった?」
「ぁ、いや…。そ、そうだ!有咲に連絡しないと!」
「連絡?…あぁ、結構話し込んじゃったしね。
そんなに早く帰るって伝えてあるの?」
「いや、明確に時間は伝えてないけど、それでも連絡はしないと心配かけちゃうだろ。」
「…ホントに好きなんだね。」
「へへっ、まあな。最高の妹だからな。」
最愛の妹へメッセージを手短に送る。
うん、既読は付いていないがまあよかろう。
「あの、さ。」
「んー?」
「有咲のことは、妹として見てるんだよね?」
「そりゃまぁ…有咲も、兄貴として接してくれてる筈だしな。」
「…そう。」
「??…あ!だ、大丈夫だぞ沙綾。お前の心配しているようなふしだらな行為は断じてないっ。」
「はぁ……。」
??
そこの心配じゃなかったのか。
「あ、そうだ。まだ聞きたいことがあるんだよ。」
「何?」
「日菜…さっきの奴とは、何があったんだ?知り合いなのか?」
「くっ…。」
「さ、沙綾!?無理して話さなくていい!変なこと聞いてすまん!!」
「いや、大丈、夫…。
ええと、知り合いだと思う。多分だけど。」
「多分とは…」
「あいつの、はずなんだけど…何か似ている別人って感じがするんだ。
…そっくりさん、みたいな。」
「そっくりさん…?じゃあ、名前に聞き覚えは?あいつ、日菜って名前なんだけど。」
「ひな…?違う、そんな名前じゃなかった。」
「そっか……。因みにその、日菜に似ている人とは、何が?」
「……聞きたい?」
「まぁ…そりゃ気にはなるけども。」
「…嫌いに、ならない?」
何だってんだ。何の話をしようとしているんだ。
それでも、冗談を言っているようには見えなくて…。
聞いてしまったら、もう後戻りできないような、そんな重大な秘密が含まれているかのような錯覚を覚えた。
それでも俺は―――
間が空いてしまいすみません。
なかなかシリアス展開は大変ですね。
筆も気持ちも重いです。