流星堂の居候 - Unintended hareM - 作:津梨つな
ゴクリ、と喉を鳴らしたのは果たしてどちらだっただろうか。
それほどの緊張を纏った沈黙が二人の間を支配していた。
「…教えてくれ。沙綾。」
「そっか……。じゃあ、全部聞いたら…私を貰って?」
「…ん?」
**
「…中学の頃の話なんだけど。
私、付き合ってる人が居たんだ。…年上の、大学生の人。」
「…や、やるじゃん。」
「茶化さないで真面目に聞いて。
周りから色々言われてはいたけど、私は幸せでさ。
同級生の男子とは違って、包容力とか大人っぽさとか、凄くかっこよくて。」
それくらいの頃って、女の子の方が精神的にも大人びてるんだよな。
だから同い年の男どもがお子ちゃまに見える…ってのをどっかで聞いたな。
にしても、大学生と中学生は色々アウトだろ。言わないけど。
「うちも手伝いとかあるし毎日会えたわけじゃなかったんだけど…会えるだけでも嬉しかったんだよね。
向こうも私の事、ただの子供としてじゃなく一人の女の子として見てくれて。」
「ふーん…。デキたロリコンだな。」
「ふふっ、まぁそういう見方もあるよね…。」
「見方どうこうの前に、紛れもなくそうなんだが…。」
流石に中坊はマズいって。
「それで、"もうすぐ高校生だから~"なんて話もしてた頃なんだけど、…急にフラれちゃって…。えへへ。」
「それで年上の男が苦手になったと?」
「…ううん。まだ、これじゃ終わりじゃないんだ。
今思えば、フラれた時に素直に諦めればよかったなーって思うんだけどね。」
「うん?」
「当時凄くショックだった私は理由を聞いたわけ。「どうして急にさよならなの?」って…。
それでもあの人は教えてくれなくてね。「とにかく色々無理になった」としか教えてくれなかったんだ。」
「ふわっふわしてんな。」
理由の薄っぺらさが尋常じゃない。
一息で飛んでいきそうなくらいふわふわしてんぞ。
「はは…。結論から言うと、他に彼女ができたって事だったんだけどさ。
別に、そのままストレートに言ってくれたらいいじゃん?そうしたら、まだ諦めも付くのに…。
…納得できなかった私は、友達とか先輩とかに訊いて回ったの。」
「その時から行動力あったんだな。」
根源は置いといて、まるで俺と花音を尾けて来た時のようだと思った。
そうか、あの無駄な行動力はその頃からか…。
「だって、気になるじゃん。言えない理由があるのかって。
…ある時、一つ上の先輩の一人が言ったんだよ。「その人、確か氷川さんの彼氏だよね?」…ってさ。」
繋がった。
ここで出てくるのか。
「だから今度は、"氷川さん"について調べて回った。
といっても、殆どは尾け回して自分なりに調べたんだけどね。」
「…お前、ほんとに敵に回したくないタイプな。」
「ありがと。」
褒めてはいないんだからな。
真顔で礼言ってるけど。
「それで、何日か尾けてみて、名前とか住んでる場所が分かった頃、彼に会ったんだ。
後ろから声をかけられて、そのまま家に着いて行った。…すっごい怒られちゃったんだよね。
「俺の彼女に何しようとしてんだ?」って。…俺の、っていうのが、かなり効いたっけ。」
「直前まで沙綾と付き合ってたんだろ?…中々かましてくれる男だな、そいつ。」
「うん。裏切られたんだって、その時実感したね。それで………ッ。」
「…辛いならここでやめても」
「ううん、全部話すって、決めたから。それが私のでもあるし。
…それで、どうやってその人と出会ったか聞いたの。」
「うん。…キツかったらホントに休めよ。絶対、無理はすんなよ?」
ここからが本題、といった具合に急にキツそうな表情をする。
呼吸もさっきより荒いし、またすぐにでも倒れてしまいそうだ。
もはや見ているだけでは辛く、沙綾の座っているベッドに移動し、隣に腰掛ける。
背中を支える様に腕を回し続きを…っておい体温高いな。熱あるんじゃないか。
「…ありがと。役得だね。」
「そこは優しいねって言うところだぞ。
…なぁ本当に続けるのか?今度体調がいい時とかでいいんだぞ。」
「ううん、話させて。…支えてくれるんでしょ?」
「それは別に構わないけど…。」
「うん、ありがとうね。
それで、その人との出会いなんだけど…。」
「ん。」
「掲示板、なんだって。」
「は……?」
「その時の私はあまりそういうこと知らなかったんだけど…
家出した女の子が援助を求める掲示板があるみたいで、そこで出会ったって…言ってた。」
「出会い系みたいなもん?」
「多分そんな感じ…。知らないけど。
そこで、書き込まれたのが近所だったからって会いに行ったんだって。」
おいおいおい、どのみちやばい流れになっちまうんじゃないかこれ?
「そのまま家に連れ込んで、2~3日一緒に過ごして付き合うことになった…って。」
「…………。」
俺の中のアンパイアは完全にアウトを掲げているぞ。
そもそもこの話、人にしていい話なのだろうか。…まぁ沙綾がやったって訳じゃないからいいのか。
「それってさ…つまり、そういうことがあったって訳じゃん?
いつの事なのかも聞いたんだけど、私と付き合ってる期間にしっかり重なってるんだよね。」
「あぁ、浮気ってこと…」
「…まぁ、そうなるよね。私も、流石に怒りを堪え切れなくて、そこまで聞いた後に手を出しちゃったんだ。」
「叩いたの?」
「…椅子でね。」
「…や、やるじゃん。」
「うん。それで、さようならって、終わるはずだった。
私は確かにそのつもりで、彼の家を出た。」
ここまで盛り上がったのにまだ続きがあるのか?
「そこで、バッタリ会っちゃったの。」
「まさか……。」
「そう…"氷川さん"にね。」
「すげえタイミングだ。」
「話しながら、彼が呼んだみたい。
氷川さんと…それから大勢の
「その方達は一体?」
「まぁ、簡単に言うと…私が男を嫌いになる流れにトドメを刺した人達かな。」
その無感情な物言いと、全てを投げ出したような光の無い瞳を見て気づいてしまった。予想がついてしまったんだ。
…沙綾の体験した事に。
「まず氷川さんだけど、予想していなかっただけに足を止めて見つめてしまったのが悪かったんだね。
いきなり平手打ちされちゃったよ。あはは…。」
「女ってこえぇ。」
「そうかもね。「私の大切な人に一体何をしたの」って、胸倉掴みあげられて訊かれた時はもう…展開についていけなくて呆然としちゃってた。
でもあの人、すっごい綺麗で、年上の色気っていうのかな?そういうのも感じちゃって…。
『あぁ、この人に彼は堕とされたんだ』って思った。」
「胸倉…。」
「それでも、せめて何かやり返したいと思っちゃって。爪痕残さないと、的な感じ。
長くて綺麗だった髪を、全力で引っ張ってやった。千切ってやろうってね。」
「」
「あはは、引いちゃった?結構やるときはやるんだよ。
でも…案の定周りの取り巻きの人たちに抑えられちゃって。」
流石に男の力には敵わない、よな…。人数も多勢に無勢だし。
中学生の女の子じゃ何もできないか。
「その後はもうあっという間。流れる様にコトは進んでね。
氷川さんが男の人たちに指示を出してたんだけど、羽交い絞めにされたまま近くのアパートの部屋に連れ込まれた。」
「それって…」
「それで………ぅっ…うぅ……。」
「…もういい。もういいよ沙綾。」
これ以上は聞かなくても想像がつく。寧ろよくここまで泣かずに話してくれたもんだ。
当時中学生の女の子が一人で抱えるには重すぎる事件。心の傷の深さは、俺のような適当に生きてきた人間、ましてや加害者グループと同じ"男"である俺には到底計り知れないだろう。
「ごめっ……ごめんね……ちゃんと話す、から……。」
「もういいって。我慢しないで、好きなだけ泣け。」
背中に回していた腕に力を込め、泣き顔を伏せられるように胸元に抱き寄せる。
沙綾も抵抗することなくシャツに顔を埋める様に体を預け、静かに泣いた。
つい先日まで嫌悪感すら抱いていた少女の涙に対し、自分の考えの浅さに対する情けなさと今この状況での無力感にただただ寄り添うことしかできなかった。
**
「……えっと、なんかごめんね?」
「落ち着いたかい。」
「う、うん。」
「そか。」
気付けばすっかり夜になり、窓からは涼しい風と虫の声が入ってくる。
泣き疲れたのか落ち着いたのか、顔を上げた沙綾には疲労とも取れる萎れ様が見て取れる。
「…俺こそごめんな。辛い事、思い出させちまって。」
「ううん。説明しないといけないって、私自身が思ったことだから。それより―――」
心配そうな目。何かを畏れているのか、はたまたそれは怯えなのか。
長い睫にはまだ涙の残りを湛え、じっと俺の目を見てくる。
「――嫌いに、なった?」
「あぁ、それなんだけど。」
「ん。」
「最初に言ってた、嫌いにならないかとか私を貰ってってのはどういう意味だ?
最後まで聞いても結局わからなんだ。」
「…えーっと…。」
「元彼がいるから嫌われると思ったとか?」
「いや、なんというか…。
そういう過去があるってことは、一度穢されてるわけでしょ。汚い女って思われて嫌われちゃうかなーと思って。」
……汚い?
「よくわかんねえけど、さ。この前、大声出しちゃったときは凄く嫌いだったよ。
でも今…話を聞いて沙綾を知って、凄く好きになった。」
「……。」
「辛い事だろ。思い出したくもない事のはずだ。それを、きちんと向き合って俺に話した。
…これだけ強くてしっかりした女の子、嫌いになるわけないだろ。」
「それって…。」
「言葉のチョイスおかしかったらごめんだけど、格好いいぜ沙綾。
有咲を守るために動いてくれた事もそうだし、今目の前にいて俺と向き合って話してる沙綾もそうだ。
俺は…沙綾のこと、好きだぞ。」
沙綾が驚いたように目を見開く。
あれ、そんなにおかしいこと言ったかな。
「…すごいね。大樹さん、やっぱり量産型なんかじゃないよ。
少なくとも私の知ってる"男の人"とは違う。」
「そういうもんかね。じぶんじゃよくわかんないけど。」
「うん…有咲がべったりになる訳だ。」
「??…あぁ、いい兄貴って感じか。」
「ふふっ、そうかもね。大樹さんみたいなお兄ちゃんが居たらなぁ…。」
「はっはっは。流石にもう妹は増やしたくないなあ…。」
正直手一杯です。
妹は有咲だけでいい。
ようやく元気を取り戻してか、笑みを零すようになった沙綾。
うん。今の沙綾となら仲良くやっていけそうだ。沙綾はどう思ってるか知らんけど…。
「それで…さ。」
「なんだ?」
「私は嬉しいんだけど…このままずっと抱きしめていてくれるの?」
「あっ」
そうだった。長時間姿勢を変えなかったせいで違和感すらなくなってたけど、ずっと沙綾を抱いて喋っていた。
またセクハラだ変態だとなったら大変だもんな。
「ご、ごめん。」
「そんな慌てて離さなくても大丈夫だよ。
大樹さんに触れられていても、不思議と嫌な気持ちしないし。あ、もしかしたら」
「?」
「あごめん、私だ。」
ポケットから取り出したスマホを何やら操作している沙綾。
急ぎの用等であれば俺も早く帰ったほうがいいかな?
「…あぁー。すっかり忘れてた。」
「用事かい?」
「んーん。今からここにもう一人呼んでもいい?」
「何故。」
「ほら、最初に言ってたでしょ。
「…そんなこと言ってたような言ってなかったような…。」
「その子、呼ぶね?」
「あぁ、俺は構わないけど…。沙綾の家だし。」
そのままタタタッと入力している。
やがてチャットが終わったのか、こちらに向き直り、先程までのように身を寄せてきた。
「お、おい。」
「さっきまではしてくれてたんだからいいでしょ?
…あの子が来るまで、また抱いててくれないかな。」
「…わかった。」
「ありがと。凄く落ち着くんだ。…あったかくて。」
それが自然であるかのように腕を回し、きつすぎない様に抱きかかえる。
先程とは打って変わって、穏やかな気持ちで頭を撫でた。
「…ふふ、やっぱりお兄さんだね。」
「あぁ悪い、つい癖で…。
嫌だったか。」
「…ううん、何だか幸せな気持ちになれるから、続けて?」
「あぁ…。」
そのまま手を動かす。
髪が揺れるたびに、シャンプーや整髪料などとはまた違った、沙綾の匂いが舞う。
有咲や香澄でも同じ匂いを感じたが、やっぱそれぞれ違うんだな。女の子ってすげぇ。
「あの子…。」
「ん?」
「氷川さんにそっくりだった昼間のあの子。…謝りに行かなきゃ。」
「あー……。そいつの事なんだけど。」
「なに?」
「沙綾が覚えてる氷川さんって、下の名前わかるか?」
「ええと…「さえ」だったか「さや」だったか…そんな感じだったと思う。」
あぁ…多分そうだ。
「昼間のあいつ、名前は「氷川日菜」っていうんだ。」
「あぁ、じゃあやっぱり人違いだったんだね。」
「…まぁ、な。
ただ、日菜には双子の姉貴が居て…さ。」
「双子…。」
「そっちは、「紗夜」っていうんだ…けど。」
沙綾の眉がぴくりと反応をしたのを俺は見逃さなかった。
…思い出したか。
「さよ…うん、そんな感じだった。」
「…沙綾、その…」
「…大丈夫、だよ。
…大樹さん、ごめんね。もう大丈夫だから。今は、もう…。」
「沙綾…。」
「……でも、会いにいく時、一緒に来てくれると、嬉しいんだけど…。」
「!!…お、おう!任せてくれ。
ちゃんと傍で見守ってるから。今度…何もないとは思うけど、何かあったら何とかしてやる。」
「ふふっ…なにそれ。」
全てを吐露してくれたのかどうかは俺にはわからない。
それでも、その経験を思い返した上で「謝りに行きたい」という沙綾。
うん…放って置けるわけないよな。
「今度、向こうにはアポ取っとくよ。…一応知り合いだし。」
「えっ?あ…うん…本当に、何から何までありがとう。
最初に出会った男の人が大樹さんみたいな人だったら…もうちょっと素直でいられたのかな。」
「…沙綾、あのさ」
「いらっしゃい!あなたのおたえちゃんでぇす!」
…何から突っ込むべきか。
恐らく
いつもより少々長めですが、閲覧ありがとうございます。
沙綾じゃなかったら作者も心が折れていたと思います。
一先ず真面目一山超えたので、ゆっくり書き溜めてからまた投げる予定です。