流星堂の居候 - Unintended hareM - 作:津梨つな
『なんとか、帰ってこれないの?』
『そういうんじゃないけど』
『沙綾と一緒に泊まるってどういうこと』
『付き合ってるの?』
『帰ってきてほしい』
『さびしいの』
『もういい』
『もうしらない』
『ヒロにいのばか』
「…はぁ。」
「有咲、連絡ついた?」
「ついたっちゃぁついたけど…まぁ、御怒りだ。」
お風呂を頂き、再度沙綾の部屋にお邪魔したところで問いかけられる。
『ばか』と言われたきり既読も付かず、もう2時間も連絡が取れていない。
何かあったんだろうか?ただ怒っているだけ?それともブロックされてる?
「…有咲が心配?」
「そりゃまあ…大切な」
「妹だから?」
「うん…。」
「…帰りたい?」
「帰りたい…っていうか、兎に角有咲が心配かな。
嫌われたくない、ずっと兄貴のままで居たいって気持ちが強くって。」
「…………そっか。」
精神的に弱っている沙綾のそばにはいてやりたい。俺なんかが、傍に居るだけで少しでも安らぐことができるのならそうしてやりたい。
でも、有咲が大切なのも間違いない。俺にとっちゃ現状ただ一つの守らなきゃいけないものだし、気にかけてやらなきゃいけない対象でもある。
その有咲が「帰ってきて」と、珍しいことだがはっきりと意志表現をしているのだ。これに応えてやれないで何が兄貴か。
「大樹さんってさ、彼女とかは作らないの?」
「…?急だな。」
「いいから、答えて。」
「うーん…要らないって言えばそれは嘘になる。
でも、今は妹の事もあるし、俺自身の生活が固まってないというか、自立しているわけでもないから。
…って、まじめすぎたかな。」
「…んーん。真面目で良いと思うよ。
それで、そういうのを全部理解した上で付き合いたいって言う人が現れたら?」
…そんなモノ好きは居ないだろう。
例え話にしてもあまりに非現実過ぎて考えが纏まらんよ。
「どうなのかなぁ…そんな変な奴には会ったことないが。
…案外簡単に絆されちゃうんかなぁ…。」
「…そっか。それならよかった。」
「よかった?とは?」
「大樹さん、私の、傍に居て。」
「…?あぁ、ベッドに座れって事?」
「違うの。さっきの例え話。
全部理解した上で付き合いたい人。」
「?うん。」
「…もう、通じないかなぁ…。
私は、全部分かった上で大樹さんに恋人になってほしいの。」
「…はぁ?」
「私じゃ、嫌?」
部屋の入り口で固まる俺に歩み寄ってきた沙綾。
いつの間にかその距離は数cmまで縮まり、俺の両手は沙綾の両手によって包み込まれている。
話の流れに、沙綾の吐く言葉に思考が追い付かない。
沙綾が恋人?俺の?揶揄っている訳じゃ?いやいや、こんなに真剣な顔をしているのに。でも俺には有咲が。そうだ有咲。…有咲は妹?妹ならいいのか?これからもずっと妹?
「大樹さん。」
「はい?」
「返事…聞かせてもらえる?」
「……俺には、有咲っていう妹がいる。」
「うん。」
「でもそれは血の繋がりもなく、ごっこ遊びみたいな兄妹で。」
「うん。」
「だから…その…。」
「…今すぐは、答えにくい?」
「………そう、かも。
ごめん、沙綾が嫌いとかじゃなくて、そんなこと全然考えたこともなかったって言うか…」
「…そうだよね。私も、変なこと言っちゃってごめん。
でも、本当に好きになっちゃったから。」
その真剣な瞳を直視することができない。
頭の中には様々な人間の顔が浮かぶ。
こんな俺なんかに好意を持ってくれている人達の顔だ。俺なんかと、一緒の時間を過ごしてくれた人達の顔だ。
半分パニックの俺を見兼ねてか、一先ず関係については保留で良いと言ってくれた沙綾。
年下に気を遣わせるなんて、どうしようもないな。
一旦会話をやめて自分の思考に没頭する。
第一好きとか付き合うとかそういうこと自体、あの花音からの告白を受けるまでは考えたこともなかった。受けた後だって、そんな資格が自分にあるとも思えず真っ先に断り方を考えてしまっていたし。くそ、何だってこういうことに限って頭が回らねえんだ。
…と余りにも悶々と考えていたからだろうか。
気付けば周囲は明るく、恐らくは早朝と言える時間。
「あれ?俺は一体何して…」
周囲を見渡して気付く。
成程無意識でこうなったとは俄かに信じがたいが、自分は横たわっていて隣に沙綾の寝顔。
「あ、あはは……俺、結局沙綾の部屋に泊まっちゃったって訳か…。」
―――神様、俺はどうしようもない屑です。
**
あの後、沙綾を起こさないようにそっと抜け出し、恐らく万実さんも起きていないであろう時間に帰宅。
未だはっきりしない頭のまま、気付けば有咲の部屋の前に来ていた。
「…有咲。」
返事を求めているわけではない。飽く迄体裁として、"部屋に入る前にノックや声をかける"をやった迄だ。
部屋の中も廊下も、静寂が満たしている。庭から小鳥の囀りがはっきりと聞こえてくるほどだ。
清々しい筈の朝が、こんなにも重い気分にさせてくれるなんて。
暗い気持ちのまま、有咲の部屋の戸を開いた。
「ッ…!!…有咲、起きてたのか。」
「……おかえり、ヒロにい。」
「その、ごめ」
「帰ってきてくれなかったね。」
「…あぁ、その、考え事してて…。」
「考え事してたら女の子の家から朝帰りしちゃうんだ。」
「いや、そういうわけじゃ」
「考え事のせいで私のお願いは聞いてもらえなかったんだ。」
「…有咲ほんとごめん。」
「別に、謝ってほしいわけじゃない。それだけ沙綾が大事だったんだもんね。」
「……。」
ずっとこちらに背を向けて座っているため表情まではわからないが、声の平坦さからしてきっと怒ってる。まぁメッセージもあんな終わり方だ。大体予想は付いていたが。
「それで?…こんな時間に部屋まで、何しにきたの?」
「その、できるだけ早く謝りたくて。」
「謝る?そんなの必要ないでしょ?」
「そんなことない、妹の言葉を無視してこんな時間まで」
「もういいって!!」
「……ッ!」
普段あまり聞かない有咲の大声によって俺の言葉は遮られる。
なんだ、どこがそんなにいけなかった。怒らせるような言葉選びをしたつもりは
「私はヒロにいの『妹』なんだからさ!!
もう何も気に掛けなくていいからさ!!
『妹』なんだから…『妹』でしかないんだから…もう、放っといていいから…」
「有…咲……?」
「出てって!!!」
**
その怒気に押し出されるように廊下、そして自室へ。
度重なる頭の追い付かない事態に最早呆然。
何も考えることができず、何も動けず。
ただひたすらに情けない、無力で無遠慮で、どうしようもない屑だと、自分を落とし堕ちていくしかなかった。
最愛の妹からぶつけられたこの気持ちを。
自分の意思とは関係なく湧き上がるこの気持ちを。
制御する方法も解決する方法も、俺は知らない。
**
抜けかけていた俺の魂を呼び戻してくれたのは、久々のピンク、彩からの着信だった。
「あっ!!ヒロさん!!あのあのっ、えっと…」
「か、花音ちゃん知りませんか??」
その名前を聞いた途端、胸の奥がズシリと重くなる気がした。
痛みにも似た重い物。
「その…もう一ヶ月になるんですが、学校にも全然来なくて、連絡も取れなくて…!」
「それがわからないからこうして訊いて回ってるんです!!
何か聞いてませんか??」
嘘だ。
勿論何かを聞いて知っているわけではない。
それでもきっと、あの件だろう。一ヶ月前からという期間にも説明がつく。
あの件で立ち直れないほど傷ついているのだとしたら―――
「…え?」
そうだ。そうだそうだそうだ。
きっとそうだ全部そうだ。
全ては、経験が無いとかいう逃げ道を頼りに人の心を弄んでしまっている俺が悪いんだ。
だったら、全部俺が動くしかないだろ。
「普通に学校ですけど…。」
「今のところは特に…お仕事も連絡来てないですし。」
「何かあるんですか?」
「えぇ…?」
やってやる。
どこまでできるかはわからないが、全員との関係を何とかする。
出来るところまで、やり切って見せる。
**
彩からもう一度電話がかかってきたのは午後五時を回ろうかという頃だった。
…結構遅かったな。
「うぅ、ごめんなさい…今から学校出るんですが、どこで待ち合わせにしますか?」
「校門…?もうすぐ着きますけど…あっ」
あまりにも待ち時間が長く暇だった為、花咲川の校門付近でスタンバイしていたのだ。
どうだ、先回りだぞ。さぞ驚いたことであろう。
「…全く。友達が心配とか抜かす割にのんびり屋さんじゃないか。」
「ち、ちがうんですよぅ。私は私で色々忙しくって…。」
「はっはっは、別に怒ってないさ。お疲れさん。」
「あっ…」
急いで走ったのか、すっかり乱れている癖のある彼女の髪をそっと撫でる様に直す。
ふむ、こんなもんか。
「何か、あったんですか?」
「えっ?」
「雰囲気が違う気がします、ヒロさん。」
「…そうか?気のせいだろ。
まぁそんなのは後回しで良いんだ。」
「そんなの…。」
「行くぞ彩、遅れるなよ。」
「えっわっ、ひゃぁ!?」
何故か俯きかけ落ち込んでいる彩の右手を取る。
もたついている時間すらもどかしい。早く花音の元へ行こう。
そのまま走り出す俺の頭には、アイドルの手を握っていることや沙綾からの告白の事、有咲との仲が拗れている事…全てが影を潜め、あの時の花音の震える声だけが響いていた。
**
久しぶりだな、松原宅。
この時間帯にここに来ると、花音のドラムを運んでやったことを思い出すな。
まぁいい。思い出に浸るのはこれが終わった後だ。
「カーテン、開いてませんね…。」
言われて二階の、花音の部屋を見上げる。
その窓にはぴたりとカーテンが閉じられ、外の景色は疎か日の光すらも入らない状態となっていた。
「……チャイム、鳴らすぞ。」
間延びするような音に気が抜けかけるが、これからの事を考えるとそうも言っていられない。身から出た錆とは言え、女の子と険悪になってばかりだな俺。
隣の彩も緊張した面持ちでドアを見つめている。…心配だよな。
やがて、小さな音と共に少しだけドアが開かれる。思わず半歩後ずさりつつも
「…こんにちは。僕たち、花音…さんの友達で、僕は常盤と申しまして…」
「私は丸山っていいます。」
花音の母親…お姉さんだろうか?ドアから顔半部を覗かせる、同じような髪色の少し年上の女性に名乗る。
うまく取次いでくれたら助かるんだが…。
「…花音の?」
「はい!…私、同じ学年なんですけど、花音ちゃんが心配で…」
「それで、お見舞いに来たんですが…。花音さんはご在宅ですか?」
「ええと…ちょっと待ってもらってもいいかしら?」
俺達の言葉に逡巡するような素振りを見せた後、花音似の女性は一度引っ込んでしまった。
取り残される二人の間に、妙な緊張感が残る。
「具合…本当に悪いんでしょうか。」
「どういう、意味だ?」
「その、不登校…とか。」
「…いじめでもあったんか?」
訊くまでもない。理由はわかってる。だからここに居るんだから。
だから、俺でないとこの問題は――
「あの…常盤さんと丸山さん。…でしたっけ。」
「!!は、はい。」
「一先ず、上がってください。」
再び顔を覗かせた女性に招かれるまま、俺たちは松原家の中へと足を踏み入れた。
居間に通され、ソファへ。
「…お茶で、いいかしら?」
「あ!いえ、お構いなく!」
「……そうですか。」
言いつつ、向かい側へと座る彼女。
その後、「あっ」と何かに気づいたように声を漏らし、はにかむ様に笑いながら続けた。
「申し遅れましたね。私は花音の母です。
…あの子のお友達が訪ねてくるなんて初めてだから…私も緊張してしまっているかもしれません。」
「お母さん…可愛いですねっ!」
「ふぇっ?可愛いだなんて、そんな…。」
「彩…」
「あっ、そ、そうだった…。お母さん、花音ちゃん、具合だいぶ悪いんですか?」
想像より若く見えるお母さんと戯れている場合じゃないぞ…。
…つか、あの「ふぇぇ」って遺伝なのかな。
「…病院にも行ったんですが、体には異常がないと言われまして。
勿論、閉じ籠ってしまっているので、運動不足や栄養の偏り等は懸念されるとの事でしたが…。
…私も今日はお休みですけど、普段は仕事に行ってしまうので昼間の様子はわからないんです。」
「異常がない…。」
「花音さんは、今も部屋に?」
「えぇ…。たまに音がするので、恐らくは。」
「……改めて、にはなるんですが。
僕達、今日は花音さんのお見舞いに来たんですよ。もし、病気や怪我でないなら一度お話したいなーと思いまして…。」
「お話ですか…。でも、あの子がいつ降りてくるかわからないですし…。」
「…花音ちゃん……。」
そらそうだわな。あのふわふわしつつもしっかり者の花音が学校に来られないほど落ちているんだ。
予想はしていたことだけど、家の中でもやはりこんな状況か。
…気が重い…が、行くしかないよな。
「お母さ…いえ、松原さん。僕、部屋の方まで行ってきてもいいでしょうか?
できることなら、話がしたくて…。」
「…えぇ、それは構いませんが、部屋には鍵が。」
「勿論いきなり入ったりはしませんよ。ドア越しに、少し伝えたいことがありまして。」
「そう、ですか…。では、宜しくお願いします…。」
「私も…!」
「彩は一旦待っててくれ。後でバトンタッチするから…な?」
「は、はいぃ…。」
そんなにシュンとするな。ちゃんと花音のこと、連れてきてやるから。
廊下に出て、見上げる階段。
以前来たときはこんなに長く聳える様に見えたろうか?
これから起こるであろうことに胃を痛めつつ、木の軋む音を感じながら一歩を踏み出した。
長考モードに入ると、新しい作品の案ばかり浮かぶのは何故でしょう。
既に書いてみたい新作のイメージがひとつ、ふたつ…あぁっ!!
完結はまだまだ先になりそうです。ペース遅くてすみません。