流星堂の居候 - Unintended hareM -   作:津梨つな

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N-4:松原家 彼女に捧げる

 

 

 

「…それじゃ、行ってきます。万実さん。」

「えぇ、気を付けて行ってきてくださいな。晩御飯、たんと用意して待ってますからねぇ。」

「ありがとう、ございます。」

 

 

台所に立ち、朝食の後片付けをする万実さんに挨拶を済ませる。今日は俺の、最後のケジメの日。…できれば"最期"にならないことを祈りたいが、事の運びによっては仕方ないということもあり得る。

…そう、今日俺は松原宅を再度訪問する。前回はまともに話し合いすらできなかったが、今の廃人になりかけている花音をどうにかできるのは、きっと俺しかいないと思うから。

芽美さんにはアポも取ってあるし、有咲にも話は通してある。今回は彩は同行しない…というか今日の事を伝えていない。彩も、おたえ氏同様に盛大な爆死をかまして以来、少々顔を合わせ辛いのだ。

 

 

「めっちゃいい天気だな…。」

「大樹さん!!」

「ん。」

 

 

今しがた閉めたばかりの扉がカラカラ音を立てて開くと同時に、いつも通り明るく元気で、それでいて少し心配そうな声色に名前を呼ばれる。

振り返ればそこには独特な髪形の"妹の友達"が。

 

 

「…どした、香澄?」

「あの、えと、有咲から聞きました!!」

「今日の事?」

「はい!」

「そか。…連れて行かないからな?」

「…その…心配で。」

「心配ぃ?」

「……だって!前だって普段通りに出て行ったのにあんな姿で帰ってきたらしいじゃないですか!

 私…大樹さんが酷い目に遭うの嫌だし、悲しむ有咲も…もう、見たくないんです。」

 

 

目にいっぱい涙を溜め、両の手を音が聞こえそうなくらい力強く握りしめている。有咲がやっと手に入れた友達が、君みたいな優しい子でよかった。口に出すのは恥ずかしいが、今も改めて感じた事だった。

涙混じりの声で一生懸命に次の言葉を探す香澄の頭をぽんぽんと撫でる。

 

 

「…有咲はどうしてる?」

「……本当は言っちゃダメって言われてるんですけど、今部屋で…その…」

「いや、訊かなくても想像は出来ることだったな。…昨日話した時からずっと泣きそうな顔してたもん、あいつ。」

「……行かない、って訳にはいかないですよね?」

「あぁ。……でも、ちゃんと帰ってくるから。俺の責任を果たして、な。」

「本当に?」

「おうよ。いいか香澄…男はな、やるって決めたことを最後までやり通して初めて男になれるんだ。

 決して投げ出したままで逃げたりしないさ。」

 

 

それは俺の意地でもあり、有咲の為でもある。俺が胸を張って有咲の兄だと言えるように、もう一度あいつらと偽りなく向き合えるように。

 

 

「……待ってますから、ね。」

「ん。…有咲の傍に居てやってもらえるか?」

「当たり前ですよ。有咲は私の大事な友達で、大樹さんは私の…私にとっても、大切なお兄さんですから。」

「ごめんな、香澄。…じゃぁ、行ってくるわ。」

 

 

情けない話だが、香澄が居てくれて本当に良かったと思っている自分が居る。結局のところ、自分一人じゃ大事な妹を護ることもできないようなちっぽけな人間らしい、俺という奴は。

門を出て坂を下り、見送りの香澄が見えなくなった辺りで自分の頬を叩く。……気合を入れろ。見定め、選び取るんだ。俺の行く末を…俺たちの未来を。

 

 

 

**

 

 

 

チャイムを押す手に、最早迷いはない。ドア一枚を隔てて聞こえる間延びしたチャイム音に深呼吸しつつ待つこと十数秒。開いたドアから顔を覗かせる、花音をそのまま大人にしたような少しあどけなさの残る女性。

目が合い互いに会釈をした後に導かれる様にしてリビングへ。

 

 

「今日は来て頂いてありがとうございます、常盤さん。」

「いえ、こちらこそご都合付けて頂きありがとうございます。」

「今、お茶を淹れますね。」

「あ、どうもすいません…。」

 

 

カチャカチャと隣接するキッチンより聞こえる陶器の音に、不思議と落ち着きを覚える自分を感じた。何気なく見やった動き回る芽美さんに、何だか未来の光景を見た気がして…。

今日花音に対しケジメとして持ってきた案を、先に芽美さんに伝えるべきか否か…そう迷っている間に、お茶の用意が出来てしまったらしい。その点の心の準備ができないまま、向かいに腰を下ろす芽美さんを呆然と見つめる。…恐らく呆けたような間抜けな面を晒しているに違いないが、考え事の最中って皆そうなるもんだろ?

 

 

「……?ど、どうかしましたか?」

「あ、あぁ、いえ。…少し考え事を。」

「……そう、ですよね。本当に、常盤さんにはご迷惑ばかりお掛けしてしまって…大人として、母親として、申し訳ない限りです。」

「あぁ、そんな!頭を上げてください!…僕の方こそ、色々お世話になってしまってますし、元はと言えば僕が撒いた種ですので…」

「でも……」

「ええと…あ、そうだ!花音…さんはあれからどうですか?相変わらずですかね?」

 

 

どうもこの話題になると互いに頭を上げられない押し問答が続いてしまうからな。言いたいことは言ったので、さっさと話題を変えてしまう。

と言っても、変えた先の話題が今日の本題なわけだが。

俺の問いにゆっくりと顔を上げた芽美さんは、心配ながらも疲労が見え隠れする顔で続ける。

 

 

「そう、ですね…。変わったことと言えば、私に質問を繰り返すようになったこと、位ですかね。」

「質問?」

「え、ええ。その……以前常盤さんから受けた、伝言だったんですが…。伝えて以来というもの、「いつ来るの?」「大樹さんは?」と繰り返し訊く様になりまして…」

「ッ!」

 

 

この場合、会話ができたと喜ぶべきか否か。…何にせよ、花音が俺を待っていることは確かなようだ。その意図は計り知れたものじゃないが。

 

 

「……常盤さん。どうしてあの子に、そこまでして頂けるんですか?…親の立場である私としては少々言い難い事にもなるんですが、常盤さんがそこまで責任を感じることは、無いんじゃないかと思うんです。」

「いえ、そんなことは…」

「まだ若い男女が想い想われて、答えられずに離れていく…それが、そんなに悪い事なんでしょうか。」

「芽美さん。」

「…はい。」

「僕はね、あんまり頭が良くないんですよ。それに器用な方でもない。」

「…はぁ。」

「いくら人付き合いが下手だとは言え、花音さんを…大事な友達を傷つけてしまったことには変わらないし、言い訳にもならないと思うんです。

 ただ好かれて、応えられなくて…それだけなら、誰だってあそこまではなりませんよ。

 そこまでの過程が、より深く傷つけてしまった要因だと思ってるんです。」

 

 

前にも散々指摘され、後悔したように。最初(ハナ)から思わせぶりな態度を取らなければ、言動にもう少し気を配れていたなら……傷つく人はもっと減ったはずなんだ。

それが分かっているからこそ自分に責任が無いなんて言えないし、花音の状況を軽んじることも出来ないのだ。

 

 

「…それで、これからあの子に、何をしに行くんですか?」

「……………。」

「また、貴方が傷ついてしまうんですか?他でもない、私の娘の手で。」

「違いますよ。…僕はケジメを付けに来た。つまるところ、落ち着くべき処にこの一件を落ち着かせるために来たんです。

 もう一度花音に、あの素敵な花音自身を取り戻させて見せますよ。」

「………それは、責任感からですか。」

 

 

立ち上がり階段を見上げる俺の手首を掴み、落ち着いた声色で淡々と問いを投げる芽美さんに真正面から答える。その目は花音と似た色を宿しつつも、改めて大人なんだと感じさせるような強い光を湛えていた。

 

 

「…そんなんじゃないですよ。」

「それなら」

「僕は、花音が大切で、大好きなだけですから。あの、ふぇふぇ言ってる花音がね。」

「………そう、ですか。」

「はい。だから、芽美さ…いや、お母さんはここで、待っていてください。」

 

 

俺を掴むことで力が入っているのか、僅かに震えを感じる芽美さんの手にそっと掌を重ねる。

緩んだその手をゆっくり離し、改めて芽美さんの目を見返し頷く。

 

 

「……お茶、後で淹れ直しますね。」

「はい。…花音の分も、用意してあげてくださいね。」

「宜しく…お願いします。」

 

 

キッチンへ向かっていく芽美さんの背を見送り、階段へ一歩踏み出す。ギュ、と小さく鳴く木目が綺麗な階段に、重い重い一歩を。

これから俺は、上手くやれるだろうか。偽ることなく花音に、俺の想いを贈れるだろうか。

その後のことはまた追々考えるとしても、俺が今からやろうとしている事は果たして花音の為になるのだろうか。簡単な手段で、ある意味"逃げ"と捉えられても仕方ない事で、責任という言葉がまるで軽いものの様に感じてしまう…そんな安易な結論なんじゃないか。

大して皺の刻まれていない屑の脳で思いつく行動としては、これが限界であろうと思ってはいるが。…俺に捧げられる物は、これしかないんだから。

 

 

「…………。」

 

 

たった十三段の階段だ。考え事は完結するまでもなく登り切ってしまう。対峙するあの時と変わらないドアに、あの日の記憶が蘇りかけるのを必死に押し留め呼吸を整える。

あの時とは違うんだ。俺は俺達の未来を、自分の手で。

 

 

「……花音。俺だよ、大樹だ。」

 

「………大樹、さん…?」

 

「そうだよ。……長い事待たせてすまん。入っても、いいかな…?」

 

 

久しぶりに聞いた花音の声に畏怖や嫌悪は全く感じず、不思議と柔らかい気持ちになれた俺は、そのドアノブを回したのだった。

 

 

 




次回でNormal ENDもラストとなります。
今回は導入も兼ねている為少々短くなってしまいましたが、何となく察せる話になったかと思います。
お読みいただけますと幸いです。

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