古明地家長男は働きたくない   作:鬼怒藍落

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第拾肆話 幽冥楼閣の亡霊姫

 倒れるゆく魔理沙から放たれる砲撃は、技を放った直後の妖夢に一直線に向かっていく。妖夢は、さっきの技の反動なのか動けずにいてこの攻撃を回避できないようだ。しかし妖夢は冷静で、焦った素振りも見せずただその場に留まっている。

 

「任せました、私」

 

 妖夢がそう短く呟くと、どこからともなく霊魂の様な物が現れて、七色の光線を両断した。それは、妖夢の側まで近づくと妖夢と同じ姿に変わった。違いがあるとすれば半透明なぐらいで、それいがいは全く同じ背格好をしている。

 

「半霊が間に合ってなければ負けてましたね」

 

 妖夢は、自分と同じ姿をした半霊を撫でながら自嘲気味にそう呟いてから刀を収めた。動く者が妖夢以外いなくなったこの空間には、先程までの騒がしい場所と打って変わり、桜が風に揺れる音しか響かない。

 

「さてと、霊夢を追いますか」

 

 倒れる魔理沙を再度確認してから、妖夢は踵を返し階段を上がり始める。妖夢の勝利を祝うように優しい風がながれて、彼女の周りに冥界の住民達である魂達が集まり始めた。

 そんなひゅうひゅうと風がながれる場所に、急にカランという音が響いた。

 

「……何の音ですか?」

 

 その音は、普通なら気にも止めない物だろう。だけど、冥界でこんな音を聞いたことがなかった妖夢は、その音を聞いて足を止めてしまう。妙にその音が気になったのか、妖夢はこの音が聞こえた場所に落ちていた物を拾った。

 それは、小さな瓶だった。中には何かの薬品が入っていたようで少し水滴が残っている。どうして冥界にこんな瓶があるのかと妖夢は一瞬考えたが、そういえばさっきの魔法使いが瓶から何かを飲んでいたから、それだろうなという考えに至った。

 

「でも、こんな小さな瓶を使ってましたっけ?」

「【狂宴・Walpurgisnacht】」

 

 どこからともなく年老いた男の声が響くと、魔理沙の体から悪魔をかたどるような黒い炎が上がり、周りの物を燃やし始める。魔理沙の体から出てきた炎はやがて、何体もの狼び姿を変えて、妖夢を威嚇し始めた。

 

「これは――まずいですね」

 

 二本目の刀を抜きながら、そういう妖夢の視線は、魔理沙だけに注がれている。

 魔理沙は絡繰り人形のように体を起こし、その手にミニ八卦路を構え始めた。魔理沙の肩にはいつ現れたのか分からない犬牙が目立つ梟がいて、その梟からは焔の紐が伸びている。

 梟が鋭い目をしたまま炎を吐く、そしてその羽で妖夢を指すと創られた狼達の炎が一層強く燃え始めて、それぞれ妖夢に向かって襲いかかった。妖夢は動揺しながらも、紙一重で狼たちの牙や爪を避け続ける。

 妖夢は自分の半霊を使いながら狼達と対峙している。その間、魔理沙は自分の周りに何個もの魔法陣を展開させながら、狼達を量産していた。

 妖夢は、その様子を確認すると半霊にこの場を任せ、魔理沙の元に最短で迎える道を判断し突貫した。

 

「一匹、二匹、三匹……まだまだいますね」

 

 普通の刀ならこの狼達を斬ることは出来ないが、妖夢が持つ刀は妖怪が鍛えた物で普通の炎は斬れるようで、狼たちを殺すことが出来るようだ。

 彼女が炎が斬れると梟は悟ったのか、すぐに狼たちの量産を止めて、今度は虚空に炎で出来た蒼い剣を何本も出現させた。剣はかなりの熱を持っているのか、離れている妖夢は涼しい筈の冥界で汗を流していた。

 梟は剣を砲弾のように妖夢に向かって、容赦なく撃ち出し始めた。妖夢は、なんとかその剣を逸らしたが、逸らされた刀は地面に直撃するだけで爆発し彼女にこの攻撃を受けてはいけないという事を理解させた。

 

「――っ、楼観剣が!」

 

 妖夢の持つ刀には、僅かだが溶けた跡があった。この方法でこの剣を防ぐことは出来るが、あと何回か防いでしまうと妖夢の刀は溶けてしまうだろう。

 そのことを頭に入れた妖夢は、より集中力が高まりその身に霊力を溢れさせた。その霊力は刃となり未だ残っていた狼たちに牙を向き、次々と消滅させていく。

 そして半霊も狼たちの対処を終えたのか、妖夢の側に移動して、妖夢を庇うように前に立つ。

 自分の分身である半霊との連携は抜群のようで、妖夢は迫る剣群を抜け魔理沙の元に辿り着いた。

 

「……ここで確実に潰させていただきます」

「それは困りますねぇ、魔理沙さんは吾の契約者なのデ」

 

 頭に響くような年老いた男を聞いた妖夢は、声を発しただろう梟に向かって刀を振るった。振るわれた刀を梟は、埃を払うかのような動作で防ぐ。

 自分の刀が、防がれたことに顔を顰めた妖夢はすぐに二撃目を繰り出そうとしたが、それもまた梟に止められてしまう。

 

「――貴方は何者ですか?」

「吾輩ですか? 吾輩はしがない悪魔でス」

「神格を持っている貴女が? 冗談はよしてください」

「ほぉ、アナタは見ること出来るのでスね?」

「改めて聞きますが、貴方は何者ですか?」

「見えるアナタに教えたいのは山々なのでスが、教えてしまうと魔理沙サンに怒られてしまうので、おっかないところの侯爵という事だけ教えておきまスね」

 

 教える気のない梟に苛立ちながらも、妖夢は冷静に魔理沙を観察することにしたようだ。魔理沙は梟から伸びる糸に操られているようで、目が虚ろのまましっかりと立っている。顔からは完全に生気が失われていて、よく出来た人形にしか見えない。

 

「そうだ。アナタいいのですか? さっきからこちらを伺っている方がいるようでスよ?」

 

 梟が、遠くの茂みに羽を指すとそこから、メイド服を来た銀髪の少女と一緒に赤い髪の長身の女性が現れた。妖夢はその二人に全く気づいていなかったようで、顔には動揺の色が浮かんでいる。

 

「ばれてしまいましたよ咲夜さん、どうしますか?」

「そんなの、退治するしかないじゃない美鈴。それに、魔理沙を元に戻さないといけないわ」

「おや、メイドのアナタはいつぞやの魔女の所にいた方じゃないですか? お久しぶりでスねぇ」

「お久しぶりね。それとパチュリー様に、魔理沙がその姿になったら止めろと言われてるわ、面倒くさいから戻ってくれないかしら?」

「そうですか、それは仕方ありませんねぇ。まあいいでスよ、魔理沙さんの魔力ももうすぐ空ですし、返してあげましょう」

 

 そう梟が言うと、糸が切れたようなに魔理沙が倒れて空中に現れていた剣が全て消えた。続けざまに起きた出来事に混乱しているようだったが、魔理沙が倒れたことで冷静になったようだ。

 

「一応聞きますが、貴方たちは敵ですか?」

「ええそうよ、貴方は今回の異変の関係者よね。貴方たちのせいで、紅魔館の燃料が持たないから、倒させて貰うわ」

「……咲夜さんそんな理由で倒されちゃ、相手も割り切れませんよ」

「なんで勝った気でいるか分かりませんが、敵というなら倒させていただきます」

 

 そういいいながら刀が繰り出されそれは、咲夜の首に向かって一直線に向かっていったが、その攻撃は当たることがなく、妖夢に向かって帰ってきたのは無数のナイフだった。

 

「美鈴、魔理沙を頼むわ。私はこの白髪をやるから」

「了解です咲夜さん、加勢する必要はありますか?」

「全くないわ。【メイド秘技・操りドール】」

 

 美鈴とそう言葉を交わした直後、妖夢に向かって赤と青のナイフが無数に放たれた。妖夢の目の前には、それだけではなく緑色の柄のナイフが無数に設置され中に浮かんでいて妖夢が避ける度に追尾する。

 

「魔理沙は一応友人だから、仇討ちはさせて貰うわね」

 

 ◇◇◇

 

「あぁ、もう鬱陶しいわね」

 

 幽々子さんの屋敷に向かっている私は、なんで冥界にいるか分からない妖精達に襲われていた。大方、春の気配に釣られて来たと思うんだけど、あまりにも数が多すぎないかしら?

 まあ弱いから良いんだけど、持ってきた御札がこれじゃあ底をつきるわね。一枚スペカを切ろうか迷うわ。いや、迷うなんて私らしくない、一気にやっちゃいましょう。

 

「【霊符・夢想封印】」

 

 私が放った陰陽玉に巻き込まれた妖精達が一斉に消えていく、妖精達は私に遊んで貰ったぐらいの感覚だから、恨まれないとは思うけど……ちょっと苛立って火力を上げちゃったから心配ね、後遺症とかないといいけど。

 やがて長い階段を抜けた私は、白玉楼の門までついた。いつもならここに妖夢が立ってるんだけど、今は魔理沙の相手をしていていないから、私は難なく通ることが出来た。

 あの人の庭同然の冥界に侵入してきた私に気づいてない筈がないし、幽々子さんはこの屋敷の何処かで私を待っていると思う。あの人の周りには死霊が集まるから、そいつらを辿っていけばいるとは思うんだけど、量が多いせいでちょっと時間がかかりそうね。

 

「幽々子さんは多分庭にいるわね」

 

 今私が飛んでる道からして、この先にあるのはあの広い庭だけだし……これで間違ってたら恥ずかしいけど、私の勘が外れる事ってあんまりないし大丈夫でしょう。そのまま私は少し速度を上げて、急いで庭に向うことにした。

 暫くして、庭に着くと巨大な桜の木が存在していて、その木は幻想郷全域から集めただろう春を吸っている。

 だけど春を大量に吸ったはずの桜の花は一輪も咲いていなくて、どこか物悲しい雰囲気を纏っていた。

 昔は感じなかったけど、この桜って不気味な魅力があるのよね。誘われるって言うか、あの下で寝たくなる? そんな感じかしら。

 

「――と、やっぱりここにいたのね幽々子さん」

 

 庭を少し跳んでいると、桜の木の前で優雅に佇む幽々子さんの姿を私は見つけることが出来た。幽々子さんみたいな美人のこういう姿って絵になるわよね。紫とじゃ絶対に出せない雰囲気だわ。

 幽々子さんは私に気づいたようで、ふわふわと目の前まで跳んできた。私の前にいる幽々子さんが浮かべる表情はとても穏やかで、侵入してきた私に怒っている様子はなくむしろ歓迎しているような雰囲気だ。

 

「……久しぶりね霊夢、元気にしてたかしら?」

「ええ、空を飛べる程元気よ。幽々子さんこそどうかしら?」

「私は元気よ? それと、やっぱり止めに来たのね霊夢」

「えぇ、師匠が異変なんか起こしたんだから、止めるに来るのが弟子の勤めよ」

「私は良い弟子を持ったのね、感動で涙が出ちゃうわ」

「……ねぇ幽々子さん、異変を止める気はないかしら?」

 

 駄目元で私はそう聞いてみる。だけど、幽々子さんの様子からして、そんな気はまったくないと思うけどね。

 

「それは無理よ霊夢、私はこの異変を止めるつもりはないわ……いいえ、止められないのよ」

「――そう、分かったわ幽々子さん。それなら力尽くで止めさせて貰うわ」

「私としては貴方を傷つけたくないけど、全力で止めさせて貰うわね。」

 

 私と同時にスペルカードを取り出した幽々子さんは、無数の青と黄色の弾幕を私に向かって一斉に放ってきた。

 

 ◇◇◇

 

 冥界に連れてこられた僕は、巨大な蝙蝠の姿に変化したクロエに足でつかまれ、桜の上を飛んでいた。ここに連れてこられる前にクロエは何処に着くか分からないといってたけど、本当に適当な場所に着いちゃったらしくて、目的の屋敷は近くになくて、出た瞬間にあったのは、死霊だらけの桜の森だった。

 

「ねぇクロエ、僕は飛べるからこの運び方止めてくれない? 凄く恥ずかしいんだけど……」

「これが一番早いから駄目、急がないと二人が危ないから我慢して」

「……それならいいけど、もうちょっと持ち方考えてよ。このままじゃ落ちるし、さっきから木の枝が当たって凄い痛い」

「我慢して、多分もうすぐ付くから」

 

 我慢するというか……掴んでる力も弱くなってるし、そろそろ僕落ちると思うよ。というかクロエちゃんと前見てるのかな? この先に大きな桜が生えてるし、あれにぶつかったら絶対落ちると思うん――――。

 

「あ、ごめんうつろ前見てなかった」

 

 そんな声を聞いて文句を言おうとして僕だけど、下で鋭利に伸びる木達を見て、すぐにどうやって生き残るかを考えることにした。一応空を飛べるけど、空を飛ぶには少し準備が必要だからすぐには飛ぶことが出来ない。そのまま僕は、パチンコの球みたいに何度も木々にぶつかりながら、勢いよく何かにぶつかった。

 とても痛かったけど、僕は何にぶつかったんだろう? 明らかに木の感触じゃなかったよ。

 

「って、小さな倉庫? なんでこんな場所にあるの?」

「うつろ傷はないみたいだけど、大丈夫?」

「うん、大丈夫だけど……この倉庫気になるから入っていい?」

「いいようつろ、変な気がするけどこの倉庫無視しちゃいけない気がするから」

 

 やっぱりクロエもそう感じるんだ。この倉庫って、外見普通と全く変わらないのに、中から誘うような何かを感じるし、何故か目が離せなくなる。僕はそれを不思議に思いながらも、戸を開けて中に入ってみる事にした。

 

「これは、桜の枝?」

 

 中にあったのは、小さな桜の枝と一冊の日記帳のような物だった。

 その桜の枝からは、僕が職場でよく感じる死の気配が異常なほどに放たれている。

 もしもこの桜を人間がみれば、その場で身を捧げてしまうだろう。僕はそんなことを本能で理解し、背筋に薄ら寒い物が走った。

 

「うつろ、これ危険。燃やした方がいいよね」

「僕もそう思うけど、その前にこの日記帳見てみようよ。何か分かるかもしれないし」

 

 この日記帳の薄さからしてそんなに時間はかからないだろうけど、その僅かな時間で咲夜達に何があるか分からないので、この日記帳は空を飛んでいる間に読むことにする。日記帳を持った僕は、クロエと共に死霊がもっとも多い場所に向かうことにした。

 

 


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