「レオン、しっかりして!レオンッ!!」
ビアンカは今にも溢れ出しそうな涙を目にいっぱい溜めながら俺の名前を呼んでいる。
ごめんビアンカ、今頭がボーっとして何も考えらんないや。
飛ばされた勢いで頭も打ってたみたいだ。いってぇ…。
懸命に俺を呼びかけるビアンカの後ろに影が見えた。
「ッ!!……ビアンカ、後ろッ!」
ハッと敵の気配に気づいたビアンカは自身のくだものナイフをうごくせきぞうの腹部に突き刺す。
しかし相手の力が強く壁に押しやられているようだ。
ビアンカは必死に持ち堪えているが、それも時間の問題だろう。
「バカか……逃げろ!」
「うる…さい!」
「俺に構うな!…行け!」
「うるさいって言ってんのよ!」
ビアンカは苦しい表情を浮かべ俺に反論する。
やめてくれ。今お前がピンチなのはこういう状況を作り出した俺のせいだ。
もしもここにいるのがアベルだったならもっと状況はマシだったのだろうか。
そうであれば俺は、アベルたちにとって最善のルートへ導いてやるという自身の勝手なエゴのせいで、今ビアンカを危険な目に合わせているのではないだろうか。
(それじゃ、意味ねーだろうがッ)
「お前が…もしここで大怪我したらどうするんだ!下手すりゃ死ぬぞ!」
「……んでよ」
え、なんて?
「なんでよ!なんでアンタはアンタの心配をしないのよ!」
ビアンカの叫び声が通路の奥まで響き渡る。
「アンタがやられそうってのにわたしだけが逃げてなんていられないでしょ! 何よ!ここに来るまであんなにおちゃらけて元気だったじゃない!なのにそんな…ボロボロになってまでカッコつけてんじゃないわよ」
ビアンカの鋭い眼差しが俺の目に向けられる。
「…アンタは、私が守る」
その時、うごくせきぞうの腕がビアンカに振りかかるのが見えた。
(危ないッ!)
頼む…俺の体動いてくれ。
こんな序盤でゲームオーバーなんてごめんだ。
せめてビアンカだけでも…。
「クッソオオオオ!!!!」
どこから力が湧き上がったのかと言われると正直良くわからない。
無我夢中で起き上がった俺は振りかかる攻撃に対し、右手に握りしめたナイフがぶつかる直前に叫んだ。
「カウンターーーッ!!!」
俺のスキルと敵の攻撃が衝突する。
その衝撃で敵はノックバックし体勢を崩しかけている。
もう無理だ。体がいう事をきかない。
だから――。
「今だ!ビアンカ!」
ビアンカにとどめを任す。
俺のスキル『カウンター』では敵を倒せない。
パパスとの稽古やモンスターとの戦いの中で気づいたのだが、どうやらこのスキルは「他者からの物理攻撃を同等の力で跳ね返す」ことしか出来ないようだ。
故に倒すまでにはいかない。精々ノックバックや武器をはじく程度だ。
後は頼んだ――ビアンカ。
「ぶちかませ!」
「メラッ!!」
ビアンカから放たれた火球はうごくせきぞうの顔面に直撃し、そのまま相手の頭部が爆散した。
恐らく俺が貫通した穴の中に着弾し内部から爆発したためなのだろう。
うごくせきぞうの体がガラガラと音を立てながら崩れ落ち、そのまま消滅した。
「はぁ…はぁ…」
何とか乗り切った…。
体の損傷に加え極限の緊張状態から解放された俺は膝から崩れ落ちた。
あー無理。もう動けない。
体は急にずっしりと重くなるし、なんか段々腕が痛んで――。
(ッッッ!!!?)
「あ゛あ゛あああああああああぁぁぁ!!!!」
痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。
痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。
緊張の糸が切れたせいか、今になって砕けた腕が痛み出した。
こんな状態だ。痛いに決まっている。どうして痛まなかったのかが不思議なくらいの激痛が俺を襲う。
「レオン!大丈夫!?」
ビアンカが慌てた様子で俺の側に駆け寄る。
だが俺は痛みのあまりうずくまることしか出来ない。
「酷い状態…どうすれば……」
状態の深刻さにパニックを起こしているのだろうか。
慌てふためく様子のビアンカ。
「カバンの……中…」
「え!?何、レオン?」
「カバンの中……やくそうが…。あと……ナイフと…布を……」
「そっか!」と俺の言いたいことを察したビアンカはすぐに対処を始めた。
*****
「どう?」
「あぁ、少し…楽になった……」
俺のカバンの中にあるものでビアンカが処置を行った。
レヌール城へ来る前にすり潰しておいた薬草を怪我の箇所へ塗り、鞘に納めたナイフを添え木代わりにヘアバンドで上腕を固めた。
だがこのままでは左腕自体が揺れ動いてしまうので、ビアンカの羽織っていた布を輪っか状にし首から吊り下げ、肘を曲げた状態で前腕を通し固定した。
このおかげで多少痛みは引いたものの激痛には変わりない。
「よく対処の仕方わかったな」
「前にお父さんが階段から落ちて腕の骨を折ったことがあってね。その時ママがお父さんにこうやってるのを見てたの」
お前の父ちゃん重度の風邪に加え過去に大怪我もしてたのか、…なんて不運な人。
それよりもアベルのやつが心配だ。
まだ痛みは一向に引かないが、いつまでもここに留まる訳にはいかない。
「いてて…アベルを探しに行こう」
「ちょっと、無茶はダメよ」
「ビアンカのおかげで歩けないことはない。肩貸してくれれば助かるんだが」
「当たり前でしょ…ほら、大丈夫?」
痛みのせいで思いのほか早く歩けない。
ビアンカは俺の歩幅に合わせながらゆっくり歩いてくれる。
少し歩いたところでビアンカが口を開く。
「…ごめんね」
「何が?」
ビアンカの表情が暗くなる。
「わたし、アベルとレオンを守れなかった。アベルはどこ行ったかわかんないし、レオンはこんなにボロボロになって…。わたしがしっかりしないと…、わたしがお姉さんだから2人を守らないと…て、そう思ってたのに。結局さっきもレオンに助けられちゃったしね」
ビアンカの声が徐々に小さくなり、悲痛な表情を浮かべている。
「別に気にすんなよ。…てか、俺もごめん」
「…何でアンタが謝るのよ」
違うんだビアンカ。本当はお前がそんなこと思う必要なんてないんだ。
これは俺の勝手な行動が招いた結果なんだよ。
そして俺はこの結果を反省しないといけない。
ゲームの流れに逆らう限り、ありとあらゆるリスクを想定するべきだった。
もし俺の軽率な行動のせいで生きるはずだったものを死なせてしまうようなことになったら――なんて考えたくもない。
だから本当に謝るべきなのは俺なんだ。
俺たちの間に沈黙が訪れる。
(…なんか、元気ねーな)
ビアンカは気負い過ぎなんだよ。
何か別の話題でも……。
「…あ、あー、でもあれだな。もっと早く渡しとけば良かったな」
「なんのこと?」
「ヘアバンド」
俺は自身の上腕を固めているヘアバンドを見ながら言った。
ビアンカに目を向けると何の話?と言わんばかりの表情だ。
「ビアンカって頭なんにも装備してないだろ?だからこれお前の装備品として買ってたんだけど、渡すのすっかり忘れててさ。これをつけてれば多少なりとも守備力は上がるだろ?」
ビアンカはぱちくりと目を丸くしてこちらを見ている。
だがそれも束の間、今度はクスクスと笑い始めた。
「アハハ、何それ!ヘアバンドつけて守備力が上がるってどういうことよ」
あれ?上がんないの?
もしかして俺の守備力に関する認識って間違ってる?
「…でも、ありがと」
あれー?と考え込む俺にビアンカが微笑みながらお礼を言った。
その笑みがあまりにも綺麗で優しかったもので少しドキッとした。
「お、おう」
…なんかちょっぴり恥ずかしい。
「じゃあ町に戻ってレオンの腕が治ったらそれ頂戴!」
調子が戻ってきたのか、ビアンカが弾んだ声で俺に言う。
「え!?これ、俺の血や砂埃で汚いぞ。新しいの買うよ」
「別にいいじゃない。レオンが渡したかったのはそこにあるヘアバンドなんでしょ?洗えば済むわよ」
んなアホな。
予想外の返答により思わずしかめっ面になる。
まあどうせ汚さのあまり買い替えるのが落ちだろ。
「へーへー、了解です」
そういうとビアンカは満足気な表情でニッコリと笑顔を見せた。
◇
「あ、ちなみに俺ビアンカより1歳年上だから」
「え、嘘!?」