映画 空母いぶき ~空母いぶき建造までの記録~ 作:秩父快急
「久々の日本か。」
7月25日 真夏の強い日差しの中。ハワイ沖で演習を行っていた艦隊がここ神奈川県横須賀市にある。海上自衛隊横須賀地方総監部に戻ってきた。護衛艦 いずも から秋津と新波が荷物を持ち制服姿で降りてくる。
横須賀地方総監部 司令室
「失礼します。」
二人は横須賀の基地司令に挨拶に伺った。すると、近くの磯子で建造中の護衛艦の視察を指示され。基地の車で磯子の造船所へ向かった。
磯子区 造船所
「これが…。」
新波の目に飛び込んできたのは、いずも型のような大きな船体に側面の2つのエレベーター。そして、初めて採用されたスキージャンプ方式の甲板。
今までの護衛艦とは違う。世界を変えてしまうかのような気配を感じた。ドックの周りをぐるっと巡るように目隠しが施される姿は、かつての戦艦大和を彷彿とさせた。
「あぁ、こちらでしたか。」
と、初老の男性が声をかけてきた。
「はじめまして。工場長の永山です。いやぁ、うちのドックで空母を作ることになるなんて夢にも思ってませんでしたよ。」
と、気さくに話しかけてきた。すると、秋津が。
「工場長、進水式の予定は?」
「はい。今の予定では今年の10月中旬を予定しておりますが。」
と、メモを見ながら工場長が話すが…。
「一ヶ月…。いや、半月でも早めてくれないか?」
秋津がある一言を発した。
「一ヶ月…ですか。」
唖然とする工場長。
「あなたも知っているはずだ。先日、波間群島で東亜の空母機動部隊と。我が海上自衛隊が一触即発状態に陥ったことを…。」
先日の波間群島での武力衝突寸前の事件は、日本の国防に対しての不安の声が上がるだけでなく。周辺海域を航行する日本やアメリカ、ヨーロッパ各国の民間船を管理する船舶運営団体からの非難の声。そして、経済面から政府への不信感もあって。日本円から安定しているドルへの売り注文が相次ぎ。日本の国債価格は戦後最悪の数値まで陥った。また、Twitterをはじめとするネット上には。日本と東亜連邦の武力衝突の危機を感じさせる投稿が相次ぎ。身柄引き渡しと現場海域からの離脱を決めた日本政府に対して、弱腰姿勢であると台湾やインドネシア等の東南アジア諸国から不安視する声明が相次いだ。そして、建造中の護衛艦 いぶき の視察を終えた秋津達は市ヶ谷へ向かった。
7月30日 内閣総理大臣 長峰 行夫 は今回の事件をきっかけに、責任を取り。長峰内閣は総辞職及び衆参両院解散総選挙を決定。そして残暑厳しい9月18日。新たに内閣総理大臣に任命されたのは、長峰内閣で防衛大臣を勤めた 垂水 慶一郎 であった。
首相官邸 総理大臣執務室
「垂水、いよいよ総理の座を取ったな。」
と、小太りの男が話してくる。アジア大洋事務次官の沢崎 勇作だ。この二人、実は大学の先輩後輩で。垂水は山口県議会出身。一方の沢崎は外務省幹部組という経験がある。
「なぁ、沢崎。この東京の明かり、きれいだと思わないか?」
と、窓の外を見つめながら垂水が呟く。
「ああ。東京はきれいだなぁ。」
と、沢崎が話す。だが、垂水からの返事は意外なものだった。
「この数百万の明かりの下で、一つ一つ国民の生活があり。皆、生きている。内閣総理大臣兼…。自衛隊最高責任者として、この国を護りきることができると思うか?」と、垂水は話す。
「何を言い出すと思えば…。我が国初の自衛隊空母建造計画の最高責任者はあんたじゃないか。」
「まぁな。だが、今となっては開けてはいけぬ。パンドラの箱のような気がしてな。」
と、両手を微かに震わせながら垂水が話す。
「…あんたが、始めた空母建造計画を今さら白紙にするのか? それとも、この前の波間の事か。」
と、沢崎は椅子に座りつつお茶を飲みながら話す。すると、垂水は振り返り。
「沢崎、やっぱりそう言うか。確かに、この前の事件は引っ掛かってる。もしかしたら近く、東亜の連中と軍事衝突が起きるかもしれない。お前は、外務省勤務でアジアの状況を知っているだろう。だから、俺から頼みたい。東亜連邦の事を調べてほしい。」
と、垂水は深く頭を下げた。
「そんなこと、言われなくてもとっくにやってますよ。垂水さん。頭を上げてください。」
沢崎は垂水を励ます。
「すまんな。つい、気が動転して。俺も強くならなくちゃいけないな。この国の代表である内閣総理大臣として。そして、この国を護る陸海空全自衛隊の最高責任者として…。」
垂水は部屋に飾ってある日本の国旗。日の丸を見て決意した。