姉妹って、最も近くて最も遠いと思うんです。
電気もつかない、暗い部屋。
カーテンの隙間から差し込む月明かりだけが床を照らし、響く音は足音一つ。
「ごはん、持ってきたよ」
この家に住むのはとある姉妹。姉の名前は桐葉朱里。
「...」
妹の名前が桐葉智花という。内向的な性格なのか、智花は黙っている。
...姉相手に内向的というのもおかしい話なのだが。
「ちゃんと食べなきゃダメだよ?ただでさえ体重も減ってきちゃってるんだから」
「...」
甲斐甲斐しく智花の口元に料理を運ぶ朱里だが、反応は芳しくない。
大半をこぼしてしまうが、朱里はめげずにそれを掃除し、また食べさせる。
(いつからだったかな...智花が喋らなくなっちゃったの...)
解けぬ疑問を胸に抱えて、今日も町の夜は明け、一日が始まる。
心の夜が明けているのかは、彼女自身にもわからないのだが...
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「これで荷解きは終わり、っと...明日はもう学校か」
高校入学と同時に神薙市に引っ越しが決まったと言われたのがひと月前。
俺、相模勇樹は入学式の前日にようやく引っ越しを完了した。
突然にもほどがあるというか、もう少し余裕を持たせてほしいものだ。
「もう夜も遅いっつーか夜明けが近いじゃん...初日遅刻はやばいし寝るか」
一から気の合う友人を見つけるのも大変そうだし、出遅れは避けたいところだ。
以前住んでいた町なら夜出歩くなんてこともあったが、
この町はどうも危ない評判が立ってるみたいだしな...
いつだったか一度来たことがあったが...あの時は災難だったな。
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ここは神薙市立第六高等学校。進学校を名乗るほどではないが、かといって不良の巣窟でもない。
よくある普通の高校であり、勇樹が通うことになった学校だ。
校風も非常にまったりとしており、入学式を終えると連絡もそこそこに解散となった。
(さてと、とりあえずとっつきやすそうな奴を探さねぇと...ん?)
勇樹が当面仲良くするクラスメイトを探していると、一人の女子生徒が目についた。
連絡の間ずっと本を読んでおり、即座に席を立って帰ろうとした黒髪の生徒だ。
(ぼっちの波動を感じる)
とても失礼な理由でシンパシーを感じた勇樹は彼女に話しかけることを決意する。
初っ端で女子に話しかける時点でかなりの冒険だった。
「ごめん、少しいいかな」
「えっと...何か用、かな?」
当然戸惑いの表情を浮かべる女子生徒。若干の後悔を胸に抱きつつ勇樹は続ける。
「昨日ここに引っ越してきたばっかなんだけどさ、できればいろいろ教えてほしいんだ。
他の奴とかみんな固定メンツで帰っちまったから君しか頼れる人がいなくてさ」
できるだけ失礼のないように話を進めていく。実際みんな帰っているので最後の希望だ。
「なんだ、そういうことならいいよ。ちょうど私も買い物に行くから、スーパーを案内してあげる」
「本当か!?サンキュ!助かったぜ...」
軽い案内さえしてもらえればいいと思っていたらまさかの買い物同行にテンションが上がる。
この市には何があるかなどの話を聞きながら最寄りのスーパーへ向かった。
「このスーパーで基本的に欲しいものはなんでも買えるの。
食料品、日用品、ちょっと特殊な専門用具とかも売ってるのよ」
さらっと説明した後、それじゃあ私も買い物があるからと言って二人は別れた。
勇樹はそこまで必要なものはなかったがスーパーの中を見て回っていたので、
結果としてスーパーを出るタイミングは彼女と一緒だった。
(一人暮らしか...?それにしては食料品が多い気がするけど)
賞味期限内に食べきれるか怪しい量の食品と、そんなに必要か、というほどの日用雑貨を買っていた。
少し疑問に思ったがそこまで詮索することではない。疑問はそれ以上に聞きたいことに塗りつぶされた。
「ところで、君の名前は?俺の名前は相模勇樹っていうんだ」
「そういえば自己紹介がまだだったね。私は朱里。桐葉朱里です」
自己紹介を済ませたところで分かれ道。どうやら家の方向は別々のようだった。
いつか遊びに行くほど仲良くなることがあるのだろうかと胸を躍らせつつ、勇樹は家路についた。
朱里の家に電灯はない。最低限の水道とガス、電気は通っている。
その為冷蔵庫は動くから保存は効くし、風呂も入れるし調理もできる。
ただし、ところどころ、壁がない。
普通なら直すか引っ越すか、なんにせよ放置はしないはずの状況だった。
そんな環境で今日も朱里は智花と過ごす。
「ねぇ智花、今日お姉ちゃんね、男子に話しかけられちゃった。
相模勇樹君、っていうらしいんだけど、引っ越してきたばっかりなんだって。
話しかけられるのなんて久しぶりだったからお姉ちゃんびっくりしちゃった!」
「...」
「それでね、町の案内をしてほしいっていうから行きつけのスーパーを紹介してあげたの。
あのスーパーなら大抵のものは揃うから役に立つと思うな~」
「...」
一方的に朱里が話しかけ続ける、あまりに不自然な状況。
昨夜とまるで変わらない体勢で、寒いとも暑いとも言わない。
一言も発することもなく、料理を食べようとすることもない。
さらには智花のシルエットが、明らかに普通の人より小さく不自然なのだ。
加えてこの廃墟のような家。ここで何があったのか、智花に何があったのか。
「お姉ちゃん疲れたからもう寝るね。智花もしっかり寝てね、おやすみ~」
唯一しっかりと四方の壁が残っている部屋に智花を残して朱里は自身の寝室へ。
明日も彼女はいつも通りの生活を続ける。
それが傍から見てどれだけ歪でも、彼女にとっては日常なのだった。
____________
月日が経つのは早い。勇樹と朱里が入学してすでに半年が経過していた。
最初はお互いしか知り合いがいなかったが、今ではすっかりクラスに溶け込んでいる。
そんな中、帰る道が一緒であることや一緒に買い物に行くということから、
二人の距離はとても近いものになっていた。しかし、勇樹の内心は少し複雑なものになっていた。
(この半年間、どうしてそんなに買い込むのかずっと気になってたけど聞けなかった。)
彼女との時間を壊したくなかったし、そこまで踏み込んでいいのかとずっと悩み続けていたのだ。
無論付き合っているわけではなかった。しかし一緒にいる時間は心地よく、安らぎに満ちていた。
(知らなくてもおそらく問題はない。むしろ知らないほうがいいのかもしれない。
でも、このままだといつか俺は、取り返しのつかない失言をするかもしれない...)
知らないが故の無神経な発言が一番怖い。だから勇樹は、今日こそ聞いてやると決めた。
「なあ桐葉さん。一つ聞いてもいいかい?」
「なぁに?」
「桐葉さんは親と一緒に住んでるの?いつもかなりの量を買い込んでるけど...」
「えぇっと、私は妹と二人で暮らしてるの。両親はいないわ」
「妹さんか~。きっと桐葉さんに似て可愛いんだろうなぁ」
「ちょ、ちょっと...」
謎が解けてすっきりした勇樹と対照的に、今度は朱里が戸惑いだす。
「ねぇ、勇樹くん。この後、うちに来ない?」
「えっ!?い、いやもちろん行きたいけど...いいの?」
「うん、妹にも会ってほしいの」
「じゃあ、お邪魔しようかな」
(きたぁぁぁぁぁぁ!!)
表面上は冷静でも内心で興奮を抑えられない勇樹。半年を経て彼女のことが好きになっていたようだが、
本人はまだそれに気づいていないようだ。
「じゃあ行こう!きっと智花も喜ぶよ!あ、智花って妹の名前ね」
家に呼ばれたことで喜ぶ勇樹と、なぜか誘ったことでテンションが上がった朱里。
結果的に二人とも上機嫌で朱里の家に向かうのだった...
「ここが私の家だよ!」
「こ、ここが...?」
二人が家に着いた。あの廃墟のような朱里の家である。勇樹が思わず絶句するのも無理はない。
「さぁ上がって。私は妹に君が来たことを伝えてくるから」
「あ、あぁ、ありがとう」
(なんだこの家...いや、家なのか?廃墟って言ったほうがしっくりくるぞ?
...妹の存在も気になる。待ってろとは言われなかったし見に行ってみるか...)
リビング(?)で待たず、朱里が消えていった方に行ってみることにした。
少し廊下を進むと、この家の中で不釣り合いなほどに綺麗な扉を見つけた。
少し開いたその隙間からはなにやら異臭が漂っていた。
「桐葉さん...?」
そして勇樹は、その部屋を覗いてしまった。
真ん中に椅子だけが置かれたとても広い部屋。その椅子の前には朱里が跪いていた。
そしてその椅子に座っていた、いや、置かれていたのは。
「し、死体...?」
「あ、勇樹くん!紹介するよ、この子が妹の智花!」
「う、嘘だろ桐葉さん...だってそれ...腕から下がないし、足だってないじゃないか!
目も片方ないし、呼吸だってしてない!ひどいにおいがしてるのだって気づいてるだろ!」
「そんなはずない...智花は生きてる!死んでなんかない!だって今ここにいるんだから!
ちょっと無口になっ...た、だけ、で...あの日に智花は...あ、れ、?」
封じていた記憶があふれ出す。自分を騙すために思い出さないようにしていた一年前の記憶。
そう、すべての発端は一年前のある日、この家で起こった...
___________
いつも通りの帰り道。生来体が弱い妹の智花は学校には通えず、朱里だけが通っていた。
地元の進学校に通わされ、毎日大変な勉強をしていた朱里だが、
家に帰って智花と話すことだけが癒しだった。
その日も癒しを求めて帰宅していただけだったが...
「おいやべえって!逃げたらまずいだろ!」
「馬鹿野郎!のこのこ出てって捕まる方がまずいだろうが!とっとと逃げるぞ!」
自分の家の方から走ってくる二人の男。通り過ぎた二人を見て不思議に思いつつ視線を前に戻すと、
「...え?」
空が、赤く染まっていた。正面から吹き降ろす熱風と、火花が爆ぜる音。
現場を見なくてもわかるほど明確に何が起こっているかを把握した。
この先には自分の家しかない。つまり燃えているのは...
「智花っ!」
両親と智花の待つ自分の家である。そう思った時には荷物を捨てて走り出していた。
「智花ーーー!お父さーーん!お母さーーん!」
燃える家に必死で呼びかける。朱里はまだ携帯を持たされておらず、消防に連絡もできない。
水をかけようにも近くに水道はなく、朱里にはただ立ち尽くすことしか出来なかった。
「お姉ちゃん助けて!そこにいるんでしょ!?あついよ!」
智花の悲痛な叫びが聞こえる。今から町まで走って助けを求めて間に合うだろうか。
それよりは自分が飛び込んで助けるべきか?しかし自分も死んでしまうかもしれない...
火災という現実は、中学三年生の朱里にはあまりにも強大な敵すぎた。
二時間後、火は自然に燃え尽きた。
父と母の遺体だったものは折り重なるようになっており、もはや原型をとどめていなかった。
そして智花の遺体は倒壊した柱に半身を押しつぶされ、もう片側の手足も火傷で見るに堪えなかった。
さらに頭部を強打したのか形はゆがみ、眼も片方なくなっていた。
「こんなの...智花じゃない...智花はこんな姿じゃない...」
あまりにむごい現実に一人残された朱里の脳は、自我を保つために現実の認識を拒絶した。
両親はいないと認識し、かろうじて人間であった部分が残っていた智花をいまだ生きていると思い込んだのだ。
「智花は生きてる...ね、智花...お姉ちゃんとおはなししよう...?
きょうもべんきょう頑張ったの...きれいな虹も見れたから、今度いっしょに見に行こうね...?」
壊れないために必死で縋ったように見えたが、既にその心は壊れていたのだ。
「うそ...そ、んな...わたしは...この一年確かに...智花と...いっしょに、い、た...?
ここに、とも、か...は...」
「それは妹さんじゃない...過去に何があったのか俺は知らないけど、
そこにいるのは妹さんだったものだ...」
「...そ...っか。ぜんぶ、まぼろし、だった...んだ。
わたしが...ゆめ、を、見てたんだ...ね」
ふらふらとおぼつかない足取りで部屋をあとにする朱里。
勇樹は言い過ぎてしまったかとも思いつつ、本人のためだと自身に言い聞かせた。
「これで立ち直ってくれればいいんだけど...」
家を立ち去るにも立ち去れず、微妙な空気の漂うリビングに立ちすくむ。
すると突然背後に熱が生まれた。すさまじい熱気と、木が爆ぜる音。
「ともかが、いない世界なら...もう、生きてても仕方ない...」
「なっ!?」
「それに、おもいだした...きみ、前にここにきたことがあるでしょう?
火災の原因はたばこの吸い殻だった。同い年だったからまさかないと思ってたけど...
きみが、ここで、たばこをすてたんでしょ?」
「そ、それは...」
以前一度だけこの町に来た時。不良に染まりかけた友人と出来心で一度だけ吸ったたばこ。
山奥でならバレる心配もないだろうと思って吸っていたところ、吸い殻が火災を引き起こした。
「もういいの。きみがおぼえていようがいまいが、わたしは、それをおもいだした。
わたしから智花を奪い、両親を奪い、すべてをうばったのはきみだった」
火をつけた枝を片手に近づく朱里。
「お、おい...やめてくれ、頼むよ!まだ俺は死にたくない!」
「きみにも、智花と同じ苦しみを味わってもらうの。
あの子はやさしかったから、こんなことをしても喜ばないけど。
わたしはあなたをゆるさない!」
朱里はそう言って枝を投げた。一度姿を消したときにガソリンでも撒いていたのか、火の回りは異常に早かった。
「ほのおで身を焼かれて、煙でのどを焼かれて、苦しみながらしんで」
「____!!___!?!?」
苦しみのあまり声も出せず、全身に火がついてのたうち回る勇樹を見下ろして朱里はそう吐き捨てた。
そして彼女自身もまた、智花の遺体があった部屋に入っていった...