鬱集(仮)   作:鬱林

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幼馴染って、お互いの機微に反応するが故に

崩れやすく戻りにくい関係だと思うのです。


Case.2 すれ違う思い

「ごめん、忙しいから遠慮するわ」

 

彼女の手を払いのけながらふと思う。

いつからだったか。

彼女の善意を、素直に受け取れなくなってしまったのは。

 

 

家が近く、家族ぐるみの付き合いを続けてきたこともあり、

セレナと私、アリスは赤子の時から幼馴染として生きてきた。

とにかく活発で突っ走るセレナと、大人しくて考えすぎな面もある私。

正反対の性格だったけど、互いに足りない点を補っていい関係だったと思っている。

小学校、中学校まではそんな関係を維持して楽しくやっていけていた。

 

「次の授業何~?」

 

「化学よ、いい加減覚えなさいな」

 

「アリスが教えてくれるからいいも~ん」

 

セレナが私に頼ることもあれば、

 

「アーリス!一緒にご飯を食べましょ!一人より大勢で食べたほうがおいしいわ!」

 

「わざわざ私を呼びに来なくても...」

 

「呼びに来ないと一人で寂しいじゃない!」

 

「まったく...はいはい、行くわよ」

 

私がセレナに引っ張られ、頼りにすることもあった。

お互いに依存するそんな関係をどこか心地よく思っていた私がいたのだ。

だからこそ、ほんの少しの態度の変化にも、敏感になってしまっていた。

 

 

きっかけは単純。”セレナが朝、迎えに来なかった”というだけ。

元々気分屋なところもあるセレナのことだし気にするべきではなかった。

それでも高校生とは多感な年齢、少しでも変化があると過剰に反応してしまう。

 

「珍しく朝、迎えに来なかったわね」

 

本来聞くべきでもないことを腹立たしげにぶつける。

 

「ちょっと急いでたの!要件がそれだけならまだ用事が終わってないから行くわね!」

 

「なっ!?話はまだ...」

 

彼女はいつも通り快活に、何も変わらず駆けていく。

セレナに頼りにされない。この事実だけで、自分の存在価値が揺らいだ気がした。

セレナは間違いなく天才で、私は努力を重ねて彼女の横に立っていたのに。

そのセレナが頼りにしてくれたから、私は自分の存在を確立できていたのに。

 

「私はこのままじゃ一人で生きていけない...」

 

自分の方が人格的にはセレナよりしっかりしているという自負が崩れ去る。

 

「私はそもそもセレナに頼られるような人間だったの...?」

 

今まで積み重ねた人生すべてに疑問符が付く。

気を遣われていただけなのでは?私は何もできていなかったのでは?

考え出すとキリがなく、自問自答が止まらない。

 

 

その日は一日中、何も手につかなかった。

セレナは相変わらず忙しそうで、私には見向きもしなかった。

 

「...いつからセレナが私を見捨てないと思っていたんだろう」

 

幼馴染とは、絶対に離れないと約束された関係ではない。

そもそも人間関係に絶対はないのに、私は何を考えていたのだろう?

 

「セレナは自分のできることを精一杯やって努力している。

でも私は...セレナに手を引かれるだけだった。

努力しているつもりで、同じことを繰り返すだけだった」

 

停滞は退化と同じ。進み続けるセレナに追いつくために、私も進まなければいけない。

 

「...それも、セレナ以上の速度で」

 

この日を境に、私はセレナからの誘いをすべて断るようになってしまった。

誘われたことに乗っかるだけでは成長できない。

一人でもっと成長し、セレナの横に再び立てるようにするために...

 

 

 

__________

 

 

高校に入ってから、アリスは私に冷たくなった。

きっかけはわかっている。私が彼女と一緒にいられなかったから。

周りの人は寡黙なアリスのことを強い人だというけれど、そんなことはない。

彼女は強くあろうとしているだけで、一人にしてはいけないの。

強くあるためには一人でいることも耐えなければならないと自分を律してしまう。

幼馴染の私にすら弱みをほとんど見せてくれなかったな。

 

「ねぇアリス!今度の日曜日に遊びに行きましょ!

クラスのみんなと遊園地に行くの!」

 

「...ごめん、忙しいから」

 

最近は冷たい、という程度じゃなくて。

何かにとりつかれたように勉強している。あんなにかわいかった顔も険しくて。

 

「どうして話してくれないのかしら...」

 

私はアリスのように、人のことを考えて動くのが苦手。

だから自分のペースに相手を巻き込んでいくしかない。

普段はそれで困らないのに、よりによって幼馴染のことで一番困っている。

あんなにも一緒に過ごしていたのに、私はアリスのことを...

 

「なにもわかってなかったのね...」

 

アリスが私に合わせてくれていたとも知らずに、私は勝手に走り続けた。

おおよそ15年は付き合っていたのだから、限界が来ても何ら不思議じゃないのに。

 

「このままじゃ駄目ね...私が変わらなきゃ!」

 

またアリスと一緒に笑えるようにするために...

 

 

__________________

 

 

私とセレナの関係がこじれ始めてから一年が過ぎた。

いつもの通り私が教室を出て家に帰ろうとしていた時。

 

「ねぇねぇセレナちゃん、最近アリスちゃんとあんましゃべってないけどいいの?」

 

自分の名前が聞こえてしまった。ここで帰ったとしてもすっきりしない。

一度聞いてしまったからには最後まで聞かないと気が済まない、と近寄っていく。

 

「う~ん...最近のアリス、よくわからないのよね...

理解できないというか、変な感じというか~...」

 

そこまで聞いた時点で、私は教室を飛び出していた。

隠れたりもしない、とにかくその場から消え去りたかった。

やはり私は頼りにされていなかったのだと。

彼女からしたら理解しがたい存在だったのだという現実をたたきつけられた。

後ろから私の名を呼ぶセレナの声が聞こえるけど止まる気にはなれない。

 

「...こんなことなら!」

 

こんなに悲しい気持ちになるのなら、と感情に任せて私は叫ぶ。

 

「幼馴染なんていらなかった!!!」

 

取り返しのつかない一言を。

それだけは言ってはいけなかったのに。

自分であの日々を否定することだけはしてはいけなかったのに。

もう戻れないと感じつつ、私はただ悲しみにくれていた。

 

 

__________

 

 

アリスについて聞かれた後に駆け出す音がして、

返答をアリスが聞いていたと知った時、軽率な返答を後悔した。

 

「よくわからない。理解できない。変だ」

 

こんな返答をしているのを聞いたら、誰だって怒りたくも悲しくもなる。

なんとかして誤解を解きたかった。私の言葉選びが間違っていただけだと。

以前のようにまた笑いたいだけなのだと伝えたかった。

 

 

『幼馴染なんていらなかった!!!』

 

誤解は解けず、残されたあまりにも重たい一言。

未だ受け入れられず、どこか呆然としている。

 

「どうして一番大切な人には思いが伝わらないのかしら...」

 

他の友人が大切じゃないわけではない。しかし、アリスは私にとって特別だ。

彼女のまじめさに何度も助けられた。人間関係の重要さを教えてくれた。

 

「このまま別れるのはいやよ...どうにか誤解を解いて...」

 

いくら考えても解決策は浮かんでこない。

性格だから、と深く考えることをしなかった自分を呪うしかない。

何とかしなきゃいけないという焦りが募るばかりだった...

 

 

 

___________

 

 

あの日以降、私は部屋から出なくなった。

必死で努力して近づこうと思っていた相手が自分を変だと思っていた。

その事実は容易に私の心を砕いてしまった。

なんとなく思いを書き綴る日記には後悔と会いたい気持ちが書き殴られる。

 

「もう一度、セレナと笑いたいだけだったのに...

いつからすれ違うようになってしまったのかな...」

 

ただの友達だったならここまでこじれることもなかったのに。

幼馴染という関係性がなぜか足かせとなってしまう。

気持ち一つの問題のはずなのに、どうしても素直になれない。

 

「部屋にこもってても何も始まらない...」

 

努力こそ自分の唯一の価値だったのに、それをやめては本当に無価値になってしまう。

今はだめでも、せめて過去の自分たちが間違っていなかったというために、

私自身の本質を変えてはならない。

 

「とにかく一度外の空気を吸おう...」

 

すさまじい体の重さを感じつつ、心のどこかでセレナに会わないことを願いながら、

私は扉を開けた。

 

 

 

___________

 

 

あの日からアリスを見ていない。

話していない、ではなく見ていないの。

部屋から出てこない、アリスのお母さまに聞いたけど...大丈夫かしら。

 

「お見舞いに行きたいけど、また傷付けてしまうかもしれないし...」

 

前向きに生きていけると自負していたけど、今は間違いなくそんなことはない。

いつものように気分転換で体を動かしても一向に気分は晴れない。

アリサに会いたい、でも会うのは怖いという矛盾に板挟みになる。

 

「悩むのは私らしくないわ。やりたいと思ったらやらなくちゃ!」

 

意を決してアリスの家に足を向ける。

幸い今日は課題を届けるという用事があるから行きやすい。

幼馴染と会うためにそんな口実を持ち出す自分が馬鹿らしいとも思った。

 

 

「アリスが出かけた?」

 

10分ほどで着いたアリスの家にはアリスはいなかった。

またすれ違ってしまった、という事実から思考はマイナスに向かう。

 

「私が突然来ようと決めたんだから彼女が突然出ようと思うこともあるはず...避けられてるわけじゃないわ...」

 

とりあえず課題は届けた。もうアリスに会う用事はないけど...

 

「私は今日アリスに会うと決めたの。だから探すわ」

 

今日を逃せば会えなくなってしまう、という漠然とした予感があった。

 

「そうと決めたら行かなきゃ!時間は無限じゃないわ!」

 

日も正午を回り、残された半日で会えると信じて街に走り出した。

 

_______________

 

 

「帰りたい...」

 

元々はっきりした目的があった外出ではないので、出て10分ほどで家に足が向きそうになる。

でもここで戻ったら何も変わらない。

 

「セレナは何をしてるかな...」

 

会いたくて、でも会いたくない。会うのが怖い。

幼馴染に会う、というのはこんなに難しいことなのだろうか。

小さい頃は顔を合わせない日はないほどだったのに。

 

「元々は私の勝手な思い込みから始まったすれ違いだったはず...

でも、もしそれこそ私の願望だったら...」

 

会ったわけでもないのに余計な想像を積み重ね、その度に会うのが怖くなる。

町を彷徨って既に半日、運動していなかった体にはかなりきつい。

 

「探しに来てくれるかも、なんてわがままだったか」

 

会って話すことから逃げ続けた私をセレナが探しに来るはずもない。

あの日私が放った一言で、私たちの縁は切れてしまったのだから...

諦めて、なんていうのもおこがましい。とにかく帰ろうと思ったその時、

 

「あれは...セレナ、かな」

 

遠くから走ってくる人影は見間違うはずもない。

幼いころからずっと追い続けたセレナの姿だった。

急ぎの用事か、脇目も降らずに走っていく...と思ったのだけど。

 

「...こっち来てない?」

 

まさか本当に探しに来てくれた...?

姿を見るまでは会いたくなかったはずなのに、今はもうこちらから声をかけたいくらいだ。

重い体を引きずって、こちらからも近寄っていく。しかし、声が届く距離で出た言葉は、

 

「止まって!こっちに来ないで!」

 

静止の言葉だった。

 

 

 

__________

 

<時は少しさかのぼる>

 

 

 

「見つけた!」

 

かなり距離があるが、確かにアリスだ。見間違えるはずがない。

探すとは言ったが本当に出会えるとは思っていなかった。

既にへとへとだけど、アリスに会えると思うと力が出る。

あと少しだし一気に駆け寄ってしまおう。

 

「待っててアリス...今そっちに行くわ!」

 

しかし、もう声も届くだろうというところでアリサから聞こえてきたのは、

 

『止まって!こっちに来ないで!』

 

拒絶の声。思考が一瞬止まる。思わず足が止まった次の瞬間に見えたのはアリサの悲しげな顔。

そして最後に感じたのは、右から体を強く叩いた何かの感覚だった...

 

 

____________

 

 

「セレナ!」

 

目の前で、幼馴染が、轢かれた。

私を見つけたせいで。私が早く覚悟を決めなかったせいで。

最後の一瞬セレナの足が止まったのも私が声をかけたからだ。

全部全部私のせい。最後まで私は彼女の幼馴染にふさわしくなかった。

間違いなく私より輝いたはずの彼女の人生を邪魔してしまった。

 

「と、とにかく救急車を...」

 

震える手で救急車を呼ぶことはできたけど、そのあとは何もできなかった。

物言わず倒れている友人の横に座って呆然としていたことは覚えているが、そのあとの記憶はない。

気づいたら部屋にいて、また気づいたら朝になっていた。

 

 

 

 

セレナは命までは落とさなかった。しかし、いまだ昏睡状態。目を覚ます保証はないという。

セレナは私の家に課題を届けた帰りだったという。気づかなかったが、私はもう家の近くにいたらしい。

自分のことを探していたかもわからないのに、勝手に勘違いして友人に私が最後に浴びせたのは拒絶の言葉。

いくら注意を促したかったと言いたくても、言いたい相手には既に聞こえない。

結局私は、大切な幼馴染と最後まですれ違ったままだった。

まだまだ言いたいことはたくさんあったし、無視してしまった分遊びたかった。

私は彼女のすべてを奪った罪を背負いながらこの先を生きる。

彼女は私をきっと嫌っていただろう。そんな私にはもう、彼女との思い出を偲ぶ権利すらない...

 

 

 




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