イナバが発見した女性は、酷く傷ついていた。
しかし虫の息というほどではなく、治療せずともしばらくは生きているだろうと、そう思える様子であった。が、ボロボロであることには変わりなく、女性が体に傷をつけ、横たわっている姿というだけでも痛々しいものがある。
イナバも例に漏れず、女性に駆け寄り、安否の心配をした。出血もひどく、体の至る場所に傷を負っている姿を見て、イナバの中の良心はまず助けなければと動いたのだ。
が、しかし。
「大丈夫……!?」
体の至る所に傷を受け、血が流れている。当然、衣服はボロボロといった様子で、身なりに気を遣う余裕もなかったのだろう、所々が破けて肌が露出している。
16歳、思春期の童貞。そんなイナバには聊か刺激の強い姿だった。
「……ご馳走様ですっ」
なんてことはなく、意識があるのかないのかはっきりしない女性に向かって、イナバは頭を下げていた。
この男、怪我を負って倒れている女性を見て助けなければいけないという正義感、良心があるにも拘わらず、同時に女性の素肌やあられもない姿を見て鼻の下を伸ばすという下心も発動させたのだ。卑劣此処に極まっている。
「……っとと、いけないいけない…まさかのトラブルに思わず僕も面食らっちまったぜ…まず手当てしないとね」
数秒、女性のあられもない姿を堪能した後、イナバは女性を助けるために行動する。楽な姿勢になるように木陰に寝かせ、次いで地面に直接肌が当たっているのは衛生上よくないため、自分の服を布団にする。イナバはこの時点で上半身裸になった。
さらに、村でも使われている傷に効くといわれている適当な薬草を手短に採取し、薬草をすり潰し傷に塗った後に、自分のズボンを割いて包帯代わりにする。この時点でイナバは上半身裸の短パン小僧になった。
こうして粗方の手当てを終えたイナバは、この女性が起きるまで番をすることにし、じぃぃっと女性の顔を凝視し続けるのだった。
「(なんという眼福か)」
◆◇◆◇◆
看病すること数時間。森に入った時は太陽は頭上から大地を照らしていたが、今ではすっかり地平線に隠れようとしている時間帯。
女性の看病をしていたイナバは、流石に長時間看病することになるとは思っていなかったのか、いつ魔物に襲われるかびくびくしながらも女性の看病を続けていた。
とはいえ、薬草も塗り、包帯も巻いた現在。適度に包帯を変えることや、枯れ木を集めて簡単な焚き火の準備をするぐらいしかやることもなく、多くの時間を女性の顔や体つきを見て鼻の下を伸ばすことに費やしていた。
肩口で切りそろえた綺麗な銀髪、そして可愛いというより美人と形容すべき顔立ち。小ぶりな鼻に整った形の唇。まごうことなき美女である。そんな美女の介抱をするというのは、イナバにとって一種のご褒美でもあった。これが命に関わる重症であればこの男も対応を改めるのだろうが、不思議と魔物に襲われない現在、ビクビクはしながらもある程度心に余裕のあるイナバはこうして己の欲望を満たしていたのだ。
直接手を出さないのはイナバに残った唯一の良心か、単にヘタレているだけなのか。
「……ん…」
「お?」
そして、日も暮れた時、ようやく女性の意識が戻ったのか、薄っすらと切れ長の瞳を開く。
対するイナバ。流石に見ているだけでは飽き始めたのか、焚き木に火をつけて数時間上半身裸でいたことによって少しばかり冷えてしまった体を温めようと暖を取っていた。
女性が目を覚ましたことで、ほっと一息つき、具合を確かめるべくイナバは女性に近づく。
大丈夫?―――――そう尋ねるよりも早く、女性はイナバを見て一言。
「……出るとこ…出た方が…良い?」
「出るところ出てから言った方がいいんじゃないかな」
売り言葉に買い言葉、ではないが、反射的に、女性の体つきを見ながらそう述べたイナバ。
そう、女性は確かに美女と言える容姿をしていたが、その体は非常にスレンダーであった。スタイルはいい、しかし出るところ出てないというべきか。
長時間女性の体を観察していたイナバはとうの昔にその事実を理解しており、あろうことか反射的にそう答えてしまったのだ。
女性の体つきに関して、タブーに触れた男の末路はただ一つ。
パァン!という音が、夜の森に鳴り響いた。
「いったぁ!?」
「……女の子の……身体的特徴を言うなんて…サイテー」
自分の体を抱きしめるように腕を組みながら、ジロリと目の前の不届き者を睨みつける。
「あ、あー…うん、ごめん。つい反射的に言っちゃった。いやでもね?僕としても、数時間看病した君からまさか濡れ衣被せられるような発言が開口一番飛び出してくるなんて思ってなくてね?ね?わかるでしょ?びっくりしちゃったんだよ」
「……上半身裸の男が……寝てるときに傍にいたら…女だったら誰でもそう思う…」
「それにも事情があるんですよ、はい。君の寝ている場所をよく見てほしい」
「?」
そう言われ、自分の寝ていた場所を確認する女性。
そこには、自分の血と土で汚れたのであろう、小汚い服が広がっていた。そう、丁度この目の前の少年が着れるぐらいのサイズの服が。
「……これ、君の…?」
「そうだよ。まあ流石に怪我人を直接地べたに寝かせようとは僕も思わなくてね。直接よりかはいいかなって」
ヘラリと、上半身裸でイナバは笑う。
だとしたら、数時間看病していたといったこの少年は、正しく数時間、こんな森の中で上半身裸で自分のことを看病してくれていたのだろうか。そう思えば、確かに開口一番で“そういう想像”を働かせた自分にも非があるのかもしれない。
そう思った女性は小さく頭を下げ、謝罪の言葉を口にしようとし―――――。
「まあその代わり、君の体を触ったり、まじまじと見れたからプラマイゼロってところだけどね!いやー、お胸とかはちょっと残念だけど、眼福だったよ!」
「…やっぱりサイテー……」
謝罪しようとしたところに、少年のセクハラまがいの言葉が飛んできた。
謝る気も失せてしまった女性は、ため息を一つ吐き、身なりを整え始める。
「……そういうこと、あんまり女の子に言わない方がいい…」
「ははは、ごめんごめん。僕って村一番の正直者で通ってるからね!性に関しても正直なのさ!」
笑いながらそういうイナバ。詫びれる様子もなくそういわれてしまうと、女性の方ももう返す言葉はないのか、再びため息を一つ吐く。
「……でも、ありがとう。……助かった」
「んぇ?あ、ああ、どういたしまして。えーっと…ま、まあ、気にしないでよ。うん、倒れてるのを放っておくほうが罪悪感あるというか…」
「…助かったのは、本当。……だから、ありがとう」
「う、うん…」
照れ臭そうに目を逸らすイナバ。その様子に女性は首を傾げる。
先ほどまではあれほどよく回る口を回転させていたというのに、お礼を述べた瞬間途端にしどろもどろになってしまったのだ。
照れ臭そうに目線を泳がしている少年を不思議そうに見つめ、やがて合点がいったかのように、女性は口元に薄い笑みを浮かばせた。
「……フフッ」
「な、なにさ?」
「……ありがとうね」
「だ、だからお礼は良いって!僕も眼福だったからお互い様なの!」
「…ありがとう」
「いや良いって…」
「ありがとう…」
「だっー!もしかしてからかってますかー!?良いって言ってるでしょ!」
「フフフッ…」
お礼を言えば言うほど、照れてしまう。そしてそれを見た女性は微笑を浮かべ、少年は抗議するように捲し立てる。
「……照れ隠し…かな?」
「ちがわい!」
「…お礼、言われ慣れてない……?」
「慣れてますー!慣れ過ぎてお礼の次に対価を要求するぐらいですー!」
「……そう。…でも……女の人の特徴をダシにして……照れ隠しは…駄目だよ?」
「あ、はい、それはすみません…って違う!だから照れてないって言ってるでしょ!そうとか言って全然通じてないね!?」
なおも騒ぐ少年の言い訳じみた言葉は、女性の耳には入ってこなかった。
変わった子だ。そう女性は少し会話しただけのこの少年について思った。
開口一番でセクハラ発言をされたのは少し腹立たしいが、女性に気を遣わせないためのあえての発言で、それを踏まえたうえで感謝の言葉を述べると途端に慌て始める少年の姿は、女性にはとても面白いものに見えた。
普通にしていれば、何事もないのに。不思議で、変わっていて、面白い子。
そしてとても器用で、不器用な子。この短い時間の中で女性はイナバのことを認識していた。
そう認識すれば、多少のセクハラもなんだか許せそうな気がして、むしろそれが少年なりの気の遣い方なのだとしたら、少し可愛らしくも思えてくる。
そう思い至った女性がまたクスリと笑みを浮かべると、言い訳を捲し立てていたイナバは警戒するように身構える。
「な、なにさ…」
「……君、名前は…?」
「……イナバだよ。イナバ・ハンス。この森を抜けたところにある小さな村に住んでる極々一般的な村人だよ」
うだつの上がらない生活を送ってるけど…とは言わない。もはや意味はないが、それでも女性の前ではカッコつけたい年頃だったのだろう。
「…イナバ……。可愛い名前…だね」
「僕のこのハイセンスでクールな名前をよりにもよって可愛いと称するとは良い度胸じゃないか」
「……ごめん、ごめん…かっこいい名前だね」
「でしょ!」
得意げに笑みを浮かべるイナバを見て、女性もつられて薄く笑みを浮かべる。
本当なら、面識もない自分を看病してくれた恩人に対して、もっと為になるお礼がしたいところだが、不思議とこの少年が発する雰囲気がそうしようと思わせなかった。いや、いつかはしっかりと形となるお礼をしたいが、今はこの少年と少しでも話していたい。
快活で、何より話していて気が楽になるこの少年と話していたい、そう思った。
「……私は、レイア。…レイア・バーベル」
だからこそ。
「……今日は、ありがとう。……またいつか…ちゃんと……お礼、するから…」
そう言って、女性はゆっくりと体の調子を確認しながら立ち上がる。まだ傷が痛むが、動けることを確認すると、立ち上がってイナバを見据える。
「本当に、ありがとう……じゃあ、また…ね」
「え、あ、うん…って、待ってよ!?さよならするのも再会の約束をするのも別にいいんだけど、君さっきまで結構酷い怪我してたんだよ?無理せず……そう、僕が村まで案内するからそこで休んでいった方が―――――」
「駄目」
ぴしゃりと、イナバの言葉を遮るように女性―――――レイアは告げる。
「……ごめんね。でも、それは……駄目なの。……理由は言えないけど、駄目」
「………」
「……じゃあね」
レイアは再度、別れを告げると、森の奥へと歩みを進める。イナバはそれを止めようと手を伸ばすも、レイアには届かず、引き留めようと言葉を紡ごうとするも、レイアの現した明確な拒絶に何も言えなくなる。
「……駄目っていうなら、なんでそんなに寂しそうなのさ」
レイアの姿が見えなくなった時、イナバは一人、そう呟いた。
第二話でした。感想、誤字報告等お待ちしています。
※ここから先は登場人物のちょっとした設定紹介です。見なくても支障はありません。
イナバ・ハンス
黒髪に赤い目。そして頭頂部から延びる二本のアホ毛が特徴の男の子。顔は可愛い系。
低身長で身長は160㎝とサバを読みたいところだが、158㎝である。
他人から感謝されることに慣れてなく、感謝される前に何かしらの発言でプラマイゼロにしようとする傾向にある。
レイア・バーベル
森で倒れていた女性。
174㎝という、女性にしては高身長
銀髪碧眼であり、美人と言えるほど整った容姿を持っており、スタイルもいいのだが胸が少々残念らしい。
セクハラ発言をされても、それで初対面の人の第一印象を決めないぐらいには優しい性格。