多々田透汰の生存戦略   作:だっかん

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※一部残酷、陵辱表現アリ


03イカれる男

撃たれた傷もすっかり癒えた。

残念ながらと言うべきか、腹から突き抜けた背中にかけての銃創はハッキリと残ってしまったが、まあ男の勲章と表現すれば格好いいのでそうすることにした。間抜けにも狩人の射線に入って撃たれただけの物語もない傷ではあるが。

 

尾形家に居候してから一年が過ぎている。俺こと多々田透汰も10歳となり、偶然同い年であった百之助少年も同じく歳を重ねた。今のところ俺の方が身長は高いため兄貴ヅラしているが、百之助少年は残念ながらそう思っていないようだ。まあ詳しい多々田透汰の誕生日は永遠の謎となったため俺が兄貴と言えばそうなるので、百之助は弟と思っておこうと決めている。

 

「百之助」

「…なに、透汰」

「また今日もあんこう鍋らしいけど、どうする?」

「……」

 

山から銃と鳥を担いで降りてきた百之助少年を見つけ声をかける。つい先ほどまで尾形母の手伝い(針仕事)をしていた俺は献立を聞かされていたため、その手に掴まれた鳥が無駄になることを知っていた。

寒さも厳しくなりつつあり、冬も本場に向かう今日この頃。いくらアンコウが獲れる時期とはいえこうも頻繁にあんこう鍋になるのはなかなか飽きがくるものだ。いや、美味しいが…やっぱり飽きが…。

 

「…適当に交換してくる」

「ああ、じゃあ俺やってくるよ。山寒かったろ? 火鉢出してあるから」

「そう」

 

あんこう鍋と聞いて雰囲気が落ち込んでいたようだが、火鉢と聞くや否やこちらにくたばった鳥を押し付けて気持ち速歩で家に向かう百之助の背中を見届けてため息を吐く。素直なのかそうで無いのか…まるで気まぐれな猫のような掴み所のない百之助である。

手に持った鳥を眺めると、綺麗に頭を撃ち抜かれていることが確認できる。相も変わらず素晴らしい射撃能力だ。10歳でだぞ。たったの10年…いや、まさか生まれた時から銃を扱えた筈がないのでたったの数年でこんなに素晴らしい腕になるなんて、未来ならクレー射撃のオリンピック選手になれただろうに…時代が早過ぎたな。こんな山中のど田舎で腐らせておくには勿体なさすぎる才能を嘆きつつ、村の裕福な層の家の門扉を叩く。此処の家は肉を米と交換してくれるのだ。この家の肥えた肉好きな息子に感謝しつつ、多くはない米を入れた麻袋を握りしめて帰路に着いた。

 

最近、家の中は静かだ。いや元々無口な百之助がいるので騒がしい訳ではないのだが、俺がここでお世話になり始めた頃はもう少し生きた空気が流れていた気がする。

なんというか、こう、重いのだ。空気が死んでいる。それもこれも、どうしたのか気が少しずつ可笑しくなっている尾形母の所為なのだろう。ナニがとはっきりした原因はないが…どんどんと厚くなる透明な壁を感じるのだ。

 

「百之助、帰った」

「おかえり」

「火鉢は暖かいか?」

「…まあ、火鉢だから」

「そりゃそうだ」

 

今日も家の中で小さく丸まる百之助の背中を見つける。その横に腰を落ち着け、冷えた身体に温もりを分けてもらうように抱き寄せる。あったかい。

少し身動ぎをしたものの直ぐに大人しくなり腕の中で更に丸くなる。最初は全力で嫌がられた記憶があるが、断固として離さない構えをとっているうちに諦めがついたのかいつからか暴れなくなっていった。よしよし。

小さい背中が寂しそうで悲しくなるから抱き寄せるなんて口に出して言ったら撃たれそうだ。

 

「なー百之助」

「なに」

「…俺にも銃の撃ち方教えてくれよ」

「……なんで」

「なんでって…まあ、そりゃできた方が色々と便利だろ。生きてく上で」

「透汰は、刃物があるだろ」

「カアサンで獲物仕留めるの結構難しいんだぞ? 離れたところからパーンってできた方が強いじゃん」

「……」

 

カアサンとは、もちろん手切れ金替わりのあの小刀の事である。今思えば刃物にカアサンと名付けるのはなかなかなサイコパスみのある発想ではあるが、馴染んでしまったのでそのままのネームだ。マミーとかにすれば良かったな。

そして密かに猟銃のことをトオサンと呼んでることは自分の中だけの秘密である。バレたら怖い。

 

「じゃあ、もっと暖かくなって獲物が増えたら教えてくれよ。冬よりは打ち損じなさそうじゃん」

「…仕方がないな」

「よーしよし! さすが我が弟! 懐の広い男だぜ!」

「弟ではない」

 

頑固なやつだ。

 

 

 

 

 

 

木の扉の隙間から覗く朝日が眩しい。寝相でひっくり返った位置が悪かったのか、漏れた光が閉じた瞳の位置に直撃したことにより夢の世界から覚醒した。

大きな伸びをしながら布団から出ると、既に隣に居た百之助は起きて出て行った後だった。しまった、寝坊した。

冬の間は朝にやるべきことも多くはないのだが、それでも仕事はある。この機械のない時代、人の手ですべきことは多いのだ。

急いで布団を片し、着替え、甕から水を汲み顔を洗う。冬の刺すような冷たい水で120%目が覚めた。

 

「お母さんごめん、寝坊した!」

「ああ、おはよう透汰さん。随分と気持ち良さそうだったから起こさなかったのよ」

「うわあ本当ごめんなさい」

 

今朝の尾形母は平常の彼女だ。優しげに目元を細める尾形母に平謝りし、保存食の漬物に手を加える。何故か俺の漬ける物は美味いと評判である。それが終わったら昨日の夜のうちに積もっていたらしい雪を退ける作業が待っている。子供の身体にはちと重労働だが、男手がいないためやらねばならないのだ。

外に出れば既に百之助が雪下ろしをしていた。俺の顔を見つけると心なしかジト目でこちらを見てくるので俺は更に苦笑いを零した。ごめんて。

 

昼が近付き、漸く雪下ろしが終わる。真っ白な雪からの照り返しで顔が幾らか焼けたのかピリピリするが、一過性のものだろう。多々田透汰は色白で黒くなりにくいのだ。百之助も同じく顔がやや火照ったように赤くなっていたが、彼も色白なので多少赤くなる程度だろう。黒く焼ければその不健康そうな表情も些かマシになるであろうに、実に残念である。

まともな尾形母とあんこう鍋ではない昼食を済ませ、百之助は少し遅くなったが銃を担ぎ山へと入って行った。俺もカアサンを腰に括り薪を探しに出る。もちろん流れ弾に当たらぬよう方向はやや変えて、だ。同じ過ちは二度繰り返さない男、多々田透汰に清き一票を。

 

 

 

 

「今日はこんなもんかな」

 

乾いた枝を適当な蔓でまとめ、山を降りる。なかなかいい時間になっていたので、百之助もとっくに家に帰っていることだろう。腕のいい弟は今日も獲物を仕留めるだろうから、あとは尾形母が可笑しくなっていないことを祈るだけだ。

 

山を降りると、村が何故か騒ついていた。

 

「? …なにがあったんだ?」

「ああ! 透汰さん! 無事だったのね!」

「お母さん」

 

薪を抱えた俺を見つけた尾形母が駆け寄ってくる。震える彼女の手を握りながら落ち着かせながら聴くところによると、数日前に行方不明になった村の女の子が川で発見されたらしい。しかも確実に人為的に汚されて、だ。それはどうやら山賊の仕業であろうと。その話に冷や汗がドッと身体中から滲んだ。

 

「確かに、子供だけで山に入るのはしばらく止した方がいいかもだ」

「うん。透汰さんも、百之助も一人で行ってしまうから…お隣の川崎さんが代わりに薪集めをしてくれると言うから、甘えましょう」

「そうだね。…ところでお母さん、百之助は?」

「一緒ではないの?」

「百之助は狩りに…」

 

寒さではない、全身から血の気が引いて血液が凍るような感覚に陥った。途端に尾形母の手を離し、薪を投げ捨てて山へと走る。

百之助がどこに向かったか知っているのは俺だけだった。

後ろから飛んでくる制止の声は、俺の耳には入らなかった。

 

 

はあ、はあ、はあ。

息が乱れるほど走っているのに、息が止まっているみたいだ。嫌な予感に全身を雁字搦めにされ、上手く呼吸ができない。

まさか山賊に会っていないだろうという楽観的な思考と、こんな時間に帰ってこないなんて恐らく、という現実的な思考がぐちゃぐちゃになって焦りを加速させる。

いつだか二人で山に入った時に見つけた山小屋が怪しいと狙いをつけてひたすらにがむしゃらに脚を動かすしかできない。

 

百之助、百之助、百之助。

あいつは銃を携えているし、最悪のことにはならないだろう。ああでも彼はたったの10歳の少年だ。普段誰よりも冷静でいるとしても、大人に敵うかなんて。考えるまでもない。『チカコちゃんが山賊に…』うるさいうるさい!ヒャクノスケは無事なんだ!チカコちゃんではない!きっと今日はたまたま獲物が上手く捕れずに手こずっているだけ、そうに違いない、そんなわけないだろ、いやそうあってほしい。

頼む、頼むから百之助。無事でいてくれ。

ああ、ああ。頼むから…。

 

 

 

 

 

 

 

 

黄昏の夕日に照らされる、ポツリと立つ山小屋。

 

生き物は全て死んだかのように冷えた空気の中、俺は息を殺して近付いた。

 

隙間から見える小屋の中にはみっつのひとかげ。

 

ふたつはしらないおとな。ひとつは…

 

 

 

『チカコちゃんが山賊にケガサレて川に棄てられてたのよ!!!!』

 

 

 

 

__ああ……。なるほどな。

 

 

ころす。

 

コロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロス殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺_________

 

 

 

…、た。透汰」

「コロス、殺す、殺す殺す、コロス」

「透汰、透汰兄さん…もう、もう死んでるよ…ねえ、ねえ、おれをみて」

 

酷くか弱い手に頬を叩かれ、意識が引き上げられる。真っ黒な闇に光が滲むような感覚だった。

目の焦点が合って、ようやく自分に縋り付く小さな男の子を視界に認める。それは探していた弟の姿だった。

 

「百之助、大丈夫?」

「うん、だいじょうぶだよ」

 

酷い姿だった。なんて可哀想に、百之助。この服はもう捨てなければならない。自分も、酷い姿だけれども。

 

「ごめん、遅くなって」

「大丈夫…大丈夫だからもう帰ろう」

「俺がもっと早く気付けてれば」

「いいんだよ。助けてくれたじゃないか」

「本当に本当にごめんね百之助、ごめんなさい」

 

それ以上百之助は何も言わず、涙も流さず。ただ静かに震えて抱き着くだけであった。

俺はただの肉になった二つの塊を見下ろし、私の最期はこんな風にぐちゃぐちゃになったんだろうなと考えていた。

 

 

 

劈く様な冷えた川の水で禊をした。冷水故にあまり長くは入れなかったが、できる限り百之助の汚れた部分を拭い、清める。糞野郎どもの歪んだ性癖なのかどうかはよく分からないが、最悪の最悪は未遂だったらしい。しかし後一歩遅ければと思うと…殺意でまた頭がどうにかなりそうだ。

自分も川に浸かって赤色やら何かの破片やらを落としていく。早く上がらなくては百之助が風邪を引いてしまうだろうから急ごう。

 

「あ…そうだ、カアサンも綺麗にしないとな。ごめんな、こんなに手荒に使って…」

 

ドロドロになった小刀も気持ち悪かったので水に浸けて綺麗にした。こんな扱いをするのもどうかと思ったのであとでしっかりと手入れしなければなぁ。

百之助は何も言わずに、俺の禊が終わるのを見つめていた。

 

 

 

次の日、俺と百之助はしっかりと熱を出した。

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