「人権団体なんて変な奴らの為に戦って、私達馬鹿みたいよね」
緊急出動からの救援活動中、WA2000が大きく溜息。カラビーナは最初に窘めようと思ったが、段々と言われてみるとという気分になってしまって言葉がとうとう消えてしまう。
弾丸も通り過ぎた寂れがちな繁華街の残骸、鋭い視線でWAは一瞥すると服を嗅いで口をもごもごとさせる。
「煙臭い、帰って早く洗いたいな」
「…………まあ、わたくしとしては人権団体の気持ち。分かりますよ」
そこら中を嗅いで辟易としていたWAの赤色の瞳がカラビーナにジロリと向けられる。カラビーナのそれに比べると何処か昏い紅の瞳、付き合いも短くない身としては「寂しそう」と思う。
元を辿ればカラビーナはそこまで我慢強い性格ではないが、WAの刺々しさに潜む愛嬌に気づけたからこそ、こうやって今も普通に会話をしているところがある。
「何で?」
「簡単です、人死を見た後に服の匂いを気にするような「非人道的な」ロボットだからではないかしら」
非人道的な、とは言うが一つの意味でもない。
人形はモノだ。更に所有者が居る、企業でG&K社、もしくは今はなき鉄血工造。彼らは企業で、金に群がる傾向は残念ながら有る。
当然のことだ。下流市民を護るにも金は必要だから。
しかし金を貰えば優遇せざるを得ない、そこにある葛藤云々はさて置いて、「金持ちは優遇されている」という現実は残る。
そんな企業にいる人間もどき。名前も人形で、生き方も会社の人形。そんなものに権利を与えるのに抵抗があるものも居るだろう。
「ふーん、もっと分からないわ。G&K社から人形が消えて困るのは一体誰なのかしらね」
「けれど人形の発達で職を失った方もいらっしゃるでしょう。その方は未来を見据えた安泰より、明日のパン一切れに執心してしまうわ」
「馬鹿ね、そうやって関係ない人まで殺す気?」
「愚かだからこそわたくし達が生まれた訳で、もう仕方ないんですよ」
貧すりゃ鈍するとはこの事ね、とWAは呆れたような顔で呟く。
――けれど、明日のパン一切れをわたくし達が奪ったことも。恐らく。
それに関して彼女は何も感じない。だって生み出されたのは自分の意志じゃない、人間側の都合だ。
だというのに自分の出生まで憂いて、そこまで来ると自己陶酔に見える。
そんなドライな考え自体が「非人道的」とは彼女が気づくことはないだろう、故に彼女達は人形なのだから。
「あーあー! これでも仕事しようって思える辺り、人形なのが嫌になるわ! 人形相手に銃弾バラ撒いてホントに意味とか有るのかしらね、全く!」
WAが吹っ切るように叫んで手を振っていると、通信越しにトンプソンが急に喋りだす。おそらく最初から聞いていたのだろう。
『難しく考えんなよ。銃をぶっ放した所で誰も救われやしないが、やるしかない――――――それだけだろ?』
「はいはい、大先輩の言うことは素直に聞きますよ、聞けばいいんでしょ!」
やけっぱち気味に走り出したWAにトンプソンが指示を入れ始めた。
――やはり、誰も居ませんね。
億劫な確認作業。廃墟には人の気配など無く――――とはいえカラビーナは経験則上、警戒を緩めない。だからといって面倒ではないかと言えば、また違う問題なのである。
風ばかりが通って寒い廊下。割れた窓硝子は見るほどに過去の凄惨をAIに突き付け、吹きすさぶ冷風が感傷に浸る彼女の身体を叩き起こす。
今回の任務は実は単純なもので、人権団体の活動中に鉄血の襲撃。これを救援に向かったというだけだ。
来てみれば確かに鉄血は居たし数も多く、騒ぎ立てるに値するものだった。
しかし、中身が伴っていない。練度の足りない部隊を片手間で片付け、硝煙塗れた人形達の退屈な戦闘後の後処理。即ち人命救助――――――それが今、カラビーナが建物を散策する理由だった。
――けれど、死んだわ。
つまらない時間。この廊下の数十分前を想起する。恐らく此処も鉄血兵の足跡が残され、もしかすれば人は殺されたのだろう。
現在カラビーナの立つ階は5階だが、通りすがりに見つけた死体は6。すべて個室ではなく廊下に在った死体で、恐らく集団が上へ上へと逃げ込み――――「時間稼ぎ」をしたのだろう。
別にそれをどうとは言わない。痛ましいと思いはするが、だからと嘔吐することも出来ないし、涙で視界は滲ませられない。それは戦闘を第一条件に置かれた戦術人形には「出来ない」事だからだ。
ただ、思い起こす。
――もう動かないけれど。
彼らは人で。
――懸命に生きていて。
善悪つけがたい生命であり。
――そして何より。
死ぬほどの人間など、居なかったのだろうと。
死んでいい人間というのをカラビーナは知らない。居るのかもしれないし、一般社会で言われる其れに会ったことは有る。
だが、死んでいいとは思わなかった。そもそも罪を犯したのなら、死よりも償いが有るべきだという考え方も有るのかもしれない。
だから、こんな意味不明なことで殺される事を悲しく思う。薄っぺらい感想だが、それはAIの端子一本に至るまで、本当にそう感じることだ。
屋上。考えた通り、人は居た。
予想はついていたのだ。廊下の死体は男ばかりだった、つまり女子供が此処で死んでいると見て間違いない。
庇って、逃げて、抗って、死んだのだ。歴史の一頁にも残されない、けれど人類の抵抗は其処に有る。
撃ち殺された女子供に息はない。一人ずつ、まるで割れ物に触れるように頸動脈を触って確認する。人差し指を首から放す毎に少しだけ目を伏せて、最期に小さな礼をして、一人ずつ。
何度も、何度も、何度も人差し指が離れて。ふと、一人だけ居た男で手が止まる。
「…………ぅ、けほっ」
「――――意識はありますか!?」
壁にもたれかかる身体を起こすが、同時に凄まじい喀血がカラビーナのチャールストンに吐きかけられた。
男は青白い瞼をゆっくりと上げて、カラビーナの表情を見つめる。
「……何だ、人形か」
「はい、わたくしは人形です。それよりもしっかりなさってください、生きていたのですね!」
生きてるねえ、と男は生気のない乾いた笑いで返す。
すぐさまカラビーナが抱えて連れて行こうと手を背中に回したが、男は弱々しい手付きで振り払う。
「いいよ……もう、無理だ」
「無理かどうかは貴方が決めることではありません!」
「ちげえ、よ。助かった所で、ってこと……」
カラビーナは身体中にべっとりと染み付いた血液に青褪めた顔をする。
――いえ、どちらにせよ。
長い逡巡には幾ら葛藤を重ねていたのだろうか、下唇を噛んだ彼女がゆっくりと手を離して軍帽で目を覆い隠す。
「分かりました…………」
「わるい、な。うん、わるい」
「そんな事は」
彼はそっと口に手を当てて、申し訳なさそうに笑う。
「まあ、まあ。話、聞いてくれよ…………別になんにも、言わなくて、良いから」
彼女は答えない。
無言を了承と取ったのだろうか、男はぽつりぽつりと喋り始める。
「俺、親父が研究者でさ」
もっと言えば、母親が死んでからは研究馬鹿。家に俺を置いて、「これが出来ればもっと多くの人間が楽に生きられる」とか何とか。
親父の輝いた瞳が嫌いだ。俺を放ったらかしにして、自分だけ都合のいいところに逃げてるみたいに見える。
「だから、家出したんだよ…………「俺より人形とやらが大事なのか」って言って」
女が少し、口元をきゅっと締めたように見えた。視界が霞んでよく見えない。
思えば構って欲しかっただけ。親父はあんまり強いやつじゃないから、世の中に貢献するお題目で逃げたかったんだろう。俺からも、居ない妻からも、現実からも。
でも無理だ。俺は出来た子供じゃないんだからさ、もっと弱い俺はその親父の背中に耐えられない。
「逃げるみたいに仕事を転々としてばっかり、多分酷い男だったんだけど…………彼女、出来てな」
「いいヤツ、だったな。悪い男に引っかかるには、ちょっと人が良すぎる」
俺の境遇を素直に同情していた。それを「同情していない」とも取り繕わなかった。そして、「それは関係なく貴方が好きだ」って言い切ってくれた。
変わり者で、同時に俺の人生の数少ない光だったと思う。俺の話を聞いて同情なんかしてない、って引き攣って笑う奴らよりよっぽど好感を持てた。
「だから、頑張ったんだけど…………子供出来たら……金、ないだろ」
人生は奇妙なものだらけで、理由は人形。雇用は人形で段々と受け皿が無くなってきていた。
親父の呪いを疑った。でもアイツは正しくて、適当な事言った俺が間違いだったのかもしれないと思った。
だからと言って逃げられない。俺は一人じゃなくなって、背負うべきものが出来たから。
「仕方なく、デモなんて片手間にやってたら――――――このザマだよ」
霞む視界に、どす黒くなった人の塊が沢山映る。一人だけ白かった女だけ、瞳が淡く光を跳ね返した。
「頑張ってその場で、逃がせるだけ逃がそうとした…………けど、皆死んじまった」
「アイツも死んだよ。覚えてる…………俺を庇った」
馬鹿な奴だった。お前のほうがよっぽど、俺より出来たやつだったくせに。
体の感覚がなくて分からなかったけど、女がちらりと俺の足元を見た。成る程…………其処に、居るんだな。
辛うじて手を動かして、虚空に手を添える。何かに当たった気がした。
「はは…………俺、間違ってた……かな」
「――――――そんな事」
じゃあ、何でだ?
俺、絶対死ぬよな。寒いし、暗くなってきたし、頭もボーッとしてきたし。何というか、もう清々しいってくらい死にそう。
「俺、悪い事したかな」
「していません。あなたは、人として懸命に生きただけでしょう」
だよ、な。
何で。息子、ちっちゃいのに家に置きっぱだぜ?
親父に謝れてない。
アンタの研究って凄かったんだなって、言ってやれない。
本当はもっと上手く出来た筈なんだ。
何で死ぬんだよ。嫌だよ、やること死ぬほど有るんだよ。まだやりたいことも有る、俺の事は良いから親父に謝るくらいさせてくれよ。
子供ほっぽり出すの嫌だよ。アイツまだ歩けないんだぜ? 何でだよ、俺が死んでアイツどうするんだよ。
誰が死にたいもんか。死ぬ直前で悔いが山程出てきやがる。取り柄もないし、悪いことも結構したし、でも死ぬほどか? 違う、親不孝者だからって死んで良いわけ有るか。
頭下げなきゃならない人がいっぱいいる。俺が仕事やめても付き合ってくれた知り合いもいる。手を貸してくれたやつもいる。恩返しぐらいしてやらねえと、アイツラ損じゃねえか。
死にたくねえよ。嫌だ、嫌だ、嫌だ。
嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。
巫山戯るな。他のやつにしろ。どんな都合も知ったこっちゃねえ、俺以外を殺せよ。俺は殺されるなんてまっぴらごめんだ、当然だろうが。
助けてくれよ。誰でも良いから。何で誰も助けてくれない。
――――――でもさ。
でも、こんな俺の為に泣いてる人が居るんだよ。
俺のことなんか微塵も知らないくせにさ。
俺の本音なんか一欠片も分かってないだろうにさ。
俺の手を握って、一生懸命それらしい言葉で励まそうとして。でも上手く行かなくて、どうしようもなくて。どうしようもないからちゃっちゃか割り切ればいいのに、それも出来ない不器用な人が――――――わざわざ感触もない手を必死で握って。遠くなる耳に必死に叫んでくれてる。
きっと今までの俺は大したことのないやつで、死ぬのもエキストラ止まりで、どうしようもない普通そのものなんだろう。
でも。
「していたとしても、死んで良い理由になんて…………なりませんもの――――ッ!」
今言ったらさ、この人一生泣いたまんまになる。
全然悪くないのに悪いと思って、全然悪くないのに自分を責めて生きるし、全然頑張ったのに後悔ばっかりする人だ。多分そういう性格、人形だからかな? 分からない、手の温度もわからなくなってきた。
だから。俺。
「俺さ…………取り柄とか無くてさ……性格も、良くないし…………親不孝者だけどよ――――――」
「違います! それがあなたの全てな訳が――――――!」
何言ってんだろ。聞こえねえなあ、困った。
だから。
本当は死ぬほど死にたくないし、悔いなんか山ほどあるし、今まで不幸だと思って生きてきて、今からそう恨んで死ぬんだけど。
「アンタに最後に出会えて、幸運だったよ。悔いとか――――――もう、どっか………行った……よ――――――」
一回ぐらい、人に優しい嘘を付きたいんだよ。
嘘をつくなんて最低だよな。そりゃあ、野垂れ死んでも――――――しか、た…………な……い。
――昏い視界の中で、彼女の姿だけが美しく映った。知らない奴のために、無責任に涙を流せるお人好し。
俺は地獄に行こうが天国に行こうが、恐らくその姿を思い出す毎に――――後一歩だけ、前に進めるだろう。
何となくそう思った。先が有ればの話、俺は今度こそ素直に生きられるのかもしれない。
遅すぎる運命の相手に、乾いた笑いしか出なかった。
「もうずっと部屋で泣きっぱなしよ、指揮官。何か言ったらどう?」
「アレでいいんじゃね」
指揮官のあっけらかんとした放置宣言、副官を代理するWAも眉をひそめた。
帰投するなり死亡者の親族に会いに行ったかと思うと、それから部屋に籠もって延々とすすり泣きを周りの部屋に響かせる有様。
しかしWAの冷たい進言、指揮官も実は全く理解できない訳では無い。
不服そうに腕を組むと、非難するような語調でWAが指揮官をじろりと睨む。
「もちろん人が死ぬっていうのは軽いことじゃないけど、仮にもこの基地で最古参の人形がたかだか一人でワンワン泣いてちゃ士気に――――――」
「それが大事なんだろ?」
何時も通りの軽々しい口調でWAの舌鋒をピタリと止めてしまう。
――そんなの。
いよいよ本格的に人形として不満が出てきたらしい、カツカツとブーツを鳴らしながら甲高く怒鳴る。
「大事って何よ。他の人形だってよく見る光景よ、動揺してる同僚なんか見たら気が滅入るわ!」
「だから大事なんだよ」
取り付く島もない指揮官の物言いにWAが言い淀む。
別段何か特別な事を言う、と言った調子でもなく。何時も通りの雑談でもするような口調で指揮官がスラスラと口上を並べあげる。
「そもそも、人が死ぬのに慣れてる俺達がおかしいんだろ? 一体ぐらいああいう顔を見せてもいいと思うぞ?」
「何で」
「だって、俺達はそんなに傷ついてない」
ぐさりと来る一言だったが、同時に一部事実であると彼女も歯噛みせざるを得ない。
確かに人が死ぬ「程度のこと」と思ってしまうことは有る。彼女達は同胞も仕える主人も呆気なく死ぬ、その姿を多く見てくれば自然と慣れてしまう。
「アイツぐらい泣き喚く奴が居ないと、自分達が本当に感情を持ってるのか分かんなくなるぞ~」
「…………でも、私はなんとも思わないわ」
それはしょうがない、と肩を竦める。
「そういう風に強要されてんだから。でもちゃんと辛いな―って顔するやつが居るとさ、「自分が人形だから」とか云々考え込んで、仕事に妙に傾倒する奴は減るだろうな」
人形であるということは、一つコンプレックスの形ともなる。
感情らしきものを持った、感情は持たないアンドロイド。自分達に本当の情緒が有るのか、というのは戦術人形達のAIに突き当たる一つの越えるべき課題とも言いうるだろう。
特に、本来誰もが悲しむ人死を見慣れてしまうなど――――――非人道の代表例と言えてしまう辺り、問題が有る。
「お前らが全員悩んだら辛いだろうけどさ、アイツが代わりに勝手に泣いてくれてんだよ。良いだろ? お前はカラビーナと大差ない人形なんだ――――――こう聞けば、ちょっとぐらい自分が心温まる奴に思える」
「利用しろってこと?」
捻くれてんな、と指揮官が顔を覆って首を振る。
「違う。アイツを見て、忘れるなってことだ――――――ああいう慈しみってやつは尊ぶべきだぜ。真面目に」
――中途半端に持ったら持ったで困るんだがな。
指揮官は思い立ったように古臭いラジオから「Lemon」を流し始める。
もう随分昔のアーティストで変わったチョイスだったが、珍しくその日はWAも仕事の手を止めて曲に思いを馳せていた。
言うことはないので次回予告しましょうか。
次回は大事な大事な「2」の話。
今の彼女は、まだ2番目。その数字を彼女はきっと忘れない。
次回、「2」。お楽しみに。