堕ちた先は人形道   作:杭打折

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Thou shalt not kill.
〜汝、殺すなかれ〜


9話.IMMUNITY

 突然ですが、当てが外れたという経験はあるでしょうか。

 

 そう例えるならば、辛くて美味しいと聞いた店に行ったが肝心の料理が甘口であったような。逆に辛くないと言われて行ってみたら、実はとても辛かったりとか。

 確かにどれくらいの辛さか、というのは話を聞いた自分が勝手に想像したことなので誰も咎められるものではない。しかしながら、期待が外れたという感情だけはどうしようもなく残ってしまう。

 今の自分の気持ちというのが、正しくそれなのです。

 

 皆様ごきげんよう、AK-15でございます。

 

 挨拶をしましたが実は今取り込み中でして、負傷した民間人を襲う戦術人形の身体に飛び掛かりながら挨拶する事を、まずは赦していただきたい。すぐにでも片付けるので、しばしお待ちを。

 両脚で挟んで頭部を固定。身体を振り子のように、反動をつけて動かしながら挟んだ頭部を捻って、頚部から一気に捩じ切る。ぐらりと、一瞬の浮遊感を感じるのと同時に、標的の躯体を民間人とは反対方向に蹴って飛び降りる。

 頭部の制御ユニットを失った戦術人形は容易く倒れ、物言わぬスクラップが出来上がる。

 倒れた人形の姿には、見覚えがあった。

 

「旧型の戦術人形、しかも軍採用モデルだと?」

 

 かつて軍にも採用されていた純粋なタイプの戦術人形の、現行モデルより旧い型。仮想空間内で散々と標的に使わせてもらったのは記憶に新しい。

 テロリスト共はどういう訳かは知らないが、この戦術人形を運用しているらしい。

 

「テロリスト共め、こんなものを何処から調達した」

「隊長、民間人の保護が完了しました」

「保護したのは私だろう」

 

 急行した私に追いついたサブリナが報告をしてくる。民間人保護とは結構な報告だが、一つだけ訂正を挟む。手柄を誇るわけではないが、危険を排除したのは私なのだが。

 

「安全確保まで含めての保護かと」

「一理ある。御苦労様、サブリナ」

 

 よくよく見れば、先程までそばにいた民間人は、展開型の防弾シールドの裏側に運ばれている。物陰に近く、目立たない場所だ。

 メインストリートに展開している敵戦術人形は旧式で、単純な命令を実行するタイプとデータベースには記載がある。彼女らもシールドの裏に隠れてじっとしていれば、恐らく難は逃れる事だろう。

 

 私はシールドの端から顔を覗かせてこちらを見ている民間人に微笑みかける。そして手を振りながら、ハンドサインを使って裏側に隠れているようにと合図する。

 察しが良いのか、すぐに顔を引っ込めてくれたので、まずは一安心だ。 

 

「さて、この状況をどう処理する?」

 

 意識は前方へ。眼前の状況に考えるのは、これをどうこなしていくか。

 

「一機を破壊したことはあちらにも伝わっているはずです。此方を排除しにくる可能性は?」

 

 転がるスクラップを一瞥したサブリナは、一つの可能性を私に提示する。

 連中のお楽しみタイムを邪魔する輩――つまり私達のことなのだが――を、排除しにかかる可能性はあるか、と。

 可能性としてはゼロではないし、一つの定石でもある。だが、私はそれ以外の可能性を考慮する。

 

「連中の目的は、あくまでも民間人の虐殺だ。此方に戦力を回したとしても極一部。我々が待つ間に、残った兵力が民間人を殺して回る」

「では、私達は……」

「我々は積極的攻勢に出なければならない。言ってしまえば、免疫細胞の真似事だよ。病原菌は駆除して回らねば」

 

 解釈による誤解を挟むことのないよう、断言する。

 サブリナの口元が強めに結ばれる。察しの良い部下を持てたことは、私にとっても幸運の一つだと言えるだろう。

 

「よろしいのですか?戦闘を激化させることは、かえって危険なのでは」

 

 サブリナの言わんとしていることは理解できる。

 攻勢に出るのは通常、戦力的優位に立っている側だ。

 では、我々はどうか。

 個々の戦闘力では優っている。しかし、状況及び数的には遥かに劣勢。図上演習的結論で言えば、不利に立つ側だと私の電脳は伝えてくる。

 無論、そんな事は織り込み済みだ。それでも行動したのは、連中には明確なタイムリミットが存在しているからだ。

 連中に増援は無いが、此方にはある。つまり、PMCの増援がやってくるまでの間だけ戦っていればいい。

 まずは交戦しつつ民間人を保護。無理をしない範囲で最大限を目安に、安全を確保する。

 

「だからこそ、だ。リスクは否定しないが、初志貫徹程度はすべきだろう」

 

 私とて、下手なリスクなんてもの背負いたくもない。しかし、民間人保護を名目として、現場判断での独自行動をしている以上は、それを果たす程度の事をしなくては正当性の主張なぞ夢のまた夢。

 要するに、今の我々にはやるしかないのだ。

 せめて半分でも人間が居てくれたらという思いはある。

 人間相手ならば、対戦術人形戦闘のように純粋な力勝負はしなくてもよいし、何より心の持ち様が違う。

 だが、この戦場での人間は、殺されそうになってる民間人しか見当たらない。なんと残酷で悲しいことなのか、頭を抱えて蹲りたくなる。

 この戦場は私が期待していた対人戦闘ではなく、対人形戦闘しかないのだ。

 もう一度言う、対人戦闘は、無い。なんとも味気ない話である。

 

 失礼、これは失言でした。

 

 私は人間の為に働く人形。対人戦闘については本意ではないのだ。だが、可能性の存在している事も認識し、已む無しと判断した上で介入したというだけのこと。やらざるを得ないという選択を了解した上で、この場所にやって来たに過ぎないのだ。

 つまり、最優先事項は民間人保護である。ステーキで例えるならば、民間人保護がステーキ肉で、対人戦闘はあくまでもステーキソース。

 これから私は、程よく焼けたソースのないステーキ肉にかぶりつくというわけだ。うん、やっぱり味気ない。

 しかし、これ以上無いものねだりをするのも不毛である。なによりモチベーションへの影響が無視できない。

 ここは一旦忘れよう。そうしよう。

 

「隊長?」

「いいや、気にしなくていい」

 

 怪訝そうなサブリナからの視線を手で払い、銃声の発生源へ意識を向けさせる。

 

「幸いにも、連中のシグナルは独特だ。感知は容易い」

 

 敵の人形達が使うシグナルのパターンは、私が街に出たときから感じ続けていたそれに合致している。爆発の直前に一際大きくなったのは、恐らく起動信号か何かだったのだろう。

 もう少し意識を傾けていれば、発信位置の特定くらいはできたかもしれないのが悔やまれる。

 発信したのが人間であり、破壊が目的なら既に逃亡しているだろう。少なくとも、私ならそうする。だとすれば、この状況は逃げる為の陽動か時間稼ぎか、その両方か。

 

「近場から処理するぞ、サブリナ」

 

 腹立たしい限りだが、やはり悔やんでも仕方がないのだ。

 やれる事をやる、切れる手札はそれ一枚。

 

「だがその前に、打てる手は……」

「どうしました?」

 

 打てる手は打つべきと言いかけて途中で切った私へと、サブリナは訝しげな視線を向けてくる。だが、私の心にそれを気にする暇はなかった。何故なら、先程否定したばかりの可能性が、未だ僅かに存在していることに気づいたからだ。その予想が正しければ、これ以上無い幸運である。

 

「……隊長?」

「喜ぶべき事態だ、サブリナ。どうやら天は私達に味方してくれるらしい」

 

 繰り返された呼ぶ声に、喜び過ぎたと自省し冷静を繕って言葉を返す。

 未だ理解出来ていない様子でいるサブリナに視線で促し、彼女の意識をメインストリートの奥へと向けさせる。少しして彼女も状況に気づいたらしい。無機質な表情が僅かに揺れ、先ほどよりもほんの少しだけ目が見開かれている。

 私達の視線の先、メインストリートの奥からは、旧型戦術人形達がひび割れたアスファルトを踏み砕きながら進軍してきていた。

 

「戦闘態勢だ、攻撃するぞ!!」

「了解――ッ」

 

 号令を受け戦闘態勢へと移行するサブリナを横目に、私は一つの回線へと接続する。

 どうやら、敵は私の予想を裏切ってくれたらしい。だが、行動方針に変わりはない。むしろ先程よりも強い意志で、攻勢に出ると決意した。

 だからこそ、打てる手は打っておくべきなのである。

 

 

 

 その日グリフィン&クルーガーの司令部は、蜂の巣を突いたような慌ただしさだった。伝聞や書類を持った人間のスタッフ達が忙しなく行き来し、怒号のような指令が飛び交っている。

 そんな中でも一層の焦りを見せていたのは、この前線司令部にて指揮官職に就く男であった。

 

「現場の状況及び警備部隊の応答は?」

「テロリスト側の戦術人形により、既に多数の犠牲者が出ている模様」

「警備部隊からのシグナル途絶。恐らくは……」

「ああ、当たり前だ……対人想定の装備で軍用人形相手に保つ筈がない」

 

 報告する幕僚の言葉は殆ど絶望的な意味合いを伴っていた。対応可能な部隊は現場にいないということはつまり、部隊到着までテロリストの虐殺を許容する事にほかならない。 

 

「クソッ!情報部は、欺瞞を掴まされたということか……!」

 

 男は忌々しげに呪詛を吐き出しながら、眼鏡の位置を直す。

 情報部から流れてきた「暴動を計画している危険分子あり」という情報に従い、彼は鎮圧用に人形の部隊を市内に紛れさせていた。

 元々この街の治安は安定している方だ。大規模な暴動は起こらないだろうという情報部からの想定に従い、軽装備で向かわせた。

 問題なく、静寂な日常の内に鎮圧される。それが、大勢の予想だった。

 しかし、現実はどうか。予想は裏切られただけではなく、刻一刻と状況は悪化している。

 容易ならざる敵と認識を改めなければならなかった。

 

「現場の映像は出せるか?」

「生き残っている監視カメラからなら。なんとか……」

 

 管制の一人が答え、コンソールを操作する。格子状に分割されたモニターが、複数箇所から見た街の様子を映し出す。

 どれもひどい状況だった。無事な場所なんて、どこを探しても一つとして見つからない。

 直視することさえ憚られる。そんな惨状を同時に多数目の当たりにしながら、指揮官である男は一つの映像に目を留めた。

 

「A5の映像を拡大してくれ!全画面で、今すぐに!」

 

 彼はすぐに拡大するように管制へと命令を下し、断続的なコンソール操作の音のあとに、映像が全画面で表示される。

 拡大された映像の中では、見たこともない二体の戦術人形が戦っていた。

 片方は完全装備の重装型、ショットガンを手にしているとわかる。もう片方は獣のように跳ね回るせいで目で捕えにくいが、制服のようなものを身に着けている軽装タイプ。そのどちらも、見たことがない。

 

「何処の所属だ?映像解析を急げ、シグナルも再確認だ!」

 

 彼は、この街に配備された全ての人形達を取り仕切る地位に居る。そのため、自社に所属する戦術人形は全て、容姿も実力も彼の頭の中に入っている。

 しかし、映像の中を輪郭がぼやけてしまう程の動きを見せる軽装型の戦術人形の服装にはどこか見覚えがあった。

 記憶からより正確に情報を引き出すために目を細め、映像を睨みつけた矢先に画面は暗転した。流れ弾の一つがカメラを直撃したのだろう。

 拡大して見る事ができたのは僅かな時間ではあったが、充分だった。彼の頭脳は秒刻みで、記憶の中に眠る答えを想起していく。

 

「この服、この色、見覚えがある……ッ、まさか!?」

 

 そして、ついに答えへ至るとほぼ同じタイミングでオペレーターが声を上げる。そこには動揺と、切迫した感情が込められていた。

 

「シグナル識別完了。これは……正規軍の戦術人形です!!」

 

 告げられた報せは、この場の誰もが望まないものだった。




やあ、まずは許して欲しい(´・ω・`)
今回で片付けようと思ったけどもう一話ほど使います(´・ω・`)
まあ、いつものことか。
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