薄暗い部屋。白熱電球を向けられた男はその眩しさに目を瞬かせ、鬱陶しそうに顔を背ける。
しかし彼の背後に立つ者――XM8はそれを許さず、後ろから男の頭を掴んで照明へと無理矢理向けさせる瞼を指でこじ開けて、強烈な光を直視させる。
「ぐ、ぅ……っ」
目を突き刺すような強さの光と、放たれる熱を目に受け苦悶に呻く男をXM8は見下ろす。頃くの間、男が逃れられぬように頭を抑えつけ、数十秒――男からすればもっと長く感じただろうが――経ってから、力を緩めて白熱電球から顔を離させる。
「答えろ。お前にあの戦術人形達を渡したのは誰だ?」
「な……何度も言わせないでくれ……!」
彼女からの問いに、切実な叫び声で男は答える。だが彼の答えはこの部屋の主が満足させ得るものではなかった。光と熱を放つ照明が近づけられ、光を浴びせられた顔の皮膚へとひりつくような痒みが起こり始める。
「俺は、誰があいつらを用意してくれたかなんて知らない!本当だ!」
顔を背けることもできず、かと言って襲いかかってくる熱を緩和する事も出来ない男は、悲鳴のような声音で自らの無知を訴える。
「お前ら何なんだよ!人形のくせに!俺は人間だぞ!人権はどうしたんだよ、クソが!ふざけるな――ッガ、ァ……っ!」
この事情聴取が始まってから既に1時間近く経過している。男は限界が来ているのだろう。半狂乱になって絶叫し始めるが、直後、後頭部を掴んだXM8により、強かに顔面を強かに机へと打ち付けられたことで、強制的に黙らせられた。
「鼻が――ッ!」
それで折れたのか鼻面を押さえる男は、机に打ち付けられた反動を殺すことができずに椅子から転げ落ちる。そんな彼を見下ろすXM8は、その口元に薄く笑みを浮かべる。
「人権だっけ?」
男を見下ろす瞳は酷く無機質で、自分たちと同じ"物"を見下ろすかのようであった。
「生憎と、この部屋にはそういうものは無くってね」
特大の悲鳴がG&K支社の地下に響き渡った。
「なるほど……つまり、貴方達は偶然現場に居合わせて、民間人を助けに行き、襲われていた民間人を助けるために戦闘を行ったと?」
私から聴取した内容が記載された書類に目を通したG&Kの指揮官が顔を上げて問いかけてくる。
「ええ、そうなりますね」
私がその問を肯定すると、怪訝そうに眉を顰める。私達の言葉を信じてはいないが、否定もできないといった様子である。
しばしそんな表情を浮かべていた指揮官だったが、暫くして苦々しい表情のまま口を開く。
「君達のお陰でテロリストに操られた戦術人形は大方殲滅され、その後の我々の鎮圧も非常にスムーズに進んだ。また、それによって民間人の被害も抑えられ、実行犯も確保できた」
その声音は、表情に違わず浮かないものであった。
「これらすべて君達のお陰だ。我々としてもその結果を否定するつもりもないし、感謝をしている」
「お褒めに預かり光栄です」
褒められたので返答したら、彼は眉をピクリと跳ねさせて不機嫌そうに目を細める。まあ、その理由はわかっているのだが。
「とはいえ、だ……この結果を我々はただ偶然と呼んでもいいのだろうか?」
眼鏡のグラス越しに見える彼の瞳に浮かんでいるのは疑惑の色。相当に疑われているようである。この状況を作っている私の誤算が、ここにあった。
軍とG&K社は提携関係にある筈なのだが、どうも友好的とは言い難い雰囲気なのだ。提携する程なら、表にしろ裏にしろ袖の下を通す程度にズブズブであると見込んでいた。なので、行動の結果に利益さえあれば、多少の問題行動は気を利かせて目を瞑ってくれるのを期待していた。
しかもどうやら、市街地で鉄風雷火の花火大会を開催したのが一兵卒どころではなく、軍用戦術人形だから配慮をしていないという気配でもない。
今回の一件に、軍が関与しているのではと疑っているようなのだ。
「偶然とは、そういうものかと思いますが」
とはいえ、実情がどうあれ私は無関係なので。これは偶然だと言うしかないのである。私の言葉が信用できないと訴えるように、指揮官の細められた目が私を見据える。
説明するのは骨が折れそうだ、うんざりする。かと言って説明しないわけにもいかない。
「さて、と……何から説明しましょうか……」
こちらも考え込む素振りを見せ、真面目に対応しているのだというポーズを作る。
ずっとこの調子なのだ。
一から十まで説明をしたとして、この男は私の背後関係に存在する物語を頭の中に描いてしまっている。だから、納得させるのは相当に骨が折れるだろう。
ふと、そこまで考えたところで頭の中に一つの考えがよぎる。
――――そもそも、説明する必要無いのでは?
G&Kと軍の関係がこれ程までに警戒されるようなものならば、逆にその関係性を利用してしまおう、と。
私はこの事件が解決することには然程興味も無い。ならば好きなようにやらせてもらっても構うまい。
「まず、私共の行動を如何様な解釈をするのかという点について、議論する気は毛頭有りません」
それらしいことを言っておけば、私の行動に何らかの理由を見出して、勝手に納得してくれる。
彼はすでにその理由を見出しかけている。ならば寧ろ、それは積極的に利用していくべきものだろう。
生前にもよく使った手口だが、また使うことにした。
「なので、どうぞご自由に。そちらのお好きなように考えて頂いて結構です」
一変した私の返答を受け、僅かに見開かれた瞳の中に驚愕と同時に、やはりという確信めいた色が浮かんでいるのを確認して、私は笑みを向ける。
「否定がなければ、それは実質的な肯定と考えられると思わないか?」
「どちらも致しません――この件については黙秘とさせて頂きます」
「我々には治安維持のための捜査権が存在する。君の電脳のログを開示と調査を要求することだって――」
「私達は構いませんが、それは賢い選択とは言えないのではないでしょうか?」
まあ、実際やられたら我等が主任殿は烈火の如く怒り狂うだろう。対応が面倒そうなので、本音で言えばやられたくはないのだが。
「何が言いたい?」
「単純な話です。今回の一件、貴方がたにとって窮地であったことは事実でしょう?」
「それが今の話とどう繋がる?」
指揮官は訝しげに眉を顰めながら再び問う。此方の意図を測りかねているといったところだろうか。
私は一息ついてから、言葉を続ける。
「先程ご自身で仰られていたように、此方の行動は其方にとっての助けになった。敢えてそのようにした意図を考えて頂きたいものです」
敢えて言葉の中に圧力を含めた言葉を受け、指揮官の眼光が鋭くなる。彼には此方の意図をしっかりと考えてもらい、背後関係を想像してもらわねばならない。
実際は、あわよくば犯人を殺害できるかもしれないと思ったからというだけなのだが、そんなことは常識的に有り得ない。私は態度に余裕を持って彼と向き合うことが出来るというわけだ。
「……そちらの要求を聞いておこうか」
決断を下すように大きく息を吸い込んだ指揮官は、たっぷりと時間を使った沈黙の後に落ち着いた声音で言う。
「実行犯の身柄の引き渡しにも応じたって良い。無論、事件の捜査が終わり次第という条件は付けさせて貰うが」
彼の言葉には取引を急ぐような色が伺えた。要求があるならばそれを済ませ、早く手を切ろうという態度が透けて見える。
助けてあげたのに好かれないというのは、誠に悲しいものである。
「いえ、まさか」
犯人の身柄を引き渡されたとしても、処理に困るだけの私は、笑いながら首を横に振る。
「彼の処遇はそちらにお任せします。それは、この都市の警察権を有する貴方達が決定するのが道理というもの、違いますか?」
「……いや、こちらに一任してくれるというのなら、願ったり叶ったりだが……」
道理や筋合いというものは非常に便利な道具だ。利益にそれらを加味してあげれば、大抵の場合はそれに逆えない。
この場合、私が彼等に提供する――そう思ってくれているだけだが――のは、実行犯という事件解決への糸口だ。
私の発言を肯定した指揮官は表情は未だに硬い。彼からしてみればこちらへの信用は皆無なのだから、そうなるのも理解できる。
「とはいえ、無償でお渡しするというのもそちらも収まりが悪いでしょう。ですので――」
表情を強張らせる指揮官に、法外な請求をするつもりはないのだがと内心で笑いながら、要求を口にした。
「終わったよ、指揮官」
G&K支社の執務室。幾つかの書類を携えて、XM8は自らの指揮官へ、事情聴取の結果を報告しにきていた。
副官の入室を受け、小難しい表情で考えに耽っていた指揮官は、XM8へと意識を向ける。
「どうだった?」
「駄目だね」
XM8は肩を竦めながら首を横に振る。
「あの男は実行犯というだけで、ただの捨駒。戦術人形の調達も襲撃計画も、別の何者かが用意したらしい」
「なら、情報部への欺瞞工作も……」
「十中八九、そっちの仕業だろうねぇ」
XM8は首を横に振る。
「逮捕される直前まで連絡を取り合っていたとあるが?」
「性別も、電話越しだからよくわからないとか言っている……まあ、もう少し絞るつもりだけど。これ以上の情報は連絡に使用していたっていう端末と、戦術人形の残骸の調査結果次第になる」
「そうか……」
やはり、といった表情で指揮官は難しげに口元を歪める。XM8が語った内容は、彼が想定しているものと大差なかった。
現場だけで解決出来るような事件であれば、十把一絡げにできるような連中が相手であるのなら、そもそもG&Kの情報部が欺瞞情報に踊らされるような事にはならない。
軍の関与があるとなれば、それにも納得ができる。
「ところで、指揮官の方こそどうだったんだ?そっちの方が本命だろう?」
「まあ、そうだったのだがなあ……」
なんとも歯切れの悪い反応にXM8は頭上に疑問符を浮かべる。自分の指揮官は迂遠なところこそあれど、結論ははっきりと出すタイプだ。そんな彼がこのような態度を取っているのは、かなり珍しいことでもあったからだ。
そこで、一つの可能性を彼女の電脳が導き出す。確かにそれならば、彼がこのような態度になるのも納得がいく。
「私達が軍の調査をしてる事について何か言われった?」
「いいや、その件についての言及はなかった」
だが、その推測は外れていた。否定を示す返答にXM8は余計にわからなくなると同時に、少しの安堵をしていた。
この司令部では通常業務の他に、独自の業務があった。
鉄道輸送される軍需物資や人員の流れ、独自にリクルートした協力者、偶然にも受信してしまった無線通信等々。それらから得た情報を纏め本社へと報告する。
そういった、非公式な業務である。
今回の一件、軍に嵌められるという事態であるならば、少なくとも彼らは身に覚えがあった。
今回の鎮圧行動に託けて司令部に乗り込まれるというのが、彼らにとっては想定し得る最悪の事態であった。
故にこそ、当事者たる軍用人形二体を早急に確保し、監視下に置いたわけなのだが、支払ったリスクに対して得られた情報は、殆ど無い。
「どうにも、掴めん奴だった」
「掴みかかったのか?」
「いや、そういう意味ではなくてだな」
指揮官は、大真面目に驚いた様子を見せるXM8に苦笑しつつ、犯人への事情聴取資料へと目を通していくが、書いてあるのは、報告通りにどれも役に立たなそうな供述ばかりであった。
資料を一枚ずつ捲っていくと、何か資料の隙間からこぼれ落ちた。
「ん?」
それは、綺麗に何重かに折り畳まれた手のひらサイズの紙片だった。何か、と思いながら指揮官は拾い上げる。それなりの厚みが指先に伝わる。
あっ、とXM8が小さく声を漏らした。まさに思い出したといった様子で彼女は説明を始める。
「それ、今回の応対で掛かった費用の請求書らしい」
「応対……誰の応対だ?」
「ほら、あのAK-15とかいう戦術人形の聴取をしてる間に待たせてた方……サブリナだっけ?」
「ああ、思い出した」
得心がいった指揮官は、サブリナと名乗っていた方の人形を部下に預けた際、丁重にもてなすようにと伝えていたのを思い出した。
どうやらこれは、その際に掛かった費用を請求するものであるとのことだ。
渡し方と形態に疑念を懐きつつも、指揮官は折り畳まれた請求書を開いて、開き、また開く。繰り返す度に長大化する領収書に、指揮官の顔が次第に強張っていく。
数十秒掛けてようやく印刷面と対面した指揮官の目に飛び込んできたのは、ハンバーガーショップのロゴから始まるテンプレート出力と、無数に列挙される商品名の数々――そのどれもがセット注文であった。
「これ、経費で落ちるよな……?」
彼の問に答えるものは居ない。
G&Kに所属するこの指揮官は、軍が嫌いになった。
お久しぶりです。
今回は繋ぎ要素が強いのであまり動かない話です。
そのくせ書いては気に入らなくて消してを何回も繰り返したのでベリーハード産でした。
まだ読んでくれる人がいるかはわかりませんが、良ければ感想とか貰えたら嬉しいです。