「まさか、最初の報告が市街地戦闘とはな」
上げられた報告に目を通したカーターが漏らした言葉には、若干の驚愕が混じっていた。
軍用新型戦術人形運用のための実験小隊。戦力追加の手回しを行った彼は、当然ながら動向の報告を副官に命じていた訳だが、監視をし始めてから初の報告が市街地における対テロ戦闘になるというのは、流石に想定外であった。
「だが、結果として見れば悪くはない」
迅速な行動と、戦闘行為における二次被害の少なさ。それらは評価に値するものであるし、何より軍属であることを明かしながら行動していたことが素晴らしい。
そのお陰で、G&K社の手により鎮圧されたとして表向き報道されている今回の事件が、彼女らに救助された民間人によって、実態は軍が動いて対処したとして浸透しているという。そのお陰で、民間レベルでの世論は軍に対して好意的な方向へと流れているという。
カーターが推し進めている計画も考えれば、市民から軍に向けられる信頼は厚いに越したことはない。
彼女らの行動が今後も自分に利する可能性があるのならば、多少の根回し程度の労力は割いてやっても良いだろう。
そう判断したカーターは机に備え付けられた受話器を手に取り、ある部署の呼び出しを行う。
「カーターだ。局長に話がある」
『先日発生したテロ事件はG&K社の迅速な対応により、最小限の犠牲者の中で鎮圧されました。実行犯の身柄はG&K社により確保されており、同社の広報官は会見において、背後関係も含めた全ての事実が明らかになるだろうとの声明を発表しています。これに対して市民達からも高く評価する声が――』
誰かが点けたままにしていたテレビは延々と、今最も熱いニュースを流し続けている。
報道はループ再生のように同じ内容を繰り返し、誰がいつ見ても同じ内容が伝わるようにという報道姿勢は、今回の事件の重大さを物語っている。
とはいえ、報じられる内容は、一度聞いてしまえば覚えてしまえる程に薄い。
ある意味では、その薄さこそが最も誠実で揺るぎない事実を伝える報道と言えるのかもしれません。
実に、身に覚えのある話です。
どうも皆様こんにちは。AK-15です。今私は第31独立遊撃機械化実験小隊が拠点とする基地の食堂にて、降って湧いた余暇を楽しんでいるところです。
あの日、G&Kから解放された私達を待っていたのは偉い人からのお叱りの言葉でした。
あわや我が部隊の存続という声まで上がりかけたらしく、この部隊を疎んでいる何者かが居るようです。
それが誰なのかはさて置き、捨てる神あれば拾う神ありという極東の諺にあるように、執り成してくれた偉い人も居たようで、結果としては大事にはならずに済みました。
該当機体の一時的な運用停止――つまりは謹慎処分という、実に寛大な処置が通達されたのが先日のこと。
予定されていたデータ取りの為の出撃計画は合法的に白紙となり、私は大義名分を得て退屈を弄んでいるのである。
緩やかに官給品の合成コーヒーが注がれたカップを傾けていると、懐の端末が震え呼び出しを告げる。
近距離無線通信モードで端末と繋ぎ、通話に応答する。電脳が有するマルチスレッドの一つが、端末から転送されてくる音声と映像のデータをビデオ通話のフォーマットで再構築する。
電脳内に映し出されたのは我らが敬愛すべき主任殿であった。
『AK-15、今何をしているのかね?』
開口一番に、そう聞かれた。
私にとっては不服と不穏の象徴である主任殿だが、今ばかりは違う。
彼ですら逆らえない上からの命令により、私は基地内で大人しく待機せねばならないのである。
その安心感による心理的余裕は、合成コーヒーが放つ科学的な風味とアクセントを気にしなくなる程度に精神的なスパイスとして機能し、綽々たる態度でカップに口をつけながら応答した。
「勿論、与えられた処分に従って粛々と基地内で謹慎任務を遂行中ですが」
『何が遂行中か、食堂でだらけているだけではないか。所員が呆れていたぞ、まるで反省をしているとは思えない、とな』
失敬な。私はちゃんと反省している。
独断専行の危険を押して行動したにも関わらず、殺人という最大目標が未達で終わってしまったこと。
シチュエーションは出来ていたのだが、時間をかけすぎてしまったこと。次はシチュエーションができたらすぐに殺害する。
「それで、通信を入れてきたということは何かあったので?」
世間話もほどほどに、私は本題へと切り込んでいく。
この男は必要がなければ知的好奇心が齎す衝動のままにデータ収集と分析に没頭しているような人物だ。幾ら自分の作品とはいえ、退屈を持て余している戦術人形に世間話や文句を言うために通信してくるというのは考え難い。であれば、何かあったと推測するのが当然だが、生憎と私に心当たりと呼べるものはない。
『任務だ。しかも上層部直々のな』
「上層部からの任務ですか、実に喜ばしい話ですね」
思わず眉間に皺を寄せてしまったが、それは口にしていたコーヒーが苦すぎたからである。決して、このタイミングで下される上層部直々の任務という言葉に嫌なものを感じたからではない。断じて、絶対にないのである。
『そうだな、君が先日行った積極的な上層部へのアピールが叶った結果と言えるだろうな?』
刺々しい皮肉。上層部直々の任務とやらを、彼は快く思っていないらしい。彼の性格的なものであると言えなくもないが、それとはまた違うように思える。
合成コーヒーの独特の風味が急激に強まったように感じられ、思わず眉を顰める。
「それで、任務の内容は?」
憮然とした顔で、吐き捨てるように彼は答えた。
『難民地区への調査だ』
任務を与えられた翌日、私は旧式の軍用四輪駆動車の助手席で、窓の外を流れていく荒涼とした平野のような景色を眺めていた。
第3次大戦よりも遥か以前に整備された道路は、不定期に揺れが起こる程度には状態が悪く、この地域から政府の興味が失われて久しいことを強く物語っている。
「本当に難民居住区なんてものがあるのでしょうか」
隣から聞こえてきた声に視線を向ければ、運転席でハンドルを握っているサブリナがいる。
相変わらず無表情に近い面持ちだが、若干の飽きのような気配が滲んでいるように感じられた。
「一応、公的にも存在している。民間の支援団体が定期的に食料品やらの物資を定期的に送っているらしい」
「その定期便を届けに行ったトラックが帰還しなかった。だから難民居住区の状況を調査する……やはり今回の任務、私達の仕事ではないのでは?」
我が部下は今回の任務が気に入らないようである。気持ちは理解できる。国内の事件の調査や捜査などは情報収集を担当する部署が存在する。
つまり、本来であれば軍の出番ではないということだ。
しかし現実は軍が調査を担当し、我々が送り込まれた。何かしらの背後関係を疑いたくはなるが、情報が足りていない状況で下手なことを言うのは憚られる。
「武装勢力に占拠されている可能性もある。ましてや都市の浄化壁の外は須く危険地帯だ。そんな場所に政府の役人を送り込むわけにも行かないのだろう」
行きたがる役人もいないだろうけど。口には出さずに頭の中で独りごちる。
「それは……そうですが」
「今回の任務は独断専行に対するペナルティという側面もあるものだから、そこまで深く考え込む必要はない。軽いドライブのつもりでちゃちゃっと終わらせれば通常任務に復帰できるだろうよ」
「……了解」
しこりの残る反応ではあったが、一応の納得をしてくれたサブリナから意識を外し、窓に視線を戻す。
部下の扱いというものを考える。
戦術人形であるから命令には絶対服従というのは容易で良いが、それは不満不服があっても従うということの裏返しでもある。
メンタルの状態が命令遂行の妨げになると考えたくはないが、やる気の有無というのは無視出来ないのは私自身が実感するものである。
己が一般的な戦術人形から乖離した存在という自覚はあるが、純然たる戦術人形の思考など知る由もない以上、どの程度乖離しているかというのは決して測り得ない尺度だ。
そうである以上、他の戦術人形たちもやる気が影響を与えると考えて動くのが妥当だと言える。
部隊員を求めたのも、弾除けになる存在が欲しかっただけなのだが、まさか此処まで小難しいことを考えることになるとは。住所不定無職の殺人鬼をやっていた前世との違いに内心で嘆息するが、部下の動きが私の生存率に直結しているからには、真面目に考えなくてはならない。
「隊長」
と、そんなことを考えていると再びサブリナが声を上げた。
振り向けば彼女の視線は進行方向を向いている。何かを見つけたらしい。 私は彼女の視線を追って望遠モードで遠くを見る。
「ああ、私も見えた」
「事故でしょうか?」
「そうであることを祈りたいね」
車内の空気が張り詰める。
視界に映し出されたのは、道路に横たわる大型のトラック。事前情報通りの型式、ナンバーと一致する。
転倒しているトラックの近くに車を停めさせ、武装を手にしながら簡単な検分を行う。明確に異常と言える点はすぐに見つかった。
「サブリナ」
「なんでしょうか?」
「内側からコンテナごと車体を真っ二つに破壊するには、どれくらいの力がいる?」
軽いドライブのつもりという先程の発言は、撤回しなくてはならないかもしれない。
原作キャラをもっと登場させたい(深刻)