「どうでしたか?」
「駄目だね、何も残ってない」
周囲への警戒を任せていたサブリナからの言葉に首を横に振り、調査した結果の内容を伝える。
まず調査の結果から言うと、コンテナの破壊は重機に相当する力によって内側から行われたものであると断定できた。
しかし、何故コンテナの中にそんなものが居たのかは不明である。
なにせ、コンテナ内面には摩擦痕や、内側からの凹み傷があったが、中身は綺麗さっぱり消えている。事故当時に載せていた荷物によるものも含めて全て、だ。
更に言えば運転手の遺体もない。事故後に彼らがE.L.I.Dになったかとも思ったが、運転席の損傷は酷く即死の可能性のほうが高い。
つまり――
「貨物も死体も誰かが運び出した、ということですか?」
「動かないものが消えてるんだ、その可能性が高い」
「では、上にはそのように報告を?」
「ああ……更には消えた貨物の行方を探せ、とのことだ」
「任務続行ですね、了解しました」
上層部からの新たな命令を伝えると、サブリナは疑問を挟むことなくそれを受諾した。
扱いやすくて非常に助かる。
なぜ民間団体の荷物の調査を軍の部隊が行うのかとか、そんな事を聞かれてたら返答に困るところだった。
それどころか、私が聞きたいくらいだ。
「ですが、貨物のデータはあるのですか?」
「ああ、リストを受け取っている。幸いにも、E.L.I.Dなどという忌々しい文字列の記載はなかったよ」
「笑えません」
「全くだ」
サブリナからの冷たい視線が突き刺さる。それに気付いてないように振る舞いつつ、目録の物品をサイズごとに――盗み易いものと、盗み難いものに分類する。
盗み易いもの――薬や包帯などの消耗品。
盗み難いもの――大型の医療機器。
「医薬品ならばともかくとして、レントゲン装置なんてものは場所も電力も使う。難民達が盗むには不向きだ」
「では、盗んだのは難民ではないと?」
「もしくはこれらの物品を運んでいた訳ではなかった、とかね」
サブリナの表情が一瞬こわばる。破壊されたトラック、それが可能な存在。私達の中にある一つの懸念を強く意識した仮想を頭の中に描いたのだろう。
「隊長、それは……」
「勿論、冗談だ。只の難民支援NPOがそんな訳のわからない事をするはずはない」
とはいえ、描いた仮想がどれだけ可能性が高くとも、確証がなければ仮想の域を出ないものだ。
多少の皮肉を交えた言葉に、サブリナの無表情が一瞬揺らがせつつ「そうですね」とだけ返した。
「とはいえ、場所が場所だ。交戦の可能性は常に考える必要がある」
「足りますか?火力」
「心許ないね」
最終的な結論を聞いたサブリナの表情が僅かに強ばる。その理由は十中八九、装備の不十分さであろう。
大型トラックを真っ二つ。そんな事ができる存在との接触が予想される状況での我々の装備は、其処らに居る傭兵と大して変わらない。
対人戦闘なら喜んでやるが、対E.L.I.D戦闘は避けたいという、そんな具合。
虎の子はあるが、数はない。
先日受領したばかりの実験装備も持ってきているが、どれだけ役に立つかは不明。
不足、不明だらけの現状を鑑みるに、やはりE.L.I.Dとの交戦は避けたい。
「偽造記憶でも電脳に噛ませて、任務完了って報告する?」
「違法です」
「まあ、うん、冗談だよ」
サブリナの真っ当な返事に苦笑しつつ、彼女からの呆れたような視線を何食わぬ顔で受け流す。
私も言っただけで実際にやろうだなんて微塵も思ってない。
良くて記憶抹消の上初期化。それ以外は廃棄処分という結末が待つ選択肢と比較すれば、どれだけきな臭くとも今回の任務をやり遂げるほうが比較にならない程マシである。
「兎も角、難民居住地に行って適当に様子を見て、今回の任務はそれで終わり。だから――」
早く居住地に行こう。口にしかけた言葉を飲み込んで、察知した異変を拾い上げるために聴覚の集音機能を最大にする。
「隊長?」
『今の、聞こえた?』
怪訝そうにするサブリナの言葉を短距離通信で制止して確認する。しかし、彼女のセンサーはそれを拾わなかったらしい。気のせいかと自分に問うが、"俺"の直感がそれを否定する。
これを感じた時は、大抵なにかある時だ。
聴覚が拾い上げる音を蚊の鳴く声すら逃さぬよう、洗いざらい逐一解析を進める
『――間違いない』
微かに拾い上げている音の拡大と解析に意識を傾ける。
『銃声がした』
電脳間のやり取りで問いかけてきたサブリナに解析結果を送る。
拾い上げた中からサンプリングしたデータが示すのは銃声。口径はライフル程度が予測される。
いくら都市部から離れ、治安も安定しない土地であるとはいっても、ライフルが使われるような状況は日常的なものではない。
「サブリナ、調査に向かうぞ」
「了解」
短く言葉を交わし、私は助手席へと乗り込んだ。
ハンドルを握ったサブリナが勢いよく車を走らせる。
「音源は北北西、」
「雑木林を抜けます、構いませんね」
「構わん、突っ込め!」
舗装された道を外れ、小規模な林へと突っ込んだことで車体が大きく揺れる。
エンジンの唸りや車体を枝々が叩く音をノイズとして除去しながら、移動し続けている音源に対して先回りを行うようナビゲーションを行う。
流石に軍用車両なだけあってか、乗り心地を犠牲にしつつではあるが、整備されてない悪路をかなりのスピードで走り抜けていく。
「運転が上手いな……っ!」
「高級なプログラムを使わせてもらってますから」
無茶な運転だが、それを可能にしてるのは自動車運転プログラムの最新型。試しに使えと渡してきた主任殿曰く、
「っと……!」
倒木を乗り越えた衝撃で車体が一際大きく弾み、微かに抱いた感謝の念も彼方へと飛んでいく。シートから浮きかけた身体を、天井に置いた手で押さえ込む。
そんな過酷なオフロードドライブを暫く続けていると、
追跡している対象に新たな音が混ざってくる。
解析結界――車のエンジン音が2つ。
E.L.I.Dの生体音――無し。
よし、と口元が緩む。少なくとも最悪の事態は避けられた。それどころか、この状況は私にとって非常に好ましい。
「サブリナ、飛び出せ!」
「っ……!」
サブリナがアクセルを一際強く踏み込むと同時に木々の薄い場所を突き破り、大きく広がった視界に映り込んだ現状を把握する。
2台の車が走っている。片方は古い型のの民間用のワゴン車で、もう一方は旧式だが軍用のハンヴィータイプ。
後者は民兵か、盗賊化した傭兵辺りだろう。廃材で補強したような銃座から上半身を出した登場員が、前方を走るワゴン車に向けて銃撃を行っていた。
殺すのならばどちらか。断然後者、民間人らしき相手を殺すのはそれが難民だあったとしても角が立つ。
「距離を詰めて!」
「了解……っ」
サブリナにはそのまま距離を詰める様に指示を出しつつ、ストックが折り畳まれたAK-15のスリングへと肩を通して戦闘準備を行う。
こちらの接近に気付いたハンヴィーから銃撃が行われるが、殆どは当たらない。当たった僅かな弾丸も車体の上を跳ねるばかりであった。
撃たれたからには応戦しなくてはなるまい。
助手席の窓から身を乗り出し、射撃を行う。
烙印システムの補正と、軍御用達の高貫通弾の恩恵は絶大である。私の弾丸はハンヴィーの車体を容易く穿ち、それに怖気づいてか敵の動きが鈍った。銃座に居た登場員も中に引っ込んでしまった。
すかさずサブリナがハンドルを切り、半ばドリフト気味に土煙を巻き上げながらワゴンとハンヴィーの間へと強引に車体を割り込ませる。
そのまま体を捻り、身体を後方へと向ける。
ハンヴィーの運転手とフロントガラス越しに目が合った。
挨拶代わりにと微笑みかける。敵のドライバーの驚愕したような表情を見つめながら、AK-15のトリガーを引いた。
瞬間、ハンヴィーのフロントガラスが粉々に砕け散る。
無制限に連続する炸裂音はマガジンが空になるまで続き、ハンヴィーは制御を失い大きく道を外れていく。
「…………」
急速に遠ざかっていくその姿は岩陰に隠れた所で見えなくなった。
「やりましたか?」
乗り出していた身体を車内へと戻すと正面を向いたままサブリナが問いかけてきた。
「いや、仕留め損ねた」
私はその問いに首を横に振る。
トリガーを引いた瞬間、運転手達がダッシュボードの下へと身体を潜り込ませるのを見た。いくら高貫通弾とはいえ、エンジンブロックまで貫通することは出来ない。
ある程度の手傷を負わせたかもしれないが、それまでだ。
つまりは、殺し損ねた。
「……とはいえ、あれでは追ってくることも出来まい」
昂ぶりが一気に冷めていくのを感じながら、シートに背中を預けて大きく息を吐く。
逃した魚は大きい。しかし、拘泥していても仕方ない。人間は減ったが地球にはまだまだたくさん居るのだから。
私は自分に言い聞かせて思考を切り替え、追われていたワゴンと並走するように指示を出した。
気づいたら半年経っていたんですがそれは……前話も半年くらいかかっていたからセーフ?いいえ、アウトです。