「ごきげんよう、運転手さん。」
暫く進んだ先で運転手に車を止めさせた。
運転手は此方に警戒した様子ではあったが要求には素直に従った。車から下りてきたのは若い男だった。
「無事で何よりでしたね。お怪我はありませんか?」
「あ、ああ……ありがとう、助かったよ」
なるべくにこやかに警戒心を与えぬように、善意の第三者として振る舞うが、しかし、男は私が抱えたままのライフルを見ると露骨に肩を強張らせた。
無理からぬことである。私は肩からかけているスリングを引っぱりスライドさせ、ライフルを背中側に移し見えないようにする。わずかに、男の肩から力が抜ける。
「襲撃してきた連中に心当たりは?」
「あんなの、この辺りじゃよく居る……むしろ、あんた達みたいに首を突っ込んでくる傭兵の方が珍しい」
訝しむような、探るような視線が向けられた。この辺りでの傭兵の振る舞いがどんなものなのか、容易に想像ができた。
私は肩をすくめながら露骨に残念がってみせる。
「同業者たちの振る舞いは嘆かわしい限りです……とはいっても、タダで助けようと思った訳ではないですよ」
「なる程……あんた達は、傭兵にしてはだいぶまともなんだな」
「少なくとも、略奪者ではありませんよ」
彼は皮肉げに鼻で笑い、手を差し出して握手を求めてきた。
「ボリスだ。あんた達のことはなんて呼べば良い?」
「私のことはライカと。彼女はサブリナ、私の部下です」
私は握手に応じつつ、しかしAK-15という名前は答えずに、その場で考えた偽名を名乗る。紹介されたサブリナは無言のまま軽い会釈だけをした。
「彼女は、自律人形なのか?」
サブリナを見て、彼は私に問いかけてきた。その反応を見る限りでは私に対応しているときのものと明らかに違う。
おそらくだが、ボリスは私のことは人形と認識してはいないのだろう。次世代型のこのボディ様様である。
私が人間というの間違った認識だが、私にとって有利に働くものであれば態々訂正する必要はない。偽名を名乗ってのは正解だった。
「彼女は忠実ですよ。それに優秀ですからね」
「人形を連れてるということは、どこかのPMCの所属なのか?」
「いいえ、私たちは独立傭兵です」
「独立傭兵……?」
「組織やコミュニティに所属していないフリーランス、ということですよ。お陰で仕事を探すのにも苦労してますが、やりたくないことはやらされなくて済むのが何よりも良い」
なるほど、と合点に行った様子を見せるボリスを見ながら、本当の自分がそれとは正反対の立場にあることを思い、意図せず自嘲気味な笑みがこぼれる。
「そうか……この辺りで仕事を探すなら、少し遠くにはなるが浄化壁に囲まれた都市がある。そっちに行った方が良い」
「貴方もそちらにお住まいで?」
「いいや、俺は難民だからな……あそこには住めねえよ」
難民――素晴らしい。私がいま最もコネクションを求めているタイプの人間だ。友好的な接触ができたことは非常に好ましい。
「そうでしたか……ところで、実を言うと私は今、貴方に商機を見出してるのですが」
「は、はあ……?」
ボリスの厳つめな顔が困惑したような表情を見せる。私はすぐに話を切り出す。
「あの手の連中が多いのなら、道中もまだ不安でしょう。お住まいの場所まで護衛しましょうか?」
「そりゃ有り難い話だが……あんた方は高そうだ。満足できる報酬は出せねえぞ?」
会話を進める中で緩みかけていたボリスの警戒心が高まるのが感じられた。
彼の警戒心の理由は、私達がたかろうとしてるのではないかとか、その辺りだろう。
非常に残念である。私はそのような不当な取引を行おうとするつもりは一切ない。
難民の彼でも――いや、この地域の難民である彼だからこそ用意できるものを対価として求めているのだ。
つまるところ、私が欲しいのは代金ではない。
「そういうことでしたら、この辺りの情勢を教えていただけませんか?近頃何があったか、という程度でも構いませんので」
私が欲しいのは、現地の情報だ。
近頃何があったとか、異変が起きてないかとか。難民支援を行っていたという、かの団体の活動がどういうものであったとか。
私の提案が打算的なものである事を大凡理解したのだろう。何処となく安心したようにも見える仕草でボリスは肩から力を抜き、私の提案に応じた。
「わかったよ……感謝の食事くらいは出してやりしたかったしな。話は俺の家でも構わないか?」
「勿論ですとも」
しかも食事付きときた、実に素晴らしいことである。
____
無残に破壊されたトラックの荷台。内側から引き裂かれるようなその断面をグローブを付けた指がなぞる。
その指の主は、指先の付着物を観察するようにしばらく見つめ――目を閉じたままだが――そして、興味を失ったように軽く払った。
「爆発物を利用した痕跡は無いし、内側から無理矢理破壊されたと見るべきよね……AN-94、そっちはどう?」
断面と付着物の分析結果を呟きながら、彼女はもう一人、荷台の中を調べている相方へと呼び掛ける。
「駄目だ……中には何も残っていない。ただ、誰かが入り込んだような痕跡があった」
中から顔を出した相方――AN-94と呼ばれた彼女は首を横に振りながらも、内部に残された痕跡から見つけ出した手がかりの存在を明かす。荷台の断面部に立ち、金属フレームを足場にしながらステップを踏んで降りると、調査結果を電脳同士のネットを利用して共有する。
「この痕跡、結構新しいわね。この感じなら、まだ遠くには行ってなさそうね」
データ共有を受けた彼女はそれを即座に分析し、それらの痕跡が新しいものである事に気付いた。
「だが、どうやって追いかける?」
「あら、私が外で貴女を待っていただけだと思う?」
AN-94に問を投げ掛けられた彼女は、自信に満ちた笑みを浮かべながら言い放ち、道路へと指を向ける。
指先を追ってAN-94が視線を向けた先にはタイヤ痕が残っていた。どういうことかとじっと見つめ、少し考えた後にAN-94は彼女が何を指し示しているのかを理解した。
その目には、視線を向ける先の相手への憧憬とも取れるような色が混じっていた。
「何処かの誰かさんは、大急ぎでこの場を後にしたみたいね?しかも、まだ新しいわ」
「なら、この痕を追うのか?」
このタイヤ痕は現状で最も有力な手がかりである。追跡の是非をAN-94が問う。
「当然よ」
問われた彼女は目を閉じたまま頷いた。
「了解だ、AK-12」
―――――
ボリスに連れられた先の難民居住区は、まるで世代を二つほど遡ったような風景だった。
汚染に伴い廃棄された町を利用しているようで、古びた家屋や集合住宅。そこからあぶれた者たちが住むのだろう、鉄パイプと布を建材にしたテントのような住居が立ち並ぶ。
色覚機能に低彩度フィルターが挟まったのかと錯覚する。
私たちが拠点としている都市区画とはまるで別物で、ハンドルを握るサブリナはといえば、表情は変えないままだが周囲へと視線を巡らせていた。
「難民居住区は初めて?」
「はい」
「見てどう思う?」
「ハンバーガーショップは無さそうです」
確実に無いだろう。サブリナのジョークめいた返答に、思わず笑いが溢れる。
「ハンバーガーが恋しい?」
「いいえ。エネルギーの補給が出来るのであれば、私はどのようなものでも構いませんので」
効率的でありがたい話だ。部隊長としては考慮すべき点が減っていい。
私たちの車が難民居住区の中の大通りらしき場所に入った。すれ違う難民たちの視線が向けられているのがわかる。子供なんかは軽く並走するように追いかけて、少しすると飽きたように離れていった。
「連れ回されていますね、何故でしょうか」
「私たちのことを難民たちに紹介してくれているんだよ。ボリスも言っていたが、此処では傭兵は嫌われ者なのさ」
いくらか連れまわされているようにも感じるのは、彼が私たちのことを住民たちに見せつけているのだろう。
彼らは俺の客人である、と。私が期待した通りの動きをしてくれていることに感謝せざるを得ない。
「私たちは、軍の人形です」
「だったら、もっと嫌われている。傭兵のほうがマシだね」
サブリナは「そういうものですか」と言って運転に意識を戻した。
無言になった車内で、私は窓の外で流れていく景色に目を向ける。
なんてことはない難民居住区だ。改めて、軍が此処に関与しようというのが分からない。
何かあると思うべきだ。だが、それが何なのか分からない。
手がかりは内側から破壊されたトラックと、その持ち主の難民支援NPO。
サブリナには楽な仕事だと言ったが、キナ臭い。こういう空気があるときはさっさと手を引くに限る。"俺"はそれから逃げきれず、それでも行けると舞い上がり、最後には殺されたわけだから。
手早く調査して、さっさと帰って報告しよう。
そう自分に言い聞かせていると、車が停車したことに気づく。
目的地に着いたようだ。目の前ではボリスが車から降りていた。私達もそれに倣って車を降りる。
彼の家はガレージのような趣だった。中には廃品と思しき自動車や機械の部品が転がっている。
「ジャンク屋ですか」
「まあ、そんなところだ」
ボリスは車の中から運び出した大きな箱を作業台の上にどさりと置いた。箱の中には廃材や機械部品が収められている。
外から軽く見る限り、医療機器特有の部品は見当たらなかった。
「それで、何を知りたいんだ?」
荷物の運びだしを終えた彼は奥の荷物を漁り赤いパッケージの筒――恐らくは缶詰――を電熱線とタオルで構成された手作りらしいウォーマーで巻いて温めながら、ボリスは聞いてきた。
私は手近な椅子に腰掛けつつ問いかける。
「それじゃあ……ここの居住区に出入りしている外部の人間はいる?」
「此処は人の出入りは激しい……出ていったきりの奴も居る。抽象的な質問だと答えにくいな」
「では、先ほどの教えてくれた都市とこのキャンプを行き来するような人は?」
「それなら心当たりがある」
一通り食事の準備を終えたのか、こちらに向き直ったボリスは作業台にもたれ、筋肉質な腕を組みながら答える。
「食料やら廃材を売りに行っている奴らと、あとは此処を支援してくれている何とかってNPOだ」
ヒット。目的の組織の情報が出たところで私はさらに引き出しにかかる。
「彼等、道中の護衛を欲しがってるとか、そういう噂聞きませんか?」
「俺に聞くな。需要はありそうなもんだが……あんたは護衛でやっていくつもりなのか?」
「この地に来て早々、需要は見出せましたから」
私が言うと、彼はそういう事ならばと大きく息を吐き出す。
「そういう事ならシスター・テレジアに相談しろ。取次くらいはしてくれるかもな」
「シスター・テレジアにはどこに行ったら会えますか?」
「教会だ」
「場所を教えていただけますか?」
「ああ、良いさ。だがその前に……」
ボリスはこちらの要請に快諾するようにうなずいた。そしてびーふ温めていた缶詰の具合を確かめるように触れて、数回触った後に問題なしと判断したようで、缶詰の口を開けて私たちの方へと差し出してきた。缶の切り口からは湯気が立ち上っている。パッケージにはトゥシェンカと印刷されていた。肉は何の肉だろうか、パッケージには牛が描かれているが牛という保証はない。牛肉はとんでもない高級品だ。きっと代替品としての合成肉だろう。
とは言え此処の生活水準を考えれば、かなりの高級品だ。そんなものを供してくれるのならば、ありがたく受け取るべきである。
「ライカとサブリナ、助けてくれたこと感謝する。これはその証だ」
「当然のことをしたまでですよ」
改めて伝えられた感謝の言葉に笑みと共に返す。人形なのだ、人間様を守るのは当然のことである。
惜しむらくは、傭兵たちの引き際が早かったことくらいだ。彼等が躍起になって食いついてきてくれたなら、殺すことができたのに――私は電脳の中で口惜しさを噛みしめつつ、缶詰の中の肉へと食らいついた。
むほほ……ブルースフィアちゃん可愛い
↓イベント消化
ʅ(´ ՞ਊ ՞)ʃ<ピャー