堕ちた先は人形道   作:杭打折

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人の心を和ませるもの。


3話.笑顔

 生前、知人の中の一人が、こんな言葉を口にしてた。

 

 新人社員はまず家を出て3秒でやめたくなる。仕事を開始して3分で辞めたくなって、3時間でまた辞めたくなる。3日、3週間、3ヶ月……その繰り返しなのだ――と。なるほど確かに、一理あるだろう。しかし、ヘリで移動を開始してから3分経過しているが既に何度辞めたいと思っただろうか。

 

 汚染空域を行くヘリの中からこんにちは。どうも、AK-15です。

 

 5分後に出発という主任殿の通知に逆らうことが出来なかった私は今現在、ピカピカに新調された装備一式を身にまといながらヘリで作戦ポイントまで輸送されています。

 

「降下ポイントまであと少し、準備は出来ているか?」

 

 パイロットからの問いかけを受け、私は自分の装備を確認する。

 新式と判る外骨格に、これまた綺麗なAK-15はマズルブレーキに焦げ跡一つないピカピカの新品。そのAK-15は銃身下部に40mm口径のランチャーを備えており、トップレイルには、名前は知らないが覗き窓の四角いサイトが載せられている。

 胸元には投擲用のナイフに、各部位に予備マガジン。レッグホルスターにはPL-15という名前のハンドガンが挿されている。

 これが私の基本装備であるらしい。基本装備とはつまり、これ以外にも装備が用意されているということだ。我らが主任殿の語るところによると、

 

――君の扱う外骨格は多様な作戦への適応を前提としている次世代型のプロトタイプだ。従来型のパワーアシストのみならず、高効率大容量のエネルギー伝達経路を内蔵しており、その性能は従来型の3倍!その結果、従来型では不可能であった各種オプションユニットの搭載運用が可能となり、兵士を兵器運用のためのマルチプラットフォームとして使用することができるのだ!

 

 エネルギーパックが見当たりませんが、動力源の確保はどのように?

 

――目下、搭載可能な小型燃料電池を鋭意開発中である。

 

 であるらしい。ところで、察しの良い諸君らであれば気付いてくれたと思うのだが、この外骨格、現時点で動力を搭載していないのである。

 動力がなければパワーアシストは使えない。パワーアシストの使えない外骨格なぞ、全身拘束具と同じだ。

 極東のクラシックカルチャーのように、消えるグレネードを投げたいとは考えていないし、そんな必要はないと考えている。

 さて、問題の動力源だが、何処から確保するのかと言うと、私から確保するのである。

 

 私の身体はもともと長期任務にも耐え得るよう、エネルギー生産能力や蓄電量が高くなるよう設計されている。

 なので、主任殿の言うとおり、新式の外骨格を動かしながら作戦行動をとることは可能だ。

 しかし、本来よりも消耗は激しくなる。身体に回すべきエネルギーリソースを別に回すのだから当然だ。更に、先程も言ったように私は蓄電量が多い。その特徴は多くの場面で利点として働くのだが、一回でより多くの補給を必要とするという面では欠点である。

 特に現地での補給を行う場合、私は他の人形よりも多くの物資を消耗するのだ。

 なお、非常に優秀な我らが主任殿は、そんな問題への対策を用意してくれていた。その対策とは――

 

「これを飲めって言うんだもんなぁ……」

 

 私の手に握られた300mlほどの飲料容器。その中をスライムかと思うほど粘っこく、茹でたほうれん草よりも濃色の緑色をした薬品が満たしている。

 容器が透明なのは嫌がらせなのか。せめて、中身を見えなくする工夫をしてはいただけないものか。

 いかにも不味そうだし、見るからに危険なこの暫定毒化合物。機密保護を目的とした、飲んだら死ぬタイプのやつだったりするのだろうか。

 これを飲むなど、正直に言えば拒否したい。したいのだが、いざ必要となれば飲まざるを得ないのだろう。

 私はエネルギー不足で死ぬのも、命令違反で廃棄されるのもお断りなのだ。

 

「ポイント到達、31試験小隊は降下用意せよ。尚、整備部門の腕は確かなものであると保証する――以上、試験の成功を祈る」

「31試験小隊、降下準備完了。心強い言葉に感謝します」

 

 心強い言葉に涙が溢れそうだ。その言葉が技術部門の力を保証するものであれば私も少しは安心できたのだが。

 パイロットの声に若干の憐憫の色が混じっているあたり、救えないのだが。

 

 おっと、これ以上はいけない。ネガティブになりすぎて人間に批判的な思考をしかねない。

 どれだけ現状に問題があったとしても、私は人間に肯定的なAIである。よって人間に批判的な思考を持つことなんて有り得ないのです。

 

 労働は幸福であり、幸福を得るには労働をしなければならない。よって、労働できる事は幸福なのである。

 

 つまり私は幸福。でも労働って対価があって成立するものではなかろうか?人形に報酬って――黙ってろ、余計な思考を混ぜるんじゃない。

 

 印象操作のためにもとりあえず笑っておこう。上司に向けるビジネススマイルは必須スキルだと、我が先達も語っていた。

 ヘリの後部ハッチが開き始めた。僅かな隙間から日差しが我先にと殺到する。

 見渡す空はすこぶる快晴。屋外での活動にはあらゆる面において好条件が揃っている。

 

 格納庫内にブザーが鳴り響く。一度目で立ち上がり、二度目で降下前のチェック――各機能正常稼働中。

 三度目のブザーと同時に格納庫の床を蹴って空中へと身投げする。

 

 

 

 

「お姫さまの調子はどうだ?」

「何も変わらず、大人しいもんさ、新兵よりはいくらかマシだがね」

 

 哀れだと思っていた。

 生まれたばかりで、化物共と戦わされるAK-15という人形の事を可哀想だと、そう思っていた。

 E.L.I.Dというのは文字通り、化物だ。2メートルを超える巨体が、肉眼で追いきれぬ速度で迫り、見た目以上の腕力で人間を芥のように薙ぎ払う。そんな光景を何度も見てきた。

 そこに、最新式の装備を数多与えてるとはいえ、人形とはいえ少女の見た目をした彼女が生き残れるとは思えない。にも関わらず、E.L.I.Dの徘徊する区域に単独で送り込むなんてのは、悪趣味だとしか言いようがない。

 しかも彼女はつい先程稼働したばかりだと言うではないか。

 正規軍の中でも過酷と言われる対E.L.I.D部隊でさえ、新米をいきなり前線に送り込むなんてことはしない。

 そうしないのは、徹底的に訓練をしなければ肉壁にもならないからだ。

 技術部門の連中の大好きなデータや、統計もそれを肯定している。

 それだけに、今回の緊急出撃の説明を受けたとき、連中は馬鹿なのかと、思わずそう叫んでしまうくらいには馬鹿げている。

 

「不機嫌なのはわかるが、仕事は仕事、命令は命令。間もなく作戦ポイントに到達、お姫さまを届けた後もあるんだからな」

「わかってる」

 

 今回の仕事内容は不満であり、思わず不機嫌にならざるを得ないが、自分は正規の軍人。与えられた命令に従わなくては存在意義に反する。

 人形も人間も変わらないな、と思わず苦笑した。

 

「ポイント到達、31試験小隊は降下用意せよ。尚、整備部門の腕は確かなものであると保証する――以上、試験の成功を祈る」

 

 必要以上に言葉を掛けたのは、自己満足のためかもしれない。

 必要以上にメカに感情移入をするのは良くないと分かっているが、職務に反しなければ許されて然るべきだろう。

 

「31試験小隊、降下準備完了。心強い言葉に感謝します」

 

 はっきりとした返答。淡々と淀みなく返された言葉は、感情を感じさせない機械的なもの。それを聞いて、やはり機械なのかと思うと、罪悪感が少しだけ薄れる。

 

「っ……」

 

 ハッチの開放操作を行っていた相棒が、隣で息を呑むのが聞こえた。

 見れば口元を引き締め、いつになく真剣に操作を行っている。

 機材トラブルかと思い聞くが、異常はないと彼は答える。

 実際、その後の投下作業は何のトラブルも無く、非常に理想的な流れで行われた。

 

 だと言うのに、相棒の顔色は未だすぐれない。

 重苦しい表情で、観測用のドローンを投下するスイッチを押したまま固まっている。

 

「どうしたんだ、問題があったなら言ってくれ」

 

 明らかにいつもと異なる様子の相棒。そんな様子を見せておいて、何もないなど信じられるはずがない。

 

「笑っていた……」

「は?」

 

 笑っていた?あの人形が?

 だからどうしたんだと言うのだ。

 

「嬉しくて楽しくて仕方がない、そんな風にいきなり笑ってたんだよ……!」

 

 彼の声が震えている。スイッチを押したままの指も小刻みに震えている。

 彼が見たのは、それ程までに恐ろしい笑顔だったのか。

 

「いったい何なんだよ……」

 

 彼にそうまで思わせる人形とはいったい何なのか。

 技術部門はいったい何を作り、何を試そうとしているのか。

 言いしれぬ不安が、芽生えていた。




パイロット:若手だが経験豊富なヘリパイロット。年頃の妹が居る。
相棒:パイロットの相棒。子供の頃、ある殺人事件の犯行現場に居合わせたことがある。
AK-15:ビジネス経験ないけど笑っとけば印象は良くなるだろう。
主任殿:外骨格の空挺降下のデータがほしい。ヘリからというのは不満だが、やりたまえ
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