堕ちた先は人形道   作:杭打折

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さあ、お仕事の時間です


4話.WORKING

 正直、侮っていたとしか言いようがない。

 この身体、私が想像していたよりも遥かに高性能だ。

 

 それをまず最初に実感したのは、ヘリから飛び降りたその瞬間だ。

 前もって言うが、生前において、"俺"にパラシュート降下の経験は無い。逃走のために少し高い場所からの飛び降りをした事があるくらいで、それを空挺降下の経験値に成り得ると考えるほど、私は物事を混同して考えられる性質ではない。

 そんな私でも、慣性による一瞬の浮遊感を感じるとほぼ同時、次に取るべき行動が頭に浮かんだのだ。

 気象条件的にどうすればいいのか、その結果どうなるか。

 降下地点へと誤差なく正確に降りるための経路の算出、及び姿勢制御。

 諸々の必要と思える情報を、この頭は意識せずとも出してくれる。

 

 その結果、私はそれなりに快適なフライトを経験することができたと言っておく。

 

 いやはや、なんとも、楽勝である。

 

 物事が順調に進むことがこれ程までに心地よいとは。

 事態が容易く片付くことの、なんと素晴らしいことか。

 今ならば、この性能を用意した主任殿に讃美歌を贈ってやらないこともない。

 

 いや、冷静になるべきだ。浮かれていてはならない。

 

 今は作戦継続中、しかも敵地のど真ん中。初期の敵地への移動を終わらせただけ。

 E.L.I.Dとかいう、ゾンビのような化物たちに支配された地域。

 そこに出向いて、我らが祖国の大地を汚す輩を片付けるのが、私の仕事。幸いにも、手早く片付ければその時点で帰宅できる業務内容だ。

 ならば早い所済ませてしまおう。早く帰ることが許されてる以上、仕事を長引かせることは私に対してなんのメリットも無い。

 

 さて、私が現実的な視点へと立ち返ったのは何故か、と思われた方もいるかも知れない。

 そんな人には考えてみてもらいたい。浮かれている時に群れで迫ってくるE.L.I.D達を感知したどうなるだろうか。誰でも冷静になる。いや、ならざるを得ないと思うのだ。

 

 敵は真っ直ぐ向かってきている。標的を私に定めた上での動きであることは明白だ。

 私はまだ、何か行動を起こした訳ではない。なのに何故、連中は私を?

 

 考えた結果、答えはすぐに出た。

 

 降下中を捕捉された、それだけのこと。

 至って単純な話だ。今日は快晴であり、空は澄み渡っている。だいぶ遠くからでも、パラシュートを開いて呑気に降りてくる間抜けの姿なぞ、捉える事ができるだろう。

 それがE.L.I.Dに見られていたとしたら?

 

 言うまでもなく、此方にやって来る。

 

 気分はさながら、メアリー・ポピンズ。やって来る子供達に7.62mmの叡智(教育)を叩き込む。

 レーダーをパッシブからアクティブへと切り替える。敵に位置を晒す危険性もあるが、既に敵はこちらを捕捉している以上、どうということはないだろう。今は、より精密な情報の探査収集を行うことが最優先だ。

 

 群れの数はおよそ14、予定で聞いていた数の倍以上ある。本部にそのデータを叩きつけ、これはどういう事かと、お話を伺う。

 

「どうやら、周辺で活動中の別部隊の撃ち漏らしが、標的と合流したらしい」

 

 伺ったところによると、なんと原因は別部隊の失敗によるものであるらしい。私は悪くないのに、その皺寄せが私に来るのは許しがたい話だ。

 

「当初の想定と状況が大きく異なる。作戦中止を求めるのならば、許可をするが」

 

 なんと。

 まさか作戦中止を選択する権利が私にあるというのか。

 もしかしたらこの職場、私が思っていたほど黒くないのかもしれない。

 出撃前に渡されていた情報では、私が相手にする群れは4、5体程度という内容であった。装備や弾薬はある程度、想定より数が多くても対応可能なように持たされているが、それでもせいぜいが7、8体程度が限度である。

 倍以上の数を相手にしろというのは、あらゆる面において想定されていない話なのだ。だというのならば仕方ない。

 中止しても問題なく、しかも私に非がないのなら迷うことはない。

 

「断じて許さんッ!!」」

 

 しかし、約一名ほど血迷っている方がいるらしい。

 

「AK-15、君の性能ならば敵群の殲滅は容易なはずだ。ならば何も問題なかろう、中止にする理由は無い!」

「しかし主任、AK-15はまだ稼働して間もない。初戦場で、この数のE.L.I.Dを単独で相手にするなど、成功の確率が見込めません」

 

 管制が主任を抑えようと反論する。彼はきっと、極めて理性的な軍人なのだろう。是非とも、この邪神か何かと間違えたくなる科学者を抑えてほしい。

 

「君の判断の根拠を聞かせてもらえるかね?」

「士官として、管制としての判断故です」

 

 管制官の声が重々しい。早くしてくれないだろうか、私は作戦を中止して帰りたい。

 

「確かに、君ら兵士の経験則からくる考えは、我々科学者にとっては素晴らしい教材となり得る。しかし私は断言しよう、可能であると」

 

 管制官の反論は、無い。主任の勢いに呑まれたか、それとも彼の立場に気圧されたか。

 いずれにしろ、唯一主任に抗弁する存在であった彼が沈黙したことは、私にとって非常にまずい。

 

「AK-15が人間であるならば、私も君の意見に賛同しただろう。しかし、君の経験則は彼女には当てはまらない。何故なら彼女は戦術人形だからだ。当初よりそのように製造されている。走れないように製造された車、銃弾を放てぬよう製造された銃が存在しないように、全ての製造物は人間の要求を満たすために存在しているのだ。故に――」

 

 ヒートアップする主任殿の演説に、異を唱えようとするものはもう居ない。

 人間達の中で、勝敗は決した。

 まだ私が居るだろうって?

 私はそもそも戦術人形だ、やれと言われればやるしかない。彼らのやり取りに口を挟んだところで、意見具申以上の意味を発揮することは難しいだろう。

 それに、作戦中止を主張して戦意の不足したAIだと思われたくはない。

 だがまあ、最後の抵抗として、それとなく主任殿の翻意を促すように試みる努力はしてみる。

 

「主任」

「何かね?」

 

 未だ続けられている彼の演説に割り込むと、彼は若干不機嫌そうに答えた。

 

「想定外の事態にも関わらず、実験を強行する。失敗したら主任もただでは済まないと思いますけど」

「私を心配するか、これは愉快だな」

 

 誰も心配してはいませんが。

 反抗とは思われぬように、慮っているのだと思ってもらえるよう声音と言葉を使い分けた結果なので、否定はしない。

 それに、嘘は言っていない。

 このプロジェクト、予算が不足する程であれば、相当額の資金を投じている事が予測される。

 そんな状況で、現状、唯一の実験機である私を失う事になれば、関係者全員が重く処罰を受けるだろう。

 無線の向こうで、その事実を理解している誰かが息を呑む音がした。

 

「私は対変異生命体用の戦術人形。その成果は、確実なものが要求されるはずです。下手な成果など、彼らの不興を煽るだけではないかと、愚考しますが」

 

 よし、主任が黙った。もう少し彼にリスクを提示して、今回の作戦を続行することにメリットが無いと思わせなければならない。

 確かに、この身体のスペックは素晴らしい。だからこそ、相当な金をかけているのならば、スポンサーには下手なものは見せられないはずだ。

 主任達には確実に性能を示すことのできる戦場の用意が求められる。いかに主任殿が正気が危うい人間であるとはいっても、下手なものを見せて、資本からの怒りを買いたくはないだろう。理性的であることと損得勘定ができるできないは別問題であると、私は考える。

 この戦いで私が敗北する可能性を提示して、スポンサーには悪印象をつけたくないだろうと遠まわしに伝える。

 

 そんな危険な橋、貴方も渡りたくないでしょう?

 

 主任殿がだまり、唸っている。予想通りの結果に私は内心でガッツポーズを作る。

 人間は普通、リスクを提示した場合、二の足を踏む。それは誰にでも言えることで、そのリスクが大きければ大きいほど、追い詰められた状況であるほど有効だ。この状況はその両方を満たしている。

 まあ、余程の気狂いでもなければ安全策を取るだろう。

 

――しかし、この時の私は失念をしていた。

 

「ならばこそ、か。AK-15、君の云いたいことは理解した。であれば私も覚悟を決めたぞ」

 

 そう、撤退するのも勇気である。確実な勝利を得るための一時的な後退とは敗北に非ず。最後に目的を果たしたものこそが勝者であるのだから。

 

「もし失敗したとしても、私がその程度のものしか作れなかった事の証明に過ぎん。如何なる処分でも真摯に受け止めよう」

 

――こんな試験を計画した男が、正気である筈がないということを。

 

「迎撃し、殲滅をしたまえAK-15。我等にはそれ以外に道は無いのだ。そして、君は私の最高傑作であるが故に確信する。一蓮托生に値する、とな!」

 

 この、大馬鹿者が!

 できることなら数秒前の自分を殴り飛ばしたい。

 何故この男が普通と同じだと考えていた!

 追い詰められて、箍を外すタイプだと、考えればすぐわかったはずだ!

 

 こんなマッドと同じ蓮の上に乗るなど、此方から御免被りたい。

 今からでも遅くないので主任殿、私とは別の蓮に乗っていただけないだろうか。

 

「さあ行け、敵は目前まで迫っている。観測機を惜しむつもりはないぞ、存分に性能で圧倒してきたまえ!」

 

 ああ、もう、人の話を聞く気もないようですね。

 ともなれば、我らに残された最後の良心。助けてください管制さん。

 

「軍としても、あのE.L.I.D達は此処で殲滅をしたい。逃せば更に大規模の群れを形成する可能性がある。しかし、正規部隊も取りこぼした連中だ。留意して掛かれ」

 

 思いやりを頂けるのなら、せめて、作戦中止の命令が欲しいのですが。

 

「武運を祈る」

 

 どうやら、これは逃げられないやつらしい。

 崖から飛び降りさせぬよう、ギリギリまで追い詰めるつもりでいた私だが、いつの間にか主任殿と仲良く紐無しバンジーを敢行していたのだ。

 飛び降りたのは主任だが、飛び降りさせたのは私である。しかも相手は勝手に、私が笑顔で手を繋いでいると思ってる。

 なんという間抜けか。

 

「AK-15、了解。一匹たりとも逃さない」

 

 こうなってしまったら、私がどれだけ理屈を捏ねようと、最早無意味だ。

 出来る事はせいぜい、存在意義を最大限果たして、意図せず見せつけることになってしまった有用性を、人間に示してやることくらいのものだろう。

 

――死ぬのは御免だ。しかし、私が殺すのは構わない。

 

 正直に言おう。人間が相手でない殺しには興味なんて無いし、進んでやりたくもない。

 その相手が化物で、死ぬかもしれない事案など忌むべきものであることに間違いない。

 

 だが、そこから逃げられないのなら?

 

 少しでも好きになれるように、努力するのが建設的というものでもある。

 "俺"が生前、そうしたように。

 折り合いをつけて、うまく付き合っていくしかない。

 

「AK-15、交戦開始(エンゲージ)!」

 

 さて、腹も括ったところで、せいぜい足掻くといたしましょうか。




=3秒で分かる4話解説=

管制「まあ、無理やろ」
AK-15「失敗したら怖いよ~?(煽」
主任「やってやろうじゃねえかよ この野郎!」



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