ナザリックの黄金赤竜   作:ざらつきサムライ

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行きて帰ってこないドラゴン

アゼルリシア山脈は200年も昔から霜の竜の王(フロスト・ドラゴン・ロード)が治めていた竜の国でしたが、

それよりもさらに昔にはドワーフの王国が繁栄していました。

オラサーダルクとその一族が根城にしていたフェオ・ベルカナは、

ドワーフ一族が築いた地底王国だったのです。

ドワーフと言ってもヴァラのアウレが創造したイルーヴァタールの養い子ではありません。

スマウグがよく知るドワーフの七氏族とは全く別物のドワーフ一族が繁栄していたのです。

ですがその工芸技術の素晴らしさや、心と身体の頑丈さなど、

龍族と同じく中つ国の者達と多くの共通点がありました。

 

自分達で築いた王国を他の者に奪われ流浪の民となる点でも似ています。

中つ国のドワーフの中で最も繁栄した氏族・長鬚族は

永遠に繁栄するかと思われた山の下の王国をドラゴンに破壊され奪われましたが、

この世界では最も繁栄したドワーフ王国は200年前に襲ってきた魔神によって失われたのです。

王都は放棄され、放棄されたそこにフロスト・ドラゴン一族が根付いてしまい、

以来200年の間、竜とドワーフ一族の諍いは続きました。

かつての繁栄も歴史書の1ページのように過去のものとなり、

今はアゼルリシア山脈東部にあるフェオ・ジュラという都市を中心に

僅かに過去の栄華の残り香を伝えるに留まっているのでした。

 

そんなドワーフですが、フェオ・ジュラには大裂け目と言われる大きな谷があって、

それによってドワーフの残党はなんとか命脈を保っていました。

もはや誰の目から見ても過去の種族と言われるぐらいには衰退してしまっていますが、

その大裂け目を天然の要害と頼んでモグラ獣人のクアゴアや、

そして地下都市ということもあり宿敵のフロスト・ドラゴンらの侵攻も防いできたのです。

ですがそれも数日前の話でした。

 

 

 

 

 

それはどこの誰が言ったのか分かりません。

ですがドワーフ最後の都市フェオ・ジュラで、こんな噂がまことしやかに囁かれだしたのです。

〝霜の竜の王、オラサーダルクが死んだ〟

誰も信じませんでした。

200年に渡ってアゼルリシア山脈を支配してきた最強のモンスターの、その一族の王が、

そんな簡単に死ぬのならドワーフは苦労せずに王都を取り返せるのですから。

 

「クアゴアあたりがばら撒いたでまかせさ。

 俺たちをおびき出して大裂け目の外で戦うつもりなのかもな!ははは!」

 

ドワーフの戦士は酒場で黒麦酒をあおり髭を泡まみれにして笑います。

鉱山帰りの逞しい炭鉱夫たちも大笑いしながらその通りだと笑っていました。

そんな時でした。

地下都市フェオ・ジュラ全体を揺らすような大きな大きな揺れが起きて、

酒場中の酒が派手に転がって中身をまき散らし、

酔っている男も酔っていない女子供も立っていられない程でした。

 

「な、なんだ!!」

 

「きゃあーーーー!!」

 

「棚が倒れる!」

 

「うわっ、わわわわっ!た、立ってらんねぇ!」

 

鉱山でも掘り出した物を満載したトロッコがレールから脱線し、

丈夫に固めたはずの坑道が大崩落を起こし何百人もの炭鉱夫を生き埋めにしました。

大きな溶鉱炉も、中でドロドロになっていた溶けた金属がそこらじゅうに流れ出し、

とても正視に堪えない惨憺たる有様です。

 

「火を止めろぉー!」

 

「炉が死んじまうぞ!!」

 

「このままじゃここら全部吹き飛ぶぞ!炉は後から復活できる!!」

 

「わっ、わわわっ!?ま、まだ揺れる!!」

 

「ぎゃあああああっ!!!」

 

神殿も、城も、鍛冶場も、歓楽街も、商店街も、居住区も、

地下都市が丸ごと崩壊するかのような大地震です。

絶対に崩れないと言われていたドワーフ自慢の頑丈な岩の大天井に亀裂が入り、

ピシリ、と一欠片…破片が落ちて、二つ、三つと増えていき…とうとう崩れだしました。

 

「ああ!?嘘だろ!?フェオ・ジュラの天井が…っ!く、崩れる!!?」

 

大崩落が始まったのです。

もう逃げ場などありません。

あらゆる危険から、ドラゴンからさえ自分たちを守ってくれていた岩天井は、

今や岩石を雨霰と降らす危険な雨となってドワーフたちに牙を剥きました。

地下都市のあらゆる所に大岩が降ってきます。

槍より尖った岩も次々に降ってきます。

老若男女関係なしに、岩の雨は恐怖とともに降り注ぎました。

悲痛な叫びがフェオ・ジュラのそこかしこから聞こえてきますが、

もう誰にもどうしようもありませんでした。

どんな頑丈な机の下に逃げようと意味はありません。

必死に我が子を逃がす母親の目の前で、大岩の雨は無情にも幼子を潰してしまいます。

悲劇が起きていました。

 

ですが…、ドワーフの悲劇はまだ始まったばかりだったのです。

 

さらに大きな揺れが起きました。

そして、それと同時にまるで天が裂けるような、

雷鳴と爆発が同時に空の全てを覆い尽くしたかのような鮮烈な轟音が響くと、

崩れゆく大天井の岩々の隙間を縫って真っ赤な熱い雨までが岩と一緒に降ってきたのです。

炎でした。

 

「きゃあぁーーーっ!!」

 

「あぁ、神様!こんなことって!!」

 

「助けてッ!誰かお母さんを助けて!!」

 

「神官様っ!神官様っ!!うちの子を助けてくれ!真っ黒になっちまったよ!!

 あぁ、どうすりゃいいんだ!ボロボロと崩れていくんだ!うちの子がっ!!」

 

炎と岩の雨が罪なきドワーフの人々を飲み込んでいきました。

ここには英雄も神様も現れません。

誰もドワーフを助けてはくれなかったのです。

 

いえ、神様は現れました。

先程地下都市中に響いた轟音以上のとてつもない爆発音と共にその神様は現れました。

破壊の化身、暴虐の龍、(ぷれいやー)たる邪悪なスマウグです。

 

「ドラゴンだ!!!」

 

「そんな馬鹿な!ドラゴンがフェオ・ジュラの天井を破壊したというのか!」

 

「フロスト・ドラゴンじゃないぞ!なんなんだあいつは!!」

 

「ああ!火!火だ!」

 

「水をくれ!あああ燃える!全て燃える!」

 

「この岩を…誰かこの岩をどけておくれ!うちの坊やがこの下にいるんだよ!!」

 

黄金をこびりつかせた赤い龍が、燃えたぎる瞳でドワーフたちの悲劇を観賞しています。

他の都市よりも余程火に強い岩石都市が紅蓮に包まれていきました。

スマウグは炎の海と化した地下都市から聞こえてくる怨嗟の声にうっとりと耳を傾けました。

 

「俺の名を讃えよ!畏れとともに我が名を唱えよ!

 命の限りに叫ぶのだ!

 我が名はスマウグ!

 貴様らに死と破滅をもたらすもの!」

 

スマウグはなぜおとなしく暮らしていたドワーフたちを襲ったのでしょうか。

もうドワーフたちには溜め込んだ財宝も黄金もありません。

それらは全てオラサーダルクが奪い取り、そして今ではスマウグのものです。

 

スマウグはただただ力を振るいたかったのです。

自分の内で燃え盛る中つ国の上古の炎が衝動となってスマウグを駆り立てるのです。

じっとしていることなどとてもできませんでした。

 

嵐からも空を飛ぶドラゴンからも都市の全てを覆い隠してくれていた山脈の大天井は、

今はポッカリと大口を開けて鈍い橙色の夕日の日差しをフェオ・ジュラに注ぎます。

真っ赤な炎に沈んだ地下都市から立ち昇るもうもうとした土煙と炎の黒煙が夕日に照らされると、

それは容赦のない惨劇とは裏腹にとても幻想的で美しい光景でした。

 

「おの…れ…!あ、悪魔、め…!」

 

逞しいながらもワンドを手にしたドワーフが、憎悪の目で夕日を背負う龍を睨みます。

彼はドワーフの王国に三人いる最強の魔法詠唱者の一人でした。

第二位階魔法までの魔法を使いこなす優れたマジックキャスターで、

衰退したとはいえ王国では敵なしの猛者です。

 

「〝雷槍〟!!」

 

ドワーフの魔法詠唱者はとっておきの最強の魔法をドラゴン目掛けて放ちました。

炎の海の中から魔法を唱えた彼を

宙で滞空しているドラゴンは既に目ざとく見つけていましたが、

別段避けるでもなく不敵に笑っていました。

以前のオラサーダルクの時と同じでした。

スマウグは自分に迫る雷槌の槍を見て避ける必要を感じなかったのです。

 

「っ!こ、この!!」

 

ドワーフはとても良い目でドラゴンの表情を見て、そして気づきました。

己は嘲笑われたのだと。

凄まじい電撃が赤い龍を貫き、直後に激しい電流の爆発が巻き起こって龍を包みます。

 

「どうだ!フロスト・ドラゴンではないようだが、いくら炎耐性を持っていようと…!

 ドラゴンであろうとただではすまん第二位階魔法だ!

 ざまぁを見ろドラゴンめ!同胞の恨みを思い知れ!」

 

ドワーフの魔法詠唱者は笑いました。

ですがその目には涙がありありと湛えられています。

ドラゴンを討とうとも、もうフェオ・ジュラは元には戻りませんし、

それにドラゴンの命を奪えたとも思ってはいなかったからです。

でも、それでも少しぐらいは一矢報いたい…ドワーフはその想いで必死でした。

 

ですが、そんな彼の想いは嘲笑われたままで終わってしまったようでした。

 

ドラゴンは都市の炎と夕日の赤い日差しの照り返しを受けて、

黄金はキラキラと輝いて生来の赤い鱗は血のように真っ赤に染まっていました。

黄金赤龍の美しい鱗はただのかすり傷も付いていなかったのです。

 

「そ、そんな…そんな…!!」

 

「教えてくれ、虫けらよ。貴様はどんな死に方を望むのだ?」

 

笑いながら邪龍がドワーフに問いかけました。

 

「何故だ!何故だドラゴンよ!何故俺たちを襲う!

 俺たちはドラゴンに城を明け渡し財宝を明け渡した!

 もう何もかもをお前らドラゴンに差し出したというのに何故まだ襲う!

 もう俺たちには何もないというのに!これ以上何を望むのだ!」

 

「俺は殺したい時に殺したい場所で殺す!

 お前たちドワーフはドラゴンに弄ばれる運命にある!

 いつか貴様らの子孫が生き延びて他所の山を切り開いて財を成したならば、

 またもそこをこの俺様が奪ってやろう!そして戦士も女も子供も食らってやる!

 石の名工たち(ゴンヒアリム)はただただ、このスマウグの餌となるがよい!」

 

「あぁ、神よ…!!」

 

ドワーフは絶望しました。

フロスト・ドラゴン・ロード達にすら出来なかった

山を抉り進みドワーフの地下都市を侵略するという事を成し遂げたドラゴンは、

ただただ邪悪で横暴で計り知れない存在だったのがドワーフの不幸でした。

猫がねずみを遊び半分で嬲り殺してしまう時があるように、

ドラゴンはドワーフを気紛れで嬲り殺しに来ただけだったのです。

最期に彼が見た光景は、此方を燃える瞳で見る赤いドラゴンが

大きな口を開けて恐ろしい牙を見せつけて突風のように迫ってくる姿でした。

 

この日、ドワーフ最後の都市フェオ・ジュラは見る影もなく破壊しつくされて、

再び地図上にその名が都市として載ることはありませんでした。

後年の地図には廃墟フェオ・ジュラとして記載されるだけとなるのです。

ドワーフの生き残りは各地に幾らかいたものの、

こうして一個の種の集団としては…国としてのドワーフは滅んでしまいました。

200年前に魔神の襲撃によって追われ、王族は魔神退治の旅に出てしまい、

200年の間に次々に都市を失いドラゴンに財を奪われ、

そして現れた最強最悪のドラゴンにとうとう種としての命脈まで奪われてしまいました。

ドワーフは悲劇の種族として後世の史料に名を残すだけの存在となったのでした。

 

今もどこかで旅をしているかもしれないドワーフ王・ルーン工王がまだ存命ならば、

きっといつかスマウグに復讐しにやってくるかもしれません。

ルーン工王が既に落命していても、

ひょっとして子孫がいれば其の者が仕返しに来るかも知れません。

ですが、復讐が成就するその時までは、

アゼルリシア山脈は恐ろしきスマウグの狩場でしかありません。

 

いつの頃からか、アゼルリシア山脈とその周囲はこう呼ばれるようになったのです。

『スマウグの荒らし場』と。

 

 

 

 

 

 

その頃のモモンガさんはというと…。

 

「なに!?スマウグさんは旅立った!?ど、どこにだ!!」

 

「えぇと、その…東の方に飛んでいったのまでは確認していますが…、

 すみません。何分、我らの君主が飛ぶ速度は尋常じゃなく…

 とても護衛も追いつけないのでして…」

 

「…あぁ」フラッ

 

凄まじい炎を吐くドラゴンが霜の竜の王を殺して新たな王となった…。

そういう噂を聞いてモモンガはすぐに「スマウグさんだ!」と確信しました。

そして情報を収集しながら現地モンスターや野党を蹴散らして

とうとうアゼルリシア山脈はフェオ・ベルカナまでやってきたのですが…

焦がれたスマウグはウキウキでどこかに狩りに出かけたというヘジンマールの言葉を聞いて、

思わずモモンガは目眩がして頭を抑えました。

 

「この堕竜!!醜悪なデブのぐずドラゴン!!

 何故スマウグ様をお止めしなかったの!?

 どいつもこいつも何故こうまでモモンガ様のお心を傷つけ、スマウグ様を危険に晒す!!

 万死に値するわ!!」

 

「ひ、ひぃ!…わ、私にそう言われましても…」

 

モモンガの横でぎゃあぎゃあと喚く黒鎧の騎士は大斧を振り回して憤慨し、

手にした得物の切っ先をデブゴンへ突きつけました。

 

「よさぬか!!またお前は貴重な情報をくれた者を脅すのか!?

 このデブゴン…いやちょっと太めのドラゴンはスマウグさんの部下になったんだぞ!?

 ならばアインズ・ウール・ゴウンの同盟相手も同じだ!

 冷静になれバカ!」

 

何故スマウグ様をお止めしなかったの…という言葉はモモンガの心にも突き刺さります。

最初にスマウグを叩き起こし狂乱状態のまま転移されてしまったのはモモンガなのですから。

だからというわけではありませんがモモンガの声は非常に荒ぶっていました。

 

「…マ、マコトニモウシワケ…」ガーン

 

黒鎧の騎士は小さな小さな消え入りそうな涙声でしょんぼりしています。

この黒鎧の騎士はナザリックでも一二を争う知恵者で、

モモンガへの愛と忠誠心と知恵では愛しのモモンガ以外に負けないと自負していましたが、

なのに愛しのモモンガから〝バカ〟呼ばわりされて心底ショックを受けたようです。

先程までの強者のオーラが消え失せて、叱られた子犬よりもひ弱なオーラとなってしまいました。

冷静になれと怒られた黒鎧の騎士ですが、当の本人もちょっと冷静ではなさそうです。

 

「デブゴ…いや、ヘジンマールよ!東だな!?スマウグさんは東にいったのだな!?」

 

「はい。お、恐らくドワーフの最後の都市フェオ・ジュラにでも行ったのではないでしょうか。

 私がドワーフの話をしたら随分興味深そうに聞いておりましたから」

 

鼻先に掛けた小さなメガネを爪先でちょいと持ち上げてヘジンマールは答えます。

大きく二度頷いてモモンガは、

 

「いくぞ!!目的地はフェオ・ジュラだ!!」

 

脱兎の如く駆け出します。

そしてそれを慌てて追いかけるは黒鎧の騎士です。

最近は怒られてばかりの黒鎧の騎士ですが、

モモンガの後を追う姿はしょんぼりと同時にどこか幸せそうでもありました。

二人の旅はまだ終わりそうもありませんでした。

 


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