魔法少女リリカルなのはStrikerS ~The After Reflection/Detonation IF~   作:形右

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 どうもこんにちは。
 長編の方に関しては、実にものっそいお久しぶりの駄作者です。

 あわや逃亡かと思われていた方々には本当に申し訳ございません。スランプというほどではありませんが、なかなか一番最初というものを書ききれずに随分と遅れておりました。
 とはいっても、ツイッターのほうでは結構ssとか小ネタ的なものはやっていたので、そちらを見て頂いたのなら、サボりに見えたかもしれませんが、実際のところ間違っていない部分もあります(オイ

 とはいえ、設定かなり弄ってるので、大変なのもまた事実。
 ぶっちゃけ自分でも何やってんだろレベルで細かく設定決めてたりします(他から見るとどうなのかはよくわからないですが( ̄▽ ̄;)

 まぁ、そんな自分のアホさはさておくとして、
 やっとこさ前作であるRef/Det編より続くStS———その一つ目が出来ましたので、お送りいたします。
 
 五つあるうちの一つ目なので、実際に本編に入れるのはいつになることやら……。
 不安はまだまだ拭い切れませんが、とりあえず気長にお付き合いいただければと思います。

 残りはあとがきに回すとして、ひとまずご報告することは以上となります。

 では以下、恒例の簡易注意事項でございます。

 ・お気に召さない方はブラウザバックでお願いいたします。
 ・感想は大歓迎ですが、誹謗中傷とれる類のコメントはご勘弁を。

 それでは、本編の方をお楽しみいただければ幸いでございます―――!




《プロローグ》
Prolouge_Ⅰ ──Engage──


序 新暦七〇年三月

 

 

 広大な次元世界の一角。

 古の地との関りを残したその場所には、ある小さな遺跡があった。

 取り立てて目立った特徴も無い、ただ時の流れに晒されていただけの遺物。見かけの上ではそうとしか見えない、と。ここを検めた少年、ユーノは訪れた遺跡に対し、そんな印象を抱いた。

 ……が、それは全くの勘違いであったと言わざるを得ない。

 否、検めた中身だけでいうのなら、きっと最初の見識も間違いではなかっただろう。

 けれど、

「……これ、は……?」

 目の当たりにした光景に思わず言葉を失ってしまうほど、何もなかったハズの遺跡は、一瞬にして異常へと姿を変えてしまった。

 

 廃れた遺跡を包む雪の幕。

 その荒れた白い世界を、機械仕掛けの兵器たちが埋め尽くしている。目の前の光景を形容するなら、おそらく誰であろうとこう称することだろう。

 ……ただ一言、魔窟だと。

 何故こうなったのか、原因など誰にも分からない。

 一つだけ確かなことは、この場所が戦場になってしまったという事。そして、たった今その戦場に、己が巻き込まれたという事実だけ。

 

 連鎖の始まり───最初の前兆は、こうして幕を開けた。

 

 

 

 事の始まりは新暦七〇年の春。

 ユーノが、友人である八神はやてから、ある依頼について聞かされた事が始まりであった。

 

 

 

 ***

 

 

 

 ───『無限書庫』と呼ばれる場所がある。

 

 それは時空管理局・本局に置かれた、次元世界最大のアナログデータベースだ。

 次元世界に存在する有形書籍と情報の全てを納めているとされるこの場所は、管理局創設以前から存在していたとされる。

 誰が創ったのか、あるいは誰が拓いたのか。原初(はじまり)の何一つも定かではないこの場所は、その特殊性も相まって四年ほど前までほとんど使われずにいた。

 使われずにいた理由はさして難しいものではない。むしろ単純明快だからこそ、ここは誰にもまともに使われる事がなかったのである。

 一番古い記録は、確認されたもので約六五〇〇年前。

 次元世界の中心となっている第一次元世界『ミッドチルダ』と最も関りの深い旧世界、『ベルカ』の崩壊が約二〇〇~一五〇年前である事を考えれば、この施設の異常性が理解できるだろう。

 無論、単純に保管庫として使われていた可能性もある。この場合は書庫と中身の時間は一致し得ないが、どちらにせよ管理局保有以前から『無限書庫』には膨大な情報が納められていたという事だけは確かである。

 それが、この場所が使われることがなかった理由そのものだ。

 長い時間を経て納められてきた『無限書庫』は、今も尚、更なる叡智を蓄え続けている。

 無重力に保たれた書庫内は、空間が歪曲した果て無き空間になっており、無限という名に相応しい様相に保たれている。

 終わり知らずの天蓋を突く様な、数多の書架が螺旋を描く知恵の迷宮。或いは、底知れぬ魔性を納めた奈落の深淵か。

 さながらそれは記憶の墓場。見つけ出すことも容易ではなく、入って出てくる事さえ容易ではない。

 簡単には見つけ出せず、手に入りもしないもの。

 であれば、調べれば存在するはずの情報さえ、有用と判断されないのは必然である。

 しかし、それも五年前までの事。ユーノによって書庫が拓かれた事により、『無限書庫』は〝世界の記憶が眠る場所〟という、嘗て称された通りの姿を取り戻した。

 以来、『無限書庫』は正式に管理局の一組織として運用が開始された。ただ、当時の嘱託魔導師だったユーノによって拓かれた事と、元々使用されていなかった施設だった事もあり、『無限書庫』は完全な内部組織ではなく、施設を保有された外部委託部署というイメージであったが。

 

 そしてその日もユーノは、『無限書庫』で己の業務に従事していた。

 

 この施設では昼夜を問わず、集められた精鋭たちによる検索業務が行われている。

 開拓当時はその膨大な情報量も相まって慌ただしかったが、今はすっかり順調に軌道に乗った。

 未整理区画はまだまだ残っているが、情報の検索だけであれば、忙しすぎるという事態は無くなりつつある。それは嘗ての忙しさを思えば、やや物足りなささえ感じそうな緩やかさだ。

 ユーノが友人であるはやてからの通信を受け取ったのは、ちょうどそんな単調な作業に退屈さを覚え始めた時であった。

 

 

 

 ***

 

 

 

「───遺跡調査?」

 

 告げられた言葉を反芻するように訊き返すと、はやては『せや』と通信画面越しに頷いてみせる。

『内容は中にある遺失物(ロストロギア)の対処とかやなくて、本当に遺跡の開拓……。別に捜査官の領分から完全に外れてるわけやないけど、ちょっとだけ変わった依頼やなぁって』

「確かに……」

 そういって首肯し、ユーノはやや眉を顰めた。

 告げられた依頼の内容には、僅かに奇妙な部分がある。本来、はやての就いている『特別捜査官』に送られてくる依頼は、品物ありきの、事件性の高い案件がほとんどだ。

 しかし、いくら古代遺失物(ロストロギア)の調査という名目でも、捜査官本人に調査・開拓を依頼してくるケースは、皆無ではないにせよ、かなり珍しい部類に入る。こうした調査は、むしろユーノの様な学者魔導師や執務官に寄せられる事が多い。

 とはいえ、依頼された以上はそこに意味があるのだろう。

 拒否した後に何かあっては遅い為、はやては依頼を了承したらしい。だが、彼女一人では完全な調査には不十分だとして、ユーノへ同行を申し込んで来た、というわけだ。

「それで、僕に同行を?」

『うん。当てがないわけやないけど、ユーノくんに手伝ってもらえたら一番やと思って。……もしかして、都合悪い?』

「いや、それは大丈夫。最近は書庫も軌道に乗って来たからね」

 言って、ユーノは自身の背後に広がる書庫に目を向ける。そこでは、司書たちがそれぞれの業務に当たっているが、そこまで激務といった様相は見られない。

 すっかり軌道に乗った今の『無限書庫』には、開拓当時程の忙しさは無くなっている。故に、はやてからの頼みを受ける分には差し支えなく、何より友人の頼みを無下に断る理由もなかった。

 その旨を伝えると、はやては『おおきになぁ~』と朗らかに微笑むと、ユーノに頼まれ遺跡調査の日取りの詳細をメールで送った。そこから二言三言言葉を交わして、二日後の日曜日に待ち合わせした場所で会おうと纏めると、一旦通信を切った。

 

「ふぅ~……」

 通っている学校の屋上でユーノとの通信を終えたはやては、彼から了承を貰えたことにホッと息を吐いて、軽く伸びをした。

『仕事』の事は()()()では公に出来ない為、あまり人の来ない屋上で通信をしていたのだが、ちょうど終えたあたりで「はやて」と背後から声が掛かる。しかし、隠そうと焦ることはない。なにせその声の主は友人であると同時に、彼女の『仕事』の関係者でもあるのだから。

 名前を呼ばれ振り返ると、長い金色の髪を黒いリボンで一つに束ねた、紅の瞳をした少女の姿があった。彼女ははやての友人で、名をフェイト・(テスタロッサ)・ハラオウンという。

「どないしたん、フェイトちゃん?」

「昼休みの残りも少ないから呼びに来たんだ。それにわたしもちょっと気になってたし。……ユーノ、どうだって?」

「うん、了承してくれたよー。依頼された日時もそのままで大丈夫やったから、ええタイミングやったみたいや」

「そっか。最近の書庫、順調みたいだもんね。わたしもこの前お兄ちゃんからの依頼受け取りに行った時もユーノが迎えてくれたし」

「そうやったん?」

 フェイトの弁に、ふぅん、と頷きながら、はやては少し逡巡する。

「やっぱり最近、平和ってコトなんかなぁ……?」

「……例の依頼?」

 はやてから漏れた呟きに、フェイトはそう訊ねる。それに「うん」と応え、はやては言葉の続きを語り始める。

「明らかにおかしい、ってわけやないけど……やっぱり、珍しい部類やなーって思って」

「そうだね。わたしやはやてに回されてくる依頼は、どっちかっていうと事件寄りがほとんどだし……。調査っていうと、なんだか違うような気もするよね」

 そう。今回の依頼にはどこか、名状しがたい奇妙(おかし)さを伴って居る様な気がしてならない。

 本来、危険性が高い事件や関連する古代遺失物などに対する〝対処〟を専門とするのが、はやてやフェイトの仕事である。しかしはやてに渡された依頼は、むしろ()()()()の状態な上、即座に対処しなければならない危険性を孕んでいるというわけでもなかった。それこそ、そんなに危険な代物であるのなら、最初から緊急出動の要請が来ている筈なのだから。

「……でも、それも考えすぎかな」

 そういって、はやては終わらない疑念をそこで打ち切った。

「やるべき事はやる。備えを忘れるわけやないけど、まだ何にも分かってへんのに、疑い過ぎても動けなくなってまうし。とにかく今は、頑張ってみるよー」

 どのみち放っておくわけにもいかないのだ。ならば、出来る事は全力で挑む以外にない。

 ひとまず納得した様子のはやてに、フェイトも少し安心した表情を見せる。

「頑張ってね、はやて」

「ありがとうなー、フェイトちゃん。……せやけど、今回の依頼が本当にただ遺跡の中見て終わりやったら、わたしの出番、ほとんどなくなってまうなぁー」

 平和は良いが、存在意義を失ってしまいそうだ───なんて、少しおどけて見せるはやてに、フェイトも思わず笑みを零す。

「もう、はやてってば……。これ、ちゃんとした依頼(おしごと)なんだよ?」

「冗談やってばぁ~。まぁ今度の日曜日はユーノくんと遺跡デートって事にしとこーかなぁ~♪」

 ……()()()()()のはやては実に生き生きとしている。それを好ましく思う反面、根が生真面目なフェイトとしてはちょっとだけおちゃらけた態度を不満にも思う。

 なので、ちょっとだけイジワルしてみる事にしたらしい。

「…………そんなコト言ってると、なのはに妬まれちゃうかもよ?」

「うっ……」

 ボソッとした呟きだったが、はやてには効果覿面だった模様である。

「最近はなのはだけあんまりユーノに会えてないから、はやてばっかりズルい! ……なーんていってくるかも」

「ぅぅ……確かに。……にしてもフェイトちゃん、いつの間にそんなイジワル言うよーになったん? クロノくん(おにーちゃん)辺りの仕込みとか?」

「さあ……どうかな?」

 返答を暈して、そのままはやてに背を向けて歩き出す。意趣返しに成功して、フェイトは感じていた不満を解消出来て満足そうだ。

 ちょっとだけ口を尖らせてはやてもその後に続く。

 昼休みもそろそろ終わる。この分では、教室で待たせていたもう二人の友人たちと昼食を一緒するのは難しいかもしれない。なので、お昼の埋め合わせがてら帰り道にお茶でもしていこうかな───なんて考えたところで、フェイトは先の話に出てきた友人の事を思い浮かべた。

(こっちは逆に、タイミングが悪かったなぁ……)

 そう。簡単にアポをとれたユーノとは逆に、件の少女は今、此処とは違う場所で彼女自身の『仕事』を頑張っている。

 しかし、ある意味それはややタイミングがズレていた。

 あとで彼女が拗ねないと良いなー、と考えながら、フェイトは少し楽しそうにはやてと一緒に校舎へと戻って行った。

 

 場所は、日本のとある地方都市、海鳴市にある私立聖祥大付属中学校の屋上。

 かつて三度の厄災から地球(このほし)を守った〝魔法使い〟の内、()()がここに籍を置いている。

 しかし、残る一人。

 フェイトやはやてがここに居られるきっかけを作った少女は今───二人や、彼女自身に始まりをくれた少年とは離れた場所で、彼女自身の『仕事』に全力で挑んでいた。

 

 が、そのズレが離れた星々を結びつける。───それを知る者は、今はまだ、誰もいない。

 

 

 

行間 少しだけ遠くなったユメ

 

 

 

「───くしゅん」

 

 殺風景な荒廃した世界の片隅で、そんな可愛らしいくしゃみが響いた。くしゃみの主は白い戦闘装束(バリアジャケット)に身を包んだ少女で、その傍らには真紅の騎士装束(バリアジャケット)を纏った少女の姿がある。二人共魔導師の証である愛機(デバイス)を手にしており、幼い見た目とは裏腹に、ただの子供ではない事が伺えた。

 それもその筈だ。何を隠そう、彼女らはただの魔導師ではない。二人は時空管理局に所属する、戦技魔導師なのだ。

 名を、高町なのはと八神ヴィータ。二人はこの世界に、『教導演習』の為、遠征にやって来ていた。

 なので、本来ならば訓練中に気を抜き過ぎだ、と咎められてしまいそうなものだが、幸い今は演習の最中ではなく休憩時間。そうでなくても、ここ数日ずっと訓練尽くめの時間を過ごしていた。休みを入れたところで、張り詰めていた糸が緩み、気が抜けてしまうのも仕方のないことだろう。これは、そんな束の間の微睡みの時間になされた会話であった。

 

「なんだ? 風邪かよ、なのは」

 傍らで少し肩を震わせたなのはに、ヴィータはそう訊ねる。

 が、なのはは「ううん、そういうわけじゃないんだけど……」と言って、鼻の頭を少し擦る仕草をして「大丈夫だよ」という意志を示して両手を顔の前まで持ってくる。

 その様子に、ヴィータはとりあえず大丈夫そうだと思ったのか、「ふぅん」と納得した呟きを零した。

「まぁ、それならそれでいいけどさ。こっからはもっと寒い世界に入るだろうし、用心はしとけよー?」

「うん。ありがとう、ヴィータちゃん」

「おう」

 そう言いあって、二人は先程配られたポットに入った飲み物を口にする。容器の保温性が高いおかげか、中身はまだ熱いくらいだった。

 取り込んだ熱が微かに漏れ出し、白い湯気と息がハッキリと見える。

 彼女らの暮らす海鳴市も春先で肌寒い日も多いが、此方の世界は未だ冬の中らしい。中学生になって以来、こうした遠征は少なくはないが───なのははなんとなく、普段の生活圏から離れた場所にいるのだな、と、改めて感慨にふけった。

「……みんな、今頃どうしてるのかなぁ……」

「そりゃあガッコーだろ、平日だし」

「ヴィータちゃ~ん……」

 素っ気なく返したヴィータに、なのははしょんぼりといじけた声を返す。

「……はあ、テキトーに返して悪かったって。

 でも実際そんなトコだろ。こっち来てからはやてとメールしてても、学校であった事くらいしか書いてなかったし───」

 と、そこまで行ったところで、ヴィータは不意に思い出した様に「あ」と言った。

「でも、そういや昨日……新しい依頼受けて、この近くの世界の遺跡に行くとか言ってたかな。なんか調査の依頼が来たとかって」

「へぇ、なんか珍しいね。はやてちゃんに来る依頼だと、発動した後のロストロギアの対処が多いのに」

「ああ。その辺ははやてもそーいってた。でも、なんか結構上の方からの依頼だから受けたらしい。ま、放っておく筋合いでもないからなー」

 何気なく言うヴィータに、なのはは「ふぅん」と相槌を打って、再び飲み物を口にしようとした。が、やや気を緩めたところで、ヴィータから爆弾が投下される。

「そんで、いつもと違うから専門家と一緒の方がいいかもって、ユーノに同行依頼するって言ってた」

「ぐ……む、……んぶっ⁉ ゆ、ユーノくんと?」

 急にヴィータがユーノの名前を出してきたので、なのはは思わずむせ込んでしまったが、幸いヴィータはあまり注意していなかったらしく、「おう」と軽く応じて話を続ける。

「アタシらもベルカ一家とか、ロストロギア一家とか言われてっけど、あくまで基本は戦闘系だしなー。調査ってんなら、そりゃユーノとかに頼んだ方が良いだろ」

 ヴィータの話を聞きながら、なのはは「そうかも」と何となく納得した。はやてたち八神家の面々は確かにそういった方面の知識は深い。けれど、あくまでもそれは知識や見聞であって、専門的な分析とは少々異なる。

 『騎士』として素晴らしい能力を持っていても、学問的な分析となれば、それは学者型魔導師らの仕事(せんもん)になる。そういう意味で、ユーノがはやてに同行する、というのは理にかなってはいた。……が、理屈では納得が出来ても、感情の方でも納得が出来るかというとそうでも無いわけで───

「…………」

 なのはは何となく、はやてが羨ましくて、ズルいなと思ってしまう。最近あまり会えてなかったので、尚更に面白くないと。そんな不満に囚われていた所為か、なのははヴィータが顔を覗き込んで来たのに気づくのが一瞬遅れてしまう。

「おーい。何ぼーっとしてんだよ、なのは」

「うぇっ、あ……な、何でもない、よ?」

「???」

 ヴィータはよく分かっていない様で、頭の上に疑問符を浮かべている。尤も、それも無理はない。なのはもいきなりだったから驚いただけで、実際のところ問題と呼べるような問題はないのだ。

 そんなのもあった、程度の認識だった事柄である。それに対する反応としては、冷静になって考えてみると、些か露骨すぎる反応だったかもしれない。

 あまり話題には出てこないが、なのはとユーノがお互いを憎からず思っているのは誰もが知っている。ただ、邪推された噂にならないのは、二人がまだお互いを「友達だ」と言って憚らないからだ。

 若干潔癖すぎるのではないか? と、思えそうな程に二人の間は清い。通常であれば恋慕が繋がっていそうな事さえ、まだそうでないというのだから質が悪い様にも思える。

 が、とはいっても───全くそういう感情(モノ)がないのか、と言えばそうでもない。

 

 二年前の夏、ある事件があった。その時なのはは生命の危機に瀕し、空の果てで独りになってしまった事がある。

 昏く深いその場所にいたのは、恐らく絶望と背中合わせに等しい。

 

 そんな『死』に一番近づいていた時───なのはは、長いようで短い夢を見た。

 

 そこで彼女は、満足して捨て去ろうとしていた命の価値を、自分が進む理由を確かめる事が出来た。

 暖かな場所へと帰ると決め、けれど昏い空で独りきりに戻ろうとしたその時。彼はなのはの事を迎えにやってきて、帰ろうと手を差し伸べてくれた。

 ちょうどそれは、彼女と彼の始まりと似ていた。そして、彼と交わした約束は、この先もずっと自分たちの出会い(はじまり)を、その先へ繋げて行くもので───

「??? どーしたんだよなのは、顔赤けーぞ?」

「……う、ううん、別に……」

 と、そこでヴィータから声が掛かり、なのはは慌てて生返事を返す。

 幸い、ヴィータは「ヘンなヤツ」と、さして深く考える事もなくなのはの百面相を流してくれた。追及されなかったのは良いが、逆にそれがなのはの中でその思考を加速させる。

 湖の底を掻いた様に、仕舞っていた思い出が表面に上がってきた。

 二人の居る世界には、いつの間にか微かな雪が舞い始めている。

 けれど、久しぶりに思い返した『約束』は、なのはの頬を熱いくらいに朱に染めた。

 そうした淡く甘い熱を抱きながら、なのはは遠征が終わったら直ぐに、彼に会いに行こうと決めたという。……しかし、そんな少女の柔らかな想いとは裏腹に、暗躍する影が徐々に近づき始めていたことを、今はまだ、誰も知らない。

 

 ───それが明らかになったのは、この会話の二日後。

 件の日曜日。はやてとユーノが、二人の居た世界の傍らにある遺跡を訪れた時の事だった。

 

 

 

古から続く路

 

 

 

 本局で待ち合わせたユーノとはやて、そして彼女に連れられてきたリインは、合流すると、早速依頼のあった世界へと向かった。転移門(ゲート)を抜けると、指定された世界の光景が目に飛び込んできた。

 今回の調査依頼があった世界は、かつてミッドチルダの祖となった世界の一つ、『ベルカ』が存在していたとされる場所の近隣に存在する無人世界である。

 無人世界に遺跡というのは、次元世界においてはさして珍しくも無いパターンだ。しかし二人が向かったのは、かつて覇権を振るった世界に近い割に、コレまで人目にさらされることも無く、ただ漠然と存在する離島のような扱いのまま放置された世界だった。

 時たま、忘れ去られた頃にふっと湧いたように認識されるのも、魔法によって広がり繋がれた次元世界ならではと言えるかも知れないな───と、乾き果てた昏い空と、岩と砂ばかりの殺風景な世界を眺めながら、ユーノはそんな事を思った。

 そうして短い逡巡の後、ユーノとはやては早速とばかりに目的地である遺跡を目指して動き出した。

 幸い転移地点から遺跡までの距離は程近く、遺跡に至るのはそう難しくは無かった。

 外側から見た遺跡の印象は、殆ど周囲の小山と変わらない。かろうじて入り口らしきものが見えるが、それもともすれば単なる洞穴に見えなくも無い。しかしだからといってそれが巧妙な隠蔽なのかと言えばそうではなく、そこまで厳重な防衛魔法や守護魔法が掛けられている様子も無かった。

 本当にただの自然の洞窟か、或いはこの世界に昔存在した生物によるものなのではないかと疑ってしまう程度には、あまりにもそこは遺跡らしからぬ場所であった。

 けれど、ここが『遺跡』だとして調査依頼が渡されている以上、その体を忘れるわけにはいかないだろう。そう気を取り直して、二人は早速中へ入って行く。───だが、勇んで内部調査を開始したまでは良かったものの、意気込みに反し、生憎と成果は今ひとつであった。

 

「うーん、思ったよりなんもあらへんなぁー……」

「ですねぇ~……」

 やや拍子抜けした様子のはやてとリインに、ユーノは「そうだね」と返しながら苦笑する。

 もちろん、二人とも任務としての本文を忘れるほど気を抜いてはいなかったのだが、それでも、此処の遺跡に目立った異変は確認出来なかった様だ。

 外観の通りかなりの年月を経てきたのは確かではあるが、かといって古代から封じられた危険遺産なども見当たらない。

 何のために造られ、何のために残されたのか。あるいは、何故残ってしまったのか。少なくとも遺跡の中を見た限りでは、それらの理由を見定めるのは難しそうだ。

 しかし、全てを見ないうちは帰るわけにはいかない。三人はそのまま、更に奥へと進んで行く。

 そして、遺跡の最深部へと足を踏み入れたが───

「……やっぱり、何もないね」

 結果は、薄々予測した通りのものであった。

 一応の警戒として解析魔法なども併用して進んでは来たが、罠の類はいっさい見つからなかった。それどころか壁も床も、何の面白みも無い平坦なものである。

 三人はただ淡々と先進み、最奥に至った。そこに小さな部屋らしきものはあったが、だからといって遺跡らしい形跡など微塵も感じられない。これでは外観と同様、部屋というより、ぽっかりと空いた空洞の様だ。

 まるで穴蔵である。人の手が加わっている様に見えるのに、人の形跡をまるで感じさせない。

 意図的に思えるのに、意図を残さない。

 ここは、いったいなんなのだろうか。むしろこれなら、奇跡的に出来た自然の産物と言われた方が納得できそうである。

 そうして、まるっきり見当が付かないこの遺跡に対し、ユーノとはやては答えの出ない逡巡を繰り返すものの……結局は何も無い目の前の光景に、三人はなんとするべきか分からなかった。

 一応、依頼には開拓も含まれてはいる。しかし、これ以上進むべき場所らしき形跡も見られず、いったい何を拓けば良いのかさえ分からない。

「本当に、ここってなんなんやろ? 一応、ベルカ由来らしいっていわれたけど、これだけやと……」

 困った様な顔を向けるはやてに「うん」と頷くユーノ。

 辺りを見渡しても、何もない。何も成せない、為す意味さえ見い出せない。このまま長々と、細かいところを調べていても埒が明かない。

「……とりあえず、最後にこの部屋を調べてから、一度外に出ようか」

「せやね。これ以上ここを調べるにしても、手がかりも無い状態やと、流石に非効率やもんなー」

「ですねー」

 そういって、最後の部屋を丹念に調べていく。

 ここが本当に自然に出来た似非の遺跡で無いなら、少なくとも鍵となるのはこの部屋である可能性が高い。無論、これまでの全てがフェイクで、実は途中に何かがあった、なんて可能性もゼロではないのかもしれないが……。

 ともかく三人で、暫く部屋の中を隅々まで調べて行く。

 魔法で造り出した明かりを翳しながら、壁伝いに左右から丹念に、何か人の痕跡らしきモノが無いかを探る。───だが、それらしきモノはなかなか見つからない。

(…………もしかすると、本当にここは自然物なのかもしれないな……)

 能面のような壁を見ていると、ついそんな思考が浮かんでしまう。しかし、半ば諦めが浮かびかけていたところで、はやてが何かをみつけたらしく、ユーノに声を掛けた。

「ユーノくん、これって───」

 はやてが立ち止まったところまでユーノが行くと、はやてが壁の中央よりやや下辺りを指さしていた。ちょうど、二人の胸より少し下辺りだろうか。そこに何やら、文字らしきモノが刻まれている。

 それは、

「……ベルカ語、みたいだね」

 壁の文字をなぞる様に指を這わせるユーノの呟きに、はやては「うん」と応える。古代(エンシェント)ベルカに造詣深い彼女だからこそ、直ぐにそれが分かったのだろう。そして、これで一つ分かった事もある。

「どうやら、依頼にあったベルカ由来っていうのは間違ってなかったみたいやね……」

 はやてがそういうと、ユーノも頷きを返す。

 そう。この壁の文字から、少なくとも何かしらベルカに関連する事は確かになった。

 勿論、ここがフェイクだという可能性はまだある。しかしこれは、何かしらの人の意志によって刻まれている。誰かが意図を持って刻まなければ、文字がこうして刻まれるなど有り得ないのだから。

 ここへ来て、漸く得た手がかり。何も無いように思えた中で見つけた一筋の光明に、心が少しばかり逸ってしまう。そんな昂揚を押さえながら、壁の文字を読み解いていく。

 幸いにして、文字自体を読み取るのはそこまで難しくなかった。けれど、難解だったのはその内容と、そして此処に刻まれた理由であった。

 

〝───我、此処に眠る。

    忌まわしき血を封じ、

    先の世を照らす光と、

    その絆を、永久(とこしえ)に願い、祈る者なり───〟

 

 単なる詩文、と言うわけでは無いだろう。しかしだからといって、何かの(まじな)いというワケでもなさそうだ。

 直感的に、あるいは字面そのものをそのまま呑み込むのなら───それはどことなく、墓標の碑文か、あるいは遺志。……しかし、遺した遺志に込められたものがとても(いた)ましく感じられるのは、何故なのだろう。

 分からない。分からなかったが、どこか哀しさを伴ったその碑文を、ユーノはもう一度そっと掌で撫でた。

「…………」

 そうしていると、何となく、胸の内にモヤモヤしたものが涌いてくる。

 ……冷静に考えるなら、あまりにも出来過ぎだ。こんな何も無い、しかも歴史的に振り返っても、殆ど忘れ去られた様な場所に、こんな謎めいた文章を遺すなど。

 人知れず死を迎えようとしたのなら、遺書めいた物は必要ない。

 誰かに気づいて欲しかったのなら、ここに来る必要もないだろう。

 だとしたら、これは誰かを埋葬せざるを得ない状況にあった誰かが───と、そう思いもしたが、碑文は刻んだ者の視点で書かれている。

 気づかれる為に残されたのならば、果たしてその意味は何なのか。

 果たして、何が正解なのか。

 答えは出ない。けれど、どうしてか───解りもしない筈なのに、刻まれていた文字に宿る何かが、二人の心を埋めていた。

 遺跡という事を考えれば、珍しくもないケースだ。

 神を祀り、王を讃えるモノ。逆に、罪人を磔て、咎人を戒める場合にだって同じようなモノが見られる事もある。……それどころか、時にそうしたものを隠すダミーだという事さえ。

 しかし、もしこれがダミーでないのならば。

 偽物でないのだとすれば、必ずここには意志がある筈なのだ。死の中に沈みながらも、何かを遺そうとした者の存在の痕跡が、必ず。

 そして、それは───

 

「───あった」

 

 ちゃんと、そこに在った。

 探し当てた壁の一部にあった仕掛けに触れてみると、隠されていた更なる深奥が姿を現す。長らく開かれる事の無かった扉からは、歪み擦れる音がする。しかし、滞る事はなく、本当の最後の部屋は開かれた。

 中に入ってみると、そこは先程の部屋よりも更に暗闇。照らす明かりさえ拒絶する、そんな闇に包まれた部屋であった。

 事実、明かりに魔法を用いようとすると、魔法が掻き消される。

「なんか、ちょっとざわざわするですぅ……」

「ユーノくん、これって……?」

「……うん。たぶん、AMF(アンチマギリングフィールド)だと思う」

 三人は、驚きを隠せなかった。ここまで魔法の痕跡をまったく感じさせなかったにも関らず、唐突に覗いたものは、魔法に類する中でもかなり異質なもの。

 何故、こんなところにあるのか。

 やはり、答えは出ない。

 未知だけが広がるこの場所で、一同は止まるよりも動く事を選んだ。

 そうして光を拒絶する深淵の内へ、少々躊躇いながらも、他に罠が無い事を確認しながら中へ入って行った。

 けれど、その恐れに反し、中にあったものは───。

 

 

 

 ***

 

 

 

「…………なんか、スッキリせぇへんなぁー……」

 出口へと戻る通路を歩きながら、はやては、誰ともなしにそう零す。

 普段人一倍朗らかな雰囲気を纏う彼女にしては珍しく、どこか愚痴めいた響きが伝わってくる。しかし、確かにそうだ、と傍らのユーノも思う。

 何も無かった、というわけではなかった。しかし、本当に何があったのか、と言えばそうでもなく。

「……これは……?」

 先程の部屋の中へ入ってみると、中には小さな棺が納められていた。……ちょうど、子供一人入りそうな大きさで、()()()()()()()()()が。

 本当に、趣味が悪いといえそうな結末であった。

 二人の前に墓荒らしが入ったのか、それとも別の要因(なにか)があったのか。

 今のままでは全てを明かす事は出来そうにない。改めてすべての痕跡を調査するための調査隊を依頼することにして、二人は遺跡から出る事にした。

「結局わかったんは、ここは確かに遺跡やったゆー事と…………誰かのお墓で、誰かがここを荒らした可能性があるっちゅーコトくらいかぁ……」

 はやての声に、ユーノも「……だね」と歯切れの悪い返事を返す。

 

 ───あの部屋にあったのは、()()()だった。

 

 中身を持たない、或いは持ち去られた後の残骸。空虚に空いた棺の中には、他に納められているものは何もなく、角ばった掌大ほどの何かを納める僅かな窪みだけが、中にあったであろう物の事を匂わせるのみ。

「なんだか……とってもモヤモヤするです」

「ホントや。なんやこう、むず痒い感じ……」

 はやてとリインの言葉に、「そうだね」とユーノも頷いた。

「遺跡調査はそう簡単なものじゃないけど……こういうのって、やっぱり慣れないな」

「やっぱり、ユーノくんがこれまで見て来た中にも、こういうのってあったん?」

 ユーノがそういうと、はやてはこう訊ねた。

 するとそれに対し、ユーノが「結構……かな」と言ってから、ぼんやりと上を向いてこれまでを思い返しつつ応えていく。

「書庫に入ってから巡って来た数はそんなに多くないけど、今回みたいに何も見つからなかったのは何回かあったよ。……でも、今回みたいなのは、あんまりなかったかも。なんていうかこう、御伽噺めいているのとかは」

 言われて、はやては妙に納得した気分になる。

 確かにユーノの弁は的を射ていた。

 罠一つない通路をはじめ、意味深な壁の遺文や何かがあったかもしれないと思わせる空っぽの棺。

 まるで解き明かせと挑発しているみたいなものの数々。

 ユーノの言う通り、これでは御伽噺の中に込められた秘密や、謎解き小説のトリックみたいだ。骸なのかは知らないが、何かの眠りを包む器なんて。───と、そこまで考えたところで、リインが何となく思い出した様にぽつりと呟いた。

「はやてちゃん。これって、前に聖王教会で聞いたのとちょっと似てませんか?」

「ああ、そういえばこれ……なんか、ちょっとだけ似てるかも」

「似てるって、何に?」

「あ、えっと、前に教会のおねーさんから聞いた話なんやけど……」

 聖王教会。はやての口からその名が出た時、ユーノは何となく意外な気がしたが、思い直すのにさして時間はかからなかった。

 はやてと八神家の面々は、生粋の『古代(エンシェント)ベルカ』の流れを汲んでいる騎士の一家である。はやて自身は固有スキルの関係でミッド式も使える為、魔導騎士というのが正確だが、ともかくかなりベルカとの関りが深い。

 加えて、捜査官としての活動もしているはやてなら、聖王教会と繋がりを持っていてもさして不思議ではないだろう───と、そんな益体も無い事を考えながら、ユーノははやての話の続きに耳を傾ける。

「ユーノくんやったらわたしより詳しいかも知れへんけど、あの棺が少しだけ……昔ベルカを治めてた王様の使ったっていう兵器(モノ)の名前と被って見えて」

「ああ、なるほど……」

 ユーノははやての言わんとする事を察した。

 かつてベルカを治めたとされる王が使ったとされる兵器は、戦乱の中にありながら、まるで死に逝く人々を弔う器の様な名を冠されていた。

 ───『聖王のゆりかご』。

 それが、今しがたはやての口にした聖王教会に置ける、共通の信仰対象である『聖王』が使用したとされる兵器の名前だ。

 『ゆりかご』は聖王家の居城でありながら、同時に巨大な空を統べる艦船(ふね)とされ、『聖王』がベルカの戦乱を止めた決め手であったと伝えられている。名前の由来は、この城でもある艦船を司る『聖王』が誕生から終生までを『ゆりかご』を中心として生活していた事からきているらしい。

 と、ここまではユーノはもちろん、ミッドチルダでなら比較的誰でも知っている有名な伝承である。しかし、はやての話には続きがあった。

「それもやったんやけど、あの棺の中にあった窪み……。アレがちょうど、教会で話を聞いた時に出てきた宝石に似てる思うて」

「宝石?」教会で聞いた話というのも気になりはしたが、ユーノはそちらの方を先に尋ねた。

 すると、はやては「せや」と頷いて、その宝石の事を語りだした。

「ホントはそんなにええ話でもないんやけど……昔のベルカでは今でいう人造魔導師技術みたいな、ロストロギアを移植して魔法の力をより引き出す技術がいっぱいあったらしくて。その中でも、『聖王』と関りのあるロストロギアの話があったんよ」

「『聖王』と関わりあるロストロギア……それが、さっき言ってた宝石?」

 ユーノがそう訊くと、はやてはこくりと頷いた。

 国々の諍いが激化していくごとに、ベルカではより強い力が求められていた。

 単純な話だ。戦いは、攻守双方に置いて力が求められる。それも国同士、魔法なんて通常の技術を逸脱した力がある場所ならば尚更に。

 故にベルカでは、そうした人の手による強化技術が著しく発展していった。

 ……皮肉なものだ。何時の時代であろうと、技術は常に争いの中で生まれ、地べたに広がった血が消え去った後の平和に活かされていく。

 そうしたベルカの風潮においては『聖王』も例外ではなかった。

 詳細こそ秘匿されているが、『ゆりかご』と『聖王』は対の存在であったとされており、互いの結びつきが圧倒的な力を振るう基になっていたという話だ。

 今となっては『ゆりかご』も『聖王』の血筋も絶えてしまっているが、聖王教会の存在からも判るように、古代ベルカの戦乱を鎮めた王の名は時を越えて信仰の対象になるまでに伝えられ続けている。

 この圧倒的な力となったとされているのが、先程はやての口にしていた宝石。

 通称、『レリック』と呼ばれるロストロギアである。

「わたしの聞いた限りやと、『レリック』は物凄いエネルギーの結晶体で……身体に埋め込んでリンカーコアとリンクをして膨大な力を身に宿す事と、『ゆりかご』とのリンクで『聖王』は内と外からの供給を受けて無敵に等しい力を持てる、って話やった」

「──────」

 理論自体は至ってシンプルで、伝えられる『ゆりかご』の強大さを思えば、納得しやすい話であった。

 ただはやての話の中に、ユーノは覚えのある項目がいくつかあった。

 強力なエネルギー結晶体と、外部からの魔力供給。……ユーノはかつて、それに近い物を、実際に見た事がある。

 ちょうどそれは、はやてたち八神家の皆と出会う半年前。

 なのはとフェイトが初めて出会った、ユーノにとってもこれまでの始まりとなった事件の中での事だった。……が、ユーノは「でも」と思い直す。

 多少似通っていたとはいえ、あの時の事件と今回の件は別の話だ。

 掘り返すのは今でなくても良いだろう。浮かびかけた余分な思考を呑み込んで、話の続きに戻っていく。

「そういえば、もう一つ良い? はやてが教会の人たちと仲良くしてるのは聞いてたけど、『聖王』の話が出てきたのってどうしてだったの?」

 先ほど一旦置いておいた、教会で聞いたという話について訊ねると、はやては「ああ」と頷いて話してくれた。

 大まかにまとめると、以前から懇意にしている教会の騎士のお姉さんが居るのだそうで、その人からここ数年の間に奇妙な事があったと訊かされたのだそうだ。

 その奇妙な事というのは、

「預言……?」

「うん。預言」

 という事らしい。しかし如何(いか)な魔法の世界とはいえ、魔法が技術として確立されている以上、『預言』とは随分と眉唾(オカルト)な話だ。

 けれど、ユーノははやての話を笑うでもなく、むしろ聞き覚えさえありそうな様子で、こう訊ねる。

「もしかしてそのお姉さんって、騎士カリム?」

「あれ、ユーノくんカリムの事、知っとったん?」

「直接会ったことは無いんだけどね。昔通ってた魔導学院が教会系列だったのと、あの稀少技能(レアスキル)の話は聞いた事があったから」

 ユーノがそう言うと、はやてとリインは「ふぅん」と納得したように二、三度首肯して、それから思い出したように、予言の説明に戻る。

「ああ、せやった。カリムの話に気をとられてもーて、予言の内容まだ話してなかった。ほんで、その『予言』ゆーのは───」

 そこから順を追ってはやては一つ一つ説明してくれた。

 騎士カリムの持つ予言のレアスキルは、いつでもどこでも未来予知ができるという自由なものではなく、ある特定の条件を満たした場合に限り、預言を行うことが出来る。

 しかし、預言は詩文の形でカリムの魔導書に綴られ、その意味を解読しなければならないというおまけつきの為、実用性の面では『よく当たる程度の占い』というのが本人の弁だ。

 だが、これが本当に只の占いに過ぎないのであれば、カリムの力が伝わるほど有名にはなるわけもない。

 つまり彼女のレアスキルには、そうなるだけの理由がきちんと備わっている。

 カリムの預言は、超能力の様な突然変異ではなく、れっきとした魔法に分類される力で、正式には 『預言者の著書(プロフェーティン・シュリフテン)』という名称(なまえ)がある。

 この魔法は、漠然とした()()()()ではない。現実に存在する情報を総括、検討した上で予想された未来を弾き出す、()()()()。強いていうなら、データ管理と調査系の魔法の上位系であるともいえる。

 ただそうした予測を行える人間が少ない事や、先の預言の難解さや予言を行う為の条件が重なり、容易く扱えるものではないのが悲しい所である。

 加えて、そのほかの柵などから、あまり彼女の預言がすんなりと世間一般に浸透しないのも一因なのかもしれない。尤も、人々が預言というものを妄信してしまえば、それは本末転倒だが。

 ───しかし、それを置いても尚、無視できない事があったのだという。

 行われたここ数年の預言が、似通ったものが続いている。……否、似通ったものが続いたというだけでは正確さに欠けるか。

 より正確にいうのならば、数度同じ預言が為された後に、まるでそれが変質したかのような預言が綴られ始めたのだというのだ。

 最初に綴られた大まかな預言の内容はこうだ。

 

 

〝───(ふる)い結晶と無限の欲望が交わる地。

 死せる王の下、聖地より『彼の翼』が蘇る。

 使者達は踊り、中つ大地の法の塔は虚しく焼け落ち。

 それを先駆けに、数多の海を守る法の船は砕け落ちる───〟

 

 

 というものだったらしい。

 それだけならば、さして不思議ではなかったかもしれないが、しかし、どうにもその預言は不可解な部分が多すぎた。

 そして、その預言が変質したと思しきものが、こうだ。

 

 

〝───(いにしえ)の世を継ぐ地にて。

 無限の欲望と虚無の意志が交わるとき、時の都が道を繋ぎ、古の血を継ぎし『王』を目覚めさせる。

 (ふる)き結晶によりて『王』らは翼を取り戻し、幾ばくかの諍いへ赴く。

 聖地より『彼の翼』飛び立ち、鍵となりて城へ至る。さすれば死者らは踊り、いずれまた輪廻()に還るだろう。

 地に聳えし法の塔は虚しくも焼け落ち、次いで海を統べる箱は砕け散る。やがて、世は終焉を迎え、再び憂いなき時代を綴り行く───〟

 

 

 元の文と比較しても、単純に分量が増えた、というだけには留まらない。

 増えた事柄が、最初の事柄をまるで補う様な……或いは、呑み込んで更なる何かを呼ぼうとしているようにさえ思える。

 少なくとも出鱈目だと切り捨てるには、余りにも大仰。

 単にカリムの預言が事実を予測するという性質から来るものだけではない、何らかの不気味さを伝えて来るものであるといえよう。

「確かに、嘘って切り捨てるには、少し……ね」

「うん……。内容の解読とか、解釈がどうなるかによって変わって来るもんやってカリムはゆーてたけど……やっぱり、なんか気になってまうんよ」

 はやては本当に気掛かりなのだろう。カリムと友人であるというだけではなく、大仰な預言を行えてしまうかもしれない古代の遺産や、そこに(まつ)わる様々な災厄の恐さを知っているがゆえに。

 そして、ユーノもそれらについては人よりも詳しい部類に入る。しかしそれにつけても、今日は色々と分からない事が多すぎた。

 そんな回答の出ない不明瞭さ。

 遺跡にしても、予言にしてもそう。

 捜査や探索において、直ぐに足掛かりを掴めるなんて事は、ほぼ無い。けれど、それにつけても今回のこれは、どこかモヤモヤしたものを残す。

 が、沈みかけた気分をユーノは頭を軽く振って振り払った。

 いつまで考えていても仕方がない。調べるにせよ、ここでは不足だ。

「とりあえず遺跡から出たら、直ぐに局の方に帰ろうか? 入るときに見た限りだと、ここの周りにはあんまり目立ったところはなかったから」

「せやね。このままここに居てもあかんし、一旦戻ったほうが良さそうや」

「それじゃあ、そういうことで。後は、僕の方でも一応ここの遺跡周辺の情報を調べてみるよ。ここは確かに遺跡だったから、何か分かるかもしれないし」

「依頼やし、そうしてもらえると助かるけど……ええの? ユーノくん、忙しないん?」

「大丈夫だよ。はやてに頼まれた時も言ったけど、最近書庫の方はだいぶ軌道に乗ってきてるからね。僕自身、この遺跡が少し気になってるっていうのもあるし───それに、あの預言の事も」

「え?」と、ユーノの言葉に、はやては少し驚いた様な声を上げる。

「もしかして……預言の方も調べてくれるん?」

「うん。はやての話を聞いた限りだと教会も気にしてるみたいだから、依頼が来るかもしれないし。早いか遅いかなら、先にやっておいた方がいいと思って」

 何気なく言うユーノだが、はやてとしてはなんだか申し訳ないと感じる。

 ……しかし、調べてもらえるなら、きっとそれが一番だろうという事も確かだ。

『無限書庫』を拓いたユーノの情報捜索は半端では無い。

 かつて、はやてたち八神家の絡んだ『闇の書』事件の折にも、ほとんど失われかけていた『闇の書』の本来の姿の記録を見つけたのもユーノだった。これがあったからこそ、『夜天の書』はその名を今に伝えられている。

 それにユーノ自身が口にした通り、教会側から依頼が来るのも時間の問題だというのも頷ける。

 カリムがそうするという話をしていたわけではないが、少なくとも教会内であの預言は、それなりに重く捉えられている様子だった。

 が、そうした理由を持っても、やはり心配は心配なわけで。

「……頼んだわたしが言うのもアレやけど、あんまり無理せんといてよ? ユーノくんが倒れたりしたら、わたしらも嫌やから」

「無茶は駄目ですよー?」

 と、はやてとリインがユーノにそう言うと、ユーノは「ありがと」と向けられた心配に対する礼を口にした。

「でも、本当に大丈夫だよ? 実際、そこまで大変な依頼は今のところないし」

「せやったらええんやけど、ホントに身体は大事になー? 万一の事があったら、頼んだわたしがなのはちゃんにどやされてまうよ~」

「ははっ、流石にそれはないよ。むしろ、それで怒られるなら僕の方な気がする」

「あー、確かにその可能性は否定できひんかも……」

「なのはさんならきっと、〝ユーノくん、あんまり無茶してると怒るよ〟っていうです」

「……確かに、言いそうかも」

 リインの物真似に苦笑するユーノ。そうして軽口を叩いている合間に、だんだんと沈んでいた気分も明るく変わり始める。

 穏やかに変わりだしていた潮目に合わせ、外からの光がはっきりと見え始めた。

 あと少しで、遺跡の通路を抜ける。

 そうしたら転移魔法でさっそく本局へ戻ろう、と、そう考えていた矢先───二人の脳裏を、図ったようなタイミングで走り抜ける緊急通信(シグナル)があった。

 

《──―緊急連絡! 緊急連絡ッ‼

 こちら戦技教導隊第〇九班、演習中に未知の機械兵器と遭遇し抗戦中! 高町・八神両名を中心として対処に当たっているが、敵の数が多く殲滅は難航! 付近にいる武装局員は至急応援求む……ッ‼》

 

 瞬間。流れ込んできた緊急事態を告げる念話(つうしん)を受け、穏やかだった意識は、一気に嵐の中へと引き込まれる。

「……ユーノくん!」

「うん、分かってる……ッ‼」

 緩やかな足取りから一変。即座に、外へと向けて走り出すユーノとはやて。

 そうして躍り出た先で、彼らが目にした光景は───

 

 

 

「これ、は……?」

 

 ───さながら、魔窟だ。

 そんな言葉が浮かぶ程に、目の前の光景は異常だった。

 白く静かなだけの遺跡の周辺を、突然現れた鋼の傀儡たちが埋め尽くしている。

 何処から来たのか、或いは涌いたのか。

 それさえも不明なまま、それらは急に現れた。

 ただ一つ、この状況で確かなことがあるとするならば、それは───先ほどの念話に混じった部隊名が、なのはとヴィータが演習参加していたものと同じだったという事のみだった。

 

 

 

未知の襲撃者 ──Engage_in_Unknown──

 

 

 

「ぐ……っの、ヤロぉぉぉ───ッ‼」

 煩わしさを振り払う様に轟く怒声と共に、真紅の少女騎士の振るった鉄槌が、鋼の傀儡を叩き壊す。

 思ったよりも手古摺(てこず)ったせいか、傍らからは相方の白い戦闘装束を纏った少女が名を呼んでくる。

「ヴィータちゃん!」

「問題ねぇ! それよりデカいの一発かませるようにしとけよなのは、この中で単騎の広域殲滅が出来るのはオメーだけなんだからな‼」

「……うんっ!」

 が、それを一喝。

 ヴィータは前衛としての維持と、一気に殲滅をかける準備をしろと、なのはに喝を飛ばした。

 そして、そこへ直ぐに代わりはいるとばかりに次が来る。

 思わず舌打ちが漏れる。

 だが、当然ながら不平を言って退く敵など居る筈もない。

「はぁ、はぁ……っ、この……次から次に、ゴキブリみてーに出てきやがって……っ‼」

 先ほどからずっとこの調子だ。倒しても倒してもキリが無い戦況は、実際のそれ以上に彼女へ疲弊を齎す。

 嫌気がさし、忌々しそうに『敵』を睨むが、意思なき襲撃者には通じない。

 結局は苛立ちだけを残して、再び戦いが開かれる───! 

「とにかく状況を立て直すぞ、アイゼン……‼」

Jawhol(了解)!》

 愛機の声を受けるや、ヴィータは即座に魔力で生成した鉄球を取り出し、振り払ったアイゼンの槌先で叩く様に打ち出した。

 真紅の魔力光を伴った八発の誘導弾が、白く染まった粉雪の中を駆け抜ける。

 精密に狙い澄まされた誘導弾は、一切減衰する事も無く敵の躯体へと正確に叩き込まれていった。

 放った八発全てが、寸分の狂いなく敵を撃墜へと導く。

 よし! と、ヴィータの顔に喜色が浮かぶ。

 が、それも一瞬。

「……キリがねぇ……ッ」

 苛立ちを隠すことも無く吐き捨てる。

 限界はあるのだろうが、まだ涌いてくる速度は変わらない。その上、発生源は未だ不明。しかも凄まじい再生能力と、機械兵器たちが発生させていると思われるAMFによる魔法阻害も魔導師たちの士気を削いでいく。

 このままでは───と、そう思ったところへ、新たな念話が飛び込んでくる。

《───ヴィータ、なのはちゃん、聞こえるッ?》

《はやてちゃん……⁉》

《はやて……⁉ なんで───》

 なのはもヴィータも、突然の登場に驚きを隠せない。

 だが、今は迷っている暇はないとばかりに、はやては手短に自身らの経緯を伝える。

《この前ゆーた調査依頼、すぐそこの遺跡やったんや! とにかく、これでわたしたちも増援に入るよ。殲滅は任せて……!》

《駄目だはやて! 周囲に街とかはねーけど、この数を一発で殲滅するには、味方の退避がまだ───》

 と、ヴィータが言おうとしたその瞬間。

 次いで飛び込んできた声と共に、翡翠の燐光を放つ結界が一帯に広がって行った。

《それなら大丈夫、そっちは僕がサポートするから!》

《ユーノくん⁉》

 なのはは驚いた様な声をあげる。だが、考えてみれば二人は一緒に遺跡調査に行っていたのだ。

 ここに居ても不思議はなく、寧ろ頼もしさは倍増である。

 場を離れる不安要素だった守りは整い、最早、憂う事は何もない。

《そういう事や。さあ、二人共……もう、遠慮はいらへん。後ろはわたしらに任せて、思いっきり暴れたって!》

 はやてとユーノの声に背中を押され、なのはとヴィータは一瞬顔を見合わせるや、頷きを交わし、すぐさま次の行動へ出る。

 ───頼もしい援軍の登場に、場の空気は一気に塗り替えられていく。

 白く冷めた暴力に沈みかけた魔導師たちを、翡翠と白銀の光が道を拓き、そこへ真紅の騎士と星の光を纏う魔導師を誘う。

「……ふふっ」

 知らず、笑みが漏れた。

 たった二人。本当にそれだけなのに、勝ち切れる保証なんて、どこにもないのに。

 それでも、二人がいてくれるだけで、こんなにも変わり行く流れの様なものをはっきりと感じられる。

 まるでそれは、心の底から湧き起った炎が、厚く張った氷を溶かしていく様で。

 どうしようもないくらい、溢れ出す嬉しさを止められない。

「行くよ、ヴィータちゃん!」

「応ッ。これ以上好き勝手されたまま終われるかっての───ッ‼」

 威勢の良い声が上がり、合わさった旋律と共に、なのはとヴィータが敵の群れへと向け飛び込んでいく。

 二人は確かに強力な魔導師だが、先ほどまでの戦い方では力を完全には発揮しきれていなかった。

 基本的に近接メインのヴィータと、砲撃型でありながらもマルチな戦い方の出来るなのは。先ほどまでの戦いは間違いではないが、如何せんヴィータ一人で敵を抑え、なのはの砲撃を要にするには敵が多すぎた。

 しかし、そこへはやてとユーノが来てくれた事で、状況は一転する。

 はやては、なのはやヴィータの様な機動力は無いものの、広域魔法に関しては、二人以上の威力を誇る魔導騎士。更にそこへ、攻撃にこそ乏しいが、支援役としては素晴らしい力を持つユーノがサポートに入っている。

 そして、なのはとヴィータはこれまでも戦技教導隊でコンビを組んで来た。二人のコンビネーションが解放された今、先ほどまでの様な無様は晒せる筈も無い。

 戦いは、ここからが本番だ。

 重い枷より解き放たれた星の魔導師と鉄槌の騎士が、時は満ちたとばかりに、この戦場()を一気に駆け抜ける! 

 

「アクセルシューター、二律制布陣(バニシングシフト)! シュ───トぉッ‼」

 

 桜色の誘導弾が、白い雪煙の中を猛スピードで駆け抜ける。

 敵に対しては射撃、味方には迎撃という二つの命令によって制御されたアクセルシューターは、寸分の狂いなく敵だけを撃ち抜いて行った。

 そして、なのはにばかりいいところを見せてはおけないと、ヴィータもまた、自身の二つ名に相応しい技を解き放つ。

「行くぞ……!」

《Ja, Raketen form》

 ヴィータの愛機であるグラーフアイゼンのハンマーヘッドが変形し、加速用の噴出口(バーニア)が現れる。

 次いで、ガシュガシュッ! と、『カートリッジ』を読み込む音が響く。魔力の弾丸とも呼ばれるそれは、瞬間的に魔導師の魔力を引き上げ、強力な一撃を発動させる。

 鉄槌の騎士の誇る、剛の一撃。

 

「ラケーテン……ハンマァァァ───ッ‼」

 

 ゴッ‼ と、凄まじい噴出により、ヴィータの身体が前へと加速する。

 単にこれが魔導師相手であれば、相手の軌道に合わせ、一撃で以て叩き落すところだが、生憎と今の敵は機械。それも、叩けば逆に涌いて出る程の数を誇る。

 ならば、と、ヴィータはその加速を留めることなく、なのはの誘導弾を受けて逃げようとする機体をすれ違い様に叩き、ある範囲から逃がさない為に、己の機動力で囲いを造る様なイメージで飛び回っていった。

 もちろん、彼女だけでは追いきれない機体も出ては来る。

 だからこその、二人のコンビネーション。なのはの誘導弾から逃げ(おお)せようとする機体をヴィータが叩き、逆にヴィータから逃げたそれらをなのはが()()の中へと押し戻す。

 機動力のある二人の動きに合わせ、先程まで退避しかねていた局員たちが囲いの中から離脱し、それを邪魔しようとする機体を、既に退避を終えた者たちが抑え、押し戻して行った。

「あの二人だけに頼りきりになるな! 自分に出来る戦い方で、あのガラクタたちを囲いに押し込んで行け‼」

「「「了解!」」」

 中隊長相当の隊員の喝に威勢よく隊員たちが応えを返し、なのはたちと共に、戦況を一丸となって切り開く。

 雪塵を彩る魔力光の煌き。それはまさに、前へ進もうとする意志の輝きであり、同時に、数多の魔導師たちの矜持を賭した攻防を示す証でもあった。

 地獄か魔窟か、少なくとも希望なんてものを抱けそうもなかった場所はもうそこはない。

 前へ進む為に人々が抱くべき心は、彼ら自身の意思によって等しく眩く、同じだけ瞬いている。

 さながら、道標の様であった。

 最初に示した灯りが示した先へ至り、またその先にある灯りが、路を示し続けている様な連鎖。

 戦いそのものは、決して良いものではないのだろう。しかし、此処に渦巻く意志は、悪いものである筈がない。

 なればこそ、この灯を消す事があってはならない。───さあ、ここからは総仕上げだ。

「広がれ、戒めの鎖!」

 詠唱を重ね、ユーノは新たな魔法を発動させる。

 翡翠の鎖が場を走り抜ける。結界だけではなく、皆が作り上げた囲いを敵に崩させない様、更なる枷となる戒めを与える為に。

「捕らえて固めろ、封鎖の檻───アレスター・チェーン‼」

 縦横に張り巡らされた鎖の檻。何重にも重なり合った翡翠の輝きが、防壁となって機械兵器たちを閉じ込めた。

 これなら逃げ果せる事も無いだろう。

 既に場は整えられた。

 後はただ、為すべきことを成すのみ───! 

 

「───さあ、終わらせるよリイン。準備はええか?」

 

 融合し、自身の内側にいる愛機へと問い掛けると、その問いかけに対し、リインは当然だとばかりにこう応えた。

《もちろんですっ! 広域殲滅の発動準備は完璧ですよ、はやてちゃんッ‼》

「うん、流石やねリイン。……ほんなら、思いっきり行くよ!」

《はいッ!》

 剣十字を象った杖、シュベルトクロイツを掲げる。すると白銀の魔力が集約され、一つの巨大な星の様になっていく。

 広域魔導師としての本質と、はやて自身の圧倒的な魔力量を存分に生かした、超弩級の砲撃魔法。

 ある神話における終末の名を冠された魔法が今、解き放たれる。

 

「《響け、終焉の笛───ラグナロク……ッ‼》」

 

 はやてとリインの声が重なり合うと同時。

 振り向けた杖先に合わせ、集められた白銀の光が膨れ上がり、まるで吼える様に囲いに集められた機械兵たちに注がれて行った。

 冷たい積雪の世界が、暖かな白銀の光に染め変えられていく。

 砕け散っていく機械兵たちは、断末魔も無く消え去って行った。

 やがて、戦場を染めた光が晴れていくと、そこには砲撃によって抉られた地面の色と、窪み(クレーター)が覗いている。

 そしてもう、湧き出てくる機械兵たちの姿もまた、失くなっていた。

 ───戦いは、終わった。

 吹きすさぶ雪塵はいつの間にか止んでおり、場に残っていた戸惑いもやがて同じ様に止んでいく。

 微かに覗いた蒼天(そら)の色に、魔導師たちは穏やかな溜息を吐いている。

 けれどそれは、全てが解決した……というわけではない。

 未だ不明瞭な点は幾らでもあった。

 しかし、だからと言って直ぐに明かせる謎など、そこには一つも無い。

 後にはただ、未知の襲撃者たちの残した爪痕の意味を反芻するのみ。……そんな快晴とは言えない、微かな靄が、静かに人々の心を包んでいた。

 

 

 

ひとたびの終着、その先に見据えるものは

 

 

 

 そして、その翌日の事。

 無事に帰還したなのはたちは、例の襲撃者たちについての情報証言の為に、本局を訪れた。

 あの後、突然の襲撃に遭った局員たちの治療や現場検証によって時間を食い、襲撃や遺跡調査についての報告作業を終えていなかったのだ。

 ……とはいえ、実際のところ、報告らしい報告など出来ていないのが現状である。

 ユーノとはやてはひとまず調査した内容の全てを伝えることは出来たが、古代ベルカ由来であるという事を示すのは、壁に刻まれた文字だけ。それ以上の発見は何もなかった。

 なのはやヴィータも、あの襲撃自体に語れる事はほとんどなかった。

 本当にあの機械兵の出現は唐突に起こり、襲撃の意味さえも分からないままに交戦に陥ったのだという。

 発生原因、理由共に不明。

 遺跡との関連が疑われたが、襲撃が始まった当初。ユーノとはやて、リインがあの中にいたのだ。流石に遺跡内部からあの機械兵器が発生したのならば、魔導師である二人と融合機であるリインが三人そろって気づかない、という事は考えにくい。

 だが、AMFらしいものがあった……という事実が、また真実を灰色に覆い隠す。

 遺跡内部は、確かに一本道だった。それは、あの交戦の後にも確かめられた事実であるが、無関係と言い切れるだけの確証も無い。

 けれど同じだけ、関係があると裏付ける証拠もない。

 結果は八方塞がりに終わり、管理局側としては、今後も調査を進めて行く事。そして、また同じ事態が起こらない様に警戒を強める方針を取る、という結論に終わった。

 

 そうして、報告の後。

 ユーノは昨日の調査に関連しそうな情報を集める為に書庫を訪れていた。

 はやてはそれに同行した形であるが、調査の続きが気になっていたのはもちろん、恐らく今回の件について抱く複雑さを話したかったのだろう。

 襲われたばかりのなのはやヴィータに、蒸し返す話ではなく、けれど放っておいても良い話でもない。その辺りについてはユーノも理解しており、彼自身もまた、話しておくべきことだろうと思ってもいた。

「……ホント、今回はスッキリせぇへん終わりやったなぁ」

「そうだね……。重傷を負った人がいない事だけが、唯一の救いだったかな」

 二人はぽつりぽつりと言葉を交わしながら、ごちゃごちゃしてしまった頭の中を整理していく。

 何故なのか、という疑問を。

 これからどうすべきなのか、という疑問を。

 それぞれの胸の中で、進むべき道を考えていく。

「……なあ、ユーノくん。わたし、少し前から考えてる事があるんよ」

「考えてる事?」

「うん。カリムの預言を聞いてから、ずっと」

 そう口にするはやての表情は真剣で、とても遠くを目指している様な気がした。

 いったい彼女は、何をしようとしているのか。

 ユーノは、その続きを待つ。

 程なくして、答えはゆっくりと返って来た。

 

「わたしな、自分の部隊を持ちたいんよ」

 

 ***

 

「自分の、部隊……?」

「うん」

 聞こえてきた答えに間違いはないと理解し、ユーノは「そっか」と短く返事をした。

「あや、なんやあんまり驚いてない?」

「驚いてないって言ったら嘘になるけど……でも、意外だとは思わなかったかな。はやてなら、そういうの向いてそうだし」

「……そうゆーの、真っ向から言われると何や照れるんやけどなあ」

 ちょっと口を尖らせるはやてに、ユーノは穏やかに笑いながら「ごめん」と短く応えた。

「だけど、本気なんでしょ?」

「それはもちろん。……カリムの予言は、短ければ半年。長ければ数年後……もっとかもしれへんけど、それくらい期間があるって話やった。部隊を持ちたい、ってゆーのは予言の前から少し思うとったけど……きっと何かが起こるのは確かや。───なら、そんな時に動けへんかったら、きっと後悔するから」

 そういって、はやてはまっすぐな視線をユーノに向けていた。

 彼女の視線を受け、ユーノは少しだけ間を置いて逡巡する。

 はやての言葉は、どことなく二年前のなのはと少し似ていた。しかし、はやてから感じられるのは、あの危うさではなかった。

 むしろ、その逆で。そうした危うさにこそ、立ち向かいたいと願うような色が見えた気がした。

 憤りの様なものが、そこにはあった。管理局という大きな組織にいるが故の、憤りが。

 ……何となくだが、解かった気がする。

 つまり、はやてはきっと───組織という枠組みの柵を、解消したいのだ。

 本当に危ういことが起こった時。それに立ち向かう為の足掛かりが必要なのだと、そう考えているのだろう。

 何があったのか、それは知らない。

 ただ、ユーノ自身『管理局』という組織の枠の中にある一部署の長をしている身だ。

 少しくらい汚い様な、()()()な事があるというのも当然知っている。

 特に、地上本部()の方は大分強引なやり方をしているというのも。尤も、それは悪い事ではなく、どうしても管理局に人員が足りないからこその皺寄せだ。仕方のない事と言ってしまえばそれまでだが、地上本部()本局()にある軋轢も無関係ではない。

 そんなどうしようもない柵があって、けれどそれをどうにかしたいと願うなら、……言葉だけではどうしても伝わらないというのならば。

 

「最初に動ける、そんなきっかけになるものが欲しいんよ」

 

 先陣を切って、事態にぶつかって見せるしかない。

 ヒトは等しく善ではなく、結果と利益が釣り合わない限り動かない事だって、往々にしてある。

 当たり前の事だ。

 だが、そんな当たり前を崩すきっかけが無ければ、何も始まらない。

 ……きっとそれは、苦しい道になる。

 確かにはやての周りには、優秀な魔導師たちが揃っている。気心の知れた、そしてこれまでの哀しい出来事を共に乗り越えて来た、家族や友人たちが。

 でも、それを集められても───たとえ理由がどうであれ───気に入らない人間は当然出てくるだろう。

 正しい事を、ただ正しいままに。……その方が、間違いとされる事もあるのだから。

 しかし、それでもとはやては願っていた。

 起こる悲劇を止める為に、誹られようと抗う事を。

「難しいのは、分かってるけど……分かった上で、わたしは守りたい。綺麗事でもなんでも、大切だと思った事を、ちゃんと」

「……そっか」

 それは、とても傲慢で、同じくらい優しい願いだった。

 

「だからな? ユーノくんもその時は部隊に参加してくれたらなぁ、って。……司書長さんを勧誘するの、ええ事やないし、そもそも無理かもしれへんけど。───でも、ユーノくんも居たら、きっと頼もしいから」

 と、はやては言う。

 それは、中々の殺し文句だった。

「誘ってもらえたのは嬉しいな。……だけどはやての言う通り、僕がはやての部隊に直接参加するのは、少し難しいかも知れない」

 司書長とはいえ、『無限書庫』は管理局の中枢とは言い難い。しかもこの立場は、民間協力者からの派生である。表立つべきものかと言えばそうではなく、むしろメインを活かす為の潤滑油であるべきものだ。

 引け目である必要は無いが、かといって不足している部分もある。

 とはいえ、二年前の様に要請を受ければ戦線に協力は出来るだろうが───それでは、きっと足りない。

 ならば、

「だからね、僕もちゃんと考えてみる事にするよ」

「考えるって……?」

 ユーノの応えに、はやては不思議そうな顔をして小首を傾げる。

 確かにまだ、言葉が足りてない。しかし、結論を言ってしまえばとても単純な事である。

 はやてが目指すもの、そしてきっと───なのはたちの目指すものを、間違いなんかにさせて良い筈は、ないのだと。ユーノはただ、そう思った。

 だから決めた。

「僕も、みんなを守れる方法を考えてみる。はやての誘いは嬉しかったけど、僕は『部隊』に所属するには少し問題があるし。でも、だからって何も出来ないわけじゃ無い」

 そう。皆を守りたい、というのはもちろんだけれど。

 いつでも、どんな時でも。

 傍にいるみたいに守る、っていうのは、きっと難しい。

 だから、万が一の場合においても───枠に囚われること無く皆を支え、護れる様な『場所』が欲しい。

 だからその為に、自分が出来るやり方で、それを為そうと。

 そんな酷く傲慢(あたたか)で、純粋な(おも)いを、ユーノは口にした。

「せやけど、どないするつもりなん?」

「具体的にはまだ、かな。正直言うと、思いついたばっかりなんだ。……でもまぁ、当てが全くないってワケじゃ無いんだけどね」

「???」

 そういって、なにやらユーノは開いた仮想窓(ウィンドウ)を操作して、メールらしきものを呼びだしていた。

 少し行儀が悪いかも知れないが、ちらっと文面を覗いてみると『次の訪問の日は何時になるか』と言った類の内容が綴られている。

 それがどういう意味を持つのか、はやてはまだ知らない。

 というより、ユーノ自身その当てが成り立つかどうかもまだ分からなかった。

 

 ───しかし、こうして少年少女は動き出して行く。

 胸に抱いたその心を、真っ直ぐに貫き通す為に。……けれど、それと同じ様にまた、動き出す影がある事に、彼らはまだ気づけていなかった。

 

 

 

 

 

 

幕間 遠き星との交信(もうひとつのはじまり)

 

 

 

 はやてが帰った後、ユーノはあるところへ通話を繋いでいた。

 何故か、と小難しく問えば理由はいくらでも出ては来る。しかし簡単に纏めると、先ほど彼女に言った当てというのがこの通話の相手なのだ。

 しかし、流石にいきなり、それも思い付きでしかない事を話すのも宜しく無い。

 そういうわけで、一先ず話の切り口は、ここ先日の襲撃から始まり、はやての新部隊設立の構想へと繋げて行ったのだが……。

 

『新しい部隊、ですか。それはまた、なんとも()()()()()お話ですね』

「楽しそうって……」

 返ってきた返事は、だいぶ過激なものだった。

 彼女の性格ならば、確かにそう言いそうな気はしていたが、それにしても思ったより直球だったため、ユーノはやや面食らった。

 それを感じ取ったのか、向こうも『申し訳ありません』と謝り、言葉を続ける。

『発言に不適切さがあったのは失礼いたしました。ですが、不謹慎であるのは承知の上で言わせていただければ……最近、少々渇い(うえ)ておりまして、そういう事に浅ましくも焦がれてしまうのです』

 それを聞いて、ユーノは納得する。

 元々、彼女が本気でそういう破壊や殺戮そのものに愉悦を感じるタイプではない事は知っている。ただ、やや好戦的な気質や勤勉さが、高みを目指しがちになってしまう事も。

 が、どうやら理由はそれだけではなかったらしく、次いでこんな事を言われた。

『それに、ナノハやハヤテが羨ましかったというのもあります。実戦で、師匠と戦えた事は、わたしはまだ一度もありませんし。難し(とお)いとはいえ、なかなか師匠はこちらへ来てくださいませんから』

 やや責められる様な言いぐさであったが、残念な事に思い当たる節があった。

「……もしかして、去年の事、まだ根に持ってたりする?」

 恐る恐る訊ねてみるたところ、『いえ、別に』と、普段のクールさに輪を掛けた無機質な返答がまず最初に来た。

 そして、

『久方ぶりの再会(しあい)だったのに、普段から資料提供などで会っているわたしたちよりも、付き合いが長いからとナノハたちのチームになっていた事など、まったく気にしておりません』

 普段のそれとは印象の異なる、あからさまに不機嫌というか、拗ねている様な言葉が返って来た。……どうやら、だいぶ根に持っていらっしゃるらしい。

 ユーノは通話越しに、顔に手を当てて地雷を踏んでしまったと後悔する。

 過ぎた事ではあるが、かといって流せるものでもなさそうだ。

 ついでに言うと、ユーノは正直その声に弱い。かなり色々な意味で。

「…………ゴメン。いや、人数の問題だったんだけど、それでもなんか、ゴメンなさい」

 なのでここは素直に(?)謝っておく事にした。……いや、実際人数の問題であったのはその通りなので、少々というか、だいぶ言い訳(べんめい)交じりであったのには目を瞑ってもらいたいところであるが。

 しかし、向こうの言い分はそうではなく。

『だから気にしてはいません。ですが……どうせなら謝罪(コトバ)よりも、最初から見返り(たいど)で示して欲しいですね』

「そういわれても……流石に今からそっちに行って模擬戦をやり直すってわけには』

『違いますよ。……いえ、それはそれで魅力的ではありますが。

 とにかくわたしが言いたいのは、あなたが求める事の為に、この身を呼んで欲しいという事です』

 と、むしろ言いたいのはそんな事ではないとばかりにこう返ってきた。

「ぇ……」

 余りにも急な転換に、ユーノの思考が固まってしまう。

 そもそもまだ本題には入っていなかったのに、まるで先回りされたみたいに返ってきた言葉に驚きを隠せなかったのだ。

 しかし向こうは、分からない筈がないとでも言わんばかりに言葉を続ける。

『そんなに驚く事でしょうか? まさか世間話の為だけという事もないでしょうし、そういう話が出たという事はつまり———師匠にとって、わたしが必要である、という事だと思ったのですが』

 言い切られ、実際その通りであったユーノは白旗を上げる。

「……適わないなぁ。こんなんじゃ、いよいよ師匠失格かな?」

『自覚していただけ前進ですよ。初めの頃は、柄じゃないなどと袖にされていましたから。それを思えば些末な事です。

 これで、あの暗き迷宮でのひと時が無駄でなかったと安心できました』

 が、白旗にちょっと修正。

 まだ僅かに残っている抵抗力を総動員し、下手な間違いが無かった事を全力で証明しにかかる。

 しかし、

「……慕ってくれるのは嬉しいんだけど、誤解を招く様な言い方は止めない?」

『誤解する輩がいるのなら、する方が悪いのです。それにわたしとしては、誤解されるのも吝かではありませんから』

「ぅえ……っ⁉」

 ここは、相手が一枚上手だった。

 完全に面食らったユーノを他所に、言いたい事は言ったとばかりに、向こうは締めのあいさつに入る。

『それでは師匠、()き返事をお待ちしております』

 けれど、このままにしておくと問題があるのではないかと焦り、何とか引き止めに係るユーノだったが……。

「ちょ、ちょっと待って、シュテ───」

 ル、と言い切るよりも早く、プツンとややアナログチックな音を立てて通信が途切れた。

 まさに、何とも言えない幕切れであった。

 だいぶ一方的な激励に虚を突かれ、ユーノはしばし呆然となる。が、総合的に見れば別に悪い事は特にない。むしろ吉兆でさえある。……しかし、色々と終わり際に投げ込まれた言葉の意味については、結局頭を捻る事になったらしいが。

 

 

 

 ───で、一方その頃。

 通話口の遥か向こうにあるエルトリアでは、こんなやり取りが交わされていた。

 

「ふぅ……」

 通話を切り、やや強引だったかもしれないと反省しつつも、言いたい事は言えたので良かっただろうと思い直し、シュテルは小さく息を()いた。

 するとそれに呼応する様に、部屋のドアが開いて、薄紅色の髪をした少女が入って来る。

「なーにシュテル、またあの子イジメて遊んでたわけ?」

 どことなく楽し気に言ってくるその声に、シュテルは少しだけ口を尖らせる。

「別にイジメてなどいません。師匠に思い切りが足りない様なので、発破をかけていただけです」

「それをイジメっていうんじゃない? ……ま、なんとなくそうしたくなる気持ちは分からなくも無いけどね」

 共感はあった。が、

「師匠はわたしのですから、あげませんよ? イリス」

 取られてしまうと困るので、意味があるのかはともかく釘は刺しておく事に。

 が、向こうもその返答は半ば予想していた様で、さして驚きもせず手の平をひらひらと振ってあしらう様にこう返す。

「別に取ったりなんてしないわよ。弟分くらいに可愛がったりはするかもしれないケド」

 が、

「なら、いいです」

 思ったより素直に、シュテルはさっさと身を引いた。

 その反応が面白くなかったのか、イリスは若干ジト目になる。

「やけにあっさり引き下がるわね……。でもま、それは良いわ。で? 結局なんの話だったの?」

 とはいえ、別に話を蒸し返したい訳でもない。揶揄いが軌道に乗らないのなら、これ以上続ける意味もないだろう。

 そうしてシュテルに続きを促そうとしたのだが、

「それは───」

 と、シュテルが言いかけたところで、再びドアが開いた。

 しかし今度はかなり豪快に、それも『ばあん』と音がしそうな勢いで。それだけで、入ってきたのが誰だか分かった。

 考えるまでもなく、空いた扉の向こうからさっそく二つに結われた水色のツインテールが飛び出して来た。

「シュテるーん。ユーノ、また面白いの送ってくれるっていってたー……ってアレ? なになに、ナイショ話!? ボクも混ぜて混ぜて~♪」

 元気よく飛び込んできたのは、やはりレヴィだった。

 無邪気な好奇心全開の彼女は、さっそくシュテルとイリスが話の本題に入ろうとしていたのを目ざとく見つけてくる。

 ……そこに感じた微かな流れを、イリスは見逃さなかった。

「あらあら、素体は猫なのに鼻の方は犬並みなのかしら。どうするシュテル、レヴィも混ぜてあげるの?」

「イリス、あんまりレヴィに意地悪っぽくいっては、誤解されてしまいます」

「んー? 誤解されるのは吝かでもないんじゃなかったっけ~?」

「むっ……」

 どうやら、イリスが結び付けたかったのはそこだったらしい。

 しかし、入ってきた時にはそこはもう既に話の終わりだったというのに。いくら扉の前とはいえ、流石に全部聞き取れるかどうかは怪しい。

 つまるところ、そこから導かれる結論は———。

「……盗み聞きとは趣味が悪いですよ」

「あは☆ 愛しのお師匠サマと仲良くしてるシュテルが可愛くてつい☆」

「そういうのはあんまり可愛くないですね、イリス」

「が……っ⁉」

 あからさまに入ったおふざけを、本来の属性の真逆にある冷たさで返す。

 流石にそれはイリスにも不意打ちだった様で、思いっきりブローを喰らったみたいに声を詰まらせていた。

 ……場に、どことなく一触即発の気配が漂う。

「い、いうじゃないの、このチビ猫……」

「背の方はお互い様です。とっくにレヴィに抜かれているあなたに言われたくないです。それに胸の方も……ええ、わたしはまだ育ちますし…………たぶん」

「ぬがっ! こ、の……言っちゃいけないとこまで言ったわねぇ……っ⁉」

 刺さるところにばかり気を取られ、どうやら最後の方に涙ぐましい願いがあったのには気づけなかったらしい。

 なんとなく涙目になって怒っているイリスを傍目で見ながら、なんで二人がじゃれているのか分からずに傍観するレヴィ。……余談だが、彼女自身はこの言い争いに参加出来ない。主に十分に育っているという意味で。

 と、そんなことはさておき、レヴィは置いてけぼりにされているところから話に追いつこうと、シュテルに話が何だったのかを訊ねていく。

「ねぇねぇ、シュテるん。イリスは怒ってるし、よく分かんないんだけどさー。さっきの話ってなんだったの?」

 それに対し、シュテルはイリスに一矢報いた事でもう満足したのか、落ち着き払ってこう答える。

「ええ、それはもちろん。ちょうど手間も省けましたし、いっそみんなにまとめて話しましょうか」

 それに対し、レヴィは「ふぅん」と頷いて納得する。

 だが、まだ彼女自身が一番聞きたいことが聞けていなかったことを思い出し、最後にこう問いかけた。

「でさ、結局それって面白い話? もしそうならどれくらい?」

 きらきらとした紅真珠(パールピンク)の瞳が、流れに流されていった好奇心を拾って戻ってきた。

 しかし、どのくらいかと聞かれると、シュテルも返答に困る。

 が、それでも一つだけ言えるとするなら───それは。

 

「……どのくらい面白いか、ですか。

 そうですね───少なくとも、退屈などとは無縁の、魂滾(こころおどる)る事だろうというのは保証します」

 

 そう言い切った蒼い瞳には、単なる昂ぶりだけではなく───少し離れてしまっていた、様々なものへ向けた熱を宿して、静かに、けれど激しく燃えていた。

 

 ───こうして、もう一度。

 遠き星と、また更に遠き星とが、新たな繋が(はじま)りを結ぶ。

 

 けれど、それと同じく……否、或いはそれよりも早く。

 また別の場所で、同じ様に始まりを迎えていたものが、あった───

 

 

 

転章

 

 

 

 薄暗い部屋の中で、不気味な光を放つ培養容器(ポッド)らしきモノが立ち並んでいる。

 そんな場所を闊歩する、白衣の男が一人。

 紫の髪と、野心を称えた金色の瞳が印象的な人物であった。

 やがて通路然とした容器群を抜けると、彼は円形に開けた場所に出る。

 そこに置かれた卓型端末(コンソール)を操作し、どこかへと通信を繋ぐ。

「やぁ、調子の方はいかがかな?」

『それはどちらの意味かな。躯体の話か、それとも情報解析についてか』

「私の検体名は知っているだろう? 当然、両方さ」

『私個人の話をすれば良好の一言に尽きる。技術搾取という名目で手回しをしてくれたおかげで、充実と言っても良いくらいだ』

「それは結構。此方としても、引っ張り出してきた甲斐があるというものだ。それで? もう一方はどうなんだい?」

『あまり焦り過ぎてはいけないな。アレらはまだまだ育つ、刈り取るなら完全に熟してからの方が素体としてはベストだ。それに、我々にはまだすべき事がある。その為の準備もね』

「違いない。……が、だからといって過程を無視するのは頂けない。先の通り、此方()は強欲だ」

『やれやれ……』

 わざとらしい溜息と共に、通話口の相手は話を進めていく。

『収集されたデータの方は問題ない。魔法出力はもちろん、単純な癖や思考パターンもある程度集められた。尤も、この辺りは局側の定石(セオリー)からいくらでも洗い出せるが、まったくの無価値というわけでも無い。

 あと何度か戦わせて見れば、より詳細なものが得られると思うがね』

 その弁に、白衣の男は「ふむ」と一つ頷き、

「偶々見つけた鉄屑(ガラクタ)と思ってはいたが、それなりに役には立つか」

 と、言った。

 どうやら、その仕向けた『ガラクタ』の運用は、彼にとっても試験的なものだったらしい。副次的な有用性が見られた事が意外だったのか、自身で調整を行っておいたにも拘わらず、感心している様にさえ見える。

 それを受けて、通話口の相手が続けた。

目眩まし(デコイ)としては十分だろうさ。数量的な戦力としては、私の側に分があるだろうが……探索能力と合わせてみれば、量産が容易い分アレも中々優秀と言えるかもしれないな』

「ハイエナ……いや、それは褒めすぎかね? 精々、飢えた野犬と言ったところか。───そういえば、彼処では結局見つからなかったのだったか?」

『ああ。痕跡はあったが、ナカミもモノも無かったようだ。あの感じからすると、墓荒らしというワケではないようだが……』

「という事は、だ。モノはともかく、ナカミの方は早めに見つけねばならないねぇ。流石に壊れていては、もう一方との繋がりを戻すのに苦労するだろうし。彼方(あちら)は既にドゥーエが算段を立てているとなると、なるべく早く見つけておきたいところではあるが」

『では、今は捜索に専念するとしよう。まずナカミを得られない事には、〝鍵〟止まりだからね』

「よろしく頼むよ。───ああ、次の動きについては第八研究施設で確認できるように調整しておいてくれたまえよ?」

『分かっているとも。あまり表には出られない身として、その程度は弁えているさ』

 その言葉を最後に、通信が途切れた。

 白衣の男は満足そうな様子で、そこから更に基盤(キーボード)を叩き、幾つかファイルを参照し、内一つを選び出す。

 そこには幾つかの文書と画像が収められており、彼はその中から『E』と銘打たれたものを開いた。

 空中に浮かべられた仮想窓に指を這わせ、彼はまるで焦がれたものを慈しむ様に、こう呟いた。

「ふふ……実に楽しみだよ。その古の力を解き放つ時が、今から待ち遠しくて堪らない」

 その文書の中に、二つの艦船の様な画像と共に、このような一文が綴られていた。

 

〝───『彼の翼』、〝鍵〟と成りて、『城』を導く───〟

 

「……さて、マクスウェル君と私の業を受け止め切れるか否か。あの旧き世の器に問うてみるとしようか」

 楽しそうに口元を歪めながら、だれともなく最後にそう言い残して、彼はその場を立ち去っていった。

 後にはただ、空虚な静寂だけが残される。……そんな何の音も残さない静けさが、嵐の前触れを告げている事を、今はまだ、誰も知らない。

 

 ───次に物語が動くのは、約一年後。

    新暦七十一年の十月の事であった。

 

 

 

 PrologueⅠ END

 ~Next_ProlougeⅡ in_Age71~

 




 はい、いかがだったでしょうか。
 ひっさびさの長編更新(というか開始)だったのですが、前のRef/Det IFに比べてパワーダウンしていないといいのですが……。

 そんな不安を感じつつ、さっそく自分の作品では割と恒例のあとがき(という名の言い訳タイム)に入りたいと思います(笑)

 では最初は、まえがきでも出した近況について少しだけ。
 実に三か月近く消失しておりましたが、ツイッターの方では割と活発に動いていたので、実のところサボりなんじゃないかという疑念についてはごめんなさいという他ないです(^^;
 ただそうして短編書きなどを続けていたおかげで、完全に筆を折ることはなくて済んだ気もします。

 別に何があったというわけでもないですが、それなりに春先は忙しいものですから、どうにもこれまでと同じようにはペースを戻せていませんでした。
 加えて自分でも何やってんだレベルで設定をこねくり回し、しかも大風呂敷広げようとしているんですから、これまたなんともあほな話で。
 しかし、それでもだらだらと書いていたら、結果として一本目はこんな感じになりました。
 長すぎんだろ、というツッコミがありましたらごめんなさい。といっても自分の作品だいたい長いので、そこについてはむしろ三か月もあったなら10万文字くらい行っとけよな、くらいは言われそうな気がしますが(笑)
 でも、みなさん。
 こんな阿保ですが一応前作は六〇万字くらいちゃんと書き切りましたからね!(←いや、書き切るのは当たり前

 ということで、今作も前作同様にちゃんと完結できるように頑張っていきますので、よろしくお願いいたします。
 というかもう正直言うと、StSの流れはおおよそ頭の中に出来てきたので、小説として細かいところ考えるより、その先にあるVとかVst、Fの辺りを早く書きたくなってしまっていたりも……(笑)

 でも結局、こうして長編などを物書きぶって書くからには、ちゃんと伝わるようなものにしたいという思いはあります。
 IFを考えて、それを書いてこういう物語だってあるんだ! っていうのは、要はそういうことだと思っていますから。本編だけでいいなら、そもそもこういうものを書きませんし。前作を始めた時は終着地点が若干安易だったのですが、Detを観て、あのシーンがもしも―――という可能性を絶対に形にしたい! と思ったからこそ、それなりに皆様に読んで頂けるものに出来た気がしますから。
 そして、今作もそういった部分はありまして、ぜひとも自分の中にあるStSで見たかったものを―――そして、Detonationから続くものだからこそ、という部分もかけたらいいなと思っております。

 まぁそこらへんに関連して、実際のStSとは流れ自体は一緒ですが、ところどころ変わる部分が出てきます。
 前に話したところだと、登場人物の年齢だったりとか、少しオリキャラたちがまじるかも、とか。そこから周辺のCPだったり、辿る結末もかなり変わってくると思います。

 なので、そういった部分が気になるということでしたら、注意事項に書いた通り、そっ閉じでお願いします。
 というかむしろ、このシリーズに不満があるなら、それを形にしてこちらの度肝抜きにかかってきて欲しいような気もします(笑)

 どっかの本とか、作家さんの受け売りにすぎませんが……
 結局のところ、誰かに見せるつもりの作品というのはその人の書きたかったものなわけで、楽しいだけで済むなら、そもそも見せなくてもいいわけですから。
 なので出す以上は批判が来るのは仕方ないですし、もし間違ってたら自分は謝ります。とくに、その人が譲れないものに触れてしまったならなおさら。
 しかし、だからこそ自分はそこからまた前に進みたいと思います。
 自己顕示欲といってしまえばそうですが、自分が楽しいものや、こうあってほしいものを外に広げたいと思っているなら、どうしても自分が楽しいだけではその魅力は何も伝わりませんので。
 これまでも何度かキャラの扱いであるとか、あるいは自分で考えた設定の粗であるとか、そういった部分で間違ったことは多々あります。
 だけどそこであきらめたら結局また待つだけになって、自分の見たいものが得られない。
 そうした部分の研鑽で、ど素人でも前に進んで自分の書きたいものをよりよくできたら、それが好きな人はもちろん、それまで好きではなかった人にもその魅力が広がったらいいなと。
 で、批判する人は指摘以上にその作品に対して我慢できないなら自分なりの最高を書いて度肝抜いて見せてくれという感じですかね。
 ほぼ二次創作しか書かないのでこういうのはだいぶというか、かなーり傲慢かもしれませんが、気持ちとしてはそんなところかなと思います。

 まぁ長々と書きましたが、つまり何が言いたいのかといえば、このシリーズに関して言えば『ユーノくんは最高だからもっと活躍してるとこ見たい! でもあんまり他の人で本編沿い書いてる人少ないから俺が書く!』ということですはい(結局はいつもの)

 こんな感じで情熱と思考がだいぶ空回りしてる駄作者ですが、今後も自分の作品を楽しんでいただけたら幸いでございます。
 あ、それと今回の話だと『前作の続きにしてはユーなの成分足りなくない?』と思われたでしょうが、これはあくまでもプロローグなので、どうしても世界線とか伏線の為になかなか単純に絡めるシーン出せないんですよねぇ……。
 しかし、裏で動けるシュテルは強い。……もしやこれはオリジナルに対する叛逆なのか(黙れ
 あと、自分の作品だといつものことなんですが、ユーノくんがそこら辺のラノベ主人公みたいに女の子に囲まれてるのでCPが完全に一本槍にはならないのも若干関連してたり。でも、元がそういうゲームですし、世界線が違ってもそういう流れが生まれちゃうのはきっとそういう定めだからと勘弁してもらいたいところで。あとついでに自分普通にマルチCPとか好きなので、どうしてもそういうの出ちゃいますね(結局そこは性癖)
 いや、ToLOVEるとかデアラみたいな最初から複数攻略系だけじゃなくて、月姫のシエル先輩√でアルクと先輩に取り合いされてる志貴とか、FateのUBWでのセイバー残留とか好きなんですよねぇ……。あと、公式から若干離れたところで言えば、SEEDDESTINY(最近やっと見た)のシンルナステとか、SAOのルークリッド幼馴染トリオとかも。前者で言えばステラ生存からのほのぼのな三人、もしくはステラとシンは無邪気だけどルナが若干ジェラシーなほのぼのとか。後者は自分的にはキリアス・ユジアリ前提だけどみんながみんな大好きしてるの好き(あとツーベルクとサーティのアリスの同居とかも考えるとまた楽しい)

 ……とまぁ、また随分と性癖をあんまり関係ない他作品とか関連で語ってしまいましたが、おおむねそんな感じです(どんな感じだ)
 では長ったらしくいろいろ書いてきましたが、ひとまず今回はここで筆をおかせていただきます。
 ここまでしっかり読んでいただきありがとうございました! 次回以降も楽しんでいただけるように頑張って書いていきます^^
 次いでに余計なことを言えば、どんなお話になるのかを考えていくとなかなか楽しいかもしれません。というか勘の良い人なら、もしかしたら次の展開まるまる予想とかされてそうで逆に怖いような気もしますが(笑)

 ともかく次回、PrologueⅡでお会いしましょう。
 それではまた(^^ノシ

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