魔法少女リリカルなのはStrikerS ~The After Reflection/Detonation IF~   作:形右

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《本編》
第一章 新たなる舞台


伝え導く側へ Times_are_Changing.

 

 

 

 スバルとティアナの昇級試験が終わり、はやてとフェイトは観戦していたヘリでそのまま局の地上隊舎へと向かっていた。この後、二人には改めて試験の総評や結果を通知すると共に、なのはとリインを含めた彼女らで新部隊への勧誘を行う段取りになっている。

 が、

「それにしても、ホンマに面白い子たちやったな~」

 そういった仕事は仕事ときちんとするにしても、先程の試験内容は、なかなか魅せられる部分も多くあった。

「不慣れなところは多いけど、しっかり積み上げて来たものが分かる戦い方やった」

「そうだね。危ないことはちゃんと注意しなきゃいけないのは分かってるけど、鍛え甲斐のありそうな子たちだったと思う」

 まだまだ粗削りだが、輝けるものをたくさん持っている原石たちであった。

 しかし、そんな頼もしい後輩たちの台頭に、フェイトは「でも……」と、どこか感慨深そうにこう続けた。

「なのはに憧れて、か。わたしたちも、すっかり上の世代になってきたね」

「そやなあ。まだ、あんまり胸を張れるかは分からへんけど……」

 道を探して、たくさんの大人たちに支えられてきた子供だった自分たちが、今はもう支える側として、後輩たちを導く立場にある。

 言葉としても、思いとしても、あの頃とまったく同じだなんてことはないけれど───それでも、改めて考えると、なんだか不思議な気持ちになる。

 大人になれているのかどうかなんて判らないし、自信もない。

 でも、それはきっと当たり前のことなのだ。

 誰もが道半ばで、お互いに関わり合い、前に進んでいる。

 だからこそ。

「───わたしらが伝えられるものは、伝えて行かなあかんね」

 柔らかな笑みと共に、はやてはフェイトにそういった。

 その言葉に、フェイトも「うん」と頷き返し、二人は小さく微笑み合う。

 が、その直後。「ああ、でも……」と、はやては不意に何かを思い出した様子で、言葉を続ける。

「せやけどフェイトちゃんもなのはちゃんと同じで、もう伝えてるっていえば、伝えてるのかもしれへんなー」

「?」

 はやての言葉に、フェイトは一瞬疑問符を浮かべたが、直ぐに「あっ」と、その理由に思い至った。

 けれど、フェイトはあまり自信を持てない様子で、

「だったら嬉しいけど……でもわたしは、なのはみたいにハッキリと憧れて言って良いのかは、分らないかな。あの時はもう、ギンガは足を踏み入れていたわけだし」

 と、いった。

 だがそんな彼女の返答に対し、はやては「謙遜謙遜。あの時のコト、よう覚えてるってナカジマ三佐(師匠)からも、いっぱい話聞いてるよ」と、ゲンヤから仕入れた情報を伝えて、その背をポンと叩いた。

「……そっか」

 はやての言葉に、フェイトは少し恥ずかしそうな笑みを浮かべると、ヘリが移動した分、少し遠くなったスバルとティアナへと目を向けた。

 大きくなったな、と、改めて感慨に耽る。そこまで年が離れている訳ではないが、かつては助ける側だった自分たちに、あの小さな姉妹が肩を並べ始めていると───そう実感を出来るほどに、時は流れているのだ。

「……本当に、早いね」

「うん。あれから、もう四年……でも、始まりはもっと前から。ようやく形になって、改めて長かったなーって思う。せやけど、ここはもう夢の始まりで、後戻りは出来ひん」

 後悔するほど、軽い覚悟ではない。

 されど、簡単に遂げられるほど、その夢は易しくない。

「だからこそ……頑張らなあかん」

 伝えるべき後輩たちへ、真剣な眼差しを向けるはやてに、フェイトは再び、「そうだね」と小さく肯いた。

 

 ───そう、すべてはこれから。

 あの日、誓った想いを遂げる為に。幼い少女だった魔導師たちは、いまこうして夢の舞台の幕を開いた。

 

 

 

 

 

 

始まりの日 The_After_Day_a_Fireworks_of_evil.

 

 

  1

 

 空港火災から一夜が明けた朝。

 事態の鎮圧化に尽力したはやてたち三人は、いかにも疲労困憊といった様子で、陸士第一〇四部隊の休憩室のベッドに転がっていた。

 しかし、三人ともぐったりとはしているが、耳だけは部屋に備えられたテレビから流れるニュースに向けられている。

 どの局も昨日の火災に関するニュースが絶え間なく流しているが、それも無理からぬことだろう。事実、昨夜起こった空港火災が遺した爪痕は、余りにも大きかった。画面の先で、火災の概要と前置きを終えたアナウンサーからマイクを渡されたリポーターが、その惨状について語り始めていた。

『───はい、此方現場です。火災は既に鎮火しておりますが、未だに煙が立ち昇っている部分もあります。現在も時空管理局の局員らによって、現場の調査と事故原因の解明が進められています。また幸いにも、迅速に出動した航空魔導師隊、および消防部隊と救助隊の尽力もあり、民間人に死者は出ておりません───』

 その音を聞きながら、はやてはしばし天井を険しい表情で見つめ、やがて思い至ったように身体を起こすと、傍らの二人に向けて、その決意を口にした。

 

「なあ、なのはちゃん、フェイトちゃん……わたしな? やっぱり、自分の部隊を持ちたいんよ」

 

 告げられた言葉を受けて、なのはとフェイトは、はやての方へ視線を向ける。

 真剣な彼女の表情に、二人もまた真剣に、続く言葉に耳を傾け始めた。

「今回の火災、民間に死者はでんかったし、元になった品に目星はついてるけど……これで終わりってワケやあらへん。それどころか、これからもっと大きな何かが始まる可能性も残ってる。

 ……ううん。このままやったら、もっと酷い結果にもなりかねへん。なのに今は、目の前の事にすら満足に対応が出来てへんし、部隊の連携も熟練度も足りてない。中に在る個々の力が大きくても、それだけで出来る事はたかが知れてる。───せやから、一つ一つの力だけでは変えられない事をするために、わたし……っ」

「はやてちゃん」

 だんだんと苦しげな声になってくはやてを、なのはがそっと堰き止めた。

 そして、「大丈夫だよ」と、その肩に手を添えて、優しい笑みと共にこう告げた。

「ちゃんと伝わってるよ、はやてちゃんの思いは。一人じゃできない事もある……って、わたしたちも、ちゃんと分かってる。

 ───だから、わたしたちが手を取り合えないなんてこと、あるわけないもん」

「そうだよ。それに、水臭いじゃない。わたしたち、小学三年生からずっと親友なのに」

「なのはちゃん……フェイトちゃん……」

 かつて、遠い世界で魔法を介して揃った三人の少女たち。

 彼女らは、本来ならばきっと、こんな戦いの場に身を置く筈ではなかった。

 だが、世界は決して甘くも優しくも無くて、悲しい事や苦しい事、辛い事と無縁ではいられなかった。

 幼い彼女らが巡り合った、魔法から始まった幾つもの事件。

 優しすぎた愛情が憎悪に変わる事もあれば、呪いが愛に変わり、それゆえに残酷な運命を紡ぐ事もあった。

 だからこそ、そうしたものを覆そうと足掻き、様々なものを失い、しかし同時に何かを得ながら、今へ道を繋いできた。

 そして、きっとそれはこれからも変わらない。

 場所が変わり、伸ばせる手が大きくなって、守るものも増えて行っても、その本質だけは、決して───。

 故に、

「守る為になら、わたしたちがやる事は一つだよ」

「はやてがわたしたちの力が必要だっていうなら、幾らだって使って欲しいな」

 遠慮なんて要らないのだと、手を伸ばしたら、むしろ此方へ向かって駆けて来るくらいの心持ちで、なのはとフェイトはそういった。

 そんな二人の言葉に、はやては「ありがとう」と応え、少し潤んだ瞳を手で拭った。

 言葉にするまで、伝えるまで残っていた不安は、もうすっかり消え去っていた。紡いできた絆が傍にいてくれる。それが分かるだけで、もう恐いものなんて何もないのだから。

「───よっしゃっ。ほんなら……」

 気を取り直したはやては、早速二人にも部隊の構想を見てもらおうと思い、剣十字(ペンダント)の中で眠っているリインにも説明を手伝ってもらうべきか、もう少し寝かせておくべきかを迷い始めたのだが、

「でも、ちょっとズルいよね」

 そこへフェイトが、こんなことを言って来た。

「え? ズル、って……」

 何が、とはやては一瞬呆けた顔になる。心当たりがなさそうなはやてに、フェイトは更にこう続けた。

「だってはやて……ユーノにはその話、もっと前からしてたじゃない?」

「ぅぇ……ッ⁉」

 何でそれを、と、あからさまに動揺するはやてに、フェイトが新しく開いたウィンドウをはやての方へ向けた。

 すると、そこには。

 

『ハァ~イ♪ 三人とも、昨日はお疲れ様~』

 

 海鳴に住んでいる幼馴染(しんゆう)二人の内、活発な方の金髪娘が映っていた。

「え、アリサちゃんっ⁉」

 なんでこのタイミングで、とはやては思わぬサプライズに驚きを隠しきれない。しかし、幸か不幸か、回転の速い彼女の頭脳はある可能性について行き当たってしまっていた。

「───あ。まさか、アリサちゃん……ユーノくんに?」

『ごめんはやて。聞かれてつい白状(ゲロ)っちゃった』

 ペロッ、と舌を出して謝って来るアリサ。どうやら、思い当たった可能性は間違ってはいなかったらしい。

 いや、別に隠していた事でも何でもないし(まあ、いつの間に連絡取ってたのかは気にならないでもないが)、伝わってる事自体は大した問題ではない。

 そもそもアレを最初に話したのは六年も前の、構想とも呼べない展望の頃に語った夢物語みたいな時な訳で───でも、そんな夢物語だった時から、約束してくれた人もいたのもまた事実ではあって。

 で、その約束をしてくれた人は、ここに居る三人の先生だったこともあって。

 特に、一番初めの生徒だった子は、結構その人と親密だったりするワケで───そしてなんだか、横からジトっとした視線がチクチク刺さってきたりもするワケで。

「あー……えっと」

 ちらり、とはやてが、ジトっとした視線の方を向くと。

「…………はやてちゃん。ユーノくんのこと、わたしたちより前に勧誘してたんだね……」

 そこには、如何にも「ズルい」とでも言いたげな表情のなのはがいた。

 いまの三人の年齢を考えると、だいぶ子供っぽい反応だが、はやてに負けず劣らず童顔な彼女には、妙にしっくりくるからなんとも言い難い。……ついでに言うと、この間似たような反応を示して、自称弟子(認知済み)との小競り合いがあった事もここに付け加えておくとしよう。

 まあ、それはそれとして。

 渦中でなければ微笑ましいが、巻き込まれる側になるとちょっと困る。───が、とはいえ実状でいうと、

「でも……アレはむしろ、わたしとしては勧誘して袖にされた感じなんやけどなあー」

 そう。言葉にしてしまうと、そんなにズルいと言われるほどでもないような気もするのだが、と、はやては思った。というかぶっちゃけ、普段の二人の方がよっぽど目の毒な気さえするくらいだとも。

 が、どうにも今日の親友たちはイジワルなようで。

「でもユーノ、はやてとの約束のために新しい部署作ったってエリオとキャロに話してたけどなぁ」

 と、フェイトが保護者をしている二人が、ユーノに会って聞いたらしい新情報を付け加えて来た。

「え、や……そ、それは……」

 約束を果たすために、というのは、改めて言葉にされるとなんだかこそばゆい。

 特に、小さな約束に対して真摯でいてもらえるのは、先程のなのはとフェイトからもらった言葉と同じ様に、とても暖かいものがある。

 ───が、一方で。

『なんだかんだ、ユーノも結構いろんなことやってるわよねぇ。シュテルとか、あたしらのところとも繋がってたりするのに』

『罪作りだね~』

『あ、すずかも来たわね』

『遅れてごめんね。例のアトラクションの設計図で、少し直しとかなきゃいけないところがあったから、おねーちゃんと予定立ててたんだ~。アリサちゃん、あとでメール確認お願い』

『オッケ~♪』

 真摯すぎるというか、やるべきことを前面に推し出し過ぎるのも、それはそれで弊害もあるのだなと、はやては実感として知った。

 尤も、

「ぅぅ……みんなズルい……」

 もしかすると、はやて以上に実感しているかもしれない子も、ここにはいたが。

 

 と、なんのかんのとありつつも。

 久々に揃った五人は、目指すものが守るものは何であるかを確かめるように。

 すっかり子供時代に戻った気分でおしゃべりの花を咲かせ、事件明けの時間が、ゆっくりと流れだしたのだった。

 

  2

 

「やー、あの時はたいへんやったなぁー……」

 前後共に、それぞれの意味で。なお、のちに現場でユーノがはやてのアシストをしていたことや、シュテルからの自慢を聞いて、なのはがまたいっそう拗ねることになってしもしたが、それはまた別のお話。

 四年前の事を思い出して息を吐くはやてに、リインは「ふぇー、リインの寝てるときにそんなことがあったんですねー」と率直な感想を述べ、フェイトは「たはは……」と、前に揶揄い過ぎたことを謝った。

「ごめんねはやて。あの時は、ちょっと揶揄い過ぎちゃって……」

「ええてええて。若気の至りってやつやね」

 二十三歳も十分若い部類だとは思われるが、なんだかんだ就業年齢の低いミッドチルダで考えればそうでもないのかな、と、益体もない思考がフェイトの脳裏を過ぎる。

「まあ、何はともあれ今はスバルとティアナに試験結果を伝えに行くのが先決や。リイン、三人はエントランスで待っとるねんな?」

「はいですっ。スバルにとっては、本当に久しぶりの再会ですから……わたしがお二人を呼びに行く時間だけでもお話しできたらなぁ、って思いまして」

「せやね。ほんなら、もうちょっとゆっくり来たらよかったかなぁ?」

「でも、試験の結果を待ってるわけだし、あんまりゆっくりでも不安になっちゃうかも。二人は特に、最後に無茶しちゃってたから」

「最後のアレは本当にやっちゃダメな危険行為ですっ! リインの方で、改めてしっかり注意するですよー!」

 二人の無茶を思い出してぷんぷん怒るリインに、はやては苦笑しつつも「リインもすっかり試験官が板についてきたみたいやなー」と、我が家の末っ子が頼もしく成長している事を嬉しくも思った。

 と、そうこうしている間に二人はエントランスへ辿り着く。そこでさっと辺りを見渡すと、特徴的な青と橙の髪が揺れているのが見えた。

 傍らのフェイトも気づいたようで、軽く頷き合うと、はやてたちは三人の座るソファへと向かって行った。

 

  3

 

 人数が増えた事もあって、日当たりの良いテラスに席を移した。

 前もって押さえておいたオフィスの、窓側に置かれた喫茶スペース。天井もガラス張りされたこの一角は、事務仕事で根を詰めたあとの一服の他、今のはやてたちの様に、なにか重要な話し合いをする際にもよく用いられている。

 スバルとティアナに向かい合う形で、座ったはやてたち四人は、頼んだお茶が届くと、早速今回の試験結果の報告と、新部隊への勧誘について話始めた。

「お待たせしてごめんなー。ちょお、時間掛かってもーたけど、お話を始めよか。まずは、二人も気になってると思う、試験の結果からやね」

 そう前置いて、はやてがなのはに「おねがいな」と声をかけると、なのはも「うん」と頷いて、スバルとティアナを向き、試験官として本日の総評を語り始めた。

「結論の前に、まずは二人の評価から話すね? スバルもティアナも、技術的にはもうほぼ問題無し。個々人の魔法戦技や連携もしっかり取れてて、とっても良いコンビだったよ」

「ありがとうございますっ!」

 憧れの人に褒められて、スバルはやや上ずった声で礼を述べた。その傍らでも、普段は自他ともに認める天邪鬼なティアナでさえ、教導隊の誇る若きエースからの言葉には、「きょ、恐縮です……」と、やや照れた様子で応えている。

 そんな駆け出し二人の初々しい姿を微笑ましく思いながらも、なのはは「でも」と、改めて言葉を続ける。

「最後の危険行為はもちろん、その前の負傷に関する報告不良は、見過ごせるレベルを越えています」

「コンビは、お互いに足りない部分を補い合うものですけど、それが無理を押し通して良いという理由にはなりませんっ! もちろん、二人が物凄く頑張っていたのはちゃんと伝わったですが……でも、いざという時、『退く選択が出来る』というのも、パートナーと共に在る意義の一つなのですよ?」

 無論、実戦において、本当に退けない場面というのは、往々にして存在する。とりわけ、二人の出身である救助隊など、まさにその代表例と言ってもいい。

 人命が掛かっていればなおのこと。そうでなくても、新しい危険を生むものに『対処せざるを得ない』時もある。が、それは『対処できない』判断を下さざるを得ない状況もまた、同様に存在しているということでもあるのだ。

 だからこそ、そういった事態に直面する事を鑑みて、試験や模擬戦が存在している。

 実戦で退くことが必ずしも正しいとは言えないように。

 模擬戦で自分を危険に晒してまで、無茶を押し通すこともまた、正しいと断じる事は出来ない。

 ゆえに、

「リインの言った通り、自分のパートナーの安全だとか、試験の規則(ルール)も守れない魔導師が……困っている誰か(ヒト)を守るなんて、出来ないよね?」

「……はい」

「……すみませんでした」

 そう問いかけられて、スバルとティアナはしゅんと萎れた様に視線を落とす。

 確かに、その指摘はもっともだ。積み上げてきた時間や、これから目指すものへの意地は、人間ならばきっと誰しもが抱くものだろう。しかし、だからといって、『ルールの中で達するべき事』を『ルールから外れた方法で達する』という行為が正当化されるわけではない。 

 特に、スバルとティアナが目指すものは、『管理局の魔導師』なのだ。法と秩序を守る立場にある人間が、それを逸脱してしまうのでは本末転倒もいいところである。

「だから、残念ながら二人は不合格……なんだけど」

「「───え?」」

 が、一度の間違いで無に帰するほど、二人の積み上げて来た努力は、決して軽いものではなかった。

「次のBランクへの昇級試験は、通常なら半年後。でも、今回見せて貰った二人の魔力値や能力を考えると、そんなに長い間、このままCランク扱いしておくのは却って危ないかも───っていうのが、わたしたち試験官側の共通見解」

 重ねて来た努力に嘘はなかった。少なくとも、そこに疑いはない。

「ということで、二人にはこれを」

 なのははそういって、スバルとティアナに用紙と封筒を差し出した。

「え……っと」

「あの、これは……?」

 二人がそう訊ねると、なのはは小さく頷いて、差し出したものがなんであるか応えた。

「特別講習に参加する為の申請用紙と推薦状。これを持って、本局武装隊で三日間の特別講習を受ければ、四日目に、再試験を受けられるから」

「講習……」

「それって……つまり?」

 告げられた応えに呆然となった二人に、なのはは「うん」と、示した道が嘘ではないと言うようにひとつ頷き続けた。

「来週から本局の厳しい先輩たちに揉まれて、安全とルールをしっかりと学んで来よう? そうしたら今の二人には、Bランクの試験なんて、きっと楽勝だよ」

 ね? と、真っ直ぐな瞳で、なのはは二人に微笑んだ。

 二人は今度こそ言葉を失ってしまったが、それでも一拍も置かぬ間に、まだ自分たちが前に進めると理解し、沈んでいた心が一気に湧き立った。

 スバルとティアナは、『ありがとうございます!』と、声も動きも息ピッタリに頭を下げて、お礼を言う。

 そんな二人に、なのはは静かだが、凛とした声音で「頑張ってね」と伝えた。

 はいッ! と、また気持ちよく揃った返事に、試験官だったなのはとリインは満足そうに頷くと、次の話に移るべく、はやての方に目線を送った。

「ほんなら、次はわたしの方から二人にお話しさせてもらってええかな?」

 そう訊ねられて、二人はまた「はい」と即座に応えたが、試験の話はもう終わっていたこともあり、はやての話がなんであるのか判らず、やや緊張した面持ちに戻った。

「まぁまぁ。わたしのは試験とは別口やから、そう身構えんでも平気やよ」

 リラックスして聞いて欲しいと告げながら、はやては早速二人に部隊の勧誘について話し始めた。

「わたしが二人に話したいのは、今度設立するわたしの部隊に、二人も参加してもらいたいっていうお願いなんよ」

「新しい部隊、ですか?」

 ティアナがそう復唱すると、「うん」とはやては頷いて、部隊の詳細が記された投影画面(モニター)を二人に提示(さしだ)した。

「部隊名は、時空管理局本局・古代遺失物管理部───機動六課。名前の通り、特定の遺失物の捜索と、保守・管理が主な仕事や」

「遺失物……ロストロギアですね?」

「せや。ただ、広域捜査は既に一課から五課までが担当してるから、六課では対策の方を専門にやっていく事になる。けど、六課の目的はそれだけやなくて、新人魔導師の育成も、主題の一つなんよ」

 育成、と聞いて、ティアナとスバルは「?」と顔を見合わせる。

 そもそも管理局の育成機関というならば、既に戦技教導隊が存在しているのだ。何もわざわざ新部隊でやる必要はないだろう。また、本局の所属であるにも関わらず、陸戦型の二人を勧誘するというのは、いったいどういうことなのだろうか。

 そうした二人の疑問に答えるように、はやては話を続けていく。

「二人は、この画像に写っとるモノに見覚えは?」

「えっと、わたしは……」

「確か、ガジェット・ドローン……十年くらい前に突然現れて以降、ここ数年益々出現頻度を増している機械兵器……」

「そう。このガジェットは、ある古代遺失物(ロストロギア)に付随して現れてると睨まれててな? それがここ数年、ミッドやその近隣世界でたくさんの足跡を残してる。いずれ、ミッド地上に顕れてもおかしないと考えられるんよ」

「そのロストロギアというのは……?」

「レリックと呼ばれる、高純度のエネルギー結晶体。個体ごとに独立してはいるんやけど、総数は正確には把握されてへん。かなり旧い代物で、出自は古代ベルカ頃にまで遡る、第一級捜索指定ロストロギアや」

 第一級捜索指定物───その言葉に、思わずティアナは唾を呑んだ。

 ロストロギアは定義上、危険物であることが常だが、第一級ともなると、その脅威は同じ『危険物』の中でもかなり上位に来る。

「レリックはそれだけでも、扱いを誤れば多大な被害を引き起こす品や。せやけど、さっきも言った通り……このレリックに付随して現れるガジェットも、規模こそ違えど、かなりの脅威になる」

「AMF……ですか?」

 と答えたティアナに、はやては「ティアナは本当に勉強熱心やね」と微笑んだ。

「そうなんよ。いまはCW(カレドヴォルフ)の魔力駆動武装が次第に導入され始めてはいるけど、質量兵器は規制も扱いも難しいままや。何より、いくら使えるゆーても、AMFへの根本的な解決策にはならへん」

 そう。たとえ物理的な兵器を使用して、ガジェット・ドローン自体は倒せたとしても、それがイコールAMFへの完全な対抗策という事にはならない。

 単純なところでいえば、飛行魔法などが分かり易いだろうか。飛べない状態で重たい兵器を抱えて戦うことの難しさもさることながら、仮に軽く動き易いとしても、相手がそれを超える兵器を有していれば、その程度の改善はまったく意味を成さなくなってしまう。

 これが行き過ぎて、何処かの世界内で艦船同士の撃ち合いにでもなれば、呆気なく街々は焦土と化すだろう。……いや、土地が残ればいいが、事によっては星そのものが消滅する可能性もゼロではないのだ。

 旧時代には、そうして滅んだ世界が幾つも存在する。

 そして、歴史をまた繰り返す愚行に至るのは早計であるように。その時代を生き残った『技術』が、この次元(セカイ)には存在している事を忘れてはいけない。

 

 ───それが『魔法』だ。

 

 魔法は古代ベルカ時代から存在しており、質量兵器が禁止されてからは、完全に世界の主軸となっている。

 確かに魔法は便利な技術だ。純粋魔力として用いれば、例えそれが大規模な砲撃であったとしても、基本的に生物を殺さない力として使用する事が出来る。言い方は悪いが、正義が悪を倒す為に用いるには、まさしくうってつけの力だといえよう。

 しかも応用分野が幅広い上に、エネルギー源が周辺に在る魔力素だけで、その炉心に至っては人間が生まれながらに有するものだという。こんなに都合が良いものは、広大な次元世界においてもおいそれとあるものではない。

 そんな万能にも思える魔法を封じるのがAMFだが、別にAMF内だからといって、『完全に魔法が使えない』かといえば、そうではない。

 AMFはあくまで、『魔法の発生や効果を阻害する』もの。冠された名の通り、魔力の結合を阻害する力場に過ぎない。それゆえに、その発生源となる魔力素を消している訳でも、発動できなくしているわけではないのだ。

 そのため、高度な技術であり、また数は限られるが『AMFの中でも魔法が使用できる魔導師』はきちんと実在している。

 

 ───だとすれば。

 強力なAMFの発生器を保有し、魔法が使える敵がいたとしたら、いったい世界はどうなってしまうのだろうか。

 

 それこそ、その存在が、とてつもない天才。あるいは、何らかの強化が施された輩ならどうだ。

 単身で悉く攻撃を防ぎ、飛行や攻撃も自在、術者によっては転移さえ行える。……下手をすれば、破壊しても尚、蘇ることさえも在り得るのだ。

 そんな条理外を破壊し尽くすことは、現在の質量兵器(ぎじゅつ)では難しい。

 もちろん、理論上は完全に魔法を使用できない力場濃度(フィールドレベル)も存在するが、それはまだ現存する技術では行えない上に、それだけでは悪用を完全に阻害できるわけでもない。仮にあったとしても、『そうするために使う』と決めた輩ならば、自分がAMFを相手に使う時はある程度の余裕を持たせ、相手側が使うのならば別の対抗手段か、そもそもフィールドの外から潰せばいいだけのことだ。

 だからこそ、世界は『魔法』を棄てることは出来なかった。

 そもそも、AMF自体が『フィールド系魔法』の分類。それを思えば、『魔法が意味を失くした』というより、『魔法が脅威(てき)になった』だけ、とも言い換えられる。

 結局、どちらにしてもヒトは魔法から逃れる事は出来なかったということだろうか。

 メリットとデメリット、そのどちらを見ても、棄てるには惜しく、また棄てた先で出会えばどうしようもないのだと。……尤も、これは極論ではある。少なくともその地獄は、今見える世界には現れていないのだから。

 けれど、思考を放棄して良い事柄でもない。どのみち魔法を棄てられないのなら、それに対抗───いや、適応できる魔導師が必要なのは事実だ。

 そういった理由も、機動六課にはある。

「将来的に、一からAMFに対する術を身に付けるための前例を作る。せやから、新人魔導師の育成も、この部隊の目指すものの一つになってるんよ。もちろん、ただそれだけってことはないし……一つの部隊を設立するには、もっと細かい目的とか、関わってる皆の色んな想いだってある。けど、基本はこんなところやね」

 はやては大まかな説明を終えて、手元にあったカップを手に取り、お茶を口に運ぶ。そうして、少し話が長くなってしまった分、やや冷めてしまった甘い琥珀色の水面(みなも)が波打つのを眺めながら、重ねてこう続ける。

「……正直、六課は厳しい部隊になると思う。せやけど、そのぶん魔導師としても、管理局員としても濃い経験は積めるやろうし、力を付けて、上へ行く足掛かりになる筈や。───どないやろ?」

 真っ直ぐ、スバルとティアナを見つめながら、はやては短く問いかける。

 その真剣な眼差しに、二人はどう応えるべきか迷った。確かに六課での日々は、彼女らにとってきっとプラスになるだろう。

 危険度が高い事を鑑みても、元からハードな救助隊にいた二人だ。単純な厳しさに負けるほど、柔ではないという自負はある。しかし同時に、Bランクになれるかどうかのところで、あっさり受けられる話かと言えば、そうでもない。

 幾ら新人の育成を謳ったところで、まったく芽の無いものを、というわけでもないだろう。

 自分たちの実力が、求められるものに見合うものであるのかどうか。それが分からず、スバルとティアナは問いに答えを返せずにいた。

 すると、そんな迷いを孕んだ視線を交わし合う二人を見て、

「急な話やったし、色んなコトをいっぺんに決めるのはたいへんやね。ひとまず返事は再試験が終わるまで保留にして、二人がやるべきことを済ませた後……六課に来てもいい、って思えたなら、改めて連絡を」

 はい、と、はやては自分の連絡先を二人に送る。

「す、すみません」

「恐れ入りますっ」

「まあまあ。最初も言った通り、そう硬くならんで。ただ、実験的なとこもたくさんあるけど、二人が来てくれる気になってくれたなら、絶対に損はさせへん。今日は話を聞いてくれてありがとうなあ」

「い、いえ、こちらこそ!」

「ありがとうございました!」

 ぺこりと、頭を下げて来たはやてに、スバルとティアナも慌てて頭を下げる。はやてくらいの立場にあると、もう少し高圧的でも不思議ではないのだが、思いのほか低いその物腰に、二人は却って動揺してしまった。

 そうして話し合いは緩やかに、穏やかな雰囲気のままに終わりを告げて。

 最後にはやてら四人に敬礼をすると、スバルとティアナはそのまま、地上隊舎を後にしたのだった。

 

  4

 

 はやてたちと別れた後。地上隊舎から出たは良いものの、なんだか疲れが出たスバルとティアナは、揃って中庭の芝生の上に寝転がっていた。

「あぁ~、なんか色々キンチョーしたぁ……」

 ぼんやりと流れる雲を見つめながら、スバルはそんなことを呟いた。それにティアナは気怠そうな声で「まーねぇ」と返しつつ、

「でも、とりあえずは良かったわ。再試験に引っかかれたし」

「うん。不合格自体は残念だったけど、まーあれはしゃーないだろうし……」

「ま、いまは再試験に受かる事に集中しましょ。せっかくの機会なのに、逃したら元の木阿弥じゃない」

「だね」と相槌を打って、スバルは身体を起こした。

 気を緩めるにはまだ早い。しかし、だからといって、Bランク昇級試験は届かない目標ではなくなっている。

 何より、なのはに「二人なら」と言ってもらえたことが、心を奮い立たせていた。

 

〝───二人でなら、きっと出来る〟

 

 それは、試験の中でスバル自身が口にした決意でもあった。

 あの土壇場でさえ、そう信じられたのなら───今度だって、きっと出来る。スバルもティアナも、その思いに何の疑いも持っていなかった。

 しかし、なまじ先を見据えられるようになると、その次にも否応なく意識が向いてしまう。

「ちょっと気が早いかもだけど……ティアはさ。試験に合格出来たら、さっきの新部隊の話、どうする?」

「どうするって言われても……まだ決めてないわよ」

 魅力がない、と言えば嘘になる。だが、おいそれと決められる話ではないのも確かだ。

 でも、と、ティアナはスバルを向いてこういった。

「あんたは行きたいんでしょ? なのはさんはあんたの憧れなんだし……同じ部隊なんて、すごいラッキーじゃない」

「まぁ、そーなんだけどさ……」

 何時もは真っ直ぐなスバルも、今回ばかりは、一言では言い切り難いものはあるようだ。

 迷いがない訳ではないのだろう。しかし一方で、ティアナはもうスバルの心の行き先が決まっているだろうな、と半ば確信してもいた。

 そういうヤツなのだ、このおてんば娘(スバル)は。

 時々妙にワガママで、でも活発なだけかと思えば偶に引っ込み思案なところもあって───だけど、やっぱり最後はまっすぐな、弾丸みたいな少女(おんなのこ)なのである。

 それを思うと、ティアナは尚更に自分の行先に迷いが出る。

 憧れも、目指すものも、持っていない訳じゃない。けれど、やっぱりどこか素直に「こうだ」とは決められなくて。

「……あたしは、どうしようかな。

 育成が目標の一つになってるって言っても、やっぱり古代遺失物の対策をする機動課なんだから、本来は専門性の高い精鋭(エキスパート)部隊でしょ? しかも育成の方だって、AMF対策なんて特殊な能力を身に着ける場なわけだし。……そんなトコ行ってさ、今のあたしがちゃんと働けるかどうか」

 ───と、そこまで行って、ティアナは「ん?」と、傍らから感じる妙な視線に気が付いた。

 とはいえ、ここには彼女達二人しかいないわけだから、当然視線の主は相方なわけなのだけれども。

 その相方(スバル)は、「ふぅ~ん?」と、なんだか訳知り顔のまま、妙にニヤニヤした目でティアナを見下ろしている。

「……なによ。キモチワルイわね」

 生暖かい視線が腹ただしくて、ティアナはスバルをジトっと睨むが、逆にワザとらしいくらい爽やかな声音で、「そんなコトないよ、ティアもちゃんと出来るってッ!」と返してくるが、しかし。

「……って、言って欲しーんだろぉ~?」

 と、構って欲しい心情などお見通しとばかりに、得意げな顔で宣ってきた。

 だが当然、そんな風に揶揄われれば、素直でない上に気の強いティアナが黙っているわけもなく。

「なぁーにが『いってほしーんだろぉ~?』よ! 言って欲しくなんかないわよ、馬鹿言ってんじゃないわよッ‼」

「ぎゃーっ⁉ いだだだっ、ちょ、ティア! ギブ、ギブぅ~~~っっ‼」

 口よりも先行して手が出たティアナが、スバルのお尻を抓って来た。

 手痛い代償を払いつつも、スバルが「ごめん、ごめんなさいってばーっ!」と謝っていると、やっとこさティアナも手を離してくれた。

「あいったぁ……もー、せっかく励まそうと思ったのにぃ~」

「ふんっ、アレのどこが励ましだってーのよ。自業自得よ、まったく!」

「むぅ、そんなことないもん。わたしは知ってるよ? ティアは、口ではいつも不貞腐れたコト言うけど、ホントは違うんだ、って。さっきだって、内心では目の前の現役執務官(フェイトさん)対抗(ライバル)心メラメラだったんでしょ~?」

「なっ⁉ ら、ライバル心とか、そんな大それたもんじゃないけど───知ってるでしょ。執務官は、あたしの夢なんだから。勉強できる場があるなら、そうしたいって気持ちは、当然あるわよ」

「だったらさ。やろうよ、ティア!」

 やっとこさ出てきた相方の本音に、スバルは俄然やる気を漲らせ始めた。

「あたしはなのはさんに色んな事教わって、もっともっと強くなりたい! って思ってる。ティアだって、新しい部隊で遺失物捜査の経験を積んでけば、もっと上に行ける。自分の夢を、最短距離で追いかけられる!」

「…………」

 眩しいくらい、一直線な言い草だ。

 自分の進む道を、疑いなく信じられる心。それは、辿り着きたい場所を持ち、尚且つ常に壁を越え続けられる者だけが持つ強さだ。

 根拠とか、自信とかではない。ただひたすらに、揺らぐことのない信念の顕れ。

 全く迷いがないという訳ではなく、最後には必ずそうするという強い覚悟が導く、そんな力だ。

 そんな可能性に身を委ねられるスバルが、ティアナは時々、妬ましく思う時もあるが───同時に、嬉しくもある。立ちはだかる壁を呆気なく壊して、前に行こうと告げてくる輝きを見ていると、迷って立ち止まるなんて、馬鹿らしいと思えてくるから。

 尤も、

「そ・れ・に! 当面はまだまだ、二人(コンビ)でやっと一人前扱いなんだしさ。まとめて引き取ってくれるのうれし~じゃん♪」

「………………(ぶちっ)」

 この余計な一言が無ければ、だが。

「そ・れ・を・ゆーなぁッ! 滅っ茶苦茶ムカつくわよッ! 何が悲しくて、あたしはどこ行ってもあんたとセット扱いなのよッ⁉ 大体、訓練校の頃からズッコケコンビとかなんとか言われ続けて来てんのはは誰の所為よ、だ・れ・のぉ~~ッ⁉」

「んあぁ⁉ ひぃあ、ぃひゃい、いゃいふぇてあ~~~っ‼⁉⁇」

「余計なコト言うのはこの口かぁ~っ!」

 ほんのちょっと心に来た分の照れ隠しも込みで、ティアナは目の前のお調子者の頬をぐいぐい引っ張る。しかし、健啖家だからか知らないが、妙によく伸びるなと、変な感慨が涌いてきた。そういえば試験の少し前にもエネルギー補給だとか言って朝食を特盛にしていたな、などと益体もない思考に気が逸れて、程なくティアナはスバルの頬から手を離した。

「あぅ~……」

 ぐてんと伸びたスバルを尻目に、「ふんっ、まあいいわ」と、いつもの調子に戻ったティアナは、立ち上がってこういった。

「確かに上手く熟せれば、あたしの夢への短縮コース。あんたの御守りは御免だけどね……でも、ひとまずは我慢しとくわ」

 文句は多いが、なんだかんだ、ティアナもティアナで義理堅い。それが何だかおかしくて、スバルは「ホント、素直じゃないなぁ」と笑い出す。

「むっ。何笑ってんのよ」

「あはは、べっつにぃ~?」

「あ、ちょっとコラ! 待ちなさいよ、スバル!」

「えへへー、やーだよ~!」

 そうして、試験明けの疲れもすっかり抜け落ち、調子に戻った二人はそのまま───ここが地上隊舎の敷地内だというのも忘れ、中庭でいつもの追いかけっこ(じゃれあい)をおっぱじめたのだった。

 

  5

 

 何やら楽しげに芝生を駆け回る少女たちの様子を、なのはとはやては隊舎から微笑ましく眺めていた。

「ふふっ。ほんまにええコンビみたいやね、あの二人は」

「にゃはは……」

 戯れ合うスバルとティアナの姿に、はやてはそんな感想を漏らす。

 なのはも同意見ではあったが、なんだか自分も昔似たような事があったのを思い出し、ちょっと苦笑いを隠せない。

 あれは、確か小学生の頃だっただろうか。なのはも気の強い親友に弱気な事を言って、ほっぺたをぐりぐりされた事があった。尤も二人の様子を見る限り、あの時とはちょっと状況は違うみたいだけれども。

「二人が六課に入隊してくれたらええなぁ」

「……だね」

 本当に、そう思う。

 スバルもティアナも本当に真っ直ぐで、たくさんの可能性を秘めている。それを伸ばす手伝いができるのなら、教導官冥利に尽きるというものだ。

「なのはちゃん、(たの)しそうやね」

「うん。二人とも育て甲斐がありそうだし、同じ部隊でなら、時間を掛けてゆっくりと教えられるしね」

教導官(せんせい)がそういってくれるなら、きっと確実や」

 熱意満開のなのはを見て、はやてはそういって微笑んだ。スバルとティアナも乗り気でなかったわけではなかったし、この分なら、きっと大丈夫だろうと。

 それに、

「楽しみな子は、まだ()るもんね」

「そうだね、あの子たちも……あ」

 噂をすれば影。ちょうどそこへ、リインとフェイトが戻って来た。

「なのは、はやて~」

「お待たせです~♪」

 なんとも言いタイミングで戻って来たのが可笑しくて、なのはとはやてはつい笑い声を漏らしてしまう。二人の反応が分からなくて、フェイトとリインは不思議そうにこてんと首を傾げた。

「??? 二人とも、どうしたの?」

「ふふっ、ごめんなー。いまちょうど、エリオとキャロの話をしようとしてて……」

 はやてがそう説明すると、フェイトも「ああ、なるほど」と、凡その事情を理解した。

「そういえば、二人が来るのは今日でしたね~」

 ふわりとフェイトの肩からはやての肩に移りつつ、リインは思い出したとばかりに呟いた。それを受けて、はやても「うん」と頷く。

「もうこっちに着いてる頃かなぁ? シグナムが駅まで迎えに行ってくれてるから、早ければもう、そのまま三人で六課の隊舎に向かってると思うよー」

「……ホントはわたしが迎えに行きたかったんだけど、今日はまだ、本局に寄らなきゃいけない用事があって」

 それでシグナムが変わってくれたんだ、と、フェイトは非常に残念そうな顔で言う。そんな彼女の様子を見て、なのはとはやては、「本当に二人の事が可愛くて仕方ないんだなあ」と苦笑する。

「フェイトちゃんは心配屋さんやね~。二人とも、荷物置き終わったら会いに来てくれるって言ってたのに」

「だ、だって、エリオもだけど、キャロはもうかなり前から研修に行ってたから……せっかくなら、わたしが行ってあげたくて」

「家族のところに行きたい気持ちは分かるけど、そこはお仕事や。特に、これからは分隊長として二人に教えるわけやし、そろそろ子離れせななぁ~」

「もうっ、はやてまで……」

 言葉が尻すぼみになっていくフェイトに、まだまだ子煩悩は続きそうだな、とはやてたちは思った。

 しかし、

「まぁ、なにはともあれ……これからは同じ部隊や。大変なこともたくさんあると思うけど、二人ともよろしゅうな」

「うんっ! もちろんだよ、はやてちゃん」

「こちらこそよろしくね、部隊長さん」

 局員らしく敬礼し合いながら、はやてたちは笑みを交わし合った。

「ほんならわたしは、もう少し地上隊舎(ここ)に居るけど……二人は一回、中央に戻るんやったよね?」

 はやてがそう訊ねると、フェイトは「わたし今日、車で来てたから、本局に戻るついでに、なのはを中央に送って行くつもり」と応えた。

 それに「そっか」と頷いて、

「じゃあ、今日はここで一旦お別れや。次は六課の隊舎で会おうな。なのはちゃん、フェイトちゃん」

 と、二人に告げた。

「うん。またね、はやて」

「はやてちゃんも気を付けてね~」

 なのはとフェイトも、そんなはやての言葉に笑みを浮かべ、隊舎へと歩いていくはやてとリインに手を振った。

「はーい。おおきにな~」

「お疲れ様です~♪」

 そうして、手を振り返す二人を見送ると、残った用事を済ますべく、なのはとフェイトもまた、地上隊舎を後にした。

 

  6

 

 隊舎を出たなのはとフェイトは、駐車場に向かった。

 停めてあった黒の乗用車に乗ると、二人はさっそく中央へと向けて動き出した。

「ごめんね、フェイトちゃん。送ってもらっちゃって」

「ううん。ちょうどわたしも本局に用があったから、中央には一回戻らなきゃいけなかったし、ちょうどよかったよ」

「ありがとう。でもやっぱり、もう少し時間がずれてたら、エリオとキャロの事、迎えにいきたかったんじゃない?」

「う……。まぁ、二人の到着がもうちょっと遅かったら、ね。

 ただ、そうなると一度隊舎に寄らなきゃだから……どうしても時間が足りなかったかもしれないけど」

 改めて言葉にすると、なんだか余計に胸に来るものがある。

 タイミングが悪かっただけではあるし、どうせすぐに会えると言えばそれまでだが、心配なものはやっぱり心配なのである。

「いっそのこと、六課の隊舎にも転移門(ポート)が置けたらよかったのにね」

 確かに、そうであったらと思わなくもない。

 とはいえ、フェイトも曲がりなりにも局員として十年以上勤めている身だ。だから一時の感情で、いま自分が暮らしている世界の法を変えられるわけがない事も、それを守らなくてはいけないと理解してはいる。

「六課の登録自体は陸士部隊だし……広域担当じゃないのと、隊舎も中央に在るから、なかなかね」

 基本的に、ミッドをはじめとする管理世界では、長距離転移は渡航許可が必要であり、非常時以外においそれと使えるものではない。魔法が一般化している分、魔導師でなくても、装置を使えば世界の行き来自体は容易だ。だが、勝手な渡航が横行すれば、無秩序に人が世界間を行き来し、法を犯した者がいくつもの世界を渡り歩いてしまう事態が起こる。

 何も不思議なことではない。例え魔法が無い世界であろうとも、ある程度発達した世界ならば、国同士の行き来にも制限を掛けるのは当然の成り行きだ。その場所が駄目でも次に行けばいい、という思想がまかり通れば、世界はたちまち混沌に陥ってしまう。

 無論、それだけで完全なシステムにはなり得ないし、単に秩序を優先した倫理だけが、この仕組みを支えているわけではない。

 魔法技術は万人に平等だが、魔法を使える人間は限られており、また使える者同士でも、その力量には差が生じる。

 個人で世界を越えられる者もいれば、越えられない者もいる。

 そして、越えられる人間であっても、その力が無限であるわけではない。だからこそ、魔法技術による公共の交通機関や、その根本となる航行艦(ふね)列車(リニア)などの技術開発が進められており、それによる利権を獲得する政府や企業が社会と経済を回している。

 世界は決して一枚岩ではない。

 しかし同時に、秩序が無ければその箱庭を維持する事が出来ない。

 清濁を併せ持った枠組みの中で、ヒトは生きている。もちろん、漠然と枠の中に甘んじる事が好ましい訳ではないが、濫りに壊す事もあってはならないのもまた事実。

「……難しいよね」

 元々魔法の無い世界に生まれ育ったなのはからすれば、九歳の時初めて出会った魔法は、とても不思議なもの程度の認識しかなかった。だが、自分の世界に無いものだからといって、決して万能でないということは、これまでの経験から、痛いくらいに知っている。

 結局のところ、人間が生きる場所が抱える問題というのは、どれほど進んでも本質は変わらないのかもしれない。

「だけど、ほんのちょっとでも……良いものに変えて行けるなら」

 今より先の時代を生きる子供たちに残せるものが、伝えられるものが、少しでもあるのならと。

 挑まずにいられないのもまた、人間という生き物なのかもしれない。

「そうだね……。でも、きっと大丈夫だよ。二人とも、しっかりして来てるみたいだし」

「うん。六課でも、普段はなのはの教導がメインだとは思うけど……同じ分隊だし、二人のことを近くで支えられるところに居られるのは、やっぱりわたしとしては、安心だから」

 改めて言葉にすると、段々と心も落ち着いて来た。

 そうして決意も新たに、フェイトが導く側としての心を固めた頃。ミッドの都市部中央にある駅構内に、子供たちの乗った列車(リニア)が、それぞれの研修地から到着していた。

 

 

 

 

 

 

雷と竜、再び The_Children.

 

 

  1

 

 ミッドチルダ都市部中央に位置する大型駅(ターミナル)にて。

 長い間列車に揺られ、固まった身体を軽く伸ばしながら、到着した乗降場(ホーム)にエリオは一人降り立っていた。

 研修帰りという事もあり、大きな鞄を抱えていたが、幼い体躯に似合わない快活さでエリオはトコトコと改札口へと向かう。改札を出た近くの簡易的待合場が、今日迎えに来てくれるシグナムとの待ち合わせ場所になっているのだ。

 そこへ向かう途中、赤い髪が目を引くのか、歩廊を行き交う大人たちの視線をチラチラと受ける。比較的就業年齢の低いミッドチルダでも、幼い身空で一人旅というのは珍しいからだろう。

 なんだかちょっとこそばゆい様な気もしたが、今日は記念すべき配属日である。

 気を引き締めていかなくては、とエリオは気合を入れ直して、胸を張って待ち合わせ場所への歩調を速めた。

 程なくして、待ち合わせ場所に到着した。しかし、そこにシグナムの姿はなく、特に誰が座っているでもない待合所(そこ)は、どこかガランとしていた。

 エリオはそんな光景を見て、「ちょっと早かったかな?」と時計に目を落とす。しかし、文字盤は十四時と表示されており、待ち合わせの時間ピッタリだという事を示していた。

 早すぎた、という事ではないらしい。

 けれど、辺りをきょろきょろと見渡しても、シグナムも、今日同じくらいに着くというキャロの姿も見えない。

(何かあったのかな?)

 六課はまだ発足したばかりの部隊であるし、もしかすると、急な用事が入ってしまったのだろうか。キャロの方も、次元船の遅れが出ているとか───。

「ストラーダ。新規で、待機の指示とかって来てる?」

Nein(いえ), Keine neuen Nachrichten.(新着のメッセージはありません)

 気になって愛機(デバイス)であるストラーダにそう訊ねてみたが、答えは否であった。

 どうやら、緊急事態という訳ではないらしい。ならもう少し待っていよう、とエリオが思い直したところへ、出入り口に繋がるエスカレーターから、シグナムが上ってくるのが見えた。

「あ、シグナムさーん!」

 見知った顔に向けて大手を振ると、向こうもエリオに気づいたようで、「ん? ああ……」と呟いて彼の方へと歩いて来た。

「遅くなって済まない。久しぶりだな、エリオ」

「はい、お久しぶりです。シグナムさん」

 にこやかに挨拶をしたエリオに、シグナムもまた微笑みを浮かべた。

「前に会った時に比べると、少し大きくなったな」

「ありがとうございます。でも、身長はまだそんなには……」

「なに。そう焦るものでもないさ。この年頃だと男の方が背は伸びるのは後だろうが、テスタロッサも今のお前と同じか、少し過ぎたくらいから背が伸び出したものだしな。エリオも直ぐに大きくなる」

 どこかの後輩(ヘリパイロット)もそうだったからな。そう心裡で独り言ちて、シグナムは今ではすっかり自分よりも大柄になった可愛いヒヨッコを思い起こし、また小さく笑った。

 そうして場の空気はすっかり解れたが、何時までもこうしているという訳にも行くまい。

 ここいらで一度、気を引き締めなおさなくてはならないだろう、と思い直し、シグナムは副隊長としてエリオにこう問うた。

「さて。今日から正式に配属となるわけだが、準備は出来ているか?」

 これまでのような関係がなくなるわけではないが、今日からは、また別の部分も共に加わるのだ。部隊の部下と上司という、言うなら厳粛な組織としての在り方が。

 それを示され、エリオは「あ……はいっ!」と敬礼と共に、きちんと管理局員として上官であるシグナムに改めて挨拶をした。

「えっと……私服で失礼します。本日よりお世話になる、エリオ・モンディアル三等陸士です!」

「うむ。遺失物管理部、機動六課のシグナム二等空尉だ。長旅ご苦労だったな」

 エリオの様子にまずますだと頷くと、シグナムは研修明けのエリオをそう労った。

「研修はどうだった?」

「大変でしたけど、とても勉強になりました。魔導師として、とりわけ武装局員としてもまだ未熟ですが……。六課でもたくさんの事を学んで、一人前の局員になって行きたいです」

「良い心構えだ。だが、訓練で手は抜かんぞ? たとえ顔馴染み(おまえたち)でもな」

「はい、もちろんですっ!」

 良い返事だ、とエリオの若い反応を頼もしく思う一方で、「そういえば」と、シグナムはもう彼と一緒にここへ来るはずの少女がいつまでも出てこない事に思い至った。

 改めて見ると、特に荷物が置かれている訳も出ないので、手洗いにという訳でもなさそうだ。

 そのうち現れるかとも思っていたが、流石に気になったのか、シグナムは「先ほどから姿が見えないが……キャロはどうした?」とエリオに訊ねた。

「テスタロッサの話では、二人で今日ここに来るとのことだったが」

「それがまだ……。あの、もしかしたら迷っているかもしれない……じゃない。迷っているかもしれませんので、探しに行ってもよろしいですか?」

 今のはちょっと怪しかったが、まあ良いだろう。二人は殆ど兄妹みたいな関係でもあるわけだし、今日は色々と経験を積み重ねて久方ぶりの再会するのだ。その辺りに局の規律を挟む程、シグナムは厳粛(ヤボ)ではない。

「ああ。頼めるか?」

「はいっ!」

 シグナムの許可を受けて、エリオはキャロを探す為に足早に中央口(エントランス)の方へと小走りで駆けて行く。そんなエリオの背に、「あまり走りすぎるなよ」と釘を刺しておいてから、シグナムはエリオの荷物を抱えると、シグナムはエリオがキャロを見つけられ次第、直ぐ六課へと向かえるように(あし)の手配を済ませにタクシー乗り場へと向かって行った。

 

  2

 

「キャロー? キャロ~?」

 シグナムと離れたエリオは、キャロの名前を呼びながら、自分が降りたのとは逆の改札から出るエントランスを探し回っていた。待ち合わせ場所は改札のすぐ近くだったことから、もし迷っているなら逆の方へ行ってしまったのではないかと睨んだのである。

 が、当てが外れたのか、なかなかキャロの姿を見つける事が出来ずにいた。

「おっかしいなぁ……。もしかして、まだ改札出てないとか?」

 とりあえずメッセージでも送ってみるか、とエリオはストラーダに頼んでキャロがどこに居るのかと訊いてみた。

 程なくキャロからメッセージは返って来たが、その内容は人が多くて良く分からないという旨で、エリオにはなんだか人波に流されて天手古舞になっているキャロの姿が目に浮かぶようであった。

 いっそストラーダにでもキャロの位置反応を探ってもらえばと思ったが、公共の場で探索魔法(エリアサーチ)はマナー違反になる。

 なら映像通信(テレビでんわ)でもして背景から場所を探そうかな、と思ったところで、エリオの耳に微かにだが、聞き覚えのある声が聞こえて来た。

「……くーん、エリオくーん?」

 不意に耳に捉えた声は、やや上の方から聞こえてきた。それを受けるや否や、エリオはバッと周りを見渡して、声に一番近くかつ上に通じるエスカレーターを探す。

 おおよその当たりを付けて、「キャロ~! どこー?」と、再び声に出して名前を呼びながらその方向へ向かうと、向こうにも声が届いたのか「はーいっ! ここ、ここだよ~! エリオくーん」という返事が返って来た。

 そうして、二人が上階と中央口を繋ぐエスカレーターに到着したのは、ほぼ同時だった。

「あ、いた! キャロ~!」

 と、エリオが手を振った先には、下りのエスカレーターから、大きな籠を両手に抱えてトテトテと降りてくる小柄な人影があった。

「エリオくーん、遅れてごめんなさーいっ」

 微かに息を切らせる声を受けて、エリオは間違いないと確信する。見覚えのある民族風な模様で縁取られたあのローブを纏い、此方へと向かってくるのは、間違いなくエリオの探し人に他ならないと。

 しかし、漸く会えた、とお互いに微かに気が緩んだのだろうか。

「っ、ひゃ……!」

「⁉」

 慌ててエスカレーターを降りようとしていたキャロが、思わず足を踏み外してしまった。

 しかも腕に抱えていた籠や、背負っていた荷物の重みに身体を持っていかれてしまい、踏み留まる事はおろか、受け身も取れない体勢だ。

 キャロの口から悲鳴が漏れ、エスカレーターからその身体が微かに浮かんだ瞬間。危ない、と本能が叫ぶままに、エリオはある魔法を発動させていた。

《Sonic Move.》

 待機状態のストラーダから響く電子音声(こえ)が、雷の如くその場を飛び出したエリオの影を追うように響き渡ると同時。

 瞬く間もなく、バババッ! と、黄色の雷閃となったエリオが、落ちかけていたキャロの身体を受け止め、上の踊り場までエスカレーターを一気に駆け上っていった。

 ───が、しかし。

「あ、しま……!」

「ふぁあ……っ⁉」

 急なことだったせいか、着地にだけは手間取ってしまったらしい。

 男の意地でキャロを下敷きにするのだけは避けたが、代わりにキャロが倒れ込んできた衝撃はそのまま受け止めるしかなかった。

 いくらキャロが小柄と言っても、受け止める側のエリオもまた子供。結果、重なった重みにエリオは微かに呻き声を漏らす事になった。

「ぅぐ、ってて……」

「ご、ごめん、エリオくん! 大丈夫……?」

「う、うん……なんとか」

 誤って来るキャロに大丈夫だよと応えて、身体を起こした。

「キャロの方こそ、大丈夫? 怪我とかない?」

「うん。わたしは大丈夫だよ。エリオくんが助けてくれたから」

 そういって、キャロはふんわりとした笑みを浮かべた。先程までかぶっていたフードはいつの間にか上がっていて、見慣れた桃色の髪と、愛らしい顔立ちが露わになっている。

「でも、やっぱりびっくりしたぁ~……」

「それは僕もだよ……。キャロ、エスカレーターは走っちゃダメなんだよ?」

「ごめんなさい。エリオくんのこと見つけたから、なんだかホッとしちゃって」

 そう言われると悪い気はしない。久しぶりに会った事もあってか、なんだか余計にそう思った。

「けど、エリオくん……ホントに怪我とかしてない? わたし、思いっきりエリオくんの上に乗ちゃったから……」

 顔をまっすぐ覗き込むように問いかけるキャロに、エリオは今更のように少し頬を赤くして、「だ、大丈夫だよっ? ホントに、全然」とちょっと早口で応える。

 が、キャロの方は彼の焦りの理由などつゆ知らず、「そう? ならいいんだけど……」と言った。尚、こてんと首をかしげる仕草が、なんだか余計にエリオを赤くさせたのは全くの余談である。

「ま、まぁそれはさておき、早めに会て良かった。ここ、結構広いから……」

「うん。見つけてくれてありがとう、エリオくん。それから……久しぶり~」

「そ、そうだね……。久しぶり」

 ぎゅう~! と抱き着かれて、エリオは今度こそ完全に真っ赤になったまま固まってしまう。

 とりわけキャロの方が対して意識してない所為か、なんだか自分が邪な風に捉えてしまっている様で、振りほどくべきか振りほどかざるべきかの葛藤に苛まれ、結局はされるがままになっていた。

 そうして、慎ましやかな何かとの密着が一分ばかり続き、漸く周りから微笑まし気な視線を向けられている事に気づいたエリオの意識は、迷う間も無く戦略的撤退を選び取った。

「きゃ、キャロ。ここだとほら、迷惑になるから……」

「あ、そうだね」

 そういうと、やっとキャロとの距離が空いて、エリオはホッと息を吐く。……ただ、若干残念な気もしなくもなかったが、幼い身には恥ずかしさが勝ったのだろう。エリオはそさくさと先程キャロを助けた際に散らばった鞄と籠を回収して、

「あれ、そういえばフリードは?」

 ふと、キャロの愛竜の姿がない事に気が付いた。

 言われて、キャロも「あれ?」不思議がっていたのだが、キャロが籠を抱えると、そこへふわりと白い小さな子竜が舞い降りた。

「きゅくる~♪」

「あ、フリード。よかったぁ、ごめんね? 今度はフリードの事、ちゃんと抱えてるから」

「僕もごめん。もう少しうまく着地出来てたらよかったんだけど……」

 そういって二人に頭を撫でると、フリードは気にしてないよというように嬉しそうな鳴き声で応えた。

「それじゃあフリードも無事だったし、とりあえず六課の隊舎まで行こうか。シグナムさ……じゃなかった、シグナム副隊長が、入口のところで待ってるから」

 と、エリオが促すと、キャロも「うん」素直に頷いて、彼に続いて歩き出した。

 しかし、二、三歩進んだところで、何かを思い出したように「あ、エリオくん」とエリオを呼び止める。

「なに?」

 エリオは、もしかして忘れ物でもあったのかなとキャロの方を振り向いたが、キャロはそうじゃなくてと言って、籠を抱えていた手の一方を差し出しながら、「また迷っちゃわないように、手繋いでもいい?」と言って来た。

 思わぬ奇襲(?)に、エリオは数秒フリーズしたが、どうにか意識を立て直して、

「……う、うん」

 と、自分もキャロに手を差し出した。するとキャロは嬉しそうに差し出された手を握り返して、二人は手を繋いだ。

 それからエリオはだいぶ早くなった鼓動に苛まれつつも、キャロを連れて、待ってもらっているシグナムの元を目指して歩き出した───。

「ぁ……」

「……っ」

 しかし、少し進んだところで、近くを歩いていた誰かとぶつかってしまった。

 少しの浮かれと、人波がやや多くなっていた事からの不注意であった為、エリオは直ぐに「す、すみませんっ。大丈夫ですか?」と、ぶつかった相手に謝罪する。けれど、ぶつかった相手はそれに何かをいう訳でもなく、沈黙だけが返って来る。

 怒り故の沈黙とも、立ち去るまえの嫌味などでもない。ただ、本当に静かな、時間にぽっかりと空白が出来たような沈黙であった。

「あの……?」

 答えが帰って来ないので、思わず顔を上げた。そこでエリオは、自分がぶつかった相手が、自分たちと同じくらいの背格好である事に気づく。

 キャロのものとは正反対の、黒いローブともケープともつかない衣装を纏っており、顔は見えない。ただフードの奥からは紫色の長い髪が覗いており、相手が女の子なのではないか、という憶測が浮かんだ。

「……別に」

 そんなことに思考が寄っていると、やっとこさ相手から答えが返って来た。

 どことなく無機質ではあったが、声色からすると、やはり女の子らしい。しかし短く小さな返答は人混みの喧騒に呆気なく融け、少女もまた、発した一声だけを残してその中へと姿を消した。

「……怒らせちゃったかな?」

 なんだか奇妙な時間だったが、少々無礼に思われてしまっただろうかと、エリオはもう少しきちんと謝るべきだったかもしれないと反省。しかしそんなエリオに、キャロは「どうかなぁ。もしかしたら、無口なだけだったのかも」と、あまりあの子から怒っている感じは見受けられなかったと告げる。

 同じ女の子からの言葉だから、という訳でもないが、過ぎた事をあまり思い悩んでいても仕方がない。そう思い直したエリオは「……かもね」と、キャロの意見に相槌を打って、また入り口を目指して歩きだした。

 そして、ミッドへ向かう二人に背を向けた少女は、逸れた自分を待つ者たちの元へと歩を進めて行く。

「??? ルー、どうかした?」

 彼女よりもほんの少し背の高い、同じ黒いフードを被った少女が、心配したようにそう問いかける。

 それに少女は「なんでも……」と前置いて、

「ちょっと、人にぶつかっただけ」

 と、返した。しかし、するとまた、別の方向から声が掛かる。

「大丈夫かよルールー。怪我とかしてないか? もしそうなら、あたしがそのぶつかったヤツらぶっとばして───」

 彼女や、先程の少女とは異なる、かなり感情的な少女の声だった。

 気が短いともいうのだろうが、大人しい少女たちからすると、その元気さは、むしろ好ましい。

 表裏の無い、ハッキリとした言葉が、彼女の向けてくれる心配は、紛れもなく本当のモノだと教えてくれるから。

「平気。でも、ありがとう。アギト」

 小さく微笑んで、少女はアギトという名の、見た目に反して長い時を生きた可愛い剣精に礼を告げた。

「良いってことよ。ルールーはあたしの大事な友達だからな~」

「うん」

 そういって、話がひと段落すると、微笑み合う少女たちを寡黙に見守っていた大柄な男が、当初の目的に戻るべく、彼女たちを先へと促した。

「では、そろそろ戻るとしよう。……まあ、奴らの依頼を果たす為というのは、いささか業腹だが」

 するべきこと───いや、せざるを得ないこと、というべきか。

 望み、進んで向かう道ではないと。そんな男の意を示す様に、その声には、どこか苦々しい響きが籠っていた。

 しかし、胸中を占める思いとは裏腹に、淀みなく動く身体は、いっそ甲斐甲斐しいほどに足を行先へと向けていた。

 従う事に慣れ過ぎてしまった。染みついたものは、そう簡単には消せないものか、と、男は自嘲するように溜息を吐いた。

「また少し……長くなりそうだな」

 尤も、帰る場所を持たない自分たちには、そもそも旅という言葉は当てはまらないのかもしれないが───それでも、いつか、たどり着ける場所があると信じて。

「いまは、そうしないとだから」

「……ああ。そうだな」

「そうだぜ旦那。いまは前に進まなきゃ。そんでさ。今度こそ見つかったらいいな、ナンバーⅨ」

「うん。でも、きっと見つかる。アギトもゼストも、おねーちゃんもいるから……」

「おうともさ! どーんと任しとけって」

「アギトの言う通り。頼りにしてね、ルー」

 頭を撫ぜる姉の手に、くすぐったそうにはにかむと、二人の言葉に、少女は改めてこくんと頷いた。

 その光景に目を細め、見守る男も微かに口角を上げる。いずれ過ぎ去る時間だとしても、そこにある確かなものに、眩しいものを感じながら。

「───では、そろそろおしゃべりは終わりだ。向かうとしよう」

 そして、再度男に促され、四人は中央駅(ターミナル)から姿を消した。

 

 

 

 

 

 

動き出した世界 Restarting.

 

 

  1

 

 ミッド中央区画湾岸地区に置かれた、機動六課・本部隊舎内。

 エリオとキャロを六課の隊舎まで送り終えたシグナムの元へに、シャマルたちから通信が入った。

 仕事に関わる話だったので、子供たちには席を外してもらい、シグナムは先ほどまでの穏やかさを消し、凛とした視線でその内容に耳を傾ける。

 シャマルの説明をまとめると、なんでもまたミッドの廃棄都市区画に、例の『ガジェット・ドローン』が姿を現し、それらと交戦した、とのことだった。

「標的は、問題なく片付けたのか?」

『もちろん。ヴィータちゃんとザフィーラと三人で、全機殲滅。戦闘も結界内だけだったから、当然周辺被害も無し』

『ま、今回はあたしらの将が出張る幕じゃなかったってコトだな』

 そう言って胸を張るヴィータに、シグナムは「そうか」と微笑む。どうやら、戦い自体は本当に滞りなく終わったようだ。

 出番がなかったのは、武人としては少々残念な気がしないでもないが、大事になっていないに越したことはない。

 だが、

「なら良いのだが……こうして連絡を取って来たのは、何か気になる事があったからではないか?」

『……ええ、そうなの。今回のガジェットは、いつもとは少し違うところがあったから、それをシグナムにも伝えておかなきゃって』

 表情を曇らせながら、シャマルは敵が新たな脅威を持ち始めていることを告げる。

『今回のガジェットは、AMFの濃度もそうなんだけど……思ったより向こうの「成長(がくしゅう)」が早くて、動きがかなり複雑になって来てるわ。それに今回の個体には、微弱だけど再生機構を持つ者が確認されてる』

「……再生だと? ガジェットが、単体でか?」

 訝しむシグナムに、シャマルは首肯し、言葉を続けた。

『まだ調査段階だけど、技術部の分析結果次第では、単純な無人の自律兵器、という認識を改めなきゃならなくなるかもしれない。魔法技術由来のものなら、機械生命の可能性……それ以外の要因によるものなら、別の技術体系の可能性を疑う必要も』

「自己再生機能……源流を探る上でもだが、戦いの上でも、より厄介な存在になってきそうだな」

 警戒感を露わにするシグナムに、ヴィータは今回の実感を踏まえてこう告げた。

『今はまだ、ある程度の数まではあたしら三人で殲滅出来る。けど、さっきの「成長(がくしゅう)」の話の通り、動きが変わって来てるのは確かだな。……まぁ、アレが単純な自己学習なのか、それとも()()()()()()()()()()ってことなのかは、ハッキリしてねーけどさ』

 特に、今回からまた新しい可能性を見せられたので尚更に。

 これまでの線が全くの無駄になるとは言わないが、万全を期するのならば、『万が一の線』も洗い出さねばならない。単純な敵対・抗戦ではなく、防衛・捜査を担う局員の哀しいところだなと、古より生きる鉄槌の騎士は溜息交じりに呟いた。

「まあ、そうぼやくなヴィータ。今日は任せきりになってしまったが、次からはわたしを始め、新人たちも加わってくる。お前たちの手を煩わせてばかり、ということにはなるまいよ」

『……んなこといってもなぁ。護りながら育てなきゃならねー戦いってのは、あたしら対人(タイマン)特化のベルカ騎士の専門外な気ぃするんだけどよ』

「何を今さら。お前も教官の端くれだろうに」

『そうだな。なんだかんだ、お前も殊勝に務めて来たではないか』

『そうよー、ヴィータちゃん。あんまり新人さんたちに意地悪しちゃダメだからね?』

 シグナムはおろか、ザフィーラやシャマルにまで援護射撃をされて、ヴィータは照れと恥ずかしさが半々の様子で『るっせーんですよっ!』と怒鳴り返す。

『だいたい、シャマルとザフィーラはともかく、シグナムは六課じゃあたしと同じ様な立ち位置だろーが⁉』

「そうは言ってもな。私は、おまえやなのはの様に教導をメインにしてきたわけではない身だ。こちらの出番は、お前たちが基礎を固めた後だろうな」

『くっそ……覚えてろよシグナム。ぜってー後半のシフト増やしてやる』

「ああ。前半はその分、戦いの方で貢献させてもらうとしよう」

 飄々と返されて、ヴィータはますます不機嫌そうに口を尖らせる。そんな彼女をザフィーラとシャマルが宥めつつ、

「では、残りの話は隊舎の方で、もっと詳しく聞くとしよう。此方ももう少し、エリオとキャロ(ふたり)に付いていてやらねばならないからな」

 と、シグナムはここまでの話をまとめた。

『了解。それじゃあ、直ぐに戻るわね』

『ふん、それまでは大人しく子守りを頑張ってろよな』

「分かっている。なんなら、返って来たお前も含めて、三人まとめて面倒を見てもいいがな」

『なっ、い、いらねーってのッ! そんなのッ‼』

『あまりそう揶揄ってやるなシグナム。ともかく、我らもすぐ戻る。報告の間、二人の案内は任せておけ』

 最後にそう付け加えたザフィーラに「ああ」と頷いて、シグナムは通信を切ると、待たせてしまっている子供たちの元へと戻って行くのだった。

 

  2

 

 時空管理局本局・無限書庫。

 その未整理区画で。ここの司書長であるユーノは、普段の作業を熟しながら、ある連絡を受けていた。

『───ってコトでさ。ザッフィーがさっき連絡(はな)してくれた感じだと、結構ヤバくなってきてるみたいだよ。例の機械兵器』

 通信窓の向こうで告げてくるのは、狼の耳と尻尾を持った、橙色の髪をした十歳くらいに見える少女。フェイトの使い魔、アルフだった。

 彼女は普段地球のハラオウン家で、多忙なクロノの分もエイミィを手伝うために、二人の子供であるカレルとリエラの面倒を見ている。だが、以前は臨時で司書の手伝いをしてくれていた縁もあり、時折こうして、いろいろな方面からの情報をユーノに伝えてくれるのだ。

「そっか……ごめんねアルフ、忙しいのに連絡してもらっちゃって」

『良いって良いって。最近はシュテルたちが協力してくれてる分、あたしが手伝いに行く機会も少なくなってきてるしね。このくらいはどうってことないよ。それにさ、前にも言ったじゃん? 帰る場所を護るのが、今のあたしの戦いだってさ』

「そうだったね……ありがとう」

『うん。そんじゃまた、近いうちに書庫(そっち)にも顔出すよ』

「分かった。ハラオウン家のみんなによろしく」

『おー。ユーノも無理すんなよ~?』

 と、釘を刺された事に苦笑しつつ、通信を終えたユーノの元へ、一つの影が近づいてきた。

 ここ数年、すっかり司書姿が板に付いた暗めの茶髪をポニーテールにした女性、シュテルである。

「アルフですか?」

「うん。ちょっとした近況報告を貰ってた」

 シュテルに応えつつ、ユーノは先ほど貰った情報を彼女にも見せる。

 空中に投射(うつ)された画面を見ながら、シュテルはふむと頷き、「思いの外、向こうの動きが早いようですね」と呟いた。

「ハヤテたちの部隊が動き出したとはいえ……このまましてやられるというのは、あまり愉快とは言えませんね」

 色素の薄い蒼の瞳に焔を揺らめかせ、シュテルは『ガジェット』の画像を射貫かんばかりに鋭く見つめていた。しかし、そんな彼女の昂りをユーノは窘めた。心配しなくても、必要になれば直ぐに出番は回って来るだろうから、と。

 が、彼の言葉に、シュテルは不満そうに口を尖らせる。

「……せっかく動ける土台を作ったというのに、師匠は随分と落ち着いていらっしゃいますね」

「動けるっていうのは、何も攻めることだけじゃないからね。僕自身は漠然と力を押し通せるくらい強くはないし、貸して貰っている君やみんなの力は、決して濫りに浪費するほど安い物じゃないから」

 今はまだ、ね? と、微笑みかけるユーノに、シュテルは二の句を告げなくなった。

 信頼されている嬉しさと、己が師の言動がほんの少し腹ただしくて。

「……師匠はなんというか、卑怯ですね」

 ジトっとした目で睨まれて、ユーノはたははと苦笑した。

「ごめん。柄じゃなかったよね」

「……いえ。別に、そういう事ではありませんが……」

 はあ、と溜息を一つ。自覚はある癖に、変なところで真っ直ぐというか何というか。

「それは一先ず置いておくとします」

 シュテルはそういって一度話を区切り、彼の元を訪れた本題へと移行する。

「遅れましたが、例のオークションの運営から、師匠に鑑定へ立ち会って欲しいとの要請がありました。いかがいたしましょう?」

「鑑定か……そうだね。乗り掛かった舟だし、引き受けるよ。少し確かめたい事もあるしね」

 応えると、シュテルも「分かりました」と首肯した。

「では、そのように返事をしておきます。しかし、教会からの依頼とはいえ、オークションですか……」

「次元世界は範囲が広いが広い分、その歴史を調べるには手が足りないし……僕らスクライアみたいに考古学的な方を専攻する物好きもいるけど、やっぱり基本は仕事として発掘するのが多いから」

 実際、管理局が捜索指定とするロストロギアは、あくまで『危険な品』関してのみだ。それ以外の学術的な研究、或いは骨董品として用いられるものに関しては、余程の曰く付きでもない限り、一般の手に渡るのは容認されている。

 そもそもどれだけ魔法の発達しすぎた世界の遺物であろうとも、ヒトの営みから零れ落ちた品が全て危険なだけかと言えば、当然そんな事は在り得ない。ゆえに、本質的には宝石を探す試みと何ら変わらないのだ。

 この次元の内で、歴史の痕跡を探すというのは。

「まぁ何もオークションだけじゃなく、他にも引き取り口はあるんだけどね。より直接的な取引をしたいって人は、こっちの方に集まるって感じかな」

 シュテルは、そういうものかと改めて納得した。思い返せば、エルトリアでも似たような事例はある。とはいえ、エルトリアはあくまで星の内にのみではあり、どちらかといえば遺物というより資源ではあるのだが。

「……とはいっても、やっぱりオークションというからには、出物もそれなりに大きいっていう事だからね。気を引き締めておくに越したことはないし」

「だから、というわけですか。局側や教会側が出るのも、何も警備の仕事というだけではなく、そういったものを警戒しているという理由ゆえのものであると」

「そうだね……」

 少し寂しそうな表情で、ユーノは相づちを打つ。

 しかし、その通りなのだ。なにも利益が絡むのは、発掘者と購入者の間だけではない。それを管理する側にも、それぞれの思惑があるのである。

「……重ね重ねごめん、この間の一件からずっと付き合わせちゃって」

 あまり気持ちのいい仕事ではないだろうなと、ユーノはシュテルに申し訳なさそうに告げる。だが、シュテルも覚悟はしてきている身だ。

 故に彼女は、「いいえ。わたしが好きでやっている事ですから」と応えた。

 それを受けて、ユーノは「ありがとう」と口にしかけたところで、シュテルが被せるようにこういって来た。

「───と、普段なら言いたいところなのですが、もし師匠がお気になさっているというのなら、今回は一つ、対価を頂いてもよろしいでしょうか」

「え、対価……?」

 思わぬ申し出に、ユーノは微かに面食らう。

 自給アップくらいなら一向に構わないが、流石に『いまから模擬戦に付き合え』と言われたらちょっと困る。

 (なま)らないよう気を付けてはいるものの、シュテルの様な戦闘に特化した(しかも砲撃型)相手に戦うのは勘弁してもらいたい───と、益体もない事を考えながら、ユーノは一体何を要求されるのかと、シュテルの言う対価がなんであるのか、その返答(こたえ)を待つ。

 すると、戦々恐々としたユーノに「そんな大したものではありません」と前置いて、シュテルはユーノにこう告げて来た。

「オークションに出向くのですから、ドレスコードは整えておきたいと思いまして。せっかくなら、師匠に選んでいただきたいのです」

「でもドレス選びって言っても……僕、あんまりセンスは」

「センス云々より、わたしは同伴者(そばづき)として、師匠が良いと思ったものを選んでほしいのです」

「うーん……」

 シュテルなら何でも似合うと思うけど、というのは、流石に失礼だろうか。

 選んでほしいという要求に対して、この答えは考える事そのものを放棄したに等しい解答だとユーノは思考する。

 しかし、選んでも良いものなのだろうか。

 子供の頃ほど狼狽えはしないが、気恥ずかしさがない訳ではない。

 けれど、シュテルは仕事に付き合ってくれている以上、対価というのなら、支払うのが正道である。まして選ぶものはドレスだ。エスコートする側であるのなら、女性に対し臆するのではなく、きちんと応えてこそ男だろう。

「───分かった。僕で良ければ」

 ユーノは長い様で短い逡巡を終えると、シュテルに向けそう言った。

 彼の答えを受け、シュテルは「ありがとうございます」と、いつものように平静な声音で応じたが、見えないところでぐっ! と、力強く拳を握り込んでいた。

「では師匠、早速予定を決めましょう」

「う、うん」

 ユーノはそれから、ぐいぐいとシュテルに背を押されて、その日の分の整理を済ませると、彼女に連れられてドレス選びに暫く付き合わされることになるのだった。───なお、後日その様子を記録した諸々が、『お買い物デート』の七文字と共に弟子から生徒に向けて送信され、星の光が激突するひと悶着があったらしいが、それはまた、別のお話。

 

 

 

 ───そうして、新暦八〇年の春。

 一つの部隊と一つの部署。そして、ある一つの組織が、遂にミッドチルダという舞台へ集い動き出した。

 

 

 




 本編からお読みいただいた方は初めまして。プロローグ、および設定集の方をお読みいただいた方は、改めてお久しぶりでございます。
 どうにかこうにか、半年以上ぶりに更新に行き付けました駄作者です。

 長らくお待たせしてしまい申し訳ございません……。
 ちょっと色々忙しかったのもあり、長らく筆が進んでおりませんでしたが、なんとか第一話を書き上げる事が出来ました。

 とはいっても、プロローグⅤまでに比べるとやや文字数は少なめですし、今回は戦闘なども無かったので、少し物足りない部分があったらすみません。
 ですが、これで土台は完全にできましたから、次回以降はどんどんStSの世界に飛び込んでいきたいと思います。
 原典から五年ズレて、キャラクター同士のかかわりが増えたりした分、起こる物語の変化を楽しんで頂けるように頑張って行きます。

 では、早速いつもの言い訳タイムをば。

 まずは最初のはやてちゃんとフェイトちゃんの話のところからですかね。
 原典の二話頭らか持ってきたシーンですが、ギンガお姉ちゃんが救出されるシーンはもう先にやっていたので、ちょっと構成を変え、六課創設の理由が少し変わっている事を設営する感じに話を展開してみました。
 女子会っぽいノリの展開に持って行ったのも、本来よりも時間が進んだ分みんなの絆が深まっている雰囲気を出したかったのも(原典は当たり前ですが、まだ前作の直後に作られた事もあって描写不足から少しよそよそしさがあるのでその解消に)。
 ちなみにアリサちゃんとすずかちゃんを登場させたのはその関連もありますが、もっと突き詰めるとStSの五人娘が電話してるピンナップからのオマージュです。尤も公式のアレは見た感じ六課の制服だったので、恐らく時系列的にはサウンドステージのフォワードメンバーが海鳴に行ったところかなとは思いますが。
 ただ漫画版の方での説明を見る限り、ユーノくんも含め、忙しくなければ二人もはやてちゃんのところに遊びに行く予定だったみたいなので、「そっちはどう?」みたいな連絡をフェイトちゃんと取ってたアリサちゃんがすずかちゃんにも連絡を飛ばして二人も会話に加わる、という流れに。……で、そこからユーノくんが他にも窓口開いてる裏設定もついでに出してみた、と、そんな感じです(笑)
 プロローグⅠの時点から、支える為の動きをユーノくんは特に隠してないので、実は結構広まってます。主にはエリオとキャロや、地球からビジネスに来てるアリサとすずか辺りから。
 なお、アリサとすずかのビジネスは主に遊興施設関係を想定してます。前作の《オールストン・シー》での出来事から、被害を受けた分エルトリアのヴァリアントとかの土木工業技術の話を聞いたり、管理世界の遊興施設の事情なんかを聴いてアイディアを売り込みに行ってるみたいな感じですかね。
 根本となってるのが、現地協力者への見返りとか、地球との技術取引みたいなものと考えて頂ければ。そこに管理世界の風習や文化へのアドバイザーとして無限書庫も協力してるので、ユーノくんとの窓口も開けてるという事で(←また生徒が拗ねる浮気(?)案件)。

 次に、前の部分にも少し出しましたが、六課創設の理由が少し変わってる部分についても書いておきます。
 原典だと六課が設立された表向きの理由には、地上部隊の初動が遅い事に対する不満も含まれてましたが、本作ではそこらへんは少しマイルドめにして、育成の方により力を注ぐ、というのを押し出してあります。
 真の目的のためにというが本懐であるにせよ、結局それも最悪を防いで未来を守るのが主目的なわけですから、三人娘たちが大人になった分だけ『次へ繋ぐ大人』としての役割を強調してみました。

 そして、そこらへんに関連して。
 子供たちがより子供らしく、ということで、エリオとキャロの再会シーンの改変にもつながってきます。
 本作では普段から二人がかなり会ってる設定になってるので、初々しい『運命の瞬間!』って感じは薄れてますが、だからこそ逆に無自覚にぐいぐい来る幼馴染か兄妹か、或いはもっと別の関係でほのぼのとした感じを強めてみた感じです。
 とはいえ、もう一つの出会いをここでぶっこんでしまったので、パパ(予定)の方に負けず劣らずエリオきゅんもフラグ立てちゃってますけども。書いた張本人が何を言ってんだとツッコまれそうですが、つい指が動いてしまったんです。本当ですっ、信じてください!
 ……まぁプロローグの段階からそうですが、キャラ多くした分先に関係作れるところは造ってから書くやり方に慣れ過ぎてしまった感はなくもないですが(おい)

 で、そしていよいよラスト。
 ヴィータちゃんたちの戦闘シーンを入れなかったのは、単純に前章部分で隊舎に向かったみんなの動きを描写したかったのと、最後の書庫のシーンに繋げる為というのが主ですかね。
 本当は次回へ続く! なところではあるんですが、このあと暫く書庫の面々を出せるか分からないので、先のストーリーの伏線がてらこうしてみました。
 あと、ストーリーの性質上今後は結構シリアスになると思うので、少しコミカルに描けるうちにコミカルなところ書いておきたかったのも少し。……いや、決してユノシュテが急に降りて来ただけではないです。ホントに。
 元々二年近く前からユーノくんがこの後(六課発足の日)になのはちゃんに電話するのは決まってるので(前作の終章のアレ)、たぶんユーなの的な補完は既に済んでいるハズ……たぶんきっと!

 と、そんな感じで相も変わらずぐだぐだですが、どうにかこうにか本編始まりましたので今後も楽しんで頂けるように頑張って行きたいと思います。
 それではまた、次回にお会いできることを祈りつつ、今回は此処でいったん筆をおこうかと思います。ここまでお読みいただき、本当にありがとうございました……‼
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