魔法少女リリカルなのはStrikerS ~The After Reflection/Detonation IF~   作:形右

13 / 16
第四章 ファースト・アラート

初めての〝戦い〟 You_Should_Have_a Strong_Heart.

 

 

  1

 

 『機動六課』発足より、ひと月が経とうかというある日。

 部隊の初出動を告げる警報(アラート)が、けたたましく六課の隊舎に響き渡った。

 予想以上に早い初出動に、多少の戸惑いはあったものの、それでも部隊は、事態の収束へ向け、備えてきた力を発揮するべく、それぞれの内に秘めた想いと共に動き出した。……しかし、その心は、決して昂揚するばかりではなく。

 微かな不安が、戦いへの恐れを残してしまってもいた───。

 

 

〝───強すぎる力は、やがて争いを生む〟

 

 

 現場であるエイリムへ向かうヘリの中。キャロはふと、かつて告げられた言葉を、思い起こしていた。

(……竜召喚は危険な力。誰か(ヒト)を傷つける、コワイチカラ……)

 それこそ、一つ間違えば、小さな世界など呆気なく滅ぼすような。明言されたわけではなくとも、暗にそう示されている気がして、キャロはそっと自分の掌を見た。

 力を宿した我が身は、まだそこまでの間違いは冒していない。

 けれど、力が争いを生み、血を流すものであるのなら、生まれ持ってしまった自分の手は、既に鮮血に塗れているも同じなのではないか。

 嫌な想像が、小さな手を(そめ)る赤を幻視させる。視界が狭まり、頬を冷たい汗が伝い、恐れが鼓動を早めていく───。

 

「……キャロ?」

 

 が、掛けられた声に、ハッと我に返る。

「大丈夫?」

「う、うん……ありがと。でも、大丈夫だよ? エリオくん。その、ちょっと緊張しちゃって……」

「なら、良いんだけど……」

 なおも心配そうな顔で自分を見ているエリオに、キャロはぎこちなくも笑みを返す。

 全くの空元気というわけでもなく、案じてくれた彼の優しさに、少しずつ心が落ち着いてきた。

 不安は残っていたが、それでも今の時分はあの頃とは違う。

 だからきっと、大丈夫だと。拭い切れぬ不安を残しながらも、そう自分に言い聞かせるキャロに合わせるように。

 ヘリは程なく、山岳地帯を走るリニアの上空に着こうとしていた。

 

  2

 

「問題の貨物車両、速度七〇を維持。依然進行中です。レリックの積まれた重要貨物室の突破は、まだされていないようですが……」

「───時間の問題か」

 ルキノの状況報告に、グリフィスは苦々しい表情を浮かべる。

 その心境に呼応するように、警戒警報が新たな敵影の出現を告げてきた。

「シャーリー!」

「分かってるよ、グリフィスくん。アルト、ルキノ。広域スキャン、サーチャー空へ!」

 新米オペレーターの二人へ指示を飛ばし、シャーリーはより戦況を詳細に把握できるようにデータを宙に投射された画面に映し出した。

「やっぱりガジェット反応……空から⁉ けど、こんな高度って」

「新型、ですね……航空型、現地観測体を補足!」

 恐れていた事態に、六課の指令室には微かな緊張が奔る。

 予期していなかったわけではない。しかし、部隊として初の実戦ともなれば、気を張ってしまうのも無理からぬ事だろう。

 が、隊員たちも全く場数を踏まないまま、ここにいるわけではない。

「補足された敵影は?」

「今のところ二〇……いや、三〇はいるかな。リニアの中にも結構な数がいるし、片方にだけ構ってられる状況じゃないね」

「となると、空域(そと)車両内(なか)を同時に対処するしかないか───なのは隊長、フェイト隊長。よろしいですか?」

 グリフィスがそう呼びかけると、通信を繋いだ先の隊長二人から『了解』という声が返ってきた。

『まず、わたしが先行して空を抑えるから、グリフィスくんとシャーリーは、リインと一緒に新人たちの管制支援(サポート)をお願い』

「了解です、なのはさん!」

『こっちも後十分で停車場に到着する。なのは隊長と合流して空の加勢に回るから、飛行許可を』

「分かりました。フェイト隊長の市街地個人飛行、承認します!」

 グリフィスの合図を受け、シャーリーが有事の飛行承認を取り付ける。

 転移を使えるシャマルや、管理局の転送ポートの傍でないのが痛手だが、高機動型のフェイトの飛行速度ならば、現場に着くまでそうは掛からないだろう。

 が、それまで悠長に待っているわけにもいくまい。なのはは早速、管制から受けた状況報告を元に動き出していた。

 ヘリを操縦するヴァイスに声を掛け、出撃の為にハッチを開くよう頼む。

『ウッス! 了解です、なのはさん』

 威勢の良い返事と共に、ヴァイスの愛機であり、ヘリの管制をサポートするストームレイダーの電子音声が、昇降口の開放を告げる。

 よし、となのはが出撃に向け気を引き締め直し、新人たちに励ましを伝えるべく振り返ろうとすると───ふと、顔をうつ向かせたキャロの顔が目に入った。

「キャロ……?」

 名前を呼ばれて、キャロの肩が微かに跳ねた。呆然としていた事に、自分自身が一番驚いているようなその反応に、声を掛けたなのはは複雑な表情を覗かせた。

 無理もない。久方ぶりの実戦ともなれば、冷静沈着とはいかないだろう。一度心に根付いてしまった不安というのは、なかなか抜けるものではないのだから。

 それがどんなものであれ、乗り越える事も、受け容れる事も簡単ではない。

 けれど、

「───大丈夫だよ」

 それでもなのはは、こう伝えたいと思った。

 小さい頃から、フェイトやエリオを始め、自分たちが見守る中で。キャロ自身が積み重ね、育んできたものは、裡にある不安に勝ると、そう信じていたから。

「現場に出ても、フォワードのみんなと一緒だし、通信でわたしたちとも繋がってる。フェイト隊長も、もうすぐ来るよ。一人じゃないから、困ったときには、お互いに助け合える。それにキャロの魔法は、誰かを傷つけるものじゃなく、傍にいる誰かを守ってあげられる力だもん。だから自信を持って───勇気を持って、立ち向かってみよう?」

 告げられたなのはの言葉を受けて、キャロの瞳に、徐々に力強さが戻っていく。

 重ねてきたこれまでは、ちゃんとその胸の中に宿っている。それさえ覚えていれば、不安になんて、圧し潰されなどする筈がない。

「じゃあ、ちょっと出てくるけど……みんな頑張って、ズバッとやっつけちゃおう!」

「「「「はいッ‼」」」」

 新人たちの頼もしい返事に微笑みながら、なのはは早速とばかりに、ヘリの昇降口から外へ向かうべく飛び降りた。

 幼いころから慣れ親しんだ、風の海原を翔けていく感触。心地よくも激しい波間を漂いながら、なのはは愛機に呼びかける。

「行くよ。レイジングハート」

《Yes, my master.》

「セーット……アーップ!」

《All right, barrier jacket set-up.》

 幾度となく、共に翔け抜けた空の数だけ慣れ親しんだ主の呼びかけに、レイジングハートは真紅の機体を明滅させ、自らの『魔導の杖』としての機能を解き放った。

 膨れ上がった桜色の魔力光が、眩いばかりの輝きが溢れ出し、光の奔流となった膨大な魔力がなのはを覆う。

 すると、その光は六課の制服を弾き飛ばし、新たな衣服を生成すると、なのはを魔導師としての戦闘装束で包み込んだ。

 白と青を基調とした装いは、どこか空と鳥の翼を思わせる。

 まさしく蒼穹を体現するような姿へと変わったなのはは、凛とした表情で、杖となったレイジングハートを構えた。

 

「スターズⅠ、高町なのは───行きます!」

 

 静かな、けれど力強い言葉と共に。先陣を切った空のエースは、魔力の羽根を舞い踊らせ、目指すべき場所へと羽ばたいて行った。

 そうして飛び出していったなのはに続くべく、ヘリに残ったリインは新人たちへ向き直り、改めて任務の内容について語り始める。

「改めて、今回の任務内容を確認しておきましょう。

 ミッションは二つ。車両内に侵入した『ガジェット』を逃走させずに全機破壊する事。そして、『レリック』を安全に確保する事。ですから、スターズとライトニング、二人ずつのコンビでガジェットを破壊しながら、車両前後から中央に向かうです。

 レリックの位置はここ、七両目の重要貨物室。先に到達した方が、レリックを確保するですよ」

 空間ウィンドウに表示された車両の図面を示しながら、新人たちに概要を告げていき、最後にリインはこう付け加えた。

「そろそろ、先行した隊長さんたちも合流する頃ですね。わたしも現場に降りて、管制を担当します。こっちも負けずに、頑張っていくですよ!」

 と、リインが拳を突き上げると、新人たちは、再び『はいッ‼』と力強く頷き、出撃体制に入った。

 

  3

 

『ロングアーチより、部隊各員に通達! ライトニングⅠ、たったいま現場に到着。スターズⅠと合流しました!』

「ライトニングⅠよりロングアーチへ。───待たせてゴメン、これよりスターズⅠとの共同戦線に入ります!」

 先行したなのはと合流したフェイトは、そう言って愛機を構え直し、戦闘態勢に入った。

「お待たせ、なのは」

「ううん、ナイスタイミングだよ」

 短く言葉を交わしながら、合流した二人に反応を見せるガジェットたちを警戒しつつ、なのはとフェイトは敵の出方を伺う。

 ここ一帯の宙域を縦横無尽に飛び回るガジェットの群れ。流石に一点の隙間もなく、とまではいかないが、それでもなかなかの数である。

 だが、

(おんな)現場(そら)は久しぶりだね」

「そうだね。改めてよろしく、なのは」

「うん、フェイトちゃん……!」

 幾多の困難を共に乗り越えてきた、馴染み深い友が傍らに、同じ場所にいるのだ。ならば、何者が相手だろうと、臆する理由など微塵もない。

 横目に視線を交わし、微笑み合うや、なのはとフェイトは攻撃を仕掛けてきたガジェットたちへ向けて、一気に距離を詰める。

「レイジングハート!」

《Accel Shooter.》

「バルディッシュ……!」

《Crescent Saber.》

 構えた愛杖を振るい、放たれた二人の光弾(シューター)斬撃(セイバー)が、見事な正確さで標的を捕らえ、ガジェットたちを次々と撃墜していった。

 当然、ガジェットたちもたまらず反撃してくるが、ほとんど反射的な自動攻撃では、歴戦のエースであるなのはとフェイトは墜とせない。

 ───しかし、

《Master!》

A new enemy has appeared.(新たな敵影を確認)

「「……!」」

 愛機たちの声が、ガジェットの増群を知らせる。

 確かに、一機一機の強さはそれほどでもない。けれど、一度に倒しきれるほど甘い数でもない。

 油断は大敵。決して侮ることなく、なのはとフェイトはこの場での自身の役割を果たすべく、気を引き締める。

 ガジェットたちの攻撃を防ぎ、躱しながら、鮮やかな桜色と金色の輝きで空を染め上げるように、なのはとフェイトは交戦を続けて行った。

 

  4

 

 なのはとフェイトが戦闘を開始したのと同刻。新人たちを乗せたヴァイスのヘリが、件のリニア上空に到着した。

「さーて、せっかく隊長さんたちが空を抑えてくれてるんだ。気兼ねなく、思いっきり暴れて来いよな。新人ども!」

 ヴァイスがそう発破をかけると、新人たちは『はいっ!』と威勢の良い返事をした。

 四人の声にニカっとした笑みを浮かべながら、先行するスターズの二人が降下口に立ったのを確認すると、先ほど同様にハッチ開放のスイッチを入れる。

「まずはお前らからだ。気張って来いよ!」

「はいっ! ───スターズⅢ、スバル・ナカジマ!」

「スターズⅣ、ティアナ・ランスター!」

 行きます‼ と、スバルとティアナは思い切りよくヘリから降下して行った。

 激しい風が頬を撫ぜ、リニアの屋根が迫っていく最中。二人は新たな愛機に向け、静かに語りかける。

 これから共に戦う『相棒』として、想いを託し合えるようにと。

「行くよ、マッハキャリバー!」

《All right, buddy.》

「お願いね……クロスミラージュ!」

《Yes, sir.》

 担い手たちの言葉に、デバイスたちもまた、頼もしい返答を返す。

 それを受け、スバルとティアナは笑みを浮かべると、手にした愛機を翳し、込められた力を開放する。

 

「「セーット……アーップ!」」

 

 眼下にまばゆく輝くスバルとティアナの魔力光を見止めながら、「威勢がいいねぇ」とヴァイスは笑い、続くライトニングの二人にも頑張って来い、と声を掛ける。

「がんばれよ、チビども。気ぃつけてな!」

 ヴァイスの声に『はいっ!』と応じつつ、エリオはふと、傍らに立つキャロの身体が、微かに強張っているのを感じた。

 単に、効果を躊躇っているというわけでもないのだろうが、何事もきっかけなしに、そうすんなりとはいくまい。

 なら、と、エリオはキャロにそっと手を差し出した。

 小さい頃から、どこかに行くときは、いつもこうだった。

 はぐれないように、とフェイトから提案されたのが、確か始まりだった気がする。

 一人より二人。まだ小さくて弱い自分たちでも、二人一緒なら、きっとどんなことにだって立ち向かえる───そんな勇気が湧いてくる、ささやかなきっかけ。

 これが何よりも、二人に根差した最初の、小さな魔法だったから。

「行こう、キャロ」

「……うんっ。エリオくん!」

 頷き合い、眼下のリニアをまっすぐに見据え。

「ライトニングⅢ、エリオ・モンディアル!」

「ライトニングⅣ、キャロ・ル・ルシエとフリードリヒ!」

 行きます! と、先んじたスバルとティアナを追うように、ライトニングの二人も大空へと飛び出した。

「ストラーダ!」

「ケリュケイオン……!」

 名を呼ばれた二人の愛機が、主の呼びかけに応えるように明滅する。

 その瞬きを受け、エリオとキャロもまた、戦場に立つに相応しい姿となる起句を口にした。

 

「「───セットアップ‼」」

 

 大空に揃った四つの光の中で、新人たちは新たな力を身に纏う。

 果てなき空を駆ける(つばさ)

 あらゆる標的(もの)を撃ち抜く双銃。

 立ちはだかる壁を打ち破る雷槍(やり)

 共に在る者を癒す(つい)の手套。

 この時のために生み出された機体たちは、まるで始めから自身の一部だったように四人の身体に馴染む。

 更に、それだけではなく───。

 

「……あれ?」

 

 ふと、リニアの上に降り立ったスバルは、新しい戦闘装束(バリアジャケット)を見て、思わずぽつりと声が漏れた。

「このジャケットって……」

 インナー自体に大きな変更はないが、上着部分が前のものとは少し変わっている。

 白を基調とした前開きの丈の短いジャケット。長くなった袖口は青のラインには装飾として、赤い宝石があしらわれている。

 ───見覚えのある型のこれは、まるで。

 傍らのティアナや、ライトニングの二人もスバルと同じような疑問を抱いたようだ。

 そんな四人の疑問に、追ってリニアの上に降りて来たリインがこう告げる。

「みんなの新しいバリアジャケットは、各分隊の隊長さんたちのものを参考にしてるですよ。ちょっと癖はありますが、高性能です♪」

「なのはさんたちの……」

 呟きながら、スバルは自然と口角が上がるのを感じた。

 憧れの人に近づこうとして進んできた彼女にとって、きっとこれは非常に感慨深い事だったのだろう───と、ティアナは、柔らいだ表情で相方を見つめていた。

 少し離れた位置にいつエリオとキャロも、スバルと似たような感慨を抱いているのが伺える。

 新人たちのそうした高揚を微笑ましそうに眺めつつも、リインとティアナは二両目の天井が内側からせり上がってくるのを見逃さなかった。

「……どうも向こうは、感動する時間(ヒマ)もくれないみたいね!」

 臨戦態勢に入ったティアナに次いで、リインも「さあ。みんな、任務開始ですよ!」と、四人の気持ちを引き締め直すよう声を掛けた。心の昂ぶりを落ち着けながら、新人たちは『ハイッ‼』と声を揃え、リインの言葉に応える。

 それとほぼ同時。ガジェットが二機、車両内部から飛び出してきた。

 しかし、既に構えを取っていた射撃型の前に姿を現したところで、単に的になりに来たようなものだ。

《Drive ignition.》

 炉心に火をくべるかの如く、デバイスたちは担い手の魔力を受け起動する。

《Variable Barret.》

 即座に生成された魔力弾を続けざまに放ち、ティアナは車外(おもて)に出ようとしたⅠ型(ガジェット)を撃ち落とす。それに続くようにスバルが飛び出し、穴を開けられた二両目の天井から、ガジェットの巣喰う車内に飛び込んでいく。

 

「───うぉぉおおおおおおおおッ‼‼‼」

 

 ドガアァァっ! という豪快な音と共に、スバルは着地地点に居た一機に拳を見舞う。

 バチバチと火花を散らす残骸と化したそれを、そのまま部屋の隅に漂っていた一機に投げ飛ばす。不意打ち気味に叩き付けられた残骸と激突し、ガジェットは呆気ないほどあっさり爆散した。

 が、そこで終わりとはいかない。

 まだこの車両内、目視できるだけでも三機が残っている。

「ッ……!」

 交錯するビームで檻を作るかのようにして、ガジェットたちはスバルを墜とそうとしてきた。しかし、こういった室内での戦闘は、陸戦の高機動型であるスバルにとっては、むしろ絶好の舞台である。

《Absorb Grip.》

 上下左右。周囲の壁面を存分に利用して、スバルは縦横無尽に標的との距離を詰めていく。

 壁を反射して跳ね回るスバルの機動は読みづらいのか、ガジェットたちの迎撃はあえなく空を切り、逆にスバルはその隙を見逃さず、一気に畳みかける。

「リボルバー……シュ───トぉッ!」

 右腕に装着したナックルの回転歯(ギア)が唸りを上げ、魔力を纏った衝撃波が渦を巻く。その高まりを解き放つと、ガジェットたちは衝撃波の壁に押し潰され、残った三体はまとめて粉砕された。

 どころか、

「おわぁっ⁉ わ、わわわわ……っ‼」

 勢いあまって、スバルは再び車外へと飛び出してしまった。

 普段よりもよく動けていた自覚はあったが、実際は思った以上に勢いがついてしまっていたらしい。

 思わぬ事態に戸惑うスバルだったが、

《Wing Road.》

「!」

 彼女がリニアから完全に放り出されてしまうよりも先に、マッハキャリバーが状況に合わせた、最も有効な対処を行ってくれていた。

 馴染み深い『路』に乗って、リニアと並走───どころか、追い越しかねない速度(いきおい)で、スバルはリニアに舞い戻る。

 思考が追い付かないほどの刹那に起こった一連の動作に、スバルは呆気にとられたような表情で、両脚に装着された愛機を見つめた。

「マッハキャリバーって、もしかして……かなりスゴイ?」

 たどたどしく、そんな感想が漏れだした。

 六課のデバイスマスターであるシャーリーの腕前は解かっていたつもりだった。けれど、単純な性能数値(スペック)とは違う驚きが、この一瞬の内に、確かな実感となってスバルに伝わって来た。

「加速の性能とか、制動制御(グリップコントロール)とか……それに、〝ウィングロード〟まで……」

Because I was made to make(あなたをより強く、より速く走らせるために) you run stronger and faster(私は造りだされましたから).》

 ひどく単純明確な、けれど強い意志。

 それは単なる機械としてだけではない、『心』を持つインテリジェントデバイスゆえの、『誇り』のようなものが感じられた。

 つい数刻前。マッハキャリバーを託された際に、リインとシャーリーから告げられたことを思い出す。

〝ただの武器や道具と思わないで、大切に。だけど、性能の限界まで思いっきり全開で使ってあげてほしいです〟

〝この子たちも、きっとそれを望んでると思うから───〟

 あの言葉の意味が、いま改めてきちんと理解できた気がした。

 融合騎として、整備士として。『デバイス』が抱き、そして込められた想いというものが、なんであるのか。

(……ああ、そっか)

 恐らくそれは、スバル自身にも通じるところがあるものだ。

 であればこそ、

「うん。でも、マッハキャリバーにはAIとはいえ、〝心〟があるんでしょ? なら、ちょっと言い換えよう。───お前はね? わたしと一緒に走るために、生まれてきたんだよ」

I feel it the same way.(同じ意味に感じます)

「違うんだよぉ~、色々と!」

 まだ少し堅い愛機の返答にそう言うと、マッハキャリバーは少しの間をおいて、《I'll think about it.(考えておきます)》と応じた。

 その言葉に「うんっ!」と嬉しそうに笑みを浮かべながら、スバルはぐっと脚に力を籠めて言う。

「それじゃあ、どんどん行こうか……相棒!」

《All right buddy.》

 そうして、スバルとマッハキャリバーは再び車内へと駆け戻って行った。

 

  5

 

 スバルが車両に舞い戻った頃。

 ティアナは管制役のリインから受けた指示の下、リニアの暴走を止めるべく、供給ケーブルの破壊を試みていた。

 しかし、

「───ダメです。ケーブルの破壊、効果なし……!」

 供給源を断たれても、既にガジェットに浸食されてしまったリニアは、緊急時の停止装置(オートブレーキ)を作動させることなく、未だ走行を続けている。

 こうなってしまえば、通常の停止制御は望めない。

 リニアの制御を取り戻すには、原因であるガジェットを倒し、手動でリニアを止める操作を行う必要がある。

《分かりました。ではティアナは、スバルと合流し、ガジェットの破壊と『レリック』の確保を最優先にお願いします。リニアの停止は、わたしが担当するです!》

「了解!」

《One-hand mode.》

 リインからの念話を受け、ティアナはクロスミラージュを片手持ちに切り替えると、足早に次の目標へ向け動き出す。

「クロスミラージュ。今のみんなの位置は?」

StarsⅢ Now reach the third car(スターズⅢ、現在三両目に到達).

 if you go at this pace(このペースでいけば), we will join by fourth car 60 seconds later(六〇秒後に四両目にて合流します).

  LightningⅢ and LightningⅣ(ライトニングⅢとライトニングⅣは) are moving at the tenth car from the eleventh car now(現在十一両目から十両目へ向け移動中).》

「そう。なら───、ッ⁉」

 報告を受ける最中、潜伏していたガジェット二体がティアナの前に姿を現した。

 だが、試験や訓練の中で、こうしたケースは何度も体験している。移動しながらでも冷静に視野は広く、動じることなく目の前の状況に対処する力こそ、射撃型に求められる最も大きな資質だろう。

 何より、

《Bullet set.》

 標的の出現から間髪入れず、構えをとったティアナに合わせるように、クロスミラージュが弾体を生成。滞る事なく射撃の体勢に入ったティアナは、目の前の二体へ向けて、そのまま続けざまに魔力弾を放った。

「シュ───トッ‼」

 橙の輝きを放つ光弾は、瞬く間にガジェットたちを撃ち落とした。

 以前の訓練でも、対AMFの戦法として、この多重弾殻射撃(ヴァリアブルシュート)を用いたことがあったが、あの時は生成にかなりの時間と集中を要した。それをこの一瞬の間に行えるとは。

「流石は最新型、ってとこね。戦況の把握もそうだけど、演算補助に弾体生成までサポートしてくれるんだ」

Yes.(はい) Was it unnecessary(不要でしたか)?》

「そうね……。まだ駆け出しなあたしからすると、未熟な内からアンタみたいな優秀な子に頼りすぎるのは、あんまりよくないんだけど───」

 得物の性能に胡坐を掻いているようでは、担い手としては失格だろう。

 技術というのは、(わざ)(すべ)が揃ってこそ、初めて真価を発揮するものであるがゆえに。

 が、

「───でも、だからこそ実戦では助かるよ」

《Thank you.》

「うん。あたしも、アンタに相応しい魔導師(つかいて)になれるよう、頑張ってくわ」

 そんな気高い主の言葉を受け、改めて自らの決意(しめい)を刻み込むかのように、クロスミラージュは、淡く機体を明滅させた。

 

  6

 

『スターズF、四両目で合流。ライトニングF、十両目で戦闘中。空に上がっている隊長たちの状況はどうですか?』

「スターズⅠ、ライトニングⅠ共に制空権獲得!」

『ガジェットⅡ型、散開開始。追撃サポートに入ります!』

 リインからの通信を受けたアルトとルキノが現状の報告と同時に、なのはたちの側の管制支援を行う。

 部隊としては初の実戦ではあるが、各々がかつて身を置いた戦いの中で積んだ経験は、しっかりと六課という戦場(ぶたい)にへと引き継がれていた。

 更に、

「みんな、遅れてゴメンなあ───お待たせ!」

「八神部隊長……!」

「おかえりなさいっ!」

 聖王教会から、シャッハの助けを借りて戻ってきたはやての姿に、ロングアーチの士気は一気に上がる。

「現状は今聞いた限りやと、順調に進んどるみたいやね」

「はい。分隊長たちは流石の手際で」

「新人たちも良い調子ですよ。スターズはもうすぐ五両目に、ライトニングもそろそろ九両目を抜ける頃かと」

 と、グリフィスとシャーリーが言いかけたところで、ルキノから危機感に満ちた声が上がる。

「ライトニングF、八両目突入……エンカウント、新型です!」

 

 

 

 

 

 

行間 一

 

 

 

「ほう、これはこれは……」

 

 山岳地帯を走るリニアの内部で起こる戦いの様子を眺めながら、白衣を纏った紫の髪をした男が暗がりの中で興味深そうな呟きを漏らす。

 その呟きを耳にして、傍らにやってきたもう一人の同じく白衣を纏った黒髪の男は、彼にこう訊ねた。

「仕掛け人としては、どのような心境かな?」

「上々さ。首尾よく進んでいるよ、ウーノもクアットロもよくやってくれている」

「では、予想通り、といったところかね?」

 その言葉に、男は「何を分かり切っていることを」とでも言いたげに、愉しげな嗤みを浮かべた。

「なかなかどうして、ねぇ……」

 分かり切っている事柄ではある。そもそも、『そう在れ』と礎を築いたのは、ほかならぬ自分自身なのだから。

 しかし、目の前に在るモノたちは。

 

「───目にしてみると、ずいぶんと違うものだよ」

 

 画面に映し出されている赤い髪の少年と、金色の髪をした女性。この二人は、今回の対象とした六名の中でも、彼にとって所縁深い存在である。

 彼が創造した筈の禁忌(ことわり)を基に、この世に生を受けた魔導技術の産物(コドモ)たち。

 けれど、その在り方は、かつて彼が描いた理とは相反するものとなっている。

 だからこそ、興味深いのだ。

 自分の考えだした理論を基にしながらも、真逆の思惑で生み出された他人の作品が、何故ここまで『強く在れている』のか。

 尤も、

「持ちえた性能(ちから)の理由。検討はついているのだけれどねえ、それがまた、なんとも度し難い。解かるだろう? 君には」

「今となっては業腹だがね───しかし、おおむね間違ってはいないだろうさ。昔も今も、そしておそらくは、これからも」

 予想外というなら、まさにそこだろう。

 些事でしかないと思っていても、信じていたがゆえに利用したとしても、いつだってソレは簡単にこちらの思惑を超えてくる。

「……全く、解き明かすまでもないコトだというのに、永遠に解けないとは。なんとも(たの)しい話だよ」

 その皮肉に失笑し、吐き捨てるように呟きながら、男は踵を返す。

「おや、最後まで見ていかないのかい?」

「今日のところはやめておくとするよ、ジェイル。私の『娘』たちの出番はまだ先になりそうだし、今は『息子』たちの方を手伝いが必要なようだ」

 言って、男はいくつかの文書ファイルを開いた仮想窓(ウィンドウ)を投げて寄越した。

 ジェイルと呼ばれた男は、渡されたファイルにさっと目を通し、「ふむ」と顎に指を当て、一つ頷いた。

「アネモイの調整は、まだ完全とはいかないようだねえ?」

「魔導技術との融合に関してはね。実戦等では問題ないが、データが少ない初期(ロット)に生まれた弊害か、アレとの共調はなかなか骨が折れるよ。先天資質の方は、以前入手しておいたサンプルのおかげもあって順調だがね」

「そういえば、向こうにちょっとしたタネを仕込んでいたそうだが……?」

「余興とも言えない程度だよ。今回は十三年前(ぜんかい)とは舞台が違う。管理外世界にいくら手を出したところで、さしたる旨みもない。仮にあったとしても、少しばかり厄介な相手とぶつかる事になる」

「ああ。ドゥーエからの報告にあった、例の新設()()のことかい?」

「あの子も手強いというのは解かっていたつもりだったが……なかなか食えない事をするものだよ。彼女たちが此方に掛かりきりであっても、自分たちであちらへ動ける。その逆もまた然り……結果として、上手い抑止力の完成というわけだ。

 我々に動きを気取られていようと───いや、気取られているからこそといえるのかもしれないな。大掛かりな仕掛けを打つ側の心理を良く解かっているよ」

 それを聞いて、ジェイルは「なるほど」と口元を愉しそうに歪めた。

 常勤でなく、そもそも正規の武装隊の類でもない。しかし、こと『戦いを支援する』という一点においては、自分たちにとって厄介な敵であるといえよう。

 これだけの事を仕掛けようというのだ。両方に分散させ、役者が減ったのでは魅力も半減。仕掛ける側としては面白いはずがない。ある意味、挑発していたつもりが逆に誘われているような気分である。

「まあ、それはこちらとしても望むところではあるがね」

「同感だ。例のタネは、せいぜいが陽動といったところだろうさ。次はあの子たちも絡むんだろう? その時にでも使ってくれ」

「有難い申し出だ。感謝するよ、マクスウェル君」

 そう礼を告げたジェイルに後ろ手を振り、マクスウェルはその場を後にした。

 一人に戻ったジェイルは再び画面に視線を戻し、観戦を再開する。タイミングのいい事に、リニアではちょうど、今回の関門として設定したⅢ型(しんがた)と『Fの遺産』の片割れである赤い髪の少年が交戦を開始したところであった。

 

 

 

 

 

 

生まれ持った力の意味 I_Wonder_What_I Want_to_Do.

 

 

  1

 

 八両目に突入したエリオとキャロが遭遇したのは、Ⅱ型に続く新たなガジェットであった。

 これまでの機体とは異なり大型化された分、単体での戦闘力がかなり高くなっている。

「───ぐっ、ぅぅ……ッ!」

「エリオくん……!」

 ガジェットの攻撃を柄で受け止め、踏ん張るエリオを案じ、キャロが叫ぶ。

 大丈夫、任せて……! と応えはしたが、エリオの表情は険しい。すぐさまサポートに回ろうと、愛竜のフリードに攻撃を命じようとした。

 が、

「⁉」

 Ⅲ型は、目ざとく自身へ向けられた脅威を察知し、エリオに向けていた触手(アーム)の片方をキャロとフリードへ向け振るってきた。

「フリード、避けて……!」

「きゅくーっ!」

 咄嗟に攻撃を中断し、キャロはフリードに回避行動に出るように指示する。

 エリオを抑えるのに触手を割いているため、攻撃自体は単純で、回避はそこまで難しくはない。しかし、

「っ……」

 それは、足場が不安定でない場合の話だ。

 空戦魔導師───というより、機動性に富んだタイプではないキャロにとって、移動中のリニアというのは非常に戦いにくい場所である。元々、回避より防御に秀でた後方支援型である彼女にとって、不利な状況に追い込まれてしまったといえよう。

 しかも、フリードとの連携も制限され、攻撃に転じる事も難しい。

 ……いや、本当は解かっているのだ。この状況を脱却する手段は、既に持っているのだという事は。

 けれど、

「っ、は───ぁ、は、あ……」

 分かっているつもりなのに、どうしても身がすくんでしまう。

 もう随分と遠くなったはずの過去。今更恐れる事など何もない筈だというのに、未だに拭いきれない恐怖が本来の力を押さえつけ縛り付ける。

 迷いが、彼女の動きを鈍らせ始めた。

 そして当然、敵はその隙を見逃してくれなどしない。

「……ッ!」

 気づけば、キャロは車両の端まで追い詰められていた。

 だが、追い詰められたとはいえ、ガジェットの攻撃自体は先ほどまでと変わらず単純である。落ち着いていたならば、体勢を立て直すのはそう難しくはない筈だった。

 距離的にも、車両の内側から屋根部分のキャロに攻撃しているガジェットとはずいぶんと間が開いている。

 この位置ならば、AMFの影響もそれほど強くはない。ならば相手の攻撃を受け止め、動きを数秒封じることで、フリードの力を借りて反撃に出られる筈だ。

 そう。咄嗟にキャロがとった『防御』という判断は、少なくとも間違いではなかった。

「───、ぇ?」

 

 ただそれが───張った盾とぶつかった筈の触手(アーム)が、すり抜けるようにして自分へと向かってこなければの話だったが。

 

「きゃああぁっ⁉」

 何が起こったのか、まるで判らなかった。しかし、自分が宙に跳ね上げられ、車外に吹き飛ばされようとしているのは解かった。

 リニアの速度から離されるまでの、刹那の浮遊感の中。

 キャロは困惑しながらも、本能的に復帰行動(リカバリー)を試みていた。

 スバルのような『移動』とまではいかずとも、リニアが自分を置いて走り去るよりも先に『着地』するくらいは出来る筈だと。

 けれど、

「⁉」

 次の魔法を発動するよりも先に、敵の銃口が彼女を狙いすましていた。

 

 ……此処へ来て、改めて実感させられる。

 

 実戦というのは、訓練とは違う。どれだけ厳しく見えても、訓練には必ず目的に準じた型が存在する。が、当然実戦にはそんなものはない。

 訳も分からず力を暴走させてしまっていた時には知りえなかった、『戦い』の本質。

 敵と相対した時点で、一瞬たりとも気を抜いてはならない。当然だ。悪意ある相手が、こちらに分かり易い動きをするわけもなく、まして情なんてものが介在するほど虫のいい話など、あるはずもないのだから。

 油断した瞬間、或いは予想が覆された小さな隙。

 それこそが、戦いの急所なのだと、自分へと迫る一筋の光を目にした時、キャロは嫌というほど理解させられた気がした。

 

 

「キャロぉぉーッ‼」

 

 

 ガジェットの放った光線に撃たれ、BJと反発し合った爆発音に遅れて、聞こえてきたエリオの声を遠くに感じながら───キャロの意識は(しろ)(くら)い、冷たい旅立ちの記憶へと沈んでいった。

 

  2

 

〝───キャロ。お主をもう、この里にはおいてはおけぬ〟

 

 それは七年前の、寒い冬の日。まだ三歳だったキャロが、生まれ育った故郷の『家族』に告げられた言葉だった。

 

〝…………〟

 

 はじめは、何を言われたのか良く判らなかった。

 ただ、物心ついたかも怪しい年頃であっても、子供ながらにこれが、とても悲しい事なのだろうというのは解かっていた。

 

〝アルザスの召喚士───『ルシエ』の末裔、キャロよ。

 我ら一族は、古来より『竜』と親しみ、共に暮らしてきた。

 『竜』は、ル・ルシエにおける守り神とでもいうべき存在。……だが同時に、彼らは強大な『力』の象徴でもある。

 ゆえに我らは、『竜』を畏れる事を忘れぬよう定め、これまで生きてきた。

 ……しかし、キャロよ。お主の力は、あまりにも強すぎる。

 このままいけば、いずれは『黒き火竜』さえも使役し得るだろう。

 だが、強すぎる力はいずれ争いの火種を生む。数多の歴史がそうであったように、傍に『自由に使える力』がある時───ヒトは、抱えた業を抑えきれなくなる事が、往々にしてある。

 『竜』は、あくまで象徴なのだ。現実に振るう力であってはならない。

 まだ幼いお主に、この道理を呑み込めとは言わぬ。しかし、その『力』を制御し切れておらぬお主を、そのままにも出来ぬのだ。───ゆえにキャロよ……。お主を、この里より追放する〟

 

 あの時は、ただ困惑と、悲しくて寂しい気持ちでいっぱいだった。

 でも、今なら何となく解かるようになった事もある。

 実態が無いからこそ、ヒトはそこに希望(ユメ)を抱く。

 けれど、それが一度形を成してしまったなら、現実として対処するしかない。

 小さな箱庭でのみ生きる者たちにとって、顕現した『力』は、希望とは相反する、絶望(きょうふ)の象徴となってしまった。

 

 本来ならば、彼女はこの地において、最も祝福された存在であったというのに。

 

 たった一度の失敗でも、その希望に疵を付けてしまったが最後。

 狭い世界にはもう、彼女の心を落ち着ける場所は、無くなってしまっていた。

 

〝……いつか、おぬしがその祝福(のろい)を覆す日も、来るのやもしれぬ。

 だが、今の我々には、その奇跡を待つ力はなかった……〟

 

 勝手な言い草だ───と、そう断じるのはきっと容易い。

 けれどこれもまた、魔法という力が根幹を成す世界ゆえの、ある種の摂理(ひつぜん)であるのかもしれなかった。

 世界には絶望に対を成すように希望がある。

 が、不意に生まれ落ちた『偶然(チカラ)』を、必ず受け止めきれる保証など、誰も持ち合わせていなかった。

 ただ都合良く、まっさらな幸せだけを享受するだけの世界は、残念ながら存在しない。

 だからこそヒトは、そうした不条理(げんじつ)に、折り合いをつけて生きるしかなかったのである。

 それを理解しているからこそ、彼らにはその道しか選べない。

 自らの器に収まり切らない水ならば、吐き出してしまうしかないのだと。

 曖昧(ふたしか)な希望より、堅実(あたりまえ)な安寧を選び取る己の狭量(よわ)さを、厭というほど理解していたから───。

 

『………………』

 

 だからというわけでもないが、キャロは長たちを恨む気にはなれなかった。

 お互いに苦しいのは、理解できていたから。

 自分も人を好んで傷つけたくはなかったし、もって生まれた力がコワイモノであるのなら、なんだか自分自身すら恐ろしくて。

 だから、独りになることには、少しホッとした部分もあった。

 ずっと一人なら、誰とも触れ合うことが無ければ、何も傷つけなくて済むと思っていたから。

 

 ───でも、やっぱり一人は寂しくて。

 

 しかし、力をどうにかしようとしても、なかなかうまくはいかなくて。

 結局、何も変わらないまま時間ばかりが過ぎていく。

 いつ終わるとも知れない、ぽっかりと空白(あな)の開いたような苦しみだけが続いていた。

 もしかすると、ずっとこのままなんじゃないか。

 そう思うと、なんだか怖くて。

 かといって、何をすればいいのかなんて分からない。

 

 どこへ行ったらいいんだろう。

 何をしたらいいんだろう。

 

 ……そんなの、わかるわけもなくて。

 

 だから、何か確かなものが欲しかった。

 どこへ行けばいいのか、何をしたらいいのか。

 誰かにその答えを教えて欲しかった。

 

 けれど、

 

〝───それはきっと、キャロがどこへ行きたくて、何をしたいのかによるかな───〟

 

 その答えはやがて呆気なく、しかし酷く暖かな、そっと差し出された手と共に、彼女の前に現れた。

 

  3

 

 

 初めてその言葉を聞いた時も、やっぱり白くて、寒い雪の日だった。

 けれど、告げられたそれは、別れの日に告げられた言葉よりも、より大きな衝撃と戸惑いをキャロに与えた。

 

 ……だって、考えたコトもなかった。

 

 『何をしたらいいのか』ではなく、『何がしたいのか』なんて。

 

 だから誰かに教えて欲しかったのだ。

 どこへ行ったらいいのか、何をすればいいのかを。

 

 しかし、いつも寂しくて悲しい筈の白い場所に現れたその女性(ヒト)は、そんな分かり易い事は教えてくれなかった。

 代わりに投げかけられたのは、キャロにとって、最も難しい問いかけだった。

 ある意味で厳しく、だが、どこまでも優しくて暖かい。

 もしかすると、それこそ明確な(こたえ)なんてどこにもないかもしれない───でも、だからこそ、キャロは探してみたくなった。

 

 ───解からないのなら、一緒に探しに行こう。

 

 そう言って差し出された手を取った時、伝わって来たぬくもりが、冷たくて悲しい白い旅立ちの日を、暖かに変えてくれた。

 やがて、歩き出した先で出会ったたくさんの大切な人たち。

 何のことはない。欲しかったのは、そんなに大げさなものではなく、ただ心を落ち着かせられる居場所だった。

 自分が居ても良い───否、居たいと思える場所。

 取った手に引かれて辿り着いた場所で、また誰かと手を繋いでいく。

 きっと、本当は誰でも自然と出来る事。遠回りして辿り着いた『当たり前』の中にあった幸せが、キャロにとって、何よりも大切なもの。

 

 そして、それは彼女にとって、戦うに足る理由でもあった。

 

 戦う事は、何も傷つける事とイコールではない。

 もう悲しさにも、寂しさにも沈まないように。

 失いたくないものを、守りたいものを、傷つけさせないように。

 本当は、戦わなくて済むならそれが一番良い。けれど、世界は等しく優しい理想郷ではなく、残酷な現実で生きるからこそ、決して忘れてはならないものがある。

 人間にとって最も根源的な、理不尽に抗い、生きようとする意志。

 それこそが、彼女の理由。壊すのではなく、守るために戦う者の矜持だった。

 

(……そうだった。わたしにはもう……)

 

 迷ってばかりだったあの頃とは違う。……いや、それは少し正確ではない。

 キャロにはちゃんと、帰りたい場所がある。一緒に居たい、大切な人たちがいる。

 迷っても、手と取ってくれる人がいることが、過去(むかし)現在(いま)の、何よりも決定的な違いなのだから。

 そうして、沈んでいた意識ごと、掴まれた手の感触によって───キャロはハッ、と目を覚ました。

 

 

 

「───キャロ……っ‼」

 

 

 

 意識を取り戻したキャロが顔を上げると、エリオが自分の手を掴んでくれていたのが見えた。

「…………エリオくん……?」

 ぽつり、彼の名を呼ぶと、「よかった、間に合って……!」と、エリオは安堵の笑みを浮かべた。

 エリオのBJにはかなり多くの傷が増えている。

 それだけで、あのⅢ型(おおがた)を振り払って、キャロの下へまっすぐに来てくれたのが見て取れる。

 彼の優しさが、胸をあたたかく満たす。

「エリオくん、ありがとう」

「ううん、そんなこと……それより、早く戻らなきゃ」

「そうだね───うん、そうだった」

「キャロ……?」

 そして、だからこそ───キャロは自分を不甲斐なく思っていた。

 エリオも、傍らに飛ぶフリードも、傷つきながらも、自分の傍にいて守ってくれた。

 自分はもう、独りなんかじゃない。

 怖がる必要なんてないのだ。

 ちゃんと自分が選んだ場所で、大切な人たちと一緒にいる。

 

 ───ただ『力』に振り回されていた、あの頃とは違う。

 

 信じて、と告げるように、手套の甲に据えられた桃色の宝石が明滅する。

 そう。ただ守られるのではなく、今度は自分が大切な人たちを護り、助けるために、強くなりたいと願った───『ケリュケイオン』は、そんな優しい想いを遂げられるようにと、『母』が自分に与えてくれた力だというのに。

「……ごめんね、ケリュケイオン。わたし、もっと強くなるから……」

《No, problem.》

 告げられた主の覚悟に、愛機は静かにそう応えた。

 ありがとう、と感謝を示し、キャロは次いで、愛竜であるフリードを向き直った。

 あの日、最初に一歩を踏み出すきっかけをくれたのに。……いや、それよりもずっとずっと前から、フリードはキャロの傍にいてくれていたというのに。それでもまだ、恐いという気持ちを乗り越えられずにいた事を謝りたくて───

「……これまで、窮屈な思いさせてごめん。今度はもう、迷わないから……だからフリード。もう一度、力を貸して……っ!」

「きゅくーっ!」

 頼もしい愛竜の声を受け、キャロは両手に嵌めたケリュケイオンに魔力を込める。

 エリオのおかげで落下こそ防げているが、ストラーダの魔力噴出による滞空時間には、通常の飛行魔法に比べればどうしても制限がある。

 リニアに追いつこうと思えば、かなりの無茶をする必要があるだろう。

 その状態であのⅢ型と戦うのは、かなり厳しいといえる。

 されど───今のキャロの手には、この状況を打開する方法がある。

 

 

「蒼穹を(はし)る白き閃光。我が翼となり、天を翔けよ!

 来よ、我が竜『フリードリヒ』───竜魂召喚ッ‼」

 

 

 魔力が巨大な陣を描き、フリードを中心にキャロたちを包み込む。

 そうして、まばゆい光が膨れ上がると、弾けた輝きの中から、本来の姿を取り戻した白き竜が姿を現した。

 

「きゅぉぉおおおおおんッ‼」

 

 白き飛竜の猛き咆哮が大空を震わせる。

 次元世界の中でも滅多に見られない、恐らくは最も純粋な力の顕現に、その光景を始めて見た者たちは、言葉にならない衝撃を受けた事だろう。

 しかし、たとえ驚きはあろうとも、そこに疑いはなかった。

 何のことはない。共に戦い、背中を預け合った仲間の力に疑いを持っていられるほど、半端な覚悟のままこれまでを過ごしてきた者など六課には居ないのだ。

『ライトニングⅣ、竜召喚成功! フリードの意識レベル正常(ブルー)、完全制御状態です‼』

 どことなく高揚した管制室からの報告に、合流して戦っていたスターズの二人も、今しがた発動したキャロの魔法に目を向けていた。

「あれが、チビ竜の本当の姿……」

「すっごい……かっこいいっ!」

 思わず息を呑み、スバルはそんな事を口にした。ティアナは念話越しに聞こえてきた、相方の相変わらずな吞気さに呆れつつも、あの幼さで宿したキャロの凄まじい才覚に、微かな羨望にも似た想いを抱いていた。

《あっちの二人は、もう大丈夫そうですね。スバル、ティアナ、わたしたちも負けてられないですよ……!》

「───はいっ‼」

 が、リインからの指示を受け、ティアナは少し頭を振り、思考を切り替える。

 己の至らなさを反省するのはいい。だが、それは今するべき事を果たしてからの話だ。

 行くわよ、と、再度レリックの回収へ向け、ティアナはスバルと共に動き出した。すると、動きだした魔導師たちに誘われて、車両内部からⅢ型が顔を覗かせる。

 這い出してきたガジェットの姿を捉え、キャロは視線を鋭く、フリードにガジェットへの攻撃を命じた。

「フリード、ブラストレイ───ファイアっ‼」

「ぎゅおおおぉぉぉ……っ‼」

 キャロの威力強化が付与されたフリードの火炎は、桃色の輝きを纏った豪火となってガジェットを呑み込んだ。

 しかし、

「っ⁉」

 完全に無効、というわけでもないものの、ガジェットはフリードの火炎砲を浴びても依然健在であった。

「また……あのフィールドが」

 魔導生物の攻撃は、魔力を伴っていながらも、魔導師の通常魔法とは異なり、より物理現象に近しい性質を持つ。AMFのような魔力結合を阻害するフィールドに対しても、魔法の術式に則って発動される魔法ほどは無効化される事はない。だというのに、あのガジェットが纏う防御フィールドは───?

 

「AMF、だけじゃない……もっと、別の……?」

 

 攻撃のエネルギーを『防ぐ』のなら解かる。けれど、あのフィールドは防御魔法のように、盾や膜を張っているのとは少し違う。

 先ほどキャロが飛ばされた時もそうだった。AMFによる無効化にも似ているが、消される感覚というよりも、あれはどちらかというと『すり抜ける』───或いは、必要な部分だけを『分解』されてしまったような。

 とはいえ、あくまでそれは推測に過ぎない。単純なAMFとは異なるという一点以外、本質的な部分を理解できたわけではない。

 どうすれば、と迷いを覗かせるキャロの様子を受けて、エリオは意を決したように「キャロ、あのフィールドの突破は、僕とストラーダがやる」と言った。

「でも、エリオくん」

「分かってる。あれはAMFとは少し違う……だから、必ず上手くいくかは分からない」

 だけど、とエリオはキャロを向き直り、笑みを浮かべこう告げた。

 

「二人でなら、きっと出来る」

 

 一人では届かない壁も、持ち合った力を合わせれば、きっと乗り越える事が出来る。

 出会ったときから何も変わらない。元より、そのために二人は今、この場に立っているのだ。

 そう。迷っても、立ち止まっていても、何も変わらない。

 蹲っているのはもうやめたのだ。行きたいところに、一緒に居たい人たちと出会うために、前に進む道を選んだのだから。

「……うんっ!」

 手綱を握る手に力を籠め、フリードにリニアの方へ近づいて欲しいと告げる。

 距離を詰められ、ガジェットは迫る脅威に対し攻撃を仕掛けてくるが、元が近距離戦を想定した大型の躯体の遠距離武装は大した火力を積んではいない。

 落ち着きを取り戻したキャロの防御は、放たれたガジェットの光線を悉く防ぎ、エリオが翔け抜ける軌道(みち)を整えて見せた。

「今だよ、エリオくん……!」

「了解、キャロ!」

 フリードの背から飛び出したエリオに、キャロは更なる追い風を重ね合わせる。

「我が乞うは、清銀の剣。若き槍騎士の刃に、祝福の光を。───猛きその身に、力を与える祈りの光を……ッ!」

《Enchant Field Invade, Boost Up Strike Powe.》

「───ツインブースト、スラッシュ&ストライクッ‼」

 ケリュケイオンを介して溢れ出さんばかりに増幅された輝きを束ね、キャロは二つの光をエリオへと纏わせた。重ね合わせた二つの魔法は、対象に『防御領域(フィールド)貫通』と『攻撃魔法の強化』の効果を与える。

 もちろん、あくまでこれらは魔法。AMFに触れた瞬間からその影響を受けてしまう事に変わりはない。

 一直線に飛び込んできたエリオに、ガジェットの触手(アーム)が襲い掛かる。

 飛んで火にいる夏の虫とでも思ったのか、馬鹿正直に突っ込んで来る敵など恐るるに足らんと、Ⅲ型は獲物を狙い、触手の網を張った。

 確かに、一度でも足を止めてしまえば先ほどの二の前になるのは必至。AMFの中に長くいればいるだけ、魔法は解け、再発動も困難になっていく。

 機械らしい、見事なまでの定石といえよう。

 ───ゆえにこそ、一瞬なのだ。

 AMFの効果を受けるよりも早く、網に捕まるよりも先に、目の前に立ちはだかる全てを斬り払い、本体まで辿り着く。二人が選んだのは、そんなどんでもなく無茶苦茶(シンプル)な答えだった。

 無論、いささか力技が過ぎるといえなくもない。

 が、しかし案じることもないだろう。

 何せ今、その定石を打ち破ろうというのは。

 愛くるしい召喚士(パートナー)の後押しを受け、母譲りの雷閃の如き疾さで刃を振るう、若く勇ましき〝騎士〟なのだから───。

 

「───一閃、必中ッ‼」

 

 ザザン! と、触手(アーム)の網を切り払い、降り立った屋根(あしば)を蹴り飛ばす。

《Explosion.》

 ストラーダが呑み込んだカートリッジから迸る魔力を更に上乗せし、研ぎ澄まされた魔力の刃を形成する。構えた雷槍の切っ先に高まり集まった輝きを突き出すと、防ぐ間もなく光刃が鋼の機体を貫通した。

 

「せぇぇやぁぁああああああああああああーッ‼‼」

 

 そのまま背負い投げるように振り上げた刃に両断され、ガジェットⅢ型は自らの機体を爆散させた。

 槍を払い下しながら、エリオは上空のキャロとフリードに微笑みかける。

 それに表情を明るく華やがせ、キャロは嬉しそうな笑みを浮かべ、フリードにリニアへ寄るように頼み、屋根に降り立つと、そのままエリオの下へと駆け寄って行くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

行間 二

 

 

 

 それから程なく、車両内および上空の残ったガジェットは全て倒され、スターズの手によって七両目に置かれていた『レリック』も無事確保された。

 リインが車両の制御を取り戻してくれたおかげもあり、リニアの暴走も停止。事態は現地のインフラ整備を担当する局員たちへと引き継ぐ体制に移っていった。

 また『レリック』も、キャロが封印処理を行った後、ヴァイスに回収されたスターズとリインの手によって中央の保管施設(ラボ)へ護送されていった。

 

「───というのが、今しがた入った大まかな報告(じょうほう)です」

 六課の戦況を知らせてくれたシュテルに、「そっか……。無事に終わってよかった」と、ユーノはどこかほっとした表情を浮かべる。

「六課が順当に運営されているようで何よりですね」

「うん。思ったより早かったけど、エリオとキャロも頑張ってるみたいで、何だか感慨深いかな」

 よく面倒を見ていた子供たちのことであるだけに、ユーノにとっては複雑な部分もあるのだろう。

 昔からそういうところがあるのは解かっていたが、改めて一種の不器用さのようなものを感じて、シュテルは小さく歎息を漏らす。尤も、支える対象が望む事柄を遂げられるよう導く姿勢自体は、彼を師と仰ぐ彼女にとっては好ましくもあるのだが。

「……師匠は何と言いますか、甘いですね」

 そしてきっと、誰よりも厳しくもある。言葉にこそしなかったが、ユーノにもシュテルの意図するところは言外に伝わっていたようで、ばつが悪そうに苦い笑みを浮かべた。

「自覚しているつもりではあるんだけどね、一応……」

「分かっています。わたしも、伊達に十年以上弟子を名乗らせていただいているわけでもないので」

「たはは……」

 真っ直ぐな言い分には、本当に参った。

 完全に同位体というわけでもないというのに、どうにも自分を恩師と慕ってくれる生徒たちは、本質的に適わないと思わせる部分を持っている。それは嬉しくもあり、どこかこそばゆい。……だから何時までたっても、彼女たちに頭が上がらないのかもしれないな、とユーノはぼんやりそんなことを思った。

「ところで師匠。話は変わりますが、調査に出ているディアーチェとイリスから帰還するとの連絡がありました。例の船に纏わる成果は少なかったようですが、発見した研究施設から得られた情報はかなり有益なものだったとのこと」

「あまり優先度は高くなかったけど、情報捜査は積み重ねだから、一つでも前に進めたなら十分な成果だね。それで、施設で行われていた研究は……?」

「ええ。イリスが出てくれた事で、より確信に近づいては来ています。

 相変わらず単純な魔導エネルギーの研究施設に見せかけてはいるようですが、明らかにAMF環境下での『戦闘』を想定した実験が行われていた形跡が見つかりました。例の〝戦闘機人〟系統の研究だけではなく、エルトリア式〝フォーミュラ〟と思われるものも」

「…………」

 シュテルの言葉を聞いて、ユーノは表情を曇らせる。

 想定していなかったわけではないが、痕跡が明らかになるにつれ、苦い思いが生まれてくるのも確かだ。

「まだまだ長くなりそうだね、今回の件は……」

「……はい」

 『フォーミュラ』の研究。これ自体は、管理局でも前回の地球で起こった事件以来、エルトリアとの交流を通して少しずつ行われている。しかし、あくまでそれは協定の範囲で行われるものであって、完全な戦闘を目的とした行為は制限されている。

 とはいえ、これ自体は当たり前の話だ。

 フォーミュラに限った話ではない。魔法も、その気になれば世界の一つや二つ簡単に滅ぼせる可能性を秘めた力だ。が、同時に世界の生活に根付いた技術体系でもある。

 どちらにせよ、結局は使い方なのだ。どんな世界にも、エネルギーを生み出す技術があり、それを生活に役立てるか、武器として用いるか───それを決めるのは、その力を使う人間の意志に他ならない。

 だからこそ、進む方向を違えた意志が生まれた時、それを止めるのもまた、同じ世界を生きる人間の意志だと。そう信じて、いまも人は正しく在れる道を探し続けている。……いや、そこまで大層な言葉語るまでもないのだろうか。

 つまるところ。自分の大切なものを護りたい、という単純な想いこそ、最も根本的な原動力(よっきゅう)なのだろうから。

「それじゃあ、僕たちもあともう少し、頑張って行こうか」

「───ええ。もちろんですよ、師匠」

 柔らかな笑みで、ユーノの言葉に応えてくれたシュテルを頼もしく思いながら、ユーノは再び、次を目指して動き始めたのだった。

 

 

 

 

 

 

次を謀り嗤う強欲の化身 Play_of_the_Devils.

 

 

 

 リニアでの一件が収束した様子を眺めていたジェイル───いや、スカリエッティの下に、今回の『演出』を終えたウーノから連絡が入ってきた。

『───例の〝ナンバーⅨ〟は、管理局の手に渡ったようです。追撃を仕掛けますか?』

 指示の上ではあったが、自分で指揮を執ったにも関わらず、ウーノは無感情に淡々と確認を取る。

 これが今回の相方となった四番目(いもうと)あたりなら、嬉々として観察対象たちについて語りだしそうなものだが、生憎と初期ロットの彼女には、その辺りに愉しみを見出すほどの嗜虐心はないらしい。

 むしろ、そちらの嗜好については画面越しの『父』の方が持ち合わせていそうなものだが───スカリエッティは先ほど録った映像の中で動く六課のフォワードメンバーを眺めながらニヤニヤと薄ら笑いを浮かべるのみで、彼女の問いに対する反応を見せないままだ。

『ドクター?』

「ん? ああ、すまないね。ウーノ」

 再度呼びかけられ、スカリエッティは漸くウーノの方を向いた。

「そうだねえ。もう少し続きを見たいところではあるが……まあ、今は止そう。あの〝ナンバーⅨ(レリック)〟は、しばらく向こうに預けておくとしようか」

『……よろしいのですか?』

 元から蛇足的な動きは好まない性質であるが、今回の獲物はかなり稀有な存在なだけに、ウーノにはその返答は意外なものに思えた。

「構わないとも。元々、〝ナンバーⅨ(アレ)〟そのものに特別な価値はない───ないが、絆としては、なかなかに面白い構図になるとは思わないかね?」

 ……が、しかし。

 どうも実際は、そうでもなかったようだ。

『ぶつけるのですか? お嬢様方を、あの部隊(ものたち)と』

「いいや。ぶつかるだろうさ、放っておいたとしてもね」

 半ば確信したように語るスカリエッティに、ウーノは怪訝な表情をする。

 しかし、スカリエッティは『娘』の様子などお構いなく、非常に愉しそうな様子でこう続けた。

「本当に面白い。こうも揃うものかねぇ───預言の賜物か、それとも私たちが預言(そのみちすじ)を辿っているのか。どちらにせよ、実に興味をそそられる話じゃあないかね?」

『私としては良く解かりませんが……少なくとも、お二人なら〝F〟の残滓に引けをとりはしないかと』

 問われても、ウーノにはそんな予想を抱く以上のことは何もない。しかし、それだけでもスカリエッティは、どこか満足そうな表情をする。

「ククク、嬉しい事を言ってくれるじゃないか。だが、私としては業腹な部分も少なくないからねぇ……。ルーテシアに不満はないが、研究者(おや)としては、是非ともソフィにこそ、証明してもらいたいところではある。あの運命を覆すために……」

 そう言って、スカリエッティは画面から離れると、実験用の生体保存器(ポッド)の群れへ向かい、その内の一つの前で足を止めた。

「さて。あの子たちはこれからどうなるのか……君はどう思うね?」

 小さく、音にならない名前を口にする。

 問いかけに応えは無い。元より、さして求めているつもりもなかった。

 ただ、多少の興味はあった。あの子たちの『母』である彼女が、〝F〟の『母』に挑もうとする己に対し、どのような感想を持つのか。

「まあ、いずれ答えは出る。どのような形であろうと、必然的に」

 どうなろうと止まるつもりはない。しかし、此処へ来ても尚そんな事に拘る辺り、生まれも定かでない我が身も、未だ『ヒト』の枠に留まり続けている。

 (いや)、きっとこれも必然なのだろう。

 そも、彼の身に冠された名は尽きることなき『欲望』。ある意味で、『ヒト』が『ヒト』たる根源だ。

「君が拘っていたモノを、私はさほど求めてはいなかった。しかし私が求めていたモノを、君は既に手に入れていた。そして、私もまた、君が求めていたモノを、手に入れてしまっていたよ。皮肉なものだねぇ。つくづく、世の理というものは」

 求めるほどに手に入らず、求めず捨て置いたモノの価値には気づきにくい。

 世界は予期せぬ方向にばかり進み、簡単に思い通りになど行きはしない。

 ───これだから面白いのだ。

 世界の不条理、探求できる未完成さというものは。

「その点で言えば、見いだせただけ、今の私は幸運だったかも知れない」

 しかし、まだだ。

 これでは足りない。足りるわけもない。

 だからこそ、求めるための場が必要だ。我ら『悪魔』の『欲望』を果たすには、この箱庭は狭すぎる。

「そう遠くない。何せ『約束の日』はもう決まっている筈だ。ご丁寧に告げられた、明瞭な刻限(よげん)として───」

 そうして、暗がりへ去り行く足音と共に。

 抑えきれなかった哄笑が、暗い通路の中に反響し続けていた。

 

 

 




 本編からお読みの方は初めまして。前作やプロローグ、および設定等からお読みいただいた方は、改めてお久しぶりでございます。
 また随分とお待たせしてしまいました駄作者でございます。

 もうすっかり今年度も終わりそうな時期に差し掛かって、漸くの投稿と相成りました。
 もっとペースを上げたかったところですが、なかなかコンスタントには書けないものですね……。

 とはいえ、徐々にではありますが話も進み、今回の後半部分はプロローグⅢと関連する部分ということもあり、筆も結構乗った気がします。
 前回のあとがきでも少し触れましたが、やっぱり今回のエリキャロのパートは、プロローグ部分で出してきた『変化』の一端でもありますので、しつこいぐらいに序盤を書いた分、こういうところで原典からの変化を出せるところにくると、伏線ってほどでもないですが、やっぱり書けた事自体が嬉しく思えてきますね。

 では、その辺りも踏まえていつもの言い訳タイムに突入していくとしましょうか。

 とはいえ、今回も短めなので、そこまで大きな変化はないかもです。
 元々、基本的に再構成物なので、劇場版時空を踏まえた変化以外は展開的にも原典とそこまで変わりません。一応小説らしくセリフを増やしてみたり、言い回しを少し変えてみたりしているので、ちょこちょこっとした部分で文字の媒体ならではの面白さみたいなものが出せていたらいいなとは思います。

 あとは、やっぱり後半のキャロが自信を取り戻す過程を変えたところですかね。
 原典だとまだ初々しいエリキャロの絡みが見どころになってはいますが、今作では幼少期を一緒に過ごしてきたという前提があるので、それを踏まえたうえでキャロが発起する場面を考えた結果、アニメだと序盤に置かれた回想を後にもってくる形にして、エリオからの呼びかけで目を覚ます、という展開にしてみました。

 自分が何をしたいのか、どこに行きたいのか。
 もうとっくに答えは出ていたけれど、いきなり現れた幸せに身を置いていた分、少し希薄になっていた過去とのつながり。それと改めて向き合うことで、より今を実感し、前に進める。
 自分の中にあるものを確かめていく流れは、前作のなのはちゃんの『夢』ともちょっと似てるかもですね……男の子の側が引き戻しにくるのも含めて←どうしても漏れ出す性癖

 ───仕方ないじゃないですか! だってロリショタの絡み好きなんだもんッ‼

 とまあ、自分の趣向全開で筆を走らせちゃったのが今回の話なわけなのですが、もちろんほかの部分も力を抜いたつもりはないので、楽しんでいただけたらさいわいでございます。
 あと久しぶりにユーノくんがちょっとですが出せたのも、個人的には嬉しいポイントだったりします。
 でもいい加減なのはちゃんたちとも絡ませたい……近くて遠い、くっつきそうなのにくっつかない……ユーなのって、そういう定め?←単に筆が遅いだけ

 そして、ラスト部分。
 やっとこさ裏の情報が少しではありますが、出せてほっとしております。
 実はここが一番しょっぱなに書いてたシーンだったりするのですが、まだまだドクターズの悪だくみは加速していきますので、今後にご期待いただければともいます。動き出したお嬢様たちのことも、今後注目していただければなお嬉しかったり。

 まあ、今回はこんなところで、次回からはStSの本筋に関わる部分にも触れられそうなので、遅いながらもどうにか頑張って書いていこうと思います。
 次の五章は訓練パートが主ですが、日常の部分も結構あるので、またプロローグ部分で出したネタを絡ませられるなら、そこも出していきたいですね。その次の六章ではSS01の内容に触れていくので、エリキャロから海鳴の面々との関わりなんかも出して行けたら、次々回への布石にもなるかもですし。

 と、大まかなあとがきはこんなところですかね。

 今回もここまでお読みいただきありがとうございます!
 遅筆に磨きがかかりすぎなところではありますが、ゆっくりとでも、地道にこの物語を書き進めていけるように頑張りますので、読者様方には楽しんでいただけたら幸いでございます。

 では、今回も若干短めなことも手伝って、ここでいったん筆を置かせていただきます。
 重ねて。お読みいただき、本当にありがとうございました……‼
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。