魔法少女リリカルなのはStrikerS ~The After Reflection/Detonation IF~   作:形右

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第五章 進展、見え始めた路

それぞれの役割(ポジション) A_Necessary_Tings.

 

 

 

  1

 

 ドガァ‼ と、迫る鉄槌(ハンマー)の衝撃に、スバルは歯を食いしばって耐える。

 が、張ったバリアを抉るようにして、ヴィータが愛槌を振り抜くと、その圧に押され、スバルは後方へと吹き飛ばされてしまう。

 背後にあった木にめり込むほどに飛ばされ、力量差に愕然となりそうではあるが、意外なことに、ヴィータから返ってきたのは称賛の言葉だった。

「うん、やっぱバリアの強度自体は悪くねえな。あとは踏ん張りと、状況に合わせた対応次第ってトコか」

「あ、ありがとうございます……」

 どうにか軋みをあげる身体を木から離し、スバルはヴィータの前に戻る。

 戻ってきたスバルに、ヴィータは「フィジカルの高さは相変わらず、資質は十分持ってるみてーだな」と一つ頷き、改めてスバルに教官として、自分たちの役割(ポジション)がなんであるかを語り始めた。

「今更だが、改めて復習(おさらい)しとくぞ。アタシらの専門───FA(フロントアタッカー)は、敵陣に誰よりも速く切り込む突破力と、前線での戦闘継続能力がものをいうポジションだ。

 連携をおざなりにして良いってわけじゃねーが、実際のとこ『一人でも戦える力』もある程度要求される。敵の陣営を打ち破るのも抑えるのも、後ろを動きやすくして助けるためだからな」

「はいっ」

《I’ll learn.》

「だからこそ、柔軟にその場その場に対応してく必要がある。今は訓練だから馬鹿正直に闘っちゃいるが、別に耐久だけがFAの能ってワケじゃねぇ。お前は出力もあるから、その気になりゃ攻撃耐性は新人の中でもトップクラスになるだろうけどな。けど、そうなると動きが鈍るし、一ヶ所に留まる戦いならFB(フルバック)の方が支援性は上だ。

 アタシらはあくまで、〝動いて生き残る〟って前提で、守りも強くしていくイメージだな。例えばさっきのプロテクションは受け止めるバリアだったけど、ラウンドシールドみたいにシールド系で受け流したって良い。もっと威力の低い攻撃なら、BJにフィールド系を重ね掛けして対応するのもアリだ」

 ま、要は使いどころだな、とヴィータは言う。

「FAは正面から敵に向かっていく突破役。けど、ただやみくもに突っ込むだけのポジションじゃない。誰よりも先に、誰よりも長く、戦場の最前線を征する───それが、アタシらの本懐だ。良いか、スバル?」

「はいッ‼」

「良い返事だ。さて、そんじゃまだまだ行くぞ? バリアごと削り取る打撃は、あたしの得意分野だからな───アイゼンにぶっ叩かれたくなかったら、手抜きは無しだ。最後まで全力で守れよ?」

「……っ」

 不敵な笑みと共に告げられたヴィータの言葉に、スバルは思わずごくりと咽喉を鳴らした。

 

  2

 

「すごい音……」

「スバルさん、大丈夫かな……?」

 ヴィータとスバルの訓練の激しさに、ライトニング組の子供たちは唖然とした表情を浮かべる。

 聞こえてくるその音に相変わらずだなあ、と苦笑しつつ、フェイトはエリオとキャロに改めて今日の訓練の内容について伝え始めた。

FA(フロントアタッカー)の訓練は、身体の出来てない二人にはちょっと危ないから、今日の訓練はこっち」

 そう言って指した広場には、リインが用意してくれた緩衝支柱(フリーレンフェッセルン)が立ち並び、周辺には大量の訓練用射撃球(オートスフィア)が浮かんでいる。

「わたしやエリオみたいな高機動型は、〝受ける〟より〝避ける〟のがメイン。キャロは防御も上手だけど、FB(フルバック)は仲間を支える継続の要だから、いざという時、最低限動けるようになっておかないとね」

「「はいっ‼」」

「じゃあ、まず私がやって見せるから、動き(ステップ)をよく見ててね」

 言いながら、フェイトはスフィアに初級回避訓練用の攻撃指示を送る。

「攻撃の当たる位置に長く留まってると、それだけで攻撃を呼び込む的になる。だから、基本的には動き回って狙わせない」

 放たれた緩やかな攻撃を、フェイトは同じく緩やかな動きで躱していく。しかし、その回避動作は、ひとつひとつは決して派手な動きをしているわけではない。むしろ逆、非常に堅実な動きだった。

 エース級の魔導師の御業というには、いささか地味であるようにも思える。

 が、

「ひとつひとつの動きを丁寧に、確実に。どんな時でも、焦らず動けるように身体に動きをしみこませる感じだね。今、スフィアの数は二つだからわかりづらいけど、どんな大勢からの攻撃でも、動作そのものは変わらないんだよ? たとえば───」

 フェイトが設定を変えると、待機していた自動狙撃球(オートスフィア)が一斉にフェイトを狙う。

 周りを囲まれてしまえば、空戦魔導師ならば上に突破口を見出すところだが、次の動作が読まれたり、遅れでもすれば良い的でしかない。

 そして、これはあくまでも陸戦を想定した高機動型の訓練。

 であれば、

「「⁉」」

 一斉に攻撃を放ってきたスフィアたちの射撃の雨が、フェイトへ向け降り注ぐ。

 思わず息を呑んだエリオとキャロだったが、次の瞬間、呆気なく背後から聞こえてきたフェイトの声に、再度度肝を抜かれる思いだった。

「───こんな感じにね」

 全くの無傷。それどころか、舞い上がった土煙すら寄せ付けなかったかの様に、フェイトは攻撃を受ける前と何も変わらない姿でそこに立っていた。

 息の一つも乱さず、あの攻撃を掻い潜って見せた腕前に、エリオとキャロは信じられないような気持ちで、攻撃地点に視線を戻す。

 土煙が晴れ始めたそこは、射撃球体(スフィア)の攻撃によって銃痕だらけになっていたが、それ以上に目立つ移動の痕跡が地面には描かれていた。

「すごい……」

 解かっていたつもりだった。

 活躍は聞き及んでいたし、実際に周りから語られた声も、十二分に耳にしていた。しかし、こうして改めて目にしてみると、乖離していた認識が一気に実感へと変わっていった。

 動作自体が単純でも、その歩調(リズム)を状況に応じて使い分けるのは至難の業だ。

 どれだけ早く動けても、動いた先を狙われてしまえば何の意味もない。

 一秒で百メートル移動して初撃を回避出来ても、相手がその初撃から一秒先に移動した先に次撃を放てるのならどうか。移動するだけ移動して、けれどそのコンマ数秒に迫る攻撃に対処出来ないのなら、ただ速いだけの優位性は完全に失われる。

 極端な例ではあるが、単調な速さは無敵にはなりえない。一回の移動がどれだけの速度であっても、すべてが同じ速度なら、移動できる範囲はおのずと限られてくる。だからこそ、使い分けが重要なのだ。

 そしてこれは、何も自分自身だけの話に留まらない。

GW(ガードウィング)のエリオは、どんな位置からの攻撃にも対処しながら、仲間への支援にも対応出来るように。キャロはさっきも言った通り、全体を支える要(フルバック)として、いざという攻撃にも反応して、最後までみんなを支えてあげられるように」

 そう。FA(フロントアタッカー)のそれともまた違う───切り拓くのではなく、支え導く役割。それこそが、エリオとキャロの担う戦術配置(ポジション)の真髄だ。

「自分を護りながら、仲間を助けられる。そんな力を、ここではしっかりと身に着けて行こうね」

 告げられた在り方(コトバ)を深く胸に刻みながら、エリオとキャロは「「はい‼」」とフェイトに強く返事を返した。

 そんな二人の真っ直ぐな眼差しを受け、フェイトは嬉しそうに顔を綻ばせ、小さくも頼もしい子供たちの身体を優しく抱きしめるのだった。

 

  3

 

「うん。良いよティアナ、その調子」

「はいっ!」

 応えながらも、ティアナは手を休めず、なのはが操る弾体を撃ち落としていく。

 足元に溜まっている使用済みの弾倉(カートリッジバレル)の数が、この訓練の厳しさを物語っていた。

「ティアナみたいな精密射撃型は、いちいち避けたり受けたりしてたんじゃ、仕事ができないからね」

 言いつつも、なのはは手慣れた所作で次々に新たな魔力弾を放ってくる。

 食らいついてはいるが、長引くにつれ微かに集中に緩みが生まれてくるのは避けられない───が、今ティアナに降りかかっている負荷を乗り越えなければ、射撃型としては二流にも届かないのも確かだった。

 とはいえ、

《Alert.》

「……っ、バレット! レフトV、ライトRFッ‼」

 圧し掛かる負荷は、理解とは裏腹に、身体を安易な方へと走らせようとする。

 迫る弾丸を躱し、体勢を立て直す。FA(フロントアタッカー)GW(ガードウィング)、ともすればFB(フルバック)であっても、この動きは戦いの基本として組み込まれている。

 危険が迫れば回避する。自然な思考であるし、攻撃を受ける事を恐れるのは生物としての本能といえる。……だが、魔法戦において、ことCG(センターガード)を担うというのであれば、話は別だ。

「ほら、そうやって動いちゃうと、あとが続かない!」

「くっ!」

《Barret V and RF.》

 クロスミラージュが生成した弾体を、向かってくる標的に合わせながら、ティアナの脳裏を、己が極めようとする戦術配置(ポジション)に対する疑問が過ぎる。

 

 そも、CG(センターガード)の役割とは何か。

 

 戦場の中央で、射砲撃支援を行う魔導師───言葉で表すなら、そんなところだろう。

 が、教科書通りの回答が全容(すべて)を表せているのかといえば、それは否だ。

 根本的な問題として、何故中央で射砲撃支援を行う必要があるのか。

 単に敵を倒すのなら、前に出れば良いだけの事。強力な砲撃魔法を有する魔導師であるなら、単騎での殲滅行動も可能だろう。

 では、防衛ラインを護るためなのか。

 一ヶ所に留まって仲間を支える。これはある意味、CGという役割の正道だ。

 仲間たちが戦いやすくするのは、全体に届く射砲支援は欠かせない。───けれど、本当にそれだけなのか。

 より効率的に同じ効果を求めるなら、広域型の魔導師を一番後ろに置く、ただそれだけで前後衛の在り方は一瞬で瓦解する。それこそ、倫理的問題やあらゆる損害に目を潰れば、毎度のように次元世界を消してしまう事だって手段の一つに成り得るだろう。

 しかし、それでは秩序を知らぬ獣と同じだ。

 そもそも、行き過ぎた技術で滅んだ世界の遺産───ロストロギアなんてものが未だに被害を及ぼしている時点で、数多の世界が繰り返してきた歴史を感じ取らずに居られるわけもない。

 だからこそ、魔法という技術は、ヒトの理性で以て扱われている。

 CGは、ある意味でそんな魔法の在り方を最も体現した戦術配置(ポジション)と言えるかもしれない。

 ───であるなら、

「ッ、……‼」

 体制を立て直し、ティアナは周囲から迫る魔力弾の中心に自分を据えた。

 仮に実戦で同じように追い詰められたなら、どれだけの人間がこの行動を取れるのだろう。

 危機に晒されているなら、逃げ出したいと思うのが自然な感情だ。

 もちろん、撤退だって立派な戦略である。ただ漫然と意地を張るのでは、思考を放棄したのと同じ事。

 では、この場に立ち止まり、足を踏みしめるのは何故か。

「……‼」

 いや、本当は問う必要すらないのかもしれない。

 言葉や理屈は元より、そもそもずっと昔から、彼女はそんな在り方を間近で見ていた。

 今もなお、ずっと追い続けている。そんな彼女にとっての理想(あこがれ)を、簡単に忘れられる筈もないのだから。

「───そう! それだよ、ティアナ!」

 たとえ、銃弾の嵐に身を置く事が無謀に思えたとしても───そこに確固たる意志があれば、決して単なる愚策ではない。

「足は止めて、視野を広く。周囲の状況を常に把握しながら、仲間と自分が必要とする事を選び取る」

 ある意味で、それは戦場を制御する事と同義であるのかもしれない。

 ただ大火力を打ち合うだけの殲滅戦ではなく、漠然とした滅びよりも、護り正す形を維持する。

 だからこそ、

「射撃型に求められる技能(チカラ)の真髄は───」

「あらゆる相手に、正確な弾丸を選択(セレクト)して命中させる。判断速度と命中精度ッ!」

《Reload.》

 そう。領域を定め、決して自ら墜ちず、決して仲間を墜とさせない。

 攻防の要として場を征するための力。それこそが、

「チームの中央に立って、誰より早く中長距離を征する───それがわたしやティアナのポジション、CG(センターガード)在り方(やくめ)だよ」

「はい……!」

 追い続ける憧れを目指して、少女はいっそう、銃把(グリップ)握る両手に力を込めた。

 

  4

 

「やー、やってますなあ」

 訓練に励む新人たちの姿を観察(モニタリング)しながら、ヴァイスはどこか楽しそうに呟いた。

 傍らに立つシグナムも、ヴァイスの言葉を受け、「ああ」と一つ頷き、

「初出動が良い刺激になったようだな。実戦を経た事で、自分たちの磨くべき力が見えてきたのかもしれん」

「良いっすねえ、若い連中は。どこまでも真っ直ぐで」

 おどけたように言うヴァイスだったが、シグナムはくすと笑い、からかい交じりに「まったくだ。何時かの悪童共(こうはいたち)を思い出すな」と応えた。

 う、と言葉に詰まるヴァイスをよそに、シグナムはかつての後輩たちの姿を思い返し、懐かしそうに笑みを零した。

 それに対し、拗ねたように口を尖らせて抗議の視線を向けてくるヴァイスだったが、挑発的な笑みを崩さないシグナムを見て、やがて諦めたのか、「……全く、ホント敵わねぇッスよ。姐さんには」と肩を竦めて見せた。

「そうボヤいたものでもないだろう。少なくとも私はあの四人に、お前たちに見たのと同じものを感じているつもりだ。意志在る者の成長は早い。尤も、若さゆえに身に着く力があれば、同じだけ、しばらくの間は危なっかしいことも多いだろうがな」

「……でしょうねえ」

 返す言葉もない、とヴァイスは心裡でごちる。

 かつて教えを乞うた相手だからこそ、その胸中は複雑なものがある。しかし、表情を曇らせた彼に「気に病むことはない」とシグナムは言い、こう続けた。

「誰しも、足を止めざるを得ない時はある。どれだけの英傑であろうと、それぞれに抱える想いや悩みに苛まれて……。経緯も事情も異なるだろうし、一括りにはできないのだろうが───それでも、何時かは向き合わねばならん時が来るからこそ、前に進まざるを得ないのだろうな。私達は」

 そう言葉を区切って、シグナムは目を閉じ、小さく寂しげな笑みを浮かべる。

「すまん、ガラでもない事を言ってしまったか」

 ヴァイスは「いや、そんな事は……!」と言ってくれているが、こればかりは性分なのだろう。元々、こうしているのも、その自覚があるが故の選択だ。

「私は、古い騎士だからな……どうしても基礎的な部分の教導となると、なのはやヴィータのような教え方はできん。ミッド式のティアナはもちろん、特殊な系統のキャロ、ミッド式と混じった近代ベルカ式のスバルとエリオもそうだな。

 テスタロッサとエリオのように資質が近ければ話は別だが、純粋な魔法よりもそれらを活かした戦術となれば、剣を主体とした騎士である私が教えられるのは実戦の立ち回りくらいのものだ。……尤も、それも突き詰めてしまえば〝届く距離まで近づいて斬れ〟という事でしかないが」

 実戦派といえば聞こえはいいが、とどのつまり、タイプが違いすぎるのが問題だ。

 存外、取り回しの悪そうな鉄槌を得物としたヴィータより、シグナムの方が全体的な戦術は大雑把なところがある。

 アイゼンの噴出を利用した変則的な動きは、加減速による機動を伴うスバルのそれに近く、動きを掴みやすい。加えてヴィータには簡易的ながら射撃魔法も持っており、牽制を行いながら大威力の攻撃を当てるという基本戦術も共通しているため、教え易いというメリットがある。

 それでいうと、シグナムには新人たちとの基軸となる部分に共通項が少ない。ゆえに、まだ自分の型を模索している相手を教えるには、少々不都合な点が多いのだ。

「六課の目指す育成には、AMFとの戦いもそうだが、個人スキルの強化による共闘時のチーム全体の戦力向上もある。元々教導の畑にいなかったのもあるが、剣を振るうしか出来ない私は、序盤の教導ではあまり役に立てん」

「突き詰めた一の力、ってのも相当な奥義ではあるんスけどね……。しかしまぁ、新人たち(れんちゅう)には、ちっと早いッスね」

「外の護りの事もあるからな。今のうちは、こうして見守る側に徹しておくつもりだ。とはいえ、この調子ならあの四人と刃を交えながら語らえる日も、そう遠くはないだろうが」

「………………」

 凛々と滾る眼光を目の当たりにし、ヴァイスは苦笑いを浮かべる。

 懐かしいそれは、いつか親友(とも)と肩を並べ立ち会った場で向けられた、『烈火の将』の闘気の欠片だった。胸に燻ぶったままの感情を刺激され、ヴァイスは遠くなってしまった日々の記憶を思い起こす。

 自分自身、未だに辿り着けてはいない場所。立ち止まってしまった分、我武者羅に前進する新人たちにさえ追い抜かれているかもしれないが、それでもまだ、進む意志まで捨て去ったつもりはない。

 だからこそ、だろうか。

「頑張れよガキども……まだまだ、先は長ぇからな」

 自戒を込めるようなヴァイスの呟きに、シグナムは彼の中に新たな熱が灯り始めたのを感じ、柔らかな微笑みを浮かべた。

 そうして言葉は途切れ、やがて二人は再び、新人たちの訓練風景に視線を戻すのだった。

 

  5

 

「───はい、午前の訓練終了!」

 荒息を吐く新人たちは、途切れ途切れに「ありがとうございます」と隊長たちへの返事を絞り出す。

 地面にへたり込む新人たちに、なのはたちは労いの言葉を掛ける。

「お疲れ様。みんな、よく頑張ったね」

「ま、個別スキルに入るとちょっとキツいトコもあるからな。初日にしちゃまあまあだ」

 ヴィータがそう告げると、ティアナは「ちょっと、というか……」とげんなりと顔を引きつらせ、エリオとキャロは顔を見合わせ、言葉もないといった驚きを浮かべている。普段は体力自慢のスバルでさえ、声も出せず地面にへたり込んでいるくらいだ。

 四人とも負けん気は強い方だが、自分の得意分野を最大以上に高めるのは並大抵の事ではない。〇を五〇に引き上げるのは簡単でも、そこから八〇、九〇、そして更に一〇〇よりも先へと。

 常に自分の限界と向き合い続けるのは、並大抵の努力では叶わない。なまじ得意とするものだけに、ある程度までは熟せたとしても、そこから先は自分のベストを更に塗り替え続けなくてはならないのだから。

 自分を突き詰めていく厳しさを再確認し、やや気を落とす新人たちの様子を見て、ヴィータは「まー、そうゲッソリすんな」と声を掛ける。

「フェイト隊長は捜査の方に出たりでなかなか出られねーけど、あたしとなのははこれまで通り、お前らにみっちり付き合ってやるからな」

「あ、ありがとうございます……」

 ニヤッと笑って見せるヴィータの表情から溢れ出す獰猛さに、スバルは引きつったような笑みを浮かべるばかりであった。

 と、そんな熱心なヴィータを宥めるように、傍らのフェイトからも新人たちに向けた注意が告げられる。

「頑張るのは大事だし、調子が良い時は夢中になっちゃうこともあると思うけど、あんまり無理しすぎるのもダメだよ? ライトニングの二人はもちろん、スターズの二人も、まだまだ身体が成長してる最中なんだから。くれぐれも無茶はしないように」

 ね? と、フェイトは新人たちにそう言った。

 スバルとティアナは十五歳と十六歳で、成長期は終盤ではあるが、それでも全く身体に変化がないわけでもない。

 努力は決して無駄にはならない。しかし、我武者羅な情熱は悪ではないが、休息のバランスを軽んじれば、それは魔導師としての人生にとって致命的な傷を生む事になるだろう。伸びしろが多い時期ではあっても、それにかまけて悪影響を生まないよう自制は必要なのだ。

 昼食の時間も近づいてきた。今は身体を休め、午後に備える時間である。なのはたちは新人たちを促し、隊舎へ戻る道を歩き始めた。

 

 隊舎の入り口まで戻ると、ちょうどはやてとリインがどこかへ出かけようとしているのが見えた。

 見送りに来ていたシャーリー共々、戻ってきたフォワード陣に気づいた三人は、訓練を終えた彼女たちに「お疲れ様」と声を掛けた。

「みんな頑張ってるみたいやね。関心関心」

「お疲れさまですよ~♪」

「デバイスたちの調子はどう? 調子が悪いとことか、違和感があったらいつでも言ってね」

 そんな言葉を掛けてくれた三人に、新人たちは「ありがとうございます」と応えた。

「はやてちゃんたちは、これからどこに?」

「西の方やね。陸士一〇八部隊にちょお顔出しに行こー思て。ナカジマ三佐たちと直接会って話しときたいこともあるし」

 なー? と、シャーリーとリインに笑みを向けると、二人も『はい/はいです~♪』と笑みを浮かべる。それを見て、「ああ、そっか」と思い当たる理由があったなのはたち隊長陣は、納得した様に頷いた。

「あ、そや。スバル、ティアナ。二人はおとーさんとおにーちゃん、おねーちゃんに何か伝言とかあるか?」

 と、思い出したように訊ねるはやてに、スバルは「いえ、大丈夫です」と言い、ティアナもやや間を開けて「同じくです」と応えた。

 二人の返事にはやては「ん、了解や」と頷いて、

「ほんなら、ちょっと行ってくるよ」

「うん。はやてちゃんもリインも気を付けて」

「ナカジマ三佐たちによろしく伝えてね」

「はーい♪」

「みんなも午後の訓練頑張ってな~」

 ほなな~と、手を振って車に乗り込んで出発したはやてとリインを見送って、なのはは「それじゃあ一旦解散。午後はチーム戦をするから、模擬戦場に集合ね」と(みな)に告げた。

 そうして新人たちは隊長陣と別れ、シャワールームへ向かう。

 訓練汚れを落としスッキリしたところで、合流したシャーリーを加えた五人と一匹で食堂へと足を運ぶのだった。

 

  6

 

「なるほど。スバルさんのおとーさんとおねーさん、それにティアさんのおにーさんも、陸士部隊の方なんですね」

「うん。八神部隊長も一時期、父さんの部隊で研修してたんだって」

「へぇ……」

 先ほどのはやてとのやり取りから聞こえてきた話を交えつつ、キャロは大皿から取り分けたパスタを可愛らしい仕草で咀嚼する。

 よく食べるスバルとエリオがいる面子というのもあって、運ばれてきた料理の量はかなりのものだった。訓練校時代から慣れた光景とはいえ、瞬く間に大皿から減っていく山盛りパスタを見て、ティアナは相変わらずよく入るものだと益体もない事を思う。

「ティアのおにーさんもそんな感じで、今はギン姉とコンビ組んでやってるみたい」

「じゃあ、ご兄妹でコンビっていうことなんですか?」

「……まあ、不本意ながらね」

 別にそれぞれの兄と姉の優秀さは今更問うまでもなく知っている。なのでそれ自体は良いのだが、なんとも上と下で若干凸凹度合いに差があるのを思うと、なんとも言えない気持ちもあった。

 が、生憎と能天気な相方はそんなのお構いなしなようで、「えへへー、そーかな~」なんて緩んだ顔をしている。

 はあ、と諦め交じりのため息を零しつつ、ティアナは飲み物に口をつける。

「……でもまあ、確かに六課のメンバーって、関係者繋がり多いですよね。スバルのとこもそうですけど、隊長たちも三人とも幼馴染って話ですし」

「そうだね。なのはさんとはやてさんは同じ世界の出身で、フェイトさんも子供の頃はあっちで暮らしてた。今でもお義兄さん夫婦の家は向こうにあるしね。ミッド出身だけど、もうほとんど実家はあっちに移ってるような感じみたい」

「詳しいですね、シャーリーさん」

 ティアナがそういうと、「まあ、あたしも昔、事件の協力で向こうに行ったことあるから」とシャーリーは微笑み、十年ほど前の事を話し始めた。

「デバイスマスターとして師事してたマリーさんがなのはさんたちのデバイスを診てた関係で、子供の頃から仲良くさせてもらってる。その事件の時も、なのはさんとレイジングハートのお手伝いとかをしてたんだ。ああ、でも普段のことなら、あたしより、エリオとキャロの方が詳しいと思うよ」

「「え?」」

「ほら。二人って、フェイトさんが保護責任者でしょ? だから二人も地球のハラオウン家で暮らしてたんだよね。執務官って長期の任務(しゅっちょう)とかもあるし、子供だけだと危ないからさ」

 ね? と、問いかけると、エリオとキャロは『はい』と頷いた。

「フェイトさんが留守の時は、お義母さんとお義姉さん───リンディさんとエイミィさんによくお世話になってました」

「あと、エイミィさんの子供のカレルとリエラも生まれたばっかりだったので、エリオくんと一緒にお世話したり、遊んだりとかも」

 と、エリオとキャロは海鳴市(むこう)で過ごした思い出を、スバルとティアナに話し始めた。

 いくらミッドの就業年齢が低いとはいえ、流石に年齢が一桁の子供だけで長期間留守番させる、なんてことはあり得ない。

 そもそもあれだけ子煩悩全開のフェイトがエリオとキャロを放っておけるわけもなく、ちょうど義兄(あに)夫婦に子供が生まれた時期であったのもあって、義母(リンディ)義姉(エイミィ)が「二人も四人も変わらない。むしろ家族が増えるなら大歓迎」とばかりに世話役を買って出た、というわけだ。

 本格的に執務官として活動を始めてからは、管理局の寮で過ごす事も多かったフェイトだが、こうした経緯もあり、二人を引き取ってからは、再び地球の実家を生活の基点に選んでいた。

 とはいえ、フェイト自身も経験したように、どれだけ互いを大切に思い合っていても、新しく『家族となる』のは決して容易い事ではない。しかし、だからこそ『そうなろうとする』のなら、この場所が良いとフェイトは決めていた。

 元々あの家は『PT事件』をきっかけとして、『闇の書』事件の折、フェイトの為にとリンディとクロノが便宜を図ったのが始まりではあったが───その後の事件や、地球での生活を経て、ハラオウン家にとっても意味深い場所となった。

 シャーリーの言葉を掘り下げるなら、あの星は、フェイトたちとっての第二の故郷と呼ぶべきもの。また同時に、新たな始まりの地でもある。かつて自分がそうだったように、エリオとキャロが新しい幸せを描けるきっかけを、ここから繋いでいけたらと、フェイトは願ったのだろう。

 

 そして、それはきっと───間違ってはいなかった。

 

「最近は会えてませんけど、メールとか通話は結構来ますよ? 案外むこうとの時差もそんなにないので、お休みの日とかに」

「また遊びに行きたいなあ、って思ってはいるんですが……いまは訓練中なので」

 クロノとエイミィの子供である双子。カレルとリエラの事を楽しそうにスバルとティアナに話すエリオとキャロの姿を見て、シャーリーはそう思った。

「まー、そーだよね~。さっきはああいったけど、あたしもギン姉にしばらく会ってないし。会いたい気持ちは何となくわかるなー。ティアもさ、お兄さんに会いたいなーって時、あるんじゃない?」

「……まあ、そうね」

「そういえば、何気に六課のフォワードメンバーって、みんな〝きょうだい〟いる人多いね。アルトもお兄さんいっぱいいるって言ってたし」

「へぇ、そうなんですか?」

「うん。この前聞いたばっかりなんだけどね───」

 言われてみれば、確かに多いかもしれない。厳密にはそうでなくても、似たような関係性にあるのも含めれば、六課にはそういう人物が多いのかもしれない。

(これも縁、なのかな……)

 何もそれだけがすべてではないが、『きょうだい』というのも、家族との繋がりの一端である事は間違いない。

 自分より先に生まれた兄姉に憧れを抱いたり、或いはその逆であったり。しかし往々にして、自分より速く生を受けた命というのは、一種の指標だ。

 その善し悪しはさておくとしても、確かに自分より長きを生きた誰かというのは、なかなか無視できるものではない。

 家族は最も近しい他人、というが、完全に切り離しきれない部分も確かに孕んでいる。

 そして、下にとって上がそうであるなら、上にとっての下にも同じ事がいえる。

 

 時に人間は、自分より下の命が生まれる事を恐れる場合もあるという。

 

 これは既に形成されていた自分の居場所を、他者に侵食されるように感じるためらしい。幼い子供であれば猶更に、他者と自分を切り離せず、知り得る情報も少ないがゆえに、余計に失う事を畏れるのだとか。

 確かに、これは人間にとっては切り離せない感情だ。

 自分の過ごし易い居場所を、或いは向けられた愛情を独り占めにしたい。

 誰しもが大なり小なり抱く当たり前の感情。何が悪いわけでもなく、ごくごく自然な想いである。

 

 ───が、かといってそれが全てでもない。

 

 良し悪しを語るより、よっぽどシンプルな話だ。

 ありとあらゆるものを『自分だけのものにしたい』というのも自然なら、『誰かと何かを分け合いたい』と思えるのも、同様に自然な感情であるのだから。

 片方だけにはなかなか振り切れない。どちらも内包しているからこそ、人間には悩みや迷いが生じる。

 仮に片方に振り切れてしまうなら、そもそも悩みや迷いはすぐに吹き入れてしまうだろう。自分自身の意義を一度は見失ったエリオとキャロならば、それがよく分かったのではなかろうか。

 

 苦しむくらいなら、なぜこんな風に生まれてきたのか。

 

 心に刻まれた痕は、簡単に消えはしない。

 けれど、ずっと留まっている事も出来なかった。

 

 悲しくて、苦しくて。助けてとすらいえないままで。

 大切だったはずのものが抜け落ち、空いてしまった心の穴。涙ばかりで、運命を呪った。

 

 世界は簡単に変えられず、自分が変わるのだって難しい。

 そんな、ぽつんと取り残されてしまったような空白(まよい)の中。自分自身の想いすら不確かだった子供たちに、不意に差しだされた手があった。

 

 選んだ道を経て、エリオとキャロは失ったものを取り戻しながら、考えもしなかった様々な事に出会っていく。

 この経験もまた、そのうちの一つ。

 自分たちに続いて生まれてきた新しい命の重みを知り、ただ護られているだけではなく、自分たちも守っていく側になりたくなった。

 どれだけ疵を負ったとしても、最後に差し出された手のぬくもりを知る事が出来た。きっと、理由はそれだけで十分だったのだ。

 不条理があっても、そればかりに目を向けるのではなく。

 ささやかでも、小さな幸せを紡ぎ合い、大きく広げていける世界であって欲しい。

 だからこそ、エリオとキャロは、自分たちを包み込んでくれた優しい在り方を、自分たちが守るべき命が生きる日々に繋いでいきたいと、そう思ったのだった。

 勿論、まだ二人も守られるべき子供である事には変わりはない。しかし、自分の足で立ち上がろうとする意志を否定するほど無粋でもいられなかった。

 育ての親となったフェイトの経験に依る部分もあったが、それ以上に、彼女自身が二人と交わした約束がそうさせたのだろう。

 どこへ行きたいのか。そして、何がしたいのか。

 その答えを見つけられるように、共に歩むと決めたのだから。

 仲間たちと〝故郷〟の話を始めたエリオとキャロの姿を、シャーリーは柔らかな表情でそっと見守るのだった。

 

  7

 

 ミッドチルダ西部に拠点を置く陸士一〇八部隊。その隊舎に到着したはやてとリインは、早速受付へと足を運んだ。

 受付で話を通すと、程なくギンガとティーダが二人を出迎えに来てくれた。

「お久しぶりです、はやてさん」

「お待ちしておりました」

「ギンガ、ティーダさんも、お久しぶりです」

「お久しぶりです~♪」

 出迎えてくれたギンガとティーダににこやかな笑みを返すと、二人は早速とばかりに、彼女を部隊長室まで案内してくれた。

 古巣ではあるが、はやてが研修していた当時に比べ、変わったところも多い。

 なんとなく視線を漂わせている間に、四人は隊長室の前に到着した。

 呼鈴を鳴らし、「ナカジマ三佐、八神二佐がお見えになりました」とティーダが声を掛けると、中から『おう、入ってくれ』と入室を促す声と共に、扉が開いた。

「よお、八神。よく来たな」

「ナカジマ三佐、ご無沙汰してます!」

「ま、そう堅苦しくならんでも良いだろ。積もる話もあるだろうし、とりあえず座ってくれや」

 そうはやてを促して、ゲンヤはギンガにお茶の用意を頼む。次いではやてもリインに、ティーダに持ってきたデータの受け渡しと説明をするよう頼んだ。

 ほどなくギンガが持ってきたお茶を受け取り、ギンガもティーダたちの方へ向かったところで、はやてとゲンヤ───かつての教え子と教官の談話が始まった。

「新部隊、なかなか調子良いみたいじゃねえか」

「そうですね、いまのところは」

 みんなのおかげでなんとかやれている、と言ったはやてに「そりゃなによりだ」と返しつつ、ゲンヤははやてに今回の訪問の目的について訊ね始めた。

「しかし今日はどうした。部隊は順調らしいが、古巣の様子見にわざわざ来るほど、暇な身でもないだろうに」

「ふふ。愛弟子から師匠への、ちょっとしたお願いです」

「お願い、ねえ……」

 訝しげに反復するゲンヤに、はやては投射画面を指しながら、『依頼(おねがい)』の内容を語り始めた。

「お願いしたいんは、密輸物のルート捜査なんです」

 映し出された赤い宝石には、ゲンヤも見覚えがあった。

 捜査官を率いる部隊長として、ここ十年ほどの間に名前が上がり始めたそれには彼自身、注意を払ってはいた。何せ、危険度は第一級捜索指定物とされており、おまけに教え子であるはやての部隊の設立目的ともなった品だ。知らない筈もない。

「お前んとこで扱ってる、ロストロギア───『レリック』か」

「ええ。それが通る可能性の高い流通経路(ルート)がいくつかあるんです。詳しくは、リインがいま外で二人に渡しているものを合わせて見ていただきたいと思います」

「まあ、ウチの捜査部を使ってもらうのは構わねぇし、密輸物の捜査は陸士一〇八部隊(ウチ)の本業っちゃ本業だ。頼まれねぇことはねーんだが……」

「お願いします」

 言葉の通り、地上部隊の中でも腕利きの捜査官を多く有する陸士一〇八部隊の専門は捜査である。

 現在抱えている案件は危険度で言えば中の下の品ばかり。人員を割くのを惜しむほどの状況ではないのも確かだ。かつての教え子の頼みでもある事も合わせれば、力になってやりたいのは山々であるが───。

「八神よ。他の機動部隊や、本局の捜査部じゃなくてわざわざ此処(ウチ)を頼って来たのには、何か理由があるのか?」

「密輸ルートの捜査自体は彼らにも依頼してあるんですが……地上の事は、やっぱり地上部隊が一番よく知ってますから」

「ふむ……ま、筋は通ってるな」

 理由としては弱いが、建前としてはまあまあだろう。

 まだ何かあるのは予想に難くないものの、元々来るものは拒まない性質の部隊だ。

 この先、鬼が出るか蛇が出るか。今は解からなくとも、何であれ、信頼のおける愛弟子に頼まれては無碍に断るわけにもいくまい。

「良いだろう、引き受けた」

「ありがとうございます……!」

 そう言って頭を下げるはやてを手で制しながら、ゲンヤはこの捜査協力に対する割り振りを行う。

「捜査主任はカルタスで、ティーダとギンガはその副官に付ける。見知った顔ばかりだし、この面子ならお前も動かし易いだろう」

 ティーダはまだ魔導師として完全に復帰したわけではないが、元より腕は確かであるし、ここ数年の経験からしても、捜査における力量は推して余りある。

 それに加え、

「はい。ウチの方は、テスタロッサ・ハラオウン執務官が捜査主任になりますから、ギンガもやりやすいんじゃないかと……ティーダさんも、ティアナと話す機会も多くなると思いますし」

「ああ。そうだな……」

 長年見てきたのだ、少しばかり壁を抱えてしまった兄妹の心情を慮りたくもなる。

 この機会が上手く働いてくれることを祈りつつ、はやてとゲンヤは少し冷めてきたお茶を啜った。

「ホンマは、ランスター兄妹の事もそうですけど……スバルに続いてギンガまでお借りする形になってしもて、ちょっと心苦しくはあるんですが」

「なあに。どっちも自分で選んだ道だ、やるときゃ全力でぶつかって、そいつをサポートしてやるくらいがちょうど良いんだろうよ。それに、ギンガもハラオウンのお嬢と一緒の仕事は嬉しいだろうしな」

「はい」

 それにしても、と『部下』を思い遣るはやての姿を見て、ゲンヤは感慨深げな笑みを浮かべる。

「気が付きゃお前も俺の上官なんだよなあ……。階級自体は元々大層なもんだったが、今じゃ立派な部隊長ときたもんだ。魔導師キャリア組の出世は早ぇな」

「魔導師の階級なんて、ただの飾りですよ。中央や本局に行ったら、一般士官からも小娘扱いですから……」

 だろうな、とゲンヤは小さく呟いた。

 魔導師としての技量は管理局内においては重宝されるが、その技量を持ちながら、管理局に長く関わりを持つ人間の集まっているのが本局というところだ。

 そして、そんな本局に───というよりは、次元世界の外側に向けて、というべきか。

 力を持った者たちが外へ外へと目を向ける中で、逆に今住まう世界を護るべきだと声高に叫ぶのが中央。牽いては地上本部の面々ということになる。

 どちらの主張も間違ってはいないだろう。正しさの有無ではなく、ただ優先するものが違うだけで。

 長く管理局に勤めてはいるが、こういった派閥争いにはどうにも馴染めない。

 年を取った、と言えばそれまでかもしれないが、妻を失い、守らなくてはならない娘たちを抱えていた彼にとっては、こう在る事こそが戦いだったのだろう。

 そういう意味では、まだ若い身でありながら、その渦中に飛び込んでいくはやてを放っておけないのも、それに近い感情故だったのかもしれない。

「おっと、すまんな……俺まで小娘扱いしてたか」

 謝罪を口にしたゲンヤに「いえ」と返しつつ、はやては言う。

「実際、その通りなところもありますし……それにナカジマ三佐は、今も昔もわたしの尊敬する上官ですから」

「……そうか」

 はい、と言って微笑むはやてに、ゲンヤは少し照れ臭そうに顔を伏せた。

 教える側にとって教えられる側が幼く感じられるように、教えられた側にとっても、教えてくれた側の事は、歳月を経ても敬愛すべき『師』なのである。

「甘えてばっかりもいられませんけど、やっぱり特別ですよ。師匠と弟子っていうのは」

「気軽に相談出来る存在だってんなら光栄だがな。そいつはお前んとこの、甘え下手な教導官の嬢ちゃん辺りにでも忠告しといてやるといいさ───おっと、こんなこと言ってると高町の嬢ちゃんに大目玉喰らっちまうな」

「まぁ、それはもう十分解かってるんちゃうかなー、とは思いますよ? ちっちゃい頃から先生を取り合う妹弟子もいますし」

「違いねえな。こっちにも聞こえてくるからな、若い先生とべったりな弟子のウワサは」

 ゲンヤの言葉に、すっかり傍付きが板についてきたらしい自分の親友とそっくりな遠き星の友人を思い起こし、はやては「たはは……」と困ったような笑みを浮かべるのだった。

 

  8

 

「……なんだか、すっごく失礼なコト言われてる気がするの」

 新人たちに続いて訪れた訓練後のシャワー室で、唐突になのはがそんな事を言い出した。

 親友の発言に、フェイトは不思議そうな顔で首を傾げる。当の本人には何らかの啓示(むしのしらせ)に感じたのかもしれないが、生憎とその直感は外野には解かりそうもなかった。

 なので、

「いつものコトだろ」

 なのはの呟きに、ヴィータは素っ気ないツッコミを入れる。

「昔っから天然なトコは相変わらずだし、そんなんじゃウワサされてもしかたねーって」

「ヒドいよぉ、ヴィータちゃぁん……」

 若干涙目で抗議するなのはだが、「ヒドくねーです」と無碍にその抗議を断ち切って、ヴィータはシャワーを止めると、掛けていたタオルを取る。

「ほら、午後の訓練行くぞー」

「あぁっ! ちょ、ちょっと待ってよ~、ヴィータちゃーん!」

 イジワル~‼ と、新人たちには聞かせられない子供っぽい声を上げながら、なのはもヴィータを追いかけて脱衣所へ向かっていく。

 二人のそんな光景(やりとり)を困ったような、けれどどこか微笑まし気に眺めながら、フェイトも午後の業務に戻るべく、シャワーを止め、ブースから歩き出した。

 

  9

 

「なるほど……。そうですか、フェイトさんが」

「はいです♪ 六課の捜査主任ですから、一緒に捜査に当たってもらうこともあるかもですよ」

 現状について説明してくれたリインの言葉を受け、ギンガは「これはすごく頑張らないといけませんね」と、ぐっと拳を胸のあたりで構えて見せた。

 スバル()のなのはに対する憧れほどではないが、ギンガも空港火災の際にフェイトに助けてもらった事がある。

 訓練生から捜査官になってからは、何度か事件を通じて関わった事もあり、ギンガにとってフェイトは尊敬する親しい先輩の一人である。そんな彼女と今回も合同で任務に就けるというのは、彼女にとっても非常に心が弾む報せであった。

 そうしたギンガの様子を見て、「よかったね」と傍らのティーダが微笑みかける。

「はい♪ ティーダさんも一緒ですし、ますますやる気が出てきます。姉としては、妹たちにカッコ悪いところは見せられませんからね!」

「はは。そうだね、僕も頑張らないと」

 姉として、兄として、それぞれの意気込みに燃える二人を見て、リインは「ありがとうございます♪」と、改めて協力に意欲的なギンガとティーダにお礼を述べると、シャーリーから託されたちょっとしたサプライズに移る。

「捜査協力に当たってくださるお二人に、ちょっとしたお礼として、六課からプレゼントがあるですよ」

「プレゼント、ですか?」

「はいです♪ ギンガはまだ、特定のインテリジェントデバイスを持ってはいないという事なので、シャーリーからスバルのと同型の新デバイスを。

 ティーダさんにはファントムミラージュがいますけど、ティアナのクロスミラージュを制作する時にお借りしたデータから、より最適化した調整と新しい機能の追加。担い手とより親密に呼応するよう、バージョンアップするですっ」

 その詳細を、リインは二人にデータとして送る。

 そこに記載された内容は、新たに手にするギンガはもちろんだが、愛機の改良となるティーダにとっても、かなり魅力的な構想が描き出されていた。

 特にティーダのものについては、彼の魔導師としての復帰を見越した更なる発展にまで視野に入れている。

「ファントムミラージュもきっと、後継機(きょうだい)が出来て、もっと頑張りたくなったんだと思います。わたしたちデバイスにとっての一番は、主と共に在ることですから。込められたあの子の願い、しっかり聞き届けてあげて欲しいです」

「ありがとうございます、リイン曹長。僕も改めて、もう一度、ミラージュに相応しい担い手になれるよう精進していきます」

 強き意志を秘めた笑みを浮かべるティーダに、リインも嬉しそうに微笑んだ。

 そうして、三人の話が一区切りついたところで、部隊長室にいたゲンヤとはやてから連絡が入った。

『話し中すまんが、そろそろお前たちも含めて、今回の協力任務の打ち合わせをしておかなくちゃと思ってな。カルタスにも声を掛けて、会議室に集まってくれや』

「了解しました」

「ではナカジマ三佐、五分後には会議室に向かいます」

『おう。頼むぞ、ティーダ』

 そこでいったん通信が途切れると、ティーダはギンガとリインに先に会議室へ向かって欲しい旨を告げ、カルタスを呼びに管制室へと向かった。

 その背を見送って、「ではいきましょうか」という言葉と共に、二人もまた、会議室へと向かって足を進めるのだった。

 

  10

 

 新人たちと食事を終え、シャーリーが整備室(デバイスルーム)へ戻ると、そこではフェイトが何やら熱心にガジェットの資料(データ)を閲覧しているのが見えた。

「お疲れ様です、フェイトさん。ガジェットの分析……ですか?」

「お疲れ様。ううん、そんなに大げさなものでもないんだけどね……。少し、気になる事があって」

 そう言って、フェイトは表示された画像の一つに目を向ける。

 そこにはガジェットの回路基板らしきものに据えられた、小さな蒼い宝石が写し出されていた。

「あ……これって、確か」

「うん。ロストロギアの一つ、〝ジュエルシード〟───十五年前、ユーノがある遺跡で発見した古代遺失物で、わたしがなのはたちと出会うきっかけにもなった事件の中心にあったエネルギー結晶体」

 高純度のエネルギー結晶体。それは六課が追うレリックとも通ずる部分ではあるが、しかしシャーリーは「でも……」と、以前なのはたちから聞いた事柄を思い出しながら、こう続けた。

「事件の記録では、ジュエルシード二十一個の内九個は失われて、残った個体は局で保管されていてるって」

「そのはず、なんだけどね。……さっき本局に問い合わせてみたら、かなり辺境の研究施設に貸し出される途中で、輸送船が事故に遭ったらしいが分かったんだ」

「事故って、そんな……ッ!」

 訝し気に呟くシャーリーに、フェイトも頷いた。

 偶然にしては、あまりに出来過ぎである。しかし、ジュエルシードに纏わる『PT事件』

が起こったのは十五年も前の、おまけに管理外世界での話だ。模倣するにしては、あまりに知名度が低い事件だといえよう。

 となれば、別の可能性を考えなくてはならないが、それもなかなか容易ではない。

「今回の機体は、リニアを襲った型だけど、前にシグナムたちが戦ったⅠ型も含まれてる事を考えれば……レリックと似たエネルギー結晶を、ガジェットが襲い取り込んだ、っていう仮説も考えられないわけじゃないけど」

「可能性自体はかなり低い、ですけど……偶然にしては出来過ぎで、かといって人為的というには確証も足りないとなると」

 歯痒げに、シャーリーは眉を顰める。

 だが、捜査もまだ始まったばかり。何事も気づかないままでは動き出す事すら出来ないと思えば、一つでも痕跡に気づけたのは、解決の糸口へ向かう第一歩だといえよう。

「もどかしくないっていったらうそになるけど……でも、いまは少しずつでも、次に繋がる手がかりを探していかなくちゃだから」

「そうですよね……よしっ! フェイトさん、あたしも分析手伝います。検証済みのデータからも、もっと細かく探せば、何かの痕跡が解かるかもしれませんし」

「ありがとうシャーリー、頼りにしてる」

「はい♪ では、さっそく───あれ?」

 と、勇んで持ち前の処理分析能力を全開にし、データの洗い出しを始めようとしたシャーリーだったが、席に着こうとしたその時、ふとフェイトの開いていた画像の一つに目が留まった。

「フェイトさん、これ……この画像のここのところ」

「え?」

「いえ、基盤に回路に繋がってない部分が目について、何だか文字が入った部分があったような……」

 言われて、フェイトはシャーリーの指した画像を拡大してよく見てみた。

 確かに、回路の中に独立した無関係の板部分があり、何かが『書いて』あった。

 戦闘の影響で微かに焼け付いてはいるが、そこには間違いなく文字が刻み込まれていた。

 それこそ、ネームプレートか何かのように。しかし、こんな無人兵器を作っておいて、わざわざ痕跡を残そうなどという者がいるわけもない、のだが───。

「Jと……M、ですかね?」

 たったの二文字。

 それだけでは意味があるのかも定かではない、しかし、これまで人為的か非人為的か判別できなかったガジェットに刻まれたがゆえに、強烈に匂い立つ懸念があった。

 何らかの目的を誇示するために誰かが刻みこんだ人為の痕跡。

 少なくとも、フェイトとシャーリーには、何者かがガジェットに手を加えている、或いは操っている可能性がかなり高くなったと感じられた。

「シャーリー……魔法技術の、特にエネルギー系をはじめとする研究に纏わる犯罪者に絞って、JとMのイニシャルを持ってる該当者のデータを抽出(ピックアップ)してもらっても良いかな?」

「了解です!」

 やっと見えてきた光明。か細くはあるが、追ってみなければ解からない事もある。

 辿り着いた一つ目の指標が示すものを確かめるべく、フェイトとシャーリーは、残された痕跡をより詳しく調べ始めた。

 

  11

 

「はい、本日の訓練終了! みんな、よく頑張ったね。お疲れさま」

 ありがとうございます、と、息も荒く、揃わないながらも、新人たちは何とかその労いに応えた。その様子に苦笑しつつ、明日の訓練について短く伝えると、なのはは四人に隊舎へ戻るよう促した。

 四人が訓練場を後にするのを見送り、今日の訓練で見て取れた新人たちのデータをまとめながら、ヴィータは傍らのなのはに「なあ」と声を掛ける。

「六課がガチガチの武装隊ってワケじゃないのは解かってるけどさ、なんつーか……ちょっと自由(アバウト)すぎねーか? あたしらが昔研修に行ったトコなんか、カリキュラムどころか、立ち居振る舞いから礼儀作法まで叩き込まれただろ?」

 ヴィータの問いかけに、なのはも「そうだね……」と小さく頷いた。

「確かに、純粋に管理局員を育てるっていう意味でなら、六課の教導(やりかた)はセオリー通りじゃないかもしれない。───だけど、スバルとティアナはもちろん、エリオとキャロだって、そういう管理局員としての在り方を、全然学んできてないわけじゃない。

 あくまで六課の目的は、ゼロから育てるんじゃなく、それぞれが秘めた資質を、最大限伸ばしてあげる事。そしてその力は、AMFを始めとする対魔法技術と相対した時……ううん、AMFに限らず、自分にとって未知の相手に遭遇しても、必ず無事に帰ってこられるようにするためのものだから」

 ゼロから学ぶのではなく、培ってきたものを、より進化させていくための在り方。

 一律ではないのかもしれないが、決してバラバラというわけでもない。

 なるほど。改めて言葉にすると、確かにそれは六課(かのじょたち)らしいといえるかもしれない。

「ま、考えてみりゃあたしらの集まりからしてそんな感じだしな……。今更かもしんねーけど、らしいっちゃらしいか」

「うん。わたしがいた教導隊も、どっちかっていうとそっち寄りだからね。型に嵌めるより、自分の持ってる手段を更に高められるように、ひたすら実践あるのみ! みたいな感じで」

「…………」

 要するにそれは、目についた迷路を全て潜り抜けるようなものだろうか。いや、むしろ目の前に壁を置いて、這い上がって答えに辿り着けるまで、延々と叩きのめされるイメージの方が近いのでは───。

「……おっかねぇな。改めて教導隊ってのは」

 思わずそんな呟きが漏れたものの、さほど憂いは含まれてはいなかった。

 ヴィータ自身、どちらかといえばその路を歩いてきた側だ。だからというわけではないが、あれだけ負けん気の強い四人に、不安ばかりを感じるというのも、どだい無理な話である。

 今は荒波に揉まれ、本当に擦り切れそうになった時に支え、導く。萌え出る青葉を相手にするなら、それくらいがちょうどいいのかもな───と、会話が一区切りついたところで、データ整理にも目途がついた。

「んじゃ、あたしらも隊舎に戻るか」

 小さく伸びをしながらそう告げたヴィータに、なのはも「そうだね」と応じ、二人は隊舎へと向かって歩き出した。

 

 ───歩きながら、ヴィータは思う。

 まだ数か月ではあるが、次の世代を導くという事の難しさが身に沁みて解かってきた気がする、と。

 いま自分たちが育てている四人も、自分たちの置かれた環境について、どのくらい認識できているのだろうか。……いや、そんな事を考えるのは、まして口に出すなんて野暮が過ぎる。

 自分たちだって、どれだけ感謝の念を持っていても、実際にそれをきちんと理解出来たのは、ずいぶんと後になってからだった。

 だからこそ、考えるべきはそこではない。

 今はただ、これまで受け継いできたものを、真っ直ぐ伝えていくだけだ。何時か、あの四人が次の世代の前に立つ時、自らの在り方に誇りを持って、導く事が出来る大人になれるように。

(ホント、簡単じゃねぇよな……〝導く〟なんてのは)

 柄でもないのに、なんて心裡に呟きながら、ヴィータは何の気なしに空を見上げた。

 今宵の空は酷く澄んでいて、この感傷的な気分には、嫌になるほどピッタリな様相である。臨海地区というのもあって、六課隊舎周辺は良い風も吹く。気づけば、どこか胸に掛かっていた靄は、そんな風に流されて、いつの間にか晴れて行ってしまった。

 

  12

 

 昏く染まった空に、二つの月が浮かぶ。ミッドチルダのいつもの夜だ。

 その月夜に照らされた街を、少女が一人歩いていた。

 静けさに包まれた街をは少し寂しげではあるが、忙しない昼間の喧騒よりも好ましく少女の紅い瞳に写っていた。

 しかし、夜に風情を覚えるには、少女は些か幼すぎるように見えた。

 年齢(としのころ)はやっと二桁に届くかどうかと言ったところ。

 背丈にしても、同世代(おないどし)の平均より頭半分ほど低い。少なくとも、こんな時間に一人外を歩き回るのは憚られるだろう『子供』であった。

 

 ———けれど、不思議と不釣り合いには思えない雰囲気が彼女にはあった。

 

 夜に溶け込みそうな藍紫の髪がそう思わせるのかも知れないが、恐らくそれだけではないのだろう。

 どこを目指すでもなく、とはいえ、決して足を止める事もなく。

 少女はただ、静かに歩き続ける。

 誰の目にも留まりながら、決して捉えさせない。

 静けさに馴染みながらも、ふとした瞬間に目を奪われてしまいそうな魅力。そんな、ともすれば異様とさえ形容できそうな、不思議な色香()を持つ少女だった。

「……?」

 と、不意に少女の足が止まる。

 どこからか掛かってきた通信に気づいたらしい。ローブの中にしまっていた右手を上げ、嵌めた手套(愛機)の甲に据えられた宝石部分に小さく声を掛ける。

「ドクター?」

 見た目に違わぬ平静(しずか)な声音でそう訊ね掛けると、宙に映し出された画面(まど)の向こうから、『やあ』と返事が聞こえてきた。

『随分とご無沙汰してしまったね。調子はどうかな? ルーテシア』

「うん。元気、だよ? わたしも、おねーちゃんも、アギトも、ゼストも」

 そう応えたルーテシアに、『それは重畳(なにより)だ』と、画面の向こうに立つ、博士(ドクター)の名通りに白衣を纏った男は、にたりとした()みを浮かべる。

 そして、続けて子供相手にしても余分なほど、ねっとりとした猫撫で声で彼女にこう告げてきた。

『ところでルーテシア。申し訳ないんだが……君たちにまた、一つ〝お願い〟があってね』

「おねがい?」

『ああ、とても大切な……ね』

 ゆったりと間を残しつつ首肯した(ドクター)に、ルーテシアは「そう」と呟き、たいして間をおかないまま両省の意を示した。

「良いよ。ドクターの、おねがいだから」

『やはり、ルーテシアはやさしいね……では、早速説明に入るとしよう。

 今回のお願いはね、いま君たちの居るミッド郊外のあるホテルで行われるオークション、そこに出展されているある品を手に入れて欲しい、というものなんだ』

「ロストロギア……?」

『流石に聡い。そうだよ、私の研究に必要なものなんだ』

「分かった」

『ありがとう。とても助かるよ。詳しいデータは、あとでクアットロの方から送らせよう。それと、お礼と言っては何だが、今度ソフィたちも一緒にお茶でもいかがかな? 君たちの好きな茶菓子(スイーツ)をたくさん用意しておくよ』

「ゼストは、あんまり甘いの好きじゃないから……他のも」

『おっと、これは失念していた。そちらも用意しておこう』

「うん。じゃあ、また」

 言って、ルーテシアは『ああ』と応える(ドクター)の声に頷きながら、通信を切った。

 程なく送られてきた目標の詳細と、それらが揃う場所の日時と地図を参照しつつ、ルーテシアは愛機に、『姉』に通信を繋いで欲しいと頼んだ。

『あら、お散歩はもういいの?』

 悪戯っぽく微笑む『姉』に、「うん……もう少ししたら、帰るね」と告げる。

 気を付けてね、と告げる『姉』に頷きつつ、

「おねーちゃん」

『ん? どうかしたの、ルー?』

「ドクターが、おねがいがあるって」

 送られてきたデータを『姉』に転送しながらそう告げると、『姉』はそれらに目を通しながら、『なるほど……』と一つ頷いた。

『今度はずいぶんと近くなのね。あまり遠くに行かなくて済むのは良いけど……その分、リスクも高くなっちゃうかも』

「平気。わたしには、おねーちゃんたちがいるから」

 何の迷いもなく言い切るルーテシアに、『姉』は思わず笑みを零した。

『ふふふ。そうね、ならおねーちゃんも頑張らなくちゃ。大事な〝おねがい〟だものね……』

「うん」

 こくり、とその言葉に頷いて、少女は通信を閉じる。

 そうして、少女は再び、家族の下へと帰るべく、止めていた足を踏み出すのだった。

 

 

 

 六課隊舎から中央本部へ向かう途中。フェイトは車窓から見えた、歩道を歩く小さな人影を目の端に捉えた。

(……こど、も……?)

 対向車線側のため、ハッキリと見えた訳ではなかったが、何故だかフェイトは、妙にその人影が気になった。

 ちょうどエリオとキャロと同い年くらいだったからだろうか。

 就業年齢の早いミッドチルダでは、全く珍しいというわけではないが、それでも幼子が夜に出歩くのは奨励されているわけでもない。

「??? どうかしましたか、フェイトさん?」

「あ……ううん。そんな大したことじゃないんだけど」

 ───とはいえ、気にし過ぎだっただろうか。

 助手席のシャーリーにそう訊ねられて、フェイトの中に残っていた奇妙な印象は次第に薄れ始め、二人の話題は先ほどまで六課の整備室で話していた事柄に移りだした。

「それにしても……ジュエルシードの件もそうですけど、レリックも何の目的で創り出されたんでしょうね」

 今回のガジェットに使われていたような、炉心としての利用方法はもちろんだが、そもそも根本的な問題として、あんな膨大なエネルギーを何のために結晶にしたのか。

 エネルギーを内包した結晶体というのは、次元世界では比較的ポピュラーな技術ではある。しかし、ジュエルシードはもちろん、レリックにしても、個体ではあるが、かなり不安定な状態である事に変わりはない。

 とりわけ、レリックはジュエルシードのような生物の意志に感応するといった性質すら未だ明かされておらず───過去の事例を鑑みてもなお、現状では封印による不活性化処理以上の対策が無いというのが現状だ。

「教会の方から回ってきた資料では、古代ベルカで造られて、人体にインプラントするものとして使われていた……みたいな話もありますけど、一時期のカートリッジシステム以上に失われた技術な上に、ほとんど伝承に近い状態ですし」

 この辺りは、カリムの預言を調べていた時、その内容に示されているのが『聖王のゆりかご』なのではないか、と疑われたのと同じだ。

 一つの可能性として捜査線上に上がってはいるものの、存在自体がまるで御伽噺(くうそう)の産物であるような。

 影を追う事が出来ても、そこに明確な道筋は浮かんでは来ない。

 たとえ、それが稼働した状態で発見されたのだとしても。

 理解する事が出来なければ、とてもそうとは信じられはしないものだ。

 直感は時として論理を超越する事もあるが、憶測にのみ身を委ねれば、呆気なく道を踏み外す。

「せめて、もう少しデータがあればいいんですけどね……」

 シャーリーの呟きに、フェイトも首肯する。

 しかし、現状ではまだ難しいだろう。となれば、フェイトたちに出来ることは、関連する情報を探しながら、それらを結びつける手がかりを探していく事くらいだ。

「とにかく今は、中央にある事件ファイルから洗い出してみよう」

「はい。───あ、そういえば、無限書庫にも依頼出してましたけど、書庫の方からはどうでした?」

「さっき連絡したら、レリックやジュエルシードに類似する系統のロストロギアについても調べてくれるって。……やっぱり、ユーノにとってもジュエルシードは印象深いロストロギアだから」

「そうですよね……。使用目的とか、運用に纏わる部分が推察出来たら、解決の一歩になりますね」

「うん。わたしたちも、負けてられないかな」

 言って、フェイトとシャーリーは笑みを交わし合う。それから程なく、二人を乗せた車は、中央本部のある区画へと滑り込んで行くのだった。

 

 

 

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