魔法少女リリカルなのはStrikerS ~The After Reflection/Detonation IF~   作:形右

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第六章 出張、第九七管理外世界へ

偶然と必然 Give_and_Take.

 

 

 

 ミッド北部、旧ベルカ自治領。

 現在のミッドチルダの前身となった旧世界の一つ、『ベルカ』。その特色を色濃く継いだここには、かつて長く続いた戦乱を(おさ)めた聖王・オリヴィエを奉る『聖王教会』の本部が置かれている。

 教会本部の中央に聳える大聖堂の執務室にて、カリムは今日も寄せられた依頼への対処に忙しく手を動かしていた。

 

 彼女が後見を務める機動六課が本格的に稼働し始めてから、早数ヶ月。

 部隊は順調に運営されており、先のガジェットとの戦闘でも隊員たちは順当な成果を上げている。

 とはいえ、まだ六課は(あお)い部隊である。

 元々の設立目的は別であっても、その時が来た際に満足に動けなくては意味がない。

 単に、華々しく活躍しろというのではなく、自分たちが〝動ける〟のだと、外側に認めてもらう必要があるのだ。

 それがここのところの、六課の後見人であるカリムの悩みのタネだった。

「…………」

 悩まし気な表情で、机に広げた書類を眺める。

 そこへ、お茶を差し入れに来たシャッハが入ってきた。カリムの悩ましげな表情を見みかねて、「だいぶお困りのようですね……」と声を掛ける。

「ええ、そうなの。六課の経験と実績の為には、なるべくたくさんの任務を熟して行くのが一番の近道なんだけど……」

 しかし、表向きの六課は、レリックの捜査とAMF対策を主軸とした育成を念頭に置いた部隊だ。

 通常の任務であれば、本局や地上本部の武装隊の領分である。協力体制を取るという手もあるが、よほどの大ごとでない限り、複数の部隊が常時肩を並べて任務に当たる必然性は殆どない。

 その上、一度協力体制を取ってしまうと、有事の際にハイ中断、というわけにもいかないだろう。そうなると、六課本来の目的であるレリック関連の事件への対応が疎かになってしまう恐れがある。

 加えて、六課をあまりミッドから動かしてしまうと、そもそもの部隊としての前提が崩れる。これらの問題が重なり合って、六課への任務の振り分けはかなり難しいものになってしまっていた。

 とはいえ、六課が単体で熟せて、かつ移動もそれほど困難ではない範囲での任務など、そうあるものでは───。

「……あら?」

 ない、と思っていたところに、ふと気になる依頼書が目についた。

 改めて、詳しく内容を確認するカリムだったが、読み進める毎に、その表情はどこか複雑そうなものになっていく。

「どうされましたか、騎士カリム?」

「ううん、そう大したことじゃないんだけど……ちょっと、シャッハも読んでみて」

「? はい、かしこまりました」

 シャッハは不思議そうな顔で、カリムから渡された依頼書に目を通していく。

「珍しいですね。本局からではない、中央からの遺失物案件なんて……。ですが、こういった依頼自体はそこまで珍しくは」

「ええ。内容自体はちょっと珍しいかな、くらいなの。でも、その場所が……ね」

「場所、ですか?」

 カリムの言葉に、シャッハは再び依頼書へ視線を戻す。

 任務内容は、ここ数ヶ月の間にミッドで確認された事件に関与すると思われるロストロギアに関する調査依頼。そのロストロギアは、過去に管理局によって保護された経緯を持つが、今回の件と過去の事件において紛失した個体も確認されているため、改めて詳細な調査の必要があると判断されたのだという。

 特に、その区域は過去に三度の大規模な古代遺失物関連の事件が起こった場所であり、最近になってロストロギアに似た疑わしいエネルギー反応が確認された事もあって、土地柄による新しい危険がないか、その有無についても調査を必要とする。区域は管理外世界であるため、広域捜査の扱い。よって、それに適した部隊に任せたい。

 ───と、大まかな内容としては、概ねこんなところだ。

 が、広域捜査では、いかにロストロギア関連とはいえ、六課には不向きな任務と言えるのではないだろうか。

 そうシャッハは思いながら、カリムが気にしていた任務の場所となる管理外世界の名称を確認する。

「管理外世界の九七番。現地名称は、地球……えっ? ここって、確か───」

 思わず顔を上げ、驚きのままにカリムへ問いかけるような視線を向けるシャッハ。それにこくりと頷いて、カリムはこう応えた。

「そう。はやてやなのはさんの出身世界で、六課の隊長陣にとっても思い入れ深い……出会うきっかけをくれた、始まりの場所」

 カリムの言葉を受け、やや間を置いて、シャッハは短く呟いた。

「……偶然、なのでしょうか?」

 彼女が訝しむのも無理はない。

 確かに、かつてあの惑星(セカイ)で三度事件が起こったのは事実だ。

 カリムもシャッハも、それについては既にはやてやクロノから聞き及んでいるし、先日六課の方から三つの事件の内、最初の事件となった『PT事件』の中心にあったという〝ジュエルシード〟についての報告も受けたばかりだ。

 管理局で保護されていた筈の品が、ガジェットの中から発見されたという事実を鑑みれば、このタイミングでの依頼というのは、あまりに怪しい。

 おまけにジュエルシードの紛失は、輸送中の事故が原因だという。件の『PT事件』のきっかけとなったのも、やはり輸送船の事故だった。……これで疑うな、という方が無理な話である。

 とはいえ、だ。

 ではなぜ、管理世界で紛失した筈のジュエルシードの、厳密にいえば何らかの高エネルギー反応ではあるが、それがなぜ管理外世界の地球周辺の区域で確認されるのか。

 過去にジュエルシードは、『PT事件』の際に当時発見された二十一個の内、九個が虚数空間に呑み込まれ、紛失したという経緯がある。

 なので可能性だけで言えば、失われずにいた個体が今になって見つかった、という解釈も強引ながら出来ない事もない。

 どちらにせよ、人々に危害を及ぼすのならば対処しなければならず、ましてそれが人為的な悪用であるならば猶更に対応が急がれる。

 見つけたのは、失われた痕跡なのか、或いは悪魔の罠か。

 いずれにせよ、放っておけるわけもない。

 ゆえにか、

「……これも縁、ということなのかもしれないわね」

「騎士カリム……」

 目を閉じ、何かを逡巡するような仕草をした後、カリムはシャッハにこう告げた。

「シャッハ、六課に依頼の連絡を」

「本当によろしいのですか? 確かにまだ、猶予はあるとはいえ……」

「六課は頼りになる味方だけど、だからって六課だけで全てを護り通せるわけじゃないもの。それに、六課のメンバーが手掛かりに一番近いと考えられるなら、解決のために出来ることは全部やって、最善を尽くさなくちゃ」

 勿論、わたしたちもね───そう付け加えたカリムの笑みを受け、シャッハは「そうですね」と頷いた。

「分かりました。早速、八神部隊長に連絡を入れておきます」

 そう了承の意志を示したシャッハに、カリムは「お願いね」と告げた。

 そして、彼女もまた、最善を尽くすべく動き出すのだった。

「───あ、もしもし? 聖王教会の騎士・カリムです。お久しぶりですね、司書長。いつも義弟(おとうと)のロッサがお世話になっております。突然のご連絡申し訳ございません。大変恐縮なのですが、ひとつ依頼(おねがい)がございまして……」

 

 

 

出張任務開始! Let's_All_Go_to_Unmanaged-Planet_No.97

 

 

  1

 

『フォワードメンバー各員に通達。スバル・ナカジマ、ティアナ・ランスター二等陸士。およびエリオ・モンディアル、キャロ・ル・ルシエ三等陸士。以上四名は、十分後、速やかに部隊長室へ集合してください。八神部隊長がお呼びです』

 隊舎に流れたアナウンスに、スバルたちは「?」と首を傾げる。

「なんだろうね?」

「さあね。とにかく、呼ばれたんだから行けば分かるでしょ」

 そう言って、ティアナはエリオとキャロに声を掛け、四人ではやての待つ部隊長室へと向かう。

「失礼します。ティアナ・ランスター二等陸士、および他三名。集合いたしました」

「うん、みんな忙しいところ集まってくれてありがとうなあ」

 やってきた四人に労いの言葉を掛け、はやてはここへ招集を掛けた理由を語り始めた。

「みんなに集まってもらったんは、新しい任務の依頼が来たからなんやけど……その任務が、これまでのものとはちょっと違った感じになりそうでな?」

 スバルたちのデバイスへと任務のデータを送り、はやては説明を続けていく。

「今回の任務は、管理外世界での広域捜査。観測されたロストロギア反応の調査と、もし稼働状態のロストロギアを発見した場合、それを確保する事が目的や。正確な位置を把握できてるわけやないから、流石に日帰りとはいかへんけど……」

「出張してまで追うという事は、対象は〝レリック〟の可能性が高いと疑われているのでしょうか?」

「いや、〝レリック〟はかなり広範囲にバラけているから、可能性がゼロってわけやないけど……今回、本命とするならこっちの方やね」

 新たに映し出されたのは、掌に収まりそうな、菱形の小さな青い宝石だった。

「これは……?」

「レリックと同じ、エネルギー結晶系のロストロギア。十五年前、現在の無限書庫司書長がある世界で発見して、管理局で保護してる品や。固有名称は───〝ジュエルシード〟」

「ジュエル、シード……この品の危険度は、いったいどの程度なんでしょうか?」

 はやてに告げられた名称を口の中で反芻しつつ、ティアナはその危険性について訊ねる。

「ジュエルシードの危険度は、レリックとほぼ同格の第一級指定。しかも場合によっては、レリックよりも不安定で、大規模な災害を引き起こす可能性が高い。過去の事例では、小規模な次元震や、次元断層を引き起こしかけたこともあるそうや」

「…………」

 次元震に、次元断層。

 次元世界に住むものなら、だれでも知っている次元災害ではあるが、改めて言葉にすると、何だか遠い出来事のように思える。

 しかし、それも無理からぬ事だ。

 過去を遡ればいくらでも、直近でも全く事例がゼロというわけでもないが、少なくともここ数十年の間に、実際にミッドにまで被害をもたらすほどの規模での災害は発生していない。

 そんなものを引き起こすといわれても、実感がわかないというのは、当然といえば当然である。だが、実感が湧かないからといって、その危険性を軽視出来るほど、スバルとティアナ、そしてエリオとキャロも、浅はかではなかった。

 スバルは己の経験故に、ティアナは研鑽の成果故に。

 まだ幼いエリオとキャロにしても、フェイトを始めとする大人たちとの関わりの中で、そういった話は幾つも耳にしてきた。

 四人は決して侮る事無く、きちんとジュエルシードの持つ危険性について受け止めている。その表情を見て、この四人ならば大丈夫だろう、とはやては自然と口角が上がるのを感じた。

「危険である事には変わりないけど、だからといって、放置出来るような物でもあらへん。それがわたしたちのお仕事やからな」

「「「「はいッ‼」」」」

「うん、良いお返事や。さっきも言った通り、それなりの広域捜査になるから、準備はきちんとな。出発は今から二時間後。次元移動のために中央を経由して、本局から跳ぶ事になるから、屋上の発着場(ヘリポート)に集合や」

 はやての指示に、了解‼ と、威勢良く応え、四人は準備のため部隊長室を出て、一旦部屋に戻る。

 

「にしても、ちょっと前に向こうでの話色々聞いたけど、まさか任務でいく事になるなんてね~」

 その途中、ふと思い出したようにスバルがそんな事を言う。

 遊びに行くんじゃないのよ、と釘を刺しつつも、「けど、ちょっと複雑よね。自分の暮らしてた場所が危ないっていうのは……」と、傍らのエリオとキャロを気遣った。

 エリオとキャロも思うところもあるのだろうが、それでも二人はあまり思いつめず、むしろ自分たちで守る助けになるなら、と気持ちを奮い立たせていた。

「それに、こんな形ですけど……久しぶりに帰れるのは、やっぱり嬉しいです。ね? エリオくん」

 キャロの言葉に、エリオも「うん」と頷いた。

 二人の様子を見て、ティアナは強い子たちだな、と何だか少し感慨深い想いを抱いた。

「なら、なおさら頑張らないとね」

「「はいっ!」」

「よーし、頑張るぞ~ッ!」

 おーっ、なんて拳を突き上げるスバルに釣られて、エリオとキャロも「おーっ♪」と同じ動作をする。

 だから遊びに行くんじゃないって言ってんでしょ、と、ティアナは相方の能天気さに呆れつつも、重苦しくなり過ぎない程度の昂揚を、何だかんだ好ましく感じているのだった。

 

 

 

 四人が準備を整え、発着場へ向かうと、既に到着していた隊長陣の姿が見えた。

 スターズ、ライトニングの分隊長と副隊長。そして、はやてとリイン、更にロングアーチのまとめ役であるシャーリー、医務官を務めるシャマルの姿まで。

 管理外世界での広域捜査ゆえの布陣なのだろうが、これだけ歴戦の魔導師が揃うと、それだけでも滲み出る迫力のようなものがある。

 機動六課の保有する魔導師を総動員した錚々たる顔ぶれに、新人たちは思わず息を呑む。

 が、それで固まったままというわけにもいかない。皆が集まったのを確認したはやてからの言葉で、一同はヘリを乗り込み、中央本部へ向けて出発した。

 

 ヘリが飛び発った直後。

 新人たちは隊長たちから、今回の任務についての改めて確認しておくようにと促された。

 先ほどはやてから送られた資料に再度目を通しながら、新人たちは今回の任務内容と現地の詳細についての確認を始めた。

 今回の任務地となるのは、第九七管理外世界・地球。その極東地域にある、『日本』という島国の海鳴市という街に拠点を置いての捜査を行うとの事。

 この前エリオとキャロの話を聞いてはいたが、改めて見るとなんだか不思議な場所に思える。

「文化レベルはB。魔法文化なし、次元移動手段なし……か」

 三度も魔法関連の事件が起こっている世界でありながら、その世界には魔法技術も次元移動手段すらない。

「やっぱりなんか……不思議な世界よね」

「そうだね。でも、何だかんだ昔から、交流自体は少しあったみたいだよ? ウチのおとーさんのご先祖さまの出身世界だけど、おとーさんも魔力ゼロだし」

「そういえばスバルさん、おかーさん似だっておっしゃってましたよね」

「うん」

 と、そんな話をしているスバルとキャロのやり取りを聞きながら、言われてみればそう不思議な話でもないのかもしれないとティアナは思った。

 様々な次元世界から人が集まっているミッドチルダでは、ある程度の水準は会っても、そこまで文化の差異には重きは置かれない。

 管理世界と管理外世界の区分だって、あくまで魔法文化の度合いや次元移動手段があるかないか、というだけのものだ。

 管理世界からの来訪者によって、管理外世界からもたらされた文化が取り込まれているのも、昔からそう珍しいケースでもない。

 そもそも、ミッドでも強力な魔力を持って生まれてくるのもごく少数だ。

 高ランクの魔導師から魔力の低い子供が生まれてくる事もあれば、その逆も当然ある。

 そして、魔導師でなくても魔導技術の恩恵自体は誰でも享受できる。何より、仮に魔導師としての適性がなかろうと、スバルの父ゲンヤのように、魔導師の所属する組織でも十分に己の才覚を発揮している人間もいる。

 他にも、ミッドやその周辺の管理世界に置かれた大企業の重役などにも、魔法に適性のない人間を上げれば枚挙に暇がない。

 数多の次元世界が統合されて出来上がった管理世界において、魔導師としての生き方を選びでもしない限り、個人レベルではそこまで魔法の有無によって生き方が限定されるわけでもないである。

 が、

「……でも、そこから、なのはさんとか八神部隊長みたいなオーバーS級魔導師が生まれる事もあるのよね」

 そこから生じた強大な力というのは、始めからその道を目指している人間にとって、なんとも複雑な思いを抱かせる部分もある。

 無論、ただ持ちえた力だけが全てではないのだとしても、やはり思うところがないではない。

 けれど、それは。

 

「───まあ、わたしらの場合は突然変異というか……たまたまー、な感じかな?」

 

 きっと、持ち得てしまった人間にとっても、同じ事なのだろう。

「あ……す、すみません……」

 不躾な言い方をしてしまったと、ティアナは自分の呟きを謝罪した。

 しかし、はやては「ふふ、ええよー」と、大らかに気にする事ではないと言うように手を振った。

 魔法と出会い、管理局に入ってからは散々言われ慣れているのもあるし、何よりはやて自身、自身の生い立ちが稀有な道を辿ってきたという自覚もある。

「実際、改めて考えてみると不思議な話ではあるからなあ……。ホンマやったら気づけないコトに気づいて、それをお仕事にするーっていうのは」

「そうだね……。わたしたちが魔法と出会ったのは、確かに偶然だったし」

 はやてとなのはの言葉に、スバルとティアナは静かに聞き入っていた。

 ティアナは、なのはとはやてが何故その道を選んだのか、という先達の意志に。

 スバルは自分にとっての憧れ───言ってみれば、魔導師の象徴のようにも思えていたなのはが、本来は全く逆の場所に居たという事に対する驚きに。

 気づけは、二人とも関わりの深い筈のエリオとキャロも、続く言葉を真剣に待っている。

 それを見て、フェイトやヴィータ、シグナムとシャマルはどこか複雑そうな、けれどきっと必要ではあると理解している表情で、伝えるべき言葉を探す二人を静かに見守っていた。

 

 ───が、本筋に入るよりも早く。

 ヘリはいつの間にか、中央本部へと到着していた。

 

 操縦席から告げられるストームレイダーのアナウンスを受け、はやてとなのはは「詳しくはまた今度ゆっくりしよう」と言って、ヘリから降りる準備をしようかと(みな)を促した。

 気になってはいたが、しかし、今ずげずげと踏み込める事でもないと感じ取ったスバルとティアナは、大人しくその指示に従った。

 しかし、何時か───隊長たちが抱いたものを聴けたら、と、どこか苦しくも温かな昂揚を胸の裡に残しながら、スバルとティアナは、隊長たちに続いて、機体(ヘリ)の外へと足を踏み出すのだった。

 

  2

 

 中央に着くと、別ルートで向かうというロングアーチ組と別れ、スターズとライトニングの両分隊は先んじて転送ポートを通り地球へと跳んだ。

 数分も立たず降り立ったのは、白い無機質な室内から一転した湖畔のコテージであった。

 管理外世界の屋外に転送ポートが設置されていた事に驚きはあったが、スバルとティアナが最初に抱いたのは、未知への高揚感というよりは、むしろ逆の───郷愁にも似た、不思議な心地よさだった。

「ここが、なのはさんたちの育った世界……」

 自分の憧れの生まれ育った故郷。酷く遠いもののように思えるのに、実際にその場所に立ってみると、初めて来た気がしない。

 或いはそれは、管理外世界というものに対する印象であったのかもしれない。

 が、それも無理からぬ事だろう。

 魔法のない世界。自分たちにとっての当たり前の欠落した場所というのは、簡単に想像のつくものではない。

 けれど、存外そういったものは全く異なった様相ではなく、自分たちの暮らす場所と、さして変わらない光景をしているものなのかもしれない、と、この土地に降り立ったスバルとティアナは思った。

「にしても……魔法文化・次元移動手段がない以外は、ミッドの郊外とか、近隣の管理世界とそこまで変わらないって事だったけど……」

「ここまで似てると、なんだかビックリだねぇ」

 スバルとティアナがそんな会話を交わしているのを聞き、なのはとフェイトも「言われてみれば、確かにそうかも」と、今更のように納得する。

 実際のところ、ミッドと地球は比較的似通っており、魔法文化が世界の根本に根ざしているかどうかを除けば、通常の生活自体はそこまで大きな違いはないといえよう。

 ミッド出身のフェイトが此方に馴染めたのも、逆になのはやはやてがミッドに馴染んでいったのも、そういった相似した部分が一因であるのかもしれない。

 そのあたりは、此方で暮らしていた経験のあるエリオとキャロにも同じ事が言えた。

「わー、懐かしいね。エリオくん」

「だね。フェイトさん、ここって確かアリサさんの……」

「そうそう、前にみんなでキャンプに来たところだよ」

 どうやらこの場所を知っているらしいライトニングのチビっ子たちに、スバルは「え、二人とも、前にもここに来たことあるの?」と訊ねる。

 はい、と応えて、エリオとキャロは前にここへ来た時の事を話し始めようとした。───が、そこへ一台の車がやって来るのが見えた。

 自動車も、案外ミッドと変わらない作りなのだな、とティアナが思っていると、六課メンバーの近くに停車したその車の中から、金色の髪をした女性が出てきた。

「やっほー、なのは、フェイト。久しぶりね~♪」

「アリサちゃんっ! 久しぶり~‼」

「久しぶりだね、アリサ」

「ホントよー、仕事が忙しいのは分かるけど、たまにはこっちにも顔出しなさいよね」

「にゃはは、ごめんごめん」

 もう、なんて口を尖らせるアリサと呼ばれた女性に、ヴィータも声を掛ける。

「アリサ、久しぶり」

「うんうん。久しぶりね~、ヴィータ♪」

「ちょ、な……撫でるなよ。あたしにも立場ってのがあるんだからなっ!」

「あはは。ごめんごめん。シグナムさんも、お久しぶりです」

「ああ、久しぶりだな」

 隊長たちとにこやかに話す、どころかヴィータを子供扱いするアリサに、スバルとティアナは口をぽかんと開けて固まってしまう。

 すると、そんな二人の戸惑いを見て取ったのか、「あ、二人には自己紹介がまだだったわね。ごめんなさい」と言って、改めて名を名乗った。

「アリサ・バニングスっていいます。こっちの世界で暮らしてて、なのはたちとは子供の頃からの親友同士。幼馴染み、ってやつね。

 その縁もあって、なのはたちのお仕事をちょっと手伝ったりもしてるの。今回は、こっちでの拠点になる場所を提供した現地協力者って感じかしら。どのくらいの期間になるかはまだ分からないらしいけど、よろしくね」

 スバル、ティアナ、と名前を呼ばれ、二人は少し驚いたような顔をする。

「あれ、なんであたしたちの名前……?」

「ああ、ごめんなさい。なのはたちから二人の事聞いてたから。将来有望な教え子だ、ってね?」

 イタズラっぽく微笑み掛けるアリサに、スバルとティアナはなんだか気恥ずかしくなった。

 陰で褒められていた、というのもそうだが、改めて第三者から自分たちの評価を告げられるというのは、なんだかこそばゆい。

「「あ、ありがとうございます……」」

 小さく頭を上げた二人に、

「そんなかしこまらなくても良いのに」

 そう苦笑しながら、アリサはエリオとキャロの方へと視線を移すと、二人の方へ歩み寄り、頭を撫で始めた。

「エリオとキャロも久しぶりね~。ちょっと見ない間に、結構大きくなったんじゃない?」

「お久しぶりです、アリサさん♪」

「あはは……だといいんですけど、身長はまだあんまり」

 傍らのキャロと同じくらいの目線を気にしているらしいエリオの様子に、アリサはやや苦笑する。

「男の子ねぇ。でも大丈夫、これらからどんどん伸びるわよ」

 どっかのフェレット眼鏡も後から伸びだし、なんてことを口にするアリサに、エリオとキャロは「はて」と首を傾げた。

 隊長たちはどうやらその意味が分かっているようだったが、あまり深く突っ込まないでおくべきと思ったのか、なにやら困ったような顔で曖昧な笑みを浮かべていた。

「───って、そうそう! 忘れるところだったわ。エリオ、キャロ。スペシャルゲストが二人に会いたがってたわよ?」

「スペシャル……」

「……ゲスト?」

 ぽかん、とアリサの言葉を繰り返すエリオとキャロに、「ええ」と言って、アリサはコテージの中にいるという人物の下へ行きましょうと二人を促した。

 背を押され歩いていくエリオとキャロに、何となく気になった他の面々も後に続く。

 そして、コテージの戸口に到着するや───

 

 

 

「エリオ~、キャロ~! 会いたかったぞぉ~~~ッ‼‼‼」

 

 

 

 という元気すぎる声と共に飛び出して来た蒼い影に、二人の子供たちは一瞬で絡めとられた。

 その早業に、後ろで見ていた面々は呆気にとられ、思わず固まってしまう。

 本能的に獣か何かにでも押し倒されたように見えたが、エリオとキャロは無事である。いや、まあ目の前の光景は、ある意味で(ケモノ)に襲われていると形容しても、あながち間違いではないのかもしれないが。

 蒼い二つ結びにした髪を振り乱し、真珠色の瞳を喜びに細めて二人に抱き着いているその影の正体。

 それは、

 

「「れ、レヴィさん⁉」」

 

 ───そう。色彩こそ異なるが、フェイトに瓜二つなその人物は、現在はエルトリアに住んでいる筈のレヴィに他ならなかった。

「おー、そうだぞ~。ひっさしぶりだなー、二人とも~♪」

 すりすり、と愛おしそうに二人に頬擦りするレヴィに、二人は戸惑いを隠せない。何故いま、エルトリアにいる筈の彼女がここにいるだろうか。

 その疑問は隊長陣も同じだったようで、

「あ、アリサちゃんっ!」

「な、何でレヴィがここに……ッ⁉」

 普段はあまり見られないレベルの狼狽えぶりで、友人に問いかけるなのはとフェイトだったが、アリサは対照的に涼しい表情のままである。

「あれ? 言ってなかったっけ。エルトリアのみんなも、いまこっち来てるのよ?」

「みんな……って、もしかして」

「シュテルたちも───『はい。お邪魔しております』———ええっ⁉」

 はしゃぐレヴィとは対照的に、淑やかに姿を見せたシュテルに、一同は更に驚きを深めるばかり。

 が、シュテルはさして気にするでもなく、いつまでもエリオとキャロを愛でているレヴィに「そのままでは二人が潰れてしまいますよ」と窘めていた。……断じて、子供二人を包み込みかねない朋友(とも)の何かのボリュームに嫉妬して意識が行っていたとかではない。ないったらない。

 まあ、それはさておき。

 この場で一番置いてけぼりを喰らっていた新人二人の意識が、ようやく展開に追い付いてきたようで、スバルとティアナは戸惑いながらも、何とか目の前の状況を確認しようと口を開いた。

「え、ええぇっ⁉ フェイトさんが二人……ッ‼⁉⁇」

「姉妹、にしてもそっくりすぎるような……」

 フェイトとレヴィを見比べながら、ティアナがそう訊ねると、フェイトは「あー、えっとね……」と、どう答えていいものかと言葉を探す。

 如何せん、二人の関係を言い表すのは難しい。

 友人ではあるが、かといって他人というわけでもない。しかし、血縁というにはやや遠く、かといってそうでないとするにはあまりにも似すぎている。

 前にエリオとキャロに紹介した時は、エルトリアの面々がいた事もあって、幾らか込み入った部分も説明したが、この場でそれを言ってしまうのもどうなのだろう。

 返答に迷っているフェイトだったが、やがて意を決したように、「よしっ」と意気込んで、一つの結論を口にする。

「遠い親戚の、妹みたいな感じ……かな?」

 かなり濁しての発言だったが、完全に嘘という訳でもないから大丈夫だと、思う。……たぶん、きっと、恐らく。

 と、思ってたフェイトの発言に、当の本人から不満(クレーム)が入る。

「むむ……なんかその言い方だと、ボクの方がフェイトよりおこちゃまみたいに聞こえるぞぉ?」

「ふぇ、いや、そういうつもりじゃ……」

「だいたい、今はボクの方が背も高いしぃ? 体形(スタイル)だって、フェイトにもキリエにも負けてないもんねっ」

 なお、そこまで数値上の差はない。───尤も、どちらにせよ平均を大きく上回っている事には変わりはないが(すごく大きい)。

 因みに、子供っぽい自慢(いいかた)に反し、張った胸に実ったたわわな果実の揺れっぷりは、同性であっても目を奪われる程に凄まじかった。

(うわあ……)

(すっご……)

(───あんなモノは所詮脂肪のカタマリでしかないんですええ総合的なバランスこそが本来尊重されるべきであり何も質量の有無だけが女性としての魅力の決定的な差ではないと何時か証明してみせましょう……etc.)

 若干思考が別方向に振れている者も一人いたものの、ここでの問題はそこではない。

 傍から話を聞いていたアリサ(こちらも何がとは言わないが大きい)からも、その点にツッコミが入る。

「でも、レヴィが起きたのってフェイトの後なワケだし、それを考えたらレヴィが妹側でもいいんじゃない?」

「確かにフェイトは、ボクの構成体情報(マテリアライズデータ)のオリジナルっちゃオリジナルだし、それはそうかもだケド……」

「でしょ? なら、それでいいじゃない。別に大人か子供かなんて、大した問題じゃないし」

「んー、まあ───それもそっか!」

 間違っている訳でもないので、これ以上考えても仕方ないかと思い直したのだろう。

 地頭は悪くないが、基本的に直感型なレヴィはあまり細かい部分に対する拘りはなかったようだ。

 と、そんな相変わらずのマイペースっぷりで皆を振り回しつつ、レヴィは「そういうコトだからよろしくっ♪」と、人懐っこい笑みでスバルとティアナに告げた。

 こういうところが彼女の魅力なのだろうが、初めての二人にはちょっとばかり急展開過ぎたかもしれない、と、あっけらかんと納得するレヴィに唖然とする二人に、一同はどこか懐かしそうな表情を向けていた。

 なお、アリサが入れた補足(コトバ)について、オリジナルといっても自分も(アリシア)の複製体なので、そうなると自分たちは三姉妹ともいるのだろうか───と、フェイトはかつて夢の中で別れた姉の事を思い返し、少し切ない思い出に(ひた)っていた。

「ところで、お昼にははやてたちも合流できるのよね? すずかのところ行ってる、って聞いたけど」

「うん、その予定だよ。捜査には時間も掛かるだろうし、午前中は市街地周辺の探索をメインにするつもりだから」

 なのはの言葉に、「そっか」とアリサは頷いて、

「エリオもキャロも楽しみにしてなよ~? 王様(おーさま)がすっごく美味しい料理作ってくれるんだって!」

 再びエリオとキャロを抱きしめながら、レヴィがそう告げると、二人は告げられた言葉に微かな驚きを覗かせる。

「ディアーチェさんも来てるんですね……!」

 ぱあぁと、顔をほころばせ、キャロがそういうと、レヴィは「王様だけじゃないぞー? アミタとキリエも一緒♪」と応えた。

「じゃあ、ユーリさんとイリスさんも?」

「ううん。二人はユーノと一緒に調査に行ってる。教会(きょーかい)から頼まれた仕事なんだって。まぁ、ボクらが来たのもフェイトたちの手伝いなんだけどさ」

 言って、レヴィは少し残念そうな顔をする。

 本当は来て欲しかったのだが、依頼のタイミングもあって、流石に全員で来るワケにもいかなかったのだという。

 実際のところ、ここ数年の無限書庫は六課同様に様々な事柄の調査も並行して行っており、今回の件についても、カリムからの元々の依頼にも関わる点が多かったらしい。そのため、ミッドに残るユーノたち調査組と、現地に跳ぶ実働組に分かれて行動する事になったのだとか。

「今回のは範囲も広いし、人手も欲しいだろうからって。それにボクたちも、友達とその家族が住んでる世界が危ないなら力になりたいもん」

「ええ。この世界には、わたしたちもたいへんお世話になりましたから。師匠からも、よろしく頼むとの言伝を受けております」

「なるほど。心強いことだ」

「ああ。もしロストロギア反応がアタリだったら、あたしらだけじゃカバーしきれない場合もあるかもだしな」

 レヴィとシュテルの申し出に、シグナムとヴィータはそう言って頷いた。

 エルトリア勢が無限書庫を通じて局に協力する体制を取っていたのは知っていたが、こうして共同で任務に臨むのは《オールストン・シー》以来。シュテルたちの実力を知る面々としては、久方ぶり教導任務はどこか懐かしい気分であった。

「とはいえ、あくまで武装隊ではない部署からの協力ですので、あまり派手には動けない部分もありますが……」

「ま、そこは仕方ねぇトコだな……。どんな時でも好き勝手動ける、ってワケにはいかねーだろうしさ」

「はい、そういっていただけると幸いです」

 尤も、何らかの有事であれば、動ける算段は無くもないのですけどね───と、シュテルは小さく付け足した。

 それに、「ああ、分かってるって」とヴィータはニヤッと笑みを浮かべながら、シュテルへ向けて手を差し出した。

「何はともあれ、よろしくな。シュテル」

「こちらこそ。よろしくお願いします、ヴィータ」

 差し出された手に応じて、シュテルはヴィータと握手を交わす。そうして久方ぶりの友好を確かめ合うと、早速スターズとライトニングの両分隊は、件のロストロギア反応の真相を解明するために動き出すのだった。

 

  3

 

 なのはたちがアリサの別荘を出発したのと同刻。はやてたちロングアーチ組もまた、先行したフォワードメンバーに続いて地球へとやってきた。

 転移した先は、風格のある洋館の庭園。広々としたその一角に設置されたポートに降り立ち、はやては久方ぶりの故郷の空気を胸いっぱいに吸い込んだ。

「んー、こっちに来るのも久しぶりやなー」

「ですねえ。ここのところ忙しくて、里帰り出来てませんでしたし」

 そうシャマルが頷いていると、彼女らの足元にたくさんの猫たちが寄ってきた。

「わあぁ~、かっわいい~っ♪」

 シャーリーがそのうちの一匹を抱き上げ、すりすりと柔らかな毛並みに頬を寄せる。

 内勤が多くなると、動物と直に触れ合える機会はなかなか無い。フリードも撫でさせてくれたりもするが、普段お目に掛かれない事もあり、シャーリーは集まってきた猫たちの愛くるしさに骨抜きであった。

「おー、久しぶりやなー。にゃんこたち。元気してたか~?」

「みんな元気だよ? そろそろ暑くなってく頃だけど、食欲もたっぷり」

 そう言いながら、三人の下へ近づいてくる人影が一つ。緩く波打った紫紺の髪を揺らし現れたのは、彼女らのよく見知った人物であった。

「すずかちゃん!」

「久しぶりだね、はやてちゃん。シャマルさんとシャーリーも!」

 おっとりとした声音に似合った、淑やかな仕草で会釈するすずかにシャマルとシャーリーも「おひさしぶりです♪」と礼を返した。

「ほんまにお久しぶりやなー。最近は忙しくて、メールばっかりやったし」

「そうだね。はやてちゃんたちが来てくれてとっても嬉しい! 今回も、お仕事じゃなかったらゆくりしていって欲しいなあ、って思ってたんだけど……」

「ほんまになあ……なんや、忙しくなくなってまって」

 すまなそうにつぶやくはやてに、「ううん」と首を振って、すずかは「大丈夫、分かってるよ」と応えた。

「はやてちゃんたちのお仕事は、とっても大事なコトだもんね。でも、お昼とか、みんなで集まれる時間があったら、一緒にご飯とか食べよう?」

「うん、もちろんや」

 と、はやての返事に嬉しそうに微笑むすずかだったが、「あ」と何かを思い出したようにポンと掌を合わせた。

「そうそう、はやてちゃん、今日はね? 他にもスペシャルゲストが来てるんだよ?」

「??? スペシャル……ゲスト?」

 はて、とはやてはもちろん、振り向いた先のシャマルもシャーリーも、それについては何も聞いていない様子である。

 いったい誰が来ているのだろうか。そうはやてがすずかに訊ねようとしたのに合わせるが如く、四人の背後から声が掛かった。

 

「久しいな小鴉。しばらく見ていなかったが、思いのほか上手くやっているようではないか。これならあやつの杞憂も、少しは晴れるというものだろうな」

 

 聞きなれた自分の声音とよく似た、けれど存大さを隠そうともしないこの言い回し。そして、はやての事を『小鴉』と呼ぶのは、次元世界広しといえども、たった一人しかいない。

「えっ、王様(おーさま)……⁉」

「ディアーチェさん、なんでここに……!」

 すずかとはまた違った久しい顔の登場に、はやては思わず目を丸くする。

 髪の長さや色彩の違いこそあれど、双子以上にそっくりな顔立ち。それは紛れもなく、かつてはやてが相対し、やがて友情を育んだ遠き星に住まう友の一人。星光と雷刃を従えし、闇王の役を担う───ディアーチェの姿に他ならなかった。

 更に、来訪者は彼女一人だけではなく。

「おひさしぶりですね、みなさん」

「お久しぶりでーす♪」

「あ、アミタさん……⁉」

「キリエちゃんも……!」

 続いて現れた赤と桃色の髪をした姉妹。アミタとキリエの登場に、シャーリーとシャマルも驚きを隠せない。

 が、はやてたちの反応を見て、ディアーチェは「いまさら驚く事もなかろうが」と当たり前の事のようにそう言った。

「当に(うぬ)らも知っておるだろう? 我らが彼奴(ユーノ)の元で、管理局に協力しているのは。今回もその一環だ」

「え、せやったら……ユーノくんもこっち来てるん?」

「いえ、確かに教会から書庫に声が掛かってはいましたが、今回はわたしたちだけなんです。ユーノさんとイリス、ユーリは別件で他の世界に出張に出ていまして」

「それでわたしたちがこっちに来たってわけ。みんなに久しぶりに会える機会でもあったし、せっかくだからってコトでね」

 アミタとキリエの言葉に、はやては「なるほど……」と頷いた。

 つまり、凡そは六課のそれと同じ事なのだろう。単に旧交を温めるためではなく、所縁のある地が危険に晒されているなら、万一にも備えて、と。……尤も、それならそうと言ってくれてもよさそうなものではあるが。

 はやてがちょっぴり不満げにそう告げると、ディアーチェは「たわけ。気を張っている姿など見ても仕方なかろう」とその抗議を一蹴する。

「貴様も上に立つ者であるなら、常にそうであるという自覚を持っていなければ意味がない。臣下を生かすも殺すも、使う者の采配次第なのだからな。頭がブレていれば、進むものも進めぬぞ?」

「相変わらず手厳しい言葉やなあ……。昔、ちっちゃくなった時は、あんなにかわいかったのに」

「何時の話だ、何時のッ‼」

 教えには感謝しつつも、しっかり返す事を忘れない辺り、はやてもなかなかの器である。

 思えば、昔ディアーチェたちが八神家に遊びに来た際にも、似たようなやり取りがあったような気がする、とシャマルは海鳴に戻ってきた事もあってか、何だか懐かしい光景を思い起こしていた。

「あはは。まあ、ちょお驚いたけど、王様(おーさま)たちと一緒にお仕事出来るのは心強いなあ」

「言っておくが、我らは名目上サポートに徹する事になっておる。あくまでメインは貴様らだ。業腹ではあるが……せいぜい見せてみよ、小鴉。汝の目指した〝夢〟の一端を」

「もちろん。楽しみにしててや」

 にこやかに、けれど確かな自信を感じさせるはやてに、ディアーチェは「ふんっ‼」とそっぽを向くものの、その口元はどこか柔らかな弧を描いていた。

 

 

 

探索開始in海鳴市 Invenstigation_Atarted.

 

 

  1

 

「にしても……街並みも、本当にミッドとそっくりね」

「だねぇ。中央に比べたら建物の高さがちょっと低いかなあくらいで、ほとんど変わんないかも。ウチのあるエルセアも、ちょうどこんな感じだったし」

 市街地の探索を続けながら、スバルとティアナはそんな会話を交わしていた。

 海鳴市は首都圏からもそう遠くない地方都市だが、規模自体は中規模程度。そこまで都会という訳でもないが、かといって田舎過ぎるという訳でもない。

 そんな街と自然の折り合う風景は、様々な世界の在り方が入り混じるミッドと似た雰囲気を醸し出していた。この地に降り立った時に感じた、郷愁感と呼ぶのが一番近いだろうか。初めて来たのに、どこか親しみ易い場所。案外、ミッドから来たフェイトを始めとするハラオウン家の面々や、なのはやはやてがミッドに移り住んでも自然と馴染めたのは、この街と通ずる部分が多かったからなのかもしれない。

 ───だから、という訳でもないのだろうが。

「⁉ あれって……!」

 そんな事を話しながら歩いていたところ、ふとスバルがある店の前で足を止める。

 カラフルな屋根布(ひさし)の掛かった店構えは、ミッドのそれとよく似ていたが、ピンポイントに好物を嗅ぎつけた相方の目敏さに、ティアナとしては呆れを隠せない。

 そう。スバルが足を止めたのは、色とりどりの氷菓の並ぶ、アイスクリームパーラー目の前であった。

「……おいしそう」

「言っとくけど、寄らないわよ」

「えぇ~、管理外世界のアイスなんて、めったに食べられないんだよぉ? そもそもこっちになんて、滅多に来られないしぃ……」

「いや、そういう問題じゃないでしょ……あんたねぇ、任務中だっていうのもう忘れたワケ?」

 親しみを覚えるのは良い事かもしれないが、生憎と今は任務中である。

 ジトッと正論を叩き付けられ、「うぐぅ」と押し黙るも、なおも抗いがたい欲求を隠せずにいるスバルの様子に、二人を見守っていたなのははけらけらと楽しそうに笑う。

「にゃはは。確かに、こういうお店の前通ると食べたくなっちゃうよね。───うん。お昼にはまだ時間あるし、せっかくだから寄っちゃおうか」

 あ、もちろんヴィータ副隊長たちには内緒だよ? と、イタズラっぽく告げられて、スバルは「はーい♪」と分かり易くはしゃぎ始める。

「すみません……」

「大丈夫大丈夫。まだ偵察中だし、エネルギー補給も仕事の一環、ってコトで。ね?」

 なんて言ってのけるなのはは、普段の教導官としての印象より、だいぶ幼く見えた。

「でもなんだか懐かしいなあ。ちっちゃい頃はよく、アリサちゃんたちと一緒に、学校帰りにたい焼きとか食べ歩きしてたから」

 ミッド育ちのスバルとティアナには〝タイヤキ〟が何なのかいまいちピンと来なかったが、言わんとする事は分かった。

 友達同士でわいわいと食べ歩きをするのは、いくつになっても楽しいものだが、学校帰りというのは子供時代の特権かもしれない。寄り道をして遊ぶのは、なんとも言えない背徳感を伴う。これはある程度が自分で決められる大人になってからではなかなか得られない体感だ。

 そんな懐かしさに浸りつつ。山盛りに段を重ねようとするスバルをやいのやいのと止めるティアナの様子を「何だか姉妹っぽいなあ」と眺めながら、なのはは楽しそうに、ちょっとした内緒のおやつタイムになだれ込もうとして───ふと、思い立った。

「そうだ。せっかく海鳴(こっち)に来たんだし……」

 うん、と一人頷いて、なのははスバルとティアナに声を掛ける。

 食べ歩きするなら、もう一ついいところがあるよ、と。

 そう言ったなのはに連れられて、スバルとティアナはアイス片手に、店の集まった商店街らしき方向へ向けて歩き出した。

 

  2

 

 スバルたちスターズ分隊がちょっとした寄り道に興じている頃。ライトニングの三人も、スターズと同じく寄り道の真っ最中であった。

 ……尤も、あちらとは少々状況は異なってはいたが。

「エリオくんにキャロちゃん! 久しぶりねぇ~。あらまあ、二人とも大きくなって……!」

「おうおう。久々の帰郷でもデートたぁ、エリオとキャロちゃんは相変わらずお熱いねぇ♪」

「え、や……そ、そういうわけでは! 今日はフェイトさんも一緒ですしっ」

「うふふ。あら良いじゃない? 美人のおねーさんに可愛い妹ちゃんと一緒で、両手に華ってやつよ?」

「…………あぅ」

 以前、ハラオウン家で過ごしていた時期に顔馴染みになった商店街のおじさんおばさんたちに囲まれて、エリオとキャロは久方ぶりの帰郷に対する熱烈な歓迎を受けていた。

 四歳の頃に顔合わせをしてからというもの、エリオとキャロは二人で出かける事が多かったため、おつかいなどでたびたび店を訪れる二人を、ここの皆は微笑ましく見守っていたものである。

 のほほんとした無邪気なキャロと、素直だがどこか初心なエリオの組み合わせは、昔から商店街の心を掴んでやまないちょっとした名物(アイドル)であった。

 二人の保護者(こちらでは姉的存在という認識)をしているフェイトも、その前の世代にたくさん可愛がってもらったものだ。ちなみに、クロノとエイミィの子供であるカレルとリエラの双子の兄妹も、エリオとキャロに連れられていた事もあり、同様に可愛がってもらっている。

「そういえば、今日はなのはちゃんたちは一緒じゃないのかい?」

 と、真っ赤になったエリオを揶揄っていた夫を宥めつつ、お肉屋さんの女将さんが思い出したようにフェイトにそう訊ねてきた。

 それに、フェイトは「はい」と頷いて、

「一緒には来てるんですけど、今はちょっと二手に分かれてて……。お昼には合流するつもりなんですが」

「ふぅん。それじゃあ今は家族水入らず、ってところだねぇー」

「おっ。家族っていや、この前はリンディさんとエイミィちゃんも来てたな。カレルとリエラを連れてよ」

「そうそう。最近はリンディさんも忙しくてあんまり来られてなかったから、久しぶりで何だか嬉しかったわぁ」

「ありがとうございます。義母(かあ)さんにも、あとで伝えておきますね」

「うんうん。今度はハラオウンのみんなで来てね。おにーさんと、あとほら、昔はフェイトちゃんたち五人と良く来てたユーノくんも」

「そういや、あの坊主たち最近はあんまり見かけねぇな。クロ坊の話はエイミィちゃんからよく聞くが」

「なのはちゃんとこにも最近来てないみたいだしねぇ。全く、若いうちから仕事ばっかりで女の子ほったらかしてちゃダメだって言ってあげてね? フェイトちゃん」

「あはは……」

 言われて、フェイトは困ったような笑みを浮かべる。義兄を含め、仕事一辺倒なのは少し思うところもないではない。……が、同時に彼女自身も割とそっち寄りではあるので、ヒトの事を言えないような気もしていたのは内緒である。

 しかし、改めて振り返ると、こうしたやり取りも随分と久しぶりだ。

 此方に住んでいた時分はもちろん、エリオとキャロを預かって間もない頃も、海鳴には良く足を運んでいた。六課が本格的に動きだしたのは数ヶ月前くらいだが、その準備などもあり、顔を出す機会を逃していたのは確かである。なのはも、実家にはしばらしく顔を出せていないと言っていたし───。

 と、そこまで考えて、フェイトはある事を思い出した。

 そういえば、せっかくここまで来たのに、まだあの場所に行っていないな、と。

 本来なら、根が真面目なフェイトは探索を続行する方向へ思考が運びそうなところではあるが、今しがた受けた言葉が頭に残っていたのもあるのだろう。

 だから少しくらい、寄り道を楽しむのも悪くないかもしれない。

「……よしっ」

 何だか子供の頃に戻ったような気分で、楽しそうな微笑みを浮かべ、フェイトは未だ商店街の方々にもみくちゃにされているエリオとキャロを呼んだ。

 久しぶりに、あそこへ行ってみようか。

 明示するまでもなく、ここからほど近いところにあるあの場所を、二人はフェイトの言葉を聞いた時点で分かっていた様だった。そうして、商店街の皆に手を振って別れを告げると、フェイトたちは目的の場所へ向かって歩き出すのだった。

 

  3

 

 なのはが二人を連れて来たのは、先ほどまでいた場所からほど近い所に位置する喫茶店であった。

 落ち着いた雰囲気の佇まいは、確かにおやつどきの休憩にはぴったりであるように思えた。

 掛けられた看板の文字は、ミッド出身のスバルとティアナには流石に一目で読めるものではなかったが、もし二人がこの国の文字に精通していたのなら、こう読めただろう。

 ───『喫茶・翠屋』と。

 扉を開くと、ドアに付けられた迎鈴が、からんからーん♪ と小気味よい音色を奏で、なのはたちを出迎える。中を見渡すと、ちょうどお客の数もまばらで、店内はゆったりとした状態であることが伺えた。

 これなら、席に座るのも苦労しなさそうだな───と、ティアナがぼんやりと考えていると、奥の厨房から出てきた女性から、不意に驚いたような声が掛かる。

「いらっしゃいませ~♪ ……って、なのは⁉ え、ウソ! いつ帰ってきたの?」

「にゃはは。いきなりでゴメンね、おねーちゃん。実はついさっき着いたばっかりで」

「え、なのは? あら~、お帰りなさーい♪」

「ただいま、おかーさん♪」

 にこやかに挨拶を交わし始める一同を、スバルとティアナはポカンとした表情で見守っている。……いや、当然と言えば当然の事ではあるのだが、急に出てきた単語に思考が追い付いていないようだ。

 最初に出てきたレヴィもそうだったが、こちらに来てから驚かされてばっかりな気がする。しかし、それも無理もない事かもしれない。自分たちの教官で、管理局の中でも有名な一線級の魔導師としてではなく、ごくありふれた日常の中にいる姿など、普通にしていればまず見られるものでないのだから。

「おーっ、帰ったかななのは。ずいぶんとご無沙汰だったなあ。……おや? そっちの二人はもしかして、例の教え子ちゃんたちか?」

「うん。あ、紹介するね。この子たちがはやてちゃんの部隊(トコ)でわたしが預かってる生徒。スバルとティアナ」

「は、はじめまして。スバル・ナカジマですっ」

「ティアナ・ランスターです……!」

「ははは。まあまあ、二人ともそう固くならないで。俺は高町士郎。なのはの父で、ここ喫茶・翠屋の店長をしてる」

「スバルちゃんと、ティアナちゃんかー。よろしくね~、わたしはなのはの母で、ここのパティシエ兼副店長の、高町桃子です♪」

「で、あたしは高町美由希。なのはのおねーちゃんで、ここのホールリーダーやってます」

 次々と名乗っていくなのはの家族に、スバルとティアナはただただ驚きとも、戸惑いともつかない感覚に苛まれるままであった。

「しかし、なのはが彼方に移って随分経つが、生徒さんを連れてきたのは初めてだなあ。二人とも、どうだい? ウチの末娘は、ちゃんと先生としてやれてるのかな?」

「おとーさんっ!」

 父から出た問いかけに、娘は口を尖らせるが、姉から「まあまあ」と窘められる。

「せっかくなのはの生徒さんたちが来てくれたんだもん。あたしたちはあんまり向こうでのお仕事がどんな感じなのかって、なかなか見る機会もないし。こういう時くらい、生の声聞いてみたいじゃない?」

 ね? なんてウィンクしながら美由希はいうが、スバルとティアナとしてはなんとも反応に困る問いかけだった。

 なのはの教導そのものに不満は無いが、実際のところ、六課の訓練はかなりハードだ。加えて局員として、上司の肉親とはいえ、一般の方にどこまで言っていいものか。

 二人が返答に迷っていると、店の奥からケーキの皿を乗せたお盆を運んできた桃子が間に入ってきた。

「ほらほら。あんまり二人を困らせないの。まずは甘いものでも食べて、積もる話はそれからそれから」

 さあ召し上がれ♪ と、ニッコリと差し出されたケーキを拒めるわけもなく、スバルとティアナは白と赤の対比が美味しそうなショートケーキに誘われて、フォークを握る。

 ケーキの登場を追って漂い始めた紅茶の香りを楽しみつつ、二人は早速とばかりに一口。甘い生クリームに包み込まれた、しっとりと柔らかなスポンジの触感。その官能的な舌触りに、スバルとティアナは感嘆の溜息(こえ)を漏らした。

 

「「お、美味しい……ッ‼」」

 

 ケーキとしては非常にシンプルな一品ではあるが、返ってそのシンプルさが作り手の腕前が解かる見事な逸品であった。真摯にお客に寄り添おうとする心が現れたようなショートケーキに、スバルとティアナは暫く無心(むちゅう)になってフォークを動かしていた。

 そんな二人の様子を、桃子たちが嬉しそうに眺めていると、再び迎鈴の音が店内に響き、新たな来訪者の存在を告げた。

「こんにちは……あれ、なのは?」

 店の中に足を踏み入れるや、つい先ほど別れたばかりの仲間の姿を見つけて、フェイトはこてんと首を傾げた。

「にゃはは……いらっしゃい、フェイトちゃん」

 元々住んでいた古巣だけに、考える事は同じということか。

 自分たちの本懐を思えば、やや不謹慎かもしれないが───まあ、物事にはメリハリも必要である。

 やって来たライトニングの三人を迎えながら、またしても現れた懐かしい顔ぶれに、翠屋一同のテンションはうなぎのぼりだった。

 桃子は久しぶりにやって来たエリオとキャロに苺のシュークリームを振る舞い、フェイトは美由希から、エイミィ経由で耳にした話について訊ねられ、世間話に花を咲かせ始めた。その傍らでエリオとキャロはシュークリームを頬張り始め、スターズの二人は淹れてもらった紅茶のお替りを口に含みつつ、先ほどまでのケーキの余韻に浸っていた。

 子供たちのそんな様子を見守りつつ、なのはが「そういえば、おにーちゃんは?」と桃子に姿の見えない兄の事を訊ねた。

「この間、忍ちゃんと雫ちゃん連れて帰って来たんだけど、三人ともまたドイツに帰っちゃったわ。ああ、もう少し雫ちゃんと遊びたかったんだけどねえ……」

「しょーがないよ。向こうでやらなきゃいけないコトあるんだから、頼りにされてるんだよ。二人とも」

 桃子と美由希のやり取りを耳にして、士郎も「確かアルバートからも、二人にライブの警護と演出を頼んだって話を聞いたなあ」と、古い友人から受けた報せを思い出す。

「え、じゃあ今イギリス? なーんだ、それならそう言ってくれればいいのに……っていうか、あたしだって言ってくれれば手伝いに行けたのにぃ」

 事の詳細を知り、美由希は不満げにそう零した。

 イギリスには父の友人であるアルバートの娘がおり、世界的にもかなり名の知れた歌姫である彼女は、美由希と恭也も小さい頃から見知った仲である。それだけに、なんだか自分だけが置いてけぼりにされた気がして、どうにも釈然としない気分だ。

 が、そんな娘の様子を見た母の反応はと言えば、

「うーん、美由希もそろそろ兄離れしなきゃね。このままじゃなのはにも抜かれちゃうわよ?」

 と、なんとも鋭い一言を向けてくる。

「ぅぐっ……か、かーさんっ。イマドキ晩婚だって珍しくないのに、そんな意地悪言わないでよぉ!」

 正直、末の妹が二十代半ばに差し掛かってきた現状を思えば、割とシャレになっていない未来予想図である。

「んー、でもリンディさんの話を聞いてると、近くに孫がいるっていうのも羨ましくって~」

 エリオとキャロの方にも視線を向けながら、なんとも愉しげに語る桃子。実年齢に比べかなり若く見える容姿も相まって、『孫』という言葉に微かな違和感が生じる気がするのは、果たして良いのか悪いのか。……ちなみに、未だにこんな風に年若く少女めいたところのある高町家の母・桃子であるが、なのはが小学生だった頃の年齢は、今の美由希とほとんど変わらなかったりするのは余談である。

 

 やいのやいのと賑やかに、楽しく明るく時は過ぎ。

 気が付けば、あっという間に拠点へと戻らねばならない時間になっていた。

 

 あとで美由希がエイミィを連れてコテージに向かう旨を、お土産にと持たされた沢山の差し入れと共に受け取りながら、高町家の面々に礼を告げ、スターズとライトニングの面々は『翠屋』を後にすることになった。

 途中、迎えに来てくれたシグナムが運転する車に乗って、コテージへと続く道を辿りだした頃には、すっかり日も傾き、空は燃える色に染まり始めていた。

 ……しかし、どこかノスタルジックな湖畔の別荘を舞台にして、まったく別の戦いの火蓋が切り落とされていたのを、一同はその光景を目の当たりにするまで全く予想だにしていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  4

 

 炎が躍る。

 その苛烈な熱を、手名付けるようにフライパンを翳し、十分に温まったところで油を引き、用意しておいた具材を投入する。

 じゅう、と音を立て、香ばしい香りが立ち上る。振るわれたフライパンの上で舞う具材たちが、作り手の鮮やかな手並みで以て、瞬く間においしそうな料理へと変わっていく。

「やるではないか。ずいぶんと包丁(やいば)を振るっていないかと思っておったが、衰えてはおらぬようだな。小鴉」

「これでも部隊の隊長やし、隊員たちを預かるゆーのは、家の台所を預かるのとおんなじで全力でやらなあかんコトやからな~」

「ふっ、臣の体調を管理するも王の務め。率いる者としての矜持、忘れておらぬようで安心したぞ」

「……おおきにっ」

 不敵な笑みを交わし合い、更に手を進めていくはやてとディアーチェ。

 二人の振るう包丁が鋭く煌めき、火に焙られた食材からは白い湯気が立ち上り、香ばしい匂いが漂う。

 瞬く間に広い卓の上に並べられていく皿たち。盛り付けられた料理はどれも美味しそうで、見ているだけで胃袋を鷲掴みにされそうな光景だが───

 

(───いや、なんでこんな料理漫画みたいなコトに……しかも相手も八神部隊長と瓜二つだしッ⁉)

 

 少なくとも、機動部隊の出張任務中に発生するには、些か理解に困るイベントではあった。

「あ、みんなお帰り~。お疲れ様やったなあ」

 言葉を失っているティアナの心中とは裏腹に、コテージに戻ってきた皆を出迎えたはやての表情は、いつも通りほわほわとした笑みに満ちていた。

 あの笑顔を見ていると、戸惑いもすっかり抜け落ちてしまいそうではあるが、一日にそっくりどころではない顔ぶれを三度も見ることになれば、疑問を抱くなという方が無理な話である。

「あの、八神部隊長。そちらの方は……?」

「??? あ、せやせや。まだ紹介してへんかったな。こちらは王様……やのうて、えーっと」

「そこの二人とは初めて会うな。ディアーチェ・K・クローディアだ。向こうにいるシュテルやレヴィと同じ、無限書庫で臨時協力をしている。どの程度の期間になるかは解からぬが、ひとまずよろしく頼むぞ」

「「は、はいっ、よろしくおねがいしますっ!」」

 見た目も声もはやてとそっくりなのに、纏っている雰囲気は真逆で、鋭く重々しい。ヒトの上に立つ人間の才能というものがあるとすれば、恐らくこの重みこそが正にそれなのだろう。

 が、ディアーチェは「そう固くならずともよかろう」と言い、二人に肩の力を抜くように伝える。

「あくまで我らは協力者の立場で、別に局の立場においても上官という訳でもない。それに、今は食事時だ。肩肘を張っていては、せっかくの食事を楽しめぬだろう。気軽に接してくれて構わぬ。そもそも、他の面々は元より、エリオとキャロとも顔見知りの間柄だ。身内の一人、くらいに思っておけばよい」

 言葉自体は存大であるが、端々から彼女の面倒見の良さが伝わってくる。単に圧を掛けるばかりの人物ではないというのが分かり、スバルとティアナの気持ちも落ち着きを取り戻し始めた。

 それにしても、

「身内、というと……レヴィさんみたいに、ディアーチェさんも八神部隊長のご親戚なのでしょうか」

 レヴィとフェイトもそうだが、ディアーチェとはやても瓜二つと言っていい顔立ちだ。一応、フェイトは下した長い髪の先端をリボンでまとめているのに対し、レヴィは側頭部から二つに結っているとか。はやてが肩辺りで揃えられたショートヘアである一方、ディアーチェは腰に届かないくらいのセミロングヘアといった違いはあるものの、それを抜きにしてもそっくりすぎる。

 ティアナが口にした疑問は、傍から見ればまあ、無理からぬものだろう。

「ま、世界にはおんなじ顔が三人いるなんて言うし。ちょーっと遠い親戚の、そっくりな妹みたいな感じで合っとると思うよ」

「おい、誰が妹かっ! 誰が誰のっ⁉」

「ええやない。背はちょっぴり抜かれてもーたけど、昔王様たちがちっちゃくなった時とかにお世話もしたコトあるし♪」

「ぐぬぬっ、一〇年以上経った事柄をほじくり返しおってからに……っ!」

 はやてにあしらわれているディアーチェの姿を見て、スバルとティアナは何だかかえって親しみを覚えた。……が、その間にも手を休めない二人の手際に気づき、やはり只者ではないと何とも言えない驚きに苛まれたのは内緒である。

 と、そんなこんなをしている間に料理も出来上がり、ぎゃーぎゃーとはやてに文句を飛ばすディアーチェを、水汲みから帰ってきたアミタとキリエが宥め、一同は食卓へ集う。

 程なくして。美由希を始め、後から参加する予定だった面々も到着し、改めて今回の関係者同士での夕食と自己紹介を兼ねた交流会が始まった。

 

  5

 

「えー、飲み物と料理は行き渡ったかな? うん、えー……こほん。みなさん、任務中にも関わらず、なんだか休暇みたいにはなってますが……。ちょうど今、シャマルの張ってくれた広域探査の解析と、隊長陣が配置してくれた探索球(サーチャー)の結果待ちという事で。休憩と交流を兼ねて少しの間、楽しくご歓談頂きたいと思います」

 では、せーの───と、はやてが音頭を取り、一同はグラスを掲げ、今宵の出会いを祝し乾杯した。

 飲み物を一口含んだところで、はやてが初対面同士の人もいるので、改めて自己紹介をしておこうかと促した。

「初めは我らからか」

「ええ。来るときは別々の場所に到着してしまいましたから、再度名乗る方が分かり易いかと」

「そうだね! じゃあ、ボクからいくよー。ボクの名はレヴィっ、〝雷光のレヴィ〟と人は呼ぶ! すごいぞ強いぞ、かっこい『戯け。戦の名乗りではないのだ、場を弁えよ』あいったぁあっ⁉ もぉーっ! 何すんのおーさまぁ~。せっかくいいとこだったのにぃ……」

「そういう事ではない。時と場合を考えよ、と言っておるのだ。前にもアミタやイリスにいわれておっただろう」

「むぅ……ええっと、通りなじゃない方だと、こっちでの名前はレヴィ・ラッセルだよ。今朝も言ったけど、普段は王様たちとエルトリアに住んでて、偶に無限書庫っていうか、管理局にお手伝いに来てる感じ」

「うむ。やれば出来るではないか。改めて、ディアーチェ・K・クローディアという。凡そは今の通り、こちらへ手伝いに来ている別世界の住人、といったところだ」

「同じく。シュテル・スタークスといいます。以後お見知りおきを」

 エルトリアの三人娘の愉快な名乗りが終わり、次いで、まだスバルとティアナにきちんと名乗れていなかったフローリアン姉妹に順番が移る。

「スバルさんとティアナさんとは、きちんと挨拶できていませんでしたね。ディアーチェたちと同じ、エルトリアという世界(ほし)から来ました、アミティエ・フローリアンといいます。気軽に、アミタとお呼びください」

「同じく、キリエ・フローリアンです。わたしたちはどっちかっていうと、シュテルたちよりは管理局のお手伝いをする機会は少なめで……普段は住んでる世界の環境維持とか、そのための研究をしてる。他にもいろいろあるけど、ひとまずおねーちゃん共々、よろしくお願いします♪」

 そういってアミタとキリエは微笑みを浮かべ、小さくお辞儀した。

 パチパチと拍手が湧き、エルトリア勢の自己紹介が一通り終わったところで、今度は地球に住む面々の番が回る。それを受け、「じゃ、次はあたしの番ね」とアリサが手を上げ立ち上がった。

「では改めまして、アリサ・バニングスです。現地(こっち)に住んでる一般人で、なのはたちの幼馴染み。その辺りの縁もあって、今回みたいな現地協力とか、向こうの世界からウチの会社に来るお仕事の依頼をいただいてたりもします───こんなトコかしらね。スバルとティアナとは今朝も話したけど、改めてよろしくね」

 そう茶目っ気たっぷりにウィンクをして、アリサは隣に座っていたすずかに、「はい、タッチ」と順番を回す。差し出された手に手を合わせ、「うん」と頷き、すずかが新人たちの方を向き直る。

「スバルちゃんとティアナちゃんとは初めましてだね。月村すずかです。アリサちゃんと同じで、なのはちゃんとは子供の頃からずっと仲良しの幼馴染。お仕事でみんながこっちに帰って来た時とか、逆に向こうのお仕事を受ける時には、いろいろお手伝いさせてもらってます」

「前にちょっとしたきっかけがあって、あたしん家とすずかん家でやってる遊興施設系の技術提供とかやらせてもらってるのよね。そんなに規模としては大きくないけど、意外とあっちでもウケが良いって聞いてるわ」

 アリサとすずかの話を聞き、その〝きっかけ〟がなんであるのか少し気になったスバルとティアナだったが、

「因みに、すずかちゃんのおねーちゃんはなのはちゃんと美由希さんのおにーちゃんのお嫁さんやから、義理の姉妹でもあるよ~」

「「……ええっ⁉」」

 何気なく放たれたはやての一言に上書きされ、驚きが一気に疑念を吹き飛ばしてしまった。

「そ、そうなんですか?」

「うん。わたしとおねーちゃんのおにーちゃんの高町恭也とすずかちゃんのおねーさんの月村忍さんは、一〇年くらい前に結婚して、今は家族で外国に住んでるの。ほら、さっき翠屋に寄った時に話に出てた雫ちゃんっていうのが二人の子供で、わたしとおねーちゃん、すずかちゃんにとっての姪っ子さん」

 なのはの説明を受け、初めてその辺りの人間模様を知ったスバルとティアナは、ただただ話に聞き入るばかりであった。それにしても、幼馴染同士の兄と姉が夫婦とは、世の中は狭いというかなんというか。……なお、この話題を掘り下げられて、一名ほど不貞腐れてる人物がいたのは余談である。

 と、会話の流れを受けて、この順番なら「次はあたしかな?」と、茶髪を首の辺りで束ねた、柔らかな雰囲気の女性が立ち上がった。

「エイミィ・ハラオウンです。出身はミッドチルダで、こっちに住むようになった経緯は紆余曲折あって……まあ、始まりは十五年前。次元航行部隊の通信主任をしてて、アースラっていう次元艦に搭乗してた時に担当した事件でなのはちゃん、フェイトちゃん、はやてちゃんたちと出会いました。

 その後もいろいろあって、美由希ちゃんたちとも仲良くなったり……苗字(ファミリーネーム)からもうバレバレな気もするけど、フェイトちゃんのお義兄ちゃんでもあるクロノ・ハラオウン提督と結婚して、今はこっちで二人の子供のお母さんやってます」

 ほんの少し気恥ずかしそうに語るエイミィの表情は、どこか少女めいた初々しさを感じさせた。

 この間、エリオとキャロからハラオウン家で過ごしていた日々の話を聞いていたが、次元航行部隊の提督の妻であり、元々が通信主任までこなしていたというのは、実際に耳にするとなんとも凄まじい経歴だ。シャーリーが憧れていると言っていたのもよく分かる。

「で、この子たちがわたしとクロノくんの子供。はい、みんなにご挨拶して?」

「はじめまして。カレル・ハラオウン、五歳ですっ」

「リエラ・ハラオウン、五歳っ。おにーちゃんのいもーとです」

 舌足らずな挨拶と共にぺこりとお辞儀をする双子の兄妹、カレルとリエラ。

 双子だけあって、見た目には瓜二つ。母によく似た淡い茶髪に、父親譲りの濃い青の瞳の、愛くるしい顔立ちをした子供たちだった。

「任務中に子連れ、っていうのもどうかとは思わないではないんだけど……二人が来てるって聞いて、どうしてもって」

「いーじゃない、可愛い話だよ。二人とも、おにーちゃんとおねーちゃんに会いたかったんだもんね~?」

 美由希にそう訊かれて、うんうんと頷くカレルとリエラの姿は場の雰囲気が一気に和み、エリオとキャロにじゃれつく様子はとても微笑ましげで、見ている者の頬をついつい緩ませる。

「ホント、可愛いです♪」

「ふふふっ。ありがとー、すずかちゃん。義母さんもかなり見たがってたからねえ……。今頃、孫たちの姿見れないコト、クロノくん辺りに愚痴ってるかも」

「もう、お義姉ちゃんってば……。そんなコト言ってると、本当に義母さん拗ねちゃうかもだよ?」

「あはは。ごめんごめん」

 姉妹のやり取りを受けながら、ふと、スバルは思い返したように傍らのティアナに小さく声を掛ける。

「ねえ、ティア。そういえば、フェイトさんのおかーさんって確か……」

「そうね、前にチビッ子二人から聞いた話とウワサくらいだけど。六課の関連……っていうか、ほとんど後見人に近いところに乗ってるのも見たことあるわ。元・次元航行部隊の提督で、今は本局にいるっていう、リンディ・ハラオウン総務統括官」

 スバルの父や姉も相当なものだが、ハラオウン家のエリートっぷりはそれに輪をかけて凄まじい。

 両親のいずれも次元航行部隊の提督歴任し、その子供たちにしても、元・執務官で現・提督を務める兄と現役執務官の妹。おまけに兄の妻はかつて同部隊の通信主任を務め、妹の保護した孫同然の子供たちはやっと二桁になった年齢でBランク以上の資質を秘めた魔導師だという。

 ウソみたいな内容だが、これが事実だというのだからゾッとしない。

 とはいえ、

(……そりゃ、何の苦も無く得られる結果じゃないのは解かってるけど)

 内心で零しつつも、何とも言えない気持ちが涌くのはどうしても止められない。

 当たり前だと理解していながらも、改めて実感させられる。目指す先に辿り着いている者とそうでない者の間には、越えがたい断崖があるのだと。

「……それこそ、らしくないわよね」

「??? らしくないって、何が?」

「別に……なんでもないわよ」

 投げられた疑問をそう制して、ティアナは燻りかけた気持ちを脇へ捨て、続く美由希の言葉に意識を向けた。

「えー、では僭越ながら。さっき翠屋(ウチ)に寄ってもらったから、なのはの生徒さんたちもご存じかもだけど───現地の一般人、高町美由希です。高町なのは、一等……空尉? のおねーちゃんで、翠屋のホールリーダーやってます。

 正直、エイミィたちに比べると、あんまり向こうの事には詳しくないバリバリの一般人ではありますが……十五年前になのはがちょっとしたきっかけで魔法と出会って、それから管理局に誘われてお仕事するようになったり、なんか結構ちゃんとした役職に就いてミッドに行っちゃったりして」

 妹が辿ってきたこれまでの軌跡(おもいで)を一つ一つ紐解くように、美由希は少し切なげな、けれどどこか誇らしそうな面持ちで言葉を紡いでいく。

「いま思い返すと、驚いたり戸惑ったりする暇もないくらいあっという間だったね……。フェイトちゃんやはやてちゃんがいろいろ大変だった事も聞いたし、なのはが自分の道を進み始めてからも本当にたくさんの事があって。平和とか安全を守るための仕事とはいえ、危険な事もある仕事だし……心配は、今も結構してる。あの頃はまだちっちゃかったから、余計にね。

 ───でも、魔法使いとして自分の魔法をちゃんと使う事とか、人に色んな事を教えたり、導いたりする仕事が、なのはの見つけた夢なんだっていうのも、ちゃんと聞いたから」

 姉からの柔らかな視線を、妹は少し気恥ずかしそうな表情で受け止める。

 その様子に微笑みながら、

「だから、わたしたちはこっちの世界で待つって決めた。自分で選んだ道を遂げられたならうれしいし、何より後悔はして欲しくないって思ったから。

 ま、そうじゃなくても、ちっちゃい頃からワガママというか、頑固な子だからねぇ~。言い出したら聞かないけど、一度決めたらちゃんとやり遂げる子だっていうのはちゃーんとしってるから♪」

 だいぶ姉バカかな? なんておどけて見せる美由希に、「良く解かります……姉たる者、やはり心配と信頼は紙一重ですから」や「妹弟(きょーだい)が可愛いのは、皆おんなじだね~」などと、姉属性な面々(エイミィとアミタ)から同意のコメントが飛んでくる。

 それを受けて、たははと苦笑しつつ、美由希は「とまあ、そんなわけで」とスバルとティアナへ向き直ると。

「生徒のみなさん。なのは先生、現場だとちょーっと厳しい先生みたいだけど、いろいろよろしくしてあげてね? おねーちゃんからのお願い♪」

 そう言って、悪戯っぽくここまでの言葉をまとめ上げた。

 が、妹からはそのまとめは些か不服だったのか、「おねーちゃんまでおとーさんとおんなじコト言う……わたしにだって、教官としての立場というものがあって……」と、口を尖らせている。

 そんな姉妹のやり取りを、ティアナはどこかぼんやりとした様子で眺めていた。

「…………」

「ティアさん?」

「え……あぁ、何?」

 すると、よほど気が抜けていたように見えたのか、傍らのキャロがこてんと首を傾げ、ティアナの顔を覗き込んできた。

 いけないいけない、と努めて平静に応えるティアナの様子に、とキャロは先ほど感じた違和感のようなものを、気のせいだったかと思い直し、「いえ……」と首を小さく横に振った。

 その間にも自己紹介の順番は着々と周り、スバルが管理局員───というよりは、魔導師を志したきっかけについて語り始めた。

 ちょうど前後の話に関連する部分だった事もあり、美由希は殊の外スバルの言葉に聞き入っているように見えた。が、考えてみれば当然といえば当然だとも、ティアナは思った。目の前に、姉妹(きょうだい)が目指し、成し遂げた選択(けつい)の結果がそこにいるのだから、興味を抱かずにいられるわけもないだろう、と。

 そう。とても自然な事だ。目指す側にとっても、見届ける側にとっても。仮にそこに差異が生じるとするなら、それは単純に、成し遂げられたか否か、という一点だけ。

 

 ───そしてきっと、目の前に在るのは『成し遂げられた』華々しい理想の形だ。

 

 他人の功績を羨んでも無意味だというのは解かっている。

 欲しているのなら、自分で掴み取ったものでなければ身にはならない。これは、純然たる事実である。しかし、それでも事実を事実として呑み下せる人間が多くはない事もまた、悲しい現実だった。

(……ああ。なんでこう、ヤな方にばっかり)

 心裡に涌くドロリと粘着質な感情に嫌気が差す。

 ただ向き合う事が、なぜこうも辛く感じてしまうのか。たとえ成し遂げられなかったとして、退く道が無いわけでもないだろうに。

 折り合いを付けられない意地と、折れる事を良しとしない矜持の狭間で揺れて、頭の中はぐちゃぐちゃだった。

 ともすればこの場から立ち去ってしまいそうだったが、

「……ありがとうございましたっ。はい、次ティアの番だよ?」

 傍らから聞こえてきた慣れた声に、浮き掛けた足を地に着け直した。

 意地というのは、在れば苦しくもあるが、時に逃げ出さない選択をする力にもなる。昇級試験の時がそうだったように、この道を志したきっかけ───憧れの選んだ道も、始まりはきっと。

 ならば、それに守られた自分が背を向けてしまうのはまだ早い。

 頂を目指して、断崖に手を掛けただけで諦めたのでは、何もしていないのと変わらないではないか。

 誇りを抱くなら、悔いる結末だけは選んではいけない。……いや、選びたくなかった。

 

「───機動六課、スターズ分隊所属。ティアナ・ランスターです」

 

 だから今は、そこを目指す自分として、在りのままを語ろう。相方ほど劇的なきっかけではないかもしれないけれど、自分自身が胸を張って口にできる始まりを。

 そうして言葉を重ねていくうち、気づけは抱いていたモヤモヤとした感情はすっかり鳴りを潜めていた。自分の原点を再認識したからだろうか。迷っていても、進む先が解かっていれば大丈夫だと、燻り掛けた心に再び火が灯る。

 同時に、自らの〝憧れ〟を短くも真摯に言葉にした思いもまた、高まり始めた焔の熱が柔らかに伝わるように、皆の裡へ自然と響いていた。

 

 ほどなくして、自己紹介も一巡し、交流会は歓談の時間へと移りだした。

「うーん、おいし~っ! やっぱり王様とハヤテの料理はメチャうまだね♪」

「確かにな。ディアーチェのも久しぶりに食べるけど、前より美味い」

 レヴィとヴィータが料理に舌鼓を打ち恍惚としていると、ディアーチェは「当然だ」とばかりに胸を張り、はやても「ありがとな~。追加もあるからどんどん食べてなー」と二人の皿に料理をよそう。

 素直な二人に誘われて、普段から健啖家なエリオやスバル、アミタやレヴィの箸もどんどん進む。その様子を見て、

「しっかしホント、すっごい食欲だけど……みんなあの料理どこに入ってくのかしらねえ」

「確かに。《オールストン・シー》の時もすごかったですよね~。先生(マリーさん)から聞いた話だと、十人前近くペロリだったとか」

 アリサとシャーリーの言葉に「たはは……」と零し、キリエも姉たちの食欲(キャパシティ)にはなかなか思うところはあるようで。

「エリオくんとスバルちゃんは育ちざかりだからっていうのもあるんだろうけど、おねーちゃんとかレヴィはねえ……ホント謎なところあるわ。昔っから全然そういうとこ気にしてないのに、すっごい綺麗なんだもん」

 と、そんな感想を述べた。

 流石に以前のような劣等感を抱く事はなくなったが、無頓着な割に綺麗なままの姉の容姿には、年齢を重ねた乙女としては若干面白くない部分もある。

 この間もイリスと似たような話をした、と苦笑するキリエに、「ほえー……」と美由希たちも感嘆とも呆れともつかない溜息を吐いた。

「羨ましい話だねー……。あたしも運動というか、鍛錬は今でもずっと欠かしてないつもりだけど、ちょっと油断すると危なかったりするし」

「うう……それ言われると、ちょっぴり耳が痛いなあ。油断してると、幸せ太りじゃ片づけられないくらいエマージェンシーな時もあるし……」

 主婦業に追われ、偶に非常事態に陥ってしまいそうな記憶を思い出し、なんとも微妙な顔をするエイミィだったが、それを聞いた美由希は「大丈夫大丈夫」と友の肩を叩く。

「それこそまさかでしょー。二児の母になった今でも、昔と全然変わってないじゃない」

「だと良いんだけど、身近にすっごい例が何人もいると少しねえ……」

「やー、当事者の一人としては何とも身に詰まされる話ですなあ……成れれば理想っちゃ理想なんだけどさぁ」

「そうそう」

 頷き合う二人の会話の内容を察した面々は、「たしかに」と内心で深く頷いていた。……しかし本当に、一体全体どうやってあの美貌(わかさ)を維持しているのか。血を継いだはずの娘にしても分からない世界の謎。解き明かせないそれが、乙女たちの悩みに拍車をかけていた。

 と、それはそうと。

「そういえば、キリエさんたちのご両親はお変わりないですか?」

 親の話題が過ぎったからか、ふと思い出したようにフェイトは。フローリアン姉妹にエルトリアで暮らす彼女らの両親について訊ねた。

 すると、キリエは「うん」と頷いて、「二人とも変わらず元気」と応えた。

「パパもママも、ここ数年ですっかり持ち直したし。そりゃあ、全部が全部カンペキってワケじゃないけど……イリスとユーリのおかげで、家族で過ごせる時間はすごく増えたわね。シュテルたちが一緒に暮らすようになってからは、娘たちがこんなに増えたなら、今度は孫の顔を見届けるまでは死ねないなあ、なんて冗談言っちゃうくらいだもん」

 楽しそうに話すキリエの表情を見ていると、フローリアン家の将来は明るそうだと、フェイトは思った。

 尤も、

「まあ? あいにくの女所帯だし、オマケにおねーちゃんもこういう感じだから、まだまだハラオウン家みたいには行かなそうだけどね~」

「ちょ、キリエッ‼ こういう感じとはなんですか、こういう感じとは⁉ イリスみたいなコトいわないでくださいっ! だいたい、そういうのは出会ってみなければ分からないもので、ただ必要に迫られてするようなものではないでしょう」

 口を尖らせ、心外だとばかりにアミタはそう言った。

 大人の恋愛観としては些か(あお)い気もするが、強ち間違ってもいない筈だ、と美人だが交際経験の少ない乙女たちは内心で頷いていた。……まあ、件の二児の女神の名を冠した天使(あくま)がこの場に居たのなら、『そうやってベストを探していられる時間も無限じゃないけどね』なんて憎まれ口を挟んできたかもしれないが。

 ───しかし、だ。

「まあ、探す間もなく出会っちゃうっていうのも、それはそれで大変なのかもしれないけどね」

 と、苦笑するエイミィに、「ああ……」と、一同は納得した様な顔をする。

 そう。仮にそうだとしても、それは出会えていない場合の話。逆にいえば、既に出会ってしまっているのだとしたら、いかに折り合いを付けられるかが決断のカギとなる。けれど最良最善を目指しながらも、結局自分にとっての最高最愛を本能で見つけてしまっていたなら、それらを諦める事が、果たして出来るものなのか。

 ハッキリとした正解は無い。けれど幸か不幸かこの場には、恐らくその答えに最も近いところに居るだろう乙女たちが揃ってもいた。

 皆の視線を向けた先では、どこか剝れた顔と得意げな顔を突き合わせる乙女たちの姿があった。本気で仲が悪いワケではないものの、互いに譲れない部分があり、自身に無いものを相手が持っているがゆえに、どうしても面白くないところも多いのだろう。

 

 いま傍らに居られずとも、これまでに重ねて来た時間が心を通じ合わせる。

 いま傍らにいるがゆえに、これまで以上に通じ合わんとその側に居続ける。

 

 優劣では決して語れぬ強き絆。時にじれったくも思えるが、それ以上に尊いものの行く末は、まだまだ波乱呼びそうなようだ。

 それにしても───

《───ねぇねぇ、ティア》

《なによ? 急に念話なんか使って》

 そんな話をしている大人たちを見て、スバルがティアナに声を掛ける。

《いや、なんていうか……その、こっちに来てからさ。隊長さんたちが、すごく普通の『女の子』みたいだなぁ、って……》

 スバル自身も呑み込めていないのか、その言葉はどこか戸惑いにも似たものが籠っていたように感じられた。

 が、スバルの気持ちも分からないではない。

 考えるまでもなく当たり前の事ではあるのだが、管理局でも指折りのエースとして名を馳せているなのはたちとて、まだ二〇代前半のうら若き女性である。

 どれだけの功績を重ねて来ても、大人と呼ばれる年齢に足を踏み入れて間もないのは確かだ。年齢を重ねれば重ねるほど解かる事だが、ただ歳を取るだけでは大人になれない。よしんば大人になったとしても、子供だった記憶を直ぐに過去にするのだって、そう容易くはない。そもそも今のスバルやティアナの年齢も、カレルやリエラどころか、エリオやキャロくらいの年齢だった頃には、果てしなく遠く感じられていたものである。

 だから、当たり前の事なのだ。

 大人らしいとか、子供っぽいとかではなくて。各々が辿ってきた道程の中に、それがあるというだけ。そして、いま二人がそう思っているのと同じように───見守ってきた側も、近しい想いを感じているのだろう。

「ふふ、やっぱり意外かな? 先生の子供っぽいところを見るのって」

「美由希さん……エイミィさんも」

「普段はしっかりしてるから、なかなか見る機会は無いよね。でも、なんだかあたしとしては懐かしいな……。アースラに居た頃みたいで」

「なのはが魔法と出会った頃かあ……うん、確かに。なのはがすっごく元気に、楽しそうに笑い出したのは、あの頃だったかも」

「え……?」

 感慨深げに美由希がそう零すと、ティアナは意外な言葉を聞いたように、その横顔を振り返る。愛おしげに妹を見つめる横顔には、どこか微かな寂しさが覗いていた。さっき語っていた心配ともまた違う、もっと別の憂いにも似た感情。

「あの……それって、どういう……?」

 聞くべきではないのかもしれない。しかし、不躾だと承知していながらも、どうしても訊ねずにはいられなかった。

 美由希の浮かべた表情が、自分自身にとっても覚えのあるもので。

 ……何より、ずっと前にも見た事があった気がして。

 ティアナの心裡を識ってか識らずか、美由希は小さく微笑み。すっかり遠くなった、でもつい昨日のようにも思える嘗ての記憶を、ゆっくりと語り始めた。

「もうずいぶん前だけど……あたしもなのはも、こーんなちっちゃかった頃ね? ウチのとーさんが仕事ですっごい大ケガをしっちゃった事があって。ちょうどその時期は、翠屋もオープンしたばっかりで、かーさんたちも忙しくて、あたしや恭ちゃんもその手伝いに掛かりっきりになっちゃってね……なのはにはずいぶん寂しい思いをさせちゃった。……たぶん、これがきっかけかな」

 自分たちも幼かったが、妹であるなのははそれ以上に幼かった。

 当たり前で、仕方のない摂理。

 であればこそ。兄や姉である自分たちからすれば、幼い身であっても、自分たちを奮い立たせるきっかけでもあった。

 全く辛くなかったとは言わない。しかし、それ以上に大切な人たちを少しでも助けたくて、守りたかった。どんなに悪いことが重なっても、良い事が全くないわけじゃない。すこしずつ回復していく父の姿も、自分たちを案じてくれる末の妹の姿も、等しく自分たちにとっては前に進むための、大きな力であったから。

 けれど、

「あたしたちからしてみれば、守らなきゃいけない(なのは)がいたから頑張れたんだけど……待っているっていうのも、本当は簡単な事じゃないんだよね。手が届かない、なんて理由だけで、納得できるものばっかりじゃないし。何も出来ないでいるっていうのが嫌だから、寂しさと悔しさがごっちゃになって、悲しかったんだと思う」

 美由希のその言葉を聞き、ティアナはドキリと心臓が跳ね上がったような錯覚に襲われた。

「──────」

 そう。理解しているかという事と、納得できているかは、全くの別問題だ。

 仕方がない、というだけで、何もかもを諦めてしまえるわけがない。

 自分がどれだけ愛されていても、無力なままでいたくなかった。

 守られているのが不満なのではない。大切に思われているからこそ、与えられた愛情に報いたかった。自分にとっても大切だったから、少しでも力になりたかったのである。……本当は、話を聞いただけで、分かった気になってはいけないのだろうけれど。

 

「…………分かります」

 

 ティアナは自然と、その言葉が口について出るのを止められなかった。

 当たり前に家族がいるのは、とても幸せな事だ。

 少なくとも、失ってしまってからでは簡単には取り返せないものである。

 その怖さを知っているならなおさらに、今ここに在る当たり前を失うまいと藻掻くだろう。

 ……ああ、そうだ。

 恐らくはティアナ自身も、どうしようもなく、語られた二つの想いを胸に抱いて生きて来た者の一人であった。

 彼女の告解(つぶやき)を耳にした美由希は、「そっか……」とティアナの肩を優しく叩いた。

「簡単に割り切れる事じゃないから、余計こんがらがっちゃうんだよね。本当はただ、幸せなだけだったらいいんだけど……」

 しかし、幸せは幻想ではなくとも、容易くは手に入らない。

 理不尽な事もあれば、去り行かぬ過ちに囚われ続ける事もある。

 ───ただ、それでも。

「守って来た時も、守られている時も、どっちもそれなりの強さが必要になるけど、本当はもっと単純なコトなのかもね……」

 家族だからと何でも分かり合える訳ではない。しかし、だからと言って通じ合えないと定められている訳でもない。

 正解は一つではなく、導かれる回答も明瞭とは言い難い。

 しかし、ハッキリしている事もひとつある。

「どっちにいても、結局一番最初に合ったのは……大好きで、大切だったって気持ちだと思うから」

 美由希の呟きに、ティアナは以前スバルの姉であるギンガに言われた言葉を思い出した。

 立ち止まってしまっては、目指す場所へ届かないような気がして、これまで振り向かずにいたけれど───本当に恐れていたのは、別の事だったのかもしれない。

 自分自身が胸を張れる道を進んでいるのか。或いは、それをちゃんと伝えられるのかどうか。

 その答えを、確かめるのが恐かった。

 が、本来ならば、確かめるまでもない事なのだ。

 かつて受けた問いかけにだって、ティアナはちゃんと、そう応えていたのだから。

 いまだって、その気持ちは変わっていない。

 憧れ、守ってもらった背中を疑うなど、在り得る筈もないのだ。

 愛されている自覚はある。

 不安だったのは、重荷になってしまう事の方だ。 ある種、強迫観念だったのかもしれない。

 支えになりたいと願ったから、早く大人になりたかった。一人でも大丈夫だと胸を張れるようになれば、失う不安に駆られないで済むと思っていたのである。けれど、それは願いとは逆に進む道だったのではなかろうか。誰かと共に居たいがために、一人で進まなければならないなんて矛盾している。

 尤もそれも、結局は───

「どんなに好きでも信頼してても、気にならないワケないって事なんだろうね。心配しちゃうのってさ」

 きっと、そんな理由ゆえのものだった。

「そうですね……気にせずになんて、なかなか出来る事じゃありませんし」

「ホント、不思議だよねえ。家族って」

 はい、とティアナが頷くと、美由希はなんだか嬉しそうに笑い、空きかけのグラスにジュースを注ぐ。硝子越しに揺らめく液体を見つめるうち、次第に深みに嵌まり始めた思考は、大きな波の中に呑み込まれ、穏やかさを取り戻していくのだった。

 

 

 

 ───気づけば、歓談も佳境に近づきつつあった。

 エリオとキャロの膝の上でうつらうつらと船をこぐカレルとリエラの姿を見て、「ありゃりゃ、おねむになっちゃったか」と、エイミィは二人の頭を撫でる。

「こりゃあ、一回帰った方がよさそうかな?」

「ぼくまだ、ねむくなんか……ないもん」

「やぁぁ……! まだおにーちゃんんたちと、いっしょが良いぃっ」

「駄々捏ねないの。夜更かしは不健康の元だし、おにーちゃんたちも、大事な任務の最中なんだから」

 母の言葉に、双子は揃って口ごもった。

 幼いながらも、聡明な両親の姿を見て育ってきた子供たちである。語られた理屈が全く分からないほど愚かではない。しかし、それでも別れは寂しいようで───つぶらな瞳に眠気によるものだけではない滴を溜めて、双子はエリオとキャロの顔をじっと見つめていた。

 それは、自分たち自身にも覚えのある感情。

 出来る事なら叶えてあげたい。無碍にはしたくないものではあるが、ただ叶えるだけが正解ではない事も、二人はよく知っていた。

「大丈夫だよ。また来るから、次はもっといっしょに遊ぼう? ね、キャロ」

「うん、約束♪」

 微笑みと共に差し出された小指に、若干の抵抗を見せながらも、カレルとリエラはキャロの小指に自分たちも小指を結び合わせた。

「やくそくだよ……?」

 いつだったか、自分たちも同じような事を言った気がする。

 楽しかったからこそ、終わってしまう事が寂しかった。だが、悲しむことはないと教えてくれた人たちが居た。

 楽しかったのなら、また何度でも来れば良い。

 終幕は途絶するものではなく、再び幕を開けるためのものなのだと。

 ゆえに、

「もちろん。必ずまた遊ぼうね」

 そっと指を離して、自分たちよりも小さな身体を抱きしめる。

 自分たちが叶えてもらった嬉しさを忘れず、自分たちもまた、交わした約束を確かめるように。

 そうするうちに眠気に負け、カレルとリエラは眠ってしまった。

 エイミィは眠ってしまった双子たちを連れ、美由希に手伝ってもらいながら子供たちを自宅まで帰る事に。姉たちが岐路に着いたのに合わせ、残る一同は食器類の片づけながら、この後の事について話し始めた。

「そういえば、シュテルたちも今日はこっちに泊まってくんだよね?」

「はい。書庫での業務は、イリスたちが引き継いでくれましたので。わたしたちはナノハたちの任務が終わるまではこちらに滞在する予定です」

「そーそー、アリサがボクらの部屋も要してくれてるし~♪」

「まあ、部屋数はそれなりにあるし。いざとなったら、あたしん家とかすずかん家にも泊まれるから」

「ほんま、お世話になってばっかりで。ありがとーなぁ、アリサちゃん、すずかちゃん」

「ううん。わたしたちも、みんなのお手伝いできるの嬉しいよ」

「そーゆーコト。ああ、でも……ここお風呂無いのよね。前に着た時みたいに、水浴びって季節でもないし……」

 エリオとキャロが来た時や、それ以前に皆でここを訪れた際には、季節的なものもあり、水遊びがお風呂代わりになった事もあった。

 他には、子供たちだけなら、野外にちょっとした露天風呂を催した時もある。だが、身内のみとはいえ、流石にこれだけ成人女性が多い面子で即席露天はいろいろと無理がある。

 となれば───

「こういう時は、あそこかしら?」

 アリサの目配せに、幼馴染たちは「ああ」と納得した表情を浮かべた。

 あそこ、という単語にいまいちピンとこないスバルとティアナだったが、両分隊長はそんな疑問に答えるようにこう告げた。

「では六課一同。片付けが終わり次第、着替えを用意して出発準備」

「これより、市内のスーパー銭湯へ向かいます♪」

「すーぱー……」

「……せんとう?」

 

 

 

総員、銭湯準備? Let's_Take_A_Bath.

 

 

  1

 

 イマイチ言葉の響きを呑み込み切れていないスバルとティアナだったが、さして悩む間もなく、『そこ』がなんであるのか知る事が出来た。

 コテージから車で二〇分弱。

 市街地からやや外れた大きな道路に面したところに、派手な装いで立っている建物を見て、スバルとティアナは今更のように自分たちが、大型入浴施設にやって来たのだと理解できた。

 しかし、

「わぁー、なんかすっごいねぇ~」

「確かに……。公衆浴場ってより、なんかちょっとした遊園地みたい」

 スバルとティアナの呟きに、フローリアン姉妹も初めてここへやって来た時の事を思い出して、懐かしそうに頷いていた。

「ほんと、こっちの娯楽施設の完成度ってすごく高いわよねー」

「ええ。エルトリアのコロニーや、ミッド地上もいろいろ見る機会はありましたが、地球の方々の発想は一歩抜きんでているように感じます」

「そうそう。イリスもいろいろ調べてるうちに随分のめりこんじゃったし」

「その辺で言うと、あたしとすずかも、ミッドの方で少し提供するデータ見てもらったり、アドバイスしてもらったりしましたね」

「イリスさん、機械系だけじゃなく、建築にもお詳しくて、為になる話いっぱいしていただきました♪」

 元々、造る事には一日の長があるイリスは、こんなところでも才能を発揮していたらしい。六課でリインの使う備品やインテリアに口出ししていたことはあったが、それ以外でもなかなか手広くやっているようだ。

「凝り性だもんねー、イリス」

「最近では服も流行りを取り入れると言って、ファッションショーでも開けそうなくらいの量を作っていましたね」

「ああ。結局今度のオークションのドレスコードも、あやつが決めたのだったな」

「そういえば、六課にもこの間送られて来てたなー。似たり寄ったりのサイズやったから、お裾分けやーって」

「ま、元々我らと貴様らの体型は基礎が同じであるからな。無論、環境の差や資質的な違いはあるだろうが」

 と、そんな事を話しながら、一同は店名の書かれた暖簾をくぐり店内へと足を踏み入れた。すると、「いらっしゃいませ、海鳴スパリゾートへようこそ~!」という威勢の良い声と共に、受付のお姉さんが出迎えに来てくれた。

「団体様ですか?」

「はい。大人十六人、子供三人で」

 はやてが代表してそう告げると、お姉さんは「はーいっ」と返事をして、受付に人数分のロッカーキーを取りに向かった。

 その背中を見送りつつ、

「子供三人って……エリオとキャロ、リイン曹長……」

「───おい。いっとくがスバル、アタシはオトナだかんな。オ・ト・ナ!」

「あ、あはは……やだなあ、ジョーダンですって」

 些末(ちいさ)違和感(ぎもん)を口にしたスバルに、ヴィータはジトりとした目で釘を刺す。……ちなみに、普段の里帰りの時は変身魔法で一応姿を経過した時間に合わせてはいるらしいが、実際のところ大人Verも下手すりゃ一〇代半ばにすら思えそうな見た目なのは内緒である。

 まあ、それはさておき。

 程なく戻ってきたお姉さんからカギを受け取った面々は、早速更衣室へ向かおうとしたのだが───

 

「……あの、キャロ? その、手離してくれないと、僕……」

 

 男湯(むこう)に行けないんだけど───という最後の言葉は、キャロのうるうると立ち去る主人を引き留めようとする小動物みたいな上目遣い(いじらしさ)に打ち消され、発せられることなく飲み下された。

 

 結局。

 エリオはぱあぁっと花の咲いたような笑みのキャロに連れられて、ある意味天国ある意味地獄の暖簾(もん)をくぐる事になったのだったとさ。

 

 ……因みに、満面の笑みでエリオの袖を掴んでいるキャロの背後には、ここでの入浴マナーがいくつか記されており、そこにはこんな一文があった。

 ───『女湯への男児入浴は、十一歳以下のお子様のみでお願いします』。

 うら若き槍騎士、エリオ・モンディアル。

 こちらは見た目幼く、しかし悠久の時を過ごした鉄槌の騎士とは裏腹に。正真正銘、数か月前に年齢二桁に乗ったばかりの『お子様』であった。

 にしても。

「あれだけ素直だと、逆に気の毒にも見えてくるわ……」

「確かに。ホントにずーっと一緒やったから、いまさら断られへんのもあるかもしれへんなあ」

「天然っていうのも罪よねぇ。『きょーだい』っぽいぶん、どっかの誰かさんよりも自覚なさそーだし」

 アリサがそういうと、びくっと横髪(サイドテール)の主が反応する。それを、後髪(ポニーテール)の主はと言えば、どこか面白くなさそうにその反応を透明な蒼の瞳で見つめていた。

「あっちは何時まで掛かるかしらね、自覚するまでに」

「どーやろ。とっくに人生の墓場(にげられへんところ)まで一直線コースかもしれへんよ? 尤も、あっちもあっちで将来有望そうやし、対抗馬(ライバル)が現れんとも限らへんけどな~」

「もー、はやてちゃんってば」

 楽しそうなはやての声に、すずかは苦笑する。

 ……が、そんな事を言いつつも。話の輪にいた面々は、案外冗談でもなさそうな未来予想図に奇妙な確信めいたものを感じていたのは余談である。

 

  2

 

 かぽーん、と、何処からともなく聞こえる桶の音が、大浴場へと足を踏み入れた少女たちを出迎える。

「わぁ~、すっごーい!」

「ほんとね……」

 目の前に広がる光景に、スバルとティアナはそんな感想を漏らす。

 施設に足を踏み入れた時点でかなりの驚きがあったが、本丸である湯殿もまた、ミッド出身の二人には新鮮な驚きを与えていた。

 入り口でも話していたとおり、管理世界にも公共の入浴施設はたくさんある。だが、一つの施設にこれだけの多種多様な設備を導入しているところは、ほとんど無い。

 技術的に無理というわけではないのだろうが、ここに生じた差は、技術というより発想の差だろう。

 ミッドであれば設計段階で詰め込み過ぎと判断されてもおかしくなさそうなものを、違和感なく一つにまとめ上げる想像力。先ほどアミタやキリエが口にしていたように、こちらの娯楽に対する造形の深さは凄まじいの一言に尽きる。

 しかし、それにしても数が多い。これだけ様々なものが混然としていると、どう進めばいいのか迷ってしまう。

 そんな二人の戸惑いを見て取って、なのはが二人に銭湯での入浴手順を説明し始めた。

 そうしてスバルとティアナが初めての銭湯に挑む傍らで、慣れた様子の守護騎士の面々は、久方ぶりに訪れた湯殿の変化を楽しそうに眺めていた。

「へぇー、前来た時から随分変わったなあ~」

「湯の数も増えた。任務中でなければ、ゆっくり楽しめたのだがな」

「あら、ゆっくりしていけば良いじゃない? クラールヴィントたちが反応を追ってくれてるんだから、すぐ出られるようにだけしておけば」

「そうも言ってられんだろう。仮にも前線を任されている身だ」

「ま、あたしらは曲がりなりにも副隊長だからな」

 あくまで今日はお仕事モードだと告げるシグナムとヴィータだったが、何だかんだ新しくできたところへ行きたそうな視線を向けているのを見て、シャマルは「はいはい」と小さく笑みを零した。

 と、その横では───

「──────」

「……なんだ、ジロジロと見るでない」

「やー、なんというか……。子供の頃は殆どおんなじくらいやったのに、ずいぶんと変わったなーと(おも)て」

「なんのだ話だっ、まったく……こんな時に下らぬ事を抜かしおってからに」

「いやいや。むしろこんな時やからこそ、円滑なコミュニケーションを図らんとなぁ~。わたし、部隊長やし♪」

 朗らかな笑みでニコニコと語るはやてに、ディアーチェはこめかみを抑え、「貴様、自分がいくつだと思って……」と呆れたように零した。

「はやてってたら、相変わらずねえ……」

「まあまあ、女の子同士の楽しいスキンシップだから」

 そのやりとりを聞きながら、アリサとすずかがそう言うと、アミタとキリエもかつての記憶を思い出し、困ったような笑みを浮かべた。

「でもはやてちゃん、結構Sっ気あるわよねぇ。なんていうか、反応が面白い人の方に行く感じっていうか。前にこっち来た時も、おねーちゃんとかすっごい餌食にされてたし」

「あはは……まあ、最初はちょっとビックリしましたね」

「アミタさんのはなんていうか、ハリがあって、揉み心地バツグンやったな~♪」

 活き活きと楽しそうに感想を語るはやてを見て、ディアーチェは怪訝な顔で「……小鴉。お主、まさかとは思うが、今でも見境なくやっておるわけではなかろうな?」と訊ねる。

「いや、流石に仕事中は……」

「してねーけども……」

「シャーリーとかスバルは揉み返したりして、楽しそうにしてるわね」

「大丈夫やー。基本的に許してくれる人にしかせーへんからな~」

「問題はそこではなかろうが、この戯け……」

 ほわほわしたはやての返答に溜息を吐くディアーチェだったが、何だかんだ子供の頃からの事なので、今更な気もしてはいた。

 実際、スバルやシャーリー、或いはレヴィや偶にアリサも、わちゃわちゃして楽しんでいる節はあった。ついでに、はやて的には、みんなの健全な育成過程にも貢献してきたつもりとのこと。刺激を与えれば大きくなるなんていうのは眉唾だが、ここに集まった一同はかなり育っている面子なので、強ちウソとも言い切れない気もするのが困りどころだが。

「……ホントに効果あったのかしらね」

「さあ……どうだろうね」

 すっかり実った自身や友人たちの果実を眺めつつ、アリサは在りし日の事を思い出す。

 中学時代は割と控えめだったなのはや、揉み返されてた当の本人も、今ではすっかり立派な貫録を有している。

 なお、本人曰く。

〝質量的にはレヴィとすずかちゃん、シグナムとフェイトちゃんとかがすごいけど……バランス的にはアミタさんキリエさん、なのはちゃんとアリサちゃんも捨てがたいし。シャマルのすっごくふんわりした感じも、優しくて好きやし……逆にイリスさんとかシュテルみたく控えめなのも、これはこれで乙というか。ボーイッシュなスバルも、勝気なティアナも大人になってく中でどう変わっていくか楽しみにしてる。あと、自分とそっくりやけどもうちょっと育ってる王様のはちょっとうらやましいゆーか、自分でももうちょっと頑張ってみたりしたい思わされる魅力があったりも……〟

 とかなんとか。

 ちなみに、はやて的にはいま一番の期待株はキャロらしいが、当の本人はといえば、真っ赤になって俯く相方の背中を楽しそうにごしごしとタオルで(こす)っていた。

「エリオくん、かゆいところとかない?」

「だ、だいじょうぶ……」

 たどたどしく応えるエリオとは対照的に、キャロの方はどこまで行っても自然体である。

「……火力高いわね」

 何の、というか、そもそも本人に自覚があるのかすら怪しいが。

 長く共に過ごした時というものは、時として攻め手に転じるのだと、見守っていた大人たちはなんとも言えない既視感に襲われていた。

 そんな事をアリサが思っていると、

「おー、二人とも仲良しだな~。ボクも洗ってあげようかー?」

「れ、れれれレヴィさんッ⁉」

「はーい、お願いします♪」

「キャロッ⁉」

 ひとしきりはしゃいで戻ってきたらしいレヴィが二人の元へやって来て、そんな事を言いながら、エリオを洗っていたキャロの背を流し始めた。

 こうなってくると、面白くないのはフェイトである。

「レヴィ、ずるいっ! わたしだって最近は二人とお風呂入ってないのに……!」

「フェイトさんまで……ッ⁉」

 どうにもここ最近(すうわ)ばかり、『母』的立場としての日常風景(スキンシップ)が少なかったというのに、此処へ来て『叔母(いもうと)』的存在にそれを取られるなど、子煩悩な彼女が見過ごせる筈もなかった。

「えー、なんだよフェイトー。いいじゃんか、六課(そっち)でいつも一緒いるんだから。ボクなんか全然会えてなかったんだぞ~」

「うっ……で、でも、わたしだって忙しくて、あんまり二人と一緒に居られなかったし!」

 些末な問題で姉妹喧嘩を始めたフェイトとレヴィに、傍から見ていた面々は若干あきれ顔である。

「ほんと、フェイトはエリオとキャロのコトになると譲らないわねえ……」

「良いおかーさんだね♪」

「まあ、甘やかそうとしすぎるのも困りどころですが」

「そこはほら、エリオもキャロもしっかりしてるし」

「子の心、親知らず……ってか」

「あはは……。まだまだ二人も小さいですし、もうしばらくは『子供』でいて欲しいんですよ。きっと」

 シャーリーがヴィータにそう言うと、「かもな……」とヴィータも分からないではない、と頷いた。

「そういえばクロノくんも、次元艦(ふね)での出張(しごと)が長引くと、子供たちがいつの間にか大きくなっていて驚かされるーって、ゆーとったなあ」

 実際のところ、あまり成長を急くのも親としては寂しいものなのだろう。

 親子として繋がっている以上、どれだけ強くなったとしても、愛しいと思う心が消える訳でもないのだから。

「確かに、子供の時間って早く進んでる感じするよね。わたしも、おねーちゃんのところの雫ちゃんと会うたび、大きくなったなあ……って驚いちゃうもん」

「確かにねー。わたしなんか、実家に帰ってくる機会も減っちゃったから、余計にかも」

 すずかとなのはがそういうと、

「いわれてみると、エルトリアではまだ母星側に戻ってきた人口も少ないせいか、あまりそういった感覚に振れるのは少ないかもしれませんね……」

 と、シュテルが言った。

 飼育している動物たちの成長など、生命のそれに感じ入る部分が少ないという訳ではないが、身近な人物が『親になり子を育む』という、生物としては当たり前の循環を実際に見て取った経験はあまりない。

「ふむ。だが、アミタはキリエの生まれた頃など、そういった感慨に振れる事も多かったのではないか?」

「そうですね~。やはり家族が増えたのは嬉しくて、初めて姉としての立場に立ったわけですから、いろいろと思う事はありました……」

「ちょっとぉー、本人の前でそんな話しないでってば。あたしもおねーちゃんも、もう良い歳なんだから」

「たは……耳が痛いですね。イリスがいたらまた言われそうです」

「……まあ、イリスも別に特定の相手がいるわけではありませんが」

 実際、彼女らの盟主(あるじ)であったユーリと同様に、イリスも単純な加齢でどうにかなるわけではないので、本人が焦る必要が無いのは確かである。尤も、それと相手が居ないのはまた別の話ではあると思うが。

 シュテルがそう独り言ちると、キリエは「ふぅん」と半目になり、「ならシュテルはどうなの?」と訊いてきた。

「どう、とは?」

「大した意味じゃないわよ? 昔っから随分熱心だけど、進展はあったのかなーって」

「⁉」

 びくっ、とキリエの問いかけに、分かり易くなのはが肩を震わせて反応した。

 また始まったな、と、幼馴染たちはいつものやり取りをBGMに、ゆったりと湯船の縁に背中を預けて傾聴(くつろぎ)モード。

 そして、シュテルもシュテルでさして躊躇うでもなく、

「わたし自身としては、さして急くつもりもありません。ただあの方の傍らで、最後に共にある伴侶として選んでいただければ、一番嬉しくはあります」

「わぁぁ……」

 きっぱりと言い切られ、逆に話を振ったキリエの方が気恥ずかしくなってしまいそうだった。

 一見思慮深く、淑女然とした物言いではあるものの。その色素の薄い蒼の瞳の奥には、彼女の魔力と同じく、苛烈なまでの情熱が焔となって燃え滾っているのが見て取れた。……選ばれなければ選ばれないで、奪い取る気満々である辺り、彼女の本気度合いが伺える。

「シュテル、相変わらずスゴいわね……自信というか、覚悟というか」

「せやけど、あの積極性は見習わなあかんところもある気はするなあ……わたしかて、嫌いなわけやないし? 可能性の一つとしては考えんコトもないし」

「…………こういうの、罪っていうのかしらね?」

「本人が優柔不断なだけであろう。まったく、あやつは……」

「でも、一つの選択だけが正しい……っていうのも、なかなか無いんじゃないかな。おねーちゃんもそうだったみたいだし」

 皆、各々の感想を口にする中、ごぽごぽとお湯に沈んでいる乙女が一名。

 スバルとティアナが別の場所へ行っていたのが幸いだった。ただでさえ今日は威厳が危ういのに、教え子たちこんなところまで見られては正直、教導官としても乙女的にもだいぶ赤信号(アウト)だ。

 沈んでいるうち、頭がぼんやりと茹だり始め、浴場に響く友人たちの声右から左へと流れ始める。

 

 次第に、湯気の所為だけではなく、視界に靄が掛かりだした頃。

 なのはは、ほんの少し拗ねたような顔で、かつて交わした約束について思い返していた。

 

 ……彼女とて、全く意識していないわけではない。それこそ子供の頃から大人になるまで、年頃の少女らしい感情を抱いていなかったといえば嘘になる。しかし、その『何か』を成す以上に、ただ傍らに居てくれるだけで、心が満ち足りてしまう。

 

 いや、それも正確ではないかもしれない。

 

 満ち足りてしまうのではなく、そう在る事自体が当たり前で、欠いてしまうなど想像すら出来ないのである。

 だから、決して失えない。求めれば応えてくれるだろうけれど、それ以上にただ一緒に居て欲しいのだ。

 

 ───ずっと、ずっと。心の済むまで。

 

 ひどく自分勝手で、我儘な願いだとは思う。

 だが、

(…………約束、したんだもん)

 それは甘酸っぱい希望であり、同時に頑なになってしまった苦い意地のようなものでもあった。

 先へ進めば、きっと今以上に幸せなのだろう。

 けれど、進まないままでも十分に幸せで。やらなければならない事も、成し遂げたい事もたくさんあって。

 結局、今もまだその場に留まったままで。

 何時か、胸に居着いた呪縛(いと)が解かれるような、そんなきっかけを探し続けている───。

 

 

 

「───っ、ぷはぁ」

「あ、やーっと出てきた」

 けほけほ、と小さく咳き込むなのはの背を、アリサは「大丈夫?」といって軽く摩る。

「もー、なのはったら。あんなに沈んでたら湯あたりしちゃうわよ? 風にでも当たりに行きましょ。露天風呂ね、この前リニューアルしたんだって」

 アリサの気遣いに「うん」と頷いて、なのはは皆と共に、新しく作られたという露天の方へと足を進めた。

 外へ出ると、空はもうすっかり暗くなっていた。

 星が明るく瞬きはじめ、月が弧を描いて空の天蓋を上る。

 そんな光景を見ながら、夜の風に吹かれているうち。気が付けば、のぼせかけていた乙女の意地は、すっかり落ち着きを取り戻し始めていた。

 いまは焦ってもしょうがない。答えを急ぐ事でもないのだ。

 自分は自分のペースで、ひとつひとつ、目の前の事を一生懸命に熟して行けばいいのだから。……まあ、それでも帰ったら通話の一つもしておいた方がいいかな、と心に決めてはいたのは余談だが。

 

  3

 

 大人用露天の隣に置かれた子供用露天風呂。

 今日は子供の客が少ないのか、大浴場にはちらほらといた人影も、ここにはまるでなかった。

 尤も、いろいろあっていっぱいいっぱいだったエリオ的には、むしろこの静かな雰囲気は返って有難い。夜風に当たりながら湯船の縁にべったりと伏せて休んでいると、トテトテと手に冷たいタオルを持ったキャロがやってきた。

「エリオくん、だいじょうぶ?」

「う、うん……ちょっと、のぼせただけだから」

「無理しないでね……はい、おでこ上に向けて?」

 ぴたっ、とおでこに置かれたタオルは、ひんやりとして心地よく、エリオはこのまま眠ってしまいそうになったが、流石にお風呂場で眠ってしまうのは危ないので、首や脇にもタオルを当て、眠気を祓う。

 しゃっきりとしてきた意識で、ほぅ、と一息を吐くと、エリオはぼんやりと空を見上げた。

 すると、キャロが思い出したように。

「なんか前にもあったね。こんな感じのこと」

 と、言った。

 そういえば……と、エリオも前にフェイトたちと温泉に行った時の事を思い返し始める。

「ミッドの方のだったかな。あそこって」

「そうそう。ユーノさんが連れてってくれた、発掘場所の近くの天然温泉。わたしあそこでのぼせちゃって、エリオくん、おんなじ事してくれたの。覚えてる?」

「うん、覚えてる覚えてる。あの時はここにみたいに施設じゃなかったから、近くの小川まで降りてだったね……」

 あの時は、フェイトが慌てて大変だったような気がする。

 まだ小さかったので気にならなかったが、参加者が女性ばかりだったことを考えれば、いくら近場とはいえ、流石にタオル一枚で川までいくのは確かにあまり良くはない。自身とユーノ、引率にザフィーラがついていったのはある種の必然だった。……まあ、そのあと起こったちょっとしたハプニングに関しては、ユーノが気の毒と言わざるを得なかったけれども。

 今になって思うと、あの兄のような、或いは父のようでもあった青年の苦労も分かる気がした。

 決して嫌な訳ではないものの、なんとも気恥ずかしいのである。───とはいえ、三歳ぐらいからずっと面倒を見てもらっていた身からすると、育ててくれた側の認識は今更何をというくらいなのかもしれないが。

 と、そんな漢ならば誰しもが通る袋小路に思考を飛ばしていると、またキャロから声が掛かった。

「ねえ、エリオくん。六課に来てから、いろんなコトがあったけど……わたしたち、ちゃんとコンビとして戦えてるかな?」

 小さく訊ねられたその言葉に、エリオは顔をあげ、キャロの方を向き直る。

「リニアレールの時も、助けてもらってばっかりで……自分で決めたハズなのに、迷ってばっかりだったから」

 不安げに告げるキャロに、エリオは「そんなことないっ!」と返す。

「それをいうなら、僕だって助けてもらってばっかりだし……小さい頃からずっと一緒に居てくれるキャロが傍で護ってくれるから、あの時も思いっきり戦えたんだ。

 ……でも、何かと戦うのは、簡単に決められることじゃないから。これからだって、僕もキャロも、たくさん迷うと思う」

 何度も何度も。それこそ、気の遠くなるほどに。

 しかし、それでも。

「どんなに迷っても、最後まで『何を守りたいのか』って気持ちを忘れないでいられれば、きっと」

 ───そう。

 あの『白い部屋(しせつ)』の中で、何も信じられないまま、自分は独りきりだと頑なに信じて、世界との繋がりを拒絶していた日々のように。

 知らないでいる事は、時に心を守る行為ではあるが、やはり知らなければならない瞬間というのは、往々にしてあるものだ。

 

 辛く厳しい不条理も、優しくあたたかな現実も。

 どちらも等しく、誰かとの触れ合いの中で見識るものなのだと、エリオは差し伸べられた温もりに触れ思い出すことができた。

 だから、今度はそれを忘れずにいられれば、きっと。

 

「───僕もキャロも、〝戦う意味〟を間違えたりなんかしないから」

 

 告げられた言葉に。向けられた真っ直ぐな笑みに。キャロの浮かべていた憂いは、いつの間にか自然と消えてしまっていた。

「うん! わたしたちも頑張って行けば、なのはさんとフェイトさんとか、スバルさんとティアさんみたいなコンビになれるよね」

「もちろん。ただ、僕とキャロは女の人同士じゃないし、全部がおんなじってワケには行かないと思うけど……」

「でも、女の子同士じゃなくても、なのはさんとユーノさんとか仲良しだよ? よくみんなで模擬線やってたときとか、コンビ組んでたし。あ、フェイトさんとかシュテルさんとも仲良しだよね」

 と、キャロは身近な例を挙げていく。……いや、将来的な展望を考えれば、そうなれるなら吝かではないものの、明確なビジョンを想像するには、まだエリオは幼すぎた。

 微かに頭を過ぎった可愛らしい邪な思考を振り払おうと、ぶんぶんと頭を振る。しかし、意識してしまうとなかなか忘れられないもので、せっかく引きかけた熱がぶり返し、またエリオの顔が赤く染まり出した。

「大丈夫? エリオくん……なんだか、また顔赤くなってるよ?」

「し、心配しないで。ちょっと涼めば治るから……!」

 むしろ、こうして覗き込まれている方がいろいろ困る、とは流石に言えず、エリオはお湯から上がり、戦略的撤退に出る。

 ───が、それを。

「あ、そうだ。ねぇエリオくん、ちょっと待って?」

 次いでお湯から出てきたキャロが引き留めた。

「な、なに? って、キャロ! ば、バスタオル巻いてっ」

「? あ、そっか。ごめん」

 ますます顔を上気させるエリオに、キャロは「てへへ」と照れ笑いをして、縁に置いてあったバスタオルを手に取った。

 そうして、タオルを身体に巻き付けつつ、

「あのね? ここ、休憩用の椅子とかないみたいだから……ほら♪」

「⁉」

 キャロはぺたんと床に座り、ぽんぽんと自身の膝を叩いて見せる。その意味するところを理解して、エリオは思わず言葉を失った。

 

 ───相手の膝に横になる、いわゆる膝枕の体勢。

 

 男であれば、一度は気になるあの子にしてもらいたいシチュエーションTOP一〇には入る。

 が、それは通常状態での話だろう。

 実際のところ、膝枕自体はキャロだけではなく、フェイトやユーノ、レヴィにもされたことはあるし、自分でもキャロの枕役をしたコトはある。───しかしそれにしたって、お風呂場でバスタオル一枚というのは流石に問題があるのではなかろうか。

 そんな煩悩(ユメ)理性(ゲンジツ)狭間(まえ)でエリオが(かたま)っていると、キャロの方はと言えば、こてんと可愛らしく首を傾げながら、不思議そうな顔で彼が横になるのを待っていた。

「??? エリオくん?」

 曇りなき純真な眼を前に、果たしてどう応えるのが正解なのか。……まあ、どのみち何を選んでも正解なんてない気がするのはさておくとしても、エリオに決断の時が迫っているのは事実であった。

 果たして、若き槍騎士の決断やいかに───‼

 

  4

 

 露天風呂で一人の漢が決断を迫られている頃。

 一足早く湯殿を巡り始めたスバルとティアナは、これまた屋外に設置された打たせ湯を堪能していた。

「あぁ~、地球(こっち)のお風呂は、なんだかエンターテイメントだねえ……」

「まったくねー……」

 打ち付けるお湯を堪能し、スバルとティアナは心地よさそうに呟いた。

「ミッドにもこんなトコあればなあー……。訓練終わりに寄れたら、毎日パワー全開なのに」

「あんたねえ……。あーでも、否定しきれないのが悔しいわ……」

 はあぁぁ、と、恍惚とした溜息を漏らすティアナ。割と普段は堅物な彼女でも抗えていないあたり、訓練による疲労の度合いが伺える。

「体調管理しっかりしてるつもりだけど、まだ甘いのかしらね」

「まあ、最近ハードだからねえ。反復して覚えなきゃならない事も多いし」

「……まーね。基礎と基本が大事なのは確かだし、覚えようとしてるコトを思えば、当然っちゃ当然だけど」

 が、しかし。

 新しい事を身体に染み込ませる過程の中で、自分は本当に強くなれているのだろうか。

「正直なとこ、実感薄いのよね……」

「そんなことないよー。威力も命中精度も、六課に来る前に比べたら随分伸びたじゃない?」

「けどそれって、クロスミラージュたちが優秀なだけでしょ。自分自身のスキルがどのくらい高められているかなんて、簡単に測れるものじゃないけど……」

 周りを見渡せば、測るまでもないほどに突出した力を持った『天才』がゴロゴロいる。

 果たして、自分はそれらに肩を並べられるくらいの力を───今すぐにではなくとも、いつか並び立てるような道を歩めているのだろうか。

(……嗚呼、まったく)

 似たような思考ばかり繰り返して、堂々巡りを続けている。そんなこと、考えていても無意味だと分かっているつもりなのに。

 が、苦い表情を浮かべるティアナを見て、スバルは言う。

「でもさ。クロスミラージュはティアの為に生まれたデバイスだって、リインさんたちも言ってたでしょ? あたしのマッハキャリバーもおんなじ」

「…………」

「確かにあの子たちは高性能な機体だけど、あたしたちが頑張るから、あの子たちも全力で応えてくれるんだもん。だから大丈夫」

 何が大丈夫なのよ、と普段ならば問い糾しているところだが、スバルの言っているのは本当だ。何より、彼女自身も愛機に言っていた事でもある。

 初出動のリニアの中で、相応しい乗り手になれるように努力する、と。

「それに、ギン姉から聞いたよ? ティアのクロスミラージュって、おにーさんのデバイスからもデータ取ってるって。だったら猶更じゃない」

 言われて、ティアナは悔しいながらも納得してしまっていた。

 スバル自身、母やなのはから継いだ力を使っている。ギンガとリボルバーナックルの話をしていた時や、リニアで新しいバリアジャケットを見た時に浮かべていた嬉しそうな表情は、ティアナもよく覚えている。

 そしてきっと、ティアナもこの話を聞いた時には、同じような顔をしていたのだろう。

「憧れの人と同じ力を使うって、なんだかドキドキするよね。ちょっぴり不安で、でもとっても嬉しくて……胸があったかくなって」

 憧れに対する畏れと昂揚は、切って切れないものだ。

 その輝きを知っているからこそ、半端なままではいたくない。たとえ、どれだけ険しい道を辿るのだとしても。

「……そうね」

 珍しく、素直に言葉が出てきた。

 強がりでもなんでもなく、ただ素直に感じた想いが。

 先ほど、美由希たちと話した事も幾らか気持ちを軽くする一因になっていたのだろう。これまでよりもずっと、そして恐らくは最もはっきりと───憧れと親愛の情が、彼女の心を優しく満たしていた。

「……あーあ。あんたと話してると、悩んでるのが馬鹿らしくなってくるわね」

「えへへー。長い付き合いだからね。ティアの考えてる事なら、なんでも分かるよ~」

「ふんっ! ちょーし乗ってんじゃないわよ。ばかスバル」

「あでっ⁉ ちょ、ティア酷くない? せっかく慰めてあげてるのにぃ~」

「るっさいっ。アンタに慰めてなんか貰わなくても、なんも問題ないってーの!」

「あ、もぉー! 待ってよ、ティア~!」

 つん、とそっぽを向いて、ティアナは打たせ湯からそさくさと出て行ってしまう。

 慌ててスバルも後を追いかけるが、すっかりいつもの調子を取り戻したティアナは、足を止めることなく他の湯殿を目指して行くばかり。

 が、その票所からは、先ほどまでうっすらと残っていた陰りはすっかり消えて、どことなく晴れやかであった。

 そうして澄ました表情のまま、ティアナは隣の露天を目指そうとしたところで。

 

「「───あ」」

 

 子供露天の床で、真っ赤な顔で必死に目をつむりながら、キャロに膝枕をされているエリオの姿が目に入ってきた。

 思わず足を止めてしまっていると、漏れ出してしまった呟きに気づいたキャロから声が掛かる。

「あ。スバルさーん、ティアさーん♪」

「ぅぇ……⁉ あ、や……その、これは……ッ」

 のんびりと手を振ってくるキャロとは対照的に、エリオの方は何やらテンパった反応を示してくる。

 男の子だなあ、と、二人はそんな反応を微笑ましげに眺める。

「そんな慌てなくてもいーわよ」

「そーそー。別に照れなくてもいいじゃん。同じフォワード同士、ハダカのお付き合いってコトで♪」

「……ぁぅ」

「ほらほら、あんまりイジメないの。でもま……まだ子供なんだし、今のうちに見といた方が良いかもね」

「そーだよ~……と、ゆーワケでぇ」

「?」

「ティアのタオルをー? ……オ~~プ~ンっ!」

「ひゃっ……‼」

「……ッッ⁉」

 バッ、と取り払われた白い布地の奥から現れたのは、年齢の割にとてもよく実った、みずみずしい母性の象徴。押さえつけていた布地から解放され、たぷんと揺れるたわわな果実を真正面から目撃して、エリオは思わず顔を手で覆う。

 頭から湯気が出そうなほど恥ずかしがっている少年の初々しい反応を見て、スバルはニヤニヤと満足そうに笑っていた。

 が、愉快でいられたのも束の間。そんなイタズラ娘を、当然ティアナがスルーしていられる筈もないわけで。

「いきなり何すんのよ、ばかスバルッ‼」

「あだぁああっ⁉」

 間髪入れずに脳天直下の喰らい、スバルの目尻にちょっぴり涙が浮かぶ。

「だぁってぇ、見といたほーが良いってティア自分で言ってたじゃないさぁ~……わーっ、ギブギブ‼ ちょっとしたコミュニケーションだってばぁああ~っ⁉」

「るっさいこのアホ娘! そんなに見せたきゃ自分でやれば良いでしょ、ヒトのタオル取ってニヤニヤしてんじゃないわよ!」

 口を尖らせ、ぶーたれたように反論(いいわけ)するスバルだったが、げしげしと制裁(オシオキ)をかましてくるティアナの前に、さしもの悪童(いたずらむすめ)も反省を余儀なくされたようだ。

 なおその声は、やや離れた大人用露天にも届いており───

「やー、子供たちは元気でええなぁ~」

「少しばかり騒がしいのも考えものですが……」

「ま、仕事はしっかりやってるしね」

 はやてとシグナム、ヴィータがのんびりと感想を漏らしている横で、フェイトは苦笑しつつ、二人の仲裁がてら、子供たちの救出へ向かう。

 わちゃわちゃと仲良くケンカしているスバルとティアナを前に、エリオはすっかり茹で上がっており、フェイトとキャロに連れられ一時撤退(フェードアウト)

 ティアナはといえば、一通り鬱憤を晴らし終わるや、満足げな表情でパンパンと手をはたく。その足下では、スバルが「ぁぅー」と伸びて転がっており、イタズラの代償(ツケ)は十分身に染みたようである。

「ったく、ロクなコトしないんだから」

「ゴメンってば~……でも、ちょっと安心」

「? 何がよ」

「ティアが元気になったみたいで♪」

 ニカッ、とした笑みでそう答えるスバルに、ティアナは「……ばか」と返して、またそっぽを向いた。

 それから程なくして、一同は湯殿を後にした。

 上がってみると、案外長く使っていたのだなと実感する。火照った身体に、脱衣所の扇風機の風が心地良い。そこへ、恒例だからと手渡されたフルーツ牛乳を併せると、もはやいう事無しだ。

 瓶を空にして一息つく。傍らでは、一本では足りなかったのか、ヴィータとスバル、アミタが自販機の前で他の味を代わる代わる試している。ちょっとお腹を壊さないか心配になるが、まぁあの面子なら問題はないだろう。

 更にその横では、まだ逆上(のぼ)せているらしいエリオを、キャロが団扇を片手に介抱していた。

 その様子を見て、なのはたちは苦笑しつつ。

「もうちょっと、落ち着くまでゆっくりしてようか」

 と言って、しばしの自由時間を設けた。

 集合時間は約一時間後。少し長いように思えたが、数分も立たないうちに気が抜けてくる。

 皆が向かったゲームコーナーやマッサージチェアにも足が向かず、ティアナはなんとなくふらりと中庭(そと)へ出てみた。

 いつもは勝手にくっついてくるスバルも、ヴィータたちとお風呂上がりのアイスタイムに出かけてしまったので、六課に来てからは久しぶりの静かなひと時が訪れた。

 

 日も暮れてきたからだろうか。人気は全くと言っていい程なく、まばらに置かれているベンチもガラ空きだ。腰かけて足をぶらつかせているうち、空は昏く染まり出し、次第に星灯りがその輝きを増していく。

 

 知らない世界の、見知らぬ夜空。

 いつも見ている彼方の空は、いったいどうなっているのだろう。

 

 半日も立たずにホームシックなど、ガラでもないと普段なら失笑するところだが、なんだか今日はそんな皮肉も浮かんでこない。

 

「……たしか、こっちと向こうの時差って、そんなにないのよね」

 

 ぽつり、と誰に向けたわけでもない言葉が口を衝く。夜の風が頬を撫ぜ、こぼれ落ちた呟きを静かに連れ去っていった。

 天蓋に淡く光を零す月を眺めながら、今日の出来事を振り返っていく。

 

 けれど、何も目新しい発見などなかった。

 あったのは、特別でもなんでもない、当たり前の事だけ。

 

 ただ、振り返らないようにしていた想いの重さを、改めて思い知ったというだけの事だ。

 

 ───振り返ってしまったら、もう強くなれないと思っていた。

 

 でも本当は、『何故強くなりたかったのか』という理由(かこ)を紐解けば、それこそが一番大切な理由(きっかけ)であったはずなのに。

 今になって、ようやく気がづいた。

 もし、目を逸らしてしまっていただけなのなら、それはとても、寂しい事だったのかもしれないと。

 

「…………向こうはまだ、起きてる時間……かな」

 

 端末を手にするや、指は淀みなく連絡先を呼び出した。

 しかし、すぐに押すことも出来ず、ティアナは画面の光を眺め続けていた。

 思い立ったものの、何を話せば良いのか。そもそも出てもらえるのかすら定かではない単なる思いつきで、掛けても迷惑になるだけかもしれないと不安になる。

 が、

 

〝───守ってきた時も、守られている時も、どっちもそれなりに強さが必要になるけど、本当はもっと単純なコトなのかもね……。どっちにいても、結局一番最初に合ったのは……大好きで、大切だったって気持ちだと思うから───〟

 

 それでもティアナは端末を離すことは出来なかった。

 たとえ、どれだけの不安を覚えても……それ以上に信じているものが、ちゃんと自分の中にあるのだと、彼女は改めて気づく事が出来たのだから。

 

 そう。ならばもう、何も疑う必要などなかった。

 

 意を決して、コールボタンを押す。

 数回のコール音を経て、迷っていた時間が呆気なく思えるほどすぐに、相手は通話を受けてくれた。

 

『───久しぶりだね、ティア。元気にしてたかい?』

 

 随分と声を聴いていなかったような気もするのに、記憶にあるままの、優しい兄の反応(こえ)に、ティアナは知らず張りつめていた肩肘が緩むのを感じていた。

 

「うん……久しぶり。おにーちゃん」

 

 懐かしい呼び名を口にすると、知らず俯きかけていた顔も上がり、強く瞬いた星灯りがティアナの瞳に反射する。

 向こうの空は視えないが、少なくとも翳りなどないと思えるくらいには、返ってくる声は澄んでいた。その声音を受けて、何を話すべきか、などと見当違いの思考に嵌っていた自分が可笑しくなる。そんなもの、考えるまでもない事だろうに───。

「……なんか、いきなりでゴメン」

『大丈夫。大事な妹からの連絡を、迷惑なんて思うわけないさ。むしろ僕の方が、ティアに嫌われてないか心配なくらいだよ』

 軽くおどけたような口ぶりに、ティアナは何だか照れ臭そうに口を噤む。勝気な割に偶に照れ屋な妹の性格を熟知しているからか、ティーダは小さく笑い、そのまま言葉を続けていった。

『この前こっちに来たリイン曹長とか、ギンガちゃんからも話は聞いたけど、すごく頑張ってるね』

「……そう、かな?」

『もちろん。短期間でこれだけの上達をしてるんだ、僕らの時より断然早い。頑張り屋な妹を持って、僕は幸せだよ。……もちろん、危険と隣り合わせなことに対する不安はあるけどね』

 しかし、それは自分の言えた事ではない、と言外に語るような辛さを感じ、ティアナは思わず「分かってる……けど!」と語気を荒く叫ぶ。

「おにーちゃんは、帰ってきてくれたから……あたしだって、その理由(わけ)くらい、分かってる!」

『ティア……』

「だから、あたしもおにーちゃんと同じ。どんな事があっても、絶対にそこだけは曲げない。あたしの追いかけてる憧れは、そういう在り方をしてるヒトなんだもん」

『……そういってもらえると、兄冥利に尽きるよ』

 これまで明確な言葉では語れなかった想い。今だって、十全に語れているかといえば、否だ。だが、それでも口にした心は、間違いなく自分を護ってくれた者への想いをハッキリと物語っていた。

『───僕も、うかうかしてられないな』

「ぇ……?」

『〝憧れ〟と呼んで貰える、カッコイイ兄貴でいられるように……ね』

 静かに紡がれていく言葉に、思わずティアナは聞き入っていた。自分と同じ、或いはそれ以上に将来へ挑む意志を固めた、青年の展望に。

 

 ───気が付けば。

 長いと思っていた筈のひとときは、口惜しいほどにあっさりと過ぎ去って、いつの間にか帰還の合図が出される時刻になっていた。

 

 話足りないとさえ思えていた彼女に、兄は「またいつでも」と伝え、優しく微笑んだ。

 二人きりの兄妹なのだ。喜びも不安も、成果も不満も、日々積み重ね続ける心裡を分かち合えるなら、とても嬉しいのだと。

 それに、「うん」と応えて、兄との会話は終わりを迎えた。

 そうして、悩んでいたのが嘘のように。

 離れていた時を取り戻しながら、胸の内に満ちたあたたかいものを抱いて、晴れやかな表情を浮かべたティアナは、軽やかな足取りで仲間たちの元へと戻って行った。

 

 

 

 

行間一

 

 

 

 夜も深まり、星灯りも次第に自らの輝きを弱め始めた。

 そんな昏い幕に包まれた街の外れ。夜闇の色彩に融けてしまいそうな藍紫の魔力光が淡い輝きを放ち、一つの『陣』を形成する。

 遠き世界とこの世界とを繋ぐ〝門〟の役割を持ったそれは、一人の少女と二人の青年をこの地へと誘った。

「───ここで、いい?」

 魔力光と同じ、夜に融けてしまいそうな紫の髪と、どこか表情の薄い紅瞳の少女は、連れてきた『兄弟(ふたり)』に問い掛ける。

 すると、

「はい。ありがとうございます、お嬢様(ルーテシア)

 黒い髪と血のような緋い瞳をした青年は、彼らを運んでくれた幼い少女の名を口にして、恭しく傅きながらそう告げた。

「姉君にもよろしくお伝えください。とても助かりました、と」

 傍らに立つ黒んだ銀のの髪をした青年も、兄に倣うように少女へ礼をする。

 弟の言葉に少女はひとつ頷いて、

「それじゃあ……明日また、迎えに来るね」

「何から何まで、お気遣い痛み入ります」

「大丈夫……またね、アネモイ、ボレア」

「ええ。おやすみなさい、お嬢様。今宵も、良い夢を」

 言って、ルーテシアと呼ばれた少女は再び、自らの輝きの中へと姿を消した。

 やがて少女が去り、場が静寂に包まれた後───その静寂をボレアは兄へ今回の目的について訊ねた。

「……で、これからどうするんです? 兄さん(アネモイ)

「何。私たちがするのは、そう大した事ではないよ。あくまで、これはちょっとした場繋ぎの余興さ。らしく見えれば、それだけでいい」

 戦果も昂揚も必要としない。求められるのは、ただ機械のように粛々と正確に事を運ぶ事のみ。無論、それだけでは多少味気なくはあるが───後々の愉悦に化けると思えば、耐えられない事もない。

「より大きな楽しみのためだ。いまは役割に勤しむとしようではないか。弟よ(ボレアース)

「……そうですね」

 微かな呆れを滲ませつつも、何を今更と目を閉じる。

 一つ息を吐いて、ただ一時(いっとき)の、舞台袖に意識を向けさせるため、『兄弟(ふたり)』は用意を始めるのだった。

 

「では、始めるとしよう。この幕間に相応しい小噺をね」

 

 ───そうして、悪魔たちの謀が成された頃。

 陽は昇り、朝の輝きが、幕間の夜明け(おわり)を告げていた。

 

 

 

曙の決戦 Give_One's_Best_Shot.

 

 

  1

 

 翌日の早朝。

 機動六課の面々は、けたたましく鳴り響いた感知警報によって叩き起こされた。

 シャマルの張っていた結界に反応があり、すぐさま原因を確認すると、結界のセンサーに引っかかった対象は、ガジェット・ドローンであることが判明した。

 

「まさか、こんなところまで……⁉」

 

 管理外世界にまで現れたそれらに、新人たちは驚きを隠せない様子。しかし隊長たちは、目の前に現れた脅威の出現という現象に対し、また違った反応を示していた。

 以前彼女らは、無人世界でガジェットと交戦した経験がある。

 シャーリーとグリフィスが駐屯していた観測指定世界での出来事だったが、あそこも地球ほどではないが、ミッドとはそれなりに距離を置いた世界である。

 鹵獲したガジェットは機能停止しており、実際にどのような手段を用いているかを判別することは難しかったが、それでも何らかの次元移動手段を用いて各地に出現している可能性は高いという分析結果が出されていた。

 それゆえ、ガジェットが出現した事そのものは、不自然さはあれど理解は出来る。

 疑おうと思えば幾らでも気になる部分はあるものの……いま問題とするべきは、現象ではなく、現れた脅威そのものだ。

「……シャマル!」

「はいっ、はやてちゃん!」

 いの一番に動き出したのは、はやてとシャマルだった。

 二人はデバイスを構え、結界魔法を発動させる。管理外世界というのもあるが、何よりも自分たちの故郷である街を、本来在るべきではない脅威には晒せない。

 

「「───封絶結界、発動ッ‼」」

 

 白銀と新緑の魔力光が、蠢く機械兵器たちを囲い込み、闘いの部隊となる場を形成する。

 結界によって区切られた領域の中を、縦横無尽に動き回る無数のガジェット・ドローン。一機一機の脅威度は然程高くはないものの、あの数は新人たちには少しばかり厄介な相手だ。

 が、全く足りていないというわけでもない。

 乗り越えるべき壁としては、むしろ望ましいくらいだといえよう。

 以前の列車(リニア)での戦いから間をおいて、ここまで磨き上げてきた力は伊達や酔狂ではない。

「みんな、ここが今回の山場や。気を抜かず、全力で対処するよ……!」

 ───はいッ‼︎ と、返事を揃えたフォワード陣が、ガジェットへ向けて駆け出した。

 

「……ウィング、ロォォォ───ドっ‼︎」

 

 いの一番に飛び出したスバルが描いた空への軌道を、続くエリオとティアナが追う。

 機動力に富んだ前衛二人の拳と槍が道を開き、それを妨害しようとする後続のガジェットへ、放たれた橙の弾丸が、光の尾を引きながら降り注いだ。

 瞬く間に、敵の総数は目減りしていく。

 戦況は優勢と呼んで差し支えない。しかし、そう易々とことが運ぶほど、敵も甘くはなかった。

 

〝───Program activate a merging regeneration.〟

 

 掠れた指示音声(ガイダンス)が漏れ出すと、ガジェットたちが新たな動きを見せ始めた。

「あれ、は……?」

 壊れかけのガジェット同士が、融け合うようにして再生を始めた。───いや、あの光景を『再生』と呼んで良いのだろうか。

 破損したガジェットに同系統の個体が群がり、剥き出しになった回路に据えられた動力源を抉り出す。更に取り込んだ結晶から得たエネルギーを抑える器を得るために、空になった外殻すら分解し、自らの機体を構成する材料にしてしまった。

 無機物の循環(リサイクル)に過ぎない現象ではあるが、どこか不気味なものに思えてしまう。いっそ共食いとでも形容できそうな光景に、思わずその場に立った面々は息が詰まったような錯覚に陥った。

 が、一ヶ所に固まっているのならば好都合。

 的が大きくなるなら狙い易いと、ティアナを筆頭に、新人たちが各々のデバイスを構え、攻撃の体勢を取る。

 その時だった。

「! 待って、アレって───」

 ティアナの制止に、一同はぴたりと動きを止め、その視線の先を追う。すると、融け合うガジェットたちの剥き出しになった内部機構の奥に、青い輝きを放つ、小さな宝石が覗いているのが見えた。

 今回の任務で確保すべき対象ロストロギア『ジュエルシード』だ。

「……観測された反応は、間違ってなかったって事かな」

 フェイトの呟きに、隊長陣の票所が険しさを増す。

 以前のリニアで鹵獲された機体からも発見された事実を鑑みれば、他にもジュエルシードを取り込んでいる機体があっても不思議はない。その機体が何らかの原因で破損し、中身が露出した結果、管理局に反応が観測され、他のガジェットたちが集まってきた───と考えれば、一応筋は通る。

 しかし、

(ほんまに、それだけなんやろか……?)

 偶然にしては出来過ぎだ。

 いくらかつての事件が起こった土地で、各地で出現する自律型の無人機械兵器が対象で、それらがロストロギアを追う性質があったのだとしても……自分たちの故郷、それも十年以上前にあった事件と同じ品が再度発動する事など、果たしてあるのだろうか。

 考えれば考えるほど泥沼に嵌る。

 が、はやての疑念を祓ように、ディアーチェが傍らからこう言い放った。

「見るべきものが違うぞ、小鴉。原因を考えるのは、アレを片付けてからでも遅くはあるまい」

王様(おーさま)……」

「元より、何か大きな流れがあるのは、(うぬ)らとて判ってた筈であろう? 我らがここへ来たのも、その一環だ。案ずるでない。そもそも統べる者がそんな調子では、従う者も真価を発揮できぬであろうに。───それとも、貴様の〝夢〟とやらは、自らの臣下(しもべ)を信ずる事すら出来ぬ程度のものなのか?」

 鋭い視線に射抜(みつ)められ、はやての中で涌き立っていた疑念が収まっていく。

 それを見て、ディアーチェは不敵な笑みを浮かべながら、

「最初に言った通り、今回の我らは貴様らの支援役だ。全く、王たる我が使われるなど甚だしい事この上ないが……まあ、仕方あるまい。しかし、使うのならばしかと使ってもらわねばな。でなければ、使われてやる意味もないであろう?」

 活かすものを活かせ、とディアーチェに告げられて、はやては改めて指揮官という立場にある自分をきちんと自覚できた気がした。

 そうとも。

「……せやね」

 今、自分の手元にある『力』は、どれもが掛け値なしの一線級の者たちばかりなのだ。

 預けてもらっておいて、活かそうとしないなど失礼な事この上ない。

「目の前の事も、その先の事も……どっちも大事やけど、優先順位を間違えたらアカンもんな」

「ふん。解かっているのならば、最初からやっておけ。───そら、皆が待っておるぞ」

「おおきにっ。行くでみんな……!」

 はやての声に、隊員たちも威勢よく『はい‼』と応えた。

「ジュエルシードは、単純な魔力攻撃やと共振して暴走を起こす可能性がある。いくらまとまり出してるとはいえ、数が数や……どの個体に『当たり』があるかわからへん以上、動きを封じつつ、一つ一つ、確実に封印処理をしていこか!」

「「「「了解ッ‼」」」」

 その指示を受け、隊長たちは封印砲の得意ななのはとフェイトを中心に据え、結界から出ようと蠢く機体を宙の一点に集まるよう誘導する。

 そんな隊長陣の動きを見て、新人たちも負けていられないとばかりに動き出す。

 自慢のスピードで敵を牽制し、スバルとエリオが敵を集めると、キャロが錬鉄召喚(アルケミックチェーン)を使い逃げようとする敵を拘束する。何度も模擬戦で繰り返した布陣なだけに淀みは無く、その勢いは決して隊長たちにも引けを取らない。

 そして今、場は整った。

「クロスミラージュ、バレットS!」

《Load cartridge.》

 機体内部で魔力が炸裂し、橙に輝く魔力弾が唸りを上げる。

 更にそこへ、

「我が乞うは、束縛の檻。流星の射手の弾丸に、封印の力を……!」

《Boost up, sealing power.》

 キャロの重ね掛けした魔法が付与されて、ティアナの弾丸の威力が膨れ上がる。

 そうして、眩いばかりのその輝きを、ティアナは群がるガジェットたちへ一気に撃ち放った。

 

「シーリング、シュゥゥゥ───トぉッッ‼‼‼」

 

 橙と、同じく空で放たれた桜色の光に呑み込まれ、あれだけ蠢いていたガジェットたちは動きを止めた。

 魔力の暴発もなく、封印は無事成功した様だ。

 

「全機の動作停止確認……封印完了。みんな、お疲れ様や!」

 

 はやてが状況終了を告げっると、一同はほっと息を吐いて、構えを解いた。

 まだ完全封印を行ってはいないため、完全に警戒を解くという訳にはいかないが、結界内に確認されたガジェットは全て倒す事が出来た。

 シャマルとキャロが完全封印(じご)処理を行っている傍らで、

「悪くなかったぞ。きちんと育ててはいるようだな、次の世代を」

「なのはちゃんたちの教導の賜物や」

「でーすよ~♪」

 ディアーチェの言葉に、嬉しそうにはやてとリインが応える。

「では、ここからは我らが引き継ぐとしよう。貴様らはアレを局へ持っていかなければならぬだろうしな」

「え、けど……」

「よい。どのみち、残党の確認は必要であろう。調査はこちらでやっておく……あやつにも、今回の事は報告をしておかねばならぬしな」

 言って、ディアーチェは自らの魔導書(デバイス)───『紫天の書』を取り出した。

 パラパラと項目が捲りながら、

「しかしまぁ……あまり急いた帰還というのも、味気ないものかも知れんがな」

「ふふっ。カリムにもおんなじコト言われた。

 せやけど、味気なくなんかないよ? こっちには、来ようと思えばいつでも来られるし……すずかちゃんたちにも、王様たちにも会えた。寂しい事ない、任務中に言うことやないかもやけど、色々充実した時間やったよ」

「ならばよい」

 フン、と顔を逸らしてしまったが、そんなディアーチェの口元は、どこか満足そうに弧を描いていた。

 その姿を見て、はやては何だか、カリムとはまた違った姉の雰囲気を感じていた。尤も、本人にそれを言ったら間違いなく怒りそうなので口にはしないが。

「ふふっ……」

「なんだ、ニヤニヤしおって。気色悪い」

「あー、王様ってば酷いー」

「喧しい。ぴちいく囀るでないわ」

 ぞんざいな物言いに口を尖らせるはやてだが、ディアーチェは文句を垂れる彼女を軽くあしらい、そのままスタスタと周辺の探索に向かってしまった。

「もー、相変わらずいけずやなぁ〜」

「まぁまぁ、ディアーチェも嬉しそうでしたよ?」

「シャマルの言う通りです。ディアーチェは、素直じゃないツンデレさんですからね〜」

「おいそこ二人! 聴こえておるぞ、誰がツンデレだ誰がッ‼」

 耳聡くシャマルとリインの声にツッコミが飛んでくる。

「あら」

「聞こえてたみたいですね」

 これは失敬、と二人はてへと舌を覗かせる。

 

  2

 

 はやてたちのやり取りを眺めながら、なのはは「相変わらず仲良しだね~」と微笑む。

 ティアナとスバルもそうだが、ああいうじゃれつきも、親しい間柄ならではだろう。フェイトも「だね」と頷いていると、そこへ封印処理を終えたエリオとキャロがとてとてとかけてくる。

「フェイトさーん。封印処理、終わりました~」

「お疲れ様。うん、バッチリ封印できたね、キャロ」

「はいっ♪」

「前にユーノさんに教えてもらった封印魔法、とっても上手に使えてました」

「そっか。じゃあ、あとでユーノに報告しなきゃだね。キャロが頑張ってたよ、ってメールしよっか」

 フェイトがそういうと、エリオとキャロは顔を見合わせ、ニッコリと満面の笑みを浮かべた。

 とても微笑ましい光景ではあるが、なんだか───

「少しばかり、羨ましくはありますね」

「ふぇっ⁉ しゅ、シュテル……?」

 背後から急に声を掛けられて、思わず背筋が跳ね上がった。

 普段ならなんてことない距離に近づかれても気づけなかった辺り、相当別のところに意識が集中してしまっていた様だ。

「ああいう繋がりは、まだわたしたちの中には無いものですから」

 他者を介した絆。字面にすれば遠く感じられるが、言葉通りの意味だけでは回らないのが世界というものである。

 が、

「きゅ、急にそんなコト言われても……」

 そのド直球な言い方は、なのはにはいささか刺激が強かったようである。

 昨晩のエリオに負けず劣らずの赤面っぷりに、シュテルはやれやれと肩を竦めてみせた。……どうにも、彼女はこういった部分では妙に積極的な時がある。元となった素体の本能ゆえなのだろうか、と思考が現実逃避を始めるところで、「二人とも何話してんのー?」と、レヴィが乱入してきた。

「何々、シュテるんとナノハ、二人してナイショ話?」

 楽しそうだから混ぜて混ぜて! と、興味本位全開といった感じの無邪気さで飛び込んできたレヴィに───もしかすると、こういう無邪気さが必要なのだろうか? と、星光の名を冠する乙女二人は、新たな可能性について考えさせられていた。

 

 ───そうして、じゃれつくレヴィに構われること数分間。

 

 微かに茹だっていた思考も、すっかり平常運転に戻っていた。

 事が終わったのを知り、コテージから出てきたアリサとすずかも加わって、海鳴市の仲良し五人娘(+エルトリア三人娘)は、迫り始めた別れの時を惜しんでいた。

「もう帰っちゃうんだね……」

「あと一晩くらい泊まってけばいいのに……って、そういうワケにも行かないのか」

 寂しげに呟くアリサとすずか。それに、「ごめんね」と応え、なのはは「今度はお休みの時に遊びに来るよ」と言った。

「今度は、今回の任務では来られへんかったみんなも一緒にな~」

 朗らかにはやてが付け加えると、「そうね」とアリサも快闊に頷いた。

「お仕事大変だと思うけど、頑張ってね。いつみんなが帰ってきても良いよう、準備して待ってるわ」

「それか、わたしたちもまた、向こうに行く機会もあるかもだから……その時はいっぱいお話しようね」

 二人のその言葉に、なのはたちは「うんっ♪」と頷き、満面の笑みを浮かべた。

 

 そして、シュテルを始めとするエルトリアの面々に事後処理を引き継ぎ終えた後。機動六課の一同は、幾分かの名残惜しさを残しつつも───果たすべき目的のため、ミッドチルダへ向けて帰還して行った。

 

 

 

幕引き、新たな幕開けに変えて

 

 

  1

 

『───といったところだ。ま、事の顛末はそんなところだな』

「そっか……。なのはたちからのメールにもあったけど、順調に言って何よりだったよ」

 ディアーチェたちからの報告に、ホッと安堵の表情を浮かべるユーノ。しかし、その背後から顔を出したイリスが、「安心するのは良いけど、あんまり気を緩めすぎないようにね」と口を出してくる。

「大事がなくて何よりだけどね、考える事はまだまだ山積みよ?」

『と、いうと……そちらでも何かあったのですか?』

 まーね、とシュテルの問いかけに相槌を打って、イリスが自分たちの側であった出来事を語り出す。

「例の研究施設ね。わざとらしいくらいダミーを置いて、こっちの目を眩ます気満々って感じだったわ。アコース査察官からもらった情報を辿りながら、無限書庫(アタシたち)の方でも調べてはみたんだけど……本命にはまだ当たれてないわね」

 悔しそうに顔をしかめるイリスを宥めるように、横で情報を整理していたユーリが彼女の説明に補足を加えていく。

「ただ、わたしたちで調べているうちに、研究施設の傾向も少しずつ分かってきたところもあります」

『傾向、ですか?』

『でもさー、逃げてるんだったら、それもウソだったりするんじゃないの?』

「レヴィの言い分はもっともね。───でもね、全部が全部ダミーって訳でもなかったのよ。当たり前っちゃ当たり前の事かもしれないけど」

 実際のところ、仮にダミーを用意するにしても、全てを囮としてつくろうのはかなり困難だと言えよう。

 何せ、調べているのはイリスとユーリ、ユーノ。そして、管理局の査察部や捜査部、更には聖王教会の騎士団までが加わっているのだ。

 生半可な隠蔽で適う相手ではない。

 だからこそ、彼ら彼女らが手古摺っている、というのは相手が手練れである何よりの証拠だ。

 が、それはお互い様である。

 それほどまでに気を張って隠さねばならないからこそ、どうしてもその大掛かりな隠蔽には微かな足跡を残ってしまう。

 考えてみれば単純な話である。ある一つの事柄を覆い隠そうと画策したところで、結局どれだけ異なって見えたとしても、そこには必ず共通項が存在するのだ。

 そこまでくれば、あとは情報の探索に特化したユーノやイリスの独壇場である。

 何せ、星の数ほどもある書架(ほん)を解き明かし、或いは宇宙(ソラ)の果てまで星々の記録を炙り出して見せた二人なのだ。ここまで御膳立てが整えば、やってやれない事はないだろう。

「この前見つけ出したのもそうだったけど、それぞれの施設に共通していたのは、大掛かりな魔導エネルギー関連の研究に特化した設備。それらに見せかけた、生体的な実験の形跡が多く残されていた。過去に幾つも例が挙げられた、優秀な遺伝子を用いて資質を持った素体を作り上げる人造魔導師計画。フェイトちゃんたちが追ってた〝プロジェクトF〟に近い系統の研究が行われて形跡があったわ」

『……しかし、改めて考えると少し不思議なものですね。ガジェットを使う輩となれば、どちらかといえば古代遺失物(ロストロギア)や魔導兵器に特化した者の仕業かと思いましたが』

「そうね……」

 シュテルの疑問は尤もである。

 機械兵器と人造魔導師。根本的な部分は噛み合わない組み合わせに思える。───が、実際のところは全く接点がないというわけでもなかった。

「魔導師が使うデバイスだってそうだけど。そもそもあたしみたいなテラフォーミングユニットだって、生体を基礎とした機会と肉体を融合させた例の一つだし。エルトリアとはまた違ったアプローチで、こっちの世界にも似たような技術はあるわ」

 言って、イリスは新しくウィンドウを開き、シュテルたちの件の技術に関する資料を改めて提示する。

 記された技術の名は───〝戦闘機人〟。

「前にディアーチェたちと捜査してた時にも見受けられた痕跡ね。

 元々は、ヒト型の機械兵器を指す言葉だったみたい。欠損した身体機能を補う人工骨格とか人工臓器みたいな医療系の方向から研究が進んで行って、次第に〝身体機能の強化〟に重点が置かれ始めた技術。発想としてはナノマシンと同じだけど、こっちはもっと直接的に機械部品を埋め込むタイプね。ただ、後付けで行うには拒絶反応や機械部品のメンテナンスにだいぶコストが掛かってたみたい」

 そういう意味では、イリスのようなテラフォーミングユニットや、守護騎士システムと比較した場合、デメリットの方が多いように思える。もちろん、技術としてはこちらの方が複雑で実用化が難しいので、単純な性能のみで有用性は測れないかもしれないが。

 とはいえ、問題が多かったのは事実で、旧暦の時代から理論が存在するにも関わらず、実際に使用された例は皆無であった。しかし、その問題を解消する方法を考え出した者が一人いる。

 

「第一級捜索指定次元犯罪者───Dr.(ドクター)ジェイル・スカリエッティ」

 

 生命操作と生体改造に異常な情熱を注ぎ込み、様々な違法研究を重ねながら、次元世界全域に指名手配された広域次元犯罪者。彼が生み出した技術というのが、件の〝プロジェクトF〟および〝戦闘機人〟の二つだ。

 肉体に嗣ぎ足すのではなく、最初からどう強化するのかを想定して器を造る。

 理屈としては筋が通っているが、戦うためだけに生命(いのち)を創造し、創り手の目的(エゴ)に利用するのは、あまりにも身勝手な行いだと言わざるを得ない。

 しかも、

「……そこに〝エルトリア式・フォーミュラ(あたしたちの星のチカラ)〟まで利用されてるかもしれないっていうんだから、正直溜まったもんじゃないわね」

 静かな怒りを滲ませて、イリスは眉根を寄せる。一度は道を違えてしまった彼女だからこそ、その思いはひときわ強いのだろう。

『同感だな。何より、全てを掌の上に乗せておるようなやり口も気に入らん』

『わたしたちも海鳴市(こちら)での事後処理を終えたら、書庫に戻ります』

『そうね。今の話を聞いてると、こっちで起こった事も関係してそうだし』

「お願いします」

 と言って、ユーノはイリスとユーリの方へ顔を向ける。

「じゃあ、僕らもそろそろ戻りましょうか。此処での調査は粗方終わりましたし」

「そーね。ずーっと出ずっぱりだったから、ちょっと疲れたし」

「では書庫でまた。ディアーチェたちも気を付けて帰ってきてくださいね?」

『『『ああ/はい/うんっ!』』』

 通信を終えると、ユーノはイリスとユーリに転送魔法を使うと告げ、本局へ向かう門を開く───そうして翡翠の輝きに身を包み、開かれた門を潜り、三人は本局へと帰還するのだった。

 

  2

 

 藍紫の輝きに送られて、アネモイとボレアは研究所へと帰還した。

「ありがとうございました、お嬢様(ルーテシア)。おかげで滞りなく事を運べました」

「ううん。ドクターからのおねがいだったから」

 平坦な声音で、淡々とルーテシアは応じた。

「じゃあ、また……オークションの日に」

「はい。よろしくお願いいたします。姉君やゼスト様、アギト様にもよろしくお伝えくださいませ」

「うん。ばいばい、アネモイ、ボレア」

 滑らかな紫の髪を靡かせて、ルーテシアはふたたび転送魔法を発動させる。

 去り行く小さな背を見送ると、『兄弟』は隠れ家である研究所を目指して歩き出した。

「……それにしても、何とも味気ない任務(しごと)でしたね」

「なんだ。直接戦えなかったのが不満か?」

「いえ……別に、そんなことは」

「ふふふ。やはりお前は、ウソが下手だな。弟よ(ボレアース)。案じずとも、もうしばらくの辛抱だ。獲物と相まみえる機会は、程なくやってくる。気になっているのだろう? あの橙髪の射撃手(ガンナー)が」

 勘所を突かれ、ボレアは参ったというように苦笑する。

「相変わらず、全てお見通しという訳ですか? 兄さん(アネモイ)

「そういうわけでもないが……少なくともそうだな、お前も私に負けず劣らず、愉しそうに見えるぞ?」

 と、兄は弟に告げ、ニタリと人を食ったような笑みを浮かべた。

 その問いかけに、ボレアもまた愉快そうに嗤う。まるで、自分自身の欲求の矛先に、今更気づいたのが可笑しいとでも言うように。

「いけませんね。どうにも、思い入れ深い相手に重なってしまってつい。オレも、まだまだ未熟という事でしょうか」

「愉しむのは悪い事ではないさ。むしろ、それがヒトの最も根源的な原動力だろう?」

「……かも、しれませんね」

 ギラギラと、猛る獣のような眼光を宿す弟の様子を見て、アネモイは満足そうに笑みを浮かべた。

「では行くとしよう。まだまだ先は長い」

 ───すべてはこれからだ、と言外に呟き、『兄弟』は、次なる目的のために歩を進めていくのだった。

 

 

 





 本編からお読みの方は初めまして。前作やプロローグ、および設定等からお読みいただいた方は改めてお久しぶりでございます。

 たいっっへんお待たせいたしました……‼
 ようやっと投稿にこぎつけました、駄作者でございます。

 年越えてもう五ヶ月。前回の投稿からはほぼ半年という間が開いてしまいました。
 ホント自分でもどんどん遅筆になって行っているのが悔しいところではありますが、時間の使い方をもう少し工夫して、どうにか少しずつまた皆様の下へ作品をお届けできればと思います。


 今回は第五章と第六章の同時投稿という事で、五章の方のあとがきもこちらで一緒に書かせていただく形となりました。

 原典の話数的には、六章はStSのサウンドステージ01の六・五話を基にしております。
 幕間的な話なので短く終わるかなーとか思ってた部分はありましたが、実際に書いていくと、どうにもこの先にある出来事だったり、或いはここまで積み重ねてきた色々だったりと絡め易いところが非常に多く、気が付いたら六万文字超えてました……。

 まあ、このシリーズでは幾らかキャラクターたちの辿ってきた経緯が違う部分も多々ありますので、ここまでで出してきた設定を、五章と六章でちょっとは本編の中に描写として出せたのかなぁ……とは。
 もちろん、まだまだ描き切れていないところばかりなので、この先の話ではもっとそういった部分を出していけたらなと思いますが。

 と、前置きはこんなところで、いつもの言い訳タイムに入らせていただきます(笑)

 まず五章の方ですが、こちらはほぼ本編通り。
 六課フォワードメンバーの訓練模様にもそこまで大きな変化はなく、細々としたネタをちょこちょこと書いた以外は、そこまで大きな変化はないかもしれません。
 ただ、六章と絡める事を考えて、故郷の話だったり、原典での首魁を見つける流れを若干変えてはみました。


 もしかしたらまどろっこしいかな? という気はしなくもなかったですが、順々に明かされて行く展開にしたほうが話の流れを掘り下げながら掛けるかなと思い、こうしてみました。

 そこから六章の方に移りまして。

 海鳴市への出張任務は、原典ではもうちょっと軽い感じの展開ではありましたが……本作は再構成なので、どうせ出張するなら後々の展開に関わっている方がらしいかなと思い、こんな感じの展開にしてみました。

 また、今作は劇場版時空からの流れを汲んでるので、エルトリア組も久々に本編の中に出せたのは良かったです。ただ、日常ではそこそこ出せましたが、まだまだ出番としては大人しめ……というか少なかったのは反省点ですかね。
 尤も、せっかく置いておいた設定を腐らせずに使えたので、これを機に今後もっと出番を増やしていけたらなと思います。

 あとは、エリキャロがイチャイチャしてたり、なのはちゃんが乙女だったり、ディアーチェとはやてちゃんのじゃれ合いだったり、もうだーいぶ好き勝手に書いちゃいましたが、後悔はしてません←おい

 加えて、六章でティアナの心情にも原典には無かった変化が加わったので、ここからどのような展開が生まれるのか、だいぶドキドキしながら構想を練ってます。
 ……特に次話からは話も本格的に事件に向けて動き出しますので、なおのこと緊張しております。
 さて、彼女の定めは果たしてどう動いていくのか、乞うご期待……!


 ───と、大まかなあとがきはこんなところでしょうか。

 今回もここまでお読みいただきまして、ありがとうございます!
 これからも亀更新かとは思いますが、少しずつでも物語を書き進めていけるよう頑張りますので、今後とも楽しんでお読みいただければ幸いでございます。

 では、今回はここでいったん筆を置かせていただきます。
 重ねて。お読みいただき、本当にありがとうございました……‼
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