魔法少女リリカルなのはStrikerS ~The After Reflection/Detonation IF~   作:形右

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第七章 ホテル・アグスタ動乱

動き始めた少女たち The_Girls_Pair_of_Mirrors_Facing_Each_Other.

 

 

 

 地球への出張任務から数日がたち、機動六課での日常が戻り始めていた頃。

 再び聖王協会から、任務の依頼が舞い込んできた。

 内容は、明後日ミッドチルダの郊外に在るホテルで行われる考古学会、およびそこで開かれる発掘品のオークションの警護。これだけならば、わざわざ六課を指定せずとも良さそうなものだが、教会からこの任務が回ってきたのには当然ながら理由がある。

 このホテルで開かれるオークションに出品される品の中に、『レリック』が混じっている可能性がある。

 以前はやてがゲンヤに依頼したのに併せ、教会側でも流路の捜索が行われていたのだが、その中で見つかったのが今回の案件というわけだ。

 レリックが絡むとあっては、六課としては任務に臨むのが本懐である。

 そうして、機動六課に舞い込んだ依頼を果たすべく、フォワードメンバーをはじめとする魔導師たちで構成された編隊は、会場となる『ホテル・アグスタ』へ向けて飛ぶのだった。

 

  0

 

 ミッド南部、辺境区域にある森の中。朝焼けもまだ届き切らない木々の影に覆われた場所で、少女は目を覚ました。

「───ええ。ゼスト様も、アギトちゃんも気を付けて」

『ああ』

『おいおい、そりゃこっちのセリフだっての。いいか、アタシらが着くより前に、勝手におっぱじめたりすんなよ? ただでさえ、ルールーもソフィも、あの変態医師(ドクター)に甘すぎんだからさぁ!』

「ふふふ。心配してくれてありがとう」

 まだ少し重たい瞼をくしくしと擦りながら、聞こえてくる声に耳を傾ける。

 が、程なく通信(はなし)は終わってしまい、宙に映し出されていた画面(まど)の向こうに居た二人の姿は、彼女が声を掛ける前に消えてしまった。

 少女は一抹の寂しさを覚えたが、それもこちらに気づいた『姉』の一声によって、幾分緩和された。

「あら、今日は早起きさんね。ルー」

「今日は、ドクターの〝おねがい〟の日だから」

 柔らかな笑みと共に声を掛けてきた『姉』───ソフィの言葉に、ルーテシアはこくりと頷いた。『妹』の返答に、『姉』も「そうね」と相槌を打った。

「約束の時間まではまだ余裕があるけれど……アギトちゃんとゼスト様も、もうすぐ合流するそうだし、少し早めに出ましょっか」

 差し出されたカップを受け取り、仄かに湯気を漂わせるスープを口に含む。

 起き抜けの身体に染み渡るようなぬくもりに、ルーテシアは起伏の少ない表情を微かに緩ませ、ほっと息を吐いた。『妹』の様子に、『姉』はとても嬉しそうに顔を綻ばせる。普段から大人しいという以上に平坦なルーテシアだが、こうした瞬間に覗く、年相応のあどけない反応が、『姉』である彼女にはとても嬉しい。

「朝ご飯が終わったら、支度をして合流地点に向かいましょう? 森を抜けたところにある湖で落ち合いましょうって、さっき話してたの」

「うん」

 ソフィの話に頷いて、ルーテシアはこくこくと残ったスープを飲み干していく。

 カップが空になったところで、「ごちそうさまでした」と小さく手を合わせると、ルーテシアは姉と共に立ち上がり、仲間であるゼストとアギトの待つ場所へ向けて『姉』と友に歩き出すのだった。

 

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 機動六課隊舎より、JF七〇四式が飛び発つ。唸る回転翼で風を切りながら、ヘリは沿岸から中央を横断し、南東地区にあるホテル・アグスタを目指してひた進む。

「ほんなら改めて、ここまでの流れと、本日の任務のおさらいや。

 これまで謎やったガジェット・ドローンの制作者、およびレリックの収集者として最も可能性の高い人物───フェイト隊長たちの調べで捜査線上に上がった、違法研究で広域指名手配されている次元犯罪者、ジェイル・スカリエッティ。

 医師(ドクター)の通り名の通り、主に生体系の研究を主とした違法行為で広域手配されてる。ただ近年、目立った足跡は無し。関与したと思われるガジェットを始めとした無人兵器の分野の研究に関しても、言うなら片手間……資金の調達以上の手掛かりは見つけられへんかったとの事や」

 ただ、とはやてがフェイトの方を見ると、その視線に頷いて、フェイトははやての言葉を継いで話を続けた。

「生体技術と機械兵器。これらを同時に行える人物は、今の時代では相当に限られてるんだ。ビックネームを隠れ蓑にしてる可能性もゼロじゃないけど……現状では、この線で捜査を進めていくから、みんなも覚えておいてね」

 はやての言葉をそう結んだフェイトに、隊員たちは『はい』と頷いた。

「で、今日これから向かう先はここ、ホテル・アグスタ。骨董美術品オークションの会場警備と人員警護が、今日のわたしたちの任務ね」

「取引許可の出ているロストロギアがいくつも出品されるので、その反応をレリックと誤認したガジェットが出てきちゃう可能性が高い。とのことで、わたしたちが警備に呼ばれたです」

 映し出した地図と指示しながら、フェイトとリインは今回の現場となる『ホテル・アグスタ』についての説明を始めた。

 このホテルは首都クラナガンの南東に位置しており、ミッド南部に近い事もあって、周りを森林に囲まれている。敷地面積もかなり広く、施設規模としては大型と呼んで差し支えない。だからこそ、頻繁にこういったイベントの会場として利用されているわけだが、一方で、その規模ゆえの問題もある。

「規模が大きいイベントは、どうしても全体を把握するのが難しくなってくる。もちろん、運営側も気を付けてるけど……近年でも、密輸取引の隠れ蓑として利用されるケースも少なくないから、油断は禁物だよ」

「特に、今回は外部からの襲撃にも警戒が必要になってくる事も考慮して、現場には昨夜からシグナム副隊長とヴィータ副隊長ほか、数名の隊員に先乗りして警備に当たってもらってるよ」

「合流したら、はやてとわたし、なのはの三人で建物の中の警備に回るから、前線組は交代した副隊長たちの指示に従って、周辺の警戒をお願いね」

「そのほかの細かいタイムスケジュールはみんなのデバイスに送っておくけど、ロングアーチからの管制指揮もあるから、何か予定外の事態が起こった時は、全体指示を受けて臨機応変に対応して行こう」

 あと、何か質問はある? と、なのはが新人たちの顔を見渡した。

 スバルとティアナは指示に納得したようで、特に訊き返そうとする様子はない。エリオは隊長たちからの指示を反芻しており、内容を頭に刻み付けようとしている。

 そんな中、キャロだけがやや不思議そうに、おずおずと口を開く。

「あの、出発した時から気になってたんですけど……シャマル先生の抱えてる、その箱って?」

 キャロの指し示したシャマルの膝上には、それなりに頑丈そうなケースが置かれていた。

 大きさは、ちょうど先日の事件で回収したレリックのケースと同じくらい。今回の任務がオークションの警備というのも相まって、前回ケースを回収したキョロにしてみれば、自分が回収したロストロギアを彷彿とさせる物が目の前にあるのだ。気にならないわけもない。

 が、しかし。

「ああ、これ? んふふっ」

 どうやら、その予想は外れたらしい。キャロの疑問を察したらしいシャマルは、くすくすと楽しそうな笑みを浮かべながら、「そうねえ。ロストロギアではないけど、今回のお仕事にはとっても大事な物なのは間違いないかな」と、ケースを胸の辺りに持ち上げ、こう応えた。

「これはね? 隊長たちの、お・仕・事・着♪」

 

 

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「いらっしゃいませ。ようこそ、ホテル・アグスタへ」

「ご宿泊は、あちらのフロントでチェックインをお願いします。オークションにご参加される場合は、こちらでチケットの確認を───⁉ し、失礼いたしましたっ! 警護関係の方でしたか……!」

 差し出されたIDカードを確認し、受付に立っていたホテルマンたちは慌てたように、目の前に立つ三人の女性にお辞儀する。

「あはは、そうかしこまらんでええですよ? こちらとしてもご協力いただいている立場な訳ですし。───では改めまして、機動六課です。本日はよろしくお願い致します~♪」

 手で顔を上げるよう促しながら、緊張した様子の受付のホテルマンたちとは対照的に、はやてはにこやかな笑みと共に挨拶を返した。その傍らに立つなのはとフェイトも、同じように柔らかな笑みを浮かべている。

 一見して、厳粛さとは縁遠い柔和な雰囲気を纏った彼女らではあるが、ホテルマンたちは未だ最初の驚きにも似た緊張から抜け出せていなかった。

 無理もない。管理局には女性局員も多いとはいえ、警備に当たるとなればある程度どちらかといえば強面の武闘派をイメージするところである。その上、三人の格好は通常の制服ではなく洒脱なドレス姿で、おまけに三人が三人ともどちらかといえば華奢な、それもとびっきりの美人揃いときた日には動揺しない方がおかしいだろう。

 提示されたIDカードを確認しながらも、ホテルマンたちはどこか半信半疑で、三人を会場の中へと案内した。

 

 オークション会場へ着くと。三人はそろそろと増えていく人だかりを目で追いながら、会場の様子を伺い始めた。

 会場はいわゆるコンサートホールのような扇形で、舞台を軸に二階建ての席で囲われている。事前情報によれば、壁の耐久性はかなり高いらしく、火災や地震といった災害に見舞われても被害を最小限に留められる様設計されているとのこと。

「流石に厳重だね」

「うん。一般的なトラブルには、十分対処できると思う」

「外は六課(ウチ)の子たちが固めてるし、入り口には防災用の非常シャッターもある。ガジェットが襲撃してきても、中にまでは入ってこられへんやろな」

「うん。油断はできないけど、少し安心」

「わたしらに出番が回ってくるのは、敷いた布陣が突破されたホンマの非常事態だけやな。とはいえ、万が一の事も考えとかなあかんし。主催者さんとは、開場の二時間前くらいにお話しさせてもらえる予定になってるけど……」

「そうだったね。バルディッシュ、開場まであとどれくらい?」

Three hours ad twenty-seven minutes(あと三時間二七分です).》

「そっか。じゃあ、あと一時間ちょっと余裕あるね。一応、ホールの周辺も見ておこうか?」

「そーやなあ。ほんなら三人で手分けして、施設全体を探索してみよか? 非常口とかは確認してるけど、どこか死角になるとこがないかとかは、実際にみてみないと分からへんし」

「だね。じゃあ、わたしは入り口から見て左側のエリアを見てみるよ」

「わたしはリインたちの配置も確認しとかなあかんし、中央かな」

「となると、わたしは右だね」

 分担を決めた三人は、さっそく一度会場を出て、それぞれの決めたエリアの探索を始めることにした。

 そうして、優雅にロングスカートのすそを靡かせながら立ち去る後ろ姿を、やや離れた場所に座っていた青年が目の端に捉えていた。

「───あれ、今の……?」

「先生、どうかなさいましたか?」

「ああ、いえ……ちょうどそこに、はやてたちが居た気がして」

「はやてたちが? だとしたら、すれ違いになってしまいましたね。義姉からの言伝もあったので、主催者へのご挨拶に一緒に伺えたらと思っていたんですが」

「……因みに、それはハヤテたちには言ってあるのですか?」

「そりゃあもちろん、内緒(サプライズ)ですよ♪」

「相変わらず悪戯がお好きなようですね、査察官?」

「いやぁ、可愛い妹分の驚き顔が見たくてつい」

 楽しそうに笑う緑髪の青年の様子に、傍らに座っていた暗い茶髪の女性は呆れたように肩を竦め、金髪の青年は「たはは……」と苦笑していた。

 

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 隊長たちが内部の警備を固める中、副隊長陣に合流した新人たちは、早速自分たちの担当する区画を見て回っていた。

 振り分けは、スターズ分隊が上空を含めたホテル周辺を、ライトニング分隊が地下と別館から本館へ通じる連絡通路といった具合である。

《スターズⅣ、こちら異常なし。スバル、そっちはどう?》

《こっちも異常なし。副隊長たちが空に回ってくれてるし、空からの侵入はまず無理って感じ》

《だからって、あんまり油断するんじゃないわよ》

《分かってるって~。でも、前回に引き続いて、八神部隊長の守護騎士団全員集合だし。あたしたちだって、結構強くなってるし。だから大丈夫だよ!》

 ハッキリとした声音で、スバルは明るく言ってのける。念話越しでも、ぐっと拳を握って微笑むスバルの姿が目に浮かぶようだ。根拠になっていないが、ティアナ自身、相方に同感なのは確かだった。

《そりゃあ、あたしだって怠けてたつもりはないけどさ。それでも強い人たちと一緒だからって、おんぶにだっこじゃお話にならないでしょ?》

《うん。あの〝ヴォルケンリッター〟が一緒だって言っても、最大限の警戒は必要だもんね》

《そういえば、あんたは結構詳しいわよね。八神部隊長とか、副隊長たちのこと》

《まあ、父さんやギン姉から聞いたコトくらいだけどね》

 はやてが指揮官としての経験を積む中で、スバルの父であるゲンヤから教えを乞うていたのはティアナも聞いている。ゲンヤの部隊に所属しているティアナの兄ティーダとも面識があるようで、この前の事件以来、マメに連絡を取るようになった兄との会話にも、よくはやてたちの名前は挙がっていた。

 しかし、そうでなくても、はやてたちは管理局の中でもかなり名の通った存在だ。

 若干九歳時点でSランクに到達し、現在では総合SSランクを保有する超一線級の魔導師。おまけに希少な古代ベルカ式の使い手でありながら、ミッド式も同時に使いこなす混合型ときている。

 実戦においては小回りに関しては些か難がある部分も多いが、広域魔法においては、他の追随を許さないレベルの魔力量を誇っており───更に、彼女の周囲を固める騎士たちの存在が、その力を無敵と称されるまでに高めている。

 それこそが、烈火の将・シグナムを中心とした五人の守護騎士───〝ヴォルケンリッター〟である。

《そう考えると、スゴイ豪華(レア)な光景だよね~》

《ホントね。本当なら、そう何度も見られるもんじゃないだろうし》

《うんうん。とーさんからの受け売りだけど、八神部隊長たちのことを無敵戦力っていう人もいるんだって》

《〝無敵〟、か……その響きが大げさじゃないのは、正直ゾッとしないわね》

 実際のところ、六課に身を置けば───いや、この部隊の隊長陣と共に戦場に立った者ならば、確実に肌で感じ取れるだろう。

 彼女らの持つ圧倒的な才能と、磨き抜かれた技術から為る、確かな実力を。

 そして、いま最もそれに接しているのが自分たちだ。

(〝歩くロストロギア〟の異名って、伊達じゃないのよね……。そんな人たちから学べるのはありがたいけど……)

 ただ、とティアナは思う。

(育成って名目はあるにしても……六課の在り方は、やっぱり普通じゃない。元々幼馴染だっていう隊長たちが同じ部隊に居るのも、その人脈で構築された部隊編成も、いくら専門性の高い機動隊だからって、こんなのは本来なら絶対に通らない。どんな裏ワザか知らないけど、何か目的があって作られてる。AMFとの戦いですら、足掛かりでしかないくらいの何かが……)

 ある、ということなのだろうか?

 これまで相手にしてきたガジェットも、前座でしかないとしたら、いったい隊長たちは何を見越しているのだろう。

 ずっと先の未来だけではない。今この瞬間にも迫っている『脅威』のようなものがあるのだとすれば───果たして自分たちは、それに抗えるだけの力を身につけているといえるのだろうか。

 しかし、

《……って、そんなコトあたしが考えてても仕方ないわよね》

《??? ティア……?》

《ううん、何でもない》

 漏れた声に首を傾げるスバルにそう返して、ティアナは気持ちを切り替える。

 知りもしない事を考えても、所詮は想像にすぎない。考えることは大切だが、強すぎる思い込みはいざという時の判断を鈍らせる。

 自分たちが開いて取ろうとしているのは、まさしくそういった判断がものをいう未知なのだから。

 

 

(何があるとしても、アタシはアタシのやるべき事をするだけ)

 

 

 そう。今の自分はそれだけでいい。

 一歩ずつでも確実に。目指す憧れへ向けて、着実に。

 この先に何が待ち受けていようとも、変わらぬ覚悟で挑むまでだ。

 空を見上げ、ティアナは頭上を過ぎようとする陽光に、眩しそうに目を細めて小さく笑みを浮かべた。

 

 

  4

 

 

「あそこね」

「うん。ドクターの探し物、見つけてあげなきゃ」

 森を抜け、緩やかな丘になっている場所に出る。眼下のホテルを見下ろしながら、少女たちはそう呟いた。それを聞いていた大小の影は、納得し切れないと言った様子でこう訊ねた。

「……良いのか? お前たちの探している品とは、全く関係ないものなのに」

「そーだそーだ! 旦那の言うとおりだぞ。ルールー、ソフィーも、なんだてあんなヤツのいうコトなんて……」

 しかし、二人の声にソフィーと呼ばれた少女は「ありがとう、アギトちゃん」と言って、憤る小さな剣精を宥めるように微笑んだ。

「でも、わたしもルーも、ドクターからお願いされるの、そんなにイヤじゃないから」

「うん。おねーちゃん」

「ソフィー……」

 まだ言いたりなさげなアギトではあったが、彼女が二の句を紡ぐよりも先に、ねっとりとした男の声が聞こえて来た。

 

《やはり優しいね、ソフィアとルーテシアは》

 

「ドクター?」

 乱入してきた声に、ルーテシアは愛らしく小首を傾げる。

「———何の用だ。既に内容は伝えているのだろう?」

 突き放すような大男の言葉に、通信を飛ばして来た男はくつくつと嗤う。

《いやはや、ずいぶんと冷たい反応だね、騎士ゼスト。こちらは頼みを聞いてもらっている身なのだから、少しくらい姫君たちのお膳立てを手伝うくらいは構わないだろう?》

「よく言うぜ。アンタらが御膳立てなんかしなくても、二人にはアタシと旦那がついてんだっつーの」

《おや。今日はずいぶんとご機嫌ナナメのようだね、アギト》

「全くだ。ただでさえ厄日だっつーのに、見たくもない顔見てよけーになっ」

《ククク、これは手厳しい。では、手短に済ませるとしようか。

 今、君たちの居る地点へ向けて、クアットロとアネモイ、ボレアースがガジェットを連れて向かっている。———どうにも、少々厄介な輩が来ているらしくてね。少しは助力になるだろう》

「ありがとう、ドクター」

「お気遣い痛みいります」

 飄々と告げる男の言葉に、ソフィアとルーテシアは微笑みながら返した。しかし、少女たちの反応とは対照的に、『ゼスト』と呼ばれた大男は眉を顰め、訝しげな様子で男———『ドクター』にこう訊き返した。

 

「……それが、お前の言う()()()()か?」

 

 投げかけられた問いかけは、どうやら男にとって好ましいものだったらしい。

 ドクターはどこか愉しそうな表情を浮かべ、ニタニタとゼストの言葉に応えていく。

《全てではないがね。尤も、ソフィアとルーテシアがいる時点で、こちらの有利には違いない。使いを出したのは、数にモノを言わせる輩が出た時、君たちの手を煩わせる事もないと思っただけさ》

「…………」

 全くの偽り、というわけでもないのだろう。嘘を誠とするのなら、虚実の内に真実を織り交ぜよ、というのは誰の言葉だったか。……アギトがあれだけ苛立つのも無理はない。彼女の気が短いのは確かだが、苛立ちの源泉はもっと別のところにある。

 そう。腹ただしい事に、目の前の男は幼子たちに『こんな事』をさせておきながら、同時に彼女らの安否を気に掛けているのだ。

 手駒として扱いながら、奥底に情を覗かせる。あまりにも歪な、残酷とさえ形容出来そうな矛盾だ。

 だからこそ気に食わないのだ。アギトはもちろん、ゼストも。

 二人の額に寄った皺が深くなるのを察したのか、《おっと、手短に済ませるつもりが。長くなってしまったかな?》と男は言葉の落とし所を探し始める。

「ううん。大丈夫」

《ありがとう。ではいったん失礼させてもらうとしよう。———ああ、ひとつ伝え忘れていた。お茶の用意は済ませているから、いつでも来てくれたまえ》

「ええ。良い報せを持って伺いますね」

《嬉しい事を言ってくれるねソフィア。楽しみにしているよ。では、ごきげんよう》

 さながら姫君に傅く付き人のように恭しく礼をして、男は通信を切った。

 

 しばしの無音。

 その空白を破り、ゼストは少女たちの意思を再び確かめた。

 

「……本当に、良いのか」

 

 声音から感じられる憂い。ある種の父性にも似た響きを受け、少女たちは嬉しそうな顔をする。

 ———けれど、

 

「うん。ゼストやアギトはドクターの事を嫌うけど、わたしもおねーちゃんも、そんなにドクターのコト……嫌いじゃないから」

「……そうね。わたしも、同じかな」

 

 向けられるぬくもりが心地良くとも、引けぬ一線がある。

 そんな本能的な衝動が、少女たちを幾度となく戦いへと誘っていく。力ある者がゆえに———或いは、その逆かも知れないが。

 

 是非を問わず。

 善悪を問わず。

 

 ただ純粋に、凡ゆる全てに通ずる魔導が、運命か呪縛のように少女たちを突き動かしていた。

 

「「…………」」

 それは、本当は傷ましい光景だったのかもしれない。

 が、現実はどこまでも皮肉なもので。

 

「———それじゃ、行きましょうか。ルー?」

「うん、おねーちゃん」

 

 少女たちの足元に描き出されたのは、円に囲われた二重の四角形を模った陣。

 有り余る生まれ持った力を行使する式を綴ったそれは、あまりにも美しく鮮烈な輝きで持って、場を混沌と包み込む。

 

 

 

「我は乞う───小さきもの、羽ばたくもの。言ノ葉に応え、我が名を果たせ」

「汝、狡猾なるもの、蠢くもの。御言に従い、詔勅(しょうちょく)を成せ」

 

 

 

「「召喚、兵虫小隊(インゼクトツーク)律対双蛇(シュピラーレヴィーパ)」」

 

 

 

  5

 

 

「魔力反応……⁉ シャーリーっ?」

《はいっ。来た来た、来ましたよ───!》

 シャマルの呼びかけに応じたシャーリーが、出現した敵性反応の出所を追う。

《やっぱり、ガジェットドローン……》

 画面に映し出されたのは、ホテルを取り囲む森林地帯から涌き出る機会兵器の姿だった。

 これまで幾度となく接敵した相手だけに、臆する気持ちは無い。しかし、問題は敵単体の脅威度ではなく、その物量にこそあった。

《陸戦Ⅰ型、機影三〇……三五⁉》

《同じく空戦Ⅱ型、陸戦Ⅲ型出現! 機影は、一〇、二〇……どんどん増えていきます‼》

「ちょっと、マズいわね……」

 アルトとルキノの報告に、シャマルも表情を曇らせる。

 が、うかうかしている暇はない。こうしている間にも、敵はこちらへどんどん進行を続けている。早急に対処しなければ会場にいる人々に危害が及んでしまう。

「シャーリー、部隊長たちに現状の通達を。これだけの数……中にも何か仕掛けてくるかもしれないわ。外はわたしが指揮を執ります。シグナム、ヴィータちゃん、良い?」

《ああ。頼む》

《応っ! ティアナ、スバル。あたしらは空の群れを叩く。地上のガジェットは任せたぞ》

《エリオとキャロも、しっかりな》

 副隊長たちからの指令を受け、新人たちは《了解ッ‼》と声を揃え、臨戦態勢に入る。

 フォワード陣の気合が入ったところで、指令塔を買って出たシャマルが隊員たちへ指示を飛ばしていく。

《前衛各員へ通達。状況は広域防御線です。ロングアーチⅠの総合回線と併せて、わたし、シャマルが現場指揮を行います。目標はこの周辺に出現した無人兵器。会場への被害を出さないよう、全力で迎撃を!》

「「「はいっ‼」」」

 その言葉を皮切りに、陸、空、管制と三方に別れ、機動六課の隊員たちがホテル防衛に動き出した。

 

 ───が、それは敵がとて同じこと。

 

「相手方も動き出したみたい。けど、ちょっと遅いかな?」

「うん。───〝アスクレピオス〟」

 主の呼びかけに呼応し、ルーテシアの手套に据えられた紫の宝石が明滅する。

伝令(ミッション)無人兵器の操作補助(オブジェクト・コントロール)。いってらっしゃい、気を付けてね?」

 ルーテシアの命を受け、召喚された兵虫(インゼクト)たちは森を無機質に蠢くガジェットたち目掛け羽搏き始めた。

 妹が動き出したのに合わせ、姉もまた、自らの従僕(しもべ)へ命を下す。

「こっちも行きましょう? ───〝ヒュギエイア〟」

《Ja.》

双蛇よ(Viper)求むる物を探し出せ(befehlen Schatz finden)

 ソフィアの呼び出した金と銀の美しい一対の大蛇が、勅命を帯びて藪の中からホテルの方へとしゅるりと俊敏に姿を消した。

 姉妹の操る虫と蛇。共に強力な召喚士によって強化されたそれらは、単なる魔導生物以上の力を秘めた召喚獣として、戦場へと解き放たれた。

 これこそ、スカリエッティが彼女らを駆り出した理由の際たるところだ。

 幼い身でありながら、身体に宿した力は他の追随を許さないほど強力で、何より稀有な才能である。

 今しがた見せた力さえ、彼女らの全容からすれば、ほんの一端に過ぎない。

 末恐ろしい、などと評するのさえ烏滸がましい。今この瞬間が既に、発展途上でありながら、同時に凡その人間が決して到達できない領域に達している。

 磨く必要さえない極上の原石。彼女らを言い表すのなら、恐らくそんな言葉でなければ当てはまるまい。

 物量と才能を併せた配置は、正しく盤石の構えだ。

 

 ───しかし、強力な力はその分、痕跡を残し易いのもまた事実。

 

《ティアさん!》

「キャロ?」

《すみません。あの、さっきケリュケイオンに反応があって。この周辺に、召喚魔法の使い手がいるみたいなんです……!》

「───なるほど。そういうコトね」

 人為的な反応(こうどう)。前から疑いはあったが、今回のは確定的だ。

 ティアナ自身、薄々感づいてはいた事だ。以前のリニア襲撃の時に比べ、ガジェットの動きが()()()()()。そこへ来ての召喚魔法の反応。与えられた定型ではなく、自律的に動くよう仕向けている者がいる。

 となれば、

「シャマル先生。こっちにもモニター、いただけますか?」

この群体を操る大本を叩く。それが、CG(センターガード)として、ティアナが果たすべき役割だ。

《ええ。今、クロスミラージュに直結するわ》

 シャマルから送られてきた戦闘区域の映像を確認し、ティアナは改めて敵の物量に顔を顰める。

(……なんて数。数もだけど、ホテル周辺にもこんなに……これって?)

 円形にホテルを取り囲む無数の無人兵器。数で攻め潰す物量攻撃としては、正にお手本のような制圧配置である。

 ……しかし、今回の攻撃はあまりにも露骨というか、あからさまに思考を放棄し過ぎているようにも感じられる。少なくともこれまでの事から考えれば、事を急ぎ過ぎているような───。

 仮に、これまでの攻撃を仕掛けている何者かがいるのなら、一連の事件には何らかの連続性があったことになる。時間的なスパンを考えても、相当周到に練られた計画で動いている筈だ。だというのに、此処へ来ていきなり積み上げた積み木を叩き壊すような真似をする理由はいったい何なのか。

 しかし、迷ってばかりもいられない。

 実際のところ、少数の部隊に対して、物量攻撃は相性が悪いのは確かだ。

 いま敵に囲まれている現状を打破しない事には、その目的を考える段階に至ることすらできない。

「ともかく、召喚士相手なら、発生源を叩かないと……。キャロ、大本の特定、出来る?」

 ティアナがそう訊ねると、

《やってみますっ》

《わたしもサポートするわ。広域スキャンで、他にも敵性反応がないか探ってみる》

 キャロはケリュケイオンが捉えた魔力反応を追い始めのに合わせ、シャマルも他の敵性反応がないか、周辺索敵(エリアサーチ)を開始した。

「お願いしますっ。よし、とくれば……スバル、エリオ! 二人の索敵(サーチ)が終わるまで、あたしたちはホテルの防衛。一体残さず墜とすわよ!」

《応ッ‼/はい!》

「頼むわよ、クロスミラージュ」

《Yes, Sir.》

 前衛二人と、愛機にそう声を掛けながら、ティアナもいつでも操り手の元へ魔力弾を叩き込む準備に入る。

 

 その一連の様子は、上空で見ていたヴィータとシグナムにも届いていた。

「少しは様になってきたみてーだな」

 頼もしくなりつつある新人たちの姿に、ヴィータは自然と口角が上がってしまっていた。傍らのシグナムも同様の気持ちではあったが、「ああ。とはいえ、まだまだ(わか)い」と育てる側としての戒めを添える。

 ヴィータもそれには同意のようで、

「まーな。そんじゃ、せいぜいラインは超えさせねーようにすっぞ!」

 と、意気揚々と愛機であるグラーフアイゼンを構え、勇ましくガジェットたちへ、自らの冠した名に相応しい御業を振るう。

「ふふ、お前も甘いな。なのはやテスタロッサに負けず劣らずの過保護っぷりだ」

「……るっせーよ。お互い様だろっ」

「確かにな。わたしも、他人の事はいえん」

 軽口を叩き合いながらも、鉄槌と烈火の二つ名に相応しく、ヴィータとシグナムは息つく間もなくガジェットたちを次々に撃墜していった。

 

 

  6

 

 

《───始まったみたいだね。フェイトちゃん、主催者さんはなんて?》

《外の様子は伝えたんだけど……オークションの中止には、まだ踏み切れてないみたい》

《そっか……。まあ、この状況じゃ外に避難ってワケにもいかないもんね》

 戦いは始まっているが、規模が大きいだけに、即刻中止とはいかないのが歯痒いところである。

 何事もなく無事に済むのならば一番だが、そうもいかないだろう。

《その辺りも含めて、今はやてが話をしてくれてるから、わたしたちも、いざという時のために動けるようにしておこう?》

《そうだね》

 彼女らが出ていけば、おそらく事態を収束させるのは容易だ。しかし、それでは内側を警戒する為に来た意味がない。

 万が一、会場内から彼女らを誘き出すのが目的であれば、現場を離れる選択が、新たな被害を齎す事になる。

 内部を守る為に此処いる以上、今は仲間を信じて待つのが分隊長としての役割だ。

 過度に案ずる必要はないだろうが、戦いというのは常に予想外を伴う。今までとは違った違和感を覚えつつも、なのはたちはホテル内での待機を余儀なくされていた。

 

 

 

 が、一方で。

 そういう事態だからこそ、動くべき者たちも此処にはいた。

「もしや、とは思っていましたが……本当に来るとは意外でしたね。出品リストには、今回の件に関係のありそうな品は無かったハズなのですが……」

「となると、隠されて運び込まれたものがあると考えるのが自然かな。───うん、はやてに連絡を取って確かめてみるよ。外の方は、任せてもいいかな?」

「ええ、存分に。お任せください、師匠」

「ありがとう、シュテル」

「それなら僕もお手伝いしますよ。裏方での仕事は、僕たち査察官の十八番ですからね」

「アコース査察官」

「頼もしい限りです。大胆な攻勢を仕掛けてくる時には、相手方の狙いを探る手は幾ら合っても困りません」

「ま。猫の手も、というやつですよ。妹分や友人の助けになるのなら、力を惜しむ必要はないでしょう。───実際、我々はその為に()()()()()()()()()()()ワケですし」

「決まりですね。では師匠、支援要請の取り付けはお願い致します。久方ぶりの空ですから、少々手荒になってしまいそうなので」

「な、なるべく被害は出さないようにね……?」

「承知しております。だからこその、わたしたちなのですから」

 言葉とは裏腹に、ギラギラと獲物を狙う獣のような眼光で、シュテルはそう答えた。

 これはどうも、穏やかに済みそうもない。尤も、戦いの場に首を突っ込んでおいて、そんな虫の良い話もないのだが。

 はやても苦労してるだろうな、と責任者の立場に在る事を今さらのように痛感しつつ、ユーノは事態の円滑化を図る為、すぐさまはやてに連絡を取るのだった。

 

 

  7

 

 

「どうやら、表の護りは四人。攻め手は二人と、いや……もう一人来るか」

 刻々と変化していく戦場を観察するアネモイの言葉に、その腕にしな垂れ掛かっていたクアットロが「あらあら」と、何処となく口元に手を当て、わざとらしい驚きの仕草で反応した。

「数は少ないですケド、全体を見てる輩がちょーっと面倒そうですねぇ~。ボレアくん、ささっと潰してくださいませんこと?」

 その隣に立つ、アネモイの弟であり、自身にとっても弟分に当たるボレアースに、クアットロは軽口を飛ばす。……しかし、口調の軽さとは裏腹に、地味な眼鏡の奥に覗く瞳は、ゾッとするほど鋭い。

 何処まで本気なのか、この姉の真意は、長年共に過ごしたいても図りかねる。

「その要望は簡単ですけどね、クア姉様。忘れていませんか? 今回の目的は回収作業。せっかくお嬢様方に目眩しをお願いしているのに、わざわざ痕跡を残してやる事もないでしょう?」

「もー、ボレアくんってばお堅ぁい。むしろ、だからこそ愉しいんでしょうに」

「??? どういうことです?」

 言葉の意味を察し切れずに訊ねると、クアットロは可笑しそうにくすくすと笑った。

簡単(かぁんたん)なコ・ト。───謎はより深く、けれどヒントはより多く。目の前に転がっているピースが多ければ多いほど、出来上がるパズルは大きくて複雑化してくる。それを解こうとして右往左往するヒトたちを見ているのって……とぉっても愉しいと思わない?」

 語尾にハートマークでもついてそうなくらい、甘ったるい声でクアットロがそう告げてくる。

 兄も、父らもそうだが、この姉も、こと謀に『愉しみ』を見出す趣向に関しては、自分たちの中でも取り分け貪欲かも知れないとボレアは思う。

 おまけに、

「それにボレアくん? あの橙髪のガンナーさん、気になってるんじゃなぁい?」

「──────」

「思い出の好敵手と似通った若葉……いえ、まだ芽吹いたばかりの新芽ちゃん。摘むには惜しいかもしれないけど、お・仕・事・ですし? ちょうど良いと思わなぁい?」

 どうやら姉は、自分の裡は不透明でも、他者の心内は見透かしているようだ。

 返答に窮しているボレアを見て、アネモイは「そう急かすものではないよ、レディ」とクアットロの顎をそっと撫でるように宥めすかした。

 クアットロは心地よさげにくすくすと笑みを浮かべつつ、アネモイの手に自分の手を重ねる。いつもの兄と姉のやり取りを眺めていたボレアだったが───。

「しかし、だ」

 鋭い声音が耳朶を打つや、視線はアネモイの黒い瞳に吸い込まれてしまう。

「任務は任務。それは確かだが、そのついでだ。多少のつまみ食いくらいは、あってもいいと思うんだがね? 確かめてみたいんじゃないのか、お前も」

「…………」

 兄から告げられたその言葉に、弟は沈黙で応じた。その反応を満足そうに見て、アネモイは更に言葉を重ねようと口を開こうとした。しかし、その言葉が口をつくよりも早く。

「??? あら……?」

「───結界か」

 ホテルを基軸とし、辺り一帯を取り囲むような大規模な結界が張り巡らされた。

 どうやら、状況は次の段階に進んだらしい。

「あらあら。囲い込みなんて、ずいぶんと直球(ストレート)だこと。あちらも流石にこちらの狙いに気づいた、といったところですかねぇ?」

「そのようだね。しかし、問題ない」

「ええ。もちろん───結界だけじゃ、私たちは阻めませんもの♪」

 

 

  8

 

 

「ちっ、次から次にうじゃうじゃと!」

「少々厄介だな」

「ああ。オマケに、動きまで変わってきやがった……ッ‼」

 キャロが先ほど感知したという召喚士の反応。ガジェットに指示を与え、コントロールしているのは恐らくその反応の主だろう。

 優れた召喚士は対象を喚び出す転送魔法のエキスパートであると共に、対象への魔力付与を得意とする。ヴィータたちの動きを察知しながら姿を隠せているのも、そうした遠隔からの魔法使用に長けているからに他ならない。

 しかし、シャマルがキャロの感知した召喚士の反応を追っているらしいので、いずれ相手方の所在も見つけられる。自分たちはそれまで、防衛ラインを護り通すだけではあるのだが───召喚士を相手にしている以上、漠然と出てくる相手を叩けばいいというものでもない。最も最悪なケースは、防衛ラインの内側に直接侵入される事だ。

 当たり前だが、召喚とは対象を指定した場所に送り届ける魔法である。

 こうして前線を攪乱しながら、背後に刺客を送り込まれる可能性も十分に考えられる。

 今のところは新人たち、もっと言えばホテル内部への侵入は見られないが、それもどこまで持つかは分からない。

 何せ検出された反応はSランク相当が複数だ。いくらミッドの建築物に魔法攻撃への対策がなされているとはいえ、このレベルになればどこまで役に立つか……。

「このっ! ぐずぐずしてらんねーってのに……‼」

 いらだち紛れに手近なガジェットを叩き落とす。しかし、シグナムとヴィータの周辺を取り囲むガジェットは一向に減らないままだ。二人の卓越した技能をもってしても、絶対数が多すぎる。

「……キリがないな。このままでは敵の思う壷だ」

 元々対人戦闘に特化した古代ベルカ式の使い手である二人は、こういった数に物を言わせる戦法とは相性が悪い。

 シャマルや、いま別の任務に出向いているザフィーラ辺りが来ていてくれたなら、少しは変わったかもしれない。が、今それを口にしても所詮は無い物ねだりである。

「しかたねぇか───シグナム、あたしがここを引き受ける! お前は、あいつらんとこに加勢に行ってくれ」

「だが、それではジリ貧になるぞ」

「分かってる。だから、シャマルに結界で侵入を防いでもらいながら、数を減らしていく。だったら、あたしの方が対処しやすいだろ? それに地上じゃ、お前の方が取り回し的にも適任だ」

 最善、とまでは言えないが、いまのところ全体の状況を見ればこれ以上の手段は思いつかない。

 たとえ援軍を要請したとしても、どのみち到着までの時間を稼ぐ必要はある。ならば、一番破られてはいけない部分に戦力を回すのは当然の帰結といえる。

「手が余ってるなら借りてーけど、いまはこれが精一杯だ。頼む、シグナム」

「ヴィータ……」

 確かにヴィータのいう事は尤もだ。そう都合よく、求めた時に借りられる手などあるわけもない。であれば、その意を汲んで対処に当たるべきか───と、シグナムは判断し、ヴィータの言葉に応えようと口を開くこうとした。

 その瞬間、

 

《───なるほど。ではご要望にお応えして、お手をお貸しいたしましょうか》

 

「「⁉」」

 

 唐突に届いた念話(こえ)と共に、翡翠の光を放つ結界が展開され、辺り一帯を包み込んだ。

 シャマルが先んじて動いたかと思ったが、同じ緑系統の色だが、シャマルの者とは若干色彩が異なる。加えて、この結界はミッド式のものだ。

Wärmequelle von hinten anfahren(後方より熱源接近)

「熱源……、⁉」

 続いて更に見覚えのある魔法が、二人の背後から放たれて来た。

 煌々と輝く焔が二人の背を追い越し、放たれた迸る朱き軌跡が、空に蔓延るガジェットを一気に焼き払った。

 急変していく事態に、シグナムとヴィータは動揺を隠せない。だが、今しがた見えたそれらは、彼女らにとって馴染み深い魔法であった。自分たちの見たものが間違いでないのなら。

 

 

 

「───数が相手なら、わたしの方が適任でしょうから」

 

 

 

 紛れもなく、それは味方の登場を告げる篝火だった。

「お久しぶり……というほどでもありませんね。先日、地球でお会いしたばかりですし」

 夕闇のような朱と黒紫の入り交じった戦闘装束を纏った女性は、スカートをつまみながら優雅に一礼する。

 深紅の杖を手にし、空に揺蕩う暗めの茶髪は頭の後ろあたりで束ねた、やや表情の薄い蒼の瞳をした彼女は、まさしく。

 

「シュテルか……!」

 

 そう。彼女らの友人で在り、エルトリアに済んでいる筈のシュテルであった。

「おまっ、どーして……⁉」

 何でここに居んだよ! と、矢継ぎ早にここへやってきた理由を問い質そうとするヴィータを、シュテルはそっと手で制す。

「疑問は尤もですが、現状はアレらをなんとかするのが先決です。───〝騎士〟の戦いに嘴を挟むのは無礼かとは存じますが、どうかご容赦を」

「いや、問題はそこじゃねーだろ!」

 シュテルの実力は分かっているつもりだが、勝手に武装局員でもないのに現場に出てくるのどうなのか。

 しかし、シュテルはしれっとした顔で、「ハヤテから許可は頂いております」などと宣う。

「だからって……」

 そんな単純な話でもないだろう。

 武装局員としてそれなりに長く過ごしてきたヴィータからすれば、大規模次元災害等でもない限り、別の部隊から簡単に援軍を出せるものではないという意識が強い。

 特に、地上部隊では派閥意識が高い事もあり、本局の様に境なく動き回る体制はあまり歓迎されない部分がある。

 しかも、シュテルはそもそも管理局員ですらないのだ。勝手に介入すれば、公務執行妨害やそもそもの危険魔法使用で逮捕される可能性だってゼロではない。

 子供のケンカとはワケが違う。

 助っ人を呼んで「はい、解決」というほど、単純な話ではないのだ。

 が、それでもシュテルは凛とした佇まいを崩さない。

「確かに、あまり定石通りの手段ではありませんね。ですが、秩序を隔てる壁を設けるだけでは、隣り合った歯車は動きません。それゆえに、いざという時それらを繋ぐため、わたしたちはここに居るのです」

 シグナムとヴィータに、シュテルは宙に投影したIDカードをスワイプして渡す。

 EB-LCMと書かれた識別コード。その所属元は、

「無限書庫……って、はぁっ⁉」

「ええ。先日より、正式に稼働しました特別『部署』です。以後お見知りおきを」

「部署? 部隊、ではなくか?」

「はい。位置づけとしては、聖王協会に近いイメージでしょうか。

 遺失物関連や、次元災害などにおいて、それらに関連した情報を提供する協力者を『現場に派遣する』ために、師匠が設立した専門部門です。あくまで局の部隊へ派遣された提供者、協力者の範疇ですから、部隊扱いではありませんが……一方で、事態を円滑に解決するための範疇であれば、嘱託魔導師として動く権限も与えられております。協力する()()()()()()()()()()()、ですが」

 くす、と付け加えたシュテルの表情で、二人はようやく彼女がここに居た事情を飲み込めた気がした。

 聖王協会に近いというのも頷ける。なにより、彼女らの所属する六課自体、似たようなコンセプトの基に設立されているのだから。

「……ユーノの奴。前から進めてた準備、ってこれのコトかよ」

「そういえば主はやても言っていたな。志は同じようだ、と。……流石に、お前たちが正式な魔導師として配属されているのは初耳だったが」

「何分手続きに時間がかかってしまったもので。きっかけがハヤテやナノハの為なのは少々妬けますが、概ねその通りです」

「……あいつもだけど、ホント相変わらずだな、おまえも……」

 呆れたように溢すヴィータの声に、「何の事やら」と空っとぼけて、シュテルは続ける。

「何事も、数がそろえば良いというものではありませんが……時には適材適所も必要でしょう」

 万事を熟る者が居れば、恐らく何の不足も起こらない。

 しかし、現実には単一で成り立つモノなどそう在りはしない。どれだけ精錬したところで、いずれは朽ち果てる運命を内包している。

 混じり合う事を許した世界だからこそ、補い合う必要がある。

 故にこそ、

「こういう時のためにわたしたちがいるのです。点と点を紡ぎ合う事が歴史なら、世界の在り方も同じ……実にあの方らしい、信念の提示です。まあ、本質自体はそこまで大仰なものではないのでしょうが」

 加えて、何より。

「万事が向こうの思惑通りに、というのも、あまり面白くは無いでしょう?」

 瞳孔を鋭く瞬かせながら、シュテルは二人に問い掛けてきた。もうとっくに臨界点に達していそうな様子に、ヴィータとシグナムは苦笑を溢す。

「———ホテル周辺で、本命の動きを捉えたそうです。お二人はどうかそちらへ。ここの露払いはわたしにお任せを」

 全く、頼もしい事だ。少々やる気が過ぎるきらいはあるが、この場面において味方にするのなら、彼女以上の逸材など居はしない。

 

「……応っ!」

「すまん。恩に着る!」

 

 礼を投げ掛けながら、二人は副隊長として仲間たちの救援へと向かう。

 満足げに飛び去る背を一瞥して、シュテルは空を埋め尽くす無人兵器軍へと向き直る。

 光背のように浮かび上がる焔を伴った魔力弾。煌々と未だ明るい空を朱く彩るそれらは、抑えきれない彼女の昂ぶりをそのまま顕しているようだった。

 

「さて───それでは、踊りましょうか」

 

 紅蓮の魔法陣がシュテルの足元に生成される。鉾杖を構え、煌々と輝きを増していく火球を撃ち放ちながら、シュテルは不敵な笑みと共にそう告げた。

 

 

  9

 

 

「ほう……」

 

 戦場に降り立った星の光が、空を朱く染めていく。

 前回とは比べ物にならないほどに磨き上げられている鮮烈な魔法は、彼が未だ欲してやまない力の一つだ。

 映し出されている画面の中で踊る魔導師の姿を目の当たりにし、男は、昏い笑みを浮かべる。

「随分と嬉しそうだねぇ、マクスウェル君?」

「ジェイル。あちらはもう良いのかい?」

「ああ。あの子なら、何の問題もないさ。心配なのは次に遊びに来る時、姫君たちに何を振る舞うかだけだよ」

 くつくつと愉快そうに笑うスカリエッティに、マクスウェルはやれやれと肩をすくめてみせる。

「相変わらず甘いな、君は」

「欲することこそが私の本質だからね。何かを抑え付ける事ほど、虚しい話もないだろう?」

「分かるがね。時には刺激も必要だとは思わないかい?」

「ふむ。だとすれば、ちょうど適任がいるな」

 映像の中に映る、赤と桃色の髪をした子供達へ視線を移す。

 姉妹の相手としてぶつけるなら、まずはあの二人からだろう。早速とばかりに、スカリエッティは現場にいるクアットロたちへ二人を相手方とぶつかるように仕向けるよう手を回す。

 尤も、そんなことをせずとも。

 

「現時点では───いや、恐らくはこれからも。あの子たちの方が強いのは確定事項だけれどね」

 

 確信めいた感情を滲ませるスカリエッティに、マクスウェルは「()()かい?」と訊ねてきた。

 それにやや間を置いて、

「……いいや、単なる資質の問題だよ」

 と、返してきたスカリエッティに、マクスウェルはいっそう愉快そうな表情をする。

「すまない。心にも無いことを聞いたようだ」

「君らしいよ。いつだって、悪魔は選択を迫るものだからね」

「こちらではそうらしいが、私たちの故郷では別の見方もあってね。悪魔とは、時に天使よりも魅力的に目に映る───らしい」

「なるほど。不吉の前触れは、見ようによっては福音にも思えるというワケだ。実に興味深い。それは、こちらの世界でも通じる道理を孕んでいるかもしれないな」

「例の(マテリアル)の素材の話かい?」

「ああ」

 何かを信じる時、人は盲目になる。

 世の中に完璧な摂理など存在しないが、人は脆いものに弱い生き物だ。

 だからこそ、確かなものを探す。考えるよりも、分かり易い指標に取り憑かれるのは、大半が暗闇の中を覗くことさえ出来ないからだろう。

 貫き通せば、無理を道理に変えられるかもしれない。しかし、そこまで強く在れる人間は稀だ。初めから何か世界に指標がある、なんて思っている者ならば尚更に。

「……まあ、決して分からなくは無いがね」

「まったくだ」

 本当に、世界というのは不思議なものだ。

 確かでない筈なのに、どうしても崩せない部分もある。それ故に面白くもあり、同時に忌々しい。

 

「さて……今回はどんなものが見られるか、堪能させてもらうとしよう」

 

 言って、現場の映像に視線を戻す。

 二人が話し込んでいる間に、どうやら彼方では、事態も大詰めに入り始めているようだった。

 

 

  10

 

 

「……スゴい……」

 シュテルの魔法をモニタリングしながら、ティアナの口からそんな声が漏れた。

 AMFをものともしない戦いぶりはもちろんだが、何よりもティアナは、その運用方法に目を奪われていた。

 師事しているなのはのスタイルと似てはいるが、こちらは更に精密捜査に重きを置いている印象を受ける。『撃ち抜く』のがなのはの魔法なら、シュテルのものは『射抜く』とでも形容すればいいのだろうか。

 的の中心だけを正確に貫く、針の穴を通すようなコントロール。しかしそれでいて、けっして一撃一撃の威力を落としたりはしていない。

 威力と精度。そのどちらも両立させ、自在に操る魔導運用。これこそが───

 

 

(───〝射撃〟と〝砲撃〟なんだ)

 

 

 胃の辺りが締め付けられるほどの昂揚感に苛まれながらも、ティアナの視線は画面の中に釘付けになっていた。しかし、見惚れてしまうのも無理はない。それほどまでに、シュテルの射砲撃は美しかった。

 魔力量に依存するだけに留まらない戦い方は、ティアナが理想とする戦法(スタイル)そのもの。目の前で繰り広げられる焔が猛るたび、目指すべき道が拓かれていくような気がする───。

 

《───見つけた!》

 

「っ!」

 と、脳裏に響く念話によって、ティアナの意識は引き戻される。

 シャマルから索敵結果の報告だった。ホテル周辺を取り囲むガジェット群を操っていると思しき召喚士を補足したとのこと。魔力反応は二つ。しかも、どちらもSランク級だという。

 二人からの報告に、フォワードたちに緊張が奔る。

 当然だ。Sランクといえば、管理局どころか、次元世界でもほんの一握りの上澄み。師事する隊長たちとも肩を並べるほどの力が、自分たちの前に立ちはだかろうとしているのだから。

 

 

 

「気づかれちゃったみたいね」

「うん……」

 『姉』の呟きに、ルーテシアはこくんと頷いた。

 二人の表情に焦りはない。先ほど結界を張られた時点で、こうなることは予想していた。

 動ける領域を区切られてしまえば、当然足も付きやすくなる。しかし、だからといって相手側に補足させるほど、少女たちの魔法は易くない。

 ふわりひらりとルーテシアの指先へ、さきほど放った小型インゼクトの一体が戻ってくる。どうやら、クアットロたちは既に動き始めているようだ。

「おねーちゃん。クアットロたちが、倉庫に向かってるって」

「そう。なら───」

 ソフィアの足元に、藍紫の魔法陣が浮かび上がる。

「浮遊体移動。無人機(オブジェクト)十二機、転送地点(ポイント)NH(ファイブ)&MH(セブン)へ───これで、目くらましくらいにはなるかしら」

《さ・す・が♡ 見事なお手並みと言ったところですねぇ、お嬢様?》

「あら、クア姉様」

《はぁい♪ 呼ばれてなくてもどこへでも、あなたのクアットロでございますぅ~♡》

 ソフィアの動きを受けて、クアットロが通信を寄越してきた。

 先ほどスカリエッティからの刻と同様に、その甘ったるい声音にうんざりしているらしいゼストとアギトは、「またか……」という不機嫌な表情を隠しもしなかった。

 が、そんなものは眼中にないらしく、クアットロは愉しげにソフィアたちに話しかけている。

《現在こちらでは、私とお兄様が荷物の確保に動いておりますので───ドクターの探し物のためにも、何より面倒ごとを負わぬよう、是非ともお嬢様方にはこのまま陽動をお願い致します♪》

「いいの……?」

《ええ、ええ、それはもう♪ あーんな連中相手にわざわざお嬢様方が直接手を下すまでもありません。……まあ? よしんばもしそんな機会があるとすれば、それなりに相応しい舞台をご用意いたしますし♡》

「けっ。呼びつけといて舞台もなにもねーだろ、腹黒眼鏡」

《あらあら、お口の悪い。せっかくの()()()出自が泣いてますよぉ、アギトさま?》

「ふん、勝手に言ってろ。あたしらはソフィとルールーが安全なら何でも良いんだよっ」

《うふふふ、頼もしいコトでなによりです♪ ───では、なぁんの問題はなさそうですねぇ? どうやら向こうは、ボレアくんの出番も待たずにガタガタみたいですし♡》

 

 

  11

 

 

《⁉ 新しい、転送反応……!》

「改めて考えなくても、()()魔法だもんね……そりゃ、零距離で来ないワケもないか……ッ!」

A distant summon perception(遠隔召喚反応検知).》

「───来ます!」

 キャロの声が響くや、藍紫の輝きに照らし出された無人兵器がティアナたちの前に姿を現した。

 涌き出てきたのは十二機の機影に、管制室でモニタリングをしていた面々は思わず唇を噛む。召喚士の反応が確認できた時点で、警戒して然るべき事態ではあったものの、このレベルの召喚魔法を行使できる人物がいるというのは、ハッキリ言って予想外の出来事だった。

 転送魔法を行使する場合、重要となってくるのは転送する物体の規模と距離が問題となってくる。

 

 ───どれだけの物量をどの場所に送るか。

 

 言葉にすれば簡単でも、座標の設定と空間を繋ぎ合わせるだけでも相当な精密制御を強いられる上、数の多さや質量の大きさによって更に難易度が変わってくる。

 遠隔地から大量の機体を一度に送り込んで来た今回のケースも、個人の運用によるものだとすれば、恐ろしいまでの資質だと言えよう。

「なんかいっぱい来たァ……⁉」

「ボケッとしないッ! 迎撃、行くわよスバル‼」

「応ッ‼」

「エリオくん、わたしたちも!」

「うん……!」

 ティアナの一声で、四人がガジェットへ一気に飛び掛かる。

 ここまで距離を詰められた以上、悠長に守るだけでは戦線を下げる一方だ。

 転送も一度だけとは限らない事を考慮すれば、ホテルへの被害を防ぐためにも、速やかに転送されたガジェットたちを撃墜する必要がある。

 

(さっきの結界……シャマル先生が張ったんじゃないらしいけど、ロングアーチからの報告を聞く限り味方側の魔法。だから敵側にとっては、閉じ込められて補足されたからガジェットに注意を向けて動いてるってコトになる……はず、よね)

 

 操り手がいるなら、ガジェットで六課の動きを牽制しつつ、退路を確保しようとしている。それは決して外れた推測ではない、定石通りの思考だ。……しかし、どことなく腑に落ちないものを感じるのは何故だろうか。

 

 得てして、予感と言うのは嫌なものほど当たり易い。

 

 ガジェットを迎撃しつつ、敵の動きを観察していたティアナが、自身らの張った防衛線より後方の配置に違和感を覚えた直後。既に敵側は、次の手に出てしまっていた。

 

 

  12

 

 

「うふふ……ビ・ン・ゴ♪ レリックの〝ナンバーⅧ〟、バッチリ確保出来ました♡」

「これで目的は達成だ。……些か拍子抜けではあるが」

「あらあらまぁ、相変わらずの欲しがりさんですこと。仕事は仕事。何事も、円滑に済ませないといけませんよ~?」

「分かっているよ。ただ、外もまだ変化はないようだし、このまま終わりでは面白くないという気持ちも、君なら解ってくれると思うのだがね?」

「イジワルなヒト───あらん、ウワサをすれば♡」

 二つの微妙に色彩の異なった緑系の魔力光が、倉庫の内部を照らし出した。

 先ほどまでの諫めるような口ぶりから一転。その輝きを見て、クアットロは愉しげに口角を上げる。

「君も、ヒトの事は言えないな?」

「ええ。お好きでしょう?」

 軽口を叩き合いながら、二人は倉庫内へ足を踏み入れてきた人影へと向き直る。

(魔力で編まれた……猟犬? 確か、本局の査察官の保有している稀少技能にこれと同じものがあったハズ)

 とくれば、

「動かないでいただきたい! 時空管理局・本局、査察官。ヴェロッサ・アコースです。……荒事は苦手なんですが、これは流石に見逃せない。こんなところでコソコソと何をやっていたのか、少々お話を伺いしても?」

「……やれやれ。お役所仕事というのは、段取り通りにいかなければならないから面倒だ」

「逆を言えば、段取り通りに正当に運ぶ事柄であるなら疑いも抱かれない……違いますか?」

「ハハハッ、違いない。しかし、そこまで言葉を重ねられるなら、もうとっくに此方の目的も、察しがついているのでは?」

「ええ。今回は専門家の手もお借りしているので、凡そは。いかがでしょう、スクライア先生?」

「専門家というのは大袈裟ですが……現状は、非常に疑わしいのは確かです。とはいえ、十中八九と予想が立とうと、確かめなければ此方としても動けません。何しろ、お役所仕事なものですから」

「なるほど……くくく」

 ロッサに促され、ユーノがそう引き継ぐと、いよいよアネモイはぎらぎらと興奮を抑えきれないとばかりに目を輝かせていた。

 傍らで彼らの様子を見守っていたクアットロとしては、そんなアネモイの無邪気さも非常に愛おしく思えるところではあるが───()()()()。済ませなくてはならない用事は、早めに片付けておかなくてはならない。

(彼方はいずれも、拘束系に長けた魔導師。負けが万に一つもないとはいえ、あんまりにも長引かせるのも困りますし……もう一度、お手を煩わせていただきましょうか♡)

 男たちの緊迫を他所に、女は女らしく、策謀を巡らせ彼らを翻弄しに掛かる。

 

 

 

「───おねーちゃん。クアットロたちが、ドクターの探しもの……見つけたみたい」

「よかった。なら、あとは引き上げても問題なさそうね」

 そう呟く『姉』に、ルーテシアは小さく首を振る。

「二人の邪魔をしに、結果を張った魔導師が来てるって、この子たちが」

「外の子たちは、ルーのインゼクトたちが引き付けてる……となると、始めから中に居たのかしら」

 読まれていた? いや、そう考えるのは早計である。

 というより、何かしらの重要な物を護るなら、だいたいの襲撃箇所を予想して防衛線を張っておくものだ。

 奇跡的に見つけた抜け穴など、実際にはそうそう存在しない。でなければ、ここまで大規模な〝引き付け〟を行う意味など始めから無い事になる。

 有体に言えば、運の差だろうか。

 可能性を潰して行くうちに、謀の要点に行き着いた相手側の手腕ゆえの運。そして、上手く事が運んでいたと慢心したこちらの落ち度だ。

 既に出くわしてしまったのであれば、失態は失態として、甘んじて受け入れるべきだろうが───。

 

「だったら、少し手助けがいるわよね?」

 

 生憎と、一〇や二〇で収まるほど、彼女らの手札は少なくはなかった。

 既に結界を張られてしまったのは厄介と言えば厄介だが、それも多少の時間稼ぎに過ぎない。

 ───少女の瞳に、赤い符号の羅列が奔る。

 金色の瞳に写し取られた術式が解析(ほど)かれ、次第に緻密に組み上げられた術式に穴を開ける。

 どれだけ堅牢な城塞も、穴が開いてしまえば忍び込むのは簡単だ。

 ソフィアは愛機へ向け、柔らかな声音で語り掛る。

「もう少しだけお願いね」

命令受諾(Verständnis)

 ソフィアの命を受け、ヒュギエイアは主の声を召喚獣である双蛇に伝達する。

 目的は至ってシンプル。積極的な戦闘は望まないが、邪魔を許す理由もない。故に、こちらの逃走を妨げるものは、すべて排除せよ───と。

 

「⁉」

 薄暗い倉庫の中に、眩い輝きと共に『陣』が生成された。

 系統こそ異なるものの、四角形を重ねたように円を象るそれは、ユーノにとって非常に馴染み深い魔法である。

(召喚魔法……? けど、結界の中にどうやって……⁉)

 困惑するユーノを他所に、アネモイはすっかり熱が醒めてしまったような表情で、小さく「残念だ」と呟いた。

「どうやら迎えが来たらしい。せっかくの機会だが……いずれまた、相見える事もあるだろう。今回のところは失礼するとしよう」

「勝手に話を進めてもらっては困りますね。そう簡単に逃げられるとでも?」

「やだぁ、こっわぁい……ふふふ! 自信を持つのは大事ですケド、自信過剰になりすぎるのは殿方の悪い癖ですよ♪」

「確かにあれは〝門〟。ですけど、誰が素直にくぐるなんて言いました? お迎えが()()と、そう言ったつもりでしたのに♡」

 クアットロの口角が上がると同時。

 生成された『陣』の中から、一対の大蛇が姿を現した。

「な、これは……ッ⁉」

「アコース査察官! 拙い、一度下がって───」

「残ぁ念でした。既にぃ、手・遅・れ・です♡」

 牙を見せ、双蛇がユーノとロッサへ襲い掛かる。咄嗟に盾を張る二人だったが、蛇たちはその障壁を物ともせず───いや、むしろ強引に()()()()()かのようにして、二人へと迫って来た。

 しかし、その牙が二人へ届くことは無かった。

 ロッサの発動していた魔法。〝無限の猟犬(ウンエントリヒ・ヤークト)〟の自立防御が、二人を攻撃から庇ったのだ。

 魔力によって精製された猟犬たちの本来の役割は、対象に察知されない高いステルス性と、知覚した情報を術者へと伝達する探索・捜索能力にある。

 ロッサが捜査官として非常に優秀な腕を持つ所以は、正にこの稀少技能によるものだ。

 が、彼の力は何もそれだけに特化したものではない。猟犬たちは込められた魔力が尽きるまで術者に依らない行動を取る事が可能であり、自身の近くに置いて攻撃や防御に転じた使い方も出来る。そのため、術者本人に危機が迫った場合。今回のように自動的に防御行動を取り、護り手(ばんけん)として機能してもくれるのだ。

 噛み付くつもりが、逆に牙を突き立てられ、蛇たちも面食らったのだろう。

 すぐさま猟犬たちを振り払い、睨み合うような状態になる。

 場が硬直した隙をついて、ユーノとロッサは態勢を立て直し、クアットロとアネモイへと向き直る。

「なかなかどうして……。せっかくの助っ人だったが、どうやら旗色が悪い。稀少技能(レアスキル)持ちでは相手では、こちらの〝解析(チカラ)〟も上手く働かないようだ」

(……上手く、働かない……?)

 アネモイの言葉にどこか引っかかりを覚えながらも、ユーノは今度こそはと、撤退の体勢を取るクアットロとアネモイを拘束するべく魔法を発動する。

「チェーンバインド……‼」

 翳した手の先で煌めく翡翠の陣から飛び出した鎖が、逃走者へと迫る───が、鎖は届く前に敢え無く霧散してしまった。

「⁉」

「……全く、まだ種明かしには早いというのに」

 此方も此方で厄介な話だ、とアネモイは小さく毒づいた。

「まあ良いじゃありません? せっかくのお楽しみですもの、全部が全部ノーヒントというのでは、ちょぉっとばかりお可哀そうですし」

「致し方なし、か」

 言って、アネモイは霧散した魔力を振り払うようにユーノたちの方を向き直る。

 昏い緋色の瞳に呪符が流れ出し、アネモイは自らの力の一端を開放し、場に実体(カタチ)を持って表出させた。

 その形状を言い表すなら、『手』か『翼』という言葉がまず浮かぶ。

 魔力依って象られた身体の拡張と言うだけなら、次元世界では珍しくもなんともない技術だ。

 だというのに。

「「………ッッ」」

 ユーノとロッサは、半ば本能的にそれを恐れずにはいられなかった。

 

「───ほう。きちんと解っているとは。此方としても、披露し甲斐があるというもの。

 では……全てではないが、是非ともご堪能あれ。コレを誰かにお見せるのは、ずいぶんと久しぶりですからね」

 

 久方ぶりの獲物を見つけたと言わんばかりの笑みを浮かべながら、アネモイの背から表出した『手』、或いは『翼』のような不気味な影が、纏う恐れを強調するが如く大きく開かれた。

「───IS・見えざる操り手(アンノウンハンド)

 『悪魔』が、自らに冠された力の名を囁くように告げる。

 ユーノもロッサも、少なくない脅威と向き合ってきた身である。今になって単に怖気づく、など冗談ではない。

 しかし、生物としては最も原始的な威嚇行為程度のそれに、二人の精神は何時の間にか掌握(つかま)れてしまっていた。

(…………これ、は……っ?)

 まるで握りこまれているような圧に、二人は何時の間にか膝を付いていた。

「くくっ……。正気を保っていられるだけ大したものだ。薄弱な意志では、この力には抗えない」

 だから誇って良いとでも言いたげに、アネモイは嗤う。

 しかし、現在進行形でその脅威に晒されている二人からすれば堪ったものではない。

 何とか状況を打破しようと抗うが、一度受けてしまった力の侵食からは簡単には抜け出せなかった。

 簡単に屈してしまわれても興ざめだが、抜け出されてしまっても能力を行使する側の自負に反する。態々こんなヒントまで出しているのだ。少しは愉しませてもらわねば、割に合わない。

「それにしても、ここまで耐える輩も久しぶりだ。最近はどうも手応えの無い相手ばかりでしてね。まあ、あの時も『弟』にほとんど譲ってしまったようなものではありましたが……いやはや、アレもなかなかに弄び甲斐があった」

「うふふ。お兄様ってば、何時までも残る傷だなんて……随分と残酷だこと」

由縁(つながり)は深いほど、いずれ更なる焔を呼び起こすものだよ」

「相変わらず素敵なオコトバ。……ですが、そろそろ潮時じゃありません? そちらのお二方は、まだ随分元気なようですし」

 クアットロが退屈気な視線を投げた先では、ユーノとロッサが苦し気な表情を浮かべ、懸命に圧に抗っていた。

 このままいけば圧し潰す事も出来るだろうが、長居するには、此処は舞台としては浅すぎる。

 目先の事ばかりに囚われても無意味だ。長い時間をかけて積み上げて来たのなら、来るべき時を待つべきだろう。

 それでこそ、取って置いた積み木(オモチャ)にも、壊し甲斐が出てくる。

「では、そろそろお暇するとしよう。お手を拝借できるかな? レディ」

「ええ喜んで♡ ───IS発動、幻惑の銀幕(シルバーカーテン)

ふわりと揺蕩う銀幕の内に、アネモイとクアットロの姿が消えていく。

 待て、と思わず手を伸ばしたロッサへ、猟犬たちの間を潜り抜けた双蛇が迫って来た。

 逃走の邪魔はさせない、という事だろうか。

 不意を突かれ、猟犬たちも自分自身による防御も取れない。加えて、通常の魔法ではこの蛇たちは止められないのは先ほどの攻防で確認した通り。───となれば、防ぎ得る術は一つだけだ。

「───〝イージス〟!」

 そう叫んだ瞬間。ユーノの身体から、淡い翡翠の燐光(フレア)が湧き、蛇の前に中央に赤い宝石が据えられた〝盾〟が出現した。

 二つに開いた盾の隙間から、美しい翡翠の羽根が波紋を広げる。

 共振する淡い燐光を放つ粒子の膜が、物理的な障壁と共に蛇たちの攻撃からロッサを護った。

「「!」」

 ……が、この結果に驚いたのは、むしろユーノとロッサの側だった。

 魔法の通じない相手に物理的な防御手段を取る。これ以上ないシンプルな理屈だ。

 しかし、エネルギーによる防御が通じないのだとすれば、ユーノの愛機である〝ヴァリアントギア〟による防御機構も通用しないのが道理だろう。

 だというのに、実際には機能した。

 これが意味するところは、つまり───?

 

「……困りましたね。思った以上に大きなヒントになってしまいましたか」

 

 ユーノとロッサの思考に割り込むように、アネモイの声が場に響く。

 状況は変わってしまった。一度防がれてしまった以上、戦闘を長引かせるのは更に手の内を教えるだけの握手である。

 始末出来るなら問題は無いが、生憎と()()()()()

「遊びだけのつもりが……少しばかり、遊興が過ぎましたね。せめてどちらか片方だけなら、まだどうとでもなったでしょうに……」

 口惜しいばかりだ。

 と、アネモイは残念そうに呟いた。

 そんな彼を、傍らのクアットロは慰めるように肩を寄せ、腕に腕を絡ませる。

「……ホント、厄介だこと」

 微かに覗く姿で冷たく吐き捨てるクアットロに腕を引かれ、いよいよ銀幕の中にアネモイも消えて行く。

 一矢報いたものの、それを止めるには先ほど受けた()()の余韻が邪魔をする。

 ぎり、と歯を食いしばる二人を見て、少しは気が晴れたのだろうか。

「───ああ、そうそう。我々はこれで退きますが、『弟』はまだ遊び足りないようでしてね。十分にお気をつけください」

 最後にそう言い残して、にたりとした嗤みと共に───今度こそ完全に、アネモイとクアットロの姿は銀幕の内に消えてしまった。

 

 

 

「ぐ……っ、申し訳ありません。不甲斐無いところを」

 去り行く敵の背を見送りながら、ロッサは苦々しそうに呟いた。

「いえ、そんな……」

 応えながらも、不甲斐無い思いをしていたのはユーノも同じだった。

「とにかく、はやてたちに連絡を。今ならまだ、逃走を防げるかもしれませんし……」

 そう口では冷静に言葉を紡ぎながらも、敵の能力を直に感じ取ったユーノとロッサは、恐らくそれが難しいだろう事も判っていた。

「…………ッ」

 改めて、己の失態に恥じ入る。

 ……守り切れなかった。自分から出張っておいてこれでは、情けないにも程がある。

 しかし、先ほどの攻防。決して勝利とは呼べないものの、全くの無駄という訳でもなかった。

「……先生も、気づかれましたか?」

「はい。まだ確信には至っていませんが……恐らく、二つのうち一つには」

「奇遇ですね。僕も同じことを思っていました」

 ユーノに肩を借りながら、ロッサは自身の感じ取ったものに対する見解を述べ始めた。

「初めに使っていたあの魔法。───アレは恐らく、僕の〝思考捜査〟に近い、精神に干渉する系統のものでしょう。それも、組み立てられた術式というよりは、もっと先天的な……稀少技能のような」

 ロッサの見解を受け、ユーノも薄々感じていた疑念に対する方向性を得た気がした。

 そして、最後の逃走に使用された迷彩能力。……アレもまた、稀少技能の類いなのだろうか。

 

 ───いや、それ以前に。

 ユーノの中に引っ掛かりとしてあるのは、もう一つの方だった。

 

「……スクライア先生? どうされました?」

「いえ……最後の、盾と召喚獣と思しき蛇がぶつかった時なんですが」

 あの瞬間。それまで魔法の防御を食い破っていた蛇に、ユーノの魔法が効果を示した。厳密に言えば、少々特殊な要素を付与した魔法が、であるが。

 更に、この予想が当たっているとすれば。

「……ずっと、考えていました。この事件が、一体どこへ帰着するのかって」

 ユーノ言葉に、ロッサも頷いた。

「僕たちの想像以上に、この事件の根は深いのかもしれませんね……もちろん、杞憂であったのなら、それが一番良いんですが」

「……ええ。本当に」

 分かるまでは、戦い続けなければならない。

 男たちは、今更のように覗き込んだ闇の深さを実感しながら、いっときの敗北の苦さを噛み締めていた。 

 

 

  13

 

 

 ユーノとロッサが懸命に立ち上がろうとしていた頃。

 彼らからの連絡を受けたはやてを通じて、フォワードメンバーの元にも敵側の情報が届いていた。

「はぁ……は、あ……‼」

 この連絡に、いち早く反応したのはCGのティアナであった。

 敵側が逃走を企てているとすれば、それを許すまいと思うのはもちろんだが、仲間と接触する可能性も極めて高い。

 おまけに敵側は複数人で行動しており、ホテルの倉庫区画で目撃された者たちは、件の召喚士ではなかったという。

 となれば、上手く敵側の動きを読めたなら、一網打尽にすることも。

《ティアっ、ちょっとティアってば! 独りじゃ危ないって!》

「大丈夫よッ。マップを一番見てて、動けるのがアタシなんだから! ……深追いはしない。相手を見つけたらすぐ応援を呼ぶわ」

《でもっ……》

 相方の心配そうな反応に、ティアナは大丈夫だとその静止を振り切って駆け出していた。

 スバルの心配も判る。だが、敵は召喚士であり、近接戦闘になる可能性は低い。ならば格闘型のスバルではなく、ティアナの方が遠距離から複数人を相手にするには向いている。

 欲を言えばキャロにも着いて来て貰えたなら一番良かったが、既に内部への侵入があった事を考えれば、これ以上守りを薄くするわけには行かない。

 だからこそ自分自身が密かに動き、接敵後に増援を要請する形の方が、布陣を維持し易いとティアナは踏んでいた。

 ───しかし、

 

「ほう、これはこれは……」

 

 幸か不幸か、標的は自ら進んでティアナの前に姿を現して来た。

《? ……ティア? ティアっ? どうしたの……⁉》

 相方の念話(こえ)が遠くなる。意識が目の前の相手へ引き寄せられていく。(くす)んだ琥珀色の双眸から向けられる視線が、否応なく敵意に晒されているのだと実感させてくる。

「……逃走しているのは、二人一組って話だったと思ったんだけど」

「期待通りで無かったのならすまない。でもね、そちらに行かせないのがオレの仕事でね。悪いが我慢してもらえるかい?」

 問答さえ必要ないとばかりに青年、ボレアースはティアナに告げてきた。

 が、

「生憎と……こっちも仕事上、あなたを逃がすわけにはいかないのよね。

 時空管理局、古代遺失物管理部・機動六課所属。ティアナ・ランスターです。警告します。武装を解除して、両手を頭の上に───」

 自らの所属を示しながら、ティアナが警告を発する。しかし、相手は警告を意に返する事もなく、何か別の事に気をそいでいるようだった。

「──────」

「??? ちょっと、聞いてるのっ⁉ あなたが主犯ってワケじゃないみたいだけど……一般の施設に対する襲撃行為。おまけに無人兵器の大量使用。以上二つの違法行為により、あなたの身柄を拘束します。聞こえているなら、速やかに武装解除を……」

 と、ティアナが再度相手を糾すが、相変わらず向こうはティアナの存在を意に介してもいなかった。───いや、ある意味その存在に囚われていると言っても良いのか。

 興味深そうにティアナを値踏みしながら、

「ふふふ。まったく真面目だな、君は。……ああ、本当に〝彼〟にそっくりだ」

「? 何のことか知らないけど、話はあとでゆっくり聞かせてもらいます。もうすぐ此方にも増援が駆け付けます。抵抗しない方が身のためですよ。これ以上罪を重ねたって……」

「おや、覚えていないのかい? まあ無理もない。ずいぶんと前のコトだからね。オレとしては、つい昨日のように追い出せるが……実際は、九年近く前だったか。あの戦いは」

 急に飛び出してきた言葉の意味を図りかねて、ティアナは青年へ訝しむような視線を送る。

 九年前とは何の話だ。

 だいたい、その頃のティアナはまだ初等科の一年生になったばかりである。そんな小さい時の事を、見ず知らずの人物に指摘されるなんて───。

「ちょうど今の君と同じように、彼も一対の拳銃型端末(デバイス)を構えていた。言葉遊びにはあまり興じてもらえなかったが……あの短い戦いの中でも、随分と楽しませてもらったよ」

 そう思っていたティアナだったが、続けられた言葉に思考が止まる。

 

「…………、は?」

 

 薄れ始めていた過去が、再び脳裏を埋め尽くす。

 九年前にあった、とある出来事。それは彼女にとって、ようやく折り合いをつけることが出来そうだった記憶。

「……っ」

 ゾッと、背筋を走り抜けた悪寒に苛まれ、銃把を握る手に力が籠る。

《ティア! どうしたの⁉ やっぱり、あたしもすぐそっちに───!》

 今になって、スバルからの念話が途切れる事なく自信に呼びかけ続けていたのを認識した。

 次第に意識と肉体が乖離しそうになる錯覚に襲われ、ティアナは「それ以上、口を開かないでください」と、冷静さを欠いた警告を続ける。

 だが、それは相手側にとって絶好の隙になったのだろう。

 

「ふふふ。───さて。君もまた、オレの『敵』足りえるのかな?」

 

 気づけば、半ば本能的に。

 敵が何時の間にか手にしていた小銃が火を噴くのを、ティアナは咄嗟に相殺しようと射撃魔法を放っていた。

 ……しかし、現実は無常なまでにあっさりと。

 ティアナの放った魔力弾を掻き消し、敵の放った光弾は、正確無比にティアナの身体を撃ち抜いていた。

 

 

 油断していたつもりはなかった。

 しかし、事実としてティアナは何が起こったのかを理解する間も無く、固い地面に力なく転がされていた。

 

〝───なに、が……?〟

 

 起こったというのか。

 理解が追いつかず、ティアナは目の前で起こった現象が飲み込みきれていない。ただ自分が地面に転がっているという現実だけが先行し、実感が伴なっていなかった。

 が、それも長くは続かない。

 今し方受けた、左肩への攻撃。防護装束(バリアジャケット)すら貫通しかねない衝撃が痛みとなり、じわじわと身体を侵し始める。

 遅れてやって来た『実感』に襲われ、困惑するティアナに敵は言う。

「残念だ。彼はなかなか愉しめそうな魔道師(あいて)だったんだが……まだ君には荷が重かったかな?」

「……か、れ……?」

 尚も繰り返される言葉に釣られて、思わず敵の言葉を反芻する。誰かと自分を重ねているらしい言葉に、ティアナの戸惑いは深まるばかりだった。

「ん? ああ、これは失礼。オレたちの悪い癖だ。あまり他者と同一視するというのは、普通ならあまり好ましくはないね。尤も、彼は随分と君を案じていたようだし、君にとっても彼は好ましい人物ではあるんだろうけど」

 なんとも引っかかる言い方だ。

 どういう理由で自分を相手に選んだのかは知らないが、なんだか随分と、敵のいう『彼』は自分に近しい人物であるように聞き取れる。

 だが、こんな正体不明の輩を相手取ったなんて言う話は誰にも。───否、本当は既に思い当っている。それでも言葉には出来なかったのだ。何故ならティアナにとって、目の前に立ちはだかる現実は、あまりに直視し難いものであったから……。

 

「全くもって残念だよ。同じ筋書きなだけに、余計に口惜しい。彼が覚えていてくれたなら、君が『兄』から学べる状況であったなら、もっと心躍る戦いであっただろうに」

 

 けれど、もう逃れられない。その口から発せられる一言一言が、負った傷以上に、着実にティアナを蝕み続けている。

「……ま、さか」

 耐えかねて、そんな言葉が口を衝く。

「おや、覚えていたのかい? 確かあの時の君は、随分と幼かったらしいと聞いていたんだが」

 ティアナから覗く怯えすら愛おしいとでも言わんばかりに、敵は笑みを浮かべる。

「随分苦労したらしいが、こちらも命令(しごと)だったからね。致し方ないとはいえ、悪戯にいたぶるのは趣味じゃないしね……」

「……やめ……」

 しかし、懇願するような声に耳も貸さず。

「本当に残念だった。ああ───出来る事なら、最後まで削り合いたかった」

 事もあろうに、ボレアースはそんな巫山戯けた言葉を口にした。

 

「……もう、やめてぇぇええええええええええっ‼」

 

 怒りのままに、ティアナは術式を走らせた。押さえつけられていようと関係ない、自分に及ぶダメージも度外視で、ただ目の前に在る悪夢を晴らさんと橙の輝きを解き放とうとして───。

 

「ダメだよ、それじゃあ遅すぎる。警告はしたつもりだったんだがね、まだ君は拙いと」

 

「…………ッ⁉︎」

 矜り故の怒りは、呆気ないほどあっさりと、知らぬが故の不条理によって掻き消されてしまった。

 平時のティアナであったなら、多少なりとも目の前に敷かれた異常に気づけただろう。だが、冷静に分析に徹せよというには、あまりにも彼女の前に立ちはだかったモノは不条理すぎた。

 決して世界が正常な理のみに守られているわけではない。魔法技術の多様性を鑑みれば、誰だって判る事だ。大なり小なり、世界の歪みは身の回りに潜んでいる。……だとしても、歪みそのものが目の前に現れれば、無知でない人間にも容赦なく蹂躙するものなのだと、ティアナはこの刹那に思い知った。 

 呆気なく、魔法を()()()()()衝撃に、ティアナは大きく目を見開いた。

 開けた視界には、今の彼女にはどうやっても祓い退ける事の出来ない不条理が悠然と佇んでいる。

 

「やはり、摘むにはまだ早かったみたいだね? ようやく戻って来そうだと聞いたから、芽吹いているならもっと愉しめると思っていたんだが……」

 

 理を外れた言葉が投げかけられるたび、ティアナは歪められていく意識に溺れてしまいそうだった。

「『兄さん(アネモイ)』の方も想定に無い漏洩(ネタばらし)があったようだし、オレも出てくるのは少し早かったみたいだ。種には、もう少しばかり時間(みず)を与えるべきだった、という事かな? ───尤も、オレは奪うしか出来ないんだけれど」

 最後にそう呟いて、ボレアースはティアナの方へ一歩ずつ近づいてくる。

「さて、ただ吐き出すだけでは勿体ない。拙いとはいえ、君も資質を持っている。なら、味わっておかなければ損というものだろう?」

 

 

「君の生命(いのち)は、どんな味だろうね」

 

 

 憧れを壊した張本人に見下ろされながら、耐えがたい屈辱と激高に苛まれる。許容を超えた理不尽を注がれて、ティアナの心裡は次第に硝子のように罅割れ始めていた。

「…………ま、って……」

「ん?」

 耐えがたかった。

 何でも良い。今すぐ、目の前の悪夢を封じる手立てが欲しい。

 そうとも。これを消し去れるのなら、たとえ、手を差し伸べる存在が悪魔であったとしても構うものか。

 だから───

 

「───黙れ、って……言ってんでしょォォォおおおおおおおおおおおおおッッッ‼‼‼」

 

 ティアナの握りしめられた手の内で、ガシュンガシュン! と、弾倉が唸り上げ、通常では考えられないほど無茶な魔力付与(ローディング)が行われる。

 弾倉内に込められた四発全てを呑み込んで、更に限界まで魔力を一点に注ぎ込み、もはや魔法と呼べるかも怪しい魔力の塊を、ティアナは我武者羅に敵目掛けて撃ち放った。

 それを見て、敵は何を思ったのだろう。

「───クク」

 決死の特攻を嘲笑うでもなく、むしろ敵は待っていたとばかりに満足そうな嗤みを浮かべて、ティアナの攻撃を見つめている。

 なおも余裕を崩さない態度に、いよいよティアナの方も耐えられなくなり、まるっきり獣じみた叫びを上げながら全力の攻撃に出た。

 しかし、それを向けた先には。

 

 

 

「───ティアッ‼」

 

 

 

 全く予想だにしていなかった姿があった。

 

「「………………、ぇ?」」

 

 瞬間。沸騰していた頭が急速に冷え、改めて現実を認識し始める。

 今度こそ、何が起こっているのか判らなかった。何より、理解したくなかった。

 だっておかしい。目の前の理不尽を祓い退けようとしていただけなのに、どうしていつの間にか、自分で自分の仲間に銃口を向けてしまっているのだ───?

 

「───ただ倒そうというのではダメだよ、お嬢さん。それだけでは、あの輝きを生むことはできない。

 〝あの時〟もそうだった。

 単なる戦いの結果だけでは、不条理に折り砕かれる。覆すには、きちんと自分の大事なものを理解しないと。たとえ、それを自分自身の手で壊すとしても、ね───」

 

 完全に弾道(しゃせん)から外れた場所で、悪魔が囁き掛ける。

 望んだものとは違う。願った事柄を、恐らくは最大級の悪意で歪めながら、決して目の前の事実から目を逸らさせまいと。

 

「さあ……君はどうするのかな?」

 

 囁き掛けられた声に、ティアナは時間が止まってしまったような錯覚に陥った。

 鼓動の音が聞こえなくなり、心臓が凍り付く。

 息も吸えないほんの刹那。何度繰り返したのかも判らない悪夢の中を彷徨っていると、いつの間にか、悪魔が背後に立っていた。

「壊れるか、より輝くか……オレとしては、君とも〝次〟があると嬉しいんだが」

 悪魔の手が、ティアナの肩へ伸ばされる。

 何もかもを奪い去り、最後に残ったひと欠片までも抉り喰らおうとして。

 

IS(インヒュレートスキル)───貪欲なる暴食者(グラ・アヴァリティア)

 

 紡がれた起句を聴き、ティアナは本能的に身体が強張る。それは、肉食獣を前にした草食獣の心境に近い。自分の力では決して敵わないと思い知らされるような、圧倒的な存在の差を自覚されられている気分だ。

 自分の攻撃が仲間を傷つけ、自分自身も崖っぷち。

 覚める事のない現実の全てが、彼女の心を追い詰める。

「…………ぁ、ぁ……」

 凍り付いていた時間が融け始める。

 ティアナの肩に触れる悪魔の手の気配。方に付けられた傷口から何かが溢れ出し、激しい痛みがティアナを襲う。

 しかし、もはや声を出す事も敵わない。

 ただ奪われ、蹂躙されるのみ。状況は悪化の一途を辿っていた。

 スバルの眼前へ迫る弾丸。痛みによって白熱した視界へ、逃れようのない現実が写っていた。

 そうして、着実に近づいてくる死の予兆が、動き始めた時の流れを知覚させる。

 

 ……が、それでも。

 何もかもが踏みにじられ、流れ出した時の中へ───紅い軌跡を描きながら、飛び込んできた一つの影があった。

 

 

 

「テートリヒ……シュラァァァ───クッッ‼‼‼」

 

 

 

 ドガァンッ‼ と、激しい音を立て、スバルを貫こうとしていた魔力弾が弾き返され、ティアナへ追い打ちを掛けようとしていたボレアースを狙う。

 射出の勢いを殺さないまま受け止められた魔力弾は、打ち返された勢いまでも併せられたような強烈な一撃と化す。

 躱された魔力弾が着弾した地面は、込められた魔力量を物語るように大きく抉られていた。

「反射に近い……が、正確には〝受け止めて打ち返した〟というべきですかね? 弾殻を壊さずに好きな方向へ返せるとは。流石は古代ベルカ式の使い手といったところでしょうか。

 それにしても、思いのほか早い到着だ。あなたが此方へ来るまで、もう少し掛かると思ったのですがね?」

「助っ人のおかげでな。それにこれ以上、グズグズしてられねーだろ」

 ボレアの言葉に、素っ気ない答えが返ってきた。幼く響きを持つ声音に込められた、隠しきれない怒気が場に漂っている。

 

「───随分と、ウチの新人をイジメてくれたみてーだな」

 

 紅い騎士甲冑に身を包んだ、槌型の魔導端末を持ったシルエットは、正に。

「ヴィータ副隊長……!」

 スバルの声を背中に受けながら、ヴィータは眼下のボレアースを睨みつけた。しかし、ボレアースは涼しい顔で、ヴィータの視線を受け流し、こんな事を宣い始める。

「いやはや、人聞きの悪い。戦いの上であれば仕方のない事でしょうし、それに良い機会だとも思いますよ? 自分の力の及ばない強者(りょういき)を目の当たりにするというのは。()の〝鉄槌の騎士〟は、ウワサに聞いていたよりずいぶんとお優しいようだ」

「ふざけろ、タコ。上を見るにしても、踏み潰してたら育つもんも育たねーだろ。物を教える、っていうのはそーゆーコトじゃねぇんだよ。

 後な。お前の聞いたのがどんなウワサか知らねーけど、半分は間違ってねーと思うぞ。仕事とはいえ、身内を踏みつけにされて平然としていられるほど、アタシは穏やかな方じゃねーからな───大人しくしてろよ。じゃねぇと思わず力が入っちまいそーだ」

 ギロッ、と敵意を剥き出しにするヴィータの視線を、ボレアースは愉しそうに受け止める。

「なるほど。百聞は一見に如かず、というワケですか」

「ああ。しっかり焼き付けとけよ、意識を失う前にな」

 鋭い視線が交錯する。しかし、火花が散りそうな熱量とは裏腹に、場は静寂に包まれていた。

 互いの一挙手一投足を見逃すまいと、次の動きをじっと読み合う。

 そうして、数拍の間を置いて───まるで示し合わせたかのように、ヴィータとボレアースは一直線に間合いを詰め、手にしたそれぞれの得物を激突させた。

 

「「ハァ───ッッッ‼‼‼」」

 

 がぎぃぃん! と、ぶつかり合った衝撃が場を震わせる。

 ヴィータとボレアースの機動が交錯するたび、激しい余波が周囲へ撒き散らされ、粉塵が舞う。

「っ、ぅ~~~……⁉」

 降りかかってくる余波に、スバルは思わず腕を前に構えて顔を覆った。

 先ほどまでの静寂とは一変し、空中を縦横無尽に飛び回る紅と黒の輝きが光の尾を引きながら、幾度となくぶつかり合う。

 だが、魅入って惚けてはいられない。

《スバル! あたしがコイツを引き離す、その間にティアナのとこに行け! 正直、かなり手ごわそうだ。さっきみたいな事もある。シグナムたちがこっちに来るまで、お前も気ぃ抜くなよ‼》

《は、はい……っ!》

 ヴィータの飛ばした念話を受け、スバルは急いでティアナの元へ駆け寄った。

「ティアっ……ティアってば……!」

 あまりにも色々な事柄が重なり過ぎた為だろう。

 意識を手放したティアナの身体はだらんと力なくスバルに抱えられたまま、呼びかけに応える事は無かった。

「───っ」

 噛み締めた歯が、ぎりと音を立てる。

 ここに至るまでの様々な感情が綯い交ぜとなり、今すぐにその原因に殴りかかってしまいたいくらいだったが───悔しさを噛み潰しながら、スバルは何とか冷静さを搔き集め、先ほどのヴィータの言葉を護るためにその場に踏み留まっていた。

 (はらわた)が捻じれ狂いそうだが、頭上で起こっている戦いに嘴を挟めない事は、あの二人が一合打ち合った瞬間に理解していた。

 緩急なんて言葉ではとても言い表せないほどの、静から動への切り替えの激しさ。一瞬で場を塗り替えてしまった強者たちの戦いから、スバルは目を離せなかった。

(速さとか、パワーとか……単純な数値だけじゃない。この戦闘を組み立ててるのは、そういう基本の上にあるもの……)

 知識と経験が培う技術。そこから派生する戦術や戦略による手数によって、あらゆる状況に対応出来る『戦い方』が生まれるのだ。

 ……だが、それだけでは足りない。

 相手が自分と同じだけの手数を有しているのなら、戦いの行方を左右するのは、そうした攻防の均衡を破る『自分自身の強み』だ

 これだけは絶対に負けない。そんな『型』を活かし、自分の土俵に相手を引きずり込むかにある。

 だというのに。

(───なんだ、コイツ……?)

 数合の打ち合いを経て、ヴィータは敵の戦い方に違和感を覚えた。

 相手の隙にさせない立ち回りをしているつもりだが、それでも奇妙な事がある。

 何故、さっきから〝魔法〟を使ってこない?

 術式を組む素振りもなく、ヴィータの愛機であるアイゼンと互角に打ち合っている。単純な魔力付与だとしても、必ず発動の所作は感じされる筈だ。

 なのに、それが無い。

「ふふ……!」

「⁉ ぐ、こ……の!」

 にも拘らず、打ち返される一撃の重さは、並大抵の威力ではなかった。

 滅茶苦茶だ。定石などと言う言葉で片づけるつもりもないが、少なくともミッドを始めとする管理世界での基軸からは完全に外れている。これではまるで、イリスたちと初めて戦った時のような───。

 

 そこまで考えて、ヴィータは改めて敵を注視した。

 

 当然、完全に記憶通りという訳でもないし、差異もある。……だが同時に、その視点に立ったがゆえに見える共通点もあった。

 

「…………お前、『何』なんだ……?」

 

 思わず口を衝いて出た言葉こそ、ヴィータの感じた印象をそのまま現わしていた。

 かつての戦いによって紡がれた絆に、得体のしれないモノがまとわりついているような感覚。現時点で全てを解き明かした訳ではないが、着実にいま、ヴィータは世界の裏側を覗いている。

「───おや。此方も、ヒントを出し過ぎましたか? これでは『兄さん』のコトを言えませんか……」

 ですが、と、ボレアースは嗤みを浮かべながら、ヴィータへ勢いよく詰め寄って来た。

「オレは『兄さん』ほど勿体ぶる性質(たち)でもないのでね。出し惜しみというのは好きではないのですが」

「ちっ、くしょうが……! 勝手なコト言ってんじゃ、ねぇよ‼」

「おっと───」

 振るわれたヴィータの〝鉄槌〟を躱し、ボレアースは再び距離を取る。

 睨み合いに逆戻りだが、両者の表情は、最初の時点とはまるで異なっていた。

「はは、良い表情(かお)になりましたねえ」

「……言ってろッ!」

 薄ら嗤いを浮かべるボレアースの様子に、ヴィータは怒鳴り返し、アイゼンを構え、カートリッジを読み込ませる。

「行くぞアイゼン……!」

「ならば、こちらも───もう少し、サービスしておくとしましょうか」

 そう口にするや、ボレアースの周囲に燐光が舞う。

 高まるエネルギーの波動に、ヴィータは先手を打たんと畳みかける。

「ラケーテン……!」

 しかし、ボレアースの機動速度はそれを上回っていた。

 

「システム『ヴェルテクス』───エクスプロード・ドライブ!」

 

「⁉」

 振るった鉄槌が空を切る。

 初動は明らかにヴィータの方が早かった筈だ。だというのに、敵は既に彼女の背後を取っていた。

 忌々しく思えそうな燐光の瞬きが、迫る刃の軌跡を鮮明に描いている。

 差し迫る刃を目の端で捉え、ヴィータはぎりと歯噛みした。

 悪手だった。攻め気に逸り、勝負を急いでしまった。……尤も、それ自体乗せられていたのかもしれないが。

「く……ッ‼」

 回避も防御も難しい。打つべき手を見出せないまま、張りつめた時間は進み、刻一刻と死の気配が(にじ)り寄る。

 殺った。そう確信し、ボレアースがほくそ笑む。

 滑らかに弧を描く太刀筋は、正確無比にヴィータの首筋を狙い澄ましている。

(───ヤベェ……⁉)

 微かな望みを賭けて、ヴィータはアイゼンの噴出を利用して、僅かでも敵の狙いから外れようとする。だが、敵の攻撃の方が僅かに早い。

 かに思われたが。

《Shoot ballet.》

 一条の茜色の光を放つ魔力弾が、騎士と悪魔の間に割り込んで来た。

「「──────⁉」」

 それは、想像の埒外にあった出来事であると共に。

 一方では、待ち望んでいた望外の幸運でもあった。

 威力としては羽虫に刺されるのと変わらない。少なくとも、戦いに割り込めるほどの華々しさは無い。

 

 けれど、そんな吹けば飛ぶような灯が、場の流れを一変させた。

 

 生まれた僅かな余剰が、届きそうだった刃からヴィータを(のが)がれさせた。

 決していた生死の行方を歪められ敵は自由の身になってしまった。───が、ボレアースにとってはもはや勝敗など些末な問題でしかなかった。

「──────…………ッ」

「…………~~~っ‼‼‼」

 痛めつけても、踏みにじっても。どうあろうと、決して絶える事のない輝き。

 生み出されてからまだ二桁の刻も過ごしていないボレアースにとって、それを見たのは障害で二度目の事だった。

 悪魔の口元が愉悦に歪む。見据えた先の、光の薄れた青い瞳の奥には、それでもなお、ギラギラとした炎が燃えていた。

「最高だ……正に、望み通りだ……‼」

「よそ見してんじゃねえ‼」

 その視線をティアナから外すべく、ヴィータがボレアへ攻撃を仕掛ける。

 しかし、ボレアースは既に満足しきった様子で、いっそ腹ただしいほど晴れ晴れとした表情で、この戦いを放棄していた。

「久方ぶりに、良いものが見られましたね……今回は、これで十分だ。お遊びも過ぎると、姉様にも怒られてしまいますから」

「ざけんなッ、このまま逃がすとでも……!」

 ボレアースの態度を受け、ヴィータが怒鳴りつけるも、当人は「ああ、逃げるとも」と言って憚らない。

 そして、その自信(ワケ)は直ぐに判った。

 

「うふふ……ずいぶんと愉しめたみたいじゃなぁい、ボレアくん?」

「すまないが、もう時間になってしまったよ、ボレアース」

 

 帰るぞ。と、不意に現れた新たな敵の姿に、ヴィータは思わず気取られた。

 二人組は、スバルとティアナへ銃口を向けており、躊躇いなく撃ち放たれた光弾から教え子たちを守りに動いたヴィータの隙を突き───現れた時と同じように、幻惑の銀幕の中に融けて消えてしまった。

 

 

 

 ───場は静まり返り、遠くで残った機械兵器が撃ち墜とした音だけが厭に大きく聞こえて来る。

 

 そうして上空と地上で、愛機の柄に篭もる力が増した、或いは抜けた頃。

 一人の少女の残った意識が途切れたのに合わせ、ロングアーチより前線メンバーへ向け、状況終了を知らせる声が届いたのだった。

 

 

 

 

 

 




 本話からお越しの方は初めまして。前作やプロローグ、設定等からご覧いただいている方々は、改めてお久しぶりでございます。

 本当にどれだけ待たせるのか、と、自分でも自分に呆れ果てそうなところではございますが……それでも何とか、創作の舞台に踏みとどまることが出来ております。

 ここ数年で様々な環境の変化もあり、順調に年を重ねるばかりとはいかないものの、どうにかこうにか第七章の完成に漕ぎつきました!

 丸一年近い時間をかけてはしまいましたが、ようやくお届けできる事を、何よりも嬉しく思います。

 特に原典のStSにおける第七話は、物語にとってもかなり大きな転換点でございますので、その部分に当たる今回の話も、非常に悩ましいところも多くありました。
 実際のところ、これで良いのかは書き終わった今も確信できてはいませんが……今後の第八章、九章へと続く一段階として自分なりに考えた形が、少しでも皆様の今後への期待に繋がっていたならば幸いです。

 今回はキャラも状況も詰め込みはしましたが、その中で今後どう繋がって行くのかが一番大事な部分ではあるので、序盤の追加キャラについてはなるべく劇場版時空から連想して不自然でなさそうな感じで出しては見ました。……設定集でしか出せてなかったLCMの名前もここらで出しておきたかったのもありますが←

 欲を言えば、○○-○○の名称も出してしまいたかったところではありますが……これは非っ常に迷いましたが、今回は見送りました。
 ───まあ、察しの良い人はとっくに気づいてそうではありますが(結局出し惜しんでるのは内緒

 加えて、前話の六章でエルトリアメンバーも結構出ていたので、八章でのやり取りなどを考えると、ここは襲撃の部分を多めにスポット当てておきたいなというのも。

 それでどうにかこうにか、欲望に塗れて組み立て辿り着いたラストパート。

 本作では原典に比べ、やや登場人物たちの繋がりが深まっているほか、相関図が微妙にマイルドになっていることもあり、前話でティアナが兄であるティーダさんと話せたことで、最初の方は前向きだけど『認めさせるために証明する』や『自分は周りよりも劣っている』といった意識が薄めになっております。
 だからこそ、先走るにしても独断や無茶が劣等感に起因しない分、無謀なだけのミスは起こりにくくなっていました。

 一方で、残されているからこそ、護られていると分かっているからこそ辛い事もある。

 そんな状況に後半では追い詰められ、ミスショットに繋がってしまいます。
 大切なものだからこそ、誰かに傷つけられたら怒りもすれば、自分の手で傷つけてしまう事に恐怖もする。

 貶されたことが許せず、しかし怒りが自分自身の手で仲間を傷つける結果を招いてしまう。

 また、奪われそうになるかもしれない。
 踏みにじられるかもしれない。
 だから、倒さないといけない。

 未熟ゆえの部分もありますが、それ以上に真正面からの悪意を受け止めるには、この時点のティアナには荷が重いのはあります。

 最も望むことは何で、成し遂げるにはどうすれば良いのか。そして、その上でどう在りたいのかを探していく。
 それこそが、この七~九章で描くべきRef/Det IF時空でのティアナの成長なのかなと思います。


 正直、難しすぎる命題ではありますが、頑張って第九章まで書き連ねていくので、今後もお読みいただければ幸いでございます……!


 とまあ、大まかなあとがきはこんなところで。

 今回もここまでお読みいただきましてありがとうございます!
 更新頻度はゆっくりですが、少しずつでも物語を書き進めていけるよう頑張りますので、今後とも楽しんでお読みいただければ幸いでございます。

 では、今回はここでいったん筆を置かせていただきます。
 重ねて。お読みいただき、本当にありがとうございました……‼

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