魔法少女リリカルなのはStrikerS ~The After Reflection/Detonation IF~   作:形右

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 ※ 今回は『まえがき』と『あとがき』をお読みになることを推奨いたします。


 どうもお久しぶりでございます。
 大変お待たせいたしました、ようやっとの更新に至りました駄作者です。

 前回の更新から四ヶ月も経ってしまいすみません
 ツイッターの方では生存しており、偶に絵やssくらいは書いてはいましたが、どうにも長い小説を書くのにスランプみたいな感じになっておりました。……まぁ、二次創作にスランプというのも違うかもしれませんが(汗

 しかし、それでもどうにかここまで来ました……!

 今日のPrologueⅡと、恐らくは今夜零時ごろにPrologueⅢを連続で投稿させていただきます。
 実際にはⅡはもう少し早くできていましたが、話の関係上、間を置かずⅢを投稿したかったので、少し遅らせてしまいました。
 詳しくはあとがきで書かせていただきますが、最初に端的に、ネタバレにならない程度に前置きをさせていただくと……

 今回の話にはユーノくんが出ておらず、言ってしまえば幕間みたいな話になっております。もしかしたらここまでにしなくてもよかったかもしれませんし、ユーノくんを混ぜようと思えば混ぜることもたぶん出来たかもしれません。
 もしかすると、先んじて本編に入ってからの簡潔な説明でも良かったという可能性もあるかもですが、前回のまえがきに書いた通り、設定かなり弄ってるので、それを書いておきたいという欲が出てしまいました。
 それをどうにかこうにか書き表していったら、今回の様な話が出来上がった、という感じです。

 ともかく今回と次回で、一応はこのシリーズの設定で変更した部分の土台は完成するのかな、と思います。
 正直、自分は設定を調整するのが下手な人間です。
 なので、あまり今回の話も上手く組み立てられてはいないかも知れません。しかし、それでも自分なりの全力を尽くして書きましたので、多少なりとも面白いものに仕上がっていたのならば幸いでございます。

 あとがきで書くと言いつつ、そこそこ長くなってしまいましたが、一先ず前置いておくことは、大凡こんなところでしょうか。

 加えて、宣伝じみていますが、一応初めての方もいらっしゃるかもしれませんので、前作へのリンクを、今回も貼らせて頂きます。もし宜しければ、既読の読者様もまた読んでいただけたなら幸いでございます。
 https://syosetu.org/novel/165027/


 では以下、恒例の簡易注意事項でございます。

 ・お気に召さない方はブラウザバックでお願いいたします。
 ・感想は大歓迎ですが、誹謗中傷とれる類のコメントはご勘弁を。

 それでは、本編の方をお楽しみいただければ幸いでございます───!



Prologue_Ⅱ ──Encounter──

 新暦七一年十月 首都(クラナガン)、動乱

 

 

 

 古においては、昼と夜の入れ替わりを『逢魔が時』と呼ぶ事がある。夜に()るという事は、つまり魔との遭遇に至り易くなる───という事らしい。

 今日のミッドチルダの様相は、正にそれであった。

 深夜にはまだほど遠い、暮夜の頃。ミッドチルダの首都・クラナガンでは、街の異常を示すけたたましい警戒警報(アラート)が鳴り響いていた。

 

 昨年の初めに起こった未知の機械兵器が出現に際して、管理局は警戒態勢を敷いた。

 しかし、一年という月日は人々に危うさを忘れさせ、次第に日常(あたりまえ)の中に意識を置き換えようとしていた。クラナガンを警戒警報(アラート)が震わせたのは、ちょうどそんな時であったという。

 

 新暦七一年の十月。

 ミッドチルダで、新たな事件が巻き起こる。

 

 これが、今回の始まり。

 更に先へと続く、大きな嵐へと向けた厄災の欠片───その二つ目であった。

 

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 警報が響く少し前。中央から少し離れた路地裏で、大きなケースを持った少年がどこかと通信を行っていた。

『では、例の品は手に入れられたんだね?』

「もちろん、滞りなく」

 問われた事柄に、少年は当然とばかりに応えた。その返答に、通信窓(ウィンドウ)の先にいる男は満足そうに頷き、言葉を続ける。

『それは何よりだ。───では、最後の仕上げに取り掛かってもらうとしよう』

「オレも人の事を言える性質(タチ)ではないですが……やっぱり随分と良い趣味してます(余興が過ぎます)ね、父さんたち(ドクター)も」

『そう言わないで、存分に()()()()くるといい。目当ての役者が揃うとは限らないが、拾い物もあるかもしれないからね?

 もう既にジェイルの方からドゥーエに指示が行っている。程なく駒も踊り出すだろう。健闘を祈るよ、ボレアース』

 最後にそう言い残すと、通信が途切れた。すると、それに合わせた様にして、警報が鳴り響く。

 遠く聞こえるけたましい警戒警報(アラート)に、街が戸惑いを覚え始める。しかし、震え始めた街とは裏腹に、少年はあまり判り易い挙動は示さなかった。

 彼はただ静かに、黒く染まった虚空の先を睨みつけている。

 風になびく艶の薄い灰色(ぎん)の髪と、(くす)んだ琥珀の瞳。年齢(としのころ)を五つは違えそうになる冷たさは、さながら肉食獣を思わせる。けれど、幼さを殺す様な色彩とは相反して、その瞳はどこか、冷たくも愉しげな昂揚(しょうどう)を灯していた。

 だんだんと、街の震えは強さを増してくる。合わせる様に、自身の元へと近づいて来る反応がいくつか。どうやら、やっと役者(こま)が躍り出したようだ。

 幕開けを感じながら、彼は一つ息を吐き、短くこう呟いた。

 

「───さて、どんな相手が来るのかな」

 

 その声色は瞳に宿した衝動(ともしび)と同じく、どこか愉しげな響きを持っている。

 さながら獲物を待ち望む狩人の様に、彼方より(きた)る敵を待ち望みながら、彼は昏い空の先を見つめていた。

 

 

 

 ***

 

 

 

 狩人が、獲物を待ちわびていたのと同じ頃。

 街の闇に身を顰めるそれを捕らえるべく、この首都(まち)を空から守護する猟犬たちが放たれていた。

 クラナガンには、時空管理局の地上本部が存在しており、そこはミッドの中心たるこの街を守る為の部隊がいくつも置かれている。

 その中でも、街の空を守る役を課されているのは、『首都航空隊』と呼ばれている部隊。

 ただ部隊は地上()でなく、空を守る空戦魔導師たちが所属している事もあり、厳密には地上だけではなく本局()にも在籍しているといえなくもない。より正確に言い表すなら、複数ある部隊で、護るべき場所()に配属されているといったところだろう。

 しかし、故にこそ───今回彼らの出番が回って来た。

 本事件に求められる解決は、クラナガンに侵入した逃走中の違法渡航者(ようぎしゃ)を確保する事にある。次元世界の側からの侵入者である為、純粋な地上本部()における部隊だけでなく、彼らにも出番が回って来たのだ。

 派遣された魔導師の数は全体で二十人弱。

 やや少なく感じられるかもしれないが、クラナガンという時空管理局の礎となる拠点がおかれた場所に堂々と押し入って来る方が、そもそも異常な事態である。

 『魔法』という技術が確立させた世界の、それを主軸とした司法組織の在る街の中心に押し入るなど、ハッキリ言って通常であれば避けるべき愚行でしかない。

 だというのに、今回の事件は巻き起こった。これに違和感を覚えた者は少なくない。が、結局事は既に起こってしまっている。

 妙だと考えたところで、今はもう遅い。故にこそ、感じ取った違和感を抑え、局員たちは己が命ぜられた任務を遂行するべく、空を翔けていく。

 澄んだ空の瞳をした、橙色の髪を持つ少年───ティーダ・ランスターもまた、その内の一人であった。

 首都航空隊に所属する彼は、若干十八歳の若さで空士として一尉という高位に就いている、非常に優秀な局員の一人だ。

 魔導師ランクは空戦A。数値の上で見れば、近年の本局()で見れば後続にはやや劣るものの、それを差し引いても優秀な部類である事は間違いない。

 彼はそれ以外にもいくらかの事情も抱えている事もあり、ここまで至れたのは単に本人の資質だけではなく、彼自身の弛まぬ努力の賜物であるとも言えよう。また、その研鑽は今なお陰りを見せることなく、今よりも更に事件捜査を中心とする執務官と呼ばれる役職を目指すほどだ。

 そういった意味でも、今回の事件は彼にとって意義のある任務であると言えよう。

 しかし、

 

(……不自然、というよりも、これは)

 

 それでも、というべきか、やはり抱いた疑念を完全に頭から切り離すことは出来なかったらしい。

 どこか、撒餌じみている。そうティーダは思った。

 実際のところ、こうして容疑者の確保へと向かう上でも自分は追う側というより誘われている側である様な気がしてならない。

 確かに容疑者は現れており、自分たちはそれを捕らえるべく動くのが道理だ。

 そこに間違いはない。間違いはないが、間違いでないというだけで、違和感は結局ついて回る。

 だが、現状ではこれ以上の答えを得る事は出来ない。判断材料が少なすぎるのだ。

 とにかく今するべきは、容疑者を確保するという事のみ。本当の理由や理屈など、そうなってからではなくては得られる訳もない。

 そう思考に区切りをつけると、ティーダは己が務めを果たすべく、対象を探して空を駆け抜けていった。

 

 

 

 

 

 

 局員たちが上空から地上を捜査しているのと時を同じくして、探されている側もまた、空へと放たれた局員たちの姿を地上から観察していた。

(数はおよそ二〇。先行しているのは航空武装隊だけど、地上の陸士部隊も動いている。この勢いのままなら、空から来ている輩と先に接敵する事になりそうですが……)

 と、そこまで思考して、先程の通信の内容を思い返す。

 今回の目的は相手の殲滅でもない。故に戦いこそすれ、手にした品を取り返される事態になっては意味がなくなってしまう。尤も、彼個人としてはそうなるまでに戦えるなら、それはそれで吝かではないが。

(……ま、流石にそこまで己を優先するわけにはいかないか。オレに課せられたのは、今回は匂わせまで。そう深々と爪痕を残しては、計画に支障を来し兼ねない)

 流石に、それは本意ではない。と、浮かびそうになる興奮(ねつ)を冷やしつつも、口元の歪みを抑えきれてはいなかった。

(さて、最初の相手は誰になるのか。出来るなら一人で大当たりを引ければ言うことはなしだけど、どうやら『本命』は出てはないようだし……望みは薄いかな?)

 どことなく愉快(たのし)そうに思考を並べながら、ボレアは己が役と期待を抱きながら動き出す。

 そんな彼の期待が叶ったかどうかは、次に出会う敵との邂逅で明かされる事となるだろう。そして、それは───さしたる間も開けず、適う事となる。

「そこの方、止まってください」

 路地裏からさして距離を開けもせずに、背後の空から局員が一人降り立った。

 背後から掛けられた声に即座に振り返らず、無駄だと判りながらも、始まりに上がる口角を抑えようと試みながら、内心で呟く。

 今宵巡り合った敵へと向けた、期待にも似た思考を。

 

(……さて。オレの『敵』は、君かな?) 

 

 こうして、二人は巡り合う。

 本来とは異なる形で、しかし、在るべきままの現象として。

 ───ティーダ・ランスターとボレアースの二人は、出会ったのだった。

 

 

 

 ***

 

 

 

「現在、街には警戒体制が敷かれています。一般の方は速やかに避難を。ただし身分証の提示と、手持ちの品の確認にご協力願います」

 発見した人物に対し、丁重な呼びかけを行うティーダ。

 しかし、呼びかけた相手は応えない。

 聞こえなかったのか、それとも混乱しているのか。或いは、そもそも()()()()()()という事なのか。

 即断できかねる状況である故、ティーダは当然ながら再度呼びかけを試みる。

 が、

「───ふふ」

 声を掛けようとしたところで、笑い声が漏れ出してきた。

 闇に響くその声に、ティーダは微かに身を固くする。戸惑うよりも怒るよりも、不気味だという感覚の方が強く襲う。

 思わず、反射的に手に握っていた拳銃型の愛機を向けてしまう。確かめてもいないというのに、民間人に武装を向けるなど公僕としてあるまじき行為である。

 けれど、そうさせる程の何かが、目の前の相手にはあった。

 普通ではない。小馬鹿にされているわけではない。寧ろ、あの笑いの意味はそんな生易しいものではなくて。

 

「───君かい? オレの敵は」

 

 応えは、呆気なく言葉に乗せて告げられる。

 聴こえてきた声に、思わず背筋が震えそうになった。それと同時に、あまり好ましくない状況が起こりつつある感覚に苛まれた。

 ───探していた筈の獲物に、今度は逆に狙われている。

 言い知れぬ圧に圧されて、愛機(デバイス)を握る手に力が籠った。脈動が早まり、血流の加速に伴って微かに汗が頬を滴り落ちていく。

 ただ向かい合っているだけだというのに、そこには酷く重い緊張感が漂う。

 それほどまでに、立場を強引に反転させてしまうような、軽々しく言葉に出来ない恐ろしさがそこにあった。

「ふふ……そう緊張しなくてもいいんだけどね。それこそ、此方としては戦う前に、ほんの少しくらいおしゃべりに付き合ってくれても良いと思ってるんだけど」

 だが、ティーダが感じる感覚とは裏腹に、相手方の口は良く回る。

 首都に単独で入り込んできた違法魔導師かの確認はまだ取れていないが、少なくとも普通の人間は警戒体制の中で局員へこんな事を言いはしないだろう。

 何より、本人からして既に確信を口にしていた。

 戦う前に、と。

 無論、それが状況を混乱させる為の虚言だという可能性も否定できない。だが、こんな時にそんな愉快犯じみたコトを行っても、そこまでメリットも無い。第一、愉快犯であるのなら、態々自分から出張る様な真似をするだろうか。混乱している様子を見たいのなら、それこそ高みの見物と決め込むだろうに。

 となれば、考えられるパターンはある程度絞り込めてくる。

 身勝手な腕試しなのか、それとも情報には無かった侵入者の仲間による援護(ぼうがい)なのか。───もしくは、

「んー、君は随分と真面目みたいだね。お堅いお役所仕事って感じが全開だ。

 でも確かに、あからさまに方向にあった通りの容疑者を前にして愉しんでいこうっていうのも、無理があったのかな」

 単独での密入に飽き足らず、それどころか本当に真っ向から、()()()()()()()()()()という事なのか……。

 

「しょうがない。じゃあ、もう少し状況を単純(かんたん)にしておこう。

 まずは初めまして。どうも、見ての通り此方は違法な魔導師です。未発見だった古代遺失物の密輸をしに遠方より遥々やって参りました。───ここまで言えばもう解るだろう? オレは君が対処すべき相手だ。お堅い魔導師くん」

 

 ───敵は嗤いながら、そんな挑発してきた。

 

 

 

 対峙したままに、二人の間には鋭い視線が交錯する。

 が、互いに即座に飛び掛かったりはしない。というより、そもそも交わした言葉だけで判断して良いわけがない。

 故にティーダは、己の『敵』だと名乗る相手の意図と、そして本当に敵なのかどうかを確かめていく。

「……随分と、余裕ですね」

「それはもちろん。これから命を散らす若い芽への手向けくらいは持ち合わせているつもりだよ」

「戦いもしないうちから……!」

「はは、そう生き急がなくてもいいのに───それじゃ直ぐに、散る事になる」

「⁉」

 そう言い放たれた次の瞬間、ティーダへ向け高速の光弾が放たれた。

 何時の間に構えていたのか、敵の手には拳銃型の武装が握られている。迫る弾丸は、あれから放たれたものらしい。

 だが、それ自体はそこまで脅威ではない。不意を突かれはしたが、致命傷には至りはしない程度の攻撃だ。むしろティーダが驚愕したのは、撃たれた事より、撃つ為に作り上げられた()()()()だった。

(魔法……じゃ、ない?)

 見た目には魔法とさして変わらない。けれど何処か、違和感がある。

 無論、エネルギーを操作する術式である事に違いはないのだろう。足元に浮かぶ陣や武装により補助を行う点は魔法と同一であり、引き起こす結果だけを見れば全く同じと言ってしまっても良いかもしれない。

 しかし、管理局員として『それ』を前にするというのなら、話は別だ。

 相手は定められた法を犯し、危険な品を街に運び込んで来た。その上、通常の魔法とは異なる技術を有している。これは単なる未知の脅威であるだけではなく、保たれた平和に対し波紋を呼ぶ厄災足りえるものにさえ成り得るかもしれない。

「あなたは、いったい……?」

「何者なのか、かな? それに応えるのは容易いけれど、流石にそれは、戯れに教えてあげるわけには行かない、な───ッ‼」

「っ、が……!」

 核心の端にすら触れさせまいとするかの様に、ティーダは次いだ攻撃により強く吹き飛ばされた。

 手酷く地面を転がされはしたが、即座に起き上がり体勢を立て直す。そして身体を起こすと同時に、自身の受けたダメージの具合を推察する。

 中々の衝撃だったが、防護服(バリアジャケット)を貫通されたわけではない。

 威力としては少し強めの初歩射撃魔法(シュートバレット)と同程度。当然ながら此方と同じ非殺傷設定は適応されていない……いや、これには()()()()()()()()()()()()のか。

 どちらにせよ情報が少なすぎる。

 その上、当然ながら敵は待ってくれる筈もない。

「フフ……っ」

 次いて、敵が動く。邪悪な()みと共に、デバイス───そう呼んでいいのかは不明だが、ともかく攻撃術式を補助する役割を持つ得物としては同義であろうそれが、拳銃型から片手剣に姿を変えた。

 いきなりの変形にティーダは呆気にとられる。

 通常、魔導師の武装は基本的にその魔力資質によってある程度固定されるのが常だ。

 魔導師は基本形としては『杖』が設定されている事が多い。そして、射撃や砲撃を得意とする魔導師であれば矛、或いは銃。そうでない近接を得手とする魔導師であれば、剣や槍といった武器を象る。

 前者は主にミッド式、後者はベルカ騎士術者によく見られる特徴であるが、しかし、目の前の相手は定石とは異なる動きを見せた。ただでさえ魔法とは違う『何か』であるかもしれないというのに、厄介な点が更に出てくるとは……。

(何なんだ……あの術式は……⁉)

「怖いかい? 知り得ぬものというのは」

 過ぎる疑念に合わせるが如く、敵側が此方を見透かしたかの様な言葉を投げかける。

 しかし、それに動揺を気取らせる訳にはいかない。

 向かい来る剣撃と肉薄する敵に、ティーダは内心で歯噛みする。───が、当然ながら彼に諦めるなどという選択肢は存在してなどいなかった。

 剣と銃で近接など馬鹿らしいが、それでもやられてやるものかと蒼い瞳に闘志を燃やす。

 けれど、敵はそれを待っていたとばかりにまた嗤う。

「そう来なくては……ッ!」

「っ───⁉」

 ガギン! と、刃と銃身が擦れ合う音が響く。

(重、い……ッ! なんだ、この腕力(チカラ)は……⁉)

「よく防いだ。では……これでどうかな!」

「な、がァ……っ⁉」

 押さえつけていたつもりだったにも拘らず、まるで柳の如く刃がするりと返される。

 最初が力であるなら、今度は技か。しかも今度は、その合わせ技だった。

 返した刃で受け止めた銃身を解き、そのまま再び剛力よる一閃。ギリギリで弾き飛ばすが、素の力の差がありすぎた。

 さながら盾の上から削り取られ、圧殺されていく様な感覚である。……尤も、だからといって、ここで譲ってやるつもりなど毛頭ないが。

「……なら!」

 と、ティーダは敢えて迫る敵に対して前に出る。

 その判断に、敵もまた望むところとばかりに再び剛力を振るう。

 が、このまま馬鹿正直に突っ込めばやられるのは必然である。何か隠し玉か、或いは特攻覚悟で銃弾を叩き込んでくるつもりか。

 そういくつもパターンを浮かべはするも、生憎とティーダの取った手段はある意味、最初の接近以上に真っすぐなものだった。

「⁉」

「こ、の……ッ!」

 振るわれた剣閃に屈するまいとして、ティーダは自身の持ちうる手段の全てを動員し、それを迎撃した。

 しかし迎撃とは言っても、ティーダは基本的にはミッド式の術者としては極めてオーソドックスな射撃型だ。隠し玉を除けば、その能力に突出したものは無い。故に、局員として近接の心得はあろうとも、近接に傾倒した相手にはやや分が悪いといえる。

 だが、

「そう来るか……ッ!」

 それでも、とティーダは堪えて見せようとした。

 どこか楽しげな声が交錯の刹那に響く。そこには、相手への称賛が込められている。

 不意を突かれた近接戦闘に持ち込まれたにも拘わらず、ティーダの立て直し(てなみ)は見事であった。得物から近接が不得手ではないにせよ、専門ではないだろうと見て取った敵の虚を突いたのだ。

 結果として、彼の愛機(デバイス)たる二丁拳銃の片割れで、敢えて剣の軌道を逸らす事に成功した。

 しかも、右からの振り下ろしを左手の側で受け流したティーダは、更に前へ出る。

 そのまま前へ踏み込んだ体勢で、受け流しに合わせ右へ捻じれる身体で敵を牽き付け、右に構えた銃で一撃を浴びせかけた。

 ドッ! と、放たれた魔力弾が、敵の身体へと撃ち穿つ音が響き渡る。

 だが、弾丸の威力自体は十全とは言い難い。

 あくまでもこれは、一時の交錯を抜ける為の一撃でしかなかった。

 ……けれど、それでも十分。

 そうして二人は一瞬の交錯を抜けて、再び距離を開けた。

 未知に不意を突かれ、隙を穿たれかけた本人(ティーダ)からすれば、逆に敵へ反撃(いちげき)を入れられたのは出来過ぎとさえ思える。

 ───自分の専門である射撃戦にも移行できる場が整えられた。

 しかしそれもまた、彼の研鑽の成果。故にか、少しだけ、ティーダに対する視線の色が変わる。

「ただ堅いだけの秀才くんかと思っていたら……。なかなかどうして、楽しませてくれる。面白いな、キミは」

 言葉の重みが変わる。

 併せて、場に敷かれた空気にも同じ様な事が起こり始めていた。

 それによりティーダは上げていた警戒をよりいっそう強め、気を引き締め直して行った。

 応えの起こらない場に沈黙が訪れる。だが、直ぐにそれも明けよう。

 何故か、などと問うまでも無い。

 互いに、『次』からが本当の戦いだと、そう理解していたからこそ───二人は、己が仕掛けるべき次撃と、敵に対する迎撃へ思考を加速させていく。

 先の一撃で以て、戦況はやや好転の兆しを見せている。

 が、双方共に仕掛けようとはしない。

 ここから先は互いの手の内の探り合いであると同時に、自身の決め手となる一打を加えた方が勝利する。そして、一時の均衡を引き寄せはしたものの、未だ形勢はティーダにやや不利なままだ。

 何せ、此方の手の内は割れているのに、相手側に付いてはまったくの未知と来た。故にティーダは、敵の使用する魔法に似た、けれど異なる術式を看破しつつ戦わなくてはならない。

 これだけでも相当に苦行であるが、その上相手は先程の一撃にもさしてダメージを負った風でもない。状況は、率直に言って最悪の一言に尽きる。

 しかし、ここで臆していては話にならない。それは理解している。だというのに、打つべき次手に繋げられない。

「来ないのかい? 来ないなら……此方から行く!」

「っ……!」

 有効打となる確信に惑う内に、敵の側から畳み掛けられる。

 握られた武装は剣のまま。形態は二種類だけなのか、それともこれ以上の手札(てのうち)を見せたくないのか。……或いは、先んじた二つで十分と()られているのか。

 そうだとしたら甚だ不愉快であるが、考えているだけでは埒が明かないのも事実だ。

 こうした思考の間にも振るわれる剣撃は重さを増している。易々と折れるつもりなど毛頭ないが、攻撃に晒されていればどう転ぶかも分からない。

 では、現状を打破する為に必要なものは何か。

 言葉にすれは至極単純なもので、敵の思考そのものである。

 だが、そんなものを得られれば苦労はしない。推察する他ないが、結局それは鏡を覗き込むようなもの。

 そも、敵の術式(ほんしつ)を気取れない以上、挑戦は不利である。

 こうなっている現状自体が何よりも劣勢の坩堝に他ならない。であれば、自分自身の鏡像に嵌まるよりも早く───相手を自分の土俵に引きずり込むまで。

「⁉」

 何かをするつもりだと敵も感づいたようだが、最早関係ない。

 この瞬間の最善、それを尽く切る以外の路など、当に存在していないのだから。

「……ファントム・ミラージュ!」

《Yeah》

 自身の愛機の名を叫ぶ。すると主の声に応え、即座にミラージュは魔法の術式を走らせた。

 そうして起動させた複数の術式が、即座に現象と変わる。

《mirror dizziness》

 一つ目の術式を告げる電子音(ガイダンス)に合わせ、ティーダも魔力を練り上げ魔法を発動させ、叫ぶ。

「───ミラージュ・ロウ……ッ!」

 主と愛機の発声(ボイスコマンド)により、先んじた二つの術式が連鎖し現象と変わる。

 振るわれた剣戟の合間を縫うようにして、ティーダの構えた銃口から一発の魔力弾が放たれる。

 けれど、それは敵を穿つ事なく脇を抜けていった。

 反撃に転じたと見せて、まだ一撃目は囮か……と、思いかけたところで、背後に造り出された盾とぶつかり放たれた魔力弾が盛大に弾け飛ぶ。

 暗闇を裂き、光が場を染める。

「閃光弾と、拡散させる為の媒介(ミラー)……故に、〝幻影の咆哮(ミラージュ・ロウ)〟と。なるほど、目眩しという事か」

 その上、この光量だ。先程から敷いていた通信阻害など関係なく、ここで何かがあったと知らせるには十分だろう。

 編成規模がどの程度か知らないが、少なくともこれで遊んでいられる時間が無くなったのは確かである。

 しかし、

「これだけじゃ、まだ何も変わらな───」

「誰が『ここまでだ』、なんて言ったんだい?」

 先ほどまでとは打って変わり、今度はティーダの方が魅せる側に変わり立つ。

 視界はまだ、先ほどの閃光弾(めくらまし)の影響か微かに潰れた影を残している。だが、それでも目の前の光景には、本当の意味で目を疑った。

「……いやはや、思った以上に今日はアタリだったみたいだ」

「それは、ハズレの間違いじゃないかな?」

「いいや、間違いなくアタリだよ。まさか分身とは……実に楽しませてくれる」

「生憎、これらはみんなハリボテさ。───でも、あなたを捕えるには十分な時間稼ぎにはなる」

 そうして、どこか威嚇にも似た言葉を交わしながらも、戦況はまた一変していた。

 敵の言うとおり、文字通りティーダの姿が場に増えていた。しかしこれらは皆、実体を持たない幻影魔法による偽物に過ぎない。

 目眩ましによって出来た隙を使って作り上げた『フェイク・シルエット』と呼ばれる魔法による産物で、強い衝撃を与えられれば消えてしまう文字通りのハリボテである。

 が、所詮ハリボテと侮るのは早計だ。

 確かにただ偽物を造り出すだけならば、一度に造り出せる数によっては呆気なく看破されてしまう事もあるだろう。

 実際、ティーダの造り出した分身の数は一〇体。

 その気になれば、近接を得手としていた敵に無理やり突破される可能性は少なくない。

 けれど、だからこそ先程の閃光弾が効いてくる。

 敵を取り囲むティーダ()()は、既に攻撃態勢は整えている。この状態では、如何な対抗策を持っていようとも、下手に動けば仕留められかねない。

「準備は万端、と……」

「動かなければ撃ちませんよ。あくまで、僕の役割は貴方の身柄を確保して、詳細を明かすことですから」

 そう、これが狙いである。

 確かにただの幻影では逃げられてしまう。加えて、敵は魔法ではない何かを用い、かつ局員を()()()()()を敢えて選ぶ様な輩だ。

 魔法攻撃に何かしらの耐性を持っていてもおかしくはない。そうでなくても、何らかの離脱の手段を持っている可能性は非常に高いといえる。

 しかし、だからこそ閃光弾で目を眩ませる程度では逃げ出しはしまい。撤退を浮かべていたとしても、敢えて戦いを好むタイプで、かつティーダに様々な事をしゃべってもいた。

 であればこそ、不利になれば余計な障害は倒そうとするだろうと踏んだ。

 実際、魔法が連鎖を始めても逆に愉しそうに話しかけてきたくらいである。まともに戦っては不利であり、此方も何時までも近接を続けられはしない。これを受けて、ティーダ自身にもあった撤退して戦況を立て直す手札を敢えて捨て、囲い込みを駆けて足止めをする道を選びとった。

 囲い込んだ上で次の動きを鈍らせる事が出来れば、そうした奥の手を使わせずに済む。

 程なく、先程の狼煙が仲間に届くだろう。

 そうなれば完全に決着だ。故にこそ、気を抜かず仲間たちの到着までの間を稼ぐ。

 分身(シルエット)は、簡単には見抜けない。よしんば本物を当てて来たとしても、少なくとも初撃はこちらの方が先だ。

 そうして長いとも、短いとも取れない沈黙(じかん)が流れ出す。

 ゆらりゆらりと、朧月の如く揺蕩う緊張感が、体内時計を狂わせていく。

 実際のところ、ティーダにはそう余裕はない。均衡をたぐり寄せたとは言え、幻影魔法は本来そう長くは持たない。下手を打てば、一気に状況は劣勢に逆戻りである。

 そして、その懸念は───

 

「……くく、フハハハハハ……ッ!」

 

 ───どうにも、悪い方に当たりそうであった。

 

 

 

 

 

 

 貪欲なる暴食者(アクマノチカラ)

 

 

 

 決着が着いたかに思われたその時。

 膠着したままの場を覆う様に、敵の押し殺した様な嗤いが場に響き渡っていた。

「何が、おかしいんですか……?」

 生々しく伝う汗の感触に苛まれながら、目の前で嗤う敵の反応に着いて問う。

 すると、それに「いや、すまない」と嗚咽を堪えるかの様に声を抑えながらこう言った。

「申し訳ないが、つい声に出てしまったよ……。いやね? 愉しくて愉しくてしょうが無いんだ。キミの様な相手に出会えるのは、本当に楽しい。

 でも惜しい。惜しいな……。それだけの力、後もう少し切っ掛けがあれば更に花開いたかも知れないのに。───ああ、本当にここで摘み取るのが口惜しい」

「? なに、を……ッ⁉」

 今さら何を、と。ティーダがそう言おうとした瞬間、敵の武装が再び銃型に姿を変える。

「やめてください! 分かっているはずです、この状況では───」

「僕の方が速い、かな?」

 先回りされて言葉に詰まった。

 動揺を誘われている。それは分かっているが、だからと言ってその程度でこの状況を打破出来る筈がない。

 ティーダを倒すには、完璧に本物のティーダを見抜く必要がある。

 見た目の上からは全く同一の分身から、本物である一人を見つけ出す。言葉の上では単純だが、これを実現しようとするのは至難の業である。

 幻影魔法は、本物から複製を作り出したり、在るモノをまた別のモノであるように誤認させる魔法だ。これらは魔法による偽物ではあるが、術式が発動すれば効果範囲内における対象に対して、非常に高度な幻影(まぼろし)として視認させる事ができる。

 確かに、攻撃魔法の様なエネルギーを伴うものに関しては、偽物かどうかは簡単に見抜けるだろう。だが、それは幻影魔法を操る術者が最もよく知っている。

 故に、射撃型の魔導師が己の攻撃とこの魔法と組み合わせる場合、実際の攻撃力以上のブラフを行うのならば本物を偽物の位置にも紛れ込ませる誘導弾との組み合わせが定石(セオリー)だ。

 こうすれば簡単には見破れない分身と、本物の魔力弾による幻影が出来上がる。

 言い換えるなら、本物の情報がすべて同一に、かつ異なる地点に置かれている様に錯覚させる事が出来るわけだ。

 こうなれば、先ほど言いかけた通り、ティーダの魔法の方が速く当たるのは必然。

 少なくとも射撃魔法の準備が既に整っている以上は、一発目の狙いを逸らした時点でアウトになるのは考えなくても分かる。

 仮に捨て身で全方位に撃ってきたとしても、幻影が消え切る前に誘導弾が命中し、そこからティーダが再び最後の一発を撃ち込めば状況は決するのだ。

 それでも、万が一……と、この状況を突破する手段を挙げるとすれば、それはかなり特殊な場合に限られる。

 例えば、ここ一体を吹き飛ばすクラスの魔法で捨て身の脱出を取るとか。或いは、よほどの盾の名手で防御魔法を使ってこれから打ち込むすべての砲撃魔法をシャットアウトしてくるとか。

 どちらも現実的とは言い難い。

 仮に出来たとして、前者なら何故最初から鍔迫り合いに持ってきたのかということになるし、後者であれば結局はこちらの思惑通りに時間稼ぎを助長するだけの事。

 ここ近年問題になっているAMF(アンチマギリンクフィールド)の様に、()()()()()()()()()()する手段は皆無ではないが、アレも一応は魔法技術の一端。そして、それには相応の条件が必要である以上───魔法ではない術者に、ここぞとばかりに都合よく使用出来るなんて事がある訳もない。

「解せない、という顔だね」

「……当たり前でしょう。こんな状況で」

「確かにね。もし君が、もう少し威力の高い魔力砲を撃ってくるタイプだったなら。或いは、()()()()()()()()()()()()()()……オレもきっと、この搦め手が通用するとは思えなかっただろうな」

「それは、どういう……?」

「すぐに分かるさ。───そう。今すぐにその身で以て、知る事になる」

 次の言葉を発するよりも早く、敵が一気に光弾を辺り一面にバラ撒いた。

 最後の譲歩を越えられた。それが分かった瞬間、当然ティーダもまた誘導弾たちを撃ち放っていた。

 が、しかし。

「──────⁉」

 ティーダは、敵の放った光弾の軌道が全て()()を狙っている事に気づく。

 何故⁉ と、叫び出しそうになるのを堪えて、とにかく放たれたそれらから身を守るべく、盾を張る。

 幸い弾道は正面からのものだけだった事もあり、かろうじて盾は間に合った。

 となれば後は、用意した誘導弾だけでは防ぎきれなかった場合に備え、次の攻撃を用意しておかなければならない。

 その判断は、的確であった筈だった。

 ……少なくとも、目の前の敵が相手でなかったのならば。

 

「すまないね、今回はオレの勝ちだ。……尤もそれも、『次』があればが」

 

 何を言われたのか、そして、何をされたのか。

 ティーダは、自分の喉奥からせりあがってきたそれを目にするまで、まったく()()することが出来なかった。

 

 

 

 ***

 

 

 

「ご───が、ぅっ……ふ」

 粘ついた赤が、口から迸り落ちる。

 想像の範囲外。───否、こんな事を簡単に想像できていたのなら、どんなに良かっただろうか。

 そう思わずには居られない。頭が理解を阻む現象を、真っ向から目にした後では。

 

 あの刹那。

 ティーダの魔法は、確かに敵よりも早く着弾した筈なのに……。

 

 少なくとも、敵の放っていたものとは異なり、ティーダの魔法は全方位からの一斉射撃だった。

 ───にも関わらず、現実はさながら悪魔の様に、彼に対し牙を剥いて来た。

(魔法、が……()()()()()()……?)

 在り得ない、とは言わない。魔法自体は無敵でも何でもない、あくまでも技術体系の一つでしかないのだから。

 だが、この土壇場で全方位からくる全てを打ち消す術など、ティーダは知らない。

 しかも、それだけで敵の反撃は終わらなかった。

「一応、手加減したつもりはなかったんだが……。それでも倒れないとは、何処までも期待を裏切らない」

 三度目の変化を経た敵の武装は、手に装備する長い鉤爪を持った篭手になっていた。

 ちょうど甲殻類の鋏を鋭く、掌に檻を作れる様な形とでも言えば良いのか。獲物を収めるイメージのままに───敵はティーダの身体を抉り、その爪で握る様に捕えていた。

 けれど、それ以上の追い打ちはない。

 止めを刺すでもなく、ただティーダの血肉を抉ったままで留め置いている。

 この厭らしい状態へ怒りを向ける様に睨みつけると、敵は飄々とその視を受け流して、こう応えた。

「こうなってなお、まだ光を失わない。……強いね。

 いや、キミは確かに強かった。実際、此方としても少しばかりヒヤリとさせられたくらいだ。ただ、運が悪かった。さっきも言った通り、キミが二度目を挑んでくるのならばどうなるのかは分からないが……少なくとも、今はこちらの方が一枚上手だったと、それだけの事さ」

 ぎり、と悔しさを噛み潰す音がする。……いや、もはやそれを悔しさと言っていいのかさえ分からない。

 ただ、少なくともティーダは今、文字通り敵に命を握られている。

「繰り返すようだが、キミは強かった。おかげで、此方もだいぶ消耗してしまってね……。だから、ただ殺すだけでは芸がないだろう?

 故に、強者への敬意を評して───()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 今度こそ本当に、相手が何を言っているのか分からなかった。

 だが、否応なく知る事になる。……文字通り、血肉を貪られる痛みと共に。

 

「───IS・貪欲なる暴食者(グラ・アヴァリティア)

 

 聞きなれない、術式とはまた違う『何か』を使用する為の起句(ボイスコマンド)が紡がれていく。

 白熱した様な痛みに晒されながらでは、碌に思考を巡らせる事も出来ない。その間に敵は、早々にその句を結び終えていた。

剥奪適合化(マテリアライズ)、開始」

 そう言葉を切るや、ティーダの身体の中を先程までとは比較にならない程の激痛が駆けずり回る。

 

「ぐ、ぅ……ッッ⁉ ごぶ……っ! ぅ……が、ぁ───ぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッ‼⁉⁇」

 

 何だ? 何なんだ? 何が、起こっているんだ⁉

 そう裡に問い掛ける思考(こえ)さえ、壊されていく身体の痛みに耐えかねて、かき消され、塗り潰されていく。

 白熱した視界が色を失い、やがて朱く染まる。だが、熱を持った傷口とは裏腹に、内側から熱を奪われていくのがはっきりと分かった。

 抉られた傷から、無理矢理自分の身体の中身を引きずり出されている様な感覚。

 死が迫る。失われてく血肉が経る毎に、逆に白熱した思考が晴れていく。そこで漸く、敵が言っていた言葉の意味が分かり始めた。

 

〝───減らした分を貰う〟

 

 これが文字通りの意味であるのなら、いま自分の身体に起こっている異常事態にも納得が行く。尤も、それも自分が強すぎる痛みに狂ってしまったのでなければの話であるが。

 しかし、もうそれが真実なのか間違いなのかなんて、さしたる意味を為さなくなっていた。

「……ああ、いいね。強い者の生命(いのち)は、(くら)い甲斐がある」

 この言葉が事実なのか、或いは何かの比喩なのか。確かめる術は何処にも無い。

 いま確かなのは、自分の中身を奪い取られている感覚と、それに伴って自分の生命(いのち)が失われつつあるのだという事だけである。

「ッ……ぁ、───ぁ……、っ」

 段々と、声も枯れてくる。

 このままでは、本当に拙い。だが、逃れうる術など、あるのか。

「無駄だよ。申し訳ないが、キミの全てはオレが喰らうと決めたんだ。───その生命(いのち)の一欠片まで、じっくりと味合わせてくれ……ッ!」

「勝手、な……こと、を……っ」

 強がって見せるが、生憎とそれは虚勢でしかなかった。だが、それでもないよりはマシだろうと思えた。生殺与奪を言葉通りに握られた今、抵抗するといえば意志くらいしか残っていないのだから。

 

 ……だが、それも次第に抜け落ちていく。

 それから程なくして、その身体が力を失い崩れ落ちる。

 抵抗によるものではない。単にそれは、身体を支えるだけの生命(チカラ)がその身体(うつわ)から失われたという報せであった。

「……惜しいな。ほんの少し違う巡り合わせであったのなら、こうも急いた結果にしなくても済んだというのに」

 残念そうに呟く声が、場に響く。次いで、生々しい(グロテスクな)音と共に鉤爪がティーダの身体から引き抜かれた。

 けれど、それを聞き届ける者は、もう居ない。

 勝敗はここに決した。それを認めると、彼はそのまま、力なくその場に崩れ落ち行く身体に背を向けて、終わってしまった戦いから立ち去ろうとした。

 何かがそこで途切れる。

 名残惜しいが、きっとそれが正しいのだろう。

 これ以上、何を求める意味も無い。起こった物事を、ただ受け入れるだけで事は済む。

 が、その時───

 

 

 

「…………、だ」

 

 

 

 ───消えた筈の生命が、声を上げた。

 

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 その声を耳にした時、思わず足が止まった。

 傷自体そこまで深くはなかったとはいえ、それなりのダメージを負って、その分を喰らったというのに。

 とりわけ、強者の血肉を己が身体に適合化させるのは、彼の趣向と言って差し支えない。

 だというのに、

 

「───だ。……まだ、だ……っ」

 

 虚ろな眼差しで、吹けば飛ぶような死に体でありながら、それでも尚、立ち上がってくるその諦めの悪さ。

 それを無様と嗤おうか? ───応えは否だ。

 故に、終わりを覆した気高き凱旋には、最大級の称賛で以て迎えよう。

「最高だよ……! キミは本当に、面白い……ッ‼」

 湧き起こる喜びに震えながら、背に刺さる強き意志を振り、そういった。

 ギラギラと輝く琥珀色の瞳に捕らえられた先には、明確な『敵』が立っている。

 最初に至った好機が道化であったかの様にあしらわれたと、絶望してもおかしくないというのに。

 中身を貪られ、死の方が安寧とさえ思えそうな状況に置かれても尚───それでも尚、ティーダは立ち上がって来た。

 これを、讃えずにいられようか。

 これに歓喜せずにいられようか。

 

 ───さあ、まだ戦いは終わってない。

 

 その折れない気高さに、高揚を抑えきれず燃え上がる。

 そうこなくては───と、出会えた手ごたえのある敵に、ますます興奮したように、敵もまた、自身の持ち得る力の全てを解き放とうとした。

 仮に正気であったのなら、迫る圧倒的な力を前に死を覚悟するところだろう。だが、今のティーダにはまともに動ける程の力など残っていよう筈もない。

 だから、ティーダのぼやけた思考(のうり)に浮かんできたのは、あまり要領を得ない事柄のみ。……しかしそれでも、灼け付く様な逡巡の中に、確かな形を得るものもある。

 敵に一度は迫りながらも、結果として敵わなかったという無念。

 そして、それによって───ただ一人の(かぞく)を残して逝く事になるという未練。

 どちらも悔しさに塗れ、きっと怒りにも濡れていた。

 脳に灼け付いた後悔(ねつ)が伝播して、腸が煮えくり返りそうになる。

 苦しみに負けて、此処で捨てて良いものではないのに。

 今際の際だからこそ、浮かんで来た心は素直なものだった。

 それはきっと失敗に塗れて、きっと何処かに間違いを抱えている。

 けれど、それでも。

 たとえ無様あっても、捨てて良いだなんて……到底思えなかった。

 

 しかし、残された心を置いて───

 何故かもう一つだけ、生々しい感覚があった。

 

 さながら、巨大な影が場を覆う様な何か。……否、それは少し違うか。

 感じられた『何か』は、影というには形を得すぎている。

 ……喩えるのならば、そう。

 翳んでいた視界()を覆ったのは、不気味な黒藍に染まった『翼』の様な、『手』の様なモノだった様に、感じられた。

 そうして、まるで巨大な手に握り込まれたかの様な感覚の後。

 

「───そこまでですよ、ボレア」

 

 と、その中でふと───『手』の主なのか、新たな人影の声を、微かに耳が捉えた。

 だが、解かったのはそこまでだった。翳んだ視界が真っ赤に染まり、やがて黒く光を失わせる。そうして、残されたティーダの意識を闇の中へと誘い、意識を底の底へと沈めて行った。

 

 

 

 ***

 

 

 

「───そこまでですよ、ボレア」

 

 その声が耳に届くや、ボレアの動きがぴたりと止まった。

 昂揚は鳴りを顰め、炉に()べられた薪が燃え尽き、灰へと変わる様にして、輝いていた筈の焔が、急速に熱を失い消えていく。

 倒れ伏せたティーダを前に、ボレアは少しだけ残念そうな顔をする。

 だが、この状況が()()()()()()()()と理解して、そうした感慨は直ぐにしまい、やって来た人影へ向けて声を掛けた。

「……随分と無粋な事をしますね、兄さん(アネモイ)?」

 ただ、やはり言葉の棘は隠せない。

 せっかくの愉しみを、それも一番盛り上がったところで邪魔されたのだ。彼の苛立ちも、致し方ない部分もあろう。

 そうした『弟』の気質を理解しているからか、やって来た『兄』からはまず、「すまない」と一言謝罪があった。

 ───が、だからと言ってこの()()が、単なる獲物の横取りというのならば、それは違う。

「愉しみを邪魔してしまったのは悪かった。嗜好に偏っても、結果を出せばそれは何ら問題はない。───が、度を過ぎれば悪手となる。分かっているのだろう? 弟よ(ボレアース)

 普段の相性さえ取り払った言葉は、やや強い力を込められて告げられた。

 分かっていない訳ではなかったが、それでも確かに余興に偏り過ぎたと言える。

 己の役割。課された任を忘れたとは言わせないと、無言のままに、アネモイはボレアに対し、そう告げていた。

「……はい。申し訳ありませんでした」

 そして、ボレア自身もそれを忘れてはいない。確かに情報収集という目的もあったが、あくまでも今回の役割は、手に持った品物を密輸する事だ。

 態々昨年の実験から警戒が高まっているミッドで事を起こしたのは、第二段階として確認する必要があったからである。

 即ち、実戦での術式と能力の運用と使用が滞りなく行えるか。

 更に、合わせてもしも要警戒(リスト)にあるメンバーの誰かが出てくるのなら、現時点での戦力を把握しておく事も今回の主目的であった。

 が、生憎と後者はあまり適ったとは言い難い。尤も、まだほかにも()()()()がいるのだという事を確認できたのは、良かったのかもしれないが。

 とはいえ、

「そこの彼に拘る理由は無く、まだ捨ておくべき駒といったところでしょうかね?」

 まだ素体にする有用性があるというには怪しいといえる。

 実際のところ、現時点でのティーダは、優秀ではあるが捕らえるべきだとも断じ難い。ならば、此処で処分するのが定石だといえるかもしれないが……。

「今回は、彼については見逃しましょうか。君も、愉しみはまだ取っておきたいでしょう?」

 呆気なく、拍子抜けするほど軽い調子で、そんな事を言いだした。

「……良いんですか? 心遣いはありがたく思いますけれど……自分でいうのもなんですが、かなり余計な情報を与えてしまったように思うのですが」

「何、まだ跳ね回るくらいであれば止む無しですが……ここまで壊れていれば、処置をするのもそう難しい事でもない。それに、駒は多い方が、最後の踊りがより映える。───そして、今宵ももう少しばかり、徒労に踊ってもらいましょうか」

 と、そう言い切った表情(かお)は、彼らの創造主(つくりて)たちにそっくりだった。

 それを見てボレアは、自分も言えた事でないと知りながらも、敢えてこう兄へ向けて口にした。

「……言いますね、兄さんも」

「そうでもないさ」

 弟の言葉を流して、アネモイは背にした『翼』とも『手』ともつかない何かで、ティーダを掴み上げて自分の前へと吊り上げる。

 その傷の具合を見て、未だ息の根を絶やしてはいないティーダを見て嗤う。

「ふむ、存外しぶとい。ボレアがここまで我を忘れそうになったのも判らなくはないですね。……さて、何か死ねない理由でもあるのか。それとも単に生穢いのか。もし前者であるのなら、心を満たす根源───その燃料(みなもと)は、さぞ甘いのでしょうね」

 そう口にするや、アネモイの瞳が緋色に染まる。

 まるで悪魔の呪詛の如き符の羅列が流れ、ティーダを掴んだ『手』と連動して、ティーダの心裡へと忍び込んでいく。

 

「もしも、これを受けて尚。それでも折れずにいられたのならば───きっとこの彼もまた、舞台へと上がって来るでしょう。尤も、その『次』へたどり着ければ、ですが」

 

 弟と似た言い回しと共に、ティーダへと呪いを施す。

 一思いに命を刈り取るよりも、もっと残酷に運命を掻き乱していく。その様は、さながら悪魔そのもの。

 それが、女神を生んだ悪魔より新たに生まれ出でた、魔物の姿であった。……そんな兄の姿を見て、弟も流石に生かされるティーダが憐れである様に思えてしまう。

「───さて、そろそろ戻るとしよう。向こうに転がしておいた連中の救難を嗅ぎ付けて、今度は陸の部隊が来る。これ以上の面倒事を起こしては、流石にサービスのし過ぎになってしまうだろう。

 それに、戻るだけならと言ったのだが……念には念をと、迎えにクアットロも来ている。レディをこれ以上待たせるのは忍びない」

「……こちらが余興に過ぎたのなら、遊興が過ぎます」

 投げた言葉に、弟からそんな感想(コトバ)を返される。しかし、それすら愉快そうに嗤って見せると、『手』に吊るしていたティーダの身体を無造作に地面へ投げ捨て、アネモイは踵を返して歩き出した。

「目先ではない。来る時にこそ……燃えた()は映えるのだよ」

 最後に言い、それ以上語る言葉は無くなったとばかりに口を閉ざし立ち去ろうとする兄に続きながら、ボレアは忘れ物を思い出したようにぽつりと言い残す。

 

「残念ですが……今はここまでです。自分としても不本意ではありますが、同じく組織に属する身ならそこは分かるのでしょうね。

 そしてその上で、貴方が忘れても尚、そして此処で倒れた屈辱を受けてさえ、また立ち上がってくるのならば。

 その時はまた───心躍るままに死合いましょう」

 

 狂気を孕んだ別れの句に、応える者は当然いない。

 しかし、それでも言い残すことに意味があるとでもいうかの様に、己もまた悪魔の子であると示すかの如く。

 邪悪な、けれどどこか純粋な期待(えみ)と共に。

 この偶然の出会いによって巡り合えた『(ティーダ)』へ向けて、手向けの言葉を残して、『(ボレアース)』去って行ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 転章Ⅱ

 

 

 

 悪魔たちが立ち去った後、ティーダは陸の部隊によって救助された。だが、彼らの残して行った傷痕は広く深いというのに、残された痕跡はほぼ一人へと集約される事になる。

 自ら遺した悪魔たちですら、去り際に浮かべたその懸念は、殆ど想像の通りにティーダへと牙を剥いていた。

 

 時空管理局・地上本部内にある病棟施設にて。

 その中にある病室の一角に、ティーダは傷ついた身体を癒す為に収めていた。

 病室の白い色彩の中に、橙の髪は良く映えている。しかし、今は呑気に色調を楽しめる様な状況にはなかった。

 

『───誠に残念だが、負傷の度合いと、この度の()()。そうした事情を鑑みて、上は君には首都航空隊に継続して所属する事は難しいという結論に至った。まぁ、幸いというか、局員としての資格は残る。近いうちに、今度は恐らく内勤系統の異動命令が下るだろう』

 通信窓の向こうから、淡々と受けた辞令を伝えられる。

 そこまで見知った上官ではなかったが、それにしてもここまで事務的であると、やや物悲しさを感じなくもない。

 だが、

「…………そう、ですか」

 今のティーダには、告げられたそれに、淡々と応じる以外の道など無かった。

 確かに自分は街に侵入した()()()()()に遭遇。抗戦となり、敗北した挙句、目標には逃げられてしまった。

 ()()()()()()()()()()()()()()

 その上、対象に関するデータも碌に取れなかったのだから、この裁定に異論を挟む事は出来ないだろう。

 だからティーダは、異動命令を受けた。

 彼の了承の意を確かめると、上官は『すべきことは済んだ』とばかりに、話を終わらせに掛かる。

『何か、他に質問はあるかね?』

 一応そう言い添えるが、此方からの質問する事柄など、無いのは明白だ。

「…………いいえ、ありません……」

 分かり切っていたであろう言葉を態々口にする。

 それを受け、

『そうか。では、今回はここで失礼する。貴君の今後の健闘を祈るぞ、ティーダ()()()()

 と、最後に形ばかりの敬礼を残して通信は完全に切れた。

「………………」

 通信を終えると、一気に疲れが押し押せてきた。

 だが、もう溜息さえ漏れない。それほどまでに、今のティーダは傷ついてしまっていた。

 しかし、今は自分に出来る事など何もない。あるとすれば、回復に専念しろという事くらいだろう。

 手持無沙汰になって、ぼんやりと窓の外に目を向ける。

 本局と違って、地上本部に置かれたこの病棟では、次元の海だけの混濁とした光景とは異なるミッドチルダの様相が目に写し出される。

 昨日(さくじつ)の喧騒を忘れた様な街の光景に、自分の行いに何か意味があったのだろうかという疑念を抱いてしまう。

 勿論、詮無き事だと判ってはいる。けれど、今の沈んだ気分のままでは、浮かんでくるのはそんな思考ばかりだ。───それに拍車を駆ける様に、敗北を喫して以来、他の局員たちからの噂が心を締め付けてくる。

 

「…………役立たず、か」

 

 その一部が、ぽつりと漏れ出した。

 

 

 

  ***

 

 

 

 ───始まりはきっと、大した事のない悪意からだったのだろう。

 

 ティーダが墜と(たお)された日以降。

 管理局内では彼の『不祥事』について、心無い声が幾つか語られる様になっていた。

 曰く、『犯人を逃がすなど、魔導師としてあるまじき失態である』。

 『ティーダ一等空尉は任務に失敗し、未だに事件の残り火で市民を危険に晒す事になった役立たずだ』。

 『どうせ死に損なうくらいならば、死に殉じても容疑者の確保を優先するべきだった』、と。

 ……そう言った悪意ある評判が、少しずつであるが静かに今の局内部に揺蕩っていた。

「──────」

 とはいえ、それを考えてもしょうがないという事は、誰よりもティーダ自身が良く分かっていた。

 少なくとも、局の総意がそうであるというわけではない。

 全員が全員そう思っているわけではないし、気遣ってくれる同僚たちも数多くいた。自分と同じ様に、敵によって痛手を被ったらしい者たちなどは特に。

 救助してくれた陸士部隊の人たちや、事件が古代遺失物に絡んでいるかも知れないと言う事で話を聞きに来た随分と若い()()()()にも、労りの言葉を掛けて貰えたりもした。

 だから、完全に絶望的なまでに心を殺されている、という事も無い。

 ある程度までの納得はしているのだ。……だが、それでも悪意と言うものはどうしても湧いてくる。

 苦しいとは思うし、何よりも哀しい。しかしそれに対し、怒るべきかどうかと聞かれると、答えに窮してしまう。

 犯人を確保出来なかったのは紛れもない事実で、抗戦し敗北したのもまた事実である。加えて、どうした訳か戦闘当時の記憶が曖昧になってしまっているともなれば、自身の行為に対して不満の声が挙がってしまうのは、避けがたい事態であると思えなくもない。

 ───それに、

 

「おにーちゃん、入っていーい?」

 

 小さく扉を叩く音共に、そんな声が聞こえてくる。

 その声だけで、あの選択は間違いではなかったと信じられた。

 大切なものが、此処にはある。とてもとても大切な、今ではもう、言葉通り世界に一つだけになってしまった繋がりが。

 そして、戻って来た事を悔やみ、間違いだったなどと言えるほど───此処に在るモノの価値は、軽くはなかった。

「ああ───良いよ、ティアナ」

 そう返事を返すと、自分と同じ橙の髪を小さめのツインテールにした小さな少女が、病室の中へと入って来た。

 妹の、ティアナ・ランスターだ。

 今年ちょうど七歳になったばかりで、彼の唯一の肉親でもある。……それが、ティーダが戻ってきた何よりの理由だったと、今は恥ずかしげも無く確認できる。

 折れそうになった心を、立て直したあの時。

 意地はあったし、屈する訳にはいかないという矜持も持っていた。

 だが、これらを束ね───そして折れぬ鋼と変えたのは、きっと家族の元へ帰るという意志であったのだろうと、今更の様にティーダは思っていた。

 しかし、そんな兄の様子を、ティアナは何処か不思議そうに眺めていた。

「??? ……おにーちゃん、どうかしたの?」

「あぁ、いや……」

 微かに口角が上がっていた。

 沈み込んでいた気分も少しばかり元に戻っていると、遅れて気づく。

 思っている以上に、自身の心は守られている。たとえ今、必要以上に貶められてしまっているのだとしても、自分にある確かなものが感じられているいるから。

 温かいものが胸に沁みる。

 けれど、あまり大仰にしては、逆に心配の種に変わってしまうかも知れない。ティーダはそう思い、一呼吸置いて「ごめん、なんでもないよ」と柔らかくティアナに対し応えた。

 少し誤魔化しが入っている部分はあったが、それが悪いものでないと、幼ながらも理解したのだろう。

 ティアナは「ふぅん」と頷いて、そのまま話を進めていった。

「おにーちゃん……やっぱり、まだ痛い?」

「……うん。治るまで、もう少し掛かっちゃうみたいだ。

 ごめん、ティアナ。たぶん、後もう一ヶ月もしたら家に帰れるから。それまで、もう少しだけ我慢しててね」

「心配しないで。あたしは大丈夫だよ、もう一人で起きて学校も行けるし」

「そっか……。ちゃんと出来てるなんて、偉いな」

 まだ少しぎこちない手つきで妹の頭を撫でるティーダ。

 そんな兄に、ティアナは「もぉ……結局まだ子供扱いしてる……」とやや不満そうだが、手を払いはしなかった。

 どこか照れ臭そうに、兄にされるがままにさせている。

 兄妹のやり取りは、そうして穏やかに続いて行く。しかし、それもそう長くは続かない。

 そこでまた、扉を叩く音がした。

 

 

 

  ***

 

 

 

 白い病室に流れる穏やかな時間を、扉を叩く音が遮る。……その音に少しだけ、心の傷が疼く様な気がした。

 が、不快感に溺れるというよりは、不思議さが勝る。

 ───誰だろうか?

 浮かべた疑念はごく自然なものだったと言えよう。

 遅めの時間帯とはいえ、今日は単なる平日。唯一の肉親であると共に、ティアナはまだ学年が若い事もありこうして此処に居るが、普通なら今は職務に従事している時間帯である。

 それでも一般病棟なら、同室者がいれば見舞客は来るだろう。だが此処は管理局の地上本部にある病棟で、一般の人間は殆ど入っては来ない。となれば、基本的にこの辺りにいるのは局の人間という事になる。……しかし、心当たりは無い。先ほどの上官が言っていた様に、異動命令を告げに来たという事だろうか。

 まさか、と飛躍した考えを諫める。

 少なくとも今、上が直接に会いに来るほど欲されているとは言い難い現状だ。ならば、ますます局内の人間とは考えにくい。

 では、いったい誰が───?

 

「あー、すまん。急に押しかけちまったのはこっちが悪かったんだが……そろそろ入っても良いか?」

 

 と、そこで外から声が掛かった。聞こえて来た声は少しばかり飄々としているが、それでいて芯の通った印象を受ける。

 忌避感の様なものは感じない。そして、今この場で見舞いを拒む道理もなかった。

「は、はい……どうぞ」

 考えの纏まり切らないままだった所為か、少し言葉に詰まりながらも応えを返した。すると「それじゃあ、邪魔するぜ」という声が聞こえ、ガラガラと扉を引いて、声の主が病室内に姿を現した。

 現れた人物は、声の印象に見合った風貌であった。

 青みを帯びた灰色の髪をした、三〇歳くらいのがっしりとした体格の男性。

 一見すると、実際よりもどこか年配に見えなくもない。しかし、だからと言って老けているという訳でもなく、厳格さと柔和さを併せ持つ様な、そんな独特を纏っている人だった。そして、当たり前と言えば当たり前かもしれないが───入って来た人物は、管理局の制服を纏っている。

 が、これまでの上官ではない。

 ティーダには見覚えのない人物である。となると、ますます彼がここを訪れた理由が分からなくなってしまう。

「あの。失礼ですが……あなたは、いったい?」

「おっと、自己紹介が遅れて済まねぇ。俺はゲンヤ・ナカジマ、陸上警備隊第一〇八部隊の部隊長をしてる(モン)だ」

「陸士の……?」

 困惑しているティーダは、告げられた言葉を口の中で繰り返す様に呟いた。それに、ゲンヤと名乗った男は「ああ」と、短い肯定を返す。

「ま、しかし混乱するのも無理はねぇ。お前さんは本局の所属で、空の側の人間だしな。いきなり陸の部隊長に訪ねられても訳が分からなくなっちまうのも当然だ。───さて。そうなると、どこから説明するべきかねぇ……」

 ゲンヤは頭を軽く掻く仕草をして、思考を巡らせて行く。

 とはいえ、彼がここへ来た理由は存外シンプルだ。ただ、今それを告げるという事は……ある意味において、とても残酷であるとも言える。

 しかし、このままでは前へ進めないというのもまた事実。

「少しばかり、込み入った話になるが……良いか?」

 故に、踏み込んだ。

 もしかすると、これ以上の傷となるかもしれないところへ。それでも、進むために。

 そして、それを。

「───分かりました」

 ティーダもまた、静かに受け入れた。

 

 

 

 ***

 

 

 

 それからティアナに少し席を外して貰い、ティーダとゲンヤは一対一で話をする運びとなった。

 病室に、少しだけ思い静寂が敷かれる。

 だが、このまま沈黙を続けていては、何のために場を設けたのか分からない。そんな罪悪感もあったのだろう。ゲンヤはティーダに対し、「……すまなかったな」と切り出した。

「……え?」

 ゲンヤの言葉に、ティーダはやや驚いた様な声を漏らす。

 もっとハッキリと切り出されると思っていたのに、始めに来た言葉は、存外優しくティーダへと告げられていた。

「はは、どうした? そんなハトが豆鉄砲喰らったみたいな顔して」

 あまり耳にしない喩えだったが、ニュアンスは何となく理解出来た気がした。要するに、不意を突かれ呆けた顔をしていた、という事なのだろう。

 きっと、その指摘は正しい。実際、ティーダは今の自分の顔を客観視したら、そう見えるだろうと思えたから。

 だからという訳でもないが、それで残っていた毒気が抜かれたのだろうか。明確な根拠はないが───肩の力が抜けた今なら、何となく、いつもよりも素直に言葉を交わせそうな気がした。

「ええ、まあ……。それに本当はもっと、その……別の言われ方をするのかと思っていましたから」

 そう。棘を感じさせるかもしれない言葉であったが、今この場所だからこそ、言葉に出来る様な気がした。

 そんなティーダの意を汲んだのだろう。しかし、やはり切なさを隠しきれなかったのか、ゲンヤの応えは、「……そうか」と、どこか寂しげであった。

「すまねぇな。……いや、兄妹(かぞく)水入らずを邪魔しておいて、言うのは違うが。ただ、どうしてもお前さんには早めに会って、確かめておきたかったんだ」

「……確かめる、というのは」

「皆まで言わなくても、お前さん自身察しはついてるんだろう? ───察しの通り、俺はお前さんに異動を告げに来た」

「………………」

 静かに、続きを待つ。というより、どう答えるべきなのか解からなかった、というのが正しい。

 ゲンヤが所属を名乗った時から、何となく予測はしていた。……いや、そもそも『もう空に戻れない』かもしれない。それは、負傷の具合を聞いたときから考えてはいた事だ。

 けれどそれを差し引いても尚、陸士部隊への異動というのは、やはり意外であった。

 返答に窮したティーダに、ゲンヤは「無理もない」と苦笑する。

「まぁ実際のところ、如何に()()()()()があったとはいえ……空士が陸士に、なんてのは確かに普通じゃねぇ。

 復帰を待つなら、わざわざ陸士の所属でなくても内勤補助系統の業務が山ほどある。お前さんは将来的には執務官を希望としていたし……負傷している今、前線の側に戻すのが道理に合わないのは、分かってるつもりだ」

「それなら……何故?」

「何故、か。そう改めて理由を問われると、少しばかり困るんだが……」

 少しばかり言葉を暈して、窓の外に目を移す。そこにはティーダが先程見た時と変わらない、ミッドチルダの市街区が広がっている。

 それは、

「───正直、上官が部下を選出する理由としては、あんまりにも感傷的な理由だな。

 笑ってくれて良い。ただそれでも、俺としてはこの光景(まち)を護ったお前さんがこのまま潰されるかも知れねぇと思うと……どうしても、声を掛けたくなったんだよ」

 本人の言う通り、確かに局員としては随分と風変わりな理由であった。

 が、同時にそれは。

「…………護っ、た……?」

 ティーダにとってはある意味、最も残酷な責め苦であり、同じだけ思い遣りに満ちた言葉であった。

 ───胸の内を、様々な感情(おもい)が巡る。

 認められた嬉しさと、成し遂げられてないという後悔が綯い交ぜになって、苦しみを増幅させていく。

「でも、僕は……失敗、して……」

()()()()()()()()

 たどたどしく紡がれた反論を、間を開けずに肯定する。

「交戦し敗北、そして敵の情報についても大きなものは得られなかった。……確かに、ここまでは間違っていない事実なのかもしれん。が───正直、魔法が使えない俺からすれば、戦って生きて帰って来られるだけで充分だと思えるんだがな。……それでも、足りないって上のお偉方は思ってるらしいみたいだが」

 それが、どうしても引っ掛かった。

 失敗を咎めるまでは、仕方がないのかもしれない。だが、だからと言って、それを貶める様な事があって良い道理はないのである。

 故に、ゲンヤはここへ来た。

「口幅ったい様だが……俺は、そんなのがどうにも気にくわなくてな。ごちゃごちゃ言っている上の連中が話してるのを聞いて、名乗り出てみたって訳だ」

 と、一旦言葉を切って、ゲンヤはティーダを静かに見据え、続けた。

「少々事を急ぎ過ぎだというのは分かっている。実際のところ、だいぶ勢いでここまで来ちまった部分も大きい。だが、それでも俺は今───ティーダ一等空尉、お前さんに聞きたい」

 そして、問う。極めて率直に、迷いを与えると知りながら……それでもなお、真っ直ぐな言葉を投げかける。

「俺たちの部隊へ、来てみないか」

「…………」

 何と答えればいいのか、ティーダには判らない。

 有難い申し出だとは思う。問いを投げる目に、嘘は感じられなかった。

 受けるべきなのだろうとは思う。であれば少なくとも、現状の自分をこうも受け入れられる場所は、きっとないだろうから。

 しかし、

「……ですが、僕では」

 迷いは、足を踏み出す事を惑わせる。

 ───様々な想いが、ティーダの中を巡り続けていた。

 自分が今置かれている現状。

 悪評に、他の人を巻き込んでしまうのではないか、という不安。

 それだけでなく、自分では至らないかもしれないという不安もあった。こういってくれる人にさえ、応えられないかもしれないと。

 これまで重ねて来た研鑽を水泡に帰してしまい、無様な結果を残してしまった。

 臆病だと、ティーダは自分を責める。この苦しみを嗤える者など、此処にはいないと判っていながらも……彼の負ったその傷は、本来ある筈の強さを、心から締め出そうとしていた。

 ゲンヤの許せないのは、それだった。

 恥じ入る必要のない疵を、彼に与えてしまう今の状況が。

 だからこそ、敢えてゲンヤは厳しく糾す。

 その『弱さ』とみなされる『強さ』が、決して間違いではないと思い出させる為に。

「……恐いか? ティーダ」

 声音は鋭く、けれど優しい。

 だが、差し伸べられた手は、助け起こされる為に非ず。

「…………恐い、です」

「そうか。……なら、それでいい」

 その手は、伸ばされた先へもう一度歩み出す為にあるのだから。

「……あの時、自分は確かに負けました。一度は追い詰めましたが、至らずに敗北する事になり、結局そこから肝心なものを得られませんでした。───でも、それでもまだ、諦めたくはなかったんです」

 ティーダは、そう語った。

 あの時立ち上がった、その理由を。

 拭い去られ、踏みにじられた命で尚、抗い続けた覚悟の意味を。

「それで立ち上がれたんなら、そいつはお前さんの強さだ。……遺される、ってのはどっちにとっても辛いもんだからな。

 その痛みは、中々口で表せたもんじゃねぇが……生穢いと罵られようと、最後にお前さんはあの子の下に帰って来た。なら、少なくとも、そいつは『弱さ』じゃなく、紛れもない『強さ』だと、そう俺は思っている」

「ゲンヤさんも、その……誰かを、亡くされた経験が?」

「……ああ、つい一年ばかり前に女房をな。捜査官をしてて、任務中の……()()だった。俺なんかとは違って魔導師としても優秀でな。本当に、俺なんかに勿体ないくらい良い女だったよ。

 けどそんな女房との別れを経験した時、上の娘はまだ九つ。下の娘はまだ六つになるかってところでな……。まぁ、そんな事情もあって、俺としてはお前さんを邪険にする輩には、あんまり預けたくなかったんだろうな」

 重ねてしまうのは、あまり良い事ではないのかもしれない。

 だが、それでもその経験は、決して忌避される様なモノではない。

 近しい苦しみを知るのならば、少なくとも戻る事の意味を、貶められる訳がないのだから。

「たった一人の肉親のところに帰って来られたのを、俺は間違いだとは思わねえ。少なくともお前さんが返ってきた事で、あの子には少なからず救いがあった筈だと───そう、俺は思ってる」

 苦しいくらいの温かさが胸を埋めて、ティーダは言葉を出せずにいた。

 ありがとうございます、と言いたいのに、喉が動かない。代わりに、締め付けられる喉よりはるか上で、熱い雫が零れ始めていた。

「ティーダ、お前さんは若い。命を捨てるには早すぎるし、これまで走り続けて来た分、少しくらい腰かける時間はあっても良いと俺は思う」

 いつか空の方に戻るとしても、今はその傷ついた翼を休めてもいいだろう。

 これまで諦めずに走り続け、今際の際でさえも、肉親を思いやる事の出来たのならば……きっと、また立ち上がれる。

 ───これは、その為の第一歩。

 倒れ伏してなお、未だ挫けずにいた心を、もう一度前へ進める始まり(きっかけ)に他ならない。

 

 

 

 それから、もうしばらくして───ティーダは、その場でゲンヤの申し出を受け入れる事にした。

 漸く出せるようになった声で、ハッキリとその意志を告げ、前へと歩み出した。

 

 ───これにより、物語(序章)また一つ終わりを告げ、再び動き出す。

 

 残る鍵は、あと三つ。

 こうして先にも続く路が一つ、また一つと、紡ぎ合わせられて行く。

 

 悪魔が欲した様に、墜ちる筈だった者は立ち上がり。

 墜ちずにいた事で、またその魂を継ぐ者は、遺り続ける怨嗟を嫌い、足を踏み出し始める事となる。

 

 ───そして、更にまだ、もう一つ。

 起こり始めた始まりに呼応するが如く、新たな命が生まれ(いず)る。

 

 

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

「───お疲れ様、今回の任務は愉しめた様だね」

 

 何処とも知れない、司法の裏側に位置する場所で、ボレアースはそんな風に()()の言葉を受けていた。

 しかし、当のボレアースはどこか不満げである。

「はは、随分と不満そうな顔をしている」

「……いえ、別に。任務であった事を忘れたのは、事実ですから」

 追及されると、淡々と事実のみを述べる。

 それ以上でもそれ以下でもなく、今はあくまでも任務の成否にこそ重点が置かれるべき時だからだ。

 だが、それでも話す相手は一向に柔らかな口調のままに言葉を続ける。

「いやいや、どのみち任務の結果は成功だ。邪魔をする様な幕引きになったのは、私の落ち度だよ。迎えを出すにしても、もう少し遅らせておくべきだった……」

「………………」

 飄々としていながらも、その言葉にはどこか力があった。自身の落ち度をしかと受け止めているかの様な、そんな響きが。……尤も、同時に同じだけ深く暗い、虚無的な奈落を感じさせなくもなかったけれども。

「とはいえ、過ぎてしまった事は覆しようもない。ヒトが時に触れるには、まだ早すぎるからね。だから今は、手の内にあるモノから積み上げていくとしよう」

 そういって、男は手に持ったケースをその場でおもむろに開いて見せた。

 そこには、今回の事件の本当の根底が納められていた。引き起こされた騒動など、この中身に比べればあくまでも余興に過ぎない。……そう。街一つ守り切れた程度では、この先には至るには足りなすぎる。

「本当によくやってくれた。これで、この〝ナンバーⅦ〟は我々の手の内に納められた事になる」

 悪魔の手に渡るは、赤い結晶体。一見すると普通(ただ)の宝石にしか見えないそれが、此処からの物語を動かす『鍵』と成る。

「ではこれで……一つ目の方は、完成という事ですか?」

「ああ。此方は、これで揃った。素体を造り出すのには少々時間がかかるが……まぁ、それもたかが知れている。事を為すには時間が掛かる。完璧を追い求め、その果てに大望を掛けるのならば、尚更に。

 時にそれが驚異的な変化(しんか)が脅かされる事があっても、この原則は変わらないのだから……」

 

 昏い闇の中で、悪魔が嗤う。

 抱きし野望(ねがい)を遂げる為に、誰よりも時の流れに抗い順応して見せたその力が、尽きる事無き欲望を抱えた者と出会い、また一つ階段を上って行く。

 

 ───そう。何も、前に進むのは光の下にいる者ばかりではない。

 闇の軌跡を探し深淵を覗くのと同じ様に、暗がりに(ひそ)む闇の者もまた、同じ様に深淵の奥底から光の側を覗いているのだから……。

 

 ここから、復活の狼煙が昇り始める。

 誰よりも気高く在った王と、最も強く在ろうとした王。しかし何も、物語に名を連ねる『王』は、彼らだけではない。

 

 旧き世界には、数多の王が名を連ねていた。

 

 雷を司る王家もあれば、冥府に纏わる王家があった。それらは皆、戦乱の世に置いて諍いの嵐を鎮めんが為に戦っていたといわれている。

 だが、何事においても始まりがあるのは必然。

 

 そうした『王』たる者たちの原初。

 その始まりの役を冠された、最も旧き『王』がいた。

 

 旧き王へと至る為の鍵たる存在。

 それが誰よりも気高く在った王であり、そして古の世を鎮めたその力───これもまた、その欠片の一つ。

 

 綻びていた絆が、悪魔によって手繰り寄せられる。

 紡ぎ合わせられた糸が、世界から忘れられた旧き王を呼び寄せる。そうして愛しき筈の絆は今、穢れた欲望に寄りて悪魔たちが常世へと解き放たれ様としていた。

 

 

「───さあ、本番はここからだ。今度勝つのは……いや、最後に笑っていられるのは、果たして誰になるのかな?」

 

 

 二つ目の幕は、こうして降ろされた。

 しかし、此処で終わりだなどとは思ってはいけない。

 

 少しだけ歪な、悲しい決意(始まり)と共に、種はもう芽吹きを迎え始めているのだから。

 

 新たなるきっかけは、すぐそこまで。

 けれど、狼煙にはやや早い。

 

 嵐の予兆は静かに、そして穏やかに。

 新たな物語を紡ぐ『目覚め』へ向けて、幼い生命(いのち)が絆を得て、また新たなる器が生まれ(いず)る為に。

 

 ───三つ目の幕開けは、直ぐそこにまで迫っている。

 

 

 

  PrologueⅡ END

 ~Next_ PrologueⅢ in_Age-Unknown~

 

 

 




 はい、いかがだったでしょうか。
 少しでも面白いものに仕上がっていたのなら幸いです。

 ではもう、突っ込みどころ満載過ぎるので、開始三行でさっそくいつものあとがきという名の言い訳タイムへ移動させていただきます。

 今回はユーノくんを主役に据えたシリーズの続編、しかもその久々の更新でありながら、まさかの登場せず(言及はちょっとだけアリ)なお話でした。
 正直なところ、なぜこれに全力を尽くしたのか? という感想が来るかもとビビりまくりですが、一応自分なりにこの話を書かせていただいた理由があります。

 まず、物語の中というよりはこれを今回持ってきた理由の方から。

 今回の話は原典における新暦六十九年における、ティーダ・ランスターの担当した違法渡航者事件を基にして書いた話になります。
 アニメ本編ではStS八話で言及されていますが、これはティアナが天涯孤独となるきっかけの事件でした。ですが、今作では前作の終了時にいくらかの年齢操作を行った、Ref-Detの劇場版時空に続く物語というスタンスを取り、幾らかの年齢や時系列の変更を行っております。
 なので、今回の事件はTV版の事件に対応する出来事という位置づけにしております。
 また、本来ティーダは事件当時二十一歳なので、今回では五歳低くなった設定で書かせていただきました。原典においては三人娘たちより八歳上でしたが、今作は三歳差といった感じになっております。
 そして、本来殉職のところを、今作では生存という形にして事件を終えました。

 何故こういう変更をしたのかといえば、物語的には敵サイド新たな役者が加わっているので、その概要をある程度出しておきたかったという事と、その際にまた前回に言及のあった『レリック』の認知された『一つ目』が見つかる展開に合っていると思ったからです。

 StS序盤ではガジェットの出現で起動六課の戦力をある程度測っていたりもしましたし、今回のも役割で言えばそれと同義です。
 ただこの当時、地上本部に所属している意中のメンバーは少なく、どちらかといえば新たに加わった『敵』サイドのキャラが、地上本部からの先兵を振り払える程度の力はあるかを試したかった……という感じでしょうか。
 前作の事件終了が六十七年の夏で、おそらく新たに加入したのが六十八年頃と考えれば、そこからある程度の準備を整え動き始めるのが七〇、七十一年頃というのはそれなりうなずけるのではないかなと。
 とはいえ、本来の目的としたモノの用意であったり、『上』との折り合わせを払うのにまだ時間はかかると想定して話を進めてはいるので、実際の本編開始はまだ先になってしまうのですが……。

 ただ、いくら顔見せといっても本来TV本編での言及はほぼ無かった上に、陸士一〇八部隊への移籍をして、本編参戦フラグという別展開も入れたのは少々欲張りだったかもしれません。
 実際、TV本編では言及がちょっとだけで『そういうことがあった』という事柄ではありましたし。でも、せっかく長いシリーズを書くのなら、ここで力を抜くのもなんだか違うかなと思ったので、今回の話を書くに至りました。

 ぶっちゃけ小説だと画で見せようがないので、回想とか細かい部分の匂わせとかが難しいので、だったらいっそ最初から大まかな軸を書いてから、その中に『在ったこと』を追加していく方が分かり易いかなというのもあります。

 あとそこに関連して、今回の話でいくつか突っ込みどころがあると思いますので、たぶんここ突っ込まれるだろうなというとこを勝手に挙げて言い訳していきます。

 ティーダさんの魔法、これについてはぐうの音も出ません。
 完ッ全なる捏造です。ティアナの魔法に関連付ける形にはしましたが、本当に自分にはセンスというものがほぼほぼ存在しないので、カッコ悪かったかも……ごめんなさい。

 あとは、戦闘でわざわざ殺さずに見逃したことも突っ込みどころかもですね。
 一応、博士サイドが愉快犯というかショー的な要素を好んでそうだなと思ったので、そこら辺からだと思っていただければ。加えて、片方は以前の事件で野望を潰されてますから、その為の叛逆を目指している部分もあるので、今度こそ覆させないと燃えているという感じもあるかなと。

 なおティーダさんの喰らった攻撃はユーリのそれと近い先天性資質の『生命操作』に類するものなので、Refのクロノくんら同様に、回復できないわけではありません。
 ただ、こっちが完全なる戦闘特化・魔導師殺しみたいなもの目指して研究してるので、その分ダメージが重かったと解釈していただければ幸い。

 で、これにティーダさん耐えられるの? やばくない? と思った方がいらっしゃりましたらその通り。ティーダさん原典でも一等空尉(StSのなのはと同じ階級)なので、普通に強いです。
 しかし、そんなエリートだからこそ、逆に生き恥を晒したとなれば余計に中傷の的にされる可能性が高いだろうと、今回の話のラストではそう言った感じにしました。……ある意味で、ボレアたちのしたのは自分がまた戦いたいから全部奪って放り出しただけなので、ぶっちゃけ殺すよりもエグいかもしれません。

 そしてこの際に使用したのは、もちろんフォーミュラ側のあの技です。
 本来ならば対象ごとに細かい調整が必要となってくるのですが、操るのではなく記憶を奪う(より正確には改竄・隠匿)程度なら、通常でもある程度行えるように技術が進歩してます。
 魔法でも記憶を扱う事自体はできるので、そこにフォーミュラと合わさり対象にダイレクトに働きかけられるようになったという部分が強くなっていると解釈していただければ。また、最後の最後まで意識が残っていたのもコードの仕様です(対象の意識をある程度残したまま操作できる、という設定だったはずですので)。

 とまぁ、今回のおおざっぱな説明───という名の言い訳───はこんなところになります。
 長々と無駄に語ってしまい申し訳ございません。
 ですが、そうしたことを語れる程度には全力で書く事に取り組ませていただいておりますので、次回も楽しんでいただけたら幸いです。

 なるべく間を置かずに投稿するために一緒に仕上げたので、Ⅲもこれの後にすぐ出します。
 ネタバレにならないように軽く次回の内容に触れていくと、大まかには二つの事が言えます。

 一つ目は『雷と竜のはじまり』、
 二つ目は『Ⅳと本編への布石』。

 主にこの二つについて書いた話になりますので、皆様に読んでいただけるようなものになっていれば幸いでございます。
 あと、もちろん次回はユーノくん出ますのでご安心を。
 何だったら絡みすぎじゃない? というとこまでいってしまったかもしれません。

 ともかくそんなこんなですが、さっそくⅢの投降準備にかかりたいと思いますので、今回はこの辺りで。
 ここまで読んでいただきありがとうございました!
 次々回以降も頑張って書いていきますので、どうぞよろしくお願いいたします。

 ともかく、まずはPrologueⅢでお会い出来たら幸いでございます。
 それではまた^^
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