魔法少女リリカルなのはStrikerS ~The After Reflection/Detonation IF~   作:形右

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 どうも、久方ぶりの投稿となります。駄作者ことU GATAです。
 年が明けてから、三ヶ月以上間が空いた投稿になってしまいましたが、どうにかこうにか前日譚の最後、プロローグⅤまで書き切る事が出来ました。

 なんだかんだと前回以上に長くなってしまったものの、ひとまずここまでの間に書くべきことはほぼすべて書き切れたかと思いますので、自分としてはそれなりに満足しております。

 さて、ではいつものように今回の話に少し触れていきます。
 一応ここはまえがきなので、なるべくネタバレにならない程度に抑えて、より詳しいのはあとがきの方で書かせていただきますが───ひとまず、大まかな話の流れだけ出させていただくと、次のような感じです。


・コンビの出会い、訓練校編。
・姉妹のお出かけ。
・新部隊発足。
・昇級試験。


 実際には、間にちょこちょこ行間や幕間とか入りますが、大まかな章分けのイメージはこんな感じですね。
 あと最後の章を見てもらえると(というよりそもそも前作の予告時点のサブタイで)分かるかと思いますが、前回と今回でやっとこさStSの一話部分が描き切れました。
 漫画版とか、自分でいれたところなど、増やして言った部分でも大分長くなっちゃいましたけど、これで思い残す事無く本編に入れそうです。もちろん、これからも出来るだけ全部詰め込んでいきたいとは思ってるので、皆様には気長にお付き合い頂ければとは思います。

 本編も長いので、とりあえずまえがきはここいらで閉じさせて頂きます。先に述べた通り、くわしいところはあとがきのほうで書かせていただきますので、よろしければそちらも合わせて読んで頂ければ幸いです。

 また、今回も前作のリンクを張らせていただいております。
 もう投稿の間が開くのが恒例になってるので、ちょっとこれも定形になりつつあるのは申し訳ないですが、前作も全力で書いたものではあるので、忘れ去られずにまた読んで頂けたら嬉しいなぁと。

 https://syosetu.org/novel/165027/

 では最後に、恒例の簡易注意事項でございます。

 ・お気に召さない方はブラウザバックでお願いいたします。
 ・感想は大歓迎ですが、誹謗中傷とれる類のコメントはご勘弁を。

 それでは、本編の方をお楽しみくださいませ───!





Prologue_Ⅴ ──Examination──

 歩み出した星々 The_Road_of_Glory.

 

 

 

  1 (Age77-Early_Junne)

 

 新暦七六年、六月初頭。

 この日、ミッドチルダ北部にある『第四陸士訓練校』では、これから局員を目指す若人たちを迎える入学式(セレモニー)が行われていた。

 尤も、入学式とはいえ、管理局の武装隊を志望する者たちが集まる場という事もあり、通常のそれに比べると、やや堅い印象を受ける。話を受動的に聴くのみではなく、時折謝辞に対する敬礼と返答が入り、候補生たちの威勢の良い「はいッ!」という声が、遠くから見る者たちへも伝わってきた。

 しかし、それもまた頼もしさと受け取るべきだろう。これから先、いずれ肩を並べる事もあるだろう後輩たちを眺めながら、フェイトはそんな事を思った。

「新人さんたち、みんな元気ですね」

 彼女が窓の外を見てそういうと、「ええ、今年も元気な子たちが揃ったわ」と、向かい合った老齢の女性が応える。

 シニヨンに髪を結ったその女性は、ファーン・コラード三佐だ。

 以前、フェイトとなのはが局員になるための教習を受けに来た際にお世話になった教官であり、この訓練校の学長でもある。

「七年前のあなたたちに負けず劣らずの、やんちゃな子たちもいるわよ。まぁ、あなたとなのははたった三ヶ月の短期日程(プログラム)だったけどね」

「その節は、お世話になりました」

 昔を思い返すやりとりに、なんだか懐かしい気持ちになっていると、誰かが学長室のドアをノックする音がした。

 どうぞ、と、学長が促すと、『失礼しまーす』と聞き慣れた声と共に、大小の人影が部屋の中へと入ってきた。

「あら、シャーリー」

「どうも学長先生、ご無沙汰してます」

 そういって、和やかに微笑んで見せるシャーリー。

 大人びては来たが、さらりとしたダークブラウンのロングヘアと、丸っこいメガネをした、柔らかな印象はあまり変わっていない。

 その姿がまた懐かしく、学長もまた柔らかな笑みを浮かべていた。

「今日は、フェイトのお手伝い?」

「はい。この前配置換えで、今は執務官補佐をやらせて貰ってますので」

「前からあなたは、なのはたちとも親しくしてたものね。……けど、なんだか不思議だわ。あなたもなかなかにやんちゃだったし、なにより機械いじりが大好きだったものだから」

 まさかこんなに早く通信系の上位職に就くとは驚いた、と学長は揶揄うみたいに言うので、シャーリーはやや赤くなって反論する。

「が、学長~! あんまりそういうこといわないでくださいよぉ~~っ!」

「あらあら、ごめんなさい」

 しかし、流石は手練れの教師というべきか。あっさりと躱され、それどころかまた幾つか話を振られて、可愛がられる羽目に。

 惨敗に終わったシャーリーをフェイトが宥め始めたところで、学長はシャーリーの連れて来たもう一人の方に視線を向ける。

「それで、あなたが今日の見学者さん?」

 入室早々シャーリーが振り回されたせいか、すっかり気後れしてしまっていたのだろう。ほんの少しだけ上ずった返事を返して、きちんと自己紹介をしようと気を引き締め直すと、学長へ向かい自らの名を名乗った。

「エリオ・モンディアルです! 今日は見学の許可を頂きまして、ありがとうございます」

 ぺこりとお辞儀をするエリオに一つ頷いて、「いいえ~」と学長はにっこりと、幼い見学者を歓迎する。

「訓練校の事、いろいろ勉強させていただきますっ!」

「はい、しっかりと勉強していってね」

 孫でも見ている気分なのか、意気揚々と言ったエリオを、学長は愛おし気に見つめている。

 それから、フェイトは「もう少し学長先生とお話があるから」と、シャーリーにエリオを任せる旨を伝えた。

「それじゃあ、お願いね。シャーリー」

「もちろんですっ! 勝手知ったる母校ですから、しっかり案内してきますよ~♪」

「ありがとう。エリオも、いい子でね。シャーリーの言う事、ちゃんと聞くんだよ?」

「はい、フェイトさん」

 そんなやり取りを交わしたのち、いってきますと手を振って、部屋を出る二人を見送った。

 気を付けてね、といったところで二人の姿が部屋の外に消え、学長室はどことなく静けさを増した空気に包まれた。

 しかし、それはある意味で、善い事でもあるのだと、学長は知っている。

「かわいい子ね。ウチの孫たちよりも元気なくらいだったわ。……本当に、例の事件に関わっていたなんて、思えないくらい」

 学長の言葉に、フェイトも小さく「はい」と頷いた。

 違法研究の施設で、実験動物じみた扱いを受けてしまっていたエリオだったが、フェイトに保護されてからの数年で、すっかり快活な少年になっていた。

 事件当初の様に心を閉ざすこともなく、優しい人たちに囲まれて、あたたかい日々を送っている。先ほどまでのエリオの姿が、何よりもその証明になっているといえよう。フェイトの成した、そしてこれからも向き合い続けるだろう事柄に、学長は胸に来るものを感じて、深い息を漏らした。

「しかしあのやんちゃ娘の片割れが、もう子供の世話をしているとはね……。私も老けるわけだわ」

「またまた……」

「ふふっ。それで……あの子も、将来は局員に?」

「本人はその気みたいなんですが……わたしからは、よく考えるように言ってます。今日の見学も、社会勉強としてのつもりで」

 フェイトの言葉に、学長は「そう……」と相槌を打つ。

 その気持ちは、彼女自身にも解るものであった。〝親〟である以上、子供が進む道というものは、好きにさせてやりたい反面、どうしても気になってしまうものだ。

 管理局員という道だけが特別なわけではなく、多かれ少なかれ、どんな選択にも希望と挫折は付いて回る。ただ、他よりは人や命に密接な関りを持ち、憧れや真っすぐな正義感だけでは渡れない道だからこそ───よく考えた上で選んで欲しいと、フェイトはそう考えていた。

 何もそれはエリオに限った話ではない。去年の見学を経て、自然保護部隊の方での研修を希望したキャロにしてもそうだ。

 竜召喚士としての血がそうさせるのか、キャロはとても鳥獣を始めとした魔法生物たちに好かれている。その為、彼女がいると、生息している生き物たちの調査がとても円滑に進むのだという。

 それが嬉しかったのか、キャロは去年から保護部隊で、そういった調査を手伝っている。

 もちろんフェイトが保護する以前の様な、単なる戦力としての参加ではない。言ってみれば見習いに近い立場なので、保護者としても、ある程度は安心できる配慮をしてもらっていると言えよう。

 しかし、キャロが自分のしたい事を少しずつ見つけて行く中で、エリオも彼女に触発されたのか、今回の見学を希望してきた。

 尤も、最初はエリオもキャロと一緒に、自然保護部隊での研修も考えてはいたらしい。ただ、『召喚』という明確な特性を持ったキャロに比べると、彼の魔法適性はまだハッキリとしていなかった。

 電気への変換資質を持ってはいるが、それは基軸となるスタイルとはまた別物である。

 魔導師(ミッド)、あるいは騎士(ベルカ)

 そういった魔法の基礎さえ学んでいなかった事もあり、エリオは訓練校を見てみたいと思ったらしい。

 実際に入学するかはさておいて、ここには普通科から入学してくる生徒もいる為、見聞を広げるにはうってつけであったといえるだろう。

 ……だが、段々と大きくなっていく子供たちの背中を見ていると、フェイトはどこか、物寂しい感覚に苛まれる時がある。

 本当は、もう少し子供のままでいて欲しい。

 そう思ってしまうのは、見守る側の傲慢だろうか。───いや、解かってはいるのだ。子供というのは常に成長し続けていくもので、それを止める権利など、実の親にだってありはしないというのは。

 だからこそ、寂しくはあっても、飛び立つ鳥たちを引き留めるわけにはいかない。

 故にフェイトは、日毎に大きくなっていく『息子』と『娘』の姿に、嬉しいような、けれど少し寂しいような気持ちを感じながらも、子供たちの進路選びを手伝っていた。

(……でも、もしエリオが正式に入学したら、今の候補生(あのこたち)と同じ様に、あそこに並んでるのかな……)

 窓の外を眺めながら、あそこに並ぶエリオの姿を想像してみる。

 今より少し背丈も伸びて、顔立ちも幾分精悍さを増している事だろう。あともう少ししたら、自分よりも大きくなるのかな? ───なんて、思う時間も多くなっていくのかもしれない。

 そんな日が、来るのかどうか。

 決まっている未来などないが、来るかもしれない未来ではある。

 それは案外、そう遠くない明日に───。

 

(───あぁ、そういえば)

 

 その時ふと、思い出した。

 昨年の空港火災で、彼女が救助した少女の事を。

 確かあの子も、陸士候補生だったか。年齢は聞いていないので詳しくは分からないが、大人びてはいたものの、印象は自分より五つくらい下に見えた。

 となると既に卒業しているのかもしれないが、彼女もこういった場所で学んでいたのだろうか───と、フェイトは窓の外にいる生徒たちを眺めながら、懐かしい顔を思い返す。

 妹がいるという話だったので、もしかすると、その子もここへきているのかと、入学式の儀式に立ち会う生徒たちへと、フェイトは再び目を落とした。

 

 そこには、これから次元(セカイ)へと駆け上る、まだ生まれたての星々の姿があった。

 いつか、どこかで。

 共に、肩を並べるかもしれない後輩たちの姿を、あたたかく見守って───その姿を前にして、フェイトは優しく微笑んだ。

 

 ───そんな彼女の視線の先に。

 まるで、青空と夕焼けを併せたみたいな色彩をした、二人の少女の姿があった。

 

 未だ、言葉すら交わしたことの無いその二人は、一見すると、関わり合うかどうか疑わしい雰囲気を醸し出している。

 片や鋭く、片や柔和な空気を纏う。

 どことなく反対で、反発してしまいそうな予感を抱かせる二人。だが、そんな彼女たちにも一つだけ、共通するものがあった。

 

 目指すべき何かを既に心に持っている様な、真っ直ぐな眼差し。

 辿り着きたい場所を、既に持っている。そう思わせる雰囲気が、二人にはあった。

 胸に抱くそれは、大きな夢であると共に、揺らがぬ固い意志として、彼女らの中に根付いている。

 果たして、この先に置いて彼女らが何を成すのか。

 その答えはまだ分からない。しかし、さして遠い未来でもないだろう。

 もちろん、それは何も彼女たちに限った話ではなく───きっと、この場に集まった原石たち全てに、自分自身にとって目指す何かを見つけ、輝ける時が来る。

 

 元より彼ら彼女らは、磨かれる(その)為にここに居るのだから。

 

「試験をクリアし、志を以て本校に入校した諸君らであるからして……管理局員としての心構えを胸に、平和と市民の安全のための力となる決意を、しかと持って訓練に励んで欲しい」

 

 祝辞の締めを口にした教官に、生徒たちは『はいっ!』と、威勢のいい返事を返した。

 その姿を見て、壇上に立つ教官は自身の口角がやや上がるのを感じた。だが、直ぐに表情を正し、

「以上、解散! 一時間後より訓練に入る!」

 と、生徒たちへ向け、これより教え育てる者として、鋭く支持を飛ばす。

 すると生徒たちも、いよいよ本番へと足を踏み入れるのだと気を引き締めなおし、啓礼と共に、再び威勢よく返答を返した。

 

「「「はいッ‼」」」

 

 このやり取りを最後に、入学式は閉式へと至った。

 いよいよ、単なる日常としての時間は一度終わりを告げ、本格的な教練が始まる。

 数多の厳しい課題が待ち受ける、『第四陸士訓練校』で起こる目まぐるしい日々は、こうして幕を上げたのだった。

 

 

 

 

 

 

 原石たちの日々Ⅰ Break_Out_of_Your_Shell.

 

 

 

  1

 

「各員、狩り割り当ての部屋へ移動! 二人部屋のルームメイトは、当面のコンビパートナーでもある。試験と面接の結果から選ばれた組み合わせだ。円滑に過ごせるよう、努力するように!」

 教官から告げられた指示に合わせて、訓練生たちは、これから寝食を共にする仲間の名前を確認する為、壁に張り出された組み合わせ表へと視線を向ける。

 その中に、スバルの姿もあった。

「えーっと、あたしは……」

と、小さく呟いて、自分の番号を確認しようとする。が、幾分周囲に比べると年下な事もあり、背丈が低いスバルはなかなかしっかりと見られない。

 どうにか人だかりが薄れだした辺りで前に踊り出し、表に記載された自分の割り当てを確認する。

 幸い、指して苦労するまでもなく部屋番号は見つけられた。

 

「「───三十二号室……、え?」」

 

 その時、またポツリと口に出した声が、今度は誰かと重なった。

 不意に重なった声の方へと顔を向けると、同じように自分を見返す顔がそこに在った。

「「…………」」

 しばし、間が開く。

 互いに、何となく状況は理解している。しかしいきなりだったせいか、二人とも二の句を継ぐタイミングを逃してしまっていた。おまけにスバルは緊張気味で、普段の快活さもこの場ではやや鳴りを潜めている始末。

 どうしよう? そう考えている事が見て取れる様子を見かねたのか、向き合った少女の方が確認するように口を開いた。

「……三十二号室?」

「あ───はいっ、そうですっ!」

 訊かれて、スバルはやっとこさ応えを口にできた。

 そして、第一声を過ぎれば、あとはそこまでよりはまだ容易い。

「スバル・ナカジマ、十二歳です。今日からルームメイトで、コンビですね。よろしくお願いします!」

 普段通りの快活さを取り戻して、和やかにスバルはそう告げる。

「正式な組と、編成分けまでの仮コンビだけどね。……ティアナ・ランスター、十三歳。よろしく」

 が、どうやら相手はややクールな性質(タチ)らしい。

 手短な自己紹介を口にして、「とりあえず荷物置いて、着替えて行きましょ。準備運動、しっかりやりたいから」と、次へ行こうと促してくる。

 それにスバルは「は、はいっ!」と返事をして、既に歩き出していた少女の後を追って、部屋へと向かう。そうして廊下を進む途中、スバルは横目で、今後のルームメイトとなる少女をつい眺めていた。

(ティアナ、ランスターさん……年上だ)

 なんとなくは分かっていた事ではあるが、改めて印象を反芻すると、すごくしっくりくるような気がした。

 年齢的には一つしか違わないみたいだが、スバルは実際の差以上に、彼女の事を『年上だな』という印象を受けた。

 意志の強そうな瞳に、明るい橙色の髪を左右で二つに結った髪型が印象的な、スバルよりいくぶん背の高い少女。その分、ちょっと押され気味にもなったが、決して不快ではない。むしろ、最初に感じた印象通りの、高潔さにも似た何かがティアナにはある。

 言葉にはしづらいが、強いていうのなら───それは。

 

(……なんか、キレイなひとだなぁ……)

 

 そう。漠然とではあるが、スバルはそんなことを思った。

 姉とも、母とも違う端麗さ。これまではあまり出会った事の無いタイプだったせいか、スバルは不思議とティアナに興味を引かれていた。

 ただ、あんまりにもまじまじと見ていたせいか、「なに?」と不思議そうな顔で訊ねられた。

「あ、いえ……! なんでもないです」

 流石に初対面なのにじろじろ見ていたのは失礼だったかなと、スバルは視線を外して短く謝った。

 しかし、あまりそういうことを気にする性質ではないのか、ティアナは「そう」と、やはり少々そっけなく返して、こう続けた。

「それより、丁寧語なんて使わなくてもいいわよ。立場は対等なんだから」

「はい……じゃない、うんっ」

 そんな、まだ不慣れなところが残るやり取りを交わしながら、二人は歩みを進めていく。

 ほどなくして、彼女らが部屋を後にした頃。

 遂に、訓練校初日の授業が幕を開けようとしていた。

 

 

 

 

 

 

  2

 

 入学式が終わったのと同刻。

 シャーリーに連れられて、エリオは訓練を見学できる屋上スペースへやって来た。

 教師陣や、時折来る地上本部()本局()視察(スカウト)が利用する場所だけあって、見学するにはうってつけである。

「ふぇー、広い練習場ですね……」

 眼下に広がる光景に、エリオは感嘆にも似た声を漏らす。そんな幼く無邪気な反応に、シャーリーは微笑ましげに「うん、陸戦訓練場だからね」と頷いた。

「ここが陸士中心の訓練校っていうのもあるけど、陸戦の訓練は地上のいろんなところを再現しなきゃだから、空に比べると、横の面積は広く取られることが多いかな」

「……ってことは、ここ以外もやっぱり陸戦系の施設なんですか?」

「そうだよー。ほとんどの戦闘魔導師のスタート地点で、今も一番数が多いのが〝陸戦魔導師〟だからね。もちろん、ここから空戦の方に行く人たちもいるけど、初歩はここで学んでから、って人が殆どだね。フェイトさんたちみたいに先天的にAランク以上とか、そういう人たちを除けば飛行訓練はそれなりの時間と予算が掛かるし」

「時間は分かりますけど……予算も、ですか?」

 首を傾げるエリオに、「そう」と頷いて、シャーリーは続ける。

「最初からビュンビュン飛べるなら、あとは戦闘技術を磨くことに専念できるよね? でも、飛ぶまでにもそれなりの適正と技術は必要なの。

 飛び方と戦い方を同時に学ぶっていうのは難しいし、空の上で魔法が途切れちゃったりする危険もある。だから陸戦に比べるとどうしても安全面には気を遣わなくちゃいけないし、戦い慣れているかどうかは、結構重要な要素になってくるんだよ」

「なるほど……」

 シャーリーからの説明に、エリオはふむふむと頷いた。

 確かにエリオ自身、空戦に対する適正はあまりないという結果が出ている。もちろん、努力次第では、可能性はゼロではないのだろうが───だからといって、まったくの素人のまま空での訓練に挑むのがどれほど危険なことかは、子供のエリオでも分かった。

 飛行適性が最初からずば抜けているのならともかく、飛ぶことそのものに不安要素を抱えているのなら、ある程度戦えるようになってから挑んだほうが無難である。仮にそれで空戦を完璧に会得することが出来なくても、少なくとも陸戦魔導師として身に着けた力は無駄にはならないのだから。

 更に言えば、『飛べる』のは便利だが、別段それが全てにおいて優先されるステータスというわけではない。

 それどころか、そのアドバンテージに胡坐をかいていれば、場合によっては手痛いしっぺ返しを食らう可能性だってある。

 例えば、AMFなどの魔法が封じられた状況下で、魔法抜きでの一対一(タイマン)をする状況に追い詰められたとしよう。

 こうなれば、地に足を着けた戦い方が必要になってくる。となれば、陸戦経験のある空戦魔導師と空での戦いしか知らない空戦魔導師、そのどちらが良いのか。

 あくまでも想定だが、万事万全などと言えないのが、魔法という技術に傾倒した次元世界の法則だ。

 魔法戦は、ちょっとしたきっかけ一つで、容易くバランスを変えてしまう。

 どれだけ速く、すべての攻撃を躱し、鋭い刃を振るえる魔導師がいたとしても。

 その攻撃を受け止め、耐えきり、足を一度でも止めることが出来るなら───逆転を狙えるだけの一撃によって、盤面をひっくり返せる可能性もゼロではない。

 『魔法』という便利で優れた技術は、一見して万能にも思えるだけの凄まじい力を見せる事もままあるが、だからこそ、決定的且つ絶対的な必勝の法は存在しないのである。

 故に、本質的にどちらが上か下か、などという議論は無意味だ。

 もちろん現実には、区分による競争は少なからず存在する。正義を掲げると権力には、どんな時代、どんな世界でも、少なからず格差と尽きない欲望が付き纏う。けれど、それだけが世界を守る魔導師の全てではない。

「陸も空も、それぞれの場所でそれぞれに働いて、助け合っているからこそ……この世界を守れるんですよね」

 少なくとも、ここにはその一欠片が、ちゃんとある。

 傍らの幼く、小さな身体に込められた真っすぐない意志に、シャーリーは「うん」と優しく微笑みで応えた。

「エリオはちゃんと解ってるみたいだね」

「はい、フェイトさんに教わりましたから」

 そう言ったエリオの頭を「偉いね」と、シャーリーが優しく撫でた辺りで、門の方へとやってくる人影があった。

「───あ、そろそろみたいだよ」

 エリオの頭からそっと手を放して、シャーリーは入場口を指さす。そこには、これから夢へと駆け上る、うら若き原石たちの姿があった。

「朝の訓練、始まるみたいだね」

 新人たちは皆、意気揚々と初訓練への意気込みを燃やしている。

 そうして、エリオとシャーリーの見守る中、ここ第四訓練校での初教練が幕を開けたのだった。

 

 

 

 

 

 

  3

 

 準備を終えた新人たちは、訓練場脇にある倉庫で、教官から教練で用いる装備(デバイス)を選ぶように促されていた。

「では、一番から順番に訓練用デバイスを選択。ミッド式は片手杖か長杖、近代ベルカ式はボールスピアのみだ」

 教官の指示に合わせて、新人たちは皆それぞれの戦闘様式(スタイル)に合ったデバイスを選択する。

 その中に、スバルとティアナの姿もあった。

 

「アンタ……スバルだっけ、デバイスは?」

 壁に立てかけられたデバイスを見ながら、ティアナはスバルにそう訊ねる。それにスバルは「わたしベルカ式で、ちょっと変則だから……」と続けて、抱えてきた鞄から、二つの装備を取り出した。

 そうして取り出した装備を身につけながら、スバルは自分のデバイスに関することをつらつらと語る。

「持ち込みで自前なの。ローラーブーツと、リボルバーナックル。インテリシステムとかはないタイプだけど、去年からずっとこれで練習しているの」

「ふぅん……」

 スバルの言葉に頷きながら、確かに珍しい装備だなと、ティアナはその装備を眺める。

 足に装着した『ローラーブーツ』は、陸戦での機動性を挙げる為のものだろう。一応デバイスの類ではある様だが、魔法に反応する以外は、少々作りの粗いローラースケート然とした見た目をしている。

 これだけでも十分珍しいが、右腕の装備もなかなかに珍しい。

 『リボルバーナックル』という名前らしい、拳装着型のアームドデバイス。どうやら、此方が攻撃補助用の武装なのだろう。

 二つのデバイスを持つ時点で珍しいが、明確に移動と攻撃に別れた二つを纏ったその姿は、むしろ判りやすいある言葉を思い起こさせる。

「格闘型……前衛なんだ」

 ティアナがそう口にすると、スバルは「うん!」と頷いた。

 格闘型は、近接戦闘を中心とした戦いを好むベルカ式の中でも、特に純粋な『格闘戦技』を用いた戦闘を行う。近年ではベルカ式自体が少なくなってきたこともあり、『騎士』に比べるとその絶対数は少ない。

 だが、歴史を辿ればベルカ式における格闘戦技は、ベルカ式魔法の全盛期においても、かなりの強者たちが名を残している。

 古代ベルカの諸王時代における英雄鄲など、まさにその代表例だ。

 使い手そのものの絶対数は少ないが、今でも憧れる者は多く、この流れを汲んだ魔法格闘競技は、ミッドでもなかなかの人気を誇る一大競技になっている。

 ただ、『リボルバーナックル』を見る限り、スバルは格闘ファンというわけでなさそうだ。

 まだ直接見ていないため憶測ではあるが、格闘競技で用いるものより、ずっと戦闘用の装備であるのだけは分かる。

 本当に珍しい使い手なのだな───と、ぼんやり考えていたら、今度はスバルの方から「ランスターさんは?」と戦闘様式について質問が飛んできた。

 それに応えようとして口を開いた時、ティアナは何となく、スバルと自分が組まされた理由が分かってきた様な気がした。

「ああ……、アタシも自前。ミッド式だけど、カートリッジシステム使うから。他に自作持ち込みはいないみたいだし、変則同士で組まされたんでしょうね」

 何となく余りもの同士だったのかも、と暗に述べつつ、ティアナもまた、自前のデバイスを取り出した。

 そして、それもまた、スバル同様になかなか珍しい代物であった。

 射撃系統の魔法が発達したミッド式においても、魔導師のデバイスとして銃が選択されることは、実は少ない。

 そもそも魔法における射撃魔法とは、魔力の弾丸を形成し、射出することで発動する技法である。

 たとえそれが杖の切っ先であろうと、或いは銃口であろうが関係ない。極端なことを言えば、魔法射撃における得物には、『弾丸を撃ち出す』という機能は必要ないのだ。

 が、デバイスとは、魔法の手助けをしてくれる代物。そのため、自身のイメージを重ねやすい形態を選ぶのは、決して悪いことではない。

 珍しくはあるが、武装の選択には個人の自由であり、()()()事に長けた狙撃手などといった、銃型ならではの戦い方を目指している者もいる。要するに格闘型と同様、弱くはないがそれなりに珍しく、本人の資質やこだわりが強く出やすいタイプなのである。

(にしても、バリバリ陸戦(きんせつ)格闘型(ベルカ)と、中距離(ミドルレンジ)射撃型(ミッド)……理屈は分かるけど、偶々にしちゃ、ずいぶん思い切った組み合わせよね。───いや、最初に見といて、それで使えるかを確かめるってことか……)

 実際、見ようによっては尖りに尖った組み合わせだ。何せこれから学ぶ新人のくせに、端から自分の戦闘様式を貫こうとしているのだから。

 教官たちの意図はそんなところだろうか? などと、ティアナは自分たちの組み合わせについて推察していたのだが、

「わ……銃型! 珍しいね、かっこいー♪」

 相方の方はというと、純粋に───いや、もうほとんど能天気といっていいくらい、「お互い珍しい者同士だね~」なんて無邪気な反応をしている。

 十二歳といっていたくらいだし、ミッドで言えば中等科の一年生くらいの年齢だということを踏まえれば、そこまで変な反応とも言えない。

「──────」

 ただ、そこに少しだけ意識の乖離を見たような気がして、ティアナは口を噤み、スバルを静かに見定めるような眼をしていた。

「あ、え……?」

 しかし、スバルからすればこの反応には戸惑いを覚えるのは無理もない。

 気に障ることを言ってしまっただろうかと思っているらしいが、ティアナ自身、そこまで気に障ったかといえばそうでもない。

 というより、こんな風な状態は不毛もいいところだ。

「……並びましょ」

「う、うん……」

 とりあえずその場は流して、さっさと先へ進もうと促した。

 スバルもその後を追って練習場へと向かったが、内心はクールな相方に、ちょっとだけ押され気味だった。

 

 

 

 

 

 

  4

 

 そんなこんなで、スバルとティアナがやっとこさ初教練に赴いた頃。

 ミッドチルダ西部にある陸士一〇八部隊の隊舎では、彼女らの家族たちが、本格的な道へと進みだした娘や妹たちの事を想い、ちょっとした雑談に興じていた。

「そろそろ入学式も終わった時間(ころ)か。スバルはちゃんとやれてんのかねェ……」

 作業を熟しながら、ゲンヤはそんな事を呟いた。するとその声を受けて、傍らから「そうですね……」という相槌を打つ声があった。

 ゲンヤが声の方を振り向くと、そこには娘であり、現在は自身の部隊に所属する局員でもあるギンガが、コーヒーカップをお盆に載せて此方に歩いてくるのが見えた。

「ちょっと内気な子ですから、心配は心配なんですが……あの子なりに頑張って、上手くやってると思いますよ」

 父にコーヒーを差し出しつつ、ギンガはスバルなら大丈夫だろうと微笑む。

 もちろんゲンヤとしても娘を疑うわけではないが、そこは複雑な親心というもので、「だといいがな」といった素っ気ない返答が出てしまう。尤も、娘も娘でそんな父の性質を理解しているようで、

「はい、父さん」

 と、ギンガは穏やかな笑みのままで応じた。

 すっかり見抜かれてるなと感じるものの、そこは部隊長としての矜持か、「ここでは部隊長だ」と一つ息を()いてカップに口をつける。

 程よい苦みと香りを楽しみながらも、温かい飲み物で少し落ち着くと、どことなく感傷的な思いが湧いてしまう。

「しかし、お前といいスバルといい、俺ぁ局員になんぞしたくなかったんだがなァ……」

「……すみません」

 父の言葉に、ギンガは本当にすまなそうな顔をしていた。そんな顔をさせたいわけではなかったが───しかし、これも親としての正直な気持ちではあった。

 今さら言っても、仕方のないことではある。ただ、それでも亡き妻と共に守ると決めた子供たちが進む道は、決して容易いものではない。

 管理局員として長年勤めているゲンヤは言うに及ばず、まだ新人と言って差し支えないギンガも、ここ数ヶ月の間にその意味は十二分に理解していた。

 が、だからこそ───。

「でもスバルも、()()()から夢と目標を見つけてくれましたし……母さんも、きっと喜んでくれてると思うんです」

 この道を選ぼうとする心は、決して間違いではないと。

 机の上に建てられた一枚の写真立てへ視線を落としながら、ギンガはそう言った。

「……だと、いいんだがな」

「はい」

 これから進むという意志を決めた声色に、これ以上は水掛け論かと留飲を下げる事にした。

 柄にもなく親馬鹿になっていたか、とゲンヤは頭を軽く掻いていたが、「しかたないですよ」とまた新たな声が掛かる。

「ティーダか」

 声のした方を振り返ると、ここ数年ですっかり馴染んだ部下の姿があった。

 「はい」と柔和な笑みで応えた青年は、ティーダ・ランスター。六年ばかり前の事件での大きな怪我を負った彼は、ゲンヤに誘われてこの部隊へと配属された。それからというもの、魔導師としてのリハビリと並行して、ここ陸士・第一〇八部隊で捜査官たちの補佐をしている。

 ちょうど同じ年頃の娘や妹を持つ者同士気が合った事もあり、ゲンヤとは部隊に着任して以来、公私共に親しくしている。そして、前にも似たような話題が上った事もあり、ティーダはその時の事を思い出しながら、ティーダはゲンヤにこう言った。

「大丈夫だと思いますよ、ゲンヤさん。ギンガちゃんの言う通り、僕もスバルちゃんは上手くやってると思います」

「おいおい。ティーダ、お前さんもか?」

「すみません。けど、前にゲンヤさんも言ってたじゃないですか。───憧れって感情は、自然なものだから止められない、って」

「ったく、痛いとこ突きやがるな。随分前のことを覚えてやがる……」

「あの時は前後にいろんな事がありましたから、結構印象に残ってまして。……そうはいっても、心配だって言う気持ちも凄く解るんですが」

 妹が同じ様な状況である事もあり、ティーダは少し困ったような笑みを浮かべる。

 違いねぇな、と応えながら、ゲンヤも重く籠もった息を吐き出した。

 二人がそんなやり取りをしていると、話から僅かばかり置いて行かれたギンガが、不思議そうな顔で二人を見ていた。するとそれに気づいたティーダが、事の次第を伝える。

 今から二年が経過しようとしている、空港火災の少し前。

 ギンガとスバルがここへ来るというので、迎える準備をしていた時の話だった。

「なるほど……。そういえば、二年前くらいでしたね……私たちが初めてここに来たの」

「そうだね。ちょうど、ギンガちゃんたちと初めて会う少し前だったかな? この話をしたのは」

「へぇ……ちょっと興味あります、私が来る前に父さんとティーダさんがどんな風だったのかとか」

「おいおいギンガ、そんなこと聞いてどうすんだ?」

「それは……そうですね、スバルへのお土産話にでもしようかと」

 ギンガはそう言って、休みが合ったらスバルに会う約束をしている旨を父に告げた。

 何もこんなことをと思わなくもないが、一度出た興味は止められるものではないかと諦める。どうせここで止めても、ティーダがギンガのサポートについている関係上、いずれは知れる事だろう。

 が、父親としてはあまり娘たちを心配している姿を知られるのはどこか気恥ずかしいものがあるので、

「まったく、楽しそうにいいやがるなぁ。教育係をティーダに任せたのは失敗だったかねぇ……」

 ちょっとだけ意趣返しのつもりでこんなことを言ってみる。

 しかし、何だかんだこういった腹芸は次がれているらしく「褒め言葉と受け取っておきますよ、部隊長」とティーダは涼やかな表情で返してきた。

 どうやら在りし日の生真面目で初々しい頃の彼は、もういないらしい。

 頼もしくも物寂しい心持ちで、「はぁ……」とゲンヤは溜息を零し、話を先に進めていく二人を大人しく見守る事にしたのだった。

 

 ───と、兄と姉のコンビが穏やかに笑い合っていたのと同刻。

 訓練校では、それに相反するような凸凹コンビが、いよいよ出番を迎えようとしていた。

 

 

 

 

 

 

  5

 

「次! Bグループ、ラン&シフト!」

 教官の指示が飛び、生徒たちは自身らの番号通りに列を作り、組番号を呼ばれるまで待つ。

 鋭い笛の音が鳴る毎に、先行する生徒たちは順当に課題を熟して行く。そうして組の数字が二〇の半ばを過ぎ、そろそろスバルとティアナに出番が回ろうとしていた。

「障害物を突破して、フラッグ位置で陣形展開。分かってるわよね?」

 自分たちの出番まで残り三人を切ったところで、ティアナはスバルにそう問うた。

 正直、この訓練そのものはさして複雑という訳ではない。

 あくまでこれは、陣形展開の基礎動作の確認作業みたいなものだ。疎かには出来ないが、かといってまだ先があるというのに、こんな事で一々止まってなどいられない。

 しかし、今回は初日の初演習。

 加えて初合わせである以上、一応の確認作業を要する。

 そもそも戦闘の型が基本から大きく外れてはいないのならば、訓練校の規定に沿った動きをすれば事足りる。

 だが、個々の個性が強いとなれば話は別だ。そして幸か不幸か、彼女たちは後者の組み合わせである。

 それ故の問いかけだったが、スバルは「うんっ!」とティアナの声に頷き、やる気十分といった様子。少々の緊張は残っている様だが、そこは仕方ない。むしろ能天気でいられたら、そちらの方が困る。

「前衛なんでしょ? フォローするから、先行して」

 ならば、とティアナはスバルにこう告げる。まずは互いの前衛と後衛(とくいぶんや)で基本形をしっかりと熟して行こうと。

 スバルもその意図は察したらしく、再び強く「うん!」と頷いた。

「……よし、では次の組!」

 と、彼女らの確認がちょうど済んだところで、教官が二人に位置につくように指示を出した。

「三十二……セット!」

 地面に引かれたラインの前に来たところで、教官は笛を構え、開始を告げる動作に入った。

 合わせて、二人もまた飛び出す構えを取る。

「「──────」」

 場が静まり、空白が生まれる。

 疾走する時を待つスバルのローラーが昂ぶった声を上げ、それに釣られて鼓動が高鳴っていく。

 目の前で幾度も繰り返された事であるのに、自身の番となると、やはり昂揚は避けられない。

 そんな耳の裏で響く脈動の中、スバルとティアナは合図を聞き逃すまいと、神経を研ぎ澄ませ続け───そして。

 

「───GOッ‼」

 

 警笛(ホイッスル)を耳に捉えるや、スバルは豪快なまでに地面を蹴り跳ばし、目印となる円錐(フラッグコーン)の元までかっ飛んだ。

 実際のところ速度だけでいえば、生徒中では最速の部類である。しかも、一切の魔法による強化(ブースト)を用いていない辺り、スバルの身体(フィジカル)面での強さが伺える。

 それが単なる鉄砲玉(みせかけ)でない事も明らかで、目標地点での停止旋回(ドリフト)も迅速で、「フラッグポイント確保ッ! 次は───」という確認(こえだし)こそ不慣れなものの、即座に次の動作に入れてはいた。

 しかし、巻き起こした土煙が立ち昇る中。

 ピピーッ! と、二度目の警笛(ホイッスル)が鳴り響いた。

「三十二‼ 馬鹿者、何をやってる!」

「……え?」

 突然の叱責に思わず呆けたスバルだったが、原因自体はすぐ判った。

 あまりにも勢いよく飛び出しすぎて、相方であるティアナまで巻き込んでしまっていたのだ。

 見せた力こそ凄まじかったが、チームワークを計る場に置いて、これは明らかなミスである。

 部隊に置いて、こういった独断先攻は非常に危険な行為である。いかな訓練とはいえ、実戦で同じミスをしない為の教訓として、二人には罰則が言い渡された。

「安全確認違反、コンビネーション不良。視野狭窄! 腕立て二〇回ッ‼」

「はいっ!」

「は、ハイっ!」

 教官からの言い渡しに、ティアナとスバルは粛々と従う。

 ただ、今回の失敗はスバルによるところが大きい。そのためか、非常に申し訳なさそうな顔で、スバルは謝罪の言葉を探しているのが分かった。

「ご、ごめん……」

 こうも素直な反応をされると、罰則の恨み言をいう気も失せる。

「足があるのは分かったから、緊張しないで落ち着いてやんなさい」

 能力面を把握していなかった事には自分にも責があると認め、ティアナは次に繋げていくように短く告げた。

 年上らしく振舞うティアナに感謝は尽きないが、ただほんの少しだけ気になった事を上げるとすれば。

「次はちゃんとやってよね」

「は、はい……ッ!」

 彼女の視線が、普段よりも更に切れ味を増すのを真っ向から受けたスバルとしては、正直ちょっと怖かったというのが、素直なところであったようだ。

 

 

 

 程なく罰則を終えた二人は、再び教練に戻って行く。

 今度は足を抑えたスバルと無難にポイントに着き、陣形を展開。要求される動作の上では、きちんと成功していた。

 最初を見てしまっただけに、コンビネーションとしては課題が残るものの、初日から全力でのコンビネーションをというのは無理がある。

 難アリという評価は否めないが、完全に出来ていないわけではない。改善に期待して、教官は再度挑戦した二人に一応の承認を出した。

 そうして、教練は次の段階へと移行する。

「次は垂直飛越。これはカンタンでしょ? 相手を押し上げて……」

「上から、引っ張り上げてもらう」

 今度は失敗しないように、と確かめるように続けるスバルに、「そう」とティアナは首肯する。

「あんたを先行させるの心配だから、あたしが先ね」

 フィジカルが強いのは先程の失敗で解っている。となれば、この順で行くのがベストだろう。

 理屈の通った判断に、スバルも頷いた。

 では早速と、障害越え用の壁に並ぶ。尤も、壁自体はさして高くない。二人の身長より、頭一つばかり高い程度だ。

 とはいえ、一人で登ろうとすれば、手間取るだろう造りをしている。一切の足掛かりの無い壁は、よほど身長が高いか、かなりの跳躍力と腕力を持ち合わせでもしなければ、一人では越えられても身体をしたたかに打ち付けてしまいそうだった。

「届かないとぶつかって痛いんだから、しっかり勢い着けてしっかり上まで飛ばせてよ?」

「うんっ! じゃあ、行くよ? いーち、にーの───」

 だが、こうして確認しておけば、押上が足りないということもあるまい。そうティアナは高をくくっていたのだが、彼女は一つ失念していた。

 この壁超え、確かに力が弱すぎるのも困りものだが、逆に強すぎても困るものだという事を。

 

「───さんっ!」

 

 その可能性に、ティアナは放り上げられてから気づいた。

「へ……ぇえええッ⁉」

「え? ああああっ⁉」

 壁に掛けるつもりだった手が、文字通り宙を彷徨っていた。ついでに言えば、彼女自身の身体も同じように。

「ひゃ、ぁぁぁああああああ~~~っっっ‼⁉⁇」

 緩やかな放物線を描いて落ちて行く中、年頃の少女らしい悲鳴が轟いた。

 あんまりな事態に、さしものティアナも驚愕を隠せなかったらしい。

 しかし無理もない。全く想定していない状況からいきなり空中に放り出されれば、誰であろうと驚きもする。

 そして、驚いているという意味では、放り出した側も同じであった。

 しまった! と、完全に力加減を間違えたことに気づいたものの、認識するのが少し遅かった。

 相方はとうに空の上。このままでは地面に激突は必至である。

 だが、このくらいであれば落下緩衝魔法(フローターフィールド)でも使えば、大事には至らない。……ただ、哀しいかなこの時の二人は、どちらも的確に判断を下せるほど冷静ではなかった。

 ティアナは思った以上に放り上げられた衝撃ゆえに、スバルは思った以上に放り上げてしまったが為に。

 それぞれがそれぞれに、想定外の事態に直面したこの状況で───入学したての訓練生(しんじん)が、正しい判断を下せるかといえばそんなわけもなく。

 さりとて、逆にその場に留まっていられるほど、大人しくしてもいられず。

 落下、いやもうあれは墜落か。

 ともかく地面に向かって落ちてくる相方を見据え、我武者羅に状況を『どうにかしよう』という思考を働かせ、ある一つの答えに行き着いた。

 通常であればまず選ばないだろう方法だが、スバルはそれを『出来る』と判断し、また正しいかどうかはともかく───幸か不幸か、少なくともこの場に限れば、彼女にはそれを実現できるだけの力を持っていた。

「───はぁあああああああッ‼」

 と、力の籠った雄叫びと共に、スバルは本来の障害物である壁を()()()()……その向こうに設置された、壁よりやや高い障害越え用の人工崖すら()()()()て行き、そこへ落ちて来たティアナを受け止めてしまった。

 ズドッ‼ という着地の音に遅れて、再び舞い上がった土煙の中から、二人の姿が見えてくる。

「ご、ごめんなさい……大丈夫?」

「な……、……っ‼⁉⁇」

 しかし、あまりの展開に、ティアナは思考が追いつかなかった。

 空に吹っ飛ばされたかと思えば、今は地面の上で、激突したかと思ったが、受け止められていて……しかもその受け止めたのが、放り投げてくれた張本人だという。

 控えめに言っても、あんまりにも無茶苦茶である。

 おまけに当の本人は大して息も上げず、自分のしたトンデモより、こちらのケガの心配をしているときた。

 言葉すら発することも出来ず、結局ティアナは教官から再度注意を喰らい、「訓練中断! 一度引っ込めッ‼」との命を受けるまで、ぴくぴくと怒りとも恐怖ともつかない震えに苛まれるままであった。

 

 なお、そういった二人の様子は───

「うわ~、すごいですね! あれ楽しそうですっ!」

「うーん……エリオにはまだ早いから、マネしちゃだめだよー? フェイトさん、たぶん泣いちゃうから……」

 屋上でそんなやり取りをしていた少年やその付き添いのお姉さんを始め、学長室にいた学長と、話していた執務官。その他、一緒に訓練を受けていた数多の生徒にもバッチリとみられており、二人は入学初日から色々な意味でその名を轟かせる事になったのであったとさ。

 

 

 

 

 

 

  6

 

「あらあら。今年の新人は、例年以上に元気な子が来たみたいね」

 窓の外で起こる新人たちのヤンチャぶりに、ファーン学長は楽しそうな笑みを浮かべて、そんなことを言った。

「ええと……そうみたい、ですね」

 全面的に同意して良いものか計りかねて、フェイトは曖昧な返事を返す。

 しかし苦笑を浮かべるフェイトとは対照的に、学長は実に穏やかな表情を崩さない。長年この訓練校を任されているだけあって、あの程度の事は日常茶飯事なのだろうか。

 ……いや、案外、単純な好みの問題なのかもしれない。実際、学長はフェイトたちが部屋に入ってすぐの話でも、フェイトやなのは、シャーリーといったヤンチャな生徒の事を楽しそうに話していたし───などとフェイトが考えていると、彼女を引き戻すように学長は掌を一つ叩いた。

 目の前の()()()の意識が戻って来たのを見て取ると、学長はやや鋭い表情で、フェイトに「……さて、じゃあそろそろ本題に入りましょうか」と言い、続けた。

 

「わざわざ訓練校(ココ)に来た、執務官殿の()()()は何かしら?」

 

 そう訊ねる姿は、生徒たちを優しく見守る教師ではなく、管理局という鬼の巣窟に長年席を置き続けた『ファーン・コラード三佐』という古兵(つわもの)のものであった。

 鋭さを増した場の雰囲気に合わせ、フェイトも「はい」と応え、気を引き締めなおす。そして「では」と前置きして、フェイトは事情を語り始めた。

 

 

 

「───去年の空港火災。公にはされていませんが、原因は古代遺失物(ロストロギア)です。密輸品として運び込まれたものが爆発したとみられています。

 そして、その古代遺失物(ロストロギア)に付随するように現れた……いえ、現れていたのだと()()()()()機械兵器があります」

 そういってフェイトが空中に映し出した画像には、無人の自律型機械兵器の姿が。

「そう……コレのことだったのね」

「はい」

 示された画像には、ファーンも見覚えがあった。六年ほど前に一度、そして一年前にも空港火災の直前に出現が確認されていたという機械兵器である。付けられていた識別名は、確か───。

「神出鬼没に古代遺失物(ロストロギア)に群がって、確保しようとするこれらは───古代遺失物(ロストロギア)に付随することから『付随装置(ガジェット)』、あるいは『無人兵器(ドローン)』と仮称されています。

 単純な戦闘力でいえば凄まじい脅威とは言い切れませんが……以前の出現でも問題になったように、これらは一機ずつで、AMF(アンチマギリンクフィールド)を展開する機能を有しています」

 如何に()()()と分かっている敵であっても、単純な魔法の多くを無効化してしまうとあれば、単なる有象無象とは切り捨てられない。

 『魔法』は術者にとって矛であり盾だが、それらを剥ぎ取るAMFの前では何の意味もなさない。優秀な魔導師ほど大掛かりな装備が必要ない分、一度魔法を失ってしまえば丸裸も同然だ。

 そんな危険なモノが、出現する頻度を増している。管理局内でも対策は練られているが、出現原因が『ある古代遺失物(ロストロギア)に由来する』以上の詳細は掴めていない事もあり、完全な対策は未だ取れていない。

 しかし、だからこそフェイトは、此処へ来た。

「これらが多数出現すれば、局員たちは各地で、AMF状況下での戦いを強いられます。そんな事態を防ぐために、というのが本日こちらにお邪魔させて頂いた、一番大きな理由です」

「というと?」

 そうファーンが促すと、フェイトは一つ頷いてこう続けた。

「お伺いしたいのは……そういった状況下に対応できる魔導師を育成するとして、掛かる時間と『卒業』の期待値についてなんです」

 それを聞いて、ファーンはようやく合点がいったらしい。

 訓練校(ここ)へやって来た意図は、そういう事だったのか。フェイトの意図を理解したらしいファーンは「なるほど」と頷いた。

 何かの事件絡みではあるとは予想していたが、これは局員としてのみではなく、学長として、牽いてはかつての古巣における経験も合わせて判断しなければならない。いや、正確に言えば後者を寄り重視しているのだろう。

 だからこそ、フェイトはここへ来たのだろうから。

 と、そうした事柄を一度整理したうえで、ファーンは自身の見解を語っていく。

「こういう状況だからこそ、育成は惜しむべきではないけど……でも確実に時間はかかるし、卒業期待値もあまり高くないわよ?

 それに適性のある精鋭を揃えて短期集中での訓練なら、わたしの古巣の方───今はあなたの親友がいる、本局の戦技教導隊に依頼するべきだと思う」

 その意見は、実に真っ当なものであった。

 単純に対抗戦力を増やす事に焦点を置くのなら、新人を育成するよりもはるかに容易い。……だが、それだけでは足りないのだ。

「そっちでも動いてはいるんですが、将来を見越しての準備をしたいんです……数年計画で」

「それはまた……」

 ファーンは、フェイトが見越している何かが、随分と先の事であると見て取った。

 確かに機械兵器(ガジェットドローン)の発生源は未だ不明であり、それに載せられたAMFの事も考えれば、まったく理がない訳ではない。

 しかし、だ。

「……それにしても、難しいわよ? 新暦になって質量兵器の使用が原則として禁じられて以降、CW(カレドヴォルフ)などの例外を除けば、兵器も戦力もほとんどが純粋魔力頼りだもの」

「……ええ。それは、そうなんですが……」

 少しだけ、フェイトは表情を曇らせる。それを見て、ファーンは「そういえばこの子は質量兵器系統の武装導入には、あまり乗り気ではなかったな」というのを思い出した。

 が、CW製のAEC武装を用いない手段という意図ではなさそうだ。

 そもそも、いま出現している脅威に対抗する戦力を確保するのみであるなら、ファーンの言った教導隊メインの育成でも十分だ。けれどフェイトは、それと並行した上で、『次を育てたい』と暗に語っている。

 果たしてそこに、どんな目的(ねらい)があるのか。

 とはいえ、それも仕方あるまい。まだ話は序盤であり、全てを語り終えてはいないのだから。

「まあ、あんまり話を急いでもよくないわね。せっかく来てくれたんだから、もう少しゆっくりと、詰めた話をしましょうか」

 ついでに、あなたたちの最近の話もね───と、そう促すと、フェイトは「はい」と、少しだけ明るさを取り戻した表情で頷いた。

 そうして、いくらかの近況を交えながら話は再開されていき、時はゆっくりとまた流れ出し始めていた。

 

 

 

 

 

 

  7

 

 学長室にて、将来を担う力を育てるといった話が展開されていたのと同じ頃。

 まさにそのど真ん中であろうほやほやの新人が二人、訓練場から少し離れた校舎裏の辺りをトボトボと歩いていた。

 

「訓練初日から、反省清掃……油断するんじゃなかったわ」

 己の不甲斐無さを戒めるように、ティアナがそんなことを呟いていると、その一方白の辺りから、スバルが今日の失態について謝って来た。

「あ、あの……ホント、ごめん……」

 しかし、そんなスバルに対しても、ティアナは「謝んないで。鬱陶しい」と、実に素っ気ない態度であった。

 相当に苛立っているのだろうというのは判ったが、誤って反省するくらいしか、出来る事もない訳で。

「掃除が終わったら、また訓練の続きだから……あたし、もっとちゃんとやるから……ランスターさんに迷惑かけないように!」

 と、少しばかり纏まり切らないながらも、「次こそは頑張る」とスバルは言う。

 何時までも失敗だらけでは話にならないが、彼女の姿勢自体は間違ったものではない。だが、ティアナはそれを甘さだと断じてしまう。

「……あのさぁ。気持ちひとつでちゃんとやれるんなら、何で初めからやんないわけ⁉」

 キツい物言いではあったが、確かにそれもそれで間違ってはいない。

 失敗を繰り返したという事は、挽回するには失敗を成功に変えて見せるのが一番分かり易い方法である。だが、基礎の基礎で躓いている現状を考えれば、この先も七転八倒を重ね続ければ良いとは言えない。

 失敗とは、学ぶ事だ。何故上手くいかないのかを把握し、それを乗り超える事で、成果を得る。どんな事に置いても、これは鉄板である。

 しかし、ちゃんとやるというだけで出来るのなら、世の中の人間は努力などしまい。それどころか、一度目が遊びであったのなら、なおさら質が悪い。

 どちらが悪いという訳ではないのだが、どうにも真面目で堅物なティアナと、まだ不慣れで覚束ないスバルとではこの辺りの認識に差があった。

「どこのお嬢が遊び半分で冷やかしに来てんのか知らないけどさ、こっちは遊びじゃないの。真剣なの!」

 そうティアナに言われ、スバルは思わず圧されてしまうが、ティアナが酷く真剣だというのは、しっかりと感じ取っていた。

 出会ってたいして経ってはいないが、その真剣さ故の怒りは、彼女もまた『何かを目指している証』なのだろう。だから、ティアナの怒りは解かる。───解かるが、だからと言って、スバルも『遊び』でここにきている訳ではなかった。

「あ、あたし別にお嬢でも遊びでも……! 真剣だし……本気で……ッ‼」

 目指すべきものへ向かって、走っているんだと。

 全部は言葉に出来なかったけれど、スバルの意志も同じように、ティアナにはきちんと伝わっていた。

 睨み合いじみた対峙を続ける二人だったが、互いに譲れないものが在るというのだけは知れたようで、真っ直ぐに向き合った緑と青の視線は程なくして外された。

「……掃除が済んだら、反省の旨を教官に伝えて訓練復帰。次はもう……さっきみたいな失態、許さないから」

「あ……、うん……」

 意外にも先に留飲を下げたのはティアナの方であったが、やはりどこかまだ素っ気ない。

 しかし、これでも一歩前進だろうと切り替えて、スバルは命じられた罰則を早々に終わらせるために、

「あたし掃除用具取って来るっ! すぐ戻って来るから!」

 と言って、用具置き場の方へと駆けて行った。

 そんな後姿を、ティアナはちょっとバツが悪そうに見送る。

 間違っていたわけではない。ただ、譲れないものはあるという事と、その在り方は一律ではないというだけの事だった。

 

 けれど、きっとそれでいいのだろう。

 

 そうやって学びを重ね、粗削りな原石たちは互いにも研鑽を重ねて行く。

 今はまだ、誰もが角ばかりでぶつかり合うのみ。しかし、それもまた致し方ない事である。

 ただ磨かれるだけで掴み取れる道など無い。何もせずに済むのなら、それこそこんな研鑽は起こらないのだから───

 

 

 

〝憧れで、見上げて……希望(のぞん)で進んだ、管理局魔導師への道。

 あたしはやっぱり、ダメで弱くて、情けないけど……〟

 

 強くなりたかったのに、いまも周りに迷惑を掛けてばかりで。

 憧れは未だ遥か彼方で、上へ伸ばした手は空を切り、その先の星になど届かないままだけど。

 ……でも、諦めるなんてしたくない。

 虚しい時とか、哀しい時がない訳じゃない。

 だけど───それでも、決めたから。

 

〝あの日出会った、空の星みたいなあのひとに。

 ほんの少しでも近づけるように───〟

 

 決して、変わらぬ決意を胸に。

 少女はまた、先へと向けて足を踏み出した。

 

「よーし……がん、ばる、ぞーっ‼」

 

 そうして、始まりの日の昼下がり。

 新たな学び舎へ向け、再び固めた決意と共に。

 青い髪をした少女の元気な声が、見上げた空へと溶けて行った。

 

 

 

 

 

 

 原石たちの日々Ⅱ Go_Ahead!!

 

 

 

  1 (Age77-Early_August.)

 

「そう! 落ち着いて、ルート守って! ポジションキープ、そのままよ!」

「うんっ‼」

 背後のティアナからの指示を受けて、スバルは自主練習場にいくつか設置した円錐指標(ポイントコーン)が示す道筋を正確に駆け抜けていく。

 後衛に回ったティアナも先行するスバルを援護できる体勢で目標地点へと追従しており、二人の連携もしっかりと取れている。当初の暴走を思えば、目をみはらんばかりの改善ぶりであった。

 そうして積極的に自主練習をこなしていく二人は、授業内でも順当にその成果を発揮している。

 スバルとティアナが出会ったあの日から二ヶ月ばかり。

 今でもたまには失敗もするが、入学初日の凸凹コンビも、ようやくこの組み合わせが板について来たといえよう。

 

「……よしっ! これで来月分までの予習終了。教えた通りで、ちゃんと全部出来たでしょ?」

「えへへ……。ごめんね、要領悪くって……」

 思ったより時間が掛かってしまった事を詫びながらも、スバルはきちんと練習メニューを熟せたのが嬉しいのか、笑みを隠しきれていない。

 どことなく気の抜けそうな表情にティアナは「はあ」と溜息を零す。どことなく疲れた様子の彼女に、スバルは「はいジュース、あたしのおごり」といって、いつの間に用意していたのか、冷たいボトルを渡してきた。

 二人でそれを呑みながら、反省会もかねて練習の振り返りをしていく。

 が、そこまで外れた動きはしていない。当たり前と言えば当たり前だが、訓練生(しんじん)にとっては、基本通りに訓練を熟すのが何よりも大切なのだ。

 飛ばし過ぎて連携すら取れていなかった初日からすれば、その進歩は大きい。

「……結局、あんたは自分の馬鹿力をちゃんと使えてなかったのよね。早めに矯正出来て良かったわ」

 ごくごくとボトルの中身を半分ほど飲み干して、ティアナはそんな事を言った。

 聴き様によっては棘のある言い方だったが、スバルの方は気を悪くした様子もなく、素直に「うん、ランスターさんのおかげ。ホント、ありがとう」と応えた。

 こう返されると、困るのは言った側だ。

 悪意を語った訳ではなく、間違った事を言ったつもりもなかった。しかし、どうにも嫌味っぽくなってしまった自分の物言いにモヤモヤしたものを感じるのも確かで───だが、かといって今更素直にもなれず。

「……別にィ、あんたのためじゃないしね。コンビの相方が使えないと、あたしが迷惑なだけなんだから」

 バツが悪そうにしながらも、ティアナはやはりどこか、憎まれ口っぽい返答しかできなかった。

 けれど、それは向こうも同じようで。

「でも、ありがと!」

 スバルもまた、素直なままの、無邪気な感謝を告げてくる。

 どことなくむず痒く、能天気な彼女の返答に、なんだかティアナはモヤモヤした気持ちがいっそう強くなる。

 八つ当たりに近いのは解かっていった。

 けれど、スバルの持つ魔導師としての『才能』は、ハッキリと言って恵まれすぎているレベルである。

 今は制御が上手く行かず、半ば抑えているような状態だ。

 しかし、より活かせるように鍛えれば、まだまだ伸びしろはある。……だからこそ、自分自身の魔導師としての適性に不満のあるティアナにとっては、酷く腹ただしく思えてしまう。

「ありがと、じゃなくて! アンタ、冗談みたいに恵まれた魔力と体力持っててさ。デバイスだって……」

「あ、リボルバーナックル?」

「そう! こんな立派で高価(たか)そうなの持ってんだから、使えてなかったことを恥じなさいよ」

 そういって、ティアナはスバルの手に持っていたアンカーガンの先で、コツンとリボルバーナックルを小突く。

 何気ない動作であったが───

「あ……」

 その時初めて、スバルの表情が曇った。しかし気が立っていたティアナは、それに気づきはしたものの、「なによ?」とキツい調子で返してしまう。

 だが、そんな生真面目で、張り詰めがちな相方の気質は、スバルもここ二ヶ月で分かってきている。

「ううん、なんでもない」

 だからスバルは、これも自分がまだ甘かったのだと受け入れた。

 常に上を目指し、誰よりも自他共に厳しく在ろうとしているティアナからすれば、確かにまだ覚悟や想いが足りていないと思われても仕方がないと。

「そうだね、恥だ。もっとしっかりやってくよ」

「……当たり前よ。そうじゃなきゃ、困るっての」

 そこで、一旦二人の話は終わった。少しばかりぎくしゃくはしたが、完全に放課となった事を告げる鐘の音が、その場の空気を流してくれた。

「げ……もうこんな時間」

「うん、戻ろう」

 そういって二人は、校舎への道を辿る。

 ぎこちなさを残しながらも、こうしてスバルとティアナの訓練校での一日がまた、過ぎ去っていった。

 

 

 

 

 

 

  2

 

「シャワー込む時間になっちゃったねぇ」

「ぐずぐずしてるからよ」

「えへへ……ごめん」

 放課後のシャワー室は込み合う。

 陸士部隊の訓練校という事もあり、全体の比率でみれば女性率は少なめなのだが、二人の学年はそうでもないらしく、こうして遅めの時間帯に来るといつも混雑している。

 訓練校では普通校のように年齢が一律ではないが、やはり幾つになっても、女性の方がお風呂に対するこだわりは強いのだろう。

 最初の方に入った組も、割と長湯する傾向が見て取れた。

 もちろん、この後にもちゃんと入浴時間は取られているが、訓練後の汗や汚れは落としておかなければスッキリはしない。尤も、男性がことさら短いと言うわけでも無いものの、ロングヘアの割合などからも、女性の方が長いところはある。

 かくいうティアナも髪が長い方なので、出来るなら早く入りたかったところではあるが、訓練校(ここ)へ遊びに来ているつもりはない。

 色気より、今は努力すべき時である。……まあ、だからと言って完全に何もしていないという訳でもないのだが。

 リボンを解くと、いつもはツインテールに結っている髪が、腰のあたりまでさらりと流れた。

 癖のあまりない長髪は、スバルからするとちょっとうらやましい。

 癖毛気味で自分ではあまり髪を伸ばしてこなかったスバルだったが、姉や母もロングヘアだった事もあり、長い髪には少し憧れがあった。

「……あんたホントに、その写真ずっと持ち歩いてんのね」

 スバルが髪に気を取られていたら、ティアナがそんなことを言ってきた。

 え? と一瞬驚きを覗かせたスバルだったが、視線の先にある物を見て取り、「ああ」と頷いて応えた。

「うん。あたしの憧れの人だから……お守り代わり。雑誌の切り抜きなんだけどね」

 脱衣籠に畳んで入れた服の上に乗せたペンダントを手に取って、ティアナに見せる。

 切り抜きとは言っていたが、丁寧にラミネート加工されていて、ペンダント自体は一応それらしいものになっていた。

 これでアイドルや芸能人だったら、ティアナとしては興味を抱きもしなかっただろう。しかし、幸か不幸か、ティアナもその人物については知っていた。

 そこに写っていたのは、管理局の誇る一線級の魔導師。更にその中でも、『エース・オブ・エース』という異名を取る、うら若き超有名人だった。

「戦技教導隊の、高町なのは一等空尉……ね」

「うん。すごい人なんだよ。九歳の時にもうAAA(トリプルエー)ランクで、次元災害事件を止めたとか、破壊不能って言われてた危険な兵器を破壊したとか!」

「流石にそれは嘘でしょ。どういう九歳よ」

 興奮気味に語るスバルを諫めると、ティアナは空いたシャワーのところへすたすたと歩いていく。

 ちょうど並んで空いたところに入ったこともあり、後ろから付いてきたスバルはまだ話し足りなそうだ。

 これは放っておいても後々面倒か、とティアナは「まあ、すごい人だっていうのは知ってるわよ」と話を続ける意図を示した。

「有名人だもんねー」

 うんうん、と頷くスバルは、傍から見ても分かり易すぎるくらいに嬉しそうであった。

 よっぽど高町一等空尉に憧れているらしい。……憧れる気持ちは分からなくもないが、ここまでくると最早ミーハーの域ではなかろうか。

「空のエースが憧れの人ってことは、あんたも空隊目指してるんだ」

 浮かれた相方を落ち着かせる意味も込めて、ティアナは少し現実よりに話を振った。するとスバルは、思いの外真面目なトーンでそれを受ける。

「んー、ベルカ式で空戦型って今は殆どいないしね……」

 憧れと違う自分を嘆くのとも、ただ漠然と憧れるだけでもない。そう口にするスバルは、決して浮ついた気持ちではないと見て取れた。

 どうやら、単に一時的な憧れという訳でもないらしい。

 本当に憧れだからこそ、今自分に出来ることを───その気持ちは、ティアナ自身にも通じる部分があった。

「……まあ、近代空戦はミッド式の長射型&大火力が主流だしね」

「うん。空も飛んでみたいし、ミッド式にも興味あったんだけど……飛行もミッド式も、いまのところ適正ないみたいだし。何より、自分で陸上を選んだわけだしね」

 ベルカ式は基本、対人戦闘に特化した魔法体系だ。スバルの様な格闘型はもちろん、『騎士』と称される使い手たちも、アームドデバイスと呼ばれる武器を象った得物を使用した決闘に近い戦闘に特化している。

 故に直接切り結ぶ戦いには強いが、遠距離攻撃となるとミッド式に軍配が挙がる。

 こればかりは技術体系の違いなので仕方がないが、空戦においてミッド式が幅を利かせているのも確かだが───。

「ランスターさんは? やっぱり空隊希望?」

 それは、ミッド式を使う者であっても、容易ではない道だ。

 管理局の、とりわけ武装局員に求められる空戦適正というのは、それほど単純なものではない。

 だが、

「まあね」

 と、ティアナは間を置かずに答えた。

「今はまだ飛べないけど……飛べなきゃあたしの夢は叶わないから」

 スバルが憧れを追いかけて、空を目指し大地を駆けるように。ティアナもまた、同じように憧れを追いかけ続けている。

 そう。それは、ずっとずっと変わらない。

 憧れを追いかけて、いつか本当に空を翔けるその日まで───絶対にあきらめはしない。

 静かな覚悟は、熱い情熱を伴った強い意志を感じさせた。

「ねぇ、ランスターさんはさ───」

 本気だからこそ感じられる輝きは、人を惹きつける。それゆえの問いかけだったのだが、明かすかどうかは、また本人次第である。

「あのさ、ナカジマ訓練生。悪いけどあたしはアンタの友達じゃないし、仮コンビだから世間話くらいするし、訓練にも付き合うけど……必要以上に慣れあう気とか無いから。その辺誤解しないで欲しいんだ。

 ───あたし、こーゆーヤなやつだしね」

 そう言って、ティアナは一度話を切った。憧れは、ただ煌びやかなだけではない。胸に秘めておきたいことは、誰にでもある。

 それはスバルだって同じだ。

「ランスターさんは良い人だと思うんだけど。ごめんね、ちょっと気を付ける……」

「悪いわね」

 まだ一線を残した二人は、またそこで一枚壁を残して話を終えた。

 せっかくほぐれたと思った雰囲気も、それからまた明日の朝になるまで二人の間の空気は何処となくぎこちなかった。

 

 

 

 その夜。

 何となく寝付けなかったスバルは、ここのところ忙しくてメールできていなかった姉や父へ、メッセージを書き始めた。

 

〝───拝啓、おとーさんとギンガおねーちゃんへ。

 あたしが陸士訓練校に入港してから、もう二ヶ月。仮コンビでルームメイトのランスターさんはちょっと怖いけど……すごく一生懸命で、朝晩の自主練に付き合ってくれたり、いろいろ教えてくれたりします〟

 

 そう書き出して始めたメールは思ったよりも長くなって、気づけば結構な量になっていた。

 書きたい事はまだまだあったが、姉も父も局員として忙しいだろうと思い、スバルは切りの良いところで結びの言葉を綴って、書き上げたメールを送信した。

「……よし、っと」

 ふぅと一息ついて、スバルはぐいと伸びをした。

 そのまま何となく視線を漂わせてみると、同室の相方はもう眠りについているらしいのが窺えた。

 これ以上邪魔をするのも良くないと思い、電気を消して自分もベッドに戻る。

 何より、明日もまた訓練がある。管理局員を目指す為の、厳しい日々は、まだまだこれからも続いていく。

 それこそ、夢を叶えるまではずっと。

 だからこそ───。

 

〝管理局員。まして、魔導師採用や武装隊入りを目指す様な人たちは、いろんな理由や想いを持ってるもので、あたしもやっぱり夢と憧れと、目指してることがある。

 だから、あたしの隣に居る、ひとつ年上の、このキレイな子は、どんな想いがあるのかなーとか、ちょっと聞きたかっただけなんだけど───というか〟

 

 しかし、本当のところが聴ける日はまだ遠そうだ。……いや、というより、本当はもっと単純な気持ちだったのかもしれない。

 それこそ、

 

〝───友達に、なれたら嬉しいなぁ、なんて〟

 

 同じように憧れを持っていて、自分なんかよりも、もっと真剣に夢を目指しているこの子が抱くものを、知る事が出来たらいいなと。

 本当に、そう思っただけだったのだが。

(でも……言ったら、ランスターさん怒るんだろうなぁ……)

 クールで生真面目なのに、結構怒りっぽくて気が強い。正直、ちょっと怖いなって思う事も未だにある。───だけど、時折感じられる憧れへと向かう姿は、それこそスバルにとっては身近で眩しい憧れみたいなものだった。

 だから思ったのだ。いつか、打ち解け合えたらいいなと。

 そして、自分にとって眩しい彼女の憧れを、聞けたらいいな……と、そう考えたところで、スバルもゆるりと眠りに落ちて行った。

 

 そうして───胸に抱いた、憧れを目指しながら。

 目指す場所を持った少女たちは微睡みを経て、また明日を迎えていく。

 

 

 

 

 

 

  3

 

 スバルが父や姉へ手紙を送った日から数日。

 訓練校での訓練課程が一つ区切りを迎えた事もあり、校内にはここまでの訓練における総合成績が貼り出されていた。

「これが本日までの訓練成果発表だ。教官判断の総合成績だが、各自参考にするように!」

 張り出した教官の言葉を受けて、生徒たちがこぞって掲示板の前に集まって来る。まだ序盤ではあるが、自分が今どの程度の力を出せているかはやはり気になるのだろう。

 その中にはもちろん、スバルとティアナの姿もあった。

「ふぇー、こんなんあるんだ……」

「そりゃあ、あるわよ。訓練校の中でも競争はあるんだからね」

 ティアナの言葉に「ふぅん」と頷いて、スバルはそういうものだろうかと納得しながら、自分たちの順位を確かめようと掲示板の方へと目を向けた。

「あたしたち、どれくらいかな?」

「さあね。どっかの誰かさんのせいでスタートが出遅れたけど、最近は殆ど叱られないし、そんなに悪くないと思うんだけど。あんた、座学の成績はいいしね」

「ぅぅ……きびしい」

 相変わらず手厳しい言い分にスバルはしおらしくなったが、ティアナの方「事実でしょ」と素っ気なく返す。

 それよりも、とティアナは順位表の方へと目を向けるが───。

「……見えないわね」

 掲示板前の人だかりに阻まれて順位表が見えない。

 二人はここでは比較的年下な部類な事もあり、前に並ばれると、ちょっと困る。

 これはもう少し待ちかしらね、とティアナが呟くも、それにスバルが「あー、あたし見えるよ。ここからでも」と言う。

「ホント?」

「うん。視力には自信が……えーっとね」

 そういって、掲示板の方を凝視するスバル。

 確かにスバルのフィジカルにはすさまじいものがあったが、本当に見えるものなのだろうか。

 ティアナは半信半疑で相方の様子を見守っていたが、程なくして見えたらしいスバルが掲示板の内容を読み上げる。

「三十二号室、ナカジマ&ランスター……総合三位!」

「──────」

 思いのほか高い順位を告げられて、ティアナは僅かに呆けてしまった。

 ベストを尽くしたつもりではあった。しかし、順当に来たとは言えない日々だった事もあり、見間違えているのではないだろうか? という疑念がどうしても拭えない。

 やや早くなる脈動を抑えながら、ティアナは薄くなり始めた人だかりへと向けて少し足を進め、自身でも順位表を確かめる。

 そこに記入されていた順位は───スバルの言った通り、総合三位。

「…………ほんとだ……」

 棒読みじみた声色で、ティアナはぼんやりとした呟きを漏らした。喜びよりも戸惑いが先行して、傍らで喜んでいるらしいスバルの声もどこか遠い。

 けれど当然、嬉しくない筈もなく。

「うん……! これらなら、トップも狙えるッ!」

 次第に結果を現実として、実感として感じられるようになると、これまでの努力が実った高揚に満たされて、なんだかとても胸の内が暖かくなった。

 目指していたものへの道は、確かに積み上げられつつある。

 そう感じられることが、とても嬉しい。

「頑張った甲斐があったわ。アンタもよかったわね」

 珍しく素直な賞賛を返すと、スバルも無邪気に喜びを露わにして「うん!」と笑みで応えた。

 ……だが、

『あれでしょ? 例のズッコケコンビ』

『そうそう。ちょっと運が良かったくらいで、ね……くすくす』

 そんな呟きが聞こえて来る。

 姑息な割に、酷く聞こえよがしな嗤い声であった。しかも、それだけでは終わらず、まだ続きがあった。

『あの子、士官学校も空隊も落ちてるんでしょ? 相方はコネ入局の、陸士士官のお嬢だし』

『格下の陸士部隊ならトップ取れると思ってんじゃない?』

『恥ずかしくないのかしらねー』

 どこからか聞こえてくるそれら声は、酷くティアナの神経に障った。

 馬鹿々々しいというのは理解している。愚直に進み続ける人間の姿は時に、心にもない声を招くのが世の常であるということも判っているつもりだ。

 けれど、その言いようはあまりにも露骨で、どうしようもなく腹ただしかった。

「……ちょっと!」

 言いたいことがあるなら、面と向かって言えと。

 気にくわないのなら、相手になろうとティアナは声を上げかけたが、それはスバルによって止められる。

「ランスターさん、休憩行こう」

 普段のスバルに比べると、酷く静かな物言いであった。

 しかし、それはただ大人しいというのとは違う。気が立っていたティアナにも、それはなんとなくは伝わった。

 が、

「……今の、聞こえたでしょ?」

 だからといって納得できるかと言えば、そんな訳もない。

 言われっぱなしでいるなんて、在り得ないとティアナは続けようとしたが、スバルの応えは明確だった。

「聞こえなかった。───いいから、行こう」

「ちょ、痛い……ッ!」

 スバルはそれ以上何も言わず、強引にティアナを外へと手を引っ張って歩いていった。

 残された場には一瞬の静寂があったが───やがて口にした者も、傍観していた者たちも、またいつも通りの流れの中に溶け込み、戻って行った。

 

 

 

 

 

 

  4

 

 二人が外へ出ると、既に辺りはだいぶ暗くなっていた。

 今にも沈みそうな夕闇に包まれた中庭までティアナを引っ張って来たスバルは、「ちょっと先に座ってて」と促すと、近くの自販機まで走って行き、飲み物を持って帰って来た。

「はい」と差し出された缶を、むすっとした表情のまま受け取ると、ティアナは中身をぐいと一気に煽った。

 熱くなった息を吐き出すと、やや気持ちも落ち着きはしたものの、やはりまだ腹ただしさは消えない。

「何で言い返さなかったの?」

 苛立ちの残った固い声色でティアナがそう問うたが、スバルは投げられた問いに対して「なんで?」と訊き返してきた。

 ティアナからすれば、スバルのそんな態度は理解しがたい。

「何でって……言われっぱなしじゃダメじゃない! ちゃんと言い返さなきゃ」

「んー、あたしは……そうは思わないかなぁ」

 二度繰り返しても、スバルの応えは変わらなかった。

 活発な割に、ヘンなところで引っ込み思案なところがあるのは知っている。自分に比べると、素直な性格である事も。

 しかし、それでもあそこで言い返さなかったのは違うだろうとティアナは言う。

「間違ったことを言われた。……ならそれは正さなきゃ、正しいって証明して見せなきゃダメじゃない」

 正しい事であるのなら、間違いだなどと貶されて良い筈がない。

 まして、その過程に恥じる事が無いのであるのなら、自分の最善を尽くした結果を嗤われる謂れなどある筈がない。

 在っていい筈がないのだ、とティアナは言う。

 しかしスバルは、また別の考えを持っているらしい。

「てゆーか……あんなの軽口とか、ちょっとした憎まれ口の類でしょ? そんなのに正しいとか、間違っているとかないよ」

 だからあんな小さな軽口に、是非を問うまでも無い。

 そう、スバルは言った。

「ズッコケコンビが予想外に成績良かったから、あの子たちもカチンときたんじゃないかな?」

 下に見ていた自分たちが、あの子たちよりも順位が上だったから、少しばかりやっかんでいただけだろう、と。

 ……ただ、

「ちょっと、誰のおかげでズッコケコンビよ?」

 スバルの言い分には、微妙に言葉の選び方を間違えてしまった部分があったが。

 初日の失態を思い出したのか、ジトっとした目で迫って来るティアナを「そ……それはあたし! あたし一人の所為だけど!」と宥めつつ、スバルはちゃんと言いたかったことを伝えるために言葉を続ける。

「それにランスターさん……あの子たちが言ってたようなこと、思ってないでしょ?」

 そう訊ねると、ティアナは「……さあね」と言ってスバルから離れた。

 彼女の反応を見れば、答えは判ったと言ってもいいかもしれない。

 だが、

「ランスターさん、本当は士官学校とか空隊に行きたくって、此処なら楽勝だと思って入って来た?」

「……なんであんたにそんなこと」

「教えて。あたしとランスターさん、仮とはいえ、今はコンビだよ。パートナーのプライドを守る役目が、あたしにはある……と思うんだけど、ダメかな?」

 大切なことだからこそ、きちんとその口から聴いておきたいと、スバルは言う。

 真っ直ぐに自分を見据える眼差しは真剣で、表面的な応えや、まして嘘や誤魔化しなどを口にするのは憚られた。

 というより、さっきも思った事だった。

 自分の辿って来た道のりが間違いでないのなら、それを恥じる意味など在りはしない。

 ならば、向けられた真剣さには、同じように真剣に応えるべきであろうと。

 ティアナは、今の自分をまっすぐに、今のパートナーである少女に語り出した。

「……落第は事実よ。士官学校も空隊も、両方落ちた」

 空を目指していたのは、言われた通りだ。……いや、今でも目指し続けている目標なのは変わらない。

 確かに、一度は届かなかった。

 けれどそれは、諦める理由になんてならない。

 なにより、

「だけど、今いる場所を卑下するほど腐ってないわよ」

 空戦も陸戦も、等しく険しい舞台である事には変わりない。

 初めに立てた目標ではないからと言って、それが軽んじる理由になる筈もない。まして、自分自身の未熟が問題であるのならなおの事。

「いつかは空に上がる。だけど今は、誇りをもってここに居る。

 ───一流の陸戦魔導師に成る。ここをトップで卒業して、陸戦Aランクまではまっすぐに駆け上がる。それが今の、あたしの目標」

 至らないのなら、届くまで足掻き、目指した場所へと駆け上がるまで。

 辿り着くまでは、自分自身に妥協なんて許さないと決めている。無論、固めた決意は、周囲の陰口程度で揺らぐほど甘いものではない。

 語られた志を受けて、スバルは満足そうに微笑んで、「じゃあ、証明していこう!」と言った。

「正々堂々、陸戦で凄い所見せれば、みんなきっと認めてくれる。むしろ、頼られちゃったりするかも」

 確かに、それは理想的であった。

 だが、普段から周りとそりの合わないタイプだと自認しているティアナは「アホらし、そんなんそうそう上手くいくわけ……」と、否定的な反応を示した。

 実際、ちょっと成績がいいだけでアレだったのだ。

 上へ行けば行くほど、やっかみを強くなるだろうと考えるのが自然だろうとティアナは言ったのだが……。

「いく! ランスターさん絶対凄いもん! あたしが絶対保証するッ!」

 スバルは何故か、頑なに絶対と告げてくる。

 今まであまり接してこなかった類の意見に、ティアナは少しばかり反応に困った。

 褒められていると自覚して、なんだか照れ臭くなる。……しかし、自他共に認める捻くれ者なティアナには、素直に返せるわけもなく。

「ズッコケのあんたに保障されたからって何よ。……大体あんた、気弱なクセに時々妙に強引でワガママよね?」

「あぅ……」

「しかも考えも軽くて甘い。あんたみたいなオツムなら、人生ずっとお花畑で、そりゃ楽しいでしょうけど!」

「あの、ゴメン。流石にちょっと傷つくかも……」

 結局、ティアナはなんだかんだと、スバルの頭で花がしおれるイメージが見えそうなくらい文句を続けたのち。

 バツが悪そうに眼を逸らしながら、

「……でもまぁ、実力で黙らせればそれでいいっていうのは、確かにそうだわ。気にしないことにするわよ」

 と、小さな声で告げた。

 ここまで言っておいてこんなことを言うのもどうかと思ったが、生憎と性格はおいそれとは変えられない。

 別に嫌われても特に気にしない、と、そう思っていたのだが。

 杞憂を感じるまでもなく、スバルは酷く嬉しそうだった。それこそ、『ぱああっ』という擬音さえ聞こえそうなくらいに。……ここまで素直だと逆に心配になってくるのだが、半分は自分の性格の所為なので、ティアナは何も言えない。

 が、スバルの方はというとそんなことをどこ吹く風とばかりに嬉しそうだ。

 それが余計にむず痒くて、ティアナは話題を変えるべく、先程聞こえたもう一つの方について話を振った。

「……しかし、あんたホントにお嬢だったのね。適当言ったつもりだったけど」

 そういうと、スバルは一瞬不思議そうな顔をしてから、「ああ」と思い出したように頷いた。

「うちのお父さん、確かに陸士隊の部隊長だけど……入って来たのは、別にコネとかじゃないよ?」

「分かってるわよ。あんたみたいな()ねじ込むなら士官学校が定番だし、わざわざ陸士の訓練校に入れないでしょ」

 ティアナがそういうと、スバルは「かもね」と頷いて、

「うちは母さんも陸戦魔導師だったし、陸戦も子供のころからの憧れではあったんだ」

 と続けた。

 本人はそのまま「あたしも立派な陸戦魔導師になる! がんばるぞーっ!」と奮起している様子だったが、ティアナはむしろ其方ではなく、

(……だった?)

 憧れだった───という言い方が、なんとなく引っ掛かった。

 両親揃って管理局に勤めていたらしいのは、話を聞いていれば分かる。母を尊敬しているらしいことも、スバルの様子から容易に察せた。

 しかし、それを差し引いても、なんだか不思議な言い方であったような気がして、ティアナは「ねぇ」と口を開き掛けたのだが、

「あ、そうだ! ランスターさん! ストレス解消用に、SA(シューティングアーツ)ちょっと教えてあげるよ!」

 その問いかけは、スバルの元気すぎる提案によって遮られた。

「えー? いいわよそんなの」

「まぁまぁ、基本のパンチとキックだけ。ね? ね? スパンと決まると気持ちいいよ~!」

「…………」

 今日だって訓練はしっかりあったというのに、この元気娘は随分とやる気が有り余っているらしい。

 相変わらず、スバルのフィジカルは呆れるほど高いらしい。

「……馴れ合うつもりはないってのに」

 呆れたように言うティアナだが、スバルは一度波に乗ったら引かない性質(たち)なのか、「馴れ合いじゃないよ、経験と学習。いい? こー構えてね……」と、半ば強引にSAの型を説明し始める。

 なんだか距離が縮まったような気もしたが、やはりこの強引さは如何ともし難い。

 本当に、ヘンなところでワガママな暴走娘である。

「───聞きなさいよ、人の話!」

 そんなティアナの怒った声と共に、波乱の影を覗かせた時間は終わりを告げて。

 ほんのちょっとだけ打ち解けたズッコケコンビは、再びこれまで通りの日常へと還って行くのだった。

 

 

 

 

 

 

 行間 一

 

 

 

 自らの夢を目指し、新たな種が歩み続けているのと同じ頃。

 時空管理局・第一〇三九航空隊でも、うら若き精鋭たちが、己が技を磨き競い合っていていた。

「それでは以上で、教導を終わります。お疲れさまでした」

 本日の教官を務めたなのはがそう締めくくると、教導を受けた新人局員たちは「「「お疲れさまでしたッ‼」」」と威勢のいい返事を返した。

 そんな彼ら彼女らの様子に満足そうになのはが頷くと、場は一時解散となった。

 滞りなく教練内容を終えて、なのはがホッと息を()くと、そこへ背後から声が掛かる。

「高町教導官、ありがとうございました」

「シグナム三尉、お疲れ様です」

 聞きなれた声に振り返ると、そこにはシグナムがいた。

 まだ新人たちの近くだということもあってか、二人の口調はやや堅い。

 だからという訳でもないが、

「よければ食事をご一緒にいかがです?」

 肩肘を張った時間を終えたなのはに、シグナムからそんな誘いがかかった。

 なのはとしても、少し気を緩めたいところだったので、「いいですね」と応えてその誘いを受けた。

 そこから本日の教導を依頼した上官たちが見送りに現れ、「本隊の魔導師魔導師たちはどうでした?」といった質問が掛かり、

「いいですね。良く鍛えられてます。仮想敵もやりがいがありました」

 と、言ったような短い談笑を挟んだのち。

「では、我々はこれで」

「またよろしくお願いします。教官殿」

 そういって敬礼を送る上官たちに「はいっ」と、なのはも敬礼を返して、航空隊の隊舎を出た。

「……お疲れ様です、シグナムさん」

「ああ。すまなかったな、気を張らせてしまって。食事は私の同僚たちとだけだ。気楽にしてくれ」

「はい」

 なのはとシグナムがいつも通りの日常(オフ)モードに入ったところで、二人の元へやって来た二人の姿が見えた。

「噂をすれば、だな。今の内に紹介しておこう。アルトは初対面の筈だが、ヴァイスの方は……」

「あ、覚えてます。地上本部の面白いヘリパイロットさんですよね」

「覚えて頂いて光栄であります、教導官殿。お疲れ様です、ヴァイス・グランセニック陸曹であります」

 大柄なガタイとは裏腹に、人懐っこい柔和な笑みを浮かべ、ヴァイスは敬礼と共にそう名乗った。

 それに合わせ、アルトと呼ばれた少女の方も「アルト・クラエッタ整備員でありますっ」と続く。ちょっと緊張しているところが見えるあたり、アルトは真面目なところがあるのだろう。

 親しくしている後輩たちと似た組み合わせに、何だかなのはは親近感を覚えた。

「はい、よろしくおねがします」

「まあ、名乗りはその辺りでいいだろう。積もる話は卓に着いてからでも遅くはない」

 シグナムがそう促して、四人は早速、隊舎近くに設置されたこざっぱりしたレストランへと向かった。

 管理局の武装隊が駐留する施設の付近には、長期滞在する局員たちの為にこういった施設が置かれていることが多い。

 内容としては、局側が提供しているものと、企業側からの出店が半々といったところ。これは管理局が公的な機関ゆえに優遇されているというよりは、単純に主要次元世界から離れた位置では治安の問題があることや、そうでなくても常に局員たちがそこに毎年一定数送り込まれてくるため、割が良いというのが大きい。

 何せ次元世界は広く、よほど辺境でない限りは拠点となる場所はしっかりと管理されなければならないのだ。

 その辺りの事情もあり、局の側も企業側が出店投資してくれるのはありがたいので、施設内に最初からある程度のスペースを想定しているなどして共生している。

 四人の入った店も、ちょうどそんな経緯で出店しているところで、ミッドでもよく耳にする小洒落ているが、値段は割とお手頃な人気店であった。

 

 卓に着いて、幾つか好き好きに料理を注文した一同は暫し談笑に耽っていたが、管理局員の性なのか、ふとした切っ掛けから話がやや仕事の方へと傾き始めた。

「そう……二人も、『レリック事件』については知ってるんですよね」

「ああ、二人も私たち同様、今後も関わっていく方向で動いているからな。そちらの方で何か進展はあったか?」

「クロノくんが各方面で調査や調整依頼をしてくれているそうですけど、今のところは何も」

「AMF関連はテスタロッサが動いているが、彼方もあまり芳しくない様だな」

 と、シグナムが言うと、「はい」となのはも頷いて続けた。

「レリックがこれまで出てきた三つ以外にいくつあるとか、AMF兵器がどれくらい存在しているかも、まだ何も……。『レリック』やそれに関連する品については、ユーノくんが調べてくれてたりもするんだけどね……」

 なのはたちが以前、空港火災の直前に機械兵器と遭遇した頃にも『レリック』について調べを進めていたのだが、その際に調べ上げた内容はまだ確認には至っていない。

 加えて、『レリック事件』は少々面倒なところがある。

「聞いた話だと……発生場所や発見間隔が中途半端で、だから合同捜査本部が中々設立されないというのもあるとか」

 アルトが口にした言葉に、「そうなんだよー」となのはも頷いた。

 『レリック』の現れる間隔はまちまちで、次を予測する事が非常に困難とされている。また、『レリック』は次元世界の歴史に刻まれてはいたが、存在が確認されたのは二年前が初めてだ。───少なくとも、()()()()()()()()()()()()()()

 更にいえば、これらの発現が人為的なものか、自然的なものかもハッキリとしていない。その目的もまた然り。事件としての性質が断定できていない以上、捜査の指標も定まらずにいる。

 しかし、原因がどちらにせよ、事件の規模が大きい事もまた確かだ。

 故に、本来であれば迅速に対応せねばならないところだが、そこには新たな問題が重なって来る。

 空港火災の件にもある通り、外側の世界だけでなく、ミッドチルダでも事件は起こっている───となれば、それが一度だけとは限らない。次にもまたミッドの街を焼く厄災が起こる可能性は十分に考えられる。

 だが、そこが問題の一番大きなところだ。

「いまの地上部隊同士だと、中々連携も取れないからね……」

「そいつが地上の面倒くせぇとこっスね。次元航行隊(うみ)だと、その辺はいくらか身軽らしいですが」

「海は海で大変だと思うけどね」

 ヴァイスにそう返して、なのはは少し寂し気に微笑んだ。

 事件への対処を難しく原因は、何も外に依るモノのみではない。

 本来解決に当たるべき管理局の体制が問題を生むというのは些か皮肉ではあるが、人間の創り出したものである以上は欠陥もある。それは道理だ。……しかし、だからといって現状に甘んじていては成し遂げられない事もある。

「どちらにしても、わたしたち武装局員は()()()()()()()()()()()()()()出られないからね……」

 けれど、

「なのはさん。もう教導隊なんスから、そんな前のめりにならなくても」

 焦りすぎても良い事はないと宥める様な声色で、ヴァイスはなのはにそう言った。

 本人は「ふぇ?」とよくわかっていない様子だったが、傍らのシグナムにも「そうだな。すぐにでも出たそうな顔だった」と言われて、自分が思ったよりも険しい表情(かお)をしていたらしいと知り、どことなく慌てた風に弁解してきた。

「お、落ち着いてますし! 別に好き好んで前に出たい訳じゃないんですけど、被害とか出したくないはないですかっ!」

 もぉ~! と、子供みたいに口を尖らせるなのはに「それはそうだがな」と、返しつつ、シグナムは少し揶揄い過ぎたかと微笑んだ。

 そんな彼女になのはは未だ不満そうな様子だったが、こういう時のシグナムがちょっと意地悪だというのは、親友のフェイトが良く揶揄われているのでよく知っている。

 これもまた、口下手な烈火の将らしい親愛の印かと諦めて、なのははふぅと一つ息を吐いた。

 しかし、こうして色々と思うところがあるのも、結局は何かを守りたい、悲劇を減らしたいという思いに通じる。

 だからこそ、

「今、はやてちゃんが追いかけている夢が本当に叶って……はやてちゃんの予定通りに事態が進めば、わたしはその場所で『教官で前線』って立場になれるわけですし」

 そうなれば、今まで出来なかった事が出来るようになるかもしれない、となのはは言った。

「主はやては一度決めたことは必ずやり遂げる……必ず叶う」

 シグナムがそういうと、なのはは「はい」と頷いた。

 はやてが目指す夢を教えてもらったあの日から、夢と想いが並び立つ日を待っている。

 時にその思いは傲慢でさえあり、酷く歪な物にも変わる事もあるけれど───それでも、同じように願うからこそ、信じる事を止めない。

 そして、

「その話……ヴァイス陸曹と、アルトも聞いてるよね?」

「お誘い頂いてます」

「はいっ」

 たとえ夢想に思えても、抱く志は、ちゃんとそれぞれの胸の内にある。

 今はまだバラバラの、大空に散った星々は、いずれ出会う時を待ち望んでいる。

「はやてちゃんを中心に、わたしとフェイトちゃん、守護騎士のみんなが部隊長として部隊を育てて───みんなが集まって、たった一つの事件を追いかける為の部隊。新しい出会いもきっとあるだろうし……早く叶うと良いんですが」

 どことなく祈るみたいな呟きに、「そうだな……。だが、そう遠い未来でもないだろうさ」とシグナムは応えた。

 その言葉に、なのはは「そうですね」と微笑んだ。

 

 ───幕開けは、もう直ぐそこまで迫っている。

 集う想いは惹かれ合うように、輝ける時を今か今かと待ち望んでいた。

 

 

 

 

 

 

 原石たちの日々Ⅲ No_Limit !!

 

 

 

  1 (Age77-Mid_September.)

 

 ティアナとスバルが陸士第四訓練校に入校してから、既に三ヶ月ばかりが過ぎようとしていたある日。

 射撃訓練場にて、ティアナは今日も訓練に準じていた。

 

 光弾を形成。狙いを定め、撃ち放つ。

 言葉にしてしまえば短い動作であったが、狙った場所に弾丸(たま)を当てるのはそれなりに集中を要する。

 とりわけ、これは単なる実弾射撃ではない。

「───ッ‼」

 意気を込めて打ち放った二発の弾丸は、撃ち手の少女と同じ色彩の輝きを放ちながら銃口から解き放たれた。

 ぎゅん、と風を切るように加速しながら、並び立つ木々の隙間を潜り抜けて、魔力で生成された光弾は林の先に置かれた的の中心を貫いた。

「よーし、良いぞ三十二番」

 教官からの言葉に「ありがとうございますッ!」と返事を返して、ティアナはふぅと息を吐き、後ろに下がる。

(上手くはいったけど、思ったよりギリギリね……)

 誘導弾の扱いはまだ難が残るか、とティアナは自分自身の分析を怠ることなく、今後の改善すべき課題をしかと据える。だが、それは掲げる目標が高いためであり、彼女が感じているよりは、訓練は順調に進んでいると言って良い。

 そして、前に進み続けているのは、その相方も同じで───

 

「───ロード、カートリッジッ‼」

 

 射撃場の傍らに在る野戦格闘場で、威勢の良い掛け声が響き渡る。

「デカいの来るぞ!」

「おうッ!」

 踏み抜かんばかりに地面を蹴り飛ばし、此方へ向け疾走する青い影。

 拳に備えた武装の、二重に重なり合う歯車が唸りを上げる。削岩機(ドリル)を思わせる回転を伴いながら、「でえええぇぇぇっ‼」という気合の籠った叫びと共に、構えた訓練用土嚢(バリアバッグ)へと強烈な一撃が叩き込まれた。

「……っ、のああああっ⁉」

 正面から襲う衝撃に踏み留まり切れず、訓練用土嚢(バリアバッグ)を構えていた二人は後方へ大きく吹き飛ばされた。

「っ~~! いってぇ……ナカジマぁ、ちょっとは加減しろよー」

 同級生の剛腕っぷりに、押さえていた片割れが、半ば呆れたような感嘆を漏らす。

 それに「あはは……、ごめーん」と、頭を掻きつつ駆け寄ってくるスバルは、すっかり何時も通りの調子に戻っている。

 そんな彼女を見ていると、先程の一撃を繰り出した本人だというのを忘れそうになってしまう。

「しっかし、相変わらず凄ぇパワーだよなぁ。ナカジマ、格闘選手とかなってもよかったんじゃないか?」

「あー、確かに格闘技っぽいのはやってるけど……競技の方はちょっと」

「ふぅん。ああ、でも訓練校(ココ)に来る前は普通科に行ってたんだっけ?」

「うん。それだけじゃないんだけど、あんまり専門的な魔法の練習してなかったから……」

 スバルがそういうと、周りも「確かに総合だと魔法戦技もあるもんな」と納得したように頷いた。

「まあ、そうはいってもやっぱスゲぇよ。俺たちも負けてられねぇな」

「ミッド式連中との合流までもうちょっとあるし、もう一周くらいバッグ打ちやっとくか」

「あ、じゃあ次あたしバッグ持ちやるよー」

「おう、頼むわ」

 そんな調子で、スバルの方の訓練も円滑に進んでいた。

 急ぎ足で基本と応用を詰め込んでいく日々ではあるが、確かに手応えは感じられる。

 また、ミッドとベルカ個別でのトレーニングも増えており、このところはコンビでの教練は少なめで、個別訓練が主になっていた。

 

 ───と、そうこうしている間に、今日も終わりの時間がやってくる。

「では、今週の訓練はここまで! なお、今週末の休暇期間はグラウンド整備が入るので、自主練習は禁止だ。週末練習組も、熱心なのは結構だが、たまには休め」

 教官の言葉に、「「「はいっ‼」」」と生徒たちが返し、本日の訓練は終了となった。

 

 

 

 

 

 

  2

 

「───を、希望します……と」

 

 ティアナが部屋に戻ってくると、何やらスバルが鼻歌交じりに何かをせっせと書き綴っていた。

 何を真剣にやっているのかとティアナが覗き込んで見たところ、

「なんだ。アンケート、もう書いてるの?」

「あ、ランスターさん。おかえりー」

 呑気に返事を返すスバルに、「ん」と頷いて続ける。

「提出は来週でしょ?」

「んー、なんか早く出した方が通りやすそうかな―って」

 そうスバルが語るのに「ふぅん」と頷いて、ティアナも面倒な事はさっさと済ませたほうがいいかと思い直したらしいく「……まあ、どーせ提出するわけだしね。あたしも書いちゃおう」と言って、容姿を取り出し自分の机に向かう。

 が、それを───。

「…………(そーっと)」

「なに見ようとしてんのよ」

 ぐい、と押されてスバルの目論見は阻止された。

 本人としては自然に近づいたつもりらしいが、普段が騒がしい分、静かにしているのは逆に不自然で気づかない方が難しい。

「いや、あのー……その、興味があるっていうか───ルームメイトとして」

 が、スバルの方も気づかれたら気づかれたで、持ち前の気安さでぐいぐい来る。

「あんたには関係ないでしょ。まったく」

 と、それをティアナは押しのけようとするが、この変な『ワガママ』は簡単に止まらないのは経験上明らか。

 なので、こっちも意趣返しに出てみることにした。

「で、そーゆーあんたはナニ志望よ?」

「あっ⁉」

 すっかり油断しきったスバルの手から進路希望調査(アンケート)用紙を掠め取った。

 反射神経も動体視力もトンデモなスバルではあるが、こういう時は抜けている。そうしてティアナは、存外簡単に手に入った用紙に書かれた文字列へ視線を走らせていく。

 傍らでスバルが「みーなーいーで~」と焦ってるが、「人の事を言えた義理か」と返したら「うぐっ」と呻いて大人しくなった。

「なになに……備考欄。『在校中はティアナ・ランスター訓練生徒のコンビ継続を希望します』? やめてよね、ぞっとしない。

 卒業後の配置希望は災害担当、将来的には救助隊……? なんだ、アンタも災害担当志望なんだ」

「ランスターさんも⁉」

 それを聞いて嬉しそうな反応に見せるスバルだったが、ティアナの方は「まあね」といつも通り素っ気ない。

「陸士隊の中では門徒が広いわりに、昇進機会が多いからね。とんでもないハードワークだけど」

 相変わらず上を目指すことに余念がない。

 自分はないその向上心は、スバルにとってどこか眩しい気がする。

「あたしはまあ、人助けができる部署なら、どこでもよくはあるんだけど……。災害や危険があれば火の中、地の底、水の中! 災担や救助隊は、魔法戦技能を十分に生かせるお仕事だしね。

 ランスターさんは陸隊で活躍して昇進して、魔導師ランクもアップして空隊入りして、それで執務官試験を受けるんだよね?」

「それをアンタにうっかり漏らしちゃったのは、あたしの大失敗だけどね」

 不機嫌そうにいうティアナだが、当然違うとは言わない。

 相方の性格はスバルも知るところなので、こういったやりとりも笑みで受け取れる。

「道のり結構長いから、お互いケガしないようにしないとね」

「その前に、あんたはここを卒業できるかどうかでしょうに」

 が、舌戦は不得手な身にはこれは堪える。「うぅ……出来るよぉ」というが、ティアナは結局ツンケンしたままだった。

 まったくもって、相も変わらずどこまでも素直で、とことん素直でないコンビであった。

 

「───あ、そうだランスターさん。週末のお休みどうする?」

 と、流石にこれ以上いざこざを続けるのは好ましくないと思ったのか、スバルは休みに何をするのかという方向に話を振った。

「別にいつも通りよ。家に帰ってもね。おに……じゃない、兄さんも忙しいし」

 子供の頃の呼び方をうっかり漏らしかけながら、ティアナが今回の休日もいつも通り過ごすつもりだと告げる。

 間違ってもそこが向こうの耳に届いてやしないかと若干焦っていたが、スバルが拾っていたのは呼び方の方ではなく。

「へぇ、ランスターさんも兄弟いるんだね。あたしもね、おねーちゃんいるんだ~」

「あっそ。ってか、別に珍しいもんでもないでしょ」

 口にした通り、大して珍しい事でも無いだろうと思ったティアナだったが、互いに『妹』らしいというのが琴線にひっかかったのか、スバルは非常に興味津々と言った様子である。

 実際、こんなことでいちいち親近感持たれても困るのだが、スバルの方は人懐っこい資質故か、こういう時ぐいぐいくる。

 しかも、終いには。

「あ、そうだ!」

「なによ?」

「うん。あのね? 実はあたし、明日のお休みにおねーちゃんと遊びに行く約束してたんだけど……ご飯とおやつ驕ってくれるって話だから、ランスターさんもよかったら一緒に行かない?」

「いや、何でそうなるのよ」

 半ば本気で呆れた様子でスバルを見るティアナだったが、向こうは姉妹水入らずに自分が混ざる事には何も思うところはないらしく、「なんでって?」と心底不思議そうな顔をしている。

「……せっかくの姉妹(かぞく)水入らずでしょ? ならあたしが行く筋でもないし。だいたい、慣れあう気はないって言ったじゃない」

「んー、筋とかはよくわかんないけど……。うちのおねーちゃんは、ランスターさんにぜひぜひ会ってみたいって」

「…………」

 いつの間に、と思ったが、『そういえばこの子は無茶苦茶な割に筆マメだったな』と、変なところで納得してしまったティアナは、どうにも二の句が継げずにいた。

 その間にも、

「午前中から夕方まで、半日だけだから、ね?」

 ね? ね? と、きらきらと光を発しそうな眼差しでこっちを見てくるスバルだったが、ティアナは「……あんたのお姉さんには申し訳ないけど」と断ろうとした。

 ───が、一向に此方を見てくる視線は止むことはなく。

 それからもうしばらくの間、二人の間にはなんとも言えない攻防戦のような何かがあったのだが。

 結局、先に耐えかねたのは(というか彼女の気が短いのもあるが)ティアナだった。

「ああもう、分かったわよ。行けば良いんでしょ、行けば!」

 と、了承ことしたものの、スバルのワガママにまたしても押し切られてしまい、なんだかちょっとした敗北感に苛まれることになったティアナであった。

 ちなみに、そのあとも───。

「そういえばさっきは聞きそびれちゃったけど、ランスターさんのおにーさんってどんな人?」

「……ンなこと何でアンタに教えなきゃなんないのよ」

「えー、教えてよ~」

 これもまた末っ子だからなのかは知らないが、ひょっとするとこの我儘も妹だからなのか……なんて、益体も無いことを浮かべつつ、子犬みたいにじゃれついてくるルームメイトに辟易となったティアナ。

 そんな二人のじゃれ合いは、「ええい、しつこいっての!」と彼女が相方を押しのけるまで、もうしばらく続いたのだったとさ。

 

 

 

 

 

 

  3

 

 で、翌日。

 スバルとティアナは、ミッドチルダ東部第十二区内、『パークロード』へとやって来た。

「……結局来ちゃったわねぇ」

 ため息交じりにそう呟くティアナに、スバルは「まぁまぁ、楽しもーよ」と能天気に応える。

「……改めて思い知ったわ」

「何が?」

「アンタのその異様なワガママと、強引さ()()は見習うべきところがあるってコト!」

「あはは、褒められた~♪」

「褒めてないわよっ! ……ったく、あたしは挨拶だけして直ぐ帰るからね。姉妹水入らずなんだし、二人でゆっくりしなさいよ!」

「うん」

 本当に分かっているのか疑わしいくらい呆気ない了承であったが、どうせスバルのお姉さんとやらに会って短く挨拶を終えれば、大した話題もなくさっさと帰れるだろう。自分はこの子ほど人に好かれる性質ではないし───と、ティアナはこの時まで本気で思っていた。

「で、お姉さんどこよ?」

「えーっとね、……あ、いた!」

 しかし、彼女は失念していた。

「あ、スバル~」

「ギン姉~!」

 ここまで人の懐にバンバン飛び込んでくる妹の姉が、ただ人の訳が無いと言う事を。

「スーバル~♪」

「ギーン姉~♪」

 たたたっ! と姉の元へ駈け込んでいった妹の手を受け止めるや、手を取り合ってぐるんぐるんと二回転。そこからぴたりと止まると、今度はパシパシと軽いジャブ打ちみたいな事が始まって、妹の打ち込みを姉は微動だにせず受け止めていた。

 しかも、これだけの動作であったが、二人とも終始笑顔である。

 ティアナはすっかり置いてけぼり、というか目の前の波に一周分遅れた様な気分で立ち尽くしていた。

 その間にも、ナカジマ姉妹は「三ヶ月ぶり~、元気だったー?」「もちろん。スバルも元気そうね~」などと仲睦まじいやり取りを交わしている。……というより、三ヶ月ぶりにしてもこのテンションは何なのか⁉ と、ティアナがまたしてもすさまじい衝撃に駆られたのは内緒だ。

「そうだギン姉、こちらランスターさん」

「初めまして。スバルが何時もお世話になってます」

「ど、どうも……」

 急に切り替わったように丁寧にあいさつをされて、つい戸惑ったまま言葉を返す。

 冒頭のやり取りに圧倒されたが、妹に比べると姉の方は幾分お淑やかそうに見える。……いや、本当にお淑やかなだけなら妹と広場でダンスみたいなことはしないのかもしれないけれども。

 と、いろいろと激しい対面であったが、初めが終わってしまえば穏やかなもので、ひとまず三人は、適当なベンチに座って話をすることになったのだが……。

(……で。こういう場合、何を話せばいいわけ?)

 話が長くなるならとスバルが近場にあった移動販売車のアイスの列に並びに行ってしまい、ティアナはギンガと二人になって、どうにも会話の切り出しを探せずにいた。

 そもそも相方の姉だというだけで、まったくの初対面なのだ。何を話すのが良いのかなんて分からないのは仕方ないともいえる。尤も、ギンガはそこまで沈黙を苦にする性質でもないらしく、またティアナも気は強いので、互いにそこまで気まずくはなっていなかったのが幸いだったかもしれないが。

(…………けど、あんまり黙ってるのもなんだし……)

 最初に考えていた帰る選択肢も半ば見失ってしまっているし、ティアナはどうしたものかと、若干手持ち無沙汰気味である。

 だからというわけでもないのだろうが、先に柔らかく沈黙を破ったのはギンガの方からだった。

「ごめんなさいね。いつもウチのスバルが迷惑かけちゃってるみたいで」

 話し易そうな切り出しを受けて、「ああ、いえ……」と短く相槌を入れて、ティアナも閉じていた口を開いていく。

「妹さん優秀ですよ。訓練校でも最年少ですけど、よくやってますし。最初はともかく、今は個人成績も上位グループだと思います」

「ホントに? よかった」

 そう言って喜ぶギンガの姿は、本当に妹の事が好きなんだろうなと分かるくらい、暖かい何かを感じられた。

 彼女の様子を見たからか、ティアナはふと、自分の兄の事を思い返していた。

 兄とは、何時の頃からかどうにも素直になれなくなってしまい、あまりマメに自分から連絡をとれていない。向こうからはそれなりに来るが、いつも気の利いた返事が出来なくて、申し訳なかったのも、連絡を渋る一因にもなっていた。

 自分が悪いのは解っている。だが、もっと自分が素直に心内を告げられていたら。兄も、こんな風に───と、つい、そんなことを考えてしまう。その問いかけの答えなど、考えるまでもなく、ちゃんと彼女の中に収められているのに。

「……少し、うらやましいです」

 そして、同時に情けなかった。目の前の二人が、こんなにも容易く出来ることなのに、いつの間にかできなくなっている自分自身が。

 しかし、そんな彼女に、ギンガはそっと短い問いを投げかけた。

「ランスターさんは……?」

 そう問われて、一瞬何を訊かれたのか分からず呆けてしまう。が、直ぐにそれが家族について訊ねられているのだと気づき、「ああ、ええと……」と少し言葉に詰まりながら、ティアナは自分の肉親の事を語りだした。

「……兄が、一人います。両親は、あたしが生まれて直ぐの頃に亡くなったので……家族は、兄妹二人だけで。大変だってわかってますけど、ずっと支えてもらってます」

 ティアナが端的に自身の生い立ちを述べると、ギンガはどこかすまなそうな顔を浮かべていた。「お気になさらず」と言い添えたが、やはり亡くなった両親の事や、兄に支え続けてもらっている現状は、どこか心苦しいものがある。

 口にした過去(こと)より、たくさんの思いやりに支えられている現状(いま)が、辛い。

 重荷にはなりたくなかった。けれどそれは、離れたいということではなくて───ただ、少しでも早く、『強くなりたい』という願いだった。

 強くなれたなら今度は、『自分がお兄ちゃんの事を支えられるんじゃないか』と思ったから。

 守られているだけじゃなく、その傍らで。そうすれば、今度は……あの時、守りたいからと帰って来てくれた事を『間違い』だなんて言わせないのにと。

 幼い記憶に刻まれた苦い想いは、今でも彼女の中に残り続けている。どう表していいのかさえ判らない感情に苛まれた顔は、きっと酷いものになっていたのだろうなと、ティアナは思う。

 するとそこへ、

「お兄さんのこと、嫌い?」

 と、裡に沈み込むばかりだった心に、一つの問いが投げられた。

 静かで、しかし毅然とした視線と共に───ギンガの瞳と声が、真っすぐにティアナを射抜いている。それを受けていると、不思議と固く籠った力が抜けて、また別の暖かいものが湧き起こるような気がした。

 ───だからだろうか?

 これに対する答えには、決して上辺や誤魔化しを交えてはいけないと思ったのは。

「…………」

 ゆっくりと、けれどちゃんと言葉を探す。

 自分の中にある、辛いだけではない、始まりの感情。

 憧れを声にするための言葉を。

 

「───嫌いなわけ、ないです」

 

 そうして出て来た言葉は、とても簡潔なものであった。

 足りない、或いは拙いとさえ思えそうだったが、しかし。

「そっか……。憧れ、だったりする?」

 ギンガは、ちゃんとそこにある意図を感じ取っていた。

「……はい」

 応えながらも、さっきから本当に不思議だという印象が拭えない。

 きっとティアナにとって、その答えは一番深いものであった。普通なら、それこそ傷を抉られたと思いかねないところにあるような。

 なのに、ギンガに告げた言葉も、返された言葉も、不快だと感じるもの……〝痛み〟みたいなものは何もなかった。むしろ、口にした憧れを理解(わか)ってくれていると、根拠もなく思えるほどに心地よくさえあった。

 そして、それはギンガの側も同じだったのか。

「スバルから、聞いてたりするかな。私たちの、お母さんのこと」

 と、自分の〝憧れ〟について語り始める。それを聞いてティアナは、前にスバルから聞いた言葉を思い出した。

 憧れだった、というその言葉を。

「確か……地上部隊の陸戦魔導師だった、って」

「うん、そうなの。私たちがやってるシューティングアーツ(SA)───あれは、母さんから教わったものなんだ。……まだ小さかったから、私たちが一緒に教えてもらえたのは、本当に少しだったんだけど」

「……ぇ?」

「殉職したの……任務中の、事故で」

 それを聞いた時、引っかかっていたあの言葉の意味を、ティアナはようやく理解した。

 だった、というのは、幼くして別れてしまったが故のものであったと。

「それは……」

 言いかけて、ティアナは言葉に詰まった。

 親を亡くした経験は、自分にもある。局員の身内が、管理局の任務中に危険な目に遭ったことも。

 だが、告げられた言葉に対して、何をどう言い表せばいいのか───ティアナは直ぐに思い至らなかった。

 そんな彼女の意図を分かっているからと示すように、ギンガは少し寂し気な笑みを浮かべて、言葉を続けていった。

「でも、年齢の分もあるけど……私はスバルよりは長くハッキリと教われたと思う。それにスバルは、元々SAにあんまり積極的でもなかったから、母さんが亡くなった時は……もっと寂しかったんだろうな」

「……積極的じゃなかった、っていうのは?」

「今はだいぶ元気になったけど、昔のスバルはもっと大人しくてね? 怖いのとか、痛いのとか、他人を痛くするのがいやだから……って、あんまりちゃんとやってなかったの」

 ギンガの語るスバルの過去は、今の彼女しか知らないティアナからすれば驚きという他ない。訓練校での、それこそ馬鹿力(パワーファイター)代名詞(ひっとう)みたいな姿ばかりを見てきただけに、(ギンガ)の語る(スバル)がそうであったと言われるのは、あまりにも意外過ぎた。

 そんなティアナの驚きをみてとり、ギンガも「わたしもそうだった」と頷いた。

 強くて、綺麗で……カッコよくて。でも、憧れへ近づこうとするにはまだ遠かったから、動けなかった。そうしていたことが、母と触れ合う時間を減らしてしまった、もっと一緒にいたかったという心を、かき乱したのだろう。

 しかし、だからこそ───スバルが変わった事には、ギンガも父であるゲンヤも、とても驚いた。

「あの子がSAを本格的にやりたい! って言い出した時は、私も父さんも、本当に驚いたなぁ……。怖いのも痛いのも苦手な、『小さな女の子』が私たちの知ってるスバルの姿だったから───」

 「けど」と、一度言葉を切って、「出会っちゃったんだよね」とギンガは続けた。

 何に、とは訊かなかった。代わりにティアナは、ある一人の女性の名を思い浮かべていた。騒がしい相方が、いつもいつも言っている───彼女にとっての、もう一つの〝憧れ〟の名を。

「高町なのは一等空尉、ですか」

 「そう」とギンガはにっこりと微笑み、続ける。

「去年の空港火災……その時にね、私たちもあそこにいたの。

 私は火災に直接巻き込まれたわけじゃなかったんだけど、スバルは火災の中心近くで逃げ遅れちゃってて……。その時、あの子を助けてくれたのが、本局の〝エース・オブ・エース〟───高町一等空尉だったの」

 それは、眩い星の描く軌跡(みち)の裏にあった、彼女にとっての奇蹟(はじまり)だったのだろう。

「その時に思っちゃったみたい。元々優しい子だったけど、その優しさは何も出来ないコトとか、なにもしないコトとは違うんだって。───ううん、ホントはそんな難しい事じゃないのかもね。

 本当にスバルは、あの人の事が眩しくて……。一目見た時からきっと、あの人のいる空に強く惹かれて、憧れて。だから、あの場所に行きたいって、真っすぐに……一直線に、その〝憧れ(みち)〟を目指してる」

 飛べる飛べないとか、ミッドとベルカとか、近接と砲撃型とか。

 違うところなんて幾らでもあって、決して同じになんてなれるはずもないけど───それでも、あの場所(そら)に行きたいと。

 ただそう願って、彼女はひた走り続けている。

 絶対に諦めたりも、立ち止まったりもせずに、自分の理想へと真っすぐに。

「私と父さんは止めたんだけど、スバルはもう聞かなくてね。大急ぎで魔法を覚えて、局員になる! って、訓練校に入校したの」

「それじゃあ、もしかして……」

 と、と訊ねたティアナに、ギンガは「うん」と首肯して、スバルが此方に来るまでは、本当にずっと魔法に関わってこなかったのだと告げた。

 学校が普通校だったというだけではなく、そもそも戦う以前の基礎も急いで詰め込んできたのだと。

「なるほど……それで」

 どうりで呑み込みが早いわけだ、とティアナは半ば呆れたように呟いた。

 純粋に魔法を学んだのは一年以下。スバルのあのスポンジみたいな吸収の仕方は、魔法を覚えたてだから、というのもあったのかと。

 もちろん、資質はあったのだろう。どこか抜けているが、訓練校での成果を鑑みれば、実施・座学共にスバルは優秀な生徒であるのは間違いない。

 しかし同時に、それだけが全てではない。

 短い期間で自分を高め続けていられるのは、才能なんて安い言葉で表されるものではなく───もっと純粋な、辿り着きたいという想いによるものだ。

「……凄いですね、その転身ぶりは」

「ホントに。でも、やっぱり……出会っちゃったから」

 自分にとって描いていた、憧れと理想そのものに。

 かつて憧れて、けれど足踏みしたまま別れた母の姿と同じくらい、それは鮮烈にスバルの瞳に焼き付いていた。

 その衝撃は、もはや止めどなく心を逸らせる。見失っていた指針を取り戻したかの如く、見つけた憧れに、自分自身を見つめなおすきっかけを貰って……今度こそは、と、立ち上がることを決めた。

 もう、弱いだけの自分は嫌だから───。

「───強く、なりたいって」

 あの日に聞いた妹の想いを言葉にして、ギンガはティアナにそう告げた。とても優しい眼差しを、少し離れた場所に立つ妹に向けながら。

 それを聞いて、ティアナはふと、今更ながら何か納得の様なものを感じていた。

 あの激しすぎるほどの猪突猛進っぷりはきっと、その為なのだろうな、と。

 彼女にだって目標(ユメ)がある。経緯や目に見える形が似通っているかどうかなんて言うのは些末なことで、結局のところ、どちらも本質は変わらない。

 だからこそ、解る部分もある。夢に焦がれ、辿り着きたい場所を持ってしまった人間は、そのくらい止まる事が出来ないものだと。

 そしてきっと、スバルはこれからもずっと止まらない。

 自分が決めた夢の舞台に上るまでは、決して空へと駆け上がる事を止めはしないのだろう。

 ……そう思った時、ティアナは何だか、とても眩しいものを見た様な気がした。

 掲げた目標も、想いも、その強さも大きさだって、負けてないと自負しているつもりだけれど───それでも何故か、眩しい陽の光を浴びた直後の様な、不快ではない眩暈を覚えていた。

 そうして、重たいものを飲み下した後の様に、深いため息を吐いていたティアナに、ギンガは柔らかく微笑みかけた。

「なんだか、ごめんなさいね。こっちの話ばっかりしちゃって」

「ああ……いえ、そんなことは」

「ありがとう。それじゃあよかったら、今度はランスターさんのお話も聞きたいな」

「え、あたしの、ですか?」

 そうそう、とでも言いたげに頷くギンガの姿は、なんだか先ほどまでの淑やかな雰囲気より、ちょっとスバルに似た年頃の少女らしい好奇心に駆られた風に見えた。

「あの子のメール、ランスターさんのことばっかり書いているから。私もすごく会って話してみたいかったの」

 そう言われて、ティアナは「はぁ……」と生返事を返した。

 なんだか随分と知らぬ間に気に入られていたのだろうか? なんて、柄にもなく素直に受け止めてしまったが、それも仕方ないといえば仕方ない。

 ギンガもスバルと同じで、『じっと相手の目を見て話す』タイプな所為か、どうにも真っすぐすぎるこの姉妹を相手に取ると、性格が悪いつもりの彼女も、そこに虚実や悪意などを疑う気もなくなってしまう。

(ある意味、やりづらいタイプかも……)

 と、そんなことを思いつつも、話題の切り出し口を探しているあたり、ティアナも存外素直というか、律儀であった。

 しかし、それにしても何を話したものだろうか。

 特に面白い話題も持ち合わせてはいないし、年頃の女の子らしい事といっても、パッと話しやすそうなことはあまりない。

 そうして少しばかり悩み、結局は魔法関連の事から話し始めるのが、一番当たり障りないかと思い至った。

 確かギンガも局員だという話だったし、訓練生の身からすれば、彼女は先輩だ。ならそこまで外れた話題でもないだろうと。

「っていっても、そんなに面白い事も無いですけど……。別に何か変わった稀少資質(レアスキル)持ちって訳でもなくて、魔法もミッド式の汎用型で、基本は射撃しかできませんし。あとは、サポート用に幻術系をちょっと練習してるくらいで───」

 と、ティアナが言いかけたところで、

「やっぱり兄妹なんだねぇ。近代ベルカ式はそっち系の使い手ほとんどいないし、うらやましいなぁ……。

 ちなみに、ランスターさんはどんなのが得意なのって何かな? 王道の分身(シルエット)系? それとも、もっと大掛かりな幻惑(カモフラージュ)?」

「いや、まだ練習中ですし……って、え?」

 結構食いついてきたギンガに、やはり姉妹というのは似るものなのかと押され気味だったティアナだが、ギンガの言葉の中にちょっと引っかかる単語があった。

「やっぱり……?」

 珍しくポカンとなったティアナが聞き返すと、ギンガは悪戯が成功した子供みたいな笑みで、「うん」と楽し気に頷いた。

「私とスバルも似てる方だとは思うけど、二人も本当にそっくりだね。ランスターさんは、お兄さんの所属って、聞いた事ない?」

「えっと、確か陸士第一〇八部隊にいるって前に───、へ?」

「そう。まだ詳しく自己紹介してなかったね。改めまして、スバルの姉のギンガ・ナカジマ二等陸士です。新任の捜査官として、いつもお兄さんにはお世話になっております♪」

 にこやかに改めて名乗ったギンガに茫然となり、思わず。

「……うっそぉ」

 と、ティアナは思わぬ真実に目を丸くして、そこからしばらく言葉を失ってしまうのだった。

 

 

 

 

 

 

  4

 

「……もう、人が悪いですよ。ギンガさん」

「あはは……。ごめんなさい、つい出来心で」

 局員らしくもない釈明をして、どことなく不貞腐れているティアナに謝ってるギンガ。その傍らでは、スバルが五、六段くらいの山積みアイスを二人に手渡しながら、「ふぇー」と、素直な驚きを示していた。

「ギン姉とランスターさんのお兄さんが、父さんのところで一緒に仕事してたなんてびっくりだよ~」

「本格的に所属したのは今年からなんだけどね。でも前に空港火災で父さんたちの部隊が来た時も、一度会ってるし」

「あたし、あんまり覚えてなかったなぁ……」

「スバルは病院に行ちゃってたからね。それに、父さんもティーダさんのこと、苗字じゃなくて名前で呼んでたから」

 言われてみれば確かに、とスバルはあの当時の事を思い返していた。

 怪我自体はそこまで酷くはなかったが、ギンガに比べるとやはりスバルは火災の渦中にいたこともあって、大事をとって安静にしているようにと言いつけられていた。

 そうして救助後しばらく第一〇八部隊の隊舎に置かれた病棟で安静にしていたのだが、その間ギンガを世話してくれていたのが、ティーダだったらしい。スバルも帰り際には会っていたが、いろいろと重なり合っていただけに、あまりしっかりと話せていなかったのである。

 が、それにつけても、稀有な偶然もあったものだ、とスバルは思う。

「世の中って、案外狭いんだね」

「……ホントね、驚くくらい狭かったわ」

 なんだか弄ばれた様な気分のティアナだったが、別段何をされたわけでもない。

 強いて言えば、兄と姉が面白がってちょっと機会を窺っていたくらいで。……尤も、それもスバルやティアナがちょっと踏み込めば分かった事なのだが、現実というものは案外奇妙なバランスで成り立つもののようで───結局、面白がった兄と姉の思惑通りに事が進んでしまったという訳だ。

「ごめんなさいね。スバルやティーダさんから話を聞いてたから、お話してみたくて」

「別に、それはもういいですけど……。ギンガさん、もっと大人な感じかと思ってたのに」

 案外子供っぽいところもあるんですね、と暗に言われて、ギンガは面目なさそうに「まぁ、これでもまだ十五歳だから」といった風なことを返す。

 「なんですかそれ……」と、ティアナは口を尖らせるが、実のところ本当に大して気にしてもいなかったりする。

 今よりかなり小さかったのでうろ覚えではあるが、昔いま兄が所属している部隊の隊長───つまり、二人の父親らしい人に会った事がある。尤もあの時は、ティアナ自身が真っ向から話したというわけではなく、大変だった兄のティーダが再び局員として歩み助けをしてくれたことを、後から兄や人づてに聞き及んでいたというくらいではあったが。

 ばらけていたピースが、急に一つになってしまったのに驚いているというだけで、ティアナは大して怒ってもいなかった。

 ただ、この広大な次元世界の柱となる世界に住んでいながら、世の中の狭さというものを痛感し、なんとも言えない気分になっていたのである。

 で、それから結局もうしばらくの間、ティアナは拗ねた風であったのだが、そんな固まった雰囲気を融かすように、ギンガが「黙ってたお詫びに」と二人の手を引いてショッピングへと連れ出した。

 アクセや服に靴と見て回り、年頃の女の子らしく姦しいひと時を過ごした後───お昼ごはんに雪崩れ込み、スバルとギンガの健啖家っぷりに改めて驚かされたりしているうちに、不意にギンガがティーダから聞いた話を話しだそうとしてティアナが真っ赤になってそれを止めたりしていた。……ちなみにティーダが寂しいと言っていた、という部分にはバツが悪そうな顔をして、どこか反省している様子だったりしたが(それをみて、ギンガはティアナがますます可愛くな(気に入)ったらしい)。

 その後も、腹ごなしにと複合スポーツ施設のスケボーコートで遊んだりして、三人は休日を満喫していったのだった。

(───なんだかんだで、結局フルで付き合っちゃった。アクセまで買ってもらっちゃったし……)

 当初(はじめ)はさっさと帰ろうと思っていたことを考えれば、随分な堪能っぷりである。

 しかし、ティアナも蓋を開けてみれば、なんだかんだと楽しく過ごせていた。

 (ティーダ)から普段お世話になっているからと、ギンガには色々と奢ってもらってしまったし───。

 が、奢ったほうは特に気にしてもいない様子で、(スバル)と仲睦まじげに話していた。

「楽しかった~。ありがとね、ギン姉♪」

「よかった。……あっ、そういえばスバル、『リボルバーナックル』はちゃんと整備してる?」

「もちろん、してるよ~」

「大事なものなんだから、大切にしていかないとね」

「うん!」

 と、二人が口にした聞き覚えのある物の名前に、ティアナはつい本能的に訊ねてしまっていた。

「あの、『リボルバーナックル』って……」

 そう言ったティアナに、ギンガは「ああ」と頷いて、応えた。

「母の形見なの。母さんは両手で使ってたんだけど……今は私とスバルで、片方ずつ」

「あたし右利きで、ギン姉左利きだからね」

 ハッキリと応える二人に、ティアナは気の利いた言葉は返せなかった。

 スバルとギンガは告げた言葉を静かに落ち着けて、帰りのレールウェイの時間の話をしていたけれど───ティアナは何故かずっと、それが耳から離れないままだった。

 その後ギンガを見送って、ティアナとスバルは訓練校の寮に戻った。

 よほど、楽しかったからか、日中はしゃいでいたスバルはお風呂を済ませるや、さっさと床について、眠ってしまった。……けれどティアナは、妙に目が冴えたままで、眠れずにいた。

「…………」

 ぼんやりと、月明かりの中で、机の上に置かれたそれに目を向ける。

 朧げな光を反射する、拳部装着型のアームドデバイス。武骨な形状(フォルム)の中に内包された端麗さが、どことなく視線を惹きつける。……いや、本当は、見ていた理由はそんなことではない。

 夜に包まれた部屋の中で、ティアナは静かにベッドから立ち上がった。

 

〝───そう、分かっていたつもりだった。

 悲しい思いとか、悔しい思いとか……きっと、届かない憧れとか。

 もう取り戻せない過去とか、そんなものを持って必死になって頑張っているのは、あたしだけじゃないんだってことは───〟

 

 人は、他者の全てを知る事は出来ない。それこそ、知ろうともしていなかったのなら猶更に。

 けれど、知ってしまったのなら。

 知らなかったからと、それで全てがまかり通る訳ではない事も、分かっている。

 何より、自分自身が分かっているのだ。

 小さくても、傷つけたのだと知ってしまったのなら、その間違いを正さずにいる事などできるはずもないのだと。

 そうして夜は更け、やがて明けていく───。

 

 

 

「……あれ? なんかすっごいピカピカになってる……⁉」

 翌日、ティアナは驚いたようなスバルの声で目を覚ました。

 休日明けだというのに、向こうは随分と元気な事だ、と脳の端で思考する。が、こちらもいつまでも寝ぼけている訳もいかない。今日からまた、訓練の日々が始まるのだ。

 いつまでも呆けてなどいられない、と普段のティアナならば思うところだろうが、正直なところ今日はまだ眠い。

 ただ、それでも生真面目なのか頑固なのか。「……んぅ……」と重たい瞼を擦りながら、のそのそとベッドから起き出す。

 とりあえず、顔でも洗ってくるか───と、おはようも言わずに部屋を出たティアナの後ろから、

「あ、ランスターさんってば!」

 と、喧しいスバルの声が背中にぶつけられてくる。いつもなら苛立ちで逆に起きそうな気もしたが、寝足りない頭には少々堪えた。

 静かにしてよという意味も込めて、ティアナは思考のまとまらないまま、言葉を繋いで応えたのだが……。

「あによぉ……知らないわよ、アンタのナックルの事なんて」

「あ、やっぱり!」

 生憎と、よほどの弁達者でもない限り、考えの足りない言葉は語るに落ちるものだ。

 バツが悪そうな表情(かお)をするティアナが、(……しまった)と思った時には既に遅い。顔を洗いつつ、喋れない風でごまかそうとも思ったが、一度食いついたスバルはなかなか離れてくれそうもなかった。

 そして、これ以上の沈黙は単なる肯定に等しい。

「……普段なら、あんたが泣こうが嫌がろうが知ったこっちゃないけどさ。大切な人の思い出を傷つけたってんなら、謝らなきゃとは思うわよ。───いつかのアレ、悪かったわ。ごめん」

 ティアナは珍しく真っすぐにスバルを見据えて、そういった。

 こういうところは単に素直というより、頑固さ故のものだろうか。変に義理堅い、ともいえるかもしれない。

 ……が、しかし。

「いつかのアレ、……え? ランスターさん、何かしたっけ?」

 生憎と、当の本人はすっかり忘れてしまっていた。

 これは別に煽りでも、スバルが『リボルバーナックル』に対する思い入れが低いわけでもない。

 単純に、此方はティアナとは反対の、素直すぎる純粋さ故だ。

 自分が至らないというのを、真っ向から受け止めている彼女にとって。未熟であるという事は、前へ進む為の原動力以外の何物でもないのだから。

 が、それはそれとして。

 流石に、勝手に気にしてから回っているみたいになったこの状況を、気の短いティアナが素直に受け入れられるはずもなく。

「───ふんっ!」

「あいったぁーっ⁉ なに、なんで蹴るのぉ~⁉」

「うっさい! この脳天お花畑‼」

「ぎゃーっ⁉ よ、よくわかんないけど、ごめんなさい~ッ⁉」

 結局、しんみりとした雰囲気になどなりはせず、いつも通りのズッコケコンビの朝の光景が展開されるのだった。

 ただ、そんないつも通りの、当たり前の中でも。

「三十二番、またやってる」

「仲いいよねー、あの二人」

 ほんの少しだけ、何かが変わりだそうとしていた。

 それは周りだけではなく───

「もう来週は一期試験なんだからね。バカやってないで、きっちり締めていくわよ!」

「ぅぅ……はぁい」

「不本意だけど、コンビでいる間は、あたしの足を引っ張るような真似なんて許さないんだから! いいわね? ……()()()ッ!」

「───、ぇ?」

 そう。それはきっと、未だ道半ばの、少女たちの中でも。

「……うんっ、()()()‼」

「ちょ、なんでそれ知って……⁉」

「へ? ああ、昨日ギン姉と話してるの聞いて……。友達とか仲良しの子とかは、そう呼んでたーって」

「別にあたしとあんたは友達じゃないし……ギンガさんと会っちゃったから、『ナカジマ』って呼びづらくなっただけよ」

「でも、今はコンビだよ」

「む……」

「だから呼ばせて。仲間としての呼び方で」

 真っすぐに、巡り、結び合う小さな輝き。今はまだ小さくても、いずれ紡がれ、描かれた軌跡は、空に描かれた星座の様に。

 その姿を、宇宙(おおぞら)に示してしていくのだ。

「……あぁもう! なんでも好きにすりゃいいわよ。どーせ言っても、アンタはワガママで押し通すんでしょ!」

「そ、そんなコトないと思うんだけど……あぁ、ティア~っ! ティアってばぁ~、怒んないでぇ~っ!」

「うっさいッ!」

 歪なところも多いけれど、それでもと繋ぎ合う。

 始まりは偶然で、正直ぶつかり合う事ばかりで、本当にデコボコで。しかし、だからこそ逆に、馬が合ったのかもしれない。

 宇宙(そら)のどこかで二つの星が並び立つと、互いに牽かれ合い砕け合うのだそうだ。

 だが、砕けた後に残るものは無ではなく───交わり合って、また大きな惑星(ほし)となるのだという。

 広い世界の中で、ぶつかり合う様に起こった一つの出会い。

 そんな出会いから始まったこのコンビが、これからもかなり長く続いていく事を、二人はまだ、知る由もなかった。

 

 

 

 

 

 

 行間 二

 

 

 

 新暦七九年、九月。

 管理世界六一番・『スプールス』の自然保護区画に置かれた、管理局自然保護部隊ベースキャンプにて。

 ここを任されている保護官のタントが、大鍋で何やらを煮込みながら、昼食の準備をしていた。

「……おし、そろそろ出来上がりだ。キャロを呼んであげなきゃ」

「うん」

「おーい、チビ~? チビ竜~!」

 タントの呼び声に、「きゅるー?」と人懐っこそうな鳴き声と共に、小さな白い竜がやって来た。

「おー、よく来たなフリード。ご主人様を呼んどいで。ごはんの時間だよ~、って」

「きゅくる~♪」

 頭を撫でられご機嫌そうな様子で、フリードと呼ばれた竜は翼を羽ばたかせて、主人の元へと飛び立った。

 そんな、もう恒例となった光景を眺めながら、タントの同僚のミラがポツリと呟いた。

「……あの子が来てから、鳥獣調査がはかどって良いわね」

「あの年齢(とし)で、もう大した召喚魔導師だしなぁ……。鳥獣使役はお手のもの、かな?」

「あの子のは〝使役〟っていうか、〝友達〟って感じだけどね───」

 遠くにいつキャロを眺めるようにそう言ったミラの言葉は、風に巻かれてまだ明るい昼の空に溶けて行く。

 そうして融けた音が流れて行った先には、幼い少女が立っていた。

 たくさんの鳥たちに囲まれたその姿は、鳥たちの羽根が彼女を包み込んで、どこか天使のようにも見えた。

 桃色の髪をした、愛らしい顔立ちの小柄な少女。

 少し民族衣装の様な意匠の施された、フード付きのローブを纏った彼女は、キャロ・ル・ルシエだった。

「みんな、手伝ってくれてありがとう。また見に来るから、元気でね~」

 彼女がそう言うと、その声が分かっているように鳥たちはいっせいに羽ばたいた。

 白い翼をはためかせて空へ向かう姿は、陽の光に照らされて、少女の瞳にとても綺麗に写った。

 するとそこへ、愛竜の鳴き声が。

「きゅるくぅ~!」

「フリード~♪ そっか、そろそろご飯の時間だね」

 腕の中に飛び込んできたフリードを受け止めて、キャロは柔らかく微笑んで、タントたちの待つベースキャンプ施設の方へと歩き出した。

 

 キャロが此方へ向かい、歩き出した頃。

 ベースキャンプの方では、先ほどの続きの様に、タントたちがキャロの事を話していた。

「動物好きだし、経験を積んでけば、良い保護官になりそうなんだけど……保護隊に長居はしてくれないだろうなぁ」

 タントの言葉に、ミラが「でしょうね」と同意する。

 傍らからここでは比較的新人のムーヴが、

「というと?」

 と、問い掛けて来た。

 それを聞いて、「ああ、お前はまだ会ったことなかったか」とタントは頷くと、ムーヴの疑問に応えていく。

「お前が配属される少し前にも、キャロはここに来たことがあってな。その時は、もう一人一緒に来てたんだ。あの子の保護者になってる人のとこに、同い年の仲の良い子がいて、その子とな。で、その子と一緒に、『その保護者さんの力になりたい』、って言ってたんだ」

 そう言って、タントは空中に映し出した投射窓(ウィンドウ)を見せる。

 画面の中には、金色の髪と紅い瞳をした女性の写真があった。

「フェイト・T・ハラオウン……ってこの人、本局の執務官じゃないですか⁉ こんなお偉いさんが目をかけてるんですか?」

「うーん……たぶん、そういうのじゃなくて」

 ミラは少し記憶を遡るようにしながら、二人の小さな子供たちの姿を思い浮かべる。

 以前の訪問の最終日。二人が迎えに来た女性(ひと)のところへと駆け寄っていくその姿は、そう───。

「ただあの子たちは、お姉さん───いや、ってよりは『お母さん』、みたいな感じなのかな……。だからだと思う」

「ふぅん……そういう事だったんですか」

「ああ」

 そうタントが応えたところで、「お待たせしました~」という声と共に、キャロとフリードが帰って来た。

 途中で採って来たのか、両手にはたくさんの果物を抱えている。

「おー、キャロ。お帰り~」

「おかえりなさい」

「今日のも美味いぞ~♪」

 三人に迎え入れられて、穏やかな昼食が始まっていく。

 小さな子供も、先を目指して夢を探している。

 しかし、今は幼いままであれども───いずれ来るその時に、立ち向かうべきものがあるのなら、子供だって立ち上がるのだ。

 

 

 

 

 

 

 星々の集う刹那 Standby_Ready?

 

 

 

 スバルとティアナが訓練校に入学した日から、三年ばかりの歳月が過ぎ去った。

 

 万事順調、という訳にはいかなかったが、それでも大きな事故も怪我もなく、二人は前へ前へと進み続けていた。

 訓練校を順当に卒業した後、彼女たちは陸士三八六部隊の災害担当部署───救助隊へと配属。以来二年間、救助隊でハードな日々を送って来た。

 救助隊は、二人が前に話していた通り、過酷な部署ではある。しかし、だからこそ、何よりも実力と実績は明確に示され、裏切らない。

 ───誰かを助ける為の仕事であるのなら、より速く、誰よりも前に。

 ただ上に進むのではなく、心に定めた目標を糧として、真摯に挑み続ける二人の姿は、救助隊でも高く評価されていた。

 魔導師としての階級(ランク)も、卒業後のDランク試験、Cランク試験と順当に突破。次のBランク試験を控えて、二人は進む意欲に燃えていた。

 

 何より、進むのは二人だけではない。

 同じように、エリオやキャロも魔導師として正式に管理局の所属となり、各々の研鑽の場で、忙しくも自分を高め続けていた。

 まだまだ知らないことはたくさんあるけれど───力になりたい人がいて、いつか自分たちも、これまで守ってくれた人たちと同じように、いずれで会う誰かを守れる人になりたいから。

 

 時の流れは思ったよりも早く、原石たちは自らを高め続け、着実にその輝きを増し続けていた。

 

 そして、そんな新たな若い種(こどもたち)を迎える為に。

 かつて第九七管理外世界・地球を救った少女たちは、今やもうすっかり大人の女性となり、そんな後輩たちを受け入れる為の場所を組み上げつつあった。

 

 

 そうして、新暦七九年の暮れ。

 本局の特別捜査官として活躍していた、八神はやて二等陸佐が率いる新部隊。

 〝Ground Armaments Service-Lost Property Riot Force 6〟───通称、『機動六課』の設立が管理局上層部に受諾された。

 

 

 

 

 

 

 原石たちの日々Ⅳ Everyone, Come_Over_Here!

 

 

 

  1 《Saide_“Long Arch”-1.》

 

 新暦八〇年、三月。

 ミッドチルダ中央区画湾岸地区に新設された、古代遺失物管理部・起動六課の本部隊舎では現在、正式な発足へ向けて、荷運びの真っ最中であった。

 

「なんや、こーして隊舎を見てると……いよいよやなーって、気になるなぁ」

 いよいよ()()()()()()()()()自分の部隊。その様子を眺めながら、はやては感慨深そうに呟いた。

 彼女のそんな呟きに、傍らに立っていたシャマルが「そうですね」と頷き、いつものように主の口にしかけて、「いえ」と言葉を区切り。

「───()()()()()

 と、言い直した。

 改めてそう呼ばれると、どこかこそばゆい。しかし、胸を埋める嬉しさにも似た高揚は、その何倍も強かった。

「そうえば、隊長室はまだ机とか置いてないんですよね?」

「リイン用のデスクでええのがなくってなぁ。エイミィさんに頼んで、ええのが無いか探してもらってるんよ」

 リインは融合機なので、普通の人に比べると非常に小柄だ。

 一応、普通のサイズになれないわけでも無いのだが、まだ先代のようには安定しないこともあって、普段はもっぱら小さいままでいることが多い。

 そんなわけで、アースラから本局の管制司令を経て、局のデスクワークに精通したエイミィの伝手を辿って、融合機でもあるリインに最適なものを探してもらっている。

 なので、今のところは施設内で仕事は出来ない状態ではあるが、四月の本格始動までは整う手筈だ。

 ───と、それはさておき。

「けど本当に、良い場所があってよかったですね~」

「うん。交通の弁はちょう良くないけど、ヘリの出入りはしやすいし。『機動六課』にはちょうどええ隊舎や」

 改めて二人は、自分たちの新しい拠点を一望した。

 最近まで半ば放置状態になっていた局の施設を、実働隊の隊舎として借り受けた形ではあったが、前線という程には使われていなかったため、実際の築年数の割には真新しい印象を受ける。

 加えて、湾岸地区の施設ということもあり、海が近く、広々とした景色が、この隊舎によりいっそうの彩りを添えていた。

 そして、この景色を見ていると、何となく思い出すものがある。

「なんとなく、海鳴市と雰囲気も似てますね」

 柔らかな微笑みと共にそう告げたシャマルに、「そういえばそーやね」と、はやても応えた。

 彼女の故郷(こきょう)の、生まれ育った街。彼処も此処と同じように、とても海の近いところだった。

 今でも時々帰りはするものの、住居を此方(ミッド)に移してからは、僅かとはいえ足も遠のいてしまった場所である。

 だが、それを思えばこそ、こうして自分のルーツを感じられるものに巡り会えたのは、ある意味とても幸運な事なのかも知れない。

 たくさんの出会いと、忘れられない別れがあって───救われた命と共に、新しい時間へと歩み出した。

 今日まで過ごしたその中には、楽しさも苦しさも、喜びも切なさも、たくさんあったけれど。

 その全てが、『あの場所』から始まった。

 だからきっと、ここもまた───あそこと同じように、何かの始まりの地になるかもしれない。少々飛躍しすぎかもしれないが、決して大げさなことではないだろうと、はやては思った。

 

 

 

 

 

 

  2 《Saide_“Long Arch”-2.》

 

 機動六課、駐機場にて。

 シグナムはヴァイスと共に、運び込まれている様々な車両や部品を見ながら、六課がこれから所有することになる機械類を検めていた。

「おおよそはこんなところか……。ヘリの実機は、まだ来ていないんだったな」

 そう訊ねると、ヴァイスは頷いて。

「今日の夕方到着っス。届くのは武装隊用の最新型! 前から乗ってみたかった機体なんで、これがもー楽しみで!」

 と、応えた。そんな、どことなく子供の様なヴァイスのはしゃぎっぷりを見て、シグナムは「相変わらずだな」と微笑む。

「本格的に六課が始動すれば、隊員たちの運搬がお前とヘリの主な任務になる。よろしく頼むぞ? お前の腕からすれば物足りなくはあるかもしれんがな」

「いやー、なに。ヘリパイロットとしちゃ、操縦桿握れるだけでも幸せでしてね。目一杯やらせてもらうっスよ」

 頼もしい事だ、とシグナムは再び笑みを浮かべて頷いた。

 そうして話がひとつ区切りを迎えたところへ、「シグナム副隊長~! ヴァイス陸曹~ッ!」という元気な声が、二人のところへと響いてきた。

 シグナムとヴァイスの元へと駆けてくる人影は、航空隊からの二人の同僚であり後輩。そして、起動六課では整備員兼通信スタッフをメインに参加している少女、アルト・クラエッタだった。

「ああ、早かったな。アルト」

「はい。アルト・クラエッタ二等陸士、ただいま到着です!」

 ぴしっと敬礼する姿は、前になのはと一緒に食事をした時よりもだいぶ大人びてきたように見える。

「おっ。なんだおめー、半年ばかり見ねーうちに背ぇ伸びたか?」

「えへへ、三センチほど。ところで、ヘリはまだ来てないんですか? あのJF七〇四式が配備されるって聞いて、急いできたんですよ!」

 元が整備系なだけに、どうにもアルトにはどっかのメガネな執務官補佐と同様にメカ好きなところがある。お目当ての機体(ヘリ)何処(いずこ)とまくし立てる彼女を、ヴァイスは呆れたようにどうどうと宥めている。同僚だったこともあり、後輩のこんな気質も熟知しているのだろう。

「そう焦んなって。まだだよ、夕方到着だ」

「えぇー、そんなぁ〜……」

 目に見えてしおらしくなるアルトの様子を見て、思わずシグナムはおかしそうに笑った。背丈も伸びて大人びて来ても、可愛い後輩の根っこはさして変わっていないらしい。

「お前も相変わらずだな、アルト。しかし、通信士研修は滞りなく済んだのか? まさかヘリ見たさに抜け出して来た、なんてことはないのだろう?」

「もちろんですシグナム副隊長! ついでにいくつか資格も取ってきました!」

 揶揄うような問いかけに、当然ですとばかりに力強く頷いて、アルトは自身のIDカードを二人の前に差し出した。

 じゃーん! なんて、擬音が聞こえそうなくらい得意げに見せられたそれには、かなり幅広い資格を取得して来たことを示す記述がズラズラと並んでいた。

「ほぅ、大したものだな」

「うぉぃ……ナマイキな資格が並んでやがる、ったく後輩のクセに遠慮ねぇなあ」

「えへへ。いつかヘリパイロットのAも取りますから、覚悟しててくださいよー?」

「へっ、舐めんなっての。そう簡単に渡すかよ。大体まだ完全に部隊が発足してもいねーのに、取られてたまるか」

 やいのやいのと戯れ合う二人に、シグナムは「仲が良いのは結構だが、二人ともその辺にしておけ」と、可愛い()()()()たちを宥めつつ、こういった。

「人員配置の都合で整備士や通信スタッフは新人が多い。お前も、もう新人気分ではいられないぞ? アルト」

 だから、とシグナムは小さく間を置いて、

「───しっかり頼むぞ。新人たちの先輩として、な」

 と言って、アルトに微笑みかけた。その激励を受け、アルトは「はいっ‼」と威勢良く応えた。

 アルトの応えに満足そうに頷いていると、そこへまたもう一人、少女がやって来た。

「こんにちは。失礼します、アルト・クラエッタ二等陸士はこちらに……」

「あ、ルキノさん! お疲れ様です〜!」

「ああどうも、お疲れ様です!」

 そういって声を掛け合うアルトと、少し青みがかった短めの銀髪をした少女。ルキノと呼ばれていたが、シグナムとヴァイスは彼女の事を知らない。

 「あ」と、遅れて気づいたアルトが、二人に彼女の事を紹介する。

「紹介しますね。通信士研修で一緒だったルキノさんです」

「はじめまして。本日より機動六課、『ロングアーチ』のスタッフとして、情報処理を担当させていただきます、ルキノ・リリエ二等陸士です!」

「前所属は次元航行部隊で、艦船アースラの事務員だったそうです」

 ぴしっとした敬礼をするルキノからは、どことなく本人の真面目さが滲み出ている気がした。

 一見すると、気さくなアルトとは異なるタイプである様にも見えるが、だからこそ馬が合ったのだろうか。

 ちょうど似たようなコンビを知っているのもあったが、仲睦まじげにしている二人をみていると、これからもきっと仲良くやっていくのだろうなと、シグナムは思った。

「しかしアースラか……。懐かしい名だ。昔から幾度となく大変な世話になった艦船(ふね)だが、次代に代わるという話が出てからは、あまり仕事をする機会は少なくなってしまっていたな。クロノ提督はご健勝か?」

「はい。アースラが世代交代してからは、XV級新造艦───『クラウディア』の艦長をされてます」

「そうか、相変わらずの様で安心したよ。そういえば、研修を終えたといっていたが、お前たちの上司になる二人には会ったか?」

 シグナムがそう訊ねると、アルトとルキノは「はい」と頷いて応えた。

「これからちょっと行くところがあると仰ってましたが、つい先ほどもお会いしてきました。通信主任のシャリオ・フィニーノ一等陸士と……」

「指揮官補佐の、グリフィス・ロウラン准陸尉に」

 それを聞いて、しっかりと顔を合わせているらしいなとシグナムは満足そうに頷いた。スタッフ間でのネットワークもでき始めているようだし、これからの部隊運用においても円滑に進むことだろう。

「そのお若い准陸尉殿と、メカオタ眼鏡の一等陸士がお前らの直接の上司だから、仲良くな。まあ、『ロングアーチ』そのもののトップは八神部隊長だけどよ」

「二人は今後、コンビで通信管制や事務作業をしてもらうことになるだろう。よろしく頼む」

 ヴァイスとシグナムにそう言われて、二人は声を揃えて「「はいっ!」」と応えた。もう早速コンビらしいところを発揮する二人に、なんだかヴァイスとシグナムは小さく笑ってしまった。

「シャリオが戻るにも、ヘリが来るにも時間はあることだ。せっかくだから、二人で隊舎(しせつ)の中でも見回っていると良い」

「はい!」

「では、失礼いたします」

 そう言って立ち去ろうとする二人だったが、出口に出かけたところで「あ、それとヴァイス陸曹~。ヘリが到着しましたら……」とアルトが、当初の目的だったヘリを見ることについてヴァイスに念押ししてくる。

「わーってるよ、心配すんな。運搬されて来たら通信で呼んでやるよ」

「約束ですよ~」

「おー、とにかく気ぃ着けて行ってこい」

 と、先輩らしく後輩二人を送り出したヴァイスだったが、アルトの様子には若干呆れ気味であった。

「……しっかし、あれで大丈夫なんスかね? あんなガキんちょどもで」

 そう宣うヴァイスであったが、傍らのシグナムは「口ばかりは一丁前になったな」と言って、()()()()()の成長ぶりを笑っていた。

「入隊したてのお前を見て、私はまったく同じ感想を持ったものだが。なあ、十年目?」

「いや、シグナム(ねー)さん。それは言わねー約束で……」

「分かっているとも。子供も、やがては一人前になるものだからな」

「…………適わねぇなぁ」

 ヴァイス・グランセニック陸曹、御年二十六歳。

 ヘリパイロットとしての腕前は一流と呼んで差し支えない彼であるが、生憎と十代の頃から面倒を見てもらっていた烈火の将には、まだまだ頭が上がらないままであったとさ。

 

 

 

 

 

 

  3 《Saide_“Long Arch”-3.》

 

 ヴァイスがシグナムに可愛がられていた頃。

 駐機場を後にしたアルトとルキノは、今後の事も考えて、見学がてら隊舎内の廊下を歩いていたのだが。

「やっぱり、隊舎内広いですねぇ」

「ちょっと古い建物らしいですけどね。……ん? ルキノさん、どーかした?」

「いえ、あそこに───」

 と、ルキノが指した方へアルトが向くと、そこには数人の局員と、何やら()()()()()があって───。

「~~♪」

 本物の妖精みたいな身長三十センチくらいの女の子が、ふわふわと廊下を漂うように飛んでいた。

「あ、お疲れ様ですっ!」

「お疲れ様です~♪」

 局員たちと和やかに話しているが、どこか日常と乖離したようにも見える光景。

 いくらミッドチルダが『魔法』が存在する世界であるとはいえ、ここまでファンタジックな場面はなかなか見られない。とりわけ、年若い少女たちにとってはあの光景はまた別の意味で衝撃がすさまじかったともいえる。

 

「「───か、かわいい……っ‼」」

 

 思わず、二人は口をそろえて黄色い歓声を挙げる。

「何あの子? 誰かの使い魔とか?」

「そうかも! あんなちっちゃい子は初めて見るけど!」

「陸士制服着てるしー、きゃーっ♪」

「見た目、十歳くらい?」

「うん、うんっ!」

 例に漏れず、古今東西、乙女はかわいいものが好きなのだろう。一人足りないが姦しく、きゃいやいと騒いでいたアルトとルキノだったが、そこへ。

「あ~、お疲れ様です~。クラエッタ二等陸士とリリエ二等陸士ですね」

 と、件の妖精さんが話しかけて来た。

「はいっ」

「あ、え」

 思わず声に詰まる二人だったが、しかしそれも無理はない。

「???」

 愛らしい笑みを湛えながら、こてんと小首をかしげる様は、まさしく妖精の如く。

 蒼穹を思わせる蒼い瞳と、同じく蒼穹を溶かし込んだような銀色の髪。それらは近くで見ると、よりいっそう幻想的な姿であった。

 ……が、衝撃はそこでは終わらず。

「二人のお話はシグナムやフェイトさんから伺ってるですよ~。

 はじめまして、機動六課部隊長補佐及び、ロングアーチスタッフ。リインフォース(ツヴァイ)空曹長です!」

「「⁉」」

 更なる事実を伴って、二人へと告げられてきた。

 サラッと自身の階級を名乗った妖精さんであったが、これは二人にとって、かなりの衝撃であったといえる。

 何故か、と問うまでもなく理由は単純で。

 空曹長は、彼女らの属する階級の二等陸士の二つ上の階級。つまり、この小さな妖精さんは、彼女らの上司、と言うことになる。

「「し、失礼しましたっ! 空曹長殿‼」」

 思わず畏まる二人だったが、「あー、いいですよ。そんなに固くならなくて」と彼女はアルトとルキノに言った。

「わたしの方が年下ではありますし、ロングアーチのスタッフ同士仲良くやれたら嬉しいです」

「「あ、ありがとうございます」」

「はいです♪ ……あれ、でも『アルト』の事はシグナムからよく聞いてたですが、わたしの事は聞いてなかったです?」

 そういえば、と思い出したように訊ねられて、アルトは前にシグナムから彼女の名前を聞いた事があった事を思い出した。

 が、しかし。

「あの、ご家族に『リイン』という小さな末っ子がいるとは伺っていたんですが、まさかのその……こんなに小さい方だったとは思いもよらなくて」

 そう。アルトがシグナムから聞いたのは、『リイン』という末っ子の話だけ。故に、アルトはリインの実際の姿までは知らなかったのである。

「あはは……、シグナムらしい説明不足さですね~」

 寡黙な将の言葉足りなさに苦笑しながら、リインは改めてアルトとルキノとの交流を深めるのであった。

 ちなみに余談だが───そんな話をされて、直ぐ側の駐機場では烈火の将が、思いのほか可愛らしいくしゃみをしていたことを知るのは、傍らに立っていたヘリパイロットのみだったとかなんとか。

 

 

 

 

 

 

  4 《Side_“Lightning”-1.》

 

 ミッドチルダ西部二一区に置かれた、管理局市民窓口センター。

 ここはミッドチルダのいわゆる市役所に近い施設で、管理局が市民向けに開いた様々な相談・手続きを行う場所である。

 各世界への渡航に関する前手続きや、向かった先での住民登録など申請を始め、魔導師としての登録・更新などもここの窓口で行われる。

 そんな日頃の手続きを行う大人たちに紛れて、受付前のソファにちょこんと座っている小さな男の子の姿があった。

「モンディアルさーん。エリオ・モンディアルさ~ん」

「はいっ!」

 窓口のお姉さんに名前を呼ばれて、エリオはハキハキとした返事と共に、ソファから立ち上がって、窓口へと向かう。

 ちょっと受付の机の位置が高いのか、腕で身体を持ち上げて若干背伸びしているあたり、どことなく愛くるしさがある。

 そんな彼の様子に笑みを溢しつつ、受付のお姉さんはエリオの持ってきた申請内容を検めていく。

「IDカードの更新ですね。更新事項は、武装局員資格と、魔導師ランク・陸戦B。役職は陸士研修生改め、三等陸士───お間違いないですか?」

「はいっ、大丈夫です」

 そう確かめるように言われた時、微かに周りの目がエリオの方へと流れた。

 だが、それも致し方あるまい。何せ、エリオの見た目はどう見ても十歳程度。そんな小さな子供がすでに研修生から局員になっているというのだ。周りの目も引いてしまうのは致し方あるまい。

 次元世界の中でも就業年齢の低い方のミッドチルダであるが、実際にこういった光景を目にするのはやはり珍しい。そうして周りの目を引きながら、エリオの手続きはてきぱきと進められていった。

「───はい。ではこちら、正規の管理局員としての新しいIDカードです」

「ありがとうございます」

 手渡されたIDカードを受け取り、しっかりと更新内容が刻まれているのを確かめると、エリオは意気揚々と受付を離れようとした。するとそこへ、彼の付き添いで来ていたシャーリーが戻ってきて、「エリオ~」と彼の名前を呼んだ。

「どう? 更新は終わった?」

「はい」

 そう言ってシャーリーに受け取ったIDを見せると、うんうんと頷いて「ばっちりだね」と頭をなでられた。

 くすぐったそうにしているエリオを「お疲れ様」と労うと、シャーリーは「ふっふっふっ……」と、何か勿体着けた様な笑みをこぼす。

「??? どうしたんですか? シャーリーさん」

「んー? 実はね~、エリオ。正規採用のお祝いに、ある人からメッセージがあります。準備はいいかなー?」

 なんだろうと思いながらも、エリオはこくんと頷いた。

 それをうけて、シャーリーは「じゃじゃーん!」と何処かとの通信を開いた。すると、そこには───。

『エリオ、正規採用おめでとう』

『おめでとさんだなー、エリオ。頑張ったな~』

「フェイトさん、それにアルフも! あれ? でも、フェイトさんお仕事中じゃ、それにアルフも……」

『いま食事休憩中だから、時間は大丈夫』

『あたしはちょっとおつかいがあってけど、時間とれたからな』

『うん。それでせっかくだから、二人でちゃんと〝おめでとう〟を伝えたくて。

 エリオの事だから大丈夫だとは思ってはいたけど……試験も研修も、無事に終わってよかった』

『がんばったな~』

 そういってくれる二人に、「ありがとうございます!」と満面の笑みを返すエリオ。

 褒められたのが嬉しくてたまらなかったが、今日からは正式に管理局員。いつまでも子供ではいられないと、気を引き締め直した。

 エリオのそんな仕草を見て、フェイトはなんだか、とても感慨深いものを感じていた。

『出会った頃はあんなにちっちゃかったエリオが、もう正規の管理局員なんて……なんだか、不思議だな……』

 感慨深いような、寂しいような。本当に、不思議な気持ちだった。

 それは巣立つ雛を見送る親鳥に似ていたかもしれない。まだ巣の中で抱きしめていたいけれど、外を目指そうとするその背を止められない───そんな、複雑な親心みたいなものだった。

「……すみません、フェイトさん」

 憂いを覗かせるフェイトを見て、エリオは小さくそう言った。彼のその言葉に、情けないところを見せてしまったなと苦笑しながら、フェイトは『謝る事なんてないよ』と言って続ける。

『大丈夫。エリオがちゃんと自分で選んだ道なんだから、胸を張っていて欲しいな。それにわたしとの約束も、エリオはちゃんと守ってくれるもんね?』

 穏やかに問うフェイトに、はいと頷いて、エリオは彼女と約束したことを一つ一つ言葉にしていく。

「友達や仲間を大切にすること。戦うことや、魔法の力の恐さと危険を忘れないこと。どんな場所からも、絶対元気で返ってくること───ですよね」

『そう。とっても大切なことだから、ちゃんと覚えておいてね。

 六課では同じ分隊だから、来月からわたしやキャロ、それに新しい仲間たちと一緒に頑張ろう』

「はいっ!」

『うん。良い返事だね。……あ、シャーリーこの後は?』

 フェイトがそう言うと、ここまで微笑まし気に三人を見守っていたシャーリーが「はいはい」と、ここから先の予定を確認して伝えていく。

「ええと、エリオが訓練校に挨拶に行くのに付き合って、それから六課の隊舎に行ってきます。フェイトさんたちのお部屋とか、デバイスルームの最終チェックとか、色々やっとかないとですから」

『ありがとう、よろしくね』

「お任せください♪」

 執務官補佐をしてもらってから頼りっぱなしだなと、フェイトは頼もしい後輩に再度ありがとうと感謝を告げる。

 それから改めてエリオを向き直り、アルフと一緒にもう一度おめでとうと伝えた。それに続いてアルフも、

『今度会ったときはもう一回、ちゃんとお祝いしてやっからな~』

 と言い、エリオも「ありがと、アルフ」と応えた。

 そうして、『じゃあね』とお別れを告げて、フェイトは一度エリオとの通信を切るのだった。

 

 

 

 

 

 

  5 《Side_“Lightning”-2.》

 

 通信の途切れ、画面の向こうの二人の姿が消えたのを見て、ちょっと物寂しい様な気分になりつつも、六課が発足すればまたすぐに会えるかと思い直して、フェイトは「ふぅ」と一つ息を吐いた。

「しっかしエリオのやつ、ちょっと見ない間におっきくなってたなー」

 その傍らで、前に会ったときはこんなんだったのに、なんて自分の胸のあたりを手で示すアルフがそう言うと、フェイトも「うん」と頷いた。

「子供の成長って、思ったより早いのかもね」

「だなー。こりゃ、キャロと会うのも楽しみだ。あっちはもう魔導師登録はとっくにしてるし、あとは来るのを待つだけかぁ。……ん? そういえば、キャロの方は何時こっちに来るの?」

「えーと、エリオの出向研修が明ける頃かな」

「ああ。そういえば二人とも、直ぐに六課に合流ってわけじゃないんだっけ?」

「まだ出向研修の日程が残ってるんだって。キャロの方は、今いる自然保護隊の担当世界がちょっと遠いから、こっちに戻るのに少し時間がかかるみたい。キャロもエリオとは別だけど、研修には出るから、こっちには寄れないんだって……」

「スプールスだっけ? あそこからミッドの中央までくるのは……あー、確かに一般だとちょっと掛かるかなー」

 局にある直通の転移門(ゲート)でも使えば別だが、緊急時でもない限りは、あまりおいそれと使用できるものでもない。或いは個人転移という方法もなくはないが、管理世界間を移動する場合、これにも渡航許可が必要となる。なので通常、次元世界間の移動をするのならば、世界間を繋ぐ交通機関を使用するのが一般的だ。

「…………本当は、わたしが迎えに行きたかったんだけど……」

「まぁ、仕事入っちゃったからなー。これっばかりはしょうーがないって」

 キャロたちを迎えに行けないことで、ちょっぴり落ち込み気味なご主人様をなだめながら、アルフはポンポンとその背を叩いた。

「とにかく元気だしなって。すぐ会えるからさ」

「ありがとう、アルフ……。でも、今の日程だと、エリオとキャロが帰ってくる日にも、わたし……立ち会えそうにないないんだよね」

 フェイトが予定表を映し出すと、アルフはそれを見て「ああ……」と頷いた。

「二人とも研修明けるのは同じ日なのはよかったけど……こっちに寄る時間が取れなかったのは、やっぱりタイミング悪かったねぇ」

「うん……」

 と、フェイトはまた残念そうな顔をする。

 そんなご主人様の手前控えたが、アルフもこれから書庫にしばらく籠ることになりそうなので、ちゃんと会えるのはフェイトよりも先になりそうだな……と、なんとも言えない物寂しさを覚えていた。

「……今頃、キャロは自然保護隊の皆さんにお別れの挨拶をしてる頃かな」

 小さくつぶやくフェイトに「かもねぇ」と相槌を打ちつつ、アルフも彼女と同じように「泣いてないと良いんだけどな───」と、遠くにいる桃色の髪をした少女の姿を思い浮かべていた。

 

 

 

 

 

 

  6 《Side_“Lightning”-3.》

 

 管理世界六一『スプールス』、自然保護区。此処に置かれた管理局自然保護部隊のベースキャンプから今日、一人の少女魔導師が旅立ちを迎えようとしていた。

「じゃあキャロ、忘れ物はないね?」

 ミラがそう訊ねると、キャロは「はい。本当にお世話になりました」と言って、ぺこりと頭を下げた。

 そんなキャロの姿を見て、ミラはなんだか酷く寂しさ込み上げてきた。

「……ホント。いざ行っちゃうとなると、寂しいもんだね」

「ミラさん……」

 そっと小さな身体を抱きしめると、同じようにキャロの小さな手がミラの身体を抱き返してきた。

 本当にまだ、小さな子供の手。しかしそれが、今まさに飛び立とうとしている、一人の『魔導師』の手でもあるというのだから、なんだかとても不思議な気分だった。

「……あぁ、キャロにはずっといてほしかったよ」

「おいおい。キャロの保護者の方がいる部隊に行けるんだし、こんな山奥での研修から都会の陸士隊への配属なんて、華々しい門出じゃないか」

「タントさんの言う通りですよ、ミラさん。……それに、これが最後じゃないですよ。絶対に」

「……うん、そうだね」

 タントとムーヴに宥められて、ミラは小さく頷いた。けれど別れというのは、たとえ永遠でないとしても、やはり人の心を締め付ける。

 だが、別れを無くしてしまっては、誰も何処へも行けなくなってしまう。

 別れはきっと、出会うために。だから今は、ほんの少しだけ───もう一度、出会うための、別れを。

「あの、わたしっ……! 保護隊でお世話になって、いろいろ勉強させてもらって、本当に楽しくて……だから本当に、ありがとうござましたっ!」

 言葉に詰まりながらも、キャロは三人に感謝を伝えた。

 たくさんの、本当にたくさんの事があったから。……だから、こんな短い中で言い尽くせるものではないとしても、伝えたかった。

 その必死な姿に、陳腐な感慨であったかもしれないが、酷く胸を打たれた。

「あたしも楽しかったよ。……キャロは、まだまだちっちゃいけどさ。一人前の魔導師になれるように、いつか大好きなフェイトさんの事や、エリオくんの事を助けてあげられるように、って。いつも一生懸命頑張ってたこと、あたしやタントたちはちゃんと知ってる。

 キャロはもう、保護隊員としては一人前だからさ。陸士も魔導師も、きっとやってけるよ。だから、がんばっておいで!」

「はいっ、がんばります……っ!」

「うん。じゃあ、行っといで。キャロ‼」

 最後にもう一回、その小さな身体をぎゅっと抱きしめて、腕を解いた。

 解いた手を肩に添えて、真っすぐにキャロの目を見ながら、ミラは「気が向いたらいつでも帰っといで。もちろん、仕事はいっぱいだけどさ」と、微笑んだ。

「フリードとも、仲良くね」

 ミラがそう言って、ここまでキャロの傍らで行儀良くしていた、小さな白竜の頭を撫でた。

 気持ちよさそうな鳴き声を聞かせてくれた白竜は、嬉しそうにくるりと宙を舞うと、自分の主人(パートナー)の肩へとちょこんと降り立った。肩に乗ったフリードを優しく撫でて微笑むと、キャロは改めて「はい!」と元気に頷いて、足元に置いていたバッグを手に歩き出す。

「皆さん、本当にありがとうございました。行ってきますっ!」

 そう言って、振り返りながら大きくて手を振る彼女に、ミラたちも大きく手を振り返して、送り出した。

 やがて小さかった背中は見えなくなって。何故か三人は、そこでようやく───あの子がこの地を離れ、先へと向けて歩き出したんだなと、いまさらのように実感した。

「───行っちゃいましたね」

「うん……。ここも、寂しくなるね」

「そうだな……」

 寂しさは感嘆には消えない。心配だって、しばらくは尽きることはないだろう。

 だが、それらはやがて薄れていくものだ。子供は何時までも、か弱いだけの存在ではないのだから……。

 けれど、それでも一つだけ。

「あの子の新しい行先で、優しくしてくれる先輩とか……親友とか、たくさん出来るといいな」

 あの小さな女の子が、これからの未来で、笑顔でいられたらいいなという想いだけは、きっと、変わる事はないのだろうな───と、ミラを始め、誰もが思った。

「大丈夫ですよ」

「ああ、心配ないさ。良い子だからな、キャロは」

「うん……そうだね」

 そうして、スプールスの緑あふれる大地に、柔らかな風が吹き抜けていく。

 その風の音はどこか、あの子の連れていた白い子竜の鳴き声に似ていて───気づけば三人の頬には、自然と熱い雫が伝っていた。

 

 

 

 

 

 

  7 《Side_“Stars”-1.》

 

 ミッドチルダ南部にある陸士三八六部隊の本部隊舎。

 その災害担当部・配置課の応接室にて、ここの救助隊を任されている部隊長と、本局よりやって来た二人の教官がある新人たちについて話をしていた。

「それで、この二人の事なんですが……」

「ええ。二人ともうちの突入隊のフォワードです。新人ながら、良い働きをしますよ」

 資料を片手に、問われた二人の新人について部隊長は語り始める。

「二年間で実績もしっかり積んでます。いずれ、それぞれの希望転属先に推薦してやらんととは思ってましたが……まさか本局から直々のお声掛かりとは、三八六部隊(うち)としても誇らしいですな」

 一人目は、青い髪をショートカットにした、活発そうな少女。

「スバル・ナカジマ二等陸士。うちの突入隊筆頭(フォワードトップ)……武装隊流にいえば、先行型前衛(フロントアタッカー)ですかな。とにかく頑丈で頼もしい子です。足も早いし、タテ移動も優秀です。インドアや障害密集地でなら、下手な空戦型よりよっぽど速く動きますな」

 そう言いながら、資料から一度目を離してもらうように言って、部隊長はスバルの現場での記録映像を空中に映し出す。

『破壊突破、行きますっ!』

 威勢よく声を張り上げて、災害現場に飛び込んでいくスバル。右腕に装着したアームドデバイスを使って、立ちはだかる障害物を文字通りに殴り壊して行くその姿は、まさしく近接格闘型の代名詞の様な姿であった。

「この通り、彼女の突破力は申し分ありません。本人は将来的には特別救助隊を希望しております」

 部隊長の説明に「なるほど」と頷く教官二人。

 それに続けて、件の二人目についての説明を始める。

「で、二人目ですが、こちらはシューター……放水担当ですね。

 ティアナ・ランスター二等陸士と言います。武装隊向きの射撃型な上に、本人も将来的には空隊志望とかで、正直(うち)の救助隊ではどうかと思ったんですが……訓練校の学長からの推薦もありまして、こちらで預かっております」

 映し出された映像は、ティアナが消火作業をしている場面だった。

 射撃型と言うだけあっって、放水用の消火銃(ウォーターガン)の狙いは実に正確だ。しかもそれだけではなく、もう片方の手で拳銃型の魔導端末も同時に扱っている辺り、実に器用なのだと言うことも解る。

「射撃型だけあって、シューターとして良い腕ですし……それに、覚悟が良いんでしょうね。呑み込みは早く、今やるべきことを完璧にこなす、って気概があります。

 ああそれと……ナカジマもランスターも、魔導師ランクは現在Cですが、来月昇級試験を受けることになってます」

「来月……なら、間に合いそーですね」

「ですね。……あ、両利き(ツーハンド)なんですね?」

「ええ、魔力カートリッジ用のデバイスですね。自作だそうです」

 新人の時点でカートリッジシステムを使用している、というのはなかなかに珍しい。更に話を聞くと、訓練校時代から既にティアナはこの『アンカーガン』という自作デバイスを使用しているそうだ。

 この事からも、ティアナが魔導師として意欲的に腕を磨いている事が窺える。

 ただ、彼女はあくまでも戦闘型魔導師であって、魔導端末整備士(デバイスマスター)としての知識を学んだわけではない。それゆえか、自作デバイスの方が彼女の成長に着いて行けなくなり始めている。

 スバルの方はというと、実戦使用に足るだけのデバイスは既に持っているようだ。こちらもカートリッジシステム搭載型で、『リボルバーナックル』という名前らしい。

 だが、彼女の要となる足───『ローラーブーツ』の方は、やはり目まぐるしい成長に耐えかねている印象を受けた。

「この二つは……こちらに配属となったなら、ちょっと考えないといけませんね」

「ま、そこはうちの整備士主任(シャーリー)たちに任せとけば、なんとかなるでしょーよ」

「ええ。それにしても、この二人……なんだか周りに比べると、とても息が合っている感じですね」

「そうですね。あのコンビは、うちの中でもかなり息が合っている組み合わせだと思います。訓練校からコンビ三年目ってことで、技能相性やコンビネーション動作はなかなか大したもので───。

 ああ、いえ。もちろん、航空教官のヴィータ三尉や、戦技教導隊の高町一尉がご覧になれば、穴だらけだとは思いますが」

 本職の前であまり褒めすぎるのも良くないかと思ったが、なのはとヴィータは特に気にした様子もなく、むしろ好意的に受け止めている様だった。

 これだけの信頼を勝ち取ってきた二人ならば、新部隊のメンバーとしては申し分ないだろう。……それに、偶然なのだろうが、なのは個人としては、少々運命を感じるところもある。

 尤も、あくまで私情で選んだわけではなく、あの子が自力でここまで駆け上って来た結果だ。

 だからこそ───。

「ありがとうございました。スバルとティアナの事、よくわかりました」

「恐縮です。では……」

「はい。───予定道通り、昇級試験後にこちらの部隊へ来ていただけたらと思います」

 というなのはの返答を受けて、この話し合いは終了した。

 まだいくつか書類作業はあったが、新人の部隊異動の手続きはそこまで難しい事でもない。

 事実、手続きは滞りなく済んで、スバルとティアナの異動届けは受理された。

 

 ───異動は来月。彼女たちの昇級試験後に行われることになる。

 その手続きが済んで、なのはとヴィータは陸士三八六部隊を後にしたが、育て甲斐のありそうな新人たちだと改めて知り、二人の表情はどこか晴れやかであった。

 

 

 

 

 

 

  8 《Side_“Stars”-2.》

 

「交代申し送りは以上です。よろしくお願いしますっ! お疲れ様でしたっ!」

 本日の業務(シフト)の終了の合図を受けて、ティアナはホッとと一息吐いた。

 「ふぅ」と伸びをしていると、そこへ「ティア、お疲れ~」という声と共に、コンビの相方であるスバルが現れた。

「んー」

 と、ちょっと気の抜けた返して、二人は部屋への道を歩いていく。

 廊下を歩いていると、その途中でなんだか同僚たちがやけに(ざわ)めいていたが、疲れていたせいか全部は聞こえなかった。

 断片的に聞き取れたところでは、「本局航空隊の方が来てたんだって? 何の用だったんだ」「さあ? もう帰られたそうですよ」などといったものだったけれど、要はどこぞのお偉いさんが来ていた、という程度。なら新人の自分たちには関係ないか、と二人の興味は別のところへと移っていった。

「そういえばBランク試験、来月……ていうか、もう再来週くらいだけど、準備オッケーだよね?」

「まぁね。任務や待機の合間にずっと練習して来たんだし。あたしも、あんたもね」

「うんっ!」

 意気揚々と言った様子で意気込みを語るスバルだったが、なんだかティアナは釈然としない。いや、もちろん()()()()()()()()()()()のだから、沈んでもらっていても困るのだが───それにしても、だ。

「て、ゆーかねぇ……卒業後の配置部隊とグループまで一緒にどころか、なにが悲しくて魔導師試験まで二人一組(ツーマンセル)枠で受けることになってんのよ」

 誰に向けたわけでもない悪態を吐くティアナ。強いていうなら、向けたのは過去の自分自身へ、だろうか。

 しかし、

「あはは。確かに、なんかずっとセット扱いだよねぇ~。でも、訓練校の首席卒業とDランク、Cランク一発合格! ここまではティアの目標通りにちゃんと来てるよね」

 実際、なんだかんだと続けてきたコンビで、それなりの成果を出せている。

 なので不満はない。というか、今ではすっかり悪くないと思っている自分もいるくらいだ。しかし悲しいかな、相変わらず素直でないティアナは、嬉しそうなスバルとは裏腹に、「まーね」と気のない返事で応えていた。

「一緒に頑張ろうね、ティア」

「ふん……あんたに言われなくても頑張るわよ。バカスバル」

「あはは♪」

 今ではすっかり、こんなやり取りも恒例になってしまった。

 普通なら愛想を尽かされそうなやり取りだったが、どうにもスバルは対して気にしてもいないらしい。それどころか、素直でないと知っているがゆえか、楽しんでそうな節すらある。

 まあそれは、自分が『ヤな奴』だと思っているティアナにとっては、物事を円滑に進める上では、ありがたいといえばありがたい。……実際は素直になればいいだけなのだが、生憎と生真面目なくせに天邪鬼(ひねくれもの)な彼女は、それが出来ないのが困りどころだ。

 尤も、今では割と、スバル以外にも()()()()()人は結構増えて来ていたりもするのだが。

 ───だが、それはそれとしても。

「でも、こうしてコンビ組んでて言う事じゃないかもだけど……別に、無理に付き合うことないのよ? あんたも自分の夢があるんだからさ」

 いつかは分かれる道なのだから、もしその機会があるのならば遠慮などは不要。そんな意味を込めて言ったつもりだったのだが、スバルとしても、それは分かっている。

 けれど、

「あたしの夢は、まだまだ遠い空の向こうだしね……」

 そこへ至るには、まだまだ研鑽が足りていない。いまはまだ、自分を磨いている最中で、これから駆け上る場所を目指すには、こうしているのが一番だと、そう思っている。

「だからいいんだ。まだ当分はティアと一緒で!」

 真っ向から素直に言われると、どうにも困る。

 なんだかモヤモヤして、口を尖らせたティアナは「……あー、嬉しくない」と返したが、その顔は大して嫌がってはいなかった。

 その証拠に、

「あ! そうだティア。駅前のお店、今日はサービスランチの日だよ~。食べに行かなきゃ! 栄養つけよ」

「はいはい」

 やはり、なんだかんだと。

 二人は一緒に、揃って前へと進んでいくのだったとさ。

 

 そして来月。

 迎えた魔導師ランク昇級試験にて、スバルとティアナは、新たなる始まりを迎えることになるのだった───。

 

 

 

 

 

 

  9 《Side_“Supporters”-1.》

 

 ミッドチルダ北部、旧ベルカ自治領。

 旧きの世界の縁を多く残すこの地に置かれた、『聖王教会』の大聖堂にて。

 教会が誇る女性棋士のカリム・グラシアと、その義弟にして、管理局の査察官であるヴェロッサ・アコースが、久方ぶりに姉弟(きょうだい)の再会を果たしていた。

「久しぶりだね、カリム。ここのところご無沙汰だったから会えて嬉しいよ」

「そうね。私も久しぶりに(あなた)の顔が見られて、なんだかホッとしてる。相変わらず、ちょっとお仕事をサボったりして不真面目だっていうのは聞いていますけどね?」

「こればっかりは性分だからね。その代わり、サボった分だけしっかり成果は出してるつもりさ」

 飄々とした物言いは代わっていないが、こんなところも実に彼らしい。相変わらずの可愛い義弟の様子に、姉は楽しそうに微笑んだ。

「それで、今日はどうしたのかな? ただのお茶のお誘い、ってわけじゃなさそうだけど」

「ええ。忙しいところ呼びだしてしまってごめんなさい。でも、そろそろあの部隊が発足するから、改めてヴェロッサにもはやての事、お願いしたくて」

 カリムがそういうと、「ああ」とヴェロサは彼女の言わんとすることを察し、納得したように頷いた。

「機動六課……お子様だったはやても、もう部隊長か」

「出会ってから、もう十年以上よ? はやても立派な大人だわ」

「そうか……。歳を取ったかな、僕も」

「こら。弟が姉の前で歳の事を言わないの」

 めっ、と、小さな頃からあまり変わらない姉の叱り方に「ははっ、ごめんごめん」と和やかに返すと、ヴェロッサは面立ちを正した。

 弟の真面目そうな表情を見て、カリムも穏やかだが、けれど真っ直ぐに彼を見て、静かにハッキリとこう告げた。

「部隊の後見人で、監査役でもあるクロノ提督は色々お忙しいし、わたしやシャッハも、教会からあんまり動けないし。

 だから、はやてのこと……助けてあげてね。ロッサ」

「了解、姉さん(カリム)。僕らの可愛い妹分(はやて)のため……ヴェロサ・アコース、がんばりますとも」

 にこっと、笑みと共にそう言ったヴェロサに、カリムもまた微笑んだ。

「それじゃあ、そろそろお茶にしましょうか。シャッハが用意してくれてるし、あんまり待たせるのも悪いから」

「だね。色々と、積もる話もあるし。僕の仕事先での事とか、最近になって、新しく解ってきた事とかもね」

「提督も司書長も頑張って下さってるのね。もちろん、あなたも」

「当然さ。なにしろ、僕の姉さんの為だからね」

 そういって、にやっといたずらっ子の様に微笑むヴェロッサは、実際の年齢以上に子供っぽい。

 茶目っ気たっぷりに言う可愛い義弟に、「ふふっ。ありがとう」とカリムも返し、二人は部屋を出て、シャッハの待つ中庭(テラス)の方へと向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

  10 《Side_“Supporters”-2.》

 

 時空管理局本局、『無限書庫』のとある未整理区画。

 そこで、数多の踊る様な本に囲まれながら、空中に映し出された画面(モニタ)越しに、どこかと通話している青年がいた。

 中性的で、一見すると女性に間違えそうな彼こそ、この『無限書庫』を治める司書長のユーノ・スクライアである。

「───そっか。エリオも無事に登録終わったんだね。よかった」

『今度会ったらユーノもお祝いしてやってなー。フェイトもあたしも、二人が戻ってくるまでの間はちょっと忙しいし』

「ゴメン、アルフ。こんな時に手伝ってもらっちゃって。今日もおつかい行ってくれてありがとう」

 ユーノがそう礼を述べると、アルフは『気にすんなって。あたしも好きで手伝ってるんだからさー』と言い、傍らにいるフェイトも『そうだよ。ユーノだって、六課の事たくさん手伝ってくれてるんだから』と続く。

 そういってもらえるのは、素直に嬉しい。ありがとう、と返して微笑むと、二人は『うんうん』と頷いた。

「それじゃあ、一旦検索に戻るから、また」

 ユーノがそう言うと、

『うん。またね、ユーノ』

『あとでそっち戻るときよろしくな~』

 と二人も言って、三人は通信を終えた。

 ユーノが通信を終えて一息吐いていると、背後から声がかかる。

「今のは、フェイトたちからですか?」

 その問いかけに「うん」と首肯し、振り向くと、こちらへ向かってくる人影が一つ。

 声の主は、かなり蒼い瞳の、なのはのものより暗めの色彩をした茶髪を、ユーノと同じようにリボンで頭の後ろに垂らすように結った女性。何年か前から臨時司書として、エルトリアから此方へ手伝いにやって来てくれているシュテルだった。

「ありがとう、シュテル。おつかれさま」

 シュテルの持ってきてくれた資料を受け取り、ユーノは微笑むが、シュテルのほうはややジトっとした目で彼を見ている。

「……相変わらず、ナノハたちの事となるとマメですね。師匠は」

 エルトリアにはあまり来てくれないわりに、と言外に言われている気がして、ユーノはちょっとバツが悪くなったのか、

「いや、別にそんなつもりは……」

 と、やや弁解じみたことをいう。

 シュテルのほうはまだ僅かに不機嫌そうではあったが、今回はさして長引かせることなく、気を取り直してくれた。

「今回は事が事だけに責められませんが、あまり複数の女性と懇意にしすぎるというのもどうかと思いますよ」

 単純に周りに男の知り合いが少ないだけ、という言い訳は通じないのだろうな、とユーノはぼんやりと思う。実際、大きな仕事絡みで関わったり、九歳の時に知り合った幼馴染たちの女性比率が高いだけで、普段は同性ともちゃんと交流を持ってはいるし───と、そんな益体もないことを考えている彼の傍らで、シュテルは小さく溜息を吐く。

 ……尤も、

(まぁ、だからといって揺らぐものでもありませんが)

 こっちもこっちで、とっくの昔に臨戦態勢全開なので、有り体に言えばこのやり取り自体、単なる嫉妬ゆえの児戯のようなものだったりするのだが。

 それはさておき、

「しかしフェイトたちから……ということは、いよいよ始動するのですね」

 ユーノもそれに頷いて、「うん」と応える。彼の声に合わせ、止まっていた本たちが、再び宙を踊り始める。

 

 『機動六課』───それがはやての設立する新しい部隊の名前だ。

 

 部隊設立の目的は、ここ数年で表出した古代遺失物に纏わる事件を追うためとされているが───これはいわゆる『表向きの理由』であり、実際の目的はまた異なる。

 一つは、事件に対し迅速に対応する部隊を作る事。

 表向きの理由にも関連する部分であるが、こちらも重きを置かれている部分ではある。

 特にその意志は、四年前の空港火災を機により強まったと聞いている。元々、管理外世界や本局()での事件に携わって来た身からすれば、地上という領域に囚われた組織の状態は遺憾であると言わざるを得ない。

 しかし、戦いの場が既に整えられた世界、人々が拓いた世界だからこそ、この状況は致し方ない面もある。故に変革を望むなら、時間を掛けて内々から然るべき手段で以て、それは成されるべきだ。

 だが、時間を掛ける、と言う事はつまり。

 もし仮に、それが成されるよりも前。近い将来において、『取り返しのつかない事態』が起こるのだとしたら───そもそも変革を望む意味など、どこにも無くなってしまう、という可能性だってある。

 そう。これが、二つ目の理由だ。

 騎士カリムの持つ稀少技能(レアスキル)、『預言者の著書(プロフェーティン・シュリフテン)』によって〝預言〟された、世界の危機。

 スキルの特性上、預言される内容は詩文形式で綴られるため、内容を完全に明かすことは難しい。預言が的中しても、予想した内容とは違うケースも多々存在する。その為、カリム本人は自らの預言を『よく当たる占いのようなもの』と形容している。

 しかし、彼女のスキルの本質は、いうならば『未来予測』。預言というオカルトチックな呼ばれ方をしているが、(れっき)とした魔導技術の一つだ。

 

 それゆえに、『予想とは違った』、という外れ方はあれども。

 『預言が起こらなかった』、などという外れ方は在り得ないのである。

 

 預言が記された以上、綴られた内容は必ず起こる。もちろん、凄惨な結果が起こると決まったわけではないが、最悪の事態が起こってからでは遅いのもまた事実。

 しかも今回の預言(もの)は、これまでの預言とは異なる事が多すぎた。

 内容が変質していたり、発生までの期間が異常に長いこと。そんな不自然な点が数多く存在している。

 が、だからこそ───。

「僕たちも、ただ黙って滅びを迎えるわけにはいかないからね」

 そういってユーノは、踊らせていた本の内の一冊を手元に引き寄せた。表紙に記された題の文字を見るに、ベルカ関係の書籍だということが分かる。

「それは?」

「本自体は、随分と前に見つけておいたものなんだ。でも、改めて少し確認しておいたほうがいいかなと思って」

 そう言いながら、ユーノがシュテルへその本を寄こしてきた。

 シュテルが中身に軽く目を通すと、そこにはかつて旧き世界の戦乱に纏わる事柄がつづられていた。

「……なるほど。以前拝見させて頂いた、『ゆりかご』の資料。これも、その元となった一つというわけですか」

「うん。シュテルたちには確認してもらっているから今更かもしれないけど、アレが本当に相手になるとしたら───警戒のし過ぎ、なんてことはないだろうから」

 ですね、とシュテルもその言葉に同意する。

 彼女の()()であったユーリの出身地でもある、古代ベルカ。

 戦乱に苛まれ続けた彼の地では、争いに勝利するために、どこの国でも魔法による様々な兵器が造り出され続けていた。

 その中でもとりわけ有名なのが、『聖王のゆりかご』と呼ばれる、巨大な戦艦(いくさぶね)

 ベルカの戦乱を止めた、という逸話に違わず、各資料を参照しても、当時からかなり恐れられていた強力な兵器であった事が分かる。

 断定に足る資料はまだないが、元々はあの『アルハザード』から齎されたモノである、という記述も散見されており、古代ベルカの時点で既に『ロストロギア』の様な扱いを受けていたそうだ。

 古代ベルカでは、そうした強力無比な兵器を総称して、『禁忌兵器(フェアレータ)』と呼んでいた。

 そして、『ゆりかご』はその中でも最たる存在(モノ)であるとされている。

「戦乱を止め、結果として世界の終焉を齎したとされる代物……改めて言葉にすると、少々信じ難いものがあります」

「そうだね……。調べてる僕自身、何かの間違いなんじゃないか、って思う。───でも、やっぱり、どうしても引っかかるところもあるんだ」

「それは時期や、局側の対応に……ですか?」

 僅かに躊躇いを孕んだ問いかけに、ユーノは黙って首肯した。

 『ゆりかご』の炉心は、『ジュエルシード』や『レリック』といった品に近い、高度エネルギーの結晶体が用いられている。全長がキロ単位なだけあって、それだけ強力な駆動炉が求められているということなのだろう。

 しかし、『ゆりかご』にはもう一つ、特異な動力源が存在している。

 ミッドチルダ上空には二つの月があるのだが、衛星軌道上に上がると、『ゆりかご』はそこからの魔力供給を受けて、その真価を発揮する。

 ただでさえ堅牢防御は更に固く、対艦攻撃を向かってくる標的全てに同時に放つことが出来、次元跳躍を用いて遠く離れた場所へもその攻撃を叩き込める───と、まさしく禁忌と呼ぶに相応しい性能が伝えられている。

 そして、この『月からの魔力供給』というのが、ユーノらが最も引っかかりを感じた部分であった。

「月からの魔力供給の方法自体は既に失われているけど、かつて存在していた技術だったというのは、様々な記述から確認されてる。特にベルカやミッドチルダみたいな二つの月を持つ世界では、色んな伝承が残されてて……周期や配列なんかにも関係がある、といった資料もあった。

 でも、まだそれも眉唾なものがかなり多いし、あまり拘りすぎるのは良くないとは思う。……ただ、気になる要素なのも確かだから、放置できない」

 散見される資料から導き出される周期と、現在の周期は合致している。単なる偶然だとしても、最悪の可能性が形となるのなら、今がまさにその時だ。

 ───そして、これに更なる疑念が重なる。

 あくまで推測に過ぎないが、前にクロノとヴェロッサに『ゆりかご』について語った時、何故『ゆりかご』が見つからずにいたのか? という話が上がった。

 その時、ヴェロッサは見つからずにいるのだとすれば、かなり大きな力を持った何者か、組織が関わってくると推察していた。

 この次元世界で、最もそれに近しいものがあるとすれば───それは。

「教会や……或いは、管理局そのものが?」

 静かに訊ねるシュテルに、ユーノは「あくまで推測……いや、邪推の類だとは思うけどね」と応えた。

 しかし、はやての部隊の設立申請がこの時期に通るのも、疑おうと思えば疑念になりかねない。

 気心が知れている仲間で、平和を守りたいという純粋な想いが根底にある事を知っている身からすれば、頭から否定したくはない。

 この世が優しくなれるなら、少なくとも悪だと断じるものではない。だが、どれだけ愛や平和を謳っても、『機動六課』という部隊は、私設部隊のようなものだ、という批判は免れないだろう。

 傷つかずには通れない茨の道であったが、はやてはその道を通ると決めた。

 その姿は、酷く眩しい。純粋すぎて、危ういと思えそうなほどに。かつてなのはが陥った狂気にさえ近いかもしれない。

 けれど、だからこそ見せられる。

 クロノが言っていた。彼女たちなら、不条理に満ちた世界でも、光だけをつかんでくれるんじゃないかと思う、と。

 ユーノも、悪友の気持ちはよくわかる。

 そして、その共感は彼らだけには留まらず、彼女の道を共に歩もうという人々も、そこに集った。

 きっと、これは夢だ。

 今だけではなくて、未来へも捧げる願いみたいなものだ。

 故にこそ、

「僕も、少し考えてみたくなったんだ。どうやったら、その夢を支えられるのかを」

 それは、はやてと約束したことでもあった。武装局員としては参加できないこの身で、彼女たちの進む道を支える方法を探す、というのが。

 しかし、これはある意味で、はやての進んだものよりも険しい道だった。

 元々、ユーノは戦いを率いるのには向いていない。

 何より、矢面に立って後続を率いる力はない。だからこそ、上に立ち、下を導くには器が足りていないのだと、ユーノはいう。

 下手をすれば卑屈とさえ捕えられかねないユーノの弁に、シュテルは「そんなことはありません」と言い返すが───けれど同時に、完全に否定しきれない部分もあるというのも、ちゃんと分かっていた。

 事戦いの場においては、ユーノには上に立つよりも、横で支える戦い方の方が合っているのだと言うことを。

 戦い全般に向いていない、とでも言いたげな物言いには苦言を呈しはしたが、ユーノにとっての戦いというものがなんであるか───それを、彼の弟子を自称する彼女が、分かっていないわけがなかった。

 が、

「だからこそ、師匠はわたしたちに声をかけてくださったんでしょう?」

「……うん。あの事件以来、エルトリアと交流を続ける窓口みたいなところにいたってだけで、図々しいお願いだったのは自覚してるけど」

「師匠。それ以上は詮無き事です。そもそも心惹かれない戦いの場であるのなら、わたしたちも赴こうなどとは思いません。

 あなたの誘いで、わたしたちが名を連ねるに足ると考えたからこそ、今があるです。だからこそ、師匠には胸を張って頂かなくては困ります。わたしたちは、あなたが戦うと決めた場に、共に並び立ち戦うと決めたのですから」

 その叱咤を受けて、ユーノは「ごめん、ありがとう」と気を引き締めなおした。

 協力は、どちらか一方だけの厚意では成立し得ない。共に並び立つに足ると認めたからこそ、手を取り合えるのだ。

 自分が目指していた事の筈なのに、弟子に励まされている様ではいけないな、とユーノは小さく笑みを浮かべた。

 ───そう。ユーノの目指していたのは、横に繋がる組織づくりであった。

 あくまでも各部隊、事件への手助けを主とした、非常勤の立ち位置とでも言えばいいのだろうか。

 もちろんこれも六課と同様に、そんなどこにでも訪れる便利屋など、管理局という司法組織においてはあまり好まれないことは重々承知している。

 しかし、管理局は『嘱託魔導師』や『民間協力者』などといった制度を有しており、ユーノを始め、『聖王教会』などからも同様の協力者が各地の任務で多数参加しているのもまた事実。加えて、ユーノの治める『無限書庫』という場所の特異性が、それをより幅を広げるのに一役買っていた。

 

 『無限書庫』は、管理局の保有する最大のアナログデータベースであり、その貯蔵する情報の量は膨大で、『世界の記憶』と形容されるほどの叡智がここには収められている。

 そして、『世界の記憶』───即ち歴史とは、この魔法という力も、複数の世界が繋がり合う『次元世界』という枠組みにおいて、かなり強い力を持つ。それは何故かと問えば、答えはつまらないもので。

 魔法に纏わる歴史とは、常に繁栄と滅亡の繰り返しであるからだ。

 

 例えば『ベルカ』、例えば『アルハザード』。

 それ以外にも、数多の世界で『行き過ぎた魔法文明』は、往々にして高まり過ぎた力によって滅びを迎えている。

 

 そんな過去を学び、今のミッドチルダがある。

 しかし、ミッドの魔法も日々進化の道を辿っており、何かの間違いで滅ぶ可能性もゼロではない。

 その間違いを防ぐために管理局があるわけだが、過去に秩序や統治がなかったわけでもない。

 当然、過去と現在、そして未来が一律であるとは限らないが───生憎と、ただ無関係と切り捨ててしまうには、この世界は強く、何より広がり過ぎていた。

 

 『ロストロギア』───これらは、偶然発生した災害じみた扱いを受けることも多々あるが、あくまでこれらは、『進み過ぎた魔法文明が滅んだ際に残された遺物』である。

 古代ベルカ由来のものなら新しくて三〇〇から二〇〇年程度。アルハザードのような神話や伝説の中にある品物(モノ)になれば、それこそ何千、何万と悠久の時を超えたものであるだろう。

 

 故に、次元世界は現在と過去から切り離せない。

 この特性は、広く遠い世界の成り立ちなどを記録しているという部分にも関連してくる。

 何せ、次元世界は今でもその幅を広げている。

 交流がなかったとして、十三年ほど前にあった『エルトリア』関連の事件のように、日々どこかの世界と繋がりを生んでいるのが現状だ。

 そんな広い世界を、現地以外から完全に管理し続けることは難しい。

 現地に住んでいる人間からすれば当たり前のことでも、離れ過ぎて知らない事だらけなんていうのも日常茶飯事だ。

 

 極端な例を出せば、凶暴な魔導生物のいる地と、そういったものが全くいない場所とが、いきなり繋がったらどうなるか。

 ミッドチルダに住んでいて、知識として周辺の次元世界にそういうものがいると知っていても、本当にそれがどんなものなのかを知らなければ、実際に遭遇した時にどうしようもない。

 たとえ一度は繋がっていた過去があったとしても、何十年か後に改めて訪れることになったとしたら、忘れていたでは通らない。

 身を護るために必要なのは、何も力ばかりではない。

 知っている、と言う事もまた、立派な自衛策の一つなのだ。

 加えて、それこそ管理局員であれば、捜査などでその地を赴く時、いちいち前知識無しだったから失敗しました───なんてのを繰り返す羽目になったら、あまりにも馬鹿らしいといえよう。

 

 だからこそ、無限書庫の情報は武器になる。

 ここは管理局の発足前からあると言われている施設で、誰が何の目的で作り上げたのかハッキリとしていない。

 そのせいかオカルトじみた噂もあり、またそれを裏付けるようなとんでもない代物が納められていたりもするが、本質はあくまで書庫───情報を納める場所だということに変わりはない。

 

 故に、身も蓋もない言い方をすれば───

 

 ずっと昔から今に至るまで、様々な人々が情報を納め続け、無限書庫もその規模を広げていった。その結果として、現代に至るまで残ったこの場所には、納められた情報を『発掘』しなければならないレベルにまで至った、といっても良い。

 

 いずれ全てを皆で共有できる時がくれば一番なのだろうが、先程も言った通り、情報は時として武器になる。

 危険性の高いものなら尚更だ。

 そのため、秩序を守る組織が管理している以上、その扱いは慎重に行わなければならない。

 なので、近々開かれる一般区画を除けば、本館はきちんと管理局側が認可した司書たちを始め、許諾を得た者しか入れないようになっている。

 ……尤も、書庫自体が巨大過ぎて、天然の迷宮じみた作りな上に、書庫自体も次元の海に設置されて、中に入るにはきちんと手順を踏まねば入ることもままならず───しかも先ほども言った通り貯蔵されている量が膨大なため、裏から入ってもまともに欲しい情報を手に入れられる確率は極々低いのだが。

 

 と、まぁそんなこともあって、ユーノたち司書はそう言った情報を()()専門家のような立ち位置にいる。

 そして、ユーノやシュテルの魔導師としての腕前にしても、武装局員にも勝るとも劣らない。

 ここをユーノは利用した。

 全ての司書が別部隊の応援に無差別に出るわけにはいかないので、必要に応じて、かつ魔導師としての力がBランク以上に相当する者に限り、この動きを許諾してもらえるように掛け合ったのである。

 

 そんな組織づくりをしたのは、きっかけとしては友人との約束に関わる部分が大きいといえる。だが、私情に流されて手抜きをしたつもりもない。

 そうして、積み重ねた布石は、しかと形を成した。

「シュテルたちのおかげで……それもやっと、形に出来た」

 本当にありがとう、とユーノが礼を言うが、シュテルは「まだ早いですよ」と彼を制した。

 その心情を分かっているからこそ、敢えて叱咤するように発破を掛けてきた。

 「ここはまだ、始まりに過ぎません」と。その頼もしい弟子の言葉に、ユーノも「そうだね」と頷いて、まだこれからだ───と言った。

 

 幼馴染みのたちが作り上げた部隊が挑む事件は、まだ始まったばかり。そして、それを支える自分たちもまた同様だ。

 気持ちは引き締めていかねばならないな、と。

 ユーノは力のある笑みを浮かべて、シュテルを促すと、再び検索へと戻っていった。

 

 

 

 

 

 

 転章Ⅴ Turn_into_the_“StrikerS”.

 

 

 

「───最初の『レリック』を運んでから、もう四年か。なんや、あっとゆーまやったなぁ」

 海風を受ける隊舎を前にして、はやてはポツリとそう呟くと、傍らに立つシグナムが「ほんとです」とその言葉に頷いた。

 過ぎ去ってみると時は一瞬だが、流れの中にいる間はとても長く感じるものだ。

 実際、長かった。あの日、『無限書庫』でユーノに告げた時から───いや、本当は、もっと前からかもしれない。

 歪なところもあり、強引であったのかもしれないけれど、求めていた夢であった。

 しかし、それも今───形と成り、皆の想いがここに一つになっている。

「これでやっと、片手間やなしに『レリック事件』を追いかけられる」

 短く呟いた言葉の裏に、静かな、けれど強い意志が燃えていた。

 そんなはやての様子を見て、シャマルとシグナムは彼女の黙したまま、続く言葉を待つ。

「カリムやクロノくんが尽力してくれて集まったみんなが、全員でたった一つの事件を追いかける。わたしたちの機動六課。

 他にもたくさんの人が支えてくれて、この場所が成り立ってる。せやからここは、ただ戦うだけの場所でも、一番最初(はじめ)のわたしの命への恩返しだけでもなくて、みんなの願いを目指す舞台───夢の部隊へのはじまりや」

 そう、これはきっと夢だ。

 ともすれば、束の間に砕け散ってしまうかもしれない、小さな希望の集まって出来た、脆い結晶体のような。だが、たとえ泡沫の幻想(ゆめものがたり)であったのだとしても───抱いた望みを、決して間違いになどしはしない。させてたまるものか。

「しっかりきっちり、やってかんとな」

「「はい/ええ」」

 やっと、長い長い前奏曲(プロローグ)に、終幕(おわり)が訪れる。

 が、この終わりは、盛大に奏でられる交響曲(ものがたり)へと向けた、全ての布石。

 

 

 ───ここが始まり。

 『夢』を抱く全ての人間(ヒト)の、想い(ココロ)願い(のぞみ)を載せた物語が、幕を開ける。

 

 

 

 

 

 

 蒼穹(ソラ)を駆ける The_Examination.

 

 

 

  1

 

 新暦八〇年、四月。

 ミッドチルダ臨海第八空港近隣、廃棄都市街。

 ここはかつて、第八空港を中心として栄えた港町であったが、四年前に起こった大規模な空港火災の影響もあり、今では閉鎖され、人のいない無人区画となっている。

 復興の目処が立つまでは局の管理下に置かれていて、壊れた市街地は災害発生を想定した訓練や昇級試験等に流用している。

 

 そんな場所に、スバルとティアナはやって来た。

 魔導師の昇格試験自体は、DランクやCランクと二度経験しており、難易度が変わる事はともかくとして、初めてという訳ではない。───だが、再びこの地へ足を踏み入れることになり、スバルの心情は少しばかり複雑であった。

「…………」

 静かに、壊れた街の残骸を眺める。

 『あの時』は炎の中にいて、此方の方をしっかりと見ていたわけではなかったけれど、何も自分のいた場所だけが()()()()ではなかったのだと、スバルは改めて思い知った気がした。

 壊れた街がそのままに残されているというのは、次元世界の性質を思えば、時折見られる光景ではある。だが、この場所で昇級試験が行われるというのは、スバルにとってはある意味で呪いであり、同時に福音にも近い。

 何もできなかった怖さも、苦しんだ人たちの想いも、少なからず知っている。

 だからこそ、こんな風に壊れたままで、消えない傷跡みたいに遺されているのは、酷く心苦しい。

 けれどここで彼女が抱いた想いは、決してそれだけではなかった。

 『あの日』、確かに決めたのだ。怯えているだけで、何もできないままの、弱いままの自分はもう嫌だと。

 そして、決めた。炎の中から助け出してくれた、あの魔導師(ヒト)みたいに、自分も同じくらい───誰かを助けられるようになれるように。

 

(───強くなるんだ、って)

 

 自分の中にある覚悟(おもい)を確かめるように、スバルは鋭く虚空に拳を見舞った。

 ビュンと風を切り、力強い音を奏でながら、左連打(ジャブ)右直拳打(ストレート)上段蹴り(ハイキック)と軽やかな身体運びで繋げて行く。

 そうしてやる気全開とばかりに張り切っているスバルだったが、傍らのティアナから「あんまり暴れてると、試験中にそのおんぼろローラーが逝っちゃうわよ?」と言われて、思わず準備動作を止めた。

「もー、ティア~。ヤな事言わないで~。ちゃんと油も差してきたー」

 相方のちょっぴり不吉な予言に、スバルはそう応えて、足下の『ローラーブーツ』の状態は良好だと見せてくる。

 訓練校時代から、救助隊を経て今に至る自作機だが、年季は入っているものの、今のところはまだしっかりと彼女の『足』となってくれる事だろう。

「ティアの方こそ、途中で動作不良とか起きない?」

「あんたの馬鹿力でぶん回すよりかはね、あたしのが長持ちするわよ」

 素っ気なく返して、『アンカーガン』の薬室を片手で開けると、ティアナは用心金(トリガーガード)に掛けた指と手首のスナップだけでそれを閉じ、華麗に回転させてぴたりと止めて構えた。

 ティアナは普段はあまりこういった魅せ業の類はやらない割に、やるとなると存外器用に熟す。別にそれが技能的に関わってくるわけではないが、なんかカッコいいのでスバルはちょっとばかり悔しい気がした。

「……と、馬鹿言ってる場合じゃなかった。そろそろね」

 手元の『アンカーガン』から投影された時刻表示を見て、ティアナがそう呟くと、まるでそれに合わせたかの様に、二人の目の前に大きな通信窓(ウィンドウ)が現れた。

《おはようございます! さて、魔導師試験の受験者さん二名。揃ってますか~?》

 と、そんな元気な声と共に現れたのは、随分と幼い、蒼みを帯びた長い銀色の髪をした少女の姿だった。

 しかしいくら子供に見えるとはいえ、局員の制服を身に着け、こうして呼びかけて来たからには、彼女がこの試験を監督する者の一人であることは疑いようもない。

 それが分かっていれば、後はいつもと変わらない。「「はいッ!」」と、新人らしく威勢の良い返事をした二人に少女は満足気に頷き、《それでは確認しますね?》と前置いて、二人の名前と所属の確認を始めた。

《時空管理局・陸士三八六部隊に所属の『スバル・ナカジマ二等陸士』と、『ティアナ・ランスター二等陸士』。お二人が現在所有している魔導師ランクは、陸戦Cランク。本日受験するのは、陸戦魔導師Bランクへの昇格試験───で、間違いないですね?》

「はいっ!」

「間違いありません!」

《はい、良い返事です。では、此方も改めて自己紹介を。本日の試験官を務めますのは、わたくしリインフォース(ツヴァイ)空曹長です。よろしくですよ~♪》

「「よろしくお願いしますッ!」」

 びしっ、と二人がリインに敬礼を返したところで、リインは《それでは》と試験の概要を説明し始めたのだが───。

 そんな三人の様子を、離れた場所で見ている者たちが二人ばかりいた。

 

 

 

 

 

 

  2

 

「おー、さっそく始まってるな~。リインもちゃんと試験官してるみたいや」

 試験場となる市街地区画の上空を飛ぶヘリの中から顔を出して、三人の姿を楽しげに眺めているのは、本局の元・特別捜査官にして、現在では新部隊『機動六課』の部隊長を務める八神はやてその人であった。

「はやて。ドア全開だと危ないよ? モニターでも見られるんだから」

「はーい」

 と、その傍らで、ワクワクが止まらないと言わんばかりの彼女をなだめているのは、同じく『機動六課』の分隊長を務めるフェイト・T・ハラオウンである。

 しかし、新部隊の発足に忙しい筈の彼女たちが、何故今日ここへやって来たのか。

 答えは至極簡単なもので、スバルとティアナの試験を見に来た、というのが主な理由である。

 とはいえ、新人の昇級試験にわざわざ来る部隊長陣、というのはやはり、通常ではあまり見られない。そもそも能力を見たいだけなら、結果を見るだけで済む。けれど、それを押して尚、はやてたちが現地に赴いたのは、単なる試験の結果のみでは見られないものを確かめる為だ。

「この二人が、はやての見つけた子たちだね?」

「うん。二人ともなかなか伸びしろがありそうな、ええ素材(子ら)や」

 フェイトの問いかけにそう応えて、はやては画面の中に表示されたスバルとティアナの資料(データ)を開き、フェイトに見せる。

 それらに目を通しながら、フェイトが「今日の試験の様子を見て、いけそうなら正式な引き抜き?」と訊ねる。

 するとそれに、

「そのつもりやけど、六課で育成する人材の直接の判断は、本職(なのはちゃん)にお任せしてる。部隊に入ったら、なのはちゃんの直接の部下で、教え子になるわけやからなぁ」

 と、はやては応えた。

 フェイトは「そっか」とその答えに頷いて、はやてと共に画面に視線を再び落とした。今頃自分たちと同じように、もう一人の親友もまた、新人たちの様子をどこかで見ているだろうと思い浮かべながら───。

 

 

 

  ***

 

 

 

 フェイトやはやてが上空から二人を見ていた頃。

 なのはは試験の部隊となる区画(コース)からやや離れた待機区域にて、スバルやティアナの様子を観察していた。

 あくまで今日行われるのは試験であり、教練の類ではない。だが、これは単に一般の試験というだけではなく、新設する部隊への勧誘と、部隊での育成に関わる布石となるものだ。

 故に本職として、試験にはしっかりと目を通しておく必要がある。

There is no life response within the range.(範囲内に生命反応) There is no dangerous object either.(危険物の反応はありません)

 ───Check of the course was finished.(コースチェック、終了です)

「うん。ありがとう、レイジングハート」

 愛機の声に頷いて、なのはは改めて試験場内に設置した魔法や設備の具合を確かめる。どれも感度良好、これならばしっかりと試験の内容を漏らす事無く此方へと伝えてくれることだろう。

「観察用のサーチャーと、障害用のオートスフィアも設置完了。わたしたちは全体を見てようか」

《Yes, My master.》

 準備は全て整った。あとは、開始を待つのみ。

 しかし、この開始までの僅かな時間は、何度経験しても色褪せない。

 張り詰めた空気と、本能を滾らせる緊張感。これらは受ける側はもちろん、見守る側にも静かな高揚を届ける、さながら劇場の開演を待つような心地よさがあった。

 

 

  ***

 

 

《二人はここからスタートして、各所に設置された障害物(ポイントターゲット)を破壊していってもらいます。ああ。もちろん、破壊しちゃダメな非障害物(ダミーターゲット)もありますから、気を付けてくださいね?

 そして、それらの放つ妨害攻撃を避けながら、すべての障害物(ターゲット)を破壊。制限時間内にゴールを目指してくださいです。何か質問は?》

 リインが語った最後の確認に、スバルとティアナは顔を見合わせると、二人は小さくうなずき合って、「ありません!」と応えた。

 二人の声を受けて、

《では、スタートまであと少し。ゴール地点で会いましょう! で~すよ♪》

 と、リインは茶目っ気たっぷりに言ったところで、空中に投影(うつ)されていた通信窓(ウィンドウ)が消え、カウントダウンが始まった。

 信号機みたいな三つの丸が並んだカウンターが、一つずつ消えて行く。

 二つ目が消えたところで、ティアナが「レディ───」と呟いて、スバルもそれに合わせて構えを取り。

 三つ目のカウントが消え、試験開始の号笛(ホイッスル)が鳴り響くと同時。二人は「「───GOッ!」」と叫んでその場を飛び出した。

 その様子は、リインやなのははもちろん、ヘリの中に居るはやてたちにも同時並行(リアルタイム)で中継されている。

 そんな沢山の人々が見守る中。スバルとティアナは、昇級目指して一直線に市街地を駆け抜けていくのだった。

 

 

 

 

 

 

  3

 

 開始地点を飛び出した二人は、順路(コース)の第一地点に設定された廃ビルへ向かう。

 事前に通達された情報によると、あのビルの五階部分に六つと、三階部分に三つ。更に隣接するビルにもう八つの自律型機械球(オートスフィア)が置かれているらしい。

 序盤の障害物(ポイントターゲット)は、自分から彼女らに向かって来ない。なので、ここはいかに『手早く脅威への対処が行えるか』が鍵だ。順路に居座り妨害してくる後半のモノに比べると脅威は低いが、だからこそ手際が要求される。

 馬鹿正直に下から上へ、と潰して行くのはあまりにも非効率だ。

 であれば、

「スバル!」

「うんっ!」

 その呼びかけに、スバルは瞬時に応じた。相方が差しだしてきた手に身体を預けると、ティアナはスバルをしっかりと抱いたまま、もう片方の手でビルの屋上に鉄糸錨(ワイヤーアンカー)を打ち込む。魔法によって固定されたその刺錨(アンカー)鉄糸(ワイヤー)で手繰るようにして、二人は一気にビルの上層へ。

 そして完全に昇り切る途中、「中のターゲットはあたしが潰してくる」とスバルがいうと、ティアナが「手早くね」といって回していた腕を離した。すると「オッケー!」という快活な声と共に、スバルは上へ引き上げられた勢いのまま、ビルの窓を蹴破るようにしてその内部へと飛び込んでいった。

 ガシャァン! と砕け落ちる硝子片から、豪快に飛び出して来たスバルを捕らえ、オートスフィアたちは彼女へ向けて攻撃を仕掛けてくる。

 しかし、いくら陸戦といえ浮かんでいる程度で舐めないでもらいたいものだ。 

 降り注ぐ青白い閃光を横に滑るようにして躱しながら、スバルはそのまま壁を走りぬけて、ターゲットへ攻撃を叩き込む。

「……せあぁっ!」

 気合の入った声に合わせ、機械たちが破壊されていく音がその場に木霊する。

 拳で、脚で。瞬く間に飛べる機械が、飛べない少女に蹂躙されていく。

 けれどそれは、なんら不思議なことではなかった。

 ここはあくまで室内であり、囲いの無い空中ではない。故にこの場所でならば、飛行にも至らない、ただ『浮遊』する程度の障害物など、スバルには大したハンデには成る筈もない。

 そう。例え大空を自由に飛べずとも、走る為の足場があるのなら、どんな場所でも駆け抜けて見せるのが、彼女という魔導師なのだから。

 そうして四機のオートスフィアを瞬く間に倒し、スバルは通路側の後方に控えた残り二つのスフィアへ向け駆け迫る。

 当然迫る脅威を排除すべく、敵側も攻撃を仕掛けてくる。弾幕を張るようにして、正面から閃光の雨がスバルへ注ぐ。少々厄介だが、スバルはそれを脅威として捉えるよりも、その奥で()()二機を見て、現状を好機だと捉えた。

「───ロード、カートリッジ‼」

 『リボルバーナックル』に読み込まれた魔力の弾丸が、スバル自身の魔力に上乗せされて唸りを上げる。二重に重なり合った歯車が、さながら削岩機(ドリル)の如き回転と共に激しい風を巻き起こし、それを彼女の拳へ纏わせる。

 そしてそのまま、スバルは自らの拳を振り抜き、文字通りに正面からすべてを()()()()()

「リボルバー……シュ───トッ‼」

 青い輝きを放つ魔力弾を追う風の渦が、何層にも重なる衝撃波の壁となって二機を襲った。

 単なる弾丸で射貫く射砲撃とはまた違う、シューティングアーツならではの()()()()と呼ばれる手法だ。

 基本的に射撃にあまり特化していないベルカ式術者が、短距離(ショートレンジ)の相手への牽制に用いるものであるが、弾丸で一体ずつ撃ち抜くのとは異なり、面で相手へ迫る性質から、機械相手ならば一度に複数を倒す事も可能なのである。

 一応、威力は距離が開く程に下がってしまうが、この程度の距離ならば、破壊には十分だった。

 この階層(フロア)障害物(ターゲット)の破壊を確認したスバルは早速、下の階層へと急ぎ向かった。

 次は三階部分にいるという三機。

 手早く倒して、ティアナに合流せねばならない。

 もう訓練校時代のように、いつまでも足を引っ張るばかりではいられないと、スバルは意気揚々と先へ先へと進んでいった。

 

 

 

 

 

 

  4

 

 一方で、スバルが三階へ向かい始めた直後。

 ティアナもビルの屋上にて、隣接するビルの中から覗く障害物たちを、構えた銃で狙っていた。

(落ち着いて、冷静に……)

 所詮、標的となるのは、あくまで自立制御された無人機。遠隔操作は出来るのだろうが、試験官がよほど悪辣な趣向でも凝らしていない限り、奇抜な動きなど望むべくもない。

 なればこそ。あの標的を捉えるのは、そこまで難しい事ではない。落ち着いて、狙いすました照準さえズレなければ───。

 鈴の音にも似た旋律と共に、橙色の魔法陣がティアナの足元に展開される。

(シュートバレット……ファイア!)

 銃口に生成された魔力弾を、標的へ向けて撃ち放つ。

 続けざまに、かつ的確に障害物(ポイントターゲット)を破壊していく。

 行き着く暇もなく、()()障害物(ポイントターゲット)を破壊すると、ティアナは踵を返して、再び錨鉄糸(ワイヤーアンカー)を放つ。そのまま二つのビルに渡されていた連絡通路を使って屋上から降下していった。

(ここのダミーはひとつ……そこまで面倒な配置ではなかったけど、この先どうなるかね)

 降りた先から少し走ると、第二地点へ向かう順路に出た。ちょうど、ビルの中の障害物を排除してきたスバルともタイミングよく合流出来た。

「良いタイムで来てるね」

「当然!」

 ここまでは想定通り。合流も滞りなく済んだことだし、次の地点も手早く攻略して一気にゴールを目指すのみ。

「行っくぞ~~っ‼」

「うっさいわよ、スバル! はしゃぎすぎないの!」

 相も変わらずワイワイ騒がしい二人だが、それでも足取りは順調そのもの。

 この調子で行けば、試験突破は容易いかに見える。だが、しかし───本当の難所はここからだ。

 

 旧市街・環状道路に上がると、直ぐにオートスフィアたちが攻撃を仕掛けて来た。

 標的は上り下り双方に居て、数はゴール方向の上り側に多い。

「スバル、下り側任せたわよ」

「オッケ~ッ!」

 二手に別れ、ティアナとスバルは障害物を相手取るべく動き出す。

 スバルは持ち前の機動力を生かして、攻撃を避けつつ攻撃を仕掛ける構えだが、両側を阻まれている間は、あまり近づき切れない。

 彼女の動きを最大限に生かすには、ティアナが先んじて上り側のターゲットを破壊する必要がある。

 道路上に崩れた瓦礫に身を顰め、魔力弾を生成し、射撃魔法を撃ち放つ。

 一度の射撃で破壊できたのは四つまで。加えて、先ほどからの射撃魔法を連続使用した為、カートリッジ内部の魔力も尽きてしまった。

 ティアナは再び瓦礫側に引っ込み、銃帯(ガンベルト)から二発の薬莢(カートリッジ)を引き抜いて装填。薬室を閉鎖するや、即座に表へ戻り、残った障害物も撃ち落す。それによってスバルの側も自由に動けるようになり、下り側の三機を一気に破壊。

 二人の連携で見える範囲の機体は全て撃墜出来たが、隠れている機体もあるかと思い、少々身構える。しかし三十秒ほど待っても、時間差の出現はなく、その場は静まり返ったままだった。

「……うん、全部撃墜(クリア)したみたいね」

「この先は?」

「このまま上に。上がったら最初に集中砲火が来るわ。オプティックハイド使って、クロスシフトでスフィアを瞬殺。───やるわよ?」

「りょーかいっ!」

 ぐっ! と、サムズアップを返すスバルにティアナも頷いて、二人は環状道路の第二層へと上がる準備を始めた。

 

 次の地点は、今回の障害物の中でも一番の高火力による妨害攻撃が行われる。

 狙撃による殲滅は出来ない位置取りになっているので、攻略のためには二層(うえ)に上がるしかない。しかし、ここまでの障害物とは異なり、今回の機体はそれなりに動く。そのため何処から上がっても、十機のターゲットからの砲火は免れない。また、片側からの殲滅は標的に逃げられて時間を喰う。

 ───となれば、取る道は一つだ。

《それじゃ、()()()()()()のカウント(ファイブ)で決めるわよ》

《うん!》

 念話で呼びかけて、ティアナは『アンカーガン』に魔法をセットして上層へと撃ち放つ。ここまで何度も見せた刺錨(アンカー)だが、今回は馬鹿正直に上に上がる為に使用したわけではない。

 魔法の発動を感知して、引上げられる鉄糸(ワイヤー)の方へオートスフィアたちが引き寄せられていく。

 そこからたっぷり四十秒ばかり。

 引きあがった標的へ、スフィアたちからの集中砲火が浴びせかけられるが───しかし、そこに在ったのは、ティアナのデバイス(アンカーガン)のみ。二人の姿は、どこにもなかった。

 この様子を見ていた試験官たちも、思わず虚を突かれた光景だった。

 けれど、本当に周りが驚かされたのはこの後だ。

《……五!》

 脳裏に響く相方の念話(こえ)に押されるように、スバルは一直線に路上を駆け抜ける。

《四……三……二!》

 カウントが減る毎に、彼女を覆う魔力迷彩が薄れ、スバルとティアナの姿が徐々に路上に現れ始める。

「クロスファイア……!」

「リボルバー……ッ!」

 だが、未だに『アンカーガン』に気を取られているスフィアたちは、左右に現れた魔導師たちに気づけていなかった。そして、それらが高まる魔力の波動を検知した時にはもう───二人の放った魔法が、固まったスフィアたちを一掃していた。

「「……シュ───トぉッ!」」

 幾重にも重なった衝撃波と、橙色に煌く四つの魔力弾が迸り、各機体を真正面から挟み撃つように場の全てを蹂躙した。

 この手際には、観ている者たちも中々に感心させられた。

 用いた手段は、言ってみれば単純な挟み撃ち(クロスアタック)。しかし、堂々と姿を晒すのではなく、オートスフィアたちを囮に引き付けた上での一斉掃射は、場を制圧する攻撃としては実に見事であった。

 加えて、幻影魔法の潜伏迷彩(オプティックハイド)も、この一連の動きを上手くサポートしていた。

 試験に置いて、手持ちの技が多い事───その有用性を示すのは、重要なアピールの一つである。そういう意味では、ティアナの魅せ方は、実利と場を湧かせるのに十二分の効果を発揮していたといえよう。

「イエーイ♪ ナイスだよティア。一発で決まったね~!」

「ま、あんだけ時間があればね」

 そう言いつつ、二人は射程から外した残りの障害物(ポイントターゲット)を片手間に破壊していく。ダミーがいくつか混じっていたので、取り敢えず攻撃をくれるスフィアを優先して排除した残りだ。此方は攻撃して来ない機体たちの為、倒すのは容易い。

「普段は複数同時射撃(マルチショット)の成功率あんまり高くないのに、ティアはやっぱり本番に強いなぁ~」

 上手く技が決まった事もあり、スバルは嬉しそうにニコニコしている。

 ただ、褒められてはいるものの、要するにいつもは失敗しがちだと言われてるようなものなので、「うっさいわよスバル! さっさと片付けて次に……」と、ティアナは口を尖らせて返し、相方の側を振り向こうとして───ティアナは、思わず一瞬固まってしまった。

「??? ティア、どうしたの……?」

 彼女背後に、潜伏していたオートスフィアの影が。しかしスバルはティアナの様子に首をかしげており、自分の後ろに居る敵影にまだ気づいていない。

「スバル防御!」

 と、言って飛び出した瞬間。

 ティアナは更に、背後に出現した二つ目の敵影を察知する。

 スバルを正面から伏せさせるように押し倒して、そのまま正面のスフィアへと射撃魔法を放つ。

 とりあえず、正面のスフィアは破壊できた。だが今の体勢では、背後の敵を狙撃するのは少々無理がある。

 それでも背後にも一発射撃をかまして、それがスフィアの妨害にはなったらしい。

 向こうが放ってきた攻撃が二人の傍に炸裂し、地面(アスファルト)が軽く抉られたものの、二人に炸裂はしなかった。

「ぼさっとしない!」

 叩き起こす様なティアナの声に押されて、スバルも身体を起こして次撃を避けた。

 二手に分かれて機体の感知(センサー)を攪乱する。その隙を突いて、ティアナが狙撃を仕掛けた。

 振り向きざまの一撃は、スフィアの脇に逸れ、外れてしまう。あらぬ方向に飛び抜けた弾丸は近くに置かれていた監視用魔力球(サーチャー)に当たってしまったが、状況が状況だけに気づく余裕がある者はいなかった。むしろ生まれた隙を見逃さず、スフィアは更に次撃を放ってきた。

 互いに返し合うように放たれた一撃がティアナへ迫る。

 どうにか躱したが、足元に光弾が炸裂し、体勢を崩されてしまう。しかも運の悪い事に、踏み留まろうとした先には溝があり、余計に体勢が崩れる。続けてぐきりという嫌な音と共に、足首に鈍痛が走った。

 が、ティアナはそれに抗い、無理矢理に身体を圧し留め、眼前に見据えたオートスフィアに照星を合わせ、狙撃を行った。

 どうにかスフィアは撃ち落したが、ティアナはがくりと膝を折って、その場にへたり込んでしまった。

「ティア!」

「騒がないの! 何でもないから……」

 そう虚勢を張って見せるティアナだったが、スバルは「ウソだ!」といって傍らに駆け寄った。

「捻挫したでしょ……ぐきっていってたの、聞こえてたよ」

「……相変わらず、無駄に耳良いわね。あんた」

 苦い表情で深く息を吐くティアナの様子に、スバルの顔も曇っていく。

「ティア……ごめん、油断してた」

 悔いるように謝るが、ティアナは「あたしの不注意よ。あんたに謝られると、返ってムカつくわ」と、その後悔を切って捨てる。

「そもそも二人組(ツーマンセル)なんだから、一人の落ち度なんて言い訳は通じないでしょ。謝ってるくらいなら、さっさと先に進むことを考えなさいよね」

 鋭く、相変わらず固い意志を揺らがせない眼差しに射貫かれて、スバルは安易に謝った事を恥じた。

 そう、彼女たちは単一ではなく二人組。だからこそ、片方だけが何かを背負う事に意味など無い。

 この試験は、道のりから結果に至るまでの全てが、二人のものなのだから。

 故に今は、何よりも()()を目指すべきなのである。

「走るのは無理そうね……。こんな状態じゃ、最終関門は抜けられない。───解ってるでしょ? あたしが離れた位置からサポートするわ。そうすれば、あんた一人だけでもゴール出来る」

「ティア……ッ!」

 しかしその提案に、スバルは納得いかないと言い返すものの、他に方法などある筈もないだろうと、ティアナはそんな相方を黙らせるべく言葉を続ける。

「っさいッ‼ ……次の試験は、あたし一人で受けるつってんのよ!」

「次って……半年後だよ?」

「迷惑な足手纏いがいなくなれば、アタシはその方が気楽なの! ……分かったらさっさと、っ───」

 身体を起こす度に、鈍い痛みが走る。

 治癒魔法の心得が全くない訳ではないとはいえ、二人では即座に戦線へ復帰できる程の手早い治療は行えない。

 というより、呑気にそんなことをしていては、あっという間に時間切れ(タイムアウト)になってしまう。

「ほら、早く……!」

 だから、これが最善なのだと。そう強く促すが、スバルはそれでも動こうとしない。

 ここまでの頑張りを無にしない為にも、一人だけでも結果に結びつけるようにせねばならないというのに。

 苛立ちを募らせるティアナが、再び口を開こうとしたその時。

 続くだろう言葉を遮って、スバルが口を開いた。

「ティア。あたし、前に言ったよね……。弱くて、情けなくて───誰かに助けてもらいっぱなしな自分が嫌だったから、管理局の陸士部隊に入った。魔導師を目指して、魔法とSAを習って、人助けの仕事に就いた……って」

 告げられたのは、何度も嫌という程に聞いた、スバルの夢に関するものだった。

「……知ってるわよ。聞きたくもないのに、何度も聞かされたんだから」

 そうとも。厭というほど知っている。

 スバルという少女が、どんな性格なのかも。だからこそ、これが単なる駄々ではない事も判る。

 けれど、それは甘さだ。

 この場においては、斬り捨てるべきもの。───その筈、なのに。

「ティアとはずっとコンビだったから、ティアがどんな夢をみてるか……魔導師ランクの昇級と、昇進にどれくらい一生懸命かも、よく知ってる。

 ……だから! こんなとこで、あたしの目の前で! ティアの夢をちょっとでも躓かせるのなんてイヤだ! 一人で行くのなんて、絶対にヤダ……ッ!」

 だというのに、スバルは譲らない。

 分かっているからこそ、自分だって引くわけにはいかないと。

 先程までの後悔とは違う。二人組だからこそ、足を引っ張ったままで、終わりたくなんてないと、スバルは言う。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()と。

「ティアもさっきいってたよね。あたしたち、二人組なんだって。だったら、足手纏いのままで、終わりたくなんてない!」

「じゃあどうすんのよ⁉ 走れない後衛(バックス)を抱えて、残りちょっとの時間で! どうやってゴールすんのよ⁉」

 二人の想いは、どちらも決して間違ってはいない。

 ただ最終的に道を決めるのは、実現できるか否か、という部分だけ───つまり、最善に勝る最高があれば、道は拓けるという事だ。

「……裏技! 反則取られちゃうかもしれないし、ちゃんと出来るかもわからないけど……うまくいけば、二人でゴールできる」

 可能性は半々。しかし、ゼロではない。

 思惑通りに運ぶのなら、最善なんかよりも最高の結果が待っている。

 そう真っ直ぐに告げたスバルに、ティアナは同じく真っ直ぐにその瞳を見つめ返して、「……本当?」という。

 が、改めてそう訊ね返されると、スバルは途端に言い切りすぎたかなと焦って、「……ぁ、ぇっと……その」と、両手の指を合わせるように遊ばせながら、もごもごと言い淀み始めたのだが───。

「ちょっと難しいかもなんだケド……それにティアにもちょっと、無理してもらうコトになるし……よく考えるとやっぱり無茶っぽくはあるし……あの、なんていうか、えっと、ティアがもしよければ……っていうか」

「だぁーっ、もう! イライラするッ‼」

 そんな言い淀むスバルに怒鳴り、ティアナは胸倉をつかんで詰め寄る。

「グチグチ言ってても、どうせあんたは、自分のワガママを通すんでしょ⁉ そんで、どうせあたしは、あんたのワガママに付き合わされるんでしょ⁉ ───だったら、ハッキリ言いなさいよ」

 出来るのか、出来ないのか。

 覚悟の有無を、ティアナはスバルに問うた。その真剣な眼差しを受けて、スバルのうじうじした気持ちはどこかへ融けて消えて行く。

 そうだ。足踏みなんて、もうしてはいられない。

 こんなところで終わらないために、ゴールまで二人で。

 

「二人でやればきっと出来る。───信じて、ティア」

 

 全力で、自分たちの力を出し切って、そのまま一直線に駆け抜けてみせる。

 そんなスバルの覚悟を受けて、ティアナは彼女のワガママに乗ると決め、動き出す。

「残り時間は、三分四十秒……。言い切ったからには、プランは出来てるんでしょうね? スバル」

「───うん!」

 力強い頷きと共に、二人は改めて拳を合わせて誓いのサインを交わす。

 いよいよ大詰め。これが最後の難関となる。スバルとティアナの昇級を賭けた、二人の一世一代の大博打の幕開けだ。

 

 

 

 

 

 

  5

 

 試験場上空に置かれたヘリの中。

 先程、ティアナの放った流れ弾で監視魔力球(サーチャー)が破壊されてしまった為、一時的に映像が途切れ、残り時間が三分を切った状況でも動きを見せない二人に、何かトラブルでもあったのかと気を揉んでいたのだが、遂に動きがあった。

「お、出てきた」

「あれ、でも……?」

 試験の行く末を見守っていたはやてとフェイトの元へ、環状道路を()()()()()ティアナの姿が映し出された。

「……一人だけ……?」

 二手に分かれた、という事なのだろうが、それにしても定石から外れた作戦だとフェイトは思った。

 あの二人の組み合わせを考えれば、前衛となるのはスバルの方で、ティアナは射撃手(ガンナー)として後衛に回るのが自然だ。

 しかし、定石を押してでも出てきたということは、何か作戦があるんだろうか───と、フェイトが浮かべた疑問の答えは、思いの外あっさりと明かされた。

 路上を駆けるティアナへ向けて、環状道路を取り囲むビル群の内の一棟から、青白い閃光が迸った。

 放たれた光弾は、一直線にティアナへ迫り、彼女を真っ向から捉えた。

「直撃……ッ⁉」

 はやてから、驚愕に満ちた声が漏れる。無理もない、何せあれを放ったのはこの試験の最難関である大型の自律型機械球(オートスフィア)。今のティアナとスバルでは防御はもちろん、回避さえ容易ではない威力と射程を持つ、かなり強力な障害物だ。

 一度補足されたが最後、どこまでもしつこく狙ってくる。まともに受けたらひとたまりもない、これまでのスフィアたちとは一線を画す、正しく脅威と呼ぶべき厄介な存在である。

 が、

「……え?」

 凄まじい衝撃が道路を震撼させ、巻き上げられた土煙の中から、ティアナがまた現れた。直撃していたかに見えたが、彼女は未だに路上を一直線に走り続けている。

 被弾の直前に実は避けていた、という事だろうか。しかし、回避したにしては動きがどこか不自然なような───。

「高速回避……? いや、ちゃうな……」

 はやてはそう呟きながら、未だに降り注ぐ光弾の中を走り抜けるティアナから感じ違和感に思考を巡らせる。

 すると、一足早くその本質に気づいたフェイトから「ううん、あの子……ティアナは囮」という言葉が告げられた。

 囮、という言葉を聞いてはやては「ということは、まさか……」と、改めて画面の中へ視線を戻す。

 再びティアナへ迫る青白い閃光が、今度は三発同時にティアナを捉え、路上を大きく震わせた。しかし、ティアナは吹き飛ばされるでもなく───むしろ、揺らめく陽炎のように姿を消し、新たに()()()()()()()が一人目を追うが如く場に現れた。

 それを見て、はやてはようやく合点がいったとばかりに息を呑む。

幻影分身(フェイクシルエット)……!」

 幻術系の上位に位置する、自分の分身を造り出す魔法。確かに、序盤でも潜伏迷彩を使用したりしていたが、資料では積極的に用いる魔法ではないという旨だったが……。

「それを使ってる、ちゅーことは……」

「うん。二人は何か、この状況を打破する作戦を練って来たんだと思う」

 向けられたはやての視線に頷きを、フェイトはそういった。

 半ば付け焼刃とも捉えられかねないが、それでもここで切り札らしき魔法を使用してきたという事は、恐らくあの大型を突破する為の布石なのだろう。

 だが、大型のオートスフィアは、今の二人の魔法では先程の連携攻撃(クロスシフト)でも簡単には突破できない防御力に設定されている。だというのに、敢えて二手に分かれて来た理由は一体───。

(まだ何か、切り札を隠してる……?)

 そう考えたフェイトの赤い瞳が見つめる先で、二人の新人魔導師たちは、最後の難所を突破するべく、自分たちの全てをぶつけようとしていた。

 

 

 

 

 

 

  6

 

《これ滅茶苦茶魔力食うんだから……あんまり長く持たないし、一撃で決めなさいよね。……でないと、二人で落第なんだから!》

《───うんっ!》

 ティアナからの念話(こえ)を受け、スバルは力強く頷いた。

 今、分身(シルエット)たちを使って、ティアナが大型の位置を割り出し、牽き付けてくれている。

 よってスバルのやるべきことは、大型のオートスフィアの破壊。しかし正攻法では、大型相手には簡単に近づけない。

 それは単純な攻撃の火力というだけではなく、周辺にこれまで倒してきたのと同じ小型のオートスフィアが三機固まっている事と、大型本体が高出力の障壁(バリア)を纏っている事にある。

 ティアナの陽動があり、いま大型は隙を晒している状態だ。

 けれど、スバルの姿を捉えたが最後───向こうも逃げ回る(シルエット)ではなく、迫る脅威を優先して排除してくる事だろう。

 故に、チャンスはほんの一瞬に限られる。

 しかし、

(……でも、あたしは空も飛べないし、ティアみたいに器用じゃない。遠くまで届く攻撃も無いし、出来る事は……全力で走る事と、クロスレンジの一発だけ)

 そう。スバルには離れた位置からあの大型を攻撃する手段はない。まして、あの障壁を突破するだけの威力を持つものとなれば、なおさらに。

 唯一誇れる近接攻撃にしても、自分自身の間合いに飛び込まなければ届き得ない。こうなっては、八方塞がりに陥ったかにも思えるが───。

(色んなことが足りてないのは、自分でもよく分かってる。……だけど!)

 しかしこの状況に在っても、スバルの瞳は全く輝きを失うことなく、力強い意志の焔を讃えていた。

(決めたんだ───〝あの人〟みたいに、強くなるって!)

 たとえ、あんな凄い砲撃を放つことが出来なくても───絶対に同じになんて、成れるわけがないのだとしても。

 それでも決めた。憧れを追い続けると。

 なにより。

「誰かを、何かを……護れる自分に成るって!」

 何時か目指すその夢に至るまで、足を止めない。そして、その為に今、この試験を突破する必要があるというのなら───立ちはだかるもの全て、この身一つで押し通ると!

《……行って!》

 遠く響く声に背を押されて、スバルは「うん!」と叫び、振り上げた右腕のリボルバーナックルが、二発のカートリッジを呑み込み、唸る。

 そして、魔力迸るその拳を、スバルは地面へと叩きつけた。

 

「───ウィング、ロードッ!」

 

 鋭く轟いた声に合わせ───空の光を放つ、彼女の足元に展開された魔法陣から、()()()()()『翼の道』が描き出される。

 道が示すのは、最終関門ただ一つ。

 さあ、後は───描かれた路を駆け抜けるのみ!

 

「いっ……く、ぞぉぉぉおおおおおおっ‼」

 

 唸り上げる滑走靴(ローラーブーツ)の勢いのままに、スバルは立っていたビルの屋上から一直線に飛び出した。

 さながら、その姿は蒼い流星の様であった。

 空を駆け抜けた一条の星は、そのまま大型の鎮座するビル側面の壁をぶち抜いて、その中へと飛び込んだ。

 オートスフィアは、機械の意地なのか、『何かが来る』という脅威にだけは反応出来ていた。しかし、飛び込んできた少女に対し、対処することは出来なかった。

 壁をぶち破り飛び込んできたスバルの拳は、とっさに大型を庇った小型さえ突き抜けて、その硬き障壁(まもり)へと拳を見舞った。

「っ、ぐ……ッッ‼」

 ぶつかり合った拳と障壁が反発し合い、魔力の火花を散らす。

 突進の勢いもフルに込めた、渾身の防壁突破(バリアブレイク)だったが、穿った拳は本体にはまだ届いていない。

 元々スバルは、地頭こそ悪くないもの、どこか不器用なところがあり、『バリアブレイク』の本領である術式への介入はあまり得意ではない。

 そのため、彼女のとっての『バリアブレイク』とは、最初に術式の隙間を作り、そこに渾身の一撃を打ち込むことで障壁を破壊するという、かなり力任せなものになっていた。

 だが、スバルのフィジカルは訓練校時代から群を抜いており、また彼女自身の戦闘型式(バトルスタイル)から言っても、この突破方法は強ち理がないという訳でもない。

 とはいえ、流石に単なる力押しでは限界があったか───と、至らぬ悔しさが、脳裏を微かに過ぎったその時。

「!」

 ビギ、と、何かが罅割れる様な音がした。

 僅かに残った自分への懐疑心は即座に吹き飛び、この一撃が間違いではなかったという確信に変わる。

 既に道は、そこまで拓けている。

 ならば、迷うな!

「でぇぇぇえええ───やぁぁあああああああああああああああッッッ‼‼」

 咆哮するようなスバルの声に呼応して、リボルバーナックルが回転を増して行き、彼女の拳を纏う風と振動が更に威力を増して行く。

 強く、もっと強くと。

 猛り穿つ拳は、長いようで短かった攻防の末───遂にその守りを砕き割った。

「よ……し、っ⁉」

 が、その刹那を狙い。大型と、残っていた二機のオートスフィアがスバルの方へ攻撃を放ってきた。

 咄嗟にガードしたが、勢いに押されて後ろへと弾き飛ばされてしまった。

 防いだ青白い閃光はあらぬ方向へと吹き飛んで、近くの柱へと当たり、粉塵を散らす。その煙が上手くスバルの身体を大型から隠してくれたものの、小型二つは彼女の姿を見失うことなく追撃を狙う。

 再度、向けられた放射口が光る。マズい、とスバルはもう一撃を受ける覚悟をしたが、そこへ新たに人影が現れた。

《スバル! 分身(こっち)で一列に誘導する、全部まとめてぶち抜きなさいッ!》

 強く響いた相方の意図は、考えるまでもなく理解できた。

 スバルはバッと宙返りをして、スフィアたちとの距離を開け、新たに構えを取る。しかしオートスフィアたちは、急に近くに現れた新たな脅威に混乱し、本来の標的であるスバルから狙いが外して、ティアナが遠隔投影した分身の方へと攻撃を仕掛けた。

 当然、攻撃は分身を通り抜け、逆に更に二つ現れた分身たちの姿に、オートスフィアたちの認識は完全に攪乱されてしまう。

 ───そしてその隙が、決定的に勝敗を分けた。

「ロード、カートリッジ!」

 ガシュンガシュンっ! と、残された残弾の全てを呑み込んで、ナックルの回転音が場の空気を震わせる。

 次いでスバルが正面へ両手を構えると、二つの環状魔法陣が生成される。

 そこから突き出した左手の先に魔力が球形に集約(チャージ)されていき、右腕の周りを巡る魔力の高まりを示すように回転を速めていく。

 それは、憧れを目指したスバルが、自分なりに会得した()()()()()()()

 射程や動作こそやや緩慢だが、近接距離で相手に直接叩きつける、いかにも格闘型のベルカ式らしい高威力の魔法である。

 その名は───。

 

「一撃必倒! ディバイーン……バスタァァァアアアアア───ッ‼‼‼」

 

 気合の籠った掛け声と共に、左手に構えた魔力球へ向け、右の拳を叩きつける。

 押し出された魔力は光の奔流となり、ビルの壁さえ突き抜けて、射線上に並んだオートスフィアたちを一撃で撃墜した。

 外へと抜けた光芒の残滓が消え、場が沈黙すると、ティアナが維持していた分身たちの姿が消えた。

《……やった?》

 荒息交じりに聞こえてくるティアナの呼びかけに「うん、なんとか」と応えて、スバルはターゲットの全てを撃墜したと告げる。

 その報告を受けて、ティアナは少しだけホッとしたように息を吐く。

 しかし幾ら難関を突破したとはいえ、何時までも呆けてはいられない。何せ彼女らは、まだ試験の終着地点に辿り着いてはいないのだから。

「残り、あと一分ちょい……スバル!」

「うん!」

 返事をするやいなや、相方の元を目指すべく、スバルはビルの側面を駆け降りて、ティアナの元へと向かって行った。

 

 

 

 

 

 

  7

 

 スバルとティアナが大型オートスフィア(最終難関)を撃破してから三十秒ほどが経過し、刻一刻と試験終了時間(タイムリミット)が迫る中。

 遂に二人が、ゴール付近に姿を現した。

「あ、来たですね~♪」

 二人の姿を認めたリインが、嬉しそうな声を上げる。

 不慮の事態ゆえか、ティアナをスバルが背負って走っていたが、リインとしてはそんな様子も悪くは写っていなかった。

 試験管としては、あまり褒められたものではないのかもしれない。

 組織に置いては、この生存よりも全体の秩序や規則が重視されるのが常だ。しかしだからこそ、仲間の重要性を忘れてはいけないと、リインは周りの皆の姿から学んできた。

 それに仲間を決して見捨てる事なく最後まで挑み続けたその姿勢は、救助隊出身の二人らしいともいえる。サーチャーの不具合から二人の姿が見えなくなった時は驚かされたが、見事大型を攻略して見せた二人の手腕には目を見張るものがあった。

 ここまで来たのなら、是非とも合格して欲しいところではある。

 だが、もう時間は残り僅か。一分一秒を争う状況だ。

 新人たちが栄冠を手にするか否かは、この直線を踏破し得るかどうかで決まる。さて、どうなるのだろうか───。

 

「あと何秒⁉」

「十六秒! けど、まだ間に合う!」

 遠巻きに、二人の声が聞こえた。残り時間を訊ねたスバルに、最後まで喰らいついてやるとばかりに、ティアナが叫び返す。

 叫び際に、到達確認線(ゴールテープライン)付近にいた最後の障害物(ポイントターゲット)も即座に撃ち抜き、スバルの邪魔にならないように道を整えて見せた。

 これで障害物全撃破達成(ターゲット・オールクリア)

 あとは終了を告げる号笛より、コンマ一秒でも早くラインを越えるだけ───!

 

「───魔力、全開ぃぃぃいいいいいいいいいっっ‼」

 

 ここまで来たら足のローラーが壊れるのも辞さないとばかりに、スバルは()()()()()、残った力の全てを込める。

 ───が、しかし。

「ちょ、スバル! 飛ばすのは良いけど、ちゃんと止まる時のコトも考えてるんでしょうね⁉」

「え? あ───うぁ、忘れてた……!」

「ウソでしょお……ッ⁉」

 どうにも、進む事ばかりに気を取られて、間に合った後の事にまでは気が回っていなかったらしい。

「あ、なんか……ちょいヤバです?」

 ゴールライン十メートル前で、なんだか二人の様子が変わった事にリインも気づいた。しかし時すでに遅く、既に自分たちでは止まれなくなったスバルとティアナは、悲鳴交じりに一直線にゴールへと飛び込んで来る。

 

「「ひゃ、うわぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ~~~ッッッ‼⁉⁇」」

 

 絶叫と呼んで差し支えない二人の声に混じって、ピコーンと何とも軽いゴール音が場に響き渡る。どうやら、制限時間内には間に合ったらしい。

 けれど当の本人たちには、それを喜ぶ余裕どころか、気づく暇さえもなかった。

 到達線(ゴールライン)を越えても止まり切れず、二人はそのまま猛スピードで前進。しかも目の前には途切れた橋と、それを堰き止めた壁と瓦礫が。

 あわや激突か、とスバルたちが覚悟を決めた瞬間。

停止制御(アクティブガード)……保護網(ホールディングネット)もかな?」

《All right, Active Guard with Holding Net.-Set up.》

 上空から、慌ただしい場を正すかの如く───凛とした鈴の音に似た旋律が響き渡り、次いで桜色の光が咲くように弾けた。

 

 

 

 

 

 

  8

 

 弾けた光が収まり、中から魔力の網と、ふわふわした支柱に捕まったスバルとティアナの姿が現れた。

「ぁぅ~……」

「んぁぁ……」

 が、激突は免れたものの、二人の頭はまだ現実に追いつけていなかった。

 どこか気の抜けた呻きを上げて、スバルとティアナはぐったりとしている。ここまでの道のりや、最後の爆走っぷりを見ていれば無理もないが、だからといって自分たちの安全を損なう行動が認められるわけでもない。

 「二人共!」と、怒っているらしい声が二人の耳朶を打つ。

 ぐったりとした頭をもたげると(尤もスバルはひっくり返っていたので、どちらかと言えば()()()()()()というのが正しいけれど)、二人の視線の先でぷりぷり怒っている試験官がいた。

「大幅な危険行為で減点です! 頑張るのは良いですが、怪我をしては元も子もないですよ⁉ そんなんでは、魔導師としてはダメダメです! まったくもう……」

 ただし、思っていた以上に。

 というより文字通りに『小さい女の子』の姿で、だったが。

「……ちっさ……」

 幸い本人の耳には届いていなかったようだが、思わずティアナはそう呟いてしまうくらい、試験官(その子)は小さかった。

 開始前の映像で見ていたので、十歳かそこらだというのは判っていたが、そんな程度では効かない程に小さい。

 身長は三〇センチあるかどうか。

 少女というより妖精と呼ぶ方が似合いそうな愛くるしい見た目をしていた。

 声も見た目通りに幼いソプラノで、怒られている状態ではあったが、状況変化が目まぐるしすぎて、スバルとティアナはただただ呆然としていた。尤も、彼女(リイン)を初めて見た人は、たいてい似たような反応を示すので、無理からぬところもあるのだけれども。

 そんな二人にひとしきりお説教を済ませたところへ、「まぁまぁ」と宥める様な声と共に、今度はちゃんと等身大の人影が降りて来た。

「ちょっとびっくりしたけど、無事でよかった。とりあえず試験は終了ね、お疲れ様」

「むぅ~……」

 新たに降りて来た女性に窘められて、渋々といった様子でリインも矛を納める。

 その人が魔法を解除するのに合わせ、リインも手に持っていた蒼い魔導書を閉じ、魔法を解除。すると、スバルとティアナの身体が浮き上がり、二人は仲良くぺたんと地面にへたり込んだ。

「リインもお疲れ様。ちゃんと試験官出来てたよ」

「そうですか⁉ わーい、ありがとうございます! なのはさん‼」

 褒められて喜んでいるリインに微笑みを返して、

「まあ、細かいことは後回しにして……ランスター二等陸士、ケガは足だね。治療するから、ブーツ脱いで?」

 と、なのはは促した。

「あ……す、すみません……」

 緊迫した状況ですっかり忘れていたが、そういえば自分が怪我人だったと思い出したティアナがいそいそと捻挫した方の靴を脱ぎ出す。

 脱ぎ終わったところで「あ。治療なら、わたしがやるですよ~?」とリインに言われて、思わず呆けてしまう場面もあったが、「お、お願いします……」とティアナもおおむね素直に指示に従った。

 

 ───と、リインとティアナが治療を受けている傍らで。

 立ち上がったスバルは、いつもの快活さを失ったように固まってしまっていた。

「…………」

 何か、言わないと。

 思考の片隅で、そんな声がする。けれど身体は全くその思考に応じる事なく、喉を強張らせて、声を出せなくさせていた。

 追い駆け続けた憧れが、今、目の前に立っている。

 時間にすれば、数年越しの再会。だがスバルにとってみれば、こうして対峙する今は、あの日の続き下の様にさえ思えた。

 こんなにも早く、また巡り合えるなんて思っていなかったから。

 言いたいことはたくさんあった。伝えたいことも、ここまで頑張って来たことだって、本当にたくさんのことが。

 けれど、それを言葉にする術を、スバルは持ち合わせていなかった。

「なのは、さん……」

 それでもと言葉を探して、色んな思いがごちゃ混ぜになった心の中に一つ、浮かび上がって来た名前を口にした。

 呼びかけた声に、「うん」と頷かれて、少しだけ冷静になると共に、慌てた。

 今は自分も局員の端くれであり、憧れたこの人は、その上に立つ上司でもあるのだと。

「ぁ、いえ……あの、高町教導官……一等空尉」

 それでもどう呼ぶべきか迷い、たどたどしく言葉を紡ぐスバルに、なのははまた優しく微笑んで「なのはさんで良いよ。みんなそう呼ぶから」と言って、スバルの方へ歩み寄る。

「四年ぶりかな……。背ぇ伸びたね、スバル。また会えて嬉しいよ」

 覚えていてくれたと知って、スバルの胸の内に、なんだか熱いものが溢れ出す。しかし、それが余計に、言葉を融かして、融けた言葉はそのまま、熱い雫へと変わって行った。

 微かに震え始めたその背中をそっと抱き留しめながら。なのはは流れた月日と、ここまで駆け抜けて来た───あの日の小さな少女の姿を思い出して、また一つ微笑むのだった。

 

 

 

 

 

 

 前奏の幕引きに添えて For_the_Next_Story.

 

 

 

 こうして、全ての星が此処に(つど)った。

 すべてが長い道のりで、どれもが険しい時間であった。重ねて来たものは重く、決して軽いものである筈もない。

 しかし、その最果ては此処ではなく。

 なにより、生まれ出でた生命(いのち)が、本当の目覚めを待っている。

 

 そう。全ては、ここから。

 己を識り、道を見つけ、そして自分の(こころ)を確かめた。

 

 重なり合った物語は、出会い、そこに在った者たちによって成された。

 出会いに始まり、二つの旋律が呼んだ交響曲(オトのまじわり)。だからこれは、譜面でいえば第三楽章(みっつめ)だ。

 

 譜面は未だ曲半ば。故に、一つの終着(オワリ)には、また一つの幕開け(ハジマリ)を贈るとしよう。

 

 さあ、(こぶし)(にぎ)れ。

 『世界』へ挑み、『生命(こころ)』と『魔法(キズナ)』を識る物語を始めよう。

 

 

 

 

 

 

 ───PrologueⅤ END

 ~The Prologues are all over. followed by Main Story - For The “StrikerS”.~

 

 

 




 こんにちは。改めましてお久しぶりでございます、帰ってまいりましたいつもの駄作者でございます。

 手始めに一つ言わせていただくと、今回の話も長くなりまして本当に申し訳ありませんでした……!

 一話で一〇万文字とか始めて行きましたね……。そんな文字数を越えて、というよりこれまでの『プロローグ』という枠組みの話を五つ越えて、ここの「あとがき」まで来ていただいた皆様には感謝以外の言葉が見当たりません。
 本当に、ここまでお読みいただきありがとうございました!
 ですが、話の最後にも書いた通り、ここからが本当の始まり。次話よりStSの本編に入って行きますので、これからもお読みいただけたら幸いでございます^^
 
 しかし、前回のを出したときは、次はそんなでもないだろうから、前の方が長くてトリの話が薄っぺらくならないかな? とか若干心配だったのですが……実際に書き出してみると困った事になかなか書き終わらず、〆までがむちゃくちゃ長くなっちゃいましたね。
 ただプロローグの全体としてみると、段々とStSの世界を話の中に広げて行けている感じでいましたので、個人的には割と書いてて楽しくはありましたけど……読者様方の事を考えるとやっぱ長かったですかね?
 ちょっと投稿の手法とか変えてくのも検討しておくのもアリかなと思ってはいるんですが、なによりも次を書かないと始まりませんので、とりあえず次の話をまずは全力で書いていきます(;^_^A

 さて、では前書きはこの辺りにして……。
 いつもの言い訳タイムこと、話の補足的な事を綴って行こうと思います。

 とはいえ、今回はそこまで話の流れは変わってないので、前回みたいに追加要素全開! みたいなのは無く、触れてくのはこまごまとしたところになりますが。

 まず序盤の変化としては、ギンガお姉ちゃんがとティーダお兄ちゃんが関わっているところですかね。
 Ⅱ以降、ゲンヤさんの部隊に参加してから実は八年ばかり経ってますが、ティーダさんは第一〇八部隊に残ってるので、関わる事になりました。

 残ってた理由としては、ティーダさん負傷した当時十八歳なので、完全に成人した後よりはマシですが、ダメージが深かったこともあって治るのに時間掛かってるのが一つ。
 加えて原典だと彼が殉職した際の遺族補償でティアナは生活してましたが、今作では生存しているので、妹を支える為にというのもあります。墜ちた当時、局内には悪い噂が広められてしまったので首都航空隊に戻るより、局員を続けるならこの部隊の方が好ましかったというのも。
 区分は空戦魔導師のままですが、地上本部にも首都航空隊があったり、捜査官や司令としての研修があるとはいえ、はやてちゃんが参加してた事もありましたから、席を置いていること自体はそこまで問題はないんじゃないかと思ってこうしてます。
 ついでにいうと執務官は本局側(とりわけ次元航行隊)の仕事に見られがちですが、あれの本質は『所属部隊における事件および法務案件の統括担当者になれる』なので、別に陸士部隊に所属してても成れない訳ではないみたいです(様々な部隊で指揮する事も多そうなので、陸でも空でも対応できる能力は必要になるとは思いますが)。

 で、残ってた理由はそんなとこで───部隊で二人が絡むことになったのは、ゲンヤさんと親しくしてて能力もあるので、新人としてやってきたギンガのサポートに入って、それが本編の時間(新暦八〇年)まで続いている、って感じですね。
 ティーダさんの性格が明確に分かる資料はなかなか見つからないんですが、リリカル男子なので、たぶんそこまでキツい性格はしてはないだろうと解釈してます。ついでに妹達が凸凹なズッコケコンビなので、兄と姉は普通に馬が合ってた……みたいにしたら、対比みたいで面白いかなぁと(笑)

 と、兄と姉の話はそんな感じです。

 次にちょっと変わってるのはヴァイスさんの年齢のとこですかね。
 二十四のままでもそこまで問題はないかなと思ったんですが、ちょうど三人娘たちと年齢が同じになるので、兄貴キャラという年上要素を残したかったこともあって、少し調整入れました。
 時系列が本来より五年遅いのでそのまま二十九にするのも手でしたが、同じく年上な感じのティーダさんを二十七歳に設定したので、同い年くらいに設定しました。
 何で一つ下かというと、StS漫画版でシグナムさんに本来は八年目と言われてたので、入局した年齢が同じなら二十六でちょうど十年目になってキリ良いかなというのもあってこうしました。

 その次にちょっと追加要素を挙げると、キャロの所属していた保護隊に一人隊員(ムーブさん)増やしたところですね。
 前にエリオくんと来てたのを会話の流れで出したかった、というのが登場してもらった主な目的です。でもそれだけでなく、時系列自体は五年先に行ってるので、実際の原典より少し変化してる部分を出したいのも少し。
 それに関連して『無限書庫』のところでも本当は一人オリジナル司書を一人出したかったんですが、今回の話では断念しました。
 でも今回断念しはしましたが、今後必ずどっかで出てきます。説明パートだったので名前出すだけでも良かったんですが、この子に関してはもうちょっと印象強くしたくて見送っただけなので、一応舞台裏にはもういます。
 ……ちなみに、性別は男性ですので、新もしくはサブヒロインというわけではありませんのであしからず。余談ついでに言えばStSでも活躍しますが、この子の主軸に関わるのはもっと先───新暦八五年くらいの物語ですかね。まだ今後の時系列確定してないので必ず八五年かは分かりませんが。

 そして、いよいよ最後に少し変えたところに触れて行きます。
 ただここはぶっちゃけ絵でも映像でもないのでわかりづらいとこですが、スバルとティアナの試験内容を本編より若干ハードにしてあります。
 スバルが最初に倒したターゲットの数が増えてたり、油断して撃たれた時の小型スフィアが前後に現れたり、大型の周りにも小型が三体ばかりいる等々……。

 過酷過ぎやしない? って思った人がいましたらすみません。でもちゃんと二人もそこを越えてますから、この世界線でのBランク試験がこういうのだという事で一つ。
 なによりこの世界線はRef/Detから続いてるので、周りの武装もだいぶ強化されてる関係上、メインメンバーの力量も少し上げておきたくて、つい。
 そんなわけで、今後ももう少し戦闘描写を派手にして行けたらいいなと思います。

 ───と、今回のあとがきはこんなところでしょうか。
 今回話の変更ってよりは、追加要素を並べて終わっちゃった感じありますが、ひとまずは以上でございます。

 今回もあとがき長くなってしまい申し訳ありません。ですが、ここまで読んでくださった方々にはありったけの感謝をお送りいたします……!

 そしてやっと、本当にやっとこさ次話から、お待たせし続けたStS本編が始まります!
 ここまでに広げまくった世界観や追加した設定、加えたキャラたちを活かして物語を終えられるように頑張りますので、今後ともよろしくお願い致します……‼

 あとそれに関連して、追加したキャラ、設定や武装に関してまとめて欲しいという意見を前にいただきましたので、次話を挙げる前にそれらもまとめてあげたいと思います。
 一応ユーノくんの『ヴァリアント・ギア』に関しては拙いながらもイラスト付きで出すつもりですので、少しでも皆さんに伝わるものに出来るように頑張ります。今回出番の無かったDr.sサイドの設定もネタバレになりすぎない程度にまとめさせて頂きますので、彼らの事の事情にも乞うご期待! と言ったところしょうか。

 それでは長々と書き綴ってきましたが、今回のあとがきは以上でございます。

 改めてプロローグⅠ~Ⅴまでお読みいただきありがとうございました!
 そして、これからも本作を楽しんで頂けるように頑張って行きますので、今後ともお読みいただければ幸いです。

 それではまたお会いできる日を楽しみにしつつ、一度筆をおかせて頂きます。

 重ねて。ここまでお読みいただき、本当にありがとうございました‼



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