この愛しき空の世界   作:じぶよる

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日が昇るまで

小さな洞穴から、あたし達は座って外を眺めていた。

辺りは真っ暗で、月明かりにぼんやりと照らされた山の景色がうっすらと見える。

視界に入っているのは、密集してるのか離れてるのかなんとも言えない木々だの、石ころだの土くれだの落ち葉だの、そんなのばかり。

「お腹すいたわねぇ」

ぼんやりとそう言うと、

「木の根などは食べられると聞く。試してみるか?」

と、バザラガが腰を上げようとする。

「いや、いいわ。遠慮しとく」

「なんだ、腹が減っているのではないのか?」

「そんなサバイバル体験しなきゃいけないほど切迫してるわけでもないわよ」

そう言って、あたしはアルベスの槍を横において、ごろりと両手を頭に仰向けになる。

朝になって日が昇り、視界を確保できるようになれば、この程度の山ならすぐに下りられる。

「ご飯はその後でいいや……」

と、寝転がっていると、だんだんあたしはうとうととしてきて、

「寝るなら、3時間後には起きてもらうぞ」

見逃さない男が、鎧兜越しにくぐもった低い声で注意をしてきた。

「あー、はいはい」

今から日が昇るまでは、およそ6時間ほどだろう。

なら見張りは3時間交代として、睡眠時間をお互いに均等に取るというのは確かに妥当なところだ。

さっきの星晶獣との戦いでこの辺の魔物はみんな逃げちゃったみたいだし、『組織』譲りの魔除けの術も展開しておいたけど、それでもどんな危険があるかはわからない。

なのにこんな人気もない山のど真ん中で二人して眠りこけるのは、それはいささかお馬鹿さんってやつである。

まあ、昔、ベアと同じような状況になった時は、そのお馬鹿さんなことをしちゃったけど。

「見張り?まかせておけ!時間になったら起こしてやるから、ゼタは先に寝てていいぞ!」

ってあの子は自信満々で言ってたけど、あたしが目を覚ました頃にはとっくに日は中程まで昇っていて、すぐ傍には、

「ぐがー……」

と、ぐっすり眠っているベアがいた。

それ以来、あたしはあの子に見張りを頼まないようにしているのだが、ま、これは余談だ。

「……ねむ」

洞穴の色気もなにもないごつごつとした天井を眺めていると、眠気が急速に増してきた。

大して強くもないのに姿を消すことと逃げることに関してはいっちょ前だったあの星晶獣のおかげで、あたし達はさっきの今まで延々と山狩りをする羽目になってしまった。

あちこち駆けずり回って、ようやく仕留めた頃にはもう真っ暗で下山できる状況ではなく、ちょうど近くにこの奥行きのない洞穴があったから良かったけど、そうでなかったら野宿になっていただろう。

(いや、洞穴で寝るのもそれはそれで野宿か。でもまぁ、夜空の下じゃなくて天井があるだけまだマシかな……)

なんて益体もないことを考えていると、いつの間にか、瞼が閉じていた。

流石に疲れている。

とはいえあたしがぐっすり眠れるのは『組織』に任務達成を報告した後で、どうせきっちり3時間後にバザラガに起こされるんだけど、それでも今は少しだけでも眠っておきたい。

「先にちょっと寝るわね、お休み」

うつろになりかけの意識でそう言って、すぐに深いまどろみがやって来る。

「ああ、お休み」

バザラガのくぐもった低い声が返ってくる頃には、あたしはもう意識を手放し……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「起きろ、交代だ」

すぐに、はっきりとした低い声が聞こえた。

「ん……もう?ちょっと早いんじゃないの……?」

ぼんやりとしながら上体を上げ、手探りでアルベスの槍の所在を確認した後、目をこすりつつそう言う。

「時計で確認していた。お前が寝てからちょうど3時間だ」

「あいかわらず細かいわねぇ……なんか変わったことは?」

視界がはっきりしないままそう言うと、

「いや、何も。魔除けが効いている……というより、先程の戦いの影響だろう、魔物どころか生き物の気配すら何もしなかった」

「なるほどねぇ……」

なら、わざわざ交代で見張るなんてことをする必要はなかったかもしれない。

「そうはいかん。何があるかはわからんからな」

「わかってるわよ……」

そう言って、ようやくはっきりし始めた目でバザラガを見ると、

「――え?」

そこにバザラガはいなかった。

いや、バザラガはバザラガなのだが、あたしの知っているバザラガじゃなかった。

あたしが知っているバザラガは、真っ黒な鎧兜を被っているか、いつぞやの包帯を顔に巻いたバザラガで、つまりどういうことかと言うと、

「……あんた、顔」

こいつは、決して誰にも素顔を見せようとしない。

かつての肉体改造の影響で、恐らくは醜い傷痕が残ってしまったであろうその顔は誰も見たことがなく、それを問いただそうとすると、

「この呪われし顔を見たいか?見たいのか?」

とかなんとか言ってはぐらかすのがバザラガだったのだが。

なのに、そのバザラガが、あたしの前で素顔を晒している。

突然のことに驚きながら、ちら、とバザラガの後方を見れば、丁寧に壁に立てかけられたグロウノスの近くに、鎧兜が無造作に置かれていた。

「ああ、これか?」

なんでもないことのように、バザラガが言う。

「実を言えば、あれは中々窮屈なものでな。疲労した身には少々堪えるが故、外しておいた」

窮屈って。

その窮屈なものを、あんたは自分から、どんな時だろうとずっと被ってたんじゃないの。

「バザラガ、あんた……」

いいの?

と、あたしが言う前に、

「……もはや、この顔をひた隠しにする理由もないと思ってな」

ふ、とバザラガが笑った。

笑った。そう、笑ったのだ。

その口元も、今まで隠されていた目元も、頬も、確かに笑顔を作っているのだ。

ああ、初めて見た。

と、あたしは思い、

「そっか」

あたしも笑った。

「そうだ」

と、バザラガがまた笑って、

「……さて、俺も寝させてもらうとしよう。朝になったら起こしてくれ」

そう言って、ころりと横になった。

「うん、わかった」

あたしはそれだけ言って、そのまま、少し時間があった。

目をつぶったバザラガの顔を、じっと眺めていると、

「……もし」

と、バザラガが、横になったまま、

「もしも、ここにいるのがゼタ以外の誰かであったなら、俺は、あの兜を窮屈だとは、思わなかっただろうな」

そんな事を言って、

「……すぅ」

そのまま静かな寝息を立て始めて、そうして、後にはあたしだけが残される。

「……バザラガ」

この男は、本当に。

余計なことは何も言わないつもりだったけど、そんなことを言われてはこちらも何も言わないわけにはいかない。

とはいえ、こいつは今までずっと起きて見張りをしていた。いかに特別製の体といえど、件の山狩りもあってさすがに相当疲れているだろうし、

「……すぅ」

実際、今何を言っても、もう何も届かないかもしれないけど。

「ねえ、バザラガ」

それでも、言ってやる必要がある。

あたしが思ったことを。あたしの本心を。今ここで。

あたしは、横になったバザラガの耳元に口を寄せ、

「あんたの顔、醜くはあるかも知んないけど、でも、かっこいいよ」

囁くようにそう言った。

「……すぅ」

反応はなかった。

けど、別にそれでもいいと思った。

ふぅ、と一つあたしはため息を付いて、

「……」

そっと、眠っているバザラガの顔に触れた。

今まで誰も触れられなかった顔。今まで誰も触れさせなかった顔。

小さな洞穴で、日が昇るまで、あたしはずっと、その顔に触れていた。

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