雨が降っている。
空は灰色で、あちこちには瓦礫の山。
名前も知らぬ島の、ここは廃墟だった。
「今日はもう動けそうにないわね」
朽ち果てて煤けたベッドの上に腰を下ろして、ゼタが呟いた。
ここはかつては一階建ての家だったのだろうが、文字通り半壊しているそれは、家の残骸と言った方が適切だろう。
出入り口のドアがあったであろう、通りに向かった方角の壁は完全に無く、日暮れの静かな風が俺達に直接吹いている。
だが、一応屋根はまだ残っているので、とりあえずこの降り注ぐ雨をしのぐことはできそうだった。
一晩の寝床にするには、なんとかなりそうではある。
「ああ」
そう言って、俺はグロウノスを床に置いて、その場に座る。
俺が腰を下ろした場所には、かつては絨毯だったであろう、そして今は色あせたボロ布が無残に広がっている。
「何があったのかしらね、ここ」
ゼタが、そう呟いた。
開け放たれた視界からは、家の残骸ですらない、ただの瓦礫の山がうんざりするほど見える。
「さあな。戦か、災害か、強力な魔物の群れに襲われたか、ここの住人が力のある星晶獣の怒りでも買ったか」
適当だが、的外れでもないであろう推測をいくつか言うと、
「……みたいね。じゃないと」
ゼタが辺りを見渡して、
「こんな有様にはならないわよね」
と、少し悲しそうに呟く。
「誰か、直してあげようとか思わなかったのかな、ここ」
灰色の雨を受ける瓦礫は完全に煤けて、もはや元がどんな色だったかすらわからない。
誰か見ても、この廃墟はこの有様となってからずいぶんな時間が経っているようだった。
「もし直そうという人間がいれば、今ここにはちゃんとした村があったはずだ」
元々、この廃墟は村だったはずだ。
だが、かつて村だったここは、廃墟になった。
そしてずっと放置されて、
「そのまま、放ったらかしにされたのだろう」
それだけだ。
としか、俺には言えない。
「……だよね」
「……」
小さく、俺はため息を付いた。
……とある一件により、俺達は指名手配され、追われる身となった。
厄介なことにその手配書はこの空全土に出回っているようで、そしてまた厄介なことに賞金稼ぎというものはこんな辺境の島にもいる。
ひとまずの休息と補給のためにこの島に立ち寄ったのだが、奴らのおかげでそれもままならず、結局俺達はそいつらの相手をする羽目になった。
奴らの気配がしなくなった頃、どこをどう動き回っていたのか、気がつけば俺達はこの廃墟にいた。
この雨とこの暗さの中を、土地勘もないのに動くのは無謀だ。
ここで一晩明かし、明日には島の端に停泊させている騎空艇で発つ予定である。
「……」
ゼタが、ぼんやりと頬杖をついて、灰色の雨に打たれる廃墟を眺めている。
何を考えているのかは、俺にはわからない。
廃墟になった村。かつて村だった場所の残骸。
そうなるくらいの何かが、かつてここで起こったのだろう。
そして、
「ここは、誰もに忘れられてしまったのだろうな。だから、誰も復興しようとは思わなかった」
何があったのかは知らんがな。
と、言う。
「……」
ゼタは黙っている。
俺もそれ以上は何も言わず、やることもないので瓦礫を眺める。
廃墟。瓦礫。忘れられたもの。忘れ去られるもの。
忘れ去られるであろうもの。
「…………」
一つ、俺は思ったことがあった。
「…………ゼタ」
「ん?」
煤けたベッドの上から、ゼタが俺を見る。
俺は、今思ったことを言おうとしたが、
「……いや」
すぐに、それは口に出すようなことではないと気づいた。
なので、
「何でもない」
と、言おうとした。
言おうとしたのだが、言う前に、
「なんでもない、はやめなさい」
ゼタに先回りされて、その言葉は止められてしまった。
「言いかけたことはちゃんと言うの。気になるでしょうが」
まったくもう、とまるで子供をたしなめるような口調で言ってくる。
「……」
俺は少し黙って、
「……いつか」
仕方がない、と口を開く。
「うん」
「俺も、この瓦礫のように忘れられるのだろうか、と思った……というだけだ」
「……」
ゼタが少し目を見開く。
「どうしたの?急に」
ふぅ、と俺はため息をつく。
「俺も急だと思った。だから言うのをやめたのだが」
「でも言ったじゃん」
「お前が言えと言ったからだ」
「……ふふ」
何故か、ゼタが少し笑って、
「それじゃ、どうしてそう思ったの?」
微笑みながら、静かにそう言った。
俺は少し沈黙し、
「俺は、自分が長生きできるとは思っていない」
言った。
「俺は戦いの中で生きることしかできん。いずれ、常人よりずっと早い終わりが来る」
それに、と俺は続ける。
「改造を重ねたこの体は、どの道長くは保たん。例え戦いの中でなくとも、皆よりもずっと早く俺は死ぬだろう」
ゼタが俺を見つめる。
「だから」
「だから、自分がみんなより早く死んだら、この瓦礫みたいに忘れられるんじゃないか、って思ったの?」
「……ああ」
「……」
雨の音が聞こえる。
空は灰色。辺りには瓦礫。
そうして、
「そっか」
と、ゼタが言った。
その顔は微笑んでいて、だがそれがどういう微笑みなのか。
俺にはわからないし、何も言うことができない。
「だから、言いたくはなかったのだ」
思った通り、妙な空気になってしまった。
「あはは、そうね」
「……ふぅ」
俺はため息を付く。
雨の音。半壊した家の中。嫌でも目に入る瓦礫。
そうして、
「あたしだったら」
ゼタが、言った。
「こんなインパクトある瓦礫、忘れたくても忘れられないけどな」
「……」
「で、そう思ってるのって、多分あたしだけじゃないと思うけど?」
「……」
「ま、他人のことはわからないけどさ。とりあえず、あたしはそうだよ」
「……」
「まあ、それでも忘れちゃうことはあるかもしれないけどさ、でも」
「……」
「きっと、思い出すよ。絶対」
「……」
俺は少し黙って、
「そうか」
それだけ言った。
「うん」
ゼタも、それだけ言った。
「ゼタ」
「ん?」
「少し眠っておけ。見張りはしておいてやる」
「あれ、いいの?」
「ああ」
「ん、わかった。……おやすみ、バザラガ」
「ああ、お休み」
ころん、とゼタが煤けたベッドに横になり、
「……くぅ」
と、寝息を立て始める。
「……」
俺はそのまま、目の前に広がる瓦礫を眺めた。
誰からも忘れられ、朽ち果てたこの場所。
明日になってここを発てば、俺もゼタもこんな瓦礫の山などすぐに忘れてしまうだろう。
だが、せめて、今くらいは。たまたま立ち寄った今くらいは。
この瓦礫を、この眼に焼き付けておこう。
俺は、そう思った。